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第7章 凶 眼 1 夜明け・・・ それは、鮮やかな太陽が大地を照らし、一日の幕開けを人々に知らせること・・・ その暖かくも柔らかな光は、人々を目覚めさせると同時に、夜の終演を告げる。 今日も様々なドラマの展開される朝が来た・・・ 希望に満ち溢れた朝が・・・あの「病室」にもやってきたのだ。 朝の慈悲に満ち溢れた太陽の光は、凄惨に満ち溢れた部屋の中をも照らし出す・・・ 「・・・ぅ」←和美 「・・・ぉ」←大下 「・・・っ」←村田 「う・・・」←マリン 「だ・・・」←孝司&早苗 そこに広がるは「死屍累々」の光景・・・ そう・・・病室内の描写を表現するに相応しい言葉は、正に「死屍累々」であった。 全員・・・あのベッドの残骸に寝かされていた筈の孝司と早苗ですら・・・床の上に 転がり、苦しげな呻き声をあげているのである。 無惨に転がる屍の列・・・モチロン、本当に死んでいるわけではない。 だが、全員のHPとMPは限りなくゼロに近い状態なのだ・・・ あ〜・・・ちなみに、兄貴達の「気合!」ゲージも同じ様な状態である。 さて、その凄まじい病室内を造り上げた張本人である綾子はと言うと・・・ 「・・・すーーーー・・・クスン・・・龍さぁん・・・」 焔の懐剣を握りしめ、泣きながら眠っていた。 どうやら暴れ疲れ、泣き疲れて眠ってしまった様である。 そんな雑然と転がる躯の中から、よーやく1人、起きあがった者がいた。 「あいたた・・・か、体中が痛い・・・」 和美は筋肉痛で痛む手足を揉みほぐしながら立ち上がると、静かな寝息を立てている 綾子の側に行き、その手に握りしめられていた懐剣を取り上げた。 「悪いけど、この懐剣は私が預からせてもらうわね」 「・・・それがいいです」 「・・・そッス。危険ッス」 「え?」 その声に和美が後ろを振り返ると・・・ 「あー・・・変なカッコで寝てたせいか、首が痛いのぉ(コキャコキャ)」 「あっしも、身体の節々が痛むッス(コキャムキャ!)」 大下と村田が、起きあがるなりポージングで身体をほぐしている。 だが、いつもならば多少は気持ちが悪いものの雄々しい筈のその姿は、今日ばかりは 少々、情けなく見えた。 両名共、全身に隙間無く大量の斬り傷と痣が出来ており、更に、大下の眉毛は片方し かないし、村田は右目に大きな痣をつけている。 全部・・・綾子にやられたのだ。 そんな兄貴達に、和美は綾子を起こさないよう小声で挨拶をする。 「大下さんと村田さん。お早うございます・・・昨日は、すいませんでした。この子、 滅多にキレる子じゃないんですけど・・・ホントに御免なさい・・・」 そう言って深々と頭を下げる和美に、大下と村田は豪快に笑った。 「ハッハッハ!ワシらは気にしとりませんよ!」 「そッス!なんのコレしき♪チョチョイのちょいッス!!」 「で、でも・・・」 「いえいえ、姐さんが酔っぱらわれて暴れられた時に比べれば・・・」 「確かにッス。夏美姐さんが、ご乱心された時に比べたらッス・・・」 そこまで言っておいて、急に語尾が掠れ、そして黙りこくる兄貴達・・・ 「・・・ハァーーーーーー・・・この程度で済んで良かったのぉ村田」 「・・・はぁあーーーーー・・・そッスね。幸い、骨も異状ないッス」 深い深い兄貴達の溜息に、和美は心から同情していた。 さて・・・それから30分後。 和美達の一行は、新たな宿を求めて町の中を彷徨っていた。 当然のコトながら、あれだけの大騒ぎを起こしておいて、静かな病院にいられる訳が ない。 日の出(正確には朝の検診)と同時に、全員、病院から追い出されたのだ。 とは言え、まだケガが治っていない孝司と早苗の2人には酷な話である。 せっかく治りかけていた怪我も、和美と綾子の「攻撃」によって、癒えては・・・い や逆に増えていた。 そんな2人はと言うと・・・ 「あぅぅ・・・大下さん。もすこし、静かに歩いてくださぁい・・・傷が痛いですぅ」 「あぁ、スマンスマン」 早苗は、片方の眉毛に絆創膏を貼った、大下におぶってもらい・・・ 「・・・む、村田さん。せめて・・・背中に背負ってもらえませんか?」 「な、何を言うか小僧ぉ?!小僧はケガ人なんじゃぞぉ?!あっしの胸にしっかりと掴 まるッス!そして、あっしの体温で心ゆくまで・・・暖まるがいいッス(ポッ)」 孝司は眼帯をつけた村田に抱き抱えられ(俗に言うお姫様ダッコ♪)ていた。 そんな奇妙なパーティーの先頭を歩いている和美は、先程からキョロキョロと町のあ ちらこちらを見回している。 「うーん・・・宿は・・・宿は・・・ふつーの宿は・・・」 完全に睡眠不足の和美は「普通の宿」と言う、ささやかな願いを求めていた。 何しろ下手に小さな宿に泊まると、部屋は狭い上にベッドは共用・・・ そして、何故か和美とベッドを共にするのは・・・いつも早苗なのだ。 別に早苗は毎度毎度に和美に襲いかかってくる訳では無い(そのかわりアネーロが襲 われた)のだが、何かと・・・触りまくってくる。 だが、本人は「ソレ」を意識している訳ではない・・・ つまりは夢現(ゆめうつつ)でありながら正確に触ってくるから、怒るに怒れないと 余計に質が悪い。 それ故に、和美は必死に「1人1つのベッド」を求めていたのである。 その為に由香里を探すと言う思考は後回しとされていた。 そして、病院を追い出される羽目になった訳の張本人・・・ パーティーの最後尾を、可哀想なくらいにしょげ、トボトボとついてくるのは・・・ 「・・・くすん」 「・・・綾子様。そんなに深く悲しまないで下さい」 さすがに綾子は自分が犯した罪の呵責に苛まれ、先程からこの調子なのだ。 必死に慰めるマリンだが・・・ 「・・・でも・・・私のせいで・・・うっく」 綾子は今にも泣き出しそうである。 ・・・綾子様・・・御自害をなされようなんて考えてなければいいんですけど・・・ マリンの頭に、そんな考えが浮かぶ程、綾子の顔は悲愴である。 随分と・・・いや、完全に異様な雰囲気を纏ったパーティーは、朝の町の中を黙々と 歩いていくのであった・・・ その頃、和美達の居る町から距離にして小一時間ほど離れた場所。 広大な砂漠が広がるこの土地に沢山のテントが集落を築き、市場を・・・いや、それ は「街」と呼んでもおかしく無い程の賑やかさを早朝から見せていた。 しかし・・・この集落には店あるが看板はなく、人は居るが品物はない。 そして盛んに道を行き交う人々は必ず連れがおり、1人で歩いている姿は殆ど見受け られない。 例え来た時が1人でも、帰りは必ず2人以上・・・全く奇妙な集落である。 そんな沢山のテントの中の1つを覗くと・・・ 「・・・お客さん。買っていきません?」 「・・・幾らだ?」 「・・・」 売り込みをしている男が無言で指を4本立てる。 その提示に、相手は・・・ 「・・・」 コレまた無言で男の指を曲げ、1本減らす。 「・・・いいでしょう」 これで商談が成立である。 しかしながら、その男の周りには道具(アイテム)の類も無ければ、武器や鎧の姿も 見えない。 あるモノと言えば・・・ 「おい!早くこっちに来るんだ!」 「いやっ!!お、お願いです!お家にかえし・・・(バシッ!)きゃうっ!?」 「どーです、言う事を聞かなければ、この様に首飾りから電撃が流れるんですよ」 「うーむ、益々気に入った♪」 男は満足げに頷くと、一人の少女の首に鎖を繋げ、何処へかと去っていった・・・ そう・・・ここは「奴隷市場」なのである。 沢山の少女(極稀れに少年も)を、堂々と売り買いすることの出来る場所なのだ。 そして、売られていった少女達の殆どのは、愛玩具としての一生が待ち受けて・・・ いや、「愛玩具」としての一生は短いだろう。 本当に待ち受けているのは、惨たらしい野垂れ死にか、主に殺されるかだ・・・ 万が一、主の許から逃げ果せる事が出来たとしても、街の外にいるのは腹を空かせた モンスターや凶悪な盗賊達・・・ つまり「死」だけが待ち受けている。 正に、ここは人間の欲望と悲哀の念が渦を巻いているのだ・・・ 「・・・(ズシャッ!)」 そんな中、この市場には珍しい姿をした者が足を踏み入れた。 この者もまた、奴隷を買いに来た口であろうか? だが、それにしては装いが奇妙であった。 別段、金持ち風と言う訳でもなければ、奴隷商人の格好でもない。 身体には鎧を纏い、その腕は左半身だけの鎧を身につけ、妙な形状をした刀を2本、 背中に背負っている・・・つまり、剣士なのだ。 とは言え、悪業な剣士が女の子モンスターを売りに来る事は稀にあり、決して周囲の 気を引く様な事では無い筈・・・ 実は、周囲の気を引く極めつけの理由が・・・ 「おい・・・アレ見ろよ」 「ん?ただの剣士じゃ・・・女じゃねぇか?!いや、まだガキの部類か・・・」 男達の囁き通り、その剣士は少女だったのだ。 瞬く間に奴隷を売っているテント群に、その少女についての囁きが広がる。 だが、その少女は周囲の声など全く気にせず、テント群の中心部に向かって黙々と歩 んでいく。 そんな少女の姿に、幾人かの男達の顔に下卑た笑みが浮かび上がった・・・ 「よぉー、お嬢ぉーちゃん!お暇なら、一丁、奴隷にでもなってみないか!?」 「ハッハッハ!そいつはイイ!どうせだったら、ウチの店に来てくれねぇか?今なら、 サービスで、俺が毎日可愛がってやるからよぉ!!」 ぞろぞろと、少女の後をつけていきながら口々に騒ぎ立てる男達。 だが、それでも進んでいく少女。 そして・・・ 「・・・おい!シカトしてんじゃねーよ!」 一人の男が無視し続ける少女に業を煮やし、その肩を掴んだのだ次の瞬間! 「(ゾポッ!!ブシャアア!!)ぎゃあああ!!」 「きゃああああ!」 飛び散る血飛沫と宙を舞った腕に奴隷達が一斉に悲鳴を上げ、後をついてきた男達は 自分の目を疑った。 少女の背負っていた2本の刀の内、左の肩から突き出ていた小太刀の方が一閃したか と思うと、少女の肩を掴んだ男の腕を高々と斬り飛ばしたのだ! 「うぉお!?腕が!俺の腕がぁあ!?イテエえぇよぉお・・・お゛(ズバン!)」 そんな血の吹き出す腕を押さえながら激痛に絶叫をあげていたその男が最後に見たも のは、見事な波紋をした小太刀の「刃」であった・・・ (どちゃ・・・) 少女の目の前で、片腕と頭部を眉間から斬り落とされた無惨な死体が、派手な血飛沫 を上げながら、ゆっくりと崩れ落ちる・・・ 男達の間に驚愕と戦慄が走り抜けた・・・ 「・・・何てガキだ・・・」 「一振りかよ・・・」 だが、そんな激しい戸惑いを見せる残りの男達には眼もくれず、その全身を血と脳漿 に濡らしたまま、少女は刀の血を振り払うと静かに鞘に納め、死体にクルリと背を向け て再び歩き始める。 その少女の背中を見た男達は、顔を見合わせると無言で頷き合った。 「・・・」 (シュ・・・シュカ・・・カチン・・・シュン) 静かに腰の剣を抜く男達・・・ しかし、その数は先程、少女をからかう為についてきた男達にしては多すぎる。 そう・・・周囲のテントから、騒ぎを聞きつけて他の連中もやってきたのだ。 ここでの殺しとツッコミ(強姦)は・・・ルール違反。 そしてその違約金は、違反者の「命」なのだ。 ふと気がつけば、少女の周りには剣や槍をはじめ、その他の武器を手にした男達で囲 まれている。 全部で46人・・・これで、奴隷市場を営む男達全員が集まった。 実際には他にも男の姿はあるが、それは客であり、その多くの者達は剣を握った事す らない。 それに「関わり無き者は去る」のが、ここの客のモットーである。 次々と買った奴隷を連れながら逃げまどう人達で、奴隷市場は騒然となった・・・ そんな騒ぎの中心では、少女を取り囲んだ男達が、じわじわと包囲網を狭める。 「嬢ちゃん。この市場でのルールを知らねぇよぉだな!?」 「待て!殺すなよ、腕を斬り落として、犯しまくってやるんだ!」 「いや・・・傷をつけるよりも、うまく捕まえて・・・」 口々に勝手な事を喚き立てる男達・・・ だが、少女は男達の下卑た言葉には全く反応を示さず、黙ったまま右手を左手の鎧に 伸ばしていく。 「・・・(ガチン!)」 「ん?なんだぁ?コイツ、左腕が・・・お?」 少女の一番近くにいた男が、その少女の取り外された鎧の左手と、その後にポッカリ と空いた空洞を見た時、少女が左腕を突き出してきたのだ。 そして、その義手に右手を添えながら、少女が・・・ほくそ笑んだ。 (カッ!) ・・・何かが光った?魔法による攻撃か?! 少女の正面に立っていた男達の最期の思考は、皆、同じであった・・・ (ドッゴォーーーーーーーーーーーーーーン!) 少女の左腕の空洞から吐き出された凄まじいばかりの爆発音と火炎、そしてマッハの 速度で飛び出してきた8個の鉄球は、発射後に放射状に拡散し、ほぼ正面に居た男達の 身体と言わず、持っていた剣や鎧までをも粉砕する! だが吐き出された鉄球は、それだけでは済ませない。 「ギャアアアア!?」 「ウォオオオオ!?」 その男達の側にいただけの者達もまた、その身体を鉄球に抉られて・・・ いや、正確には「鉄球」だけではなく、鉄球同士を結び付けた「ワイヤー」によって も身体を引き千切られていったのだ。 少女はおそらく、本来、鉄球同士を鎖で繋ぎ、帆船のマストや帆を引き裂くために作 られた昔の海戦用の「鎖弾」を応用したのであろうが・・・ それは本来、火薬技術の発達した「異世界」でしか知らない技法のハズ・・・ さて、そんなコトなど露も知らずにバラバラに千切られた男達の手足や肉片は、反対 側や、爆風に巻き込まれずに済んだ者達に容赦無く降りかかる。 「(ビチョ!)?・・・ひ!・・・ハ・・・アハハハッハハ!」 一人の男が自分の頭の上に落ちてきた腸に、精神が崩壊した様だ。 臓物を頭に乗せ、笑いながら少女に向かって走っていく。 (ドシュッ!!) 直ぐさま笑顔の表情の生首が地面に転がった・・・ 一瞬の抜刀技だ・・・ 男達には少女が太刀を抜くところすら見えなかったのだ。 悠然と太刀の血を拭っている少女に、男達は顔を見合わせる。 「ち・・・チクショウ!どうすりゃいいんだ!?」 「つ、強すぎる・・・まさかコイツ、闘神じゃ・・・」 「だとしても・・・全員で・・・みんなで行けば、勝てる!!」 「よし!いいかぁ!一斉にかかるんだぞ!!」 「おお!」 震える膝を押さえながら、生き残った男達は、自らを奮い立たせるかの様に叫ぶと、 その少女に向かって走り出していった・・・ (ひょぉぉぉおおーーーー・・・おぉぉ・・・) 砂漠に・・・風の音が、死者の嗚咽の声の様に響き渡る。 それは絶望と永劫の幽囚による、苦悶に満ち溢れた亡魂の声・・・ そして、その風が運んできたのは「死」の香り・・・ 夥しい量を物語る血の・・・ 無念の表情を浮かべた屍を思わせる腐肉の・・・香り。 そんな香りに引かれ、一組の男女が砂漠にやってくる。 それは黒衣の剣士、闇の番人であるアッシュと、音の邪妖精エレーヌ・・・ アッシュは先程から捕らえていた、血と腐肉の香りに向かって来たのだ。 死の香りに誘われてやってくるそのアッシュの姿は、正に和美達の世界に居る「龍」 のあだ名「死神」を連想させるモノであった・・・ 「・・・ここか」 「そのようで・・・」 ようやくアッシュとエレーヌが辿り着いたそこは、躯の待つ奴隷市場・・・ 「お前はそっちを探せ」 「判りました」 エレーヌに反対側の探索を指示すると、アッシュはまだ小さな炎と煙を出しているテ ント群の残骸の中を歩きながら周囲を見回す。 すると・・・ 「(コリ・・・クチャ)・・・」 アッシュは一際異臭の強い小山から聞こえる物音に向かっていく。 (コリコリ・・・コリコリ・・・) 音が・・・だんだん大きくなってくる。 そして、その音を求めたアッシュは、凄まじい異臭を放っている死体の山の中に辿り 着いた。 その物音の正体は・・・ (コリコリポリ・・・くちゃ・・・コリコリコリ) そこでは例の少女が・・・その顔を血と肉片で染め上げながら、何やら肉らしきモノ を口にしている。 音は少女が噛み砕く、骨と肉の音だったのだ。 「食事中に悪いな・・・旨いか、スケーラ」 「ん?おぉ、これはアッシュ殿!」 ひたすら肉と骨を喰らい続けていた少女は、アッシュの姿を見るなり、慌てて食べて いた肉を投げ捨てると、深々と頭を下げた。 「・・・どうだった?」 「・・・あのくらいでよろしいでしょうか?」 アッシュの問いかけに、少女は自分の後ろの一角を指差す。 その指差した先には、奴隷市場での商品・・・つまりは奴隷となっていた少女達が、 震えながらアッシュの方を見ている。 暫くその少女達を値踏みするかの様に眺めていたアッシュだが・・・ 「・・・上出来だ」 「有り難うございます」 満足げに頷いたアッシュに、少女は嬉しそうに微笑んだ。 と、そのアッシュの後ろからエレーヌが姿を現した。 「おぉ、エレーヌ殿も御一緒でしたか」 「はぁいスケーラ♪首尾は上々のようね?」 「ははっ。ぬかりなく」 「よし・・・それでは次に・・・」 アッシュはそんな少女に、何か新たな命を下そうとして、ふと、首を傾げた。 「ん・・・スケーラ、お前の乗っ取ったその娘の名前は何だ?」 「はい、確か『由香里』です」 「そうか・・・スケーラ、娘の名前を使って、異世界の剣士達に挨拶状を出してやれ。 用紙は・・・そうだな、この砂漠に来る途中、キャラバンを見かけたから、それがい いだろう・・・俺はこいつらを連れて、先に城へ行く」 「んじゃ、ガンバってね。スケーラ♪」 アッシュはそう言い残すと、ツイと指で次元を斬り裂き、泣き叫ぶ奴隷達を引き連れ たエレーヌと共に空間の狭間に身を躍らせる・・・ 「畏まりました・・・」 主人の命に「由香里」は深々と頷くと、先程食べかけていた「男の腕」を拾い上げ、 歩いていった・・・ アッシュに命じられた通り、キャラバン隊を探すため・・・ 2 さてさて、先程の「和美と豪快な仲間達」の一行は、まだ町中を歩いていた。 既に周囲からの奇異の視線には慣れてきたとは言え、なるべくなら早く落ち着いた所 で休みたいものである。 しかしパーティーは、何故か宿屋を見つけることが出来ないのだ。 連れ込み宿は有ったのに、普通の宿屋が無い・・・実に不思議な町である。 睡眠不足でイライラしている上に、一日中歩き詰めて、すっかりくたびれてしまった 和美は、頭を掻きむしりながら、とうとうその場にしゃがみ込んだ。 「あ゛〜〜〜〜!!何で宿屋がないのよぉ!!」 「あの・・・和美嬢、少し休みやせんか?他の皆も疲れてきた様ですし・・・」 「え・・・あぁ・・・すいません・・・」 早苗を担ぎ直しがらの大下の言葉に、和美がハッとして振り返れば・・・ 「・・・はぁ」 「ぅ〜・・・足が痛いですぅ〜・・・」 和美と同様にして歩いていたマリンと綾子の表情にも疲労の色が濃く浮かんでおり、 また、大下と村田に抱えられていた二人も・・・ 「・・・あぅ」 「・・・つっ」 傷が痛むらしく、顔をしかめている。 ナニも疲れているのは自分だけではないのだ・・・ 和美は項垂れると大下の言葉に頷く。 「判りました・・・でも、どこで?」 「そうですなぁ・・・まぁ、この世界で食事と休憩が出来る手軽なトコと言えば、やは り酒場ですかね?」 「そッス!ちょうどそこに酒場があるッス!こ、この店で、酒でも喫茶した方が絶対に いいッス!そうでないと、危ないッス!ヤバいッス!漏れるッス!!」 「はぁ?漏れる?ナニがですか?」 村田の妙な言葉に和美が首を傾げていると・・・ 「べ、便所に生きたい!じゃなくてっ!行きたいッス!!が、我慢出来ないッス!」 「い、急ぎましょう!!こ、ここで!(ドベン!!)」 和美は酒場のドアを開け放つと、さほど客のいない店の中になだれ込み、脇目もふら ずカウンターに吶喊!そしてそれに全員が続いた!! 「ごめんください!!」 「客じゃぁぁぁぁ!!」 突然店に踏み込んできた、この異様な集団に、まぁ当然と言うか・・・カウンター の中にいた女の店主は、思わず後ろの壁に掛けていた槍を手にすると・・・ 「いっ?!(シュカッ!)い、いらっしゃいませ!?お酒ですか!?お料理ですか!? お泊まりですか!?それとも強盗ですかぁ〜!?」 半分泣きの入った女店主は、槍を握りしめ、油断無く構えながらも商売を忘れない。 だが、その店主の言葉に和美達は目を輝かせた。 「え!?ここ、泊まれるの!?」 「え、えぇ。2階が部屋になっておりますし、この町の普通の宿はココだけで・・・」 「んじゃ!泊めて下さい!!」 「は、はい!ええと、人間が5名様とモンスターが2匹様・・・」 「ぬぁあにぃ〜!?(メキョキャ!)」 「ひ、ひぃ!人間が7名様ですね!!で、お食事は?!」 ガンすじだけで店主を制した大下の背中から、担がれていた早苗が身を乗り出す。 「すぐに食べたい・・・」 「はい判りました。直ぐ、ご用意いたします」 また、後ろにいたマリンと綾子も・・・ 「あの・・・」 「お風呂・・・有りますか?」 「はい。各室にございます♪」 そして、間髪入れず・・・ 「べ、便所はあるッスかあぁ!?!?」 「ひぃ!あそこの右のドアですぅ!!」 「よっしゃあ!ゆくぞ小僧!友情の連れションじゃあぁ!」 「え゛?!(ドドドドドド・・・ドバン!!)む、村田さぁああん!?せめて俺を降ろ してくださぁ(ジャバアアアアアア!)」 だが孝司の悲痛な叫び声は、水洗の水の音にかき消された・・・ それから数刻後・・・その和美達の滞在している町に、とある行商人が訪れた。 彼は集団で世界中を巡り歩き、珍しい商品や貴重な品々を売り買いして歩くのを生業 とし、幾つもの国を巡り、山海の幸や様々な装飾品を一杯に馬車に積み、そして別の国 を渡り歩くのだ・・・そう、人々の笑顔を見る為に。 また、その彼等の商品を待ち望みにしている人々も、それなりの歓迎を忘れない。 自国での生産が不可能な物資の補給は勿論の事、行商人達の持ってくる珍しい菓子や 食品、衣類、時には獣までもがやってくる故に、老若男女・・・そう、大人も子供も楽 しみにしているのだ。 そんな待ちわびている人々の所に、長い旅の末、ようやく、行商人の男はこの町に辿 り着いたのだが・・・ 「お・・・お願い・・・助け・・・ゴフ!!」 町にたどり着くなり、男はそう言って力尽き倒れたのだ。 慌てた周囲の人達は、男を担ぎ上げると近くの酒場に運び込む。 だが、そんな行商人を抱えあげた人達は、自らの手や衣服に付いたベットリとした感 触に、一瞬、足を止めてしまった。 「おい!しっかりしろ!(ヌルッ)お!?ケガをしているのか!?」 「・・・こりゃひでぇ・・・」 そして男を運びながら、毎年決まった日にやってくる行商人のリーダーである、この 男の変わり果てた姿に人々は顔を歪ませていた・・・ 多くの部下を連れ、キチンとした身なりで盛大にやってくる筈の行商が・・・ 来たのはこの男一人だけ・・・しかも、その真っ白い着物は血に紅く濡れている。 だが人達の顔を歪ませていたのは、身体のあちこちにある刀傷でもなければ、幾本し か残っていない手の指でもない。 顔が・・・顔面の皮が・・・半分無いのだ。 無惨な筋肉繊維を剥き出しに、男の顔の皮の半分が剥がされていたのだ。 男達はそんな凄惨な有り様の行商人を酒場に運び込むと、空きのテーブルに横たえ、 今度は店の女将に向かって叫ぶ。 「女将!消毒用の酒だ!!」 「どうしたんです!?ケンカですか!?」 「いーから早く!!」 「は、はい!」 そのオヤジの叫びに、女店主は慌ててプルーフ度数の高い酒を手渡す。 そして酒瓶を受け取ったオヤジは荒々しく歯でその栓を抜くと、中の透明な液体を男 の傷にブチまけた。 「ぅ(ビシャッ!)ぅううううう!」 激しい激痛の為であろうか?跳ね上がりそうになる男の身体を、周囲の者達は必死に 押さえようとするが、あまりの強い力に押さえつけられない。 「ち、ちくしょう!おとなしくしろ!」 「だ、誰か!手を貸してくれ!!あと、治癒魔法を使える人もだ!」 激しく暴れる行商人の男を押さえながら男達がそう叫んだ時、その後ろからやたらと 野太い声と共に「漢の中の漢!」が姿を現した!! 「是非ともワシらにぃ!」 「存分にまかせるッス!」 「・・・ううっ・・・」 綾子と先に入浴を済ませた和美は、真っ白いベッドの中で泣いていた。 そう・・・念願の「1人のベッド」に、よーやくたどり着いたのだ! 部屋は4人部屋で、早苗と同じ部屋とは言え・・・これで文字通りの「魔の手」に苛 まれなくても良いのだ・・・ 「(バフッバフッ!)・・・うっく・・・」 和美はお日様の匂いがするベッドの中で、先程からこの様にうれし涙を流している。 そんな感涙している和美に、綾子までもが涙をこぼしていたのだが・・・綾子の涙は 突然の来客に急に止まってしまった。 「うっく・・・和美さん。泣かないで下さい・・・私まで・・・あら?」 「うぅ・・・(もぞもぞ)ん?」 ベッドの中で泣いていた和美は、何やら自分の脇に潜り込んできた影に、ふと顔をあ げる。 始めは早苗かと思っていたのだが、早苗は隣のベッドで寝ていて動ける筈はないし、 あと、この部屋に同室しているのは、綾子とマリンの筈だ。 しかし、綾子の声が後ろで聞こえるという事は・・・ 「ん?マリンちゃん?」 和美は暗闇の中で、よぉーーーーく目を凝らす。 だがマリンにしては・・・シルエットがやたらと「ゴツイ」のがおかしい。 そう思った次の瞬間! 「(ズアッ!)か、和美嬢!兄貴が、嬢さんにチョットお話があるそうッス!」 「きゃああああああああああ!?」 「ぇ(ドゴゴッ!!)んべっ!?」 和美の見事なひざ蹴りが村田の顎にクリティカルヒット! そして更なる二段蹴りでダメージ倍増! 「(がちゃ)和美御嬢、失礼しやす。実は今この酒場に・・・村田?!どうした!?」 大下は部屋に入るなり、床で悲鳴にならない声を上げ、必死に口を押さえて転がりま くっている村田の姿に目を丸くした。 そんな村田に、和美はひたすら頭を下げている。 「ご、ごめんなさい!急に現れられたモノですから、つ、つい・・・」 「おあああわわわ!じ、じだがあああああッス!」 「・・・村田、健康か?」 「だ、だびびょうぶッズ」 なにやら口走りながら、口からダラダラと血を流している村田・・・ あまり大丈夫そうではないのだが・・・まぁ、ナンとか生きているという事で、大下 は「健康」と判断した。 「ん?そうか?それなら良いのだが・・・それより和美御嬢、綾子御嬢。誠にすいやせ んが、ちょっと来てくれやせんか?」 「判りました」 「あ、はい。マリンちゃん。早苗をお願いね」 和美と綾子は大下に連れられ、下の酒場に降りる。 だが、そこは先程までの酒場の風景とは大きく違っていた。 酒を飲んでいる者も居なければ、食事をしている者も居ない。 店の一角だけに、人々が集まり、何やら口々に話をしている。 「何かあったのかしら・・・ん?ケガをした人が・・・」 と、その和美の視界に、包帯を身体中に巻かれ、テーブルの上に寝かされた人の姿が 映ったのだ。 綾子もその光景を見るなり慌てて駆け寄っていく。 「まぁ、大変!すいません通して下さい!私は白魔法が使えます!」 そう言うと、綾子は早速、怪我人の上に手を翳していった。 大下と和美もそのケガ人の脇に立ち、テーブルを見下ろす。 「凄いケガですね・・・」 「えぇ・・・実はこの事なんですが・・・」 「・・・まさか大下さんが?」 ジトっとした和美の視線に、大下は慌てて首を振る。 「いいえ!とんでもない。あっしはこんなエゲツない事はしやせん。それよりも・・・ この男から聞いた話なんですけど、どうも・・・由香里嬢さんらしき人物に、ここま でされた様でして・・・」 「え!?」 驚いた和美は改めて目の前の男の傷を見る。 傷は鋭利な刃物で斬られたのが大半だが・・・その指の多くは欠け、斬られたと言う よりも「喰いちぎられた」感じである。 それに包帯を巻かれてはいるものの、チラリと覗いた所から顔の半分の皮が剥がされ ているのが解った。 こみ上げる吐き気を押さえ、和美は首を振った。 「お、大下さん。違いますよ・・・由香里なら、こんな風にはしません。もっとその、 綺麗にと言うか・・・こうナンて言うか・・・ざっくりと・・・ずびゃっと・・・」 言いたい事は解るのだが、今度は大下が和美の言葉に首を振った。 「いいえ・・・それが実は証拠らしきモノがあるんでさぁ・・・」 「証拠?」 和美が首を傾げていると、大下は治療をしている綾子の側に近寄る。 「綾子御嬢。今度は背中の治療をお願いしやす」 「解りました。でも、どうやって・・・」 「今、あっしがゆっくりとひっくり返しやすんで・・・これが証拠らしきモノで」 大下はそう言うと男の身体にそっと手を回し、激痛に呻く男を今度はうつ伏せに寝か せる。 すると・・・ 「あっ!?」 「な、なによコレは!?」 大下によって裏返された男の背中には、金釘流で「由香里参上!」と、文字通り刻み 込まれていたのであった・・・ それから数分後・・・ 綾子の魔法による応急処置を受けた行商人の男が、直ぐさま病院に運ばれていくのを 見届けた和美達は、ようやく騒ぎの静まった酒場のホールに集合をし、ミーティングを 開いていた。 とは言え・・・早苗と孝司はまだ動く事が出来ず、マリンはその2人のケガ人の食事 を請け負っているので、酒場のテーブルについたのは兄貴達と和美と綾子だけである。 各自、料理を前に飲み物を手にしながら先程から黙り込んでいたのだが・・・ 「・・・あの」 口火を切ったのは和美であった。 「なんでやしょう?」 「なんッスか?」 珍しく、あまり料理に手をつけていない兄貴達が和美の方を見る。 和美は手にしたジュースを一口飲み、大きな溜息をついた。 「・・・由香里は・・・あの男の人が言った通り・・・人殺しを・・・」 「・・・」 「・・・」 和美の言葉に、大下と村田は何も言えずに俯いてしまう。 綾子の治癒魔法で、何とかまともに口が利ける様になった行商人の男の辿々しい声が 思い返されたのだ。 「お・・・女の子が・・・いきなり、俺達を襲って・・・強くて・・・仲間達はみんな 殺されて・・・俺だけ・・・この町に行けと・・・」 そして、その男の背中には由香里の名が・・・文字通り、刻み込まれていた。 綾子もそれを思い出したのだろう。 瞳に涙を浮かべながら、ミルクの入ったグラスを握りしめる手が震えている。 「由香里さん・・・どうして・・・どうしてあんな酷いことを・・・」 「綾子、泣かないで・・・まだ由香里とは決まった訳じゃ・・・」 和美が綾子の手を握りしめると綾子も和美の手を握り返し、じっと悲しみを堪える。 そんな二人の姿に、さすがの村田も腕組みをしながら溜息・・・ではなくて、鼻息を 洩らした時・・・ 「むふ〜・・・それにしても、由香里御嬢は・・・何処に行ったんスかね?」 「うむ・・・村田・・・ちょっと話がある・・・こっちに来い」 「へ?へいッス・・・」 大下が村田を連れていくと、店の隅の方で何やらヒソヒソと話をし始めた。 「ん?どうしたのかしら大下さん・・・」 和美がカウンターの端の中りにいる兄貴達を見ていると、黙って大下の話を聞いてい る村田は、深く頷いたりしている。 そして、暫くも話し込んでいただろうか?大下と村田は席に戻ってきた。 「・・・どうしたのですか?ヒソヒソと・・・」 「何かあったのですか?」 首を傾げている和美と綾子に、兄貴達は笑顔でポージングをしている。 「べ、別になんでもありやせん。へい☆」 「そッス、ちょっと肉体の神秘について話し合っていたッス♪」 無意味なポージングで「何とか誤魔化そうとしている」のが見え見えであった・・・ 和美は溜息を一つつき、笑顔の大下と村田を半目でねめつける。 「ふ〜ん、そうですか。まぁ私は別に構いませんけど・・・あ、そう言えば、元の世界 に帰ったら、お二人がこの世界でやった所業を、龍さんと夏美さんに、どーやって報 告しよっかな・・・ねぇ〜綾子?」 「そうですわね。お二人が私を無理矢理にいかがわしい酒場に連れて行った・・・など と報告したら、龍さんは・・・いえ、龍さんよりも夏美さんの方が、さぞ、お怒りに なられるでしょうね・・・夏美さんが本気でお怒りになられたら、私、想像がつきま せんわ・・・はい♪」 「こ、この子は・・・綾子、随分と過激になったわね?」 「そうでしょうか?」 だが、そんな和美と綾子とは対照的に、兄貴達の方は真っ青である。 「そ・・・そればかりはご勘弁を・・・魚の餌にされてしまいます!」 「そ、そッスよ!魚の餌になって献身すれば、確かに成仏は出来るかもしれやせんが、 もしも、魚が食ってくれなかったらやばいッス!親より先に死んだって事で、三途の 河原で石を積まないといけないッス!一つ積んでは母の為・・・ッス!」 さすが村田、坊主の息子だけあって信心深いのは良い事なのだが、コイツに三途の河 原で石積みナンゾさせたらダムが出来てしまう・・・地獄の方でイイ迷惑だろう。 そんな慌てふためく大下と村田を見ていた和美と綾子は、トドメとばかりに口を揃え て大下と村田に迫った。 「それでは話して下さい」×2 そんな2人に、大下と村田は暫く顔を見合わせていたが、こちらも揃ってジョッキの 酒をグイと飲み干すと溜息をついた。 「はぁ・・・実はワシら、これから由香里嬢さんの所に行こうかと・・・」 「・・・思ってたとこッス・・・」 兄貴達の思わぬ言葉に、和美と綾子は驚いた。 この2人「由香里の居場所を知っているのか?!」と・・・ 和美と綾子は同時に兄貴達に詰め寄っていく。 「大下さん!由香里のいる場所を知っているのですか?!」 「村田さん!お願いです!是非とも連れていって下さい!」 しかし、和美と綾子に手を掴まれた大下と村田は困り果てた顔をしている。 「だ、だから話したくはなかったんでさぁ・・・第一、危険でさぁ」 「そ、そッス。これ以上・・・皆さんに、ケガさせたくは・・・ないッス」 一応、兄貴達もそれなりに考えていた様だ。 由香里の左腕の事を聞いて以来、出来るだけ慎重な行動をとろうとしているらしい。 それでも和美と綾子は、兄貴達の手をしっかりと握りしめた。 「危険は・・・承知です。でも・・・」 「お願いです・・・連れていって下さい・・・」 そこまで言われては仕方がない・・・大下と村田は、再び顔を見合わせる。 「まぁ・・・仕方ありやせん・・・前向きに検討させてもらいやす」 「あっしらのことは、気にしなくてもいいッス。大丈夫ッス」 そう言って座りなおす兄貴達に、和美と綾子は深々と頭を下げた。 「有り難うございます・・・でも、由香里の居場所・・・どうやって解ったんですか? さっきの人、何か言っていたんですか?」 「そうですわ。私が聞いた限りでは、特に・・・」 首を傾げている和美と綾子に、兄貴達は・・・ 「いや、ワシらも由香里嬢さんの居場所はシランのです」 「そ、そッス。ただ、さっきの男が来た道を辿れば、そのうち・・・」 相変わらず計画も予定も考えない奴等である。 「そ、そうですか・・・」 「・・・あの、私、準備をしてきますので・・・」 綾子がそう言って席を立ち上がると、和美も椅子から腰を上げた。 「あ、そうか。んじゃ、ちょっと部屋に戻ります。料理でも食べていて下さい」 「おぉ!ごゆっくりどうぞ。それではワシらは、腹ごしらえといくか」 「ぬぅりゃああああああ!!」 毎度の事ながら、村田の食事の仕方は表現できん・・・ 強いて言うならば「清掃車が大量のゴミを収集している」と言うか「ブラックホール が小惑星を飲み込んでいる」と言うところか・・・ さて、和美と綾子は支度を整える為に2階に上がり女性陣の部屋の中に入る。 部屋の中では、ベッドに寝かされた早苗が、マリンから食事をさせてもらいながら、 雑談をしているところであった。 「へぇー、早苗様には毒が効かないのですか!?」 「そなの♪早苗ちゃんの身体には毒を消しちゃう成分があって・・・あ、お帰り!」 和美と綾子の姿をみとめると、マリンは早苗の口に運んでいたスプーンの手を止めて 立ち上がり、早苗は手を振って出迎える。 「和美様、綾子様。羅刹様とのお話は終わったのですか?」 和美は壁に立てかけて置いた武器と夜営の道具に手を伸ばしながら頷いた。 「えぇ。これから由香里を・・・私達の友達なんだけどね・・・を探しに大下さん達と 出かけるの。マリンちゃん、孝司と早苗のことお願いするわね」 「早苗ちゃん。暫く留守にしますので、くれぐれもケガをしないで下さいね」 「うん、気をつけるよ。綾子ちゃんがいないと、魔法をかけてもらえないモンね・・・ ん?どしたのマリンちゃん。鞄なんか持って?」 早苗のその声に和美が振り返ると、マリンはスープの皿を早苗に手渡し、自分も旅の 支度をしようとしているではないか。 「ちょ、ちょっとマリンちゃん。何を・・・」 「え?何をって・・・私も羅刹様と一緒に行きます・・・早苗様、この武器を一つ貸し て下さい」 「いーよ♪」 呆然と早苗のフレイルを持ったマリンを見ていた和美と綾子だが・・・ 「ちょ、ちょっと早苗!いーよ、じゃなくて!ダメよ!危なすぎるわ!」 「そうですわ!マリンちゃんには危険すぎます!」 和美は慌ててマリンの手から早苗のフレイルを、そして綾子は毛布の入った鞄を取り 上げた。 確かに、マリンの様な民間人には危険すぎる旅だ・・・ 「そ、そんなぁ・・・私も羅刹様についていきたいですぅ・・・」 だが、マリンはそう言って、瞳を潤ませている。 しかし和美はガンとして首を縦には振らなかった。 「駄目と言ったらダメ!綾子、行くわよ」 「は、はい」 「和美様ぁ〜〜・・・」 和美はそうマリンを説き伏せると、綾子を引き連れて階段を下りたのだが・・・ 「・・・あれ?大下さんと村田さんが・・・」 「おられませんね?」 見れば、酒場には兄貴の影も肉も見あたらないのだ。 和美と綾子が頻りに首を傾げながら、あちこちを見回していると・・・ 「あの・・・お客様、こっちこっち」 店の女将が何やら手招きをしている。 和美と綾子は顔を見合わせながら、呼ばれたままにカウンターに行くと、女将は何や ら紙切れを手にしていた。 「なにか?」 「なんでしょう?」 「実は、さっきの人達から、コレを・・・そちらのお客様へと」 どうやら兄貴達の手紙らしい・・・綾子は女将から差し出された手紙を受け取ると、 早速、広げて読もうとしたのだが・・・読むまでもなかった。 何しろ広げた手紙には、大きな文字で・・・ ・・・「行ってきやす!!」 とだけ、書かれていたのだ・・・正に漢らしい手紙である。 「まぁ!大下さん、私達を置いて行かれたのですね!ぷん!」 「・・・もう少し、文章というモノを・・・」 綾子が頬を膨らまし、和美が目をテンにして紙を眺めていると、女将はその和美にも 紙を差し出してきた。 「あの・・・お客さんにも・・・」 「え?私にもですか?」 どうやら和美に手紙を残したのは、村田らしい。 紙にベタベタと付着した、肉料理の油がその証拠である。 和美がガサガサと手紙を開けると・・・ ・・・「食事代は任せたッス!!」 と、料理に使われていたソースで書かれていた。 「・・・」 「えーと、先程のお客さん達のお料理代、1万2385ゴールドになります」 「・・・宿代と一緒につけておいてください。あと、なんかジュース下さい」 「はい♪」 「あ〜ぁ・・・結局、置いてけぼりかぁ」 「お二人とも酷いですわ。勝手に出かけられてしまうなんて・・・」 「まぁ、あの人達も一応は気を使ってくれてるのよ。私達を危険な目に遭わせたくない モンだから、こうやって・・・」 「はい、お待ちどうさま。ヒララレモネードでいいかしら?」 「あ、どうも」 と、和美が女将からジュースのグラスを受け取った、その時。 ・・・来たれ・・・異世界の・・・ 「・・・また・・・」 「何がですか?」 「え?あ・・・ナンでもないの。ちょっとね・・・」 和美はジュースに口をつけながら、この奇妙な呼び声に身を強張らせていた・・・ 巨大な石畳の廊下に革製ブーツ特有の低く、それでいてハッキリと聞き取れる足音が 一定のリズムを刻みながら響きわたる。 (コツコツコツ・・・) そこは城・・・ そう、この世界を暗黒に陥れようとした闇の精霊の建てた城・・・ つまりは大いなる魔女・・・裕美の城であった。 そんな城の廊下を悠然と歩き続けるのは・・・ 「・・・」 足音の主はアッシュであった。 無表情のまま、黙々と城の中を歩き続けていたが、やがて一つのドアの前に辿り着く と、その前で立ち止まる。 そして、何かを感じるかの様にドアの前で目を閉じ、暫くもそのドアの前に佇んでい たが・・・ 「・・・確かに・・・ここから・・・」 ゆっくりとノブに手を差し伸べる・・・と、その時。 「ア〜ッシュ〜ぅ〜!」 「・・・」 微かに裕美の声が・・・いや、その「思念」の声が、アッシュの耳に届いた。 「ただ今・・・」 伸ばし掛けた手を直ぐさま引くと、その姿が消える・・・ そして、再びその姿が現れた時は、裕美の部屋の前であった。 「(コンコン)・・・裕美様、アッシュでございます」 「入ってぇ〜・・・」 裕美の声にアッシュはドアを開け、一礼をしてから部屋に足を踏み入れる。 すると・・・ 「アッシュぅ〜〜〜・・・また、お腹痛いよぉ〜・・・」 部屋のベッドから弱々しい声が響く・・・ アッシュはベッドの脇に跪くと、寝ていた裕美の腹部をさすってやる。 「大丈夫ですよ・・・すぐに良くなります・・・」 「うぅ〜・・・ホントぉ?」 「はい・・・そうですね。おまじないをしてあげましょう」 「おまじない?」 「はい・・・li・・・Ji・・・はい、終わりましたよ」 「えぇ?なんて言ったの?よく聞き取れなかったけど?」 「う〜ん。裕美様には、ちょっと発音が出来ない呪文ですから・・・」 「ふ〜ん・・・あれ?ホントだ。もう痛くない?!アッシュぅ〜☆」 「おっと」 腹部の痛みが消え去った途端、裕美はベッドから飛び出し、アッシュの首筋にしがみ つく。 そしてアッシュもまた、笑みを浮かべて裕美を抱き寄せた。 無論・・・裕美にはその「笑み」の本当の意味を理解はしていない。 裕美は暫くもアッシュの胸に頬をすり寄せていたが、やがてパッと顔を上げると、満 面に笑みを浮かべながらアッシュの手を引っ張った。 「あ、そうだ。材料の調達は終わったの?」 「はい。隣の部屋に入れております・・・」 「ん!あと、どーだった?!エレーヌとスケーラは出来た?!」 「はい。両名とも成功しました。コレはお返ししますね」 アッシュはそう言うと、懐から銀色と水色のクリスタルを裕美に手渡した。 だが裕美は、その二つのクリスタルを、そそくさと台座に置き、アッシュの腕に縋り 付きながらテラスを指さす。 「ねぇアッシュ、疲れたでしょ?!紅茶飲むでしょ?美味しいケーキもあるよ♪」 「しかし、エレーヌをまだ部屋に残したままで・・・」 「ぶ〜〜〜!めーれーだよぉ!」 「はい、解りました」 「それに、いっぱい、いっぱい話したいこともあるの・・・」 裕美はアッシュと共に、バルコニーにある小さな白いテーブルに向かった・・・ 3 薄暗い・・・そこは昼だと言うのに、太陽の光すら通さない深い森。 それは、木々が僅かばかりの太陽の光を求めて、精一杯に自らの身体を伸ばし続け、 命一杯に葉を生い茂らせた結果に生まれた森であった。 それ故に森の中は草花が育たず、逆に高温多湿と腐葉土を好む苔や茸の類が、我が物 顔で広がっている。 そんな腐臭とカビ臭い森の中、2匹の獣がぬかるむ森の土を踏みしめながら、一歩、 また一歩と注意深く周囲に気を巡らし、奥へと進んでいる・・・と、思いきや。 「村田よ!この様にぬかるむ土地は、足腰の筋肉を鍛えるのには最適且つ、素敵な場所 じゃぁ!心して肉体を鍛え上げよ!!」 「オッス!!」 周囲に気を巡らしているのでもなければ獣でもなく、タダ単にポージングをしながら 歩いている大下と村田の姿であった。 さてこの2人、和美達を宿に残して一体何処に行くつもりなのであろう? 「そういや兄貴!こうやって和美嬢さん達を残して飛び出してきたのはいいんスけど、 一体、何処に行かれるつもりッスか?何か計画があるんスか?!」 「ナイスなところに気がついたぞ村田。実を言うとだな、ワシは先程の店でケガをして いた男を担ぎ上げたとき、あるコトに気がついたのだ」 「ど、どんなことッスか!?」 「これを見よ!!」 そう言って差し出された大下の手には、何やら細かな砂の様なモノが付着している。 村田はしげしげとソレを眺めていたが・・・ 「・・・う〜む、いつ見ても立派な手ッス!!(ズドン!)フフフ・・・やっぱ兄貴の 拳でグーは最高ッス・・・ハートにズシリと響くッス♪」 「ったく・・・この砂がポイントなんじゃ。この砂は、あのケガをした軟弱な男の服に 付着していたモノなのだ。そして、この砂から推理するところ、ワシの考えが正しけ れば、あの男は『砂の沢山ある所』で由香里嬢に襲われたのだと思うわけだ!」 「な、なるほどッス!さすがは兄貴ッス!目のつけ所が違うッス!」 「フッ・・・もっと褒めろ(ムキャキャ!)」 感嘆の声を上げる村田に、大下はフッと笑い、余裕のポージング・・・ さすがは大下である。 村田の様に脳味噌が完全に筋肉で出来ている訳ではなさそうだ。 自らの名推理に酔う様をポージングで表していた大下だが、この快感を一人で独占す るのは気が引ける・・・ そこで、大下は村田にも、この至福を分け与えることにした。 「と言う訳でだ村田よ!ここでクイズを一発!キリキリと答えぃ!!」 「オッス!」 「さぁ!いきなりジャンピングチャンスだ!」 「うぉぉ!?そればかりはご勘弁をッス!!」 「いいや許さん。問題!砂のある所と言えば、さぁ何処!?」 「うぅーーーーー・・・ズバリ!砂屋さんッス!(ガズン!)・・・オフゥ」 「ブブーーー!ハズレじゃぁ!それではヒント!砂が自然に沢山ある所と言えば!?」 「う〜〜〜〜〜・・・う゛!今度こそ判ったッス!」 「ハイ!村田幽邃君!!」 「鳥取砂丘ッス!!(スパパパパパパパパン!!)フフフ・・・電光石火の往復ビンタ も素敵ッス・・・股間にビリビリ響くッス♪」 「やれやれだ・・・村田よ、ここは異世界だと言う事を、改めて肝に銘じておくのだ。 さて、クイズの正解は海だ!砂浜じゃぁあ!!あそこに砂はうねっておる!!」 「な、なるほど!ブラボーーーーッス!」 「ワシは町人から海の方向を聞き、今、間違いなく海に向かって歩いているのだ!!」 「ワンダフル!パワフル!リバーシブル!やっぱり兄貴は最高ッス!」 「今、ちょっと違う英単語があったような気がするが、まぁよい。それ!一刻も早く、 由香里嬢さんを見つけだすぞ!何しろワシらの命もかかっていることも、努々忘れる ではないぞ!?」 「判っているッス!!これ以上、由香里嬢さんに何かあったら殺されるッス!」 「その通りだ!このままではワシらは間違いなく『龍と夏美姐さん』によって殺される であろう。よいか村田!?『龍か夏美姐さんに殺される』じゃあナイところが大切な ポイントなんじゃぞ?!」 「つまり!『龍兄貴or姐さん』じゃぁなくて『龍兄貴and姐さん』の手によって、 あっしと兄貴は冥府魔道に送り届けられると言うことッスね!?」 「そうだ!しかも書留の速達の内容証明と配達証明書付きだから、間違いなく届けられ るであろう!!」 「と言うことは、もしもの時でも?」 「無論、完全保証じゃあ!しかも無期限で!」 「それは心強い(なにが?)ッス!・・・時に兄貴!」 「ん?なんだ?」 「魚の餌と鳥の餌。どっちが苦しいッスかね?」 「それはやはり・・・生きたままでの鳥・・・いや待てよ。水面から顔だけを出され、 身体がふやけたソコに鮒(ふな)や鰻と言うのも・・・」 と、まぁ・・・結局の所は大下の頭の中も筋肉で出来ている事が証明されたのだが、 この大下、運が強いと言うか、悪運が有り余っていると言うか・・・ 実は今、大下と村田が進んでいるのは、町人から教えてもらった海の方角ではなく、 例の砂漠の中の奴隷市場への道をひたすら進んでいるのだ。 それも、アッシュの聖域「闇の森」の中を経由して・・・ さて、一方の和美達はと言うと・・・ 「うーん・・・綾子、コレなんかどう?」 「まぁ和美さん、素敵なのを見つけられましたわ♪それでは、私はコレなど・・・」 「ちょっと地味すぎない?」 「そうですか?」 実は2人は今、町の中のとある店で買い物をしている。 本来ならば、大下達の後を追って由香里の事を探しに行かなくてはならないのだろう が・・・大下と村田の強力すぎるコンビが由香里を探しに行っているのだ。 結果はともかく、あの二人のことだ・・・そう簡単に死ぬわきゃぁない。 それに迂闊に動けば、また大下達とはぐれてしまう・・・ ソレならばと、和美と綾子はショッピングに出かけたのだ。 きゃーきゃーと騒ぎながら品物を選んでいる所は、やはり女子高生であるが・・・ 「よし、私はこれ♪」 「私は・・・これにしましょう☆」 和美は大きなバルディチェ(ロシアの長柄戦斧)の様なモノを、綾子は新しい魔法の 杖を手にレジに向かった。 最近の「じょしこうせい」の買い物も、随分と様変わりしたモノである・・・ さてさて、酒場兼宿屋に残された早苗とマリンはと言うと・・・ 「ねぇマリンちゃん」 「はい?」 食事の後片づけをしていたマリンに、早苗は部屋の一角のドアを指差した。 「・・・お風呂に入りたいんだけど・・・」 「はい。それでは起こして・・・」 「うーん・・・まだ身体のあちこちイタイから、一緒に入ってくれる?」 「・・・あの、そればかりは・・・」 だがマリンは小さな声でそう呟くと、俯いてしまう・・・ 早苗はそんなマリンの行動を「きっと照れているんだ」と勝手に解釈をしていた。 「お願いだよぉ・・・お風呂ぉ・・・」 「・・・判りました・・・」 うるうると瞳を潤ませる早苗に、マリンは遂に折れた・・・ ついでに隣の部屋の孝司はと言うと・・・ (がさごそ・・・) おんや?全身に包帯をグルグルと巻いているクセに、ベッドから降りて何やら自分の 荷物を掻き集めている。 服もパジャマからちゃんとしたモノに着替えており、何処かに出かけようとしている 様に見えるのだが・・・ 「よし、コレで準備はいいな・・・行くか」 そう呟くと部屋から出てしまった・・・やはり出かけるらしい。 そのケガで一体、何処に行くと言うのだろう? 孝司は部屋を出ると階段を下り、そのまま酒場から出る。 そして、脇目もふらずに道を進んで行くところを見ると、どうやら行く先が決まって いるらしい。 「・・・」 無言で・・・まぁ、孝司一人なのだから当然と言えば当然ではあるが、とにかく孝司 は黙々と道を歩んでいく。 一昨日にアッシュに潰された酒場の前を通り過ぎ、同じく兄貴達に潰されたメシ屋の 前を通り過ぎ、和美達の泊まった例の連れ込み宿の前で客引きをしていたおねーさんに チョットだけ足を止めたが、それを振り切って更に歩く。 そして、ようやく辿り着いたのは・・・ 「とりゃああああ!」 「せやあああああ!」 「どりゃああああ!」 「もいやああああ!」 目指していたのは、大下達と共に来る途中で見つけていた「道場」であったのだ。 開け放たれた門から、中庭で行われている稽古の様子が見える。 生徒は皆、揃って屈強であり、その手に握られた木刀や棍棒、果ては実剣までを振り かざし、孝司の目には、とても実戦としか思えない様な稽古をしていた。 そして、そんな道場の前に孝司は仁王立ちになると・・・ 「・・・た、たのもぉ〜・・・」 あまりにも情けない声を出す孝司だが・・・正気なのだろうか? これだけのケガをしている上に、孝司の現在のレベルは、たったの10なのだ。 まぁ確かに、孝司も「異世界の住人」であるのだから、この世界では3倍強の強さと は言え、随分とムチャをするもんだ。 「せやぁ!」 「おらぁ!」 「あちょいさー!」 「・・・」 だが、幸いにも孝司の声には誰も気が付かない。 孝司はもう一度、呼びかけようと大きく息を吸い込んで・・・ 「すぅーー・・・」 「あれ?孝司じゃない?」 「まぁ孝司さん」 「げほげほげほげほげほげほ!!」 激しく咳込む孝司に、新しい武器と買い物袋を抱えた和美と綾子は首を捻っていた。 大下と村田が森の中を彷徨歩いてから小1時間も経ったであろうか?さすがの兄貴達 にも休息が必要となった。 大下は大きな倒木に腰を下ろすと、ハンカチを取り出し額の汗を拭う。 「ふぅ〜〜・・・村田よ、ココいらで一休みをして、筋肉から滲み出た乳酸菌を抑えよ うではないか?血液中の活性酸素のヤツも悪さをし始めたようであるしのぉ」 「そッスね。ついでに不足したグリコーゲンを回復させる為に、糖分と塩分と水分も補 給しておいた方がいいッス!そこで兄貴、是非ともコレを飲んでみてくだせぇ!全て の条件にぴったりの、ご都合主義ドリンクッス♪」 「ん?」 「えーと、確かぁ・・・(がさごそ)あったッス!兄貴、どうぞッス!」 村田は何やら自分の背負っていたリュックからジュースの缶を取り出し、隣の大下に 手渡してきたのだ。 大下はそれを受け取ると、ラベルも見ずに蓋を開ける。 「お前は(カシュッ!)ホントに缶ジュースが好きだな?」 「オッス!・・・でも、兄貴の方が・・・(ポッ)もっと好きッス♪」 そんな頬を赤らめる村田に大下は何も答えず、無言でジュースを一口・・・ 「(じゅる)むぉ!?(ブオ〜〜〜〜ッ!)」 飲むなり口と鼻から豪快に噴き出した。 「なななな、なんじゃこりゃああああ?!」 「兄貴?!どうしたんッスか?!まさかジュースが口から咽頭を経由し、更には一気に 気管支にまで入ったんッスか?!」 「い、いや!も、もっと凄いコトなんじゃぁ!」 「ど、どんなッスか?!」 「ナニか固いモノがいきなりワシの喉の奥に激しく当たったかと思うと、それに続くか の様にして流れ込んできたドロリとした液体が口の中を駆け巡り、そして思わずソレ を飲んでしまったのじゃあぁ!味の方もさることながら、ナニかいろんな意味で凄い イヤなカンジだぞぉぉぉ!!」 大下はそう絶叫を挙げながら地面で転がり回っていたが、やおら跳ね起きると、その 凄まじい味のした缶のラベルに目をカッと見開く! そのラベルには・・・ 「兄貴!?まさか『塩からの甘づくり』は嫌いだったんスか?!でも、絶対に好き嫌い はシナイって、あっしと固く誓い合ったじゃないッスかぁ!?」 「そーゆー以前の問題じゃぁ!コレは次元の違う飲みモノだぞぉ!?」 「そッスか?あっしは旨いと思うんスけど・・・あ。兄貴、鼻からイカの足が・・・」 「えぇい!こんな恐ろしいモン(ポーーーイ!)こーしてくれる!!」 「あぁ!?ワシの塩からジュースがぁ!(バシッ!!)わわっ!?」 慌てて投げ捨てられた『塩からの甘づくりジュース』の缶を・・・にしても、こんな モン何処で売ってたんだ?・・・追いかけた村田であったが、突然、その伸ばした手に 電撃を感じて慌てて引っ込めたのだ。 「どうしたのだ村田!?」 「兄貴!今、ココの部分から電気がビビっとエレクトリックさんだーッス!」 「なに?!」 試しに大下も村田の指差す空間に、指先を伸ばしてみると・・・ 「(バシッ!!)おぉ!?確かに・・・コレはもしや・・・」 「もしや・・・あ!判ったッス!!」 「お前も気が付いたか。うむ、肉体ばかり極めた今、よーやく精神も発達したか」 舎弟の成長ぶりに、思わず腕組み、涙する大下だったが・・・ 「あ(バシバシバシバシバシ!)あ・あ・あ兄貴ぃぃ〜〜〜〜!な・か・な・かイイ! 電気マッサージ機ッスぅぅ☆肩こりがほぐれるッスぅ〜〜〜♪」 電撃に頭から突っ込み、恍惚とした表情をしている村田の姿に、今度はあまりの情け なさに涙する大下。 「はぁ〜・・・お前というヤツは、どうしてこうも人類の進化の輪から外れてしまった のだろうか?・・・だが本気でソレをやっているのには脱帽だ・・・ええぃ村田よ! よく聞くのだ!」 「は、はいぃぃぃ♪よ、よく効くッスぅぅぅぅ!!」 「いい加減にせんかぁぁ!!(カッキーーーン!)それは結界じゃぁ!!」 大下の豪快なフルスイングにより、村田は次々と結界を破りながら、綺麗なアーチを 描いて森の奥へと飛ばされていく・・・文句無しの場外ホームランだ。 「(バチバチバチ!)いやっほーーーー!!あ゛?!」 絶叫をあげながら、暫しの空中遊泳を楽しんでいた村田であったが、その視界に何や ら奇妙な黒いモノが視界一杯に広がってきて・・・ 「あーにーきぃーーー!ココに水たまりがあるッスーーーー!(ざっぷーーーん!)」 「何だと?」 大下は村田を弾き飛ばした大木を投げ捨てると、派手な水しぶき上がった所に駆けて いった・・・ その頃・・・ 「(ちゃぽん)・・・」 マリンと共に湯船に浸かっていた早苗は、自分の軽率且つ無神経な行動を改めて悔や んでいた。 ・・・しんじらんない・・・マリンちゃん・・・かあいそ・・・ 黙りこくったまま、早苗は側のマリンをチラリと見る。 「・・・」 まさか・・・まさかアレほど明るく振る舞っていたマリンに、この様な過去があった とは、夢にも思っていなかったのだ。 それは、時を少々遡り、早苗がマリンを説き伏せ、自らの欲望の為に入浴を共にしよ うとした時の事であった・・・ マリンは早苗を脱衣室まで担ぎ、早苗の包帯と衣服を脱がし終わり、自らのブラウス に手をかけたのだが・・・ 「あ、あの、早苗様。私の身体を見ても・・・驚かないで下さいね」 「え?あ、うん。別に・・・」 ・・・まさか、その服の下にはナイスバディが隠されてるんじゃ・・・じゅる♪ わき出してくるヨダレを堪えながら、まるで好色なオヤジの様な事を考えている早苗 であったが、スルスルと脱ぎ捨てられた衣服の下からマリンの肌が現れた時・・・ 「・・・?!」 早苗は思わず息を飲んだ。 「・・・あまり・・・見ないで下さい・・・」 悲しげにそう呟くマリンの身体は、決して無垢なものではなかった・・・ それは「痕」・・・ そこにあったのは、全て「痕」だ・・・ 痣や切創はモチロンのこと、火傷や裂創、刺創や擦過創(擦り傷のこと)果ては獣の ものと思われる歯形まであるのだ。 これは、これまでに様々な体験(そっち方面以外でも)をしてきた早苗でなくとも、 一目で解るマリンの過去・・・ つまりは「虐待」の痕だ。 「マ、マリンちゃん。そ、その傷・・・」 思わず声が裏返る早苗に、マリンは目を伏せる。 「・・・早苗様。入りましょ・・・」 マリンは、ただそれだけを呟くと早苗の手を引き、浴室に足を踏み入れた・・・ 浴室の中は狭く、早苗と身体を密着させるような形をとりながらも、マリンは慣れた 手つきで早苗の身体を洗ってくれる。 だが、それは「看護」や「介護」の形式とは明らかに異なった洗い方であった。 丹念に石鹸の泡を立てたタオルで、早苗の身体を優しく撫でていく。 そして、時には素手で早苗の胸や腹は勿論の事、顔や耳、挙げ句は局部にまでも指を 這わすようにしている・・・これは「奉仕」だ。 しかも看護人や、その手の職業のソレではなく、忠実な「奴隷」の奉仕の仕方である のだ。 そのあまりの巧みな指先に、思わず為すがままにされていた早苗であったが、ふと、 我に返ると、思わずマリンの手を取った。 「マ、マリンちゃん・・・もういい!もう、いいよ!!」 思わず声が大きくなっていたらしい。 大声でそう叫んだ早苗に、マリンはビクリと身体を震わせると、タオルを握りしめて その場に土下座をして哀願する。 「ひっ!す、すみません!何かお気に触る事をしたのなら謝ります!だから・・・お願 いです・・・殴らないで下さい・・・ひっく・・・ぶたないで・・・」 「な、殴るだなんて!早苗、そんな乱暴なコトしないよぉ!」 「でも・・・でも・・・私・・・わたし・・・」 「マリンちゃん・・・大丈夫、早苗はそんなコトしないよ・・・」 ひたすら泣きじゃくるマリンに、自分が泣き出したいのを必死に堪え、早苗はマリン の両頬をそっと挟み込むと唇を重ねる。 早苗はマリンの「身分」を瞬時に悟ったのだ。 ・・・マリンちゃんは・・・奴隷だったんだ・・・ そう、彼女の身分は「奴隷」・・・ 元の世界でもかつてはあった、忌まわしき制度。 人間が人間の価値を決めた、悪しき記憶・・・ 今や抹殺されるべき制度だ。 しかし、ここは異世界・・・奴隷は存在するのだ・・・ 「早苗様・・・御奉仕・・・させて下さい」 早苗が唇を離すと、そう言って潤む瞳で早苗を見つめるマリン。 だが早苗は首を振った。 「ううん・・・違うの・・・違うんだよ・・・さ、一緒に暖ったまろーね♪」 早苗はそう言って、マリンと共に湯船に身体を沈めたのである・・・ しかし、早苗の頭の中はそれどころではない。 あまりの出来事に、思考回路が混乱をしているのだ。 ・・・あのまま・・・あのままマリンちゃんに続けてもらってたら・・・早苗も・・・ かつみセンセや、夏美さんみたいになっちゃうのかなぁ?2人とも「する」のも 好きだけど「させる」のも好きだからなぁ・・・あ、それよりも、この事は大下 さんは知ってるのかな?・・・でも、マリンちゃんの裸を見る様なヒトじゃない し・・・黙ってよっかな・・・それよりも先に、綾子ちゃんにお願いして、傷の 手当を・・・んにゃ、マリンちゃんにこんな傷を負わせた人達を村田さんに頼ん で、社会復帰が出来ない身体と精神に・・・ムキーーー!腹が立ってきたぁ?! などと、頭に血を上らせるような考え事をしていた早苗に、マリンはゆっくりと立ち 上がると、その腕を引っ張ってきた。 「早苗様。そろそろ上がらないと、のぼせてしまいますよ?」 「え・・・あ、そだね(クラッ)って、あれ?」 マリンに腕を引かれ、湯船から立ち上がった早苗であったが、その視界が・・・ 「あれあれれれれれ?フ、フニャァ〜〜〜〜、ぐるぐるだおぉ〜〜〜(ザブン!)」 「早苗様?!」 さて、場面は再び和美達。 「孝司、大丈夫?」 「大丈夫ですか?」 「ぜぇ、ぜぇ、だ、大丈夫だ」 ようやく咳が治まり、大きく深呼吸をして息を整えている孝司を見ながら、買い物帰 りの和美と綾子は顔を見合わせていた。 「ねぇ、私達・・・なんか悪いコトした?」 「い、いや別にそんな事はないが・・・タイミングが・・・」 「タイミング?孝司さん、ここで何をされていたのですか?」 「・・・うっ」 綾子のその言葉に、返答に詰まる孝司だが・・・和美が問いつめる。 「孝司、何をしようとしてたの?」 「いや・・・その・・・ちょっと、かる〜く・・・道場破りなんぞをして、経験値でも 稼ごっかなー、なんて思ってな。ここで戦えば、なんかこう・・・いかにもレベルが 上がるって感じがするだろ?」 「・・・」 目がテンになってしまう和美と綾子・・・ 「た、孝司。ちなみにレベルは幾つなの?」 「えーと・・・あれ?わかんねぇや。でも、なんとなーくレベル50位かなーって」 「・・・あの、私と和美さんでも、レベル48なのですが・・・」 「・・・え゛」 綾子の言葉に、今度は孝司の目がテンになったが、直ぐさま深い溜息をつく。 「・・・そっか・・・やっぱ和美達は最初からレベルが高いのか・・・」 「ちょっとぉ、それどーゆー意味なのよ。そんな訳ないでしょ」 「それもそうだな。か弱い篠原もレベル48って言ったもんな」 「・・・ほぉ・・・ふんっ!」 「(ぐりぐりぐり)NO〜〜っ!!傷口がぁああああ!!」 「か、和美さん!」 「ったく・・・私が見た感じでは、いいとこ・・・そうねぇ、レベル10前後かしら? 孝司も少しはレベルアップしたらどう?技も覚えないわよ」 ようやく孝司の傷口から押しつけていた拳を離した和美がそう言うと、孝司は傷口を 押さえながら口を尖らせた。 「しょーがねぇーだろ。いくら戦ってもレベルアップしねぇんだから・・・にしても、 おっかしいんだよなぁ・・・ふつーのゲームだと、戦っているウチにレベルが勝手に 上がる筈なんだが・・・」 「あ・・・そっか。孝司は知らないんだ」 そうであった・・・ 和美達は最初に立ち寄った村で、レベルアップの為のアイテムを貰い、この世界では 普通のゲームと違い、レベル神なる存在によってレベルを上げてもらう事を知っていた が、孝司はそれを知らなかったのだ。 「それでは孝司さん達はここに来た時のままのレベルで・・・今まで?」 「あぁ。敵は殆ど大下さん達が片付けていたから・・・時々、喰ってたし」 「・・・あの人達、レベル幾つなの?」 「・・・さぁ?」 「あの、それでしたら、コレを・・・」 綾子がそう言って取り出したのは、一個の虹色をした宝石が付いた指輪・・・ 「これは?」 「はい。先程の武器を買ったお店で、おまけとして頂いたのです。なんでも、レベルを 上げてくれる神様が出るとか・・・」 「本当か篠原?!」 「えぇ・・・ただ、お店の人には、毎回神様が変わるから、レベルが上手く上がらない 時があると言われたのです。それでもよろしければ・・・」 「あぁ!構わねぇよ!!」 今の孝司にはそんな贅沢は言っていられない。 鬼が出るか蛇が出るか・・・まぁ、神様が出ることは間違いないのだが、孝司は綾子 から指輪を恐る恐る受け取ると、早速、指にはめ、レベル神を呼び出すことにした。 「んで、どうすればいいんだ?呪文か何かあるのか?」 「ううん。ただ、レベル神様に来て下さいって言えばいいの」 「そ、そうなのか?それじゃ・・・あ、あのレベル神様。もし、お忙しくなかったらで よろしいですから、お出で願いたいんですけど・・・」 「・・・随分と卑屈ね」 そう和美が溜息をついていると、宝石から輝かしい光が・・・漏れず、随分と控えめ な光がこぼれ、何かが弾け損ねた様な音と共にレベル神が姿を現したのだ。 「(ぽしゅ)あ、あの・・・お、お宅さんですか?私を呼ばれたの?」 だが、姿を現した中年男のレベル神の格好は・・・あまりにも情けなかった。 ボサボサの頭に、継ぎ接ぎのある着古した背広。 それに足には中年オヤジが好んで履く、茶色の健康サンダルを履いているのだ。 そして、その背中からは和美達のレベル神であるウンディーネの様な後光は射してお らず、代わりに安っぽい居酒屋のネオンの様な光を放っている。 その姿はレベル神と言うよりも・・・どちらかと言うと貧乏神だ。 それでも相手は「神様」と言うこともあって、孝司はペコペコと頭を下げる。 「あ、は、はい!あの、すいませんがレベルを上げて欲しいのですが・・・」 「あの、別に構わないんですけど、お時間の方はよろしいのですか?もし、お忙しけれ ば後でこちらから伺いますが・・・」 「いえ!トンでもないです!こちらこそ、レベル神様のご都合も考えずに・・・」 「いえいえ。私なんか年中ヒマでして、今も競馬中継を見ていたところで・・・」 「す、すいません。せっかくのお楽しみの所を呼び出したりして・・・」 「とんでもない。コレが私の仕事なのですから・・・で、でも、本当に私でよろしいの ですか?私なんかより、もっとウデのいいレベル神を・・・」 「いいえ、とんでもないです・・・」 そう言いながら、2人でペコペコと頭を下げ合うと言う、あまりにも低姿勢な2人の やり取りに、目をテンにして見ていた和美と綾子であったが、和美の方が先に深々と溜 息をついた。 「・・・あの、なるべくなら早く・・・」 「あ、どうもスイマセン。いやぁ、お連れの方を退屈させてしまったようで・・・」 「そんな事はありませんよ。わざわざレベル神様にお出で頂いたのですから・・・」 「でも私、結構要領が悪いと言いますか、そのなんと言いますか・・・」 「そんな、レベルを上げる事が出来るなんて、素晴らしいことで・・・」 更にまどろっこしい会話を続ける孝司とレベル神・・・ 当然、和美の額に、ガン筋が浮かび上がってきた・・・ 「いやぁ、私を使ってもらえるなんて、恐悦で・・・」 「いえいえ、こちらこそ・・・」 「なんでもイイから早くしてくださーーーい!!」 「ひぃぃぃぃ!ゴメンナサーイ!ま、まとめてレベルアップしますぅ!クラスチェンジ もさせていただきますぅ!新たなクラスは『ストリートファイター』で、特殊技能は 『逆境』ですぅ!それじゃ、さよならぁ!」 遂にブッ千切れた和美の怒鳴り声に、レベル神は悲鳴を上げ、孝司のレベルを一気に 上げてしまうと、全力で宝石の中に姿を消してしまった。 「お、おい・・・何もそんなに怒らなくたって・・・」 「そうですわ和美さん。何も怒鳴らなくたって・・・」 「ぜぇぜぇ・・・ごめん・・・でも・・・なんか、胃に穴が空きそうで・・・」 こうして孝司のクラスは『高校生』から『ストリートファイター』へ変わり、レベル はめでたく10から15となったのだが・・・ 随分と時間をかけた割には、あんまり上がらなかったな・・・ 4 「よっこらせっと」 「ふぃ〜〜・・・一汗かいた後の水浴びは、また格別ッス♪」 大下に吹っ飛ばされ、強力な筈の結界を簡単にブチ破り、更には着地地点にあった泉 に頭から突っ込んでいた村田だが、ようやく大下に引き上げてもらうと、何処からとも なくタオルを取り出し、身体に付いた水を拭っていた。 だが、その村田の身体に付着していた水は・・・黒い。 みるみるウチに、村田の使っていた真っ白いタオルは黒くなってしまっていた。 「ヤヤ?!財目土建からバイトの時に貰ったタオルが、真っ黒ッス?!」 「これは珍しい。黒い水か・・・む?うーむ、そういや何かの文献で見た事があるな。 それは確か・・・ヘリウム・・・いや、ナトリウム炭酸・・・何であったかの?」 そう言って、大下が泉の前で腕を組んで必死に記憶をほじくり返していたその時。 「ナトリウム炭酸水素塩よ・・・」 「おぉ、そうであった!・・・って・・・ゆ、由香里嬢!!」 「由香里嬢様?!ここにいたんスか?!」 声のした方を振り向くなり、大下と村田は驚き叫ぶ。 何と!声と同時にユラリと大木の陰から姿を現したのは、行方不明になっていた筈の 由香里であったのだ! (ジャキッ・・・) そんな由香里が木に掛けた左腕から金属の軋む音が聞こえる。 その音に大下と村田の僅かな記憶容量(8キロバイトRAM)しかない脳みそから、 昨日に綾子から聞かされた話が思い起こされた。 「由香里さん・・・邪妖精と戦った時・・・左腕を失われたのです」 大下と村田は、そんな由香里の左腕に気がつくと、漢泣きに涙を流す。 「おぉ・・・おいたわしや・・・あっしらが居りながら、その様なお姿に・・・」 「も、申し訳ないッス!」 だが、由香里は木にもたれ掛かると、村田と大下を冷ややかに見つめている。 「あんた達・・・誰?・・・どうして獣がここにいるの?」 「そ、そりゃぁモチロン、由香里嬢様を捜しにッス!」 「・・・結界が張ってあった筈だけど・・・」 「ナンのあれしき!ささ、早いトコみんなの所に・・・」 大下と村田はそう言って、オズオズと由香里に頭を下げたのだが、由香里はまったく 動こうとはしないばかりか・・・ 「みんな?・・・みんなって・・・誰?」 近寄ってくる大下と村田に、そう首を傾げて見せたのだ。 そんな由香里の態度に大下と村田は顔を見合わせる。 「ん?村田よ・・・由香里嬢さんの様子がおかしくはないか?やはりメガネが無くては ワシらのコトがわからんのでは?」 「もしかしてゴキゲン直角なのかもしれないッス。ここは一発ワシにお任せッス♪」 「任せた」 村田は由香里の前にスッと歩み出ると、リュックの中から酒瓶を取り出した。 「あの、由香里嬢さん。これプレゼント・ふぉー・お嬢さんッス♪」 「ん?あんた、随分と気が利くわね・・・」 「あ、あと、今から肴を造るッス・・・」 村田はそう言ってキチンと正座をすると、悠然と酒を飲む由香里の前でリュックの中 から、次々と材料を取り出し始めた。 「ま、まずは鍋を・・・」 続いて皿、ガスコンロ、コップ、調味料、そして一匹の魚・・・コイツのリュックは 持ち主同様に侮れない・・・を取り出し、由香里に向かって一礼をする。 「こ、この魚でフルコースを作るッス♪」 「ふ〜ん・・・」 「で、では早速・・・」 村田は再び由香里に向かって一礼をすると、おもむろに魚を布巾で包んだ。 「水切りでもするの?」 奇妙な行動に首を傾げていた由香里であったが、村田はナニも言わず布巾で包んだ魚 を両手で握りしめると・・・ 「せぇのぉ!(ギューーーー!ボキ!パキ!グチュグチュ!チューーー!)ッス!」 「ひぃ!?」 いきなり魚を「搾り」始めた村田に、由香里、思わず硬直。 そして、布巾から滴り落ちる赤黒い液体でコップが満たされると、村田は平然として 由香里に差し出した。 「んん〜〜〜(ギューーー・・・ポタポタポタ・・・ピチョン!)へい、お待ちッス! まずは一番搾りをどうぞ♪」 「お、お前が飲め!」 「い、いえ、遠慮しておくッス!続いてコレでつみれ鍋を・・・」 「か、帰れ!今すぐ森に帰れ!」 「あ、あの、お願いッスから、あっしらと一緒に皆さんのトコに帰ってほしッス。和美 嬢さんや綾子お嬢様達も心配してるッス。それに、これ以上、由香里嬢さんにナニか あったら・・・龍兄貴と夏美姐さんに殺されるッス」 「(ゴクッ)・・・龍・・・」 料理の動揺を抑えようと、必死に酒を飲んでいた由香里であったが、村田の口から漏 れた「龍」の一文字を耳にした、次の瞬間! 「ですから(ドガしゃん!)?!由香里嬢さん、ナニを?!村田!大丈夫か?!」 「ちょ、ちょこっと痛かったッス(ピゥ!)おわ?!」 突然に由香里に叩きつけられた酒瓶に頭を押さえていた村田であったが、続いて襲い かかってきた凄まじい「殺意の風」に、反射的に頭を引っ込める! (ブォン・・・) 空間が震えた・・・ そんな表現としか表しようのない、凄まじい突風が村田の頭上を掠めていったのだ! (ちゃきん・・・) そして突風が過ぎ去った後に聞こえたのは、由香里が妖刀春雨を鞘に戻す音・・・ 一瞬の抜刀撃だ。 「・・・そうか。貴様らが『異世界の戦士』か・・・ならば死ね!」 見れば由香里の目は尋常ではなかった。 いつもならば、切れると真っ白になる筈のメガネが無いため、今は狂気の瞳が光って いる。 狂眼の由香里に大下と村田は後ずさった。 無論、退ったのは狂眼のせいだけではない・・・ ジリッと間合いをつめてきた由香里から、莫大な「殺気」が噴き出してきたのだ! 「あ、兄貴ぃ!こりゃヤバイッスよ!?夏美姐さん並みの殺気ッス!」 「由香里嬢さん!お気を確かに!!ワシらがわからんのですか?!」 由香里が相手では、さすがの兄貴達も手出しが出来ない。 何しろ、由香里にケガをさせるという事は、自分達の死を意味するのだから・・・ ま、ここは一つ漢らしく全てを綺麗サッパリと諦め、黙って由香里に討たれてやるの がベストであろう。 どーせ由香里に手出しをすれば、元の世界で龍と夏美に殺される訳でありと、いずれ にせよ死ぬワケである。 それに、その方がナニかとスッキリとしているし、見た目暑苦しいコイツらよりも、 目元涼しげな綾子や、心身爽やかな和美や、愛くるしい早苗や、多少偏ってはいるが、 知的な由香里の話を持ってきた方が、数百倍もマシかと・・・ 「む?!そこッス!(ゴキャ!)フンッ!(バキッ!)」 「ん?村田よ。一体、ナニを殴ったのだ!?」 「うるさいナレーションっス!」 あいたたた・・・村田のヤツ、ぜってぇ殺してやる。 あ・・・コホン・・・あ、さて。 場面は変わり、あまりにも無謀な事をしでかそうとした孝司を力ずくで説得(?)し た和美達が、孝司と共に酒場に戻ってきたところであった。 「ふぅ、着いた」 「あ、お帰りなさいませ!」 店の女将に軽く手を挙げて挨拶をすると、和美と綾子は階段を上るが、孝司の方は店 のカウンターに座る。 「ん?孝司、ご飯?」 「いや、少し喉が渇いたんだ」 「そう・・・あ、そだ。私達、部屋にいるから、大下さん達が帰ってきたら呼んでね」 「判った」 そして和美と綾子は自室のドアを開けたのだが・・・ 「ただいまぁ。早苗、おとなしく・・・?!」 「マリンさん、ただ今戻りました・・・?!」 「あ、お帰りなさいませ♪」 帰ってきた2人に、楚々と頭を下げるマリンだが、綾子と和美の目はテンになってし まっていた。 「あの、どうかされましたか?」 硬直している和美と綾子にマリンが頻りに首を捻っていると、ベッドの中で顔を紅潮 させて喘いでいる早苗を指差し、絞り出すような声でよーやく和美が呟いた。 「ま、マリンちゃん・・・さ、早苗に勝ったの?!」 「はい?」 場面は再び死闘を繰り広げている、由香里と兄貴達。 由香里は左手の義手の穴に妖刀春雨を差し込み、右手には軍刀を握りしめ、兄貴達に 猛然とラッシュを浴びせていく。 一方の兄貴達はと言えば、何とか由香里を取り押さえようとするのだが・・・ 「でりゃああああ!」 「あわわわわわ!?」 「おわわわッス!?」 光の筋と化した由香里の凄まじい斬撃に、兄貴達は踊る様にして身をかわしているの がやっとであった。 だが、無論それにも限度というモノが・・・ 「(シュピッ!)おあたぁ?!」 「(スピャッ!)おうッス!!」 身体のあちこちの薄皮が斬られる度に、兄貴達の悲鳴が漏れる。 それでも血が一滴も出ていないところを見ると、やはりコイツらの身体には不凍液か ボディーオイルが流れているに違いない。 「マズイな・・・村田よ。由香里嬢さんが右手に持っておる剣はワシらの世界の剣だ。 いくら頑丈なワシらとて、斬られたらタダでは済まないぞ?」 「判ってるッス。なにせ、元理事長の刀ッスから・・・龍兄貴ですら斬られた・・・」 「死ねえぇ!!」 「お(ブォン!)おわっ!あ、兄貴ぃ!このままじゃ本当に三枚おろしにされるッス! な、なにか良いお知恵はないッスか?!」 「と、取り合えず間合いをとるのだあぁ!」 「オゲぇッス!(シュタッ!)」 「むっ?!」 荒れ狂う疾風の様な由香里を取り押さえるのを一時諦め、大下と村田は大きくバック ステップをして由香里との距離をとった。 「ぜぇ、ぜぇ。兄貴、このままじゃ・・・マズいッスよ?」 「ふぅ、ふぅ・・・判っておる!・・・黙っておれ・・・」 珍しく息を乱しながらボソボソと話し合う兄貴達に、由香里はゆっくりと軍刀を腰に 戻し、小太刀に持ち替えると、その刃先を静かに向けニヤリとほくそ笑んだ。 「来ないのなら・・・こっちから行くわよ?」 「ちょっと待っていてくだせぇ!!」 「兄貴ぃ・・・」 「やもーえん。由香里嬢には悪いが『死なない程度の必殺技』を使おう」 「へいッス!由香里御嬢に『死なない程度の必殺』を・・・む〜?ナンか言葉に矛盾を 感じるッスが・・・取り敢えず、おっけーッス」 辛い気持ちを押し殺し、ゆっくりと技の体型を整える・・・筈だったのだが。 「ところで兄貴、どの必殺技にするッスか?」 「そうだな・・・『灼熱肉体鼓動』は使うわけにもイカンし・・・」 「そッスね。あれは危険ッス・・・んじゃ『七年殺しで』で動きを止めて・・・」 「・・・お前、あの技を御嬢に使えるか?」 「・・・失言だったッス」 相変わらず戦闘の真っ最中だと言うのにボソボソと話をするこの二人。 いつもならばそれも通用していたのだろうが・・・今度ばかりは相手が悪かった。 「(コォォォォ)・・・ハッ!」 十分に間合いを計りきった由香里が、一踏み込みで村田めがけて飛んできたのだ! 「あ゛!?」 鋭い横殴りの小太刀の刃が、村田の顔面に迫る! そして・・・ 「ッ!(ガッキーーーーーン!)」 「村田ああああ?!」 大下の絶叫と、金属と骨のぶつかりあう音が、闇の森の中に木霊した・・・ 死んだか?!村田?!いや、死ね! その頃・・・ 「うぅ〜・・・」 裕美はベッドの中で丸まりながら、腹部を押さえていた。 また・・・原因不明の腹痛が襲ってきたのだ。 「あいたた。なんでだろぉ〜?・・・この世界の食べモンが合わないのかなぁ?それと も・・・ひぃ、ふぅ・・・違うなぁ・・・予定ではあと1週間も先だしなぁ・・・」 自分の生理日の計算を指折りしてみるが、計算が合わない。 そんな原因不明の腹痛に身悶えしていた裕美であったが、今度は、一体、いつから自 分の腹痛は始まったのであろうかと考えた。 「えぇと・・・この世界に来たばっかの頃は、いたた・・・あぅ〜・・・お腹よりも、 傷の方が多かったなぁ・・・でも、アッシュに助けられてからは、何不自由なく暮ら していたっけ・・・」 ふと、裕美は懐かしむようにして、その時のコトを思い出す。 それはまだ、裕美がアッシュに拾われ、この城に来た時のこと・・・ 「・・・んっ・・・」 サラサラとしたシーツの感触に、裕美は静かに目を開けた。 「・・・ここは?」 周囲を見回すと、自分は天蓋付のベッドに寝かされていたようだ・・・ 豪華なのはベッドだけではない。 家具、調度品、絨毯・・・否、部屋そのものが豪華なのだ。 「・・・どっかのお城かな?でも・・・」 荒野で彷徨い、そして倒れ、「龍の幻影」を見た所までは・・・覚えている。 それを証拠付けるかの様に、裕美は自分の衣服を見下ろした。 ボロボロの衣服と身体・・・間違いは無い。 裕美は自分の力でこの部屋まで来たのではない・・・ 何者かによって、運ばれてきたのだ。 「一体誰が・・・」 と、そんな首を傾げる裕美に、語りかけてくる者がいた。 「裕美様・・・」 「え・・・あの、誰かいるのですか?」 突然の声に、周囲を見回す裕美。 だが、部屋の中には・・・誰も居ない。 「あの・・・どこにいるのですか?」 「ココです・・・」 「・・・どこです?」 「・・・あなたの影です」 「・・・へ?!」 その言葉に驚き、自分の影を見ると・・・ 「初めまして裕美様」 「ひっ!?」 なんと、影が「自分とは違う動き」をしているではないか!? 「きゃあああああ?!」 「あぁ・・・驚かせてしまい、申し訳御座いません・・・」 部屋の隅にまで飛んでいき、ガタガタと震える裕美の姿に、その場に取り残された影 は、深々と頭を下げる。 「あ・・・あなたは・・・誰ですの?!」 「私の名前はアッシュ・・・この城を造りし者です」 「このお城の・・・城主様?」 「いいえ。それは違います。城主は・・・裕美様。あなたなのです」 「え?・・・私が?」 その言葉に、ようやく影に悪意が無いことと、自分に危害を加えようとする者でない ことを悟り、裕美はそろそろと立ち上がる。 そんな裕美に、影はゆっくりと近づく・・・ 「そうです。私は今やこの様に肉体を失っており、主とはなれません・・・故に、私は あなた様を主として迎え入れたのです」 「でも・・・私、何も・・・ナンにも力が・・・」 「いいえ・・・私が裕美様の影となりお手伝いをいたします。なんでも・・・そう。も はや裕美様はなんでも出来るのです」 「え?・・・なんでも?」 「はい・・・なんでも」 自分は、なんでも・・・そう「なんでも出来る」と、影は言った。 それは甘美なる至高の呪文・・・ 誰もが追い求め、我が手中にせんとする究極の夢・・・ だが、その言葉に捕らわれた者により、実際の歴史上では、どれだけの多くの人間が 犠牲となったであろうか? 皇帝が、将軍が、提督が、総統が、独裁者が・・・ 全ての凶事の発端はそれぞれ違えども、最終的には「なんでも出来る」と言う言葉に 繋がるのだ・・・ 裕美とて・・・少し、冷静になって考えさえすれば、それが「どんな意味」を持つの かが理解できたであろう・・・ されど、既に「異世界に居る」と言う「非現実的な現実」が、裕美の思考力を吹き飛 ばしていた。 そう・・・この世界では、全ての「夢幻」が「現実」に変わるのだ。 既に、裕美の瞳も・・・輝きを失っている。 「そ、それじゃ・・・あ。でも、その前に・・・アッシュぅ。影とじゃなんか話しにく いよ。出てきてよ?」 「それでしたら・・・あなたが望む姿にもなれますが・・・」 「どうやって?」 「強く念じて下さい・・・私になって欲しい姿を・・・」 「・・・」 静かに目を閉じ・・・一人を念じる裕美。 「・・・強い・・・強い意思です・・・さぁ。もう目を開けても良いですよ」 「・・・あ・・・龍様ぁ」 裕美が念じた通り・・・そこに佇んでいたのは「龍」であった。 もはや「龍」は自分だけのモノなのだ・・・ 誰にも・・・誰にも「龍」は渡さない・・・ もし誰かが「龍」を欲しようとしたら? ・・・私は・・・「なんでも出来る」 そう・・・裕美の「夢」は、現実に一つ叶ったのだ。 もはや・・・後戻りは「無い」のだ。 全てが・・・前に「進んでいく」のだ。 そして・・・邪魔者は「排除」すれば良いのだ。 だから・・・もし「龍」の名を口にするモノがいたら、排除すればいい。 それから、アッシュは次々に「裕美の夢」を叶えてくれた。 まず始めに、アッシュは裕美にクリスタルの使い方を教え、火と石から邪妖精を復活 させ、食事に困らないように手配をしてくれた・・・ この世界の歴史と、これまでの自分達の経緯を教えてくれた・・・ アッシュとの生活を誰にも邪魔されない様に、近づく敵を蹴散らしてくれた・・・ 迫り来る和美達に、様々な手を尽くしてくれた・・・ そして、裕美はアッシュに肉体を与え・・・ そして、そして・・・ と、そこまで考えたその時、裕美の脳裏に鮮明に蘇った記憶があった。 「・・・あ・・・やだ。あの時から・・・」 それは、初めてアッシュに身を委ねた時の記憶・・・ 優しく裕美の裸身を引き寄せるアッシュの・・・ 夢にまで見た「龍」との一時・・・ 「そっか。えへ・・・アッシュと一緒に・・・あれ?でも、それからお腹が痛くなり始 めたっけ・・・まさか、赤ちゃんができ・・・る訳ないか。でも、なんでこんなに痛 いんだろ?」 そう呟き、何も知らずに再び腹部をさする裕美・・・ 何も・・・ そう・・・裕美は何も知らないのだ。 全ての裕美が叶えて貰った「夢」の代償に、大いなる犠牲が払われていた事も・・・ アッシュは「裕美の為」にではなく、「母の為」に「夢」を叶えていた事も・・・ 裕美のそれは「赤子」ではなく、「母」を宿していたと言う事も・・・ 全ては「時間と蜘蛛の巣」によって、準え(なぞらえ)ているに過ぎない事を! |