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※本作は「ぱすてるチャイム Continue」の前作「ぱすてるチャイム」を簡潔に紹介するショートノベルです。
 細かい描写、ストーリーの細部などは端折ってますがご了承ください。


『ぱすてるチャイム Limited』


登場人物

「竜胆沙耶(りんどうさや)」
ミューゼルの友人で、竜胆リナの姉。剣士志望の女の子。
褐色の肌にハチマキがトレードマーク。
性格はボーイッシュというよりは姉御系?


<5月下旬 夏の香りの女の子>

 キ〜ンコ〜ン
「やべえ、遅れたっ!」
 クツの踵を踏み潰したまま、昇降口を飛び出した。今日は午後から射撃場を使って、攻撃魔法の実習があるのだ。ベネット先生の怒る顔を想像しながら校庭を走り出す。
 と、固まって歩く男子の集団の姿が見えて、オレは足を止めた。
(なんだあいつら? もう授業始まってるのに……)
 その時ガクランの集団の隙間から、女子制服のスカートの端がちらりと覗いた。
(今のは確かに女子の制服だ……あんなに大勢の男子で、あの子をどうするつもりなんだ?)
 どうにも心配になってきてオレは向きを変えると、生徒たちの後を追いかけた。
 男子が向かった先は体育館の裏だ。壁の角からそろそろと頭をのばすと、一人の女子の周りをガラの悪そうな男子が数人、逃がさぬ様に取り囲んでいた。そのなかの一人、バンダナを巻いた男子には、見覚えがあった。オレと同じ3−Aの男子で、確かクーガーと言う名前だ。
 そのクーガーが真ん中の少女に向かって、がなり立てた。
「おい!」
「…………」
 一見していかにもピンチのこの状況の中、中心に立つ女子はたじろぐでもなく、ぽりぽりと頭を掻いてている。
「竜胆! ワビを入れるなら今のうちだぜ」
「ふう…ひいふうみいい……」」
 退屈そうにため息を吐くと、女子は周囲の人間を指で数え始めた。
「…………?」
「なあクーガー。いくら負けがこんでるとは言え、5対1ってのは、ちょいと弱気が過ぎないか?」
「うるせえ、弱気もくそもあるものか! 4回だ、竜胆! オマエにはみんなの前で、4回もぶちのめされた! オレが女に4回も……なりふりなんか構ってられるか!」
「は、あんたも珍しい奴だね」
「なんだと?_」
「戦う度に弱くなってく奴なんて、アタシは初めて見たよ!」
「くっ…言いたい放題言いやがって! だが、すぐに後悔させてやるぜ!」
「やってみな、1人じゃ何も出来ない腰抜けが!」
 女子ははあくまで強気を崩さない。
「やっちまえ!」
 悪者にはお決まりの号令を受けて、左右から模擬刀を振りかぶった2人の男が、彼女に打ちこんでゆく。
「おおりゃあ!」
「でりゃああ!」
「ふっ!」
 小さな呼気とともにスカートが翻り、女子が抜き放った模擬刀が鋭角に空を切る。
 と、次の瞬間、襲い掛かった男子がみぞおちを抑え、その場にひざをついていた。
「ぐぇ…」
「でっ…」
「まず2人!」
(すげえ…)
「なめやがって!」
「たたんでやる!」
 間髪入れず、あらたな2人が前後から挟み撃ち襲いかかる。
 たんっ……
 彼女は地を蹴って横に逃れると、模擬刀を振りかぶり、男子の剣を2本まとめて
打ちはらった。
「ぐっ!」
「いってー!」
 加速がついたため、地面に衝突した切っ先から予想以上の衝撃が返って来たのだろう。
2人はは剣を放りだすと、両手を投げ出し、苦痛にうめいた。
「これで4人」
 クーガーを残し、残りの四人はあっという間にやられてしまった。
(すごいな、5分も経ってないのに……あんな子がウチの学校にいたなんて……)
 クーガーの実力がどれほどか知らないけど、この女子になら4回負けたというのは、なんとなくうなずけた。
「さて、もう大将一人だな?」
「う……」
「これだけツレを巻き込んでるんだ。剣も構えず降参て、ワケにゃ行かないよ」
「うう……」
 じりと後退したクーガーの視線が、一瞬だけ横にそれた。
(…………?)
 視線の先、クーガーたちから少し離れた茂みの陰に、一人の男子が杖を構えているのが見えた。その口元が微かにもごもごと動いている。
(詠唱か?)
 魔法を唱えている。なら、標的は間違いなくあの女生徒だ。
「どうした? 向かってこないのかい?」
「ふふ……」
(あの子、気付いてない。教えなきゃやばいぞ!)
 そう思った直後、茂みから青い光が放たれた。
「おいっ、危ないぞ!」
 オレは慌てて叫ぶと、小脇に抱えていた筆箱を女子に向かって投げつけた。
「なっ…」
 女生徒がひょいと筆箱をよけた直後、さっきまで彼女の頭があった所で、ばちばちと筆箱が燃え上がって地に落ちた。
「これは魔法……誰だっ!?」
「ひいぃぃ!」
 茂みから生徒が飛び出すと、そのまま校舎に向けて走り去って行った。
「あっ……おい、逃げるなっ!」
「クーガー! シャレにならないことしてくれたね」
「ま、待ってくれ! オレは、ここまでやれとは言ってない! ホントにただ脅かすだけで…あいつが……勝手に…」
沙耶 「問答無用!」
「わあっ!」
 ぱあぁん!
ダッシュでクーガーに迫ると、女子は右手をムチのようにしならせて、クーガーのアゴを斬るようにはたいた。
 「うっ……」
その一発でクーガーは白目をむき、前のめりに倒れていった。
「ふぅ……まったく」
 と、少女の目が俺の方を向いた。
「おい、そこのアンタ!」
「うわわっ!」
「ありがと、おかげで助かったよ」
 彼女は片手を上げると、オレに向かってにっこりと微笑んだ。
「あ、ああ……いや」
「なんか礼をしなくっちゃね。ここじゃなんだし、話せるとこに行こっか?」
「でも授業は……チャイムが鳴ってから、何分経ったと思ってるんだい? 今から行ったって怒られるのがオチだよ。いいから、付き合いな」
「でもなあ……」
「しのごの言わない。保健室で寝てた事にでもしときなって!」
 彼女はにっかりと微笑んで、パンとオレの肩を叩いた。
「ちょっと着替えてくるから、自販機のとこで待っててくれよ」
「おっ、おい!」
 そう言い残すと、女子はオレを置いてすたすたと去っていった。
(強引だなあ。でも、放って帰る訳にも行かないか……)

「え〜と、何がいい?」
 頭を拭っていたタオルを首に回すと、彼女は小銭をじゃらつかせた。
「おごって貰うんだ、なんでもいいよ。」
「じゃ、普通にお茶でいいかい?」
「ああ」
「おっけ…ほいよっ!」
 威勢良くばちんとボタンを押して、出て来た缶をオレに放り投げる。
「あれ? オレの分だけ?」
「ああ、アタシはコレがあるから」
 彼女はバッグからドリンク容器を取り出すと、中身を吸い出しながらオレの隣りに腰掛けた。
「んん、つめたーっ!」
 一口飲み干し、心底美味しそうな顔をする。
「しかし、大したもんだな…」
「なにが?」
「さっきのさ、5対1なのに圧勝だったじゃないか。強いんだなあ」
「まあ。剣は、小さい頃からやってるしね」
 さして、嬉しくもなさそうに、彼女はふた口めを吸い込んだ。
「じゃ、あいつが弱かったのかい?」
「いや、クーガーとは何度かやりあったけど、剣の腕だけならアタシと大差はないよ」
「じゃあなんで?」
「あいつはね、一回負けて、それ以来弱腰になったんだ。頭数、魔法……自分以外のものに頼りすぎだ」
「へえ……」
「拠り所が多いと、安心するかわりに、自分への信頼を見失いがちになる。自分への不信は、相手への恐怖につながるからね」
「う〜ん、よく分らないけど、武器が壊れた時、素手で戦うのを忘れて逃げたり…みたいなことかな?」
「うん、まあ。おおむねそんな感じ」
 わりと的を得ていたらしく、彼女はにこりとうなずいた。
「…さて、それはそうとして、弁償しなくっちゃね?
「何の話だ?」
「フデ箱さ、あとで買って返すから、クラスと名前を教えてくれよ」
「ああ、オレは、3のAの相羽…」
「相羽。あんた相羽カイト か?」
「え? なんでオレの名前を」
「知ってるよ。ミュウの幼なじみだろ? アタシ、竜胆沙耶。ミュウと去年まで、一緒のクラスだったんだ。アンタのコトは、ミュウから聞いてるよ」
(りんどうさや……さや……)
 オレは頭の中でその名前を繰返した。
(そう言えばミュウが、以前その名前を口にしていたような……)
「ひょっとして……『さやちゃん』か?」
「う、うん。確かにミュウはそう言うけどさ…」
 彼女は目を逸らすときまりがわるそうに、鼻をこする。
「あの子、どこでもアタシの事そう呼んでるのかい?」
「う〜ん、名字で呼んでるのは聞いたことないから、たぶん、そうなんだろうな」
「もう、ハズカシイなぁ……アタシを『ちゃん』付けで呼ぶのはあの子くらいだよ」
 さっきから話している彼女の態度から、照れる理由はなんとなく理解できた。
「気になるならオレから言っとこうか?」
「いいよ、べつに。聞きなれたし、だいいち悪口じゃないからね。アンタにそう呼ばれるのは抵抗あるけどさ」
「じゃあ、オレは何て呼んだらいいんだ?」
「たいていみんなは、名字で呼んでる。竜胆ってね」
 言うと、竜胆は右手をシャツの胸でごしごしとこすって、オレの方に差し出した。
「あらためて礼を言っとくよ。助けてくれて、ありがとう相羽」
 「こっちこそ。ごちそうさま、竜胆」
 握り返した手は、小さいけれど、しっかりと力が込められていた。
 キ〜ン…コ〜ン……
「おっと、次の授業はさすがにいかなきゃね。じゃ、また!」
 竜胆はバッグを背負うと、グラウンドに駆けていった。
「ミュウの友達のさやちゃん……竜胆か」
 彼女が去った後にふわりと風がまいて、かすかに夏の匂いが鼻をくすぐった。


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