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眞
食卓に並んでいる朝食は、炊きたてのご飯、大根とにんじんのみそ汁、焼き魚に野菜の和え物に、三種類のお漬け物。
(今日はご機嫌だな…)
昨日はコーンフレークだけだった。父親が母親と約束したものを買ってこなかったので、すねて手抜きをされた為だった。おそらく父は、頼まれたもの+αの何かを買ってきたに違いない。
「何、ぼーっとしているの。さっさと食べてしまいなさい、眞」
眞の母親は、自分の息子をたしなめるように言った。
「うーす、いただきます」
眞はきちんと手を合わせ、朝食を食べ始めた。
「今日はそのまま夜勤だったっけ?」
「ああ」
「じゃあしばらく、あなたの食事はいらないわね」
「ああ」
「だけど、さえないわねぇ」
(また始まった…)
「たまには、ちょっと色っぽい話はないの? 夜勤明けは、彼女の家で朝食、とか」
「忙しくて、彼女作ってる暇ないって何度言えばわかるんだよ」
「朱華ちゃんは、お達者な感じなのにねー。この前、デートしてくれた時、ちゃんと車道側に立ってくれるし、荷物も持ってくれるし、おしゃれな上に美味しいオープンカフェも知ってるし」
「お達者っていうより、あいつの場合は…」
「お母さんだって、わかるわよ。あの子、そこそこ女の子泣かしているんでしょ」
「…泣かしているというより…仲良くさせているというか…」
「ふーん。そうなんだ」
眞の母は一口緑茶をすすってから、つぶやくように言葉をこぼした。
「ご家族のお葬式の時、あんなにぼんやりしていた子が…元通り明るくなったわね」
「…ああ…」
「そろそろ、命日ね」
「明日だな」
「朱華ちゃんの様子、見に行ってあげてくれる?」
「ああ、明日の夜、店寄ってくる」
眞の母は自分の息子の顔をじ〜っと見つめた。
「な、なんだよ?」
「私のおっぱい吸ってた子が、今は立派な飲んべえになっちゃって…」
「しかたないだろ。大学行くと、鍛えられるんだよ…朱華んとこで、いい酒の味とか覚えさせられたし…」
「あ、そうそう。お母さんね、朱華ちゃんにスーツ買ってあげたの、言ったっけ?」
「ああ、朱華から聞いた。母さん、あいつもいい年なんだから、そんなモン自分で買えるから、ほっといていいんだぞ」
「あら、嫉妬してるの?」
「朱華にも迷惑だって言ってんだよ」
「んー…ちょっと困ったような顔してたけど、朱華ちゃんは私の息子みたいなもんだからいいのって言ったら、照れてから、私の言う事きいてたわよ」
「あー…」
あいつはそういうのに弱いから、という言葉を眞は飲んだ。そんな事を言って肯定してしまったら、母のおせっかい爆撃がさらに朱華に降り注ぐと思ったからだ。
「だってー、まだ、あんたの大学の卒業式の時用に一緒に買ったスーツ着て法事出てるって言うんだもん。新調してあげたくなるじゃない」
「新調ついでに、俺が貴重な休み使って手に入れたカフス、合うから貸してくれって持っていかれたよ」
「ああはいはい、あの銀の?」
「ああ」
「確かにあれ、あなたより朱華ちゃんの方が似合いそう」
「はいはい、そーですな」
眞は出されていたものをすべて平らげ、食器を重ね、流しに置いた。
「ごちそう様でした」
「はい、お粗末様でした」
「それって、全国共通?」
「ん?」
「朱華の実家っちゅーか…柳条の家の家政婦さんもそう言うから…あ、おあいそなしとかも言ってたかな…」
「さーどうなのかしら」
それから眞は、朝の雑多な準備を手早くすまし、家を出た。
早朝だというのに、空にはもう、暑く大地を照りつける太陽がある。
そしてその横に、ツヅキが出ていた。
「今日も出てるなー…」
目を細め、それを見つめる眞。
初めてそれが出た日。朱華が家族すべてをもぎ取られた事を、眞は今でも覚えている。
訃報が入ったのは、眞の家の電話にだった。その時朱華は、この家にいたからだ…
「………………」
自分の中にあった何かを少しだけ思い出し、顔を引き締め、眞は職場である病院へ向かった。


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