第6章


                   新兵器


                    1


 翌日・・・
 柔らかな朝の陽射しが、部屋のカーテンの隙間をかいくぐって潜り込むと、眠ってい
た人々の瞼を撫でて回る・・・
 その手に、暗闇に閉ざされていた目を擽られて、夢の世界から引き戻された人々は、
今日も一日が始まったコトを知るのだ。
 そんな柔らかな温もりに、和美はゆっくりと目を開いた。
「ん・・・朝かぁ(ゴシゴシ♪)あふぁ〜(ギュギュ)ん〜?(コキコキ)」
 そして目を擦りながらベッドの上で起きあがると、肩を揉みほぐし、一通り身体中の
間接を鳴らしてみる。
 筋肉や関節部分に痛みも怠さも無ければ、体調や気分にも不快感もない・・・
 疲労もいきなり来たが、回復の方も実に目覚ましく、バランスが取れたたっぷりの食
事と、たった一晩の熟睡が、心身を完全に回復させていた。
 もっとも、若さ故の高い新陳代謝率に、異世界の力が加われば、当然の結果と言える
であろう。
「んーーーっ♪・・・気分爽快☆」
「ふぁぁあああ・・・おっはよ和美ちゃん☆」
 と、その隣で朝日を浴びながら、早苗も目を覚ました。
 どうやら早苗も身体の調子はすっかり良くなった様で、大きなあくびをしながら目を
ゴシゴシと擦っている。
「おはよう♪・・・早苗、綾子も起こしてちょーだい」
「もう起きてますわ。おはようございます、和美さん、早苗ちゃん♪」
 綾子もまた、隣のベッドの上に起きあがると、髪を束ねていた。
 だが、綾子の隣で寝ている由香里だけは・・・まだ起きあがらない。
「綾子。由香里の様子・・・どう?」
「それが・・・正直言って、あまり良く無さそうです・・・あの、和美さん。今日は少
 し出発を遅らせた方が良いのでは?」
「まだ・・・ダメそう?」
「はい。由香里さん、昨晩はかなり魘されて、とても辛そうでした・・・おそらく、ま
 だ傷口が疼くのではないかと思います・・・」
 由香里と同じベッドで寝ていた綾子は、髪を束ね終えると、そう言って自分の傍らで
苦しげな表情で眠っている由香里の髪を撫でた。
「そっか・・・」
 自分達の身体の調子は良くなったが、由香里の傷は思ったよりも深い・・・
 もう少し、休んだ方が良いだろう。
 確かに、一刻も早く裕美を連れて、元の世界に戻りたいのは山々であるが、これほど
までに傷ついた由香里を、このまま連れて行くわけにはいかない。
「和美さん。それで・・・今日はどうしましょうか?」
 ローブを身につけながら尋ねる綾子に、先に衣服を着込んだ和美は・・・
「そうね・・・取りあえずは由香里を一度、ちゃんとした病院に連れていって、お医者
 さんに診せた方が・・・やっぱ、イイよね?」
「そうですわね。魔法で治療をしたと言っても、応急処置みたいなモノですし・・・」
「うん・・・それに、大下さん達とも合流しておいた方がいいと思うの」
「それが良いですわ・・・でも、大下さん達は一体、何処に?」
「問題はソレよね・・・」


 さて、その大下達はと言うと・・・
「ぅ・・・兄貴ぃ・・・痛いッス・・・」
 ベッドを二つ繋ぎ合わせた特製大型ベッドの上で、包帯でグルングルン巻きにされた
村田が、全身を襲う激痛に呻き声を上げてもがいている。
「辛抱するのだ村田・・・小僧、スマンが水を汲んできてくれ・・・」
「はい」
 差し出された水差しを片手に、孝司は個室から出ていった・・・
「村田さん。タオルを取り替えますね」
「・・・ぅぅ・・・情けないッス・・・」
 マリンは村田の額に乗せられているタオルを取ると、水で濡らして、再び村田の額に
そっと乗せる。
 既にお気づきで、信じたくは無い方もおられるかと思うが、実は兄貴達は・・・
「それにしても・・・ふーむ・・・コレが『病室』と言うモノか・・・」
 大下はそう言って、珍しそうに白い部屋に首を巡らせた。
 そう・・・兄貴達は今、「病院」にいるのだ!

 コイツらには、ぜっッッッっっっったぃぃぃに!!縁もゆかりも無い筈の「病院」!
 年に一度の健康診断以外は、まぁあーーーーーーったく!関係の無い筈の「病院」!
 「綺麗な看護婦」が居ても「華麗な医者」が居なければ来る事は無い筈の「病院」!
 どんな大事故にあっても、その強靭な筋肉で解決し、来る必要が無い筈の「病院」!
 如何なる病気も、持前の気合と根性で菌を溶解してしまい、来れ無い筈の「病院」!

 しかも「内科」や「泌尿器科」ではなく「外科」にいるのだ!
 そして、大ケガをしてココに入院をしているのは、先程の冒頭のセリフから読み取れ
る通り、「永遠の舎弟」で「不屈の肉体、不毛の理性」を持った村田なのだ!
 どうにも信じられない話だが・・・幸いにも、村田のケガは本当である。
 昨日の戦闘中に(バルキリー)のスーパーパンチを浴び、完全にひっくり返っていた
村田は、あの後、大下と孝司に助け起こされたのだが・・・
「か、身体が動かないッス!!」
 と言う事で、この病院に運ばれたのだ。
 そして、診察の結果・・・

・・・「普通の人間ならば、軽ぅ〜く30回は死んでいますね♪」

 と、医師から宣告され、やむを得ず入院をしたのであった・・・
 そんな村田を眺めながら、大下は苦々しげに呟く。
「それにしても、貴様がここまでやられるとは・・・あの女、侮れんな」
「うぅ・・・我ながら情けないッス・・・油断したッス・・」
「ゆっくり休んで下さいね・・・」
 だが、そう優しく微笑むマリンを、村田の目がジロリと睨んだ。
「な(ジロッ!)ナニぃッス?!」
「ひ?!・・・む、村田さん、どうかしました?」
「まさかワシが動けないこの隙に兄貴を・・・ズルいッス!卑怯ッス!姑息ッス!」
「む?!(ムカッ!)さぁさぁ、村田さん。少し眠りましょうねぇ♪」
「そんな優しいフリを(チャキン☆)ぅッス・・・」
 マリンは顔を引攣らせて微笑むと、手首に填めているのチャクラムの刃を村田の首筋
に押しつけながら、布団を直してくれたのであった・・・


 さて、和美達は由香里が自然に目を覚ますのを待ってから宿を出たのだが・・・
「(きゅるう〜♪)・・・和美ちゃん。お腹空いた・・・朝ご飯たびたい・・・」
「ん〜、そう言えば朝ご飯どころか・・・」
「もうすぐお昼ご飯の時間ですわね・・・」
 時は既に正午頃で、太陽は真上に来ているのだ。
 そんな、お腹を押さえて辛そうにしている和美達の後ろから、大きな欠伸をしながら
やってきた由香里。
 昼近くにようやく起きたくせに、まだ眠そうである。
「ふああああ・・・うぅ・・・なんでこんなに眠いんだろ?」
 とは言え、自分で歩ける程度の体力は回復しているらしい。
 これも異世界から来たおかげであるのだろう。
 そんな由香里に、和美は何気なく・・・
「疲れているのよ。取りあえず由香里、今日こそは『病院』に行ってもらうからね」
 と、言った次の瞬間。
「やだ(シュタタタタタタタタタタ・・・)」
 由香里、全力疾走。
 え〜と・・・この元気も、やはり異世界から来たせいだろう。
 今までの素振りから、急に駆け出すなどと予想だにしていなかった和美達は、次第に
視界から消えていく由香里の背中を呆然と眺めていた・・・
「・・・」
「・・・」
「まぁ・・・由香里さん、随分と元気になられたみたいですわね♪」
 綾子のその一言で、和美達はよーやく我に返る。
「ゆ、由香里!何処に行くのよぉ!!」
「由香里ちゃん!?」
「あ、待って下さい!」
 慌てて後を追って駆け出した和美達だが、既に由香里の姿は何処にも見えなかった。
 そして・・・
「ぜぇ、ぜぇ、ゆ、由香里の奴、とても病み上がりだとは・・・思えないわぁ〜」
「ふぃ、ふぅ、さ、早苗ちゃん、疲れたぁ〜」
「はぁ、はぁ・・・由香里さん、急に足が・・・速くなられましたわぁ〜」
 3人はしばらく町の中を走り回っていたのだが・・・揃って息が切れ、町の中央にあ
る広場で、大きく深呼吸をしていた。
 結局の所、由香里に巻かれてしまったのである。
 和美達は広場の真ん中にある噴水の縁に腰をかけると、途方に暮れた。
 これから、タダでさえ掴まりにくい大下達を探さなくてはいけないのに・・・
 コレで、もっと掴まりにくい由香里まで探さなくてはならなくなったのだ。
 早苗はモーニングスターを足下に投げ出すと、靴を脱ぎ、噴水の中に両足を浸した。
「あ〜ぁ(チャポン)ぅわ☆ちべたぃ♪・・・でも由香里ちゃん・・・ホント、ドコに
 行っちゃったんだろ?」
 それが判れば、苦労はない。
「由香里さん・・・まだ身体が完全に治っていないのに・・・」
 綾子も早苗の隣に腰をかけると、もう、大分近くにまで迫った・・・と言っても、実
際には後一つ山を越さなくてはならない・・・裕美の待つ、城の方を見つめる。
 これから先、如何なる困難が待ち受けているか判らない・・・
 その為にも、由香里にはしっかりと身体を治して欲しい・・・
 そんな考えと共に、綾子と早苗は溜息をついた・・・のだが、一人だけ、どうにも苛
立っている者がいた。
「ったく、由香里は・・・ほっっっっっっっンとに!!修学旅行の時といい、文化祭の
 時といい冬休みの時といい!どうして人の言う事を聞かないのかしら!?大体ねぇ、
 由香里は人の迷惑というモノを・・・」
 これは最早「苛立っている」と言うよりも、日頃の「グチ」である。
 和美がブツクサとこぼしているそこに、一人の人物がやってきた。
 それは・・・
「やれやれ・・・随分とゴキゲン斜めだな和美」
「え?!あ!孝司!?」
 ナンと、目の前の白い大きな建物から、水差しを片手にした孝司が出てきたのだ。
 和美は孝司に駆け寄ると、孝司の身体をあちこちパンパンと叩きまくる。
「孝司!あんた大丈夫だったの!?大下さん達から、モンスターの餌にされてたって聞
 いていたんだけど・・・」
「イテテ、そんなに叩かないでくれよ・・・まぁ大丈夫だ。ちゃんと大下さん達に助け
 てもらったんだけど・・・でも、その後に迷子になっていてね。あと俺もモンスター
 に襲われたりして、大変だったよ」
 だが、この元気ハツラツしている孝司を疎んじている者が・・・
「・・・エサになってりゃよかったのに・・・」
「・・・早苗ちゃん、いけませんよ・・・」
「ちっ・・・早苗、まだ生きていたのか?」
 じとーーーっと、和美の陰に隠れながら自分を睨み付けている早苗に、孝司は和美の
肩に伸ばしかけた手を自分の頭に持っていった。
 和美に触れた日にゃ、間違いなく噛みつかれる。
「それで孝司さん。大下さん達は今、どちらに?」
 心配そうにする綾子に、孝司は表情を曇らせた。
「実は・・・村田さんが大ケガしてね・・・今、この病院に『入院』しているんだ」
 これには和美達も驚いた。
 あの村田が「入院」とは・・・まぁ〜〜〜ったく、考えていなかったのだ。
「む、村田さんがケガぁ!?なんで!?大下さんと殴り合ったの!?」
「えぇぇ!?それじゃ、大下さんと村田さんが孝司を取り合って!?」
「そんな・・・とっても仲の良い方達でしたのに、ケンカなんて!?」
 確かに、和美達にはソレしか思い浮かぶまい・・・
 だが、孝司は首を振った。
「いや、凄く強い敵が現れたんだ。村田さんはそいつに手酷くやられてね・・・それよ
 りも早苗!さっきのはどーゆー意味だ?何で大下さんと村田さんが、俺を奪い合うん
 だよ!?」
「だって、孝司と村田さんって・・・和美ちゃんと早苗みたいな関係だから♪」
「なに言ってんだ。お前こそ、本当は和美に嫌われているんだぞ。大体だな、和美の方
 だって、何時もうるさく付きまとわれて迷惑してるだろ!?」
「フーンだ・・・でも、孝司ほど『迷惑』じゃぁないよ♪」
「なにぃ(ビシ!)!?」
 その早苗の一言に、孝司の額に「ガンすじ」が・・・
「ヘン、どうだかな?それに、俺はお前みたいな『変態』じゃぁない♪」
「あんだとぉ〜(ピキッ!)!?」
 今度は孝司の言葉に早苗の額に「ガンすじ」が・・・
「うっさい!この人生向かい風!」
「うっせぇ!この人生夢芝居!」
 おぉ?!言い争いが、随分とピンポイントになってきた。
 ココから「タダの言い争い」が、いつしか険悪なムードへと変わっていく。
「あにぃ〜?!この敗北主義者!(問題発言1)」
「なんだと?!このテロリスト!(問題発言2)」
 ちと・・・マズいンじゃないかな?
「お前なんか(ピィ〜〜〜♪)で(ピィ〜〜〜〜♪)だろうが!?(放送禁止用語)」
「あんたこそ(ドッカーン☆)が(ズダダダーン☆)でしょう?!(18禁用語)」
「ちょ・・・ちょっと?!」
「いけませんわ。この様な往来で・・・」
 この伏せ字だらけの発言に、周囲の人が振り返り、和美と綾子は顔を伏せる。
 そんな暫くも言い争っていた二人であったが、やがて、互いに罵る(ののしる)言葉
も少なくなったらしい・・・
「・・・負け犬(ギシッ!)」
「・・・化け猫(ギリッ!)」
(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!)
 遂にはその一言を最後に、互いに沈黙したままガンの飛ばし合いが始まったのだ。
 凄まじい闘志が渦を巻き、2人の間で音を立てて激しくぶつかり合う!
「ちょ、ちょっと2人とも・・・」
「お願いです、やめて下さい・・・」
 あまりにも凄まじい言い争いの果ての沈黙に、タダならぬ雰囲気を感じ、慌ててケン
カを止めようと足を踏み出してきた和美と綾子であったが・・・
「和美、篠原。少し離れててくれ。丁度良い機会だから、ここで鳧をつける・・・」
「和美ちゃん、綾子ちゃん。危ないから離れてて。孝司と決着つけっからね・・・」
 遅かった・・・
 そう言って、早苗は両手にモーニングスターとフレイルを握りしめ、孝司はポケット
からメリケンサックを取り出すと、こちらも両手に填めたのだ。
「今だけはココが異世界なコトに(ガチン!)感謝するぜ♪・・・」
「ホント☆ココなら殺人をしても(ギュム!)平気だモン♪・・・」
 互いに武器を握りしめ、間合いを測る・・・
 そして・・・遂に!
「せやあーーーーーーーーーぁ!」
「えぇーーーーーーーーーーい!」
(バコ!ボカ!ドコ!メキョ!バキッ!ガスッ!ドカッ!バチン!ガブッ!ブチョ!)
「あわわわ・・・」
「和美さん・・・」
 手を握り合った和美達の眼の前で、壮絶且つ世にも低次元な白兵戦が始まった・・・


 さて、その頃・・・
 和美の「病院」の二文字を聞くなり、脱兎の如く逃げ出していた由香里はと言うと、
まだテクテクと町の中をブラついていた。
「ったく・・・あたし、病院って大嫌いなのよね・・・あの『注射』ってのを考えただ
 けでも寒気がしてくるわ・・・」
 ブツクサと呟きながら由香里は、立ち並ぶ店を眺める。
 道具屋、武器屋、食料品店、そして酒場・・・
 いつもなら・・・お腹も減っているし、和美もいないし、左腕を無くした事もあり、
景気付けに酒場へまっしぐら!・・・と、いきたいところである。
 だが・・・パーティーの財布は、和美が総て司っているのだ。
 由香里はポケットに手を突っ込みながら肩を竦めた。
「む〜(ごそごそ)ない・・・見事に文無し・・・和美の奴に有り金の全部取り上げら
 れたからナァ・・・あ〜ぁ・・・誰か、この可哀想なあたしに、一杯奢ってくれる人
 はいないかなぁ?」
 などと、由香里がまるで街中でトロい中年のサラリーマンを探す、女子大生みたいな
セリフを吐いた、その時。
「うぎゃああああああああああああああ!!(ボキャ!)」
 凄まじい絶叫と、何かが弾ける様な鈍い音が響きわたった。
「へ!?なんだぁ?!」
 音のした路地裏の方に向かって走ると、既に路地裏は人がびっちりと集まっており、
そんな佃煮の様に固まっていた人をかき分け、一番前にまで出てきた由香里は、目の前
の光景に唖然とした。
「はい、ちょっとゴメンなさいね・・・おぉ!?」
「ぶ、ぶぶぶぶ、ぶっころしてやるぅ!」
「う、うわわっわあああ!(ごしゃっ!)」
「・・・む・・・」
 頭蓋骨がへしゃげ、飛び散った血と脳漿が近くの店の壁に鮮やかなレリーフを作る。
 どうやら・・・タダの乱闘らしい。
 肉の塊みたいにブヨブヨと太った男が、剣を持った男達3人を相手に、その丸太の様
な腕を振り回しているのだ。
 だが、その腕の太さは伊達じゃあない。
 何せ男の周りには既に5人分の肉塊が散らばり、異臭を放っているのだ。
 そして口からヨダレを垂らし、完全に目がイッてるその醜男に、由香里は気分が悪く
なってくるのを感じていた。
「うえっぷ・・・これ以上、ここにいたら目が腐る・・・」
 由香里は眼鏡をかけ直すと、この場を後にしようと思った時・・・
「ちくしょぉおお!誰か!誰かこいつを倒せないのか!?こいつは賞金首バルだぞ!!
 こいつには2万ゴールドの賞金が賭けられているんだぞ!賞金首2万のバルだぞ!?
 お尋ね者『破滅の風船』の、バルーン・ザ(プチュン!)」
 叫んでいた男の頭に図太い指が伸びたかと思うと・・・あっさりと握り潰す。
「ななな、何度も、ひひ、人の名前、呼ぶな」
 頭を潰した男・・・バルは、そう言いながら自分の服でゴシゴシと血と脳漿に濡れた
手を拭う。
 だが、ここにも血を拭っている者がいた。
「・・・あーあ・・・服に血が付いちゃった・・・」
 由香里がバルに歩み寄りながら、ハンカチで服に付いた血を拭っているのだ。
 そんな由香里に、バルは口から泡を飛ばして喚き散らす。
「な、な、なんだ!?こ、小娘、ナニしに来た!?」
 だが、由香里の方は悠然と右手で背負っていた軍刀の鯉口を切った。
「あんたに用があるのよ」
「な、なんの・・・用だ?」
「・・・今の言い方は正確じゃ無かったかしら?あたしが用があるのは(サリュ)あん
 たの(チャキン☆)その首よ」
 由香里はそう言い放つと軍刀を抜き出し、バルの顔に突きつける・・・

・・・うふ♪・・・賞金、賞金、賞金、2万ゴールド!

 だが、まだ状況を把握できていないバルは、自分の首を撫でて首を捻っていた。
「お、俺の首・・・お、俺の首は、話すこと、できねぇんだ・・・か、代わりに・・・
 おれの口じゃ・・・ダメか?」
「・・・ぁ〜」
 あまりにも間の抜けたバルの返事に、由香里が軍刀の柄で激しい頭痛のしてきた頭を
押さえていた・・・次の瞬間!
「(ゴウッ!ボン!!)・・・おろ?」
 バルは急に高くなった視界に、首を捻る・・・つもりであった。
 しかしそれは、既に不可能な事・・・
(ゴン!ゴロゴロゴロ!)
 バルは驚愕に目を見開いた。
 長年慣れ親しんでいた自分の身体が首から上が無く、しかもその首からは噴水の様に
血が吹き出しているのが見えるのだ。

・・・ち、血を止めないと・・・

 それがこの男の最後の思考であった・・・
 一方、由香里の方はと言うと、この突然の出来事に呆然と突っ立っていた。
 何しろ視線を再びバルに戻した時、何かが唸りを上げて飛んできたかと思うと、目の
前でバルの首が高々と飛んでいたからだ。
「・・・首が・・・あ!!」
 呆然としていた由香里であったが、ふと我に返って見れば、若い女の戦士が既に落ち
ていたバルの首を拾い上げているではないか?!
 由香里は慌てて駆け寄ると、女戦士の肩を掴む。
「ちょ、ちょっと!人が取ろうとした賞金首に何すんのよ!!」
「これはマスターの物だ!」
 だが女の戦士も、ガンとして首を放そうとしない。
「人様の賞金首をぉぉぉぉぉ!!」
「マスターのだぁあああああ!!」
 と、由香里と女戦士が掴み合いをしているそこに、静かな声が響きわたった。
「・・・済まなかったな、お嬢さん。別に横取りをしようとする気は無かったんだが、
 そいつの声があまりにもうるさかったんで、思わず手が出てしまったんだ・・・その
 首はそのお嬢さんに差し上げろ・・・(ズガン!!)っと・・・」
 その声の主は、そう言いながら壁にめり込んだ巨大な剣斧・・・これがバルの首を飛
ばしたのだ・・・を、ひっこ抜いている。
「はい、マスター・・・ほら(ポイッ)やるよ」
「え?(ゴンッ!)おわ?!」
 女戦士はその声に素直に応じ、由香里の足下にバルの首を投げ捨てると、主の所へと
駆けていく。
 だが由香里は、そんな足下に転がってきたバルの生首よりも、剣を背中に背負い直し
たその人物の「顔」に、腰を抜かさんばかりに驚いていた。
「あ、あなた・・・龍さん!?」
 そこにいたのは姿こそ違えど、背格好、容貌、そして声まで龍にそっくり同じの男が
立っていたのだ。
 由香里の口から漏れた「龍」の名に、男の顔が険しくなる。
「・・・お嬢さん・・・その名を何故に知っている?」
 男は剣に手をかけながら由香里との間合いをとった・・・
「え・・・だって、あたしが知っている人と・・・そっくり・・・う゛」
 由香里は背中に吹き出す冷や汗と、何か得体の知れぬ恐怖感に立ちすくむ。
 背中に背負った軍刀に手を・・・
 いや、せめて身体だけでも動かしたいのだが・・・
 指一本、動かせない・・・

・・・動いたら・・・殺られる。

 戦略的な思考や、経験がそう言っているのではない。
 そう「感じた」のだ。
 由香里の奥底に潜んでいる「本能」がそう叫び、警鐘を鳴らしているのだ。
 由香里ほどの剣士が・・・動けない。
 そんな由香里を、黒い剣士はしばらく殺気を放ちながら睨み付けていたが・・・
「ふむ・・・お嬢ちゃんは、昨日のデクノボウとは違って、馬鹿な考えをしていない様
 だな・・・ま、それが懸命だ・・・俺に勝てるわけがない・・・」
 そう呟くと剣から手を離し、マントを翻しながら女戦士を促した。
「・・・行くぞ」
「はい、マスター」
 そして、そのまま何処かへと去っていってしまったのである・・・
「・・・ふ・・・ふぇ(ガクン!)」
 黒い剣士の姿が見えなくなると同時に、由香里はその場に崩れる様にして座り込んで
しまった。
 姿が見えなくなったにも関わらず、汗と震えが止まらないのだ。
「・・・なんで・・・龍さんが・・・」
 由香里はそう呟くと、流れ落ちる額の汗を拭った・・・


                    2


 大いなる太陽が大地を茜色に染め、その姿を遥か山の彼方に隠しながら、夜の女神に
役目を引き継いでいく・・・
 今日も長かった一日が終わろうとしているのだ。
 人々がそんな父なる太陽の姿に目を細めながら、家路に着こうとしていた頃・・・
「・・・ぅ」
「・・・ぉ」
 か細い呻き声が、とある部屋の中に静かに響き渡る。
 それは、余程の静寂が無ければ聞き取ることが出来ないほどの小さな声・・・
 だが、それに続くかの様にして、無限大に元気な声が病室の中に響きわたった!
「ンンンンンンッ〜〜〜〜〜♪絶好調ォォォォォォォおッス!」
 その村田の雄叫びは病室のガラスをビリビリと震わせ、先程、小さな呻き声をあげて
いた、2人の患者の傷口をも震わせていた。
 その叫び声は正しく殺人兵器だ。
「う?!(ビリビリビリ!)うきゃああああ!?いぃ痛ぁーーーーーい!」
「お?!(しびしびしび!)村田さん!もう少し小さな声でぇええええ!」
 生傷だらけの身体に薬草と薬を塗りたくられた孝司と早苗は、そんな村田の雄叫びに
揃って悲鳴をあげたのであった。
 さて、そんな悶え苦しんでいる2人のベッドの隣では、和美と綾子が・・・特に綾子
は珍しく、恐い顔をして座っている。
 そんな2人を見ながら、和美は怒るよりも先に呆れていた。
「・・・あんた達ねぇ・・・ケンカをするにしても、少しは加減したらどうなの?」
 何しろ・・・早苗と孝司は、互いに入院するほどの大喧嘩をしたのだ。
 2人とも身体中を痣やコブ、もしくは引っかき傷や噛まれた痕だらけにしてボコスカ
とやり合った挙げ句に、最後はクロスカウンターで両者KO・・・
 そして2人共、和美達に抱えられ、目の前の病院へと直行したのである。
 これには弥勒の様な綾子も腹に据えかねたらしい・・・
「そうです!お二人とも、こんなになるまで・・・もうケンカはいけませんよ!?」

・・・和美嬢だけではなく、いつもは優しい綾子お嬢様までもが、これほど怒っておら
   れる・・・一体、この2人、何が原因でケンカを・・・

 珍しく声を荒げる綾子を眺めながら、窓際に立っていた大下は、腕を組みながら溜息
をついた。
 これからの事を考えると・・・少々、頭が痛いのだ。
 何しろこのパーティーでは、自分が最年長(村田とは同じ歳であるが、取りあえず、
大下の方が「兄貴!」)であるのだから、リーダーシップをとらねばなるまい・・・
 とは言え、この「濃い」メンバー相手では・・・自分一人では少々、荷が重い。
 また、この前の時の様にして、突然に和美達とはぐれる可能性もある。
 それに、もし自分の身に「万が一の事」があった場合を考えると・・・
 やはりここは一つ、誰かを「さぶリーダー」に・・・い、いや「サブリーダー」に決
めておいた方が良いであろう。
 そう考えた大下は、もう一人、統括役を決めることにした。
 しかし・・・
「孝司の馬鹿が悪いんだ・・・」
「早苗の阿呆が悪いんだ・・・」
 この2人は、とにかく仲が悪く・・・
「お二人とも!少しは反省されているのですか!?」
 綾子御嬢様には頼むわけにもいかず・・・
「こ、小娘ぇ!どうッス!?わ、ワシの回復力は!?フンッ!(ムキャキャ!)」
「す、凄いですね!ホントに人間離れしていますぅ!」
「ハッハッハッ!そんなに褒めるなッス!」
 マリンには荷が重すぎるし、村田なんぞは問題外である。
「ホント・・・どうしてあんた達はそんなに仲が悪いの?」
 ここはやはり、和美に頼むしかないであろう・・・
「まぁ、無難な所だろう・・・ん?」
 大下がそう考えた時、ふと、あることに気がついた。
「はて?誰かが・・・綾子御嬢、お一人足りないのでは?」
「え?」
「え〜と・・・おぉ!最近、夏美姐さんにそっくりな気性になってきた、メガネっ娘の
 由香里御嬢が見あたらないのですが・・・」
「ヤヤッ!?ホントっす!!由香里御嬢がいないッス!?」
 ようやく村田も由香里がいない事に気がついたようだ。
「あ・・・はい。お話しいたします・・・」
 綾子は小さく溜息を一つつくと、由香里の事を話し始めた・・・


 その頃、当の由香里はと言えば・・・
(トンテンカンテン!)
 開けっ放しの窓にもたれ掛かり、小屋の中から響きわたるテンポのいい鎚の音を聞き
ながら、目の前で玄翁を振るう一人のジジィを眺めていた。
「・・・(カンカンカン!・・・ジューーーー!!)」
 真赤に熱せられた鉄の塊が水に漬けられ、派手な水蒸気をあげる。
 そして、鈍く光る黒い塊となった鉄を引き上げると、ジジィはそれを眺めながら満足
げに頷いた。
「・・・よっしゃ♪」
「・・・ねぇ!」
「おわあああ?!お、お嬢ちゃん、何時からそこに居なすった!?」
「・・・半時も前から」
 突然に声をかけられて腰を抜かしかけたジジィを見ながら、由香里はゆっくりと小屋
の中に入る。
 室内には様々な剣、槍、メイス、鎧等が所狭しとひしめき合っており、この世界なら
ではの鍛冶屋・・・つまりは武器屋であることを証明していた。
 由香里はグルリと小屋の中を見回した後、入り口を指差す。
「おじいさん。小屋のドアにかけていた『世界で一番の鍛冶屋』って看板の言葉、ホン
 トに嘘じゃないんでしょうね?」
「ん?あぁ、間違いない。ワシが一番じゃ。えっへん!」
 由香里の問いかけに、ジジィは起きあがると胸を張ってそう答える。
 そんなジジィに由香里はニヤリと笑みを浮かべた。
「んじゃ、造って欲しいものがあるんだけど♪」
「まかせんしゃい!剣だろうと槍だろうと、何でも造っちゃる!何がいい?剣は持って
 いるようじゃし・・・おぉ、鎧か?」
 だが、由香里は首を振った。
「・・・はて?それじゃ、一体・・・」
「大砲♪」
「・・・は?」
「大砲よ♪」
「・・・へ?」
「耳が遠いのかな?おじ〜さん!た・い・ほ・う、よぉ〜!」
「タイホウ・・・あぁ、昔のスモウレスラーの?」
「違ぁーう!!大砲よ!キャノン、大筒、バズーカ、かーるぐすたふ、みたいなの!」
 必死に説明をしようとする由香里に、ジジィはしきりに首を捻るばかりだ。
「・・・嬢ちゃん、それはどんな鎧かいのぉ?」
「違うってば!長い筒に弾を込めて、ドッカーーーンてやって、敵を粉砕・・・あれ?
 もしかして、この世界には『大砲』って・・・ないの?」
「さぁ、聞いたことはないのぉ?『魔道砲』じゃったら聞いたことがあるが・・・」
「・・・」
 ジジィの言葉に、由香里は溜息をつく。
 もっと強い武器が欲しかったのだが・・・
 だが、頻りに首を捻っていたジジィは突然、ポンと手を叩いた。
「う〜・・・う!もしかしてそのタイホウと言うモノは、リーザス国軍、軍事技術開発
 顧問であり、さらにはリーザス国一の科学者であらせられる『マリア・カスタード』
 様がお造りになられた・・・ええとぉ、何じゃったかの?確か・・・ちゅ、ちゅー?
 チューリッヒ?違うな・・・ぉお!!『チューリップ1号』みたいなもんか?!」
「チューリップ?」
「そうじゃ。確か、かなり前の新聞に(バサッ、ゴソッ!)おぉ、これじゃこれじゃ」
 ジジィは何やら新聞の切り抜きを取り出すと、由香里に手渡す。
「どれどれ・・・」
 由香里が新聞のスクラップを覗き込むと、そこには、丸いメガネに長い髪をリボンで
結んだ可愛らしい少女と、その手に抱えられたチューリップの模様が描かれた・・・
「あぁ〜〜!?ちゃんとバズーカがあるじゃない♪これよ!コレ造って!!」
 だが、鼻息を荒くして新聞を突き出してくる由香里に対し、ジジィは困り果てた顔を
していた。
「うぅーーーむ・・・」
「ん?どしたの?これ造って♪」
「いやな・・・こりゃ、ワシには造れんのじゃ」
「ええぇえええ!?どーしてぇ!?看板に『世界で一番の鍛冶屋』って書いていたじゃ
 ないの!?」
「確かに、鍛冶屋じゃ一番じゃが・・・わしゃ、科学者じゃない。それに、その記事に
 書いてある『チューリップシリーズ』は、ヒララ鉱石のエネルギーを利用しているら
 しいのじゃが・・・実はワシは魔法を使った道具っつ〜のは、どうにも苦手でのぉ。
 剣やら鎧ならナンぼでも造れるのじゃが・・・」
「・・・あぅ(がっくし)」
「おぃおぃ、お嬢ちゃん、そんなに気を落とされんでも・・・」
 膝をつき、崩れるようにして座り込んだ由香里に、ジジィはおろおろとするばかり。
 と、その時、店に一人の男が入って来た。
 どうやらお客らしいのだが・・・
「おーい、じぃーさん。頼んでいた花火の筒、出来たかい?」
「あぁ、はいはい。出来ましたよ・・・えーと、コレですね♪」
「なに?・・・花火?(キラーーーン☆)」
 ジジィの手にした「花火の筒」に、由香里のメガネが妖しく光った・・・


「・・・と、言う訳なんです」
「・・・はぁーーーーーーー」
 ようやく、回りくどく話していた綾子の話しが終わり、室内には重々しい溜息が一斉
につかれた。
 決して綾子の話が長かったせいではない・・・
 由香里の事が・・・あまりにも不敏であったからだ。
 大下はもう一度、大きな溜息をつく。
「はぁ・・・そうでしたかい・・・由香里嬢ちゃんは・・・そんな苦労を・・・」
「うぉーーーん!か、可哀想ッス!!由香里嬢はご飯茶碗が持てないッス!!」
 村田も号泣している。
 綾子はそんな村田にティッシュの箱を手渡した。
「村田さん。私達も悲しいんです・・・だから、そんなに・・・」
「チィーーーーーン!!そ、そんな事言っても、ぐしっ、か、可哀想ぉッス」
 豪快に鼻をかんでいる村田のその言葉に、大下も目頭を押さえながら頷く。
「うむ・・・ワシらが同じ世界にいながら・・・何という・・・」
 湿っぽくなってしまった部屋の空気に、和美は何とか雰囲気を変えようと首を巡らす
と・・・その視線の先に、マリンの姿が映った。
「あの・・・ところで大下さん。そちらの方は・・・どなたですか?」
「あ・・・私ですか?」
 和美に聞かれ、マリンは自分を指差しながら、チラリと大下に視線を送る。
 大下はコホンと咳払いをすると、マリンを紹介し始めた。
「・・・こ、こちらはマリンと言ってですね、土の邪妖精の・・・その媒体にされてい
 た娘さんでして・・・あ!別にもう、なんともないんですよ!はい・・・」
「・・・初めまして、マリンと申します・・・」
 ペコリと頭を下げるマリンに、和美達も挨拶をする。
「あ、どぉも。私は木下 和美、戦士です。あそこのベッドで寝ているのが魔法剣士の
 早苗。んで、こっちが白魔法使いの綾子です」
「初めましてマリンさん。篠原 綾子と申します・・・」
「あ、マリンで結構です・・・」
「でも・・・マリンちゃんでもよろしいですか?」
 綾子の言葉にマリンが黙って頷くと、綾子は溜息を一つ吐き、ふと首を傾げた。 
「あのところで・・・マリンちゃんは、どうして大下さん達と行動を共にされているの
 ですか?私達の助けたリリィちゃんと言う子は、村に帰られたのですが・・・」
 そんな何気ない綾子の質問に、マリンは身を強張らせた・・・
「私は・・・私は・・・村に帰りたくないのです・・・」
「え?何故ですか?」
「あ、綾子お嬢様。人にはあまり聞かれたくない事が・・・」
 慌てて止めようとする大下に、マリンは首を振った。
「いいえ・・・いいんです羅刹様。私は・・・村から、生贄として・・・魔女に捧げら
 れたのです。今更、あんな村になんか帰りたくありません・・・村の人は、私が孤児
 だから・・・誰も悲しむ人がいないからって・・・うわぁぁぁん!羅刹様ぁ〜!」
「ぉ(ガシッ)ぁ〜・・・よしよし・・・」
 そう一気にまくしたてると、マリンは勢い良く大下の胸の中に飛び込んで、ひたすら
泣きじゃくったのだ。
 再び重苦しくなってしまった部屋の空気に、和美は本日、何度目かの溜息をついてい
た・・・


 さて・・・
(カンカンカン!!ジュワァアアアア!!)
「ふぃ〜、さすがにヒララ合金は固いのぉ・・・ほれ、こんなもんでどうかのぉ?」
「うーん、もう少し厚みが欲しいですね」
「よしゃ、解った」
 由香里の指示に再び玄翁を振るうジジィのその横で、由香里は先程から何やら図面を
手に悪戦苦闘をしている。
 それは、どうやら設計図のようなのだが・・・
「うーん・・・コレで良かったかしら?ここのバネがこうなって・・・こっちが、こう
 言うカンジで動いて・・・」
 と、まぁ・・・この調子を続けること、約3時間。
 そんな小さな鍛冶屋の小屋から、由香里とジジィの歓喜の声があがったのは、既に陽
もとっぷりと暮れた夕暮れの事であった・・・
「できたぞぉぉぉぉ!!」
「やったぁああ!!」
 由香里とジジィは遂に完成したモノを手に、小屋の中で躍っている。
「わはは!遂にやったぁぞぉおお!これでワシは、あの『マリア・カスタード』様に、
 一歩近づいたんじゃあ!」
「ンンン〜〜ッ♪おじーーーさんの技術ぅはぁあああああ!世界一ぃぃぃぃぃ!!」
 そんな狂喜乱舞をしている2人が持っているのは、何の変哲もない「ガントレット」
である。
 この「ガントレット」と言うモノは、簡単に言うと「手甲の一種」で、主に手と腕を
ガードするモノであり、さらに簡単に言ってしまうと、中世の騎士が着用している鎧の
肘から先の部分の様なカンジだ。
 とは言え、その程度のモノ、別にジジィが今更造らなくても幾らでも市販されている
はずだ。
 例えそれが由香里にサイズを合わせたカスタムメイドの物だとしても、素人の由香里
が設計などするであろうか?
「ささ、嬢ちゃん。早速、腕に取り付けてみよう!」
「うん!」
 暫く躍り続けていた2人だが、ジジィの勧めるままに、由香里は荒々しく包帯の巻き
付けただけの、その失った左腕の肘の先にガントレットを填めると、付属の金具で上腕
に固定した。
「よっと・・・(ガシャン!)」
「おぉ・・・じょ、嬢ちゃん。動かしてみてくれい」
「うん・・・よっ♪(ギギッ!)」
 由香里が腕に力を込めると、バネの伸縮の力が働き、更にはこの世界での由香里の力
も加わって、何の苦もなく動かすことが出来る。
 どうやらこの2人・・・ガントレット風の「義手」を造っていた様だ。
「よし!・・・さてと、おじいさん。これからが本番よ・・・火薬をちょーだい♪」
 由香里はそう言うと、ガントレットの手首の部分を取り外す。
 その中は空洞・・・由香里は、この義手に何かを仕込んだ様である。
 だが、由香里の「火薬」と言う単語に、ジジィは首を捻っていた。
「・・・か・・・かやく?・・・おぉ、加薬か?!ご飯でも炊くのか?」
 そんな大ボケのジジィに、由香里の脳裏に「ま・さ・か」と言う文字が、ゆっくりと
過ぎっていく・・・
「・・・おじいさん。この世界に・・・火薬ってないの?」
「・・・ない」
「火薬って言うのは粉状のもので、火をつけると、パチパチっと火がついたり、まとめ
 ておくとドッカーンって爆発するものだけど・・・それに、さっき花火の筒を持って
 いった人がいたじゃない。花火があるなら火薬もあるハズよ!?」
 だが、そう声を荒げる由香里にジジィはひたすら考え込むばかり。
「そう言われてものぉ・・・大体、花火ってのは『爆発茸』と言う茸の胞子を使って爆
 発させる物じゃし、それにあの茸は、今の季節は生えておらん。さっきの男とて、今
 年の秋の花火の準備の為に、今から筒を造っておいたものじゃし・・・」
 そんな思った通りのジジィの答えに、由香里は首を項垂れた。
「・・・参ったなぁ・・・あたし、火薬くらいはあると思ってたのに・・・これじゃ、
 収納スペースがついたタダの義手と同じじゃない・・・」
 どうやら由香里はこの義手に簡単な「前装砲」を付けようと考えていたらしい。
 「前装砲」とは、数多く存在する「火砲」の中でも初期に造られた物で、大きな筒の
中に火薬と砲弾を入れて後ろから直接、火薬に火をつけるか、火打ち石を用いた簡単な
発火装置等で火薬を爆発させ、砲弾を発射する・・・いわば最も簡単な砲なのだ。
 だが、火薬がなくては後装も前装も始まらない。

・・・火薬式の道具は諦めるしかないか・・・ないか。

 由香里はそう思いながら義手を取り外すと、再び図面を睨み付けた。
「うーん・・・しょうがない。これを改良するとしたら・・・強力なスプリングかバネ
 でも仕込んで、槍かナンかを射出させる、ハープーンにでもして・・・いや待てよ、
 ロケットパンチも捨て難いけど・・・でも、やっぱり火薬の方が威力はあるしなぁ。
 んあ゛ーーーーーー!とにかく!なんか叩けば爆発する様な物は無いのぉ!?」
 そんな頭をかきむしりながら叫ぶ由香里に、ジジィがボソリと呟いた。
「叩いてドカンな物?・・・あるぞい」
「へ?」
 そう言ったジジィの声に由香里が振り向くと、ジジィは何やら小屋の隅の方に積まれ
たガラクタの山の所でゴソゴソとやっている。
 そして何やら見つけ振り向くと・・・
「えーと・・・お!あったあった・・・ほれ(ポイ☆)」
「おっと!・・・なにコレ?」
 由香里はジジィが放り投げてきた、自分の拳と同じ位の大きさの玉を受け取ると、し
げしげとそれを眺めた。
 白くて、少々弾力が有り、ベトベトとしている・・・
 まるで粘土で作った野球ボールの様である。
「それは『破裂玉』と言ってな、攻撃アイテムの一種じゃ。ま、元は土木工事用に使わ
 れていた物なんじゃが・・・とにかく、強い衝撃を与えると大爆発を起こす、便利な
 物でのぉ。爆発茸を加工して造られたものなんじゃが・・・何とか、それで代用でき
 んかのぉ?なにせワシも『名誉』がかかっておるで、何としてでも嬢ちゃんの武器を
 完成させたいんじゃが・・・」
「ふーん。でっかい癇癪玉みたいなもんね・・・大きさは・・・おぉ、ぴったし♪」
 由香里が義手の口から破裂玉を転がしてやると、玉はピッタリとおさまりながら奥に
入っていく。
 そして、完全に入れる為に由香里が腕を上げてやると・・・
(ピトッ♪)
 微かに玉がぶつかる音がした。
 どうやら破裂玉は途中で引っかからずに、完全に入ったらしい。
 そんな破裂玉に、由香里の頭の中では「記憶のページ」が勢いよくめくられる。
「ふーむ。ナンか引っかかるな・・・ん?!もしかして・・・そっか!これって、炸薬
 と雷管を兼ね備えた物になるんだ!てぇーことは、コレに真ん中だけ穴を開けた金属
 カバーを付けたら『ボクサー実包』の薬莢に・・・おじぃさん!!」
「な、なんじゃ!?」
「改造するわよ!!」


 さてさて・・・その頃、和美達はと言うと、
「はい、早苗ちゃん。アーンして下さいな♪」
「アーン・・・ぱく♪」
 早苗は綾子から・・・
「はい、孝司さん。アーンして下さい♪」
「あ・・・もぐ」
 孝司はマリンから、食事をさせてもらっていた。
 何しろ、どちらかに和美がつけば、再び乱戦となるのは間違いない・・・
 かと言って大下や村田に頼む訳にも・・・
「わ、ワシは小僧の為ならソノくらい・・・フフフ♪(ポッ)別に構わないッスよぉ♪
 んじゃ、そーゆー訳ッスから・・・ほれ、小娘。何をボサッとしておるッス。ワシに
 スプーンを貸すッス♪」
「や、やめておいた方が・・・孝司さんの為かと・・・」
「・・・」
 そう言って頬を赤らめながら、マリンからスプーンを奪おうとしている村田の姿に、
孝司の脳裏にでは・・・自分の口に村田が無理矢理・・・しかも、スプーンごと料理を
放り込んでくる姿が思い描かれた・・・
「う・・・(ゾワワワッ!)」
「ほら、孝司様のお顔の色がすぐれないじゃないですか・・・まだ、具合が・・・」
「な、なにぃぃぃっ!?こ、小僧、大丈夫ッスかぁ!?健康ッスかぁ!?」
「ちょ、ちょっと・・・寒気が・・・」
「それは一大事じゃぁあ!早速、ワシが人肌で☆よいしょ・・・おじゃまするッス♪」
「うわああああああ?!村田さん!!ベッドに入らないで下さいぃぃいいい!!」
 そんな騒がしいベッドを横目に、大下と和美も食事をしながら「由香里捜索」の相談
をしていた。
「それにしても・・・由香里嬢さんは何処に行かれたのでしょうね?」
 大下はそう言いながら、大きなパンを引きちぎり、口に運ぶ。
 和美もまた、コップの中の水を飲み干すと、パンを手にした。
「うーん・・・由香里が好んで行きそうな場所って言うと・・・」
「・・・どこですか?」
「やっぱり・・・ゲームか、お酒のあるところだと思うんです」
「なるほど・・・」
「だから・・・本当であれば、由香里の足どりを探すのは簡単なんですけど・・・」
「そうですなぁ。この街にゲーセンは無く、由香里嬢さんは酒好きだから・・・」
「そうなんです。普通なら酒場を探す所なんですが・・・由香里、今、お金を持ってい
 ない筈なんですよ。お金は全部、私が管理していますから」
「ふむ・・・ん?そうすると、今夜の宿も無いわけですか?」
「あ・・・そう言われると・・・そうですね・・・」
「うーむ・・・ぁ(ポロッ)・・・」
 和美の話しを聞きながら、パンを片手に考え込んでいた大下だが、ふと、何かに気が
ついたらしく、その手からポロリとパンが落ちた。
「ん?どうしました大下さん?」
「い、いや・・・ちょっと気にかかることがありやして・・・おっと(ポロリ)」
 だが、かなり動揺しているらしく、拾い上げようとしたパンを、再び落っことしてし
まった大下に、和美はしきりに首を傾げた。
「なんなんですか?」
「・・・実は・・・由香里御嬢さんが、最近、夏美姐さんの性格にそっくりになってき
 た事を思い出しやして・・・」
「え?あぁ・・・そう言えば、何となく・・・」
「・・・おまけに、由香里御嬢さんは今、武器を手にされている」
「・・・それで?」
「・・・つまり・・・その・・・金が無いのに酒場に行って・・・挙げ句の果てには、
 飲み過ぎて大暴れって事も・・・姐さんなら、やりかねない・・・いや、やったこと
 があったなぁと、思い出しやして・・・」
「え゛?!(ポロッ)」
 大下のその言葉に、和美の手からもパンが転がり落ちた・・・


「ヘッッックショォン!!カァーーー、ちきしょぉ〜いぃ!」
 およそ女の子らしからぬクシャミをした由香里に、ジジィは首を傾げる。
「ん?嬢ちゃん、風邪でもひいたか?」
「ううん、きっと誰かがあたしの噂をしてんのよ。おそらく和美だわ・・・それより、
 おじいさん。材料は揃った?」
「うむ。ほれ♪」
 由香里の声に頷くと、ジジィは破裂玉と星球加工前(つまり、トゲトゲの付く前)の
フレイルの鉄球、それに片側だけ口を開けた350ミリリットルのジュース缶くらいの
大きさの金属筒をテーブルの上に並べた。
「えぇと・・・まずはコレか。よっ(ギュッ♪)っと」
 由香里はまず、破裂玉を手に取ると、テーブルに置いていた金属筒の開いた口に詰め
込んでいく。
 由香里は幾度か押し込むと、その金属筒の底を覗き込んだ。
 金属筒の底には小さな穴が空いており、由香里が破裂玉が押し込めて行くと、やがて
その穴からポツンと白い顔を覗かせる。
「・・・よし。こんなもんかな?」
 由香里は破裂玉がピッチリと缶の中に収まったのを確認すると、今度は鉄球を筒の先
の方に詰め込んでいく。
 こちらもまた、由香里の計算通りによるモノなのであろうか?
 鉄球は金属筒との僅かな隙間から空気を吐き出しながらもピッタリと収まったのだ。
「ん〜っと!(きゅきゅ)よし入った。逆さにしても(クイッ)うん、落ちない♪」
 更に由香里が鉄球を押し込んでやると、鉄球は破裂玉の持つ僅かながらの粘着力と、
その気密性によってくっつき、缶にはめ込んだまま逆さまにしても落ちてこない。
「よしと・・・次は(コトッ)こっちね」
 由香里はそれに満足げに頷くと、破裂玉&鉄球入りの金属筒をテーブルに置き、続い
て改良した義手の拳を外してテーブルに置くと、義手の手首の辺りを掴むと・・・
「・・・よっと(ガチャッ!)」
 ナンと、由香里が義手の手首を軽く前に引きながら下方に押し込んでやると、義手の
肘の付近が折れ、ポッカリと口を開けたではないか?!
 由香里は、その開いた義手の穴に、先程の金属筒を差し込む。
「入るかな(サリュ・・・カチャ)よしっ!」
 金属筒はナンの苦もなくスルスルと入っていき、やがて底に付けられた僅かな出っ張
りに引っ掛かって義手にピッタリと収まった。
 そして・・・
「よぉし・・・んで、義手を起こして(ガチン!)戻す(シャコン!)っと♪」
 由香里が義手を元の位置に戻してやると、金属音と共に、義手の中では小さな撃鉄が
引かれたのである。
 少々の相違はあるが、由香里はおそらく、自らの記憶を頼りにして、元の世界に実在
する武器「M79グレーネードランチャー」の機構を組み入れたのであろう。
 由香里はそんな結果に満足げに頷くと、満面の笑みを浮かべる。
「よし・・・玉も落ちてこない・・・おじいさん!早速、コレを何処かで試し撃ちした
 いんだけど・・・どこか適当な場所は無いですか?!」
「おぉ!試すなら、家の裏の庭がちょうーど良いぞ。庭には弓や、投げ槍の的があるか
 らのぉ。よっしゃ!そうと決まったら、れっつごぉじゃ!!」
「おーーーー!!」
 ジジィと由香里が歓声と共に裏庭に躍り出ると、外は既に日が落ち、周囲は暗闇で覆
い尽くされ、ジジィのかざす松明の明かりだけが小さな裏庭を照らし出していた。
 そんな薄暗い灯りの下、由香里の前に大きな影が立ち塞がる。
「ん?あぁ、あれが『的』ね・・・おじーさん、あの木を的にしてもいいの?」
 由香里はそう言いながら、庭の半分を占めている大きな木を指差した。
 木には人型の板が立てかけられており、その身体に幾つもつけた無数の傷から、自分
は「的」である事を物語っている・・・
 由香里の声に、ジジィは大きく頷く。
「ええとも♪」
「ありがと・・・それじゃぁ(ガチャ)いくわよ・・・」
「・・・ごきゅ」
 腰を落とし、突き出した左の義手に右手を乗せた由香里は、目の前の大きな木と、そ
の前の人型の板を睨み付ける。
 と、その時、その脳裏に・・・

 もし、自分の設計にミスがあったら?
 もし、失敗したら?
 良くて大ケガ・・・
 下手をすれば命を落とす・・・
 ケガをしたら魔法で治療してもらうにも、綾子はいない。
 それに、この武器は前の世界で見た本を思い起こしての、自分の中途半端な知識で造
り上げた物・・・大丈夫であろうか?

 不安ばかりが過ぎっていく・・・
「・・・っ」
「ん!?どうした嬢ちゃん!!まだか?!」
 思わず的から顔を背けた由香里に、ジジィが叫ぶ。
「え・・・!?」
 そんなジジィの声に、再び由香里が顔を上げると・・・目の前の板の人型が、夕方に
出会った、あの、龍にそっくりな黒い剣士の姿と重なって映ったではないか!

・・・ふむ・・・お嬢ちゃんは、昨日のデクノボウとは違って、馬鹿な考えをしていな
   い様だな・・・ま、それが懸命だ・・・俺に勝てるわけがない。

 由香里の頭の中で繰り返される「俺に勝てるわけがない」のセリフ・・・
「違う・・・違うモン・・・あたしはこの世界一の戦士だモン!!」
 そのセリフを振り払うかの様にして、由香里は叫びと共にトリガー部を押した!
(ドォッゴーーーーーーーーーーーーーーン!!)
 凄まじい爆発音と、それに負けないくらいの激しい火炎。
 その義手から吐き出された爆炎による閃光は、一瞬、周囲を照らし出し、それに続い
ての衝撃波が周囲の空気を震わせた・・・
 そして・・・その衝撃に由香里の身体も激しく震えている。
 今までに・・・こんな間近で、コレほどの凄まじい衝撃を感じたのは、昨年に体験し
た忌まわしい修学旅行の時に、天狗に向かって陸幕の隊長が放った装甲車に搭載された
90ミリ砲以来だ・・・
「・・・」
 発射した時の体勢のまま、しばらく呆然としていた由香里だが、ふと見ると、自分の
足下の土が削られ、自分の位置も若干後退している事に気がついた。

・・・反動でこんなに後ろにさがったのね・・・凄い威力だわ・・・それに、この世界
   でなければ・・・間違いなく、肩の骨が外れていたわね・・・

 そんな事を考えながら、義手の先から立ち昇る青白い煙を見ていた由香里に、後ろか
らジジィの声が叫んできた。
「おーーーい!嬢ちゃん!ワシには何がなんだかサッパリわからんが、取りあえず、耳
 の中がキーーーーーンとしている!これはそういう武器なのか?!あと、これは成功
 したのか?それとも失敗じゃったのか!?」
 ジジィの声に我に返った由香里は、的にしていた木に歩み寄ると・・・
「・・・」
 板で出来た人型は、跡形もなく消し飛び、そして大きな木のど真ん中には、大きな穴
が空いている・・・凄まじいばかりの破壊力だ。
 そして・・・
(ぎし・・・ギシギシギシギシ!ドドーーーーン!)
 由香里は目の前で大木がゆっくりと倒れていくのを見届けると、口を開けて呆然とし
ているジジィに向かってニッコリと微笑んだ。
「おじいさん・・・成功よ♪」
「そうか・・・遂にやったか」
 その由香里の「成功」の言葉に、松明を片手にしたジジィはボロボロと涙をこぼす。
 これで、リーザスの天才科学者と謳われている「マリア・カスタード」と、同じ様な
兵器を・・・しかも、魔法の力を借りずに発明することが出来たのだ。
 これは正しく『この世界』にとっての、世紀の大発明である。

・・・明日から・・・明日から新しい人生が始まるんじゃ・・・

 明日も判らぬジジィに、新しい人生もへったくれも無いとは思うのだが・・・
 そんな図々しい事を考えながら、震える拳を握りしめているジジィに、由香里はその
肩をポンと叩いた。
「おじーさん。何を力んでるの?高血圧発作?」
「え?あ、いや、何でもない・・・いやぁ成功して良かった良かった・・・これも皆、
 嬢ちゃんの・・・ん?ときに嬢ちゃん。どぉも・・その義手だけじゃ格好が悪いんで
 ないか?それに、鎧もないし、薄っぺらな布きれ一枚を身に着けているだけじゃ、い
 くらなんでも寒かろう?」
「え?・・・あ・・・」
 ジジィにそう言われ、由香里は改めて自分の姿を見下ろす。
 確かに・・・そうかも知れない。
 何しろ由香里の鎧は炎の邪妖精との激戦の際に壊れており、今は、薄汚れたTシャツ
の上に、両腕が焼け焦げ、殆どチョッキと化したレザーのジャケットの残骸を羽織り、
下はレザーのスカートという姿なのだ。
 例え「ヘビーメタルな格好だ」と言い訳をしたところで、コレではあまりにも情けな
い姿である。
「うーん・・・そう言われると・・・」
「よし、それなら嬢ちゃんに合う鎧と服をあげよう」
 ジジィはそう言って小屋の中に戻ると、一組の鎧と服を取り出してきた。
 左肩に肩当てのついた、軽そうな鎧・・・ライオットRだ。
「これと、二の腕を覆う鎧もあったでの。これで少しはマシになるじゃろて。服の方は
 古着でスマンが、良かったら着てくれ」
「ありがとぅ・・・おじいさん・・・そうだ、お礼をしなくちゃ。それに、この義手の
 お金も払わなくちゃ・・・」
 そう言って、ジャケットのポケットから賞金で稼いだ宝石を取りだそうとした由香里
の右手を、ジジィは首を振りながら押さえた。
「なーに・・・嬢ちゃんのおかげで、新しい武器が出来たんじゃ。このくらい、安いも
 んじゃて・・・ほれ、早速、身につけてみぃ」
「うん!」
 由香里は一度義手を外すと、ラグ(鎧の下に着込む上衣)を着込み、ライオットRと
上腕部の鎧を左腕につけ、そして、再び義手を固定させる・・・
「よっと(ガチャン)・・・どうかな?」
「おぉ・・・何処から見ても、立派な戦士じゃ・・・うむ、かっこええぞぃ♪」
「えへ・・・照れるな☆」
 そう言って、久しぶりに・・・由香里の顔に、心からの笑みが浮かんだ。


                    3


 和美は、病室の窓から漆黒の闇に覆われた夜の町を眺めた・・・
 町のあちらこちらの建物や、道々に立てられた篝火が照らしだしている淡い光が、昼
とはひと味違う町の姿を浮かび上がらせている。
 その往来には、ほろ酔い加減の人達が肩を組み、大きな声で歌を唄いながら、一日の
労働の疲れを労いあっている・・・ナンともはや平和な光景だ。
 さて・・・和美達は今日、この病院で一泊することになった。
 孝司と早苗は入院しているのだから、当然「付き添い」と言う形で和美や大下等の部
外者も宿泊する事を病院から許可されたのだが・・・
 今現在、部屋の中に居るのは、孝司と早苗と和美だけである。
 綾子、マリン、それに兄貴達は、由香里を捜索しにいってしまっており、和美がこの
2人のケガ人を看病しているのだ。
 よりによって、この3人が残ったのは些か疑問にも思われるが・・・
 実はこれには、ちゃんとした理由があるのだ。
 確かに、和美も由香里のことが気がかりであるが、皆と一緒に探しにいくわけにはい
かない。
 何故なら・・・
「・・・えい!(ごん!)」
「・・・おら!(かん!)」
「・・・」
 先程から和美の視線の片隅で、何やら物が飛び交い、派手な音を立てている。
「・・・おらおら!!(ガシャーン!ゲィン!)」
「・・・えいえい!!(カチャーン!グシャ!)」
 だんだん派手になってきた物音に和美が拳を震わせていると・・・
「・・・えいえいえいえいえいえいえいえい!!」
「・・・おらおらおらおらおらおらおらおら!!」
(ごん!ガシャン!バキン!どかっ!)
 体力の回復してきた孝司と早苗が、遂にベッドを挟んで手当たり次第に物を投げ合い
始めたのだ。
 二人とも、少し元気になると、直ぐにコレである。
「やめなさいっての!(グイッ!)」
 和美はそう怒鳴ると、孝司と早苗のパジャマの胸ぐらを掴んだ。
 その和美の額には「ガンすじ」が4つばかり浮かび上がっている・・・
 コレはかなり御立腹の・・・いや、メルトダウン寸前だ。
 さて・・・この2人、少し目を離すと、こうしてケンカを始める。
 このケンカを止めるには、綾子では無理であるし、大下と村田では孝司の方が一方的
に不利であるし、由香里では・・・まぁ、火に油を注がれることもなく、ある意味で居
なくて幸いである。
 結局、両成敗の出来る和美が残ったのであるが・・・
 その御立腹の和美に、すかさず早苗と孝司が縋り付いてきた。
「だって和美ちゃん!孝司の馬鹿が先にティッシュの箱を投げてきたんだよ?!」
「違う和美!早苗の阿呆の方が、先に俺に向かって花瓶を投げてきたんだぞ?!」
「・・・」
「うそだぁ!孝司が雑誌を投げてきたから、早苗もジュースの缶を投げたんだよ!?」
「嘘つけぇ!お前、自分のメイスを投げたじゃねぇか!無茶苦茶痛かったんだぞ!?」
「なにぃい!がううううううう!」
「んだとぉ!コラぁあああああ!」
 そんな和美に胸ぐらを掴まれながら、暫し睨み合っていた両者であったが、魔法が使
える早苗が・・・思わず手を出してしまった。
「このぉ・・・焼けちゃえ!炎の矢!」
「な?!(ゴォッ!)おあっちぃぃ!やりやがったな!食らえ!必殺、湯飲み茶碗!」
「わ?!(ゴイン♪)いったーーーい?!もぉ、おこったぁ!」
「俺も我慢の限界だぁ!」
 この時、孝司と早苗は完全に忘れていた・・・

 自分達は今、和美の目の前でケンカを始めたと言う事を・・・
 自分達は今、和美に胸ぐらを掴まれたままだと言う事を・・・
 つまり、自分達の命は「和美が鷲掴み」にしている事を・・・

 そして、和美がついに・・・
「・・・(ブチッ!)」
 キレた・・・


 さてさて、和美の堪忍袋の緒が切れた音が、早苗と孝司の耳にも聞こえた頃・・・
「んぐんぐんぐんぐ・・・ぷはーーーーーーー♪おいしーーーーい☆」
 由香里は顔を真っ赤にしながら、なかなかイイ飲みっぷりを見せると、ほとんど空に
なったジョッキをテーブルの上に置く。
「(どん!)はぁ・・・生き返る・・・(ポリポリ)んん〜〜♪」
 そして、今度はつまみの木の実を頬張る・・・アル中街道まっしぐら。
 鍛冶屋のジジィに別れを告げ、新たな武器と鎧を身につけた由香里は、義手代として
覚悟をしていた賞金2万ゴールドが浮いた事もあり、この酒場にシケ込んでいたのだ。
 何しろ今日は色々と疲れたし、あの龍とそっくりな黒い剣士に睨まれてから、止まら
なかった身体の震えもようやくおさまったし、それに新しい武器と腕も出来たという事
もあり、ここは一発、お祝いに・・・と、由香里は賞金の2万ゴールドでトコトン飲ん
でやるつもりなのであった。
 和美達の心配を余所に、由香里は中身の少なくなったジョッキを豪快に傾ける。
「んんっ(ゴクッ☆)んん(ゴクッ☆)プハッ♪おね〜ぃさぁ〜ん♪おかわりぃ!」
「はぁ〜い!」
 一気に残りを飲み干し、ジョッキを高々と掲げる由香里に、直ぐさまピッチャーを手
にした店員が飛んでくると、その空ジョッキにエールを満たす。
 しかし、その店員が由香里のジョッキにエールを注ぎ、重たかったピッチャーを空に
して戻し、一息を吐いた時・・・
「よっと(ジョポポポ)ふぅ。重たかったぁ〜・・・はい、お待たせ・・・え?!」
「んぐんぐんぐんぐんぐんぐ!ぷっはああああああ♪(ドンッ☆)おかーり!」
 由香里は、注がれたばかりのエールを完全に飲み干していた・・・
 コレでは店員も忙しかろう。
「お、お客さん、ピッチが早いですね・・・」
「ん?そぉお?取りあえず、お代わりぃ〜☆」
「す、すいません。今、換えのお酒を持って来ますんで・・・」
「急いでねぇ〜♪」
 だが由香里が再び空になったジョッキを高々とあげた時・・・
「ナンで今日は忙しい(ギィィイイイ)あ、いらっしゃ・・・きゃあああああ!?」
 店に入ってきた客を見るなり、凄まじい絶叫をあげたウエイトレスに、店の中は静ま
り返った。
 その壮絶な悲鳴に、客達の視線は一斉に店の入り口に集中する。
 そして・・・
 押し殺した様な声が・・・店内をパニックに陥れた!
「・・・く・・・く、黒い剣士だぁああ!!」
「逃げろぉおおおおお!!」
 誰かのその叫びと同時に、一斉に店の裏口へと逃げまどう客達。
 皆、黒い剣士の噂は耳にしていたのだ。
 だが、そんな店内の騒ぎなど全く気にせず、黒い剣士こと「闇の番人アッシュ」は、
奴隷の(バルキリー)を従えて店の中にズカズカと入って来たのだが・・・
「・・・ん?」
 誰もいなくなったとばかり思っていたアッシュは、店の中にポツンと残っている一人
の客に気がついた。
 たった一人、空のジョッキを振り回し、口一杯につまみを頬張っているのは・・・
「おねーはん!(ぼりぼり)おかふぁりまふぁ?(ぽりぽり)・・・あれ?」
 騒ぎに全く気がついていなかった由香里であった・・・
 アッシュは「なんか、周りが急に静かになった?」と、今頃、周囲をキョロキョロと
見回している、そんな大ボケの由香里の所までやってくると・・・
「・・・お嬢さん。ここの席、空いていますか?」
 そう言って由香里の前の椅子を指差したのだ。
「んぁ?(ボリボリボリボリボリボリ、ごっくん)ふうぅ・・・別に空いてるわよぉ。
 ひっく・・・おねぇーさん!お酒まだぁ?」
 既に出来上がっている上、眼鏡を外していた由香里には、それがアッシュだとは気が
つかず、ジョッキを振り回しながら答える。
「どうも・・・」
 一方のアッシュも、由香里には大して関心を示さなかったようで、背中に背負ってい
た剣斧をテーブルの縁に立てかけると、悠然と椅子に座ったのであった。
 どうやら・・・タダ単に酒を飲みに来たらしい。
 そして、テーブルのアッシュの前に(バルキリー)がグラスを差し置く。
「マスター、何がよろしいですか?」
「そうだな・・・適当な酒を見繕ってきてくれ・・・」
「解りました・・・(グイッ)え?」
 そんなアッシュに向かって(バルキリー)は丁寧に頭を下げ、カウンターの方に行こ
うと歩き出した時、その衣服の端を由香里が掴んだ。
「ウエイトレスさーん、あたしにもお酒ちょーらい・・・」
「・・・マスター・・・」
 困惑と殺気を含んだ表情の(バルキリー)に、アッシュは苦笑する。
「困ったお嬢さんだ・・・まぁ、いいだろう。今日は俺の奢りだ・・・こちらのお嬢さ
 んにも、何か出してやってくれ・・・」
「はい・・・」
「えへへ・・・どぉーもすいません・・・あれ?」
 複雑な表情を浮かべたままカウンターの奥に消えていく(バルキリー)に手を振って
いた由香里であったが、奢ってくれると言ったその人物に礼を言おうと、テーブルに置
いていたメガネを掛けた途端・・・しげしげとアッシュの顔を覗き込んでいるのだ。
「ん〜・・・んん〜?」
「・・・何かな?」
「うーーーん・・・にしても、今日は龍さんと良く似た人にやたらと合う日だわ・・・
 いえね、お昼過ぎにもそこの路地裏で、あんたとそっっくりな人がいたのよ。んで、
 その人もこれまた、あたしが知っている龍さんって人にそっくりなんだなコレが!」
 完全に酒が脳に回っている由香里は、目の前にいるのが先程の『本人』とは、まだ気
付かずに、アッシュに向かってベラベラと喋りまくって笑っている。
 そんな由香里にアッシュは薄い笑みを浮かべた。
「・・・参ったな・・・そんなに・・・俺は君の知っている人とそっくりなのかい?」
「そう!もう声なんかそっくりだわ!うん、本物の龍さんと変わらない!」
「お待たせいたしました・・・」
 と、そこに(バルキリー)が酒瓶を持ってアッシュの隣に立つ。
 そして、アッシュのグラスに深紅の液体をなみなみと注ぐと、今度は由香里にも差し
出してきた。
「お?こりゃすいませんね。おっとっとっと・・・ソンじゃ、乾杯といきますか?」
 由香里が差し出してきたグラスに、アッシュはチラリと目をやる。
「・・・何に乾杯しますか?」
「うーーーーん・・・」
 逆に考え込んでしまった由香里に、アッシュはグラスを差し出す。
「ん?」
「・・・新たな旅立ちへの乾杯・・・と言うのはいかがでしょうか?」
「あ、それいーですねぇー♪そんじゃ、新たな旅立ちへ・・・乾杯!」
「乾杯・・・」
(ガチン!)
「んぐんぐんぐ・・・ふぃぃぃ・・・うまいぃ・・・」
 そう言って互いにグラスを合わせ、由香里が先に酒を飲み干した時・・・
「君の・・・死出の門出に・・・乾杯」
「・・・へ?(ガスッ!!)ん?ナンだろ?今の後頭部の衝撃は?」
「・・・ほぉ」
「な!?そんな・・・せぇのぉ!」
「(ガスガスガス!!)あれ?ちょっと、飲み過ぎたかな?クラクラする?」
「思ったよりも・・・」
「このぉ!」
「(ガスガスガスガスガスガス!!)んもう、さっきから一体何なのよ?」
「むん!(バキャッ!)おりゃああ!(ブォン!)」
「(ごいぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん☆)あうち(ドサッ!)」
 先程から後ろに回り込んでいた(バルキリー)の必殺の拳は幾度となく由香里の後頭
部に炸裂していたのではあったが、最後の「必殺の一撃」で・・・いや「強烈な一撃」
で、遂にメガネが吹き飛んだ由香里の視界は暗くなっていく・・・
 そんな由香里に、アッシュは目をテンにしていた。
「・・・ず、随分とタフな娘だな・・・お前も、ご苦労だった」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ!は、はい。マスター・・・ふぅ」
 渾身の力で由香里を殴った「店の柱」を小脇に抱え、まだ肩で荒い息をしている、そ
の(バルキリー)に向かって、アッシュはその労をねぎらってやった・・・


 さて、それから小一時間も過ぎた頃であろうか?
 場面は綾子、マリン、兄貴達で編成された由香里捜索チーム。
 和美に言われた通り、綾子と兄貴達は、あちらこちらの酒場という酒場を片っ端から
探し歩いているのだが・・・由香里はその姿を全く見せない。
 そんな、あちこちの酒の置いてある店を探し回っていたのだが、ここの店で、この街
の中の酒場は最後となった。
 しかし綾子は、その酒場のカウンターで小さな溜息をつく。
 ここにも、由香里の姿は無かったのだ・・・
 そんな意気消沈している綾子に、村田がコップを差し出す。
「お、お嬢様。どぞ、ミルクっス。気分が落ち着くッス」
「あ・・・有り難うございます。はぁ・・・それにしても由香里さん。本当に、何処に
 行ってしまわれたのでしょう・・・」
 村田からもらったミルクを一口飲み、綾子は再び溜息をついたのだが・・・
 それにしても、綾子は全く気がついていないのだろうか?
「・・・兄貴、この店、ちっとヘンじゃないッスか?」
 さすがに店がおかしいことに気がついた村田は、店の中に転がっていた酒瓶の一つを
手にしながら店の中を見回す。
 ひっくり返っているテーブル・・・
 至る所に散乱した欠けたグラス・・・
 床一面にブチ撒けられた酒・・・
 それに何故か「店の柱」が一本、へし折られて床の上に転がっている。
 そして極めつけが、この店に客はおろか店員さえもいない。
「うむ・・・確かに」
 大下の方も、酒の瓶を手にしながらマリンの隣の椅子に腰掛けた。
 何か・・・いや、完全におかしい。
 まるで昨日合った、あの龍とそっくりの黒い剣士が居た店の時と同じ感じなのだ。
 違う箇所と言えば、死体が無い事くらいだろう・・・
 そう考えた大下は、ふと、昨日のことを思い出した。

・・・そう言えば、あの龍に似た男のこと・・・まだ、御嬢達に話していなかったな。
   しかし・・・綾子御嬢様のコトを考えると・・・まぁ時機を見て話すか。

 大下はそう思いながら酒瓶を口元に運ぶ・・・が、まだ栓がしてある。
「ん?・・・栓が・・・」
「あ・・・羅刹様、すぐ栓抜きを持ってきますね♪」
 と、マリンが腰を浮かしかけたのだが、村田がそのマリンを手で制してきた。
「まてぃ小娘。ワシと兄貴には栓抜きの様な『軟弱なモノ』はいらないッス!」
「は、はぁ・・・軟弱・・・ですか?」
 どちらかと言うと「文明の利器」であるのだが・・・
 再びマリンが座り直すと、村田は大下に酒瓶を見せながらニッコリと・・・こいつに
使う言葉ではないが・・・取りあえず微笑んだ。
 キラリと光る白い歯が印象的である。
「兄貴ィ!ヒサビサに『首チョンパ!』でもどうッスか!?」
「ん?おぉ!そうだな。ここ久しくやっておらんかった!よし、スタンバイだ!」
「オッス!」
 大下と村田はテーブルの上に酒瓶を立てる。
「よいか!?」
「いつでもOKッス」
 そして、大きく深呼吸を一つすると高々と手刀を振り上げ・・・
「それでは・・・いくぞ!せぇーの!!」
「くーびチョーンパ!ッス!!」
(シュッポオオン!)
 大下の掛け声の後に、空を切る音と共に2人の見事な「手刀」が、綺麗に瓶の首の部
分を跳ね上げたのだ!
 まるで空手の達人みたいだが・・・少し違うのは、兄貴達はそれを楽しんでやってい
るところだろう・・・
「ハッハッハッハ。いやぁ、やはりこれをやると気分がスカーーーッとするな?!」
「それがまたいいんッスよ!どうッスか?小娘、真似が出来るッスか!?」
 そう豪快に笑いながらグビグビと酒を飲み干す大下と、未開封の酒瓶を自分に手渡し
てくる村田に、マリンは目をテンにしながらプルプルと首を振っていた。
 だが、そんなマリンの手に握られた酒瓶が、ツイと取り上げられる。
「ハッハッハ。所詮、軟弱な小娘に(ヒョイ)あり?ッス」
「あれ?・・・あ、綾子様・・・なにを?」
 綾子がマリンから酒瓶を取るのを見て、兄貴達は眉宇を寄せる。
「ん?・・・綾子御嬢。それは酒なのですが・・・」
「そッス、それはお酒ッス。龍兄貴から、お嬢さんにはお酒を勧めないようにと言われ
 ているッス・・・姐さんは勧める様に言ってたッスけど・・・」
「解っていますわ・・・でも、先程、大下さんはおっしゃっていませんでしたか?これ
 をやると『気分が晴れる』と・・・」
 綾子はそう言いながら、手にした酒瓶をテーブルの上に置いた。
「え!?『首チョンパ』の事ですか!?い、いやぁ・・・確かにそうはイイやしたが、
 綾子御嬢には危険です。真似をしない方が・・・」
「む、無理ッスよ・・・ケガをするッス・・・」
 慌てて止めようとする大下と村田。
 もし、綾子が瓶の破片か何かで怪我でもしたら?更には傷が残ったりしたら?
 龍と夏美に「1000万倍以上」の傷を負わされるのは確実だ。
 だが、そんな慌てふためく兄貴達を余所に、綾子は静かに目を閉じた。
 そして・・・
「えいっ!(シュパシュパシュパシュパ!)っ!」
「・・・へ?」
「・・・も?」
(かちゃん、かちゃん・・・ごぽ・・・)
「うわぁ!綾子様、すごーい♪」
 目の前で何かが光ったと思った瞬間、酒瓶が4つの輪切りになったのだ!
 斬れた瓶から酒がビチャビチャとこぼれるのを見て、マリンは盛んな拍手を送ってい
たのだが、兄貴達は・・・

・・・お、お嬢様が・・・あの「女神」の綾子御嬢様が「女王様」になっていくぅ?!
   そ、そんなんイヤじゃあああ!
・・・ま、まずいッス!こんな、夏美姐さんの様な芸当を憶えたなんて、龍兄貴に知ら
   れたら・・・おっかねぇッス!!想像しただけで、また、身体が痛いッス!!

  (ドッタンバッタン!ゴロゴロゴロゴロゴロ!ダンダンダンダンダンダン!!)
    ↑暴れる大下   ↑前後転する村田   ↑2人で床を叩いている

 とまぁ、それぞれの焦りの表現を示し、泣きながら無言のままに苦悩している。
 だが、綾子は兄貴達の苦悩など全く気にもとめていない。
 小さな溜息と共に、焔の懐剣を再び鞘に仕舞いこむと、傍らに置いてあった雑巾を手
に取った。
「はぁ・・・私には余り気が晴れませんでした・・・あら?」
 綾子は酒浸しになったテーブルの上を拭こうとした時に、ふと、見覚えのあるモノが
転がっていることに気がついた。
 指でつまみ上げると・・・
「ナニかテーブルに・・・(ピチョ)これは!?」
 それは、ヒビ割れ、酒にまみれた「由香里のメガネ」であった・・・


 その頃・・・
 和美達のいる町から、少し離れた森・・・
 月の光すら通さぬこの森を、一塊の大きな黒い影と、それにぴったりと寄り添う様に
ついている影が歩んでいく。
 そんな2つの影を「侵入者」と感じたのだろうか?
 風は影の間を吹き抜け、森の木々を一斉にざわめき立たせ、その身体を必死に揺り動
かさせた。
 そして、そのざわめきによって僅かに漏れた月明かりが捕らえたのは、由香里を担ぎ
ながら歩くアッシュと、奴隷の(バルキリー)だ・・・
「少し・・・静かにしろ・・・」
 だが、アッシュのその一言で、森は急に形(なり)を潜める。
 それはまるで森がアッシュの事を知っているかの様に・・・
 闇の番人であるアッシュを讃えるかの様にして、再び森は闇と静寂に包まれた。
 それから、ややもした頃だろうか?アッシュ達の前に、小さな泉がその姿を現す。
 泉は静かに水を湛え、無言でアッシュを迎えた。
 深く・・・冷たく・・・そして、底が見えない、黒い泉。
 その泉から、まるでアッシュを待ち受けていたかの様に何かが浮かび上がってきた。
「(ごぽっ)・・・ちっ・・・まだ足りぬか」
 だが、浮かび上がったモノを見て、アッシュは忌々しげに舌打ちする。
 それは、黒い泉とは対照的な、真っ白い頭蓋骨であった・・・
 しかし、その頭蓋骨は人骨ではない。
 嘗てはクリスタルが填められていた筈の、その額に穿った穴から、頭蓋骨の持ち主が
生前は(カラー)であった事を語っていた・・・だがソレだけではない。
 黒き泉からは、様々な頭蓋骨や骨片が浮かび上がってきている。
 人間のモノは勿論のこと、女の子モンスターや、男の子モンスター。
 果ては真っ白に朽ち果てた(ハニー)までも・・・
 それらは嘗て、先に裕美の手によって復活をさせられていた、炎の邪妖精ジィナと、
土の邪妖精グリスが投げ込んでいたモノだ。
 だが、どれも上手くは行かなかったようである・・・
 アッシュは泉に向かって、意識を失っている由香里と、懐から取り出した水色のクリ
スタルを無造作に投げ入れた。
(ザバン!ボチャン!)
 投げ込まれた由香里は、暫くの間は水面に浮かんでいたが、やがて小さな泡を残して
沈んでいく。
(こぽっ・・・こぽっ・・・)
 ゆっくりと沈みゆく由香里を眺めながら、アッシュは剣斧を草むらに投げると、その
場に腰を下ろした・・・
「ふむ(ドシャッ!カツン)・・・ん?」
 と、その足下に、顔に三つの穴の空いた頭蓋骨が転がっている。
 それは両目と、額のクリスタルの跡・・・(カラー)の頭蓋骨だ。
「ふん・・・お前の『仲間の身体』は・・・なかなか心地よいぞ(バカン!)」
 そう呟くと、アッシュは(カラー)の頭蓋骨を両手で握り潰した・・・
「・・・マスター・・・」
 と、そのアッシュに(バルキリー)が擦り寄ってくる。
 数多くのモンスターの中でも、戦闘力の強さでもトップクラスを誇り、また、プライ
ドも高いハズの(バルキリー)が・・・まるで、恋人に寄り添う娘の様に、顔を上気さ
せているではないか。
 一体・・・このバルキリーに、アッシュは如何なる力を見せたのであろう・・・
 そんな甘えてくる(バルキリー)の姿に、アッシュはゆっくりと鎧を外すと、懐から
淡い銀色のクリスタルを取り出して(バルキリー)にチラリと視線を走らせる。
「お前を『最高の戦士』に生まれ変わらせてやる約束だったな・・・コレを裕美様から
 預かってきた・・・来い・・・」
「はい・・・マスター・・・」
 そのアッシュの呟きを耳にした(バルキリー)は、切なげな声を出し、己の衣服を脱
ぎ捨てると、その裸身をアッシュに委ねていった・・・


                    4


(バタン!!)
「和美さん!!大変なコトが・・・きゃああ!?」
「どうされやしたかぁああ!?・・・うわぉ!?」
「兄貴!?どうしたッスか!?・・・おぉお!?」
「皆さん、一体どうしたん・・・ええぇぇえ!?」
 綾子が由香里のメガネを発見したあの後、メンバーはその由香里の眼鏡を手に、付近
の人々に情報の収集をしたところ「由香里らしき女の子が、例の黒い剣士に浚われた」
と言う話を聞き、コレ一大事と大急ぎで病院に戻って来たところなのだが・・・
 由香里捜索隊のメンバーは、綾子を先頭にして病室に駆け込むなり、全員が盛大な悲
鳴をあげていた。
 そう・・・病室の中も、一大事であったのだ!
 全員、驚愕に満ちた瞳で、病室内の凄惨な有り様を見つめる・・・
 病室の壁という壁はヒビ割れ、所々の床には大穴が空き、窓ガラスにおいては全てが
見事なまでに粉砕されており、調度品などは全てが床の上に転がっている。
 部屋の中は、まるで竜巻が通ったかの様にメチャメチャに荒れ果てていたのだ!
 大下は再び病室の中を見回し、呻く様に呟く。
「い、一体これは・・・何としたことだ・・」
「まさか、あっしらが留守の間に、敵が来たんじゃないッスか?!」
「では、皆さんは一体・・・え?」
 そんな中、綾子の視線の片隅に、辛うじて原型を留めていたベッドが映る。
 そして、その上にはナニやら白い塊が・・・
「まさか・・・さ、早苗ちゃんと・・・孝司さん・・・ですか?」
「むが・・・」
「もが・・・」
 綾子の言葉に、2つの塊が小さく頷いた。
「な、なにぃ!?こ、小僧ぉと早苗嬢が大変じゃあ!?」
「な!け、怪我が・・・怪我が増えていますぅぅぅ!!」
 そうなのだ・・・マリンの叫び通り、綾子達のパーティーがここを出発する時には、
確か2人共、身体中に薬草と薬を塗りたくられていただけで、出発の直前には確か食事
も出来ていたハズ・・・
 なのに!今は2人共、全身を包帯でグルングルン巻きにされ、まるでエジプトのミイ
ラの様になっているのだ!
 そして・・・
「あぁ・・・お帰りぃ・・・綾子ぉ・・・コレほどいて・・・」
 足下から響く弱々しい声に、綾子が目線を下げると・・・
「え?・・・きゃああ!?和美さん!?」
 物が散乱している床の上に、和美がロープで縛られて転がっているのだ!
 綾子は急いで和美にしゃがみ込むと、和美のロープを解いた。
「和美さん!何が、何があったんですか!?強盗にでも襲われたのですか!?」
「アハハハハ・・・」
 だが、乾いた笑いをする和美の脳裏には・・・

・・・綾子、怒るかな?

 と言う言葉だけが占めていた。


 深夜・・・

 月明かりが大地を照らし出し、その限りなく柔らかな光の恩恵は町や村だけでなく、
山にも川にも、草にも木にも、全てに平等に与えられている・・・

 木々の僅かな隙間からこぼれる光が夜露に濡れた草花を艶やかせ、今宵の主役の座を
競わせている・・・

 滞る事なく流れ続ける小川のせせらぎには、砕けた光が鮮やかに乱反射をし、山はそ
の光を浴びながら、雄大な身体を浮かび上がらせ、今宵も麓の村や町を優しく見守って
くれている・・・

 そんな静かな夜を夢見ながら、人々は安らかに眠るのだ。
 だが・・・それは、あくまでも「人」が夢の中で映し出す幻影。
 所詮は「人」の豊富な空想力によって造り上げられた、妍艶(けんえん)の幻でしか
ないのだ・・・
 真実の「夜」とは、全てが漆黒に覆いつくされる「闇」の世界。
 真実の夜の中での月や星の明かりなどは、その光を発する事とその場所を、僅かに闇
に許されているにしか過ぎず、決して彼等の為の時では無い。
 この時を横臥できるのは、夜行性の動物達と、闇でしか生きる術を見い出せなかった
者達だけ。
 そして両者とも「獲物」を求め、今宵も闇を彷徨うのだ・・・
 その「闇の番人」が、微かな物音に眼を開いた。
(こぽっ・・・)
 それは、水の中から気泡が弾けた僅かな音・・・彼はそれを待っていたのだ。
 アッシュは、自分の胸の中で安らかな寝息を立てている(バルキリー)を揺する。
 否・・・その胸の中で眠っていたのは、もはや(バルキリー)では無かった。
 衣服こそ(バルキリー)であるものの、その骨格、筋肉、気配・・・
 いや、全てが嘗ての「格闘家」であったバルキリーを凌ぎ、研ぎ澄まされている。
 これは「格闘技」などと言う「生易しい」モノの為に使われる身体ではない。
 勝ち?負け?この身体に、その様なモノはない・・・

 この身体が使われるのは「殺戮」の為だけに・・・
 この身体は「鏖殺(おうさつ)」をする為に・・・
 この身体があるのは「勝利の証」である・・・

 そう・・・これは「殺法家(さっぽうか)」の身体だ!
「アッシュ様・・・お久しゅう御座います・・・」
「うむ・・・久しいな『エレーヌ』よ」
「はい・・・」
 アッシュの口から漏れた「エレーヌ」の名・・・
 それは、嘗て邪妖精の中で、遊撃隊隊長に身を置いていた邪妖精の名前だ。
 彼女は様々な剣や武器の扱いに長け、指揮統率能力に優れ、また、その「特殊能力」
からゼルパの信頼も厚く、闇の軍勢の中でもかなりの発言力を誇っていた。
 それ故に、ゼルパからは四天王の一員の座と、邪妖精達の中でも最も多くの軍団を与
えられ、エレーヌもその期待に応えるべく「もう一人の伴侶」と共に、軍勢を引き連れ
て容赦なく光の軍勢達を駆逐していったのである・・・
 そんなエレーヌは一頻りアッシュと抱擁を交わすと、アッシュから身を離して鎧を着
け、アッシュもまた、鎧を身につけながら泉を見続けていた。
 泉の中から浮かび上がる気泡は、次第にその数と勢いを強めていく。
 また、泉の中から影が・・・つまりは「何か」が浮かび上がろうとしているのだ。
「(ザバッ)来たか・・・」
 そして、そのアッシュの満足げな呟きと共に姿を現したのは・・・
「アッシュ殿・・・新たなる媒体・・・かたじけない・・・」
 全身をぐっしょりと黒い水で濡らし、水色のクリスタルをアッシュに向かって差し出
しながら、水の上で深々と頭を下げる「一人の少女」であった。
 その姿に、アッシュは満足げに頷く。
「ふむ、ようやく復活できたか・・・久しぶりだな『スケーラ』よ・・・」
 またもやアッシュの口から出た邪妖精の名・・・「スケーラ」
 その名は、闇の軍勢の「隠密部隊」として、光の軍勢から恐れられたもの。
 己の身体を自在に変化させるコトの出来る「水の邪妖精」ならではの力を活用し、敵
地の井戸等の水に潜み、敵にその身を「摂取」させるコトによって、敵の身体を乗っ取
り、情報の搾取や暗殺を専門とした部隊だ。
 その部隊の隊長を務めていた、この「スケーラ」が、今・・・復活した。
 スケーラは再びアッシュに向かって深々と頭を下げる。
「はい。コレまでにもジィナとグリスが幾度と無く、媒体を入れてはくれていたのです
 が、先に眠っている間に消耗した体力の回復に充ててしまい・・・ん?そう言えば、
 あの2人は?」
「・・・死んだ」
「な、なんですと!?一体、何者が?!」
「そうか・・・そう言えば、お前ら3人、昔から仲が良かったな・・・」
「姉弟ですから・・・それよりもアッシュ殿!誰が2人を?!」
「・・・その身体だ・・・異世界の戦士達だ」
「・・・おのれ・・・異世界の戦士・・・許さん・・・」
「ククク・・・」
「フフフ・・・」
 拳を握りしめる少女の姿に、アッシュとエレーヌに笑みが漏れた・・・


(コトン・・・)
 村田の手にしたお盆の上に、マリンが静かに茶碗を置く。
 そして村田はその茶を、いつもとは「ぜんぜん!まっったく!さっっぱり!!」違う
雰囲気の綾子に出そうとしたのだが・・・
「・・・」
「綾子嬢様、お茶が・・・ぅッス」
 あまりにも近寄りがたい雰囲気に、思わず1歩・・・2歩3歩4歩・・・後退して、
マリンの所にまで戻ると、その隣に立っていた大下に茶を差し出した。
「兄貴・・・お茶ッス」
「根性無し」
 さて・・・和美から全ての事情を聞いた綾子は、先程から椅子に座ったまま、じっと
拳を握りしめて俯いている。
 そんな綾子の顔色を是非とも拝見したいトコなのだが、その長い髪の為に、綾子の正
面に座っている和美ですら顔の表情が伺えず、それが余計に和美や周囲の人間達の恐怖
感を募らせていた。
 和美はそんな俯いたままの綾子を前にして、先程から「出来る事なら逃げ出したい」
衝動に駆られ・・・「無言の圧力」とは、正にこの事であろう。

・・・参ったなぁ・・・早苗と孝司のケンカを止めなくちゃいけない私が、逆に大暴れ
   したのはマズかったなぁ・・・おまけに、病院の警備の人達を巻き込んで、病院
   でケガ人を増やして・・・挙げ句の果ては、十数人掛かりで取り押さえられて、
   ロープで縛られたなんて・・・我ながら情けない・・・

 ポリポリと鼻の頭を掻きながら、和美はチラリと上目遣いに綾子を見るが・・・
「・・・」
 やはり顔は見えない・・・
「むが・・・」
「もが・・・」
 ベッドの上から孝司と早苗も、何とか綾子を宥め様とするのだが、いかんせん目と頭
の一部以外の箇所は全て包帯で縛られているので、話はおろか身動きすら出来ない。
 入り口の近くで突っ立っている兄貴達も不安だ・・・
村田は、お茶を飲んでいる大下に口元を盆で隠しながら、そっと囁く。
「・・・兄貴ぃ・・・綾子お嬢さんが怒ると・・・どうなるんッスかね?」
「(ずずっ)・・・さぁて、わからんのぉ。綾子御嬢様は普段が大人しい方だけに、本気
 でお怒りになられたトコを見たことがないからのぉ・・・貴様、見たことあるか?」
「いいえッス。綾子御嬢様は、いつも女神様のように微笑んでいるッス♪」
「だろ?なにせ普段から、龍と姐さんから『くれぐれも綾子嬢様を怒らせない様に』と
 しか聞いとらんからのぉ・・・もしかしたら・・・」
「もしかしたら?ナンッスか?」
「・・・夏美姐さんよりも・・・恐ろしいかもしれん」
「・・・ぅッス」
 そんな静まり返っていた病室だが・・・
「あ、あのぉ・・・」
 綾子の事をあまり知らないマリンが、そんな綾子の隣に佇むと声をかけたのだ。
「綾子様、そんなに悲しまないで下さい。和美様・・・でしたか?・・・も、別に悪気
 があってこの様な事をなされた訳ではないのですから・・・」
 そこまで言ってマリンは綾子の顔を覗き込もうと、側にしゃがみこんだ・・・が。
「それに、今は由香里様と言う方の事が・・・ひぃ(しゅたたたたた!)ぃい!?」
 綾子の顔を覗き込んだ次の瞬間、マリンはわたわたと四つん這いのまま大下の所にま
で命がけで戻り、そして力一杯に大下の足に縋り付くと、目一杯に泣き出したのだ!
「ひぃーーーーーん!羅刹様ぁぁーーーー!恐いですぅぅぅぅ!!」
「マ、マリン!?ナニを見た!?」
「あ、兄貴!ワシも恐いッス!!」
 ピィピィと泣き続けるマリンの姿に、もはや病室内は「恐怖」と言う空気に満たされ
てしまっていた。
 特に和美なんぞは、既に生きた心地がしていない。
 ナニしろ文化祭の時に一度「キレた綾子」を知っているだけに、その恐怖は人一倍大
きいのだ。

・・・あ、綾子が怒っている・・・確か、文化祭の時は・・・包丁で私に・・・

 その和美の思い起こされる記憶と同調するかの様に・・・綾子の手が、懐に延びた。
 その懐にあるのは・・・
「(チャキン!)もう!いやぁ!!」
 そう叫び、綾子は泣きながら焔の懐剣を抜き出すな否や、その自らのか細い喉に突き
立てようとしたのだ!
「だ、ダメェ!(グイッ!)えぇぇえええええ!?」
 寸前のトコろで和美はその手首を掴んだものの、今度はその手を止めた筈の和美に向
かって懐剣の切っ先が迫ってくるではないか?!
「うわああああ!?綾子御嬢様ぁ!!早まんないで下せぇえええ!」
「あ、あぶないっッス!!やめて下さいッス!!」
 兄貴達も慌てて止めに入り、何とか綾子の手から懐剣を奪おうとしたが・・・
「御嬢!御気を静めて(ぴゅん!!ジョリッ!)おわっ!?」
「ひぃ!?あ、兄貴ぃ!!」
「・・・ま、眉毛が・・・」
 振り回された懐剣の刃が、見事に大下の右の眉毛の半分を剃り落としたのだ。
 正に剃刀並の切れ味である・・・
 そんな危険極まりない状態の綾子と和美。
 ナンと今度はもみ合ったまま孝司と早苗のベッドに向かって突進していく!
「むが!?」
「もが!?」
 逃げたくても逃げることが出来ない、この哀れな2人。
 そして、その中でもっとも運が悪かったのは・・・
「(ズドッ!!)・・・きゅう・・・」
 自分のすぐ脇の枕に刺さった懐剣の刃を見ながら、早苗は意識を失った。
 やはり、日頃の行いがモノを言ったのであろう・・・
「綾子ぉ〜〜!頼むから刃物は仕舞いなさいぃ〜!」
「いやいやいやいやいやいや!いやっったら、いやっ!もう、お家に帰るぅ!!龍さん
 の所に帰るのぉ!!」
「あ、綾子が完全にキレたぁああああ!?」
 すっかり幼児退行してしまっている綾子の手を押さえながら、和美の脳裏にはこんな
考えが浮かんでいた。

・・・今度から、綾子には刃物を持たせない様にしよう・・・

 その前に、「今度」があることを祈った方が良いのではないだろうか・・・