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※本作は「ぱすてるチャイム Continue」の前作「ぱすてるチャイム」を簡潔に紹介するショートノベルです。
 細かい描写、ストーリーの細部などは端折ってますがご了承ください。


『ぱすてるチャイム Limited』


登場人物

「セレス・ルーブラン」
エルフの少女。スカウト(盗術士志望)
まんまるメガネと首から下げた鈴付きのチョーカーがトレードマーク。
お人好しで、ぽやぽやした性格のため、他人に騙されて利用される事もしばしば。
二つの胸のふくらみは、かなり大きめ。


<六月上旬 めがねめがね>

(うう、だるいなあ……
 あと2時間も授業があるのかよ……ん?)
 授業合間の休み時間、廊下を歩いてると、女子トイレから2人の女子が飛び出してきた。
「やったわね光代! あたしどきどきしちゃった」
「私だって。ねえグロリア、あの子これ見つけるかしら?」
「やだ、ムリに決まってるでしょ。あの子ドン臭いし、絶対わかんないわよ」
「ふふ、確かにそうね…」
 二人は廊下の窓を細く開くと何かを挟み込んだ。きらりと光る二枚のレンズ。
(あれは……メガネか?)
 二人が立ち去っていって、オレは置き去りにされた眼鏡をつまみ上げた。誰のメガネだろう。古くさいデザインの、大きな真ん丸レンズのメガネ。よく見るとその両脇から伸びるツルの根元に、薄く文字が彫り込んである。
(くりす……誰だろ? 持ち主の名前かな?)
 ちりん…
(ん? いま、鈴の音が聞こえたような…)
 ちりりん 
 まただ。気のせいじゃない。いったいどこから聞えて――。
 鈴の音を探ろうと、耳を澄ます。と……
 ごん!! がらん! どがしゃ!!
 背後からもの凄い音が聞こえてきた。
「なっ、なんだ!? 女子トイレの中から聞えて来たけど」
 何事が起きたのかと気になって、オレはトイレに近付いて扉をノックした。
 コン コン
『………………………』
 コン コン コン
『………………………』
「おーい、誰もいないのか?」
『はぅ……』
「え?」
 微かなうめき声が聞こえて、それから何も聞こえなくなった。場所が場所だけに入るのに躊躇するけど、もしケガ人でもいたら大変だ。
「ん……開けるぞ!」
 思い切ってノブを回して、オレはトイレのドアを開いた。
 ガチャ。
「……な、なんだぁ?」
セレス  中では一体何があったのか、鏡がひび割れバケツは転がり、そして、その真ん中に一人のエルフの女子が倒れていた。首に巻かれたチョーカーには、ネコの首輪みたいに大きな鈴がぶら下がっている。
(ははあ、さっき鳴ってたのはこの鈴かあ)
 とりあえずほっとく訳にもいかず、オレは女の子に近寄ると、ほほをはたいた。
「おい! おい、大丈夫か!?」
「うう…う、め…めめ…」
 うっすら目を開き、うわ言のようにつぶやく。
「『うめ』?」
「う…、め、めがねを……」
「メガネって、もしかしてこれの事か?」
「あ……」
 女生徒は手を伸ばすと、オレの手からメガネを取り、顔にかけた。
「あ、見えます……どうも、ありがとうございました」
「それ、あんたのだったのか。えっと……クリス?」
「いえ、セレスです。セレス・ルーブラン。
 クリスは私のおばあちゃんです。クリス・ルーブラン」
(なるほど、それでこのメガネこんなに古い型なのか…)
「本当にありがとうございました。あの、失礼ですが祖母の知り合いの方で?」
「……なんでオレが、初対面のあんたの家族と知り合いなんだ?」
「……………」
「……………」
「………なぜですか?」
「だ――――っ!!」
 オレは思いきりずっこけた。
「え? え?」
「知るワケないだろ! 聞いてるのはこっちだぞ! だいたいあんたのばあさんて、いくつくらいなんだ?」
「それが、3年前に他界しまして……」
「そんなのよけい知るワケないだろ!」
「でっ、でも先ほど確かに祖母の名を……」
「ちがうちがう、メガネに書いてあったんだ。右のツルに、ほら、名前が彫ってあるだろ?」
「えっ?」
 彼女は驚いてメガネを外すと、ツルの部分を熱心に見つめた。
「あの……見えませんでしたよ、名前?」
「……………」
「あの……」
「どうして見えないのか知りたいか?」
「えっ? はっ、はい!」
「いまメガネ外してたろ?」
「…………あっ」
 息を飲むと、女子は顔を真っ赤にしてうつむいた。
「すっ、すみません! お礼を言うつもりが、失礼ばかり!」
「それはべつにいいけどさ……何でまた、こんなトコで倒れてたんだ?」
「そう言えば何ででしょう? いま思い出しますね」
 言うとセレスは目をつぶって、うんうん唸りはじめた。
(おいおい大丈夫だろうな……)
「あ、思い出しました。その、初めは顔を洗ってたんです。
 授業中、眠たくなったんで」
「うん」
「洗ってたんですが、横に置いておいたはずのタオルが
 いつのまにかなくなってしまって」
「うん、うん」
「で、タオルは何とか見つけたんですが、
 今度はメガネが無くなって…」
(さっきの二人か……くだらないイタズラしやがって)
「それで…探してたら何か踏んで、ぐるぐるして……
 ぶつかって、それから……」
「転んだって?」
「ええ…」
 セレスは額をさすりながら、恥ずかしそうにうな垂れた。
「おでこ、ぶつけたのか?」
「いたた…そうみたいです。」
「ほんとだ、たんこぶになってら」
「あう……」
 蘇ってきた痛みにセレスが泣きそうな顔になってくる。
オレは洗面所に置かれていたタオルを拾い上げた。
「これ、あんたのタオルか?」
「はい、そうです……」
「ちょっと借りるぜ」
 水道の蛇口をひねり、タオルに水を含ませる。
 きゅきゅ… じゃじゃ〜〜 きゅきゅ…
「立って」
「あ、はい」
 オレは軽く絞ってから、セレスのおでこに濡れたタオルを押し当てた。
「きゃっ!」
「おいおい、逃げたらたんこぶ冷やせないだろ?」
「す、すいません。びっくりして……
 さ、どうぞ――」
 目を閉じセレスがオレに向かっておでこを突き出す。手は胸の前で祈るように組まれ、両の肩は細かく震えている。
「……………」
(なんか、妙な感じだな……)
そのまま視線を下にずらすと、今度は彼女の胸元が視界に飛び込んできた。二つのふくらみが、服の上からでも分かるほどに、内から制服を柔らかく押し上げている。
(う……)
「な、なあ目を開けてくれないか」
「え、どうしたんですか。私、また何か…」
「い、いや。なんというか、
 もう少しリラックスして欲しいんだ」
「は、はい……」
 言葉をにごし、オレはまだ不思議そうな顔をしているセレスにタオルを押し当てた。
「あ………」
「どうだ?」
「いい気持ちですね……つめたくて」
「そりゃよかった。じゃ、そろそろここから出ようぜ。もう授業も始まってるし、誰か来たらオレが変態扱いされちまう」
「あっ、はい。じゃあ、しばらくはタオル当てとけよな」
 はい、何から何まで、ありがとうございます」
「困った時はお互い様さ。じゃーな」
「……あっ、あの、待ってください」
「んっ、ひょっとして歩けない?
「いえ…その、お名前を」
「カイトだよ、相羽カイト。じゃ、お大事に」
 背中に手をふって、オレはトイレから出ていった。
「…………カイトさん」


 〜その日の放課後〜


「ふう……やっと今日の授業も終わったか」
(そういや、あのエルフの子どうしたんだろ?
 ちょっと変わった子だったけど…)
 ちりん…
「あれ?」
 鈴の音に辺りを見回すと、昇降口から一人の女子が飛び出してくるのが見えた。
 ちりちりちり…
 鈴の音を響かせて、そのままこっちに走ってくる。
「まって下さーい!」
 声の主はまんまるメガネに長い耳。間違いなく昼間の女子、セレス・ルーブランだ。
「そんなに急いで、どうしたんだ?」
「あ、あの私……あの、私カイトさんに、ちゃんとお礼が言いたくて……
 それで探したんですけど、見つからなくて……。その……カイトさんが校舎から出てくのが見えて、それで……」
 肩で息をしながらセレスは、一生懸命に言葉を繋げる。
(教室を訪ねてくれば良かったのに……って、そういや教えたのは名前だけだったっけ)
「悪かったな、手間かけさせて」
「いっ、いえ、そんな……ぜんぜん」
あんた
「そう言えば、あんたはどこのクラスなんだ?」
「あ、私3年のB組です」
「えっ? じゃあ、同級じゃないか」
「えっ、カイトさって、先輩じゃなかったんですか?」
「3年生のあんたに先輩がいる訳ないだろ」
「あ、そう……ですね。ずいぶんしっかりしてるので、てっきり……」
「でも、しらみつぶしに探したって、3年の教室は同じ階なのに、どうして見つからなかったんだ?」
「それが、私にもさっぱり」
「オレ、A組だけど、あんたは何組なんだ?
「私は、B組ですけど……」
「……まさかとは思うけど、もしかして探す時、C組の教室方面から、そのまま他の場所を探したんじゃないだろうな?」
「う……たぶん、そうでした。C組を見て、そのまま階段をおりた気がします」
「ははは……」
「はあ、ダメですねぇ……」
 セレスはため息をついて、がくりとうな垂れる。
「誰に迷惑かけたワケでもなし、そんなに落ち込まなくても」
「私、いつもこうなんです。くつしたの裏表は間違えるし、ブドウの種も飲んじゃうし。今日だってメガネを……」
「そう暗くなるなよ。だいたいメガネは、2人組の女子が隠してたんだ。だからのあんたのせいじゃないって」
「2人組? グロリアさんと光代さん?」
「心当たりがあるのか」
「ああ……昨日の掃除が遅れたからでしょうか……それとも花瓶の水を替え忘れた事じゃあ……」
「おいおい、何納得してるんだよ! 立派なイタズラだぞ!」
「でも、理由無くそんな事するはずありませんし、私がいつも失敗するから……」
「たとえそうだとしても、やりすぎだ。理由があれば、物隠してもいいってのか?」
「でも……」
「あんたはどうなんだ? 立場が逆だったら同じ事するのか?」
「いっ、いえ……そんな事は」
「そんなの文句を言わないのを良い事に、からかわれてるだけだ。今まで悔しいとか思った事なかったのか?」
「くやしい……ですか? 考えた事ありませんでした……」
「じゃあ、今は?」
「えと……」
「…………」
「くやしい……です。でも、ホントにちょっぴりですからね?」
「それで、上等さ。言う時にはビシッと言っとかないと、この先ずっとからかわれっぱなしだぜ」
「は、はい、すみません。お礼に来たはずが、よけいなを心配かけてしまって」
「ふぅ……にしても、あんた、冒険科だよな?」
「はい、何でですか?」
「……なんか冒険してる姿が想像できないんだけど」
「そうですかねぇ…?」
「なんか、きゃーきゃー言って、逃げ回ってそうなイメージなんだけど」
「いえ、そんな事はないですよ。ちゃんとモンスターとだって戦えます。はい」
「じゃあ得意技能とかあるんだ?」
「得意って程じゃないですが、これですね…」
 セレスは左腕を伸ばすと、弓を引き絞る格好をしてみせた。
「へえ、スカウトか。エルフで弓使いって、なんか正統派だな」
「そ、そんなことないです。魔法は、てんでだめですから」
「………そうだ! もしよかったら、今度一緒に実習に行かないか?」
「えっ。だっ、ダメですよ! 私なんか足ひっぱるだけです」
「いいって、いいって。 オレ、スカウトと組んだ事ってないし、なんか面白そうだし」
「お、面白そうですか?」
「もし迷惑だったらあきらめるけど」
「いえ、そう言う訳じゃ……」
「じゃ、決まりだな。週末はどこに行けば、会えるんだい?」
「週末は、だいたい射撃場にいると思います」
「じゃ、今度誘いに行くよ、えと…どうしよう。いつまでも『あんた』って、呼ぶのはまずいよな」
「あ、名前で――、セレスで良いですよ」
「わかった、オレの事はカイトって呼んでくれ。それじゃセレス、また誘いに行くぜ」
「は、はいっ! よろしくお願いします、カイト……さん」
 これが、オレとエルフの女の子、セレスとの出会いだった。

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