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第13章 無限のトラップ 1 陽が・・・昇る。 大下と夜半過ぎに交代して歩哨を勤めていた和美は、その太陽が昇ってくる様を、間 近に目にしていた。 山の向こうから、ゆっくりと顔を出してくる太陽の光・・・ なんと眩しいのであろう・・・ なんと暖かいのであろう・・・ なんと柔らかいのであろう・・・ なんと心地よいのであろう・・・ 和美はそんな太陽に目を細めながら、身体に掛けていた毛布をゆっくりと除ける。 「・・・っ」 眩しい・・・ 視界を覆う強烈な光に、遮ろうと手を翳しかけた和美であったが・・・ 「・・・」 その手を止め、ゆっくりと瞳を閉じた。 閉じた瞼に、太陽の光の暖かさが染み渡り、寝不足の和美の瞳の奥を痺れさせる。 昨日は全く・・・眠れなかった。 明日は死ぬかも知れない・・・そう思うと、眠れなかったのだ。 そして、日が変わり・・・ 今日・・・ 決戦の日・・・ 死を刮目する日・・・ だが太陽はいつもと変わらずに昇り、大地を照らしている。 ・・・これが・・・最後の朝日になるかも・・・知れない。 そんな考えが一瞬、脳裏を過ぎるが・・・ 「・・・冗談じゃない・・・」 和美は頭と共に、その言葉を振り払った。 「私は・・・私は・・・家に帰るんだから」 それは小さな、小さな呟き・・・ だが、その重さは計り知れない・・・ そんな和美の後ろのテントで、誰かが出てくる気配がする。 振り返ると、テントの中から欠伸を噛み殺しながら由香里が顔を覗かせてきた。 「(ごそごそ)ん?・・・由香里?」 「あふぁ・・・(バサッ)おっはよ。和美♪」 軽く片手を挙げる由香里・・・ 一見すると、いつもも通りの「お気楽」な姿に見えるが・・・ 「おはよ。由香・・・ん?」 和美は由香里の右目の下にクマが出来ているのに気がついた。 由香里もまた・・・眠れなかったのであろう。 由香里の目の下を指さす和美・・・ 「由香里・・・あんまし眠れなかったの?」 「え?ん、んにゃ、もぉグッスリと・・・」 「ウソ。だって、目の下にクマ出来てるわよ」 「あり?(ゴシゴシ)参ったな・・・まぁ、正直言って、あたしだって敵の玄関前で眠 るほどの度胸は・・・無いわよ」 「・・・」 目の下を擦りながらそう言う由香里に、和美はただ苦笑するばかり。 やはり由香里とて、緊張するのだ・・・ その由香里の後ろから、のそのそと早苗も出てくるが・・・ 「あふぅ〜・・・ねむぃ〜・・・」 やはり・・・あまり眠った様子はない。 「おはよ〜・・・和美ちゃん・・・」 「おはよう早苗・・・ところで・・・綾子の様子は?」 「ん・・・よく眠っていたみたいだから、起こさなかった♪」 「・・・エラいわよ早苗」 「へへ・・・だって、怪我したら綾子ちゃんだけが頼りだかンね☆」 やはり早苗にも、この戦いが熾烈なモノになることが判るのだ。 「・・・えぇ」 「・・・そうよね」 和美達は静かに決戦の朝を受け入れていた・・・ そして、同じ朝・・・ 「・・・うぅ」 大いなる魔女の城の・・・ 「なんで・・・なんで・・・」 窓から朝日が射し込む、とある部屋・・・ 「どうして・・・なの・・・」 ボロボロのレースを纏った天蓋付のベッドから、女の啜り泣きが聞こえる・・・ 「アルティシア・・・どうして・・・こんなに・・・」 それは、胸の中で静かに眠るアルティシアを抱いた、エレーヌの嗚咽であった。 互いの血で真紅に染め上げたベッドで、エレーヌはひたすらアルティシアの傷を舐め 続けている。 エレーヌが傷だらけであるように、アルティシアも又・・・傷ついているのだ。 しかし、治してやりたくとも、アルティシアの身体は「光」の身体・・・ つまり「闇」の力は受け付けない。 エレーヌに出きるコトと言えば、ひたすら傷を舐めてやるだけ・・・ 普段ならば、これでアルティシアの傷も心も癒やされる。 そう・・・普段ならば・・・ 「・・・ぁぅ」 だが、アルティシアは赤子の様な声を上げ、エレーヌの胸の中で眠るばかり・・・ そんなアルティシアの寝顔をエレーヌは覗き込む。 同じ「邪妖精」でありながら、まるで「妖精」の様な寝顔・・・ にも関わらず、仲間内からは役立たずと罵られ、異端者としてさげすまれ、決して祝 福されることの無い「裏切り者」の名を背負った、この光のアルティシア・・・ その生い立ちは、決して幸福なモノではなかった。 それは、魔人ゼルパと肉体を失った闘神FSXが融合したばかりの頃・・・ 大いなる魔女として君臨した「ゼルパ」は、自らの野望を達せんとするために、忠実 なる僕達を創り出していた。 まず、ゼルパは自らの「身体の一部」を切り離し、文字通り「自らの分身」として闇 の精霊である「アッシュ」を作り出すと、そのアッシュの魔力を媒体に、今度はクリス タルを「核」とした強力な邪妖精達を作り上げていく。 雷の邪妖精「ソフィア」、音の邪妖精「エレーヌ」、鏡の邪妖精「ラスティア」・・・ そして、アルティシアは4番目の邪妖精、その名も「影」の邪妖精として生を受ける 筈であった。 だが、その儀式の最中に・・・悲劇は起きたのだ。 ソフィアの力によって生み出された雷鳴が轟く中、ゼルパは稲妻の光に己の姿を映し て「影」を作り、それをラスティアの鏡に取り込もうとしていた時のこと。 「出よ・・・我が映し身にして、光の追従者と(グラッ!)な、なに?!」 まさにその瞬間の出来事であった。 この偉大なる力を持つ筈の大いなる魔女ゼルパですら「予知出来なかった地震」が城 を襲ったのだ。 「な、なんだと!?地震か?!」 この突然の大地の揺るぎに、ゼルパの助手としてクリスタルを握っていたアッシュの 手元もまた・・・ぶれた。 そしてそのクリスタルには映っていた「影」ではなく、鏡から反射した稲妻の「光」 が差し掛かる。 「な?!」 「そんな!?」 「まさか?!」 先に生まれていた邪妖精達が息を飲んだ・・・ 「・・・なんと言うことだ」 闇の精霊アッシュが嘆いた・・・ 「・・・ふぅ・・・失敗か」 そして、ゼルパが溜息をついた時・・・ 「・・・ぅ・・・ん・・・」 ゆっくりと、光り輝きながらクリスタルから浮かび上がる邪妖精・・・ 「ぅん・・・あ・・・初めまして御母様・・・」 こうして・・・闇の儀式から「光」のアルティシアが生まれたのだ。 無論、「闇」の加護を受けていない彼女に「闇」の魔力は無い・・・ 持っている能力はと言えば、中途半端な「光」の魔力のみ・・・ 例え回復の魔法が絶大であっても、その「光の魔法」を受ける事の出来る邪妖精は誰 もおらず、その可視光線を用いた催眠術も僅かな外的要因で簡単に解ける程度のモノ。 せめてもの慰め程度に役に立つのは、風や木々からの声を聞き、それを伝えると言う 情報の収集だけ。 そして「最悪」な事に、アルティシアは草木を愛し、動物を愛おしみ、戦いを嫌い、 敗者を哀れみ、命を尊ぶ・・・精神までもが「光」を帯びていた。 そう・・・彼女は「失敗作」として誕生したのだ! 「闇」の力によって「光」の生を受けてしまった彼女を、誰が祝福をしよう? 当然のコトながら、この様な「役立たず」は、直ぐさま消去が叫ばれたのだが・・・ 「お母様、この子を私にくれませんか?」 「まぁ、良かろう・・・」 この気まぐれな「エレーヌ」と「ゼルパ」の一言が、彼女の命を繋ぎ止めた。 しかし、それは・・・ エレーヌは単に「玩具」が欲しかっただけ・・・ ゼルパは単に「面倒」であっただけ・・・ アルティシアの命とは、その程度のモノでしかなかったのだ。 それからと言うもの、エレーヌはアルティシアに首輪を付けて戦場に赴き、敵味方問 わず、この「光」の属性が如何に無力であるかと、「闇」の力を誇示していた。 勿論、エレーヌは、そんな「ペット的な存在」としてアルティシアを側に置いていた 訳ではない。 敵である「光」の存在達は、限りなく「情け」を尊ぶ・・・ 何があろうとも、アルティシアの命などは「取るに足らない」存在・・・ この二つの事実は・・・アルティシアに更なる「過酷」を与えたのだ。 ある時は「光」の軍勢を罠に誘い込むための囮として、トラップ群のど真ん中に置き 去りにされた。 またある時は、その「光」の城の内部に、傷ついた「光の魔法使い」を装い、破壊工 作の為のスパイとして送り込まれたりもした。 無論、全てアルティシア単身で・・・である。 大胆且つ特攻紛いの作戦・・・しかしそれが功を奏し、数多くの勝利を「闇」にもた らし、逆に「光」の軍勢からはアルティシアを「大いなる魔女の放つ、裏切りの光」と 呼び、恐れていた・・・ そして、そんな辛苦の戦を終えて城に帰ってからは、エレーヌの部屋の片隅で毛布に くるまりながら涙で頬を濡らして眠るか、無理矢理にエレーヌに叩き起こされ、その耽 美なる「責め」を朝まで受ける・・・それがアルティシアの日課。 悲しみのあまり、何度となく自害をしようともしたが、アルティシアよりも後に生ま れた、時の邪妖精であるオーリッチの「魔法」がそれを許さない。 それは、アルティシアが自害を企てた瞬間、その首輪から時を止める魔法が発動され て、彼女の身体を拘束するのだ。 こうしてアルティシアは、逃げることは勿論、自ら死を選ぶことも許されず、過ぎゆ く久遠の日々を、地獄の亡者の様に彷徨っていた・・・ だが、そんなアルティシアの価値観は、ある日を境に突如として変わった。 それは2人に宛われた城の部屋の中で、いつもの様にアルティシアと肌を合わせてい た時のこと。 その日は、何時にない苦戦を強いられ、通常よりも「精神的」に疲れていたエレーヌ は、あることに気がついたのだ。 アルティシアの髪に触れ・・・ アルティシアの肌に触れ・・・ アルティシアの唇に触れ・・・ それは、ただ単に「気が落ち着く」のとは、また違う感覚・・・ アルティシアに触れ、身を委ねていく度に「何か」が癒やされる。 「アルティシア・・・」 「はい・・・」 「光のお前に・・・闇の私が触れているのに・・・何故に心地よい?」 「私は・・・闇の光だからです・・・」 「そっか・・・お前も・・・闇なんだ」 この瞬間、孤独なアルティシアに唯一の理解者が現れた。 闇の中に佇む、ただ一つの「光」に・・・薄暗くではあるが「光」が灯ったのだ。 そして小さく頷いたアルティシアが、初めてエレーヌの唇を自分から求めたその時、 アルティシアとエレーヌの力は解け合った・・・2人の必殺技「融合」の誕生である。 それからのエレーヌとアルティシアの奮闘ぶりは目覚ましいモノであった。 強敵である魔人やエンジェルナイトとの戦いには、エレーヌは今度は「ペット」とし てではなく、あくまでも「パートナー」としてアルティシアを連れて行き、その新たな る必殺技を用いて、敵の首を持って帰ってきたのだ。 それまでアルティシアを単なる「愛玩具」としか見ていなかったエレーヌも、戦いの 数だけ肌を重ねていくうちに、いつしか「永遠の伴侶」として、アルティシアを大切に するようになった・・・ そして、魔女の軍勢が世界の半分ほどを手中に収めた、ある日のこと。 これまで圧倒的な力で支配してきた、この「闇」の世界に、一体誰が呼び寄せたので あろうか?突然の厄災が舞い降りたのだ。 それは、異世界からやってきた、たった一人の賢者・・・ しかし、その力は瞬く間に「闇」を駆逐し、世界に「平和」と「人間」を溢れさせる と言う圧倒的なものであった。 また、勢いに乗じた「光」の軍勢が、反撃を仕掛けてくる・・・ このままでは、今までに築き上げてきた「闇」の世界が崩壊してしまう。 慌てた大いなる魔女ゼルパは、直ぐさま総勢1万のモンスター軍に異世界の賢者の排 除を命じるが、帰ってきたのは・・・ただ一匹。 そして、そのモンスターが残した言葉は・・・ 「敵は天使の如き白き翼を持ち、鬼神の形相にて、手にした魔法の杖を振りかざす」 と言う、実に謎めいたもの・・・ よもや一刻の猶予もならぬと、大いなる魔女ゼルパは、全ての邪妖精達を集める。 「異世界から来た賢者を打ち倒せる者はないか?」 この問いかけに、エレーヌは勇んでアルティシアと名乗りをあげた。 例え如何なる存在であろうとも、自分達の能力を破ることは出来ない。 そう・・・アルティシアと自分の力をもってすれば、他愛もない・・・ 絶大な勝算がエレーヌにはあったのだ。 そう信じて、エレーヌは異世界の賢者を迎え討つべく、城に賢者をおびき寄せる。 不安げな顔をする他の邪妖精達に、ありったけの余裕と笑みを振り撒き・・・特に、 当時から仲の悪かったソフィアに対しては、鼻でせせら笑っていた・・・ だが、そんなエレーヌに誤算が生じる。 それは、最愛のアルティシアの「裏切り」であった・・・ 城の中枢を守っていたエレーヌとアルティシアの前に賢者が現れた時、アルティシア はエレーヌとの必殺技である「融合」を拒んだのだ。 迫る賢者を前に、エレーヌは必死にアルティシアに「融合」を求める。 だがアルティシアは首を振り、一言・・・ 「ゴメンなさい・・・」 この一言でエレーヌは全てを悟った。 異世界の賢者を呼び寄せたのは、他でもない・・・アルティシアであったのだ。 しかし、エレーヌには「裏切られた」と言う感情は無かった。 愛するアルティシアが、珍しく「わがまま」を言ったのだ。 たまには・・・いいだろう。 「そう・・・まぁ・・・いっか」 そう呟くと、エレーヌはアルティシアを静かに抱きしめる・・・ エレーヌもまた、知らず知らずの内、戦いに疲弊していたのだ。 こうして二人はあっさりと賢者に封じ込められ、他の邪妖精達も又、賢者の振りかざ す「白銀の杖」の前に、為す術もなくクリスタルに姿を変えられていった。 そしてアッシュと大いなる魔女もまた、賢者との壮絶な戦いの末に、賢者に石化の呪 いを掛けたものの、アッシュを杖に付いていたクリスタルに封じられ、その身はその杖 で城の一角に貼り付けにされてしまった・・・ そう・・・これが、今回の地震によって、壁に突き刺されていた杖が落ちて珠が砕け 散り、アッシュが復活を遂げた今日までの、アルティシアが世の人から「光と闇の裏切 り者」と呼ばれ続けていた由縁である。 「アルティシア・・・ぅぅ」 それでもエレーヌはアルティシアを愛していた・・・ 例え、同じ邪妖精達に蔑まれようとも・・・ 例え、アッシュから煙たがられようとも・・・ 一度闇に灯った光は消え入ることは無く、一つになる・・・ エレーヌはこの戦いが済んだら、アルティシアと共に小さな城を構え、何人にも邪魔 されず、悠久の時を過ごすつもりであった・・・ そう、アルティシアと共に・・・ アルティシアだけと・・・ だが・・・そのアルティシアを、再び「異世界の者達」が奪った。 あの時と同じように、異世界から突然に現れて「2人の幸せ」を奪ったのだ。 そのエレーヌの瞳に、狂気の光が漲り、唇が噛みしめられる・・・ 「異世界の戦士・・・殺してやる」 2 さて・・・昨日、テントを張っていた林から、裕美の城から少し離れた丘に移動した 和美達のパーティー。 前方にデンと鎮座している裕美の城を眺め、朝食の準備をしながら作戦会議を開いて いるところであった。 どれどれ?本日のメニューは・・・ 「え〜、本日の朝食のメニューは『お好みサンドイッチ』になるッス。各自で目の前に 置いてある食材の中から、好きなモノを選んでパンに挟んで下さいッス♪」 「・・・村田よ」 「へいッス?」 「食材とは、これ全てか?」 「そうッスよ?」 「・・・全部ですか」 「・・・はぁ・・・」 皆、目の前に広げられている「食材」に、溜息をついていた・・・ まぁ・・・食材を畳8畳分くらいの敷物に広げられたら、溜息も出るわな。 結局、各自で食器を片手にあちこちをうろつくと言う「バイキング方式」で、取り敢 えずは落ち着いたのだが・・・ 実は「食材の中身の方」も、なかなかのモノであった。 「和美ちゃん、そこのビンとってぇ〜♪」 「ビンって・・・これ?」 「うん。それ♪」 「コレって、海苔の佃煮の『ごうまんですよ!』だけど・・・パンにコレ塗るの?」 「結構おいしんだよ?」 「そ、そう・・・」 「あ、篠原。ワリぃけど、その肉団子を一つくれないか?」 「はい、どうぞ」 「すまねぇ・・・あぐ(もぐもぐ)」 「わぁ・・・孝司様、勇気がありますね・・・」 「ん?(もぐもぐ、ピタッ!)・・・な、なんで?」 「それ、モンスターの『こんにちわ』の肉団子ですよ?おいしいけど・・・私、これだ けは苦手なんですよ。特にモンスターの現物を見た後だと・・・」 「・・・ま、マリンちゃん。どんなモンスターかは、絶対に教えないでくれよな」 「え〜と、御嬢はコレとコレと・・・」 そんな中、村田はバターを塗った玄米パンに、レタス、スライスオニオン、チーズ、 サラミハムを挟み、軽くバルサミコドレッシングを振りかけると、紙に包んで、魔女の 城を偵察していた由香里の元に向かう。 「由香里御嬢、ご注文の品ッス♪」 「あ、どうも。あ〜む(もぐっ)・・・んん〜(ぴぴっ!)」 由香里は村田に差し出されたサンドイッチを受け取ると、一口囓り、再び望遠にした スコープで、城のあちこちを隈無く調べるが・・・ 「(ぴぴっ)うーむ・・・こりゃ(キュィーーン)おっかしぃ〜なぁ〜・・・」 「やや?!味がお気に召されなかったッスか?!」 「え?あ、いいえ、違います。城の様子が・・・ヘンなんです」 「様子が(もぐっ)どうしたの?由香里」 和美はツナサンドを囓りながら由香里の隣に座ると、目を凝らす。 肉眼でも多少は様子を窺うことが出来るが、ドコがどうおかしいのか判らない。 だが、由香里の方はスコープに映る「NO ENEMY」の文字に、頻りに首を傾げ ていた。 「おっかしいわね?あたし達がココにいることくらい、裕美は判っている筈なんだけど な?なのにナンにも・・・」 「だから、ナニがどうおかしいのよ?」 「んむ?ナンかしたの?」 「どうかされたのですか?」 そんな頻りに訝しがっている由香里と和美の姿に、飲み物を手にした綾子と、両手に サンドイッチを持った早苗もやってきて、和美達の隣にちょこんと座る。 「ん・・・敵の姿が・・・全く見えないのよ。それに・・・」 「それに?」 「他にナンか?」 「えぇ。測定してみたんだけど、あの城の城壁と城門、半端じゃなくブ厚いわよ。壁の 方は材質が魔法が掛かった切石の三重構造。厚さにして、約4000ミリ♪」 「えーと、1メートルが1000ミリだから・・・」 「4メートルですわ♪」 「な?!4メートるぅ?!」 「おまけに城門の方は表面こそ木材だけど、ヒララ合金を間に挟み込んでいるわ」 「ヒララ合金?それってどんなの?」 「ヒララ合金ってのは、この(じょるじゅ)と同じ素材なんだけど・・・」 「それって(もぐもぐ)どのくらい・・・へ、へ・・・へぶしっ!硬いの?」 「うわっ!?早苗、汚っ!?」 「あらあら・・・」 あ〜あ・・・モノを食べながら話をするだけでも行儀が悪いってのに、あまつさえ、 クシャミをするとは・・・それも由香里に向かって。 だが、そんな食べかけのサンドイッチまみれになった由香里に、早苗は「側に置いて いた布切れ」を手にすると、更なる追い打ちをかける。 「あ、ゴメン由香里ちゃん♪今、早苗がきれーにしたげるからね(フキフキ)あれ?こ の『布巾』ナンかおっかしいな?」 「おや?小僧、ここに置いておいた『雑巾』しらないッスか?」 「え?『雑巾』ですか?えーと・・・ん?!おい早苗!それ?!」 「おっかしいなぁ?なんで拭けば拭くほど、きちゃなくなるんだろ?」 そんな、暫くも黙って早苗に「雑巾」で顔を拭かれていた由香里であったが、静かに 左腕を・・・つまりは「ヒララ合金製」の(じょるじゅ)を振り上げると・・・ 「早苗・・・ヒララ合金の硬さ・・・思い知れ!」 「へ?(ズガーーーン!)フキュッ!?」 「どう?!」 「あがが・・・か、硬ひぃ」 「フン・・・どう和美?ヒララ合金ってのは、こんくらい硬いの」 「・・・ま、まぁ、それだけ硬くて頑丈ならば、守りはあの扉と、城壁だけでも大丈夫 でしょ?別にモンスターがいなくても不思議じゃないわね・・・」 「でも歩哨くらいは立てるわよ?」 「う〜ん・・・あ。もしかして、まだ営業時間じゃないとか?」 「あのね。スーパーじゃないんだから・・・」 「それでは・・・お城の中で待ち伏せされているのでは?」 「やっぱ待ち伏せか・・・」 綾子の言葉に、由香里は腕組み考える。 昨夜に和美に話した通り、裕美は待ち伏せをしているに違いないであろうが、ココま で徹底して敵の姿が見えないと、逆に不安である。 「むむ〜・・・しっかし・・・一体、どんな待ち伏せしてんのかな?」 「あの門の向こうに敵がいっぱい待ってて・・・」 「ソンだけの数がいるんだったら、昨晩に奇襲を掛けてきてるわよ」 「むむむ〜・・・早苗、判かんない」 「んじゃ・・・ブービートラップの嵐ってのは?」 「和美もそう思う?」 「それ、なぁに?」 「矢が飛んできたり、落とし穴とか・・・でっかい石が転がってきたりですか?」 「そぅ。それと、この世界のコトだから魔法が掛かった罠もあると考えていいわよね。 そーなると・・・ちょっと厄介よね〜」 「どーする?罠を解除しながら進んだりしたら、時間が掛かるわよ?」 「そうですわね。なにか・・・一気に解除できる方法があれば・・・」 「そだ!村田さんと大下さんで、お城の中をフルマラソンってのは!?」 「あのね・・・ま、ココで考え込んでても始まんないか・・・あむっ☆」 由香里はサンドイッチを一気に頬張り、手に付いたパンくずを払って立ち上がると、 城門をビシッ!っと指さす。 「よっしゃ。んじゃ、まず始めに城門を吹っ飛ばしますか!?」 「はぁ?アレを?どうやって?」 「硬いんでしょ?」 由香里に指さされた頑丈そうな城門を眺め、口々に呟く一同に、由香里は首を振る。 「ナンのナンの。あたしには『切り札』があるって♪」 「あ、そっか。由香里ちゃんの腕の大砲と鉄砲で・・・」 「そうですわね。魔法防御でも、質量兵器は有効かと・・・」 「無理よ。爆炎砲や(じょるじゅ)を連射しても、この程度の質量じゃ、全然たんない のよ。そこで!ふっふっふ・・・遂に『秘密兵器』が登場するわけ♪」 「え!?どれどれ?!どっから出るの?!」 早苗が由香里の周りをグルグルと回って「由香里の身体の秘密兵器」らしきモノを探 すが見あたらない。 「ちょ、ちょっと?!早苗、アンタ・・・あたしをナンだと思ってんの?」 「え?由香里ちゃんって、分離したり、変形したり、合体したりしないの?」 「うん。私もあんたから出てくるかと思ってた」 「ひ、人をロボット扱いするな!秘密兵器はあたしじゃなくて・・・」 そんな早苗に憤然としながら、由香里は後ろを振り返ると・・・ 「はい。羅刹様、ア〜ンして下さい☆」 「て、照れるのぉ・・・あーーーー☆」 「大下さん!」 「へ、へい!」 マリンとイチャついていた大下と・・・ 「小僧、ワシの作ったスペシャルサンドっス。心ゆくまで味わうといいッス♪」 「・・・村田さん。なんでラードを塗ったパンの間に『手』を挟んでいるんですか?」 「それは『スペシャルだから』ッス。はい、あーーーんッス♪」 「村田さん!」 「お、オッス!」 孝司とギトついていた村田に向かって叫ぶ! 「シークレット・ウェポン!スタンバイ!」 「ラジャァ!」 「了解ッス!」 由香里の命令に、大下と村田はビシッ!っとポージングを一つすると、背中に担いで いた、例の大きな筒を取り出す。 そして2人は筒を持ち向かい合い、ゆっくりと近づけ・・・ 「オーライ、オーライ・・・」 「兄貴!こっちは、おっけーッス!」 「よぉーし、ゆくぞぉ!」 「せぇのぉ!合体ッス!」 「合体(ガション!)完了ぉ!」 「あとはこのネジを(ギリギリギリ)締め付け完了ッス!」 「(カチャンカチャン!)よし、こちらのバイポット(衝撃吸収用脚)も設置完了!」 「(カチン!)遠距離用照準、設置完了ッス!」 「よっしゃ!由香里御嬢!シークレット・ウェポン!」 「スタンバイ完了ッス!」 「ん、上出来です♪」 「・・・まぁ」 「そ、その筒・・・まさか?!」 「大砲の筒だったのぉ?!」 和美達の驚き声通り、兄貴達が皆の目前で組み立てた「黒光りする巨大な物体」は、 ナンと「大砲」であったのだ。 それも20センチ30口径の、ご・ん・ぶ・と☆ こんなモン、ふつーなら駆逐艦に積むか、曲射砲にするモンだ。 この大砲の勇姿に・・・薄々、ナニかは感ずいていたのだが、あえて口には出してい なかった孝司も、この現実を見せられ、さすがに頭を抱えた。 「な、なんてこった・・・京本。お前いつから武器の密輸までするようになった?」 「ちょっとぉ〜孝司。人聞きの悪いこと言わないでよ。コレ、あたしが造ったのよ♪」 「・・・なお悪りぃ」 「へへーんだ、ナンとでも言えぃ♪さーて、村田さん。早速、弾を・・・」 「了解ッス。えーと、弾はドコに(つんつん)ん?なんスか?早苗御嬢?」 「ねぇ、村田さん。この大砲、なんてぇ名前なのぉ?」 「へい、この黒くて太くて逞しぃ〜コイツの名前は・・・あれ?なんだったッスかね? 確か、えーと・・・あ、そッス!『あ〜ン☆ストロングぅ〜♪ホゥ!』とか言う、随 分とイヤらしぃ〜ん名前の(バゴン!)オブッ!?」 「違います!『アームストロング砲』です!もぅ。勝手に変な名前つけないで下さい! 大体、アームストロング砲というのは・・・」 「も、申し訳ないッス。それに、講釈は理解できないので勘弁ッス!」 「ったく・・・それよりも、すぐにブッ放しますから、早く弾込めて下さい」 「へ、へいッス」 頭に出来た大きなコブをさすりながら、自分の多次元リュックを探っている村田と、 左腕の鉄拳を震わせている由香里の姿を交互に眺めながら、大下は孝司の方に向きなが ら溜息をつく。 「・・・にしても、この世界に来てから由香里御嬢はホントに夏美姐サンにそっくりに なってきたのぉ。小僧も、そぉ思わんか?」 「そういや、どことなく・・・でも、夏美さんほどの色気はありませんよ?」 「しっ!滅多なことを言うでない!御嬢に聞こえでも・・・」 「でも、本当のことですから・・・特に胸の辺りが(ガシッ!グイッ!)・・・ぅ」 「色気が無くて悪かったわねぇ〜?!孝司ぃ!?」 「す・・・すまん。悪かったから、砲口の前に立たせないでくれ・・・」 「ったく・・・村田さん、弾込めちゃって下さい」 「へ、へい・・・よっこらせッス」 村田は多次元リュックから、まるでスイカの様な大きな砲弾と、枕ほどの大きさもあ る火薬袋を取り出すと、大砲の後部を開き、装填する。 「(がちゃん)・・・はっ」 とまぁ、それまでその光景をボケッと見ていた和美であったが、弾薬が装填された音 で我に返ると、由香里の秘密兵器が「普通じゃない」と言うことに気がついた。 「ちょっと、なんでもいいけど・・・コレでどーすんの?」 「吹っ飛ばすのよ」 「へ?・・・ナニを?」 「お城」 「・・・裕美は?」 「この程度の砲撃なら、だいじょーぶよ☆」 「そう・・・それならイイんだけど・・・」 「後であたしが『直々に成敗する』から♪大下さん、村田さん!発射準備は?!」 「大丈夫でさぁ!!」 「おっけーッス!」 「ちょっと待てぃ!由香里!ナニかが違うでしょぉ!人としてぇ!?」 「聞く耳もたん。発射よぉい!」 「了解!村田よ、キャノンフォーメーションじゃあ!」 「ラジャアッス!」 そんな和美の叫びを全く無視した由香里の声に、大下と村田は城門の方を向いて肩を 組むと、そこにアームストロング砲を乗せ、その砲口を城の門に向ける。 「由香里御嬢!方向は?!」 「よーし、そのままで!」 「仰角はオッケーッスか?!」 「気持ち上で!・・・オッケー!発射準備完了!」 「了解!これより対爆音防御姿勢に!」 「移行するッス!」 そして方位と距離修正をした兄貴達は、肩を組んだ手の人差し指を互いの耳に、もう 片方の腰に当てていた手の人差し指を、自分の耳に指を突っ込んで再び叫ぶ! 「由香里御嬢ぉ!」 「対爆音防御準備完了ッス!」 二人の声に由香里は深く頷くと、アームストロング砲の後部に空いた穴を覗き込む。 穴からは、先に村田が詰め込んだ火薬袋の「赤い点」が見えた。 「よし・・・向きは大丈夫ね♪」 点火位置を確認した由香里は、拳の部分を外した(じょるじゅ)を差し入れる。 どうやら由香里の(じょるじゅ)が雷管となっているらしい。 「よっと(ガション!)点火準備完了!発射用意・・・あ。そだ♪」 そんな着々と砲撃準備をしていた由香里であったが、そこで今一度、和美に向かって 振り返ると・・・ 「和美、悪いんだけど、あたしの耳を塞いでくんない?」 「へ?こ、コレでいいの?」 いきなりそう言われ、訳も判らず由香里の耳を塞ぐ和美だが・・・ 「ん(キュッ☆)おっけ〜♪んじゃ発射5秒前!」 「あわわわわ?!ちょっと待てぇ!私の耳は誰が塞いでくれんのよぉ!?」 「早苗が塞ぐ!」 「では早苗ちゃんの耳は私が!」 「綾子様の耳は私が!」 「じゃ、俺はマリンちゃんの・・・ん?!チョッと待て!?」 数珠繋ぎに耳を塞いだメンバーの「最後」で悲鳴を上げる孝司だが、由香里の無情の カウントダウンは続いた。 「4・3・2・1・・・」 「京本のバカやろーーーーー!」 「発射ぁ!!」 (バカッ!ズドォオオオオーーーーーーーン!) 一瞬(じょるじゅ)の発射音が聞こえたが、次の瞬間には炸薬が誘爆し、凄まじい爆 音と衝撃と共にアームストロング砲から砲弾が吐き出される。 爆発音が孝司のささやかな抵抗も掻き消し、壮絶な衝撃波が身体を震わせ、閃光が目 を焼き尽くし、周囲を白く塗り潰す。 無論、これら全てが・・・一瞬にして和美達を襲った。 「ぬおおおおお!」←大下。 「ぉおおおおお!」←村田。 「むむむむむむ!」←由香里。 「わああああああ?!」←和美。 「にゃあああああ?!」←早苗。 「きゃあああああ!!」←綾子。 「ひぃぇええええ!?」←マリン。 「うぉおおおおお!?」←孝司。 僅か一瞬の出来事であったが、激しい衝撃波が周囲の空気を揺さぶり、反動が和美達 を押し倒す。 そして放たれた高速回転する砲弾は、城の城門に吸い込まれていく・・・ (キィイイイーーーーン・・・ボゴォーーーーーン!) 「ケホッ・・・ケホッ・・・(キューン)やったかな?」 暫くの後・・・濛々と舞い上がる土煙と炸薬の煙が入り混じる中、咽せ返りながら、 ひっくり返っていた由香里は起きあがると、スコープを回すと・・・ 「ふぅ、どれどれ(キュイーン)・・・よっしゃあああ!木っ端微塵ン〜♪」 その映像には・・・まるで、巨人が拳を叩き付けた如くに抉れ、大きく崩れた城門が 映し出されていたのであった。 そんな嬉々としている由香里の後ろで、和美も頭を押さえながら起きあがる。 「あう・・・み、みんな無事?」 「耳、いったーい・・・」 「だ、大丈夫ですか?マリンちゃん」 「は、はいぃ・・・」 皆、衝撃波と爆音でフラフラとしているものの、ナンとか無事なようである。 一方、兄貴達においては・・・ 「いやぁ、凄い花火であったのぉ♪」 「た〜まや〜ッス☆」 一番近くにいたのに、やはり無敵である。 だが、一番遠くにいたにも関わらず、孝司はと言うと・・・ 「あががが・・・」 「どしたの?孝司?」 「み、耳が・・・キーンって・・・」 「あんた、耳塞いでなかったの?」 「あのぉ・・・孝司様の耳・・・誰が塞いでくれたんでしょうか?」 「・・・」 さて、由香里の放った砲弾が着弾した、その少し前の頃・・・ 大いなる魔女・・・つまりは裕美の城の大広間では、裕美が座る玉座の前に、邪妖精 達が傅いていた。 「あふ〜・・・むにゃ。みんな、おはよぉ〜♪」 「お早う御座います裕美様」 「お早う御座います・・・」 「・・・」 目を擦り、起きてきたばかりで半分寝ぼけていた裕美であったが、さらに深々と頭を 下げる邪妖精達の中に、アルティシアの姿が無いことに気がついた。 「ん?・・・エレーヌ。アルティシアは、どしたの?」 「申し訳御座いません裕美様。アルティシアは・・・昨日、異世界の戦士達の卑劣な罠 にかかり・・・今は部屋で休んでおります」 「そう・・・んじゃ、今日の報告は2人だけだね。まずは・・・ソフィア」 さて、これは毎朝行われる「報告会」と称した朝の打ち合わせである。 アッシュとの一時を邪魔されることを一番に嫌った裕美が設けた、それぞれが持つ情 報を、この時にまとめて報告させる場なのだ。 遠距離との連絡は、主に「念波」や「逐時報告」等で情報をやりとりし、リアルタイ ムな通信技術(電信や電話の意味)が未発達なこの世界では、少々、役不足ではあった が、誰も裕美の意見には逆らえない。 裕美の声に、まずは邪妖精達のリーダーであるソフィアが面を上げた。 「はい。それでは御報告申し上げます。私が裕美様より仰せつかっておりました、野生 のモンスター達を調教し我が軍に加えると言う計画ですが、残念ながらモンスター達 は私の訓練に耐えることが出来ませんでした・・・」 「う〜ん、やっぱ野生のモンスターってのは、なつかないか・・・」 「はい・・・まぁ、エレーヌが率います異世界の戦士討伐部隊の様に、催眠をかけて指 揮下に置いておけば・・・完璧でしょう?ねぇ、エレーヌ♪」 「・・・くっ」 「あ、そっか!んじゃ、エレーヌ。報告して!」 そのソフィアの「笑み」に、裕美は「期待の笑み」を浮かべ、身を乗り出して頷く。 その光景は、誰がどう見ても「朗報」の報告であることを信じて疑わない。 だが、ソフィアの傍らにて傅いているエレーヌの顔は・・・引攣っていた。 それは、報告の内容に対して引攣っている訳ではない。 ソフィアの「笑み」の真実の意味に・・・引攣っているのだ。 「ねぇ、エレーヌ。どうしたの?」 「はっ・・・裕美様・・・申し訳御座いません!我が軍は、玉砕いたしました!」 「へっ?!」 「あらあら?完璧なモンスター軍団が全滅?」 「・・・」 ソフィアの執拗な追い打ちに、エレーヌの奥歯がギリリと音を立てる。 しかし、裕美の御前である・・・エレーヌは沸き上がる怒りを必死に堪えると、裕美 に向かって深々と頭を下げた。 「申し訳御座いません裕美様。戦士の召還魔法により、見たこともない鉄の鳥や、火を 吐く鉄のモンスターの前に・・・我が部隊は・・・壊滅いたしました」 「ふむ・・・異世界の戦士達・・・侮れんな」 そんなエレーヌの姿に、さすがのアッシュも眉宇を寄せる。 だが、それ以上に狼狽を見せる裕美・・・ 「そ、それじゃ、木下さん達は今、どの辺に?!」 「はっ。おそらくは、この城が見える辺りにまで・・・」 と、そこまでエレーヌが言った次の瞬間、激しい振動が城を揺さぶり、腰を浮かしか けていた裕美はアッシュに支えられた。 「そんな近く(ズズーーーン!)わきゃ?!」 「・・・どうやら・・・城門が破壊された模様です」 そのアッシュの言葉に、裕美は呆然として玉座に座り込んだ。 もう・・・すぐそこまで、和美達が迫っている。 裕美を倒しに・・・和美達が迫っているのだ。 裕美の頭の中に、それまでに占めていた「絶対」と言う言葉が、ひび割れる音を立て 始めていく。 「アッシュぅ〜・・・どーしよー」 「大丈夫ですよ裕美様。まだ奥の手が御座います・・・」 「奥の手?どんな?」 「それは・・・」 希望の言葉に、裕美は一瞬顔を輝かせるが、アッシュが答えるよりも早く、エレーヌ の叫びがそれを遮る。 このままでは、エレーヌのプライドが許さないのだ。 「裕美様!今一度、私に異世界の戦士達の迎撃をお申し付けください!アルティシアと の必殺技を使えば、今度こそは・・・」 「フ・・・ムダでしょう」 その呟きが耳に届いたらしい・・・ アディ越しにソフィアを睨み付けるエレーヌ。 「・・・どういう意味?!ソフィア?!」 だが、ソフィアは臆せず鼻でせせら笑った。 「また・・・裏切られるのがオチだ・・・」 「な、なんですってぇ!?」 「もう!二人ともヤメてよ!篠原さんや木下さん達が、すぐそこまで来てるんだよ?! ケンカする暇があったら、何か対策を考えて(ズキン!)・・・っ!?」 ともすれば剣を抜きかねない剣幕の2人に、裕美は手にしていた錫杖を振り回しなが ら立ち上がったのだが・・・ 「あっく・・・あ、アッシュ(ズキ!)・・・胸が(ズキン!)・・・苦しい・・・」 「裕美様?!」 「いかがなされたのですか?!」 突如として呻きながら胸を押さえたかと思うと、蹌踉めき、多々良を踏んで倒れそう になる裕美の姿に、ソフィアとエレーヌが思わず腰を浮かしかける。 だが・・・ 「・・・」 そんな裕美をアッシュはナニも言わずに抱き留めると、静かに玉座に座らせた。 荒い息で喘ぐ裕美は、次第に暗くなっていく視界の中、アッシュに向かって手を差し 伸べる。 「アッシュ・・・お願い・・・ベッドに・・・」 しかし、アッシュはその手を静かに握り、呟いた。 「裕美様・・・あなたの役目は・・・終わったのですよ」 「・・・ぇ?うそ・・・」 その呟きが・・・裕美の「この世」で最期の言葉。 激しく隆起していた裕美の胸が・・・ 生命を打ち鳴らす心臓の鼓動が・・・ 全てが・・・止まったのだ。 それは、あっけない「大いなる魔女」の死・・・ 裕美の屍に、そっと指を這わすアッシュ・・・ そんなアッシュの姿を呆然と見ていたソフィアとエレーヌであったが、ようやく事態 の異常さに気づき、立ち上がる。 「ゆ、裕美様?!」 「あ、アッシュ様?!これは?!」 だが、そんな狼狽える2人とは逆に、アッシュは静かに裕美の衣服を整えていく。 「静まれ・・・お前達、よもや『この小娘』に忠誠を誓った訳ではあるまいな?」 「な?!」 「ど、どういうコトです?!」 「ナンの為に俺がこの小娘を呼び寄せたと思う?あくまでも利用する為だ・・・」 「ま、まさか・・・裕美様に刃を向けるというのですか?!」 「アッシュ様!?本気ですか?!」 「ん?・・・ふむ・・・やはりお前らでは感じることが出来ないか・・・」 そう呟きながらアッシュが首を振った、その時・・・ 「アッシュよ・・・そう責めるな・・・妾の力が足りなかったばかりに・・・娘達よ、 苦労を掛けたな・・・」 俯いていた裕美の遺体の口から・・・声がこぼれたのだ。 だがそれは明らかに裕美の声とは違う、低く、嗄れた声・・・ 古の戦乱の頃から、幾多の魂の焔を悪魔の如く吹き消した声・・・ そして神の如く自ら生命を造り、それらを自在に握りしめた声・・・ その「聞き覚えのある声」に、ソフィアとエレーヌの身体が硬直する。 「・・・そ、その・・・声は!」 「ま・・・まさか!?」 そして、2人の声に同調するかのように、ゆっくりと裕美の屍が立ち上がり・・・ 「力が・・・まだ戻らぬがな(ブワッ!)」 その身体から、黒い霧が吹き出す。 「くっ!?」 「うっ!?」 そのあまりにも凄まじく禍々しい「闇」の妖気に、同じ闇の邪妖精でありながらも、 ソフィアとエレーヌは思わず腕で顔を覆った! 今まで姿を見せないでいた為、あの異世界からの賢者との戦いで、死んだとばかりに 思っていたのだが・・・ 「この霧は・・・まさか・・・」 「生きて・・・いらっしゃったのですか・・・」 ソフィアとエレーヌ、それぞれに複雑な表情が浮かぶ・・・ それは「驚愕」であり、あるいは「恐怖」でもあった。 再び、裕美の唇が微かに動く・・・ 「さぁ『我が娘達』よ・・・再び・・・我らで世界を紡ごうぞ!」 3 さて、瓦礫の山から、そっと中の様子を窺う和美達・・・ アレほど派手に城門をブチ壊したのだ。 それこそ蜂の巣をつついた様に敵が出てくると思っていたのだが・・・ 「・・・(ピッ!)いないわね」 中庭には邪妖精はおろか、モンスター1匹見あたらないのだ。 先頭に立っていた由香里もスコープをフルに動かして探るが・・・敵は見えない。 「ホント・・・いないわね」 和美も由香里の脇から顔を覗かせるが、やはりナニもいない。 「・・・ナニも・・・いないな」 「クンクンふがふが・・・匂いもしないッス」 「・・・御嬢・・・気配すら全く感じられやせん」 孝司と兄貴達もまた、静かに目を閉じたり匂いを嗅いで気配を探っていたが、全く感 じられない。 「誰もいないね」 「お留守みたいですね?」 「はい♪」 早苗と綾子、それにマリンも周囲を見回しているが、ナニもない。 和美は溜息を一つつくと、芝生にバトルアックスを突き立てた。 「それにしても・・・よっと!(ズシッ!)おかしいわね・・・邪妖精はともかく、せ めてモンスターくらいは居るかと思ったんだけどなぁ〜?」 由香里も爆炎砲の銃身の脇に銃剣代わりに付けていた軍刀を抜くと、その峰で肩を叩 きながらドッカリと芝生に座り込んだ。 「あたしもよ。てっきり裕美のヤツ、少数先鋭で仕掛けてくるのかと思ったんだけど、 ナーンにもいない・・・」 「なんだか拍子抜けですね?」 「ふぅ・・・しょうがない。城の周りから探ってみようと思ったけど・・・これじゃ、 無駄ね(チャキン)はぁ。困ったなぁ・・・」 そんな身動きの取れなくなってしまった一行であるが、和美は正面の城を眺めながら 軍刀を鞘に収めている由香里に向かって・・・ 「う〜ん・・・ねぇ、これからどーする?」 「え?」 和美は「何気なく」由香里にそう質問をしてから・・・津波の如き、後悔の波が押し 寄せてきた。 そう・・・自分は何故に「由香里に聞いてしまった」のであろうか? せめて孝司か大下か・・・いや、最悪でも村田に質問するべきであったであろう。 「・・・しまった」 「んふふふふふ☆・・・なぁにぃ?和美ぃ♪え?これから?そう、これからねぇ・・・ ま、門も開いてたようだしぃ、敵の姿も見えないしぃ〜・・・突入あるのみ!」 メガネを光らせ、満面の笑みを浮かべて城のドアを指さす由香里・・・ 「・・・答えは解りきっていた筈なのに・・・私のバカ」 そんな由香里に、思わず相手を考えずに振ってしまった自分に後悔する和美・・・ そして、その後悔は「連鎖」する。 「ごめんくださーい☆」 「どなたかいらっしゃいませんかぁ?」 「御免仕る!」 「どちらサンも、よござんスね?よござんスか?入るッス!」 和美の後悔など全く気にせずに、早苗、マリン、大下、村田がズカズカと中に入って いったのだ。 「どーやったらアンタ達みたいに気楽になれるのか・・・」 「・・・全くだ」 「いーじゃん別に。どーせ他に道は無さそうだし・・・ね、綾子」 「えぇ・・・まぁそうですけど・・・」 頭痛のしてきた頭を押さえる和美と、目頭を押さえながら溜息をついている孝司を後 目に、由香里は綾子の背中を押しながら城の中へ入っていく。 だが・・・ 「ごめんくだ・・・うわ」 「す、凄いですわ・・・」 「うぅむ・・・何もないな」 「へぃ。ナンにも無いッス」 「すっごーい・・・」 早苗と綾子は中に入るなり思わず声を失い、大下と村田、そしてマリンまでもが城の 玄関(エントランス)を見回して呆然としている。 そして後から入った和美と孝司も中を一望するなり、顔をしかめていた。 「なんだこりゃ?」 「限度ってモノを知らねぇのか・・・」 「・・・広い・・・わね」 そう・・・由香里の言葉通り、そこは「広い」・・・ただその一言に尽きるのだ。 暫くも広大なエントランスに呆然としていた一行だが、由香里はふと、スコープを動 かして周囲を見回す。 彫刻の施された石が填め込まれている壁・・・ ユラユラと燃える、松明の明かり・・・ 切石を敷き詰めた床の上に敷かれた赤い絨毯・・・ 暗く、天版が見えないほど高い、天井・・・ ナンの変哲も無さそうに見えたのだが・・・奇妙なコトが一つだけあった。 「ん?・・・へんね。このエントランス・・・玄関の他はドアが一つしかない」 「へ?こんなに広いのに?」 由香里にそう言われ、和美も周囲を見回す。 「・・・」 確かに・・・自分の立っている所から両脇は彫刻の施された壁ばかりで、遙か向こう の正面にドアが1枚見えるだけであるのだ。 その事実に、和美の脳裏に閃くモノがあった。 「由香里・・・」 「なに?」 「アンタだったら『トラップ』をドコに仕掛ける?」 「なるほどね・・・そうね。取りあえず、あのドアに一つ・・・和美は?」 「私なら・・・この玄関から、あのドアまでの一直線上の床に・・・一つ」 その和美と由香里の言葉に、他の者達も考える。 「あっしなら・・・この部屋の壁に・・・弓矢でも」 「早苗は・・・あのドアの手前に落とし穴を仕掛ける」 「俺は・・・ドアに爆薬を仕掛ける」 「私は・・・不規則に色々な罠を・・・」 「ぅ・・・私はわかんないですぅ」 「情けないッスねぇ。あっしはこの部屋ごと『大部屋座敷牢』の罠を仕掛けるッス」 「へ?村田さん。それ、どんな罠ですか?」 「なぁに、簡単ッスよ由香里御嬢。既にココは座敷牢ッス。玄関も、あのドアも絶対に 開かなくて、んで、みんなで幸せにココで暮らすッス♪」 「・・・一番イヤな罠ですね」 こうして考えてみると、様々な罠が(村田とマリンを除く)思いつくモノだ・・・ だが、コレでは「今いる場所」から、一歩も動くことが出来ない。 由香里は腕組み、必死に考える・・・ 「うーん・・・スコープじゃ取りあえずナニも反応しなかったけど、やっぱ確実に道を 造れる方法は・・・ん?あれ?なんかイイ方法を聞いたよーな気が・・・」 と、そこまで考えた時、由香里は先ほど朝食を摂りながら、作戦会議をしていた時の コトを思い出した。 確か、あの時も「城の中にはトラップが仕掛けられているであろう」と言う想定で話 をしていたはずで、その途中でナニか「良い方法」を聞いたような・・・ 「んん〜〜・・・おぉ!その手が・・・んふふふ♪」 不幸かな・・・由香里は「早苗の言葉」を思い出したのだ。 そして、由香里はコレ以上ないくらいの笑みを浮かべ、大下と村田の方に振り返る。 「んふふふ♪・・・ねぇ、大下さん、村田さん♪お願いがあるんですけどぉ〜☆」 「・・・な、なんでやしょう?」 「な、なんかスッゲー・・・危険を感じるッス」 「由香里のヤツ・・・なーんかロクでもない考えを思いついたらしいわよ・・・」 「だろうな・・・メガネ・・・光りまくってるからな」 光りまくる由香里のメガネに、和美と孝司は取りあえず、ターゲットにされた大下と 村田に心からの冥福を祈った。 そう・・・由香里が思い出した、早苗の言葉とは・・・ ・・・そだ!村田さんと大下さんで、お城の中をフルマラソンってのは!? で、あったのだ・・・ 「んふ・・・(キラン☆)んふふふ♪」 「あ、あのぉ、あっしらはナニをすれば・・・」 「いいんッスか・・・」 いやな予感がヒシヒシと伝わり、思わずしゃがみ込んで頭を抱えた二人は、おずおず と由香里を見上げた。 そんな兄貴達を、メガネを光らせて不適な笑みを浮かべながら、暫くも見下ろしてい た由香里であったが・・・ 「なーに、簡単です・・・位置について!」 「へ、へい!」 「ら、らじゃーッス!」 突然の号令に、兄貴達は思わずクラウチングスタートの体勢をする。 そして、由香里はドアを指さした。 「ゴールはあそこのドアです。勝った方には、あたしの『手料理』をプレゼント☆」 「い、いえ。遠慮しときます。あっしは満腹で・・・」 「あ、あっしもッス!朝飯をしっかりと食べたッスから・・・」 だが、そんな兄貴達の言葉に、笑顔のまま、由香里の額には「ガンすじ」が浮かび、 更にはメガネが妖しく光る・・・ 「ちなみに負けた方は『手料理の材料』ですからねぇ♪んじゃ、よ〜い・・・」 「村田ぁ!スマン!ぜーんぶ残さず喰ってやるから許せぇ!」 「兄貴ぃ!皿も残さないッスから、成仏して下さいッス!!」 「どーーん!(キュバッ!)え?(ゴウッ!)きゃああああ?!」 スタートの合図をした次の瞬間、由香里の・・・いや、皆の視界から兄貴達の姿が消 え、代わりに凄まじいソニックブームが襲いかかった! 「わあああ!?」 「にゃああ!?」 「きゃああ?!」 「ひぃいい?!」 「おぉおお?!」 (ドッカーーーーン!) 皆、激しい風圧に一様に吹き飛ばされ、床に転がった次の瞬間、今度は激しい激突音 と破壊音が響きわたる。 「こ、今度はナンなのぉ!?」 頭を抱えながら起き上がった由香里は、音の方を見て・・・ 「・・・ぅ」 絶句した。 確か・・・このエントランスは「玄関」と「向こう側にドア」が在った筈だ。 そして、出入り口はそれ以外に無かった筈・・・ それなのに・・・ 「・・・はぁ・・・こりゃあ、地雷除去に2人を売り込めるわね・・・」 そんな溜息をつく由香里の周りで、ようやく起き上がった和美達もまた、向こう側を 見るなり絶句していた。 「あいたた・・・う、うわ・・・」 「いてて・・・あ、相変わらず・・・」 「いったーい・・・す、凄い」 「綾子様、大丈夫ですか?」 「え、えぇ・・・まぁ?」 「お、御嬢ぉーー!どちらがぁ!」 「う、ういなーッスかぁあ!?」 「・・・見てませんでした」 どうやら2人の必死のダッシュは「音速」を超えていたようである・・・ ソニックブームによって大きく抉り取られた床と、壁に「人型に空いた穴」の向こう から叫んでいる大下と村田に、由香里は再び溜息をつく。 「やれやれ・・・これじゃ、トラップがあったのか無かったのか(キラッ☆)ん?」 そう呟きながら、由香里は足を踏み出そうとしたのだが、その前方の床がキラキラと 光っていることに気が付いた。 やはりトラップはあったのだ。 目とスコープを凝らして見ると・・・ 「釘?・・・じゃないわね。こりゃ『針』ね・・・」 それはビッシリと打ち込まれた、指ほどの太さもある「針」であった。 見れば、針は「垂直に」突き刺さっている・・・ と言うことは、針は「上」から降ってきたコトになる筈だ。 そう考えた由香里は天井を見上げたのだが、由香里のスコープにはナニも映らない。 「おっかしいなぁ〜?射出型の罠なら、ナニか仕掛けが残っている筈なのに・・・」 じっと上を見上げたままの由香里に、和美達もつられて天井を見上げる。 「由香里、どしたの?」 「罠があったのは確かなんだけど・・・痕跡が無いのよ」 「へ?無いの?」 「そ。ナンにも仕掛けが残ってないのよ・・・でも、床にはビッシリと針が打ち込まれ ているから、罠があった筈なのに・・・飛ばした装置が無いなんて・・・」 「確かにおかしいですわね?」 「小さすぎるんじゃない?」 「実は下から出てきたのでは?」 だが、そんな頻りに首を傾げながら天井を見上げている由香里達であったが、孝司だ けは自分の腕を見ていた。 「・・・」 その腕には、床に刺さっている針と同じ針が1本・・・突き刺さっている。 おそらく、兄貴達が巻き上げたソニックブームによって飛ばされてきたのであろう。 別段、それほど痛くは無いのだが・・・ 「コイツは・・・京本、最初から罠なんか無かったんだ。見ろよ(ブツッ!)」 「え?」 そう言って孝司は自分の腕に刺さっていた針を抜き、皆の前に翳す。 「針が・・・どうしたの?」 「あ、孝司様、血が出てます!」 「まぁ!すぐ治療を・・・」 「寄るな篠原。見ろ(グッ)・・・」 近寄ろうとした綾子を止め、孝司は針を持っていた指に力を込める。 すると・・・ 「・・・(ペキン!)キュエーーー!」 「ひっ?!は、針が?!」 「喋りましたわ!?」 「き、気持ち悪ぃ!」 「こ、これは?!モンスター!?」 「そうだ・・・この『針』は『モンスター』なんだよ・・・おそらく、普段は天井にで も刺さっていて、誰かが通れば目を覚まして落ちてくるんだろ・・・」 「なるほど・・・んじゃ、調べた時はタダの針か・・・それじゃ、トラップセンサーに 引っかかる訳ないわね。えーと、モードチェンジで生体センサーに(ピッ!)おぉ、 出た出た♪・・・のはイイけど、この針(ピピッ)体力はたったの1しかないけど、 数が・・・結構いるわね?」 そう言いながら由香里が眉をひそめた、その時。 「ゆ、由香里ちゃん・・・針が・・・動いた!」 「え!?」 早苗の叫びに皆が振り返ると、早苗の言う通り、針が床から離れているではないか。 「くっ!?こっちに来る?!」 「みんな伏せて!」 だが、シールド越しに爆炎砲を構えて叫ぶ由香里とは反対に、孝司は悠然と身構えて いる。 「・・・ふん」 「孝司?!なにやってんの?!」 「いや・・・ここは俺に任せろ」 そう言うと、由香里を後ろに下がらせ、孝司は呼吸を整えた。 その前で、針はゆっくりと上昇を続けていく・・・ 再び襲いかかってくる気だ・・・ 「さてと・・・レベルアップした時に授かった新たな技を試すイイ機会だ・・・」 孝司は拳をゆっくりと引く・・・ 針は孝司達の目線の高さに・・・ そして、針が一斉にこちら側に先端を向けた、次の瞬間! 「行け!トルネードブロー!(ゴウッ!!)」 孝司は吼えると同時に、必殺の拳を繰り出した! 唸りをあげて回転する拳が「横向き」の竜巻を生み出すと、針達を一斉に吹き飛ばし ていく。 「わぁ!?」 それは先程の大下と村田のダッシュほどではないが、巻き起こった凄まじい風圧に、 和美達は目を被った。 そして・・・ 「ふぅ・・・片づいたな・・・」 孝司のその言葉に、目を開くと・・・ 「おぉ・・・綺麗さっぱりね♪」 「凄いですわ孝司さん!」 「すっごーい!」 針のモンスター達は、綺麗さっぱりと「向こう側に」吹き飛んでいたのである。 つまり・・・ 「・・・村田よ」 「へい・・・」 「針治療と言うモノも・・・」 「数ありゃ痛いッスね・・・」 兄貴達・・・全身のツボに針治療。 その頃、城のホールでは・・・ 「アッシュよ・・・水を」 「はい」 その裕美の静かな声に・・・否、もはやその身を「魔女に乗っ取られた裕美の屍」が 手にしたグラスに、アッシュは水を注ぎ入れる。 それは・・・ 「(コポコポコポ)・・・」 裕美の身体を「母胎」とし・・・ 「(コクッ)んっ・・・」 アッシュの闇を「羊水」となす・・・ 「ふぅ・・・」 その姿形こそ裕美であれども、裕美の肉体を喰らい、遂に肉体を手に入れた大いなる 魔女「ゼルパ」の新たなる姿・・・ 嘗てこの魔女ゼルパがこの世界を支配していた頃、その姿は、この様な「肉体」では 無く、魔人戦争の際に闘神兵器FSXによって変えられた、魂のみの姿・・・つまりは 霊体であったのだ。 常に霧状の形を為し、この玉座に漂っていたあの頃・・・ 「・・・」 フッと昔を思い出し、ゼルパの口元が歪む。 嘗ての同士であった「魔人」を・・・ 神の使いである「エンジェルナイト」を・・・ 神の落とし子の下僕である「悪魔」を・・・ あるいは「鬼」を「モンスター」を「闘神」を・・・ そして、単なる餌である「人間」を・・・ 例え一時であったとは言え、それら「全て」を統べていたのだ。 もはや残る敵は「魔王」と「神」のみ・・・ だが・・・ 「・・・む」 脳裏に浮かぶ「異世界の賢者」の顔に、ゼルパの眉がひそむ。 やっとそこまで・・・ 世界を手中に納め掛けたのに・・・ それを「異世界の賢者」が・・・全て奪った! 苛立ちを押さえきれず、ゼルパはグラスを口元に運ぶと、一気に干した。 「くっ・・・」 「まだ・・・お身体が合いませんか?」 そんなゼルパの口元に、アッシュはそっと唇と寄せる。 だがゼルパは、軽くアッシュの唇に口づけると首を振った。 「いや・・・少し、苛立っただけじゃて。それよりもアッシュ。この身体を乗っ取った 時より感じ取ったのだが・・・」 「はい、私も肉体を得た時から・・・感じました」 「そうか・・・異世界の賢者・・・死んではおらなかったとは・・・」 「全くしぶとい限りです・・・」 「・・・今は何処におる?」 「残念ながら、そこまでは・・・何しろ城の中には同じ様な波動を持つ、光の者共の魂 の欠片が散らばっております故に、捜索には時間が掛かりそうかと・・・されど、そ の力の波動は全てかなり微弱、放っておいても害はないかと?」 「ならば良いが・・・問題は、新たなる異世界の者達の方か」 「はい。始末をするのに、予想以上の時間と被害が・・・」 「それほどまで・・・強いか?」 「・・・計りかねます」 「ほぉ・・・お前にそう言わせるとは、なかなかの者達よのぉ・・・して、策は?」 「前回と違い、数が居ります故に、まずは分断を・・・」 「なるほど・・・して、どの様に?」 「母上・・・嘗て光の者共を使って興じたコロシアム、ご記憶ですか?」 「コロシアム?・・・おぉ、もちろんじゃて。あれは良かったのぉ・・・モンスター共 に、生きたまま喰い千切られていく光の者の叫び声が・・・実に心地よかったのぉ」 「えぇ。私は断末魔に消えゆく瞳の光が・・・好きでした」 「して、あのコロシアムがどうかしたのか?」 「はい。私が肉体を持ってから改築を行い、無限宮といたしました」 「なるほど。出口の無いラビリンスか・・・しかし、野垂れ死ぬ様な奴らか?」 「無論、私とてそれを望んではおりません。故に各所にトラップを仕掛けております」 「そして、最期に・・・行く先は?」 「・・・邪妖精達の部屋で御座います」 「なんと?・・・それは我が娘達への試練か?」 「はい・・・この度の永き眠りによって、邪妖精達の力がかなり落ちております故に、 異世界の者共と戦い、生き残った邪妖精のみ、今後も僕(しもべ)として使います」 「篩(ふるい)か・・・」 「お許しを・・・」 「ふむ・・・確かに、今回の眠りは・・・長すぎた」 ゼルパはそう溜息と共に呟くと、ゆっくりと目を閉じた・・・ 4 さてさて、コレ以上ないくらいにトラップを破壊した和美達は、まずは城の中を探索 することにした。 まぁ確かに、敵の姿が見えないのに、敵の本拠地をウロウロと歩き回るのは愚の骨頂 であるし、この城の「入口」に罠があった以上「その中」は、もっと罠が仕掛けられて いるに違いない。 それ故に「探知機」である由香里と、その両脇を「対爆土嚢」代わりの大下と村田を 先頭に、和美達はその後ろを付いていくコトにした。 由香里はオートマッピングをしながら、先程に兄貴達がブチ抜いたドアから首を巡ら せると・・・ 「どれどれ・・・右側はドア、左側は奥に続いてるわね・・・」 「みたいですな」 「・・・ッスね」 「この通路に罠は(ピッ!)なっしんぐ。みんな、出てきてもイイわよ♪」 そう言いながら手招きをする由香里であったが・・・ 「ホントに?大丈夫?」 「上は・・・大丈夫みたいだよ?」 「下も・・・あぁ。問題ないな」 「壁は・・・大丈夫ですわ」 「・・・」 とまぁ、黙って出てきたマリンを除いて、誰もぜーんぜん信用してくれない「由香里 をよく知る」仲間達。 当然、この薄情なクラスメイト達に由香里はブンむくれである。 「なぁにぃよぉ!あたしのコトが信用できないわけぇ?!」 「そう言われましても・・・」 「あんたの・・・」 「ナニをぉ?」 「信じろってんだ?」 揃って口々に言う皆の態度に、由香里の目には・・・あ〜ぁ、涙まで浮かんでいる。 「わ、解ったわよ!あたしが先頭切ってきゃあイイんでしょ?!」 「で、どっちに行くの?」 「う・・・そりゃぁ・・・」 ・・・こっちだ。 「へ?和美、なんか言った?」 「え?なにも・・・」 「どしたの?」 「いや・・・頭ン中に、誰かの声が・・・」 「・・・京本。お前、まさかヤバイ薬なんかを・・・」 「んな訳ないでしょ!もういい!あたしの野性的直感が声になったのよ!」 由香里は膨れながらズカズカと歩き、右側にあったドアの前に仁王立ち。 「よぉーし、んじゃ、まずはこの部屋から調べる!(ピピッ!)罠なーし!(ピッ!) 魔法反応もなーし!(ピピッ!)あーんど向こう側には誰もなーし!れっつおーぷん ざドアー!(ガいンッ☆)・・・う゛」 「・・・由香里ちゃんのスコープ、壊れてんじゃない?」 「・・・大丈夫ですか?」 「野性的直感ねぇ・・・」 「ま、そんなもんだろ・・・」 「ぅう・・・そんナンじゃないやい・・・」 ドアノブをひねった途端に降ってきた「黄金のタライ」に、由香里の目から大粒の涙 がこぼれ落ちる・・・ そんな由香里に、孝司は首を振りながら溜息をついた。 「やれやれ・・・京本。お前、センサーの対象物をナニに設定したんだ?」 「いてて・・・え?そりゃ、対魔法センサーと、熱源センサーと、あとは・・・」 「・・・超音波センサーに生体センサーか?」 「そう」 「・・・んじゃ『自分の目で』ドアの上を見てみろ」 「へ・・・あ、罠線・・・こ、こんな原始的なトラップにあたしのセンサーが反応する わけないでしょ!なんで赤外線とかジャイロセンサーとかサーモセンサーとかが無い わけぇ?!」 「・・・あのなぁ」 そんな深い溜息をつく孝司の後ろで、綾子と早苗は顔を見合わせている。 「・・・そろそろ中に入りませんか?」 「そだね・・・」 確かに、いい加減に進んだ方が良いであろう・・・ 早苗は隣にいた村田を見上げた。 「んじゃ、村田さん。おねがーい」 「へ?あっしがッスか?」 「そ♪」 「でも、まだ罠が・・・」 「村田さん、お願いします・・・」 「へいッス☆」 一瞬、渋った村田であったが、いつもの通り「綾子がお願い」すると、ナンの躊躇も なくドアに手を掛けた・・・次の瞬間! 「では、失礼するッス(ガチャ)・・・うぉっ?!」 ドアを開けた村田が頭を抱えて蹲ったのだ! その姿に、皆、すかさず臨戦態勢をとる! 「なに?!まだトラップが?!」 「精神攻撃なの?!」 「マリンよ!ワシの後ろに!」 「はい!」 「村田さん!大丈夫ですか!?」 「出よ!対魔障壁!」 しかし・・・ 「うぉおおお・・・ね、熱がぁオーバーヒートするッス!」 「・・・熱?」 「村田さん、風邪ひいたの?」 「ん〜(ピピッ!)おかしいわね。魔法もナニも感じないわ」 「呪いでしょうか?」 「熱とな?・・・もしや。小僧、スマンが部屋の中を覗いてみてくれないか?おそらく 罠もナニもないであろうが・・・もしかしたら・・・」 「構いませんが・・・お?・・・なるほど・・・みんな。中に入っても大丈夫だ」 妙に納得した孝司が覗いたその部屋は、書斎で・・・いや、書斎と言うには、あまり にも広い。 ズラリと、まるでモノリスの様に並べられた本棚にはギッシリと本が詰まっており、 その本棚は全て皆の背丈よりも高く、天井に届かんばかりに部屋で犇めいていた。 入口のエントランスといい、この書斎といい・・・この城は全てがケタ外れている。 これではむしろ書斎と言うより、書庫と呼んだ方が良いのかも知れない・・・ 孝司に続いて部屋に入ってきた早苗達も、部屋を覗くなり驚愕の声を上げていた。 「うわ・・・ここの部屋もおっきい・・・」 「学校の体育館くらいはありますわ・・・」 「おぉお・・・あ、頭が痛いッス・・・」 「こりゃイカン。村田の『知恵熱』が悪化したか?!マリンよ、水だ!」 「はいです!」 「カビ臭えぇな・・・」 そんな広大な書斎と大量の本に、皆はあちこちを見回していたが、由香里と和美は顔 を見合わせ、難しい顔をする。 「参ったなぁ・・・こんな広い部屋じゃ、歩き回るだけで大変よ?」 「パスしよっか?」 「そうもいかないでしょ・・・それより、この部屋にトラップはあるのかな?」 「トラップ?そうね、これだけの本と本棚があるから・・・」 と、必死に頭を捻っている2人の前に、早苗がチョコチョコとやってくると、1冊の 本を指さす。 「ねぇ、和美ちゃん。早苗、このお料理の本欲しいんだけど、貰ってもいいかな?」 「え?ダメよ。人のモノを勝手に持ってったら・・・」 「でも欲しい〜。コレで和美ちゃんに(ゴソッ)お料理を・・・」 「別に後で裕美に返しときゃ(ピピーーー!)え?!トラップ!?」 早苗が本を本棚から取った次の瞬間、由香里のセンサーに警戒音が響く! 「へ?(ブォン!ズバッ!)ひぃ!?」 そして、それとほぼ同時に天井から現れた三日月状の斧が、和美と早苗の間を柱時計 の振り子の如く吹き抜け、早苗の手にしていた本を真っ二つにしたのだ! 指先で摘む様にして本を持っていたのが幸いし、早苗にケガは無かったのだが・・・ 「ほ、ほえ〜〜〜・・・」 「早苗?!大丈夫!?」 「う〜ん・・・アレだけの質量なのに、手にした本を吹き飛ばさないで半分にしていく とは、随分とイイ斬れ味ね・・・欲しいな♪」 相変わらず薄情な由香里に、和美は腰が抜けてしゃがみ込んでいる早苗を引っ張り起 こしながら睨み付けた。 「ナニを考えてんのよ!?早苗、大丈夫?!」 「な、なんとかぁ〜・・・」 「よっこいしょっと・・・それより由香里。他にもトラップは?!」 「ふ〜む。他にトラップは・・・(ピピッ!)ん?」 「あ〜ビックリした・・・」 「ちょっと早苗」 「ん?なに?」 ようやく起き上がってきた早苗に、由香里は本棚の緑色の本を指さす。 「その本、取って」 「うん(ゴソッ)」 「ちょっと由香里。あの本を取ると、どうなるの?」 「え?えーとアレを取ると(ガコン!)あそこの石が下がって(ビヨ〜ン!ガチン!) こっちのバネが引っ張られて止まっている留め金が外れて(グイン!)繋がっている 紐が引っ張られて(ブチン!)結んである紐がカッターで切られて・・・」 「由香里ちゃん、(ビシュンビシュン!)この本(ダンダンダン!)・・・ほ、ほえええ ええええぇぇ!?」 「さ、早苗!?」 「おぉ♪なるほど。こうやってあそこに仕掛けられている『ボウガンから矢が発射』さ れ(ガン!)あいたぁ?!」 「おバカぁああああ!」 そんな早苗の絶叫と和美の怒鳴り声に、反対側の通路を調べていた綾子と孝司も駆け つけるが・・・ 「さ、早苗ちゃん?!」 「な?!早苗、大丈夫か?!」 「ぐしっ、由香里ちゃんのバカぁ・・・」 「こりゃ、本を取らない方がイイわね」 「あんた取らせたんでしょ!」 そんな半べそをかきながら本棚に張り付けになっている早苗に、怒りまくって矢を抜 いる和美、それと平然としている由香里を眺めながら、取りあえずは皆、無事であるコ トを確認した孝司は頭を掻いた。 「やれやれ・・・今度は一体、ナンなんだ?」 「トラップよ。本を取ると、作動するヤツ」 「本を取ると?・・・厄介だな。これじゃ、うっかりと『隠し扉』も調べれられん」 「あ。そっか。必ずしもトラップだけとは限らないモンね・・・どっかに隠し扉なんか あっても、本を取って起動させるタイプだと・・・村田さんと大下さんに取ってもら おっか?」 「そうもいかないでしょ・・・」 「でも、困りましたわね・・・あら?(ゴソッ)これはお料理の本でしょうか?」 「し、篠原!お前、人の話を聞いて(ビュン!ズゴン!)・・・ひぃ!?」 さて、頭上から降ってきた槍に孝司の目が思わず寄った時、その本棚の後ろでは大下 が一冊の本を手にしていた。 「むぅ・・・(ゴソッ)これはナンの本で(ゲイン!)ん?ナンの音だ?」 「あ、兄貴ぃ・・・」 「きゃああ?!む、村田様?!」 「村田ぁ!?貴様いつから頭に『トンカチ』を生やしたのだ?!」 「違うッス・・・上から降って来たッス・・・」 「ふ〜む・・・異世界の天気とは面妖じゃのぉ?」 「あのぉ、ここは屋内ですが・・・」 コイツらで片っ端からトラップを解除できるな・・・ その頃・・・ 「きゃあああ!早苗ぇ!?」 「あわわわわ!?」 「こらぁ!その本を元に戻せぇ!」 「(ズズーーン)・・・フッ・・・ナニを遊んでいるのか・・・」 照魔鏡に映る和美達の姿に、ソフィアは僅かに唇を歪ませ笑う。 自分の部屋の中で・・・いや、それは部屋と言うには余りにも殺風景。 鉄の天井、鉄の壁、鉄の床・・・全てが冷たい鉄で出来ているのだ。 まぁ確かに、己が雷の邪妖精であることを考えると、適しているのかも知れないが、 部屋に調度品というモノ一つない・・・ あるモノと言えば、肩に掛けた蛇腹剣と、鏡の邪妖精であったラスティアが遺した照 魔鏡、そして床に直に座っているソフィアが自らの膝に掛けている毛布だけ。 照魔鏡を床に置き、蛇腹剣を握りしめ立ち上がるソフィア。 もう・・・自分に「時が無い」のは解っている。 「早く・・・早く来い、異世界の戦士(ズキッ!)っ!?」 立ち上がった途端、脇腹に走る激痛・・・ そっと脇腹を押さえるソフィアの指先には、真っ黒い血で変色した包帯が・・・ それは「アルティシアに刺された傷」であった。 全てにおいて「傷つけること」を、もっとも嫌っていた筈のアルティシアが・・・ ソフィアに襲われた際に、死に物狂いで放った「最初で最後」の攻撃・・・ 無論、それが「タダの短剣」での傷であるならば、大したコトではない。 だがそれが「アルティシアの持っていた短剣」となれば、別である。 そう・・・裕美がアルティシアに由香里を殺害するのを命じた時に手渡した短剣だ。 僅かな間であったとは言え、持っている間にアルティシアの「光の力」が短剣に染み 込んでおり、ソレで受けた傷が・・・塞がらないのだ。 闇の邪妖精であるソフィアにとって、コレ以上の致命傷は無いであろう。 ジワジワと体内を焼く「光」に、ソフィアの額に汗が浮かぶ。 「く・・・アルティシアのヤツ・・・とうとう最後まで・・・あたしを拒んだわね」 ソフィアは苦しげにそう呟くと、首から提げていた鎖に指を伸ばす。 その鎖の先は、ソフィアの胸の間に伸び、先端に取り付けられていたのは・・・ (ジャラ・・・) あの「アルティシアの短剣」であった・・・ それは己を傷つけただけではなく、今、なおも苦しめている「忌々しい物」のハズな のだが、ソフィアは短剣を取り出すと「愛おしげ」に眺めたのだ。 「あぁ・・・アルティシア・・・」 そして、切なげな声を出し、短剣に唇を寄せるソフィア・・・ せっかく・・・ せっかく、アルティシアがくれた「プレゼント」なのだから・・・ 捨てるなんてトンでもない・・・ 例えこの身が朽ち果てようとも・・・ こうして一緒にいられる・・・ そう・・・ソフィアもまた、「アルティシアが欲しかった」のだ。 エレーヌの様に、常に側にいる「温もり」が欲しかったのだ。 魔女のゼルパにはアッシュがおり、エレーヌにはアルティシアがおり、オーリッチと ラスティアは常にじゃれ合い、ジィナ、スケーラ、グリスはいつも楽しそうであった。 だが邪妖精の隊長として、何時も規律を重んじ、陣頭に立って指揮をとらなくてはな らず、常に孤独であった・・・ だが、今となっては、もう・・・その妬む相手も・・・ 「・・・早く・・・来い・・・」 ソフィアは「アルティシアの短剣」を再び胸の間にしまい込むと、照魔鏡に映る和美 達を睨み付けた・・・ さて、場面は再び和美達であるが・・・ナニやら書斎は散らかし放題となっていた。 「こ、これはどうッスかね・・・(スッ)・・・ナニもないッス」 「ふぅ・・・」 村田が無事に本を抜き出し、大きく溜息をつく一同・・・ 「あとはココだけッスね(ポイ)」 村田は本を床に投げ捨てると、再び本棚を睨み付けた・・・ さてさて、大書斎を探索していた和美達であったが、ナニしろこの書斎はトラップだ らけであり、うっかりと探索は出来ない。 かと言ってパスしようにも、コレだけの数のトラップがあるのだから、逆にナニか仕 掛けがあるかもしれない・・・ そう考えると、やはり全てのトラップを解除してでも調べたいのだ。 その結果、その村田の周囲・・・いや、大書斎の床は、村田が取った本と、作動した トラップによる槍や矢が大量に散らばっていた。 そして・・・ 「これが・・・最後の一冊ッスね」 村田の手に、この書斎、最後の本が握られる・・・ 「さーてと・・・罠が出るか・・・それとも・・・」 「手がかりが出るか・・・」 皆、固唾を飲んで村田の手に握られた本を見つめた・・・ 「よっと(ズリ)・・・」 ゆっくりと引き抜かれる本だが・・・ 「・・・はずれッスか」 「うぅ・・・無駄な時間を使っちゃった・・・」 本が抜かれたにも関わらず、何も起きない・・・ ガックリと首を項垂れ、和美は後ろを振り返る・・・が、その視線が「一点」に釘付 けとなった。 「・・・あれ?」 和美のその視線の先には「本棚」があるだけだ・・・ 別段、変わったところも・・・まぁ、村田が全部の本を抜き取ってしまったので、そ の中身は空っぽであるが、特段に変わったところはない。 しかし・・・「何か」が、おかしい。 自分でも「ナニがおかしい」のか判らないが、とにかく「ナニか」が気になる。 「ん〜〜〜?」 「やれやれ。骨折り損のくたびれもうけね・・・ん?和美、どしたの?」 腕を組みながら唸っている和美に、由香里は首を傾げる。 「いや・・・なんか、あの本棚が気になるのよ」 「はぁ?どれ?」 「あれ・・・」 「・・・別におかしいところは・・・ないな」 和美の様子に気がつき、孝司も一緒に眺めるが、特段に変わったところはない。 そして、和美達の異変に気がついた他のメンバーも寄ってきた。 「どしたの?」 「どうされたのですか?」 「どうされやした?」 「何ごとッスか?」 「どうしたんですかぁ?」 「いえね、和美があの本棚が変だって言うから・・・」 由香里の言葉に、一斉にその問題の「本棚」を眺める一同・・・ だが、やはりおかしな所は・・・見あたらない。 他の本棚と同じ、木枠の4段作りで、枠の部分には獅子の彫刻を施し、金箔を貼り付 けている。 「別に他の本棚と・・・」 「造りも、模様も・・・」 「色も同じだよ?」 「そうですわね。特におかしいとこは・・・」 「ないですぅ」 「まぁ、強いて言えば、立派な造りでさぁ」 「う〜ん。いい仕事をしてるッス♪」 皆にそう言われ、和美は頭を掻いた。 「参ったなぁ・・・ナニかが気になるんだけど」 「そんなに気にしちゃキリがないわよ。さ、次にイコ♪」 由香里の言葉に、一同は再び書斎の入口に向かって歩み始める。 「う、うん・・・」 和美もそれに習って、歩き始めたが・・・今一度、振り返った。 「・・・」 やはり、変なところは・・・ 「ん〜・・・あれ?・・・あった・・・みんなチョット待って!あったわよ!」 「なにが?」 「見て!あの本棚の棚の間隔!」 「間隔ぅ?・・・あれ?両隣の本棚と違う?」 そう・・・和美が見ていた本棚だけ、隣の本棚とは「棚の間隔が違う」のだ! 両隣の本棚の「棚」は、同じ位置であるのにも関わらず、その本棚だけ「棚」がズレ ている。 「ふ〜む。なるほど・・・確かにコレだけヘンだわ」 「そだね。この本棚だけ、棚の部分が・・・」 「随分と厚く造られているな・・・」 「そうですわね。人が入っても、充分に持ちこたえられますわ」 「・・・人?」 何気ない綾子の呟きに、由香里の耳がピクリと動く。 「んん〜〜・・・厚い棚・・・人・・・」 「どう由香里?ナニか思いついた?」 「他と違うが、規則的な列・・・人・・・もしかして・・・村田さん!」 「いないッス(ゴイン!)へ、へい・・・」 「あの棚を、押してください!」 「オス!(ジャキッ!)あわわ?!じょ、じょーくッスよ!」 「・・・時と場所を選びましょうね」 「やれやれッス・・・どーれ、よっこいせっッス」 由香里の(じょるじゅ)の砲口を背に受け、村田がゆっくりと棚を押し始めた。 すると・・・ 「よいしょっッス!(ギィ)・・・おや?」 なんと、本棚は「4段目を残して」奥に押し込まれていく。 「やっぱりね・・・」 「おぉ?・・・(ガコン)あり?御嬢、コレ以上は押せないッスよ?」 「んじゃ、次は2段目を押して下さい」 「了解ッス(ギギィ)はぁ・・・なるほど(ガコン!)こーゆー造りッスか。んじゃ、 次は1段目を・・・どっせぇッス!(ギギィ!)」 ゆっくりと「部分だけ」押し込まれていく本棚・・・ いや、それはもはや「本棚」ではなく・・・ 「よっと(ガッコン!)完了ッス!」 「これは・・・」 「なるほど・・・」 「すっごーい!」 「まぁ・・・」 「さすがですな。由香里御嬢」 「まぁ、和美が見つけてくれたおかげね」 「偶然よ・・・んじゃ、いこっか?」 和美達は「本棚の階段」を踏みしめると、ポッカリと天井に空いた穴に向かって昇り 始めた・・・ その頃・・・ ・・・判らない・・・ 暗闇に・・・自分の身体は浮かんでいるのか・・・ それとも・・・沈んでいるのか・・・ ・・・判らない・・・ 意識は・・・目覚めているのか・・・ それとも・・・眠っているのか・・・ ・・・判らない・・・ 魂は・・・朽ちているのか・・・ それとも・・・保たれているのか・・・ ・・・判らない・・・ 何一つ・・・判らない・・・ 繰り返されるは、その言葉ばかり・・・ 聞こえてくるのは「鼓動をしない魂」の、息吹だけ・・・ ・・・生きているの?・・・それとも・・・生かされているの? 問いかけても、誰も答えない・・・ 足掻いても、何も動かない・・・ 全ては閉ざされた闇の中・・・ 出来ることは、ただ一つ・・・ ・・・光の・・・あらんことを・・・ 闇の羊水に浮かぶ「アネーロ」は、静かに祈りを捧げた・・・ 5 (カツンカツンカツン) 「・・・」 薄暗い回廊を歩む、和美達。 響きわたるのは、自分達の足音と、呼吸音だけ・・・ 誰かしらが「静かに」と言ったわけでもないのに、何故か・・・誰も口を開かない。 誰もが思ってはいたが口にしない・・・ と、先頭を歩いていた由香里の足が止まった。 「・・・敵?」 だが、和美の言葉に由香里は首を振る。 「んにゃ・・・行き止まり」 「え?・・・んじゃ、引き返そっか?」 「ん〜・・・待って。どっちかってぇと、先がある気配がすんのよねぇ(ピピッ)ん、 あったわ。大下さん、ココの右側の壁・・・押してみて下さい」 「判りやした・・・せぇの、よっ(ググッ)こりゃ、思ったよりも簡単に動きやすね。 これならば(ヒュー)・・・む?!」 由香里に言われ、壁を押していた大下であったが、そのホンの僅かに動いただけにも 関わらず、その隙間から漏れてきた膨大な「死臭」に、思わず仰け反った。 「大下さん?!どう・・・くっ!?」 「ナニが!?・・・うっ!?」 慌てて身構えた和美で由香里であったが、その鼻を突く臭いに、思わず手で口元を押 さえる。 「こ、これは・・・」 「覚悟をした方がいいな・・・」 「・・・ぅ」 「ひぃ・・・」 皆も身構えることすら忘れ、鼻や口元を手で押さえた。 「く、臭いッスね・・・兄貴、コイツを使うといいッス」 そんな中、大下は村田からタオルを受け取ると、口元に巻き付ける。 大して変わりは無いが、無いよりはマシだ。 「スマン村田よ。それでは御嬢方・・・心の準備は・・・よいですかな?」 「・・・うん」 「・・・えぇ」 「・・・はい」 「・・・我慢する」 「・・・羅刹様ぁ」 女性陣が頷くのを見届け、大下は壁を押す腕に、力を込める。 そして・・・ 「ぬりゃああ(ガリガリガリガリ・・・ゴゴン!)・・・ナンと言うことだ・・・」 大下はこの扉を開いたことを、激しく後悔していた・・・ もしも、地獄と言うものが本当に存在しているのならば、ココはその「地獄」と言う のに相応しいであろう。 目の前に広がる光景に、誰しもが声を失い、立ちつくす。 「こりゃ・・・酷い」 由香里は必死に目を背けようとするが、逆に凝視してしまい・・・ 「っく・・・」 和美はひたすらに唇を噛みしめている。 「ぅ・・・」 「大丈夫か?」 青ざめた早苗を支える孝司・・・ 「あ・・・あ・・・あ・・・」 綾子においては、意識を失うことすら出来ず、目の前の現実に流され・・・ 「綾子様・・・しっかり・・・」 マリンは綾子の身体を揺さぶる。 「・・・南無・・・」 村田においては、心底からの念仏を唱えている・・・ さて、和美達が足を踏み入れたそこは、約10メートル四方の部屋。 剥き出しの石の壁と、漆喰の崩れ掛けた天井・・・ 一見するとありふれた部屋に見えるのだが、普通の部屋と違う唯一の点が・・・ 「・・・『牢獄』・・・か。しかも、かなり多人数用の・・・」 孝司の呟きが全てを解決する。 部屋の奥に填め込まれた鉄格子が・・・永遠の柵となり、幽閉する。 無論・・・コレだけならば、地獄とは言えない。 ここは嘗ての大戦の際、捕らえられた光の兵士達を監禁するための牢・・・ そう、情けなど無い闇の軍の牢・・・ そこは「生涯」ではなく、「永久」に閉じこめるための牢・・・ 部屋の至る所に、無惨なミイラ化した死体が幾重にも折り重なっていたのだ! 手を握りあったまま・・・ 頭を抱え、蹲ったまま・・・ 鉄格子を握りしめ、倒れ伏した・・・ 破った衣服を首に巻き付け、自害した・・・ 最期まで自由を求めて、両腕を一杯に鉄格子の向こう側へ突きだした・・・ あまりにも凄惨な?残酷な?悲惨な? 否・・・それは、言葉に尽くしがたい光景であった。 そして、まるで時が止まったかの様に立ち尽くしていた一同であったが・・・ 「あぁ・・・(ドサッ)」 「綾子?!」 ようやく意識を失うことが出来た綾子の倒れる音に、我に返った。 和美は倒れた綾子を抱きかかえ、大下を見上げる。 「大下さん、お願いできますか?」 「へい、大丈夫でさぁ」 そっと綾子を抱き上げる大下・・・ その綾子の顔は蒼白となり、握りしめた拳が小刻みに震えている。 いや、綾子だけではない・・・皆の身体が震えていた。 幾多の戦いで、死体そのものにこそ馴れはすれども・・・やはり、この死臭だけは堪 えられないのだ。 見えるのは、目を閉じれば済むが、臭いだけはどうすることも出来ない。 ならばと口で息をしようなど、以ての外だ。 その「死」が鼻腔を直撃するだけでもおぞましいのに、口からなど・・・ そんな口元を手で押さえる和美達だが、周囲を見回しても出口らしきモノは見あたら ない。 「なんで・・・こんな・・・」 「酷いわね・・・取りあえず、ココを出るコトが先決ね」 「でも、どうやって?出入り口はきっと鍵が・・・」 「あんな鉄格子、ブチ壊しゃあいいのよ!」 ようやく一歩を踏み出したのは、先頭にいた和美と由香里。 そして、それに続いて他のメンバーも歩み始める。 一歩・・・ また、一歩・・・ だが、その道のりは長く、遠かった・・・ 「待って、和美ちゃ・・・うっく・・・」 格子の前に、キチンと列び座っている死体・・・ 「早苗、見るな・・・う」 自分のモノであろうか?腕をくわえている、隻腕の死体・・・ 「村田よ、マリンを連れて先に行け・・・ぉ」 他人の頭蓋骨を抱え、蹲っている死体・・・ 「判ったッス。小娘、見ちゃダメッス・・・ぅぃ」 数人で身を寄せ合い、部屋の隅に横たわっている死体・・・ 「羅刹様・・・ひっ」 ズラリと並び、ブラ下がっている死体・・・ 見たくは無いのだが・・・視線が他の牢の中に移るのを、誰が非難できよう? 進めば進むほど・・・その視界に新たな「死」が移り行く。 鉄格子まで、僅か数メートルの距離でしかないと言うのに・・・ 一歩足を踏み出す度に身体が強張り、辿り着けない。 死臭が身体に、視界に、鼻孔に、精神に・・・絡み付く。 死体からの無言の声が、足を引く・・・ 「つ、着いた・・・よし」 それらを振り払い、ようやく先頭にいた由香里は鉄格子の前に辿り着くと、軍刀を抜 き、大きく横に構え、気合いと共に鉄格子を凪ぎ払ったのだが・・・ 「せぇのぉ!(ブォン!スカッ!)な?!」 空を切る感触・・・ 全く無い手応え・・・ 虚しく響く風切り音・・・ なんと、軍刀は鉄格子を「すり抜けた」のだ! 「ど、どうしたの由香里!?早く鉄格子を!」 「判っているけど!(ブン!スカッ!)て、手応えが?!」 すり抜ける刃に、由香里は焦りながら幾度と無く軍刀を振り回すが、全く斬れない。 「早苗がやる!えい!(ブン!)」 そんな由香里の姿に業を煮やした早苗が飛び出すと、手にしていたモーニングスター を振りかざす! だが・・・ 「(ガシッ!)きゃぅっ!?(ガラーーン!)」 その早苗の振るったモーニングスターは、由香里の軍刀と同様にして鉄格子をすり抜 けたのだが、勢い余った早苗の手が・・・なんと「鉄格子」に激しくぶつかったのだ。 そして、その激痛に思わず手を離してしまった早苗のモーニングスターは、鉄格子を すり抜け、牢の外に転がっていった・・・ 「な、なんじゃこりゃぁ?!まさか幻影!?(ガシッ!)じゃない?!」 由香里は思わず鉄格子に掴みかかるが、やはり鉄格子はそこにある。 「早苗!大丈夫!?」 「いたいよぉ〜・・・和美ちゃ〜ん、早苗の肩叩きが飛んでったぁ〜」 そしてまた、早苗のモーニングスターは鉄格子の「向こう側」にある。 無論、それは「鉄格子の間」をすり抜けたわけではない・・・ そんな光景を後ろで見ていた孝司は、今の現象を頭の中で整理していた。 「・・・」 「ちょ、ちょっと!なんでコノ鉄格子は斬れないわけぇ?!」 「これじゃ、私の斧も(スカッ)・・・ダメか」 「早苗の肩叩き(ガリガリ)・・・届かないよぉ〜」 和美の「バトルアックス」も、由香里の「軍刀」もすり抜ける・・・ だが、床に落ちていた棒を使い、鉄格子の隙間からナンとかモーニングスターを手繰 り寄せようとしている早苗の「手」は、しっかりと鉄格子を握りしめている・・・ 一体、どういうコトなのか・・・と、その時。 「・・・ん?」 孝司は、早苗と同じ様にして鉄格子を握りしめている「ミイラの手の一部」が、鉄格 子の中にメリ込んでいるのに気が付いた。 孝司の頭の中で、これらが複雑に入り乱れる。 ・・・すり抜けるのは「武器」と「ミイラの手」で、すり抜けないのは「早苗の手」と 「由香里の手」か・・・この、すり抜ける「モノ」とすり抜けない「モノ」の違 いは・・・「手」か?いやそんなハズは無い。ならば・・・ 「すり抜けるモノ・・・いや、まさか・・・村田さん!」 「な、なんッスか小僧!?」 「あの鉄格子・・・村田さんの『力』で曲げられますか?」 「はっはっはッス♪あっしの『ぱうわ〜☆』に掛かれば、あの程度の鉄棒、ナンの造作 もないッスよ。御嬢方、ちょっくら失礼して(ガッシリ!)そんじゃぁいくッスよ? せぇ・・・のぉ(ギュム!)」 村田は和美達を両脇に寄せ、鉄格子を握りしめると、軽いかけ声と共に、腕の筋肉を 盛り上がらせる。 その筋肉の勇姿(?)に、互いの顔を見合わせて頷く和美達。 「村田さんの力なら・・・」 「簡単だよね?」 「最初からお願いをすれば良かった・・・」 だが、そんな安堵の表情を浮かべている和美達とは裏腹に、村田の表情が・・・次第 に嶮しくなっていくではないか。 「ぬぬぬぬぬぬ・・・んぎぎぎぎぎぎ?!・・・フガガガガガ?!」 「・・・へ?」 「まさか?」 「冗談でしょ?」 「んももももももお〜!・・・ふへ〜〜〜・・・こりゃ、だめッスね♪」 「諦めないでぇ〜!」 「村田さん!ふぁいとぉ〜!」 「も、もう一度やってみて下さい!」 あまりにもアッサリと鉄格子から手を離してしまった村田に、必死に食い下がる和美 達だが、村田はその自分の両手を開いてみせる。 「いやぁ、面目ないッス。でも、もう無理ッス。ほれ♪」 「え・・・あ、ご、ごめんなさい」 「わぁ・・・いたそー」 「うそ・・・」 村田の両手の平が、無惨にも擦り切れているのを見て、絶句する・・・ 村田のフルパワーでも、この鉄格子は曲がらないのだ。 「村田さん、これを使って下さい」 「すまないッス小娘」 「おかしいな・・・うまくいくと思ったんだが・・・」 マリンから包帯と消毒液のビンを受け取っている村田を横目に、孝司は腕組みをして 首を傾げている。 そんな孝司の姿に、綾子を抱きかかえていた大下は首を傾げた。 「ん?・・・小僧。先程からナニを考えておる?」 「いえ、この鉄格子・・・武器はすり抜けるけど、肉体はすり抜けないみたいだったん で、村田さんの力ならナンとかなるんじゃないかと思ったのですが・・・」 「肉体は・・・すり抜けない・・・とな?」 「はぁ・・・ですから、肉体のフルパワーなら、ナンとかいくかと・・・」 「うむむ・・・よく判らんな・・・」 「俺も判らなくなってきました・・・ん?」 頭を掻きながら、再び鉄格子を睨み付けた孝司であったが、ふと、その視界に飛び回 るモノが映った。 それは・・・ 「(パタパタパタパタ)・・・蛾か」 何処から迷い込んできたのであろうか?それは一匹の蛾であった。 フワフワと皆の頭の上を飛び周り、そして・・・ 「(ぴと)あ、とまった」 そのとまった場所は・・・「鉄格子」だ。 「・・・」 そんな蛾を、孝司は暫くもジッと見つめていたが、やがて足下に落ちていた「骨」を 拾い上げると、ゆっくりと蛾に忍び寄り・・・ 「・・・(バシッ!)」 蛾に向かって「骨」を投げつけたのだ! 一瞬にして蛾は無惨にも潰れ、鉄格子をすり抜けた「骨」と共に飛んでいく。 そんな無益な殺生に、和美達は顔を曇らせた。 「ちょっと、ナニやってんのよ?!」 「孝司、虫だって生きているのよ?!」 「かわいそーでしょ!?」 「・・・」 だが、そんな非難の声よりも、孝司の意識は違う場所にあった・・・ 「そう言うことか・・・無益じゃないさ。見ろよ・・・蛾の死骸を」 「は?」 「グチャっと潰れてるよ?」 「・・・ん?ナンで『外にある』わけ?今まで鉄格子にとまっていたのに?」 由香里の言う通り・・・鉄格子の内側にとまり、孝司の投げた骨によって潰された筈 の蛾の死体は、鉄格子の「外側」に落ちているのだ。 コトが「異常」であることは判ったのだが、ナニが「異常」なのか・・・判らない。 「・・・孝司。説明して」 「・・・あぁ。この鉄格子を見てヘンだとは思っていたんだ」 「ナニが?」 「綺麗すぎるんだ・・・」 「はぁ?」 「これだけの死体があるのに、錆どころか汚れ一つない」 「・・・んで?」 「おそらく、この鉄格子は『魂』を通さないんだ」 「魂・・・を?」 首を傾げる和美に、孝司は身を屈めると、再び骨・・・今度は頭蓋骨を拾い上げた。 「そうだ。だから・・・見てろよ(ポイ・・・パッカーン!)」 「頭蓋骨が・・・」 孝司の投げた頭蓋骨は鉄格子をすり抜け、向こう側の通路に落ちて砕け散った。 「・・・つまり『命のある者』は抜けられない。コレは絶対値だな・・・」 「絶対値?なにそれ?」 「あ〜・・・つまり、コノくらいまでは大丈夫だとか、ココまでが限界だとかじゃなく て、コレはOKだけどこっちはナニが何でもNGとなることだ」 「んじゃ、この鉄格子の場合・・・生きてる者は・・・NGってわけ?」 「(キューーン!)ご名答・・・この鉄格子、妙な魔法が掛けられているわ」 「魔法・・・」 「えぇ・・・最悪にして最強の拘束魔法『悠久』がね・・・」 「どんなの?」 「・・・孝司が言った通り、魂は抜けないの。魂の入った器も・・・つまりは『生きて いるモノ』は通さない・・・ね」 「じゃあどうすれば?」 「引き返すしかないだろ・・・」 「え〜!?早苗の肩叩きはぁ?!早苗、アレしか武器ないのにぃ〜・・・」 「しょうがないでしょ・・・コレをあげるから、諦めなさい」 「え?いいの和美ちゃん?」 「私はコレを早苗から貰ったから・・・いいの」 「わーい♪和美ちゃんからプレゼントだぁ!大事にするね☆」 ダダをこねる早苗に、和美が腰につけていたピックを渡した・・・その時。 「・・・コッチ・・・」 「・・・ん?由香里、ナンか言った?」 「言わないけど・・・また声?」 一瞬、今までに和美を導いてきた「あの声」かと思ったのだが・・・ 「ううん・・・今度のは・・・違う・・・」 和美がそう言いながら周囲を見回す・・・ 近い・・・近い声なのだ。 あるのは壁と、通れない鉄格子と、死体の山・・・ 村田、マリン、孝司、早苗、由香里・・・ そして、綾子を抱きかかえた大下・・・和美は眼を見張った。 「あ、綾子!?」 「は?・・・お・・・御嬢?!」 大下の腕にに抱きかかえられている綾子が・・・ 意識を失っている筈の綾子の身体が・・・ゆっくりと起きあがる。 しかし、それは不自然な動き・・・ 両腕をダラリと下げたまま、上半身だけが起きあがったのだ。 「コッチ・・・コッチ・・・」 瞳は閉じられたまま、唇が動き、右手が・・・壁を指した。 「由香里、これは・・・」 「今調べるわ・・・(キューーン)なるほど。綾子の『特殊技能』が働いているわ」 「特殊技能が?」 「えぇ。綾子の特殊技能『口寄せ』が、勝手に発動しているのよ・・・」 「え?『口寄せ』?・・・んじゃ・・・」 「この部屋の魂達が・・・光の人達の魂が・・・綾子の身体に・・・」 スコープの映し出される映像に、由香里は思わず眼を伏せる。 クラス『シャーマン』の綾子に与えられた特殊技能『口寄せ』・・・ それはこの世の者ではない者が、生者の身体を借りて、現世との言葉を紡ぐ行為。 そう・・・由香里のスコープの先では、綾子の身体に無数の亡霊がしがみついている 光景が映し出されたのだ。 皆、生前は魔法使いであったのであろうか?ボロボロになったローブを引きずりなが らも、綾子の身体に手を伸ばしている。 せめてもの救いは、その顔が「恐怖や苦痛」に歪んでいるのではなく、微かな微笑み を浮かべていることだろう・・・ そして、亡者達が綾子の手を取り・・・ 「見て。綾子の手が・・・」 指し示された方向・・・それは、壁。 「・・・壁?」 「みたいね。でも・・・あれ?なんだっけ?『有休』の魔法だっけ?」 「それはどっかのオヤジが、マジで欲しがっているモノでしょ?じゃなくて『悠久』の 魔法が・・・あ。壁はまだ調べてなかったっけ。今調べるわ(キューー)あれ?その 壁、確かに魔法が掛けられているけど・・・」 「やっぱ通れないんでしょ?」 「んにゃ。鉄格子のとは違う魔法だわ・・・壁には『ライトリフレクション』の魔法が 掛かってるだけ・・・」 「ライトリフレクション?」 「えぇ。光の属性を跳ね返す魔法・・・あ・・・そっか、ココは闇を司る魔女の城で、 光の住人を閉じこめる牢だから・・・」 「んじゃ、タダの肉体は・・・」 「・・・OK!」 「村田さん!壁を!」 「イエッサーーーーー!ッス!」 勢い良く振り上げた村田の姿に、皆は息を飲んだ・・・ その頃・・・ 物音一つしない、嘗てのコロシアム・ドームの中・・・ 「・・・」 その中央では、作業を終えて、ジッと眼を閉じたアッシュが佇んでいる。 珍しく・・・「感慨」に耽っていたのだ。 「・・・」 耳に響く、闇の者達の歓声と、死に際の光の者達の絶叫・・・ 眼に甦る、口から泡を吹いて歓喜する闇の者達と、消えゆく光の瞳・・・ それらを「肴」に、アッシュと魔女ゼルパは酒に酔い、夜を明かす・・・ それは、嘗てこの世界の「闇」を支配していた栄華の記憶・・・ 「・・・フッ」 至高の頃の記憶に、アッシュの口元に笑みが浮かんだ。 しかし、それは一瞬のコト・・・ 「・・・」 目を見開き、上を見上げたそこに広がっているのは無限の闇・・・ それは「闇」の者にとっての大いなる空・・・ だが、次の瞬間。 「・・・(チカッ!)む?!」 満足げに「闇」を見つめていたアッシュの容貌が一変した。 微かに・・・それは一瞬ではあったが、アッシュの目に「光」が見えたのだ。 闇の者にとってこれ以上の凶兆はない。 静かに握りしめた拳が震える・・・ そうだ・・・あの時もそうであった。 闇の中に僅かでも栄えた光が・・・ 一瞬の目眩ましが・・・ 全てを崩壊させたのだ・・・ 「ぐ・・・ぐぐぐ・・・グォオオオオオオ!」 見る見るうちにアッシュの顔が・・・いや、全身が「本来の姿」に変わっていく。 怒りに満ちあふれ、その「胸のクリスタル」に、憎悪がみなぎる。 そして、アッシュは魔力を込めた両手を、天に光る「光」向かって突き出し叫んだ! 「おのれ異世界の賢者!今度は貴様が闇を漂うのだ!(バシュン!)」 闇の邪妖精の放った攻撃魔法は、全てを塗り潰すべく、光に向かって放たれた・・・ (がらっ・・・) 村田の振るった拳は、一撃で牢獄の壁を叩き崩した。 「ケホッ・・・さすが村田さん」 「なぁに、チョロイもんッス。んじゃ、あっしは荷物を取ってくるッスから、御嬢方、 お先にどうぞッス♪」 「判りました。和美、早苗、行くわよ」 「うん」 「ぶぺっ。埃が口に入ったぁ・・・」 まだ舞い上がっている埃を手で払い、あるいは口元を押さえながら、和美達は顔を見 合わせて小さく頷くと、足を踏み出す。 足を踏み出したその先は、どうやら居房との連絡通路らしく、そこには鉄格子も無け れば死体もない。 ガランとした通路の真ん中に・・・ この牢獄の出口の扉の前に・・・ ただ「それ」が鎮座していただけ・・・ そう・・・「それ」が居ただけ・・・ だが、和美達にとっては「死体やモンスター」の方が良かったのかもしれない・・・ 皆、足を踏み出したものの・・・ 「・・・ナンにも・・・ん?なんだありゃ?・・・っ?!」 「どうしたの由香・・・ぅ?!」 「どしたの?・・・ひ!?」 「何かあったの・・・ぉ!?」 一瞬にして「それ」が何であるかを悟り、由香里も、和美も、早苗も、孝司も凍りつ いてしまった・・・ 立ち尽くす和美達に、兄貴達が後ろから覗き込む。 「・・・おんや?どうしたッスか小僧。先に進んでほしいッス」 「御嬢方、後がつかえますんで・・・」 「・・・和美様?由香里様?」 だが、そんなマリンや兄貴達の声など耳には届かない・・・ 何故に、こんなところに・・・ 何故に、自分達にばかり・・・ 何故に、付きまとわれる・・・ 何故に、この「世界」に・・・ 4人の思考を走り抜ける同じ言葉・・・ 忘れたくとも、忘れられない存在・・・ 居てはならずとも、居続ける存在・・・ もし、綾子が意識を保っていたならば・・・全てを諦め、受け入れたであろう。 それは、逃れられない運命として・・・ それは、どこまでもついてくる影として・・・ それは、自らに科せられた永遠の足枷として・・・ 「よいしょっと。ちょっくら失礼・・・小僧のウエスト、結構細いッスね(ぽっ☆)」 「一体、どうされたんですかぁ?」 「御嬢方、なにかありやしたか?」 そんな全く動こうとしない和美達に、村田が目の前で立ちつくしていた孝司をよせな がら足を踏み出し、その後から綾子を抱えた大下とマリンも通路に出るが・・・ やはり、その通路の中央に鎮座していた「それ」が視界に入った。 「こ、これは・・・まずいッス」 「なんてこった・・・こいつは」 大下と村田も「それ」を目にするや否や・・・表情が強張る。 兄貴達もまた、和美達程ではないが「それ」には、あまり良い記憶がないのだ。 そんな中、ナニも知らないマリンが「それ」に歩み寄ると、その身体をペタペタと触 りまくっていた。 「あれ?なんでこんなトコに石像があるんですぅ?ん〜〜?それにしても、この石像、 随分とへんな格好に、おっきな鼻ですぅ。こんなモンスター、見たこと無いですぅ。 これ、ナンて名前のモンスターの石像なんでしょう?」 「そ・・・それはね」 マリンの声に、和美は震える声を絞り出す・・・ 「はい?これはぁ?」 「・・・『天狗』って・・・言うの」 「・・・テング・・・ですか?」 無論、単なる石像であると判ってはいたが、目の前に置かれたその石像に、皆の背中 を冷たい汗が流れ落ちる・・・ 和美達の人生を大きく狂わせた張本人・・・ そう・・・その石像は、見まごう事なき「天狗」の石像であった! 修学旅行で・・・ 文化祭で・・・ 冬休みで・・・ 和美達の命を削り取っていった、あの「天狗」が目の前に居るのだ! 「ぶ・・・ぶ、ぶぶ」 奇妙な声に和美が隣を見ると、由香里のメガネが・・・真っ白になっている。 「こ、こここ・・・」 また、微妙には違うが、これまた奇妙な呟きが和美の後ろから・・・つまりは早苗の 辺りからも聞こえてくる。 次第に大きくなっていく二人の唸り声に、和美と孝司は顔を見合わせた。 「ぶ・・・ぶぶぶぶ!」 「こ・・・ここここ!」 「どうしたの由香里?」 「どうしたんだ早苗?」 そして、和美が由香里の肩を掴み、孝司が早苗の腕を引いた次の瞬間、二人は同時に 叫んだ! 「ブッ壊せぇええ!」 「壊しちゃえええ!」 「待ちなさい!」 「待つんだぁ!」 寸でのところを取り押さえた和美と孝司であったが、二人とて、この忌まわしき石像 を壊したい気持ちはある。 だが、この「異世界」に「天狗」の石像・・・ 明らかに「自分達」に関わる手がかりだ。 「落ち着きなさい二人とも!おかしいと思わないの?!」 「だーかーらー!ブッ壊すんだって!」 「早苗も落ち着くんだ!こいつは俺達にとって大切な鍵かもしれないんだぞ!?」 「鍵屋さんに新しい鍵もらうから、いーんだモーん!」 訳のわからん事を言いながら騒いでいる四人を、呆然と見つめていたマリンと兄貴達 であったが・・・ 「賢者サマ・・・賢者サマ・・・」 「な?!綾子御嬢!?」 その奇妙な声に大下が腕の中の綾子を見ると、その綾子の身体から霧の様なものが立 ち上っているのだ。 「賢者サマ・・・」 そして、霧は次第にいくつもの小さな人の形を作ると、天狗の石像にまとわりついて いく。 「これは一体・・・」 「も、物の怪が綾子御嬢に取り憑いていたッス!ナンマンダブナンマンダブ!」 村田の言葉・・・半分通り。 先程の部屋で綾子の身体にしがみついていた光の者達の魂が、この天狗の石像を求め て縋り付いていくのだ。 救いの慈悲を求めて彷徨える、光の亡霊達を身に纏う天狗の石像・・・ そして・・・ ・・・待ちわびたぞ・・・異世界の者達よ・・・否、我と同じ國の者達。 その頭の中に響きわたる静かな声に、和美を始め、例の「声」を聞いた者達は身体を 震わせる。 聞き覚えのある、その声・・・ 和美達をこの世界に導いた・・・ 大下と村田、そして孝司を引きずり込んだ・・・ そう・・・ここまで自分達を導いていたのは、この「天狗」であったのだ。 誰もが身を強張らせ、微動だにしない。 そんな硬直した和美達に、天狗の石像ににまとわりついていた光の霧が、今度は和美 達に向かってくる。 そして、静かな声と共に・・・ ・・・見よ・・・我と同じ國の土を踏む者達・・・ それは、和美と早苗の意識に流れ込んでくる、淡い血色をした「欲望」の映像・・・ ・・・「次の天皇は、この私、大津こそが相応しいのだ!」 ・・・「大津皇子・・・ナンと言うことを・・・恐れ多いことを・・・」 ・・・我の・・・本当の・・・ それは、由香里と孝司の意識に流れ込んでくる、鈍き金色をした「夢」の映像・・・ ・・・「許してくれ・・・大津・・・許してくれ!」 ・・・「皇子様!?どうなされたのです?!ココをお開けください!」 ・・・本当の姿を・・・元の姿を・・・ それは、大下と村田の意識に流れ込んでくる、儚き闇色をした「現実」の映像・・・ ・・・「ここは・・・どこだ?・・・私は・・・て、手が?!・・・顔が?!」 ・・・「・・・」 ・・・「これが天罰か?・・・我は、生ききながらに『物の怪』に・・・」 ・・・「いいえ皇子・・・その姿は『神の選びし姿』です」 ・・・「そなたは?」 ・・・「私の名は『か・・・』・・・いえ『この世界』の名は『アルティシア』です」 そして・・・ ・・・全てを・・・我と・・・我を紡ぐこの世界を・・・見るのだ! それは、綾子の意識に流れ込んでくる、眩しき白色をした「絶望」の映像! ・・・「私は守る・・・今度こそ、守り抜くのだ!」 ・・・「ええい小賢しき異世界の賢者!妾は『全ての世を紡ぐ』のだ!」 ・・・「この世界は『この世界』だからこそ美しいのだ!」 「っああああ!?」 一気に流れ込んできた「天狗の記憶」に、孝司の腕の中で意識を失っていた綾子の目 が見開かれ、その口からは盛大な悲鳴が上がった。 だが、そんな苦しげな綾子の姿にも関わらず、誰も身動き一つしない・・・ 「ど、どうしたんですか?!みなさん!?」 そんな中、一人だけ・・・そう、マリンだけは皆の周りを走り回りながら、必死に皆 を揺さぶるが、誰も動かないのだ。 マリンの目には、天狗の石像から光がこぼれ、皆にまとわり付いたのと、綾子の悲鳴 があがったのは、ほぼ同時であった。 「和美様?!早苗様?!・・・羅刹様ぁ!どうされたんですかぁ!?」 マリンは必死に呼びかけるが、誰も答えない。 悲鳴を上げた綾子ですら、再び目を閉じ、意識を失っているのだ。 途方に暮れたマリンは、その場に座り込んでしまった、その時・・・ 「みなさぁん・・・どうしちゃ(カッ!)え?」 どこからともなく流れ込んできた「黒い光」の筋が、部屋に漂う「光の霧」を駆逐し 始めたのだ! それと同時に、和美達の頭に天狗の叫び声が響きわたる。 ・・・うぬれ!あと少しだというのに!我と同じ土を踏んだ者達よ、心して聞け!この 世界から抜けたくば、闇を討つのだ! 「きゃああ!」 突然に飛び込んできた黒い光に、オロオロと逃げまどうマリンだが、それでも誰一人 として動かない。 見る見る間に「黒い光」は「光の霧」を全て・・・飲み込んだ。 そして、更に響きわたる天狗の絶叫。 ・・・頼む同胞(はらから)達よ!この異世界と我らの現世(うつしよ)を、決して紡 がせてはならん!闇の力は、既に移りつつあるのだ!あとは・・・あとは・・・ た・・・たのむ・・・ぞ・・・っぉおおおおおおおおおお! それが「和美達」の聞いた、天狗の最期の言葉であった。 (バガン!) 鈍い音と共に激しく四散した天狗の石像・・・ そして、それと同時に和美達の意識が戻った。 「・・・な、なんてコト・・・」 「人が・・・天狗になっちゃうの・・・」 「こりゃ・・・帰ったら、調べてみる価値が・・・」 「なんと言うことだ・・・」 「・・・仏様のバチがあたるッス」 まだ意識を失い続けている綾子を除いた全員が、口々に呟いているところを見ると、 同じ「ナニか」を見ていたらしい。 そんな意識を取り戻した和美達の姿に、マリンは早速、大下の足にしがみついた。 「羅刹様ぁ!」 「おぉマリン!無事であったか?それよりマリンよ、あれからどのくらいたった?!」 抱きついてきたマリンに、大下はしっかりと抱き留めてやるが・・・ 「はぁ?ええと、ちょっとですが・・・」 そのマリンの「ちょっと」の言葉に、大下は・・・いや、大下だけではなく、皆が目 を見開いた。 「え?たった?!1時間じゃないの!?」 「そんなハズは?!」 「もっと長かかったよ!?」 「あっしには映画1本分はあったと思ったんッスけど・・・」 「そんな!?あれだけの情報量が(ピッ)・・・確かに、1分弱か・・・」 由香里はスコープの内蔵時計に表示された時間に、言葉を飲み込む。 もっと・・・もっと長い時間、天狗の「記憶」を見ていたような気がするのだ。 天狗が「天狗」になるまでの記憶・・・ この異世界にまでやってきた経緯の記憶・・・ この世界での大いなる魔女との戦いの記憶・・・ そして、「この世界で戦わなければならない理由」の記憶・・・ それらの記憶が、僅か「1分」で終わってしまったのであろうか? そんなジッと考え込んでしまった皆に、マリンは再び大下の足にしがみつく。 「羅刹様・・・一体、みなさんでどうしちゃったんですか?」 「・・・マリンよ。お前はナニも見ていないのか?」 「いいえ!ちゃんと見ていました!光の霧がみなさんを囲んだかと思うと、みなさんが 急に動かなくなって、綾子様が悲鳴を上げて、急に黒い光が飛び込んできたかと思う と、おっきな鼻のモンスターの石像にブツかって、石像が壊れました!」 「なんですって?!」 「ほ、ホントだ!ば〜らばら・・・」 マリンの言葉に慌てて足下を見る和美に早苗。 確かに・・・天狗の石像は砕け散り、残っているのは破片ばかり・・・ そんな和美の後ろで、由香里と大下は、マリンの言葉に顔をしかめていた。 「・・・黒い光か・・・」 「そんな器用なことが出来るの・・・おそらく・・・」 「あいつ以外におりやせんでしょう・・・」 「・・・でしょうね」 剣呑な単語に、由香里と大下は顔をしかめる。 無論、二人の頭の中に、その単語と結びつくのは・・・ 「・・・アッシュが待っているわね」 「・・・へい」 メンバーの中では、この二人だけがアッシュの恐怖を知っている。 僅かに対峙しただけで・・・ 拳も剣も交えずに、ただ正面に立っただけで・・・ 恐怖を刮目したのだ・・・ そんな皆が呆然としている中、目の前で砕け散っている天狗の石像を見下ろしていた 和美は、キッと顔を上げると、ゆっくりと扉に歩き出す。 「もう、ぐずぐずはしてられないわ・・・みんなも聞いたでしょ?天狗の言葉を・・・ 良くは判らなかったけど、やることは一つ。この世界を救うことが、私達の世界を救 うこと・・・いくよ。早苗」 「うん!」 「小僧、綾子御嬢を引き取るぞ」 「よっこらせっと・・・小僧、いくッスよ?」 それを追って早苗も続き、大下と村田も荷物と綾子を抱える。 だが、孝司だけは・・・ 「くっ・・・」 大下に綾子を渡した孝司は、砕けた石像の前で拳を振るわせているのだ。 「この世界と・・・俺達の世界を紡ぐこと・・・そうか・・・そうなのか・・・畜生! 俺達は・・・俺達は『時間と織りなす蜘蛛の糸』からは、逃れられないのか!?」 そんな動こうとしない孝司に、由香里が振り返るが・・・ 「ん?孝司、どうしたの?行くわよ?」 「京本・・・お前なら・・・判るだろう?」 「ナニを?」 「俺達が・・・『時間と蜘蛛の巣』に捉えられたことを・・・」 「時間と蜘蛛の?・・・あぁ・・・そうだったの・・・『タン・エ・トワル』・・・ね」 「ならば俺達は・・・俺達は・・・」 「言わないで孝司・・・その結末は、あたしも知ってるけど・・・私達は・・・自分の 運命は自らの手で糸を紡ぐのよ?『時間と織りなす蜘蛛の糸』は、変えられるのよ? 特に、あたし達みたいな『来訪者』には・・・ね」 「くっ・・・」 この由香里の答えに、孝司は黙って項垂れることしか出来なかった・・・ |