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ましろ
もうそこに、ましろは一時間へばりついている。
きらきらと、オレンジ色の提灯が無数に並ぶ下、色とりどりの屋台。
その中のひとつ、金魚すくいの場所で、ましろは必死で金魚をすくっていた。
水面に慎重に慎重に、紙面をつけ、そっと、風にさらわれるように金魚を一匹ずつすくっていく。
それを、莉々子が後ろでじっと心配そうに見つめていた。
ましろの左手のアルマイトの器には、47匹の金魚が入っている。
ましろには目的があった。
金魚をすくうポイ一枚で、50匹すくった者に与えられる、つがいの金魚が欲しかったのだ。
その金魚はどれだけその店で飼われているのかわからない、やや大きくなった金魚。
つがいの金魚が入っているにしては小さな金魚鉢の中で、二匹とも元気がないように見える。
ましろはその金魚達を自分がすくってやりたい一心で、無心に金魚をすくっていた。
また一匹、ましろが金魚をすくう。
「やった!」
莉々子がうれしそうな声をあげた。
「ましろちゃん、後2匹だよ、がんばって!」
「うん…」
ましろの返事はうわの空のような声色だった。ましろは集中していて、無意識に返事をしているのだ。そんな時のましろの集中力を莉々子は知っている。ましろがあの金魚を間違いなく手に入れると信じ、固唾を呑み、見つめている。
ましろがまた、金魚をすくった。
「あっ…」
ましろのポイに、ぼこりと半分ほど、穴が空いてしまった。
「ああっ!」
それを見た莉々子の声と同時に、ましろはかろうじて、器に金魚を入れた。
「セーフセーフ!」
莉々子は店番のおばあちゃんに向かって大きなボディランゲージつきで訴える。
おばあちゃんはまったく気にしていない。ぼんやりと、ましろの事を見つめていた。
ましろの真剣な顔は白く、オレンジ色の明かりに染まっていた。
「…お嬢ちゃん…そっちのおかっはのお嬢ちゃん」
「え…」
「必死になってるけど、どうしてだい?」
「…目が…あったような気がしたから…」
「目…? 金魚とかい?」
「…うはい……だから…なんとか出来るなら…したいなって…」
ましろは失った集中力を取り戻すかのようにきゅっと唇を引き締めた。
そしてまた、紙が半分になってしまったポイを水に入れる。
「んっ…」
ゆっくり手を沈め、すくえそうな金魚がやってくるのを待つ。
一匹の小さな赤い金魚がそっと寄ってきた。
ましろは、半分になった面を斜めにして、器用にすくった。
「や…」
莉々子の唇から声が漏れる。
「あっ…!」
半分になっていた紙はたらふく水を吸っていて、そこに金魚の、そして、金魚と一緒についてきた水の重みに負け、ぼそっと落ちた。
「っ…………」
「うっ…うそ…ここまできて…」
呆然と破れた紙を見ているましろの代わりに、莉々子が呟く。
「はい、残念でした」
おばあちゃんはたんたんとましろに言う。
「っ……」
ましろはこくりと小さく頷いて、針金だけになったポイをおばあちゃんに渡した。
そして、器の中の金魚達を、そっと大きな水槽の中に戻す。
「窮屈な思いさせて…ごめんね…」
ましろはすべての金魚が流れ落ちるのを見届けてから、つがいの金魚を見た。
「…ごめんね…」
「もう一回やるかい?」
「あ…その…もう…お金がなくて…」
「…金魚、飼った事あるのかい?」
「……ない…です…飼い方の本を読んだ事があるだけです…」
「……………」
おばあちゃんは、つがいの金魚が入っている鉢を無造作に手に取った。それをましろにずい、と差し出す。
「え…?」
「目があったんだろ?」
「でも…」
「いらないのかい?」
「い、いえ…でも…」
「目があったんだったら仕方ないよ」
おばあちゃんはその時初めて、ましろに笑みを見せた。
ましろはおずおずと手を伸ばす。
ましろの両手の中に、鉢が渡された。
ましろはうれしそうに、ほっとしたような顔をして、おばあちゃんにお礼を言った。


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