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第15章 アイベツリクノコトワリ 1 その小さな部屋に「音と声」は、同時に響き渡った。 それは・・・ 「(ドゴーン!)え?!」 前蹴りで壁を崩した和美と・・・ 「(カチャ)あら?」 扉を静かに開けた綾子に・・・ 「(バタン!)む?!ぉお!?」 「え?!和美様に綾子様ぁ!」 荒々しくドアを蹴り開けた大下と、側にいたマリンであった。 それぞれが互いの姿を認め、走り寄る。 「綾子、怪我は?!」 「はい、私は大丈夫です!」 「御嬢方、ご無事でしたか・・・」 「良かったですぅ♪」 見たところ誰にも怪我はない様子・・・ その互いに無事な姿に、一瞬、誰もが安堵の息をつくが・・・次の瞬間には、皆、真 顔に戻っていた。 人数が・・・離ればなれになった時よりも「少ない」のだ! 「あれ?・・・綾子!由香里は?!」 「あら?・・・大下さん!村田さんは?!」 「おや?・・・和美嬢!早苗嬢は?」 「孝司様も?!」 同時に「三竦み(さんすくみ)」の如く問いかけるものの・・・ 「2人は・・・」 「由香里さんは・・・」 「村田は・・・」 「・・・」 今度ばかりは、それぞれに「思い当たる節」がある・・・ 誰からも明確な答えが出ては・・・否、誰も「出そう」とはしない。 ハッキリと胸を張って「大丈夫です」と言えないのだ。 「・・・」 皆、黙したままナニも言葉を発しない。 拳を握り締めて俯く、和美、綾子、大下・・・ そしてその空気に気圧されて、黙りこくるマリン・・・ その無言の時が・・・ その空白の時が・・・ その躊躇の時が・・・ 全てを裏付けていく・・・ 逃れられない「死」が・・・近づいてくるのだ。 身近での「死」との遭遇に始まり・・・ 知り合った人達の「死」を目撃し・・・ そして、今度は仲間達の「死」を・・・ だんだんと・・・それでいて「死」がすぐソコまで迫ってくる・・・ 次は・・・誰が? 次は・・・自分? 次は・・・死ぬ? 迫り来る「死」のプレッシャーに、3人とも押し潰されていく・・・ そんな中・・・この中では一番に「死」を感じ取れないからであろう・・・大下の後 ろにいたマリンが、部屋の一角を指さした。 「あ・・・羅刹様、そこにも・・・扉が・・・」 「なに?」 「もう一つの・・・」 「扉が・・・」 マリンの小さな手が指さ示した「扉」を見つめる和美達・・・ その向こうには・・・そう「次」が待っているのだ。 目の前に残った、もう一つの扉・・・ その扉の先に待ち受けるのは、生か・・・いや、それは期待できない。 待ち受けているのは「生か死か?」などではなくて「どの様な死か?」であるのは、 目に見えている。 その結末は・・・ 人に殺されるのか? 物に殺されるのか? それとも「人ならざるモノ」に殺されるのか? 形は違えども「死ぬコト」には変わりない・・・ しかし、悲しきかな・・・ それでも人は「希望」を見出そうと、様々な可能性を手繰ろうとする。 目の前で、声高らかに「死刑判決」を言い渡されている時であっても・・・ 朝に目覚めて、突然に「本日、刑を執行する」と言われた時であっても・・・ その「忌まわしき数の階段」を、目隠しをされて登っている時であっても・・・ 今、正に「首に縄」が掛けられ、踏みしめていた足下に浮遊間を感じた時も・・・ それでも人は「希望」を忘れない・・・ それは、もはや「欲望」ともとれる、浅ましき「希望」だ・・・ 和美の心もまた・・・その「希望」を欲した。 暫くも目の前の扉を見つめていた、和美、綾子、大下とマリンであったが、扉に手を 添えながら、和美がポツリと呟く。 「ここを開けたら・・・みんな・・・いないかな?」 「え?」 「へい?」 「はい?」 その呟きに、他の3人の視線が和美に集まる。 だが和美は、その視線には答えず、淡々と呟いた・・・ 「このドアを開けたら、みんな待っててくれないかなぁ?早苗も孝司も由香里も村田さ んも・・・みんながこの向こうにいて・・・元の世界に繋がっていて・・・うぅ」 「だ、大丈夫です!皆さん、きっと後から来てくれますぅ!和美様、きっと皆さんは来 てくれますぅ!」 「うっく・・・ぐすっ」 そう言って涙ぐむ和美を励まそうとするマリンだが、和美は俯いたまま肩を震わせて いる。 マリンの様に「無垢」にそれを信じられたら、どれほど楽であろうか? 皆は既に、この世にはいないのだ・・・ それを裏付けるモノはないが・・・ 第六感が?予知が?本能が? そんな言葉を使わなくても、判ることがあるのだ。 この扉の向こうに「人」は誰もいない。 そして、後から孝司も早苗も・・・もはや「追って」はこない。 二人を「追いかける」ことしか出来ないのも・・・判っている。 そのコトを感じ取った綾子もまた、小刻みに肩を震わせていた・・・ 「ぅ・・・由香里さん・・・」 「ぐすっ・・・うぅ。早苗・・・孝司・・・」 扉に手を付いたまましゃくり上げる和美と、その後ろで両手で顔を覆う綾子・・・ そんな二人に、大下は戸惑い、声を掛けることを躊躇う。 「お、御嬢方・・・」 今まで、単なる「仲間」よりも遙かに固い絆で結ばれていた「最高の友」によって互 いを支え合っていた和美達。 修学旅行で、文化祭で、冬休みで・・・ 幾度と無く「死」に直面しながらも、互いに助け合い、励まし合ってナンとか切り抜 けてきたのだ。 だが、その「仲間」を失った今・・・ 止め処もない「不安と恐怖」が溢れ出しているのだろう。 間近に迫る「死の恐怖」に、和美も綾子も、グズグズと力無く泣き崩れていく・・・ 「ぅう、大下さん・・・うっく・・・もう・・・イヤです・・・」 「大下さん・・・お家に・・・ぐすっ・・・龍さんに・・・」 「・・・ぅ」 そんな和美達の姿に、大下はオロオロとするばかりだ。 慰めようにも言葉は出ず、励ましようにも根拠が無い。 彼女達が失ったモノは、あまりにも大きすぎた。 自分の様な「漢」ならば、その「死別」すらを糧と出来るであろうが・・・ 「ぐすっ・・・うっく・・・イヤだよぉ・・・」 「帰りたいです・・・ぐすん」 強がってはいても、やはり「か弱き女の子」である・・・ その「死」を目の当たりにして、一人で立ち向かうなど無理なのだ・・・ されども、このままでは「死」を・・・克服できない。 「・・・」 ならば「死」を、悟ってもらうしかあるまい。 人の「死」を・・・ 知人の「死」を・・・ 仲間達の「死」を・・・ 自分を待つ「死」を・・・ 受け入れてもらうしかあるまい・・・ 死者に手向ける言葉は尽きずとも、生者の為すべき事は限られているのだ。 大下は、静かに泣き続ける二人の肩に手を置いた。 「御嬢方・・・聞いてくだせぇ」 「うっく・・・」 「ぐすっ・・・」 「御嬢方。辛いお気持ちは判りやすが・・・堪えて受け入れて下せぇ。ココにいない者 達は皆・・・おそらく・・・死んでおりやす」 「・・・早苗が・・・孝司が・・・」 「由香里さんが・・・」 「ですが、我々には・・・いつまでも悲しんでいる『時間』はありやせん!」 「そんな・・・」 「でも・・・」 「御嬢方・・・我々が今するべきコトは一つでさぁ。それは、生きやしょう!」 「な?!」 「え!?」 「生きて生きて、生き抜いてやるんでさぁ!化け物共の思う通りには行かないコトを、 目の前で証明してやるんでさぁ!」 「い・・・生きる・・・」 「・・・でも・・・」 生き抜くこと・・・ 精一杯に生き抜き通すこと・・・ 何の悔いもなく、生き抜くこと・・・ いずれは自らも死を向かえる、その時まで・・・ それはナニも、生存主義者(サバイバリスト)になれと言う訳ではない。 生きて、生きて、生き抜いてやって・・・ 例え手足をもがれてしまおうとも・・・ どれだけ叩きのめされようとも・・・ 死者の意志を継ぎ、それを果たし、そして躍進するコト。 それが・・・生き残った者に課せられた使命なのだ。 そんな今、自分達がするべき事は?! 「さぁ皆の分まで、精一杯に生きてやりましょう!そして、この手で皆の仇を討つので す!」 「うっく・・・は、はい!」 大下の言葉に、和美は大きな返事をすると、涙を拭い去り、武器を握りしめる。 その姿に、大下は満足げに頷くが・・・ 「私は・・・ぐすっ・・・」 綾子はまだ俯き、顔を伏せている・・・ ・・・綾子御嬢の説得は・・・無理であったか・・・ 己の選択肢が「誤り」であったことに気づいた大下であったが、もはや自分にはこれ 以上の策は・・・出せない。 これが、自分にとっての最高の結果なのだ・・・ ・・・取り敢えずは、和美御嬢だけでも奮い立たせたのを良しとするか・・・ 必死に自分に言い聞かせた大下だが・・・ それも「誤り」であった・・・ そうとは気付かず、大下は扉のノブに手を掛ける。 「和美御嬢、あっしが先に入りやす。その後に続いて下せぇ・・・」 「・・・はい」 (カチャ・・・スッ・・・) ゆっくりと・・・それでいて静かに、決別の扉は開かれた。 その僅かに開かれた隙間から、その巨体からは想像もつかないほどの静かさで大下が 中に滑り込み、油断なく周囲を睨み付ける。 「・・・」 広い部屋ではあるが、人の・・・いや、気配で探るのはこの世界では通じない。 視覚、聴覚、嗅覚・・・ 大下は、全ての感覚器官を使って「ナニもいない」ことを確かめると、正面を向いた ままで、和美を呼び入れた。 「和美御嬢・・・」 「・・・」 その声に、先程の大下と同様にして、ショートソードを逆手に構えながら、和美も無 言で部屋の中に滑り込むと、大下と背中を合わせながら周囲を見回し、五感を研ぎ澄ま せる。 「・・・大丈夫そうですね」 「・・・へい」 そして、再度の安全確認をすると、綾子とマリンを呼び寄せた。 「・・・綾子、マリンちゃん。入っても大丈夫よ」 「・・・はい」 「・・・はいですぅ」 部屋の中に敵の姿も認められず、マリンも無事に中に入ったのを見て、和美は武器を 下ろすと、改めて部屋を見回す。 「それにしても・・・ここは?」 和美達が入ったその部屋は、一体、ナンの部屋であろうか? 中は高い天井と白を基調とした、随分と仰々しい作りをしており、天井からは燭台を 用いた大型のシャンデリアがぶら下がっている。 それだけでも十分に明かりが採れそうなモノだが、壁の柱にも篝火の台がビッシリと 備え付けられていた。 又、部屋の奥には数段高くなった箇所があり、そこには「玉座」と思しき豪華な椅子 が置かれ、それに続いて真っ赤な絨毯が引かれている。 更によく見れば、壁の至る所には、多少古ぼけてはいるが装飾と思しきタペストリー や、彫刻が並んでいた。 コレまでの部屋も豪華であったが、この部屋は一段と豪華・・・ 否、単なる豪華とは違う・・・ 「随分と・・・立派で、それでいて『厳かな部屋』ね?」 「羅刹様、ナンか王様とか居そうな部屋ですねぇ・・・」 「そうだな・・・するとココが『魔女のいる部屋』では(ガバッ!)ぁっぷ!?」 「・・・っ?!」 大下のその言葉に、綾子はビクリと身を震わせる。 不覚と気付いた大下が、慌てて口を塞ぐも・・・ 「・・・ぅ」 震えだした綾子の身体を戻すことは出来ない。 ガタガタと震える綾子に、和美はその肩をそっと抱き寄せた。 「大丈夫よ綾子。しっかりして・・・」 「・・・は、はぃ・・・」 弱々しく返事をする綾子・・・ その姿に、大下の脳裏に「最悪の結果」が描かれる。 「・・・」 ・・・この先・・・綾子御嬢の「心」は、持ち堪えられるであろうか? 大下がそう考えた、その時・・・ 「・・・ようこそ。我が城に・・・」 「待ちかねたぞ・・・異世界の戦士達・・・」 大下の「最悪の結果」は・・・不意に訪れた。 あまりにも唐突に響く、悪夢の声。 それは気配も前触れもナニもない、正に「死」の訪れ・・・ 誰もがその声に、身を凍り付かせる。 皆の正面、ホールの一段高い箇所・・・ そう・・・玉座の付近に、突如として「闇」が生じたかと思うと、その闇が切り裂か れ、中から・・・ 「さぁ・・・楽しませてもらおうか・・・」 その属性に相応しい黒い装束に、死神の大鎌の如く背負われた巨大な剣斧。 ただそこに佇んでいるだけにも関わらず、全身から吹き出してくる恐怖。 コレまでの「邪妖精」とは、明らかに「全て」において桁が違う存在。 闇より踏み出し・・・否、闇より「生まれ出てきた」のは、大いなる魔女の分身にし て、最凶で最悪の「闇の精霊アッシュ」だ。 そして、今度はそのアッシュを産み出した「闇」そのものが、形を成し始める。 形無きハズの「闇」が、まるで生き物の様に蠢き、やがて「人」の形を成した。 それは・・・ 「異世界の(ヌチッ)戦士達よ(ズルリ)会いたかったぞ・・・」 異世界より引き込んだ裕美の身体を核となし、その身体に闇を漂わせて・・・ 同じく異世界より現れた賢者との死闘の末に、自らを封じた錫杖を手にし・・・ この世界の全てを、再び混沌と災厄に押し包まんと、死と闇を生み出す存在・・・ 全ての邪妖精達の母にして、この世界を闇に陥れたる、大いなる魔女「ゼルパ」が、 その姿を現した。 遂に現れた、最後の・・・そして、最期の敵。 「・・・あれが・・・」 死・・・ 「・・・出たな・・・」 怒・・・ 「・・・うぅっ・・・」 恐・・・ 和美はその純粋な恐怖に・・・ 大下はその凶悪な気迫に・・・ マリンはその迫る災いに・・・ 誰もが身体を・・・精神を凍りつかせる。 吹き出してくる「死」と「恐怖」に、身体の自由が利かない。 湧き出してくる「怒」と「激情」に、感性の保持が出来ない。 込み上げてくる「凶」と「絶望」に、精神の制御が取れない。 誰も身動き出来なかった・・・ 誰もが間近に出現した「死」に束縛された・・・ハズであった。 だが、目の前に現れた「アッシュ」に「彼女」は・・・笑みを浮かべている?! 「あ・・・あぁ・・・『龍』さん(カチャン!)」 その「彼女」は焔の懐剣を捨て、ゆっくりと「アッシュ」に手を差し伸べる・・・ 「逢いたかったですぅ・・・」 一歩、また一歩と「龍の顔を持つアッシュ」に歩み寄り、遂には走り出す・・・ それは、あまりにも突然な・・・ 寂しさと、不安と、恐怖と・・・ 悲しみと、絶望と、孤独と・・・ 愛しさと、切望と、愛慕と・・・ それら全てに、押し潰された・・・ 「あぁ・・・」 綾子の自我が・・・遂に崩壊したのだ! その予想だにしなかった綾子の行動に、和美達の行動が遅れた。 皆が気が付けば、綾子は既に・・・ 「え?綾子?・・・しまった?!」 「なっ!?綾子御嬢!そいつは龍じゃありやせん!闇の精霊でさぁ!」 「綾子様ぁーーー!?」 叫べども、手を伸ばせども、走りだしても・・・ 「ん?・・・これはこれは御嬢さん・・・自ら(ズリッ!)死にに来るとは」 微笑みながら背負っていた「剣斧」を取り出すアッシュにも・・・ 「ナンと・・・随分と(ボウッ)健気よのぉ」 アッシュの傍らに佇み、手から「黒い炎」を吹き出させるゼルパにも・・・ 「・・・龍さん・・・迎えに来てくれたのですね・・・」 瞳に涙と「龍の姿」を浮かべ、小走りにアッシュに向かう綾子には届かない。 「綾子!ダメ!」 「綾子御嬢!」 「綾子様!」 もうすぐ龍に手が届く・・・ 愛する龍の胸に飛び込める・・・ 龍は抱きしめて、涙を拭ってくれる・・・ 龍は優しく頭を撫でて、キスをしてくれる・・・ 綾子の目の前に「龍」が迫ってくる。 もう目の前に・・・ 目の前に・・・ ようやく・・・ 綾子は「死神」の前に辿り着いた。 「龍さん、逢いたか(ズドム!)・・・っは」 「・・・」 綾子の背中から・・・ 「ぁあ!?」 その長い髪の隙間から・・・ 「なっ!?」 無骨な黒い鉄板の先端が・・・ 「ひっ!?」 和美達の目の前に現れた・・・ 「っ(ゴボッ!)っつ・・・」 もはや綾子の口から溢れ出るのは、龍の名でも無ければ、悲鳴でもない。 真紅の血が、綾子の身体を染め上げていく・・・ だが・・・ 「っ・・・(ズリッ!)」 それでも綾子は「前に」進んだ・・・ 愛する龍が目の前に居るのだ・・・ もう手を伸ばせば届くぐらいまでに居るのだ・・・ あと少し、あと少しで届く・・・ それを思えば・・・それを思えば・・・ こんな「身体を通る鉄板」なんて、大した障害でない・・・ 「ぁ(ズリュ!)っふ・・・あ・・・」 「・・・ほぉ♪」 剣斧に身体を貫かれながらも、微笑んで自分に手を伸ばしてくる綾子に、アッシュは 微笑み返す・・・ そして、その笑みに、綾子はもう一歩進み・・・ 「っ(ズブッ!)ぅ・・・ぁ」 遂にアッシュの手に、震える綾子の指先が触れたのと・・・ 「頑張りましたね(ピトッ)御嬢さん・・・地獄に(ゾボッ!)ようこそ!」 無造作にアッシュが手を捻り、剣斧を振ったのと・・・ 「そして(ボファッ!)さらばじゃ!」 真っ二つに分かれた綾子の身体を、黒き炎が、一瞬にして灰に変えたのと・・・ 「綾子ぉーーーーーー!」 和美が絶叫をあげたのと・・・ 「御嬢ぉおーーーーー!」 大下が走り出したのと・・・ 「きゃあーーーーーー!」 マリンが絶叫をしたのは、全ては一瞬・・・ 時とは、決して弛まず、全てにおいて平等に働きかける。 幸多きことも、災事も、決して遅れず、戻らず、止まらない。 そんな、狂いも揺らぎも無く刻まれていく「時」を、遅く感じる瞬間・・・ それは「死」の瞬間であった。 ・・・龍さん、何処へ行ってしまうのですか?お願いです。離れないでください・・・ 炎に覆われ、薄れゆく意識の中、綾子の瞳から「龍の姿」が遠ざかる・・・ ・・・あぁ・・・今行きますから、待っていてくださいね・・・今・・・すぐに・・・ 最期まで信じ・・・ 最期まで愛した・・・ 最愛の人を瞳に映し・・・ 綾子の身体は、和美達の目の前で「焼滅」したのだ・・・ 「・・・あ・・・綾子・・・」 綾子の背から突き出たアッシュの剣斧の先が、横に捻られる瞬間が見えた。 無造作に剣斧が一閃されて、細い綾子の身体を容易く分断されるのが見えた。 二つになった綾子の上半身が空中で舞い、一瞬だけこちらを向いたのが見えた。 そして、その次の瞬間には黒い炎に包まれ、飲み込まれ、一握りの灰になった・・・ 「あ・・・あ・・・」 最期の綾子の顔は微笑んでいた。 その瞳には涙が浮かんでいたが、それは決して苦悶の果てでの涙ではない。 何も知らないままに、それでも最期に最愛の人に会えた、幸せの涙だ・・・ 「あ・・・綾子・・・」 遂に・・・ 遂に、友を・・・ 目の前で失ってしまった・・・ ガックリと肩を落とし、座り込む和美の脳裏に、綾子との記憶が去来する・・・ ・・・ふ〜む、綾子の髪って、ホント・・・綺麗よね?ナンか、特別な手入れしてる? ・・・え?いえ、私は特にはナニも・・・ ・・・ホント?・・・んじゃ、やっぱ、龍さんのおかげ? ・・・い、いやですわ和美さんったら・・・ その座り込んでいる和美の元に、大下も膝をつく・・・ 目の前で失うと言うことは、想像以上に厳しかった・・・ 「っ・・・申し訳・・・ない・・・」 幾ら言葉を重ねようにも、それしか言えない。 ナニも・・・言葉が見つからないのだ。 そんな和美達に、アッシュとゼルパの喜びに満ちた声が響いた。 「さぁ・・・次は誰かな?」 「遠慮はいらぬぞ・・・まとめてかかってくるがいい・・・」 だが、剣斧の切っ先を向けるアッシュと手招きをするゼルパには振り返らず、和美と 大下は綾子にひたすら許しを請い、その大下の後ろでは、僅かな時であったとは言え、 共に旅をしたマリンもしゃくり上げながら祈りを捧げている。 「綾子・・・ゴメン・・・ゴメンね・・・」 「御嬢・・・申し訳ありやせん・・・」 「ひっく・・・綾子様ぁ・・・うっく」 静かな言葉と嗚咽が、謁見の間に響く・・・ 「・・・」 「・・・」 暫くも、そんな光景を眺めていたアッシュとゼルパであったが・・・ 「・・・ふぅ」 ゼルパが溜息をついた。 表情も心なしか物憂げであり、先程までの笑みが消えている。 溜息をつき、傍らに立っているアッシュに手を伸ばすと、まるで少女の様な声を出し ながら指先を弄ぶ。 「今ひとつ『盛り上がり』に欠けるのぉ・・・アッシュよ。妾は興が殺がれた・・・」 人の・・・いや「人間の生死」など、所詮は「娯楽」でしかない。 綾子の死など、この「人ならざるモノ達」の前では、その程度なのだ。 そう言いながら指を絡めてくるゼルパに、アッシュはその手を握り返しながらそっと 囁いた。 「も少し・・・楽しめるかと思ったんじゃがのぉ・・・つまらんのぉ」 「・・・母上、今暫くお待ち下さい。もうじきです・・・」 ・・・つまらない・・・人の死が・・・つまらない・・・ ゼルパの声に呼応するかの様に、和美の顔がゆっくりと上がっていく・・・ 涙に濡れたその顔は・・・ 「・・・あんた達」 牙が剥かれ・・・ 「絶対に・・・」 奥歯が噛み締められ・・・ 「許さない・・・」 満面に怒りが満ち溢れていた・・・ 和美はそう呟くとショートソードを、ゼルパに突きつける。 そんな和美の「怒りに満ちて、殺気に溢れた姿」に、アッシュは・・・ 「・・・ククク♪」 死を受け入れた者を殺すのは、実につまらない・・・ 死に怯える者を殺すのは、この上なく楽しい・・・ だが・・・人の死によって、力を得た者を殺すのは・・・堪えられない! その「予想通りの姿」に、アッシュの口元に笑みが浮かんでくる。 「クク・・・そう来なくては・・・」 実に嬉しそうに剣斧に指を這わす我が子に、ゼルパは呆れた様に微笑んだ。 それはまるで、遊園地の入り口で、どの乗り物に乗ろうかと迷っている子供を見つめ る母親の様・・・ 「フ♪・・・アッシュよ・・・お前は本当に殺戮が好きよのぉ」 「・・・フフフ・・・それは、母上のせいですよ」 「そうじゃったな・・・とは言え・・・妾は少し疲れた。後は任せる・・・」 「そうですか・・・母上、それでは・・・」 「ん・・・(チュッ)・・・楽しむが良い・・・妾は隣で休む(シュン)」 笑顔を浮かべたアッシュにゼルパはそっと口づけ、姿を消す・・・ 一方、ゼルパからの祝福を受けたアッシュは、その場から歩み寄ると、綾子の血に塗 れた剣斧を振り払い、和美達に向かって突きつけた。 「さぁ(ビュホッ!)・・・始めようか?!」 「・・・(ギリッ!)」 「マリンよ、後ろに下がっておるのだぞ?」 「は、はい!」 「・・・(ギリッ!)」 「ん?ナンの音だ?!」 「・・・(ギリッ!)」 「・・・か、和美御嬢?!」 突きつけられた剣斧に、マリンを後ろに下げていた大下であったが、その聞き慣れぬ 異音に、思わず周囲に視線を走らせていたのだが、その音の主は・・・ 「・・・(ギリッ!)」 他ならぬ、和美であった。 和美の奥歯が・・・噛み締められた、無念の思いと言葉が、ギリギリと音を立ててい たのだ。 大下は、再びアッシュに視線を移しながら、和美に向かって呟く。 「和美御嬢、無念の気持ちは判りやすが、どうか冷静に・・・」 だが、和美は大下に振り向きもせず・・・走り出した! 「大下さん・・・先に(ダッ!)行きます!」 「御嬢ぉ?!そんな短い剣では?!」 「流します!そこを!せぃやあああ!」 「な?!ええい!わかりやした!」 既に剣を握りしめながらアッシュに向かって突撃をしていった和美に、大下は慌てて 後を追って走り出す。 一方、ちっぽけな剣を構え、無謀にも己に向かって真っ直ぐに走ってくるその和美の 姿に、アッシュは口から泡を吹き出しながら、剣斧を振り上げた。 「愚かなり!今度は縦に斬り分けてくれるわぁ!」 アッシュの巨大な剣斧の刃が、和美の頭上に襲いかかる! 無論、和美はその巨大な剣斧に、愚かしく真っ向から挑むつもりはない。 アッシュの巨大な剣が、和美の頭上に迫ったその時、和美はショートソードでそれを 受けるように、頭上で真横にかざし・・・ 「っ(キンッ!)ふっ!」 「馬鹿がぁあああ!?剣ごと真二つに(キュリン!)なに?!」 アッシュの剣斧の刃が和美の剣の刃に触れた瞬間、和美は剣を握りしめていた左手を 放し、右手の手首を返しながら、そのまま右足を一歩踏み出して、身体をアッシュの左 脇に滑り込ませたのだ。 巨大な剣斧の刃は、和美の剣をへし折るどころか、まるで滑り流れるようにして和美 の脇を流れていく。 「な(ギャリン!)なに!?」 火花を散らせながら流れていく剣斧に、驚愕に目を見開いたまま、体制を前のめりに 崩しているアッシュ。 そのアッシュに、和美は右手首を返し、踏み出した右足を軸にして回転をすると、そ の無防備となった延髄に剣を振るう! 「せいっ!(ピュン!)」 「フン!(ブン!)小癪な!」 だが、アッシュは頭を下げながら更に一歩前に踏み込んでコレをかわした。 しかし、これも和美の予定通りだ。 「ぬりゃあああああああああああああああ!」 「ぉ!?(ゴッ!)」 アッシュの目の前に、渾身の力で振るわれた、大下の拳が迫っていたのだ! だが、一撃を確信した大下の拳がアッシュの左頬に触れた瞬間・・・ 「くっ(ゴッ!グリン!)」 「なに?!」 今度は和美と大下が驚愕に目を見開く番であった。 なんと・・・アッシュは自らで首を右に回し、更には身体を回転させて、コレを捌い たのだ! ココまで見事に捌かれては、威力は・・・いや、効果は全く無い。 「な、なんてヤツ!?」 「ちっ!?ナンという反射神経だ?!」 「さぁ・・・次は(ビュホッ!)どうする?!」 不敵な笑みを浮かべ、アッシュが巨大な剣斧を振りかざす姿に、和美は頬を伝う汗を 拭いさると、再び剣を構え、大下も拳を握りしめる。 「くっ・・・大下さん!ラッシュ!」 「へい!おらあああああああああ!」 和美の声に、大下はアッシュに向かって猛烈なラッシュを繰り出すが・・・ 「ハッハッハ!(ボボボボボボボ!)なかなかの威力の様だが、当たらなくては意味が ないな!」 一撃一撃が岩をも砕く威力を持つ拳だが、アッシュはコレを余裕でかわしていく。 無論、そんな無意味な攻撃を和美は望んだわけではない。 ラッシュを浴びせる大下の脇をかいくぐり、和美はアッシュの脇腹めがけて鋭く突き 込んでいく! 「てぇやあ!」 「ぬ?!(ギィン!)ふん!(バイン!)」 「ぬぉっ?!」 「うあっ?!」 だが、その不意を突いたハズの一撃すら、アッシュは巨大な剣斧を盾のように構えて これを防ぎ、更にはそのまま押し返されてしまった。 剣斧は、なにも攻撃の為だけの武器ではない様だ。 時には剣に、時には盾に・・・正に攻防一体の武器。 「くっ・・・隙がない」 歯がみをする和美だが、内心は冷静であった。 今のところ、アッシュの手の内は「剣」しか見ていない。 その「剣」は、アッシュの手によって実に巧みに使われているが、所詮はアッシュの 能力ではない。 和美が気になるのは「他にどの様な手を持っているのか」であった・・・ 邪妖精・・・いや、それ以上に強いハズの「精霊」である以上、この様な剣技だけで はなく、特殊な能力も持っているはずだ。 見てはみたい気はするが・・・それが最期となっては元も子もない。 ・・・確か「闇」の精霊だったハズだから・・・って「闇」の技って、なに?! 取り敢えず和美はジッと目を凝らし、アッシュの動きに合わせてカウンターを放つ構 えをとる。 どの様な攻撃が判らない以上、防御に徹底するしかない。 「・・・和美御嬢、ムチャだけは・・・」 そんな和美の姿に、冷や汗が止まらない大下であったが、その体制は和美と同様にし て、カウンター狙いだ。 今度は全く動こうとしない二人に、アッシュは鼻を一つ鳴らす。 「ん?・・・もう来ないのか?・・・それとも、こちらの手の内を知りたいのか?」 「ぅ?!」 「く!?」 「ククク・・・正直な(ズリッ)奴らだ♪」 自分の言葉に反応した和美と大下に、アッシュは笑いながら剣斧を引き・・・ 「ならば見せてやろう・・・こんなコトも(ズボ!)出来るぞ?」 「え?(ズブッ!)きゃっ?!」 「和美御嬢?!」 アッシュが剣斧を床に突き立てた次の瞬間、ナンと剣斧の剣先が和美の「足下」から 突き出してきたではないか?! そして再びアッシュが剣斧を引き上げると、足下の剣斧も消えていった・・・ 「っっ〜・・・」 「和美御嬢!?大丈夫ですか?!」 「ちょっと、かすっただけで・・・にしても、今のは・・・」 「幻覚って訳ではなさそうですな」 「きっと、次元がどーとかこーとかで、剣をどっからでも出せるんでしょう・・・」 「そりゃ厄介ですな・・・」 「でも、剣を突き刺さないと出てこないんでしょうね・・・」 「なるほど・・・おまけに、出た剣は、引っ込めないと自分でも使えない・・・か」 「んじゃ、剣の方・・・お願いできます?」 「へい・・・では・・・いきやすぜ!」 「はい!」 二人はそう会話を交わすと、大下はアッシュに向かって走り、和美はその後ろに付い て走る。 そんな自分に向かって駆けてくる二人に、アッシュは嬉しそうに笑うと、再び剣斧を 床に突き刺した。 「ハッ・・・本当に貴様等は面白い存在だ・・・フン!(ズブッ!)」 「来る!」 「どこから(ズボッ!ガシッ!)正面からでしたぁ!」 ナンの前触れもなく正面から飛び出してきた剣先であったが、大下はすかさず白刃取 りでコレを受け止める。 異次元に剣斧を突き刺したまま、アッシュの動きが一瞬止まった。 「ぬっ!?剣が・・・抜けぬ?!」 「いやああああああああ!」 「おぉお?!」 その剣斧を取られて動きの止まったアッシュに、大下の背中を駆け上がった和美が、 手にしたショートソードを振りかざし、頭上から襲いかかる! 驚きの表情のアッシュの顔が、和美の目の前に迫り・・・ 「お(ズブッ!)ぉ」 「やった!?(グイッ!)え?!」 必殺の一撃だったハズ・・・ いや、間違いなく必殺の一撃だった。 その証拠に、アッシュの頭にはショートソードが「突き立って」いる。 そんな・・・そんなハズは・・・ 「そんな(ドムッ!)うぐっ!」 「和美御嬢?!(ズリッ!)うぉっ!?」 だが、頭にショートソードを生やしたまま、アッシュは和美を蹴り飛ばし、大下が捕 らえていた剣斧を強引に引き抜いたのだ。 「ふむ・・・さすがは異世界の(カラン!)戦士だ。なかなか楽しませてくれる!」 「くっ・・・」 足下に投げられたショートソードを手にし、和美はアッシュを睨み付ける。 思ったより、手厳しい相手だ。 何しろ、簡単に死なないのだから・・・ 「和美御嬢!大丈夫ですか?!」 「えぇ。大したことはありません。それよりも・・・」 「へい。こりゃ一筋縄では・・・」 「・・・ククク」 そんな和美達の姿を眺めていたアッシュの顔が、更に喜びに満ちる。 異世界の戦士達を決して、侮っていたわけではないが・・・ ここまで楽しませてくれるとは・・・ また、この光景を隣室の照魔鏡から眺めていたゼルパもまた、笑みを浮かべていた。 「・・・ふむ♪」 これならば・・・ この肉体ならば・・・ 次の「邪妖精の核」に、相応しいであろう! ゼルパの頭に浮かぶ、新たなる「世界」の想像図・・・ 再び世界を闇で包み、魔王を・・・ いや、古の記録に残る「神々」を僕(しもべ)にすることも出来るであろう。 「アッシュよ。気が変わった・・・その異世界の戦士達を、生け捕りにするのだ。多少 は傷つけてもかまわん・・・」 「はい。母上・・・(ズブッ!)ん?」 部屋の中に響いてきたその声に、戦闘中であるのにも関わらず、深々と隣室のゼルパ に向かって頭を下げていたアッシュであったが、腿にナニかが・・・ 「なんだ?」 「綾子様の・・・か、仇ぃ!」 見れば、マリンがその手に「焔の懐剣」を握りしめ、アッシュの腿の裏を突き刺して いるではないか。 その光景に、驚愕に目を見開いたのは、アッシュではなく・・・ 「ま、マリンちゃん!?」 「マリンよ!逃げるのだ!」 「んぐぐぐぐ!ぬ、抜けないぃ〜!?コノ!この!このぉ!」 突き刺したモノの、なかなか抜けない懐剣に、マリンは必死になってアッシュの脚を 蹴り続ける。 そのマリンに、アッシュは首を傾げると、手を伸ばした。 「ナンだコレは?(グイッ)ん?コレは『この世界の住人』か?」 「くぬぬぬ(ヒョイ)わ?!は、放せ!馬鹿!変態!」 襟首を掴まれて持ち上げられたマリンは、アッシュの顔めがけて拳を振るう。 未だにマリンがココまで来た理由が判らないアッシュであったが・・・ 「何故に・・・お前の様な『力無き者』がココに・・・」 「き、貴様!マリンを放すのだ!」 「マリンちゃんを放しなさい!」 その叫びに、マリンの存在理由が判った・・・ 「・・・そうか・・・貴様は『憐れみの存在』か・・・」 そうであった・・・ 力ばかりを「価値」としてきたアッシュにとって「無価値の者の価値」など、理解が 出来ないコトであったが、それが不意に思い出されたのだ。 嘗て戦っていた光の軍勢が、戦場で負傷者、或いは死者の身体を必死になって引き連 れる様を・・・ 放っておけばよいモノを・・・ 捨てていけばよいモノを・・・ 1人を生かす為に1人が・・・ 死体を運ぶために2人が・・・ そうやって「無駄に人数を使うため」に、光の軍勢達は、幾度と無く壊滅していった ことか・・・ そうだった・・・ こいつらは「無駄なこと」が好きだった・・・ そう・・・ 確か「更に哀れ」にしてやると、飛びついてくるハズ・・・ 「・・・ふむ・・・こうしてみるか」 「(ポイッ)ひゃ!?」 「き、貴様ぁああ!」 「マリンちゃん!?」 無造作に宙に放り投げられたマリンに、大下と和美は、アッシュに向かって走る! 「フフ・・・やはり来たか。本当に貴様らは無駄が(シュッ!)好きだな!」 「ひぁぁぁ(ズブッ!)んぐぅ!?」 2 鋼の如く鍛えしこの肉体は、己の力の象徴・・・ 鍛え上げられた我が肉体に掛かれば、防御は不要・・・ 強きことは「美」となり、力を求め、究極を極めん・・・ 守ることとは、其れ即ち、弱きことであり、強き者がすべきコトではない・・・ 攻撃こそが、全てを解決し、守ることなど笑止・・・ それが・・・大下の持論であった。 だが、それが崩れたのは過去に2度・・・ 一度目は「龍」であった。 それは、日那高校で同じクラスとなった剣道部の龍と出会ったばかりの頃・・・ きっかけは忘れたが、大下は無謀にも、龍に向かってこう言い放った。 「剣道部なんぞ、所詮、剣に頼る軟弱な者の集団であろう?」 「・・・」 その大下に、龍は無言で右腕を差し出す。 力比べをしようと言うのであろうか? それでは相手の力量も感じ取れない、愚か者の所行だ。 大下は鼻で笑うと、拳を握りながら、龍に近づいた・・・だが。 「面白い。受けて(ドムッ!)」 不意打ちであったとは言え・・・ たった一撃で大下の視界が暗くなっていく・・・ 「・・・くっ!・・・」 ナンとか気合いで気絶は免れたが、よろよろと立ち上がる脚に力が入らない。 ナニが・・・何が起こったというのだ? 「・・・ふん」 揺らぐ目の前で、龍が鼻を鳴らしているのが映った。 だが、それは無様な格好をしている大下を笑っているのではない・・・ 相手を一撃で沈められなかった己に対して、不満があるのだ。 舐められているのは・・・自分だ。 「ぉ・・・おのれぇえええ!」 「っ(ぶぉん!)っと」 その龍に向かって、遠心力を使い、丸太の様な腕を振るった大下だが、龍はあっさり と紙一重でこれをかわす。 大下は幾度となく龍に拳を振るうが、全く当たらない。 「ええぃ、ちょこまかと!こうなれば・・・(ダッ!)」 「・・・(ガシッ!)」 「な、なに?!」 得意のグランド(寝技)に持ち込もうと、タックルを仕掛けた大下であったが、龍の 両脚はビクともしない。 ここに来て・・・大下はようやく理解した。 龍は・・・自分よりも、遙かに強い。 竹刀や木刀も使わず、素手であるのにも関わらず・・・強い。 相手の力量を知り得てなかったのは・・・自分の方であったのだ! 「・・・くっ」 「・・・フン!」 「(ドカッ!)・・・」 恐怖を感じ取った瞬間、延髄に受けた一撃で、大下はその場に崩れ落ちた・・・ その再び薄れていく意識の中で、大下が最後に見たのは・・・ 「・・・」 修羅の目をした龍・・・大下は初めて「敗北」を知った。 そして、二度目は「夏美」である。 それは2年になった時のこと・・・ 再び龍と同じクラスになった大下であったが、その頃には龍とはナンの諍いもなく、 それどころか、良き友として彼を認めていた。 だが、そんなクラスに・・・夏美がいたのだ。 大下は初め、この夏美があまり好きでは・・・ハッキリというと、嫌いであった。 高校生のくせに、色気と言うよりもフェロモンに近い雰囲気を持ち、それをエサに、 クラスの男子共を・・・時には女子まで、手玉に取っているのだ。 あんな女のドコが良いのだ? クラスで夏美に不動なのは、自分と龍だけ・・・ ちなみに同じクラスの村田は、既に夏美の下僕と化していた。 そんなある日・・・大下はクラブの練習中に、村田に問いただしてみた。 「村田よ。貴様、あんな女のドコが良いのだ?!」 「え?!兄貴は姐さんの美しさがわからないッスか?!」 美しい?容姿がか? 確かに、美人の部類に入るとは言え、そこまで・・・ 「姐さんは『心が美しい』ッス!」 「は?!」 とてもそうは思えない・・・ 村田の言葉に、大下は帰宅中まで考え込んでしまった。 そんな帰宅途中の大下の耳に、威勢のいい声が飛び込む。 「なぁ、イイから俺に付き合えってんだよぉ〜!」 「ひっ!そ、そんな!?」 「や、やめてください!」 「てめぇはすっこんでろ!」 見れば、日那高の下級生の女子と男子が、他校の男子生徒数人に絡まれている。 腕を引っ張られ、連れて行かれそうになる女子に、男の方はオロオロとするばかり。 そんな光景に・・・ 「・・・軟弱な」 男の不甲斐なさに、大下は首を振って、その場を後にしようとした・・・ だが、その直後に、聞き覚えのある声が響く。 「ちょっと!あたしの可愛い娘を何処に連れて行こうってんだい?!」 「なんだこの(ビシッ!)ぉおお!?」 「この女、鞭を(ビシッ!)わあああ!?」 「逃げろ!」 女の振るった革の鞭に強かひっぱたかれ、男達は先を争って逃げ出していった・・・ その女とは・・・ 「あれは、牧村か・・・」 夏美は泣き崩れる女子を優しく胸に抱き留め、男子の方を睨み付ける。 「あんたも男だったら、もう少し守ってやるんだね?!」 「?!」 その言葉は大下の胸を、大きく揺さぶる・・・ 守る・・・それは、己の身だけに掛かる言葉ではない。 その事実は、今、目の前で繰り広げられた・・・ あの男子は・・・弱い。 だが女子の方は、もっと弱い・・・ ならば、女子が強くなればよいのか?いや・・・それは・・・ そんな考え込んだ大下であったが、ふと、気が付くと夏美が目の前にいる。 「ん?大下・・・あんた、もしかして、今のコト・・・見てた?」 「あ、あぁ・・・」 「ナニもしないで?」 「ん・・・ま、まぁな・・・」 「・・・ハン♪あんた・・・『弱い』んだね♪」 「な?!」 自分が・・・弱い?! この極めた肉体を持つ、自分のドコが弱いというのだ?! 「な、なな!」 「あたしが言ってンのは『弱い者を守らない』ヤツは『弱い』って言ってンの!」 「・・・」 これが・・・心の強さ・・・ この日を境に・・・大下は夏美の下僕となることを決意した。 大下は「人を守る」と言うことが、どれだけ「強い」かを思い知ったのだ・・・ 弱き者を守り、強き者を挫く・・・ それは、陳腐な言い回しでしかないと思っていたが・・・ これを、いとも簡単にやってしまった夏美に、どう勝てよう? 今までの「持論全て」が音を立てて崩れる・・・ 我はまだ・・・修行が足りなかったのだ・・・と。 そして、新たに己の心に刻みつけた言葉・・・ それが「弱き者を守り抜くこと」であった・・・ 弱き者を守り抜くこと・・・ それが大下の掲げた新たなる「人生の目的」であった・・・ それなのに・・・ 自分の目前で・・・ その「言葉」が・・・ その「弱き者」が・・・ 大下の目の前で崩れていく・・・ 小さな身体に入っていたとは思えないほどの・・・ アッシュの身体を染め上げるほどの・・・ 大量の血が流れ出ていく・・・ 「マリーーーン!」 幾ら叫べど、マリンの血は戻ることはない・・・ マリンの小さな胸から突き出された・・・ その「アッシュの手」を戻すことは出来ない・・・ 「ら・・・らせ・・・さま・・・」 「ククク・・・フフフ・・・ハーーッハッハッハ!そら!そんなに欲しければ、返して やるぞ!有り難く(ブン!)受け取れ!」 「うぉぉぉおおおおお!マリーーーーン!」 駆け寄る大下に、貫き手でマリンを貫いたアッシュは無造作に腕を振り払い、和美に 襲いかかる! 「もはや腑抜けのヤツに用はない!」 「望むところよ!」 一方、鮮血を撒き散らし、まるで人形の様に身体をグニャリと曲げて大下に向かって 飛んでくるマリンの身体・・・ 「っぁ!」 「おぉ!?(ガシッ!ビシャッ!)ま、マリンよぉ!?」 抱きかかえた瞬間に鮮血に染まる大下の身体・・・ 「ゲボッ!・・・ぅ・・・ぁ・・・」 大下の腕に抱かれたマリンは、口から血の泡を吐き出しながら、必死に大下に手を伸 ばしてくる。 「き、気合いだ!(ピカッ!)気合いだ!(ピカッ!)」 幾度と無く回復の気合いを入れようとする大下だが、マリンの傷口は一向に塞がる事 はなく、その身体は次第に冷たくなっていく・・・ やがて語尾が掠れ、大下は呪文を唱えられなくなった・・・ 「気合だ!(ピカッ!)気合だ!(ピカッ!)きあ・・・い・・・おぉおおお!」 「ら・・・せつさま・・・」 「マリン!しっかりしろ!」 握りしめていた手から、急速に力が萎えていく・・・ 「たのし・・・かった・・・です・・・しあわせ・・・です」 「マリン!?」 抱えている身体から、徐々に体温が失われていく・・・ 「愛して・・・ます(パサッ)」 その言葉を最期に、幸無き少女の手が・・・落ちた。 「ま・・・マリン・・・」 「・・・」 この世界で、何一つとして楽しいことなど無かった少女の瞳が・・・閉じた。 何故に・・・ 何故に、悲しみの果てに巡り会えた幸せと、早々に別れなくてはならないのか? 動かなくなった小さなマリンの身体を、大下はしっかりと抱きかかえる。 「おぉおおお・・・マリン・・・マリン・・・」 守れなかった・・・ この小さな命を、守ることが出来なかった・・・ 大下の瞳から零れ落ちる涙が、マリンの頬に掛かる・・・ だが・・・ 「・・・(ポタッ)」 紅・・・ それは、紅の涙・・・ その大下の両目から流れ出ているのは・・・血涙だ。 「・・・(チュッ)」 マリンの遺骸にそっと口づけ、床の上に横たえると、大下は立ち上がった。 その真っ赤に染まった顔を両手で擦ると、化粧を施したが如く、真っ赤に染まる。 憤怒の形相に施された、自らとマリンの血の化粧・・・ それは正に、悪鬼羅刹を打ち倒す、仁王が如き姿・・・ その大下が睨み付けている先に・・・ 「そらそら!?いつまで受けきれるかな?!」 「くく(ギュリッ!)くっ!」 アッシュの剣斧をショートソードで受けている和美の姿が映る。 和美が受け止めているショートソードには「ヒビ」が入っており、このままでは剣が 折れるのは間違いあるまい。 剣が折れたら? 無論、和美の頭は真っ二つに・・・ いや、先程にゼルパが「生きたまま」と言っていたから、和美の剣が折れたら「死ん だ方がましな結末」が待ち受けていよう・・・ ならば・・・和美は殺されない。 ならば・・・焦る必要はない。 ならば・・・一撃は決まる! 「・・・コフォぉ〜・・・」 大下は、ゆっくりと握りしめた拳を腰溜めに構え、呼吸を整える。 敵は、人間ではない・・・ どの様な策を、体術を、身体構造をしているか、判らない。 全てにおいて、自らの持つ常識を超越しているのだ。 ならば・・・信じられるコトを・・・ 己のこの拳と、力で・・・「守ることの大切さ」を信じる! 「すぅ〜・・・和美御嬢!伏せてくだせぇ!」 「は、はいっ!(ガバッ!)」 「必殺!『激砲』(ブォン!)」 和美が伏せたのを確認すると、大下は渾身の気合いを込めた掌打を放つ! その突き出された大下の腕は、先程のアッシュが使った技のように、空間の壁を突き 破ってめり込み・・・ 「ん?ナンだ(ブォン!)ぅおおおおお?!」 突如として伏せた和美を見ていたアッシュだが、目の前の空間にタダならぬ殺気を感 じて顔を上げた次の瞬間、その目の前の空間から巨大な掌打が飛んでくる! 「ぉおおお(バガーーーン!)ぐふっ?!」 己の慢心が災いして避けることが出来なかったアッシュは、思わず剣斧を身体の前に 翳したが、大下の一撃は・・・ソレを許さない。 「(バギィーーン!)くぁぁああああ!?(ボゴォーーーーン!)」 凶悪な剣斧を真っ二つにへし折り、アッシュごと部屋の壁にまで吹き飛ばしたのだ。 吹き飛ばされたアッシュは壁に叩き付け・・・いや、半ばめり込み、貼り付いたまま ガックリと項垂れた・・・ 「はぁ、はぁ!や、やった?!」 「まだでさぁ!しかし今ならトドメを・・・」 壁にまるで壁画の様に貼り付いたそのアッシュの姿に、勝利が近いコトを確信してい た和美と大下であったが・・・ 「つつ・・・」 「くっ・・・」 「え・・・」 「なに!?」 か細い呻き声に、表情が強張る。 それは、ナニも「アッシュの声に」驚いたわけではない。 驚いたのはそれに続いた「女の声に」である。 壁に貼り付いて項垂れているアッシュの鎧が、先程に大下が放った必殺技のせいであ ろうか?大きく砕けており、アッシュの胸が露わになっているのだが・・・ 「・・・そ、そんな・・・」 「なんだありゃ?!」 その露わになったアッシュの胸から・・・ 紫色の長い髪と・・・ 独特の長い耳を持ち・・・ 額にクリスタルを穿った・・・ その声の主は「アッシュの胸」から、顔を覗かせていたのだ。 「あれは・・・まさか『アネーロ』さん!?」 別れて以来、全く姿を現さなかったアネーロだが、まさか、この様な所で再会しよう とは、和美も夢にも思わなかった。 一方、あまりの出来事に、大下は困惑した口調で和美に迫る。 「か、和美御嬢!どーなっとるんですか?!あの女性は敵ですか?!」 「いえ違います!あの人はアネーロさんって人で・・・まさか闇の精霊の媒体に!?」 和美は、今一度、アネーロの顔を見つめる。 両目は閉じられており生死は判らないが、アッシュの媒体になっていると考えられる 以上、まだ生きているであろう。 だが、気になるのは、その「額のクリスタルの色」だ。 確か、アネーロと出会った時は「蒼色」であったハズ。 それなのに、今のクリスタルは「黒色」なのだ。 「アネーロさん・・・」 「ええい!もはや訳がわからん!御嬢、あの人は生きているんですか?!」 「え?!えぇ、おそらく・・・」 「ならば、ひっぺがして助け出すまででさぁ!」 再び突進しようとする大下だが、その足が・・・止まった。 「くくく・・・どうする?異世界の戦士達よ・・・」 余裕の笑みを浮かべたアッシュが、アネーロの顔を出したまま顔を上げたのだ。 ダメージは・・・無さそうである。 「さぁ(ヌチャリ)どうする?」 そのアネーロの身体を包み込んだまま、アッシュは床の上に降り立ち・・・いや、そ れは「足を使って降り立った」などと言うモノではない。 アッシュの属性は「闇」・・・ それは「形状しがたきモノ」・・・ アッシュは床の上に「滴り落ちた」のだ・・・ 「・・・(ゴクッ)」 「・・・(ゴクリ)」 改めて思い知らされる「死への恐怖」に、和美と大下は襲われていた・・・ その恐怖は、その「嘗ての人達」も感じていた・・・ 3体の「躯」が横たわる部屋の中、その内の1体の躯から飛び出した「仄かに輝く光 の魂」が飛び回る・・・ そして、それはやがて薄暗い回廊を突き進む。 光が・・・溢れている。 神が・・・導いている。 闇が・・・包んでいる。 声が・・・響いている。 私を・・・呼んでいる。 目覚めなくては・・・ 助けなくては・・・ 行かなくては・・・ 戦わなくては・・・ あの御方の為に・・・ それが、私の使命・・・ さぁ・・・起きて。 起きて・・・私を招いた人よ! もう一つの「消え入り掛けた威厳の魂」は、屍の列が佇む中、砕け散った石像の欠片 から浮かび上がる。 そして、幾多の魂達に見送られ、3体の躯が横たわる部屋に辿り着くと、その躯の一 つに飛び込んだ・・・ (ずり・・・ズリュッ・・・) 既に暗闇となった「回廊」に、肉の蠢動が微かな音を立てる。 それは・・・ (ズリュ・・・ズリュ・・・) 生を見い出す為? 死を克服するため? 友の命を助けるため? 人ならざるモノを滅するため? ・・・今・・・我も行くぞ! (ズリュ・・・ズリュ・・・) もはや空っぽの魂の器が・・・ 朽ちかけた細胞の固まりが・・・ 鼓動をしない血塗れた肉体が・・・ 温もりが消え始めた魂の灯火が・・・ (ズリュ・・・ズリュ・・・) 光に誘われ・・・ 闇に浚われ・・・ 友に呼ばれ・・・ 敵に笑われ・・・ ・・・我は・・・守るのだ! (ずりゅ・・・ずりゅ・・・) 進む・・・ 進んでいく・・・ ゆっくりと進む・・・ 確実に進んでいく・・・ 3 「さぁ(ヌチッ)どうする?(ネチャ)異世界の戦士」 「くっ・・・」 「むぅ・・・」 核であるアネーロを前に突き出し、その形を変えながら迫るアッシュに、和美と大下 は後ずさる。 弱点である「核」を破壊すれば、アッシュを倒すことが出来るかも知れない・・・ 或いは、アネーロをアッシュから引き剥がせば、ナンとか・・・ だが、それらの考えは、いずれも不確定。 人の命をその様な計算で、試すわけにはいかない。 「和美御嬢。あっしが飛び込んで、あの野郎を押さえ込みやすんで・・・」 「どうやって押さえるんです・・・形の無いモノを」 「・・・くっ」 「もう・・・ダメなのかな・・・」 「・・・」 もはや、和美の口から漏れた「覚悟」に、大下も静かに目を閉じる・・・ 万策が・・・尽きたのだ。 そんな「死」の色が見え始めた二人・・・ と、その時、不意に聞こえてきた声があった! ・・・諦めるな!今行くぞ! 「諦めないでください!」 「え?!」 「なに?!」 突然に聞こえた「二人」の声に、和美も大下もハッとして顔を上げる。 頭の中に響いてきた声は、あの「天狗」の声・・・ そして「目の前から」聞こえてきたのは・・・ 「か、和美御嬢!闇の中の女性が!?」 「あ、アネーロさん?!」 「ぐぉおおおおお!?き、貴様!何故に目覚めたのだ?!」 「ぅあ(ヌチッ!)ぅあああああ!か、和美さん!」 藻掻き苦しみ、ナンとか闇で包み込もうとするアッシュだが、目覚めたアネーロは必 死に抵抗し、和美に訴える。 「和美さん!諦めてはいけません!私の・・・私のクリスタルを破壊してください!」 「そんなコトしたら、アネーロさんが!」 「構いません!私の肉体は既に朽ちているのです!私を・・・私を哀れと思うならば、 ひと思いに額のクリスタルを破壊してください!」 「っく!・・・」 「・・・くっ!」 必死に訴えかけるアネーロだが、和美と大下の足は動かない。 もうこれ以上・・・罪なき人を傷つけたくないのだ。 そんな考えを読みとったのか?それとも、コレまでの経験からなのであろうか? アッシュは苦悶の表情を浮かべながらも嘲笑う。 「無駄無駄無駄ぁ!例え己が殺されようとも、人の命を守ろうとする異世界の戦士に、 その様なコトが出来る訳がない!」 「さぁ、早く!あぅ!?闇の力が(ギュリッ!)ぅう!?」 「っ・・・」 「どうした?そら。この娘のクリスタルを破壊すれば、私を倒すことが出来るぞ?!」 「っ(チャキ!)ぅうう!」 「ただし、クリスタルを破壊したら娘は死ぬがな?!さあ、弱き人間共に出来るのか? 出来るモノなら、やってみろ?!」 「ひ、卑怯者!」 「ナンと卑劣な!」 嘲り笑うアッシュの目の前で、武器と拳を握りしめていた和美と大下・・・ アッシュの言う通り、和美達には・・・仲間を犠牲にすることなど出来ないのだ。 「くく・・・そうだ。そのまま殺されるのだ・・・ナニも出来ず・・・ナニも守れない まま死んでいくのだ!」 と、その時「もう一人の声」は、和美達の「後ろ」から響いた。 「・・・ならば、我がやる!(ドッゴーーーーーーン!)」 叫び声と同時に、聞き覚えのある爆発音が部屋の中に響く! その下方から放たれた(じょるじゅ)の砲弾は、狙い違わずアネーロのクリスタルに 鋭角に当たり、見事にクリスタルだけを粉砕したのだ! 「(カッシャーーン!)ああぁあああ!」 「おぉおおおおおおおおおお?!」 闇のクリスタルが崩壊し、光の身体を受け入れられなくなったアッシュが、堪らずに アネーロの肉体を解き放つ。 このチャンスを逃したら・・・後は・・・無い! 「大下さん!」 「よっしゃあ!」 二人は直ぐさま走り出すと、和美がアネーロの身体を抱き留め、大下は核を失って藻 掻き苦しむ「闇」の中に、一際目立つ「闇の固まり」を見つけると、それを掴んだ! 「ぉおおお(グシッ!)ぐぉ?!に、人間風情が・・・」 「ならば、その人間風情に・・・滅ぼされよ!」 「おのれ(グシャン!)おぉおおおおおおおおおおおおお!」 本当の核である「闇のクリスタル」を握り潰されたアッシュの身体が、見る見る間に 色褪せていく・・・ 「おおおおおぉぉぉぉ・・・ぉぉ・・・(ズサッ!)」 漆黒の闇が、透明に近くなっていき、そして・・・灰と崩れた。 目の前に積み上がったアッシュ(灰)・・・ これが、本当の姿なのか?・・・ 今となっては判らないが、もはや和美と大下にとっては、どうでも良いこと・・・ 和美は崩れ落ちたアッシュには目もくれず、抱えていたアネーロの身体を、そっと床 の上に横たえて呼びかけていた。 「アネーロさん、しっかり・・・」 「和美さん・・・御無事で・・・」 「うん・・・アネーロさんのおかげで・・・あっ!?」 次第に輝きながら透き通っていくアネーロの身体に、和美は思わずアネーロの身体を 揺さぶる。 だが・・・ 「アネーロさん!?(ゆさゆさ)しっかりして(ゆさゆさ、スカ!)えっ?!」 アネーロの身体を揺さぶっていた手が、通り抜けたのだ。 見れば、アネーロの身体が透き通り・・・床が見えているではないか?! そんな驚き呆然とする和美に、アネーロは静かに微笑む。 「和美さん・・・ありがとう・・・私は・・・神の元へ・・・行きます・・・」 「神の・・・アネーロさん!?アネーロさん?!」 「神よ・・・我を導き・・・(カッ!)」 その言葉を残し、一際光り輝くと・・・アネーロの身体は消えた。 「また・・・」 消えゆくアネーロの身体に、和美はポツリと呟く。 もはや涙を流すことも無い・・・ 自分の目の前で・・・ 幾つの命が消えれば・・・ この悲しみは終わるのであろう・・・ 和美の脳裏に去来する、数多の消えていった命達・・・ そんな悲しみに暮れる和美の後ろから、大下の叫びにも似た声があがった。 「由香里御嬢!しっかりしてくだせぇ!」 「・・・由香里・・・由香里!?」 その声に和美は我に返り後ろを振り返ると、そこには、倒れ伏した由香里を抱き起こ している大下の姿が映る。 慌てて和美も駆け寄ると、大下の腕の中には・・・ 「由香里・・・」 「・・・ぅ」 全身を固めていたハズの鎧は、見る影もなく無惨に壊れ・・・ その隙間から見える肌には、無数の傷をつけ・・・ 和美達の窮地を救った(じょるじゅ)さえも、先程の一発で破裂している。 正に・・・満身創痍である。 大下はそんな傷だらけの由香里に治療を施そうと、その身体を抱き直したのだが、背 中に手を回した時に「妙な感触」を覚え、眉宇を寄せた。 「由香里御嬢、今治療を(ヌチャ)む?・・・これは・・・」 「由香里ぃ・・・しっかりしてよぉ・・・」 「・・・(ゆさっ)っ・・・」 和美はきつく目を閉じている由香里を揺さぶるが、殆ど反応はない・・・ 微かに呻く由香里に、和美は更に揺すろうと手を伸ばすが、大下がその手を優しく押 しとどめる。 「落ち着いて下せぇ和美御嬢・・・ん?先程の女性は?」 「アネーロさんは・・・逝ってしまいました・・・」 「そうですか・・・」 「あの・・・大下さん。由香里は大丈夫なんですか?!」 「それが・・・今、あっしも気がつきやしたが、由香里御嬢は『深手』を負っておられ やす・・・」 「え・・・深手・・・コレのこと・・・ですか?」 そう言って指さした大下の指の先を見れば、確かに薄い傷であるが、由香里の胸の中 央に穴が空いている。 とは言え、見ただけでは深さ迄は判らない・・・ この位ならば、鎧である程度防がれているハズ・・・ だが、そんな和美の考えは、差し出された大下の掌に打ち消された。 「・・・この傷・・・背中まで貫通してやす」 「・・・」 ベットリと・・・大下の掌に、ドス黒い血の塊が付着している。 その量の多さに、一瞬、和美の顔色が変わったが、直ぐさま大下を問いつめた。 「っ・・・え?!ではどうして?!どうして治療をしないのです?!」 「へい・・・和美御嬢。この血・・・おかしいと思いやせんか?」 「血が?!ドコがです?!確かにちょっと黒いですけど・・・」 その和美の言葉に、大下は抱えていた由香里を膝に乗せると、手に付着していた血を つつく。 「・・・これでさぁ(ネチョッ)この通り・・・」 「・・・血って・・・こんなに『ネトつく』ものでしたか?」 そう・・・ 和美の呟き通り、由香里の身体の傷からは、血が「一滴」も流れていない。 いや、正確には「流れた跡」しか無いのだ。 その代わりに、由香里の身体の傷口には赤黒い粘液のようなモノが付着している。 これは、一体・・・ 「大下さん・・・コレって・・・」 「へい・・・これは時間が経って『凝固』し始めた血でさぁ・・・」 「凝固・・・え?!」 「・・・っ」 凝固し始めた血・・・ その血には覚えがある。 なにしろ、自らも「この血」を流したことがあるのだ・・・ それに、この様な血を何度かではあるが、目にもしてきた。 流れ出た血は時間と共に、この様に粘着力を持ち、そして固まりだす。 しかし、傷が塞がらず血が流れ続けている限りは・・・鮮血が付着し続けるハズ。 傷がある限り、鮮血が出続けること・・・それが生者の証。 傷を負いながら、そこに古い血を持つモノ・・・ 朽ちかけた肉体を持ちながら、生きるモノ・・・ それは・・・ 「まさか・・・由香里は・・・」 「・・・へぃ・・・離れててくだせぇ。万が一の時は・・・あっしが・・・」 友を「生ける死者」呼ばわりしたくない・・・ されども、駄菓子の如く甘い「情け」など、掛けるつもりもない。 ・・・もし・・・由香里が襲ってきたら・・・その時は、私の手で・・・ その言葉を飲み込んだ和美は、そろりそろりと由香里の側から離れ、大下も油断無く 由香里の身体を床の上に横たえる。 そして、由香里の身体が横たえられた・・・その時。 「・・・すまぬ。その通りだ・・・もはやこの娘の肉体は、朽ちておるのだ・・・」 「え?!」 「由香里御嬢・・・ではないな?!」 突然起き上がり、口調も雰囲気も違う由香里の姿に、思わず身構える和美と大下。 これで間違いはない。 この由香里の肉体は、既に由香里のモノではないのだ・・・ 確かに声こそは由香里なのだが・・・ いや・・・その口調には覚えが・・・ある。 「あんた一体・・・あ!?あんた天狗ね?!」 「うぬれ!由香里御嬢の身体を!?」 だが、そんな二人に、由香里は笑顔であった。 「いや、怖がらなくてもよい。我もすぐに出ていく・・・すまなかった。大切な友の肉 体を、無断で借りてすまなかった・・・されど私は・・・守りたかった(どさっ)」 そう言い残し、由香里の身体から一筋の光が飛び出したかと思うと、由香里は床の上 に倒れ伏した・・・ 「由香里!?」 「由香里御嬢?!」 直ぐさま由香里の身体を抱き起こした和美と大下であったが・・・ その瞳が開くことは・・・無い。 「・・・由香里・・・」 「くっ・・・由香里御嬢・・・」 既に事切れているのは、明らかであった。 長い沈黙の後・・・ やがて、静かな溜息が和美の口から漏れた・・・ 「はぁ・・・由香里・・・あんたまで・・・」 「・・・」 由香里の亡骸を静かに抱きしめる和美・・・ 大下もまた、黙したままナニも声を掛けられない・・・ だが、そんな死者への手向けすら、和美達は・・・許されなかった。 「ぉおおお・・・」 和美の溜息に重なる様にして、嗚咽が響いてきたのだ。 「ぉおおお・・・なんと変わり果てた姿に・・・何故に・・・何故に!」 「・・・」 「・・・」 振り返ったソコには、アッシュの残骸の灰をすくって泣いている、ゼルパの姿・・・ 和美は静かに由香里を床の上に横たえてやると、その握りしめていた軍刀を取る。 戦いは・・・まだ、終わっていないのだ。 和美は軍刀を握りしめて立ち上がり、ゼルパに向かって構える・・・ まだだ・・・ まだ、自分にはやるべきコトがあるのだ! 「大下さん・・・」 「・・・へい」 「もう・・・泣き言は、言いません・・・」 「・・・」 「私が・・・裕美を・・・魔女を倒します!」 「・・・うぬれぇ・・・異世界の・・・者!」 アッシュの躯である灰を握りしめ、憤怒の形相で和美達を睨み付けるゼルパ。 容姿こそは宿主である裕美のモノだが、怒髪天のその姿に、見る影もない。 そんな怒りに満ちあふれたゼルパに、和美と大下も負けてはいなかった。 「・・・あんたのせいよ・・・裕美」 「貴様等のせいで・・・」 「御主一人の欲望のせいだ・・・魔女よ」 「我が夢を・・・砕きおって!」 「あんたのせいで、みんな死んだのよ!?」 「許さん・・・」 「許さないわよ・・・」 「許さねぇ・・・」 「死ねえええ(ブワッ!)ええええ!」 暫しの睨み合いであったが、その叫びと共にゼルパの手から発生した闇の霧が、和美 に向かって伸びる! あまりにも突然の攻撃に、和美は必死に身をよじったが、鎧の胸の部分に霧が触れ、 その触れたところから砕けて・・・いや溶けていくではないか?! 「な?!(ジュッ)鎧が!?」 「和美御嬢!?(バリッ!)あぶねえっ!(ジュ!)ぅ!?」 慌てて和美の鎧を引き剥がしに掛かった大下だが、その黒い霧に僅かに触れた瞬間、 和美の鎧を「喰らっていた霧」は、ナンと大下の左手を食い始めた! 「うぉっ!?こ、拳が!?」 「大下さん!?」 「ホーーーッホッホ!滅びよ!醜く朽ちていくがいい!」 醜く笑うゼルパに、脂汗を浮かべた大下は歯がみを一つすると、握りしめていた右拳 を「手刀」に変える! そして、高々と振り上げると・・・ 「うぬれぇ・・・この左手・・・そんなに欲しければ、くれてやる!おぉおおおおお! せいやぁ!(ズバン!)がああああああああああ!」 腐食していく拳に、大下は気合いを入れると、自らの手刀で左腕を切断したのだ! 「大下さん!(ビリッ!)しっかり!」 「ナンのこれしき(ブシッ!)由香里御嬢の苦しみが・・・少しだけ判りやしたよ」 和美は自分の服の袖を引き千切ると、その勢いよく血を噴き出している大下の左手首 に巻き付ける。 笑いながら軽口を叩いている大下だが、その額に浮かんだ汗の量と青ざめていく顔色 に、和美は「時」が来たことを悟った・・・ 「大下さん・・・動けますか?」 「・・・少し・・・時間が欲しいトコですなぁ」 「そうですか・・・いよいよですかね?」 「・・・すいやせん、和美御嬢・・・」 「イイんですよ。時間稼ぎかぁ〜・・・それじゃ由香里の真似して、悪態でもついてみ るか・・・」 「頼ンます。そんじゃ、あっしは村田の真似でもして、茶を少し・・・」 大下はそう呟くと、ポケットから缶のお茶を取り出し・・・ 「どれ・・・よっこいしょっと」 和美は大下を床に座らせると、立ち上がり、ゼルパの方に向き直った。 そんな和美に、ゼルパは腕から漂う霧を触手の様に漂わせていたが・・・ 「なんじゃ・・・お前が先に死にに・・・」 「うるさい!」 「な?!」 「裕美!・・・いえ。大いなる魔女ゼルパ!私は天狗みたいに優しくは無いからね?今 度は封印なんて生易しいことはしないわ。あんたには『全ての世界』から、消えても らうわよ?!」 「なっ!?貴様・・・何故そのことを?!」 「天狗に教えてもらったのよ!・・・あんたがナニをしようとしてるのかもね!」 「貴様(じゅる)ナンだ?随分と渋いお茶だな?まぁいい・・・貴様は、この世界だけ では飽きたらず、我々の世界・・・いや『全ての世界』を統べようなどと考えている そうだな!?」 和美と大下の言葉に、その「野望」を見抜かれたゼルパの表情が強張った・・・ それは、ゼルパがこの世界の6割を手中にしていたときのことであった。 ゼルパはこの世界をタダ単に制圧していったわけではない。 部下達に、ナニか面白いモノを見つけたら、報告するようにと通達をしていた。 始めは単なる暇つぶしでしかなかったが、次々と上がってくる報告に、その興味はそ そられていったのだ。 この世界の住人達のこと・・・ この世界の遺跡群のこと・・・ この世界の神々達のこと・・・ それは大いなる魔女ですら知り得ない情報ばかりだ・・・ この世界の生き物達は、全て「神が造ったモノ」であることは、ナニも調べずとも伝 承等で広く知られており、珍しくはない。 また、魔族や魔人、魔物達については、歴代の魔王が作り上げたモノであり、神々と 対峙している存在として「悪魔」や「鬼」が存在していることも知っている。 だが、それ以外に「他の『ドコか』から来たモノが、この世界に存在している」と言 う報告には驚いた。 しかも、細かく聞けばその方法も様々である。 ある種族は「大きな空を飛ぶ鉄の箱」に乗って、遙か天空で光る「星」からやって来 たり、ある種族は「この世界と平行する、異なる世界」からやって来たりもしている。 そんな事実に、ゼルパの野望は更に大きく膨らんだ。 この世界を征するなど・・・もはや「小さいコト」なのだ。 まだ直接的な対戦をしたわけではないので、どれ程のモノかは判らないが、自分は強 大な力を身につけている。 魔人などは既に足元にも及ばず、魔王ですら直接対決を避けているのだ・・・ もはやこの力は神々にも通じるであろう。 ならば、この世界の神を倒し、新たなる神となったら・・・ 星々を征してみようか? 時空を越えて、他の世界をモノにしようか? それとも、全てを・・・滅ぼそうか? 様々な野望が、ゼルパの脳裏に浮かんでいく・・・ だがそれは、とある報告をきっかけに、決定した。 それは・・・ 「この世界には『異界ゲート』なるものがあちらこちらに点在しており、それは『あら ゆる世界』と繋がっている」 この報告に、ゼルパの野望は全てが叶うこととなったのだ。 そのゲートを利用すれば、ナニも遠出をしなくとも全ての世界を掌握出来るのだ。 出来る・・・ 文字通りの全知全能の神に・・・ 神になれるのだ! ゼルパの野望・・・それは「全ての世界を紡ぐ」であった。 それを・・・ その野望を打ち砕いたのは、アルティシアと異世界の賢者・・・ アルティシアが「異界ゲート」より賢者を呼び寄せたため・・・ 異世界の賢者が、力の源である「闇」を封じたため・・・ こんな無様な結果になったのだ・・・ そして、ようやく蘇り、今度こそはと思ったのだが・・・ 再び異世界の者達に邪魔されようとは・・・ やはり、この存在は・・・危険である。 ゼルパの表情に焦りの色が浮かんだ。 「くっ・・・黙れ・・・」 「呆れたモノだ・・・せめて『この世界だけ』で満足していれば良かったのだ」 「悲しいわね・・・せめて『この世界』で滅んでいれば良かったのに・・・」 「黙れ・・・黙れぇ・・・」 「情けない・・・それにも関わらず『この世界すら』手に入れられぬとは」 「可哀想ね・・・それなのに『この世界で』死ぬことも出来ないなんて」 「黙れ黙れ黙れぇえ(ブワッ!)えええええ!」 和美と大下の言葉に、遂に怒り狂ったゼルパが、全身から霧を吹きだした! 「ホーーーッホッホッホ!妾は手加減や遊びなどはせん!一気に滅ぼしてくれる!」 そのゼルパの言葉に偽りはない。 ゼルパの周辺で霧を吹き付けられた壁や天井が、見る見る間に腐食していく。 このままでは、城が崩壊するのはもとより、和美達の命も・・・ だが、その光景に、和美と大下は・・・微笑み合っていた。 いよいよだ・・・間違いなく「死の時」が来たのだ。 それなのに、何故であろう? あれほど恐れていたハズの「死」が、こうもあっさりと受け入れられるとは・・・ 「和美御嬢・・・」 「・・・はい♪」 「こいつぁ、どうも・・・」 「・・・ダメっぽいですね」 「へい・・・いよいよ、お別れですなぁ♪」 「はい。でも、また『どこかの世界』で・・・お会いしたいです☆」 「こりゃ参りやした。今の言葉・・・早苗御嬢と小僧には聞かせられやせんな」 「くすっ♪」 そんな一頻り笑みを交わした二人であったが、大下は溜息を一つつくと、ゼルパの方 を向き、手にしていたお茶の缶を置いた・・・ 「ふぅ(カコン)和美御嬢、よく聞いてくだせぇ。あっしはこれから、魔女の身体を押 さえると同時に、超必殺技を発動させやす」 「はい・・・」 「ところが、あっしの技は威力はイイんですが、どぉにもトロくさくていけやせん。技 の発動まで暫く掛かりやすので、魔女を押さえると同時に、あっしの身体ごと、その 刀で刺して、魔女と繋げておいて下せぇ。その刀でしたら、あっしらの世界のモノで すから、そう簡単には腐らンでしょう?」 「判りました・・・それでは、また『どこかの世界』で、お会いしましょう♪」 死へ向かうには、あまりにもあっけない挨拶・・・ それとも、これが本当の別れというモノか? どれだけの美辞麗句を並べようとも・・・ 一言の会話を交わすだけでも・・・ 一瞥であっても・・・ 別れは、別れだ・・・ 「へい。それじゃ、お先に・・・ぅぉぉぉおおおおおおお!」 笑顔で和美に向かって軽く頭を下げた後、一吼えした大下は、狂った様に霧を撒き散 らすゼルパに突進した・・・ 「黙れ黙れ黙れぇぇぇ(ドカッ!ガシッ!)ぁぁぁああああ!」 「ぉおお!(ジュワ〜!)超必殺!『熱血!』発動!和美御嬢、頼みやす!」 自らの身体が腐っていくのも構わず、大下はゼルパの身体を押さえつけながら、超必 殺技を発動させ、和美に叫ぶ。 その叫びに応え、和美もまた、軍刀を高々と掲げながら特殊技能を発動させた。 「うぁぁぁぁああ!特殊技能『光の翼』発動!(バサッ!)」 その叫びと同時に、和美の背中には「金色の6枚羽」が生え、羽ばたき始める。 そして、数回ほどその場で羽ばたいた和美は両手で持った軍刀を構えると、一筋の光 と化して「言われた通り」に大下の背中にめがけて・・・飛んでいく! 「ぅああああ!(キィィィ!)ぁあああ!」 「ぁああああ!(ドシュッ!)がぁああ!」 「ぉおおおお!(ズシュッ!)ぉおおお!」 叫びと共に突き出された和美の軍刀は、大下の身体を貫き、ゼルパの身体を通り抜け て、壁に突き刺さった。 軍刀によって串刺しにされたゼルパは、体液であろうか?口から黒い液体を溢れ出さ せながらも、更に霧を吹きだして藻掻く。 「は、離せ!貴様等如きに、この妾の野望をぉおおお!」 「ぐふっ(ジュワァ〜)往生際が悪りぃ〜なぁ・・・メルトダウン5秒前・・・」 だが、そんな目の前で必死に藻掻いているゼルパに向かって、大下は身体を腐食させ られながらも、黙々とカウントダウンを続け・・・ 「裕美!(バサッ!)コレで最期よぉ!」 和美はそう叫ぶと、翼でゼルパの身体を包み込んで霧を封じる・・・ そして、その和美の言葉を皮切りに、文字通りの「最期の瞬間」が・・・始まった。 「・・・(ピッ)」 倒れていた由香里の遺骸から・・・いや、スコープから音が発し、そのモニター部分 に文字が浮かび上がる。 「・・・(ピッ!最終奥義『最期の一撃』発動)・・・(カランカランカラン!)」 由香里の胸から、手投弾型の「核兵器」である「ハンディ・ぴか」が全弾、床の上に 転がるのと・・・ 「メルト・・・ダウン!」 大下の超必殺技が発動したのと・・・ 「うぁあああああ!タダでは・・・死なぬ!」 ゼルパが絶叫と共に「闇」を解放したのと・・・ 「・・・みんな・・・今・・・いくね♪」 光と闇の超絶な爆発に飲み込まれながら、和美が微笑み呟いたのは・・・ 全て・・・同じ「時」であった。 「オババ様、お茶が入りました」 「入りました〜♪」 テントにお茶を乗せたコレットと、その周りをチョコチョコと動き回るリリィが、占 いオババの前にやってきた。 その姿にオババは顔を綻ばせて、二人を招き入れる。 「おぉ、おぉ。ありがとよコレットにリリィ。さぁ、こっちにおいで・・・」 リリィを膝に乗せて頭を撫でているオババの前に、お茶を置いたコレットだが、その 表情は不安げであった。 「オババ様・・・異世界の戦士様達はどうしているのでしょうか・・・」 「おねーちゃん達、元気かな?」 姉と同じく不安そうに顔を覗き込むリリィに、オババは微笑み返しながら、カップに 手を伸ばし掛けた・・・その時。 「そうじゃの。どれ、お茶を飲んだら占って(ズゴゴゴゴゴゴ!)おぉお?!」 「きゃああああ?!」 「やぁああああ?!」 突如として起きた凄まじい地震に、コレットとリリィはオババに縋り付く。 その二人を抱きしめながらも、占いオババは・・・確信した。 「二人とも、しっかりとババに掴まっておいで!コレは・・・間違いない!この地震は 異世界の戦士様達が『この世界』を救ってくれた証じゃ!」 「やれやれ・・・今月も赤字かよぉ。参ったなぁ〜・・・そういや、あの嬢ちゃん達は 無事に魔女のトコまで(ズゴゴゴゴゴゴ!)おわっ!?な、なんだぁ?!」 突然の地震に、売り上げを勘定していたボルティー親父は、慌てて机の下に隠れた。 場所が武器屋だけに、本気で避難しないと・・・ 「わわわわ(ズガッ!)ひぃっ!?(ドゴッ!)おわっ!?」 文字通りに槍や刀が降ってくるのだ。 そんな「黒○げ危機一髪」的な状況であったが、ようやく地震が治まったことでナン とか助かった親父は、散らかった店内から外に這い出てみると・・・ 「ったく、ナンだったんだ?あぁ〜あ。他の店もひでぇ有様だな・・・ん?・・・ぉ? ぉおおおお?!ハハ・・・ッハッハッハ!嬢ちゃん達、ヤリやがったな!?」 ボルティー親父の目に、サーレン山の中腹が大きく抉れている光景が映った・・・ 喜々として、玄翁を振るっている、一人のジジィ・・・ ジジィは寝食を忘れ、今日まで一睡もせずに玄翁を振るっている・・・ このジジィがこれほど仕事に身を入れたのは、嘗てなかった・・・ そう・・・人は欲に駆られるとココまで力を発揮するのだ。 「ホッ(カンカン!)ふぃ〜。よっしゃ。これで完成じゃ・・・くぅ〜♪あの嬢ちゃん のおかげで、魔法を使わずに新兵器の生産に成功(ズゴゴゴゴゴゴ!)なんじゃ?! じ、地震か?!また(ズキッ!)は、はう?!し、心臓がぁ〜・・・(ぽっくし☆)」 4 空間・・・ そこは、光も闇もない・・・ 無いはずの静寂に満ち、あるはずの時が欠けた空間・・・ それはまるで、袋状になった隣り合わせのページとページの間の様に「存在するのに 存在しない」場所だ・・・ 地を漂う・・・ 上に落ちていく・・・ 前に後戻りしている・・・ 「・・・」 この奇妙な感覚には、覚えがある。 死んだ・・・ 死んだんだ・・・ 漂う身体と意識に、和美は自分のイメージを作り出していく。 こうして、ハッキリとした「形」を作らなければ、意識も身体も周囲に混ざり合って しまうことを知っている。 だが、今さらナンのために? 死んだ人間が、必死になって「自分を保とう」としている? どうして?死んでいるのに、死んでしまうから? 笑い話にしかならない・・・ もはや前の様に、再び蘇ることは無いのだ・・・ ・・・誰も・・・誰もいない・・・ その思いと共に、和美のイメージが・・・消えていく。 ・・・私も・・・いなくなるんだ・・・ そんな消えかけていた和美のイメージに、声が響き渡った。 「・・・和美さん・・・」 「・・・」 そんなハズはない・・・ 彼女は死んだはずだ・・・ いや・・・死んでいるのは自分も同じか・・・ 死んでいるから、声が聞こえるのかも知れない・・・ 和美は声のした方に向かって、僅かに意識を傾けた。 消えるまでの間、少しは誰かと話がしたい・・・ 「その声は、アネーロさん・・・死んじゃいましたね・・・」 「はい・・・でも、みなさんのおかげで、この世界は救われました・・・」 「みんなも・・・死んじゃったけどね・・・」 「はい・・・でも、皆さんの『データ』は保管されていますので・・・」 「・・・え?」 聞き慣れた・・・それでいて不自然な単語に反応し、和美のイメージは急速に形作ら れた。 イメージを取り戻した和美は、声のした方に振り返る。 そこに漂っていたのは・・・ 「アネーロさん・・・あなた・・・一体・・・天使?」 白き翼を持ち・・・ 神々しい光を放ち・・・ 紫色のクリスタルを持った、アネーロであった。 驚きと動揺の表情の和美に、アネーロは微笑みながら静かに頷く。 「はい・・・私は『戦乱だけに乱れたこちらの世界』に飽きてきた神様が、あちこちの 世界の神様に使わした『人材派遣担当兼案内役の天使』なのです」 「へ・・・人材・・・派遣・・・案内役・・・」 もはや混乱・・・を、通り越し、ナニがなんだか判らない状態の和美。 そんな和美を余所に、アネーロは淡々と話を続ける。 「はい・・・この世界の神様は大変飽きっぽく、いつまでたっても進化をしない創造物 達に業を煮やし、大いなる魔女と精霊を作り、変化が現れるようにプログラムされま した」 「は、はぁ。プログラムですか・・・」 「はい。魔女は丁度あった『魂無き器』と『器無き魂』をこね合わせて造り出し、精霊 も魔女は自分で作ったと思いこんでいましたが、ホントは神様が用意したものなんで す。でも両方ともあまりの『強さ』に、創造物達が簡単に滅亡しかけて・・・そんな 時に、あなた方の世界の神様がこちらに遊びに来られまして、その『造った魔女達』 を使って、ゲームをしようと言うことになったのです」 「ゲーム?!」 「はい。そちらの神様も丁度造った創造物達が落ち着いたとかで・・・それで、こちら の神様は魔女側を、そちらの神様は、それに対抗する勢力を選択し、そして、神様達 はルールを決めると、更に面白くするために『駒』を用意し始めました。それが、邪 妖精達であり、異世界の賢者であり・・・異世界の戦士達です」 「そんな・・・それじゃ、私達は『ゲームの駒』なんですか?!」 「・・・冷酷な言い方かも知れませんが、神様達から見たら・・・私も含め、造られた モノ達は全て『駒』でしかないでしょう?」 「でも!私は自分の意志で生きて・・・」 「はい。我々は『その人と世界で出来る範囲』で、ランダムに行動するように神様にプ ログラムされているんです。ですから『プログラムに無い行動』は・・・出来ません よね?」 「・・・え?」 「和美さん、前の世界で地震や雷などの天災を起こせますか?時を自由に操れますか? 魔法が使えましたか?確か、和美さん達の世界では、それらは『制限』されていると 聞いてます。ですが、こちらの世界では魔法は許可されていますし、生活している創 造物の種類も種族も多いですよね?その代わりに、文明とモラルが低く押さえられて いるんです」 「それじゃ・・・邪妖精達も・・・天狗も・・・私達も・・・」 「はい。強力な邪妖精達の中で裏切りや仲間割れが起きたのも、そちらの神様が仕掛け た『罠の駒』によるものです。また、その駒の『旦那さん』も、そちらの神様が逆転 を狙って送り込んだ駒でした。でも、その時は魔女側は大きくレベルを下げられた挙 げ句に封印され、賢者の方も石化されてしまい・・・結局は痛み分けでゲームは中断 されたのです・・・が、今回、新たな駒を使って久しぶりに再開しようと言うことに なりまして・・・」 「・・・私達が・・・駒に・・・」 「えぇ。ただ今回は、そちらの神様が先手を打って送り込んだ裕美さんを、こちらの神 様が逆に利用する形となりました。そのあとに、皆さんが切り札として送られてきた わけです」 「で、でも!アネーロさんは私に協力してくれたおかげで闇の精霊を・・・」 「和美さん。忘れていませんか?」 「え?」 「私も『駒』の一つですよ?それに、あの時に私を呼び覚ましたのは、そちらの神様が 仕掛けておかれた罠(トラップ)の『裏切りの光り』によるモノなのです・・・」 「あう・・・」 「本当は、私を殺せず、皆さんが殺されてゲームは終了。こちらの世界の神様が勝つ予 定でした。でも、そちらの神様は予想外の『伏兵』を隠しておりました」 「それが・・・天狗と裏切りの光ね・・・」 「そうです。これによってゲームは逆転・・・そちらの世界の神様の勝ちです」 「そう・・・それで・・・私達は・・・どうなるのです?みんなの魂は?」 「どうもなりませんよ。邪妖精達の魂は『それぞれの神様の元へ』と返され、魔女と精 霊の魂については『こちらの神様』が『削除』してしまいましたし、皆さんの魂は、 『この世界』では受け入れられませんので、元の世界へ帰っていただきます。皆さん の肉体情報は『バックアップ』を使用して、返還させていただきますね。ほら、皆さ んもそこに♪」 その声に、和美が周囲を見ると・・・ 「あ・・・あ・・・み・・・みんな・・・あぁっ・・・早苗、孝司・・・綾子も・・・ 由香里も・・・大下さんに村田さんも・・・裕美も・・・みんな、ちゃんと・・・」 皆、透明な球体の中で膝を抱えて眠っている・・・ 早苗も孝司も綾子も由香里も大下も村田も・・・ 敵対し、大いなる魔女として和美達を苦しめた裕美も・・・ みんな、ちゃんといる・・・ その光景に涙ぐむ和美であったが、一人・・・足りない。 「ううぅ・・・みんな、みんな・・・あれ・・・いない?いない・・・アネーロさん! マリンちゃんの・・・マリンちゃんの魂は!?」 「はい。あまりにも深く関わりすぎたあの子の魂なんですが・・・協議の結果、あの子 の魂は、勝利者賞として、そちらの神様がお持ち帰りになられました。ナンでも、こ ちらの神様が捨て駒に使ったのに、最期に大逆転をする結果を生んだものですから、 そちらの神様がとても気に入られて・・・ご褒美に、そちらの世界で生まれ変わらせ るともおっしゃっていました」 「・・・そう・・・よかった・・・」 「まぁ、運が良ければ『再び巡り会うこと』が出来るかも知れませんね♪」 「え?!逢えるんですか!?」 「えぇ♪だって、皆さんとは『時間と織りなす蜘蛛の糸』で、いつでも繋がっているん ですから・・・その為、本来でしたら完全に消してしまうハズの記憶も、神様の御意 志で一部を除いて、生存までの記憶を残すこととなりました。今回のコトを・・・そ れと、私のコトを忘れないでくださいね☆さぁ・・・私がお話しできることはココま でです・・・では、お別れです♪」 「え・・・お別れって・・・待って!」 「みなさんに、神様達の幸のあらんことを・・・さようなら!」 「待って!待ってアネーロさん!待って(ピカッ☆)」 「待って!・・・あれ?」 叫びながら起き上がった和美であったが、その目の前にアネーロの姿は無い。 聞きたいことが、まだ、有ったのだが・・・ 「アネーロさん・・・ん?・・・んん?!」 そんなアネーロのコトよりも、ようやく周囲の異変に気が付いた和美。 周囲は暗く、まるで「夜」の・・・いや、これは「夜」だ。 だが、その「夜」には、見覚えがある。 暗闇の中に光る、沢山の「家灯り」に・・・ 色とりどりの煌びやかな「ネオン」に・・・ 留まることなく続いてる「車のライト」に・・・ その道路を隈無く照らしている「街灯」が・・・ある。 「・・・」 和美は、ゆっくりと自分の姿を見下ろす。 鎧は? 武器は? 怪我は? ナニも・・・無い。 自分の服は、綺麗なまま・・・元のまま。 「・・・ココは」 改めて周囲を見回す。 ブランコが見える・・・ すべり台が見える・・・ 鉄棒が見える・・・ 砂場が見える・・・ そして、すぐ脇に「欅の木」が見える・・・ ココは「公園」だ・・・ 「戻ってきた・・・戻ってきたんだ・・・」 ようやく沸き上がってきた「現実」に、和美の身体が小刻みに震え出した。 あの世界から・・・ あの「異世界」から、戻ってきたのだ! ポロポロと和美の瞳から涙がこぼれ落ちる。 それは、帰ってきたことの実感だけではない。 生きている・・・ 「くっ(グシュッ)・・・」 和美は足下の地面を握りしめてみた。 指の間から、はみ出した芝が小刻みに震えている・・・ 「っ(ヒュー)・・・」 今度は天を仰ぐ・・・ 暗闇の中、星が光り、夜の風が頬を撫でていく・・・ 「生きているんだ・・・」 たったコレだけのことが、和美の涙を止めさせようとはしない。 「うっく・・・うっく」 暫くもしゃくり上げていた和美であったが・・・ 「いった〜い・・・」 「う〜ん・・・」 「いてて・・・」 「あぅ〜・・・」 「うっく・・・ぇ」 欅の木の後ろから聞こえてきた呻き声に、ハッと顔を上げた。 もはや確認する必要もない・・・ 涙も拭わず、立ち上がり・・・ 勢いよく振り返り叫んだ! 「早苗!孝司!綾子!由香里!」 「和美ちゃん!?」 「和美!?」 「まぁ!和美さん!皆さんも!?」 「あ・・・みんな、無事だったよぉ〜ね♪」 「みんな・・・みんなぁ〜!(ガシッ!)」 皆は、そこに・・・ 間違いなく、いた! 和美に抱きしめられ・・・ いや、互いに抱きしめあいながら、互いにその「存在」を確かめ合う。 言葉にならない「感覚」に、皆の目から涙が溢れ出す。 「みんな・・・みんなぁ〜・・・うぅう・・・ぐすっ」 「和美ちゃあああああん!うわ〜〜〜ん!」 「和美・・・」 「みんな・・・御無事で・・・うぅっ」 「いやぁ〜、みんな無事に戻れて良かった・・・ぐしっ」 そんな泣いている和美達の隣で・・・ 「いちち・・・む!?ココは・・・元の世界か?!」 「ぅ〜・・・ッス。あ。ぐっもーにんぐ兄貴ッス♪」 「おぉ!?村田よ。貴様も生きて・・・もしや夢では?!」 「へ?(ぎゅむ〜〜〜〜♪)ふぁ、ふぁにき!いひゃいッスぅ!」 村田の頬をつねる大下の姿と、その村田の悲鳴に、和美は振り返った。 「大下さん達も帰ってきたんですね!?」 「おぉ!?御嬢方!御嬢・・・御無事で・・・良かった・・・」 「へい・・・良かったッス・・・これで、あっしらも無事で済むッス。龍兄貴と夏美姐 さんに殺されなくて済むッス・・・」 「・・・龍さん!(ダッ!)」 「あ!綾子!ちょっと!」 「綾子ちゃん?!待ってよぉ!」 「篠原!何処へ行く?!」 「あちゃ〜・・・村田さんが・・・」 「貴様が『龍の名』を口にしたから、綾子御嬢様が走られたのだぞ?!」 「ふ、深く反省ッス!」 慌てて駆けだした綾子を追いかけ、和美達も走り出したのだが・・・ 「・・・っ」 そんな和美達の後ろの木陰で・・・ゆっくりと起き上がる影があった。 さて・・・ 龍の名を耳にするなり、すんごい勢いで駆けだした綾子であったが、取り敢えずは無 事に公園から龍の家にまで辿り着いたわけであるが・・・ 「りゅ、龍さーーーん!」 「んぶっ!?」 「あら?」 玄関からではなく、灯りの漏れていた庭から龍の家にまっしぐらに駆け込んだ綾子の 目に映ったのは、少々、予想外のモノ。 縁側の和室の中、龍と夏美は居たのだが・・・ 「ん!(ブバーーーー!)あ、綾子君?!お、お帰り・・・」 スウェットの下だけを穿き、上半身裸のままでビールを飲んでいた(吹き出した?) 引きつった表情の龍と・・・ 「綾子ちゃん、随分と(じゅる)遅かったわね?」 濡れた髪をタオルで拭きながら、悠然とビールを飲んでいる「パンツ一丁」の夏美で あったのだ。 この光景に・・・ 「龍さん・・・夏美さん・・・」 長く、苦しく、信じられない様な冒険と体験の末に、ようやく元の世界に戻って来た ハズなのだが・・・ 「龍さん・・・夏美さん・・・お二人ともナニをしていたんですか?!」 まぁ、最初に出た綾子の言葉らしいと言えば、らしいであろう。 また、遅れて駆けつけた和美達も同様にして・・・ 「綾子?!落ち着いて!」 「篠原!落ち着けって!」 「龍さん!夏美さんと何をしてたんですかあぁああああ?!」 「あ、綾子ぐん(ぎゅうううううう!)ぐ、ぐるぢ〜〜〜!」 「あ!?夏美さん、黒いパンツだ☆せくし〜♪」 「でしょ?どぉ早苗ちゃん。今夜一緒に〜?」 「おぉ!?(グビッ!)ぷっは〜☆やっぱ、ちゃんとしたビールは旨いなぁ♪」 いきなり龍の首を絞めた綾子に、それを止める和美と孝司。 夏美の姿に、思わずヨダレを垂らす早苗と、挑発する夏美。 そして缶ビールを見つけるなり、一気に飲み干した由香里。 やはり、コイツ等には、この風景が似合うのだ・・・ それに今、ようやく到着した兄貴達も・・・おや? 「ふぅ〜・・・ようやく(どこっ!)おぉわっ!?」 「ふひ〜・・・追いつい(ばきっ!)おぶッス?!」 到着した兄貴達に「跳び蹴り」をかまして登場したのは・・・ 「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ!篠原さん!龍様から離れなさいぃですぅ!」 「・・・ゆ、裕美御嬢ぉお〜」 「・・・足どけて欲しッスぅ」 やれやれ・・・波乱は、まだまだ続きそうである。 さて・・・ようやく騒ぎが収まった荒木家。 あれから意識を取り戻した龍(ナンと綾子に絞め落とされていたのだ)と、和美達に 無理矢理に服を着込まされた夏美の話から、和美達が「異世界」に行っていたのは、僅 か9時間足らずであったことが判明していた。 どうやら異世界とは時間の概念が・・・まぁ、こちらから向こうの世界に辿り着いた 時間がバラバラであったコトを考えると、逆にそれが自然であろう。 そのコトを考えていた由香里は、浴槽に入るとタオルを頭に乗せる。 「ふぃ〜・・・(ちゃぽん)たったの9時間ちょっとかぁ〜・・・にしても(ちゃぷ)」 湯船の中、由香里は溜息をつくと、自分の左腕を見つめる。 左腕は、ちゃんと付いていた・・・ 腕の途中に、うっすらと「線」らしきモノが見えるが、体温が上気するに伴い、あま り気にならないほどになっていく・・・じきに消えるであろう。 「・・・間違いなく、あの世界に行っていたのよねぇ〜(ちゃぷ)」 「でも、本当に元の世界に戻れて良かったですわ(チャプン)龍さんに・・・逢えて」 改めて元の世界に帰ってきたことを噛み締める綾子・・・ 彼女にとって龍の存在しない世界など、考えられないのだ。 だが、もう一人・・・龍の存在しない世界を否定するモノがいた。 「篠原さん!私は諦めないですよぉ!(ザバッ!)龍様は渡さないですよぉ!篠原さん に、宣戦布告しますぅ!」 湯船から勢いよく立ち上がると、綾子に向かってビシッ!と指さしながら、そう言い 放つ裕美に、綾子はタオルを握りしめながら、泣きそうな表情をしている。 「そ、そんな裕美さん・・・」 「あの世界では龍様をモノにしてたのにぃ〜!それを篠原さん達が『力づく』で邪魔し たんじゃないですかぁ?!だったら、私もこの世界で龍様を力づくで・・・」 「あんたはぁ!ええい、そこに直れ!(ザバッ!)たたっ斬って(プニッ)あり?」 裕美のあまりの横暴ぶりに、思わず腰の「軍刀」を抜き放とうとした由香里であった が、その右手は自分のお腹を探るばかり・・・ 「あれれ・・・あ〜〜!長船の軍刀が無いいいいいい!?」 「あの世界に忘れてきてしまったのでしょうか?」 「へ〜んだ☆この世界じゃ京本さんだって怖くは(バイン!)ふぐっ?!」 「なら洗面器だ!」 その頃、先に風呂から上がっていた和美と早苗は、浴衣姿のままで縁側に座りながら 夜空を眺めていた。 「・・・綺麗ね」 「・・・うん☆」 異世界の夜空よりも、若干は濁って見える「この世界の夜空」だが、やはり、見慣れ た方が・・・いい。 そんな和美の隣に、男湯(荒木家は男女別の風呂がある)から上がった孝司も、タオ ルで髪を拭きながらやって来た。 「ふぅ〜。イイ湯だったぁ〜・・・ん?・・・二人ともナニやってんだ?」 「和美ちゃんと夜空見てンの☆」 「早苗との約束だったのよ。帰ったら一緒に星を見るって・・・」 「ふ〜ん・・・」 「んで、今はお月様見てンの♪」 「月を・・・か?」 「うん。前の世界のお月様もお星様もきれーだったけど、お月様は・・・やっぱり一つ でいーよね?」 「・・・そうね」 「あぁ・・・やっぱ月は一つに限る・・・」 「でも・・・本当に良かった・・・みんなが無事に戻ってこられて・・・ぐすっ」 涙ぐむ和美に、その肩にそっと手を伸ばす・・・早苗と孝司。 「和美ちゃん・・・(チョン)ん?」 「和美・・・(チョン)む?」 互いの指先が触れあった、その瞬間・・・ 「がぅううううう!」 「むぅううううう!」 あの異世界での、互いに譲り合う気持ちはドコへやら・・・ 「やめなさいっての!」 戦闘を開始しそうになった二人に、和美の怒りが爆発した・・・ そして、その和美が早苗と孝司にヘッドロックをかけている後ろの客間では、ナニや ら大下と村田が必死になって龍と夏美に話をしている。 「ですから!本当にワープでマジックな世界にジャンプしたッス!」 「いわゆる別世界というやつで、わしらもそこへですねぇ!」 「寝ぼけてたんじゃねぇのか?」 だが、龍は全く取り合おうとはせず・・・ 「あんた達・・・あの子らに妙な薬を与えたんじゃないでしょうね?!」 夏美においては、兄貴達を睨み付けている。 確かに・・・あまりにも突拍子もない話を、信じてはくれないであろう。 「んで、お前ら和美君達を何処に連れて行ってたんだ?」 「いや、連れて行ったのではなく連れて行かれたのだ!」 「連れてかれたぁ〜?どこに?」 「ですから不思議の世界ッス!」 「不思議の世界ぃ〜?・・・あぁ。そう言えば、由香里ちゃんが遊園地の年増園に行き たいって言っていたわね?ソコのこと?面白いアトラクションあった?」 「いいえ違いやす!あっしらは・・・参ったな・・・村田よ。お前に任せる・・・」 「へいッス!ですから、あっしらは・・・」 そんな中、説明を村田に任せた大下は、缶ビールを片手に縁側に出る。 「んぎぎぎぎ!?」 「んぐぐぐぐ!?」 「まだ二人ともケンカする気ぃ!?」 「・・・」 和美が早苗と孝司を締め上げているが、あまり気にはならない。 大下はビールを一口飲み、夜空を見上げた。 異世界での記憶が・・・いや、異世界での「出会いと別れ」が去来する。 「・・・(グビッ)」 異世界での出来事であったとは言え・・・ 自分の「強さ」を・・・求めてくれた存在。 自分の「弱さ」を・・・教えてくれた存在。 自分の「脆さ」を・・・説いてくれた存在。 そして・・・唯一、愛してくれた存在。 「・・・マリン・・・くっ」 夜空を眺める大下の瞳から、一滴の涙が・・・こぼれ落ちた。 |