第14章


                   犠 牲


                    1


「せぇのぉ!(ドバーーーーン!)こふぉ〜・・・ッス!」
 村田の豪快な回し蹴りによって、一気に開かれた「次へ」の扉。
 次に待ち受けるものは、罠か?それとも敵か?
 いや・・・もはや「そんなコト」は関係ない。

 自分達がこの世界に来た「本当の理由」を知ってしまった以上・・・
 先程に和美達が視た「天狗」の記憶が真実ならば・・・
 何がなんでも「後戻り」は許されない・・・
 邪魔する者は、討ち倒してでも「前へ」進まねばならない・・・

 異世界の者達の脳裏には、同じ言葉が繰り返されていた。
 だが、そんな殺気立ちながら身構えていた皆を迎えたのは、予想外のモノ。
「・・・ん?なんだこりゃ?」
 由香里の第一声にしては、少々、的確さに欠けるが、それも仕方あるまい。
 誰もがその目の前に広がっていた光景に、同じ言葉が浮かんでいた程だ。
「なんなの?・・・ここ?」
「行き止まりじゃ・・・ないよね?」
「・・・いや・・・入り口はあるが・・・」
「一つだけ・・・ですな」
「・・・随分と狭いッスね?」
「一方通行ですかぁ?」
 目の前に広がっていたのは、入り組まれた無数の「壁」・・・
 右を見ても左を見ても、高い壁は遙か向こうまで続いている。
 どうやら入り口は、皆の目の前で口を開けているココしかないようだ。
 由香里が、その口を開けている箇所から中を覗き込んでみると・・・
「この先も壁か・・・ふ〜ん。どうやら『迷路』になってるみたいね・・・」
 由香里の言葉通り、その先は幾多にも入り巡った壁が続いている。
 この部屋・・・いや、ドーム全てが「迷路」になっているらしい。
 その由香里の言葉に、和美達も一緒に覗き込む・・・
「・・・迷路?」
「めんどくせぇな・・・」
「早苗、迷路は苦手なのに・・・」
「あ、私は得意ですよぉ♪」
「こりゃまた厄介ッスね?」
「あまり時間が無いと言うのに・・・困りやしたなぁ」
「ですね・・・」
 口々に呟いていた皆の言葉の中、由香里は大下の言葉に頷いた。
 確かに、大下の言う通り、自分達には迷路などを楽しんでいる暇はない・・・
 ならば、手段を選ぶ必要は・・・無い。
 由香里は壁を軽く小突きながら、兄貴達の方に振り返った。
「ナニも遊ぶ必要なんか無いわよ。こんなモン、最短ルートで行きましょう。大下さん
 に村田さん。この壁(コンコン)ブチ壊せます?」
「やってみやしょう。どれと・・・それじゃぁ綾子御嬢様を頼みます」
「あ、はい」
 由香里の言葉に、大下は抱えていた綾子を和美達に預けると、拳を握りしめる。
 そして村田もまた、荷物を足下に下ろすと、指の力こぶ(どこかはご想像ください)
を一通り盛り上がらせてから拳を握りしめた。
「了解ッス(ドサッ!)ど〜れ。んじゃ一発(ギュム!)ブチかますッス。兄貴、お先
 に失礼するッスね。せぇのぉ・・・」
 だが、そんな勢い良く拳を振り上げた村田であったが・・・
「お?!待つのだ村田よ!」
「っとっとっと・・・なんッスか兄貴?」
 急に止められ多々良を踏んでいる村田を横目に、大下は壁を撫でている。
「もしかすると・・・この壁とて先程の鉄格子の様に堅いやもしれん。迂闊に殴ると、
 いらぬ怪我をするかもしれんぞ?」
「なるほどッス・・・それじゃぁ、どうするッスか?」
「ふむ・・・見たところ石などをブツけた程度では、堅さが判らんであろうから・・・
 ここは一発、由香里嬢の大砲を先に・・・と言うのはどうだ?」
「なるほど。流石は兄貴ッス。んじゃ、由香里御嬢、一丁頼むッス!」
 そう言って由香里に頭を下げる兄貴達であったが・・・由香里は首を振った。
「え〜と・・・パス♪」
 その言葉に、思わず耳を疑う和美と早苗。
「へ?なんで?この壁、随分と壊しがいがありそうなのに・・・あんたの自慢の大砲、
 撃たないの?」
「めっずらし〜。由香里ちゃん、もしかして、どっかのちょーし悪い?」
「こらこら。ったく、人のコトをトリガークレイジーみたいに言わないでよ・・・別に
 ドコも悪くないわよ。ただ無駄弾を使いたくないだけ。実を言うと・・・もう、あん
 まし弾がないのよねぇ〜♪」
「ホントに?」
「うん・・・それに、この(じょるじゅ)もアームストロング砲を撃った後から、あん
 まり調子良くないみたい・・・だから、これからはあたしもなるべく白兵戦で行くし
 かないのよ。まぁ屋内にいるんだから、対空戦が無いから別にイイんだけどね♪」
 そんな軽い口調とは裏腹に、由香里の目は笑っていない。
 事態は和美達が想像するよりも、深刻なのであろう・・・
 由香里の言葉に、孝司も厳しい表情をしている。
「確かに・・・飛び道具がないと・・・少し辛いな・・・」
「えぇ・・・そんな訳だから、ゴメンなさい」
 そう言うことでは仕方がない。
 兄貴達は深く頷くと、拳を握りしめた。
「そうでしたか・・・判りやした。そいじゃぁ村田よ、ここは一発『気合弾D!』でも
 打ち込んでみるか?」
「そッスね。久しぶりに使ってみるッスか♪」
「へ?『気合弾D!』って?」
「波○拳みたいなの?」
「どんなのなんだろ?」
 首を傾げる和美達の前で、大下と村田はいきなり中腰になると・・・
「んじゃいくッスよぉ〜。兄貴から『呪文』をどうぞッス♪」
「うむ・・・え〜『ワシのこの手が、真っ赤に燃えるぅううううう!』次、村田!」
「了解ッス!『轟き叫べと真っ赤に萌えるッスぅうううう!』ッス!」
 どっかで聞いたことのある様な『呪文』と共に、2人の拳が真っ赤に染まる。
「その『呪文』は・・・えっと・・・地域差があるとは言え、いいのかな?」
「え〜、確かに有名な人気ロボットに無理矢理格闘技をさせたアニメだったけど、一部
 では放送されてなかったらしぃ〜けど・・・まぁ、大丈夫でしょ♪」
「あ、それなら早苗も知ってるよ♪えと、キーワードは『東じゃ負け知らずの師匠』と
 『バカ弟子』だよね?!」
 顔を引攣らせながら苦笑いを浮かべている和美と由香里に、妙にはしゃいでいる早苗
の3人だが・・・
「知らねぇぞ・・・」
「よろしいのでしょうか・・・」
 妙に顔色の悪い、孝司と綾子であった。
 だが、そんな冷や汗をかいている2人など何処吹く風の兄貴達は、怪しげな紋章が浮
かび上がった拳を、目一杯に振り上げる。
「(すぅ〜)・・・ファイトーーーー!(ゴッ!)」
「いっぱーーーーい♪ッス!(ゴッ!)」
 コレまた著作権ギリギリの掛け声と共に、兄貴達が突き出した拳から「鷲のマークが
入った栄養剤のビンの形」をしたエネルギー弾(これが『気合弾D!』である)は、唸
りをあげて迷宮の壁に向かっていく!
 だが、威力としては申し分ない『気合弾D!』であったが・・・
(ガッ!スカンカンカンカンカン!)
 弾は迷宮の壁に当たると、激しく張弾し、迷宮の奥深くへと消えていった・・・
 どうやら大下が予想した通り、この壁は相当の硬さを持っているようだ。
「ふむ・・・やはり駄目か」
 苦々しげに呟く大下・・・
 そんな大下同様に渋い顔をしていた村田であったが、ふと、ナニかを思いついたらし
く、手を一つ叩いた。
「う〜む・・・おぉ?!(パン!)閃いたッス!兄貴、あっしがジャンプ一番で上空か
 ら偵察ってのはどうッスか?!」
「ぉお?!貴様にしては名案だ!よし、上手くいったら褒美として、元の世界に帰って
 からではあるが、この小僧『に』サウナで背中を流させてやるぞ!」
「い゛?!お、大下さん!そんな勝手に・・・」
「な、ナンとぉ!?あ、兄貴!そ、そいじゃ、もしも迷路の隅々まで記憶したら・・・
 こ、小僧『で』背中を流しても・・・いいッスか?(ポッ)」
 昔の人は「言霊」などと実にうまく言ったモノで、言葉とは実に恐ろしい。
 なにせ、たった一字違いで、人の精神を・・・
「ぅ・・・う(ヨロッ)」
「孝司、大丈夫?」
「・・・んなわけナイでしょ」
 真っ青になって蹌踉めく孝司を横目に、大下は涙を呑んで頷いた・・・
「よ、よし、許可する・・・すまん、小僧・・・」
 そんな早苗と由香里に支えられる孝司に比べ、満面の笑みを浮かべながらジャンピン
グスクワットをする村田。
 心なしか・・・目つきが違っている。
「うぉおおおおおお!やる気十分んっ♪ッスよぉおおおお!」
「よしっ!行け村田!」
 その大下の号令に、村田は身体を深く沈み込ませると、一気に跳んだ!
「せぇの・・・フン!(ビシュッ!)」
 渾身の力を込めた垂直飛びに、一瞬、皆の視界からは村田の姿が消えたのだが、直ぐ
さま頭上から雄叫びが聞こえてくる。
「おぉー!よーく見えるッスぅ♪」
「村田さぁ〜ん!出口はどっちですかぁ〜!?」
 由香里の叫び声に、空中で滞空していた村田が遠くを眺めた・・・その時!
「えーとぉー(バリバリバリ!)あぎゃああああああ?!」
 ドコからともなく稲妻が迸り、村田に直撃したのだ!
「う〜む。トラップがあったか・・・こりゃ、壁を乗り越えるのも・・・」
「無理でしょうね・・・あ。落ちてきた(ひゅ〜、ドスン!)あ〜ぁ・・・」
「うっわぁ〜・・・」
「こんがりと・・・」
「ほっ・・・」
 再び目の前に現れた・・・いや、落ちてきた村田は、こんがりと狐色であった。
 思わず「安堵の息」をついた孝司であったが、さすがに不謹慎だと思ったのであろう
か?和美に抱えられている綾子の肩を揺する。
「おい、篠原。篠原・・・」
「ん・・・あ、孝司さん。私・・・怖い夢を・・・天狗が・・・」
「・・・あぁ。判っている。それよりも、村田さんになんか魔法を掛けてやってくれな
 いか?いいカンジで焼けているから・・・」
「ふひぃ〜・・・ミディアムレアってとこッスよ。酷い目にあったッス♪」
 村田の言葉から「酷い目にあった」という、珍しい言葉を聞き、トラップの威力が尋
常ではないことを悟った由香里は、深い溜息を漏らした。
「しゃーない。地道に進んでいくか・・・」


 その頃・・・
「さてと・・・」
 自室に戻ったアッシュは、目の前にある箱庭を眺め、顎をさすった。
 箱庭はいくつもの壁で仕切られており、そしてその迷路状に作られた箱庭の中では、
1個を先頭に綺麗に2列づつに並んだ7つの駒が動いている。
「クク・・・どうしたものかな?」
 その駒をアッシュは楽しげな笑みを浮かべながら見つめると、箱庭の中を覗き込む。
 右へ左へ・・・駒達は不規則な動きを見せながら「出口の無い」迷宮を進んでいる。
「まずは・・・オーソドックスに、水でも流すか」
 アッシュはテーブルに置いてあった水差しを手に取ると、迷宮の端から流し始めた。
 チョロチョロと流れていく水は、駒の背後から忍び寄り・・・


 さて、由香里を先頭に迷宮を進み続けている和美達の一行であったが・・・
「う〜ん、オートマッピング機能が付いているとは言え、このままじゃ埒が開かないわ
 よね。第一、体力が持たないわ・・・」
 由香里は足を止めると、爆炎砲を下に置き、大きく息を吐き出してしゃがみ込む。
 そんな由香里の姿に、後ろを歩いていた和美達も同様にしゃがみ込んだり、壁にもた
れたりしていたのだが・・・
「せめてナニか目印に(ザザザ・・・)なるような(ザザ)ん?ナンの音?」
 ふと遠くの方から聞こえてきた妙な音に、由香里だけではなく、皆も耳を立てながら
周囲を見回す。
 されども、両脇は迷宮の壁・・・前後と上を見るしかない。
「(ジャバ・・・)なんか?(ザザ・・・)水の様な・・・」
「波の音(ザバ・・・)みたいだね」
「どっちから(ザバン・・・)なのでしょう?」
「(ザバン!)・・・後ろだな」
 その孝司の言葉に、皆が後ろを振り返った・・・次の瞬間!
「お、御嬢方!(ザップーーーン!)びっぐうえ〜ぶッスぅ!」
 迷宮の壁を覆い尽くすほどの「大波」が和美達に迫ってきたのだ!
「でぇええ?!(ザッパーーーン!)ま、間に合わない!?みんな!あたしにしっかり
 掴まってええええ!」
「はい!」
「早苗!孝司!離さないでよ!?」
「判った!」
「うん!」
 最後列にいた由香里の叫び声に、綾子は由香里の腰に、和美は綾子の腰に、そして、
早苗と孝司は和美の腰にしがみつく。
 視界で確認できた範囲のメンバーがしがみついたのを確認すると、由香里は左腕の義
手に装着していた盾の先端部分を床に叩き付けた!
「頼むわよ!パイルバンカー!(ガン!ズゴン!ガキュン!)」
 先端を打ち付けられた衝撃で、盾の内側に装着されていた長槍(パイルバンカー)の
後部で(じょるじゅ)3発分の炸薬が爆発し、その勢いで射出された長槍が深々と地面
に突き刺さる。
 そして、それとほぼ同時に波が和美達に被さった・・・
 一方、先頭を歩いていた兄貴達とマリンはと言うと?
「マリンよ!しっかり掴まるのだ!」
「はい!」
 大下は胸にしがみついたマリンを右腕でしっかりと抱きかかえ、左手で・・・
「兄貴!あっしの手に掴まってくださいッス!」
「おぅ!(ガシッ!)」
 村田の左手に掴まった・・・までは良かった。
 その村田の右腕に抱えられていたのは・・・
「ん?!む、村田よ!その板はなんだ?!」
「さーふぼーどッス♪」
「へ?!」
「さぁーふぁーは、どんな波にも負けないッス!この板で乗り越えるッス!」
「は?!」
「来た来たぁああああッス!トウッ!(バシャッ!)おっしゃあ!波を捕まえたッス♪
 もぉ、コッチのものッスよぉおおお!」
「きゃああああ?!」
「おわああああ!?(ざっぷ〜ん!)村田よぉ!どこに行くのだぁあああああ!?」
「水平線までッスぅ〜☆」
「あたま悪いですぅ〜!」
 波に運ばれ、兄貴達とマリンは迷宮の奥へと消えていってしまった・・・


 そして・・・
「・・・ふむ」
 アッシュは箱庭を覗き込み、首を傾げる。
「3匹が流れたか・・・にしても、妙な流れ方だったな?まぁ、いい」
 現在、箱庭の中ではアッシュの流した水によって、5つの駒のグループと、3つの駒
のグループに分かれた。
 まるで、迷宮で高波に襲われた和美達の様に・・・
 アッシュは今度は、色とりどりのビー玉が入った箱を手にすると・・・
「そら・・・走れ」


 さて、ようやく水が退いた迷宮の一角では、和美達は荒い息と共に座り込んでいた。
 皆、ズブ濡れにはなったものの、大した怪我は無いようだ。
「はぁ、はぁ・・・ナンとか助かったわね」
「へぇへぇ・・・う〜(ビチャ)・・・ぺっぺ・・・」
「くそっ(ブルッ!)」
「ちょっと孝司!頭振らないでよ。こっちに飛ぶでしょ!?綾子、タオルない?」
「あ、はい(ゴソッ)・・・」
 由香里がそう言いながら手を差し出してきたので、綾子は背負っていたリュックを床
の上に降ろし、中を覗き込んだのだが・・・
「タオルはありますけど濡れてて・・・あ!?」
「ん?どしたの綾子?」
「荷物の中に水が入って・・・薬草の類が・・・全滅です」
 この世界の薬草類は、僅かな湿度や温度の変化に弱く、綾子も気を付けて管理をして
いたのだが・・・ココまで水を被ってしまっては、管理もへったくれもない。
「はぁ(ベチョ)これも(ベチャ)これもダメですわ・・・」
 そんな沈んだ表情の綾子が、リュックから薬草を取り出しているのを見ていた由香里
であったが・・・
「そりゃ参ったな。まぁ、ココまで水被ったんじゃしょうがないわよ。それじゃ、あた
 しの爆炎砲もメンテナンスを・・・って、あれ?!あたしの爆炎砲はどこ?!」
「あ?私の斧も・・・無い!?無事なのは腰に付けてたショートソードだけか・・・」
「早苗ちゃんはベルトに挟んでたから大丈夫♪」
「私も手にしていた魔法の杖が・・・残っているのは、焔の懐剣だけで・・・」
 皆、あの水の勢いで持っていた武器を流されてしまった様だ。
 とは言え、全身武器の由香里は堪ったモノではない。
「みんなも武器が流され・・・あ゛〜!?もしかして?!(パカッ)あちゃ〜。やっぱ
 りだ。可哀想に『プチハニー』達、全員が溺れ死んでるぅ〜・・・ゴメンね。おまけ
 に(グイッ!)こっちのパイルバンカーの方も(グイッ!)全然、抜けそうにもない
 な〜・・・残るは肩に付けてたチューリップ砲(キュイ〜ン、ガガガガ!)あぅう。
 コレもダメか・・・こんなコトなら防滴じゃなくて、防水加工に(ドシャッ!)しと
 きゃよかった。この分じゃ(じょるじゅ)も期待できそうにないなぁ〜・・・まぁ、
 スコープが生きてたのと、軍刀が流されなかっただけでも良しとするか・・・」
 由香里は義手に固定していた盾の留め金を外すと、背負っていたバックパックと、肩
に装着していたチューリップ砲を投げ捨てる。
 使い物にならない武器など、単なる重荷でしかないのだ・・・
 そんな由香里の姿に、孝司は拳を握りしめた。
「ちっ・・・コレからって時に・・・」
 そう・・・孝司の呟き通り。
 これで装備品で使えるのは、自分達が「身につけていた武器だけ」となってしまった
のだ。
「どうしましょう・・・」
 薬も・・・
「困ったわね・・・」
「うん・・・」
 道具も・・・
「参ったなぁ〜・・・」
「ついてねぇな・・・」
 武器もロクになく・・・
 この先に予想される・・・いや「予定」されている激戦を、どう切り抜ければよいの
だろう?
 不安に駆られていた一同だが、そんな「軟弱なモノ」には頼らない輩達の姿が見えな
いのに気がついた。
「ん?そういや・・・大下さん達はドコだ?」
「あれ?そう言えばマリンちゃんも・・・」
 孝司の言葉に和美達は周囲を見回すが、兄貴達とマリンの姿は見えない・・・
「流されたか・・・」
「だね・・・」
 忌々しげに呟く和美と孝司に、由香里も渋い表情は隠せない。
「あたしも迂闊だったわ。迷宮に入った以上、トラップのレベルが今までよりも上がる
 に決まっているって事・・・忘れてたなんて」
「なんで?」
「迷宮ってのは、普通の屋内と違って逃げ場が少ないからよ」
「あ、そっか・・・んじゃ、次は?」
「そうね・・・あたしの予想だと(ゴゴ・・・)次は、大きな石が(ゴロゴロゴロ!)
 転がって来たりナンか(ズゴゴゴゴゴゴゴ!)来たぁああああああああ!」
 凄まじい勢いで迫る巨大な石の塊に、和美達は一斉に走り出した!
「だああああ?!走るンだぁ!」
「うきゃああああああ?!」
「きゃあああああ?!」
 だが、瞬時に逃げ切れないと判断した由香里は、目の前を走っていた綾子の背中めが
けてタックルを仕掛け、右の通路に転がり込む!
「だ、ダメ!追いつかれる!綾子ゴメン!」
「え!?(ドン!)きゃああ!」
 そして、ほぼ同時に由香里と同じ判断をした孝司も、早苗と和美の手を引っ張り、左
側の通路に転がり込んだ!
「和美!早苗!こっちだ!」
「わっ!?」
「にゃあああ!(ズシン!ズシン!ズシン!ズシン!)」
 間一髪・・・石の塊は、迷宮の壁に幾つも突き当たり、その動きを止めた。
 石が通路一杯の大きさであるのが幸いし、弾けなかったから良かったとは言え・・・
「塞がれちゃったか・・・」
 和美の呟き通り、石は由香里達との間を完全に塞いでしまったのだ。
「由香里ちゃ〜ん?」
 僅かに開いた石と石の隙間から、早苗が覗き込むと・・・
「早苗ぇ〜。そっちは無事ぃ〜?」
「和美さーん、早苗ちゃーん、孝司さーん。ご無事ですかー?」
「えぇ。孝司も早苗も怪我は無いわ。そっちは?」
「綾子もあたしも怪我は無いけど・・・参ったわね。どうする?」
「しょうがない・・・別々に行動をするしかないでしょ?」
「そうね・・・和美。十分に気を付けてね!」
「由香里も気を付けて!」


「クク・・・このくらいでいいか・・・」
 ビー玉の詰まった箱庭を覗き、アッシュは「また分かれた駒」を眺めて口元を釣り上
げて笑みを浮かべる。
 そう・・・駒は全て和美達なのだ。
 全てはアッシュの手の内・・・
 このままこの箱庭を利用すれば、和美達を殺すことなど、造作もない・・・
 だが、アッシュはテーブルに置いてあった、3つの「家」を手に取ると、それぞれの
駒達が進んでいく先に、そっと置くと・・・
「さぁ・・・邪妖精達を・・・倒せるかな?」
 そう言い残し、部屋を後にした・・・


                    2


 さて、由香里達と別れた和美達であったが・・・
「・・・ん?」
 そのパーティの先頭を進んでいた孝司の足が止まる。
「どうしたの孝司」
「行き止まり?」
「いや・・・扉がある」
 その言葉に壁を見ると、孝司の言う通り・・・前の壁に、扉がついていた。
 だが、今回ばかりはさすがの早苗も飛び出したりはしない。
 3人はその場で足を止めると、扉を見つめた・・・
「もしかして・・・出口?」
「どうだか・・・」
「・・・トラップかな?」
 そんな訝しがる3人の目の前で・・・
「トラップがあるかも(ギィ・・・)・・・なるほど」
「・・・最高のトラップがあるみたいね」
「自動ドアじゃあ・・・ないよね」
 独りでに開いたドアに顔を見合わせ、小さく頷くと3人は足を踏み入れる。
「・・・ここは・・・ナンなの?」
 最初に入った和美は、首を巡らせるなり呟いたその言葉は、実に的確であった。
 そこは暗くナニもない部屋・・・
 調度品や装飾品はモチロン、家具一つないのだ。
 いや、それどころか部屋には窓すらない。
 だが、照明が無いにも関わらず、部屋の中は薄ぼんやりと明るい・・・
 部屋全体が「何か」によって光っているようだ。
 しかし、それ以上に和美達を困惑させたのは・・・
「・・・この床(ゴーン)・・・鉄?」
 和美の呟き通り、床は冷たい鉄で出来ているのだ。
 無機質な光沢と、整然と並んで打ち込まれているリベットが、部屋の殺伐さを更に引
き立てる。
 再び周囲を見回す3人・・・
 一瞥しただけでも、この部屋にナニも無いことが判る。
 ただ「向こう側」に・・・ドアが1枚あるだけ。
「なーんにも無いね」
「タダの部屋みたいね・・・さっさとあっちのドアから出ましょう」
 だが、そんな和美や早苗とは反対に、孝司は周囲を見回しながら顔をしかめていた。
「・・・ん?(クン)・・・気にいらねぇな(クン)」
「え?ナニが?」
「気に入らない・・・って?」
 思わぬ言葉に和美と早苗が孝司の顔を覗き込むが、孝司は何も答えず、鼻をヒクつか
せている。
「・・・(クン)・・・(クン)」
 ジッと眼を閉じ、頻りに鼻を動かす孝司・・・
 そんな孝司に、早苗と和美は怪訝な顔をする。
「なによ孝司。早苗、体臭なんか・・・」
「・・・違う(クン)」
「まさか和美ちゃんの匂いを!?」
「静かにしろ!」
「・・・」
 孝司の剣幕に、押し黙る早苗・・・
 やがて孝司の眼が静かに開いた・・・
 どうやら、匂いの元が判ったらしい。
「・・・そうか(クン)この匂いは・・・」
「どんな・・・匂い?」
「イオン臭い・・・」
「イオン?」
「そうだな・・・電気臭いと言えば判るか?」
「電気?(クン)・・・なるほど。雷雲が出た時みたいな・・・」
「(クンクン)・・・うん。乾電池を潰した時の臭いに似てるね」
「電気か(クンクン)・・・そうか・・・ココには・・・アイツがいるんだな!?」
 そして、両の拳を握りしめ、絞り出すように孝司が呻いた、その時!
「(ズアッ!)異世界の戦士・・・待ちかねたわよ!」
 一振の剣を携えた雷の邪妖精ソフィアが、空間を斬り裂き姿を現したのだ。
 満面の殺戮に飢えた笑みで和美達を出迎えたソフィアであったが、ただならぬ殺気を
発している孝司に気がつくと、その表情は一変した。
「ゆっくりと斬り刻んで・・・ん?貴様は・・・あの時の礼はさせて貰うぞ・・・」
 屈辱と怒りに歪んだソフィアの表情に、孝司も負けずに睨み返す。
「遠慮するな・・・まだまだ味わってもらうぞ。二人の・・・苦しみをな!」
「孝司、あの夏美さんに似た人・・・知ってるの?」
「あぁ・・・邪妖精だ・・・」
「強かった?」
「まぁまぁだな・・・」
 そんな小声で孝司と話をしている和美と早苗の姿に、ソフィアは鼻を一つ鳴らす。
「ふん・・・お前らに用はない。失せろ・・・」
 今のソフィアにとって獲物は孝司一人なのだ・・・
 そんな反対側のドアを指さすソフィアに、孝司も黙って頷いた。
「そーゆーわけだ和美・・・早苗と一緒に、先に行っていてくれ・・・」
「でも、孝司は?」
「俺は・・・こいつに用がある(ギリッ!)」
「・・・」
 両手に巻かれた布切れを締め直す孝司に、ナニを言っても無駄なことを悟った和美は
早苗の腕を引いて頷いたのだが・・・
「そう・・・判った・・・早苗、行くわよ」
「・・・和美ちゃん、先に行ってて」
 早苗はそう言って腕を振り払い、ピックを握りしめたのだ!
「早苗!?」
「ナンだと早苗!?」
 驚く2人に、早苗は・・・笑っていた。
「・・・孝司、一人だけ和美ちゃんにイイとこ見せよったって、ダメだかんね♪」
「・・・そんなんじゃねぇよ・・・」
「早苗・・・」
 和美は再び早苗の腕に手を伸ばしたのだが、早苗はそっと・・・和美の手を止める。
「お願い和美ちゃん・・・先に行っててちょーだい。すぐに行くから・・・ネ☆」
「でも・・・それじゃ、私も一緒に・・・」
 思わず自分も残ろうとした和美であったが・・・
「和美ちゃん・・・行って」
「和美・・・行っててくれ」
 二人から返された「同じ言葉」に・・・小さく頷く。
「・・・判ったわ・・・二人共・・・待っているからね・・・(バタン)」
 和美がドアの向こうに消えたのを確認すると、孝司は溜息をついた。
「ふぅ・・・早苗、なんのつもりだ?」
「・・・フェアでいこうよ・・・」
「んぁ?」
「・・・早苗だけ和美ちゃんと一緒じゃ、ズルいでしょ?」
「・・・へッ♪」
 その早苗の言葉に、何故だろう?孝司の口元には笑みが浮かんでいた・・・
 そんな異世界の戦士達のやり取りをじっと見守っていたソフィアであったが、ようや
く話に区切りがついたと見て、孝司に剣を突きつけてくる。
「ごちゃごちゃとうるさい輩達だ・・・別れの言葉は済んだのか?」
「・・・貴様こそ遺書を書いておかなくていいのか?・・・」
「ふん・・・これから死ぬ者の戯れ言など・・・ん?そっちのはナンだ?邪魔だぞ?」
 孝司の隣に残った早苗の姿に、ソフィアは不満げな声を出す。
 獲物は多いに越したことはないが「雑魚」は、いらない・・・
 このソフィアのあからさまな態度に、早苗は頬を膨らませた。
「(ムカッ!)うっさいボケぇ!孝司、こいつナンなの?!ムカつくんだけど?!」
「こいつは雷を・・・つまりは電気を使う邪妖精だ。十分に気を付けろ」
「電気?・・・だからこの部屋、全部、鉄で出来てるんだ」
「・・・そう言うことだな・・・」
「ホントに口数の多い輩だ・・・さぁて・・・楽しませて貰うぞ!」


 その頃・・・
 それは、永い眠りの間でも経験したことはなかった・・・
 記憶としては、あまりにも鮮明な・・・
 過去としては、とてつもなく壮絶な・・・
 ゼルパは「忘れ得ぬ悪夢」を視ていた・・・

・・・「お主が『全ての世界』に混沌をもたらすモノか?」
・・・「フン・・・貴様が妾の邪魔をする賢者か・・・小賢しい」
・・・「我こそは(ガギン!)時の防人なり!」
・・・「えぇい小賢しい!(ガイン!)妾こそが『全ての世界』を紡ぐのだ!」
・・・「我が祖国・・・貴様などに渡さぬ!」

 玉座にもたれていた内に、いつの間にか軽い微睡みに漂っていたゼルパであったが、
やおら目を見開くと、額を押さえて呻いた。
 見ていたのは「封印される前」の記憶・・・
「ナンという・・・妾が・・・悪夢を見るとは・・・それもあろう事か、あの時の夢と
 は・・・ん?」
 その時、ゼルパは、これまでになかった「異様な感覚」に気がついた。
 身体が・・・怠い(だるい)のだ。
 それに、全身がヌメヌメとする・・・
 初めての感触にゼルパは己の身体に手を這わすと、全身にビッシリと脂汗が噴き出し
ていた。
 指先で光る汗を見つめ、深い溜息をつくゼルパ。
「これは・・・ふむ・・・異世界の者の身体を持つということは、こうも疲れるのであ
 ろうか?それとも、この肉体に馴れぬせいかのぉ・・・む・・・水がいるか」
 喉の渇きを覚え、テーブルに置かれていたハンドタオルで指先の汗を拭うと、その手
を水差しに伸ばしかけたゼルパであったが・・・
「ん?・・・アッシュは異世界の戦士共を首尾良く娘達の部屋に送り込めたかの?」
 ふと思い出したようにゼルパはテーブルに置いてあったリモコンを手にすると、目の
前に置かれていた大きな鏡に向かって突き出し、ボタンを押す。
 すると・・・
「(ブゥン)・・・さぁ、黙って死んで貰おう!」
 鏡にはエレーヌの声に続き、孝司と早苗の姿が映る。
 その視点から察するに、鏡に映し出された映像は「ソフィアの目」かららしい。
「ふむ・・・ソフィアは2人を相手か・・・」
 ゼルパはそう呟くと、水が満たされたグラスを手にした・・・


 同じ頃、由香里と綾子のパーティー。
 和美達が部屋に辿り着いたのと同じ様に、由香里達もまた、ドアを開けていた。
「(カチャ)・・・なんだこりゃ?」
「まぁ・・・すてきなお部屋ですわ」
 そこは・・・

 大きくも柔らかな光を降らせている、大きなシャンデリア・・・
 天蓋がついた大きなベッドに、座り心地よさげなソファ・・・
 足に軽やかさを与えるほど柔らかい、毛の絨毯・・・
 見事な彫刻が施された、大きな衣装ダンス・・・
 部屋の中央に置かれたロッキングチェア・・・

 そう・・・そこは、和美達が見つけた無機質な部屋とは対象的に、随分と優雅な部屋
であったのだ。
 だが、そんな和やかな部屋に由香里のスコープの警告音が、けたたましく鳴り響く。
「随分と豪華ねぇ〜。にしても、なんで(ピピピピピピピピ!)な?!敵?!」
「どこです?!」
 和やかな部屋の雰囲気が・・・由香里の殺気を更に引き出していく。
 だが、それだけではない。
「(キュイーーン!)くっ!」
 先程からセンサーが何もないところで反応を発し続けているのだ。
 それも、この部屋の全てから・・・
「由香里さん!敵は何処に?!」
「ん〜・・・判んない。何しろ、反応がそこら中にあって・・・」
 由香里はあらゆるセンサーに切り替えてみるが、全く効果がない。
 そんな珍しく困惑した由香里の声に、綾子は座り込むと、静かに手を組み合わせて、
魔法発動の構えを取った。
 由香里のセンサーを信用してないわけではないが、センサーですら通用しないことも
あるのは判っている。
 自らも力にならなくてはなるまい・・・
 綾子は魔力を高めながら、由香里をチラリと見上げる。
「由香里さん・・・他のセンサーはどうですか?」
「むむむ(キュイーン)・・・ダメ。やっぱりあちこちに飛んでるわ。やっぱ、さっき
 水かぶったから調子悪いのかなぁ〜?」
「私も・・・やってみます・・・」
 そう呟くと、綾子は静かに目を閉じた。
 閉じた目の暗闇に・・・
 静寂の音の中に・・・
 由香里の言う通り、あちこちから光が零れ、音が発せられている・・・
「・・・」
 その中から綾子は、それらが強く感じられる所があることに気が付いた。
「これは・・・待って下さい・・・感じます。魔力の密集しているところが・・・」
「・・・どこ?」
「はい・・・光のあるところと・・・音のするところが・・・」
「光と・・・音・・・」
 由香里がそう呟いた時・・・
(キィー・・・キィー・・・)
 ゆっくりと・・・ロッキングチェアが輝きながら軋みだした。
「・・・そこね」
「・・・はい」
 2人のその呟きと同時に、ロッキングチェアに人影が浮かび上がる・・・
 それは・・・
「あぅ・・・」
「いい子ね・・・アル♪」
 赤子のように指をくわえているアルティシアを抱きしめ、ロッキングチェアに腰掛け
たエレーヌであった。
 由香里は現れたその二人の姿に、油断無く軍刀を構え頷く。
「なるほど・・・ここは邪妖精の部屋って訳ね・・・」
「邪妖精・・・あのお二人が・・・でも、悦美さんと智子さんにそっくりですわ」
「・・・」
 ゆっくりと・・・エレーヌがアルティシアを抱えたまま立ち上がると、殺気に満ちた
目で由香里を睨み付ける。
「よくも・・・よくも・・・アルティシアを!(ジャキ!)」
 そう叫んで振るったエレーヌの右手で「5枚の刃」が光る・・・
 それは、由香里も実物を初めて目にした武器「バルバラ」だ。
 現れるなり殺気立つエレーヌに、由香里は肩をすくめる。
「あたしはナニもしてないって・・・って、言うだけ無駄か」
「由香里さん・・・どうします?」
「どうって・・・やっぱ戦うしか・・・ないっしょ?」
「それよりも由香里さん、あちらはナンの邪妖精で?」
「悦美似の方が確か音の邪妖精エレーヌで、智子似の方が・・・あれ?そういや聞いて
 なかったな?」
 そんなやり取りをしている二人であったが、エレーヌはバルバラの刃を綾子に突きつ
けると・・・
「そっちの異世界の戦士、あんたに用はないわ。だから邪魔をしないで・・・出口はそ
 こだから・・・」
 そう言って、エレーヌはツイと綾子に向けていたバルバラの刃を、自分達が入ってき
たドアとは違う、もう一つのドアに向ける。
「由香里さん・・・どうしましょう?」
「用は無いって・・・ま、いっか。んじゃ綾子。悪いけど、先に行ってて」
「でも、由香里さんが・・・」
「あによぉ・・・このあたしが負けると思ってンの?」
「でも・・・」
「・・・邪妖精を斬ったら、さぞかし血がたくさん流れるでしょうね〜♪」
「う・・・そ、それでは失礼して(バタン!)」
 エレーヌは綾子の姿が見えなくなったのを確認すると、腕に抱えていたアルティシア
の顔を覗き込んだ。
「さぁ、アルティシア。あなたの為に、この女の生血で乾杯をしましょう・・・」
「生き血ねぇ・・・献血はこの前にしたばっかなんだけど?」
「黙って・・・死んで頂戴・・・」
「い・や☆」


 そして、兄貴ズとマリンのパーティー。
 あの大波に流され、和美達から程遠くないところに流れ着いた3人であったが、やは
りジッとしている訳が無く、大下を先頭に、マリン、村田の順番で迷宮を進んでいた。
「兄貴。和美嬢方は・・・無事ッスかね?」
「当たり前じゃ。無事に決まっとるだろうが」
 と、黙々と迷宮を歩んでいた兄貴達であったが、その間にいたマリンが、ブルッと身
体を振るわせ・・・
「・・・クチン!」
 小さくクシャミをすると、大下は足を止めて振り返った。
「ん?ナンだ・・・寒いのかマリン?」
「え、えぇ。さっきの大水に流された時に濡れた服が冷えてきたものですから・・・そ
 れに、せっかく買っていただいた腕輪も流されて・・・クチュン!」
 再びクシャミをしたマリンを、村田は鼻で笑う。
「軟弱ッスねぇ〜♪あっしなんか(ムキャ!)ホレ、この通り元気ッス♪」
 だが、その「元気」が・・・村田と大下の間に「溝」を作る結果となってしまった。
「そうか。貴様は大丈夫だな・・・マリンは・・・わ・・・ワシが暖めてやろう」
 そう言うなり、大下はマリンを胸に抱きかかえたのだ!
 また・・・一波乱起きそうな気配である。
「え?(ヒョイ)わ・・・羅刹様ぁ〜♪(スリスリ)あったかいですぅ〜☆」
 大下の分厚い胸板に頬をスリ寄せるマリンと・・・
「むっっき〜いいいいいいい!?(バリガリバリガリ!)悔しいぃ〜〜ッス!」
 あれほど堅かったハズの迷宮の壁を掻きむしる村田。
 その調子で壁を突き崩せないものだろうか?
 そして、そんな悔しがる村田の姿に、マリンは更なる挑発。
「うぅ〜ん☆(スリスリ)羅刹様の胸はあったかですぅ〜☆・・・ビィーだ♪」
 一頻り大下の胸に頬ずりをした後、村田に向かって舌を出したのだ!
「な?!(ブチッ!)キレたッス!ンもぉ〜〜許さないッス!小娘ぇ!今すぐに兄貴の
 胸から降りるッス!降りたら(ズガンズガンズガン!)こうッス!」
 とうとう堪忍袋がビックバンを起こした村田は、地団駄を踏んで・・・と言うか、も
はや「震脚」としか思えない調子で床を踏みしめている。
 そんな真っ赤になって怒りまくっている村田に、さすがに気が咎めた大下は、マリン
の頬の感触に顔を赤らめながらも、ナンとか宥めようとした・・・その時!
「落ち着け村田よ。そんなに床を踏んでは、床が抜けてしま(バクン!)な!?」
「きゃ?!」
「おぉ?!」
 一瞬の浮遊感を感じたと思った次の瞬間、足下の床が消え失せたのだ!
 凄まじいスピードで落下する3人だが、穴はそれほど深くは無かった。
 マリンを必死に抱きかかえていた大下の目に、石の床が迫る。
(ズシーーーーン!)
「ふんぬ!」
「ぬぅっ!」
「くっ!?」
 激しい地響きと共に、マリンを抱えた大下と荷物を背負った村田が大地に降り立つ。
 和美達や由香里達と同様、大下達もまた・・・部屋に辿り着いたのだ。
 石の上の着地に、さすがに痺れた足を振り払いながら村田はグルリと周囲を見回す。
「イチチ・・・はて?兄貴、ここは・・・どこッスかね?」
「う〜む・・・取りあえず、まだ城の中であろうが・・・マリンよ、ケガはないか?」
「はい。大丈夫です♪」
「そうか・・・さてと。ココは・・・物置か?」
 胸に抱いていたマリンを下に降ろすと、大下も首を巡らせる。
 一見したところ、どうやらココは倉庫のようだ。
 古びた武器や雑貨、酒樽や穀物の袋などが散乱している。
「みたいッスね。なんか喰いモンはないッスかね?」
 そんな中、村田は室内をうろつき始めると、物色を始めた。
 大下とマリンも、それに習い室内を調べ出す。
 だが、特にめぼしいモノもなく、あったのはドアだけ・・・
「特に変わったものは無いのぉ・・・出口は・・・あそこか。村田、特になければ早々
 にこの部屋から出るぞ」
「そうですね。武器も錆びてて・・・使いものになりませんしぃ・・・」
「ナニを言うッスか小娘。あっしらの武器は、この『魂゛』ッス!」
「え?」
「フッ・・・やっぱ貧弱な小娘にはわかんないッスかねぇ〜?この熱き魂(たましい)
 に、点々をつけて、『魂゛』(ダマシイ!)ッスよ。武器なんて軟弱な・・・おや?」
 特にめぼしいモノも見つからず、3人が部屋を出ようとした時、村田の目に止まるモ
ノがあった。
「お?兄貴!こんな所に甲冑があるッスよ!」
「そりゃまぁ、ここは城なのだから、鎧ぐらいあっても別におかしくはなかろう?」
「そりゃそッスけど・・・鎧ってのはそそられるモノがあるッス♪」
「ほぅ。貴様が鎧に興味があったとは知らなかったな・・・」
「いやぁ、肉体の究極の目標は、鋼鉄の身体ッスから♪」
 そう言いながら、村田は「胸にクリスタルが埋め込まれた鎧」に近づく・・・
「なるほどな・・・それよりも、今は(ガチャ)・・・村田よ・・・」
「・・・へい。油断しないッス」
「羅刹様・・・」
 微かな物音に、周囲を見回す兄貴達・・・
 だが、幾ら周囲に気を張り巡らせども「人の気配」を感じることが出来ない。
 あまりの事態に、兄貴達に緊張が走る・・・
「ナンと言うことだ・・・気配が・・・」
「へい・・・全く・・・しないッス・・・」
 と、冷や汗を流しながら互いに視線を交わした、その時。
「(ガチャンガチャンガチャン!)・・・」
 なんと、村田の目の前に置かれていた鎧が立ち上がったではないか!?
 驚きと共に慌てて目の前の鎧から飛び退く村田と、マリンを抱えた大下。
「きゃあ?!」
「な?!よ、鎧が!?」
「勝手に動いたッス?!鎧の化けものッス!」
 独りでに動き出した大きな鎧・・・
 いや・・・それは、鋼の邪妖精「アディ」の姿であった。
「おのれ、鎧の中に潜むとは・・・なかなか味な真似を」
「どーれ(ポキャポキャ)その鎧をひっぺがして、中身を拝ませてもらうッス」
「・・・(ガチャン)」
 指を一通り鳴らす村田に、アディはゆっくりと手にしていたランスを構える。
 大下もマリンを後ろに下がらせ、戦闘態勢を取ろうとしたのだが・・・
「マリンよ。さがっておるのだぞ?」
「ら、羅刹様ぁ。離れないでくださぁい!」
「しかし、戦闘が(ギュウ!)こ、これマリンよ!しがみつくではない!」
 ナンとマリンが大下によじ登り、その首筋にしがみついたのだ!
「い、いやですぅ!」
「ムッキーーー!あ、兄貴ぃ!さ、先にぃ、この小娘をブッ飛ばしてもいいッスか!?
 なんかイライラしてくるッス!」
 鋼の邪妖精でなく、マリンに向かって拳を振るわせる村田に、大下はナンとかマリン
を剥がそうとするが、華奢なマリンの身体にフルパワーを使うわけにも行かず、珍しく
モタモタとしてしまう。
「な、何を言う!?マリンよ、ココにいては危ない!離れて(ムギュッ!)おぉ?!」
「いやぁ!」
 別にマリンは意識はしていなかったのだろうが・・・
 顔に押しつけられた胸の感触に、大下の動きは止まってしまった。
 無論、コレに村田が黙っているわけがない。
 村田は大下に向かって突進すると・・・
「あ・あ・あ・あ・・・兄貴!あっしは、もぉ〜我慢が出来ないッス!」
「村田ぁ?!貴様ぁ、マリンに手を挙げるつもりで(ガシッ☆)な、なんじゃあ!?」
「あっしも抱きつきたいッスぅ♪」
「えぇい!二人共、離れンかぁ!」
「イヤですぅ!」
「いやッスぅ!」
「戦闘が出来ンじゃろぉがぁ!?」
「ん、んじゃぁ!あっしが一人で、あの敵を倒したら・・・小娘抜きで、あっしと熱い
 抱擁をしてくれるッスか?!」
「・・・い、いいだろぉ」
「よぉ〜しッス!(ムキャキャ!)ヤル気が出てきたッス!んじゃ兄貴は先に行ってて
 くださいッス。小娘ぇ!こんな敵さっさと倒して、兄貴を返してもらうッスよ!?」
「ビィ〜だ!さぁ、羅刹様。あんなのは放っておいて、先に進みましょう♪」
「お、おぅ・・・村田よ!無理はするなよぉ〜!」
「せいぜい頑張ってくださいねぇ〜。肉の人ぉ〜☆(バタン)」
「ムッキッーーーー!とことんシャクに触る小娘ッス!」
 村田を残し、大下とマリンがドアの向こうに行ってしまうと、アディはゆっくりと足
を踏み出す。
「(ガチャン!)・・・」
「・・・あんまりにも無口なんで、忘れてたッス。さぁ!さっさと早いトコ、その鎧を
 ひっぺがしてやるッス!」
 巨大なランスを手に向かって来るアディに、村田は拳を握りしめた・・・


                    3

「死ねぇ!」
「(ヒュン!)わきゃ?!こ、この!あっぶないでしょ!?」
「当たり前だ!殺す気でいるんだぞ!?」
「コレはどう!?」
 横凪に振るった剣の一撃をかわした早苗に、ソフィアは笑みを浮かべながら左手を壁
に押しつける。
「なに?どれ?」
 思わず、そのソフィアの左手に視線が行ってしまった早苗に、孝司は叫んだが・・・
「逃げろ早苗!雷撃だ!それも『サイドスプラッシュ』で来るぞ!」
「へ?!(バリバリバリ!)に゛ゃあああああ?!(ゴィ〜ン!)あうっ!」
 一瞬遅かった・・・
 ソフィアの手から放たれた電撃は、鉄板伝いに走り、早苗の身体を直撃したのだ!
 ロクに受け身もとれずに硬い鉄板の上に倒れた早苗に、孝司は慌てて走り寄ると抱き
起こした。
「早苗!大丈夫か!?頭を打たなかったか?!」
「だ、大丈夫・・・でも、身体が・・・ち、ちびれた・・・それより孝司、サイドスト
 ラップってなによぉ?!」
「違う。サイドスプラッシュ現象だ。壁伝いで雷が落ちることだ!さっきも話したろ?
 この部屋は全部鉄で出来ているんだ。それらを伝って電撃がドコにでも流れる。十分
 に気をつけろ!」
「ドコにもって・・・ん、んじゃ、どうやって気をつけんのぉ!?」
「ぅ・・・た、確かに・・・ん?すると・・・」
 早苗のもっともな意見に、孝司の額に脂汗が浮かぶ・・・
 この部屋は全てが「鉄製」で、どこにでも電流は流れて逃げ場はない。
 ソフィアにとって、コレ以上ないくらいの好条件だ。
 それにも関わらず、ソフィアが電撃を放ったのは、コレが初めて・・・
 つまり・・・
「くそっ・・・あいつ、本気を出していないのか・・・」
 そんな孝司の思惑を読みとったのかの様に、こちらを見つめるソフィアの顔には、満
面の笑みが浮かんでいる。
「ふふ・・・私の電撃からは逃げられないわよ」
「やはり・・・遊んでいたか・・・」
 忌々しげに呟く孝司だが・・・孝司は気がついてはいなかった。
 笑みを浮かべるソフィアの額に、ビッシリと汗が浮かんでいたことに・・・
 そのソフィアは、髪を掻き上げるふりをして、額の汗を一気に拭う。
「ふぅ(バサッ!)さて・・・もう一つ・・・あげるわ」
 そして、再び手を壁に押しつけると、電撃を放とうとしたのだが・・・
「今度は(ズキッ!)くっ!?」
「ん?!よしっ、今の内に離れるぞ早苗!」
「う、うんっ!」
 突然、脇腹を押さえて蹲るソフィアに、早苗を抱きかかえながら孝司は部屋の端まで
退く。
 少しでも離れれば、電撃から逃げられると思ったのだ。
 だが、額に汗を浮かべたソフィアは、それ以上は電撃を放とうとはしない。
「・・・くっ・・・」
 脇腹を押さえるソフィアの手から、黒い血が滴る・・・
 予想以上に・・・アルティシアから受けた傷は深かった。
 電撃を放とうとすると、傷口が反発し、内部を焼き焦がすのだ・・・
 その激痛に・・・ソフィアは笑みを浮かべていた。
 愛している・・・そして、もっとも憎いアルティシアがダダをこねている・・・
 胸の短剣をさすりながら、ソフィアは微笑んだ。
「アルティシア・・・ふふ・・・あなたは最期まで私を困らせるのね・・・」
 そんな一頻り短剣を撫でていたソフィアであったが、やがてゆっくりと呼吸を整えな
がら起きあがり、再び剣を構える。
「はぁ・・・フン・・・気が変わった。お前達など、コレで十分だ・・・」
 一方、早苗と孝司の方はと言うと・・・
「孝司ぃ・・・早苗、身体だるい・・・足ぃ痛い・・・」
 早苗はグッタリと力無く孝司に身体を預けている。
 どうやら電撃の衝撃で、筋肉が萎縮したようだ。
 身体中の筋肉から力が抜け、また、力を込めようにも力が入らない。
 孝司は早苗を壁にもたれさせると、そっと靴下を捲った。
「電撃で痺れているんだ。見せてみろ・・・スタンガンを食らった程度の火傷だな。こ
 の位なら大丈夫だ。コレを飲んで、ココで休んでいろ」
 そう言うと孝司は早苗の手に、薬を転がす。
「ゴメン孝司・・・う゛・・・このお薬・・・不味そう」
「・・・ちゃんと飲めよ」
「・・・(ごっくん)・・・苦いぃ〜」
 手渡された気力回復薬を口にする早苗を見届けると、孝司はソフィアの前に拳を合わ
せながら立ち塞がる。
 ソフィアには・・・個人的にも「借り」があるのだ。
「よぉ・・・」
 両の拳を顔の高さにまであげる・・・
「覚悟しな・・・」
 その手に巻かれた色違いの布切れ・・・
「理由もなく・・・」
 それはソフィアに殺された・・・
「簡単に殺された・・・」
 孝司の目の前で殺された・・・
「二人の仇・・・とらせて貰うぞ!」
 あの(きゃんきゃん)のリボンと(やもりん)のバンダナであった。
 ソフィアもそれを覚えていたらしく、殺気立つ孝司を鼻で一蹴する。
「フン。あの時は油断しただけだ・・・それに、腰抜けの貴様に何が出来る?」
 だが、そんなソフィアの挑発に、孝司は平然と答える。
「和美を守るためなら・・・人でも殺せるさ。ましてや『人間じゃないモノ』を殺すの
 に、ナンの躊躇いがいる?」
「・・・」
 前回とは孝司の雰囲気が・・・違う。
 それはこの部屋で孝司に再び出会った時から感じていた・・・
 明らかに孝司の周囲の空気が・・・気迫が・・・違う。
 ただ家畜を潰すつもりでいたが、家畜はいつしか・・・獣へ変わっていた。
 それでこそ・・・狩り甲斐が・・・殺し甲斐があるというモノだ。
 ソフィアは心からの歓喜に身を震わせると、剣を振り上げた。
「あぁ・・・そうだ・・・それでこそ・・・獲物に相応しいのだ!さぁ・・・私を失望
 させることなく(ジャラン!)死ねぇ!」
 完全な間合いの外から振り上げられたハズのソフィアの剣だが、刃が風を切る音に、
本能的に危険を感じた孝司は身を投げ出す!
「くっ?!(ビシャン!)なんだこの剣は!?」
 一瞬、ソフィアの剣の刃が伸びたのではと錯覚した孝司だが、その答えは瞬時にして
打ち消された。
 それは、ソフィアが手首を僅かにひねると・・・
「フンッ!」
「な?!(ザシュッ!)ぉお!?」
 かわしたハズの剣が、孝司の腕に「絡み付こう」としたのだ!
 ナンとか寸前でかわしたモノの、剣は鞭のごとくソフィアの周囲で踊っている。
「こ、コイツは・・・蛇腹剣か?!」
 苦々しく呻く孝司に、ソフィアは蛇腹剣を再び剣に戻す。
「よくかわしたな。流石と言うべきか・・・さぁ(ヒュン、ジャランッ!)諦めれば、
 少しは楽に死ねるぞ・・・」
「冗談じゃねぇ・・・蛇腹剣か・・・厄介だな」
 あまりにも予想外な武器に、孝司の動きが一瞬止まる。

・・・間合いを・・・どうやって・・・手首か?!

 その隙を逃さず、再びソフィアの凶刃が襲い掛かってきた!
「こんな時に(ジャラン!)考えごとか!?」
「おっと?!」
 だが、相手の剣の正体が判ってしまえば、かわすことなど造作もない。
 そう考えた孝司は、ソフィアが再び放った「突きの一撃」を紙一重でかわし、次の攻
撃を読むべく、ソフィアの「手首」を見据えたのだが・・・
 その「悲鳴」は、予想外のところから聞こえてきた。
「(ザシュッ!)あうっ!」
「なに?!」
 孝司が振り返ると、かわしたはずの蛇腹剣の切っ先は、早苗の肩を深く抉っているで
はないか!?
「早苗?!・・・くっ!貴様!動けないヤツを!?」
「関係ない・・・どちらが先に死ぬかの差だ」
「いった〜い・・・た、孝司。早苗は大したことないから、心配しないで!」
「すまねぇ早苗!それと、わり〜けど・・・自分の身は、自分で守ってくれ!」
「・・・判ってるよ。よいしょっと・・・早苗もそろそろ本気でいくぞぉ〜!?」
「さぁ・・・来るがイイ・・・牙を剥かぬ獲物など、欲しくはないからな!」


「ふむ・・・異世界の戦士を2人も相手にして、随分と奮闘しておるのぉ・・・さすが
 は長女だ・・・コレならば大丈夫であろう・・・」
 予想以上に奮戦するソフィアに、ゼルパは満足げに頷くと、グラスの中の水を一気に
飲み干す。
 そして空になったグラスをテーブルに置き、再び水を注ぐべく、デキャンタに手を伸
ばしかけたが・・・
「ん?・・・エレーヌはどうかの?」
 思い出された音の邪妖精エレーヌ・・・
 嘗てはソフィアと並びし宰相であった、我が次女。
 ゼルパはデキャンタではなく、再びリモコンを手にすると鏡に向けた。
 だが・・・
「どれ。エレーヌは(ピッ)・・・む?!」
「いい子ね・・・アル」
「あぅ・・・」
 映し出された映像に、ゼルパは眉をひそめる。
 目の前に映し出されたのは・・・アルティシアの顔。
 それは、エレーヌの目を通して映し出された、安らかな顔でエレーヌに縋って眠って
いる、光のアルティシア・・・
「アルティシア・・・裏切りの・・・アルティシア!」
 ゼルパの口から呪いの言葉が吐き出された・・・


「もしも、あなたが泣くのならば♪ママがダイヤを買ってあげる・・・」
「くっ!(ジャキン!)」
「もしも、ダイヤが偽物ならば♪ママが小鳥を買ってあげる・・・」
「ぅっ!(ジャリン!)」
「もしも、小鳥が鳴かないならば♪ママが歌を唄ってあげる・・・」
「(シュピッ!)あう!?」
 アルティシアを左腕に抱き、子守歌を歌いながらのエレーヌが振り翳すバルバラは、
巧みに由香里の軍刀をかいくぐり、その身体を斬り刻む。
 今の由香里ほどの腕ならば、こんな程度のエレーヌに苦戦することはない・・・
 だが、エレーヌがアルティシアを「盾」に使っているとなれば、話は別である。
 エレーヌは由香里が軍刀を振り翳す度に、アルティシアを前に出すのだ。
「くっ!アルちゃんを盾にするなんて・・・ちょっと卑怯じゃない!?」
「あら?人聞きの悪い。アルはいつでも私と一緒よ・・・死ぬ時も・・・一緒・・・」
 由香里の叫びに、エレーヌは片時も離さない永遠の伴侶を抱き寄せると、そっと顔を
すり寄せる・・・
「む〜?」
「いい子ね、アル。あなたも・・・いい声で鳴いて(シュッ!)頂戴!」
「ぅあ?!(ザクッ!)っ!?痛ッたぁ〜・・・ナンとかアルちゃんを傷つけずに、あ
 の武器だけでも・・・せぇのぉ!」
 だが、軍刀を構え、一気に間合いを詰めた由香里に、エレーヌは再びアルティシアを
突き出す。
「アル!お願いね!」
「あぅ〜(ビュン!)あぅ?」
「おっとっとっとっと!(ズデン!)し、しまったぁ!」
 アルティシアの目の前で軍刀の切っ先が止まり、アルティシアの眼が寄る。
 一方、勢いを抑えきれなかった由香里は、その力を逃がすために自ら転倒し、受け身
をとるが、顔を上げた目の前には・・・バルバラを振り上げたエレーヌが!?
「さぁ・・・まずは眼から刻んであげる!(ヒュン!)」
 横に振られてきたバルバラに、反射的に「左腕」をあげる由香里。
「ぅわ!(ガッキィ!)え?!」
「な?!」
 普通ならば左腕ごと斬り飛ばされ、バルバラの刃はエレーヌの狙い通りに、由香里の
両目を抉っているハズなのだが、響いてきた「金属音」に、由香里とエレーヌの眼が驚
愕に見開かれる。
 その目の前には、黒光りする加工ヒララ合金で作られた由香里の左腕が、誇らしげに
その刃を・・・つまり(じょるじゅ)は、しっかりとバルバラを受け止めていたのだ!
「な、なんだと?!しまった?!義手か?!」
「らっきぃ!(バギン!)」
「チッ!?(ガチャン!)しくじったか(カチャ)」
 すかさず軍刀の峰をバルバラに叩き付けると、その薄い刃はあっけなく折れた。
 その場を飛び退いたエレーヌは、バルバラの刃を取り外して投げ捨てると、今度は腰
からショートソードの刃だけを取り出して装着する。
 そんなエレーヌに由香里は呆れ顔をしながら軍刀で肩を叩いた。
「ふ〜ん・・・随分と簡単に武器を取り替えるのね?昨日の円月刀の次はバルバラで、
 んで、次はパタ?その次はどんな武器が出てくるわけ?」
「あなたに言われたくはないわ・・・それに、武器はもういらないの・・・」
「へぇ〜。んじゃ、どーするの?」
「あなたは・・・無音の暗闇で死ぬのよ。ねぇ、アルティシア・・・」
「あぅ?(チュッ☆)ん〜☆」
「ちょ、ちょっと?!」
「んっ♪(チュル♪)」
 突然、唇を重ねた2人に、由香里は戸惑っていた・・・


 その頃、村田とアディは・・・
「・・・(ブン!)」
「おっとぉ!そんなトロい動きじゃぁ、あっしの肌に傷すらつけられないッスよ♪」
 アディの振るうランスを、あっさりとかわす村田。
 一方、まるで糸の切れた人形の様な動きで迫ってくるアディ。
 戦闘は先程からこの調子で続いているのだ。
 最初は緊張してアディの攻撃を見極めていた村田であったが、こんな素人同然の攻撃
を繰り返すだけのアディに、今では軽くステップなどを踏んでいる。
 だが、余裕でそれをかわし続けていた村田であったが、いい加減に飽きてきた。
「やれやれ・・・そんな程度で、よくもまぁ・・・あっしに戦いを挑んでくるなんて、
 無謀もいいとこッス。ど〜れ・・・さっさと倒して、小娘から兄貴を取り戻すッス」
「・・・(ガチャガチャン!)」
 村田はランスを振り上げてギクシャクと迫って来るアディに、ゆっくりと拳を振り上
げると・・・
「せぇのぉ・・・おりゃあ!ッス!」
「・・・(ガッチャーーーン!)」
「あ・・・ありッス?」
 村田の放った必殺のパンチは、見事にアディを捉えたのだが、村田はパンチを繰り出
したままの体制で止まってしまった。
 異様に軽い、その手応え・・・
 そして、あっけなくバラバラになった鎧・・・
 そう・・・鎧は「バラバラ」に・・・
 つまりは「中身」が無かったのだ。
「これは・・・まさかッス!?」
 慌てて周囲を見回す村田。
 さすがの村田にも「相手は鎧よりも小さかったのでは?」と言う知恵が回ったのだ。
「ど、どこに逃げたッスか?!」
 だが周囲には虫一匹いない・・・
「ここッスか?!・・・居ないッスか・・・」
 村田は思わず鎧の中を覗くが、やはり何もない・・・
「一体、どうやって動かしていたッスかね?むぅ〜・・・判ったッス!念力ッスね?!
 この鎧は念力で動いていたに決まったッス!そうと決まれば(フガフガフガ!)」
 そう叫ぶないなや、手にしていた鎧を放り出し、鼻をヒクつかせる村田。
 おそらく「術者の臭い」を探っているのであろうが・・・
「(フガフガ)・・・おかしいッス。臭いが・・・しないッス」
 そう呟き、村田が首を傾げた・・・次の瞬間!
「どこに隠れて(グジュ!)くあぁ?!」
 右肩に走った激痛に、呻き声を上げながら後ろを振り返る村田。
 見ればその肩には「鎧の右腕部分」が、爪を突き立てているではないか!
 だが、激痛はそれだけには留まらない。
「く、くそっ!離すッス!痛いッス!(グジュ!ガシッ!)ぉおおおおお!?」
 必死に右肩を振り払っていた左腕に続き、踏みしめていた両足にも激痛が走る。
 そこには鎧の「左腕の爪」と「脚部の鋭い爪先」が突き刺さっていた。
 そして、激痛に堪えていた村田であったが・・・
「ま、負けないッスよぉぉ〜〜(ズブッ!)んブッ?!」
 冷たい刃の感触と、焼けつくような激痛に村田が自らの脇腹を見下ろすと、その眼は
大きく見開かれた。
 腹から・・・アディの持っていた「ランスの先端」が突き出ているではないか?!
「・・・ぉッス!(ズズッ!)あがっ!」
 ゆっくりと押し込まれていく槍に、村田は宙を掻き毟りながら振り返る。
 そこに居たのは・・・
「・・・(ガチャ)」
「そ・・・そうだったッスか・・・そう言うコトだったッスか(ズルッ!)んがぁっ!
 油断したッス。『鎧そのものが本体だった』ッスか(ズリュ!)んぐっ!」
 腹から突き出したランスの先端を握りしめながら、ガックリと膝をつく村田。
 その口から溢れる血を吐き出しながら顔を上げた村田の正面には、胸に鬼のごとき顔
が浮かび上がった「鎧の胴体部分」が漂っていた・・・


「フンッ!」
「(ゲシッ!)うぉっ!?」
 ソフィアのしなやかな脚が、孝司の身体を捉え、吹き飛ばす。
 ナンとか寸前でガードはしたモノの、凄まじいハイキックの衝撃に両腕が痺れてしま
い、孝司は受け身すら取れずに堅い鉄の上を転がっていった。
「くっ(ギャリギャリ!)かはっ!・・・ち、畜生!なんて蹴りだ!?」
「孝司?!」
 床の上に倒れ伏したまま毒づいている孝司に、思わず駆け寄ろうとした早苗だが、そ
れをソフィアが許す訳がない。
「何処を見ているんだい!?」
 気がつけば早苗の目の前に、ソフィアの振るった蛇腹剣が迫っているではないか?!
「え?(ガッキーン!)ぅわああああ!?」
「ほらほら!しっかり受けないと、頭が二つになるわよ!?」
「ぬぬぬぬぬ!(グイッ)にゃあああああ〜?!た、孝司ぃ!」
 ナンとか一撃をピックで受け止めたものの、ジリジリと押し込まれてくる蛇腹剣の刃
が鼻先に迫り、早苗は悲鳴をあげた。
「いてて・・・早苗!?オラッ!(ドムッ!)」
 その早苗の悲鳴を聞きつけた孝司は、跳ね起きると、その起きあがりざまに重力弾を
ソフィアに向かって放つが・・・
「ん?!えぇい!どけっ!(バギン!)」
 ソフィアは早苗を蹴り飛ばし、蛇腹剣で重力弾を弾き飛ばしたのだ。
「ちっ!(ダッ!)」
 通常の重力弾が効かないと判ると、孝司はソフィアに向かって突進する。
 その孝司の無謀な突進に、ソフィアは蛇腹剣を振り上げた。
「気でも狂ったか!?それとも(ジャキン!)死にに来たか!?」
「るせぇ!(ビュホッ!)コレはどうだ!?」
「(ピタッ)な?!」
 だが孝司は突き出された蛇腹剣の切っ先を紙一重でかわし、ソフィアの鳩尾に拳を当
てると、今度は必殺技の超重力弾を放つ!
「食らえ!グラビティークラッシュ!」
「(ズドム!)ぉ!おおおおおおおおおおおお?!」
 0距離での超重力弾に、ソフィアとその内蔵が悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく。
 一方、ソフィアを吹き飛ばした孝司は、腹を押さえて呻いている早苗に走り寄った。
「早苗!大丈夫か!?」
「あぅ・・・ちょっち、お腹痛い〜・・・」
「少し休んでいろ・・・」
 孝司に抱き起こされ掛けた早苗だが、その孝司の向こうで・・・ソフィアが腕を振り
上げている姿が?!
「ううん、大丈・・・孝司!来る!」
「くっ?!早苗、右に飛べ!」
「うわ!(ジャラン!)あっぶなぁ・・・」
「馬鹿!?伏せろ!」
「え?(ビシッ!)あくっ!?」
 ソフィアの突き出した蛇腹剣を、紙一重でかわしたつもりの早苗であったが、その刃
は鞭の如く撓ると、早苗の首に巻き付いたのだ。
 鋭い刃と、冷たいワイヤーが早苗の首の皮を切り裂き、肉に食い込んでいく。
 ソフィアがこのまま勢い良く蛇腹剣を巻き取ったら?
 蛇腹剣が「早苗の首ごと」巻き取られるのは明白だ。
 孝司は飛び出すと、伸びきった蛇腹剣に自らの左腕を絡めた。
「や、やばい!フンッ!(ズリュ!)クッ!早苗!今の内に外すんだ!」
「う、うん!」
 だが、肉に食い込む刃に顔をしかめている孝司と、もたもたと首に絡みついた剣を外
そうとしている早苗の姿に、ソフィアは高笑いをしながら、蛇腹剣のワイヤーに、その
しなやかな脚を廻し、踵を乗せる。
「ホーーーッホッホ!愚かしい・・・実に愚かしい!弱い仲間などを持つから、そう言
 うことになるのだ!黙って見捨てていれば、痛い思いをすることも・・・死ぬことも
 なかったのに・・・な!(グイッ!)」
「と、とれた!」
早苗が首に絡まっていた剣を外した瞬間、ソフィアが一気に蛇腹剣を踏みつけた!
「(ブチブチブチ!)ぐああああああああああ!」
 筋肉繊維を引き千切る音と、孝司の絶叫・・・
「た、孝司ぃ!?」
 そして、早苗の悲鳴が、鉄で造られた室内に木霊し・・・
 それに続いて、ガックリと膝をつく孝司・・・
「お(ゴイン!)お、お・・・」
 その腕を押さえて跪く孝司に這い寄る早苗が目にしたのは・・・
「た、孝司ぃ・・・ひっ!?」
 孝司の左腕は、もはや動くことはあるまい・・・それは早苗でも判った。
 ズタズタに千切れた肉からは湯気が立ち上り、その隙間から、止めどもなく血が噴き
出しているのだ。
 それでも早苗は、その剥き出しになった筋肉繊維と、真っ白な腱と骨が見え隠れする
孝司の左腕に、自分のハンカチを当てると・・・
「い、い(ひっく)い、い(いっく)いたいのいたいのとんでけ!」
「か、構うな早苗ぇえええ!魔力を温存しろぉおおお!」
「黙っててよぉ!(ひっく)集中できないでしょお!?」
 涙と動揺で、声を詰まらせ、しゃくり上げながら必死に治癒魔法を施す。
 いつもは「死んでしまえばいい、殺してやりたい」そう考えていた恋敵でも、実際に
は出来るものではないのだ・・・
 だが、そんな2人にソフィアは容赦なく剣を振るう。
「美しい絆だこと!それとも弱者同士得意の傷の舐め合いか!?」
「伏せろ早苗!(ヒュン!ビシッ!)っあぁ!?」
 鉄の鞭と化した蛇腹剣が、早苗に上に覆い被さった孝司の背中で幾度となく鈍い音を
立て、孝司の背中の皮を、肉を削り取っていく。
「ど、どいてよ孝司!」
「(ビシッ!ビシッ!)っ!!」
 早苗は必死に孝司の胸を押すが、早苗の力ではビクともしない。
 その早苗の胸に、一滴・・・また一滴と、孝司の血が血溜まりを作っていく・・・
「そらそら!早く逃げて、楽になりな!」
「(ビシッ!)っ!」
「孝司、早くどいて!早苗がやっつけるからぁ!」
「ぅああああ!(ビシッ!)黙っていろぉぉお!」
「孝司!もぉいいよぉ!もぉいいからどいて(ズブッ!)・・・え?」
 遂には泣き叫びながら、早苗は孝司の右腕を掴んだが・・・
 全ては・・・遅かった。
「・・・ぉ」
 例え早苗が幾ら泣き叫ぼうとも、それは・・・遅かった。
「・・・グフッ(ビチャッ)」
 孝司の口からこぼれてきた血が、早苗の頬に掛かる。
「た、たか・・・」
 もはや、孝司の胸から突き出た「蛇腹剣の剣先」を、戻すことは出来ない・・・
 早苗は震える手で孝司の顔に手を伸ばした・・・
「た・・・た、孝司ぃ・・・ば、ばかぁ・・・」
「ざ、さな・・・すまねぇ・・・和美を・・・頼む(ガシッ)」
 それが・・・孝司が早苗に残した、最期の言葉となった・・・
 ゆっくりと胸から出た剣先を握りしめる孝司。
 そして・・・
「・・・んぉおおおお(ジャリンジャリンジャリン!)おおお!」
 早苗の上から飛び起きた孝司は、伸びきっていた蛇腹剣を自らの身体に絡めながら、
ソフィアに向かって全力疾走をする。
 一方、ソフィアは孝司にそこまでの余力があったなどとは思ってもおらず、狼狽えて
しまい反応が遅れた。
「く、くそっ!?なんてしぶとい!?」
「よぉ、化け物!コレで最期だ!ぉおおおお!超必殺『縛鎖』ぁ!」
 ようやく蛇腹剣を投げ捨て、腰につけたショートソードを抜こうとしていたソフィア
だが、それよりも一瞬早く、孝司が薄れていく意識の中で、特殊技能『縛鎖』を発動さ
せる!
(カッ!ジャラン!)
 次の瞬間、孝司の突き出した右拳から、閃光と共に「光の鎖」が放たれ、ソフィアの
周囲の空間に絡みつく!
 そして、その金色の鎖は・・・
「な!?ナンだ?!(グニャ)え?(バキボキボキ!ブチブチ!)ぎゃあああ!?」
 周囲の空間とソフィアの両手両足と共に絡み付き、それはまるで乱れたテレビ画像の
様に歪み、ねじ曲げ巻き上げたのだ!
 グニャリとねじ曲げられた手足に目を見開き、ソフィアは絶叫をあげながら床の上に
崩れ落ちるが・・・
「・・・(ガイィン!)」
 ソフィアよりも先に倒れ込んでいた孝司の耳に、その絶叫は届かなかった・・・
「孝司ぃいいいい!」
 ようやく起きあがった早苗は、倒れた孝司に駆け寄り、その身体を抱き起こす。
 早苗は必死に孝司の身体を揺すり、頬を叩くが・・・
「孝司ぃ!?孝司ぃ!たか・・・」
「・・・」
 孝司のその瞳は、2度と開くことはなかった・・・
「たかしぃい・・・ぐすっ・・・ひっく・・・うえぇぇぇぇん!和美ちゃああああん!
 孝司が死んじゃったああああ!」
 孝司の遺骸を抱き、天を仰ぎながら泣き叫ぶ早苗・・・だが。
「・・・っ・・・」
「うえぇぇ(ビクッ!)うっく?!」
 孝司を抱きかかえて号泣していたその早苗の耳に、壁にもたれて崩れるように座り込
んでいたソフィアの口から漏れた微かな息が届き、ビクリと身を震わせる。
「・・・くっ・・・」
「う・・・うそ・・・」

 ゆっくりと・・・動いている!
 間違いなく・・・息をしている!
 まだ・・・まだ・・・生きている!

 両手と両足をねじ折られながらも、ソフィアはまだ死んではいなかったのだ!
 おそらくは、孝司の放った超必殺技が、両手をではなく、片手だけで放ったことによ
り、技を完全に発動させられなかったせいであろう・・・
 首を動かしながら、ソフィアは早苗を睨み付ける。
 このまま死ぬのは・・・ソフィアの誇りが許さないのだ。
「・・・畜生・・・タダでは・・・死な(ポクッ!)フッ!?」
「死ンじゃえ!お前なんか死ンじゃえぇえぇぇ!」
 そんなソフィアの顔に、弱々しい早苗の拳が叩き付けられた。
 早苗程度の力では、今の状況のソフィアですら殴り殺すことは出来ない・・・
 それでも早苗はソフィアを殴り続ける。
「バカバカバカバカ!死ンじゃえ!」
「くっ(ぽかぽか)・・・フッ」
 その殴りつけてくる早苗に・・・ソフィアの口元に笑みが浮かぶ。
 それでいい・・・
 そのまま・・・愚かにも殴り続けるがいい・・・
 力が・・・もう少しで・・・溜まった!
「っ(ポカポカポカ)ん・・・よし・・・死ぬのは・・・貴様だ!」
「え?(ジュッ!)っきゃあああああああ!?」
 叫びと共にソフィアの両眼が大きく見開かれ、閃光が早苗の胸を貫く!
「あぁあああああ!?」
 突如として肺の中に生じた熱風の激痛に、転がって絶叫をあげる早苗。
 どうやらソフィアは早苗の肺に高周波を飛ばし、一瞬にして肺を焼いたらしい。
 最期の技であるが、これで名誉は保たれたと、安堵の息を付くソフィア。
「どうだ!?高周波の味は!?ぁあ・・・母上・・・邪妖精としての名誉は・・・」
 だが・・・
「こ、高周波が怖かったら・・・電子レンジでお弁当がチン出来ないでしょ!?」
 早苗は熱い息を吐き出しながらも、ソフィアの身体にしがみついてきたではないか。
「ひ・・・ひぃ!」
 ゆっくりと上ってくる早苗の鬼気迫る顔に、初めてソフィアの脳裏に「恐怖」と言う
言葉が生まれた・・・
 そして、それは・・・最期でもあった。
 早苗の手が、ソフィアの首から吊されていた「アルティシアの短剣」に触れたのだ。
「・・・いいモンみっけ♪」
「ひっ!?(ジャラ)そ、それは!」
 早苗は短剣を引き抜くと、高々と頭上に振り上げ・・・
「孝司の・・・仇ぃ!」
「(ズンッ!)ぃ・・・(ドサッ!)」
 頭に短剣を突き立てたソフィアの身体が、流れるように倒れた・・・
 ソフィアの望み通り・・・
 これで「アルティシアの短剣」とは、離れずに済んだのだ。
「やった・・・」
 そんな安堵の息をつき、崩れる様に座りこんだ早苗の目の前で、ソフィアの身体が溶
け落ちていく・・・
 そして過去の邪妖精と同様、その中から現れた媒体となった少女の姿に、早苗はその
少女の頬にそっと手を伸ばした。
「・・・ゴメンね。助けられなくて・・・」
 だが、まだ温もりの残った少女の頬に、早苗の指が触れた・・・次の瞬間!
「(バチバチバチ!)んぐっ!?」
 高圧の電流が、早苗の身体を芯まで焦がしたのだ!
 ソフィアの怨念は、媒体となった少女の身体を炭に変え、早苗の身体を孝司の遺骸に
まで弾き飛ばす。
 激しく孝司の遺骸に当たった早苗は、思わず「ごめん」と言いかけたが・・・
「(ゴロゴロ、ドカッ!)ご、ご・・・(ゴフェ!)んぶっ?!」
 だが、早苗の口からは言葉の代わりに、大量の血が吐き出された。
「んっ!んっ!(ビチャビチャビチャ!)・・・」
 早苗は必死に口元に手を当てるが、血は口からだけではなく、鼻からも溢れ出す。
「・・・ん(ビチャ)・・・」
 ゆっくりと・・・
 早苗の身体が、孝司の隣に倒れ込む・・・
「ん・・・(ドトッ)」
 そして、その瞳に和美の幻影を映し出したまま・・・

・・・和美ちゃん・・・

 早苗の心臓の鼓動は途絶えた・・・


 その頃・・・
「・・・(コツ・・・コツ・・・)」
 薄暗い通路の中、殆ど手探りで前に進んでいく和美。
「ふぅ・・・この道、一体どこまで・・・」
 立ち止まり、額に浮かび上がった汗を拭った・・・その時。

・・・和美・・・
・・・和美ちゃん・・・

「ん?・・・孝司?早苗?」
 2人に呼ばれたような気がし、後ろを振り返る和美。
 だが、その後ろには・・・誰もいない。
「・・・気のせいかな?」
 和美は再び歩み始めた・・・


                    4


「んっ・・・」
「ん〜〜〜?」
「・・・ちょっとぉ・・・いつまで見せつけるつもり?」
 長い口づけをかわすエレーヌとアルティシアに、さすがの由香里も苛立ちを覚えた。
 とは言え、由香里とてボケッとしている訳ではない。
 見ての通り隙だらけのエレーヌに斬り込みたいものの、エレーヌとアルティシアの距
離が近すぎるため、迂闊に手を出せないのだ。
 この状況に由香里は頭の中で、様々なイメージを展開していく。

・・・虎走りから足をなぎ払って・・・ダメ。きっとアルちゃんを投げるわ・・・絡め
   技は・・・って、あたしの方がどぉ考えても非力だからダメか。せめて小太刀が
   あれば、なんとかなったんでしょうけど・・・向こうも、どう来るかなぁ?

 だが、それは「深読み」であった・・・
「・・・ん?」
 ふと、気がついた時は・・・
 窓のない部屋であったとは言え、天井にブラ下がっていたシャンデリアのロウソクに
は「明かりが灯っていた」ハズ。
 それなのに・・・
「・・・?」
 未だ口づけている2人を視線の端に置き、油断無く軍刀を構えながら、由香里は一瞬
だけチラリと周囲を見回す。
 ロッキングチェアに・・・
 ソファに・・・
 シャンデリアに・・・
 絨毯に・・・
 全てに・・・「闇」が落ちているのだ。
「?!」
 あまりにも異常な事態に、由香里は動揺を必死に堪えて2人を見据えるが、やはり、
だんだんと2人の姿が、闇に包まれていく・・・
 由香里は幾度か瞬きをしてみたが、「闇の霞」は取れない。

・・・疲れ目じゃ・・・なさそうね。まさか・・・

 不安が脳裏を過ぎる・・・
 その不安に駆られた由香里は、全身の神経を集中させてみた。
 肌は?・・・熱や痛みなどの異常はない。
 鼻は?・・・悪臭も刺激臭も感じない。
 耳は?・・・!?
「・・・?!」
 周囲の・・・
 周囲の「音」が・・・何も聞こえない!
 それは「静寂」とは全く違う、完全な「無音」なのだ!
「・・・」
 由香里はそっと左腕を動かしてみた。
 僅かに動かしただけでも(じょるじゅ)の関節部に取り付けられたスプリングが軋む
音が聞こえる筈・・・
 しかし・・・
「・・・(・・・)」
 スプリングの金属音はおろか、衣服の衣擦れの音すらしなかった・・・

・・・何も・・・聞こえない・・・こりゃ・・・やられたかな?

 由香里がその事に気がついた時には・・・

 暗闇の空間の中に・・・
 無音の空間の中に・・・

 そう・・・「敵の術中」の中に、由香里は佇んでいたのだ。
 暗闇の中、周囲を目だけで見回す由香里・・・

・・・なにこれ・・・目眩まし・・・じゃなさそうね。

 こうなってしまっては、動きたくとも・・・動けない。
 首を巡らせて周囲を見回すこともできない・・・
 動いた瞬間に、攻撃が仕掛けられてくるのは間違いあるまい・・・
 由香里は再び目だけを動かして自分の身体を見下ろすが・・・何も見えない。
 それ程までに「闇」が濃いのだ。

・・・ありゃりゃ、真っ暗だわ・・・これじゃ・・・あの時と・・・一緒ね。

 由香里は昨年の文化祭の時を思い出して、内心で苦笑する。
 あの時も・・・
 前の理事長に浚われ、監禁された時も・・・
 そう・・・こんな暗闇の中であった。
 しかし、あの時は闇の中で、一緒に囚われていた「祥子」と共に・・・
 温もりを分かち合いながら、必死に「助け」を待っていた・・・
 龍という名の「一筋の光」を待っていた・・・
 そして、由香里の期待通り、直ぐさま「龍」は助けに来てくれた・・・
 だが、今は「一人」だ・・・

・・・もしかしたら・・・今度こそ・・・ダメかな・・・

 由香里の心に「亀裂」が生じていた・・・


「んぶっ!(ピチャン)・・・ぐふっ!(ピチャン)・・・」
 焼けつく様な・・・
 それでいて痺れる・・・
 その大きな掌から溢れ出る、ヌメヌメとした感触・・・
 どの様な状況になっているのか、見るべきなのだろうか?
 いや・・・見た瞬間に、自らの戦意は失われよう・・・
 腹の傷を押さえる村田の額に、ビッシリと汗が浮かび上がる。
 激痛を堪え、自らの目の前に浮かぶ鎧の化け物・・・鋼の邪妖精のアディを睨み付け
る村田。
「(びちゃ、びちゃ)・・・っ」
 奥歯を食いしばり、何とか意識だけは保っているが・・・
 もはや、大立ち回りを演じるだけの「時」が無いことを、彼は本能で知っていた。
 その太い両脚を伝う冷たい感触で、足下には血溜まりが広がっているコトも・・・
 手の柔らかくも生暖かい感触から、腹から腸がはみ出ているのも・・・
 全て・・・判る。
「(ゲイン!)ぉおっ!」
 それでも容赦なく、文字通りの鉄拳が襲いかかってくる。
「(ガシッ!)ぬっ!(ガイン!)ぉお!」
 一撃を受ける度に・・・
 多々良を踏む度に・・・
 意識が薄れていく・・・
「・・・」
 そんな殴られ、蹴られ、ランスで弾き飛ばされ、まるで踊る様なステップを踏んでい
る村田の姿だが、鎧の胴体部分に浮かび上がったアディの顔は黙したままだ。
 これまでの邪妖精と違い、裕美が核に「魂」ではなく「調度品の鎧」を使用して作り
出したせいであろうか?
 この邪妖精には「感情」と言うモノが欠けていた・・・
 淡々として主から受けた命により、目の前の標的を排除する。
 もし村田が他の邪妖精を相手にしていたならば・・・勝機はあったであろう。
 その異様なまでの肉体の強靱さ、体力、精神、風貌と、この世界の住人の全てを凌駕
した村田の姿に、少なくともコレまでの敵はたじろいだのだ。
 だが、このアディに・・・それは通用しない。
 そして・・・
「(ガイン!)っつ?!(ブシッ!)あ、あっしの拳の・・・骨が・・・」
 吹き出す鮮血と凄まじい激痛に、村田は振るい続けていた拳を見ると、そこからは皮
が削げ落ち、筋肉繊維がズタズタになり、白い骨が顔を覗かせている・・・
 そう、何よりも最悪なことに、アディは「村田よりも頑丈」であったのだ。
「くそっ・・・(ガイン!)ホントに(ゲイン!)硬い奴ッスね・・・」
 襲いかかる鎧達を再び手で払いのけるも、それがもはや精一杯になってきた・・・

・・・このままでは・・・このままでは・・・

 村田の脳裏で繰り返される、この言葉。
 このままでは・・・?
 殺されるのか?逃げられるのか?
 既に対抗する術すら浮かばない・・・
「(ズブッ!)かはっ!」
 犬死ぬのか・・・
 首に突き立てられた鎧の爪に、村田の意識がいよいよ遠のく・・・
 その目に映るは・・・
「・・・」
 無表情のままの「アディ」の姿・・・
 そして・・・

・・・もう・・・ダメッスか・・・とは言え、漢たるもの・・・やはり、犬死には許さ
   れないッスよね?兄貴・・・そうだ・・・小僧、せめて死ぬ前に・・・一目だけ
   でも、逢いたかったッス・・・

 人は死の淵に立った時、人生を走馬燈の如く振り返ると言うが・・・
 全ての人の脳裏を過ぎるのは、決してソレばかりではない・・・

「・・・村田さん」

 もはや暗くなり始めた村田の視界に、微笑んでいる孝司が映ったのだ。
「小僧?・・・まさか・・・そうッスか・・・小僧はもう・・・」
 無論、この時の村田には「孝司の死」を、知る由も無いはずなのだが、その幻影を見
て、村田は孝司が既に「この世にいない」ことを悟った。
「ワシも・・・今からいくッスよ。小僧・・・」
 もはや・・・「この世」に未練など無い。
 村田は正面で浮いているアディに微笑みかける・・・
「そッスね・・・このまま手ぶらで行くのも格好がつかないッスから・・・小僧への手
 土産に・・・一緒に死んでもらうッス・・・ぬおぉおおおお!」
 村田は一声吼えると、アディの本体である鎧の胴体部分に向かって突進!
「・・・(ガチャン!)」
「(ズブッ!)ぐっ!(グサッ!)ぉ!?」
 突き刺さるランスや爪をモノともせず、村田はアディの胴体に更に突き進む!
「・・・(ガシッ!)?!」
「・・・とったッス!おりゃ!(ズボッ!)」
 そんな計算外の行動に回避が遅れたアディを村田はひっ掴むと、アディの本体である
鎧の胴体を掴むと、スッポリと被ったのだ!
「コレで・・・逃げられないッスね!」
「・・・!」
「(ギリギリギリ!)んぐっ!?」
 その村田の胴体を締め上げて抵抗をするアディだが、村田は構わず、手首に巻き付け
ていた細い紐を解き、その一本を口にくわえ・・・
「兄貴・・・先に・・・行くッスね。(ゴソゴソ)小僧・・・今すぐに・・・」
 ポケットからライターを取り出し、火を点ける・・・
「さぁ・・・コレが(シュボッ!)最期の技ッス・・・よぉ〜く見ておくッスよ。漢ら
 しく打ち上げる最期の大花火・・・超必殺!『絶大!漢花火!』ッス!」
 村田の叫びと同時に、くわえていた細い紐から・・・
 その「導火線」から、火花が飛んだ・・・


「羅刹様ぁ。この道・・・長いですね」
「うぅむ。マリンよ、足は痛くないか?」
「はい、大丈夫で(ズドム!・・・ズズズズズーーーン!)きゃぁ?!」
「な、何だ!?今の凄まじい爆発音と地響きは?!」

・・・兄貴・・・

「ん?・・・村田・・・貴様、まさか?!」
「羅刹様?どうされたんですぅ?」
「い、いや・・・なんでもない」
 不思議そうに顔を覗き込んでくるマリンに、大下は気づかれない様、そっと掌の汗を
拭った・・・


 その頃、暗闇と戦っていた由香里は・・・

・・・ど、どこ?!どこから仕掛けてきているの?!

 ひっきりなしに軍刀と(じょるじゅ)を振り回し、逃げまどう子ネズミの様に周囲を
クルクルと見回す由香里の姿に、もはや冷静さの欠片も見られない。
 由香里ほどの戦士を、ココまで陥れるエレーヌとアルティシアの必殺技・・・
 それは・・・
「キイイイ・・・チイイイイ!(ジュッ!)」

・・・あ、あっちぃいいい!な、ナンなのよ?!この攻撃は!?

 遙か向こうで甲高い「音」と共に小さな「光」が灯った次の瞬間、空気を振るわせ、
「光」の尾を引いた「音」が、由香里の右腕を直撃する。
「(チカッ!チカッ!)!」
 その「音が触れた」瞬間、腕に走った強烈な「灼け付く感覚」に、由香里は堪えきれ
ずに「悲鳴」をあげて、その場から逃げ出したのだが・・・
「(チカチカ!)?!」
 闇雲に駆け出した由香里であったが、自分の口から漏れているのが「悲鳴」ではなく
て、「黄色い光」であるのに気がつき、途中で立ち止まるとその場にしゃがみ込んだ。

・・・おかしい!・・・この部屋・・・こんなに広くなかった筈だわ。とすると、あの
   術と共に、別の空間に連れてこられたんだ・・・それにしても、この部屋!一体
   どうなってるの!?あれだけ光っているのに、回りが全然見えないし、あたしの
   口からも光が出るばかり・・・あ、そだ。あたしには「スコープのセンサー」が
   あったんだった・・・よぉし、センサーチェンジ!

 ようやく左目のスコープのことを思い出した由香里は、センサーに暗視モードに切り
換えようと、内蔵マイクに向かって命じたのだが・・・
「・・・(チカチカチカ!)」

・・・あり?・・・モードチェンジ!サーマル!・・・な、なんじゃこりゃ?!

 由香里が叫べば叫ぶほど「黄色の光」が口の辺りからこぼれ、その由香里を中心にし
て光は「波紋状」に広がって行くではないか!
 これでは敵に自分の位置を知らせているようなものだ。
 慌てた由香里は、その場から再び駆け出し、再び離れたところで蹲る。

・・・な、なに?!今の光は?!

 焦りまくりながら、必死に口を押さえる由香里。
 だが、その荒い吐息が・・・「青い光」となって、指の間からこぼれ出る。

・・・や、やばい!敵にみつか・・・え?!

 そう考えた次の瞬間・・・由香里の不安は的中した!
「(チィ〜〜・・・チカッ!)」
 由香里の後ろで、閃光のような「光」の次に、暗い「茶色の光」がこぼれる・・・
 それは・・・

・・・ぅ・・・

 由香里の背中から胸にかけて、冷たい物が通り抜けた・・・
 痛み、痺れ、恐怖、不安、驚愕・・・
 全てが一瞬にして由香里の脳を駆け巡る・・・
 そして、それに続いて由香里の頭の中に浮かぶ一文字。

・・・やられた・・・

 胸の中に伝わる冷たい刃の感触・・・
 それを伝い、冷たくなっていく自分の血・・・

・・・痛い・・・痛いんだ。

 思わず胸に手を当てると・・・
 やはりその刃は冷たく、そこにある・・・
 間違いなく・・・刃は、自分を貫いている・・・
 由香里の思考通り・・・
 パタの刃は、由香里の胸から突き出ている・・・

・・・痛い・・・痛ったぁ・・・すっごく痛い。死ぬのかな・・・あたし。こんなトコ
   で死ぬくらいなら、この間に夏美さんに誘われた絶叫マシンのある遊園地に行け
   ば良かったかな?あと、死ぬほど辛い「地獄ラーメン」も食べときゃ良かった。

 混乱した由香里の思考・・・
 だが、その思考を引き戻すかの様にして、激痛が再び由香里を襲う。
「(チカッ)!?」
 突き出たパタの刃がゆっくりと引き抜かれ・・・
「!!(チカッチカッチカッ)」
 暗闇の中、由香里の胸の傷口から、口から、鼻孔から・・・
 溢れ出た「赤黒い光」がこぼれ落ちる。
 そして、滴り落ちた血が・・・床で鮮明な「水色の光」を放った。
「・・・(チカッ)」
 その光に、ぼんやりとしてきた由香里の意識に、ハッキリと判るコトが・・・

・・・そっか・・・そう言うことなんだ。

 己のこぼした血で・・・
 落ちたことで「光り輝く」己の血で・・・
 初めて・・・敵の術の正体が判ったのだ。

 敵の触れるコトが出来る「音」・・・
 床に滴り「落ちて光る」血の「音」・・・
 自らの「口」から漏れた「光」の「声」・・・
 そして「光」よりも速く飛んでくる「音」・・・

 全てが「世の摂理」に反するが、ココは異世界だ・・・
 全ては由香里の知り得る常識は通用しないのだ・・・
 そう・・・エレーヌとアルティシアの「必殺技」とは・・・

・・・「音」と「光」を・・・「逆転」させているんだ・・・

 冷たい床の上に倒れた由香里から、「緑の光」が闇の中に迸った・・・


                    5


 早苗と孝司に道を託されてから、どれくらい歩いたかは解らない・・・
 途中、引き返そうかと、一体、幾度思ったであろう?
 和美は今一度、足を止めると後ろを振り返る。
「・・・」
 その先には、果てしない闇が続くだけ・・・
 早苗は・・・
 孝司は・・・
 元来た道に向かって足を踏み出和美・・・
「・・・っ」
 だが、和美は出しかけた足を止める。
 戻っても・・・早苗も孝司も喜びはしまい。

・・・和美・・・行ってくれ。
・・・和美ちゃん・・・行って。

 その2人の言葉を胸に、和美は再び前進をする・・・
 と、その和美の視界に、僅かに光が見えた。
「(チカッ)・・・ん?」
 微かに・・・微かにではあったが、間違いない。
「・・・(タッタッタ)」
 自然と足が早まる・・・
 この先に・・・何が・・・
 そして、その光の正体は・・・
「(タッタッタ)・・・これは?」
 光は、壁に僅かに出来た隙間からこぼれたモノであった。
「・・・せぇのぉ!」
 そして、判るな否や和美は足を振り上げると、一気に壁を蹴り上げた!


「羅刹様ぁ・・・」
「どうした?マリン」
「・・・怖いですぅ」
「・・・ワシがついておる」
「・・・はい」
 大下の胸に抱かれ、その首にしがみついているマリンは、先程からその言葉を繰り返
していた。
 必死にマリンの不安を取り除こうと、その大きな手で小さなマリンの身体を抱きしめ
てやる大下であったが・・・
 彼もまた、不安は隠せなかった。
 先程に感じた妙な振動・・・
 そして、脳裏に聞こえた村田の声・・・
「・・・」
「あ・・・ドアが・・・羅刹様ぁ?」
「・・・」
「・・・羅刹様ぁ?」
「ん?あぁ・・・どうしたのだマリン?」
「ドアが・・・」
「なに?・・・出口か・・・」
 珍しくぼんやりとしていたらしい・・・
 正面に立ち塞がった大きなドアに、大下はゆっくりとマリンを降ろした・・・


「・・・(チカッ)」
 暗闇の中、弱々しい光が点滅する・・・
「(チカッ・・・チカッ)・・・」
 それは、残り僅かな・・・命の光。
 闇に消え入りかけた・・・魂の光。
「(カッ!カッ!)」
 そんな光に、ハッキリと閃光を放つ「光」が近づいてきた。

・・・来た・・・う・・・痛い・・・冷たい・・・

 その迫って来る光は、弱々しい光を放っている由香里の眼にハッキリと映る。
 そう・・・由香里の身体から放たれている「弱々しい光」は「自分の鼓動」・・・
 そして、ハッキリとした「閃光を放つ光」は「邪妖精の足音」・・・
 間違いない・・・エレーヌが止めを刺しに来たのだ。

・・・死にたくない・・・死にたくない・・・

「(カッ!・・・カッ!)」
 ゆっくりとエレーヌが・・・「死」が確実に近づいてくる。

・・・死にたくない・・・死にたくない・・・

 必死に生を見出そうと足掻く由香里・・・
 だが、相手の姿もその位置も見えない・・・
 いや、もはや近づいてくる光すら、霞んでいく。

「(カッ!カッ!)」

・・・止まった・・・死ぬ・・・死ぬ・・・死ぬんだ・・・

 近づく光が止まると共に・・・
 由香里の生への渇望も・・・
「・・・(チィー・・)」
 由香里の頭上に、弧を描く様に「光」が走る・・・
 それは、エレーヌがパタを振り上げた時の「刃が風を切った音」だろう・・・
 そして、その「光」が消えた・・・次の瞬間!
「キイイイイイイイイイイイイイ!(カッ!)」
 凄まじい光と音を放ち、闇の中に「光球」が出現したのだ!

・・・死にたく・・・ない!

 由香里の右手が・・・
 握り締められた軍刀が・・・
 生きたいという「本能」が・・・
 その「光球」を軍刀で貫いた!
「(ズブッ!)んブッ!?(パアッ!)」
 そして、瞬時にして闇は消え、由香里の眼にも、その光景はハッキリと映る。
 軍刀は・・・
「ぅ・・・」
 エレーヌを抱きしめ、涙で頬を濡らしながら、唇を重ねているアルティシアの背中を
貫き・・・
「っ・・・」
 ゆっくりと瞳を閉じ、アルティシアの背に震える手を回しているエレーヌの胸を貫い
ていた・・・
(ドサッ!)
 片時も離れない・・・
 例えそれが「死の時」であっても・・・
 離れたくない・・・
「・・・ごめ・・・ん」
 愛する2人の最期の姿に、由香里の精一杯の言葉が漏れる・・・
 そして、部屋の中には媒体となった生贄の娘達の遺骸と、冷たくなっていく由香里が
残された・・・


 また・・・血が流されていく。
 また・・・温もりが消えていく。
 また・・・魂が朽ち果てていく。
 また・・・私は何も出来ない。
 また・・・私は守れないのか。
 また・・・私は全て失うのか。
 また・・・また・・・また。
 いやだ・・・
 もぅ、いやだ・・・
 逃げるでもなく、立ち向かう出もなく・・・
 ただ、ただ・・・見守ることなど・・・

・・・その肉体・・・借り受ける!

 我は・・・戦うのだ。
 我は・・・もはや逃げまい。
 我は・・・戦人なる父を越え・・・
 我は・・・大いなる母を越え・・・
 我は・・・聡明なる弟を越え・・・
 我は・・・守らなくてはならない!


「・・・(カツーン、ボッ)・・・」
 一歩、足を踏み出す度に、回廊の両脇に掲げられていた灯火が消えていく・・・
 それは、もはや綾子に後戻りを許さない戒めの様に、道を闇で閉ざしていく。
 一つ・・・また一つ・・・
 消えゆく灯火に、綾子は回廊を振り返る。
 光の消えたその先は、先の見えない闇が続くばかり・・・
「・・・(カツーン、ボッ)」
 だが、握りしめられた小さな拳を胸に、再び前に歩み始める綾子・・・
 そして、暫くも経った頃・・・
「・・・あ・・・出口」
 目の前に鮮やかな装飾が施された扉が姿を現した・・・
 ゆっくりとノブに手をかけた綾子だが、今一度、後ろを振り返る。
「・・・由香里さん(ボッ!)」
 その呟きと共に、また一つ・・・灯火が消えた。


「あぁ・・・」
 目頭を押さえ、深い溜息をつくゼルパ。
 その膝の上には、色とりどりのクリスタルの欠片が散らばっている・・・
 それは、愛しき娘達の魂の欠片・・・
 ゼルパはそれらを撫でながら、再び溜息をつく。
「何故じゃ・・・」
 欠片の一つ一つを愛おしげに摘むゼルパの姿に、傍らに佇んでいたアッシュも深い溜
息をつく。
「お労しや・・・母上・・・全ては裏切り者を早くに処分しなかった私目の責任です」
「否・・・全ては・・・(ガッ!)こヤツのせいじゃ!」
 深々と頭を下げるアッシュにゼルパは首を振ると、怒りの表情も露わに、一つだけ床
に転がされていたアルティシアのクリスタルの欠片を踏みつける。
 またもや・・・またもやアルティシアは裏切ったのだ。
 照魔鏡で全てを把握していたゼルパにとって、これ以上の憤りはない。
「妾の力が足りなかったばかりに・・・すまぬ・・・」
「母上・・・」
「アッシュよ・・・近う・・・」
「はい・・・」
 母の呼びかけに応じ、アッシュはゼルパを胸に抱き入れる。
「あぁ・・・アッシュよ・・・何故に・・・何故に妾の持つ夢は、悉く(ことごとく)
 散ってしまうのじゃ?」
「母上、夢に犠牲は付きものです・・・皆の御霊もまた、その礎・・・」
「そうか・・・されど、お前だけは・・・離れとうない・・・」
「母上・・・」
 胸に縋り付く母に、アッシュは静かに抱きしめるが・・・
「・・・母・・・か」
 そのアッシュの呟きに、ゼルパは悲しげに目を伏せた。
 母・・・アッシュが「自らを造ったゼルパ」をそう呼ぶのは当然のコトであろう。
 だが、ゼルパはアッシュを「子」として造り出した訳ではない。
 共に戦いに明け暮れて・・・
 共に栄光の美酒に酔い・・・
 共に悠久の時を過ごす・・・
 ゼルパは・・・伴侶が欲しかったのだ・・・
「・・・」
 そんな無言でアッシュの背をまさぐるゼルパを、アッシュはそっと離す。
「アッシュ?」
「・・・母上・・・」
「・・・来たのか。異世界の戦士達が・・・」
「はい・・・この部屋の前に着きました・・・」
「そうか・・・」
「やはり来客は・・・」
「主(あるじ)自らが出迎えなくてはのぉ・・・」