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チャイムが鳴って、教室から次々と晴れ晴れとした顔の学生達が出てくる。ここは女子校なので、皆、女子ばかりだ。 「莉々子」 その中の一人、莉々子が教室から出ようとした時、後ろから声がかけられた。 「ん、どうしたの?」 莉々子は同じ仲良しグループの二人に呼び止められ、立ち止まる。 「ん…ましろちゃんの事なんだけど…」 「まだ…駄目そう?」 二人は本当に心配そうに声をかけた。 「んー…まだ駄目みたい…」 「そっか…」 「実はね、お母さんが、プールのタダ券くれたの。みんなで行きなさいって。でね、ましろちゃんの分もあって…」 「ん…わかった、聞いてくる。でも…期待しないで待ってて貰った方がいいと思う」 「そっか…いつも行ってる莉々子ちゃんがそう言うなら、しかたないかも…」 「ん…そうだね…」 二人は顔を見合わせ、苦笑いして頷きあった。 その二人を、莉々子は少し遠い人のように感じていた。 ましろは、ゴールデンウィークが過ぎた頃から、いきなり学校にこなくなってしまった。 彼女の様子をうかがう為、先生や友達で家に行っても、出てくる事はない。辛うじて、莉々子にだけ、顔を見せるような状態だった。 その為、ましろの様子は学校では莉々子が一番詳しい状態になっていた。 「私達…知らないうちに、ましろちゃんがいやがるような事、しちゃってたのかなぁ…?」 「それは絶対ないよ。ここに進学してから、ましろちゃん前の時より明るくなってたもん。もっとおとなしかったんだよ。だからそんな事ないない」 莉々子のその言葉に、二人は少しほっとする。 「何かあるのはあると思うんだけど、本人が話してくれないから…今はしかたないよ。二人の気持ち、絶対伝えておくから。安心して」 「わかった、ありがとう。莉々子ばかり、ほんとごめんね…私達が行っても…役に立たないから…」 「そんな事ないって。んー…気にしないで、二人共。私、これからクラブ行って、それからまたましろちゃん家、行ってくるね」 「私達待ってるからって、伝えておいてね」 「わかった。じゃあ、よい夏休みを」 「うん、莉々子も」 莉々子は二人に手を振って別れると、職員室に向かった。担任に呼ばれていたからだ。 「失礼します」 莉々子はそう言って、担任の若い女教師の机に向かった。 「あー、ごめんね、英田さん。これさっき言ってた、柳条さんの家、持ってって貰いたいもの」 と言って、女教師は幾枚かのプリントと教材を莉々子に渡した。夏休みのお知らせと宿題だった。 「わかりました、これを持っていけばいいんですね」 「悪いけど、お願いね。だけど、柳条さんにも困ったものね」 その言葉に、莉々子がぴくりと反応する。 「英田さんにだけしか、顔みせないなんて…繰り上がり前の担任の先生の話からだと、おうちは少し複雑だけど、手のかからない子って聞いていたのに…こんな事になってしまって…」 「前の担任の先生の言ってる事、間違ってませんけど」 少し棘のある声色の言葉を、莉々子は女教師に投げかけるが、女教師は気がついていない。 「何が原因か知らないけど、あなたにこんな迷惑をかけても、何も話さないなんて…柳条さん、あなたに甘えっぱなしじゃないのねー…子供じゃないんだから、もっとしっかりして貰わないと駄目だと思うのに…」 「私は迷惑だと思っていませんし、ましろちゃんはしっかりした子です」 とうとう、莉々子の声色にはっきりした怒気が混じりだした。そこで女教師は、はたと気がついた。自分の愚痴が…自分の感情と莉々子の感情は同じものだと思っていた為吐いた言葉が、莉々子を怒らせてしまった事に。 「何があったのかはわかりませんが、そのうち話してくれます。今は…悩んでいるだけです。絶対そうです。先生のご用事、これだけですか? だったら私、部活行きたいんですけど」 「え、ええ…こ、これだけよ。悪いけどお願いね」 「……失礼します」 莉々子は声の中から感情を消して、きっちりと頭を下げ、そこから離れた。 莉々子が出て行ってから、女教師はため息をついた。 「あの子…しっかりしているから、つい甘えちゃったな…あの子だって、いっぱいいっぱいだったんだ…あー…失敗した…」 莉々子は自分の分と、ましろの分の夏休みの宿題を抱え、部室に向かっていた。 (誰がなんと言おうと、ましろちゃんは、悪くない…今は少しだけ…くたびれてるだけだもん…だから、ちょっとぐらい、いいの…もし…もし本当に、みんなが言う通り…ましろちゃんが、私にだけ甘えていて、顔を出す事が出来るのだったら、私がしっかりしなくちゃ…私がしっかりして、ましろちゃんをはげましたり、お話していたりしたら…そのうちきっと…話してくれる…どうしてこんな事になっちゃったか、きっと…だって私達…幼稚園からのお友達だもん…こんな事で…離ればなれになったりしない…お友達だもの…) 莉々子は、誰もいない渡り廊下でぱたりと立ち止まった。 そして、少しだけにじんだ涙を手の甲でごしごと拭い、また歩き始めた。 |