妻みぐい2
『芽生えのとき』  作・ともを


津崎悟が、妻の香苗の妊娠に気付いたのは、寒さも深まってきた12月のことだった。
ずっと体調が悪いと言っていた。本人は風邪だと言っていた。
でもある時、妻が突然吐き気を催したり、嘔吐したりする姿を見て、もしかしたらと思い問い詰めてみると、躊躇いながら頷いた。

「どうして黙っていたんだい?」

香苗は答えない。

「別に君を責めてるわけじゃない。ただ、どうして教えてくれなかったのか知りたいだけなんだ」

香苗はうつむいたまま答えない。

「・・心配なんだよ。君は、しっかりしてるけど、その分自分一人で何もかも背負い込み過ぎる。・・それだけが心配なんだ・・・」
「・・・・」
「・・教えてくれないか?」

悟の真剣な眼差しが、香苗の心をこじ開ける。

「・・不安・・だったの」
「不安?」
「ええ・・・」

香苗の声は震えていた。

「・・計算してみたら・・妊娠したのは、夏頃だから・・・」

ああ、そうか。悟は納得する。

「・・あなたとは・・あまり、してなかったし・・・。もしかしたら・・彼との子かもしれないって・・・」

香苗は顔を上げる。瞳には強い意志がある。

「・・中絶するつもりはなかったわ。産まれてくる子に罪はないもの。・・でも、もし彼との子だったら、この子は、私の裏切りの証になる・・・」

香苗は悟の眼を見返す。

「・・悟。あなた、愛せる?」
「・・・・」
「この子を・・・私を・・・」

悟は、その瞳が、奥にある想いが、なぜだかとても・・・

「・・何を・・言ってるんだ・・・?」
「え?」

腹立たしかった。

「愛せるに決まってるだろう!?」

激昂した。久しぶりだった。

「愛せるさ!当然だろう!?誰の子供だってかまわない!君の子だ!愛せるに決まってるだろう!」
「・・あなた」

激しく渦巻く感情が、そのまま言葉になっていく。

「君の髪が好きだ。君の目も、鼻も、耳も、口も、手も、脚も、体も、声も、匂いも、ぬくもりも、心も・・・全部好きだ。君のすべてが好きだ!大切だ!愛してるんだ!」

視界が滲んでる。格好悪いな。

「・・君の子だ・・愛せるさ・・当然だろう・・・?」
「あなた・・・」

香苗が何か言おうとする。でも、言葉が上手く出てこない。

「・・あなた・・私ね・・・」

悟が一つ息をつく。目を擦って、香苗を見る。

「・・私・・・」
「・・愛してる、香苗」
「え?」

悟が笑う。

「大好きだ。世界で一番、君を愛してる」
「・・あなた・・・」
「育てていこう。二人で・・・」

手を握る。ぬくもりが寄り添う。

「・・ありがとう・・・」
「・・うん」

それ以上、言葉はいらなかった。

「・・なんて事もあったなあ」
「そうだったかしら?」

病院の一室。悟、香苗、そして、新しい命。

「結局、僕と君の子供だったね」
「そうだったわね」

二人は可笑しそうに笑う。

「あんなに心配して損しちゃったわね?」
「そうだね。・・でも、僕は本気だったよ」
「え?」

優しく微笑む。香苗は、夫のこの表情が一番好きだった。

「たとえ、僕の子じゃなくても愛せるって言ったのは、本気だよ」
「・・あなた」

悟は恥ずかしそうに頬をかく。

「それにしても・・本当に、そんなに・・してなかったのに・・ね?」
「ふふ、そうね。やっぱり、私達って相性抜群なのよ」
「そうかもね」

腕の中の小さな命。
それは芽生えたばかり。でも、たしかに生きている。

あの子にも教えてあげなくちゃ。
香苗は、遠い地にいる青年の事を思った。

その彼から香苗に手紙が届いたのは、それからもう少し先の事。

end

end

※これは「妻みぐい2」香苗エンドの、なんというか、アナザーストーリー?みたいなものです。勝手に子供一人増やしちゃってるんで、元ネタからかなりかけ離れちゃった感がありますね。