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二藍
「絶対、いらねぇ!」
「だーーーめっ、意地でも持ってって貰うわよっ!」
朱華と二藍。
血が半分しか繋がっていないこの二人の姉弟は非常に仲が良い。
その二人が、仁王立ちになって、言い合いをしている。
「絶対、絶対、絶対、いらねぇぇ!!」
「…………………」
二藍は、黙って怒鳴っている朱華を見つめている。
「いらねぇったら、いらないよ!」
「……………いいもん…」
二藍がぼそりと呟いた。
「いいもん…だったら私も考えがあるもん…もう、クッキー作ってあげない…もう、髪の毛だってセットさせてあげない、もしくは、フィッシュボーンしかさせないからっ!」
「それ、すねて言う事かよ!」
だんだんと、二藍の声が大きくなっていく。
「もう、ゲームも買ってあげない、漫画も買ってあげない、後、後、朱華が赤ちゃんだった頃の観察日記、眞ちゃんに見せるっ! 蒙古斑の写真も見せる!」
「馬鹿!!」
「おかーーーさーーーん、朱華が私の事、馬鹿って言ったぁ!!」
「お袋に言いつけるなよ! いい年して、もお!!」
「朱華、いい加減、あなたが折れなさい」
朱華と二藍は、リビングで喧嘩をしていた。
その隣りで台所仕事をしていた二人の母は、やりとりを聞いていて、ため息をついた。
仲が良すぎるのも困ったものだ、と…
「お袋、二藍の味方なのかよ!」
「だって、二藍ちゃんの言う事に、一理あるもの。どうせならいいものを買いなさい。その方がやめようという気もおきにくいでしょ」
「だって…俺…自分で…」
「これからの時代、ひとつでも特技がある方が絶対いいわ。食いっぱぐれないで済むし」
「………………」
朱華は黙り込んでしまった。
「はい、決まり。二藍ちゃんもお金出すんだから、二人でいってらっしゃい」
「嘘だろっ!?」
「わーい、やったぁ。朱華がどの色似合うか、私が見立ててあげる」
「くそっ…勝手にしろよ、もお!!」
朱華はふくれて、どすどすと足音を荒げ、玄関に向かった。
「あ、待ってよ朱華、でかける準備するから。後、髪、三つ編みにしてよー」
「二藍ちゃん」
「ん? 何、お母さん」
「これ…あなたからという事にして、足してちょうだい」
母親は二藍にいくらかのまとまったお金を渡した。
「お母さん、これ…」
「私も、参加するわ」
「…いいの? お父さん…朱華は自分と同じ、画家になるものだと思っているみたいなんだけど…」
「そうね。あの人は朱華は自分の跡を継ぐだろうと思っているみたい。でも…それは朱華が決める事だわ。アコーディオンだって、弾けるかどうか、弾き続けるかどうかもわからないし……それに、絵の才能だってどうなるものか、わからない。だとしたら…好きな事をさせてあげたいの。好きな事が出来るうちに」
そう言って、母親はにっこりと…少し寂しそうに笑った。
「ん、わかった、じゃあ朱華と…お父さんにも内緒にする。…朱華に代わって、私がお礼言うね、ありがとう、お母さん」
「二藍、さっさとしろよ、置いてくぞ!!」
「あ、ちょっと待ってよ、置いてったら、一緒にお風呂の刑だからね! っていうか、髪、セットしてよ! じゃあお母さん、いってくるね」
「はい、いってらっしゃい」

それは朱華が、やっと自分のアコーディオンを買いに行ける資金が貯まった日の事だった。


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