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真夏の太陽が、地上を灼いている。 陽炎がたつ和風の庭に面した縁側のすぐ奥の部屋で、朱華はかき氷を食べていた。 果物で動物の顔を形取られたそれは、しろくまと呼ばれるタイプのもの。 一度食べて美味い、と言ったら、二藍は朱華にそれしか作ってくれなくなった。 暑い中、エアコンのかかっていない中、外から時折入ってくる風の中、氷を食べる。じんわりと汗が流れるのを朱華はどこか楽しんでいた。 朱華が今いる和室には、テレビ番組雑誌、ゲーム雑誌、ファッション雑誌に、育児雑誌。そして携帯ゲーム機にそのソフトが数本。一通り、手をつけた後があった。 朱華のかき氷が半分以上なくなった頃、縁側を人が歩く気配がした。軽い足取りで朱華のいる部屋に近づいてくる。 「ふふん、ふんふ〜ん」 ご機嫌でやってきたのは二藍だった。 手には大きめのガラスのサラダボゥルにこんもりと作られた氷いちご。縁にはこれでもかというぐらい、缶詰の蜜柑が並べられていた。 「よいしょっと」 二藍は部屋の入り口に座り込み、庭を眺めながら食べる。 「…そんなに食ったら…また腹壊すぞ」 朱華は二藍がどんなものを持っているかも確認せず、そう言った。 「大丈夫、大丈夫」 二藍は根拠のない自信に溢れた声でそう言いながら、氷を食べている。 一足先にかき氷を食べ終えた朱華は、手をしっかりTシャツでぬぐってから、傍らにあったおいてあったアコーディオンのケースに手をかけた。 ケースから中の楽器を取り出すと、ベルトを肩にかけ、蛇腹-バローズ-の留め金をはずした。キーボードに手をかけ、蛇腹をのばす。そのアコーディオンはまだ成長期のまっただ中の朱華には少し大きかった。 幼稚園に入るか入らないぐらいから自分が操ると決めた楽器。バイトをしたり、年玉、小遣いを貯め、買ったもの。 二藍が、どうせならいい物を買えと、カンパという名の押しつけで、朱華にお金を渡した。 朱華はいらないと断ったのだが、二藍は買いに行く時もついてきたので、朱華は仕方なくその金も足して、思った以上に高級なアコーディオンを手に入れる事になってしまった。 ルー、と、アコーディオン特有の澄んだ音色が部屋に響いた。 やがて朱華の指がゆっくりと動き出す。 ボタンを押さえ、それに合わせて鍵盤を押さえ込む。 音の正誤を確認し終えると、朱華は本格的に音を奏でだした。 それは二藍が好きな明るいコードのPaso Doble。 それを聞いて、さらにご機嫌になった二藍が、投げ出した足をぴこぴこ動かしながら、かき氷を食べる。 「ここにいたのね、二藍さん」 その声は、二人の母親だった。二藍には義母、朱華には実母になる。 「明日、柳条のうちにお邪魔する?」 「うん。ましろちゃんが予防接種だから、連れていってあげるの約束してる」 「じゃあね…お使い頼んでいいかしら? お中元なんだけど、お届けしてくれる?」 「うん、わかった。用意しといて。重い物?」 「いいえ、和菓子屋さんにお願いした、羊羹なの」 「お母さんの事だから、文応堂に別注したんでしょ?」 「ええ」 「わーい、ラッキー。明日行ったらおこぼれに預かれるー」 「これ、はしたない」 「えへへ。あ、朱華も一緒に行こうよ。食べるでしょ?」 「気が向いたらな」 朱華はぶっきらぼうに言った。 「あん、一緒に行ってよ。ナビいないと、車の運転まだ怖いんだもん。ましろちゃんも見て貰わなくちゃいけないし」 「…って事は、はなっから俺連れてく気だったんじゃねぇか…」 「うん」 「だったら聞くなよな…もー…」 「そうね、二藍さん一人だったら運転不安だけど、朱華が隣に乗ってるのだったら安心ね」 「……おふくろまで…」 「という訳で決まりよ、朱華」 「はいはい…」 母親がそこから離れて少ししてから、朱華はアコーディオンを弾きながら二藍に聞いた。 「お前がましろかわいがってんのはわかるけどよー…なんでお前が予防接種、連れてくんだよ」 「私が連れていくって言ったから」 「そーじゃなくて…」 「黝簾さんだけの問題でもなくなったから」 「…なんだよ、それ…」 「まだ、お父さんとお母さんに言ってないんだけど…んー…お母さんはもう感づいてるかな…」 朱華の胸にいやな予感が走る。 「おねーちゃん、黝簾さんにプロポーズされた」 朱華の胸がどきん、と大きく一回、鳴った。 「おねーちゃんね、黝簾さんと結婚するの…」 朱華は黙ったまま、アコーディオンを奏でる。 胸の中の動揺を表さないようにして、必死に。 「おねーちゃん、お嫁に行くね」 朱華は黙ったまま、弾き続ける。 明るいはずのPaso Dobleに、何故か少しだけもの悲しさが混じった。 |