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※本作は「ぱすてるチャイム Continue」の前作「ぱすてるチャイム」を簡潔に紹介するショートノベルです。
 細かい描写、ストーリーの細部などは端折ってますがご了承ください。


『ぱすてるチャイム Limited』


登場人物

「相羽(あいば)カイト」
舞弦学園で冒険者を目指す少年。
成績は下の下。

「ミューゼル・クラスマイン」
カイトの幼なじみで、神術を使う冒険者志望の女の子。
愛称はミュウ。
成績優秀、可愛くて、学校の人気者。

「ロイド・グランツ」
カイトとミュウの前に現れた男子。


<プロローグ>

 陽の光すら立ち入らぬ濃霧に海を覆われた大地、ルーベンス大陸。長い歴史の中、戦乱と平安との混沌を漂っていたこの大陸に、大きな転機が訪れた。ある日突然、たち込めていた霧が姿を消し、人々の前に水平線が姿を現したのだ。
 世の中は大冒険時代! 新しい可能性に人々の心は躍り、新たな冒険を求めて数多くの冒険者が旅立っていった。ある者は陽出ずる始まりの大地、ある者は陽の沈む海の向こう、思いのままの方角に。
 彼らが数々の宝と、物語とを持ち帰る頃、各国では次代の冒険者の育成が囁かれ始めていた。魔物を倒す猛き剣の力を! 人知を超えた深遠なる魔法の力を! そして何より未到の地を己の力で拓き進む勇気を、次の新しい世代に伝えるために。
 そして…それから五十年の月日が流れた。


<4月上旬「冒険のはじまり」>

「カイトくーん」
 上から聞こえて来た声に、オレは重いまぶたを開いた。
 眩しい陽射しの中から現れたのは、ロングヘアーのちょっとだけ眠たい瞳の女の子。
「おはよ」
「なんだよミュウ、いい気分で寝てたのにさ」
「うん、今年ね。カイトくんと同じクラスなんだよ」
「へえ、めずらしいな…ミュウと同じくクラスって」
「うん、これが初めてだよね」
 にっこりと微笑む女の子の名はミューゼル・クラスマイン。
 友達からは、『ミュウ』って呼ばれている。オレとはいわゆる同級生で、幼なじみの関係だ。10年前、オレの一家はナルの町にあるミュウの家の隣に引っ越してきた。ミュウとはその時かおなじ学校に通って、二年前からは、ここ舞弦学園の寮に入っている。
「ねえカイトくん、そういえば実習の方はどうするの?」
「あ、忘れてた…」
ミュウの言う実習とはダンジョンの探索の事だ。
 俺たちの住むルーベンス大陸には、この舞弦学園を筆頭に、冒険者の育成を目的とした『冒険科』と言うクラスを持つ学園がある。この学園では三年になると、今までの授業に加え、冒険を仮定した本格的な実習が始まる、それがダンジョンの探索だ。
 学校の地下に作られた迷宮に潜り、限りなく本物に近い冒険をする。卒業できるか否か、全てに関わってくる最重要科目。 それがダンジョンの実習だった。
「何も考えてなかった。っつーか忘れてた」
「もう仕方ないなあ…ねえカイトくん、もしパーティ組あてがないなら、私と組んでみない?」
「えっ、でもオレと組んでいいのか? ミュウの成績なら、いくらでもオレよりいいパートナーを選べるのに……」
「いいよ、知らない人と組むのってちょっと怖いし。それにカイトくん、ここぞって時に期待を裏切らないもの。だから、今回もきっと大丈夫」
「う……」
 にっこり微笑むミュウの笑顔。それは見慣れたはずなのに、なんだかほっぺが熱くなってくる。
「それじゃ、さやちゃんと待ち合わせしてるから先に行くね。また、あとで」
「おう、またなー。どれ、時間までもう一眠りするか」
 小走りで駆けていくミュウの背を見送り、オレはもう一度芝生に寝っ転がる。と、こっちを見ている一人の男子に気付いた。
 がっしりとした長身に銀色の髪。その下から端正な顔立ちが覗いている。女子にはそれなりにウケそうな容姿だけど……。
(なんだあいつ? オレの方をじろじろ見て)
「…………」
 男子はオレと目が合うとクルリと背を向け、校舎の方に歩いていった。
 (……何だったんだ? ま、いっか。寝よ寝よ)

*            *

「説明は以上です。各自、気をつけて実習に向かうように」
「きりーつ、れいー」
 ベネット先生から装備の購入方法やら心構えの説明も終わり、オレとミュウは教室を出て実習へと向かった。購買で装備を揃え、校庭の端に設けられたゲートから地下に降りると、目の前に迷宮が現れた。
 それはオレが生まれて初めて足を踏み入れるダンジョン……なのだけれど。
「なんだ、わりと普通じゃないか。もっと洞窟ぽいかと思ってたのに」
「うん、しばらくは舗装されたフロアが続くみたい」
「ウソくさいなぁ…」
「でも、ちゃんとモンスターもいるんだし、気を引きしめて」
 と、言いかけているミュウの前に、ゼリー状の物体が転がり出てきた。
 ぷよよよよ…
「モンスター!」
「確かこいつは”すらいむ”だな。いくぜ!」
 鞘から剣を抜き放ち、踏み込むのと同時に斬りかかる。初心者向けモンスター、”すらいむ”は、ぷちんとその場で弾けて消えた。
「よーし、一丁あがりっ!」
「やったねカイトくん」
「ああ、しかし実習つっても大した事ないよなー。ひょっとして冒険者ってラクな仕事だったりして」
「む……カイトくん!」
「お……」
 眉をひそめると、ミュウは正面からオレの顔を見つめた。
「ラクだなんて、そんな事言っちゃプロの冒険者の人に失礼だよ。それに、今はうまく行ったからって、この次はどうなるか……」
「ま、待てよ! 冗談だってば。別に本気で言ってるワケじゃないって」
「あ……ごめんなさい、私……」
「べつに気にしちゃいねーよ。ま、これからもこの調子でがんばろーぜ」
「う、うん」
 ミュウが笑顔に戻る。けど、その表情はどこかぎこちない。
(どうしたんろうミュウ、あんな風に怒鳴るなんて珍しい……)
 うつむき気味のミュウの顔を横目に歩き出した時、奥の方から聞いたことのない咆吼が聞こえた。
 グオオォォ…
「なんだ、あの音?」
「カイトくん。あそこモンスター!」
「えっ、何だありゃ…でかいぞ!」
 目の前にやってきたのは見た事も無いような大きさの熊の怪物だ。すかさずオレ達は迎撃の態勢を取る。
 グオオオッ!
雄叫びとともに繰り出される熊の攻撃を、オレはなんとか剣で受け流す。が、一撃を受けるたびに体が軋み、肩から腕がもげそうになる。
(だめだこりゃ、勝負にならない。ちくしょう、もう少し真面目に授業受けてりゃ良かった……)
 キィン!
 とうとう剣が弾かれて、オレは怪物の前で丸腰になった。
「…………」
「カイトくん! 襲ってくる、早くよけて!」
 ミュウの叫びが聞こえる。しかし疲れきった脚は、もうどっちにも動いてくれない。後ろに倒れれば避けられるかもしれないけど、次の攻撃はどうだろう? その次は? そのまた次は?
(いいや……これでラクになろう……)
 体から力を抜いた、その時――。
「カイトくん!」
 両手を広げたミュウが進み出て、モンスターの前に立ちはだかった。
「ミュウ!?」
 グアアアアアッ!
(だめだ、もう間に合わない!)
 オレは目を閉じ、体に力を入れた。
「…………」
 ……………………ズン。
 ややあって聞こえてきたのは、重い何かが倒れる音。
(えっ?)
 おそるおそる目を開くと、そこには予想外の光景が待っていた。背中から血を流し、オレたちの前にモンスターが倒れていたのだ。
「あれ?なんで、こいつが倒れてるんだ………ん?」
 見るとモンスターの向こうに大剣を持った一人の男子が立っていた。銀髪のその男子は、さっきオレの方をじろじろ見ていたヤツだ。
「わりぃ、アンタが助けてくれたのか?」
「たすけた? 僕がキミをかい? ふん」
 そいつはオレを無視すると、しゃがみ込んで倒れているミュウの肩を揺らした。
「ミューゼル……聞こえるかいミューゼル」
「ん……カイトくん?」
「よかった。ケガはないみたいだね」
「きゃっ、ロイだったの。ゴメンなさい」
(ロイ? あいつがロイドか……)
 騎士の家に生まれ容姿端麗、文武ともに校内でトップクラスの成績を誇る女子たちの噂の中心。ロイド・グランツは学内の有名人だ。
「どうして、あなたがここに?」
「どうしてとは、挨拶だね。あれだけ君を誘ったのは、いったい何のためだと思ってたんだい?」
「あ……実習なんだよね。ごめんなさい」
「すまない、キミを責めるつもりはないんだ。ただ、そこの彼……キミの幼なじみを見てると、どうにもいらだってね」
「なんだと! もう一度言ってみろ!」
「では改めて言わせてもらおう。初対面だが僕はキミが大キライだ。戦いを放棄した挙げ句、仲間を危険にさらす、キミのような男がね!」
「う……」
「ロイ、やめて!」
「いいや、彼のためにもよく言っておいた方がいい」
「なあ、いくらキミでも、僕の他にもミューゼルを誘った人間がいた事は想像がつくだろう?」
「ああ……」
「そうだな……僕を含めて20人は下らなかったか。彼女はその誘いの全てを理由も言わずに断ったんだ」
「え……?」
「もちろん素直に納得するやつばかりじゃあない。納得行く理由を聞くまで引き下がらないって奴もいたさ。でも彼女は何も答えなかった。泣くまで責められても、理由は話さなかったんだ。でも、それがこんな低レベルな奴の尻拭いをするためだなんて……君は恨まれて当然だと思わないか?」
「…………」
 何も言いかえせなかった。このいけ好かない優等生の言葉が、一から十まで真実だということは足下に転がってる怪物が証明している。確かにオレは怪物を倒す事も、ミュウを守る事もできなかった。けれど、組んでいたのが、ロイだったら? もしくはオレ以外の誰かだったら? ミュウをモンスターの前に立たせるような事もなかったかもしれない
 (「冒険者ってあんがい楽な職業かもな」「この次も無事に済むとは限らないよ」)
 さっきミュウと交わした会話が頭の中によみがえる。忠告は現実となった。そしてその現実は他愛なく笑い飛ばすには、あまりにも重かった。
「僕がいなかったらどうなっていたか。まったく、ぞっとするよ」
「ロイ、いかげんにして!」
「く……とにかく、僕はキミを彼女のパートナーとは認めない」
「…………」
「その気になったらいつでも僕の所に来てくれ。じゃあ」
 ロイはもう一度だけオレをにらむと、背を向け、ダンジョンの奥に向かって歩き出す。ロイの靴音が聞こえなくなると、不意にミュウが口を開いた。
「ゴメンねカイトくん。私が誘わなきゃ、こんな事には……」
 傷跡以上にミュウの気遣いの言葉がずきりと胸に響いた。





ミューゼル 「ほんとに、ロイが言ってた事は気にしないで。彼ちょっと言い方がキツイ所があるし、少し怒ってるだけで……」
「ロイは間違ったことは言っちゃいないさ。オレは自分で思ってる何倍も弱くて、ダメなヤツでそれは事実なんだ」
「カイトくん……」
「…………でも、やっぱり悔しいよな」
「え……」
「なあ、ミュウ。危険な目に会わせておいてなんだけど、オレのワガママを聞いてくれないか?」
「わがまま?」
「ああ、恥をしのんで一生の頼みだ。 ミュウ、オレと一緒に冒険してくれ!」
「え……」
「ロイが言った通り今のオレは弱い。二年間、まるまるムダにして。今のままじゃ卒業だすら出来ないかも知れない。でも、まだ1年ある。あと一年で、どこまでやれるか分からない。けど、何もしないより可能性はあるはずだ!」
「カイトくん……」
「期待を裏切っといて、こんな事言えた義理じゃないのは分かってる。ひょっとしたら今日以上にミュウをあぶない目に合わせるかもしれない。でも、オレはどうしても強くなりたいんだ! 頼むミュウ、オレに力を貸してくれ!」
「…………ううん」
 少しの沈黙の後、ミュウは首を横に振ると、優しい微笑みを浮かべてオレの手を握った。
「やっぱりカイトくんは裏切ったりなんかしないよ」
「ミュウ……」
「がんばろカイトくん。がんばって、一緒に卒業して……冒険者になろうね」
「ああ」
 頷いて、オレはぐっとミュウの手を握り返した。
(あと一年、死にもの狂いでやってやる……そして必ず、ミュウと一緒に冒険者になってやる)

 オレの舞弦学園での三度目の春が……そして冒険の日々が幕を開けた。

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