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第5章 黒衣の剣士 1 さて、兄貴ズ、孝司、マリンの一行が街を出てから、小一時間もした頃・・・ 辺りは夕日に染まり、今日も長かった一日が終わろうとしていた。 淡い朱色の光を受けて、山々は燃え、川は金色に光り輝き、大地を紅に染める・・・ それはまるで、人々に一時たりとも同じ風景を見せまいとするかの様な、大いなる自 然のみが生み出すことが出来る、素晴らしきイリュージョン。 誰もがその雄大なるショーに足を止め、感嘆の溜息を洩らすであろう・・・ だが、そんな夕日を背に、兄貴達のパーティーは黙々と進んでいた。 本来なら重傷を負った孝司の体調の事を考え、村で一泊をした方が良いのだろうが、 大下は「少しでも早く」和美達と合流をすべく、先を急いでいたのだ。 何しろ、砂丘で戦ったゴーレム(土の邪妖精)は、大下達の力を以てしても倒すのに は苦労した。 もし、和美達が他の邪妖精にでも出くわしたりしたら? タダでは・・・済むまい。 ・・・御嬢達があの様な敵に出くわしたら・・・逃げてくれればよいのだが・・・ 無論、この時の大下は、大きな犠牲を払いながらも、和美達が炎の邪妖精を倒してい たなどとは、露も知らない・・・ そんな事を考えながら黙々と歩いていた大下だが、村田の声にふと我に返った。 「兄貴、あそこにイイ感じの芝生があるッス!今日はあそこで休まないッスか?」 「ん?・・・いや、今日は休まずに・・・」 夜通し歩き続けるつもりであった大下は、そう言いかけたのだが・・・ 「・・・ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・」 「・・・クチュン(ブルッ)」 荷物を背負わないで、ただ歩いていただけなのにも関わらず、肩で息をしてバテ気味 の孝司と、自分の肩に乗せていたマリンが、くしゃみをしながら服の襟元を合わせて身 震いする姿に、大下はやむを得ず夜営を決断した。 「うーむ・・・気温も下がってきた事だし・・・今日はそこで休むとするか」 その大下の決定により、メンバーは開けた芝生に着くと、各自の荷物を降ろす。 そんな中、孝司は荷物と共に芝生の上に大の字に寝転がった。 「ぜぇ、ぜぇ・・・ま、まだ・・・い、息が切れる・・・つ、疲れたぁ・・・」 孝司のケガは、さすがに金を掛けただけの事はあり、傷口はすっかり塞がって、元の 元気な姿を取り戻していた筈なのだが・・・やはり血が足りないのだ。 病み上がりで体力が落ちている時に、兄貴達の歩くペースはきつかったろう・・・ それに比べマリンの方はと言うと、大下の方に乗っていたので問題は無さそうに思え たのだが・・・ 「よっと・・・疲れたろう?マリンよ」 「羅刹様、ありがとうございますぅ♪」 「・・・」 そんな大下の肩から降りるマリンを恨めしげに眺めていた村田は、背負っていた荷物 を足下に降ろすと、今度は「切ない瞳」で大下を見つめる。 正直言って・・・気色悪ぃ。 ・・・うぅ・・・兄貴ぃ・・・何故、あんな小娘を甘やかすんスか!?自分には納得が いかないッス・・・悔しいッス・・・ 複雑な思いが(本当に複雑だ)村田の神経を全力疾走し、その筋肉が詰まった村田の 脳がフル回転した挙げ句・・・一つの結論に達した。 「ム〜ぅッス(チリチリチリ・・・チ〜ン♪)おぉ!兄貴!メシにしやしょうッス!」 「おう!」 やれやれ・・・所詮はこの程度か。 その頃、和美達もまた、兄貴達のパーティーとは、かなり遠く離れた小川の近くでテ ントを張っていた。 こちらも重傷の由香里を考えると、今日はこれ以上進めそうにないのだ。 由香里の治療を綾子に任せ、和美と早苗はテントを組んでいく。 「よい(ギュッ)しょっと・・・早苗、そっちをしっかり持っててね!こっちを固定し たら、そっちに行くから!」 「うん・・・うんしょ!(ギュッ!)・・・これでいい?」 「いいわよぉ〜(カチャン!)よし出来た!大丈夫?早苗」 「お、重ぃ〜」 「はいはい。(キュッ、カチャン)よし、これでテントはOK」 「綾子ちゃ〜ん。テント出来たってぇ〜」 「あ、はい。由香里さん、御免なさいね。よいしょ・・・」 「・・・ぅ」 「あ・・・綾子、私が由香里を中に寝かせるから・・・」 「すいません、お願いします・・・では、私は晩御飯の支度をします」 「頼むわね。早苗、あんたも手伝いなさい」 「うん♪」 「さてと・・・よっと(パサッ)」 「ぅぁ・・・」 テントが組み上がると、和美は綾子から毛布にくるまった由香里を抱きとり、テント の中に静かに寝かせた。 だが、未だに意識の戻らぬその由香里の顔は苦しげであり、額には汗がびっしりと浮 かんでいる・・・ 「・・・ごめんね、由香里」 和美が苦しげな由香里の寝顔に呟いた時、綾子がテントの中を覗き込んできた。 何故かその表情は・・・神妙である。 「・・・(ゴソッ)和美さん。あの・・・お願いがあるのですが・・・」 「なぁに?」 綾子は頻りに外の早苗の様子を伺った後、テントの中に入って来ると、和美の耳元に 口を寄せてきた。 「実は・・・お洗濯をしたいので、下着を脱いでくれませんか?」 「・・・あぅ・・・この子は急に現実的なコトを・・・」 「仕方ありません。お話のように『そして1週間後』なんて、都合良くは・・・」 「ま、まぁソレはそうだけど・・・」 「だって、私達・・・今日で同じ下着を・・・」 「綾子、それ以上は言わないよぉ〜に」 「・・・はい。では・・・」 「ん、判った。洗濯をお願いするわ・・・でも、ナンでそんなコトをコソコソと?」 訝しがる和美に、綾子はテントの入り口の隙間から見える、小川で鍋に水を汲んでい る早苗の方を再びチラリと振り返る。 「和美さん。換えの下着を・・・持ってますか?」 「ううん。取りあえず、今までは食べる物だけで精一杯だったから・・・」 「私もです。それに・・・早苗ちゃんも・・・」 「まぁ、そりゃそうよね?・・・・あ゛・・・ナンとなく綾子の言いたい事が解った。 そんじゃ、今から脱ぐから・・・早苗を押さえておいて」 「はい、この袋に入れて下さいね・・・あと、由香里さんのも、お願いします」 そう言うと、綾子はテントから這い出して「キッチリと」その入り口を閉める。 「ふぅ・・・よいしょ(じぃーーー・・・もぞもぞ)・・・っと」 一方、和美はテントの入り口が「しっかりと閉まった」のを確認すると、ジーンズを 脱ぎ、スルスルとショーツを降ろす。 そして、小さなショーツを更に丸め、綾子の置いていった紙袋の中に入れると、再び ジーンズを穿いたのだが・・・ 「よっと(ゴリッ)ぅ・・・(ズリッ)あぅ゛」 その「擦れる感触」に、顔をしかめていた。 「なんか(ズリズリ)うぅ・・・ゴワゴワして・・・痛い。由香里みたいにスカートに しとけばよかったかな・・・」 だが「早苗に襲われるコト」を考えれば、コレくらいはガマンである。 そう自分に言い聞かせた和美は、今度は由香里の衣服を脱がしていった・・・ さて、外に残っていた綾子と早苗だが、食事の支度をしていると言っても、食べるの は干し肉と干し果物である。 お茶を飲む為と、暖を取る為の火を熾し、お湯を沸かしているだけであった。 「(コポコポコポ)・・・あ。綾子ちゃん、お湯が沸いたよ」 「え、えぇ・・・あつっ?!(カチャン)」 早苗の声に綾子はビクリと身体を震わせ、鍋の蓋を開けようとするが、慌てていたせ いか落としてしまう。 早苗はそんな「らしくないコト」をした綾子の顔を覗き込んだ。 「どしたの綾子ちゃん?ぼーっとしちゃって」 「い、いえ・・・ちょっと、疲れて・・」 「そぉ?」 何とか早苗をごまかした綾子だが、実は・・・ ・・・どうやって・・・早苗ちゃんの下着を脱がせればよいのでしょうか・・・ 暫く考え込んでいた綾子だが、どうしても良いアイデアは浮かばない。 ナニしろ、下手に早苗を刺激したら・・・襲われるのは間違いないだろう。 下着を着けずに早苗の隣に寝るなど、自ら生け贄になるようなモノだ。 「はぁ(シュッ)・・・」 そんな深々と溜息を吐きながらスカートの裾を併せる綾子の隣に、テントから出てき た和美が袋を携えてやってきた。 「綾子。これ・・・」 「あ、はい。それより和美さん。あの・・・早苗ちゃんの・・・」 「あ、それなら任せて。簡単だから♪」 「は?」 そんな自信の有る和美に、綾子は首を傾げる。 ・・・和美さんは一体、どの様な策が? だが、和美の策は簡単であった。 「早苗、洗濯するからパンツ脱いで」 「え!?」 「か、和美さん!?」 あまりにもストレートな言葉に、早苗も綾子も固まっている。 そんな早苗に、和美は手を振って急かした。 「ほら!なにをぐずぐずしてるの!早く脱ぐ!!」 「は、はい!!」 和美の剣幕に、早苗はわたわたと下着を脱ぐと、和美に手渡した。 「よし・・・んじゃ綾子。お願いするわね」 「は、はい・・・」 戸惑いながらも綾子は差し出された早苗の下着を受け取り、小川に歩いていく。 そして、残った和美と早苗だが・・・ 「・・・あ、あの、和美ちゃん」 「なぁに?」 早苗は何やらモジモジとして、スカートを押さえている。 「も、もしかして、和美ちゃんも・・・下、穿いてないの?」 「まさか。私はちゃんと、この間の町で下着を買ってあるわ。それを穿いてンの」 「・・・ちぇ・・・」 心底悔しがっている早苗に、和美は笑顔を保っていたが・・・ ・・・ば、バレてないわよね・・・ 内心は冷や汗ものである。 和美は必死に「平常心、平常心」と繰り返し自分に言い聞かせ、自分の荷物の中から 今晩の食料を取り出していった。 そんな和美に、早苗は暫くもふくれていたのだが、ふと、何を思ったのか、小川で洗 濯をしている綾子の所に走っていく。 「(じゃぶじゃぶじゃぶ)・・・ふぅ・・・」 「・・・綾子ちゃん」 「きゃあああ!?さ、早苗ちゃん、いつの間に・・・」 驚いているその綾子を、早苗はいじけた様に上目遣いに見た。 「ねぇ・・・綾子ちゃぁん。和美ちゃんは、この前の町でパンツを買ったって、言って たけど、綾子ちゃんも・・・買ったの?」 「え?・・・あ、はい。買いましたわ」 ・・・和美さんは、その様な作戦をとったのでしたか・・・ 瞬時に和美の作戦内容を知った綾子は、口裏を合わせるべく、笑顔でそう答えた。 だが、そんな綾子を「じとーーーっ」と見つめ、早苗は更にすねる。 「いいなぁ・・・早苗も欲しかったのにぃ・・・この世界のパンツ」 「あ、ごめんなさいね。今度の町で、買ってあげますから」 「絶対だよ・・・ん?」 早苗はそう言って、和美の所に戻ろうとしたが、ふと、気になる事があった。 「・・・綾子ちゃん。新しいパンツって、どんなの?」 「え?!あの、その・・・それはもう、素晴らしい穿き心地で・・・」 「見せて」 「・・・いくら早苗ちゃんでも、それはちょっと・・・」 「そう?・・・あ!あんな所に龍さんが!!」 「え!?どこ!?何処なのですか!?」 いきなり小川の向こうを指差し、龍の名を叫んだ早苗に、綾子は洗濯物を投げ捨て立 ち上がるとキョロキョロと周囲を見回してしまった。 その次の瞬間! 「(ぶわさっ!!)綾子ちゃんのパンツはどんな色・・・えぇ!?」 綾子のローブを一気にめくった早苗であったが・・・その予想もしなかった光景に、 両手を上げた「バンザイ状態」のまま硬直している。 「きゃあああああ?!早苗ちゃん!何をするのですかぁ〜!」 真赤になりながら、しゃがみ込む綾子。 だが、それでも早苗は呆然とし・・・辛うじて呟いた。 「・・・真っ白な・・・お尻・・・」 あ、さて・・・場面は再び兄貴達のパーティー。 「ヌゥリャ!(ガズン!・・・メキメキメキ!ドドーーーンッ!!)ぷふぅッス♪」 普通の人の身体で一抱えもありそうな大きな大木が、葉っぱを撒き散らしながら大き な音と共に倒れた。 そして、目の前で木の枝を拾っていた孝司の目の前にも、その木の葉が一枚・・・ 「(ヒラリ)・・・」 あまりの光景に、ポロリポロリと孝司の腕から、せっかく拾った枝が落ちる。 唖然として、開いた口が閉まらないのだ・・・ 孝司はその呆然としている頭で「自分と村田は今、何をしているのか?」と言う、簡 単な質問をしてみた。 無論、瞬時にしてその解答は弾き出される。 ・・・確か、焚き火に使う「薪(たきぎ)」を拾っていた筈・・・ そんな孝司の前で、大きな木を「手刀」でへし折った村田は、額の汗を拭う。 「プフーーーーッ!・・・こ、小僧!コレなら、暫く薪には苦労しないッス!!」 そう言って村田が誇らしげに指差した先には、丸太が幾本も積み上げられていた。 その木と、村田の爽やかさを通り越して寒気のする様な笑顔を見比べながら、孝司は 顔を引攣らせている。 「で、でも、こ、これじゃ・・・家が造れますよ?」 「そッスか?うーむ、家が造れるッスか・・・ムム?家ッスか?!こ、小僧!も、も、 もしかして!今の発言は、ワシと小僧の『愛の巣』が欲しいと言う、ホンのちょっと だけ遠回しの愛の言葉の意味と捉えても・・・いいのかな?ッス(ポッ)」 「・・・ちょっとどころか、完全に違う意味ですので、是非とも捉えないで下さい」 「そんな照れなくてもいいッス☆・・・ホントに小僧は恥ずかしがり屋さんッス♪」 (ガズンガズンガズン!メキョキャキャキャ!チュィーーーン!) 村田はモジモジとしながら、素手で倒した木を今度は「角材」に変えていく。 一体、この男はどーゆー手の構造をしているのだ? 次々と角材になっていく木に、本格的に家を建てられそうな気がしてきた孝司は、ナ ンとか誤魔化そうとしたのだが・・・ 「あ、あの・・・村田さん、それだけ切ったら、キャンプファイヤーが出来ますよ?」 「な、なに!?それはワシらだけの『キャンドルサービス』をしたいって事ッスか!? そ、そこまでしてイイんッスか!?ワシはまだ、気持ちの準備ができとらんッス!」 「・・・い、いやだ」 一方、和美達の方はと言うと・・・ 「ごちそーさまでした。後は、食後のお茶ッと・・・」 「ぅ・・・さまでしたぁ〜。早苗はお水でイイ・・・」 今夜も簡単な食事は瞬く間に終わり、満たされぬ空腹感に和美はお茶を飲み、早苗は 水筒の水をチビチビと飲んでいる。 一方、先に食事を終えた綾子は、焚火に掛けていた鍋を下ろすと、その干し肉と薬草 を煮詰めたスープを小さな器によそう。 そして、よくかき混ぜて熱を冷ますと、その器を手にテントへ入り・・・ 「さぁ、由香里さん。コレを飲んで、体力を・・・」 「ぅ・・・」 綾子はまだ意識の戻らない由香里を静かに抱きかかえると、口にスプーンで流し込ん でいた・・・ そんなテントの中の綾子と由香里を見つめていた和美であったが、水筒の水を飲んで いた早苗を手招きで呼び寄せる。 「ちょっと早苗」 「んむ?なに和美ちゃん?」 「今夜の見張り・・・私と早苗でやるわよ」 「う、うん・・・」 さすがに状況が状況だけに、早苗も文句を言わずに頷く。 確かに、由香里は傷つき意識不明の状態だ。 治療魔法を行うことが出来る綾子には、常に付き添っていて貰わなくてはならない。 「今日は・・・長い夜になりそうね」 「・・・うん」 武器を握りしめる和美に、早苗も黙って頷いていた・・・ さてさて・・・ 兄貴達が残った食料を喰い尽くした事で自動的に食事が終わり、こちらも今晩の歩哨 の相談をしているトコろであった。 「今夜の歩哨だが、小僧は病み上がりだから省くとして・・・」 と、大下がそこまで言いかけた時、凄まじい勢いで村田が手を挙げる。 「はいッス!(ビュボッ!)兄貴!今日の夜の見張りは、あっしと小娘でやるッス!」 「ん?お前は別にかまわんが・・・マリンは一般人だぞ?ちと、きついのでは・・・」 あまりの気迫に気圧され掛けた大下であったが、マリンの方をチラリと見て言葉を詰 まらせる。 確かに、こちらも怪我人の孝司を除くのは判るが、ナニもマリンを・・・ だが、マリンはプルプルと首を横に振る。 「大丈夫です羅刹様。私だって、お役に立たなくては・・・」 「しかし、夜はとても危険であり・・・」 「いいえ。私は羅刹様のお役に立ちたいのです」 「そ、そうか・・・それでは、夜は冷える。この毛布を(ちょん)・・・お♪」 「有り難うございま(ちょん)・・・ぁ☆」 大下の差し出した毛布を受け取る際、マリンと大下の指先が触れた・・・ 「羅刹様(ギュッ♪)・・・」 「マリン(キュッ☆)・・・」 そして、そのまま手を握り合い、バックに花を散らせながら見つめ合う2人・・・ まさに「美女と野獣」である。 「やれやれ・・・そんじゃ、俺、先に休ませてもらいますんで・・・」 そんな2人の光景に、孝司は大きな溜息を一つつくと、首を振りながらテントに潜り 込んでいったのだが、ここに一人、嫉妬(Shit!)に燃えた「熱い漢」がいた。 「(ギュムムムッーー!!)く、くやしぃーーーーーーーーッス!」 毛布の端を激しく噛みながら、血の涙を流す村田である。 「ムキィィィーーー!!(ギュギューーー!)悔しッーーース!あんな小娘に、兄貴が 目を奪われるなんて(ギュギューー、ブチッ!)悔しッス!悔しいッス!(ドッタン バッタン!)」 遂に毛布の端を噛みちぎったかと思うと、今度は転がっている。 暑苦しいことと、やかましいコトこの上ないのだが・・・ 「モンスターがでたら、すぐに呼ぶのだぞ・・・」 「はい羅刹様・・・」 そんな大騒ぎをする村田を、故意に無視したのか? それとも、完全に二人の世界に肩までどっぷりと浸ってしまったのか? 大下は、マリンと握りあっていた手を惜しみながら離すと、最後まで見つめ合ったま まテントへと潜っていったのである。 その大下の姿が消えるなり、村田の顔が豹変し・・・ ・・・く・・・くくくやっっっっしぃいいー!ッス!あ、兄貴を独り占めするなんて、 絶対ィに許せないッス!こ、こうなれば、この小娘を徹底的に、いぢめるッス! そして、村田の「マリンいびり」がスタート!? 「小娘ぇ!絶っ対ィにぃ居眠りをするでないッス!」 「は、はい!」 「小娘ぇ!焚火が消えそうッス!薪をくべるッス!」 「はい!」 「小娘ぇ!あそこに小ぃさなゴミが落ちてるッス!」 「はい!」 「小娘ぇ!肩がこったッス!存分に肩を揉むッス!」 「はいぃ!」 「小娘ぇ!え〜とッス・・・タダ呼んだだけッス!」 「はぃ・・・」 とまぁ、これは「いぢめ」と言うよりも「鬼姑」と「いぢめられる嫁」である。 だが、そんな次々と出される指示が、マリンには単なる「いぢめ」だとは知らず、矢 継ぎ早に飛んでくる村田の指示に、マリンは一生懸命に働いていたのだが・・・ 「次は(ガササッ!)むむむ!?小娘ぇ!あそこにモンスターッス!さっさと行って、 退治してくるッス!ばとる開始ッス!」 「はい!・・・えぇ!?」 反射的に返事はしたものの、マリンに戦闘の経験などない。 「わ、私には・・・」 「GOぉーーー、ふぁいッス!」 ガサゴソと蠢く草むらを前に、マリンは立ち尽くしていた・・・ 再び場面は和美達。 今夜の見張り番となった和美と早苗は、寄り添いながら空を見上げていた。 暗黒の空には満天の星が・・・それはまるで、夜の女神の纏うローブに散りばめられ た宝石の様に輝く。 そんな雄大な夜の空を、和美は「早苗とモンスター」に警戒しながらチラチラと星を 眺めていたが・・・ 「・・・はぁ・・・」 しばらく空を眺めていた早苗は、大きな溜息と共に下を向いたのだ。 何やら様子がおかしい。 和美はそんな元気のない早苗の顔を覗き込んだ。 「ん?どうしたの?」 「うん・・・あのね、和美ちゃんと一緒に、こうして空のお星様を見るの・・・去年の 修学旅行の時以来だなぁって・・・」 早苗の呟きに、和美はハッとした。 そうだ・・・ 去年の修学旅行先の旅館の屋上で・・・ 和美は早苗と一緒に夜の星空を眺めていたのだ・・・ ついでに言うと、早苗に襲われたのも、その直後である。 「・・・ぁ゛」 和美はその事を思い出したのだろう・・・ パンツもまだ乾いていなかったので穿いておらず、色んな意味で「危険」である。 和美は思わず早苗から離れようと腰を浮かしかけたのだが・・・ 「・・・ぐすっ・・・」 「・・・?」 鼻を啜っている早苗から「ソレ」とは違う雰囲気を感じ、再び腰を降ろした。 早苗は、じっと俯いたまま悲しげに呟く。 「でも・・・」 「でも?」 早苗の寂しげな声に、和美はそっと顔を覗き込む。 「でも、でも・・・今見ている、お空は・・・早苗と和美ちゃんが見たお空じゃ無いん だよね・・・ぐすっ・・・だって、お月様が2つもあるモン・・・」 そうなのだ・・・ 今見ている空は、あくまでも別世界の・・・異世界の空。 「和美ちゃん・・・お家に帰りたいよぉ・・・ぐすっ」 早苗の眼に涙が光る。 和美は早苗を自分の毛布に引き入れると、優しく抱き寄せた。 「お家に帰ったら・・・また一緒に星を見ようね」 「・・・うん」 あ、さて・・・いよいよ決戦の時が近いマリン。 目の前の草むらの動きは更に激しくなっていく。 既にマリンの足はガクガクと震え、歯はガチガチと鳴りっぱなしだ。 それなのに・・・村田は本を片手に悠然とポージングの練習をしている。 「む、村田さーん!お願いです!手伝ってください!」 「何を軟弱な事を言ってるッスか!ワシは今・・・ヌゥ!(ムキャ!)この通り、手が 放せんッス!フン!(ムキャ!)」 これでマリンの初陣は、モンスターとの一騎打ちと決まった。 マリンは震える手を押さえながら、必死にチャクラムを構える。 ・・・ど、どうか敵は・・・飛びかかってきたり、咬みついたり、引っ掻いてきたり、 蹴ったり、殴ったり、魔法を使ってきませんように! 些か贅沢な願いではあるが・・・気前のいい神様は、全部条件を飲んでくれた。 但し、条件付きで・・・ (バサッ!) 遂にモンスターが草むらから飛び出してきた! マリンとモンスターの壮絶な戦いが始まるのか!? そして、草むらから飛び出してきたモンスターは!? 「は、はぁ〜い・・・こ、こんばんはぁん♪」 それは・・・(いやな奴)と言う、実に「いや」なモンスターであった。 確かに、力技も、魔法も使わないが・・・その全身全霊をかけた「しり見せ」攻撃は 決して侮る訳にはいかない。 それに・・・ 「あ、あの、あの・・・コレ・・・あ、あんぱん・・・たべるぅ?」 差し出された小さなあんぱんを、絶対に食べてはいけない! その小さなアンパンは「お仲間あんぱん」と言って、一つくらいなら平気だが、沢山 食べるコトによって、自分が(いやな奴)になってしまうと言う、世にも恐ろしい粒あ んのアンパンなのだ! 「け、結構ですぅ・・・」 「そ、そお?・・・とっても・・・美味しいのにぃ・・・むしゃむしゃ」 「・・・うぅ」 マリンはお仲間アンパンを食べている(いやな奴)を目の前にして、手のチャクラム を構えるべきか悩んでいた。 ・・・なんか・・・「いや」な予感がするぅ・・・ マリン、これ以上無いくらいに的確な判断である。 だが、そうしている内にアンパンを食べ終えた(いやな奴)は、今度はダンスを踊り ながら迫ってきた。 「お、お腹いっぱい・・・腹ごなし・・・ズンタ、ズンタ、ズンタッタ♪(ブッ!)」 「ひ、ひぇ・・・く、来るなぁ・・・」 奇妙なステップを刻み、更には「屁」までこきながら、ゆっくり・・・それでいて、 確実に近づいてくる(いやな奴)・・・ そんな尻込みをしているマリンに、遂に村田の叱咤が飛んできた。 「小娘ぇ!キリキリと闘うッス!サクッと殺るッス!」 とは言われても・・・いやなモノはイヤである。 「だ、だってえ・・・ひっ!!」 だが、遂にそうも言ってられなくなった。 躍っていた(いやな奴)が、マリンに向かって「尻」を突き出してきたのだ! 「ルンタッタ♪ルンタッタ♪・・・そ、そろそろ・・・いくね・・・」 「チャ、チャクラムGO!」 そんな(いやな奴)の精神攻撃(?)に堪らなくなったマリンは、遂にチャクラムを 投げた! (シューーーーーーーーーーーン!) マリンの指から放たれた2枚の光輪は、小さな風り切音を立てながら(いやな奴)に 向かって飛んでいく。 危うし!(いやな奴)! 「だ、だいじょぶ・・・はぃん!(パシッ!)あぁん☆冷たくて、ひんやりぃん♪」 「・・・う、うそ・・・」 マリンの目がテンになり、口は開きっぱなしとなった・・・ 自分の目で見ている事を、信じたくはないのだ。 「・・・あ・・・あ・・・」 「るんたった♪るんたった♪」 なんと(いやな奴)は、チャクラムを・・・「しり」で受けとめたのだ。 しかも、真剣白羽取りの様に、チャクラムを尻に挟んで・・・ 「ち、ちがうんだな・・・こ、これ・・・す・ま・た☆」 すまた・・・か。 「あ・・・あわわわ・・・」 月の光を浴び、やたらと照かる(いやな奴)の尻と、すまたに挟まれたチャクラムの 哀れな姿を見て、マリンはその場にへたりこんだ・・・と、その時! 「小娘ぇ!情けないッス!(ムキャ!)」 よーやく毎日欠かさずしていたポージングの稽古をすませた村田は、読んでいた雑誌 を投げ捨て、マリンの横にやってくるとポージングを一つ。 そんな村田にマリンは泣きながら(いやな奴)を指差した。 「む、村田さぁん・・・羅刹様に買ってもらったチャクラムがぁ〜・・・」 「まったく・・・ワシが取り返してやるッス!そこの『ヘンな奴』ッス!」 「あ、あんただけには・・・言われたくないんだな・・・」 「やかましいッス!貴様の様なヘンなヤツは!突きにかわってぇ・・・掌打ッス!」 「(ドカ!バキッ!メキョ!ブチョ!)いやぁん♪」 哀れ(いやな奴)は、夜空のお星様となった・・・ とまぁ、豪快に(いやな奴)をぶっ飛ばした村田であるが、ナンと今度はマリンの方 に向き直り、睨み付ける。 「プフゥーーー・・・小娘ぇ!あの程度の敵を倒せん様では、我らの旅の足手まといに なるッス!今からでも遅くはないッス!すぐに帰るッス!」 村田はそう叫び、ビシッ!と来た道を指差したが・・・ 「そ、そんなぁ・・・だって・・・私・・・帰るトコ、ないんだもん・・・グスっ」 マリンはそう呟きながら、その場に残されたチャクラムを手に取ると、小さな涙をこ ぼしたのだ。 「うっ・・・」 しかし村田は僅かに狼狽えただけに止まり「ここで甘い態度をとってはイカン」と、 更にマリンを激しく責めたてる! 「そ、そんな泣き真似なんかをしても、駄目なモノはダメッス!!小娘に戦闘はできな いッス!!さぁさぁ、とっとと早いとこ、さっさとお家に帰って寝るがいいッス!! グッドばぁい!GO、ばっく!!ッス!」 そんな強烈な村田の強制送還勧告に・・・ 「うっく・・・そんな・・・クスン、クスン・・・ふえぇええええええん!!」 「おわ!?」 遂に泣き出してしまったマリンに、今度ばかりは、さすがの村田も焦りまくった。 ・・・ま、まずいッス!こ、小娘を泣かしてしまったッス!これが兄貴に見つかりでも したら半殺し・・・いや、4分の3殺しッス!絶対にやばいッス! 「ふぇええん・・・」 「や、やばいッス!このままでは兄貴が起きてしまうッス!!小娘ぇ!た、頼むから、 な、泣かないでほしぃッス!ほーらホラ、イナイイナイ・・・ぶわぁああああ!!」 「っく!・・・うえぇええええええええええええええん!!」 「なんでッスかあああ!?」 あまりにも恐ろしい形相を見せられ、今度は恐怖のあまりに泣き崩れてしまうマリン に、本格的な生命のピンチを感じた村田、テントに向かって漢らしく猛然とダッシュ! 「こ、こうなれば、最後の手段っッス!!(ゴソゴソ)・・・」 「・・・くーーーー」 「ぐぉーーー・・・」 静かにテントに潜り込んだ村田は、大下と孝司が眠っているのを確認すると・・・ 「あ、アレは(そーーーーっ・・・がさがさ)どこだったッス・・・」 自分のバックの中を静かに、それでいて必死に探る。 「たたた、確かまだ残っていたはずッス・・・」 「うーん・・・」 「っ?!(どビクぅッ!)」 ・・・あ、アセったッス・・・こ、小僧ぉ!頼むッスから、ワシらの熱い友情の期待に 応えて、そのまま眠っててほしッス! 「うぐぐぐぐぐ・・・」 孝司の身体に悪寒が走り、今まで見ていた夢が悪夢に変わった・・・ そんな悶え苦しむ孝司の寝顔を見て、村田はフッと微笑む。 「嗚呼・・・愛苦しぃッス☆・・・小僧はどんな夢を見てるんッスかね♪・・・きっと ワシと花畑で仲良く追い駆けっこをしている夢に違いないッス♪・・・フフフ・・・ ハッ?!い、今はそれ所じゃなかったッス!ええと(ゴソゴソ)お!?あったッス! これでバッチリッス!」 村田はバックの中から何やら一つの箱を掴み出すと、まだ泣いているマリンの元に、 全力で転がり戻った。 「ひっく・・・(ぽむ)・・・え?」 しゃくりあげていたマリンの肩に、グローブの様な手が置かれる。 振り向くと、そこには村田が白い歯を光らせて、やたらと気持ちの悪い・・・いや、 これでも本人は精一杯の「素敵な笑顔」をしているのだが・・・顔をしていた。 「こ、小娘・・・これをやるッス。だから・・・泣くなッス」 「・・・これは?」 涙を拭きながら戸惑うマリンの小さな手の中に押し込まれたソレは、凄まじいばかり の容貌をした老け顔の天使と、ぶかぶかの柔道着を可愛らしく着崩した女の子のマーク の入った、その名も「エンゼル悟郎印のちょこボール」の箱・・・ 「う、うむ。ワシらの世界の菓子ッス」 「いいのですか?こんな大切な物を・・・」 返そうとするマリンに、村田はそっぽを向いて咳払いをする。 「コホン。い、いいから食うッス。元気がでるッス・・・」 「はい・・・じゃ、村田さんも・・・」 「む?」 村田の手に、小さなちょこボールが転がる。 マリンも一つ摘むと、口の中に放り込んだ。 「もぐ・・・美味しいですね。甘くて、果物の味がします♪」 「うむ、バナナ味ッス・・・(ぼりぼり)」 月明かりの下、ちょこを噛み砕く音が、泉に響きわたった・・・ 2 翌日・・・ 和美は朝露に濡れた毛布を跳ね退けると、大きく伸びをした。 今日も太陽が山陰から顔を覗かせ、大地を照らし出し、一日の始まりを告げる。 和美はその暖かな光を一杯に身体に浴びながら、新鮮な自然の空気を深呼吸した。 「んっ・・・さぁ、早苗も起きなさい・・・あふ・・・ホント、気持ちのいい朝ね♪」 そう言って、和美は隣で毛布にくるまっている早苗を揺さぶるが・・・ 「あふぁ・・・うん・・・気持ちのいい・・・朝寝・・・く〜☆」 「こらこら♪」 和美は再び眠り込もうとする早苗の毛布をひっぺがす。 「いやぁ・・・」 「早苗、起きないと朝御飯抜きよ?」 「んじゃ早苗、ご飯いらないもん・・・」 毛布の橋を掴んで必死に抵抗を続けていた早苗であったが、そう強がりを言って寝返 りをうった時・・・ 「(ぐぅぅぅぅう♪)・・・う〜」 どうやら、早苗の身体は睡眠欲よりも、食欲の方を欲しているらしい。 「くすっ☆・・・早苗のお腹は正直ねぇ〜♪」 「いやなお腹!勝手に返事をしないでよぉ〜」 早苗は顔を真っ赤にすると、のそのそと毛布から這い出す。 そして、同じくしてテントから顔を出してきたのは綾子・・・ 「あ、おはようございます。和美さん、早苗ちゃん」 「おはよう、綾子。由香里はまだ・・・寝てる?」 「えぇ、ちょっと苦しそうですが・・・」 そう言って、綾子がテントの中を振り返ると・・・ 「・・・っ・・・」 その中では、由香里がまだ苦しげに眠っている。 綾子は由香里の毛布を掛け直してからテントの中から這い出てくると、大きく身体を 伸ばした。 「んっ・・・はぁ」 腿まである大きなシャツが、太陽の光を通し、綾子の身体を浮かび上がらせる。 早苗はその太陽の光で透けて見える綾子のシルエットを見て、始めは妖しげな笑みを 浮かべていたのだが・・・その綾子の細いラインに気がつくと、悲しげに呟いた。 「ニヘへ♪・・・ん?綾子ちゃん・・・少し、痩せた?」 「え?そうですか?」 綾子は自分の腰のあたりに手を当てている。 「そう言えば・・・私も・・・」 綾子を見て、和美も自分の胸の下に手を当てた。 肋骨が・・・少し浮き上がってきている。 そう・・・この世界での食生活はあまりにも貧粗で・・・いや、元の世界の食事が贅 沢なだけなのだが、飽食の世界で暮らす和美達には負担が大きかった・・・ 町に着いたとき以外の食事は、みんな携帯食・・・それも、カロリー計算をしつくさ れた現代のサバイバルフード等ではなく、殆どが干し肉か干し果物だ。 まぁ、途中で肉に喰らいついていた輩もいたが・・・後は正に、草の根をはみ、泉の 水を啜る生活・・・よくここまで持ちこたえてきたものである。 だが、体力減退は突如として全員を襲った。 「早苗もなんか、身体の調子が・・・あれ?(どさっ)」 「早苗!?」 立ち上がった途端に崩れ落ちた早苗に、和美と綾子は必死に早苗を抱き抱える。 「早苗ちゃん!しっかり!」 「ちょ、ちょっと立ち眩みをしただけだよぉ・・・う」 強がりを言って、立ち上がろうとする早苗だが・・・手足に異様な痺れを感じた。 「あれ・・・なんだろ?・・・和美ちゃん、手と足が痺れるカンジがするよぉ・・・」 早苗は微かに震える手を、和美に向かって差し伸べる。 和美はその早苗の手を握りしめた。 冷たい・・・凍るほどではないが、通常の体温ではない。 「な?!(ぎゅっ)早苗!手が冷たいじゃないの!?風邪でもひいたの!?」 「かもしんない。パンツないから寒いし・・・身体が・・・だるいよぉ・・・」 「今魔法で調べますね(ブン)え?!和美さん!これは風邪ではありません!身体の基 礎体力自体が消耗しているのですわ!魔法では治せません!」 早苗の身体に手をかざしていた綾子が悲痛な声を出した時、テントの中から、弱々し い声が響いてきた。 「困ったわね・・・栄養が偏っているのよ・・・あたしも目眩がするわ・・・この間の 戦闘で血を流しすぎたのが悪かったのかも・・・」 「・・・え?!由香里!もう起きても大丈夫なの!?」 「ん・・・今、目が覚めたから・・・」 声と共にテントの中から出てきたのは、軍刀を杖代わりにしながら毛布を身体に巻き 付けた由香里・・・だが、その足どりはヨロヨロとおぼつかない。 「由香里さん!無理をなさらないで!」 綾子が小走りに走り、由香里に肩を貸してやると・・・ 「ゴメン、綾子・・・よいしょっと」 由香里はそう言って綾子の肩に・・・残った左腕をかけ、右手で軍刀を杖にしながら テントから出ると、倒木の上に腰を下ろした。 「由香里・・・」 そんな由香里に、和美は何か言葉をかけたかったのだが・・・何も出てこない。 ナニを言えばいいのか解らないのだ・・・ 無言で由香里に縋り付く和美。 「うっく・・・」 そんな和美に、由香里は微笑む。 「気にしないで和美。あたしは・・・生きているんだから」 「ぅ・・・由香里・・・ゴメン・・・」 そんな由香里の強い精神力に、何故か涙がこみ上げてくる。 そして、そのこみ上げる涙を・・・和美は押さえきれなかった。 次から次へと溢れ、和美の頬を伝い、由香里の肩に落ちる。 「泣かないでよ・・・ねぇ、綾子からも言って・・・あぅ」 和美を見ていて自分も涙が出そうになった由香里は、隣で立っている綾子に視線を移 したのだが・・・ 「うっく・・・うう・・・」 「・・・参ったな」 既に綾子はボロボロと涙をこぼして泣いているのであった。 「やれやれ・・・ん?・・・ちょっと、和美」 「うっく・・・なぁに?」 「・・・汗くさいわよ」 「む・・・悪かったわね・・・アンタだって同じじゃない♪」 「まぁね・・・ん?それより和美。アネーロさんの姿が見えないんだけど・・・」 「実は・・・」 和美は由香里が意識を失っていた間の経緯や、邪妖精の媒体となっていたリリィを無 事に助け出した事、それとそのリリィを送っていったアネーロの事を話す。 そんな和美の話を黙って聞いていた由香里であったが、ふと、指折り数えた。 「そうだったの。そりゃ大変だったわ・・・ん?えーと・・・そう言や和美、あたし達 がこの世界に来てから、今日で何日が経った?」 「確か・・・6日目よ・・・」 「6日目か・・・そっか。それでなんだぁ・・・あたしも迂闊だったわね。最初に綾子 が『時計が動かない』って言った時に気がつくべきだったんだわ・・・」 「え?ナニに?」 「この世界はあたし達の世界と比べて『重力や物理法則が違う事』を、すっかり忘れて いたなんて・・・迂闊だったわ」 「ん?よく判んないんだけど?」 「よく考えて和美・・・あたし達さ、これまでどのくらい歩き続けたり、闘ったりして きたと思う?」 「そうねぇ・・・結構歩いたし、何回も戦ったわ」 「そうよね・・・でも、それは『この世界』だから出来たのよね?」 「え?あ・・・そうよね。普段だったら、こんなに体力が持たないハズだし、大体、そ んなことをする必要もないわけだし・・・」 「でも・・・一日中歩き続けてきたのは事実だし、本来なら、かなり重い筈の武器を簡 単に振り回してきたのも・・・現実にあった事よね?」 「う〜ん?・・・ねぇ、由香里。はっきり言って。ナニが言いたいの?」 「解ったわ・・・簡単に言うと、あたし達の身体は『この世界に適応していない』のよ ね。確かに、あたし達はこの世界の人達より、パワーも魔力も体力も桁外れだけど、 その他の『基本的な身体の構造』はナニも違わないのよ」 「違わない?」 「そ。この世界の人たちと同じ様に、ご飯を食べて、夜は寝て、新陳代謝もふつーに行 われて・・・つまり、基となる電池は一緒なのよ。ただ、違うのは・・・」 「違うのは?」 「この世界の人達とは『身体を動かしているモーター』が違うだけ・・・それに、もし かしたら、この世界の食べ物は、あたし達の身体に適していないのかも・・・はぁ」 由香里はそう言うと、だるそうにして大きく息を吐いた。 「そ、それじゃ、栄養不足とか、その・・・疲れを治す為には?」 「・・・ちゃんとした食事を摂るしかないわよ・・・あと、休養もね・・・」 「でも、ご飯はちゃんと・・・」 「この世界のレベルじゃなくて、もっと大量かつ高質によ。あたしの予想では、早苗は おそらくカリウムにビタミンBとかCが・・・つまりは野菜が足りないんじゃない かな?きっとこの子、前にいた世界から野菜をあんまり食べていないのよ・・・」 「早苗!本当なの!?」 「う・・・早苗、野菜嫌いだもん・・・美味しくないもん」 「まったく・・・お肉とか、カップラーメンとかばっかり食べていたんでしょ!?」 「ううん。『ぽてち』が主食だった・・・」 「・・・こ、この子はぁ〜」 そして、同じ頃。 場面は兄貴達のパーティーへと・・・おや? 「うぅ・・・か、身体が・・・」 「うごかないッス・・・」 なんと、あの兄貴達も朝日の下で倒れ伏しているではないか?! この異様な姿に、マリンと孝司が必死に二人を揺さぶっていた。 「しっかり!羅刹様!しっかりして下さい!」 「村田さんもどうしたんですか?!急に倒れて!?」 そして2人掛かりで、やたらと重い兄貴達を引きずり、何とか毛布の上に寝かせる。 兄貴達も栄養の偏りが原因だろうか? まぁ確かに、和美達に比べりゃ『燃費』は無駄に悪そうであるが・・・ 大下は震える手を、マリンに差し出す。 「マ、マリン・・・こんな所で朽ち果てようとは・・・無念じゃ」 「羅刹様!しっかりぃ!嫌です!私・・・私・・・また私一人ぼっちなんて!」 村田もまた、孝司に向かって手を差し伸べた。 「こ、小僧・・・わしが死んだら・・・ワシが死んだら・・・」 「村田さんも!ナニを縁起の良い・・・じゃなくて、縁起でもない事を言っているんで すか?!それで遺言は?!」 「あっしが死んだら・・・小僧の好きな場所に、あっしを埋めてほしいッス・・・そし たら、小僧が訪れてくれる度に・・・あっしは、そこで綺麗な花を咲かせて待ってい るッス・・・(ぽっくり)」 「んじゃ、この世界に埋めましょう。二度と来られないでしょうから・・・」 「アァン!小僧、つれないッスぅ!」 「さぁ〜て。スコップ、スコップと・・・」 孝司は丁寧に村田の手を胸の上で組んでやると、スコップを取りにテントに行くその 隣で、マリンは必死に大下を揺さぶった。 「羅刹様!どこが悪いんですか!?何か悪いものでも食べたのですか!?」 「う・・・悪いものでも何でもいい・・・メシを食わせてくれ」 「判りました!ナニか食べるものを・・・はい?」 ナンの事は無い・・・ただ単にハラが減っているだけなのだ。 大体、肉食が主体のこの兄貴達・・・食生活に偏重もへったくれもない。 それに、肉食獣は自らの体内でビタミンCを合成し、栄養バランスを補っているらし いから・・・きっと、こいつらだって、やっているに違いない。 「メシぃ・・・」 「にくぅ・・・ッス」 こうして兄貴達は『死の淵の土俵際の徳俵』で、しぶとくノコっていた・・・ちっ。 さて・・・和美達は疲れた身体に鞭打って(考えようによってはイヤらしい例えであ るが)ようやく、人里に辿り着いた。 幸い、来る途中に出会ったモンスターに強い敵はなく、殆どが和美と綾子で片付け、 誰にも怪我は無い。 和美は由香里を一度背負い直すと、首を巡らせ「宿屋」を探していた。 本来なら「病院」に由香里と早苗を連れて行きたいのだが、まずは由香里が・・・ 「・・・病院に連れて行ったら、舌噛んで死ぬ」 と言い、早苗は・・・ 「・・・病院に行ったら、看護婦さんに手ぇ出す」 などと言ってのけたので、仕方なく「宿屋」を探していたのだ。 「ったく、ホントに二人ともワガママなんだから!」 「だって・・・あたし、注射って嫌いだモン」 「早苗ちゃん。やはり、ちゃんとお医者さんに看てもらった方が・・・」 「・・・綾子ちゃん、早苗とお医者さんごっこする?」 とまぁ、この調子で和美と綾子が宿を探していると、向こうに何やら「ホテル」の看 板が・・・ 「和美さん!あの看板に『ホテル』って描いてますわ!」 「よし、あそこに泊まるわよ!」 そう言って、由香里を背負った和美と、早苗を背負った綾子は看板に向かって足を速 めた。 だが、その看板の建物に辿り着くなり・・・ 「和美さん・・・ここは・・・」 「参ったわね・・・」 まぁ、確かに「休憩も出来る宿泊施設」には違いないのではあろうが・・・ えらく派手なネオンと、原色で塗りたくられた看板が掲げられた建物。 これは、どぉ贔屓目(ひいきめ)に見ても・・・ 「これって・・・」 「間違いなく『ラブホテル』よね・・・もーいいや。ここで休もうよ」 由香里は疲れ切った声をだした・・・どうやら諦めたらしい。 「仕方がないわね・・・綾子、我慢してね」 「私はかまいません。それより早苗ちゃんと由香里さんを早く・・・」 和美は頷くと、ラブホテルの中に足を踏み入れたわけだが・・・ 「いらっしゃい・・・ませ?」 なぜか一段低いカウンターから、くぐもったような・・・それでいて、戸惑ったよう な声が聞こえてくる。 「あの・・・その・・・何名様で?・・・すか?」 「えーと・・・4人です」 「宿泊したいのですが・・・」 「・・・あのぉ、当店といたしましては、お客様のご要望に出来るだけのご配慮をさせ ていただいておりますが・・・そのぉ、4名様で・・・ですか?・・・それも、皆さ ん女性ばかりで・・・ですか?」 まぁ、店員が戸惑うのも無理もないだろう。 「・・・すいません」 「あの、お金は払いますから『普通の宿』と同じく使わせて下さい・・・」 真っ赤になって頷く、綾子と和美・・・ そして規定の料金と「様々な事情による追加料金」を払い、受付けから部屋の説明を 受けた後に鍵を受け取ると、和美達はそそくさと部屋に入っていった。 「(ばたん)うぅ・・・完全に誤解されたわね・・・」 「私・・・恥ずかしいです」 そう言って、真赤になった顔で互いを見合わせる和美と綾子だが・・・そんなに嘆く モンじゃあない。 良い方に考えれば、この連れ込み宿とて悪くは無いモンだ。 第1に、他の安い普通の宿と違って、必ず各部屋に浴室がある。 第2に、ベッドは1つしか無くても、ダブルベッドだから、ゆったり。 第3に、魔法冷蔵庫に入っている飲み物の一部はサービスである。 第4に、魔法レンジも、魔法エアコンも完備。 とまぁ、これだけの利点を備えているのだ。 だが・・・和美は頭を抱えてベッドに座っている。 一体、ナニが不満であるのだろうか? 「それにしても、ここに泊まるなんて・・・参ったわ・・・第1に、お風呂が部屋にあ るから、早苗に襲われる可能性がある。第2に、ここにはベッドが1つしか無いから ケガしてる由香里の事を考えると結局は・・・私が早苗と隣り合わせで寝る羽目にな るだろぉし、第3に冷蔵庫に入っているお酒はサービスだって店員さんが言っていた から、少しでも目を離したら、由香里が『タダ酒だぁ!!』って、喜んで飲んじゃう に決まっているし・・・あ゛〜〜〜!!もう頭が痛すぎるぅ!!」 えーと・・・スマン、和美には返す言葉も無い。 そう叫びながら和美が頭をかきむしっていると、ベッドの上でグニャリとして寝てい た早苗と由香里が、ひもじい声を出してきた。 「あうーーーー・・・和美ちゃぁん・・・お腹すいたぁ・・・」 「和美ぃ・・・何か食いモーン・・・血が足りないぃ・・・」 「あ・・・忘れてた・・・よいしょっと・・・」 思えば、朝食も採らずに出発をしたのである。 和美は立ち上がると、まずは冷蔵庫から酒の瓶だけを取り出し、それから武器とコイ ンの入った革袋を手にした。 「さてと・・・私達はこれから買い物に行って来るから、2人ともちゃんとじっとして いるのよ?そんじゃ綾子、私はカウンターにこのお酒を返してくるから、先に外へ出 ていてね」 「あぅ・・・殺生な・・・」 そう言って部屋を先に出る和美を、恨めしげに睨んでいた由香里・・・ 「早苗ちゃん。早苗ちゃんのパンツだけ、朝露に濡れて乾いてませんでしたから、ここ にかけておきますね。あと、新しいパンツも買ってきてあげますからね」 「おねがぁい・・・」 綾子はそう言って、まだ乾いていなかった早苗の下着を魔法エアコンの吹き出し口近 くの適当な場所にかけ、部屋を出ようとしたのだが・・・ 「(ぎゅ)・・・え?」 見れば、由香里が綾子のローブの端を握りしめているのだ。 「あら?・・・由香里さん、どうなされたのですか?」 「綾子・・・頼みがあるの・・・一生の・・・お願い」 その頃・・・ 「おねーさん、ありがとぉ!!」 「有り難うございました。異世界の戦士様達にも、よろしくお伝え下さい」 そう言って、コレットとリリィは深々とアネーロに頭を下げる。 「はい、解りました。それでは、ごきげんよう!(シュン!)」 無事にリリィを村に送り届けたアネーロは、2人に手を振ると再び次元の空間に身を 躍らせた。 後は和美の発する、指輪の魔力を探りながら跳んでいけばいい・・・ だが、順調に次元の狭間を飛んでいたアネーロは、突然、凄まじい衝撃に襲われた。 「(バシュン!)きゃぁああ!?」 なんと、異次元から弾き飛ばされたのだ! そして、出現先の地面に叩きつけられたアネーロは、身体を押さえながら呻く。 「いったぁ・・・何で?・・・あら?ここは・・・」 痛む身体をさすりながら起きあがったアネーロは、周囲の風景を見て首を捻った。 ただ単にこれから進むはずだった次元から弾き出されたのなら、見覚えのある景色が 有るはずだ。 だが、アネーロの視界に映るのは・・・ 「こ、ここは・・・どこ?」 大きな石の柱に、同じく石で出来た長い回廊、そして真っ赤な絨毯・・・ まるでどこかの城の様だ。 「ま、まいったなぁ・・・どこのお城かしら?リーザスだったら王女様に見つかる前に 早く逃げないと・・・」 焦りまくりながら、一刻も早く、この地から転移をしようとするアネーロに、一つの 黒い影が忍び寄った・・・ 「またニアミスしたのかな・・・」 「・・・ううん、私が呼んだの」 「え?!アッ!(ガズン!)」 「・・・これで『核』が・・・」 額のクリスタルに受けた強烈な錫杖の一撃に、アネーロの意識は遠ざかった・・・ 3 さて、町の中に買い出しに出た和美達。 あちらこちらの店に入り、これからの旅に必要な物を買い漁る。 今日の食料、医療品、保存食、消耗品・・・無論、パンツも忘れない。 そして、2人は両手にいっぱい荷物を抱えた頃、ようやく帰路についた。 「綾子・・・私、この世界がよく解らなくなってきた・・・」 「私もですわ和美さん。剣と魔法の・・・まるで、中世のお伽話の様な世界ですのに、 この様な物が売られているなんて・・・」 綾子は買い物袋から一つのパックを取り出す。 そのパックには「魔法レンジで2分間!お手軽へんでんで!」と書かれている所を見 ると、どうやらレトルトパックの一種らしい。 和美も頷いて、自分の紙袋から小さな容器を取り出した。 「それに、こんなカップラーメンもあるし・・・」 「でも、このようなインスタント食品でよろしいのですか?栄養のバランスが・・・」 「大丈夫。ちゃんと栄養剤とサプリメントも買ってあるから♪」 和美は薬屋から買ってきた小さな瓶を取り出して綾子に見せる。 「そうですか・・・よいしょっと(がちゃん)・・・ぁ」 と、綾子が買い物袋を抱え直した時、袋の中から何やら瓶のぶつかり合う音がした。 和美の知る限りでは、綾子は「瓶に入った物」など買わなかった筈だが・・・ 和美は綾子の買い物袋を覗き込んだ。 「ん?綾子、何を買ったの?」 「え?あ・・・ちょっと、化粧水を・・・」 「ふーん・・・私にも見せて」 「あ、和美さん!まって・・・」 「いいじゃん。化粧水ナンで(がさがさ)ん?・・・綾子・・・これは何かなぁ?」 「・・・ごめんなさい・・・」 和美と綾子が買い物を済ませて宿屋に帰ってきた頃、その同じ町に、異様な二人組が 訪れた・・・ 額に汗を浮かべながら大きな荷物を引きずって来る女と、大きな・・・そう、身の丈 ほどもある馬鹿でかい剣を背負った男・・・ そして2人は町にたどり着くと、男の方が目の前の酒場のドアを蹴飛ばした。 (ドバン!) 店内は一瞬静まり返り、視線は店内にズカズカと入ってきた2人に集まる。 「お、おい・・・なんだありゃ・・・」 「賞金稼ぎ・・・か?」 だが、そんな周囲の囁きには耳を貸さず、二人組は黙って椅子に座り、女は背負って いた荷物を椅子に置く。 その二人組に、ウエイトレスは水の入ったコップを差し出したが・・・ 「いらっしゃいませ・・・ひっ!?」 女が置いた「荷物の正体」に気づき、コップをひっくり返してしまった。 「ぃッ・・・(かちゃん)あ!」 「・・・(びちゃ)」 こぼれた水が男の足に引っかかる・・・ ウエイトレスは慌ててエプロンからハンカチを取り出すと、男の足に掛かった水を拭 おうと、身を屈めた・・・次の瞬間。 「す、すいません!手元が(シュ!・・・どちゃ・・・)」 ウエイトレスは最後まで謝罪の言葉を言う事は出来なかった・・・ 「・・・親父・・・酒だ・・・こいつは水でいい。末期の水ってやつだ」 男は隣の椅子に置いた大きな荷物・・・ 否、隣に置かれた「無法者の死体」を指さして、そう言い放つと・・・ 「・・・お前も・・・飲むか?」 男は今度は隣に座っている女の顔を覗き込んだが、女は黙って首を振る。 その時、女の長い髪が乱れ、女の顔が露(あらわ)になった。 「お、おい!あれは・・・『バルキリー』じゃねぇか!?」 「なんて奴だ!?・・・『バルキリー』を奴隷にしているのかよ?!」 男の連れの正体に、周囲のざわめきが更に大きくなる。 そんな周囲の口々から漏れた(バルキリー)の名・・・ それは女の子モンスターの中でも・・・いや、普通のモンスターを含めた中でも上位 クラスに位置する「格闘型の女の子モンスター」だ。 更にこの女格闘家は、闘いを糧とし、相手を倒す事を命の水とする、他に類を見ない ほど凶悪であり、冒険者の間では倦厭すらされている。 そんなモンスターを、奴隷にするなどと・・・あの闘神でさえ困難な事だ。 男は周囲のざわめきをBGM代わりに楽しむ。 「なんだ、飲まないのか・・・つれないよなぁ・・・お前もそう思うだろ?」 男は手を伸ばすと、テーブルの上に転がっている、血塗れのウエイトレスの首を撫で ながらニヤリとほくそ笑んだ・・・ 和美は缶に入ったお茶を一口すすると、ちらりと由香里と早苗を見る。 「あぅ〜〜〜〜・・・」 「うぅーーーー・・・」 二人は並べられた食事を目の前にして、フォークをくわえているのだ。 「お二人とも、お行儀が悪いですわよ?」 だが、綾子に注意をされても・・・ 「あぅ〜・・・」 「うぅ〜・・・」 由香里と早苗は唸るのをやめない。 そんな二人の内、早苗の方に業を煮やした和美は、ジロリと早苗を睨み付けた。 「なによ・・・早苗、私の買ってきた食べ物が食べられないっての?!」 「そ、そんな事は無いけど・・・」 「んじゃ、食べなさい!」 「う・・・あぅ」 和美にそう言われ、早苗はチラリと和美と、目の前に「山盛りにされた野菜サラダ」 を見て、再びフォークをくわえる。 「・・・ぅ〜む」 そして同じくして、早苗の隣でフォークをくわえながら唸る由香里。 早苗と違って、こちらは野菜だけと言う訳ではないのだが、目の前にあるのは・・・ 「む〜・・・綾子ぉ・・・コレって・・・食べられるの?」 「はい。ちゃんとした、この世界の食べ物ですのよ♪」 「そう・・・なの?」 由香里は、熱い湯気を立てている、ただのグラタンを睨み付けた。 別に「ただのグラタン」に不満は無い・・・ ただ「この世界の食べ物」と言うところに問題があるのだ・・・ ナニしろ、前にアネーロが作ってくれた「へんでろぱ」と言う、シチューらしき食べ 物で十分に懲りている。 ・・・材料はナニを・・・取り敢えず「虫」は・・・いないわね。 目の前のグラタンのあちこちをつつきながら、由香里は不審な点が無いかと、調べて いたのだが・・・ (ぐうぅぅううう、ぎゅいぃぃいいい・・・) やはり空腹には堪えられない。 由香里は覚悟を決めると、グラタンにフォークを突き立て、おそるおそる口に運ぶ。 「仕方がないわね・・・ぅ(パク☆モグモグ)ん?・・・あれ?別に普通の味じゃん? ナぁンだ♪コレなら大丈夫だわ☆」 思ったよりもまともな味に、由香里は嬉々としてグラタンを口に運び始めた・・・ だが・・・ 「由香里さん、お口に合いましたか?」 「うん♪結構いけるわよ(モグモグ、ゴックン☆)この『海老グラタン』は♪」 「そうですか。それは良かっ・・・え?由香里さん、これは『海老グラタンではありま せん』けど?」 「ん〜♪(モグモグ☆・・・ぴたっ!)・・・へ?」 綾子のその一言に、由香里のフォークが止まる。 既に一口、食べてしまった・・・ 由香里は、ゆっくりと綾子の方を向く。 聞きたくはないが・・・聞かざるを得まい。 「・・・あ、綾子・・・こ、これ・・・ナンのグラタン・・・なの?」 「私は・・・確か『鳥肉のグラタン』を買ってきたハズなのですが・・・」 「鶏肉・・・ほっ・・・き、きっと、この世界の鳥肉は海老の味がするのよ♪」 「そうですね♪」 「・・・(モグモグモグモグモグ☆)」 由香里は再びグラタンを食べるが、今度は無言で黙々と食べている・・・ ・・・コレは鳥。あたしは今『鳥肉のグラタン』食べているのよ・・・ だが、その脳裏には「知らぬが仏」とゆー言葉を、何度も繰り返し回し続けており、 既に「現実逃避モード」に入っていたと、由香里は後日に語っていた・・・ 同時刻・・・再び酒場。 「て、てめぇ!うちの看板娘を・・・ナンてことしてくれたんだ!?」 店の親父は怒りに顔を紅潮させ、口から泡を飛ばして怒鳴り散らす。 その相手は、先程店に・・・いや、この町に来たばかりの無法者。 だが、男はそんな店主に耳を傾けないなかった。 傍らに座らせていた(バルキリー)を引き寄せながら、悠然と酒を飲んでいるのだ。 「貴様!聞いているのか!?」 「あぁ?なんだ・・・あんたが喋っていたのか?・・・俺はてっきり、魔法ラジオから 流れる雑音かと思っていたよ・・・なぁ」 「・・・はい。マスター」 男はそう言って(バルキリー)の髪をいじり続ける。 「こ、この野郎ぉ!(シュカッ!)ブッ殺してやる!」 そんな男の傲慢な態度に、店の親父が遂に腰のショートソードを抜いた! それに合わせて、周囲の客の何人かが一斉に剣を抜き放つ。 「親父ぃ!俺達も加勢するぜ!」 「おぅよ!ユアちゃんを殺されて黙ってられるかってんだ!」 店内に莫大な量の殺気が沸き上がった。 それでも、男の方は全く動じない・・・ 「マスター。殺気を感じます・・・」 「あぁ・・・実に良い心地だ・・・ん?お前、闘いたいのか?」 男の言葉に(バルキリー)はコクリと頷いた。 だが男は、ソワソワとしている(バルキリー)の唇に、人差し指を当てる。 「・・・ダメだ。俺の楽しみを奪わないでくれ」 そう言うとユラリと立ち上がる男に、店の中にいた者が全員、一歩後ずさった。 「・・・」 男の殺気に押されただけではない・・・ 男がゆっくりと抜いた「剣」に押されたのだ・・・ ・・・でかい。 店内に居た全員が同時にそう思っていた。 身長が180センチ近くもある、その男の身体ですら・・・すっぽりと剣の中に隠れ てしまうほどの巨大な剣・・・ 否、剣と言うにはあまりにも無骨すぎ、大雑把である・・・正に「鉄板」だ。 その上、剣の柄の部分には斧が付いている・・・剣斧(アクスオード)。 その斧刃は、限りなく大きく、厚く、無骨で、大雑把で・・・凶暴である。 男は店内を一瞥した。 「・・・逃げたい奴は逃げてもいいぞ・・・死にたい奴からかかってきな」 手招きをしながら、小さく・・・ そう、それは小さな呟き声・・・ だがその声は、店内の者達の「心と身体」を凍りつかせるには十分であった・・・ さて、よーやく町にたどり着いた兄貴達一行。 町の中を辿々しい足どりで歩いていた一行であったが、大下を支えながら歩いていた マリンが、その視界に入ったモノを思わず声に出してしまった、次の瞬間・・・ 「あ・・・あれは『定食屋』さん(ガバッ!)きゃっ!?」 「ぬぁあにぃ!?」 「くいものぉ!?」 そのマリンの言葉に、兄貴達はカッと目を見開き、目の前の建物を睨み付ける! 「あ、兄貴!間違いないッス!メシ屋ッス!英語で書くと『Messiah』ッス!」 「イカン!イカンぞ村田!!英語は正しく使わなくてはならん!メシ屋を英語で書いた 場合は『MESIYA』だ!確かに発音は似ておるが、意味は違うのだぞ!」 ソレも違うぞ!? 「さすが兄貴!いんてりッス!!」 「しかし、今の我々にとっては正しく救世主だ!ゆくぞ!!」 「オオッス!!」 「あわわ・・・む、村田さ・・・おわっ!?」 マリンの声に顔を上げ、デカデカと「メシ屋」と書かれた看板を見た瞬間、あまりに も腹が減り、まともに歩くことすら出来なかった筈の大下と村田は、訳のわからん会話 を交わした後、孝司とマリンの支えを振り切り、店のドアをブチ破って中に転がり込ん でいった! 「ん?客が来たよう(ドガシャアアアアアン!!)ひぃっ?!」 「食い物をくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」 「に、にくぅッッッッッッッス!!」 「きゃああああ!」 「なんだぁあ!?」 「け、獣だぁ!」 (バキ!ドカ!ボコ!ガス!ガコン!) たちまちの内に、店の中に居た客という客、店員という店員は、そろって二人を踏み 潰しながら店から逃げ出していってしまった。 そして、店内に残ったのは・・・ 「い・・・いてぇ・・・」 「兄貴ぃ・・・痛いッス」 「い、命ばかりは・・・ナンマンダブナンマンダブ・・・」 ボロボロになった大下に村田と、必死に念仏を唱える逃げ遅れた店主のジジィだけ。 壊れた入り口から、マリンと孝司が店内に足を踏み入れる。 「ホントに二人とも・・・モンスターより、タチが悪ぃよなぁ・・・」 「羅刹様、村田さん、大丈夫ですか?」 マリンが二人を揺すっている間に、孝司はカウンターの奥で座り込みながら必死に拝 んでいるジジィの肩を叩いた。 「なぁ、じーさん♪」 「ナンマンダブ、ナンマン(ぱむ)ひいいいぃぃぃぃぃ?!ワシが何をしたって言うで すだぁぁぁ!?ワシは何にもかんけぇーねぇーですだぁあー!おねげーですだ!ワシ はタダの飯炊きですだぁ!こんなジジィを殺しても、一文の得にもならねぇーーです だぁ!命ばかりはぁ!命ばかりは、お助けおぉぉぉぉ!」 「ちょ、ちょっとジィさん!俺はいいけど、早く肉料理を作らないと・・・」 そんな一方的にまくしたてるジジィに、孝司は焦るが・・・遅かった。 「めーしーはーまーだーかぁーーーーー!」 「にーくーはーまーだーッスーーかーー!」 孝司の両脇からガラス片や木片を頭に突き刺し、血をダラダラ流したままの兄貴達が 出現してジジィを睨み付けたのだ! 「ぃっ?!(ズアッ!)ひええええぇぇぇぇ(キュッ♪)う゛?!(ポッくし☆)」 「あ゛!?」 若い頃、勤めていた炭坑の仕事に見切りをつけ、結婚もせず、戦争も生き残り、身よ りもなく、たった一人で六十年もの間、この「メシ屋」を切り盛りしてきた、名も無き ジジィ・・・享年89歳で、SO LONG。 孝司は恐怖によるショックで急性心不全を起こして亡くなられたジジィの遺体に、静 かにテーブルクロスをかけて手を合わせると、マリンと一緒に厨房に入った。 「南無阿弥陀仏・・・やれやれ・・・大下さん、村田さん。俺とマリンさんで何か作り ますから、じっとしていてくださいね」 「なるべく急いでくれ!!」 「こ、小僧!頼んだッス!」 兄貴達はテーブルの椅子に座り、首にナプキンを巻き付けると、フォークとナイフを 両手に・・・ん?村田はフォークとフォークだ・・・を持ってスタンバイをする。 一方、孝司は厨房で腕を組んで悩んでいた。 「さてと・・・とは言ったものの・・・ナニをどうやればいいのか」 「あの、お料理でしたら私が出来ますけど・・・」 おずおずと言うマリンに、孝司は首を振る。 「いや、あの二人に必要なのは質より量だから、いちいち調理をしていたら大変だよ。 そぉだな・・・じーさん以外の適当な肉を、全部焼いて出してやればいっか・・・」 この時、孝司の頭に「どうせ死なないから」と言う言葉が浮かんではいたのだが、あ えて口には出さなかったという・・・ さて、連れ込み宿屋に泊まり込んだ、奇妙な4人組の部屋・・・ 「早苗ちゃん・・・もう、だめ・・・口が・・・疲れちゃったよぉ」 早苗は大きく息をつくと、口に手を当てる。 だが、早苗の結果に満足をしていない和美は、早苗の手を掴むと再び引き戻した。 「何を言ってるのよ早苗。私はこのくらいじゃ許さないわよ」 「そんなぁ、和美ちゃん・・・だってぇ・・・」 だが、和美の手から逃げようと身体をくねらす早苗の肩を、今度は綾子が押さえる。 「早苗ちゃん、もっと・・・がんばって下さい・・・」 綾子にも和美にも迫られては仕方がない。 早苗は覚悟を決めた。 「うん・・・早苗ちゃん、がんばる!」 「そうよ、これくらいじゃダメ」 「そうです、身体は正直なんですから・・・」 「・・・あ、あんたらねぇ〜」 ベッドに寝転がりながら、和美、早苗、綾子の妖しげな会話を聞いていた由香里は顔 をしかめている。 「なに?由香里ちゃん。由香里ちゃんも・・・欲しいの?」 「だからぁ、その会話をやめなさいって・・・他の人が聞いたら絶対に妖しい会話よ。 だいたいねぇ、たかが野菜サラダの大盛りを食べるのに、そんなに大げさなわけ?」 確かに・・・たかがサラダを食べるのにしては、異様な会話だ・・・場所も悪いし。 「そっかな?」 「和美ちゃん。早苗、なんかヘンなコト言った?」 「やれやれ・・・あ、そだ!・・・よっと♪」 そんな和美と早苗に首を振っていた由香里だが、ふと、ナニかを思い出したらしく、 ベッドから降りると、早苗の隣に座っていた綾子に擦り寄り、その耳元にそっと顔を寄 せて・・・ 「綾子・・・そろそろ・・・『アレ』が欲しいんだけど・・・」 「え・・・『アレ』ですか・・・でも・・・」 「お願い・・・たまらないの・・・」 「でも・・・でも・・・」 ボソボソ話をしている綾子と由香里を、和美は半眼で睨み付けた。 「あのね・・・由香里も人の事言えないじゃないの・・・由香里、別にハッキリ言って もいいわよ・・・『お酒』を買ってきてくれた?って」 「あ・・・あはは・・・和美、何の事を・・・」 その和美の言葉に、由香里は何とか笑顔を保とうとしたのだが・・・ 「すみません由香里さん。途中で見つかってしまったんです・・・」 「あう・・・それじゃぁ・・・クスン」 綾子が申し訳なさそうにそう言うと、由香里は部屋の隅で膝を抱えた・・・ だが、和美の方は何やら意味ありげな顔をしている。 「あら、そんなに気を落とすことはないわよ。別に飲んでもいいわよ・・・コレ」 「え!?ほ、ホントにぃ!?」 紙袋からナニやら『青い液体』の入った瓶を取り出しチラつかせる和美に、目から滝 のような涙を流しながら由香里は和美に抱きつき、頬をすり寄せた。 「和美ぃ!ありがとぉ!うれしいぃ!愛しているわ!」 「あはは・・・飲み過ぎるとダメよ。身体を壊すから・・・ね、解ったらなるべく早く 離れてくれない・・・早苗を挑発しているわよ」 「え?・・・ハッ?!」 由香里は慌てて和美から離れる・・・ 背中に・・・早苗の視線と殺気を感じたのだ・・・ 「由香里ちゃん・・・早苗の和美ちゃんを・・・」 振り返ると、早苗が瞳を潤ませながらフォークを握りしめている。 「あんたは、さっさと野菜を食べなさい!」 「だってぇ・・・」 だが、既に早苗など眼中にない由香里は、和美から紙袋を受け取ると、早速、中を開 いて覗き込んだ。 「ふふ☆(ゴソゴソ)ふふふふのふ♪・・・(ガチャ)おぉぉ♪」 中には小さな茶色と透明の2本の瓶が入っており、由香里はその中の一本を取り出す と、腿でビンを挟み込み、蓋を開け・・・ 「よっ(キュリキュポッ!)あれ?この瓶、蓋が開いている?・・・ま、いっか!そん じゃぁ遠慮なく、いっただきまーす♪(ごっくん)・・・う゛・・・ぁ゛」 一口飲んだ由香里は、どうやら感動の余り口がきけないらしい。 和美はそんな、瓶を手にしたまま硬直している由香里を、チョンとつついた。 「どう?そんなに美味しい?」 ビンを握りしめたまま、由香里の眼から涙が一滴こぼれ落ちる・・・ 和美は深く頷いた。 「そう・・・そんなに美味しかったのぉ〜☆」 「和美さん・・・由香里さんが可哀想ですよぉ・・・」 綾子は固まったままの由香里に寄り添うと、その手から瓶をもぎ取った。 だが、今度はそのビンに、早苗の手が・・・ 「んむ(もしゃもしゃもしゃもしゃ・・・ごっくん)ねぇ、早苗にも少し飲ませてぇ。 お野菜ばっかり食べてたら、早苗ちゃんヤギさんになっちゃうよ・・・(ひょい)」 黙々とサラダを食べ続けていた早苗が、手を伸ばすと綾子の手から瓶を奪ったのだ! 「あっ!」 早苗が瓶を傾けるのを見て、綾子は息を飲んだ。 ナニしろ中に入っているのは・・・ 「(ごっくん)え゛ぁ゛・・・」 早苗もまた・・・由香里と同じ様に固まってしまった。 今度は和美が早苗の手から瓶をもぎ取る。 「これって、そんなにマズイのかな?」 「それは・・・あ!和美さん!飲んでは!」 「(かしゃん!)・・・ま゛」 和美は白目を剥いていた。 やはり「ブルーハニーの蒼汁、一番搾り」は、マズイらしい・・・ 4 そして夜・・・ 「あゥ・・・お日様の匂いがするぅ♪」 「くー・・・フカフカ・・・お布団☆」 「すぅーーー・・・暖かいですわぁ♪」 「すぴー・・・ん・・・やーらかい☆」 たっぷりと食事を取った和美達は、新しいパンツをしっかりと履き、それぞれの至福 を感じながら、部屋のベッドに2人づつ潜り込んでいる。 栄養も十分に取ったし、ナンとか「無事」にお風呂にも入ることが出来たし、今日は もう、睡眠を取るだけ・・・と、連れ込み宿で「何事」もなく眠っていた。 だが、夜行性の獣である兄貴達はまだ眠っていない。 昨夜の歩哨で疲れたと言うマリンを、先程店主ごと破壊した店に残し、孝司を連れて 町の中をブラついていた。 「うーむ・・・それにしても、ここの町は活気がないのぉ」 「そッスね」 「店も結構早くに閉まってますし・・・」 3人はきょろきょろと町を見回しながら町を歩いていた・・・と、その時。 「(ぎゅぅーーーーーー)ん?兄貴、ハラ減ったッスね」 「そういや・・・(ぎゅるるる)ワシも小腹が空いたな」 「・・・やっぱ、俺の作った料理だけじゃ足りませんでしたか?」 溜息をつく孝司に、孝司を村田は激しく抱き締めた。 「そ、そんな事は無いッス!わしのほっぺたが落ちるくらいに旨かったッス!」 「わ、解りましたから(ギュ〜〜!)ぐるじ・・・」 ベアハッグの様な熱い抱擁に、孝司の意識が薄れかかった時・・・ 「こ、小僧!ワシを捨てないでええええぇ!・・・ヤヤ!?」 「(どさっ!)う゛・・・」 「ん?どうした?」 「あいたた・・・ん?」 地面に落とされた孝司は、痛む腰をさすりながら、何かを見つけたらしい村田の視線 を追う。 「兄貴!あそこに、あんなイイものがあるッス!!(ビシィ!)」 「おぉ!?食べ放題、飲み放題の店ではないか!」 大下の言った通り、そこの酒場と思しき店の屋根には・・・ 『お一人様たったの200Gで、あなたの、好・き・に・し・て!きゃ☆』 と描かれた看板が掲げられているのだ。 それに、その店の回りには人だかりが出来ている。 その光景に、既に村田はヨダレを噴きながら・・・いや、拭きながら、足踏みをして いた。 「兄貴!きっとこの佃煮のよーな人の山は!この店が旨いからに決まってるッス!」 「なるほど!よし!善は急げだ!それぃ!」 「ウィッス!」 「あ!二人とも待って下さい!何か雰囲気が違いますってば!!」 しかし大下と村田は孝司の制止も聞かず、人垣を文字通り弾き飛ばしながら店の中に 乱入していった。 「オラぁ!(ドカン!)どくッス!(バキン)!わし達が先ッス!(ボコン!)ささ、 兄貴、道が開いたッス♪」 「さーてと・・・これは・・・」 だが、店に入るなり大下は顔を歪める。 村田も、店内に足を踏み入れ顔をしかめた。 「こりゃぁ・・・兄貴、これがホントの『産地直送新鮮な味!』ってやつッスかね?」 「いや、ワシの推理では・・・あまりの美味しさに、客が肉を取り合ってだな・・・」 阿呆ぅ。 「う・・・こりゃ・・・マリンちゃん、来ちゃダメだ!」 ようやく追いついた孝司は、店の中を一目見るなり、口元を押さえながら店から飛び 出してしまった・・・激しい吐き気がこみ上げてきたのだ。 とは言え、それが正しい反応である。 店内の有り様は「凄惨」そのものであった・・・ 床の上にはドス黒く変色した血が、まるでカーペットの様に一面に広がり、吐き気を 誘うムッとした異臭を放っている・・・そして、当然の事ながら、血溜まりが有るのだ から、その「原材料」もある。 血溜まりに負けず劣らない・・・絶え間なく激しい異臭を放つ死体が、店の中に散乱 しているのだ。 だが、その死体にもまともな物はなく、総てが・・・肉塊。 腕が、足が、上半身が、頭半分が、内蔵が、無惨に散らばっているのだ。 そして、床の上を死刑執行状として血のサインを記し、肉の刻印を押したのは・・・ 「・・・」 既に乾き始め、黒く変色している血溜まりの真ん中で椅子に座り(バルキリー)に酌 をさせながら、黙ってグラスを傾けている黒い剣士・・・ 「・・・村田よ。いくぞ!?」 「へい!ッス」 店の惨状を一通り見た兄貴達は、遂にズイと店の奥に入り込む! この悲劇を起こした黒い剣士に殴り込みか!? 「さてと・・・まぁ、取り敢えず席に着くか」 「そッスね♪」 2人とも漢らしくマイペースである。 大下は椅子に座ろうと・・・したが、椅子にはまだ、座ったままの状態で、真っ二つ にブッた斬られたらしい、残っていた下半身を手でよせて座ると、こびりついた肉片を 指で弾き飛ばしながら、血塗れのメニューを開いた。 「うーむ、食べ放題と言われても、この有り様では食欲があまりわかんのぉ・・・」 「兄貴もッスか?実はあっしもなんスよ・・・それじゃぁ兄貴。ココは一発、漢らしく 一品料理とイキやしょう!」 「そうだな、それで良い」 「そうと決まれば・・・ウエイトレスさ〜ん♪」 「・・・くっ・・・くくく・・・」 そんな悠然と注文を決める二人の後ろから、忍び笑いが聞こえてくる。 「ん?どうかされましたか?そこの方」 見れば、背中越しにも含み笑いと解る肩の揺れと笑い声に、大下はメニューを置くと 首を傾げた。 そんな大下の声に、ゆっくりと振り返る黒い剣士・・・ 「いや・・・あんた達、凄い度胸だよ・・・」 だが!店内の有り様ですら気にしなかった兄貴達が、男の顔を見るなり激しく狼狽え たのである。 「なに!?」 「おぉ?!ッス!」 そんな兄貴達に、今度は剣士の方で首を捻った。 「どうした?俺の顔に何か付いているのか?おい、何か付いてるか?」 「いいえ、マスター」 しきりに顔を撫でながら、隣に座っている(バルキリー)に訪ねる黒い剣士を、兄貴 達はビシッ!と指差して叫んだ。 「な?!龍ぅ!貴様、何故ここにいるのだぁ!?」 「龍兄貴ぃ!何故ここに居られるんッスかぁ!?」 「なんだってぇ!?」 兄貴達の叫び声に、外で吐き気をさましていた孝司は店内に飛び込んだが・・・ 「ほ、ホントだ・・・龍さんがナンで・・・」 椅子に座っているたは、紛れもなく「荒木 龍」その人であった・・・ 兄貴達が龍との劇的な対面をしている頃・・・ 「くかーーー・・・むにゃ・・・うふ♪・・・和美ちゃぁーん」<早苗 「すぴーーー・・・よし!・・・スペードのフラッシュだぁ☆」<由香里 「うぅーーー・・・早苗・・・うぁぁあ・・・離れろぉ・・・」<和美 「すーーーー・・・由香里さん・・・私、フルハウスですわ♪」<綾子 「うぅぅ・・・早苗ぇ・・・こらぁ・・・やめろぉ・・・」<和美 「う・・・見事なポーカーフェイス・・・あぅ、金がない」<由香里 「ふふふ♪・・・」<綾子 「フフフ☆・・・」<早苗 もう少し、静かに眠れないものだろうか・・・ 兄貴達と黒い剣士の間に、風が吹き抜ける。 孝司は店の陰に隠れながら、その光景を見ていた。 「龍さん・・・一体、どうしたんだろう・・・」 孝司はもう一度、ともすれば闇に溶け込みそうな黒い剣士を確かめる。 店や町のあちらこちらに置かれた篝火に照らし出された、その男・・・着ている物こ そ違うが・・・顔、背丈、雰囲気・・・やはり龍に違いない。 「もう一度聞くぞ!貴様!龍ではないのだな!?」 「・・・くどい」 大下の問いかけに、男の表情が曇り、それと同時に莫大な殺気が溢れだす・・・ だが、兄貴達の困惑は更に増したのだ。 「オォォ・・・兄貴、こりゃぁ・・・龍兄貴と同じ殺気ッスよ・・・」 「うぅむ・・・ワシもそう思っていたところなんだが・・・まぁ、本人が違うと言うの だから・・・」 別に兄貴達は、相手が龍とそっくりだから躊躇っているのではない。 龍と同じ顔で、同じ殺気を出すこの男・・・侮れないのだ。 兄貴達が男と睨み合っていると・・・男の脇から(バルキリー)が顔を覗かせた。 「マスター・・・私も闘いたいです・・・」 そう(バルキリー)は呟くと、男のマントの端を握りしめ、その身に擦り寄る。 「そうか・・・そうだな。やってみろ・・・」 そっけなく男が言うと(バルキリー)の顔がパッと輝いた。 そして、満面の笑みを浮かべた(バルキリー)は兄貴達の前に立ち塞がる・・・ 「む?娘ぇ!お前では相手にならぬわぁ!すっこんどれぇ!」 「わしらはそっちの・・・人に用があるッス!」 だが、そんな兄貴達の怒鳴り声にも(バルキリー)は全く動じず、笑みを浮かべなが ら拳を腰に構え、ファイティングポーズを取っている・・・ ココで村田と大下、作戦タイム。 「兄貴、どうするッスか?」 「そうだな・・・村田、お前に任せる」 「了解しやしたぁ!」 第1回戦、村田幽邃VS(バルキリー)。 両者は睨み合ったまま、じりじりと自分の間合いを取っていく・・・ 「・・・ふふ♪」 その緊迫した空気に(バルキリー)はいかにも楽しそうに喉を鳴らす・・・ 闘いが・・・楽しくてたまらないのだ。 それに比べて村田はと言うと・・・ 「フン(むきゃ!)・・・フン!(むきゃ!)」 一歩毎にポージングを変え、攻撃のチャンスを伺う。 ・・・隙は隙は・・・お!身体が左半分を向いたッス!絶好のちゃんすッス! 「行くゾォ!必殺!オイルねぶりスプラッシュ・・・お?」 「おぉぉおおおお!(カッ!)」 先に(バルキリー)の隙を見つけた村田が、何やら訳のわからん攻撃を仕掛けようと したその瞬間・・・(バルキリー)の拳が青白い光を放ったのだ! その光に・・・ナンと、思わず見とれる村田。 「おぉ・・・綺麗ッスねぇ〜・・・んで、それはなんッスか?」 呆然と光を見ている村田に(バルキリー)はこみ上げてきた己の力に、歓喜の声を上 げた! 「来た・・・来た来た来た来た!」 「え?誰がッス?」 今度は思わず後ろを振り返る村田・・・戦闘中に振り返るなど、大馬鹿者である。 そんなよそ見をしている村田に、(バルキリー)は遠慮無く叫んだ。 「必っ殺ぅ!スーパー!パーーーーンチ!」 「(ズドドドドドドドドドドドドドド!!)オゴゴゴゴゴゴゴゴッゴ!?」 (バルキリー)の拳から、光の矢が飛び散り、村田の身体に突き刺さる。 いや、高速で繰り出された(バルキリー)の拳が次々に村田にヒットしているのだ! そして、68Hitを全身に確実に浴びた村田は、店の陰で隠れていた孝司の所まで 吹っ飛んで・・・ 「え?(ひゅーーーん!)わ?!(ズガシャァン!)おわああああ!?む、村田さん! 死にましたか!?」 「お・・・ゥ・・・小僧・・・わしは・・・」 酒樽に頭から突っ込んだ村田は、弱々しく孝司に手を伸ばす・・・が、孝司は必死に 村田の手を組んでやる。 「何ですか!?もうダメですか!?ダメなんですよね!?」 「うぅ・・・兄貴に総てを託して・・・」 「そうします!」 孝司は村田をその場に残すと、大下の所に駆けていった。 「大下さん!村田さんはダメでした!」 「そうか。おいしい・・・いや、惜しい漢を亡くした・・・」 「兄貴ぃーーー!まだ生きてるッスぅーーーー!」 「村田の仇はわしが取る!女ぁ!今度はわしが相手じゃぁ!(ビシッ!)」 だが、そう大下に指差されて(バルキリー)は困り果てる。 許可をされたのは、村田だけなのだ・・・ 「マスター・・・」 振り返る(バルキリー)に、男は黙って頷く・・・許可が出た。 第2回戦、大下羅刹VS(バルキリー)。 「女ぁ!わしは村田のよぉーにはいかんぞ!」 「フフ・・・フフフ・・・」 だが(バルキリー)は全く聞ぃちゃあいない。 今日は2回も闘わせてもらえるのだ・・・(バルキリー)の身体が、喜びに震える。 だが、今度ばかりは些か相手が悪かった。 大下はいきなり腰溜めに拳を構えると、叫ぶよりも早く(バルキリー)めがけて殴り 込んできたのだ! 「行くぞぉ!いきなりでスマンが!必殺!!必勝より楽勝パーーーーンチ!!」 「(ゴアッ!)え!?」 気力を高める暇もなく、大下から突然に繰り出されてきた、凄まじいばかりの闘気が 篭もったパンチに、(バルキリー)は腕を顔の前にクロスさせて必死に耐える! だが、大下のパンチは、(バルキリー)の予想を遙かに上回っていた・・・ 「くっ!?(バッカーーーン!)きゃあぁああ!」 拳圧にガードを崩され、更には身体ごと吹き飛ばされたのだ。 (ごろごろごろ、ドカッ!) 珍しく悲鳴を上げながら(バルキリー)は勢い良く転がり、主である黒い剣士の足に ブチ当たる。 すぐさまスクッと立ち上がった(バルキリー)だが・・・ 「あくっ・・・(ダッ!)おのれ!今度は・・・」 「・・・待て」 「・・・あ!・・・マ、マスター!お許しを・・・」 なんと、あの誇り高き戦士(バルキリー)が、男の制止の一言で、大下に再び挑むど ころか男の足に縋って哀願をしているのだ。 一体・・・何が・・・何が(バルキリー)をここまで追い込んだのだろう・・・ 「ふむ・・・」 男は黙って剣斧を背中から抜き出す。 「ひっ!マ、マスターぁ・・・お許しを・・・」 その姿に(バルキリー)は目の前に手を翳し、ひたすら哀願を続けるが・・・ 「・・・」 「(グイッ)あっ・・」 男は(バルキリー)を抱き起こし、何も言わずに唇を重ねたのだ。 次第に(バルキリー)の小刻みな震えは治まり・・・おずおずと、手甲をはめた両腕 が男の背中に延びていく・・・ 男は(バルキリー)の手が完全に背中に回ると、唇を離し、剣斧を大下に突きつけて 睨み付ける。 「・・・俺の名前は、闇の番人『アッシュ』だ・・・覚えておけ・・・」 男はそれだけを言い残すと、剣斧を背中に戻し、まだ男との口づけの余韻に浸ってい る(バルキリー)を促して何処へかに去っていった・・・ だが立ち尽くしている大下の背中には冷や汗が流れ、止まらない。 大下はアッシュの「眼」を見てしまったのだ・・・ アッシュの眼は、大下も一度しか見た事のない、修羅と化した時の龍の眼と・・・同 じであったのだ。 それは素手で心臓を鷲掴みに・・・ 恐怖と言う槍で貫かれた様な・・・ 絶望という斧で頭を叩き割られた様な・・・ いや、その総てを上回る、純粋な「恐怖」と言う感覚が大下を襲っていた・・・ その頃、大いなる魔女の城の一室・・・ 天蓋の付いた大きなベッドの中で、一人の少女が身をくねらす。 「・・・すぅ☆」 あどけない表情を浮かべながら、小さな寝息を立てて眠る少女・・・ それは、和美達同様に、異世界から来た少女・・・「谷口裕美」であった。 和美達よりも2週間も過去のこの世界に飛ばされ、今や世界から恐れられる魔女とし て君臨している裕美だが、身体を丸めて静かに眠っているその姿は、やはりまだ10代 のあどけなさを残している。 そんな安らかな寝息を立てていた裕美・・・と、その傍らに「闇」が佇んだ。 「・・・ぅ」 その次の瞬間、裕美の身体は強張り、震え、苦悶の表情を浮かべる。 怖い・・・怖い夢を見ているのだ。 その夢は、この世界に来た時の夢・・・ 龍の家から飛び出し、公園まで一気に走り抜け、拐かしの樹まで来た時のコト・・・ 息を整える為に欅の木に手を置いた次の瞬間、その身体は吸い込まれ、気が付いた時 には、この不思議な世界。 人里を探し歩き続けた裕美は、やっとの思いで村を見つけたものの・・・ 人々の服装も、習慣も、生活も・・・全てが違う。 そう・・・他の土地や外国の「違う」とは、全てが「違う」のだ。 人々は当たり前のように剣や槍を携えて歩き、魔法は生活の一部。 違う・・・全てが違う・・・ いや、この世界にいる以上、違うのは「自分」なのだ。 幸いにも言葉は通じたが、孤独なのには変わりはない。 おまけに、一歩町の外に出ればモンスターがいる・・・ 武器も魔法も満足に使えない自分には、逃げるしか術はない・・・ 後に同様にして「この世界」に来た和美達や兄貴達とは違い、裕美はナニもかもを、 全て「一人」でしなくてはならないのだ。 そんな、絶え間なく飢えと乾きに襲われ、更にはモンスター達から逃げ隠れしていた 裕美であったが・・・ 「・・・(ドサッ)ぅ」 遂に恐怖と絶望、そして孤独に押し潰された、10日目の夜。 草原を歩き続けていた裕美は、その草むらの上に倒れ伏した。 「もう・・・歩けない・・・」 乾ききった唇から漏れた言葉は、誰に聞こえることなく、風に吹き散らされる・・・ 「・・・死ぬんだ・・・私、もう死ンじゃうんだ・・・」 繰り返されるのは、この言葉ばかり・・・ 他にはナニも考えられない・・・ 人は今際の際に生涯を顧みると言うが、それは全ての人がそうと言う訳ではない。 死を迎え入れられない以上は、そんな余裕などは無い。 全ては己の欲望を・・・つまりは「生」を見いだそうと、最期まで足掻くのだ。 そして裕美もまた、迫り来る「死」から、必死に足掻く。 「・・・イヤだ(ズリッ)・・・死にたくない(ズリッ)・・・」 僅かに指先を動かし、草むらに爪を立てて這いずる裕美・・・ ゆっくりと・・・ゆっくりと進んでいく程に、その両手の爪は剥げ、身体中の傷から は血が滴り落ちる。 無論、こんな「芳しい香り」をさせる獲物に、モンスター達が黙っている筈がない。 次々と裕美の周囲に現れるモンスター達・・・ 皆、一様にして口元から涎が垂れている。 「血・・・肉だ・・・」 文字通り、裕美を「食い物」にする気だ。 それでも裕美は這いずる。 「・・・っ・・・死にたくない」 「へっ・・・コイツ、これで逃げてるつもりだぜ」 「ま、丸かじりに・・・」 ゆっくりと、裕美にモンスター達の手が伸びる・・・ だが次の瞬間、1匹のモンスターが悲鳴を上げた。 「おぉぉお!?おい!お前、腕をどうした?!」 「え?」 その言葉に、裕美に向かって伸ばしていた手を見るモンスター。 その手は・・・ 「あれ?・・・無い?(ブシャアアア!)ぎゃあああ?!」 遅れて吹き出す緑色の体液と、盛大な悲鳴。 そしてその悲鳴は連鎖する。 「うぉあああ?!」 「ぎゃあああぁ?!」 次々と悲鳴を上げて倒れるモンスター達・・・ その身体は「闇」に喰われていき、骨すら残らなかった。 「・・・?」 ようやく自分の周囲で起きた異常に気が付いた裕美。 顔を上げて周囲を見回すと・・・ 「・・・ぁ」 自分を覗き込む顔があった・・・ 「あ・・・ぁ」 ポロポロと涙が裕美の頬を伝う。 「ぅ・・・ぁ」 一番・・・逢いたかった。 そして、裕美の口から漏れたのは・・・ 「龍様ぁ・・・」 覗き込む「龍」の顔に、裕美の意識はそこで途絶えた・・・ 「ん・・・龍様ぁ♪・・・アッシュぅ〜♪・・・」 再び安らかな寝顔に戻った裕美・・・ その口から漏れた言葉に、傍らに佇んでいたアッシュは、満足げな笑みを浮かべなが ると、そっと裕美に口づける。 「・・・」 「・・・ん?」 その感触にゆっくりと目を開く裕美・・・ だが、アッシュが自分に「唇を重ねている」と言うコトに気がつくと、その瞳は驚き に見開かれた。 「え・・・アッシュ・・・なにを・・・」 「裕美様・・・ご無礼を・・・お許し下さい」 「あ(ギュッ)・・・ぁ♪」 そっと抱きしめるアッシュの腕に、裕美は身を委ねた・・・ そう・・・ 全てを・・・ 闇に任せて・・・ |