第8章


                   総攻撃


                    1


 ここで村田の首が吹っ飛ぶ直前に時間を戻しまして、場面は再び和美達の居る酒場兼
宿屋のカウンターの一角。
「うい・・・」
 そこで少々情けない声を出しているのは孝司・・・ではない。
 ズタボロの衣服を身に纏い、この店で一番安い酒を飲み続け、カウンターに突っ伏し
ている、ヨボヨボのジジィであった。
「モグ・・・うぃい・・・」
 時折、まだ生きている証として、震える手を延ばし、ボソボソと簡単なつまみを食べ
ながら、この席を占領しているのである。
 そして、その隣の席にいる孝司はと言うと・・・
「・・・」
 無論、こんなジジィには差ほどの関心も示さず、先程から自分のジュースを傾けて、
ボンヤリと考え事などをしていた。

・・・あーあ・・・一体、いつになったらこの世界から帰れるんだ?思えば・・・大下
   さん達に連れられて、龍さんの家を飛び出してランニングをしたからこんな目に
   なったんだよなぁ・・・えーーと、確か公園に連れてこられて、それから・・・
   村田さんが欅の木に向かって突きの練習してたら・・・その村田さんが、いきな
   りその木に吸い込まれて・・・気がついたら訳の分からん世界・・・かぁ。思え
   ば不思議の国のアリスみたいな話だよな・・・はぁ・・・何でもいいや。早く元
   の世界に帰りてぇ・・・

「はぁ・・・」
 溜息ばかりつく孝司・・・と、その孝司の鼻に、何やら酒臭い匂いが漂ってきた。
 とは言え、ここは酒場だから酒の匂いは当然するのだが、妙ぉ〜に近くから・・・
「ぷはぁ〜〜〜」
 気がつけば隣で寝ていたジジィが孝司に顔を近づけているではないか。
 孝司はジュースのグラスを手に飛び退いた。
「おわっ!?隣で酔っぱらって寝ていた筈の、全く金が無さそーで、今にも死にそうな
 ンだけど、ヘンな格好をしているイカにも謎っぽいジジィ!ナンか用ッスか?!」
「・・・随分と説明臭いセリフじゃの。まぁええ・・・時に若者よ」
「なんスか老人?」
「この老い先短いワシを哀れと思うなら、僅かでよいから命の水を相伴させてはくれぬ
 かのぉ?(げふげふっ)人助けじゃとおもぉて(げふげふげふ)」
「・・・あの、どうしたら・・・」
 そう言って、わざとらしく咳込むジジィに、孝司は思わず女将に助けを求めた。
「はぁ・・・はいはい(コトッ)ほら、おじーさん。この若者から命のお水・・・」
 女将の方はこのジジィに馴れているらしく、溜息と共にジジィの前に安酒のグラスを
置く・・・どうやらジジィは「たかり」の常連らしい。
「おぉ、有り難い!」
 一方、ジジィの方も悪びれも遠慮もせず、置かれたグラスに早速手を延ばすと、孝司
に向かってソレを掲げながら・・・
「ふぇっふぇっふぇ・・・おありがとぉごぜーます『異世界の戦士』の方♪」
 そう言って酒を煽るジジィに、孝司は驚愕に目を見開いた。
「どーいたしまして・・・って!じーさん!何で俺が異世界の人間って!?」
「ふぇっふぇっふぇ。まぁ伊達に歳は喰っておらんでのぉ。おぉ、この命の水のお礼に
 今のお主の悩みを当ててしんぜよぉ〜♪」
「・・・お、俺の悩み?」
「そうじゃ(ごきゅ☆)・・・」
 そう呟き、老人は再びグラスを傾ける。
「・・・」
 孝司はそんな小指を立てながらグラスを干していく老人の、次の言葉を待った。
「ぷふぁ・・・若者よ・・・」
「は、はい!」
「今の悩みは・・・ズバリ、かなわぬ恋にフォーリンラブじゃて!えぇ?!自分と同じ
 年の娘を一気にガバッと押し倒したいんじゃろ?!若いのぉ〜♪」
「・・・」
「・・・ち、違ったかのぉ?」
「帰りたいんです・・・」
「昔に?」
「アンタじゃあるまいし・・・俺は元の世界に帰りたいんです」
 そう言って、深々と溜息をつき直している孝司の姿に、ジジィの片メガネがキラリと
妖しげに光る。
「・・・それはまだ無理な事・・・」
「何故です?!」
 老人の口調が一瞬変わったことにも気付かず、食いつく様にして問いかけてくる孝司
に、ジジィはグラスの中に残った僅かな酒を、惜しげに眺めた。
「うぃ〜・・・まだやらなければならぬ事があるでのぉ・・・」
「やらなければ・・・ならないこと・・・」
「そうじゃ・・・若者よ」
「はい・・・」
「もう一杯・・・命の水・・・ええかのぉ?」
 そう言ってグラスを掲げる老人に、孝司は黙って頷いた・・・


 さて、場面と時間を元に戻しまして、いよいよ村田の首が吹っ飛ぶ瞬間。
「(ガッキーーーーーン!!)む、村田ああああああぁ?!」
 大下の絶叫と、鈍い金属音が黒い森の中に響きわたる。
 由香里の小太刀による鋭い横殴りの一撃が・・・村田の顔面を捉えたのだ。
 そして、後ろからその光景を見た大下には、村田の顔の両脇から小太刀の刃が覗いて
いる。
 さすがに斬り飛ばされると言うことはなかったモノの、小太刀は確実に村田の顔面に
食い込んで・・・おや?
「くっ?!・・・このバケモノ!なんて往生際の悪い!!」
「なに!?・・・御嬢!御免!!」
 由香里の口から漏れた予想外の言葉に気がついた大下は、由香里に向かって拳を叩き
つけながら突進をした。
「(ゴッ!!)ちっ!!」
 その並々ならぬパンチを感じとった由香里は、小太刀をその場に残して飛び退く。
 そして、顔から小太刀をはみ出したまま、立ち尽くしている村田の正面に回った大下
だが・・・
「む、村田よ生きて・・・おぉ!?見事な気合いじゃぁ!」
「おっふ!(オッス!)ほっふぁんっふ!(ごっっつあんッス!)」
 これぞ「真剣白刃取り」・・・いや「真剣白歯取り」とでも言うべきであろうか?
 村田のキラリと光る逞しい歯は、小太刀の刃をしっかりと噛みしめていたのだ!
 だが、この程度で止まるよ〜な村田ではない。
 村田の「人間離れ」は、大下の予定よりも更に進行していた。
「んが!(バキン!)う〜〜む(ボリボリ)なかなか(シィー)マイルドなお味ッス。
 でも、あっしは(チッチ)どっちかつーと(ごっくん)もうちょっとくどい味の方が
 好きッスねぇ。やっぱ胡麻ダレか・・・あ、それよりもワサビ醤油でペロッといけば
 よかったかもしれないッス♪」
 まるで煎餅か何かの様に由香里の小太刀を喰った村田、歯に挟まった欠片を爪楊枝で
取りながら訳のわからんコトをほざいている。
 だが、そんな気合いの入った村田の行動に、大下、思わず脱帽。
「お前の美食センスと健啖ぶりには感服だ・・・そして歯の白さにも」
「いやー、兄貴にもお裾分けしたかったッス。歯ごたえは結構良かったッスよ☆」
 そんな首を振っている大下と、豪快に笑う村田に対し、由香里は激しい視線を叩きつ
けていた。
「ちっ・・・なんてヤツ?!」
 軍刀を構え、ギリリと歯がみをしながら由香里が近づいてくる。
 村田の一命は取り留めたモノの、兄貴達の危機的状況は何も変わってはいないのだ。
「さてと兄貴。由香里嬢さんをどうするッスか?(じゅるっ)」
 それでもよゆーで食後の缶コーヒーを楽しむ村田に、大下は溜息をついた。
「はぁ・・・やもーえん。気絶させて連れ帰り、宿屋で何とかしよう・・・綾子御嬢様
 なら、魔法で何とか・・・」
「ななな?!兄貴!!御嬢を気絶させた上に、宿に帰ってから何をしよってんスか!?
 しかも綾子御嬢様まで巻き込んで!?まさか・・・まさか早苗嬢も混ぜこぜにして、
 あんな事やこんな事を・・・イヤラシぃッス!不潔ッス!!」
「い、いや・・・別にその様な事は・・・」
「どーーーーしてもってのなら!・・・まず、あっしから☆(ポッ)」
「絶対にせんから、照れるな」
「隙あり!!(ドッゴーーーーーン!!)」
 再びゴチャゴチャと・・・しかもコーヒーまで飲みながら・・・戦闘中に会話を続け
ていた村田めがけ、由香里が左腕の砲を放ったのだ!!
 そしてその閃光と轟音は物体となって、村田の顔面を捉えた!!
「(ズガン!!)んが!?」
「む、村田ぁ?!今度も大丈夫かぁ?!」
「今度こそやった!?」
 大下が悲鳴にも似た叫び声を上げ、由香里は喚声を上げる。
 義手の拳ごと放った不意打ちの砲弾が、見事に村田の顔面の中央にめり込んでいるの
が、二人とも確認できたのだ。
 幾ら何でも今度こそは・・・
「・・・(ばたっ)」
 そんな由香里の期待に応えるかの様に・・・無言で村田は倒れた。
「村田ぁああああ!!」
 絶叫しながら慌てて村田を抱え起こす大下・・・だが。
「う〜ん・・・御嬢のパンチも・・・芯まで響くッスぅ〜〜〜」
「やれやれ(ギュッギュ)暫くソコで(バサッ)寝とれ」
 そんな、大下が溜息をつきながら、リュックからティッシュと毛布を取り出し、丸め
たティッシュを村田の鼻につめ、毛布を掛けてやっている光景に、由香里の目はテンに
なってしまっていた。
「なんで・・・どうして・・・うそでしょ・・・」
 もし、この時に「本当の由香里」であったなら・・・この様な言葉は漏れなかったで
あろう。
 本当の由香里なら・・・

・・・やっぱ死なないわね。

 ・・・と思うに違いない。
 しかし、今の由香里は由香里ではない・・・
 ただ「由香里」と言う名が付いている操り人形でしかないのだ・・・
 それ故に、その「人形使い」には、あまりにも大きすぎる衝撃であった。
「なんで・・・なん・・・(ズルリ!)なぜだぁあああ!!」
「うぉ!?ゆ、由香里嬢さんが!いきなりゲ○ぉ!?・・・ん?○ロとはチト違うな。
 そうか・・・貴様が御嬢に寄生していたのか・・・」
 由香里の口から出てきた液体状の物体に、大下は顔を歪ませた。
 それは、この間の泉で倒したスライム状のバケモノとよく似たものであったが、唯一
違う点と言えば・・・
「貴様ら!何故に死なない?!まさか・・・貴様ら魔人か?!」
 この様にしっかりとした意思、つまりは「精神」を持っているところであろう。
 だが、その精神も「コイツらのせい」で崩壊寸前だ。
 由香里の口から半分ほど出ている粘液質の身体を激しく震わせ、バケモノがバケモノ
に対して苦悩している。
「失敬な!誰が魔人だ!?」
 そうキッパリと言い放つ「筋肉大魔王」にバケモノは更に苦悩する。
「うぉぉ!?魔人でもないとすればぁぁぁ?!・・・判ったぞ!」
「ハイ、そこのバケモノ君!」
「貴様等がこの娘の記憶にある、異世界から来た無敵の兄貴だな!?」
「ぴんぽぉ〜ん♪正解者には御褒美にステキなパンチじゃあああ!!」
「(ゴッ!!)おわっ!?」
 いきなり繰り出された大下のパンチに、バケモノは慌てて由香里の体内へとスルリと
潜り込んだ。
 こうなってしまっては手の出しようがない。
 大下は由香里の顔面すれすれに拳を止めると、飛び退き間合いをあける。
「おのれ・・・グリスとジィナの仇・・・必ず・・・殺す!」
「う〜む・・・困ったのぉ」
 再び妖しく光り始めた由香里の凶眼に、大下はポリポリと頭を掻いた・・・


 さて、場面は再び和美達の部屋・・・
「なーんだ、お風呂でのぼせただけだったのね♪」
「早苗ちゃん、大丈夫ですか?」
「うにゃ〜〜〜・・・世界がぐるぐるぅ〜〜〜・・・」
 濡らしたタオルを額に乗せられ、苦しげに呻いている早苗に、和美はホッと胸を撫で
降ろしていた。
 まさか異世界に来てまで、恥をさらしているのでは?と思っていたからだ。
 取りあえずは安堵の息をついた和美だが、反対側のベッドに腰を下ろすと、その息は
溜息に変わっていた。
「やれやれ・・・はぁ・・・さてと、これからどうする?」
「どうすると言われても・・・大下さん達が来るのを待つしか・・・」
 だが、そう言いかけた綾子の言葉を和美は遮る。
「あの人達じゃ、何時になる事やら解らないわよ。それよりも・・・」
「それよりも?」
「裕美の事と、元の世界に帰る事を考えましょ」
 その和美の言葉に、綾子はコクリと頷く。
「そうですわね・・・えぇと、私達がこの世界に来てから・・・」
「8日・・・ぐらいが経ったわね。それなのに、裕美の手がかりと言ったら・・・精霊
 の城に居るかもしれないって事・・・だけよね」
「えぇ。強大な力を持った魔女がそのお城に・・・でも、それが裕美さんと確認した訳
 でもありませんし・・・」
 頷く綾子に、和美は買ってきたばかりのバルディチェの柄で自分の肩を軽く叩いた。
「どれ・・・いい加減、裕美にお灸を据えに行く計画を本気でたてますか・・・まず、
 後どのくらいで裕美の所に着くのかしら?この町から、お城はどっちの方向なの?」
「えぇと、買ってきた地図で・・・」
「あ、あの・・・」
 と、和美と綾子が地図を広げたその時、それまで黙って話を聞いていたマリンが立ち
上がる。
 その表情は・・・困惑に満ちていた。
「ん?どうかしたのマリンちゃん?」
「あの、皆さんは・・・一体『何者』なのですか?」
「へ?」
「はい?」
 マリンの質問に和美の顔が呆け、綾子は首を傾げている。
 今更「何者?」と聞かれても・・・なんと答えれば良いのだろう?
「私は篠原綾子で・・・」
「私は木下和美だけど・・・」
「いえ、あの・・・何と言ったら良いのでしょうか・・・羅刹様も他の皆様も、普通の
 戦士や魔法使いの方よりも、もの凄く強いですし・・・ですから、羅刹様の『使い魔
 の村田さん』以外は・・・皆さんホントに人間ですよね?」
「つ、使い魔って・・・マリンちゃん、もしかして私達のこと・・・大下さんから何も
 聞いていないの?」
「はい、皆様がお仲間という事以外は特に・・・」
「参ったわね・・・どうする綾子?」
「最初から・・・お話しするしかないでしょう」
「・・・でしょーね」
 困惑のマリンに、和美と綾子は自分達の事の経緯を語り始めたのであった。


 その頃、酒場のカウンターにいた孝司と、その場で知り合った謎のジジィは、既に店
を出ており、町からかなり離れた荒野を彷徨っていた。
 しかしながら、見かけはナンの変哲もない、タダのヨボヨボ・・・しかも、飲んだく
れで貧乏でフニャフニャの・・・ジジィな筈なのだが、その足どりは孝司よりもしっか
りとしており、手にしている杖に縋るわけでもなく、ただ黙々と歩き続けている。
 それに比べ、後ろをついてきている孝司の額には、びっしりと汗が浮かんでいた。
「へぇ、へぇ・・・」
 まぁ、まだケガだらけの身体ではソレもいた仕方あるまい・・・

・・・このまま、このジーサンと一緒に天国までって事はネーよな・・・

 歩き始めてから数十分後、孝司がそんな事を考え始めた頃、よーやく前を歩いていた
ジジィが振り返ってくれた。
「さて・・・着いたぞい」
「へ?」
 しかし、そう言われたものの孝司の目にはナニも映らない。
 周囲は相変わらず、剥き出しの大地が広がるばかり・・・
 孝司が頻りに周囲をキョロキョロと見回していると、ジジィは懐から何やら鍵の様な
物を取り出し、高々と腕を振り上げたのだ。
「なんスか?その鍵は?」
「なぁに修行場の鍵じゃて・・・若者よ、今こそ試練の時!(ガチン!)」
 高らかに振りかざされ、太陽にきらめく鍵に目を細めている孝司に向かって、ジジィ
はニヤリと笑い、大地にその鍵を突き刺した・・・次の瞬間!
「なにが(グラグラ・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴ!)わわわっわあわわあわわ!?」
 激しく大地が揺らぎ、地響きが轟いたのだ!
 孝司が悲鳴じみた叫び声を上げながら地面にへばっていると、その目の前で大きく大
地が割れて・・・いや、地下への道が開いていく。
「な、なんだぁ?!」
 暫くもすると揺れがおさまった。
 孝司はゆっくりと立ち上がると、目の前にポッカリと広がる暗闇の空間を見つめる。
「じーさん・・・これは?」
 そう問いかける孝司を横目に、ジジィはゴソゴソと懐を探りながら答えた。
「なぁにを聞いとる。さっきも言うたろ、修行場じゃて・・・それよりも・・・えーと
 あれはドコにやったかのぉ?こっちじゃったかな・・・おぉ、あったあった。さぁ、
 これを持っていくがいい。困った時に、きっと役に立つ筈じゃ」
 未だぼーぜんとしている孝司の手に、ジジィは小さな革の袋を手渡す。
 そんなジジィに、孝司はようやく口を開いた。
「修行場って・・・ジーさん、アンタ・・・何者?」
「なーにタダの酒飲みジジィじゃて・・・ただ、この世界の人間はワシのことを賢者と
 呼んどるがのぉ・・・まぁ、えぇ。若者よ、この迷宮でしっかりと修行を積んでくる
 のじゃぞ」
「修行?・・・いやッス。だって、恐いモノは恐いッス」
「・・・あ゛ん?!」
「こんな危なっかしい所なんかで修行するより、ちゃんとした道場で修行した方がマシ
 だよ。大体、アンタみたいな飲んだくれで自分のことを、賢者なんて言う様なうさん
 くさい・・・」
「ナンでもイイから、さっさといけ!最下層にある戦士のメダルを手にするまで戻って
 くんな!フンッ!(蹴リャ!!)」
「え?(ゲシッ!)うあああ?!(ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・ドッシーーーン!)」
 孝司の壮烈な修行の第一歩は、ジジィの蹴りで始まった・・・


「(ブンブンブンブンブン!!)ハッ!フッ!ホッ!!」
 由香里の斬撃を華麗なステップでかわし続け、はや4時間。
 さすがの大下も体力的にヤバイ雰囲気になってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
 由香里が息を切らして間合いを取ったのを機に、大下の方も呼吸を整える。
「フォーーーー・・・ま、参ったのぉ。御嬢相手では、やはり何も出来ん・・・」
「ぜぇ、ぜぇ、何て身軽なヤツ!あんな変な動きをされちゃ・・・ん?」
 一方、肩で・・・いや、全身で息をしていた由香里であったのだが、その視界の片隅
に「更に奇妙な動き」をする物体があることに気がついた。
「うーん・・・小僧、ダメっす☆・・・ソコは感じるッスぅん♪」
 そう寝言を言いながら毛布を抱き締めて寝返りをうつ、村田である。
 激闘を目の前にしてよくも寝ていられるものだ。
 そんな村田の寝言で一瞬、動きの止まってしまった由香里と大下であったが・・・
「・・・あれならサクッと・・・(ダッ!)」
 そう考えるよりも早く、由香里の方が先に軍刀を振りかざして村田に突撃をする!
「む!?し、しまった!村田よ!目覚めるのだ!!」
 気がついた大下も、そう叫びながらダッシュするのだが・・・
「村田ぁあ!(すってん☆)おぅ?!」
 見事にコケた。
「もらったぁあああ!!」
 満面の笑みを湛えた由香里が、その逆手に持った軍刀の切っ先を、村田の喉めがけて
一気に振り下ろし・・・た、その瞬間。
「むにゃ、らぶりん小ゾォ〜♪・・・(ごろ、ザクッ!!)」
「うわ!?(ズデン!)っ!」
 村田の見事な寝返りで軍刀は深々と地面に突き刺さり、バランスを崩した由香里の方
は、村田の身体の上に倒れた。
 あまりにも予想外のコトに、由香里は次の攻撃を仕掛けることも忘れ、村田の身体の
上からモタモタと起き上がる・・・が!
「いたた・・・(ガシッ!)え?!」
 そんな倒れ込んでいた由香里の背中に、枷の様に村田の両足が回り込んだ!?
「ちょ、ちょっとナニを!?」
 必死に起きあがり離れようともがく由香里であるが、人間の脚力というものは腕力の
3〜5倍はあると言われるくらいだから・・・村田の場合は半端な力ではない。
 そんな逃れることが出来なくなった由香里に、更に村田の魔の手が肩に回り、一気に
由香里の身体を引き寄せ・・・
「う〜ん、まんだむ小ゾォ♪・・・今こそ愛のべーぜを・・・じゅてぃーーーーむ☆」
「い、いや!いやいやいやいやいやいやいやあああああ・・・あ!!」
(うちゅーーー♪ちゅちゅちゅちゅ☆ちゅるるるる・・・ちゅぽん☆)
 世にもおぞましい光景の為、自主規制。
 そして、その「悲劇」を目の当たりにしてしまった大下は・・・
「・・・」
 ナニも言えない・・・
 だが、異変はそこから始まった!
「ケエエエエエエエ!!身体がぁあああああ!!」
 由香里の口から、叫び声と共に水の化け物が勢い良く飛び出してきたのだ。
 苦痛のためであろうか?様々な形に身体を変化させながら、地面で激しくのたうち回
る化け物。
 さすがの化け物も、村田の熱い「べーぜ」には堪え切れ・・・いや、堪えられるわけ
がない。
 その液体の身体中に付いた自分の体液とは違った液体に、次第に蝕まれているのだ。
 そんな苦しげにもがき回る化け物に、一つの影が射した。
「・・・それほど苦しいならば・・・」
「苦しぃぃぃ!身体が溶けるぅう!いっそ殺してくれぇええ!!」
「いや、そこまで言わんでも・・・」
 トドメを刺そうと立ちはだかった大下に、苦しげに手を差し伸べてくる化け物の姿を
見て、大下は少々複雑な気持ちで拳に気合いを込め始めた。
「今楽にしてやるが・・・その前に答えよ。魔女の城はどっちだ?」
「う・・が・・ぉ・・・」
 息も絶え絶えで指差す化け物に、大下は大きく頷くと、気合いの篭もった拳を高々と
振り上げ・・・
「ふんっ!(ベシャッ!)プフぅ〜〜・・・ん?」
 大下の渾身の一撃によって激しく周囲に四散し、蒸発していく化け物・・・だが。
「な?!(チリチリチリ!)やはり邪妖精の力・・・侮れんな」
 大下は自分の拳の皮を溶かしていくスケーラの残骸に、苦々しくそう呟くと、顔を歪
ませながら草むらに拭いつける。
 こうして、由香里に寄生していた化け物は・・・いや、大下の呟き通り「水の邪妖精
スケーラ」は見事、大下の「拳」と村田の「唇」によって倒されたのであった・・・


 そして・・・
「(パッカーーーン!)スケーラ?!」
「散りましたか・・・しかし、ヤケに激しく散りましたね・・・」
「きっと酷くやられたんだよ!くやしぃ!」
 裕美は自分の目の前で砕け散った水色のクリスタルを見て激しく爪を噛み、隣で紅茶
のカップを手にしていたアッシュは眉宇を寄せた。
 裕美が創り出した邪妖精がまた一つ散ったのだ・・・
 これで、残りのクリスタルはあと7つ。
 しかし、既に「闇のアッシュ」と「音のエレーヌ」のクリスタルは使ってしまってい
るので、実際に復活させられる邪妖精はあと、5人まで・・・
 裕美は、燭台の上に乗せられている残りのクリスタルを眺めて考え込む。
「うーん・・・どれにしよっかな・・・」
 そんな裕美の背後にアッシュは立つと、裕美の髪に指を絡ませ囁いた。
「裕美様・・・私が始末して参りましょうか?」
「待って。アッシュは切り札だもん、ダメだよ・・・うーん・・・よし!決めた!残り
 のクリスタルもぜーんぶ使っちゃおぅ!アッシュ、核の子を連れてきて♪」
「畏まりました・・・」
 裕美がそう言うと、アッシュは名残惜しげに指を優しく離し、隣の部屋に姿を消す。
 そして、裕美はピンクのクリスタルを手に取った。
「まずは『時』から・・・」
「裕美様、連れて参りました」
「ん。んじゃ、そこに置いて」
「はい・・・」
 裕美の言いつけに従い、アッシュは気を失っている少女を絨毯の上に寝かせる。
 だが、そのアッシュが運んできた少女に、裕美は首を傾げた。
「あれ?随分と・・・ちっちゃい子だね」
 裕美の言葉通り、そこに寝かされているのは「少女」と言うよりも「幼女」であった
のだ。
 歳はまだ7〜9歳と言ったところであろうか?
 飴色の巻き毛が頬に掛かっているのも気にせず、あどけない表情を浮かべてスヤスヤ
と眠っている・・・
「・・・」
 そんな幼女の姿に、裕美の脳裏にこれからこの幼女の身に起こることがよぎる・・・
 一瞬、躊躇いを見せた裕美に、アッシュは幼女の脇に身を屈めた。
「裕美様、お気に召さないのなら変えましょうか?」
「え?・・・あ・・・うん。じゃあ他の子を・・・」
 アッシュの言葉に、裕美は小さく頷く。
 さすがに、この様な幼女を争いに巻き込むのは、良心が痛んだのだ。
 だが、アッシュは・・・
「では失礼して・・・一瞬で楽にしてやるからな・・・」
 一礼をするなり、幼女の首に手を伸ばしたのだ!
「ちょ、ちょっとアッシュ?!何を?!」
 だが慌ててその手に縋る裕美に、アッシュは怪訝な表情をする。
「はぁ・・・役に立たないのなら処分をと・・・あぁ。これは失礼しました。裕美様の
 お部屋を血で汚してしまうところでした。では、あちらで・・・」
 そう言うとアッシュは、今度は幼女の服を掴みブラ下げると、テラスへと歩んでいく
ではないか!?
「いいよ!いいよアッシュ!その子で!」
「そうですか?」
 再び床に寝かされた幼女を前に、裕美は額にクリスタルを押しつけると、目を閉じ、
必死に念じた・・・
 これは従来はクリスタルだけで形を成していた邪妖精達であったが、嘗ての異世界の
賢者との戦いで、かなりの力を疲弊してしまったらしく、今回はこの様に、エネルギー
源となる「核」を必要としていた為である。
 また、形を持たないクリスタルの中の邪妖精は、裕美の念を受けて初めて身体の概要
を造り、核の女の子に被さるコトによって定型を保つ。
 それ故に、今まで出てきた邪妖精の顔が、裕美の知っている人間にソックリになって
いたのだ。
「えーと誰がイイかな?こんなちっちゃい子だと、心当たりが・・・そだ、真美ちゃん
 にしよ・・・出よ!時の邪妖精、オーリッチ!」
 裕美の叫びと同時にクリスタルから光が迸り、裕美の目の前に寝かされた幼女の身体
を覆い尽くした。
 そして光が消えた後、そこに寝ていたのは・・・
「ふぅ。よし、成功ぉ!」
「・・・ぅ」
 その服装と身長こそ違えど、顔立ちは、裕美や和美の後輩であり、昨年度のミス日那
高で3位にエントリーされた美少女、「高山 真美」にソックリな幼女であった。
 オーリッチと呼ばれたその幼女は、裕美の声に目を覚ますと、大きな欠伸を一つし、
目を擦って裕美とアッシュを交互に見比べている。
「あふぁ〜〜〜・・・あれぇ?」
「初めましてオーリッチちゃん」
「あれれ?あなただーれ?。おかーさまは?アッシュはぁ?」
 裕美の姿に、オーリッチはあちこちを見回して首を傾げている。
 そんな困惑しているオーリッチに、アッシュは苦笑いを浮かべていた。
「オーリッチよ。またクリスタルの中で寝ていたな。今は裕美様が我々の主だ・・・」
「おにーちゃんはだーれ?」
「・・・アッシュだ」
「アッシュにーちゃーーーん☆」
「やれやれ。封印をされる前に、あれほど起きて世の中を見据えておけと言ったものを
 忘れたのか?」
「あはは♪・・・真美ちゃんじゃ怒れないや・・・」
 苦笑し、抱きついてきたオーリッチの頭を撫でるアッシュを横目に、裕美は今度は無
色透明のクリスタルを手にし、先程と同じように額に当てる。
「アッシュ、次をお願い」
「はい・・・」
「次は・・・誰に・・・ん?」
「おとなしくしろ。裕美様の御前だ・・・」
「離してぇ!家に帰るのぉ!」
 次にアッシュが引き連れてきたのは、縛られた両腕を必死に動かしながらアッシュの
腕に噛みつこうとしている、裕美と同い年くらいの娘であった。
 アッシュが突き飛ばすと裕美の前に転がるが、こちらを睨み付けている。
「あんたが魔女?!何でもイイから離しなさいよ!」
「うーん、元気がいいなぁ・・・こりゃ美貴さんがいいな・・・出よ!ラスティア!」
「いやぁああ!(ボムッ!)・・・」
 悲鳴と爆音が入り交じったため、裕美は心配そうに倒れている少女を覗き込む。
 だが・・・
「・・・あれ?失敗したかな?」
「そんなことはありませんわ。裕美様・・・」
 身に纏った薄衣を直しながら、ゆっくりと身を起こす少女・・・
 そして、少女は裕美の前に傅くと、深々と頭を下げる。
「初めまして・・・裕美様」
「あは・・・美貴さんにそっくり・・・初めまして。鏡のラスティア」
「わーい、ラスティアだぁ!またおけしょーの仕方、教えてね!」
「はいはい・・・裕美様、再び与えられたこの命・・・大切にしますわ」
「うん。よろしくね・・・んじゃ次ぃ!」
「はい・・・ほら。さっさと歩け」
「・・・うぅ」
 裕美の前に引き出されたのは、額に小さなクリスタルを穿った女の子。
 必死に逃げようとする隙を窺っているが、長い髪をアッシュに掴まれ、怯えたように
裕美を見ていた。
 そんな娘に、裕美は首を傾げた。
「あれ?この子は・・・おでこにナンかくっついてるよ?」
「この子はカラーという種族なんです。生まれつき魔力が高く、神や天使に一番近い存
 在ですの・・・忌々しい光の種族ですわ」
 隣にいたラスティアの吐き捨てる様な言葉に、裕美は改めてカラーの娘を見つめる。
「お、お願いです・・・逃がして・・・」
「ふーん、向こうの世界のエルフみたいな存在か・・・ん?」
 そんな目に涙を浮かべたカラーの娘を目の前に、オーリッチは指をワキワキと動かし
て迫っていく。
「なんか・・・無性に・・・いぢめたくなる☆」
「い、いや・・・」
「これこれ。オーリッチちゃん。そのくらいにしておきなさい」
「裕美様。この様な光の属性を持つ娘は・・・我々、邪妖精には相応しくありません。
 さっさと殺してしまいましょう」
「やっちゃえやっちゃえ!」
 だが、そんなラスティアとオーリッチの言葉に裕美は首を振ると、懐を探る。
「うーん・・・でも、このクリスタルには、ちょーどいーんだよね」
「え?・・・それは・・・裕美様!まさかその裏切り者を蘇らせる気なのですか?!」
「オーリッチ、アルティシアきらーい!」
 そう言いながら裕美が取り出した白いクリスタルを見るなり、それまで文句を言って
いたラスティアとオーリッチから、莫大な殺気が吹き出す。
「いっ!?」
 いくら蘇ったばかりであるとは言え、やはり邪妖精・・・
 戦闘能力などは、そこいらのモンスターなど比ではない。
「ぅ・・・」
 あまりの殺気に、カラーの娘などは、意識が遠のいている・・・
 だがこの2人の態度に、直ぐさまアッシュの叱咤が飛んできた。
「お前らなんだ!?裕美様に向かってその態度は?!」
「し、しかし!ナニもわざわざ裏切り者を・・・」
「そーだよぉ!アルティシアのせいで・・・」
「黙れ!」
「・・・っ」
「・・・ぅ」
「裕美様・・・お心の儘に・・・」
「ん・・・決定、光のアルティシアは、智子ちゃん」
「や・・・やめ(ボムッ!)・・・」
「上手くいったかな?」
 蹲ったままの娘を、裕美は心配そうに眺めていたが、やがて顔を上げると、ペコリと
お辞儀をしてきた。
「・・・裕美様・・・初めましてですぅ・・・はい」
「OっKぇぃ!」
 だが、そんな親指を立てて喜んでいる裕美とは対照的に、ラスティアとオーリッチの
視線は冷たい。
 それは、もはや軽蔑や蔑みを通り越し、殺意の籠もった視線であった。
「ふん・・・よくもまぁ、復活が出来たモノね?」
「ぅ〜・・・裏切り者のアルティシア・・・近寄ンないでね!」
「・・・はいですぅ・・・」
 そしてまた、アッシュの視線も・・・殺意に満ちている。
「アルティシアよ・・・貴様の罪・・・忘れたわけではないぞ」
「ひっ・・・」
 アッシュの視線に身を強張らせるアルティシア・・・
 ともすればアルティシアを殺しかねない雰囲気に、裕美はアルティシアの前に立ちふ
さがる。
「ちょっと待って!ねぇ。なんでみんな、この子を目の敵にするわけ?!」
「裕美様!そのアルティシアは嘗て我々邪妖精を・・・いいえ、裕美様を裏切ったので
 すよ?!」
「そーだよ!異世界の賢者を呼んだんだよ!?裏切ったんだよ!」
「はい?今、生まれたばっかりなのに?」
「裕美様・・・実は昔、そのアルティシアの裏切りにより、我々は封印されたのです。
 この度、裕美様の手によって我々が復活するまで・・・その者のせいで・・・ですか
 ら、早めに始末を考えた方が良いかと・・・」
「ぅう・・・」
 それぞれの口々から発せられる「裏切り」の言葉に、アルティシアは、ただただ身体
を強張らせて悲しげな表情を浮かべるばかり・・・
「・・・」
「ナンでしたら、私が始末しましょうか?」
「オーリッチがやるぅ!」
「・・・裕美様のお手を煩わせることもありません・・・」
「・・・ダメ」
「え?」
「ふぇ?」
「・・・」
「昔はどうだっかか知らないけど・・・今はダメ!」
「くっ・・・」
「そんなぁ・・・」
「・・・判りました。しかし、その者を一人でおくと・・・我々は殺してしまいかねま
 せん・・・故に、昔と同様にエレーヌにお預け願いませんか?」
「え?エレーヌに?エレーヌが悦美で、アルティシアが智子だから?」
「は?おっしゃる意味が分かりませんが・・・取りあえず、エレーヌに・・・」
「あ〜・・・アルティシア。さっさとエレーヌのトコに行っちゃって」
「は、はいですぅ・・・」
 裕美がそう言うと、アルティシアはそそくさとその場を後にした・・・
「う〜ん・・・ま、いいや。アッシュ、次の子・・・の前に、疲れたから、お茶を煎れ
 てちょーだい」
「はい」
「あ!オーリッチもほしー!」
「あ、私も頂きますわ」
「・・・お前らな」
「・・・アッシュ。いれたげて」
「畏まりました」

・・・ふふ・・・ほーんと。美貴さんと真美ちゃんに似せて造って良かった。なんか、
   アッシュがホントーの龍さんみたい・・・でも、アルティシアって、昔にナニを
   したんだろ?

 若干の疑問が残っていたが、背中に哀愁を漂わせながら紅茶を煎れているアッシュと
笑いながら会話をしている、時と鏡の邪妖精を眺めて微笑む裕美。
「ふふ・・・あと、2つは誰にしよっかな?」
 裕美は椅子に深く腰を掛けると、残った二つのクリスタルを眺めた。
 残っているのは金色と鉛色のクリスタル・・・雷と鋼のクリスタルだ。
「裕美様、どうぞ・・・」
「ん、ありがとね」
 と、裕美がアッシュからティーカップを受け取ろうとしたその時。
「ガアアアアアアアア!」
「きゃあああああ!」
「わああああああ!」
「なに?!」
「何事だ?!」
 隣の奴隷を置いていた部屋から、猛獣の咆哮と悲鳴があがったのだ。
 直ぐさまアッシュが飛び込み、それに続いて激しい物音が響く。
 だが、やがてそれも静かになった・・・
「ユーミおねーちゃーん・・・」
「だ、大丈夫よ・・・アッシュ、強いもん・・・」
「裕美様、下がって」
 腰にしがみついてくるオーリッチを抱え、裕美はラスティアの後ろに下がる。
 と、その見つめる隣の部屋のドアが開いた・・・
「ちっ・・・」
「グルルルルルル・・・」
「な、アッシュ!それは?!」
「アッシュにーちゃん!?」
「そ、それは?!」
 姿を現したアッシュはナンと、その小脇に大きな黒豹を抱えて出てきたではないか。
 黒豹は牙を剥きだし、爪をアッシュの身体に食い込ませている。
「アッシュ、そ、それは・・・」
「どうやら連れてきた奴隷の中に『ライカンスロープ』が混ざっていたらしく・・・」
「な、なに?『ライカンスロープ』って?!」
「はい。変身能力を持った女の子モンスターの一種です。ですが、この様な凶暴化をす
 るとは・・・残りの奴隷は全員喰い殺されました・・・」
「で、でも、アッシュ様『ライカンスロープ』が・・・豹に?」
「ラスティア。お前の力で調べてみろ」
「は、はい・・・鏡よ・・・真実を映し出せ!」
 アッシュの命にラスティアは懐から手鏡を取り出すと、アッシュの脇に抱えられてい
る豹を映し出す。
 すると、そこに映し出されたのは、口からヨダレを垂らし、周囲に向かって歯を剥い
ている(ライカンスロープ)の姿・・・
「・・・狂犬病かしら?ナンにせよ、突然変異の『ライカンスロープ』です」
「突然変異か・・・よし、決めた!アッシュ、しっかりと押さえつけててね!」
「裕美様?!ナニを?!」
「ムムム・・・やっぱ、女豹と言ったら、あの人しかいないよね・・・出よ!邪妖精の
 四天王隊長にして雷の邪妖精、ソフィア!」


                    2


 和美達が異変に気が付いたのは、未だに和美達の正体を知らなかったマリンに事情を
全て話し終わった頃のことであった。
 既に日も暮れ、周囲は完全に闇に包まれている。
「・・・と、言う訳なのです。解っていただけましたか?」
「そうだったんですか・・・大体の事情は解りましたが・・・村田さんって、羅刹様と
 同じ人間だったんですね。私、てっきり羅刹様の使い魔かと・・・あぁ!なんて失礼
 なコトをしてしまったんでしょう!!」
「・・・ま、いーけどね・・・んーーーっと・・・すっかり日が暮れちゃったわね」
 そう言って激しく苦悩するマリンを横目に、和美は肩を揉みほぐして大きく背伸びを
しながら外を見れば、周囲はすっかり暗くなっている。

・・・綾子に話をさせたのが間違いだったなぁ・・・せめてアネーロさんに話を・・・
   あれ?アネーロさん?

「・・・そーいえば綾子、アネーロさん、遅すぎない?確か別れてから・・・」
 ふと、すっかり忘れていたアネーロのことを思い出した和美は、指折り数え綾子に聞
いてみる。
「えぇ。私も2日程前から気がかりだったのですが・・・こちらからは何の手の打ちよ
 うも無いので黙っていました」
「・・・何も2日も黙ってなくたって・・・でも、確かにそうだわね」
「もしかしたら、どっかで迷子にでもなっているんじゃないかなぁ?アネーロさんて、
 結構どんくさいから」
 そう言って早苗がベッドの上に起きあがる。
 湯あたりもすっかり良くなったらしく、額に当てられていた濡れタオルをマリンに手
渡し、ベッドに腰掛けた。
「マリンちゃん、ありがとね」
「早苗、大丈夫なの?」
「うん、もう平気だよ。それより和美ちゃん・・・」
 早苗はそのままベッドから降りると、お腹を押さえながら和美の方を見る。
 その顔は深刻だ・・・と、くれば理由は一つしかない。
「・・・お腹空いたんでしょ?」
「へへ☆・・・」
「いいわ。そろそろご飯にしよ」
 和美達は揃って部屋から出ると、階段を下り、酒場に来たのだが・・・
「あら?孝司さんがおられませんわ」
「部屋にいるんじゃないの?」
「私呼んできます」
 マリンがそう言って再び階段を駆け上がるが、直ぐさま戻ってくる。
「お部屋にはおられませんでしたよ」
「そう?ドコに行ったのかしら?」
「和美ちゃん、孝司なんかいーからご飯食べよ♪」
 早苗がテーブルに座ってそう言うので、和美達も止むをえず席に座った。
「それにしても・・・大下さん達、大丈夫かしら?」
「そうですわね・・・もう、夜ですのに・・・」
「羅刹様・・・」
 いっこうに帰ってこない兄貴達に和美の心に、不安が沸き上がる。

・・・もしかしたら・・・大下さんと村田さんは・・・

「間違いなく迷子になってると思うよ」
「・・・私もそう思う」
 やはり勝手に行かせるべきではなかった・・・


 さて、その頃、噂の由香里と兄貴達はと言うと・・・
「ねーねー、ご飯まだぁ?」
「へ、へい!ただ今!!」
「村田さん、お水ぅ♪」
「へい!おまちッス!!」
 由香里にこき使われまくる大下と村田。
 その姿はもはや夏美に仕えている時と、寸分違わぬ物であった。
 あの壮絶な(?)闘いから数時間後、倒れていた由香里はよーやく意識を取り戻し、
ぐっすりと眠っていた村田は昼寝から目覚めたのであったが・・・
「なんか・・・すんごく胸が気持ちが悪いです」
 と、由香里が苦しげに呻きながら座りこみ・・・
「なんか・・・すっげー罪悪感を感じるッス」
 と村田が言いながら、顔を真っ青にしてその場にヘタリ込んだのを見て、総ての真相
を知っている大下は、ココでキャンプをすることにしたのである。
 幸い、野営の準備は村田のリュックの中にぜーんぶ入っていたので、野宿に関しての
際だった問題は無かったのだが・・・他の問題が有りすぎた。
「そー言えば大下さん」
「へい、なんでしょう・・・へ?」
 由香里に呼ばれた大下は、火を起こしている手を休めて振り返ったのだが、由香里は
何故か荷物に向かって話しかけている。
「あのね大下さん、あたし・・・」
「御嬢、あっしはこちらですが・・・」
「あれ?あ、ごめんなさい。あたし、メガネがないとナニも見えないのよね☆」
「・・・さっきまでは随分と正確に狙われていましたけどね・・・」
「え?なんです?」
「いいえ、なんでもありやせん。で、どうかされやしたか?」
「実は・・・あたし、和美達と別れてからいろんな事があったけど、酒場で飲んでたの
 を最後に、ナニも覚えていないんです。どうしてココにいたのか・・・」
「い?!(ヒクッ!)そ、それは・・・きっと、飲み過ぎでスよ。御嬢がココで寝てい
 たところをあっしらは見つけたんでさぁ。それに気分が悪いのも二日酔いですよ!」
 顔の筋肉を引攣らせながらも、大下はあえて由香里が邪妖精に取り憑かれていた事を
話さなかった。
 なにせ由香里はプライドが高い・・・
 その高さは夏美にも負けないくらいだ。
 そんな由香里に、もし・・・「真実」を教えたらどうなるか?
 間違いなく、由香里は「暴れる」であろう。
 無論、それしかないことが判る大下は、村田にも固く口止めていた・・・
 だが、由香里の「責め」は、まだ続く。
「あ、そだ。あとですね・・・」
「(どぎくぅ!)ひぇ、ひぇい!」
 あまりの緊張に、思わず声が裏がえっている大下だが、由香里はソレには気づかず、
頻りに自分の腰の辺りを探っている。
「ど、どうかしやしたか御嬢」
「んとですね、あたしの小太刀が見あたらないんですけど・・・おっかしいな?」
「そ、それでしたら・・・あ゛」
 まさか「それなら村田が食いました」なんぞ、答えられない。
 もしもそう答えたら「それなら取り戻します☆」と言って、由香里は村田の腹を見事
にカッさばくに違いない。
「大下さん、どうしました?ドコにあるんですか?」
「あ、あの、そ、それでしたら・・・御嬢を見つけた時に既にありやせんでした!あと
 メガネの方も同様にぃ!」
「そっかぁ・・・う〜ん、残念だなぁ。いい刀だったのに・・・ま、いっか。あたしに
 は、この長船があるし・・・」
「・・・ほっ(ブォッ!)あ、火種が!?」
 安堵の息でせっかくの火種を消してしまった大下であるが、今は火種より自分の命の
灯火の方が重要である。
 だが、由香里の攻撃はまだ続いた。
「あと・・・唇が・・・」
「(どぎくぅ!)く、クちビルがどウかさレれやしタか?」
 すっかり声が裏返っている大下・・・
 確かに「事故だった」とは言え、もし由香里が村田とキスをしたと知ったら・・・

・・・間違いなく村田は首を飛ばされた後に3日3晩さらされ、ついでにワシも生きた
   まま皮を剥がされて、御嬢は世を儚んで自害なされるか尼僧となられるか・・・

 実に的確な考えが・・・いや、大下の頭で無くとも、それ以外には考えられまい。
 そんな滝の様な冷や汗が流れる大下には気がつかず、由香里は唇を撫でた。
「唇が、何か・・・こう・・・」
「ひぃ・・・」
 その由香里の一つ一つの動作が、まるで拷問の様に大下の身体から汗を搾り取る。
「唇が、がさつくんです。それに口の中もスッゴク乾いて・・・何か、こう・・・強力
 な掃除機かなんかで吸い出された様な感触がするんです」
「そ、それは・・・の、ののの、飲み過ぎですよ!そう!体内のアルコール分が蒸発す
 る際に、口や唇の粘膜から蒸発して乾くんでさぁ!あぁ?!いかん!火種が・・・」
「そうですか・・・」
 首を傾げながらも、取りあえず納得した由香里だが、大下の方は脱水症状を起こしそ
うである。
 由香里が違う方を向いた隙に、再び火を起こす事に専念していた。
 一方、由香里の唇を奪ったのに、ナニも知らない村田の方はと言うと・・・
「よっと・・・おとなしくするッス」
 なにやら先に自分で起こした火に鍋をかけ、料理を作っている。
 それに気がついた由香里は、漂ってくる料理の匂いと、視界に映った先程の大下と同
じ様な「肌色の塊」を頼りにして、村田に向かってソロソロと歩み寄った。
「えーと・・・村田さん?」
「へい?(ぐつぐつぐつ)」
「さっきからナニをしているんです?」
「へい、由香里嬢さんの為の晩飯を作ってるッス♪」
「村田さん達の分は?」
「大丈夫ッス。さっき捕まえたアレを丸焼きにして喰うッス」
「ふーん・・・」
 そう言われても、由香里にはソレが「緑色の小山」にしか映らない。
 まぁ、見えない方が今後の食欲の為になろう・・・
 4メートル近くもある「カエル」を喰う姿なんぞ、想像したくもない。
「で、今日のメニューは?」
「今日は『魚の煮つけ』ッスよ☆」
「どれ?」
 村田が一生懸命にかき回しているその鍋をヒョイと覗き込むと、中には醤油か何かが
煮えており、その中に一匹の魚がいるだけである。
 しかし、運が悪いことに、その魚が「ちょっとだけ」奇妙なことには、メガネの無い
由香里は気が付かなかった。
「村田さん、味見してみていい?」
「かまわないッスけど・・・まだ『生煮え』ッスよ?」
「別に魚の味を見る訳じゃないし・・・」
「へぇ・・・」
 村田はおたまを由香里に手渡すと、グッと鍋から身を反らし叫ぶ。
「き、気を付けてくだせぇ!まだ『生煮え』ッスから!!」
「へ?」
 由香里が再び鍋の中を覗き込んだ次の瞬間!
「(ビチビチビチビチビチビチ!!)あちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!?」
 まだ「生煮え」の魚が激しく暴れ、熱いダシ汁が由香里の顔面に容赦無く飛び散った
のだ!!
 随分と根性のある魚だが、それ以上にイイ根性をしているのが村田である。
「あーあ、だからまだ『生煮え』って言ったッスのに・・・」
 そう言いながらハンカチを取り出し、由香里の顔に付いたダシ汁を拭っているのだ。
 そんな村田に・・・実に「自然な動き」で由香里の手に軍刀が握られる。
「村田さん。取り敢えず(チャキン!)そこに直って♪」
「ゆ、由香里嬢さん!!ど、どうかご勘弁をッス!・・・あ。御嬢、頭に魚がかみつい
 ているッスよ?(ブォン!!)ひぃ?!」
「何か知らないけど!無性に生肉が食べたいの!800グラムほどちょーだい!」
「ひぃ!(ブンブンブンブン!)あっしの身体は兄貴と小僧だけのものッスぅ!」
 元気に軍刀を振り回している由香里と、元気一杯&命がけで全力疾走してる村田の光
景に、干し肉を火で炙っていた大下は微笑んだ。
「青春とは良いモノだ・・・あぁ・・・マリンよ」
(ドッゴーーーーン!!)
 そして大砲の砲声が木霊する夜空を見上げると、大きな月にはマリンの笑顔が映って
いた・・・


 一体・・・どのくらいの時が経ったのであろうか?
 昼とも夜ともつかぬ、薄暗いこの迷宮の中では、例え野生の動物でさえ、その体内時
計を狂わされるであろう。
 しかし、一時でも心を休めることは出来ない。
 一歩、足を踏み出す度に・・・その僅かな先にモンスターが、或いはトラップが待ち
受けているのかも知れないのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
 だから立ち止まることは許されない。
 立ち止まる時・・・
 それは自らの身体をエサとして、迷宮のモンスターや虫共にくれてやる時・・・
 孝司は自らにそう言い聞かせながら、ひたすら階下へ続く階段を求めていた・・・
「ふぅ・・・あ〜、かったりぃ」
 などと、随分と格好の良いことを考えている孝司であるが、実際のトコは、あの謎の
ジジィにこの地下迷宮に蹴り飛ばされてから、僅かに半日が過ぎただけである。
 ましてやB1Fには体力を回復させてくれる不思議な噴水と、B2Fへと続く階段が
あっただけだし、おまけにB2Fは女の子モンスターしか居ない。
 結局のところ、孝司はB2Fでの女の子モンスターとしか「戦闘」を・・・と言うよ
りも「女の子モンスターとケンカ」をする度にB1Fへ駆け戻っているので、全く状況
が変わっていないと言う、情けない有り様であった。
 しかし、慣れない戦闘に疲れ果てた孝司は、大きな溜息をつくと、上り階段に足を向
ける。
「ふぅ・・・今日はコノくらいにするか」
 敵がおらず安全地帯であるB1Fに戻ると、孝司は噴水の側に腰を下ろし、村田から
買ってもらった唯一の武器であるメリケンサックを両手から外して床に置くと、今度は
ポケットから今日の「収穫」を取り出した。
「えーと・・・ウサ耳の女の子がくれたコインが4枚、ちっちゃな子がくれたクッキー
 が2つか・・・まずまずだな♪」
 孝司はその戦利品を手に満足げに頷いているが・・・
 実は「ウサ耳の女の子」とは、全く攻撃してこない上に、戦いよりも遊ぶコトが大好
きな(きゃんきゃん)と言う、冒険者に人気のある女の子モンスターのコトであり、も
う一人の「ちっちゃな子」とは、お菓子を作ることが大好きな(おかし女)と言う、こ
れまた戦闘が苦手な女の子モンスターに、クッキーをお裾分けしてもらっただけなので
ある。
 それでも「初めての戦闘にしては上出来だ」と自分に言い聞かせていた孝司は、更に
ポケットを探ると、まだ何か硬い物が入っていることに気がついた。
「ん?(ゴソゴソ)なんだこりゃ?・・・あぁ、大きなトカゲみたいな尻尾が生えた女
 の子と殴り合いをした時に、女の子が落としってった鍵か・・・ドコの鍵だろ?あの
 娘の部屋のかな?・・・まぁいっか・・・どれ。レベルアップ、レベルアップ♪」
 しげしげと鍵を見つめていた孝司であったが、ポケットに鍵をしまうと、今度は指輪
を目の前に翳した。
 多少なりとも戦闘をしたわけだから、経験値があるはずだと思ったらしい。
「今度は・・・どんな神様が出てくるかな?えーと、レベル神様、お出で下さい」
 だが、孝司がそう言って指輪を撫でた瞬間!
「(パーーーーーーーーーーーン!!)おわっ!?」
 激しい破裂音と共に、指輪から激しい煙が噴き出してきたのだ。
 そして、閃光が閃いたかと思うと・・・
「気安くさわんじゃネーよ!!」
 目の前には両手を腰に当て、サラシを胸に巻いただけの上半身に、特攻服を羽織った
ネーチャンが立っていたのだ!
「ひ・・・ひぇ・・・あの、あなた・・・レベル・・・神様?・・・」
「・・・アンだよぉ?ナンの用なんだよ?」
「あ、あの、レベルを・・・」
 思わず正座をして頼み込む孝司に、この豪快なレベル神は、ヤンキー座りをしながら
鼻を一つ鳴らして孝司をグッと睨み付ける。
「ハン、仕事かよ・・・んじゃぁ、てめー、ちっとは強くなってんだろうな?わざわざ
 アタイを呼び出したからには、10か20ぐらい、パンと上がるんだろうな?!」
「・・・」

・・・やばい・・・昼過ぎに5レベルまとめて上がったんだっけ・・・

 だが、絶体絶命の危機を感じ、冷や汗が吹き出しまくっている孝司には目もくれず、
レベル神は呪文を唱えだした。
「えーと、どーだったかな?・・・確か、夜露死苦、魅那殺死、仏血義理・・・」
 ちなみに、頭の方から「よろしく、みなごろし、ぶっちぎり」と読むらしい。
「あわわわ・・・」
 こんな凄まじいレベル神を目の前にして、ひたすら祈り続ける孝司。
 もし、レベルが一つも上がらなかったら?
 孝司は間違いなく、復露堕汰鬼・・・失礼、袋叩きだ。
「えーと、喧嘩上等、那愚璃虎魅・・・あれ?・・・チクショォ!!むかつくぅ!!」
「(ぎくぅ!!)ひぃ!ゴメンナサイ!ごめんなさい!ごめんなさぃ!!」
 遂にブッちぎれたレベル神に、孝司は必死に土下座をして謝り通すが・・・
「なに訳のわかんねーコトしてんだよ。あ゛〜〜〜!呪文が思い出せねぇ!!」
「へ?」
 そう叫ぶと髪をかきむしり、いつの間にか吸っていたメンソールの煙草を激しく地面
に叩きつけ、踏みつけている。
 そんなレベル神に目をテンにしている孝司であったが、おずおずと尋ねてみることに
した。
「あのぉ・・・ボクのレベルは・・・」
「ちっ・・・しゃーねぇな。こっちにきな」
「は、はい・・・」
 手招きをされるままに孝司は立ち上がると、レベル神のお側に・・・
「いいか、ヘンな気おこしたらブッ殺すからな!?」
「は、はぁ(ギュッ☆)え!?」
 そう言うなり、いきなり抱きすくめられて戸惑う孝司。
 逃げようにも理性と煩悩がそれを許さなかった。
 だが、暖かなレベル神の身体から、体温だけではなく、何かみなぎる様な力が流れて
くるのを感じた孝司は、じっと身を委ねる。
「あの、ナニを・・・」
「動くんじゃネーよ。今回だけ特別だぞ。呪文忘れちまったから、タダでレベルを上げ
 てヤローってんだ、感謝しろ」
「は、はい・・・」
 そう言われ、ようやくホッとする孝司。

・・・絞め殺されるかと思った・・・

「よーし、終わりだ・・・ん?なんでぇ、オメー結構可愛いじゃねぇか♪」
「え?」
 ふと気が付くと、レベル神がじっと孝司の顔を覗き込んでいる。
 思わず身を離そうとした孝司であったが、レベル神は更に孝司を抱き締めた。
「・・・いいか、今回のことは、他のレベル神には言うなよ?」
「はい」
「よし、イー子だ・・・特別サービスだ♪」
「え?・・・っむ!?」
 たっぷりとルージュの塗られた柔らかな唇の感触・・・
 孝司の全身から一気に力が抜けていく。
 そんなレベル神のキスにぼーぜんとしている孝司から、ようやくレベル神は離れると
軽く手を挙げた。
「これで必殺技が使えるよーになったからな。必殺技名は『ゴールドラッシュ』だ。使
 い方は簡単だ。技名を叫べば身体が勝手に動くから・・・じゃ、またな♪」
「・・・」
 レベル神が消え去った後、フニャフニャと崩れるカワイイ孝司であった・・・


 同じ頃・・・
 大いなる魔女の城の大広間では、アッシュに呼ばれた邪妖精達が顔を揃えていた。
 これから和美達に対しての総攻撃の会議が行われる。
 そのメンバーはソフィア、ラスティア、オーリッチ、エレーヌ・・・である。
 そんな中、雷の邪妖精であるソフィアはエレーヌと顔を合わせるなり、睨み付けた。
「エレーヌ・・・貴様、まだあの裏切り者を飼っているのか?」
「失礼ね・・・あたしの可愛いアルティシアをペット扱いしないで欲しいわ」
 ソフィアの無礼な言葉に、エレーヌも負けずに睨み返す。
 そんな2人の姿を横目に、オーリッチはラスティアの耳元に口を寄せた。
「あの2人、相変わらず仲悪いね」
「くす・・・そうね。でも、私、知ってるのよ♪」
「え?ナニを?」
「実はソフィアはねぇ、アルティシアが・・・」
 と、ラスティアがそこまで囁いた時、アッシュと裕美が姿を現した。
「裕美様。全員・・・揃っています」
「よし。んじゃ作戦会議を始めるね」
「あらら・・・オーリッチちゃん。また後でね♪」
「うん☆」
「エレーヌ・・・貴様との決着は、後でつけてやる」
「望むところよ・・・」
「えーと、作戦っても・・・アッシュ、ナンか良いアイディアある?」
「そうですね。まずは敵の概要から説明しましょう・・・いいか。敵は異世界から来た
 戦士達。その能力はおそらく、嘗て我らを封じた異世界の賢者とほぼ同じであると考
 えても良い。その正確な人数は現在のところ不明であるが、確認されただけでも5人
 はいるだろう」
「えー?!あんなのが5人も?!」
「参ったわね・・・」
「・・・フン。裏切り者がいなければ楽勝だ・・・」
「アルティシアのせいにしないで欲しいわね?アンタこそ足を引っ張らないでよね」
「そこ、静かに!」
「はっ!」
「申し訳ありません・・・」
「ただ、人数は多いが、戦闘能力は低いようだ。その証拠に・・・まぁ、刺し違えでは
 あるが、先に倒れたジィナは戦士の一人から片腕を奪い、グリスは一人の戦士を戦闘
 不能に陥れ、スケーラは一時的ではあるが、その一人の戦士の身体を乗っ取ることが
 出来た。これらから判断するに、人員を分離し、個別に撃破することが、もっとも効
 率的であると考えられる」
「アッシュにーちゃんの言ってること・・・難しいよぉ」
「要するに、バラバラにすればよいのですわ」
「ふむ・・・」
「・・・」
「ここまででナニか質問は?」
「はい!」
「なんだ?オーリッチ」
「敵はドコにいるんですか?」
「異世界の者だ。異なる生命の波動を感じ取っていけばよいだろう?」
「ぶーーー!ソフィアは出来ても、オーリッチには出来ないモン!」
「コレを使え、オーリッチよ」
「これは?」
「ソレを使えば、異世界の者の居場所が判るはずだ」
「わーい!ありがとアッシュにーちゃん!だから大好き!」
「それとエレーヌ、後でアルティシアと共に、私の所に来てくれ」
「はい、判りました」
「それじゃ、全員、出動!」


                    3


 さて、宿屋兼酒場の1階ホールの一角では、もはやすっかりとこの世界の住人に溶け
込んだ和美達が、賑やかに夕食を摂っていた。
 本日のメニューは「ナンかの肉」の香草焼きに、「野菜らしき草」のスープ。
 和美は硬いパンを引きちぎり、スープに浸すと口に運ぶ。
 この世界の食べ物の食べ方も、結構慣れてきたようだ。
「もぐ・・・早苗、お肉ばかりじゃなくて、野菜も食べるのよ?」
「う・・・食べてるモン・・・」
「そう言えば・・・皆様達の世界では、どの様な食事をされていたのですか?」
「そうですわね、この世界とあまり変わりませんわ。食材こそ違えども、調理の仕方に
 それほど違いがありません」
「そうね。シチューもスープもあるし、こーゆーふーな『鳥肉』もあるし・・・」
 和美は、そう言ってフォークで肉の香草焼きを突き刺すと、美味しそうに口に運んで
いるが・・・その「鳥肉の味がする肉」の「生前の姿」は見ない方がいいだろう。
 と言うのも・・・
「あの、和美様・・・それ『鳥肉ではナイ』んですけど・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
 マリンの一言で3人とも絶句する。
 しまった、油断した・・・そんな思いが表情から読みとれる。
 だが・・・
「和美ちゃん。おいしいね、このお肉♪」
「うん、ホント。柔らかいね♪」
「はい。女将さんの焼き方が御上手なのですわ♪」
「・・・」
 自分の言葉を完全に無視した3人に、今度はマリンが絶句したその時・・・
「(ガシャン!ゴロゴロ!)きゃあああああ!」
「え?!」
 突然の派手なガラスの割れる音と、それに続いた女将の悲鳴に、和美達は思わず食事
の手を止め振り向く。
 だがカウンターから遠い席に位置していた和美達には、女店主が口元に手を当てて、
戦慄(わなな)いているのしか見えない。
「どうした?!」
 周囲からも男達の叫び声が上がり、一斉にカウンターの方に駆けている。
 和美達もフォークを置き、直ぐさま駆けていったのだが・・・
「ぅ!」
 悲鳴の原因を聞く必要は無かった。
「な、なんでぇ?!」
「ひ、ひどい・・・」
「酷いですわ・・・」
 カウンター前の床に無造作に転がされた「人間の首」に、なんの理由を聞く必要があ
るだろうか?
 目を剥き、血を滴らせた5つの人間の生首に、店の中は瞬時にパニックとなった。
「うきゃああ!?お肉がここにもぉ?!」
「うぅ・・・」
「ひぃ・・・」
 錯乱する早苗に、目を覆う綾子とマリン・・・
 しかし、和美は冷静であった。
「・・・一体、誰が・・・」
 和美は、まだカウンターの中で震えている店主の腕を掴むと、激しく揺さぶった。
「ねぇ!一体、ナニが起きたんですか?!」
「わ、判りません・・・塊が・・・目の前に・・・ひっ!!」
 狼狽える女店主であったが、今度は和美の背後を見て悲鳴を上げた。
「ナニが?!・・・え?!」
 振り返る和美・・・
 するとそこには武器を手に店の中に入ってきた5人の人影・・・
 だが・・・その人間には「頭」が無い。
 もはや疑う必要もなかった。
 裕美の手先が和美達を襲いに来たのだ!
 和美は女店主をカウンターの奥に突き飛ばして叫ぶ。
「早苗!!マリンちゃんを連れて2階に!!あと、私と綾子の武器を持ってきて!」
「うん、わかった!マリンちゃん!こっち!!」
「はい!」
 早苗がマリンの手を引いて2階に行ったのを視線の隅で確認した和美は、綾子から預
かっていたに焔の懐剣を手渡し、腰に付けていたショートソードを抜いた。
「和美さん!どうしましょう!?」
 焔の懐剣を握りしめる綾子に、和美はショートソードを握りしめ直す。
「うーん、相手は死体だからなぁ・・・火炎魔法で・・・」
 だが、そんな和美の呟きを耳にした女店主の泣き声が背後から響いてきた。
「うぇえええん、お願いですぅ!お店の中では火は使わないでぇ〜〜〜」
「参ったわね・・・」
 その泣き声に和美達が階段に向かって後退をし始めていると・・・
「うぎゃあああああ!」
「があああああああ!」
 早速、2人の犠牲が出た。
 入り口の一番近くに居た客が、勇敢にも剣で立ち向かったのだが、返り討ちとなった
のだ。
 そして、その死体は首が切り落とされ・・・
「あ、あれは『デュラハン』では?!」
「ナニそれ?!」
 綾子の叫びに和美が再び敵を見ると、切った首を小脇に抱えたまでは驚かなかったモ
ノの、切られた方の死体までもが動き出し、次々と周囲の客達の首を狩り始めたのには
目を見張った。
「ゾンビなの?!」
「え?!あ、はい。そう考えても良いかも知れません!私、あの敵を辞典で見たことが
 あります!生命力はゾンビほどではありませんが、あの首の方も攻撃力があって危険
 なのです!十分、気を付けて下さい!!」
「・・・じ、辞典?」
 ナンの辞典かは解らないが、綾子の言うことだ・・・間違いは無いであろう。
 ジリジリと迫ってくる8体の(デュラハン)・・・
 既に店の客の大半が逃げたモノの、逃げ遅れた客は・・・
「うわあああああ!(ブシュ!)」
 これで敵は9体となった。
 その内の2体が、和美と綾子めがけて剣を振り上げてくる!
 和美はショートソードを構えながら叫んだ。
「早苗ぇ!武器はまだなのぉ!!」
「おまたせぇええ!!受けとってぇえ!!」
 頭上を見上げると、早苗が2人の武器を手すりから身を乗り出して・・・投げた。
「(パシッ!)光の波動!!」
 綾子は魔法の杖を空中で受けとめ、直ぐさま敵の剣を弾き飛ばしたのだが・・・
「へ?!(ビュボ!)わぁ?!」
 和美の方はたまったモノではない。
 まるでギロチンの刃の様にして、バルディチェが降ってきたのだ!
「きゃああ!?(ゾポッ!ズガンッ!)・・・ふえええ」
 和美が転がるようにして身をかわした次の瞬間、バルディチェは和美に襲いかかって
きた(デュラハン)を左右に斬り分け、深々と床に突き刺さった・・・
 全く、いろんな意味で危機一髪である。
「ふぇ・・・あ、危ないとこだったぁ・・・」
 流れ落ちる冷や汗を拭っている和美に、早苗は恐る恐る顔を覗かせる。
「・・・和美ちゃん、大丈夫?」
「ぶ、武器は投げるんじゃないの!あんな物騒なモノを投げないでよ!!」
「・・・ゴメンちゃい・・・でも、敵を1匹やっつけたよ☆」
「まったく・・・あんたは部屋でマリンちゃんを守っているのよ!」
「はーい・・・あ!」
「和美さん!前!!」
「え?きゃぁ!」
 綾子の叫び声に和美が顔を上げると、目の前に顔が・・・つまりは生首が口を開けて
いるではないか!?
(ズダダダッ!)
 和美が反射的に床に突き刺さっていたバルディチェを抜きながら飛び退くと、今まで
居た床に、ビッシリと針が打ち込まれる。
「このぉ!お返しよ!せぇのぉ!!」
 和美はバルディチェを腰に回し固定させると、軸足を中心に身を回転させ、その凶悪
なバルディチェの刃を、思いきり敵の腹に叩きつけた。
(バギン!!ゴロゴロ・・・ベシャ)
 そして「受けとめ」ようとした(デュラハン)の剣ごと真っ二つにしてやると、その
身体は腸を撒き散らしながら店の入り口にまで飛んでいき、動かなくなる。
 どうやらこの敵はゾンビほどの生命力は無いようだ。
 だが、反射的に剣で受けとめようとした行動・・・今までのゾンビにはなかった。
「ふぅ・・・この敵・・・侮れないわね」
 そう悟った和美は額の汗を拭い、横で戦う綾子の方を見ると・・・
「風の裁き!(ゾポッ!ザグッ!ズガッ!)」
 綾子の魔法で発生した疾風が次々と敵を切り刻んでいく。
 和美はホッとしてバルディチェを構え直して敵に向かおうとした、その時。
「いや!いやあああ!来ないでぇ!!」
 ショートソードを振り回す女店主に2体の敵が迫っている!
「あぶない!」
 和美は再びバルディチェを振りかざすと、突撃した・・・


「そーいえば・・・」
「はい?」
「へい?」
 取りあえず夕食が無事に終わった、由香里&兄貴ズのパーティー。
 食事の後、皆で村田の缶コーヒーを飲んでいた時、由香里が口火を切った。
「御嬢、どうかされやしたか?」
 大下が薪をくべながら由香里の方を見ると、由香里は膝を抱えて座ったまま、焚き火
の明かりをジッと見つめている。
 そしていつまで経っても会話を続けようとしない由香里に、大下がもう一度、問いか
けてみようと思ったその時、ポツリと由香里は呟いた。
「御嬢さ・・・」
「あたし達、この世界から・・・いつになったら帰れるんでしょう?」
「・・・」
「・・・」
「あは☆あたし、なんだかヘンですね。急に現実的な事なんか言って・・・」
 そう言った後に、寂しげに微笑む由香里・・・
 つい先程まで、夏美さながらに暴れていたのが嘘の様である。
 そんな弱気な由香里に、村田は微笑んでリュックから何やら箱を取り出した。
「全く御嬢、ナニを弱気なコト言ってんッスか?そんな簡単、チョチョイのちょいッス
 よ。ま、これでも喰って、元気だしてくだせぇッス!前の町で買い物した時に見つけ
 たんッスよ♪」
「?」
 大きな村田の手から渡されたのは、チョコボール・・・
 しかもそれは、由香里達が「元の世界」で食べたことのあるチョコと、よく似たもの
であった。
 ジッと手渡されたチョコを見つめる由香里・・・
「・・・」
「おや?御嬢、チョコは嫌いッスか?」
「ううん・・・有り難う村田さん・・・ぐしっ」
 由香里の目からこぼれ落ちる一粒の涙・・・
 そんな「珍しく、しおらしい由香里」の姿に、大下はふと、宿に残してきたマリンの
コトを思っていた。

・・・マリン・・・ちゃんと食事をしているだろうか?綾子嬢様や和美嬢さんが居られ
   るのだから、別に心配はいらない筈だが・・・うぉ!?早苗嬢も居った!あぁ!
   マリンよ!いろんな意味で大丈夫かぁ?!なんてこった・・・こんなコトなら一
   緒に連れてくれば・・・

 穏やかに微笑んでいたかと思うと、急にソワソワと落ちつきの無くなる大下。
 そんな大下に向かって、村田がチョコを差し出してきた。
「兄貴もナニをソワソワしてるんッスか?兄貴も、このチョコでも食べて落ち着くとい
 いッス。カルシウム入りですんで、きっと落ち着くッス♪」
「そ、そうか」
「あたしも頂きます」
 そう言って、由香里と大下は手の中のチョコを口に放り込んだ・・・が!
(ゴリッ!)←由香里
(ガッキーーーーーーン!)←大下
 由香里はともかくとして、大下はたかがチョコにどーゆー噛み方をしたのだ?
 まぁとにかく、派手な金属音が2人の口から漏れたのである。
「あががががが!!」
「ぬぉおおおお!?」
 慌ててチョコを吐き出す2人に、村田は怪訝な顔をしていた。
「どうされやした?」
「かか、はが、がががが」
 だが、由香里は口を押さえて転がっており、全く答えることが出来そうにないので、
村田は大下に聞いてみることにした。
「兄貴、どうされやした?」
「こ、このチョコ!異様に硬いぞ!?」
「え?そんなコトはない筈ッス。フワフワのエアインタイプだから、お口の中でデロン
 と溶ける上に、ストレスの多い現代人に足りないカルシウムを補うため、カルシウム
 満点の『蛇の中骨』がそのまま入ったチョコの筈ッスよ?」
「おぇえええええ!」
 今度は別の意味で吐き気をもよおしている由香里を横目に、村田はチョコを口の中に
放り込んだ。
「あーーん(ガキッ!)ッス?!」
「どうだ?硬いだろ?」
 響いた金属音に、大下が頷く・・・が。
「そッスね(ゴリゴリ)しばらく(ガリガリ)カバンに(ギシュギシュ)入れっぱなし
 にしてたせいで(ギュイギュイ)ちょこっとだけ(ゴックン)硬いッス♪」
「・・・」
 何事もなかったかのようにチョコを食いやがった村田に、すっかり目がテンになって
しまった大下だが、それ以上に目をテンにしていた人物が木の陰にいた。
「う、うそ・・・私が金属に変化させた筈なのに・・・」
「な?!だ、誰だ?!」
 大下の叫びに答えるかの様に、ゆらりと木の陰から姿を現す影・・・
 それは見事なプロポーションの裸身に薄衣をまとっただけの格好とは裏腹に、まだあ
どけなさを隠しきれない表情を持った、16〜17歳の少女であった。
 その身体に纏った薄い衣を通しても、肌は透き通る様に白く、可憐である・・・
 だが、その身体から滲み出る妖気には、大下も眉宇を寄せざるをえない。
「貴様・・・邪妖精だな・・・」
「ハァィ、正解。私の名前は『ラスティア』よ。地獄に行っても覚えていてね♪」
 瞬時に正体を見破った大下の言葉に、由香里も軍刀を手に取ると睨み付けた。
「あんた・・・よくもあたしに奥歯でパチンコ玉を噛ませてくれたわね!」
「御嬢、それはタダの木ッスよ?」
「あれ?あたしメガネがないとナンにも見えないのよね」
「そっちはテントッス。敵はこっちッスよ」
 一昔前の王道漫才を繰り広げている由香里と村田を横目に見ていた大下だが、そっと
チョコを手に吐き出すと、邪妖精ラスティアを睨み付ける。
「貴様も(ぺっ)このチョコ・・・食べてみるか?」
「遠慮しておくわ。でも、どーしても御馳走してくれるってのなら、この先にある湖で
 待っているから、必ず(ボワ・・・)殺されに来てね☆」
「ぬ!?待てぇい!!(ビュボッ!)」
 消えそうになったラスティアに向かって、大下は全力で「金属チョコ」を投球!
(ガッ!ィイイーーーン・・・・)
 だがライフル弾の如く超高速で飛ばされた「金属チョコ」は、ラスティアの身体をす
り抜け、後ろの大木を貫通して暗闇に消えていく。
「アハハハ♪・・・」
 その微笑みながら消えるラスティアの姿に、大下は忌々しげに呟いた。
「幻影か・・・しかし、今の邪妖精・・・桂の妹に似ていたな・・・」
「おのれ逃げるか!?待てぇい!!」
「あ、御嬢!そっちは水たまりがあるッス!!」
「待てええーーーー・・・え゛?!(ザバン!)」


「ふぅ。ようやく片づいたわね・・・痛っ!・・それにしても、今回の敵・・・今まで
 よりも結構・・・うわ、ホントに痛い!」
「はい、強いですわ・・・あ、しっかりして下さい。もう、敵はいないんですから」
「ふえぇぇぇ・・・」
 夥しい血と肉塊まみれの酒場の中、和美は左腕の傷を押さえ、綾子は泣き崩れている
女店主の頬に付いた血を拭い、介抱をしながら苦々しく店内を見回す。
 店の中は凄惨の一言だ・・・
 死体の全てに首はなく、おまけに和美のバルディチェによる斬撃と、綾子の粉砕魔法
ばかりを多用したので、その死体は原型を留めているモノは少ない。
 しかし、和美達はその凄惨な死体よりも、先程の戦闘に顔を歪ませていた・・・
 全部で9匹と言う敵の数はそれほどではなかったモノの、その強さが今までとは異な
り、かなり強かったのに驚いていたのだ。
 確かに(デュラハン)の生命力はソコソコしかなく、しかも倒した後に復活するコト
もなかったので、容易い敵かと思っていたのだが・・・
「和美さん、左腕の傷の手当を・・・」
「あ、お願いね・・・うーん・・・それにしても・・・」
 やはり死の恐怖を恐れぬ戦士ほど強いモノはない。
 和美は、不覚にも斬られた傷を綾子に治療してもらいながら、改めて戦いの恐怖を実
感していた。

・・・今までのモンスターとは感じが違ったわ・・・なんか、随分とまとまっていたと
   言うか、闘い慣れていると言うか・・・うん、確かにコンビネーションが良すぎ
   る。やっぱり戦士の人が死体になったからかな?生前の記憶で・・・それとも、
   誰かが操っているのかな?・・・わかんないなぁ・・・こんな時、由香里がいた
   ら、ナンか良い意見を言うかな?

 確かに、和美達の現在のレベルは約50Lvだ・・・
 それに、自分達は「異世界の人間」であるが為に、その基本値は約3倍であると、レ
ベル神「ウンディーネ」から聞かされていたので、実際に「この世界の人間」のレベル
に換算すると、140〜150Lv前後となる。
 これは、この世界でその力と技を競い、最強の覇者を決定する為に行われる武闘大会
である「闘神大会」の優勝者に送られる称号、「闘神」と同じくらいのレベルだ。
 いや、ヘタをすると、歴代の闘神の中でもかなり上位に入るであろう・・・
 そんな和美が苦戦・・・しかも、負傷までしたのだ。
 あまり歓迎される敵ではない。
「それにしても、どうしてココが解ったのでしょう?」
「え?あ、そっか。私たちの居る所って、決まっていないモンね・・・」
 綾子が和美の腕に包帯を巻き付けながらそう呟き、和美がその言葉に首を傾げた時、
不意に店の外から笑い声が響きわたった。
「キャハ☆そんなの簡単だよぉ〜ん♪こっちにはコレがあるモンね〜(ドバン!)」
 その笑い声に続き店の扉が勢い良く開け放たれ、その向こうの暗闇から姿を現したの
は、まだ幼い・・・そう、和美達が前に助けた炎の邪妖精の媒体とされていた、リリィ
くらいの歳の女の子であった。
 フワフワと綿菓子の様にボリュームのある髪をリボンで束ね、フリルの沢山付いた愛
らしい服装に身を包んでいる。
 そして、その女の子は右手を見せながら店の中に入って来たのだが・・・勢い良く開
かれたドアは、当然、反動で勢い良く「戻って」くる。
「(ギィイイイ!・・・ガン!)びょえぇえええええ!イダイよぉぉぉおおお!!」
「あ〜ぁ・・・」
「まぁ、大変。イタイの痛いの、とんでけぇ」
 扉に額を激しく打ちつけられ、手にしていた諸刃のハンドアックスを放り出し、火が
ついた様に泣いている幼女に、綾子は駆け寄ると額を撫でてやった。
 一方、テン目になっていた和美であるが、その泣いている幼女の右手に填められてい
る指輪に目が止まった。
 よーく目を凝らすと、小さな幼女の指に比べてサイズが大きすぎる魔法使いのジジィ
の指輪・・・確か、アネーロが和美に渡してきた指輪に似ている。
「ちょっとお嬢ちゃん。その指輪・・・」
「ひっく、えっく・・・これ?アッシュにーちゃんから貰ったんだよ。異世界の戦士を
 探す時にはコレを使えって・・・うぅ、まだイダイよぉ」
 そう言ってさすっていた額から手を離し、和美に向かって右手の指輪を翳す幼女。
 その小さな右手の指に填められた指輪のジジィの装飾からは、血の涙が流れている。
 それを見た和美は、慌てて自分の指輪を見つめた。
 見れば和美の指に填められた指輪からも、同じ様に血が流れているではないか?!
 間違いない・・・幼女の持っている指輪は「アネーロの指輪」だ。
「な!?共鳴してる!・・・綾子!その子から離れて!敵よ!」
「え?!こんな小さな子が?!」
「お嬢ちゃん、あなた・・・何者?アネーロさんをどうしたの?!」
 綾子が和美の元に戻って来ると、その小さな女の子に和美は油断なくバルディチェを
構える。
 だが、女の子はアッサリとそれに答えた。
「わたし邪妖精の『オーリッチ』だよ。アネーロさんってのは誰か知らないけど・・・
 あ、そーだった。おねーちゃん達を殺さなきゃいけなかったんだっけ♪」
「邪妖精?!」
「こ、この子が?!」
 驚く和美達であるが、幼女は全く聞いてはいない。
 グルリと回りながら店の中を見回すと、指で鼻を摘んで顔をしかめているのだ。
「うーん、でも・・・ここクチャイから外にいこーよ。先に行って準備してくるね♪」
 そう言ってクルリと背中を向けた幼女に、和美と綾子は慌てて追おうとしたのだが、
次の瞬間には・・・
「なんですって?!あなたが・・・あれ?」
「き、消えましたわ?!」
 突如として幼女の姿が和美達の視界から消えたのだ。
 あまりにも唐突なその消え方に、和美と綾子は思わず武器を構えて周囲を見回す。
 だが幼女の姿は影も形もない・・・
 と、その時、幼女の声は意外な所から聞こえてきた。
「おねーちゃん達ぃ!準備できたよぉ!早くあそぼー!」
「そ、外?!」
「いつの間に?!」
「このぉ(バン!)な!?」
「そんな?!」
 響いてきた声に扉を跳ね退け、外に飛び出した和美達だが、その前にズラリと並んで
いる(デュラハン)に息を飲んだ。
 つい先程、和美達を苦戦させた(デュラハン)が、少なく見ても20体以上いる。
 皆、片手に武器を持ち、脇に抱えた首から、その精気のない視線を和美達に投げかけ
ているのだ。
 だが、和美達がそれ以上に驚いたのは「外」であった。
「・・・くっ」
「凄い数・・・あら?明るいですわ?」
「・・・え?!」
 綾子のその言葉で、和美も気が付いた。
 自分達は確か「夕食時に襲われた」筈であるのだが、空には・・・
「な?!『太陽』が・・・昇っている!?」


 その頃・・・
「せいっ!」
「(ズガン!!)あいやーーー!」
 孝司の拳が、見事に(ブラックハニー)の脳天を叩き割り、息の根を止めた。
「ぜっ、ぜっ・・・よし」
 激しく肩で息をしながらも呼吸を整えると、孝司は填めていたメリケンサックをズボ
ンのポケットに入れ、足下に散らばるハニーの破片を探る。
 コインが4枚あった・・・
 だが、孝司は溜息をつくとその場にしゃがみ込み、うなだれる。
「はぁ・・・何か体力を回復させてくれる薬はないのかよぉ・・・」
 迷宮での修行は、予想よりも遙かに困難を極めていた。
 噴水で軽く仮眠をとり体力を回復させた孝司は、目覚めてからB2Fを探求していた
ところ、B3Fへの階段を見つけたのだ。
 だが喜んで駆け下りたのも束の間、それがトラップであった。
 B3Fに降り立った瞬間、階段は跡形もなく消えていたのだ。
 これではB1Fに戻ることも、噴水で体力を回復することも、眠ることも出来ない。
 おまけに、B3FにはB2Fとは違い、男の子モンスターがいる。
 それ故に戦闘は今までの様な「女の子モンスターとのケンカ」程度で済まない・・・
 死力を尽くした激しい戦闘の連続の上に、ゆっくりと休む暇すら与えられない孝司の
顔には、疲労が濃く浮かび上がり、体力も気力も尽きかけていた。
「ちくしょう・・・早まったな・・・」
 そう忌々しげに呟き、フラフラと歩きだそうとする孝司・・・
 だが、その揺らぐ視界に飛び出してくる影があった。
「敵か・・・」
 鉛の様に重い腕をもどかしく動かし、ポケットのメリケンサックを探る孝司。
 しかしその視界では、何やらピョンピョンと飛び回っている人が映るばかりだ。
「?」
 じっと孝司が目を凝らしていると・・・
「きゃは☆ねーねー、おにーちゃん!遊んでくださいですぅ♪」
「・・・女の子か・・・ほら」
 飛び出してきたのは(きゃんきゃん)であった。
 攻撃をしてこないと解った孝司は、ポケットから(おかし女)に貰ったクッキーを差
し出す。
 不幸にも・・・孝司は(おかし女)のお菓子が、体力を回復させてくれるモノである
とは知らなかったのだ。
「きゃ〜☆ありがとうございますぅ!」
 喜んでお菓子を受け取り、口に運んでいる(きゃんきゃん)の姿に微笑んでいた孝司
であったが、その安堵からだろうか?突如として脱力感に見舞われた。
「・・・ぅ」
 がっくりと膝をつく孝司。
 その目には(きゃんきゃん)が孝司から貰ったクッキーを美味しそうに頬張っている
のが映っている。
 その姿が一瞬・・・学校の昼休み中に、由香里や早苗達と賑やかに菓子を食べていた
時に見た、和美の姿とダブって映った時・・・
 孝司の頭に「最期」の二文字が過ぎった。

・・・もう・・・ダメだな・・・この世界で朽ちるのか・・・そうだ。この子なら、俺
   の死体を粗末にはしないだろう・・・和美・・・ゴメンな・・・俺・・・もうダ
   メだよ・・・最期に一目会いたかったけど・・・それもできねぇや・・・ハハ。
   俺ってホント・・・だらしがないな・・・

 極限の疲労、極度の緊張感・・・
 今までに体験などしたことのなかったこれらの状況が、孝司の頭から「生」への渇望
を剥ぎ取っていく。
 そんな自ら「最期」を決めつけた孝司は、クッキーを口にしながら不思議そうに自分
を見つめている(きゃんきゃん)に手をのばした。
「どうしたんですぅ?」
「ゴメン・・・俺、もうダメなんだ・・・」
「え〜〜?!死んじゃうのですかぁ?!」
「あぁ・・・ねぇ、お願いがあるんだけど・・・」
「はいですぅ?」
 孝司はポケットから迷宮で拾った、綺麗なピンク色のリボンを差し出した。
「わぁ、綺麗なリボンですぅ!」
 (きゃんきゃん)は孝司の手からリボンを受け取ると、耳に結わえ付けている。
 そのあどけない光景に微笑みながら、孝司は最後の頼みを伝えようと、もどかしく口
を動かした。
「アハッ・・・ソレあげるから・・・だから死体だけでも・・・外に・・・」
 だが孝司がそこまで言いかけた時(きゃんきゃん)は、ハッとした表情で孝司を見つ
め直す。
「えっ?!本当に死んじゃうんですかぁ?!」
「あぁ・・・」
「ダメですぅ!」
 そう叫ぶなり(きゃんきゃん)は泣きながら孝司を肩に担ぎ上げた。
「えーーん!ダメですぅ!死んじゃダメですぅ!死んじゃったら悲しいですぅ!休めば
 きっと大丈夫ですぅ!『やもりん』さんのお家でお休みしますぅ!」
「・・・」
 しかし、引きずられていく孝司の意識には、それすら上手く聞き取れない。
 そんなグッタリとしたままの孝司を(きゃんきゃん)はズルズルと引きずりながら、
迷宮の奥深くへと進んでいく。

・・・ありがてぇ・・・外に運んでくれるんだ・・・

 その身体が動く感触に、勘違いをしている孝司は安堵の息をもらしている・・・
 だが、しばらく進んだところで孝司の重さに潰れてしまった(きゃんきゃん)は、座
り込むと泣き出していた。
「ひっく、疲れましたぁ。お腹すきましたぁ。お菓子が食べたいですぅ」
「・・・ポケット・・・」
 微かに孝司の唇が動く。
 その言葉に(きゃんきゃん)の長い耳がピクリと動いた。
「え?まだお菓子があるんですか?」
「・・・」
 だが、もう言葉を発しない孝司・・・
 (きゃんきゃん)は孝司のズボンのポケットに手を突っ込むと、中を必死に探った。
「えとえとえと・・・ありました!そだ、はやくコレを食べて下さいな。体力が少しは
 回復しますからぁ〜」
 取り出したクッキーを急いで孝司の口に当てる。
 しかし、孝司は完全に意識を失っていて口を開けることは出来ない。
「どーしよどーしよ!死んじゃうですぅ!う゛〜・・・そだ!(カリカリカリカリ)」
 オロオロと孝司の周りを飛び回っていた(きゃんきゃん)だが、なにを思ったのか、
クッキーを前歯で細かく囓り始めた。
「もぐもぐもぐもぐ・・・ん」
 そして、細かく砕いたクッキーで口の中が一杯になると、孝司の身体を起こし、口を
半開きにさせ、その唇を重ねたのだ。
 噛み砕かれたクッキーを、まるで母親が赤子に離乳食を与えるかの様にして孝司の口
の中に落とし込む(きゃんきゃん)・・・
 そして、孝司の指がピクリと動いた。
「・・・ん・・・」
 そんな、孝司が無意識に自力で口の中のクッキーを飲み込もうとしているのに気がつ
いた(きゃんきゃん)は、深く舌を突き入れてそれを助ける。
「ん・・・んっ・・・」
「・・・」
 ゆっくりと(きゃんきゃん)の唾液と共に、喉の奥に押し込まれるクッキー。
 押し込まれていくにつれ、孝司の意識は次第に戻り・・・遂には目が静かに開いた。
「・・・」
 視界に映ったのは(きゃんきゃん)の顔・・・
 口で動く柔らかな感触・・・
 孝司が、それが(きゃんきゃん)の舌であるコトに気がついたのは、意識を取り戻し
てから、しばらく経ってのことであった。

・・・この子が・・・俺を助けて・・・あれ?この子の顔がこんなに近いってことは、
   キスしてるのか・・・んじゃ、これが舌の感触なのか・・・柔らかいなぁ・・・
   それに、あったかい・・・でもこんな所・・・和美に見つかりでもしたら・・・
   殺される・・・かな?

 それにしても・・・意識が戻って最初の思考がコレとは随分と情けないが、孝司は取
りあえず(きゃんきゃん)の肩に手をかけた。
 そんな孝司の異変に気がついた(きゃんきゃん)は口を離すと、孝司をジッと見る。
「・・・ふぅ・・・」
 そして、大きな溜息と共に孝司が起きあがるのを見ると、ポロポロと涙をこぼした。
「ひく・・・良かったですぅ!死んじゃったかと思いましたぁ!」
「ありがとう・・・少し良くなったよ・・・」
 この(きゃんきゃん)の行為で、実際の孝司の体力回復値は僅かに5ポイント・・・
 しかし、この5ポイントは大きなモノであった。
 (きゃんきゃん)の肩に掴まりながらも起きあがった孝司は(きゃんきゃん)に微笑
んだ。
「さてと・・・ドコに行くの?」
「えと、この迷宮の東の端ですぅ」
「あぁ・・・行こうか」
 ゆっくりと歩みながら、孝司はモンスターに出会わないことを祈った・・・


「ふぅ・・・」
 裕美は城のテラスに置かれた椅子に、ぼんやりと座っていた。
 アッシュはエレーヌとアルティシアを引き連れて城の改築とやらで忙しそうだし、他
の邪妖精達も、和美達の討伐に出かけてしまっており、裕美の相手をしてくれる者は、
誰もいない。
 暇を持て余していた裕美は、テラスから外の景色を眺めていたのだが、それにも飽き
て、こうして考えごとをしていたのだ。
 両親のこと、学校のこと・・・
 自分がいなくなって、大騒ぎになっているであろうか?
 それとも・・・和美達もこの世界に来ているのだから、そちらばかりに気を取られ、
皆は「自分のこと」など、忘れているのではないだろうか?
 両親だって、あまり家にいないから、判らないのでは・・・
 ならば、ここにいる方が・・・幸せだ。
「はぁ・・・」
 裕美は深い溜息をついた・・・
 両親は共働きで、あまり家にはおらず、また、兄弟姉妹もいない為、幼い頃から裕美
は独りぼっち。
 家に帰っても、待っているのは冷めた食事と、母親の書き置きだけ・・・
 誕生日すらも、誰も祝ってはくれず、父親が残していったプレゼントと、母親が用意
していったケーキがあっただけ・・・
 学校に行っても、クラスの子達とはあまり口も聞かなかった・・・
 好きなのはゲーム・・・
 それも、対戦格闘ゲームが好き・・・
 別に「人と遊んでいる」感覚があるからと言う訳ではない。
 人より・・・誰よりも「上位に立つ」感覚が、強く感じられるのだ。
 勉強が出来ても、陰口を叩かれるのがオチ・・・
 スポーツは、あまり好きではない・・・
 この「ゲーム」だけは、誰も文句は言わない・・・
 だが、そんな裕美の「聖域」に土足で踏み込んできた者が・・・いた。
 それは、初めて人を好きになった時のこと・・・
 剣道部の「荒木 龍」が、大好きなゲームのキャラクターに似ていたのもあったが、
ナニよりも裕美を引きつけたのは、その強さ。
 一度だけ裕美が、龍の剣道の試合を見に行った時のこと、龍は圧倒的な実力で、相手
を完膚無きまでに負かしたのだ。
 裕美はその龍の姿に惹かれた・・・
 そんな龍を・・・裕美が愛する龍を・・・
 綾子が奪った・・・
 そして、そのことが判った日の学校帰り、裕美は憂さ晴らしに立ち寄ったゲームセン
ターで、再び、聖域を怪我された。
 由香里である・・・
 得意であった対戦格闘ゲームで、裕美は完敗を記したのだ。
 呆然としながら、ふと、対戦相手を見ると、そこには和美と早苗に向かって余裕の笑
みを浮かべている由香里の姿が・・・
「くっ・・・」
 思い起こされた屈辱に、いつの間にか握りしめていた裕美の両拳が震える。
 今度は・・・勝つのだ。
 それも、タダ勝つのはつまらない。
 圧倒的な・・・それも、屈辱に満ちた・・・
 完全なる敗北を与えなければならない・・・
「・・・みんな!聞こえる?!」
 突然、裕美は立ち上がると、大きな声で叫ぶ。
 誰が居るわけではないが、アッシュから「如何なる時も、裕美様の御声は、全ての邪
妖精達に、聞こえております」と言われているのだ。
 裕美は、邪妖精達に自ら指令を下した。
「みんな!異世界の戦士達を・・・特に女の子は生きたまま捕まえて!」


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 そこは静かな湖であった・・・
 湖面には波一つ無く、向こう岸にそびえ立つ山がその湖面にクッキリと映し出され、
太陽の光が眩しいほどに反射し輝いている。
 そんな湖の畔に、由香里と兄貴達のパーティーは辿り着いた。
 モチロン、夕べの邪妖精を追ってきたのだ。
 由香里は担いでいた軍刀を草むらに置くと、大きく深呼吸を一つする。
「すぅーーー・・・はぁ・・・凄い気持ちがいい。それに、静かな湖ですね♪」
「へい。しかしココに邪妖精が居るはずです。気をつけてくだせぇ・・・」
「えぇ・・・邪妖精とは1度、戦っていますから・・・」
「あのぉ〜・・・御嬢、それは岩です。あっしはこちらです」
 相変わらず・・・メガネがない為、見当違いの方向を向いている由香里に、大下はそ
の肩を掴むと自分の方を向かせた。
 一つだけ言っておきたいことがあったのだ。
「御嬢・・・一つだけ、御忠告・・・よろしいですか?」
「・・・いいですよ。大下さん」
「それでは・・・コホン。御嬢、相手は邪妖精です。油断と無茶だけは・・・お願いで
 すから止めてくだせぇ。誓っても・・・」
「そッス。これ以上、御嬢の身に何かあったら、あっしと兄貴は・・・魚の餌ッス」
 村田も深刻である。
 確かに、こんなボロボロの姿の由香里を龍に見られたら、間違いなく大下と村田は、
あの世行き・・・コレだけは誓って欲しかったのだ。
 そんな二人の言葉に、ジッと耳を傾けていた由香里は小さく頷いた。
「判りました・・・誓います」
「はぁああああ・・・」
「ふへぇぇぇぇ・・・」
「くす☆・・・なんです二人とも、おかしいですよ」
 大きな・・・大きな安堵の息が二人の巨体から漏れると、緊張が一気にほぐれた。
 村田は背負っていた荷物を草むらに下ろすと、湖に向かって仁王立ち。
「う〜ん、それにしても綺麗な水たまりッス♪兄貴、ココは一丁・・・」
 大下も背負っていたテントを下ろし、村田の隣で仁王立ち。
「あぁ。波一つ無いし・・・泳ぐか?」
 由香里が草むらに腰を下ろして湖を覗き込んでいた時、大下と村田は既に準備体操を
始めている。
「ホントに綺麗・・・」
 そして、湖に映っている自分の顔・・・らしきものとしか、今の由香里の目には見え
なかったが・・・を見て、兄貴達に振り返る。
「まるで、鏡の様な湖ですね・・・あれ?二人とも何を?」
「ちょこっとだけ泳ぐッス。よし!準備体操終了ッス!」
「それぃ!村田よ!向こう岸まで競泳じゃぁ!」
「らじゃああ!ッス!!トウッ!」
(シュタッ!・・・ひゅーーーーー!)
 大きく飛び上がる大下と村田。
 その巨体は高々と宙に舞い、クルクルと回転し、一瞬、空中で静止したかと思うと、
ポージングを一つ決め、静かな湖面にめがけて誘導爆弾の様に吸い込まれていった。
 派手に水しぶきが上がるのは、由香里でなくても予想できる。
 由香里は微笑みながら両手を顔の前に翳した。
 だが・・・
(ヒューーーー・・・ぐわちゃこーーーーん!!ツゥーーーー・・・ガン!)
「えぇえぇぇ?!」
 派手に響いた「ガラスの割れる音」と「ナニかが滑った挙げ句、硬いモノ同士がブツ
かった音」に、由香里は驚きながら音のした方を見る。
 視界がボヤけて良くは見えなかったが、取りあえず判ったのは次のコトであった。
「この湖・・・本当に鏡なんだ!!」
 この叫びは鏡の湖に直立不動のままで突き刺さっている大下の耳と、仰角が悪かった
ため、鏡には突き刺さらず、鏡に映る自分の顔と派手なキスをしながら鏡面を滑走し、
挙げ句には湖面から突き出ていた岩と激突した村田の耳にも届いた。
「・・・御嬢、そーゆーコトは」
「なるべくお早めに・・・ッス」
「アハハハ☆ほーんと、アッシュ様の言った通り、獣達は頭が悪いんだ♪」
 弱々しい兄貴達の声とは対照的な、高らかな笑い声が不意に鏡の湖に響きわたる。
 由香里はすかさず軍刀に手を掛けて周囲を睨み付けたが、視界には誰も居ない・・・
 由香里は軍刀を抜かず、左手の義手に手をかけて考えた。

・・・敵が見えないわ・・・声からして夕べの邪妖精なのは間違いないんだけど・・・
   それともあたしが見えないだけなのか・・・どうしよう、これじゃ真っ暗闇の中
   にいるのと・・・そうだ!こんな時は龍さんに教わった暗闇での戦闘方法を思い
   出して・・・えーと、大下さんと村田さんは間違いなく湖にいる。その形だけは
   あたしの視界でも見える・・・ならば、それ以外で動いているモノは・・・撃て
   ばいい。それ以外の気配は・・・撃てばいい。

 そう考えた由香里は義手の拳の部分を外し、腰に付けていた革のバックから、昨夜に
作った特製の砲弾を取り出した。
 それは村田の持っていたジュースの空き缶の片側を切り、中に破裂玉と小さな鉄屑を
つめ、油紙と蝋で蓋をしたモノ・・・急拵えではあるが、立派な「散弾」だ。
 由香里はその弾薬を義手に装填すると、引き金に手を添えた。
「・・・」
 気配を探る為に目を閉じる由香里・・・
 周囲の音と空気の流れで、状況を頭の中で描いていく。
「(ガシャ!バリン!)うぬれ!人をからかいおって!」

・・・今、大下さんが鏡から頭を抜いて、湖の上に立っているんだわ・・・でも、その
   位置は変わらない・・・

「(ゴキャゴキャ!ムキャ!)くやしぃッス!人をコケにして、許さないッス!」

・・・今、村田さんが曲がった首を直しながら、ポージングをしているぅ・・・でも、
   村田さんも歩いてはいない・・・同じ場所にいる。

 些かイヤな想像をしながらも由香里は周囲の気配を、どんどん探っていく。
 そんな由香里の姿に、大下と村田も静かに五感を澄ますと周囲の気配を・・・
「フンヌ!(ムキャキャ!)」
「・・・村田よ。今ドコの筋肉を動かした?」
「耳と鼻と目と口と足の指ッス!」
「う〜む、五感をフルに活用しとるな!?」
「オッス!クンクン!フガフガ!ベロン!ぉ!?この鏡はなかなかのお味ッス♪」
「・・・」
 こめかみと拳に血管が浮かび上がり、砲弾を先に村田に一発ブチかましたい気持ちを
必死に抑え、由香里は取りあえず気を落ちつけて気配を探った。
 落ち着いていくうちに、今まで耳で聞こえていた音が・・・「肌」で聞こえてくる。

 風が吹く音・・・
 水が流れる音・・・
 木がざわめく音・・・
 自分の呼吸する音・・・
 自分の心臓が鼓動する音・・・
 それは「生命」という音・・・

(・・トクトクトク)
・・・これはあたしの鼓動・・・

(・・・ドクドクドク!)
・・・激しい大下さんの鼓動・・・

(バックンバックン!ズドドドド!)
・・・4スト単気筒の村田さんの鼓動・・・いい音してるわ・・・なのに大下さんと、
   村田さんの間に存在する「モノ」が鼓動していない・・・でも「何か」がいる。
   そう・・・「誰か」が・・・「敵」が・・・いる!

「っ!(ダッ!)」
「ムッ!?御嬢!?」
「大下さん!飛びます!」
 由香里はレザーのスカートを翻して草むらを蹴ると、そう叫びながら大下に向かって
一気に走る!
「判りやした!」
 そして、大下が準備していた膝、腕、肩、頭を駆け登り、空中に高々と飛び上がると
鏡の湖面に左腕を突き出し叫んだ!
「そこだぁ!!(ドゴーーーーーン!!)」
 由香里の左腕の砲が火を噴き、鏡の中の影に向かって熱い鉄屑が襲いかかる。
(ササッ!ガシャアアアン!!)
 だが着弾の瞬間に、その影が逃げた。
 それでも由香里はその影を逃さない!いくらメガネが無くて視界がボヤけていても、
影が動いたぐらいの判断はつく。
 まだ空中に舞っていた由香里は、大下に向かって再び叫んだ。
「大下さん!左の足下!!」
「ぬおぉぉぉぉ!(バリン!)」
 由香里の叫びに、大下の左腕が肘まで鏡の中にめり込む。
 だが・・・
「・・・御嬢、すいやせん。逃がしました・・・」
 由香里が鏡の上に降り立った時、大下は申し訳なさそうに頭を掻きながらそう言いう
と、何やら衣服の切れ端のようなモノを握った腕を引き抜いた。
「ちぇ、逃がしたか・・・」
 大下の言葉に軽く舌打ちすると、由香里は腰のバックから再び弾薬を取り出し、義手
に弾を装填しながら岸に上がる。
「しょーがない。大下さん、村田さん。ココは危険みたいだから、取りあえず岸に戻り
 ましょう」
「へい!」
「了解ッス!」
 敵が鏡の中を動けると判った以上、自分達から危険な場所に居る必要はない。
 由香里の言葉に従い、大下と村田も岸に上がると草むらに座り込んだ。
「どうしやす御嬢。敵のテリトリーはこの湖、全部みたいですぜ?」
「そうみたいッス。でも、それならどうやってこっちを攻撃してくるんスかね?」
「うーん・・・どうするんだろ?・・・ん?!来た!」
 揃って3人が首を傾げていると、その目の前に昨夜の少女が浮かび上がり、大下に引
き裂かれた衣の端を見ながら、唇の箸を釣り上げて忌々しげに呟く。
「思ったよりやるわね・・・この服、結構気に入ってたのに・・・高くつくわよ?」
 だがそんなラスティアの言葉に、由香里は義手の砲口を向けて一笑した。
「ハン・・・舐めてもらっちゃ困るわ♪」
 大下も足下の石を拾い上げながら、チラリと村田を見る。
「そうだ。早いトコその子から抜け出せ。その子にはナンの罪もない。なぁ村田?」
 また、大下の視線に気がついた村田も拳大の石を拾い上げた。
「そッス!早いトコその娘から脱皮するといいッス!」
「またソレを投げる気?・・・ホント、獣達には学習能力がないのかしら?それとも、
 本当に脳味噌まで筋肉で出来ているのかしら?でもいっか。どーせ殺しても、あんた
 達の肉は食べるつもりないし・・・私、美食家なのよ。そっちのおねーさんは美味し
 そうだけど・・・でも、裕美様から先程、生かしておくように言われたから・・・」
「不味そうで悪かったな(ビュホッ!)」
「いやぁ、照れるッス☆(ボフォッ!)」
 ラスティアの視線が僅かに由香里に向いた瞬間、大下と村田が同時にラスティアに向
かって石を投げつけた!
 だが、由香里の砲弾並のスピードで投げられた石はラスティアの身体をすり抜けて、
遥か彼方へと飛んでいく・・・またしても幻影だ。
「アハハハ。あんた達の肉を食べたら、ホントにお腹を壊しちゃいそう。でも、一応、
 細切れにしておいてあげる。後片づけしやすいよーにね!」
「どーもありがとよ!」
「余計なお世話ッス!」
 そう高らかな笑い声を残し、少女の幻影は鏡の中に吸い込まれ、それを中指を立てて
見送っている兄貴達の隣で、由香里はそのぼやけた姿と、鏡の中の影ををジッと見つめ
て首を傾げていた。
「・・・ふむ」
「ん?御嬢、どうしやした?」
「ちょっとね、気にかかることがあるんです・・・」
「気にかかる事ッスか?一体・・・あ、兄貴!さっきの鏡の破片が!」
 村田の叫びに大下と由香里が顔を上げると村田の叫び通り、先程、由香里が砲弾で、
大下が頭と拳で叩き割った鏡の破片が宙に浮かんでいるのだ。
 そしてそれに続いて邪妖精の声が響きわたる。
「さぁ!細切れになってちょうだい!鳥達が食べやすいように!!」
「(ピュンッ!ピュンッ!ピュンッ!ピュンッ!)なにっ!?」
 風を切って凄い速度で飛んできた鏡の欠片に、大下が身を翻すと、その後ろの大木に
深々と突き刺さった。
 そして完全にかわしたつもりであったのだが、頬が少し・・・切れている。
 大下は振り返ると由香里と村田に向かって叫んだ。
「気をつけろ村田!結構、手強いぞ!御嬢はワシらの後ろに・・・ぅ」
「判ってるッス!思いっきり痛いッス!」
「あーあ、肉に食い込んじゃって・・・よっと!」
「(ブチッ!)アァッ!お、御嬢!もっと優しくッス(ブツブツブツ!)オゥン!」
「・・・」
 由香里が村田の頭に深々と突き刺さった破片を抜いてやっている光景に、ナニも言え
なくなってしまった大下だが、その視界の片隅に何か動くモノを捉えた。
「ムッ?!また来るか?・・・おや?」
 しかし動いていたのは鏡の破片ではなく、鏡の中・・・
 つまりはラスティアが動き回っているのだが・・・やはり、何かがおかしい。
「・・・御嬢、先程、気になっていた事とは、もしや影の動きでは?」
「あ、大下さんも気がつきました?影が真っ直ぐ進んでいないことに・・・」
「真っ直ぐ進めない・・・理由・・・もっと敵を良く観察すれば、弱点を・・・」
 由香里からの言葉に深く頷いた大下は振り返ったのだが・・・
「(ピュンッピュンッピュンッピュンッ!)ええぇい!見ているヒマがないわい!!」