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眞
風に少し暖かみが混じる頃。
着慣れないスーツやドレス、袴姿の若者達が、大きな講堂からぞろぞろと出てきた。
その中に、シャツの襟元に指をくいっと入れ、軽くため息をつく青年がいた。
「お疲れさん、眞」
その青年に向かってかけられる声。
「おう…って…なんでお前、ここにいんだよ、朱華」
紺色のスーツを着た眞の後ろに、黒いスーツをきた朱華が立っていた。
「お前んち電話したら、お袋さんがこいって言うから行ったら、これ着せられてさ」
「これって…俺のスーツ買ってくれる時に、一緒に買ってたスーツじゃないか。俺のにしちゃあおっきいと思ったら、お前用だったのか」
「そうだって。俺、法事の時も昔からのずっと着っぱなしでいたんだけど、背ぇ伸びてつんつるてんになっているの、お前のお袋さん、気になっていたんだと。幸吉さんからも買い直せって言われてたんだけど、年に一度だけの事だから、めんどくさがっていたら、お袋さんが業を煮やしたって訳だ」
「なるほどなー…お袋、男前がだらしない状態で服着てるの、大っ嫌いだからなー…」
「いらねーって言ったんだけど、お前のを買うついでだったからいいってさ。返品めんどくいから、持っていけって。お袋さん、相変わらず、男前な事してくれるよな」
「すねると子供みたいだけどな。で…わざわざスーツ着て、俺達に紛れてこんなとこ…卒業式までくるなんて、どうしたんだ?」
「急で悪いんだけど、今夜、暇か?」
「んー…謝恩会があるんだよ。どうした?」
「幸吉さんも卒業するってさ」
「へっ?」
「俺にマスターやれって」
「へっ…」
「今日、眞が卒業式だって言ったら、ついでに儂も卒業するって。俺に店、任せるってさ」
「そう…か…」
「ああ」
「いつか、お前に任せるっていう話は、前からしてらしたけど…こんなに早く、お前に任せるって言うとは思わなかったな…」
「ああ。で、幸吉さんの卒業式&俺のマスター就任式で、常連呼んで、一晩中お祝いだって」
「そっか…」
「ああ」
「わかった。謝恩会てきとうに済ませてから行くから…21時にはいけると思うよ」
「悪いな。せっかくのお別れの夜だってのに」
「ああ、いいよ。特に仲のいい奴らとは、謝恩会てきとうにしたからって切れる事はないしさ」
「…いいのかよ?」
「ん?」
「こーいう機会に告ったりする女とかはいないのかよ」
「んー…そーいう子作る暇なかったから。特にドクターコース行くようになってからはね…一般の時はまだマシだったんだけど…」
「あー…なんてったっけ…杏子ちゃんだったっけ…」
「ああ」
「今日、一緒に卒業だったか?」
「いや…あの子は、別の大学だったし…もうとっくに卒業して、どっかのいい企業のOLやってるって話だよ」
「…そーいや、いつの間にか、連絡取らなくなったんだったっけ」
「ああ」
「…お前も不器用だねー…」
「人の事言えるのかよ…」
そう眞が呟いた時、大講堂の方からわっと歓声がして、その声は朱華の耳に届く前に、かき消された。
ふたりしてそちらを見ると、教授らしき男性が、学生達に胴上げをされていた。
「んぁ、なんだって?」
「なんでもないよ」
眞はそう言って笑った。


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