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夜深

夜の街の中を、泳ぐように歩く二人がいる。
一人は、胸を張り、堂々と。
一人は、その者の身長に合わせて背中を丸めて。
「夜深さん、夜深さん。寒くないっすか?」
「ああ、大丈夫だよ。お前こそ、寒いないのかい?」
「うっす、オレ、丈夫だから平気っす。でもこっちは温度が高くなったり低くなったりするの、不思議っすね」
「四季があるからね」
「そうすっね。あ…夜深さんの故郷って…沖縄って言いましたっけ? オレ、テレビで見ましたよ。なんか、冬でも暑くて、泳げるんっすよね?」
「観光客は泳いでるかな。地元の人間は、寒いからって言って、泳ぐ事はないけどね」
「へ…観光客は泳ぐのに、地元の人は寒いって…??」
「こんな寒いとこから沖縄に行ったら、暑いと感じるんだろうけど、地元の人間は…沖縄にも四季があるから、夏からしたら温度が低いから泳ぐ感覚になれないってだけさ」
「あー…なんとなくわかりました」
二人の横を、犬をたくさん連れた浮浪者が横切っていく。カンジはちょっとその犬に見とれてから、また夜深に目を動かした。
「夜深さん、夜深さん、オレ、小遣い貯めるんで、沖縄行きたいっす!」
「へっ…」
「沖縄! 一緒に行きましょう!」
「あたしと…かい?」
「うっす。夜深さん、沖縄嫌いっすか?」
「嫌いとか…そういうんじゃないけど…まったく帰ろうと思わなかったからねぇ…」
「どうしてです?」
「………………」
(ここではないどこかを探して、そのままここでこうしていて…帰ろうなんていう気になれなかった…同郷の義父に養子にされて、そのまま…ずっとここにいるものだと…そう思ったのは…)
黙ってしまった夜深を、不安そうに見つめるカンジ。
夜深はその視線に気がつき、薄く微笑んだ。
「あ…す、すみません…」
「どうしたんだい?」
「ひょっとして…同じ…なんかなって…」
「同じ…?」
「うっす…夜深さんが…強い夜深さんがそんな事するはずないと思うんですけど…ひょっとしたら…夜深さんも、オレと同じで…故郷捨てたんっすか…?」
「…………………」
「だったら…帰りたくないっすよね…」
と言って俯いてから、顔をはっと上げる。
「あ、す、すみません。夜深さんに…失礼な事言って…」
「……ふふっ…」
「夜深さん…?」
(そっか…この子は、あたしと同じだったんだ…理由はどうあれ、故郷を捨てて…そして…さまよって…ここで、あたし達は会ったんだ…)
「へっ…」
夜深はそっとカンジの手を取った。
温かい。
人ではないのに、人の温もりを持つ…不思議な手。
「や、夜深さん??」
ふいに手を掴まれ、カンジはどぎまぎしている。
「ここではないどこかってのは…場所じゃなかったのかもね…」
「へ…??」
「……なんでもないよ」
夜深はそう言って自然に…幸せそうに笑った。
「よし、沖縄行こうね」
「う、うっす!」
「うんと暑い…夏に…行きたいね…」
夜深はそう言って、カンジの手をきゅっと握る。
「身長差がありすぎて、あんた、歩きにくいかね」
「そ、そんな事ないっす、て…い、いいんですか? その日置さんとか…叱りませんか?」
「叱られるんだったら、二人で叱られようよ」
夜深が笑う。カンジも笑う。
「う、うっす」
「さ…行こうか」
「うっす」
二人はまた、歩き始めた。



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