第11章


                  最期の晩餐


                    1


「かんぱ〜い!」
(ガチン☆)
 掲げられたグラスが、ズラリと並べられた料理皿の上で一つの音を立てて弾け、重い
音を立てる。
 蝋燭の明かりに照らされたホールでは、誰もが満面に笑みを浮かべ、手にしたグラス
やジョッキを傾けていった・・・
 さて、店に押し掛けた和美や兄貴達を見るなり「荷造りと命乞い」を始めた酒場の店
主に、全員の持っていた「全ての宝石やコイン」を出して買い取った宿屋兼酒場では、
ホールのド真ん中に置かれたテーブルを囲み、再会を祝しての盛大な酒宴が開かれたと
ころである。
 そのメンバーは・・・
「んっく、んく・・・はぁ。取りあえず、みんな無事で良かったぁ!」
 戦士、木下和美。
「こく・・・はい。もう離れないようにしましょうね!」
 白魔法使い、篠原綾子。
「ごくごく・・・うん!もう離れなーい!」
 魔剣士、金沢早苗。
「んっくんっく・・・ぷはぁぁあああ!カァーーー!うまい!」
 狂戦士、京本由香里。
「ごきゅごきゅごきゅ・・・ぷへぇぇぇぇ!こんチクしょぉ!」
 バトルマスター、大下羅刹。
「ずびずびずびずび・・・ふぉおおおおお!甘露、甘露ッス!」
 バトルアニマル、村田幽邃。
「こくくく・・・はぁあ。羅刹様ぁ・・・」
 そして、一般人のマリンであった。
 皆、一気にグラスを飲み干すと、一様にして顔を綻ばせ、生きて再会出来たことを、
心から祝福している。
 数多の危機にあいながらも、皆、こうして生きているのだ。
 文化も環境も、そして「生き方」も違う、この異世界で・・・
「はい、和美ちゃん♪」
「ありがと早苗・・・ふぅ・・・それにしても・・・生きているんだ・・・」
 ピッチャーを手にした早苗に酒を注いでもらいながら、一度「本当に死んだ」経験を
持つ和美は、改めてソレを実感していた。
 和美の呟きに、綾子に酒を注いで貰いながら、由香里も深く頷く。
「由香里さん。お一つ、どーぞ♪」
「ん。あんがとネ☆・・・そうね・・・正直、生きられると思ってなかった・・・」
 そう言って、失った左の腕・・・つまりは(じょるじゅ)を苦々しく眺める。
「えぇ。龍さんも夏美さんも居ないのに、こんな物騒な世界で・・・ん?」
 溜息混じりに首を振っていた和美であったが、ふと気が付いた様に、グラスを傾けな
がら笑みを浮かべている「もっと物騒な由香里」をマジマジと見つめた。
「それにしても・・・由香里、その物々しい格好は・・・なんなの?」
「ん?コレ?あんま気にしないの。まぁ、強いて言うなら、ちょっとしたコスプレよ。
 夏と冬の幕張某所に行ってごらんなさい。似た様なカッコした人が沢山いるから♪」
「・・・そ、そうなの?」
 確かに、由香里の装備は半端じゃぁない。
 それに、和美達と別れた時は、炎の邪妖精の戦いで左腕を失ってはいたものの、確か
由香里は「普通の身体」であった筈だ。
 ソレが今や・・・

  頭部:3連ターレットスコープ付きメガネ。
  胸部:バックパック搭載ライオットRアーマー。
  右腕:アイアンクロー付きアームガード。
  左腕:小型後装砲「じょるじゅ」内装ガントレット。
  腰部:ウエストライン矯正コルセット付きメタルスカート。
  武装:近接戦用武装・・・「軍刀・長船」
     銃撃戦用武装・・・「爆炎砲タイプ4型」

 その他:左腕追加装備として、ヒララ合金製盾(パイルバンカー装備)。
     左肩固定装備として、量産型チューリップ1号改(スコープ同調式)。
     背部バックパックに、自動追尾型爆雷「ネオ・ボム・プチハニー」10匹。
               自動索敵噴進弾「フライング・プチハニー」10匹。
               自動戦闘型猟兵「ファンネル・プチハニー」04匹。

 ・・・となっている他、胸の弾帯には、爆炎砲とチューリップのエネルギーマガジン
に混ざって、「ハンディ・ぴか」が無造作に差し込まれていた。
 一人で戦争でもおっぱじめようというのだろうか?
「で、でも・・・どう見ても、実用向きなんだけど・・・」
「まぁ、あたしの場合は、見た目や形だけじゃないってところが、そこらのコスプレと
 の違いよね♪」
 そう言ってケラケラと笑っている由香里に、料理のカニをほじくり、早苗の皿に載せ
てやりながら綾子が首を傾げる。
「それにしても・・・重くはないのですか?」
 だが由香里は笑いながらグラスに飲み物を注ぐ。
「ん〜〜?別にぃ。ほら、この世界は重力が違うから・・・」
「そうでした。でも、それだけの装備・・・さぞ、寝苦しいでしょう?」
「・・・ね、寝る時くらいは外すわよ」
「ん〜〜〜・・・」
 間の抜けた質問に、ひきつった笑みを浮かべている由香里と、綾子に剥いてもらった
カニの身を、指をくわえながらジィ〜〜っと見比べていた早苗であったが・・・
「はい、早苗ちゃん。全部、終わりましたわ♪」
「わ♪ありがと綾子ちゃん☆あむ(もむもむ)・・・」
 カニの身を頬張りながら、由香里の身体をペタペタと触りまくった。
「ねぇねぇ(もむもむ)由香里ちゃん(ぺたぺた)由香里ちゃんの身体は(はむはむ)
 どっからどこまでが(つんつん)中身なの?」
「中身って、あのね・・・あ?!こら早苗!ちゃんと手を拭け!」
 慌てて紙ナプキンで鎧を拭っている由香里の隣では、大下がジョッキを傾け、瞬く間
に中を飲み干し、テーブルにジョッキを置いた・・・と、その時。
「んぐんぐんぐ・・・ぷはぁ・・・ぉ」
「こくこくこく・・・はぁあ・・・ぁ」
 同じく正面でグラスを飲み干したマリンと瞳が触れてしまった・・・
 何故か・・・そのまま硬直し、暫し見つめ合う2人。

・・・あぁ、マリン・・・君のステキな瞳に乾杯♪・・・
・・・あぁ、羅刹様・・・あなたの大胸筋に乾杯☆・・・

「・・・(ぽっ♪)」
「・・・(ポッ☆)」
 久しぶりに再会したとは言え、もはや二人に会話はいらない。
 時には眼を伏せ、そらし、静かに閉じ・・・そして再び絡み合う視線。
 そんな二人の顔が赤らむのは酒のせいか?
 それとも・・・
「イヤぁああッス!(バリボリバリボリボリン!)不潔ッスぅうううう〜〜〜!!」
 ナンでもいーから、カニは殻を剥いて食え。


「アハハハ・・・キャハハハ・・・ハッハッハ」
「・・・っ」
 遠くから聞こえる賑やかな声に、ベッドで寝ていた孝司は静かに眼を開いた。

・・・ここは・・・どこだ?

 ジジィと別れ、夜通し荒野を歩いていた記憶はある。
 そして、小屋の近くで休憩をした時、誰かの声を・・・
「・・・ん?」
 身を起こし掛けた孝司だが、ふと、身体を見れば、身体中には新しい包帯が巻かれ、
傷口には薬草が擦り込まれており、既に腫れや痛みは治まっている。
 ぼんやりとソレを見つめていた孝司だが、突然、両の手を目の前に翳した。
「ぁ!・・・あった・・・」
 両手にキッチリと巻かれた「バンダナ」と「リボン」・・・

 それは孝司の消せない記憶・・・
 それは孝司の戦士の証・・・
 それは孝司の・・・永遠の縛鎖。

 孝司は拳を握りしめると、額に押しつけた。
「・・・」
 静かに涙が頬を伝う。
 改めて(やもりん)と(きゃんきゃん)に黙祷を捧げる孝司。
 それは「守る」と言うことの厳しさと辛さを教えてくれた2人に・・・
「きゃははは☆かっずみちゃ〜ん、早苗もフルーツがほし〜♪」
「あ、和美。コップ取って」
「和美さん、お皿が・・・」
 そんな孝司の聞こえてきた階下の会話・・・
 だが、その耳に聞こえたのは「和美」の言葉だけ。
「和美・・・」
 孝司は誘われる様にしてベッドから這いだした・・・


「こらこら早苗。あんまり飲み過ぎちゃダメでしょ?」
「は〜い☆早苗ちゃん、ジュースにしま〜す♪」
「え!?・・・か、和美!」
「ん?なに由香里?」
「あんた・・・まさか・・・まさか!あたしが居ない間に早苗とイクとこまでイッてし
 まったんじゃ(ガチャン!)ま、待ったぁ!」
 和美が無言で振り上げたフォークに、由香里は慌てて手を翳す。
 何しろ、スコープに和美の次の行動パターンが「回避不可能」と表示されたのだ。
 フォークを振り上げたまま、和美は半目で由香里を睨み付ける。
「私が早苗と・・・なんだって?!」
「だ、だって、早苗が妙に素直だったから!」
「それがどうして早苗とナンかあった事になるのよ?!」
「い、いや、日頃から早苗を愛奴として飼い慣らしてたから(キラッ!)遂にペットと
 しての調教が済んだ(ブーン!ズダン!ビヨヨォ〜〜〜ン)のかと・・・えっ?!」
 そう言い訳をしながら半泣きの由香里に対して、次の瞬間に「マジぎれ」の和美が投
げたフォークが由香里の耳元をかすめ、柱に突き刺さった。
 一見すると、このメンバーの中では日常茶飯事のことに見えるが・・・
 実はこの時、奇妙な事が起きている。
 由香里の眼には「フォークが顔の横を通過した時の光」が先に見え、その少し後から
遅れて「フォークが横切る音と、柱に突き刺さる音」が聞こえたのである。
 ふつ〜ならば、ほぼ同時だ。
「な、なんで?(きゅい〜ん・・・ピピッ!)こ、こらぁ!フォーク1本投げンのに、
 音速を超えるなぁ!」
 スコープに表示された数字に、冷や汗を吹き出しながら抗議する由香里の言葉などは
シカとを決め込み、和美は憤然としてグラスを口に運びながらチラリと早苗を見た。
「えへ☆・・・」
 しかし、早苗は和美にジャレついてくるわけでもなく、微笑みを浮かべてジュースを
飲んで笑みを浮かべている。

・・・確かに、今日の早苗は・・・なんかヘンだ。

 とは言え、本人に聞くわけにもいかず、和美は溜息をつくと、視線を隣に移した。
 その隣では・・・
「・・・(ごきゅ)フフフ♪」
「・・・(こくっ)えへっ☆」
 飲み物を口にしながら、ただタダ見つめ合い、微笑み合う大下とマリン。
 そして、斜め向かいでは・・・
「・・・(じゅる)ぐしっ!」
 鼻水と涙を流し、ただただ唇を噛みしめ、漢泣きをしている村田であった。

・・・ふ、複雑すぎる・・・

 その光景に、和美が頭痛のしてきたこめかみを押さえた、その時。
(バタン!)
 荒々しい音と共に、2階の部屋のドアが開いた。
「・・・孝司」
「・・・和美」
 2階の部屋から出るなり、引き合うようにして、和美と孝司の口から互いの名前が漏
れた・・・
 それは、互いの伴侶を求めるべくしてか?それとも、運命(さだめ)なのか?
 だが、それらすらも吹き飛ばすような勢いで、直ぐさま強力な磁石の様に引きつける
村田の雄叫びが響く。
「おぉぉおおお?!こ、小僧ぉ☆こ、ココ!ここッス♪ココに飛び込んで来るッス!」
「・・・はい」
 そんな両手を広げ、完璧なまでの「迎え入れ完了!」の体勢をスタンバイした村田に
向かって、孝司は小さく頷くと・・・
「よっ!(くるっ!スタン!)っと」
「・・・え?」
 次の瞬間、全員の眼がテンになった。
 孝司は2階の手摺りに足を掛けたかと思うと、そのまま宙返りをしながら身を投じ、
静かに床に着地したのだ。
 そしてスタスタと歩み寄り、村田の隣の席に座る・・・
 そんな自分の隣にチョコンと座った孝司に、キリキリと音を立てて村田の首が横を向
き、孝司に向かって微笑みかけた。
「・・・た、孝司君。ち、チミはホントに孝司君ッスか?」
 全員が村田の質問に頷く。
「・・・はい」
 静かに頷く孝司に、皆、我が眼を疑った。
 何という変わり様であろう。
 その両眼、雰囲気、言葉・・・全てが「落ち着いて」いるのだ。
 あの何時もオドオドとし、自信の欠片も無さそうだった孝司が・・・
 そんな孝司の姿に、村田は瞳を潤ませ、ハンカチを噛みしめる。
「うぅっ!こ、小僧ぉ!ステキっス☆だんでぃッス!」
「・・・ふっ」
 そんな村田に向かって小さく笑う孝司に、村田、思わず昇天。
「アァン!!く、喰いたいッスぅ♪」
 喰うな。
 皆がそんな孝司の姿に呆然としていたが、早苗がハッとした様に和美の腕を掴んで立
ち上がった。
「和美ちゃ・・・」
「和美・・・」
 だが、孝司も同時に和美の名を呼ぶ。
 いつもならば、これだけでもケンカになるところだが・・・
「・・・孝司、先にいいよ」
「・・・いや、早苗。先に言えよ」
 なんと、互いに譲り合ったのだ。
 学校では何時も、和美を巡っての攻防が絶えなかったこの二人が・・・
 暫くも二人は下を向き、黙りこくっていたが・・・早苗の方が先に顔を上げた。
「・・・んじゃ、早苗が先に言うね」
「あぁ・・・」
「・・・和美ちゃん」
「え?」
「和美ちゃん、ちょっと立ってちょーだい」
「な、なによ?」
 腕を引かれるままに和美が立ち上がると、早苗は何も言わずに抱きつく。
「・・・」
「こ、こら!早苗!・・・早苗?」
 慌てて身を捩ろうとした和美だが、早苗の方から身を離し、ジッと瞳を見据える。
「・・・早苗・・・ゼッタイに和美ちゃんを守るからね」
「・・・」
 真剣な眼差しに、和美は言葉が出せない。
「・・・ん、早苗はおしまい。孝司、いいよ」
 早苗は和美から離れ、そう呟くと椅子に座った。
 孝司は頷き、ゆっくりと立ち上がると、和美に向かって歩み寄る。
「和美・・・」
「た、孝司まで・・・」
「・・・」
 孝司もまた、無言で和美を抱きしめた。
 そして静かに身を離すと、早苗と同様に・・・和美の瞳を見据える。
「・・・俺は・・・必ず、和美を守るからな」
「・・・」
 それだけ言うと、まだ頬の火照る和美を残し、自分の椅子に座り直した。
「アァン!らぶりん小僧ぉ!ワシも守ってほしいぃッス!」
 そんな悶えている村田に、孝司は小さく口の端を釣り上げて笑うと、グラスを取り上
げて差し出す。
「村田さん・・・いいですか?」
「モチろんッス!全員の再会を祝して、改めて乾杯ッス!」
「早苗、最後の一杯だけよ?」
「うん!」
「・・・ん」
 そんな孝司と早苗を見比べながら由香里は内心ほくそ笑み、グラスを手に取る。

・・・2人とも・・・それなりに成長したみたいね。肉体的にも・・・精神的にも。

「由香里御嬢!乾杯の音頭を!」
「え?あ、判りました。それでは、みんなの再会を祝して・・・あれ?綾子?」
「すーーー・・・龍さん・・・」
「これからが修羅場だっちゅーのに、この子は相変わらず・・・ま、いっか。んじゃ、
 みんなの再会と、最後の決戦に向けて!乾杯!」
「かんぱーい!」
 幸せそうな綾子の寝顔に由香里は肩を竦め、グラスを一気に干した。


 それから・・・2時間。
 予想通り、酒宴は「前の世界」と同様に地獄絵図と化していた・・・
 そんな壮絶な酒宴を、途中、エグイ場面があるため「音声のみ」で、お送りしよう。
「あひゃひゃひゃひゃ!和美ぃ!飲んでるぅ?!」
「ま、まぁね。ちょっと由香里、飲み過ぎじゃない?」
「くーーー・・・」
「綾子ちゃん、ココで寝ると風邪ひくよぉ〜?」
「こ、小僧ぉ!飲んでるッスか?!食べてるッスか?!」
「はい、久しぶりに旨いものを食ってます」
「あ、あ、あっしの料理・・・うまいと言ってくれるッスか!?」
「そうでしたか。この料理、村田さんが・・・え?!」
「村田よ、余興が欲しいな。お前、何かやってみろ」
「へい!了解ッス!由香里御嬢、そこの満タンのピッチャーを拝借ッス!」
「ほい♪」
「それでは1番!村田幽邃!イッキしやッス!(ごっくん☆)プフゥ!ッス」
「おぉっ!?見事であったぞ!さすがはワシの村田!ステキじゃぞ!」
「か、感動ッス!」
「くぅ〜〜〜!羅刹様の注目が村田様にぃ・・・2番!マリン!一発芸します!」
「なに!?マ、マリンよ。何も村田と張り合わんでも・・・」
「いいえ!羅刹様は私の羅刹様です!必殺ぅ!(シュパッ!)チャクラムGO!」
「ム?!殺気ッス!(シュイィ〜ン!)ナンのぉッス!フン!(ガキン!)」
「あぁ!?噛まれたぁ?!」
「ほらほら、喰うッスよぉ〜♪喰っちゃうッスよぉ〜♪もぉ、バリバリと!?」
「ふえぇぇん!羅刹様に買ってもらった腕輪がぁ〜!」
「む、村田よ、マリンに返してやれ・・・」
「んじゃ、兄貴経由で返すッス。タダし、口移しで・・・ん〜〜〜☆」
「仕方ないのぉ・・・ん〜〜〜♪」
「イヤああああああ!あ、羅刹様!?舌までーーー!?」
「ん〜むにゃ・・・暑いです・・・3番!篠原綾子です!」
「え?」
「へ?」
「脱ぎま・・・」
「わあああああ!?綾子ぉ!ナニしてんのよぉ!」
「か、和美!そっちを押さえ・・・早苗ぇええ!脱ぐのを手伝うなぁ!」
「お、御嬢が脱ぐなら、ワシも脱ぐッスぅ!(脱ギャ!)フンッ!」
「おええぇ(タパパッ)」
「あアァ!?小僧!不潔ぅッス!」
「4番!金沢早苗!由香里ちゃんを、指だけで秒イカせ(ゴイン!)きゅう・・・」
「5番!京本由香里!以上、文字通りの『鉄拳』でした!」
「ん?そうか、京本みたいなのもアリか。んじゃ、村田さん身体を貸して下さい」
「な、なんとぉ!?モチろんッスぅ☆へぇい!かむおぉ〜ン♪ッス!」
「6番、前嶋孝司。必殺!ゴールドラッシュ!」
「へ?」
「黄金のフック!黄金のジャブ!黄金のストレート!黄金のボディ!」
「(ドコドコドコドコ!)ん?!んんん〜〜・・・」
「トドメは黄金のコークスクリューブロー!(ガシッ!)と、止めた?!」
「ん〜〜・・・小僧の拳は、まだまだッス。兄貴の方が凄いッス。ねぇ兄貴ぃ?!」
「おぅ!7番!大下羅刹!必殺!地球に優しく限りある資源パンーチ!」
「オッス!」
「真鍮のフック!鋼鉄のジャブ!チタンのストレート!ジュラルミンのボディ!」
「(ズガガガガガガガガ!)あががががが?!」
「トドメにぃ!ダイヤモンドは永遠の輝きアッパー!」
「(キラン☆・・・ガズン!)ぅ?!」
「コフォぉぉぉぉ・・・どうだ?!村田よ?!」
「お、オフゥ・・・やっぱ、あ、兄貴の拳は芯までズシリとくるッス♪」
「そうかそうか・・・どうだ小僧、勉強になったか?」
「はい!」
「さぁ村田、次はお前の番だ!」
「オッス!8番!村田幽邃!必殺!不法投棄万歳パーンチ!いくッス!」
「ドンと来い!」
「オッス!水銀のフック!亜鉛のジャブ!燻銀のストレート!黄金プレイのボディ!」
「え?(ネチョ!ベチョ!グチャ!ギト!)ま、待て!ナンか一つだけ違うぞ?!」
「トドメに!劣化ウランの滑空デコぴーーーーん!ッス!」
「う(きぃ〜〜ん♪・・・ゴイン!)ぉお?!」
「ぷふぅぅぅ・・・いかがッスか?兄貴?」
「むむぅ・・・お前の拳は、頭にクラクラ来るのぉ・・・」
「それがまた味ッス・・・小僧、こーゆーふーにヤルっス♪」
「無理です」
 ・・・以上、現場からお伝えしました。


                    2


 さて、和美達が酒宴の始まりを告げる、乾杯のグラスを合わせてから3時間後。
 さすがに長時間の宴会は未成年者に堪えた。
 酒宴に疲れた者達は、既にベッドに潜り込んでおり、ある程度酒に強い者や、あまり
酒を飲んでいない者だけが、未だホールに残って天窓から顔を覗かせている月を眺めて
いる。
 その静かに降り注ぐ月光に、グラスを手に止めているのは・・・
「・・・静かね」
 和美に・・・
「・・・そうね」
 由香里に・・・
「・・・そうですなぁ」
 大下と・・・
「・・・あぁ」
 孝司であった。
 ちなみに、酒には無敵な筈の村田は、酒宴の最中に催された隠し芸(?)大会の終わ
りの頃、由香里の披露した一発芸、その名も「必殺(じょるじゅ)のロケットぱんち」
を、見事に顔面で堪能したため、ホールの隅っこで安らかに眠っている。
 そんな静寂に包まれた酒場の中、和美はグラスのジュースに唇を寄せながら月を眺め
て、溜息をついた。
「はぁ・・・」
 月の光を浴び、心地よさそうにしているのは和美だけではない。
 孝司と大下も、眼を閉じている・・・
 今まで休み無く続いた喧騒の・・・安らぎの一時。
 だが、皆のそんな姿を見ながら、由香里はそれを「嵐の前の静けさでしかない」と、
自分に言い聞かせていた。

・・・そろそろ・・・始めた方が良さそうね。

 皆の安らぎを壊すのは忍びない。
 だが、このまま「感情」に流されてしまうのが、由香里は怖かったのだ。
 それは何も皆に対してだけではない。
 自分も・・・この世界に対し「順応」して来たことに気が付いていたのだ。

 このまま、この「世界」で過ごすのも悪くはないだろう・・・
 このまま、この「調子」で上手くやっていけるだろう・・・
 このまま、この「力」で自由に生きていけるだろう・・・
 このまま、このままで・・・

 順応は妥協を産み、妥協は堕落に繋がる・・・
 そして、統制無き自由の最後に待っているのは・・・「自壊」だ。
 なにが何でも・・・自分達は元の世界に帰らなくてはならない・・・
 由香里は静かに目を閉じている3人に向かって呼びかけた。
「あの、みんな・・・」
「ん?」
「はい?」
「・・・?」
 ふと見れば、それまで和美同様にして月を眺めていた由香里が、なにやら革の鞄の中
を探っている。
「ナニしてんの?」
「えーと・・・あった(バサッ)・・・コレよ」
「あぁ、地図・・・」
「・・・やるか」
「・・・そうですな」
 あまりにも平和な気分に浸っていた為に、由香里の行動がいまいち理解できなかった
和美であったが、孝司が身を乗り出して地図の一点を見つめる姿に、ようやく意味が分
かり、手の中のグラスを置いた。
「・・・裕美の所まで・・・あとどのくらい?」
「楽なモンよ・・・普通に歩いて、2日もかからないわ。途中に厳しい道がナイもの」
 そう言って由香里の指さしたサーレン山の中腹から、ココの街までは草原のマークが
あるだけ・・・確かに楽な道のりだ。
「そこまでは草原だけ・・・楽ね」
 コレならば、すんなりと歩いて行けると和美は考えた。
 だが、そんな和美の考えを由香里が遮る。
「ちょっと和美。今のは冗談よ?・・・あんた、ホントに楽だと思ってんの?」
「え?」
「ふむ・・・厄介だな」
「え?なんで?」
 ポツリと呟いた孝司の言葉に、和美は首を傾げると・・・
「確かに小僧の言う通りでさぁ。和美御嬢、こんな広い原っぱのド真ん中で、敵の大群
 にでも襲われたらどーしやす?」
「それに、空からの攻撃も考えられるわね・・・」
「あ、そっか・・・」
 戦い馴れてきたとは言え、やはり和美は戦略に疎い。
 地図を睨み付けながら唸る和美に、由香里はサーレン山の頂上を指さす。
「はぁ・・・やっぱ和美には難しいかな?・・・攻めるなら、頂上からよ」
「ふーん、頂上からね・・・え?!でも、そこまで行くのに、ココを通らないと行けな
 いんじゃないの?道に迷ったら・・・」
 そう言って和美が指さしたのは、深い森・・・
 だが、由香里は自信満々に自分の左目を指さした。
「だいじょーぶよ。あたしのスコープがあるモン♪」
「で、でも・・・敵の数が多かったら・・・」
「少人数だと密林の方が有利でさぁ」
「確かに時間はかかるが、戦闘効率は良い」
「・・・それは・・・そうだけど」
 大下と孝司の言葉に、ジッと考え込む和美。
 偏ってはいるが、由香里の戦略知識は確かだ・・・
 それに、大下と孝司の意見も、もっともである。
 たった一人の邪妖精で、あれだけの強さを備えたモンスターを揃えられる・・・
 残りの邪妖精の数も解らない和美達に、軽率な行動は出来ない。
 ならば少数尖鋭で、戦う方がイイに決まっている・・・
 しかし・・・和美は、まだ納得していなかった。
 そんな和美に、由香里は再び地図を指さす。
「草原を行ったら・・・きっと、邪妖精が手ぐすね引いて待ってるわよ」
「でも、みんなで戦えば、邪妖精だって・・・」
「和美。邪妖精の力・・・侮ってはいけないわ」
 由香里が苦々しく左腕をさするのを見て、孝司が頷いた。
「・・・そうだ、邪妖精は・・・残酷だ」
「え?・・・孝司、なんで邪妖精を知って・・・あんた、まさか・・・」
「あぁ・・・夏美さんそっくりのヤツと・・・戦った・・・」
 孝司の「夏美」の言葉に、大下の脳裏に蘇るアッシュの姿。
「御嬢、それに敵は邪妖精だけではありやせんぜ。あっしは闇の精霊にも・・・出くわ
 しやした」
「え?!精霊と?!」
「へい。そいつぁ、おそらく強いですよ。なにせ、顔も殺気も龍にそっくりでさぁ」
「龍さんにソックリな?・・・んじゃ、あたしも、そいつには会ったわね。確かに、あ
 の殺気・・・邪妖精なんか比じゃないわ・・・」
 突如として出てきた「龍」と「夏美」の名前・・・だが、和美には全く判らない。
「なんで・・・龍さんと夏美さんが・・・」
「龍や夏美姐さんだけではありやせん。桂の妹にそっくりなヤツもおりやした。あと、
 悦美御嬢といつも御一緒の・・・誰でしたっけ?」
「智子ね」
「美貴さんや智子まで・・・どうして・・・」
「決まってるジャン。あたし達を動揺させる為よ」
「・・・」
「谷口のヤツは・・・俺達を本当に殺そうとしてるのだろうか・・・」
「・・・」
「判らないわ。でも、邪妖精達は殺したがっているわよ」
「・・・」
「そうでさぁ。もう、卑怯だのナンだのと言っておられやせん」
「頂上から城に向かって砲撃を・・・」
「いや、二手に分かれて・・・」
「あっしと村田が囮になって・・・」
 様々な作戦があげられていく・・・
 だが、どれも和美の「意思」に反したものばかりであった・・・
「(バンッ!)イヤ!」
「和美?!」
「・・・」
「御嬢?!」
 和美はテーブルを叩くと、叫んだ。
「もう離ればなれになりたくないの!」
「ぅ・・・」
 その言葉に由香里が呻き・・・
「それに、マリンちゃんもいるのよ!?」
「ぉ・・・」
 これには大下が呻いた・・・
「もぅ・・・誰も犠牲にしたくはないの!」
「・・・っ」
 最後の言葉に孝司が奥歯を噛みしめる。
 これが和美の「意思」であった。
 たとえ敵に見つけられやすい場所であっても、仲間の姿を常に見ていたかったのだ。
 もしも森の中を通ったら?
 知らず知らずの内に、一人づつ消えてしまうかも知れない・・・
 和美にはそれがたまらなかったのだ。
 しかし、自分一人の我が儘を通すわけにもいくまい。
 そう考えた和美は、上目遣いに3人を見上げたのだが・・・
「でも・・・どうしてもと言うなら・・・」
「草原からね」
「ヤメですな」
「・・・中止だ」
「へ?」
 あまりにもアッサリと引き下がった3人に、和美の方がかえって戸惑ってしまった。
「えーと、んじゃ草原から行くとして・・・おそらく大部隊でのお出迎えが来るから、
 装備は・・・んもぉ、計画もへったくれもないか。オールウェポンアタックだわ☆」
「そーですな。あと、弁当がいりますな」
「飲料水も用意した方がいい・・・」
「あのー・・・みんな怒ってる?」
 気まずい雰囲気にしてしまったのではと、恐る恐る声を掛ける和美だが・・・
「あ、和美。準備はあたし達でやるから、先にお風呂に入って寝てて」
「そうですな。もう休まれた方がよろしいですな」
「和美、もう休め」
「あ、えと・・・はい。それではお先に・・・」
 とても断れる雰囲気ではなかったので、和美は3人に向かってキチンとお辞儀をし、
2階へと上がっていった。
「(ぎぃぃ〜〜)・・・」
 静かに部屋のドアを開ける和美。
 それは別に、先に休んでいる早苗を気遣っているだけではない。
 何しろ今夜は「早苗と二人部屋」であるのだ。
 いかなる手段、いかなる罠を仕掛けているやも知れない・・・
「・・・あれ?」
 だが、和美の予想に反し、早苗はベッドの中で静かに眠っている。

・・・おっかしいな?絶対になんかしてると思ったんだけど・・・

 和美は足を忍ばせて部屋に入ると、荷物の中から換えの下着やタオルを素早く取り出
し、再びベッドを振り返る。
「・・・?」
 だが、早苗は動かない。
 取りあえず、和美はそれ以上深く考えないでバスルームに入ると、服を脱ぎ、下着も
脱ぎ捨て、早苗が入れてくれていた浴槽の湯船に足を差し入れた・・・が、ココでもう
一度、入口を振り返る。
(ちゃぽっ)

・・・水の音を聞いて、来るかな?

(ちゃぽちゃぽ)
 ルアー釣りの様に、足だけで水音を立てて様子を伺う和美。
 だが、早苗の気配すら感じられない。
「・・・考え過ぎか」
 和美は小さく肩を竦めると、湯船に身を委ねた・・・


(ことっ・・・)
 由香里はグラスをテーブルの上に静かに置いた。
 その視線の先には、広げられたこの世界の地図がある。
 だが由香里は、もう少し先を見ていた。
 その見つめる先にあるのは・・・
「・・・」
 静かにグラスを口元に運ぶ孝司の姿があった。
 既に作戦会議も終わり、大下が村田を担いで2階に行ってしまったので、ホールの中
には由香里と孝司しか残っていない。
 孝司は時折グラスを口に運ぶ以外は、じっと自分の両手を・・・いや、正確には、そ
の両手に巻かれたリボンとバンダナを見つめている。
 暫くも、そんな感慨に耽っている様子の孝司を見ていた由香里だが、溜息を一つつく
と、グラスの中の酒を飲み干した。
 どうしても気になることがあるのだ。
「・・・孝司」
「ん?」
 由香里の声に孝司はグラスを途中で止め、由香里の方を見る。
「ナンだ?京本」
「明日から・・・最後の戦いになると思うけど・・・」
「あぁ・・・判っている」
「・・・気持ちの準備は?」
「問題ない・・・俺のやるべきは、和美を守ることだ」
「・・・」
 和美を守ること・・・
 由香里の質問に、孝司から一片の曇りもない答えが返ってきた・・・
 だが、これは由香里の求めていた「答え」ではない。
 その「一片の曇りもない返答」が、由香里の求めていた「本当の答え」だ。
 由香里には、孝司が「変わった理由」が・・・判った。
「孝司、あんた・・・何かを守れなかった・・・ううん。何かを・・・失ったわね」
「・・・あぁ」
 重い返事・・・
 そんな返事をした孝司に、由香里は次の質問が続けられなかった。

・・・あんた・・・「誰」を失ったの?

 そのたった一言が、孝司の傷を抉る事になるのは目に見えている。
 触れてはいけないこと・・・
 それは誰にもあるのだ。
 由香里は黙し、自分のグラスに酒を注ぎ入れた。
「・・・」
 次の言葉を発しない由香里を黙ってみていた孝司だが、自分のグラスを指で引き寄せ
ると、今度は酒ではなく、先程まで和美が飲んでいたジュースを注ぎ入れる。
 そして、それを一気に飲み干すと・・・
「京本・・・俺はな・・・目の前で2つの命が失われるのを・・・黙って見ていること
 しか出来なかったんだ。何も・・・何も出来ずに、震えながら・・・だ」
 孝司は、自らその「答え」を由香里に打ち明けた・・・
 予想通りの答え・・・由香里は黙することしか出来ない。
「・・・」
「何も・・・そう。何もだ」
 そう呟くと、由香里に向かって両の拳に巻かれた布を掲げる。
「・・・」
 薄汚れ、赤茶けている布きれ・・・
 それは孝司の治療をしようとした時に、あまりにもしっかりと握りしめられていた為
に、外せなかったものだ。
 孝司はその両の拳を額に当てると、震える声で呻いた。
「・・・俺は・・・もう、誰かを失う訳にはいかない・・・」
「そう・・・ん・・・っ?!」
 悲痛な孝司の声に、由香里がグラスを口に運び、唇を濡らし、再び視線を孝司に戻し
た時・・・孝司の視線が由香里を捕らえる。
 眼に殺気が・・・いや、殺気にも近い気迫が籠もっていたのだ。
「な、なに?孝司?」
「俺は和美を守る・・・命に代えても・・・」
「・・・う、うん」
「だから・・・もし、俺が死んだら・・・早苗に伝えてくれ。和美を頼むと・・・」
「な!?あんた本気なの?!」
「あぁ。早苗の和美を愛する気持ちは、俺もよく判っている。だからこそ・・・」
「・・・判ったわ」
「・・・すまない」
(カチン・・・)
 静寂の中に、孝司と由香里の誓約を結ぶ、グラスの音が響いた・・・


「・・・そーゆーことか」
 風呂から上がった和美は、よーやく部屋の中の「異常」に気が付いた。
 そして、早苗が全く動かない理由も解った。
 それは・・・
「この部屋・・・ベッドが一つしかない」
 つまり「早苗の寝ているベッド」に一緒に潜り込んで寝るしか、早苗との約束が果た
せないのだ。
「・・・」
 約束は約束だ・・・
 それが例え「もー見え見えの罠」であっても・・・
 和美はソロソロと毛布に手を差し入れ、続けて身体を潜り込ませる。
「・・・(ぴとっ)・・・ぅ」
 早苗の肌に触れる・・・早苗は裸だ。

・・・ゆ、床で寝よッかなぁ・・・

 和美が本気でそう考えた時、早苗が静かに和美の手を握りしめてきた。
「さ、早苗。起きてたの?」
「うん・・・和美ちゃん。(ぐしっ)ちゃんと、約束・・・守ってくれたんだね」
「え?」
 早苗の声が、涙声になっている・・・
「早苗、あんた・・・泣いているの?」
「ゴメンね。でも、早苗・・・うれしんだ」
「なにが?」
「和美ちゃんが・・・早苗との約束、守ってくれたこと」
「???」
「ナンでもない☆和美ちゃん。早苗、今日はナンにもしないから・・・約束する」
「・・・え?」
「ただ・・・ダッこして」
「あ、うん・・・」
 和美は訳が判らずにいたが、それでも取りあえず、早苗の裸身を引き寄せ、抱きしめ
てやる。
 柔らかく、暖かい・・・
 早苗は和美の胸に縋ると、赤子の様に身体を丸めた。
「・・・早苗・・・どうしたの?なんか・・・あったの?」
「ううん・・・あのね、早苗・・・」
 優しく問いかけてくる和美に、伝えたいことは沢山ある。

 誰よりも和美を愛していること。
 和美が側にいるだけで幸せになれること。
 ただ・・・ただ・・・

・・・ただ、和美ちゃんと・・・いつまでも、一緒にいたいだけ・・・

 だが、早苗はその言葉を飲み込み、自分の顔を覗き込む和美を見上げる。
「和美ちゃん。あのね、明日から・・・裕美ちゃんのトコ、いくんだよね?」
「えぇ・・・そうよ」
「・・・裕美ちゃん、強いんだよね?」
「・・・えぇ」
「もし・・・もしだよ?早苗が・・・死んじゃったら、和美ちゃん、悲しい?」
「な!?ナニ言ってるのよ早苗!」
「悲しんでくれる?」
「当たり前でしょ。悲しいに・・・」
「孝司が死んでも?」
「・・・えぇ」
「・・・早苗が死んだら、和美ちゃん・・・孝司としゃーわせになってね」
「早苗!?」
「いいの・・・孝司が早苗ちゃんに負けないくらいに、和美ちゃんを愛しているコト、
 早苗には判るの。だから・・・和美ちゃんを悲しませたくないの」
「・・・」
「だから・・・だから・・・(ぎゅっ!)っ?!」
 和美はなにも言わず、早苗を抱きしめた・・・


「・・・兄貴ぃ」
「ん?なんだ。目が覚めたのか?」
「へい・・・」
「どうした?」
「いえ・・・小僧のことなんッスけど・・・」
「あぁ・・・」
「なんか、辛いコトがあったんスかねぇ・・・」
「だろうな・・・短期間で、あそこまで人格が変わったのだ・・・並大抵のコトではあ
 るまいて・・・」
「かわいそッス・・・」
「されど男が・・・いや、漢(おとこ)が成長していくには・・・必要なモノなのだ」
「・・・う(ぐしっ)」
「泣くな村田。明日からの決戦では、更に辛いことがアルかも知れないのだぞ?」
「うっく・・・わかったッス」
 その夜、キラリと光る涙と鼻水を枕に擦り付け、村田は静かに漢泣きを続けていた。


                    3


 翌朝・・・
「・・・んっ」
 窓から差し込んできた柔らかな光に頬を撫でられ、和美は静かに眼を覚ました。
 その胸の中では、早苗が安らかな寝息をたてて眠っている。
「・・・」
 和美は優しく早苗の髪を撫で付けた。

・・・なにも・・・なかった・・・

 昨晩、早苗は約束通り、和美にナニもしては来なかった。
 期待をしていた訳ではないが・・・和美は、早苗が「求めて」きても受け入れるつも
りであったのだ。
 早苗の自分を想う気持ちが、痛いほど判った・・・
 自らの命に代えてまで、自分を救おうとした・・・
 そんな早苗の気持ちが・・・重く、重く、和美の心にのし掛かってくる。
 今までにナンの答えを出してやる訳でもなく、ただ、ただ「はぐらかしていた」だけ
の自分に、情けなさを感じる。
「すーー・・・」
 幸せそうな早苗の寝顔・・・
 この幸せを・・・失わせるわけにはいかない。
「・・・早苗」
「・・・っ・・・あふぁ・・・和美ちゃん・・・」
 和美は早苗の額に軽く口づけてから身体を揺すってやると、早苗は目を擦り、欠伸を
しながらモゾモゾと眼を覚ました。
「早苗、そろそろ起きなさい」
「え・・・あ、うん・・・ご飯だ・・・」
 そう言うと、早苗はベッドから抜け出そうと身を捩るが・・・和美は何故か、早苗の
身体を離そうとはしない。
「ん?和美ちゃん?」
「・・・もうちょっと、寝てよっか?」
「・・・う、うん」
 珍しく戸惑う早苗を、和美は再び胸に抱き寄せる。

・・・あは☆・・・和美ちゃんの身体、気持ちいい♪・・・気持ちが・・・あぅ〜。

 そんな和美の胸に、らっきーとばかりに顔を埋めていた早苗であったが、腰に沸き上
がってきた甘い感触に、身体を引き剥がそうと慌てて身を捩った。
「んぁ〜☆か、和美ちゃん。ダメだよ。早苗、このままじゃ欲求不満になっちゃう!」
 だが、そんな早苗を和美は・・・
「・・・いいよ」
「え?へ?・・・和美ちゃん・・・あの(ギュッ)・・・え?」
 我が耳を疑っている早苗を、和美はそう言って抱きしめたのだ・・・
「・・・いいのよ・・・早苗・・・」
「・・・あの・・・ホントに?」
 まだ和美の言葉が信じられない早苗は、そっと和美に顔を寄せてみる。
 和美は黙って頷き、目を閉じた・・・
「・・・(スリ)・・・」
 早苗はゆっくりと頬を擦り寄せ、唇を這わす・・・
「(スリスリ)・・・?」
 今一度、擦り寄せていた顔を離し、和美の顔を覗き込む早苗。
「・・・」
 だが和美の瞳は閉じられたままだ・・・
 再び早苗は頬を擦り寄せ、今度は恐る恐る唇を近づける。
「(スリ・・・スリ・・・チュッ)」
 唇を寄せながら、一瞬だけ唇を重ねる早苗・・・
 だが、和美は・・・逃げようとはしない。
「・・・(ちゅ・・・チュル)」
 早苗は思い切って深く唇を重ねると・・・
「ん(チュル・・・チュ・・・)」
「ん・・・」
 和美の吐息が早苗の唇に当たった・・・和美は僅かに口を開けている。
 早苗はゆっくりと、舌を差し入れた・・・
(ちゅ・・・る)
 和美の舌と唾液が入り交じり、早苗の中に流れ込む・・・
 早苗はそのまま唇を重ねながら和美に覆い被さると、左手は腰、右手を和美の背中に
回した。
「んっ・・・」
 サラサラとした和美の髪に指を絡め、背骨をなぞりながら抱きしめる・・・

 口に和美の吐息が・・・流れ込んでくる。
 肌に和美の温もりが・・・伝わってくる。
 鼻に和美の芳香が・・・満ちてくる。
 全ての「和美」が自分を包み込む感触・・・

「ん・・・(ギュッ)・・・ぁ」
「・・・」
 唇を重ねながら、そっと抱きしめてくる和美に、早苗は強く抱きしめて答えた。

・・・和美ちゃんが・・・和美ちゃんが、早苗を・・・

 和美と出会ってから、ずっと続けてきたこの想いが・・・
 ようやく叶うのだ・・・
 唇を重ねていた早苗は、腰に添えていた左手をまさぐり、そろそろと和美のシャツの
縁を摘んだところで・・・唇を離し、もう一度、和美の顔を覗き込む。
「・・・和美ちゃん・・・ホントに・・・いいの?」
「・・・ん」
 和美は顔を紅潮させながらも、眼を閉じて小さく頷く。
 その頷きに、早苗の瞳に涙が浮かぶ。
「和美ちゃん・・・うれしい・・・」
 そう呟くと、早苗は再び唇を重ねながら、そっと手をシャツに潜り込ませた。
 ゆっくりと和美の肌に触れ、指を滑らせ、その感触を味わう。
 だが、それは決して和美をじらしたり、更なる快楽を誘う為のものではない。
 早苗は・・・確かめたかったのだ。

 和美が存在することを・・・
 和美が早苗の側に居ることを・・・
 和美が早苗の「愛」に答えてくれることを・・・

 そして、早苗の指が和美の胸に触れる。
 柔らかく暖かな和美の乳房・・・
 早苗は優しく持ち上げる様に軽く揉みながら、人差し指を恐る恐る近づけると、その
硬くなった先端を指先で擦りあげた。
「・・・」
 だが、和美は眼を閉じたまま・・・
 早苗は今度は身体を潜り込ませると、和美のシャツをまくり上げると、露わになった
乳房にそっと口づけ、頬を擦り寄せ、顔を埋める。
 先ほどよりも強い「和美」の香りが早苗の鼻孔を満たし、生命の鼓動が肌を通して伝
わってくる・・・
 早苗はそのまま唇を寄せ、赤子の様に乳首に吸い付いた。
 いつも女の子と肌を合わせている時とは違う感触・・・
 興奮や陶酔を感じる、あの馴れた一時とは全く違う・・・
 求めていながら、懐かしくも思い出せない・・・
 それはまるで、母に抱かれるような感覚・・・
 そう・・・安らぎを感じるのだ。

・・・もっと・・・もっと和美ちゃんを・・・感じたい。

「・・・はぁ・・・」
 小さく息を吐き出し、早苗は和美を抱きしめていた両手を、下に・・・滑らせた。
 ショーツの両脇に指を絡ませながら、ゆっくりと身体をズリ下げていく。
 和美のショーツが丸まって下がっていくと同時に、早苗の唇が和美の腹部を、臍を、
下腹の茂みの中を這っていく。
 そして・・・早苗の唇が和美の膕(ひかがみ:膝の裏側)に達した時、ショーツが遂
に和美の身体から離れ・・・床に落ちた。
「(シュル・・・パサッ)んっ・・・」
 その一瞬に、和美の身体が強張る。
「ぇ・・・和美ちゃん・・・」
 それを感じ、早苗は思わず顔を浮かし掛けたが・・・
「早苗・・・続けて」
「・・・うん」
 毛布の向こうからの和美の声に、早苗は両手を和美の太股に添えると、静かに持ち上
げていく。
 だが・・・

・・・和美ちゃんの身体が・・・ぎこちない・・・

 早苗は和美の脚を開くのを躊躇った。
 この一線を越えた時が・・・怖いのだ。
 和美は「早苗を拒んでいる」のではないことは判る。
 しかし、和美は「早苗を求めている」のでもない・・・
 失いたくない・・・
 和美を失いたくはない・・・
 和美と結ばれることを夢見ながら、結ばれた後のイメージが沸かないのだ。
 早苗の中で吹き荒れる、和美への思い・・・

・・・和美ちゃんの気持ちは・・・

 早苗はその答えを求め、和美の脚に顔を割り込ませた。
「・・・あっ!」
「(きゅっ)・・・」
 やはり抵抗がある・・・
 和美は、ともすれば閉じようとする脚を、必死になって押さえつけようとしているの
が、早苗には解ったのだ。
 それも、羞恥心や恐怖心から来るものではない・・・

・・・和美ちゃん・・・迷ってる。

「ん・・・っ」
「和美ちゃん・・・ダメだよ」
 早苗はゆっくりと顔を上げた。

 和美は・・・自分の気持ちに答えてくれたわけではない。
 ただ、これから裕美との最期の決戦がある・・・
 死ぬかも知れないと言う、一時的な感情に流されたにすぎない・・・

 早苗はそう悟ったのだ。
 おそらく、相手が早苗でなく「孝司」であっても・・・和美は抱かれたであろう。
 急に身体を離した早苗に戸惑いながら、和美は早苗の手を掴む。
「早苗・・・どうして?」
「・・・和美ちゃん。元の世界に帰ったら・・・そんで、和美ちゃんが、心から早苗の
 コトを愛してくれたら・・・続きをしよーね♪」
「早苗・・・ゴメン・・・ゴメンね・・・」
 そう言って優しく和美の手を返すとベッドから降り、床に落ちたショーツを手渡して
きた早苗の笑顔に、和美の眼から涙が溢れた・・・


 その頃、1階のホールでは・・・
「ぐおおおおおお・・・」
「くかーーーーー・・・」
 散乱したグラスや、料理の残った皿が置かれたテーブルに突っ伏し、由香里と孝司が
豪快なイビキをかいて寝っている。
 あれから意気投合した2人は、結局、朝まで飲んでいたのだ。
 ちなみに、由香里はフル装備のまま眠っている・・・よく身体が痛くないものだ。
 と、安らかな寝息をたてている2人に、忍び寄る影が・・・
「ぐぅうううう」
「すぴーーーー」
「・・・せぇ・・・のぉ!(どべん!)はいッス!」
「おわっ?!」
「きゃぁ?!」
「グッドモーーーーーニング、異・世・界ィ!ッス!本日から最終決戦の朝ッスよぉ!
 ハイハイハイ!目ぇを覚ましてぇ!(ドカバキズガボキッ!)オウッ!?」
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ!」
「へぇ、はぁ、ふぅ!」
「大丈夫か村田?だからヤメておけと言ったのだ・・・朝からケガをするな」
「オッス!この位、平気ッス♪んじゃ、あっしは朝食と今日のお弁当の準備を・・・」
 村田はそう言うと、ダラダラと血を流しながらもスクッと立ち上がり、キッチンに向
かった。
「お、大下さん。村田さんを放し飼いにしないで下さい!」
「そうですよ。モンスターかと思いました!」
「いやぁ、申し訳ありやせん。アレはあいつの癖なんでさぁ。試合前とかも、やたら緊
 張すると、ハイテンションになりやがる・・・それよりも、お二方・・・」
「・・・はい」
「・・・なにか?」
 何時になく神妙な顔の大下に、由香里と孝司の顔が強張る。
 そして大下は、そんな二人の顔を交互に見て、深く頷いた。
「今日から・・・最期の決戦でさぁ。お覚悟の程は・・・」
「・・・大丈夫です。絶対に・・・」
「モチロン・・・生きて帰りますよ」


(かちゃかちゃ・・・)
 静かなテーブルに、食器の音だけが喧(やかま)しく響く。
 村田の用意したボリュームたっぷりの朝食は、決して不味くはなかった。
 だが、誰もが無言でパンを、サラダを、ハムを噛みしめる。
 皆、緊張しているのだ。
 これから・・・壮絶な戦いが待ち受けているのは間違いない。
 そして、それは絶対に避けて通ることは出来ず、死ぬ確率も高い・・・
 それを知っていて、緊張しない人間がいるのだろうか?
 あの村田でさえ、部屋の雰囲気に飲まれ、黙したままだ・・・
「・・・ごちそうさん(かちゃん)」
 一番先に席を立ったのは由香里だ。
 フォークを皿に置き、部屋に戻っていく。
「ごちそうさまぁ・・・」
「ごちそうさまでした」
 和美と早苗が席を立った・・・
「御馳走様でした・・・」
「おいしかったです・・・」
 綾子とマリンも席を立つ・・・
「・・・馳走さま」
 そして、孝司が席を立とうとした時・・・
「ま、待つッス小僧!」
「なにか?」
「ま、待って欲しいッス。今日が、さ、最期の朝食になるかもしれないッス・・・だか
 ら、最後まで付き合って・・・」
「待てぃ!村田!」
「ひぃっ?!」
「情けないぞ村田・・・小僧、支度をしてこい」
「・・・はい」
 大下の声を背中で受け、孝司は小さく頷いて部屋に向かった。
 これでホールに残ったのは、村田と大下だけだ。
 無言でパンを引きちぎり、口に運んでいく大下の隣で・・・
「・・・ぅ」
 パンを握りしめる村田の手が・・・細かく震えている。
「兄貴ぃ・・・」
「なにも言うな村田。ワシらは死なん・・・絶対に・・・生きて戻るのだ」
「で、でもッスよ・・・」
「黙れ!今朝までの貴様の意気込みはどうした?!貴様がそんな弱気でどうする?!」
「うっく・・・でも、兄貴ぃ・・・ワシ、ワシ・・・」
 大下に叱咤された村田の目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる・・・
 その巨体を揺らしながら、必死にしゃくり上げる・・・
 とても考えられない光景・・・
 大下も、こんな弱い村田を見るのは初めてであった。
 何時も・・・強気を通り越して傲慢とさえ感じさせるあの村田が・・・
「ぐしっ・・・」
「堪えるのだ。お嬢さん達を・・・必ず連れ帰るのだ」
 大下はパンを噛みしめた・・・


 そして、小1時間後・・・
 全員、装備を整えて店の入口に集合した。
 武器はモチロンのこと、大量の食糧、飲料水、医療品、野営の為の臥具(がぐ)も忘
れない。
 たとえ2日で着く距離とは言え、備えあれば憂い無しだ。
 一番最初に入口を出た早苗は、和美に背中を見せながら鎧の留め金の部分を指さす。
「和美ちゃん、背中の方止まっている?早苗、急いで出てきたから鎧が上手く着られな
 かったんだけど・・・」
「うん、ちゃんと引っかかっているわよ」
「よかった・・・あれ?」
 和美に留め金の部分を締め直してもらった早苗は、笑顔で和美に振り向いたのだが、
その和美が「めぼしい武器」を持っていないことに気が付いた。
「和美ちゃん、武器は・・・そのピッケルとショートソードだけ?」
「えぇ。ホントは槍もあったんだけど・・・村田さんに食べられちゃった」
「ふ〜ん・・・あ!そだ!今の和美ちゃんにピッタシのプレゼントがあったっけ!部屋
 に置いて来ちゃったから、今取ってくる!ちょっとコレ持っててね!」
 そう言い残すと、早苗は和美にモーニングスターとフレイルを手渡し、宿の中に駆け
戻っていく。
「プレゼント?」
 と、首を傾げている和美の隣では、綾子とマリンが大きなバスケットの側にしゃがみ
込んで中を覗き込んでいた。
 見ればバスケットの周りには、風呂敷包みや水筒、リュックサック等まで・・・
「マリンちゃん、忘れ物はありませんか?」
「はい。お茶もお弁当も持ちました☆」
「あら?この包みは何でしょうか?」
「はい、コレは早苗様のおやつです♪」
 え、え〜と・・・そ、そして、完全にピクニック気分である綾子とマリンの隣では、
由香里が全装備の最終点検をしていた。
 さすがに由香里は戦闘準備に余念がない。
「よっと・・・(ビシッ、ビシッ)・・・ん・・・OKね☆」
 爆炎砲の銃床を掌で叩き、銃身にガタツキがないことを確認すると、ハーネスを襷掛
けにする。
 今度は左肩のチューリップを外すと、エネルギーカートリッジを装填し・・・
「よいしょ・・・(カション)」
 そして再び肩に固定すると、本体から延びているチューブをメガネのフレームに装着
し、レンズに映し出された情報を確認する。
「ん〜っと(パチッ・・・キュィーン、ピッ)あれ?照準が少しズレている。おっかし
 いな?え〜と、ドライバードライバーと・・・ん?」
 ふと、足下に置いていたツールパックに手を伸ばした時、その由香里の足下で、村田
が巨体を小さく屈め、小刻みに肩を震わせているのに気がついた。
「・・・ぅ」
「えと・・・村田さん?どっか体の具合でも・・・悪いわけないか」
「へ、へい・・・」
 だが、どうにも顔色が悪い。
 今朝、由香里と孝司を叩き起こした時の村田とは、全く雰囲気が違うのだ。
「どうしたんです?今朝まであんなに元気だったのに・・・」
「ちょ、ちょこっと・・・きゅ、急にブルーになったッス・・・」
「へぇ・・・珍しい。闇の精霊や邪妖精が怖くなったんですか?」
「べ、別に化け物が怖い訳じゃないんッス。ただ・・・」
「ただ?」
「・・・初めてなんッスよ。ホントに死ぬかも知れないって事が・・・」
「・・・」
「由香里嬢、あっしには解るんッスよ。今度ばかりは・・・間違いなく・・・」
 そう言って頭を抱える村田・・・
 そう・・・今まで村田には、龍の拳によって、夏美のヒールによって、そして数多の
事故によって・・・と、踏みしめてきた「死の淵」の数は、数え切れないほどある。
 無論、その度に強靱な筋肉で踏みとどまってきたのだ。
 だが、今度ばかりは「淵」はない。
 直球ストレート、ストライクど真ん中!の「死」が・・・待ち受けているかも知れな
いのだ・・・
 由香里にも村田の心情が判る・・・
 そんなガタガタと震えている村田を、由香里は少しだけ「見直して」いた。

・・・へぇ〜・・・やっぱ、村田さんって、ホントに「修羅場」を潜ってきたんだぁ。
   んでなきゃ、死の恐怖感を・・・肌で感じられないモンね。でも、このままじゃ
   ちょっと困るわね。

 由香里は腰に付けた革袋から薬のビンを取り出すと、村田の手に握らせた。
「もう。しっかりして下さい・・・はい。コレあげます」
「こ、コレは?」
「ソレを一気に飲めば、不安なんて吹き飛びますよ♪」
「へ、へぇ・・・んじゃ、いただくッス(キャポッ!)」
 そして、薬の蓋を開ける村田の隣では、大下と孝司が準備体操をしていた。
「いっちにぃさんしと・・・」
「うむ。小僧、アキレス腱も伸ばしておくのだぞ」
「はい・・・ん?大下さん。この煙突はなんですか?」
 孝司は大下の足下に転がっている、大きな煙突のようなモノに首を傾げる。
 だが、大下は爽やかに微笑むと・・・
「由香里御嬢の・・・秘密兵器だ」
「はぁ・・・あ、村田さんも持っていますね。一体なんですか?」
「うぅ〜む。ワシも教えてやりたいのだが・・・由香里御嬢のことだ、ご自分で発表し
 たいであろうから・・・」
「なるほど・・・とは言え、ナンか見たことがあるような・・・」
「ところで小僧。ワシと村田は素手で戦うが、小僧は・・・なにか武器はあるのか?」
「はい、村田さんから貰ったメリケンサックがあります。ね、村田さん♪」
「・・・」
「ん?村田のヤツ、急に静かになったな?」
「ヘンですね・・・なぁ、京本」
「ん?なに孝司?」
「お前、さっき村田さんにナンか薬のビンを渡してただろ?あれから村田さんの様子が
 おかしいんだが・・・」
「ヘンね?元気がなかったから、元気の出る薬をあげたのに・・・」
「元気の出る薬?」
「うん・・・ね、村田さ・・・」
 そう言って由香里は、自分に背を向けてしゃがみ込んでいる村田の肩を、何気なく叩
いた・・・次の瞬間!
「ウヒャヒャヒャ〜〜〜〜☆絶好チョォッスよぉおおお!」
 村田は奇声と共に勢い良く立ち上がったのだ!
「村田さん?!」
「む、村田さん?!」
「村田様ぁ?!」
「あり?」
「京本ぉ!お前、村田さんにナニをやった?!シャブか?!コカインか?!」
「む、村田ぁ!貴様どうしたのだ?!」
「うほぉ〜〜〜〜♪あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ〜ッス☆」
 大下の呼びかけにも応えず、笑いまくる村田。
 その目は血走り、口からは泡を吹きと、もはや正気ではない。
 そんな皆が村田を遠巻きにしている中、由香里は隣にいたマリンにそっと囁く。
「お、おっかしいわね?ね、マリンちゃん。昨日貰った竜角惨って薬・・・アップ系?
 ダウン系?それともサイケデリック系?」
「ただの気力回復薬ですが・・・」
「そうだったよね?なのに・・・おっかしいな?」
「昨日のって・・・あの、まさか村田様に?!村田様は何粒飲んだのですか?!」
「あーーはははははははははははははははははははは、あはぁ!ッス♪」
 マリンと由香里が「笑いながら百裂拳」を繰り出している村田の手を見ると、その手
には「お徳用サイズ竜角惨・100錠入り」の「空ビン」が、しっかりと握りしめられ
ているのが見えた・・・
 どうやら全部飲んだらしい。
「えーと・・・アレって、1回につき何錠までなの?」
「大人で1回1錠、1日で5錠までなのですが・・・」
「・・・ま、村田さんも元気になったみたいだし、あたしには全然悪気が無かったし、
 善意無過失、みんな良かったネ♪という事で(バチこ〜〜ん!)あいたぁあ?!」
「あんたのせいだったわけ?!」
「ま、待ってよ和美、あたしはナンにも(グイッ!)わ、悪かったってば!」
「どー考えても、あんたの責任よ!村田さんを、どーにかしなさい!」
「どーにかって・・・んじゃ、コレで(ジャコッ)」
「ほぉ〜(プルプル)それでどうしようって(プルプル)わけぇ〜!?」
「じょーだんだってば!」
 爆炎砲のコッキングレバーを引いた瞬間、和美の手に握り締めらていたモーニングス
ターが震えるのを見て、由香里は慌てて手をあげた。
 あんなもんで殴られたら、文字通りに頭がへこんでしまう。
「う〜ん・・・んじゃあ・・・(じょるじゅ)で後頭部をひっぱたいて・・・」
 だが、由香里がそう言いながら左腕に目を落とした時、頭上から元気な声が響いた。
「うんしょ、うんしょ。かっずみちゃーーん!コレ、早苗からのプレゼントぉ〜☆」
 そう叫びながら、早苗は宿屋の2階の窓から身を乗り出すと、昨日に見つけた、壁に
掛かっていた「和美へのプレゼント」を放り投げ・・・
「(ひゅーーーー、げいぃ〜〜〜〜ん!)もぉおおお!?」
 宿屋の2階から早苗が放り投げたプレゼントは、狙い違わず村田の頭頂部を直撃!
 そして・・・
「おふぅぅぅぅ・・・(ズシーーーン!)」
 地響きと共に村田が倒れ伏し、全員の目がテンになる。
「・・・あ。当たっちゃった」
 目の前で白目を剥き、スローモーションで村田が倒れるのを見ていた和美は、早苗の
呟き声で我に返ると上を向いて怒鳴った。
「こ、こらぁ!さ、早苗ぇ!あれほどモノを投げるんじゃないって言ったでしょぉ!」
「・・・ゴメンちゃい。和美ちゃん・・・」
「そうよ早苗。壊れたらどうすんの?」
「違うでしょ由香里!当たったら危ないでしょ!?」
「いーじゃん。あんたには当たンなかったんだから♪」
「んなコトよりも、村田さんが・・・」
 孝司の言う通り、少しは「当たった」村田の心配をしろ。
 一応、刃のない先端の部分だったとは言え、かなりの重量があると思われる「長柄両
頭戦斧(グレートバトルアックス)」が、脳天に直撃したんだぞ?!
 さすがにヤバいと思ったのか?大下が村田の顔を覗き込む。
「む、村田よ。生きておるか?」
「うぅぅ・・・ん?・・・よーやく薬の効き目が切れたッス。でも、副作用のせいか、
 チョコッとだけ頭が頭痛ッス。あ、グッもーにんぐ兄貴ッス♪」
「・・・」
 そう言い、シュタっと手を挙げながら起きあがる村田に、言葉を失う一同・・・

・・・判りきっていたけど、やっぱ常識が通用しないんだ・・・<和美
・・・チョッとだけ期待をしたけど、やっぱ死なないんだ・・・<由香里
・・・俺達はホントに、これからの戦闘で「死ぬこと」があるんだろーか?<孝司
・・・この二人に戦いを任せたら、だいじょーぶそーだなぁ・・・<早苗
・・・まぁ。村田さん、大したケガもなくて良かったですわ♪<綾子

 と、頭を押さえながらも笑顔の村田に、何故か「妙な安堵感」がパーティーの中に広
がる。
「いやぁ、ご迷惑をかけたッス。ハッハッハ☆」
「あははは・・・あ」
 そんなナンともない村田と一緒になって笑っていた和美だが、ハッと我に返ると両頭
戦斧を拾い、サーレン山を指さした。
「・・・そんじゃ、そろそろ・・・気楽にイコっか?」
「おーーー!」


 その頃・・・
「裕美様、異世界の戦士達が動き出しました!」
「ん〜〜っ・・・アッシュ☆今度はストロベリージャムがいい!」
「はい、裕美様」
 大きな食堂に置かれた巨大なテーブルでは、裕美とアッシュが遅い朝食を摂っている
最中であった。
「はい、裕美様。アーンして・・・」
「ア〜〜♪・・・あむ☆」
 アッシュの手から、たっぷりとジャムの塗られたマフィンが差し出されると、裕美は
口の周りにジャムが付くのも構わずに頬張る。
「フフ・・・」
 そしてアッシュの方は、その裕美の無邪気な姿に微笑みながら、悠然としてコーヒー
を口元に運んだ。
 だが・・・
「ゆ、裕美様。アッシュ様・・・」
 異世界の戦士達の出発を報告したにも関わらず、無視をされた形のソフィアは戸惑い
を隠せずに狼狽えた。
「あ、あの、異世界の戦士達が・・・」
「あむあむあむ・・・(もぐもぐ)」
「裕美様、お口の周りがジャムだらけですよ」
「えぇ〜?アッシュ、取ってぇ☆」
「はい」
 裕美の唇の周りを丹念に舌で拭うアッシュ・・・
「きゃ、くすぐったい☆」
「甘いですよ・・・裕美様の唇」
「裕美様、戦闘の準備を・・・」
「んもぅ、ソフィアぁ。チョットは気を使ってよぉ。篠原さん達が出発したんでしょ?
 1回聞いたら判るよぉ・・・」
「ソフィアよ。あの街からココまで来るのに、約2日はかかる。それに、その途中の草
 原にはエレーヌのモンスター軍を配備してある・・・今日、来ることはあるまい」
「・・・な!?」
 裕美とアッシュの言葉に、ソフィアの拳が震えた。
 知らなかった・・・
 自分には一人として、部下がいないのに・・・
 隊長の自分ではなく、エレーヌに部隊が配備された事も・・・
 隊長の自分を通り越して、戦略が進められていたことも・・・
 何も・・・知らなかったのだ。
「・・・」
 無言のままに立ち上がると、ソフィアは食堂を後にした・・・


                    4


 さて、和美達が街を出てから、広大な草原の入口に辿り着いたのは2時間後のこと。
 予定よりも随分と遅くに出発してしまった為、時刻は既にお昼近くとなり、太陽は頭
の上に来ていた。
「ふぅ・・・」
 和美は額の汗を拭いながら、目の前に広がる草原を眺める。
 どこまでも続く緑の大地・・・
 風が靡く度にうねる緑の海・・・
 そして、その向こうに聳えているサーレン山・・・

・・・あそこに・・・裕美が・・・いる。

 和美が両頭斧の柄を握り締めた時、後ろから、か細い声が聞こえてきた。
 途中、戦闘がなかったとは言え、太陽の下を休み無くブッ通しで歩いてきたために、
一般人のマリンと、お嬢様の綾子が音を上げたのだ。
「はぁ、はぁ・・・待って下さい、和美様ぁ」
「はぁ、はぁ・・・和美さん、少し休ませて下さい」
「しっかりするッス、綾子御嬢・・・」
 見れば大下と村田に支えられ、二人とも草むらにへたり込んでいる。
 マリンを抱えながら大下が和美に向かって顔を上げた。
「大丈夫かマリン?・・・和美御嬢、少し休みませんか?」
「え?あ、はい・・・すいません、気が付かなくて・・・由香里、少し休憩にしない?
 マリンちゃんと綾子が疲れたって・・・」
 和美は両頭斧を地面に突き立てると、先頭を歩いていた由香里を呼び止める。
 由香里も後ろの状況を把握すると、片手をあげた。
「ん?そうね・・・んじゃ、きゅうけ〜い♪」
 由香里の言葉に、各自が大きな溜息と共に、草むらに腰を下ろす。
 皆、口には出してこそいなかったが、かなり疲れていたようだ。
「綾子ちゃん、マリンちゃん☆お菓子は?!」
「待って下さいね早苗ちゃん」
「えーと、こっちはお弁当だし・・・」
 早苗は早速、綾子とマリンのバスケットに首を突っ込み・・・
「こ、小僧、飲むッス。水分補給ッス!」
「どうも(こくっ、こくっ・・・)はい、村田さん」
「オッス(じゅるじゅるじゅる)ぷはあああ〜!」
「・・・普通に飲んで下さい」
 村田と孝司も、水筒の水を分け合って飲み始めている。
 そんな中、和美と大下は随分と近くなったサーレン山を眺めた。
「かなり・・・近くなりましたね」
「へい・・・もうすぐ、お家に帰れまさぁ」
「・・・うん」
 大下の言葉に、和美は握っていた両頭斧の柄を握りしめる。

・・・お父さん、お母さん・・・心配してるだろうな・・・

 突如として思い出された両親の顔・・・
 こみ上げてくる涙に、和美が思わず目頭を指で押さえた時・・・
「・・・ピィー・・・」
「え?」
 みょーな鳴き声が和美の耳に入ってきたのだ。
 お菓子を頬張っていた早苗、バスケットの中を探っていたマリン、お茶を煎れていた
綾子、水を飲んでいた孝司や兄貴達も妙な鳴き声に振り返る。
「な、なに?」
「変な鳴き声がしました・・・」
「モンスターでしょうか?」
 大下と和美が周囲をキョロキョロと見回していると、ハッとしたようにして由香里が
バックパックを降ろし、背部のロックを外した。
「あ、そ〜だった。そろそろ『プチハニー』達にエサをやる時間だったっけ♪」
「・・・エサ?」
 首を傾げる和美の目の前で、由香里がバックパックの蓋を開くと・・・
「ぴぃーぴぃー☆」
「あーよしよし。は〜い、みんな出ておいでぇ〜☆」
「ぴぃー♪」
「わ☆かっわいぃいいいいいい〜!」
「・・・な、なに?」
「なんですの?」
「モンスターじゃないか?」
「コレは一体・・・」
「兄貴、こいつぁ・・・埴輪ッスよね?」
 皆の見守る中、小さな(ハニー)達が出てくると由香里の前で整列をしたのだ。
「はい。気をつけー!」
「ぴぃ!」
「まえー!ならえ!」
「ぴっ!」
「はい、良くできました。ほーら、みんなで仲良く食べるのよぉ〜☆」
「ぴぃーーー♪」
「ゆ、由香里。あんた・・・それ」
 由香里の与えたパンくずに、盛んにパクついている(プチハニー)達に、和美が手を
伸ばそうとするが、由香里は慌ててその和美の手を押さえるが・・・
「ダメよ和美!この子達に触っちゃ!この子達は・・・」
「あはっ☆ホント、かーわいーーー!」
 既に早苗が一匹の(プチハニー)を手に乗せ、頬擦りをしているではないか?!
「うわぁ!早苗!?みんな!伏せて!」
「え?(バシューーーーーン!)うきゃあ!?」
 由香里の叫びに、早苗を除く全員が伏せた次の瞬間、激しい噴射音と大量の煙を撒き
散らしながら、1匹の(プチハニー)は天高く打ち上がっていった・・・
「・・・早苗、生きてる?」
「ゆ、由香里ちゃ・・・ん・・・な・・・なに・・・アレ?」
「やれやれ・・・1匹ソンしちゃったじゃない」
 由香里は真っ黒になって呻いている早苗を横目に起きあがると、何やらケーブルらし
きものをバックパックから引き延ばしてスコープに繋ぎながら、残った(プチハニー)
達を指さした。
「この子達はね、言うなれば・・・生物兵器ってトコね」
「生物兵器・・・ですか?」
 綾子の言葉に由香里は軽く頷くと、黄土色と茶色にピンクと言う、一風変わった迷彩
色の(プチハニー)を指さした。
「そ。このインド軍砂漠戦線仕様迷彩色のが『ネオマイン・プチハニー』って言って、
 自動追尾型の動力爆雷で、有効距離が・・・まぁ、簡単に言うと自分で敵を探してく
 れる爆弾ね。だから、むやみに触ると爆発するわよ♪」
「うっ・・・」
 爆発の言葉を聞いて、思わず皆が一歩引く。
 だが由香里の方は構わず、今度はオリーブドラブ、カーキ、黒と、色こそは普通の迷
彩色だが、随分と細引きの模様が施された(プチハニー)を指さす。
「そんで、こっちにいるタイガーストライプのが『ファンネル・プチハニー』って言う
 の。この子達はあたしの・・・言うなればオプションね。集まってバリアーになって
 くれたり、みんなで力を合わせて強力な攻撃も出来るの。この子達は触っても爆発し
 ないわよ。ほら☆」
 そう言って、由香里が一匹の(プチハニー)の頭を撫でると、その(プチハニー)は
由香里の指にまとわりついてくる・・・どうやら、じゃれているらしい。
「ん〜♪い〜こねぇ〜☆」
「ピー(すりすり)ピィ〜☆」
 そんな一頻り(プチハニー)を撫でていた由香里であったが、早苗が勝手に触った為
に打ち上がってしまったモノと同じ、青と白と水色の迷彩色の(プチハニー)を指さし
て・・・
「んで、こっちの航空迷彩のヤツが『フライング・プチハニー』って言うの。この子は
 凄いわよ♪ナニしろ体内に自動噴進装置とバシップハニーセンサー、更にはステレオ
 カメラを搭載して、自分の思考で目的地までを・・・ん?」
 と、そこまで得意げに説明していた由香里であったが、ふと皆を見れば・・・
「ぅ〜・・・」
「はぁ・・・」
「ちと難しいですのぉ?」
 頭の上に、大量の「?」マークが浮かんでいる。
 その光景に、由香里は首を傾げた。
「どしたの?みんな?」
 孝司は首を振りながら溜息を吐く。
「やれやれだ・・・京本、少しは判りやすく説明したらどうだ?」
「あり?今のじゃダメ?」
「当たり前だ。大体、お前の説明は専門的すぎるんだ。ん?・・・ホラ見ろよ、早苗と
 マリンちゃんと村田さんが・・・」
「の〜みそがぁ〜☆」
「オーバーヒートーぉ〜☆」
「ぷしゅ〜ッスぅ〜・・・」
 そう言って孝司が指さした先では、早苗とマリンと村田が頭を抱えている・・・
 どうやら3人共、頭のどっかで動作不良を起こしたらしい。
「あ〜・・・ゴメン。言うなれば・・・ミサイルみたいなモンよ。空を飛んでったこの
 子達の目から送られた映像が、あたしのメガネに付いているモニターに映し出されて
 来るわけ。よいしょっと・・・(キュイーーーン、カシャン)ん、出た♪」
 由香里がターレットスコープを展開させると、先程打ち上がったプチハニーからの映
像が映し出された。
 その映像は、これから和美達が進む予定の・・・草原の奥だ。
「詳しい索敵情報がリアルタイムで送られて来るってわけ。まぁ、早苗が1匹を飛ばし
 ちゃったついでだから、この先を探索をして・・・(ピピッ)ん!?敵がいたわ!」
「敵?!」
 由香里の敵影確認の言葉に、全員がいきり立つ。
 だが、由香里は笑いながら手を振っていた。
「だいじょーぶよ。こっから50キロも先だってば。ん〜〜〜っと・・・2個師団って
 トコね。結構、揃ってるわね・・・ん?なんだぁ!?悦美にソックリなヤツが椅子に
 座ってふんぞり返っているぅ?!・・・ってぇと、アレが邪妖精ね。んじゃ、ご挨拶
 代わりに・・・フォイア〜!」


 その頃、大いなる魔女の城の一室。
 豪華に彩られた手縫いの絨毯が引かれ、見た目は小さく地味であるが、恐ろしく金が
かかっていると思われる彫刻や調度品が置かれた部屋・・・
 そこはエレーヌとアルティシアの部屋であった。
 今日はエレーヌがアッシュの命を受けて戦闘に行っているので、今はこの広い部屋の
中にアルティシアが1人で留守番をしている。
 アルティシアは、エレーヌから与えて貰ったお気に入りのロッキングチェアに座り、
静かに読書を楽しんでいた。
 時の概念というものがない邪妖精と共に過ぎゆく、悠久の時・・・
 そんな至福の一時を過ごしていたアルティシアであったが、ふと、喉の渇きを覚えて
本を膝に置くと、テーブルの上に置かれたティーカップに手を延ばした・・・その時!
「うぎゃああああ!」
「え!?な、なんですかぁ?騒々しいですぅ・・・ハイ」
 派手な悲鳴に、アルティシアは膝に置いていた本をテーブルに置くと椅子から腰を上
げ、テラスに出て外を見回す。
「うああああ!」
 悲鳴はテラスの下の中庭から聞こえてくる。
 アルティシアはそっと首を伸ばし、テラスから下を覗き込むと・・・そこにいたのは
ソフィアであった。
「畜生・・・ちくしょう!チクショウ!オラアアアアアア!」
「ひ、ひぃぃぃ!(ズバッ!)ぎゃあああ!」
 悪鬼の表情を浮かべたソフィアが、蛇腹剣(じゃばらけん:多関節の刃をワイヤー等
で連ね、剣にも鞭の様にもなる)を振り回し、モンスターを相手に剣の稽古を・・・
 いや、ソレはもはや稽古と呼べるものではなかった。
 ソフィアが剣を振るう度に、モンスター達の腕が、脚が、首が宙を舞うのだ。
 そんなソフィアに比べ、モンスター達は既に怯え、剣を手にはしているものの、完全
に腰が退けている。
 それはもはや、一方的な殺戮・・・いや、屠殺だ。
 逃げることも叶わず、ただ死を待つことしか出来ないモンスター達に対し、ソフィア
は容赦なく剣を振るっている。
 ソフィアは、縦に真っ二つに斬り開いた(豚バンバラ)と言う豚型のモンスターを蹴
り飛ばすと、その返り血をものともせず、今度は正面で棍棒を持って震えている(デカ
ント)と言う巨人のモンスターに向かって、蛇腹剣を鋭く突き込んでいった。
「死ねえええええ!」
「ソ、ソフィア様!お許し(ズドッ!)ぉおおおお!!」
 鳩尾に突き刺された刃を見つめながら(デカント)はソフィアに手を差し伸べる。
 その苦悶の表情と嘆願の行動から、明らかに降伏の意思が読みとれるのだが・・・
「フン・・・クズが」
 そんな嘆願する(デカント)に、ソフィアは無情にも鞭の如く剣を捻ったのだ。
 蛇腹剣の切っ先がその内蔵を掻き回し、肋骨に絡み付いていく・・・
 不幸かな・・・(デカント)に、なまじ生命力が在るのが災いした。
 文字通り、臓物を掻き回された(デカント)の絶叫が、中庭に響きわたる。
「があああああああああああ!!」
「ひぃ!」
 そんな眼下に広がる地獄絵図を目の当たりにしてしまい、思わず悲鳴を上げ、目を閉
じ、耳を塞ぐアルティシア。
 だが、アルティシアの地獄はそこから始まった。
「ん?」
 アルティシアの口から僅かに漏れた悲鳴を聞きつけたソフィアが上を見上げると、テ
ラスにはアルティシアの姿が・・・
 ソフィアの口元に、残酷な笑みが浮かび上がる。
「アルティシア・・・くくく」
 そして、蛇腹剣を両手で握りしめてソフィアは叫んだ。
「ふふ・・・フフフ!アルティシアぁあああ!受け取りなぁぁぁぁ!」
「がああああ!(ズシャアアアア!)」
 ソフィアが(デカント)の肋骨に絡み付いている蛇腹剣を一気に引き上げると、引き
抜かれた剣は、しなやかに伸びながら(デカント)の臓物と肋骨と脊髄を絡ませて宙を
舞い、テラスで耳を塞いでいるアルティシアに、それを容赦なく浴びせ掛けた!
「(ビシャアアアアア!)ぃ!?・・・いやああああああああああ!」
「フフフ・・・ハーッハッハッハッハッハ!」
 血と臓物の雨が降り注ぐ中庭に、ソフィアの高笑いと、アルティシアの絶叫が響きわ
たった・・・


 さて・・・和美達が休憩している場所から約50キロ先の草原では、エレーヌ率いる
魔物軍が、和美達を迎え討つべく臨戦態勢を整えていた。
「ふふ・・・異世界の戦士達の力・・・どの位か見物だわ・・・」
 眼下に広がる光景を、側に傅いていた(にせエンジェルナイト)に注がせたワインを
片手に、悠然と構えられた櫓から見下ろす、音の邪妖精エレーヌ。
 今日はアッシュの命を受け、恋人のアルティシアを城の自室に残しての出陣である。
 だが、アッシュから与えられたこの部隊・・・何かがおかしい。
 もしもこの大部隊を、先の大戦を生き抜いた人物が見たならば、そう首を傾げている
であろう。
 この世界では、確かに多くのモンスター達が存在しているが、全てのモンスターが仲
良く共存の道を辿っているわけではない。
 モンスター同士でも、相対する存在がいるのだ。
 それは天使と悪魔であったり、鬼と魔族のモンスターであったり・・・
 にも関わらず、それらが一カ所に集まり、軍を形成しているのだ。
「ふふ・・・ソフィアには・・・こんな芸当は無理よね〜♪」
 そんな異様な編成部隊を眺めながら、今頃、城の自室で悔しがっているソフィアの姿
を想像し、エレーヌの口元に歪んだ笑みが浮かび上がった・・・
 無論、当のソフィアによってアルティシアが酷い仕打ちを受けていることなど、知る
由もない。
 暫くもニヤけていたエレーヌであったが、傍らのテーブルにグラスを置き立ち上がる
と、再び眼下に広がる魔物軍を眺めた。
「でも、よーく考えたら・・・この仕事って、あたしとアルティシアにしか出来ないの
 よね〜。他のみんなも出来たら、もう少し楽なのに・・・」
 そう・・・エレーヌの呟き通り、この「多種族軍」はアルティシアとエレーヌの力に
よって造られたもの・・・
 音の邪妖精エレーヌは超音波で、光の邪妖精アルティシアは、可視光線による脳への
シンクロでの催眠術を施していたのだ。
 全ての種族達の能力を生かし、思うが儘に操ることの出来る能力・・・
 これで、異世界の戦士達はモチロンのこと、世界を手にするのは容易いであろう。
 しかし・・・エレーヌは「別の世界」を望んでいた。
「裕美様に異世界の戦士達の首を捧げたら・・・御褒美には、アルティシアと二人だけ
 で暮らせる城を貰おうかしら?(じゅる)ふふ・・・んで、毎晩・・・ふふ☆」
「・・・エレーヌ様、ヨダレ、ヨダレ」
 めくるめくるアルティシアとの痴態に耽る日々の妄想に、側にいた(にせエンジェル
ナイト)が、エレーヌの涎を拭こうとした、その時・・・
「ふふふ(ィーーー・・・ピィーーー!)ふ・・・ん?なに?この口笛みたいな音?」
「ア。ふらいんぐぷちはにーガ、キマス・・・」
「どこ?(ドッカアアアアアアアン!)」


「よしっ!あたーりぃー♪」
「え?ナニが?」
 手を叩いて喜んでいる由香里に、訳が分からず首を傾げる一同。
 何しろ、映像は由香里のスコープの中にしか映らないのだ。
「よーし、敵の大将みたいな女に一撃だぁ!はーーーっはっは♪」
「ちょっとぉ、由香里。どーなってんのよ?」
「え?あ・・・内緒ぉ☆綾子、あたしにもナンかおやつちょーだい♪」
「はい、どーぞ」
 だが、由香里はニヤニヤと笑っているばかりで教えてはくれない。
 綾子から「温泉まんぢう」を受け取ると、一人でほくそ笑んでいるのだ。
「んもぉ・・・ん?」
 ぜーんぜん教えてくれない由香里に膨れていた和美であったが、ふと、自分の左手に
填めていた「女神の指輪」が目に止まり、皆に向かって翳した。
「そうだ!みんな、今の内にレベルアップしておかない?」
 和美がそう言うと、綾子と早苗は頷き、由香里はレベルアップの言葉に頭を掻く。
「うん!しばらくウンディーネ様に会ってなかったね☆」
「そうですわね。和美さん、お願いしますわ」
「そーいや、あたし・・・全然、レベルが上がってないんだっけ・・・」
「じゃ、いくよ・・・レベル神様、お出で下さい!(ぽん!)」
 和美がレベル神に呼びかけると、淡い光が指輪からこぼれ、弾ける音と共にレベル神
である「ウンディーネ」が・・・何故か、先程の和美同様に膨れっ面で現れた。
「ぷぅ。忘れられたかと思いましたわ」
「へへ・・・ゴメンなさい☆」
「それでは・・・シェザーラクメーラ、イア、ヨット、イフリート、ヘェ、ニミュエ、
 ヴァ、アブドゥーラ、ヘェー・・・あら?皆さん、限界レベルに達していますわね。
 一応、クラスチェンジだけは出来ますが、レベルはもう上がりません」
「それではクラスチェンジだけでも・・・」
「それでは、呪文を端折って・・・はい、これで『戦士』の和美様は『ワルキューレ』
 となられました。それと、このクラスは超必殺技の代わりに、特殊技能が与えられま
 す。特殊技能は『光の翼』です」
「ワルキューレ・・・ですか?」
「ワルキューレ?・・・あれ?確か、和美ちゃんが修学旅行の時にペンションで着てい
 た特攻服にも、我留究麗って(ゴイン!)あうぅ・・・」
「早苗・・・イヤなことを思い出させないでよ」
「次に『白魔法使い』でした綾子様は『シャーマン』となられます。このクラスも超必
 殺技の代わりに、特殊技能に『口寄せ』が付与されます」
「巫女さんですか・・・でも『口寄せ』が特殊技能ですから・・・イタコさん?」
「最後に『魔剣士』の早苗様は『マジックナイト』となられました。このクラスは超必
 殺技か特殊技能のどちらかが選べますが・・・」
「え?!両方はくんないの?!」
「ダメですよ。どちらかだけです♪」
「ぅ〜・・・んじゃ、超必殺技と特殊技能って、どんなのですか?」
「超必殺技は、敵の周辺に膨大かつ絶大な威力のトラップを仕掛けて身動きのとれなく
 なったところを狙撃すると言う一撃必殺技の『テロリスト』です。使い方は軽く片手
 を上げながら、呪文の『聖戦』と唱えるだけですよ♪」
「・・・へ?」
「それと特殊技能の方は、大勢の敵に囲まれたりした時に、手助けをしてくれる仲間を
 呼び寄せる召喚術の『多国籍軍』です。使い方は両膝を着いた状態で両手を天に向け
 て『ヘルファイアー』と、呪文を唱えるだけですよ♪どうです?簡単でしょ?」
「え゛〜とぉ・・・」
「うっわ〜・・・この女神様、えげつないことを・・・」
「笑顔で言ったわ・・・しかもサラッと・・・」
「ん(ニコッ☆)はい。和美様と由香里様、1レベルマイナスです♪」
「ご、ごめんなさい!」
「す、すいません!」
「む〜・・・やっぱ早苗ちゃんとしては、罠にはイイ思い出が無いから、特殊技能の方
 にしまーす♪」
「はい。では特殊技能『多国籍軍』ですね♪」
「・・・それにしても、早苗は『マジックナイト』だっけ?いいのかな?著作権?」
「えぇ、もちろん大丈夫ですよ。これはあくまでも『クラス』の名前ですから。まぁ、
 この後に『レイ○ース』と付けると・・・」
「だめえええええええ!」
「相変わらず、あぶなっかしいわねぇ〜。ん?早苗で最後って・・・あたしは?!」
「えーと・・・その、由香里様は、大変言いにくいのですが・・・どうも見たところ、
 装備と身体に『違法改造』を行われていらっしゃる様なので・・・」
「い、違法改造ぉ?!」
「はい。ですからペナルティとして、特殊技能『バーサーク』を剥奪させて頂きます」
「そ、そんな殺生な・・・」
「いーのよ。あんな傍迷惑な特殊技能・・・」
「悪かったわね!あれ?で、でも!狂戦士から『バーサーク』を取ったら、タダの戦士
 じゃないの?」
「・・・タダの野蛮人」
「うっさいわね和美!あの、そしたら、あたしのクラスは『狂戦士』じゃぁ・・・」
「はい。由香里様は『狂戦士』も剥奪されましたので、今の状態ですと・・・そうです
 ねぇ〜・・・『からくりサムラーイ』になら、なることが出来ますが・・・」
「か、からくり・・・」
「さむら〜い・・・ぷぷっ☆」
「笑うな早苗!あ、あの、他には何か無いんですか?!」
「それでは・・・『サ○ライ・ト○ーパー』ってのは?」
「古いとは言え、もろに著作権上に問題があります」
「そうですね・・・では『機動戦士』とか『装甲騎兵』とか・・・」
「・・・レベル神様・・・歳、いくつぅ?」
「・・・由香里様、あなたのクラスは『ソルジャークイーン』と決まりました」
「そ、そんな勝手に!?」
「ついでに、超必殺技も、特殊技能も・・・なし」
「お、横暴です!職権乱用です!訴えますよぉ!?」
「その代わりに、最終奥義『最期の一撃』が付きます。なお、このクラスは単体クラス
 なので、これ以上は上がりません。それでは皆さん、さようなら(ぽん!)」
「あれれ?もう帰っちゃった」
「あ〜?!こら待てぇ!・・・早苗がよけーなコト言うからよ?!」
「ぶ〜!早苗悪くないモン!」
「それにしても、相変わらず判りにくい特殊技能ですね・・・」
 とまぁ・・・随分と騒がしいレベルアップとクラスチェンジの儀式であったが、仕事
が終わるなり、そそくさと指輪の中に帰ってしまった女神を横目に、由香里は腕を組ん
で難しい顔をして呻いていた。
「むむむぅ・・・超必殺技が無いとは・・・せめてガード不能技か、キャンセル技か、
 コンボ技が欲しかったのにぃ〜・・・まぁ、取り敢えずは最終奥義ってのがあるから
 別に・・・ん?『最期の一撃』?なんか縁起でも無いなぁ・・・」
 まぁ、結局の所は自業自得であるのだが・・・
「う〜む・・・」
「むむむ・・・」
 と、その隣では、大下と村田が由香里と同じようにして腕を組み、やたらと難しい顔
をしている。
 側にいた早苗は、兄貴達の正面に回ると、二人を見上げた。
「あれれ?大下さん達はレベルアップしないのぉ?」
「う〜む・・・そうか。レベルアップというモノがあったのか・・・」
「知らなかったッス」
「・・・へ?」
 二人の言葉に、早苗の目がテンになる。
「早苗御嬢、どーやったらレベル神様という人が現れるのですか?」
「えーと、宝石があって、そん中に神様がいて、んで、お願いしますって・・・」
「そーいや兄貴。この前に買い物した時、これはダメだと言われた宝石があったじゃな
 いッスか?」
「おぉ、そーであったな。あれがそうか?」
「・・・ホントに、この人達は無敵だよな・・・」
 孝司が革袋を探っている兄貴達を見ていると、和美が孝司の手を指さしてきた。
「ねぇ、孝司」
「ん?」
 和美の指さしたその先には、リボンの巻かれた手の隙間から覗いている指輪がある。
「孝司には綾子から貰ったその指輪があるでしょ?あの貧乏神みたいなレベル神様が出
 てくる・・・」
 だが、和美の言葉に孝司は首を振り、指輪を翳す。
「今はちょっと違うんだ・・・そうだなヤルか・・・姐さん!お願いします!」
「へ?(ぱーーーーーん!)わぁあ?!」
「ぴーぴーうっせぇ小娘だな・・・よっ、ぼーや・・・ん〜〜♪チョっと見ない間に、
 随分と男らしくなったじゃねぇか。ますます気に入ったよ☆」
「これも全て姐さんのおかげです・・・レベルアップ、頼みます!」
「あぁ、判った。さぁ、おいで・・・」
「はい・・・」
 ヤンキー女神の胸に孝司が顔を埋めるのを目の当たりにし、和美の拳が震える。
 そんな和美の拳に、昨夜、孝司と語り合った由香里が手を添えた。
「た、孝司のヤツ!あのレベル神はナンなの?!(ぽむ)ん?」
「和美、落ち着いて。孝司はあんたの事だけを考えているから、だいじょう・・・」
「ん、これで限界レベルだ。クラスも『ストリートファイター』から『グラップラー』
 になったよ。超必殺技は『縛鎖』だ。そんじゃぁ(チュッ☆)元気でな!」
「有り難う御座いました・・・(ぽっ♪)」
「どこが大丈夫なのよぉ!?」
「(ムギューーー!)んぎゅぎゅぎゅ!か、和美!ぐるぢい!」
 ヤンキー女神のキスに孝司が頬を赤らめ、和美に首を絞められて顔が蒼くなっていく
由香里の隣では、大下が荷物の中から一つの宝石を摘み出した。
 何故か・・・油で光っている。
「おぉ!あったぞ!この宝石だ!」
「そんじゃ、早速・・・早苗御嬢、どうやるんッスか?」
「ただ、神様に来て下さいって・・・」
「それでは・・・神様ぁ!」
「かむぉお〜〜〜んッス!」
 大下と村田がそう呼びかけた次の瞬間!
「(ぼしゅーーーーーーー!)うぉおおお!HEIL!レベルし〜〜ん♪」
 宝石から大量の煙が吹き出し、それと同時に何処からともなく大歓声と拍手が沸き起
こる!
「ひゃあああ?!」
 あまりの演出に驚いた早苗は、頭を抱えながら大下と村田の足下にしゃがみ込んだ。
 だが・・・それが早苗の不幸であった。
「ぅぅぅうう、ナニ?!ナニがおこんのぉ〜〜(コフォフォオオオ)・・・へ?」
 煙の向こうから「奇妙な呼吸音」が聞こえ、イヤな予感を感じながらも、早苗が恐る
恐る顔を上げると・・・
「んんんんん〜〜〜〜〜!(ムキッ!)ふんっ!!」
「ひぃえええ〜〜〜〜〜!(モコッ☆)ひぃっ!?」
 そこには、ぴっちりの黒い海パンをTバックにしてはき、目には競泳用の水中メガネ
を掛け、頭にはオレンジ色の水泳帽を被ると言う、ライフセイバーのコスプレ(?)を
した奇妙な「オヤジ」が、腕組みをしながら、早苗の目の前に仁王立ちに立っているで
はないか!?
 そして、その勢い良く盛り上がる「筋肉」と「股間」を目の当たりにし、早苗は更な
る悲鳴をあげた。
「へ、変態さんが出たぁあああああ!?」
 これが・・・大下と村田のレベル神だ。

 大下や村田にも負けない程の、素晴らしい筋量とカッティング・・・
 キュートな口元をキュルル♪と引き立てる、鼻の下の巻き髭・・・
 悩ましい形の良い唇からキラリ☆と光り輝く、真っ白な歯・・・
 ビルダーとしての年期をカンジさせる小麦色に灼けた肌・・・
 ピッチリの水泳帽の縁から額にかけて光る、一滴の汗・・・

 それは、ビルダーとして・・・
 いや「漢!」として、全てが・・・完璧だ!
 そんなオヤジ大明神は・・・もとい、レベル神は、周囲の煙を口から大量に吸い込む
と、鼻から盛大に吹きだし、ポージングを取りながら二人に問いかける。
「スゥーーー・・・ンフゥ〜〜ん!んん〜〜〜!(ギュムム!)セクシィ〜〜?!」
「ダイナマイッ!(ムキャキャ!)」×2
「う〜〜む、なかなか良い、『ダブルバイセップス(ポージングの一つ)』だな。よし!
 2人とも優勝!それではビルドアップの時間だ!支度は完璧か?!」
「頼みます!」
「オッス!」
「それでは友情のスクラムだああ!」
「おぉ!(ガシッ!)
「うぉおおッス!(がしっ!)」
「え?!い、いやだああ!早苗を真ん中にしないでぇええ!」
「えぇーい黙れ黙れ!これもマネージャーの仕事だあああ!」
「ヤダーーーー!早苗、マネージャーじゃないもーーーン!」
「早苗御嬢!堪えて下さい!」
「頼むッス!」
「ふええええええええん!」
「よしっ!いくぞ!レベルシーーーーン!ファイッ!?」
「オーーー!」
「ファイッ!」
「オーーー!」
「ファイッ!!」
「オーーーーーッス!!」
「ふぅ。実に心地よい汗だ♪・・・うむ。これでお前らのビルドアップ終了だ。お前達
 に教えることは、もうナニもない・・・」
「せ、先生ぇーーーー?!」
「イカないで欲しッスぅ!」
「泣くな!先生は、あの夕日の向こうで待っている!お前らも、いつかは・・・辿り着
 くことが出来るであろう。さらばだ!これからの人生・・・しっかりとなーーー!」
「有り難う御座いました!」
「したッス!」
「ふえぇええん!ばかーーーー!いっちゃえーーー!あのレベル神、きらーーーい!」
 スクラムの中心に置かれ、3人のアップを見せつけられると言う恐怖のどん底を味あ
わされた早苗は、まだ昼だった筈なのに、勝手に夕方にしやがった上に、その夕日に向
かって走っていくレベル神に向かって、おもいっきり泣きながら石を投げ・・・
「ちょっと孝司!あの不良レベル神とはどーゆー関係なの?!」
「た、ただのレベル神様と依頼者の(バシバシバシバシ!)はががががっ!!」
「や、やめなさいよ和美!」
 胸ぐらを掴み、孝司に豪快な往復ビンタをかましている和美と、ソレを必死になって
止めようとしている由香里・・・
「兄貴ぃーー、先生が・・・先生が・・・」
「泣くな村田!先生に笑われるぞ!笑顔だ!笑顔で先生を見送るんだ!」
「オッス!」
 肩を組み、涙と鼻水を流しながら夕日に向かって笑っている大下と村田・・・
「綾子様、今日はここでキャンプですね♪」
「それでは、お昼用のお弁当を晩御飯にしましょう」
 荷物からテントとポットを出している綾子とマリンであったが・・・
 敵の城と大軍を目の前にしながらの、この余裕・・・
 全員が元の世界に帰れるのは、何時になるのだろう?
「兄ぎぃ!涙が・・・止まらないッスぅぅ!」
「泣くんじゃない!ワシまで・・・ワシまで・・・くぅ!」
 あ〜・・・ちなみに、兄貴達のクラスチェンジであるが『バトルマスター』であった
大下が、『檄!兄貴!(スーパーマイルド兄貴)』へとビルドアップし、新たな超必殺技
が『熱血!(メルトダウン)』となり、『バトルアニマル』であった村田が『愛舎弟(ラ
ブリー舎弟)』へとビルドアップし、その超必殺技が、『絶大!漢花火!(セクシーダイ
ナマイッ!)』と、それぞれ変化していたが・・・
「うぉおおおおん!先生ぇ〜〜ッス!」
「ぉおおおおおお!泣くなぁあああ!」
 こいつらにとってレベルなど、大した問題ではないな・・・