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乱暴に店、69のの扉が開かれた。 扉の向こうから顔を出したのは、この辺りの地回りの男二人だった。 「ひゃわわん!」 「なんじゃ、騒々しい」 苛立たしげなヨークシャテリアのこしあんの吠え声に、幸吉が流しから顔をあげる。 「おう、あのガキいるか?」 「あのガキ…はて、儂は子供なんぞ産んだ覚えはないがの?」 「すっとぼけんじゃねえ!」 一人の男、もう一人より格上らしい男がスツールを蹴り上げた。 「俺に恥かかせやがった朱華ってガキだよ! あんたがかくまってんのはわかってんだよ!! さっさと出せや!!」 「あいつなら今はおらんよ」 「またか! いつもいつも、どこに隠しやがるんだ!」 「お前さんらがそんな調子であいつのケツを追いかけ続けている間はのぉ」 「なんだとぉ!!」 男はまたスツールを蹴飛ばした。 「ひゃわわん!! ひゃわわん!!」 カウンターの上にいるこしあんが牙を剥き、スツールを蹴飛ばした男に吠えかかる。 「うるせえ、犬!!」 男はこしあんに向かって拳をあげた。 猟犬でもないのにこしあんは威嚇のまま姿勢も崩さず、目線もそらさず男を見つめていた。 「そろそろやめてくれんかの」 まったく変わらぬ声色で幸吉が言う。 それなのに、男の拳が止まった。 そして顔色もわずかに変わる。 「まったく…仁義だのなんだの古くさい事は言いたくないが、まったくもって、質が落ちたのぅ」 「マ、マスター…」 「お前の親分は、自身の誇りをそのように使えと、お前さんらに教えているのか?」 「い、いや…そんな事は…」 「朱華を追い回すの理由はわかる。だからと言って、椅子を蹴飛ばしたり、うちの大事なお姫さんを殴ろうとするのは、ちと違うんじゃないかの?」 「そ、そりゃそうだけど…」 「そうか。だったら次にお前さんらがしなくてはいかん事はわかっとるの?」 幸吉のその声に男は舌打ちし、連れていた部下と共に踵をかえした。 店の扉を出ようとした時、大柄な女にぶつかった。 「気をつけろ、このオカマ!」 「ああん、誰に向かって言ってんのよ!!」 「う、うわ、ヒ、ヒロミさん!!」 「あんた達、また朱華ちゃんいじめようとしてんのね!! いい加減になさい、あ、何逃げてんのよ、こらー!」 男達はヒロミの一喝に慌てて逃げ出した。 「すまんのヒロミちゃん、くるなりいやな目に遭わせて」 「ああん、別にあれぐらい。逃げるだけ可愛いじゃないのさ。で、また朱華ちゃんに?」 「ああ、そうじゃの」 「そうなのー、あんたの後輩も困ったちゃんね、こしあんちゃん」 「ひゃわわん」 「で、朱華ちゃんは?」 「相手する気満々じゃったが、儂が部屋に帰したよ」 「そっか…ざーんねん。綺麗な顔を見ながら、お酒呑みたかったのになー」 「儂がおるじゃろ」 「えー。あたし的に幸吉さん、賞味期限切れてるー」 幸吉はこしあんを連れ、店のあるビルの最上階の自分の部屋に戻った。3LDKの部屋で、朱華と一緒に暮らしている。 「ただいまっと…」 「ひゃわん!」 返事はなかった。 「もう自分の部屋で寝ておるのかのぅ」 しかし、リビングには電気がついている。 「むう…電気をつけっぱなしでまた寝ておるのかの…」 リビングに続くガラス戸を開けると、その向こうにあるこたつのそばで朱華がうたた寝をしていた。 「やれやれ…自分の部屋で寝ろといつも言っておるのに…」 デーブルの上を見ると、コンビニで買ってきたと思しき板氷の袋がいくつかあった。 そして、銀色のボールとアイスピック。 「なんじゃ…氷を削る練習をしとったのか」 ビニール袋の隣りには絆創膏の紙くずが散乱していた。 しかし、アイスピックだけは雫ひとつついておらず、きっちりと使った後の手入れがされていた。 眠っている朱華を見ると、左の指にいくつも絆創膏が貼られていた。 「…やれやれ…道具は大事にするんじゃが、後かたづけはまだまだじゃの…」 幸吉はひとつため息をついて、朱華が散乱させたものを片づけた始めた。 こしあんは、朱華の腹の上に乗って寝息を立てだした。 |