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莉々子
和風の庭で蝉が鳴いている。
真夏だというのにエアコンがなく、それなのに涼しいましろの部屋で、莉々子はましろと二人、勉強をしていた。
二人とも夏休みの宿題をもう終えしまっていて、今しているのは明日の模擬試験に備えた勉強だった。
「あ…れ…」
「ん、どうしたの、ましろちゃん」
「…ここ…ひっかかっちゃった…」
「見せて…あー…ここのXをこっちに代入するんだよ。そしたら…ほら、ね」
「あ…わかった、ありがとう」
「これ、塾の先生が言ってたけど、絶対出る基本の数式だから、理解出来なかったら、解き方を暗記していたら、それで5点は堅いって」
「ん…わかった…覚える…」
ましろはそう言って、莉々子の言葉に頷いた。
二人はまた静かに勉強を始める。
すると、玄関先で、誰かがきたような気配がした。
雪花が応対している声。
そして、雪花が少し慌てて何か言っている。
ちょっとどすん、と響く、微妙にリズミカルな足音。
足音がどんどん近づいてくる。
そして…
「ういーっす、ましろ」
開ける、という声もかけず、部屋に顔を覗かせたのは、少しとろんとした目の朱華だった。
「しゅ。朱華様、困ります。お二人は試験に向けてのお勉強中で…」
雪花が慌てて朱華を止めにきた。
「あー…はいはい、わかったわかった。ちょっと顔見にきただけだから」
まったくわかってなさそうに朱華が雪花に適当に返事をする。
「いらっしゃい、おにーちゃん…」
「あ…おじゃましてます」
「はいはい…あー………」
朱華は莉々子を指さし、天を仰ぎ、それからはっとしたように言った。
「莉々子ちゃん?」
「あ、はい…そうですけど…」
莉々子は少しどきどきして応える。
「おー…おっきくなったなー…あの、池にはまった時から…」
「あ…うっ…また…その話…」
「そっかー…で…なんで勉強しているんだ?」
朱華はそう言うと、ましろの横に座り込んだ。
「模擬試験…」
「もぐしけん?」
「…模擬…」
「あー…そうかそうか。本チャンのテストのあれか…えー…」
「はい。受験の時、あまりあがらない為のテストです」
「そっかー…の為にも勉強するかー…えらいなー…にーちゃんそう言う事、まーーーったくしなかった…いや…したした。眞に引っ張ってかれたよ。一度ぐらいは受けとかなくちゃいけないって…んー…にーちゃん、まったくなんもかんも平均よりちょっと下だったわ」
と言って、朱華はましろのノートを覗いた。
「……………………」
覗いて少ししたら、ぱったりと倒れてしまった。
「…あ…あの?」
心配した莉々子が朱華の方にそっと顔を伸ばした。
「だめだー」
「へっ…?」
「難しいもの見たから、動けなくなった」
「えっ…」
「ましろー…まーしーろー…」
「…何?」
「にーちゃんの頭なでてくれたら、にーちゃんは復活するぞー」
そう言う朱華の頭をましろは何度かそっとなでた。
「うっし」
朱華は宣言通り、のっそり起きあがった。
「さーて…復活したから、にーちゃん出てくな、じゃーな」
朱華はそう言って、ましろの頭を犬の頭をなでるようにぽんぽんとなでた。
「莉々子ちゃん、またねー」
「あ、は、はい」
とろん、とした目の朱華になぜかどきまぎしながら、莉々子は朱華の挨拶に応えた。
「あの…ましろちゃん…今…朱華さん少しおかしくなかった? というか…あんな人だったっけ?」
「…時々。でも…ああいう時は…一度寝ちゃったら、した事忘れてる事多いかな…」
「へ…へー…そうなんだ…」
それでも、莉々子は今日のこの出来事を忘れる事はなかった。
朱華の…酒に酔った目の艶に溺れてしまったように…


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