戻る 雪花

雪花
こぽこぽといくつものエアーポンプの音が響く。
水槽の中でひらひらと優雅に揺れる、赤、白、黒、斑の金魚のしっぽを眺めている。
制服を直す為に必要なスナップや肩パットは買った。
こんぶと鮎がもうすぐ届けられる時間だから、そろそろ急がなくてはいけない。
お坊様がいらっしゃった時の為に冷たいおしぼりも準備しなくては…
「あの…柳条さん?」
「えっ…?」
雪花は主の名前を呼ばれ、はっと我に返った。
そこは、ましろの行きつけのペットショップだった。今はましろが外に出たがらないので、雪花が通っている。
「どうしました?」
「あ…すみません、綺麗だったので、見とれていました」
「その子いいでしょう? そこまで綺麗なタンチョウは、なかなかいませんよ」
「そうなんですか?」
「ええ。健康状態も良好ですし、どうですか、もう一匹」
「あ…すみません…私は…その…」
「あ、そうか、すみません。飼ってらしたのは、お嬢様でしたね」
「はい」
「じゃあ、エサはいつものフレークのと…鉢はどうされます? 新規でお買いになります? いいのが入ってるんですよ」
「いえ、それはいいです。産卵する様子もありませんし」
「わかりました」
店員が雪花が購入したものを袋に入れている間、雪花は再び水槽の中の金魚を見た。美しい、だけど水槽の中しか知らない金魚。
「お元気ですか、お嬢さんは」
「あ…はい」
「まだ外には出られないんですか?」
「はい…」
「うちの店員達に、お宅のお嬢さんのファンが多いんで、気が向いたら顔出すように伝言お願いしていいですか?」
「はい、わかりました、ありがとうございます」
雪花は今買ったものを手に、外に出る。
外は嫌になるほど晴れ上がり、日陰にいても目を細めなければならないほどの夏の快晴だった。

裏口から家の中に入る。
中はひっそりとしていて、まるでここだけ時間が止まっているかのようだった。
雪花は買ってきたものを台所の机の上に並べ、分別し、冷蔵庫に入れるもの、戸棚に仕舞うもの、と、てきぱきと片づけていく。
エプロンをつけ、夕食の準備にかかりながら、明日の仏事料理の準備も始めた。
帰ってきたと同時に配達の者から受け取ったこんぶを出汁として使ったもの、鮎も次々と雪花の手によって料理されていく。
明日は、この家で法事がある。
血縁ではないが、当主の黝簾の婚約者であった二藍と、その両親の命日だった。
彼らの葬儀はましろの祖父が取り仕切った。
ましろの祖父と、二藍達の父親は大変仲が良かった。二藍達の父の死を誰よりも悼んでいたのは、ましろの祖父だっただろう。だからこそ、自分の手で葬儀をあげたかったようだ。それはそのまま続き、祖父が亡くなった後も、柳条の家で、尾狭霧家の法事が行われる事となっていた。一人残された朱華がこの家で世話になっていたという事もあるのだが。

一通り終わった後、雪花は自分の部屋に向かった。
そしてすぐさま裁縫箱を取り出し、ましろの制服の直しにかかった。
上身頃を裏にして、肩の部分と、そこにつける為のパットにスナップをつける。それを両肩合わせて15分ほどで片づけてしまった。
「ん…これでよし…」
雪花は裁縫箱を片づけ、ましろの部屋へと向かった。
「失礼します、ましろ様、よろしいですか?」
雪花の言葉にす…っと静かに襖が開いた。そこからそっとましろが顔を覗かせる。
「ましろ様、制服の直しが終わりました。試着して頂けますか?」
ましろは黙ったまま頷く。
「それとですね、ましろ様、それが終わりましたら、夕食です。今日はましろ様のお好きな、ささみのチーズフライとツナサラダと卵焼きを作りました。たくさん作ってしまったので雪花一人では食べきれないので、ご一緒に食べて頂けますか?」
ましろは軽く頷いた。
「わかりました。ではましろ様、お着替え下さいな」
雪花はそう言って優しく微笑んだ。


戻る