第9章


                   屍の道


                    1


「せいやぁ!」
「炎の槍!」
 夥しい数のデュラハンに取り囲まれた中、和美のバルディチェが風を切り、綾子がふ
るう魔法の杖が火を噴く度に(デュラハン)は消し飛んでいく。
 だが、その数は一向に減る気配を見せない・・・
 いや、それどころか増えている様にすら感じる。
 肩で息を切らし、額の汗を拭った和美と綾子は背中合わせになると、ゆっくりと迫り
来る(デュラハン)の大群を睨み付けた。
「ぜぇ、ぜぇ、綾子。私、さっきから気になる事があるんだけど」
「はぁ、はぁ、私もですわ和美さん。なんだか敵の数が・・・」
「増えているのは判ってる。あと死体が見覚えのある顔だって事も・・・ほら、あれ」
「え?」
 和美にそう言われた綾子は、あまり見たくはなかったが、1体の(デュラハン)の抱
えている首を見る。
 白目を剥き、開かれた口から血と涎を垂らしている、その顔は・・・
「え?!あれは昨日の買い物で立ち寄った、武器屋の店員さんではないですか!?」
「そーゆーこと。どーやってんのかは知らないけど、あの子はこの町の人をモンスター
 にしているのよ」
「なんて酷いことを・・・」
「あと、もう一つ」
「なんです?」
「あの子のいる『場所』よ」
 そう言って和美が指差した先には、アイスらしきモノを舐めているオーリッチがいる
だけだ。
 特にコレと言って問題のありそうな「位置」ではない・・・
 和美の言わんとしている事が、今一つ飲み込めない綾子は首を傾げた。
「あの子の位置が・・・どうかしました?」
「うーん、何て言うのかな・・・とにかく、あの子が動くのよね・・・そうだ。綾子、
 悪いんだけど、ちょっと大きな魔法使って、敵をいっぺんに沢山始末してくれない?
 敵が・・・敵の数が減ったり増えたりする度に、あの子の位置が変わるのよ」
「うーん・・・良く判りませんが・・・」
「ま、とにかくデッカイ魔法を頼むわね」
「はい・・・でも呪文に少々時間がかかりますので、援護の方を宜しくお願いします」
「いいわよ」
 和美は小さく頷くと、手を組んで静かに目を瞑る綾子の前に立ちはだかった。
 幸い、建物を背にしているので後ろから襲われることはない。
 おまけに、敵は昨夜の様な「戦士」ではなく、タダの「町人」であるおかげで、和美
にはその動きが手に取る様に判る。
 だが、その数は圧倒的・・・
 一体、どれだけの数を討ち倒したであろうか?
 打ち倒せど打ち倒せども、次から次へと沸いて出てくる、この死を恐れぬ者達の手に
した鍬や鎌、ナイフや包丁、あるいは、その抱えている自分の首の口から吐き出される
針が、徐々にではあるが和美の体力と肉を削いでいく・・・
 今度は左から襲ってきた1体の(デュラハン)が、和美の腕を切りつけてきた。
「(シュ!)あぅっ!・・・このぉ!」
「(ドシュッ!)・・・」
 無言で倒れる女の(デュラハン)・・・持っていたのは小さな果物ナイフ。
 足下に崩れ落ちる女の(デュラハン)だが、倒れ際に放った一本の針が、和美の脚に
突き刺さる。
「(プツッ!)っ?!」
 瞬時に針を抜き取ったものの・・・
 振り上げたバルディチェを振り下ろすことは和美には出来なかった。
「まだ首が残って?!・・・ぅ・・・」
 悲しいかな・・・その吐き出された針は、女の(デュラハン)の首からではなく、抱
き抱えられていた赤子の躯からであったのだ。
「こんな・・・こんな赤ちゃんまで・・・」
 そんな一瞬動きの止まってしまった和美に、次々と刃が襲いかかる。
「(ズシュッ!)あう!」
 大柄な男の(デュラハン)の振るった鉈が、今度は和美の鎧の胸の辺りを大きく切り
裂いたのだ。
 衝撃に呻きながらも、和美はバルディチェを振り上げ、男の(デュラハン)の持って
いる鉈ごと斬り捨てようとしたのだが・・・
「(ズムッ!)え?!」
 和美の身体が満身創痍であるのと同様に、夥しい量の血脂と固い骨を斬り続けていた
バルディチェの方も斬れ味が鈍っていた。
 和美が袈裟懸けに振ったバルディチェの刃は、分厚い胸板を持つ(デュラハン)の身
体の半ばで止まり、抜けなくなったのだ。
 必死にバルディチェを引っ張る和美だが・・・
「ちょ、ちょっと!返してよ!(ザッ!)え?!」
 その(デュラハン)の股の間を潜って、子供のデュラハンが両手に持ったフォークを
突き出してきた!
「くっ!?(ブスッ!)てあっ!(ズシュ!ゲシッ!)」
 和美は大柄な男の(デュラハン)の身体を蹴り、子供の(デュラハン)もろとも吹き
飛ばしながらバルディチェを抜くと、腕に突き刺さったフォークを引き抜き振り返る。
「綾子!まだ?!」
「誇り高き翼を・・・汚れ無き嘴を・・・熱き魂を持つ者よ・・・」
 しかし、綾子はまだ目を閉じたまま・・・
「お願い・・・早く・・・」


 その頃・・・
「(ズドドドドド!)おわッチ!?」
 大木の陰で鏡の欠片の嵐をやり過ごした村田は、冷や汗を拭きながら顔を覗かせる。
「フヒューー・・・今のは結構あぶなかったッスねぇ。危うく全身ミラーボールになる
 とこだったッス。どれどれ、反撃のチャンスは(スコン!ぴゅ〜〜!)おぁたあああ
 あああ?!時間差攻撃とは意外に卑怯ッスぅ!」
「・・・なにしてんだか」
 盛大に血を撒き散らしている村田を横目に、倒木の陰にいた由香里は、鏡の欠片を差
し出して、そこに映る湖の状況を伺った。
 さすがは頭脳プレイヤーの由香里である。
 これによって、鏡に映った向こうの状態を見ようと・・・
「うーん・・・やっぱメガネがないと見えないわ♪」
 だったら最初からしないでもらいたい・・・
「御嬢、面白いことが解りやした!」
 由香里と同様に鏡の破片で湖を見ていた大下であったが、そう叫ぶが早いが、鏡の欠
片を避けながら、由香里の倒木の陰にまで転がってきた。
「なんです?面白い事って?」
「実は・・・(ぼそぼそ)」
 その大下と由香里の隣の木に隠れていた村田だが、その陰から勢い良く飛び出すと、
ナニを思ったのか、鏡の湖に向かってビシッ!と指差し相手を挑発し始める。
 出血が既に止まっているところが実に素晴らしい。
「ええぃ!飛び道具とは卑怯ッス!正々堂々と、漢らしく肉体でかかってくるッス!」
「なるほど、それであんな変な動きをした訳ですね」
「えぇ。しかし問題は・・・」
「(スコンスコンスコン!)おあああ!破片が痛いッスぅ!漢らしくないッスぅ!」
「失礼ねぇ!私は女よ!」
 的外れの挑発でラスティアの怒りを買った村田に、怒りの声と同時に大量の鏡の欠片
が浴びせられた・・・
「それじゃ、上手く囲んでやれば・・・」
「そうですね。先に奥の方から・・・」
「うぬぅ〜!今度は必殺!トウッ!(シュバッ!)急降下爆撃へっどあたっくッス!」
「ん?(キィーン!)あぁ。フライングヘッドバットねのコトね♪んじゃ、はい。着地
 地点には(ドン)お約束の大きな岩ぁ♪」
「へ?(ゴイン!)あぅん!?」
 今度はヘッドバッドで湖に急降下した村田に、大きな岩があてがわれた・・・
「でも、砲弾には限りがありますし・・・」
「あっしが割っていきやしょうか?」
「えぇぃ!こーなれば、こっちも飛び道具ッス!必殺、石つぶての舞ッス!」
「バカねぇ〜☆いくら手で石を投げても限界があるでしょ?行け、切り裂け!」
「(ヒュンヒュンヒュン!)うわあぁん!物量戦とは卑怯きわまりないッス!」
「ホーーーッホッホッホ!」
「・・・ったく」
「・・・コイツは」
 二人が真剣な作戦会議を行っていると言うのに・・・
 あまりにもやかましい村田に、大下と由香里の額に血管が浮かび上がったが、取りあ
えず2人ともそれを堪えて、作戦を練り続ける。
「うーん・・・一応、敵の弱点というか、行動パターンは解ったけど・・・」
「ソレを一体、どうしたら良いのか・・・」
 大下と由香里はラスティアが鏡の中を動き回っているのを、ただボケッと見ていたわ
けではない。
 敵の動きを観察をし続けている内に、重要なことが解ったのだ。
 それは・・・
「あの邪妖精が『鏡のヒビ割れているところを避けている』って事は解ったけど、問題
 はソレをどの様にして利用するかですよね?」
「そうなんでさぁ。ま、一番の利用方法としては、ヒビで邪妖精を囲んでしまうってこ
 とデスね。しかし・・・」
「動けなくしてからどうするんです?」
「ソレが問題なんでさぁ・・・」
 とまぁ、この調子なのである。
 敵を捕獲する方法は見つかったものの、その後が思いつかないのである。
 とは言え、動けなくしたらトドメを刺すのが由香里流であるハズなのだが、邪妖精に
はナンの罪もない少女が媒体となっているので迂闊には手を出せない。
 だが・・・
「ホーーーッホッホッホ!楽しいわ。実に楽しいわよ!」
「キィーーーー!小娘にここまでコケにされるなんて、くやしぃッス!!」
 高笑いをするラスティアと、ハンカチを噛みしめている村田の姿に、由香里と大下の
頭の中には「どーでもいっか」と言う言葉が浮かんでいた・・・
 さて、そんな大下と由香里の苦労など、お構いなしで遊んでいたラスティアと村田で
あったが、一頻り高笑いをしていたラスティアの方が、ツイと髪を掻き上げると大きく
息を一つつき、村田を見上げる。
「はぁ・・・今日は実に楽しかったわ・・・誉めてあげてもよくってよ。でも、そろそ
 ろ死んでもらおうかしら?」
「やれるモノならやってみるッス!」
「えぇ。勿論よ・・・ところで、あなた、自分の姿を鏡で見た事あるかしら?」
「やかましぃッス!鏡なら毎日のように見ているッス!」
「そう?でも、鏡に映る姿は嘘はつかないわよ?」
「その通りッス!ワシは美しいッス!」
「どうかしら・・・」
 どうやら繰り広げられていたドツキ漫才にも飽きてきたようだ。
 ラスティアの目が、見る見るうちに邪気を孕み始める・・・
「村田ぁ!気をつけろ!」
「村田さん!逃げて!」
 その邪気に慌てて倒木の陰から飛び出す二人であったが、それがかえって最悪な結果
を招いてしまった!
 ラスティアの叫びと同時に湖面に3枚の鏡板が現れ、飛び出してきた獲物達の姿を捕
らえ、凄まじい光が迸る!
「鏡よ!(バギン!)愚者の全てを曝けだせ!(カッ!)」
「な、なんじゃあ!?」
「眩しい!」
「秘技、閃光ガードッス!!」
 突然に鏡板から放たれた眩い光に、思わず両手で目を覆っていた3人であったが、再
び浴びせられてきたラスティアの高らかな声に両手を下ろすと・・・
「ホーーッホッホ!さぁ!本当の己の姿と力・・・味わうがいいわ!!」
「・・・なにっ!?」
「・・・へ?なに?」
「・・・あ、あっしがもう一人・・・」
 驚愕に目を見開く3人の前に・・・同じく大下、村田、由香里が佇んでいた。


 そして、再び場面は邪妖精オーリッチと対峙する、和美と綾子。
「(バキン!)ぶ、武器が!?」
 大雑把で、頑強に作られていたバルディチェの刃ではあったが、力任せに振り下ろさ
れた鉞(まさかり)は、受けきれなかった。
 耳障りな音と共に、バルディチェの刃が真っ二つに折れ、地面に突き刺さる。
「くっ!・・・てぃ!」
「(ズムッ!)・・・」
 和美は、もはやタダの鉄の棍と化したバルディチェの残骸を(デュラハン)に投げつ
けると、腰に差していたショートソードを抜き放つ。
 しかし、投げつけられた鉄の棒を腹に突き刺したまま、鉞を持った(デュラハン)は
今度はソレを横に振りかざしてきた。
 重い鉞で横殴りの一撃が来る・・・
 だが、華奢なショートソードで受けきれようか?!

・・・しゃがむ?!・・・ダメ!相手が足を狙おうとしていたら、首が飛んじゃう!

「はっ!(ザクッ!バンッ!)」
 一瞬の判断の後、和美はショートソードを地面に突き立てると、鍔に足をかけ、それ
を踏み台にして空中高く飛び上がった。
(ガギィン!ザム!)
 和美の判断通り、斜め下に振り下ろされた鉞の刃は、ショートソードをへし折り、地
面に深く突き刺さったのだ。
 そして宙を舞う和美は、そのまま一回転をすると「デュラハンの頭」めがけ、必殺の
浴びせ蹴りを見舞おうとしたのだが・・・
「食らえ!弧円戦槌脚!!・・・あ゛?!」
 え〜、そもそも(デュラハン)というものは頭のないモンスターであり、その頭は大
体が小脇に抱えられているか、袋に入れて持ち歩かれている。
 残念ながらその(デュラハン)の頭は、武器である鉞を両手で扱うという理由から、
隣の(デュラハン)が預かっていた。
「うわぁ!ちょっと待ったぁ!」
 目標を見失った和美はバランスを崩し、(デュラハン)めがけて落ちていく。
「・・・(ドン!グチャ!)」
 まぁ・・・結果オーライとでも言うべきであろうか?
 喰らわす予定であった「浴びせ蹴り」が「ヒップアタック」に変わっただけで、見事
に(デュラハン)を押し潰したのである。
「いったぁ・・・いやだぁ、ジーンズが血だらけじゃない・・・それにしても、私そん
 なに体重があったかなぁ・・・わっ!?(ズドドドドドド!)」
 呑気に体重を気にしている場合ではない。
 慌てて和美が飛び退くと、今まで座っていた(デュラハン)に、幾つもの刃が突き刺
さったのだ。
「ちょ、ちょっと!危ないじゃないのよ!もぉ、怒った!」
 転がりながらも残っていた鉞を手にすると、和美は力任せに振り回す!
 反撃開始だ!
「てえええい!(ブゥン!ブンブンぶんぶん!スポぉーーーン!)・・・あ゛」
 所詮、素人の戦闘とはこんなもんだ・・・
 今までは見よう見まねで戦っていたものの、扱い馴れない武器を持った途端にヘマを
する。
 和美の手からスッポ抜けた鉞は(デュラハン)達の頭上を越えて、遥か彼方へと飛ん
でいき・・・
(キラ〜ン☆)
 最後の一閃を和美に残し、鉞はお星様になった・・・
「・・・い、いちばんボーシ、みーつけたぁ〜♪」
 現実を逃避してないで、さっさと戦え。


 その頃、孝司のいる迷宮では・・・
「(ずり・・・ずりずり)はぁ、はぁ・・・おにーちゃん、もーちょっとですぅ!」
「・・・」
 情けない・・・
 つい先程、僅かばかりにとは言え(きゃんきゃん)のおかげで体力が回復したハズの
孝司は、早くも(きゃんきゃん)に担がれ・・・いや、引きずられているのだ。
 とは言え、別に迷宮でモンスターに遭遇したわけでも、トラップに引っかかった訳で
も・・・まぁ「アレ」も一種のトラップと言うのだろうか?
 場面を少し戻して・・・


 体力の回復した孝司は、(きゃんきゃん)の言う(やもりん)とか言う人のいる部屋
に向かうことにした。
 完全に体力も気力も回復していない今、迷宮を探索するのは利口ではない。
「ふぅ・・・少し身体が動くようになったけど・・・まだキツいなぁ。なぁ、どっかに
 休めるとこない?」
「はい♪それなら『やもりん』さんのお家にいきますぅ☆」
「・・・ヤモリさん?」
 と、いうわけで、孝司は(きゃんきゃん)の案内により、迷宮の中を歩き回っていた
のだが・・・
「さてと、ここの角を曲がるんだね?」
「はいですぅ♪」
 言われたとおりに、目の前の角を曲がろうとしたその時・・・
「(ゴッ!)あ゛?!」
 孝司は「足の小指」を迷宮の壁の「角」にぶつけたのだ!
 まぁ、靴を履いているので、裸足の時に机の角やドアの角にぶつけた時ほどは痛くは
無かったのだが・・・やはり予想をしなかった自爆行為と言うものは、激しく痛く、そ
して「やりきれない」のである。
「んぉおぉぉぉぉおおお!(ダムダムダムダム!)」
 孝司は歯を食いしばり、壁を叩きながら痛みを堪えた。
「どうしたんですぅ?」
 無言でもがいている孝司に、不思議そうに首を傾げていた(きゃんきゃん)であった
が、その頭上からパラパラと落ちてくる粉に気がつき、ふと顔を上げた。
「ん?・・・んきゃあああああ?!おにーちゃん!あぶないですぅ!」
「え?」
 だが(きゃんきゃん)の叫びも虚しく、時は既に遅し・・・
「(ガン!ゴン!ガンガン!ガンゴン!グシャ!!)ふんげぇ?!」
 孝司が壁を叩いた振動によって、脆くなっていた天井の大きな石が、容赦無く孝司の
頭に降りかかってきたのであった・・・


「よいしょ、よいしょ・・・つ、つきましたぁ!!」
「あ・・・ありがと・・・(どさっ!)ぐえっ!」
 汗だくになった(きゃんきゃん)は、迷宮の地下の一角のドアの前に担いでいた孝司
を降ろすとその場にへたりこんでしまった。
 一方、投げ捨てられた孝司の方は、したたか顔面を石畳に打ちつけ、遂にはHPの残
りが「1」という状態である。
「はぁ、はぁ・・・『やもりん』さん!『やもりん』さん!(ゴンゴンゴン!)」
 座り込みながら何度も(きゃんきゃん)が目の前のドアを叩きまくっていると・・・
「何かご用なの?おチビちゃん」
 と、そのドアの向こう・・・ではなく、迷宮の通路の向こうから声が聞こえて来るで
はないか。
 そして、暗闇からその声の主は姿を現した。
「どーしたの?そんなに汗だくになって?」
 声の主は(きゃんきゃん)と同様の女の子モンスターで、トカゲの様な尻尾を持つ格
闘家の(やもりん)であった。
 アッシュの連れていた同じ女格闘家(バルキリー)との大きな違いは(バルキリー)
は格闘を生きる目的としているのに対して(やもりん)にとっての格闘とは、あくまで
もこの弱肉強食の世界を生きていくための防衛の手段・・・
 大きなリュックを背負ったこの(やもりん)も、普段は食べるモノを探し歩いたり、
他の女の子モンスターや男の子モンスター達と遊んだりと、ふつーに生きているのだ。
 ちなみに、チャームポイントは大きなトカゲしっぽである。
 さて、そんな(やもりん)の姿に(きゃんきゃん)は泣きベソをかきながら足にしが
みついた。
「あ!『やもりん』さん!お願いですぅ!助けて下さいぃ!」
「え?!誰かに追われているの!?」
「ううん、違うのぉ!死んじゃうのぉ!大変なのぉ!」
「そうなの?私には・・・元気そうに見えるけど・・・ん?なにそこのボロぞーきんの
 でっかいのは?」
「この人!この人が死んじゃいそーなんですぅ!」
「え?!これダレなの?!おかしちゃん!?まじちゃん?!ん?・・・こ、これ、人間
 じゃないの!それもオスの!?」
 よーやく孝司の存在が気付かれたが、どうにも雲行きが怪しい。
 倒れている孝司の姿を見る(やもりん)の目が、尋常ではないのだ。
 確かに、彼女たち女の子モンスターにとって・・・いや、弱いモンスター達にとって
人間は驚異である。
 この世界の人間は、この「人間に近い体型をした女の子」を愛玩用に、あるいは奴隷
とするために捕獲するのだ。
 何しろ「普通の人間」ですら奴隷として売買される世の中であるのだから、これは当
然と言えるであろう。
 確かに通常のペットと違い、美しく、愛くるしい。
 それに言葉も通じるし、何でも言うことをきく。
 また、特殊な能力を持ったモノは利用価値も高ければ、売値も高い。
 そして、人間の奴隷と違う一番の利点は「後腐れがない」と言うことであろう。
 人間の奴隷は使用価値がなくなったからとは言え、さすがに「始末」するのには些か
の抵抗がある。
 しかし、これが「人間ではない」となれば・・・
 それ故に、町で売られている女の子モンスター達は、殆どが従順だ。
 上手くすれば、優雅な生活が送ることも出来るからだ。
 それに比べて、男の子モンスター達の末路は悲惨である。
 多くは生涯を奴隷として送ったり、未熟な人間の戦士達の経験値の元として半殺しの
日々を送ったり、時にはコロシアムでの見世物として殺し合いをさせられ、また、ある
いは、その貪欲な人間の舌を満足させるための・・・食用として。
 そんな残酷な人間が目の前にいる・・・(やもりん)は拳を握りしめた。
「・・・おチビちゃん」
「はいですぅ?」
「・・・この人間・・・殺す!」
「えぇ?!」


「はぁ・・・どーして?・・・」
 鏡の邪妖精ラスティアは途方に暮れていた・・・
 自らが繰り出した偽物達が、ここまで「ソックリ」に出来上がるとは、創った本人も
思っていなかったのだ。
 鏡の中から出てきた者達は、その姿形はモチロンのこと、攻撃方法、呼吸の取り方、
それぞれの持つクセまでが同じ。
 だが、「こんな事」までソックリであろうとは・・・
 由香里も村田も大下も、それぞれの偽物と戦っているが、なかなか決着がつかない。
 体力に限りが無い分だけ、こちらが有利と思っていたのだが・・・甘かった。
 まずは由香里の偽物。
 鏡から創られたという事で、義手と軍刀の持つ手が逆になっているモノの、本物と変
わらぬ剣技で奮戦を・・・
「てやぁああ!(ずば!)」
「テヤァアア!(ズバ!)」
 しかし、本物の由香里と同等に創り出された偽物・・・
 つまり「メガネが無いこと」も同じであった。
「おのれぇ!卑怯者ぉ!ドコに逃げたぁ!(ズバッ!バキッ!)」
「オノレェ!卑怯者ォ!どこニ逃ゲタァ!(ざくっ!どこっ!)」
 湖の周辺の木々は、敵の姿が良く見えない2人の由香里の手によって、伐採が進めら
れていく。
「・・・立派な環境破壊マシーンよね」
 そして村田の方は・・・
「ふん!(ムキャキャ!)」
「フン!(むきゃきゃ!)」
「・・・不毛だわ・・・ポージング合戦なんて・・・」
 一方、大下とその偽物は何をしているかと言うと・・・
「ゆ、由香里御嬢!敵はこっちです!おわっ?!あぶねぇ!」
「ユ、由香里御嬢!敵ハコッチデス!オワッ?!アブネェ!」
「・・・完璧すぎるコピーってのも不便ね・・・どーしよぉかしら・・・」
 そろそろ新しい攻撃を仕掛けようかとラスティアが思い始めた、その時。
「(キラン!)ん?」
 鏡の湖面に何かが光ったのだ。
 とは言え、鏡の湖面に映っているのは空だけ・・
 つまり、空で何かが光ったという事になる訳である。
 そして、ラスティアは何気なく空を見上げ・・・いきなり絶叫した。
「何が・・・きゃああああああああああ!?!?」
(ヒューーーン・・・ガシャアアアアアアン!!)
 風切り音と悲鳴が入り交じった直後に、激しい破砕音と共に湖面が砕け散り、由香里
や兄貴ズの偽物達もまた、同時に砕け散った。
「む?!敵が!?」
 突如として消えた敵の姿に、由香里にしがみついていた大下は、ラスティアの居た湖
面に視線を走らせる。
 だが、湖面は激しく砕け散っており、ラスティアの姿は見あたらない。

・・・何か別の攻撃が来ると思ったのだが・・・

「兄貴ぃ!やったッス!ワシの肉体美の勝利ッス!」
「由香里嬢!敵の姿が消えやした!ここを動かねぇでくだせぇ!」
「わ、わかりました!」
 異常を感じた大下は村田の戯言には耳を貸さず、由香里をその場にしゃがませると、
警戒しながら湖面に近づく。
「・・・ぅ・・・」
 苦しげな嗚咽が、湖に近づくにつれ聞こえてくる。
 大下は一際大きく砕けた鏡の一ヶ所を覗き込んだ。
 すると、そこには・・・
「・・・な・・・なに・・・苦しいよぉ・・・誰か助けて・・・」
「・・・」
 砕け散った鏡の中で・・・砕けた少女が苦しんでいる。
 大下は静かに手を合わせた・・・
 砕けたのはラスティアだけではなく、媒体となっていた少女の魂までもが・・・砕け
てしまっていたのだ。
「苦しいよぉ・・・ここから出して・・・お願い・・・おねが・・・」
 手を伸ばしてくる鏡の中の少女の身体が朱に染まっていく。
 もはや助けることは出来まい・・・
「苦しいよぉ・・・おかぁさん・・・」
 そして・・・少女の身体は朱に塗り潰された・・・
 大下は欠片の一つを取り上げると握りしめ、呟く。
「・・・すまん・・・(パキン)」
 大下の握りしめた拳から流れたのは・・・少女の血か・・・大下の血か。
「大下さん・・・媒体の女の子・・・残念です・・・」
 由香里の声に我に返る大下。
 見れば由香里は既に軍刀を鞘に収め、後ろに佇んでいる。
 由香里にも判ったのであろう・・・娘を助けられなかったことが・・・
 大下は溜息と共に大きく頷くと、周囲を見回す。
「へい・・・それにしても、一体なにが邪妖精を倒したんでしょう?」
「あたしの攻撃は・・・当たる訳がないか」
「あっしは御嬢を誘導してやしたし・・・」
「あーにきぃー!イーモンみっけたッス!」
「ん?」
 村田の嬉々とした声に由香里と大下が振り向くと、鏡の湖の畔にいた村田が、何やら
物騒なモノを振り回している。
「ん?・・・大下さん。村田さん、何を振り回しているんです?」
「ありゃ・・・マサカリでさぁ。まさかあれが!?」
「でも、ダレが?」
「さぁ・・・」
 無論、それが和美からの支援攻撃(?)であったとは知る由も無かった・・・


「(ゴウッ!)わっ?!」
 和美が素手で目の前の(デュラハン)を殴り倒した時、今まで呪文を唱えていた綾子
を中心にして、突如として火柱が沸き起こった!
 そしてその火柱に触れてもいないのに、綾子の近くにいた(デュラハン)が次々と消
し炭になっていく。
「わわわ?!・・・あれ?」
 その火柱に思わず両腕で顔をかばった和美だが、不思議と熱くはない。
 それは汚れた魂を浄化する炎・・・つまりは実体のない炎なのだ。
「こ、ここは綾子に任せるわ・・・」
 そうと判った和美は、綾子の所まで後退し、見守ることにした。
 沸き上がった火柱は周囲の(デュラハン)を焼き焦がしながら天高く登っていき、空
で大きな塊を造り上げる。
 やがてその塊は卵の様な形となり、しばらくの間、空中で回っていたが、やがてその
塊はゆっくりと割れ始め、中から出てきたのは・・・
「あれは火の鳥!・・・にしては、鶏冠(とさか)が立派よね・・・火の鶏?」
 そう・・・和美の呟き通り、炎の卵から生まれてきたのは、綾子が召喚した炎の鳥、
永遠の不死鳥「鳳凰」ではなく、「鶏王」あった。
「コケェーーーー!」
 鶏王は高らかな鳴き声を挙げると、ドシドシと(デュラハン)を踏みつけ、ガツガツ
と焦げた(デュラハン)を啄んでいく。
 些か迫力には欠けるモノの、その落ち着きのない動きは(デュラハン)の数を確実に
減らしていった。
「おー、凄い凄い。コレなら一気に全滅ね!」
 その光景に、和美は歓声を挙げながら腕を振り回していたが、隣の綾子はそれどころ
ではない。
「くっ・・・お願いです、言うことを聞いて下さい・・・」
「コッコッコッコ・・・こけー!!」
「へ?どしたの綾子?凄い汗よ?!」
「はい、コントロールするのに、凄い魔力が必要で・・・あぁ!もうダメです!」
「コケコッコーーーーー!!」
 そして、全ての(デュラハン)が和美達の前から姿を消した頃、綾子の魔力が切れ、
鶏王は高らかな鳴き声を残し、何処かへと走り去っていってしまった・・・
 これには和美も予想外である。
「はぁ・・・疲れました。もう、魔法はしばらく使えそうにもありません」
「あはは・・・ナニもここまで奮発しなくても良かったのに・・・」
 疲れてその場にへたりこむ綾子と、それを見ながら苦笑いをしている和美、そして、
一気に一桁になってしまった(デュラハン)の数に、オーリッチは手にしたアメを振り
回して憤慨していた。
「このーーーーーぉ!またつくんないといけないじゃない!つくんの大変なんだよぉ!
 よーし、おねーちゃんにオシオキだぁ!あむ!」
 そう叫ぶと、アメを口にくわえ、背中に背負っていたハンドアックスを両手に持ち、
大きく振りかぶる。
「あの子・・・なにをしようと・・・綾子、大丈夫?」
 しゃがみ込んだ綾子の肩を担ごうと、和美が綾子に歩み寄った時・・・
「・・・ふぇい!(ブォン!)」
 オーリッチが綾子にめがけてハンドアックスを投げつけたのだ!
 小さな手から放たれたハンドアックスは、子供のオーリッチが投げたとは考えられな
いほどの高回転で飛んでくる。
「あ、あぶない!」
「きゃぁ!」
 チェーンソーの如く唸りをあげて飛んできたハンドアックスに、和美は綾子めがけて
体当たりをかました。
「(ザシュッ!)あぅ!」
「和美さん!?」
 間一髪、綾子の頭を直撃しようとしたハンドアックスは、和美の腕を浅く斬り裂き、
地面に突き刺さる。
「くぅぅぅ!」
「和美さん!し、しっかり!(ビリッ!)こ、これで血を!」
 和美は呻き声をあげながら傷口から吹き出る血を押さえ、綾子は自分の服の端を引き
裂いて和美の腕に巻き付けようとしていた。
 外れたハンドアックスに、オーリッチは頬を膨らませる。
「あうぅぅ?!必殺の『時の斧』がはずれたぁ・・・でもイイもん!まだあるモン!ま
 た造ってくるモン!」
 そう言ってオーリッチが両手を振り上げた瞬間、和美達の視界からオーリッチの姿が
消え、代わりに現れたのは・・・
「な・・・」
「そんな・・・」
 今度ばかりはハッキリと解る・・・目の前の敵の数が元に戻ったのだ!
 もう魔力も無くなり、嘆く綾子・・・だが、隣の和美はその敵の数よりも、別の方向
に視線を向けている。
「あの子は・・・やっぱり」
「どうかしました・・・あら?少し動いていますね?」
 綾子の言う通り、邪妖精のいる場所が先程とは少し違うのだ。
 それに、手にしていた筈のアメも・・・無い。
 和美は足下にあった、折れたバルディチェの残骸を拾い上げ、もう片方の手で綾子に
焔の懐剣を手渡しながら、忌々しげに呟く。
「あとはこのトリックをどう見破るかよね?」
 だが、懐剣を魔法の杖の先に取り付け、心細げな声を漏らす綾子・・・
「でも、私達の体力が・・・」
「それは言わないで。行くわよ!」
「はい!」


 さて、部屋の中でマリンを守っていた早苗であるが、マリンと共にベッドの中で毛布
を被りながら武器を構えていたところ・・・当然、居眠りをこいていた。
 そして、今、先に目が覚めていたマリンによーやく起こされたのである。
「くーーー・・・」
「早苗様!早苗様っ!・・・失礼します!」
「(バシャ!)ふぎゃ?!」
 水をブッかけられ、目を擦りながら起きあがる早苗だが、まだ半分寝ぼけている。
「・・・むにゃ・・・ちべたい・・・あ、マリンちゃんお早う」
「お早うござます・・・じゃなくて、和美様達が大変なんです!」
「え?!」
「見て下さい!」
 マリンに言われ一気に目が覚めた早苗は、指差された窓の外を見る。
 すると、眼下では和美と綾子が凄まじい数の敵を相手に戦っているではないか!?
「なんでもっと早く起こしてくれないのぉ!」
「起こしてたのですが・・・」
 コレには早苗の眠気もいっぺんに吹き飛んだ。
 フレイルとモーニングスターをひっ掴むと、ドアめがけて駆け出そうとする。
「大変だぁ!応援にいかなきゃぁ!」
「あ、早苗様!待って下さい!」
「あ、そっか!早苗まだパジャマだった!」
「そうでなくて!見て下さい!」
 マリンの言葉に、早苗は再び戦闘している和美達を見つめた。
 和美が鉄の棒を振りかざし、綾子が魔法の杖で敵を殴り倒している。
 ナニがおかしいのであろう?早苗がそう思った次の瞬間・・・
「(ピキッ!)あれ?和美ちゃん達と敵が・・・止まった?!」
「そうなんです!」
 和美達の周囲に、何か銀色の光が走ったかと思うと、和美達や敵を灰色のドームが取
り囲んだのだ。
 そして、そのドームの中は、全ての動きが止まっている。
「それに・・・」
「和美ちゃん達のいる『わっか』の外の女の子とモンスターが動いている?!」
「はい。つい先程も一度あったのです。気がついたんですけど、ああやって突然動きが
 止まる時があるんです。そして止まっている間に、あの子がモンスターを連れてきて
 いました。きっと、あの子が何か魔法を・・・」
「あんなちっちゃい子が?・・・あれ?真美ちゃん?・・・な訳ないか」
 ふと、その幼女の顔が、一つ下の1年のクラスにいる仲良しの子と似ている様に見え
たが、そんなことには構ってられない。
 マリンの言った通り、暫くもすると、幼女はモンスターの大軍を引き連れて帰ってき
たのだ。
「コレじゃきりがないよ!早苗、あの子を止めてくる!」
「私も行きます!!(ドバン!)」
 早苗は両手に武器を持つと店の外に飛び出し、その後からマリンも飛び出してくる。
 そして、早苗は店の前で止まっている和美達の元に駆け寄ろうとしたが・・・
「(バシッ!)いたっ?!け、結界だ!どーしよ!早苗達、入れないよ!」
「早苗様、それよりもあの子を!」
 マリンがそう言って向こうからやってくる、モンスター群と幼女を指差した。
「そーだった!でも、あんなに沢山・・・早苗一人じゃ・・・」
「何か・・・火の魔法が使えたら・・・綾子様が先程、召喚魔法で焼き払われていまし
 たから、敵は火に弱いかと・・・」
 マリンのその言葉に、早苗はポンと一つ手を打つ。
「なーんだ、んじゃ簡単。早苗、火炎系の魔法使えるよ♪」
「本当ですか?!それでは早く!敵がそこまで・・・来た!」
 一体の(デュラハン)の肩に乗っていた幼女はそのマリンの声を聞きつけ、更に早苗
の姿を見つけると、驚きと非難の声を挙げていた。
「あれぇ?おねーちゃん達、結界の中にいなかったの?ダメじゃない、ちゃんと時間を
 止めているんだから」
「・・・そっか、時間を止めてる間に敵を増やしてたんだ・・・」
 頬を膨らましている幼女のこの言葉に、さすがの早苗にも敵の戦法が解った。
 時を止める能力・・・コレがこの子の力。
 そしてこんな能力を持っているのはおそらく・・・
「ふーん。んじゃ、お嬢ちゃんは・・・邪妖精なんだ」
 だが、一瞬、躊躇いながら早苗の言葉に、幼女はあっさりと答えた。
「そだよ。わたし『時の邪妖精』のオーリッチって言うの」
「・・・」
「んとね、んとね、そこで戦っている、おねーちゃん達を殺すのがお仕事なの。んでも
 ね、おねーちゃん達を殺さないで、生け捕りにしろって。もし、生け捕りにしたら、
 一人につきキャンディーとチョコレートをたくさんくれるって、ユーミおねーちゃん
 が、さっき言ってきたんだけどぉ・・・もぉ、めんどーくさいから、殺しちゃおっか
 なって・・・ひっ?!」
 そんな(デュラハン)の肩の上でペラペラと話していた幼女だが、その言葉の途中で
息を飲む。
 早苗の表情が豹変していたのだ・・・
 いつもならば男子(特に孝司)以外に見せたことのない、嶮しい表情以上の「怒り」
が、早苗の顔に浮かび上がっていたのだ。
「(パキン!)うっく・・・恐いぃ・・・」
 その早苗の表情に、オーリッチは手に持っていたアメを落としたのにも構わず、慌て
て(デュラハン)の肩から飛び降りると、その後ろに隠れた。
 だが、見え隠れする邪妖精に・・・それも、まだ幼い幼女に・・・早苗は殺気を叩き
つけている。
 凄まじい迫力に、隣にいるマリンですら震えるほどであった。
 おそらく・・・早苗が「本気」で怒っているのはコレが初めてであろう。
「許さないよ・・・和美ちゃんと綾子ちゃんを殺すなんて・・・早苗、絶対に許さない
 からね!早苗の和美ちゃんに指1本でも触ったら・・・殺すからね!」
「ひっく・・・えーい!いっけー!この恐いおねーちゃんをやっちゃえ!」
 半分泣きながら邪妖精がそう叫び、ゆっくりとした動きで(デュラハン)の大群が2
人に向かってくる。
「早苗様!来ます!・・・え?」
 だがマリンが腕につけたチャクラムを外していると、早苗がそれを制した。
 見れば早苗の周囲に風が巻き起こっている・・・魔力が高ぶっているのだ。
 そして、低い声で早苗は・・・叫んだ。
「いくよマリンちゃん・・・早苗の怒りの火炎魔法!『はるまげでドン♪』だ!」
「へ?!」


 その頃、大いなる魔女の城の一室・・・
「ん・・・」
「ぅ・・・」
 微かな衣擦れの音と共に、天蓋付の大きなベッドから、切ない溜息がこぼれる。
 そのベッドでは、2人の影が絡み合っていた。
 それは・・・
「んふ♪・・・(チュッ)・・・ん♪」
 音の邪妖精、エレーヌと・・・
「あ・・・」
 光の邪妖精、アルティシアである。
 エレーヌはそっとアルティシアの額に口づけてやると、その身を起こす。
 一方のアルティシアの方は、まだ情事の余韻が残っているせいか、ベッドに伏せたま
まである。
「アルティシア・・・」
「はいですぅ・・・」
「少し休んだら、手伝って欲しいことがあるんだけど」
「なんでも・・・はい」
「いい子ね♪・・・あ、別に難しいコトじゃないわ。アンタの催眠術・・・出番よ」
「・・・また・・・誰かをおびき寄せるですかぁ?」
「ううん。今度は違うわ。あたし、アッシュ様から軍を率いて陣を張るように言われた
 のよ。だから、これからあたしとアッシュ様は味方となるモンスター達を狩るから、
 掴まえたそいつらに催眠術をかけてちょーだい。モチロン、あたしもやるから♪」
「それでは・・・誰も・・・死なずに済むのですか?」
「うーん・・・まあ、異世界の戦士を倒すための軍勢だから・・・異世界の戦士達には
 死んで貰わなくちゃいけないけど・・・それに、派手にドンパチやるから、死人も結
 構な数・・・出るかもね」
「そうですか・・・」
「あ、いいのよ。アンタは城の中でジッとしてりゃ。あたし一人で充分だから」
「でもぉ・・・無理はしないで下さい・・・はい」
「あは☆・・・ホントに・・・可愛い娘♪」
 エレーヌは再びアルティシアの額に口づけた・・・


                    2


「あれ?」
「あら?」
 和美達が気がついた時は、周囲は既に焼け野原・・・
 (デュラハン)はおろか、建物・・・いや街すら綺麗サッパリと吹っ飛んでいた。
 和美達は振り上げていた棍棒を降ろすと周囲を見回す。
 大地は焼けこげ、所々にクレーターが出来ており、振り返れば泊まっていた酒場すら
残骸でしかない。
 無論、(デュラハン)達の姿どころか、邪妖精の姿も・・・
「・・・一体・・ナニが・・・」
「判りませんわ・・・でも、かなり大質量の物体が落下した跡と思われますわ」
「・・・隕石でも落ちてきたのかしら・・・」
 首を傾げながら周囲を調べる和美と綾子。
 周囲に敵の姿が見えなくなったとは言え、まだ油断は出来ない。
 もしかしたら、コレも敵の罠かも知れないのだ・・・
 と、綾子が足下の消し炭に躓いた。
「あっ・・・」
「大丈夫、綾子?」
「えぇ、ちょっと炭に躓いて・・・」
「・・・ぃ・・・た・・・ぃ」
「どこが?」
「はい?」
「え?だって今、綾子・・・『痛い』って言ったじゃない」
「私は言っておりませんが・・・」
「(ごそり)和美様ぁ・・・」
「きゃああ?!炭が動きましたぁ?!」
「・・・も、もしかして、マリンちゃん?」
 聞き覚えのあった声に、和美が足下に転がっている消し炭を手で払うと、そこから現
れたのは・・・真っ黒になったマリンであった。
「どーしたのマリンちゃん!」
「さ、早苗様の魔法が・・・世界の終わりが・・・季節はずれの恐怖の大王が・・・」
「早苗の魔法?・・・で、その早苗はドコに?」
「わ、判りません・・・」
「・・・綾子、マリンちゃんの手当をお願い。私は早苗を探してくるから」
「はい、お気をつけて!」
 和美は棍棒を脇に抱えると、クレーターを迂回しながら、嘗ての町の中を走った。
 だが、和美は早苗の姿を探すよりも先に、周囲の状況に目が行ってしまう・・・
 多くの建物が、和美達の居たところをほぼ中心に、綺麗に吹き飛んでいるのだ。
「・・・早苗ったら・・・一体どんな魔法を使ったのかしら?なんか、綾子の魔法の時
 よりも凄い有り様だけど・・・(ザッ・・・ザッ・・・)ん?」
 和美は耳を澄ませた。
 どこからか、何かこう・・・「土」をいじる様な音が聞こえてくるのだ。
「・・・あっちだわ」
 和美は音を探りながら、半壊した教会とおぼしき建物の裏手に足を向ける。
 と、そこには・・・
「ごめんね・・・和美ちゃんの為なの・・・だから安らかに眠ってね・・・」
「・・・?」
 和美は一瞬、声をかけるのを躊躇った。
 そこに早苗が居たのは確かなのであるが、その早苗の行動が奇妙なのだ。
 早苗は土まみれになりながら、目の前の小さな土の山を叩いている。
 そして、いくらか土が固まると・・・
「・・・ごめんね」
「!」
 和美は息を飲んだ。
 早苗は木の枝を組み合わせた十字架を、そこに突き刺したのだ。
 早苗が造っていたのは「墓」・・・一体、誰の墓なのであろう?
「早苗!」
「あ、和美ちゃん・・・」
 和美が駆け寄っても、その目は虚ろだ。

・・・早苗に何かあった・・・

 和美はそう判断をすると、まだ小さな墓の前に跪いている早苗の後ろに立ち、そっと
覗き込みながら優しく語りかけた。
「早苗・・・そのお墓・・・どうしたの?」
「あ、和美ちゃん・・・あのね、オーリッチちゃんって言う、真美ちゃんにそっくりの
 ちっちゃな女の子いてね、その子が自分は邪妖精だって言ってね、んでね、その子が
 和美ちゃんを殺すんだって言ったの。だから、早苗がやっつけたの」
「・・・」
 淡々と呟く早苗・・・
「たくさんたくさんモンスターがいたの。んでね、マリンちゃんが火の魔法が効くって
 言うから、早苗も魔法を使ったの。そしたらね、爆発がたくさん起きてね、目の前の
 モンスター達をいっぱいやっつけたの。オーリッチちゃんも泣きながら逃げたけど、
 早苗の和美ちゃんを殺そうとした悪い子だから、早苗は逃がさなかったの。でもね、
 オーリッチちゃんの小さい体がね、爆発でバラバラに飛び散っちゃってね・・・んで
 ね・・・んでね・・・早苗、一生懸命に身体を集めたんだけど・・・」
 そこまで話すと、無表情のまま、早苗の瞳から涙がボロボロとこぼれ落ちる。
 今まで自分達が倒してきたのは、人間以外の・・・そう、今まではモンスター達が相
手であったので罪悪感が差ほど無かった。
 だが早苗は・・・邪妖精とは言え、小さな女の子を・・・手に掛けてしまった。
 和美はそっと早苗の肩に手を置く。
 小刻みに震える早苗の身体が・・・血と土にまみれた身体が・・・冷たかった。
「早苗・・・」
「でもね・・・でもね和美ちゃん・・・早苗、一生懸命・・・探したんだけど・・・」
「・・・だけど?」
「だけど・・・だけど・・・足と・・・が・・・」
「・・・え?」
「オーリッチちゃんの左足と、お顔の上半分が・・・どーしても見つからないの」
「早苗・・・」
「どーしよぉ。これじゃ・・・これじゃ天国で遊べないよぉ・・・かけっこが出来ない
 よぉ・・・かくれんぼで鬼になってもダレも見つけられないよぉ・・・一緒に・・・
 一緒に探して・・・和美ちゃん・・・うえぇーーーーん!」
 和美は泣き続ける早苗の身体を抱き締めた・・・


「お願いですぅ!やめてくださぁい!ソレを仕舞ってくださぁい!」
「は、離して!人間なんてのは助ける価値なんて無いのよ!!」
 地下迷宮に木霊する(やもりん)と(きゃんきゃん)の叫び声。
 女格闘家が珍しく持った刃物に(きゃんきゃん)は、必死にその腕にしがみついてい
るのだ。 
 その足下で倒れている孝司であったが、別に本当にノビっぱなしとなっているわけで
はない。
 先程のクッキーを噛み砕かれた状態で食べたせいであろうか?ジワジワとではあるが
体力が回復してきているを感じとっていたので、ジッとしていたのだ。

・・・ふぃ〜〜、やっと身体が動きそうだ・・・それにしても参ったなぁ。この人から
   随分と嫌われたモンだなぁ・・・

 何をノホホンと構えているのであろうか?
 (やもりん)を押さえている(きゃんきゃん)の手がスッポ抜けたら、自分の首筋に
刃が突き立つというのに・・・
 まぁ・・・孝司の方は俯せになって寝ているので、その(やもりん)が両手に持って
いる「出刃包丁」と「刺身包丁」が見えないのだから、仕方あるまい。
 だが・・・そうも言ってられなくなった。
「お願い!手を離しておチビちゃん!」
「ダメですぅ!ぅう〜〜〜ん・・・(スポッ!)あっ?!」
「ん〜(ガキン!)おわあっ!?」
 さすがに目の前に火花を散らしながら包丁が突き立てられると(作者を含め)人間、
誰しも飛び起きるモノである。
 これには孝司も例外ではなく、身体が自然と跳ね起きた。
 見たところ、体力は割と回復しているようである。
 そして互いに対峙すると、睨み合いが始まったのだが・・・
「おのれ人間!ココで会ったが・・・あぁ〜〜ッ!!」
「あれ?あんた・・・地下2階でも確か居たよーな・・・」
 実に世の中と地下迷宮とは狭いモノである。
 孝司の目の前にいる(やもりん)は、孝司が地下2階で殴り合いをした(やもりん)
であった。
 他の(やもりん)と違って、この子だけ額に赤いバンダナを巻いているので見分けが
ついたのだ。
 その(やもりん)はと言うと、顔を真赤にして怒っている。
「き、貴様!私の部屋の鍵を返せ!迷宮で野宿はもうイヤだ!」
「はい?鍵というと・・・あ、これ?」
 孝司はポケットから一つの鍵を取り出すと、(やもりん)の目の前に翳した。
 それは、孝司とこの(やもりん)とがB2Fでケンカをした際に(やもりん)が落と
していったモノ。
「そ、それだぁ!返せぇ!」
「おわっ!?」
 鍵を見るなり飛びかかってきた(やもりん)に、孝司は全くかわせない。
(ごろごろごろごろ!)
 二人・・・いや、一人と一匹はもみ合いながら通路を転がっていく。
「この!おとなしく『やもりんソード』と『やもりんブレード』を受けなさい!」
「あ、危ないって包丁は!(ピュン!)いやマジで!」
 孝司は必死に(やもりん)の振りかざす包丁をもぎ取ろうと、(やもりん)の手首を
捻った。
「ぬぬぬ!(ギリッ!)きゃっ!?(カチャン!)あぁ!?『やもりんソード』が?!
 こうなったら・・・このぉ!」
「え?(ぼかっ!)んぐえっ!・・・ってぇなぁ!せいっ!」
「(ドカッ!)きゃぁ!」
 馬乗りになった(やもりん)の、地面に叩きつけられる様な強烈な右ストレートに、
孝司は(やもりん)をケリ飛ばして応戦する。
 そして孝司は口の端から流れた血を拭いながら立ち上がると、再び(やもりん)と対
峙し、蹴り飛ばされた(やもりん)の方も素早く起きあがると、ファイティングポーズ
を取った。
「どーしよどーしよ!」
 睨み合う孝司と(やもりん)に、(きゃんきゃん)はただオロオロするばかり。
「部屋の鍵!返してもらうからね!」
「・・・しゃーなぃか」

・・・持久戦になれば、体力の無い分こっちが不利だな。必殺技を使うしかないか。

 孝司は小さく、細く息を吸い込むと下腹に力を込める。
 そして(やもりん)が大きく腰を振り、廻し蹴りの要領で自慢の尻尾を振り回してき
たのを見ると、孝司は叫んだ!
「喰らえ!テイル・スラッシュ!」
「必殺!!ゴールドフラッシュ!」
(バチーーーーーン!)
 だが(やもりん)の見事な尻尾攻撃が、孝司の首に巻き付くようにして決まる。
「ふんげぇ!なぜだぁ・・・必殺技が・・・発動しない・・・」
 その場でコマの様に回りながら崩れ落ちながら、叫んだ必殺技の名前が違うことに気
がついて、思いだそうとする孝司。
「あれ?ゴールド・・・なんだっけ?」
 そんな孝司に(きゃんきゃん)の叫び声が飛んできた。
「おにーちゃん!体力を回復させるですぅ!!アイテムですぅ!」
「おチビちゃん!どっちの味方なの?!」
「ふえぇ〜〜〜〜ん、ごめんなさぁ〜い」
 (やもりん)が(きゃんきゃん)に気を取られている隙に、孝司は言われたとおりに
体力を回復させるべく、ポケットの中を探る。
「体力を回復させるもの!?えーと・・・はっ!ユン○ルか!?グロ○ントか?!」
 阿呆ぅ・・・
「な、何か無いのか?!何か何かナニか!!リゲ○ンでも赤○むしでもいいぞ!」
(ガサゴソガサゴソ!・・・ボトッ)
 まるで慌ててポケットを探るドラ○もんの様に、ポケットの中身を撒き散らす孝司の
足下に小さな革袋が落ちた。
 孝司は革袋を手に取ると首を傾げる。
「ん?これは・・・」
 それは確か、例のジジィが何かの役にたつと言って、孝司に手渡したモノだ。
 孝司はソレを思い出すと一気に革袋を開く!
「ナニか薬が!?(ガバッ!)・・・ん?」
 だが中に入っていたのは・・・
「ナンだ?」
 それは、一枚の紙切れ・・・写真であった。
 写っていたのは満面に異様な笑みを浮かべた例のジジィと妙に舌の長いイヌ、そして
顔をひきつらせた一人の少年とのメモリアルフォト。
 細かく説明すると、そこに写っていたのは、あのジジィとその愛犬ヨーデル、そして
「小川健太郎」という今回の孝司達と同様に、嘗て異世界から連れて来られた高校生。
 本当はもう一人「来水美樹」と言う女の子も居るのだが、それはまた、別のお話であ
る・・・
「うらああああ!(ビリビリビリャ!!)」
 孝司は残った体力を振り絞ってソレを微塵に破り捨てた。
 まぁ、当たり前の行動であろう・・・だが。
「おああああ!くそジジィぃぃぃ〜〜〜!(バラバラバラバラ)んあ?!」
 その破られた写真の欠片の全てが小さな丸薬に変わり、床の上で弾けたのには目を見
張った。
「な、なんだこりゃ?・・・薬か?!」
 孝司は地面に散らばっていた丸薬を数粒ほど手に取ると、しげしげと見つめる。
 黒くて弾力のある小さな丸薬で、少々、独特の匂いを発している。
 元の世界にあった、ラッパのマークでお馴染みの胃腸薬、正○丸にソックリだ。
「・・・不味そうだから、やめておこっかな・・・」
「覚悟!必殺ぅ!」
「わぁわわわ!こうなりゃヤケだ!(ごっくん!)・・・まじいっぃいいいい!」
 あまりの不味さに戻しかける孝司だが、身体中に体力が爆発的に沸き上がるのを感じ
とると必死にソレを堪えた!
 確かに体力回復アイテムの(世色癌3)を一気に15粒も飲めば回復もするだろう。
 そして孝司は今度は間違いなく、必殺技の名前を叫ぶ!
「必殺ゴールドラッシュ!(カッ!)」
 その名前を叫んだ途端、孝司の身体が自動的に動き、技が発動した!
「黄金の左ジャブ!黄金の右フック!黄金の左アッパー!黄金の右ストレート!」
「(ガツッ!)あうっ!(ドカッ!)うぐっ!(ボスッ!)ふぐっ!?」
 連続で繰り出される孝司の拳が、必殺技を繰り出そうとして、身体を大振りをしてし
まった(やもりん)に、次々と食い込む。
「とどめだぁ!黄金のコークスクリューブロー!!」
「(ぶわしっ!)きゃぁあぁぁぁぁぁ・・・(どさっ!)」
 高速回転しながら繰り出された拳を喰らい、回転しながら宙を舞って(やもりん)は
倒れた・・・
 孝司のKO勝ちだ。
「うぉーーー!えいどりゃーーーん!」
 そして、その場に跪くと両手を高々と挙げ、訳のわからん雄叫びをあげながら男泣き
をする孝司だが・・・お前、アメリカの某有名ボクシング映画の見すぎだ。
「うほーーーー!ぐるふるふるぅ・・・ん?」
 世色癌の大量服用のためか?妙に興奮状態の孝司であったが、それでも、ふと正気に
戻ると「自分はエラくとんでもないことをした」ことに気がついた。
 なにしろ・・・
「うぅ〜〜ん・・・」
「大丈夫ですのぉ?『やもりん』さぁん?」
「ま、負けたわ・・・完敗よ・・・ぅ(がっくし)」
「・・・あ゛」
 モンスターとは言え、女の子をボッコボコのタコ殴りにしてしまったのだ。
 しかも「メリケンサック」のおまけ付き。
「・・・や、やばい」
 孝司の脳裏に、いつもケンカをした時の早苗の言葉が突き刺さる。

・・・「顔は女の子の命なんだゾォ!」

「・・・と、取りあえず手当を!!でも、救急箱か何かが・・・そうだ!お嬢ちゃん!
 その子をこの部屋に運ぶぞ!」
「は、はいですぅ!」
「よいしょっと!(がちゃがちゃ!)えーと・・・ご、ゴメン下さい!」
 孝司はポケットから(やもりん)の部屋の鍵を取り出すと(やもりん)を担ぎ、急い
で部屋の中に入っていった。


 さてその頃、鏡の邪妖精を倒した(?)由香里&兄貴ズ。
 不敏に思った由香里の提案で、少女の血に染まった鏡の欠片を拾い集めると、小さな
穴を掘り、そこに鏡の破片を納め、小さな墓を造った。
「ごめんなさいね。裕美のせいで巻きこんじゃって・・・」
「安らかに眠ってくだせぇ・・・」
「ナムナムナム。天に在す我らが神よ・・・ぬぉおおおお!かぁみよぉおッス!」
 それぞれ、様々な思いを胸に手を合わせる・・・が、村田の家(実家は寺)は、一体
ドコの宗派なんだ?
 そして祈りを終えた3人は、自分達の荷物を担ぐと顔を見合わせた。
「さてと・・・これからどうします?」
「そうですなぁ・・・どうするもこうするも、やはり行くしかないでしょう」
「あっしは腹が減ったッス」
「そうですよね。これ以上、裕美が周りに被害を及ぼさない内に・・・」
「なんとかせにゃぁ、ならんでしょう」
「あの・・・腹が・・・」
「でも、先に一度、街に戻って装備を揃え直しませんか?街に行けば、和美達とも合流
 できますし」
「そうですな。あっしらも勝手に飛びだしてきやしたんで、綾子お嬢様のご機嫌を取り
 戻さなくてはなりやせん」
「あのぉ・・・ッス」
「そうと決まれば行きますか?!」
「へい!道はこっちでさぁ!」
「兄貴ぃ!御嬢ぉ〜〜!」
 3人は名も無き娘の墓を背に、和美達の居る街に向かって歩み始めた・・・
 無論、大下が道案内をしている以上、その方向は正反対である。


 場面は再び和美達。
 いつまでも泣きじゃくっている早苗を墓の前から連れ出し、和美が綾子の元に戻って
来ると、綾子はマリンの治療を終えて座り込んでいた。
 連続での魔法による戦闘、そしてそれに続いての治癒魔法と、気力と体力をを消耗し
きっていたのだ。
「はぁ・・・これで大丈夫ですわ・・・」
「申し訳ありません綾子様・・・あ、和美様、早苗様が!」
「ぐしっ・・・足・・・見つかんないよぉ・・・両目は・・・どこぉ・・・」
「よいしょっと・・・マリンちゃん。早苗をちょっと見ていてね」
 和美はマリンに早苗を託すと、疲れ切って座っている綾子の側に腰を下ろした。
「どう綾子。歩ける?」
「す、すみません・・・ちょっと・・・休ませてください」
 そんな綾子の苦しげな表情を確認した和美は、軽く頷くと今度は早苗の方を見る。
「・・・どーしよ・・・早苗の両手・・・真赤だよ・・・取れないよ・・・」
「早苗様ぁ!どこに行くのですか!?待ってください!」
 相変わらず錯乱したままフラフラと歩いていこうとする早苗を、マリンが必死に押さ
えている。
 その光景に溜息を一つ吐くと、酒場を何気なく振り返った和美であったが、そこで硬
直してしまった。
「ふうっ・・・しょーがない。今日もココで泊まり・・・う゛」
「それは・・・無理でしょう」
 綾子の言う通り・・・なにせ宿屋は崩壊しているのだ。
 宿屋の2階部分は完全に崩れ落ち、1階部分も壁のないオープン状態。
「・・・わ、忘れてた・・・」
「あ。荷物を取ってこなくては・・・和美さん、私は荷物を探してきます。和美さんは
 女将さんをお願いしますね」
「ん、判ったわ」
 綾子がヨロヨロと瓦礫を踏み越えて行くのを見て、和美の方も、もはや廃墟と化した
酒場にゆっくりと足を踏み入れる。
 確か女将は、カウンターの中で泣いていた筈だ。
 あまり広くはなかったとは言え、瓦礫を少しずつ退けながらカウンターに進むのには
時間がかかる。
 和美は瓦礫を寄せながら、女将にこの惨状の詫びを考えていた・・・

・・・女将さん、ケガなんかしてなきゃいいけど・・・って、それより、ナンて言って
   謝ればいいンだろ・・・

 だが、一際大きな瓦礫を寄せた次の瞬間・・・「現実」が和美を襲った。
 そして、それまでの楽天的な考えが、その「現実」に更に拍車を掛ける。
「よっこい(ガラッ!)しょっと・・・なにこれ?・・・」
 カウンターを覆っていた大きな瓦礫を寄せ、軽く中を覗き込んだ瞬間、和美の目に飛
び込んできたのは「肉の塊」であったのだ。
 一瞬、和美には、それが「なに」であるのか判らない。
 料理用の肉が床に?
 それとも、モンスターの死骸?
 必死に「逃避」をしようとする和美の思考・・・
 だが・・・
「・・・(ムッ!)ぁ・・・」
 鼻孔を直撃したその臭いは・・・
 双方の瞳孔に焼き付けられたのは・・・
 肌で感じる、温かな湯気は・・・
 間違いなく・・・全てそこにあった「女将の躯」からのもの。
 その再会はあまりにも突然で、あっけなく、それでいて凄惨であった。
 まだ生暖かい肉は湯気を立てており、その咽せるような芳香と、内臓から発せられる
苦い香りが、狭いカウンター内を満たしている。
 そんなカウンターに、自分は身を乗り出しているのだ・・・
「う(ガチガチガチ・・・)・・・ぅ(ガチガチガチガチ!)」
 和美の歯の根が噛み合わず、激しく音を立て始めた。
 そして、身体には押さえようもない震えが、脳には戦闘で麻痺していた「死」に対す
る激しい衝動が爆発的に沸き上がる。
「うぅ・・・ううぅ!!」
 必死に手足をバタつかせて、ナンとかカウンターから身を離そうとする和美であった
が、思った通りに身体は動かず、逆にカウンター内に・・・
「ううっーーーー!?」
 近づいてくる・・・
 床の上の「女将の躯」が・・・
 目の前にある「死」が近づいてくる・・・
 そして・・・
「ぅううう!!(ビチャン!パキン!)ぃい!?」
 遂にカウンターから落ちた和美は、頭から血と肉塊の海に倒れ込む。
 その際、僅かに残っていた女将の骨が乾いた音を立てて砕けた・・・
「あああああああ!?」
 自分のしたことに気づいた和美は転がるようにして、その場から這いずる。
 ナンとかカウンターの隅にまで這いずると、座り込み、震えと涙の止まらない身体を
自分で抱き締めた。
 そうでもしないと、五体がバラバラになりそうな感じがするのだ。
 一瞬、気を抜いた瞬間に出くわした「現実」が・・・
 精神の奥底で避けるようにして隠れていた「死の姿」が・・・
 目覚めを誘うかのように、和美の精神を激しく揺する。
「・・・ぅぅ・・・」
 出るのは噛み合わない口から漏れる、嗚咽にも似た唸り声だけ。
 僅かな時とは言え、自分の知っている人間が、目の前で・・・

 自分のせいで死んだのだ・・・
 自分のせいで悶え苦しみながら・・・
 自分のせいで恐怖を味わいながら・・・

「ぅ・・・ご・・・ごめんなさい・・・私・・・」
 そう言いながら、チラリと女将の躯の方を見る和美・・・
 だが、身体中を喰い千切られ、残っていた頭部の毛髪から、辛うじて女将と判断でき
る肉の塊は、何も語りかけては来ない。
 そんな女将の躯に向かって謝り続けていた和美だが・・・
「ごめんな・・・ごめん・・・ぅ・・・うぅ?!」
 言葉とは裏腹に、こみ上げてくる激しい嘔吐感。
 何とか吐くのだけは堪えようと、必死に口元を押さえるが、それでも治まらない。
 いくら凄惨な死体とはいえ、この世界に来てから、既に死体や死臭には慣れている。
 その筈であったが・・・
「うぅっ・・・ぅえっ!(タパッ)」
 思わず床に手をつき、遂に吐き出す和美。
 その目の前に広がったのは、胃の内容物でも胃液でもなければ血でもなかった。
 白みがかった薄黄色の体液・・・膿だ。
「ぅ?!」
 異様な悪臭を放つその体液に愕然としていた和美だが、ふと気がつくと、自分の身体
が急激に強張って来ているのに気がついた。
 筋肉は堅く、関節という関節が軋む様に痛むのだ。
「な・・・なに?・・・」
 訳も分からず呆然としていた和美であったが、見れば、先程綾子に治療して貰ったば
かりの腕にある傷が赤紫に変色し、そこからも膿が流れ出ている。
「なんで・・・綾子の魔法が・・・効いていない・・・」
 無論、それが(デュラハン)の針に塗られていた毒によるものだとは気がつかない。
 いや・・・はっきりと解ることが一つあった。
「・・・私も・・・死ぬ・・・いやぁ・・・」
 和美の脳裏に、喰い散らされた女将の死体と、自分の身体が重ね合わされる。
 生きながらにして腐り果てていく、自分の姿が・・・
「ぅ・・・うぅ!うわぁあああ!」
 和美は廃墟と化した店から飛び出すと、荷物を見つけだし、階段の残骸で座り込んで
いる綾子達の元に走った。
 疲れ切った表情で俯いていた綾子であったが、タダならぬ和美の表情に急いで立ち上
がる。
「どうされたのですか和美さん?!ナニがあったのですか!?」
「うわああああ!ァァァアアア!」
「和美さん!しっかりして下さい!」
「いやだぁ!もうイヤァあああ!ああなりたくない!死にたくないよぉ!」
 だが綾子の胸に飛び込んだ和美はナニも答えず、ただただ激しく泣きじゃくるばかり
である。
「和美さん!何があったのです?!女将さんはどうされたのですか?!」
「綾子!ここから出よ!早く!ね!お願いだから、ここには居たくないの!」
「わ、判りました!判りましたから、落ち着いてください!マリンちゃん!早苗ちゃん
 を連れてくださいな!私は和美さんを連れますから!」
「は、はい!」
 慌てて荷物を担ぎ、早苗と和美を引きずる様にして酒場を後にする綾子とマリン。
 そして、一陣の風によって空き缶が転がったカウンターの中・・・
(からん・・・)
 壮絶な女将の死体が・・・何も言わずに和美達を見送っていた・・・


 その頃・・・
「くっ・・・ラスティア・・・オーリッチちゃんまで・・・どうして?!」
 砕け散ったピンクと透明のクリスタルに、裕美は激しく足踏みをする。
 予想以上に・・・和美達は強い。
 もはや生け捕りなどと、悠長なことは言ってられない。
 全力を以て、和美達を殺さなくては・・・
 その為にも、増援を送らなくては・・・
 そう考えた裕美は残ったクリスタルを見る。
 残ったクリスタルはアッシュ、ソフィア、エレーヌ、アルティシア。
 だが、アッシュは最後の要であるし、ソフィアは敵の所に向かっている最中。
 エレーヌに至っては城の布陣をやらせており、手が離せないはず・・・
「アルティシアでいっか・・・」
 アッシュの言った「裏切り者」の言葉が気には掛かるが、この際・・・贅沢は言って
られない。
 そう考えた裕美は、大きく息を吸い込むと・・・
「すぅーーー・・・アルティシアぁああああ!」
「(シュン!)は、はいですぅ!」
 裕美の叫び声に、間髪入れず空間からアルティシアが姿を現す。
 だが、かなり慌てていたらしく、髪は乱れ、手には読みかけの本が・・・
「ん?なにしてたの?」
「は、はい。アッシュ様とエレーヌの手伝いをした後、少々疲れたので横になりながら
 本を読んでましたぁ・・・はい」
「・・・ま、いいけど。それよりアルティシア。今ね、オーリッチちゃんとラスティア
 が死んじゃったの」
「え?!」
「んでね、人が足ンなくなっちゃったから、行ってきて」
「わ、私がですか?!」
「そ♪」
「で、でもぉ・・・私には戦闘能力が・・・ないのですぅ・・・はい」
「へ?・・・全然?」
「はいですぅ・・・」
「・・・んじゃ、戦闘力をあげる。ほいっ(カチャン)」
「この短剣は・・・」
「これで、京本さんをサクッとやってきて♪」
「そ、そんなぁ?!」
「やるの?やらないの?」
「し、しかし・・・私の様な者が、戦士達に気づかれずに・・・」
「う〜ん・・・あ、そだ。京本さんは武器オタクでメカフェチだから、それをエサにし
 て油断したところをやれば?」
「め、メカ・・・なんですかぁ?」
「とにかく、武器をたーくさんエサにすれば、ホイホイとついてくるはずだから、後は
 眠り薬でもナンでもかましてやりゃあ出来るでしょ!?」
「は、はいですぅ!」
「判ったならさっさと行って!」
「わ、判りましたぁ!行って来ますですぅ!」
 怒鳴られて姿を消したアルティシアに、裕美は憤然として腕を組むと、椅子に座ろう
と・・・
「ったく・・・(カツン)ん?なんだこりゃ?」
 腕を組んだ際、指先がナニか硬いモノに触れた。
 裕美が大きなローブをゴソゴソと探ると、その懐からは鉛色のクリスタルが・・・
「ん?鉄の玉?・・・あ、これ、忘れてた」
 裕美は「鋼の邪妖精」のクリスタルを手に、周囲を見回す。
 だが、媒体になる身体はなく、頼もうにもアッシュは留守である・・・
「う〜ん・・・ん?あれなんか使えそうかな?」
 裕美は部屋の片隅に置いてあった「調度品」に向かって歩み寄った・・・


                    3


「うぅ〜ん・・・」
「あ、気がつきましたぁ!」
「あれ・・・おちびちゃん・・・」
 ゆっくりと目を開いた(やもりん)の視界に、目に涙を溜めている(きゃんきゃん)
の顔が映る。
 そして眼を巡らせると、見覚えのある自分の部屋の天井。
 確か自分の部屋は鍵を無くしてから、入れなかったはず・・・
「っと・・・あれ?どーしてココに・・・部屋の鍵は・・・」
 ゆっくりと起きあがりながら、裸の身体中に巻かれた包帯を指でなぞり、必死に記憶
の糸を辿っていく(やもりん)。
「いたた・・・なんでこんなに身体が痛いのかな・・・あれ?確か部屋の鍵をドコかで
 落としてぇ、迷宮を探し回ってぇ・・・おちびちゃんの声が聞こえて・・・そうだ!
 人間のオス!・・・畜生!今度会ったら・・・今度会ったら!!」
「どーすんだよ?」
「きゃあ!?」
 その「御本人」の声が聞こえてきたために、(やもりん)はベッドの上で思わず飛び
上がりながら、慌てて声のした方を振り向いた。
「ほら。また会ったな」
 と、そこにはティーカップを手にした孝司が椅子に座っているではないか。
「き、き、き貴様ぁ!!」
「やめとけよ。俺は既に体力気力ともに回復しているんだ。今、殴り合っても勝ち目は
 ないぞ?」
「・・・ぅ」
 低い孝司の言葉に、(やもりん)の身体から闘気がグッと萎える。
 がっくりと首をうなだれると、静かに涙を流し始めた。
「うっく・・・もう・・・終わりなのね」
「泣かないで下さい『やもりん』さん。どーしたんですぅ?傷が痛いんですかぁ?」
 (やもりん)の涙をハンカチで拭いてやる(きゃんきゃん)に(やもりん)は、その
手を握りしめた。
「おちびちゃん・・・あんただけでも・・・よく聞くのよ」
「はいですぅ?」
「いいこと?あの人間は・・・で・・・なの」
「・・・え!?・・でもでも・・・」
「いいから聞きなさい。捕まったら・・・を・・・されて・・・」
「ぇ・・・」
「本当のことなのよ。あいつも・・・ね」
「うぅ・・・おにーちゃんが・・・そんなぁ」
 そんなボソボソと話をしている二人に、孝司は(きゃんきゃん)に煎れてもらった茶
を啜った。
「なんだかなぁ・・・ん?」
 そんなノホホンとしている孝司であったが、ふと(きゃんきゃん)が、あからさまな
忍び足でドアに向かって歩いていく姿に、眼がテンになる。
「なにしてんの?」
「・・・おにーちゃん・・・さいならですぅ!(ドバン!)」
 開いた途端に閉められるドア・・・
 文字通り、脱兎のごとく部屋から出ていってしまった(きゃんきゃん)に、呆然とす
る孝司。
「・・・お、おい」
 だが、ふと我に返り(きゃんきゃん)後を追いかけようとする孝司の前に、満身創痍
の(やもりん)が立ちふさがった。
「おいおい、なにすんだよ?!どけよ!」
「ダメよ!あの子は騙せても、あたしは騙せないわ!あんたからはハンターの臭いがす
 るのよ!もぉ、プンプンと!」
「ハンタぁ〜?」
 言葉の訳は解るが、意味が解らず首を傾げる孝司に向かって(やもりん)はビシッと
指さす。
「トボケるな!あの子を『幸福きゃんきゃん』と知って近づいたんでしょ!?捕まえて
 奴隷商人に高く売りつけるつもりなんでしょ?!」
「ま、待てよ!なんだよその奴隷商人ってのは?!」
「うるさい!この地下迷宮のアイドルのあの子は、あたしが守る!覚悟ぉ!」
 後ずさる孝司に向かって(やもりん)は、渾身の力を振り絞り、必殺のしっぽ攻撃を
繰り出す!
「同じ手を何度も食うかよ!!(ビシッ!)」
 だが、孝司が鞭の様に撓りながら飛んできたしっぽを腕で跳ね上げ、続く回し蹴りを
身を屈めてかわした瞬間、予想外の攻撃が孝司を襲った。
「ぅおっ?!(ブシュ!)」
 強烈なその一撃をモロに受けた孝司は、床に手をついて必死に堪えようとしたが、止
めどもなく流れ出てくる血が、孝司の視界に広がっていく。
 一方、最後の一撃を放った(やもりん)の方も、体中に激痛が走り、その場でクルリ
と一回転をした後に、床に倒れた。
「くっ(ズキッ!)か、身体が?!・・・もぅ、ダメ・・・(どさっ)」
「・・・うぉっ・・・(がくっ)」
 そして、その目の前に倒れてきた(やもりん)の姿に、孝司の出血は激しさを増し、
遂には自らの血だまりの中に倒れたのだが・・・
 まぁ、無理もあるまい。
 (やもりん)が裸の身体に包帯を巻き付けただけと言う、あられもない姿で回し蹴り
を放ってきたもんだから・・・
「うぉっ・・・ち、血が・・・」
 んで、そんな瞬間に身を屈めたモンだから・・・ようするに「モロ」に見えちゃった
んだな。
 ウブな孝司君に、コレに勝る必殺技を出せるのは和美しかいないだろう。
「う〜ん・・・のーかっとぉ〜☆・・・」
 鼻血の海が広がる部屋の中、孝司の悶えながらの呟きが虚しく響いた・・・


 太陽がだいぶ傾き始めた頃、由香里と兄貴ズの一行は街に辿り着いた。
 と言っても、大下達が出発した街ではなく、サーレン山に程近い「別の街」である。
 そして、大いなる魔女のせいであろうか?街の中は、他の街へ移り住もうと、大きな
荷物を背負い、街の外へ向かっていく人達で溢れていた。
 そんな人混みの中を歩きながら、由香里はあちこちを見回し、首を捻っている。
「おっかしいな・・・」
「・・・」
「・・・」
 メガネのない由香里は、はぐれてはイケナイと言うことから、大下と村田を両脇に従
えて街の中を歩いていたのだが、どうも雰囲気が違う。
「・・・確か、あたしが最後に飲んでいた街は、もっと建物が少なかったよーな気がし
 たんだけど・・・ねぇ大下さん」
「へい?」
「この街・・・」
 由香里が僅かそこまで呟いただけで、大下と村田は揃って頭を下げる。
「もーしわけありやせん」
「ないッス」
 深々と頭を下げている兄貴ズに、由香里は肩をすくめて全てを把握。
「やっぱ違う街でしたか・・・ま、いっか。さーてと大下さん、これからどうします?」
「ぶもーーー」
「あの『ぶもーーー』って言われても・・・」
「御嬢、それは牛です。あっしはこちらです」
「あ、ごめんなさい」
 だが、今度は大きな立て看板に向かって頭を下げている由香里に、大下は腕を組みな
がら溜息をついた。
「ふぃ〜〜〜〜・・・御嬢。取りあえず、先に眼鏡を買いにいきやせんか?」
「え゛ーーー?!あたし、先に(じょるじゅ)のパワーアップしたいんですけどぉ?」
「じょ、じょる・・・じゅ?何ですかそれは?」
 目が点になっている大下に、由香里は左腕の義手を掲げた。
「コレです♪(ジャキッ☆)」
「おぉ!さすがは由香里御嬢ッス!気品が感じられる名前ッス!」
「でしょでしょ!?」
「・・・」
 だが、村田のお世辞に嬉しそうにしている由香里に、大下は首を振る。
「御嬢、それは後でさぁ。まずは、メガネを買いに行きやしょう。大体、眼鏡なしでど
 うやって戦われるのです?それに、その腕の大砲とて照準を合わせられんでしょ?」
「確かに・・・ソッスね。味方の弾でヤラれるっつー、いつぞやの戦争の時みたいなの
 は、多○籍軍だけでカンベンしてほしいッス」
「ぅ・・・」
 そう言われてしまっては、由香里も何も言えない・・・
 と、言うわけで、3人はメガネ屋を探し当てると、店内に足を踏み入れた。
「ごめん」
「くだ」
「さいッス」
「ハイ、いらっしゃいませぇ〜♪」
 客の声に、店の奥からエラく度の強いメガネをかけた女の店員が、手にしていたメガ
ネ用の精密ドライバーをポケットに入れながら、愛想を振りまき出てきたのだが・・・
「どのようなメガネをお探しで・・・ん?・・・んん〜?!」
 その店員は3人を見るなり、マジマジと由香里と大下達を観察し始めたのだ。
「あ、あの・・・なんですか?」
「ワシらに何かついとりますか?」
「もっとよく見てっ!ッス!!」
 ポージングをとっている村田は別として、由香里は思わず身を竦め、大下は自分の身
体を見回す。
 だが店員は、3人の周りをクルクルと回り続けている。
「うむむむ?!」
「あのぉ・・・」
 しばらくも回り続けていた店員であったが、やおら回るのをやめて少し飛び退くと、
ビシッと3人を指さし叫んだ!
「あ、あなた達!人間じゃない!?(ガゴス!)お?!」
「あたしもかい!?」
「のぉおおおおお!」
 ヒララ合金製の義手で殴られて、頭を押さえて蹲る店員に向かって、由香里は軍刀の
鯉口を切って迫る。
 ともすれば真っ二つにしかねない勢いに、大下は慌てて由香里の右手を押さえた。
「お、御嬢!どうか堪えてください!この娘とて、何か理由があって・・・」
「あぅぅぅ、のーみそが耳から出るかと思ったぁ・・・ん?」
「むふぅ〜ん!もっとよく見るッス!!」
「きゃあああ!モンスター達が襲ってくるぅ!(バギン!)あう!?」
「モンスターたちぃ?!」
「御嬢!落ち着いて下せぇ!」
「どうかご容赦をぉッス!」
 今度は軍刀の鞘で娘を吹き飛ばした由香里を、大下と村田は必死に押さえる。
 一方、店の奥まで吹っ飛ばされた娘は、必死に床を手でまさぐりメガネを見つけると
掛け直していたが・・・
「ううう・・・あ、メガネメガネ・・・あった。うー、痛い・・・お客さん達、随分と
 乱暴ですねぇ。ホントのこと言っただけなの・・・(チャキン!)きゃああ!?」
「あ・た・し・も、人間じゃぁあないのかなぁ?!」
 遂に軍刀を抜きはなった由香里に、大下と村田が胸で十字を切りながら一歩後退する
のを見て、店員は土下座をして哀願する。
「ひぃぃ!こ、この世界の人間じゃないってことですぅ!こ、この私の掛けているメガ
 ネは、その人の本当の姿を映し出すアイティムなのですぅ!で、ですから、お命ばか
 りは!異世界の戦士様ぁ!!」
「なるほど・・・納得したわ」
 戦士と言われ、よーやく刀を納める由香里。
 そして、その後ろで感心したように大下と村田は深く頷いていた。
「さすがは異世界ですなぁ。メガネにも魔法が掛かっているとは・・・」
「ソッスね。さすがはマジックっス。種も仕掛けもないッス」
 だが、そんな大下を見て、店員は由香里に向かって申し訳なさそうに頭を下げる。
「あの、戦士様。当店ではペットの持ち込みは御遠慮願いたいのですが・・・」
「ぬあぁにぃ〜?!(メキョキャ!)」
「ひぃ!こちらも人間の方なんですかぁ?!」
「貴様のような小娘に、ペット呼ばわりされる筋合いはなーーーい!」
「そうッス!ワシらの御主人様は、夏美姐さんだけッスぅ!」
「ご、ごめんなさーーい!だから食べないでぇえええ!」
「・・・さーてと、どんなメガネがいいかなぁ・・・」
 と、まぁ・・・さんざん騒いだ挙げ句、由香里は新しいメガネを買い、ご機嫌で店を
後にした。
「フンフンフン♪」
 人通りの多い道も、メガネを掛けた由香里様には何の障害もない。
 鼻歌混じりにスイスイと人を避けていく。
 一方、人の方で避けてくれる兄貴達は、その由香里の後を歩きながら顔を見合わせて
いた。
「・・・」
「・・・」
 と言うのは・・・何度も言うようで恐縮だが、ここは「異世界」である。
 先ほどの店員もそうであったが、店内には様々な魔法が掛けられたメガネが売られて
おり、近視用、遠視用、乱視用はモチロンのこと、種族別のメガネまでもがあった。
 そして、当然のことながら「ふつーのメガネ」を買うような由香里様ではない。
 つまり・・・
「ね、ね。大下さん、村田さん♪」
「へい?」
「オッス?」
「似合いますか?」
 クルリと振り向いた由香里の顔には、左目側に「3連ターレットスコープ」がつけら
れた、随分とごついメガネが掛けられていたのだ!
 一方、満面の笑みで由香里に振り返られた、兄貴達はと言うと・・・
「・・・」
「・・・」
 振り返られても・・・困る。
 顎に「梅干し」を作っている大下に、口を「への字」に曲げている村田の表情から、
その言葉が読みとれる・・・
 だが、そんな返答をしない兄貴達に、由香里は口を尖らせて再度、聞き直してきた。
「に・あ・い・ま・す・かぁ☆」
「・・・ぅ」
「・・・ッス」

・・・こうして「口を尖らせて」いる内の由香里御嬢は、まだ可愛いのだが・・・
・・・これで返事しないと、御嬢は「もっと尖った軍刀」を出すに違いないッス。

 珍しく、瞬時に脳味噌が回転(開店?)をした大下と村田は、揉み手をしながらステ
キな笑顔で即答した。
「へ、へい!なかなか、お似合いで・・・なぁ、村田よ!?」
「へ?・・・そ、そりゃぁもぉ完膚無きまでにフィットしてるッスよ!そうッスねぇ、
 まるでスコー○ドックのレッ○ショ○ダーカスタムってカンジみたいで、凛々しいと
 言いまスか・・・なんかこぉ、狙われたら即刻、アーム○ンチって感じッス!」
 毎度の事ながら訳のわからん村田の誉め言葉だが、由香里の左腕が(じょるじゅ)に
なっているだけに、アー○パンチはシャレにならない。
 それでも由香里は頬を赤くし、ズレてもいないメガネをしきりに掛け直す。
「えへっ、照れるなぁ♪んじゃぁ、今度は武器のちょーたつですね?!あたし、気分的
 にヘビィなマシンガンでも買ぉっかなぁ〜?」
「ぃ゛?!」
 何のコトはない・・・早く新しいメガネの性能を試したくてしょうがないのだ。
 このままでは、町のド真ん中で由香里の(じょるじゅ)が火を噴くのは、時間の問題
であろう・・・
 大下は取りあえず由香里を落ち着かせるために、近くの酒場を指さした。
「あ、あの、御嬢。その前にメシにしやせんか?なんか軽く摘みながら、これからのこ
 とも話し合わなくてはなりやせんし、今日の宿も探さなくてはなりやせんし・・・」
「異議なしッス!」
「うーん・・・判りました」
 少々、つまらなそうな顔をした由香里であるが、大下と村田に誘われるまま、酒場に
入っていった・・・


 その頃・・・
「(ちゃぽん)マリンちゃん、このシャンプーで早苗ちゃんの髪を洗って下さいな」
「はい」
 マリンは綾子からシャンプーの容器を受け取ると、いくらかを濡れた手になじませ、
早苗の髪をゆっくりと削っていく。
 綾子もまた、湯船につかりながら和美の肩にお湯をかけてやった。
「はぁ・・・今日はここで一晩過ごすことになりますわね」
「はい・・・」
 綾子とマリンは溜息混じりに周囲を見渡す・・・
 そこは岩場に囲まれた、天然の温泉であった。
 岩の窪みから滾々(こんこん)と沸き出してくる湯は、周囲の温度をも暖め、夜でも
冷え込まない。
 また幸いな事に、温泉は硫黄泉ではなかった為、野営をしても安全であった。
 そんな絶好の野営場所を見つけた綾子は、街から引きずるようにして連れてきた和美
と早苗を、無理矢理に温泉に浸からせたのである。
 何しろ、全員が血にまみれていて、不衛生であったのだ・・・
 綾子はゆっくりと湯につかりながら、ふと、昨年の冬に和美達と共に過ごした、龍の
所有する温泉宿での出来事を思い出し、空を見上げる。

・・・あの時も・・・大変でした。でも、この世界には・・・龍さんは居ない・・・

 湯の中で膝を抱え、そっと吐き出される溜息・・・
(ちゃぽん)
 お湯の飛沫の音に綾子がふと我に返ると、マリンが早苗を湯船から引き上げるところ
であった。
「さぁ、早苗様。上がって身体を拭きましょうね」
「・・・」
 先程からおとなしくなった早苗を湯からあげると、マリンは馴れた手つきで身体を拭
いていっている。
 しかし、何かがおかしい・・・
 綾子は先程から気になっていた疑問を、マリンに問いかけた。
「あの、マリンちゃん」
「はい?」
 早苗に下着をつけながら綾子の方を振り返るマリンだが・・・
「せっかく温泉があるのですから、一緒に入りませんか?それに、そのままでは服が濡
 れて風邪をひいてしまいますわよ?」
 そう・・・マリンは何故か「服を着たまま」早苗の入浴を手伝っているのだ。
「・・・い、いえ。いいのです」
 だが、そんな綾子の言葉にマリンはそう呟き、申し訳なさそうに視線を伏せると、頭
を下げながら早苗を担いでテントの中に入ってしまった。
「・・・そうですか・・・」
 何か事情があるのだろう・・・綾子はそう思うと、それ以上の詮索をさけ、再び空を
見上げようとしたが・・・
「うぅ・・・」
 和美の口から小さな呻き声が漏れたのに気がつき、和美の身体に腕を回した。
「和美さん、さぁ、あがりますよ」
 そして和美の身体をバスタオルで包み込むと、そっと岩棚に座らせる。
「和美さん、ちょっと失礼しますね・・・」
「ぅ・・・」
 湯上がりだというのに蒼白の和美は、微かに頷き、綾子に身を任せる。
「それでは傷口を・・・」
 だが、綾子が僅かに腕を持ち上げただけで、肩と肘、そして手首の関節に激痛が走り
抜け、呻くような声が和美の口から漏れた。
「(ズキッ!)うぅっ!」
「ご、ごめんなさい。少し我慢して下さいね」
 綾子は和美の腕を優しくさすってやると、その傷口に手を翳していく。
「もう少しで傷は塞がりますからね・・・あら?」
 ふと、その翳していた手に違和感を感じ、綾子は手を退けて和美の傷口を見る。
「・・・これは?!」
 見ればその傷口はどす黒く変色し、周りの皮膚も爛れているではないか。
 綾子の驚く声を聞きつけ、テントの中からマリンも顔を出す。
「綾子様?!どうかされたのですか?!」
「か、和美さんの身体が・・・お風呂に入ったのに、体温が低いのです。それに、筋肉
 が堅くて、これではまるで死体ですわ。それにこの傷口・・・呪いでしょうか?これ
 は・・・毒ですわ!マリンちゃん!私の荷物の中から毒消しを取って下さい!」
「は、はい!(ゴソゴソ)えーとぉ、薬のビンは(カチャン!)あ、綾子様!毒消しの
 薬の入ったビンだけでなく、ビンの類が全て割れてますぅ!」
「な、なんてこと・・・困りましたわ。このままでは和美さんの命が・・・」
「どうしよう・・・あ・・・」
 珍しく爪を噛み、眉間にしわを寄せている綾子の姿に気圧され、マリンは思わず目を
テントの中に移すと・・・
「・・・和美ちゃぁん・・・」
 そこには毛布にくるまり、泣いている早苗の姿が・・・
 その早苗の姿に、マリンの頭に閃くモノがあった。
「早苗様・・・あ!綾子様!早苗様なら毒を治せるのでは?!」
「え?早苗ちゃんがですか?早苗ちゃんに解毒の魔法が・・・」
「いえ、違います。昨日聞いたのですが・・・早苗様のお話ですと、早苗様の身体には
 解毒の成分があるとか・・・でも、それには早苗様の・・・その・・・体液を服用す
 るため・・・あの肌を・・・」
「・・・身体の成分に・・・体液の服用ですか」
 マリンの顔を赤らめながら戸惑う表情に、綾子には大凡の見当はついた。
 もしこの場に、前に服用させられた由香里がいたら「早苗の生き血でも飲ませりゃい
いのよ」と、言うに違いあるまい。
 しかし、そこは思慮深い綾子御嬢様、貞操と命を天秤にかけて悩むほど・・・
「和美さん。ごめんなさいね(チャキン)せめて・・・私が苦しまない様にしてあげま
 すから」
 お前は貞操の方をとるのかぁ?!
「ま、待って下さい綾子様!その懐剣をしまって下さい!」
「でも、マリンちゃん・・・このままでは和美さんが・・・」
「わ、私に任せて下さい!和美様の貞操は守りますし、早苗様にも協力をしていだだき
 ますから!」
「でも・・・どうやってですか?早苗ちゃんはこの通りですし、和美さんは身体をまと
 もに動かすことが出来ないのですよ?それにマリンちゃんにそのような事が・・・」
 だがマリンは優しく微笑みを浮かべると、身に付けていた衣服をスルスルと脱ぐ。
「大丈夫です・・・私は・・・馴れていますから」
「・・・ま、マリンちゃん・・・その身体の傷痕は・・・」
 綾子の驚きの視線を受け、その瞳に一瞬、悲しげな色が映えたが、マリンは気丈にも
微笑んで顔を上げたのであった。
「任せて下さい、綾子様」


「ぅ・・・」
 微かなうめき声と共に、孝司は目を開く。
 霞んだ視界に、見覚えのある天井が映った。
「・・・」

・・・あぁ・・・まだ・・・生きてるか。

 そこが(やもりん)の部屋であることを確かめた孝司は、大きな安堵の息と共に、淡
い光を放つ天井のまぶしさに、腕を目に翳そうとしたのだが・・・
「ん?」
「すー・・・」
 何かに掴まれている感触に、ふと、首を傾けると、そこには愛らしい(やもりん)の
寝顔があった。
「・・・え?」
「くー・・・」
 戸惑う孝司とは裏腹に、静かな寝息をたてている(やもりん)。
「!?」

・・・な、な、な、なんだぁ?!この急展開は?!だ、大体、戦闘をしたばっかの若い
   男女が、戦いがすんだら、いきなり仲良くベッドで寝ているだなんて、この間に
   買ったパソコンのクソゲーみたいなシナリオ展開だぞ!!

 情けないほどベッドの中で慌てふためいている孝司であったが、隣の部屋から水の跳
ねる音が聞こえてくると、ピタリと動きを止めた。
(ぱちゃ・・・ぱちゃ)
「・・・」

・・・だ、誰か人が・・・か、和美だったらどうしよう?!

 お前は情けなさすぎる・・・
「よいしょっと・・・あ、おにーちゃん!目が覚めたんですぅかぁ!?」
「あ・・・ちびちゃんだったのか・・・ふぅ・・・」
 隣の部屋から顔を覗かせたのは、先程逃げ出した筈の(きゃんきゃん)であった。
 手にしていた水の張られた洗面器をテーブルに置くと(きゃんきゃん)は、うれしそ
うに孝司の顔に擦り寄ってくる。
「おにーちゃん!一体、何があったんですかぁ?心配で戻ってみたら、おにーちゃんと
 『やもりん』さんと一緒に血だらけになって倒れてて・・・」
「あぁ、ちょっとね・・・」
「ふん・・・取りあえずは敵ではないと見てあげるわ」
「のわっ?!お、起きていたのか?!」
「まぁね」
「ご、ゴメン!今すぐ出るか・・・おわっ!(ズデン!)」
 慌ててベットから降りようとして、毛布を足に引っかけてコケる孝司の姿に、思わず
(やもりん)は吹き出していた。
「ぷっ!あんたナニやってんのよぉ・・・ホント、あんたみたいな人間、初めてだわ」
 そう呟きながら(やもりん)がベッドから降りて自分の服を身につけ始めると、孝司
は慌てて反対を向く。
「ちょ、ちょっとカンベンしてくれよ・・・」
 何しろ(やもりん)はまだ、裸身に包帯を巻き付けているだけなのだ。
 だが、そんな孝司になどお構いなしに着替えた(やもりん)は(きゃんきゃん)から
お茶を入れてもらうと、軽く唇を濡らして椅子に座った。
「ふぅ・・・ところであんた。この迷宮には何しにきたわけ?人間なんて、ここ何年も
 目にしてなかったんだけど・・・」
「ん?あぁ、実は俺もよく判らないんだ・・・変なジジィにここで修行をして、何とか
 のメダルを手に入れるまで戻ってくんなって言われて・・・」
「ナーンだ。あんた、戦士のメダルを取りに来たんだ。それだったらこの下の階層にあ
 るから、取ってきてあげるわよ」
 そう言うと(やもりん)は椅子から立ち上がろうとしている。
 だが・・・
「いや、俺が自分で取りに行くよ」
 よく言った孝司、それでこそ男だ。
「でもでもぉ、戦士のメダルは『マドラス』さんが守ってるんですよぉ。お顔がおっか
 ないんですよぉ。強いんですよぉ。でも、優しいんですよぉ」
「・・・『マドラス』?」
 聞いたことのないモンスターの名前に孝司が首を捻ると(やもりん)が部屋の戸棚か
らアルバムを出してきた。
「ほら、こいつだよ。あたしとは仲がイイんだけどね♪」
 そう言って開いたアルバムの一角を指さす(やもりん)。
「どれどれ・・・ぃ?!」
 そこに写っていたのは、グラスを片手に上機嫌な(やもりん)と、4つある腕の下の
一本を(やもりん)の肩に回し、上の腕の手にジョッキを、また、もう片方の2本の腕
の手には、どデカい蛮刀と人間の頭蓋骨を鷲掴みにし、物凄い形相の笑みを浮かべた化
け物であった。
「・・・こ、この方が・・・」
「はい、グレートデンの『マドラス』さんですぅ♪」
「ぐ、グレートデン?い、犬のモンスターかい!?」
「ううん。『グレート・デーモン』ですぅ。略してグレートデンですぅ♪」
「・・・」
 奇妙な訳に目が点に・・・いや(グレート・デーモン)と聞いて、目が点になってい
る孝司であったが、自分で行くと言ってしまった手前・・・
「やっぱ・・・あたしが取りに行ってあげよっか?」
「・・・お願いします」
 コラ待てぃ!?