「神は、原初の人の魂を二つに分け、その器として男と女を作った。 だから、男と女は互いを求め合う。 満たされたくて、一つに還ろうとして────」 |
![]() |
聖典の創世記。 昔は、それが真実だと信じられていた。 真実であるなら、その逆も可能なはずだと 考えた者がいた。 溶け合うことができれば、一つに還ることが できれば、原初の人間のように、 幸福と不老不死が手に入るはずだ、と。 蕩果という薬を、使って。 |
「──蕩果を用いて交わった男女は、感覚を、悦楽を共有できる。 これをつきつめれば、溶け合い、一つに還れるはずだ」 |
だが近世になって、科学の進歩がその迷信を否定する。 分類上は向精神薬。軽い幻覚作用、引き出される潜在意識。 一時期は神の奇跡を引き起こすはずだと信じられた蕩果も、 今ではただ、まれに媚薬として使われるだけだ。 |
そんなことは、セトル=ジャンもリズも知っていた。 けれど二人は、蕩果を使い始める。 最初は、互いの気持ちを確かめたくて、ほんの少しの好奇心で。 |
そして、二度目は──。 別れたくなくて。 離れたくなくて。 自分たちの想いは特別なのだと信じたくて。 奇跡が起きることを、信じて。 |
──いや。 快楽に溺れて、逃避するために。 追いつめられ、明日への希望を無くし、最後に残ったのは、 ただ「好き」だという想いだけ。 お互いが欲しいという、そのことだけ。 狂ったように求め合う間だけは、別離の時を忘れられるから。 永遠に抱き合っていられる、その夢想に身も心も沈めて。 |