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第1章 不思議の国の和美達 1 「ふぃ〜〜〜・・・やれやれ、終わった終わったっと♪」 和美は教室に戻るなり、グッーと大きく伸びをした。 何しろ今日は朝から椅子に座りっぱなしだったので、少々、身体が痛いのだ。 理事長(つまりは龍の祖父である陽炎)の話は「んじゃ、みんな元気でな♪」と、文 字通りの「一言」で終わったので、別にどーってコトはなかったのだが・・・ 「ん〜(コキコキ)・・・あ〜、肩こった。年寄りは話が長すぎンのよね〜・・・」 その後に、PTA会長やら来賓様やらの話を2時間にも渡って聞かされたのは、さす がに疲れたのだ。 首を鳴らしながら周りをグルリと見れば、教室の中では和美だけでなく、他の生徒も ゲンなりとして溜息をついたり、肩を叩いたりしている。 寒い体育館で長時間椅子に座っているのは、やはり若い者でも堪えるのだ。 とは言え、これで「3年生」とも、お別れ・・・次は自分達が「3年生」である。 和美は改めて、この「超激動」の1年間を思い出した。 「龍さん達もこれで卒業かぁ・・・やれやれ(ギュムッ!)にしても、この1年間で、 いろんな事があったっけなぁ〜・・・えーと、修学旅行の時は妖怪と自衛隊とヤクザ 屋さんが入り混じって散々だったし、文化祭の時は幽霊と元理事長相手にホント死ぬ かと思ったし(ギュギュ!)冬休みはマジでサバイバルだったし(ギュッ!)ふぅ。 3年になったら、少しはマシな高校生活が送れるかな・・・ンンッ〜っ・・・ん?」 ひとしきり肩を揉みほぐし、ようやくホッと一息ついた和美が、もう一度、大きく伸 びをしながら窓の外を見ようとした・・・その時。 「・・・っく」 「ん?」 窓際の席の綾子が、机の上で突っ伏しているのに気がついた。 卒業式が長かった為の疲労だろうか? それとも、寝不足で・・・いや、綾子の場合、ソレはあるまい。 もしかしたら、例によっての御嬢様の病気「貧血」かも知れない。 そう思った和美は、椅子から立ち上がり、綾子の席に歩み寄った・・・のだが。 「綾子、どっか具合悪いの?ねぇ、だいじょ・・・」 「和美さーーーーん!」 「ぃ(がばっ!)うわっ?!」 綾子はいきなり席から立ち上がったかと思うと、その手を差し伸べてきた和美の胸に 向かって飛び込み泣きじゃくったのだ。 「な、なになになに?!どしたの綾子?!」 「えっく!わ、私ぃ、ひっく!龍さんとぉ!お別れするなんて!嫌ですぅ!」 「・・・あ゛〜」 そう言って、ひたすら泣きわめく綾子に、和美は頬を引攣らせる・・・ ・・・全く、この子は・・・どこまで温室育ちなんだか・・・ま、それがこの子と龍さ んとを結び付けた訳だから、仕方ないか・・・ 和美は内心で、そう溜息を一つつくと、やさしく綾子の頭を撫でつけた。 ナニしろ、この様な綾子の「お子ちゃまぶり」には慣れている。 「はいはい、泣かないの。別にもう逢えないって訳じゃないでしょ?大体、綾子の家か ら龍さんの家まで、電車で1駅でしょ?」 「ひっく、そ、そうですけど・・・ぐしっ・・・」 「ほら。涙を拭いて・・・」 和美がそう言いながら、綾子の涙を指先でそっと拭った・・・その時。 「かっずっみちゃーーーーん!」 「え?(ドカッ!)ぐえっ!?」 今度は猛烈な勢いで、何者かが和美の背中にタックルをかけてきたのだ。 しかし、和美にはソレが誰なのかは・・・ 「だ、誰よ?!(さわさわ)ん?(もにゅ☆)む゛?!」 自分の「胸」に回してきた手で判った。 和美はその手をつねりながら、ゆっくりと振り返る。 「ほぉ〜・・・早苗(ギュム!)あんたは何なの?!」 「あうちぃ〜?!あ、あのね・・・夏美さんも留美先輩も、柚姫美先輩も響子先輩も、 えと、えーと・・・とにかく、みんな卒業しちゃうよぉぉ!」 「ったく、この子もホントに、もぉ。ハイハイ顔を上げなさい」 「だってぇ〜(ズルズル☆)」 「もう泣くん(ズルズル☆)うわ!?汚っ?!早苗ぇ!涙はともかく『鼻水』をつける んじゃないの!」 見れば早苗の顔面は、涙と鼻水でグシャグシャになっているではないか。 和美が慌てて早苗の頭を押さえつけて剥がした時、何処かで和美を呼ぶ声が聞こえて きた。 「ほら早苗、チーンして」 「う、うん(チーン!)」 「木下さーん♪」 「え?・・・あ、美貴さん」 和美が早苗に鼻をかませてやりながら首を巡らせて声のした方を見ると、教室の入り 口では「例の文化祭」以来仲良くなった、隣のクラスで剣道部員の「奥山 美貴」が、 こちらに向かって手を振っている。 「美貴さん、どしたの?」 「龍さんから伝言で〜す♪」 「龍さんから?」 「うん。今日、みんなで卒業祝いをするそーなんです。んで、その打ち合わせをするの で、放課後に道場に来て欲しいとのことだそーです♪」 「卒業のお祝い?えーと、誰々が招待されてるの?」 「えと、このクラスで招待されてるのは、木下さんと早苗ちゃんと京本さんと篠原さん と前嶋さんです♪」 「あの時のメンバーね・・・って、あれ?悦美と智子は?」 和美が美貴に言われたメンバーの中に、同じクラスの悦美と智子の名前が無かったコ トに首を傾げていると、直ぐさま後ろから二人の返事が返ってきた。 「ん?あぁ。あたしと智子は欠席するって、龍先輩に言ってあるよぉん♪」 「龍さんにゴメンなさいって言いましたです。ハイ♪」 「ナンか用事があるわけ?」 「だってぇ〜・・・明日から、春休みジャン♪」 「ハイ☆お休みです。ですから朝はゆっくり『二人で』お寝坊が出来ます。ハイ♪」 「寝坊?二人?」 「んもぉ〜・・・和美ったら、野暮なこと聞かないでよぉ〜☆」 「ダメですよ和美さん。恥ずかしいですぅ。ハイ☆」 「あ・・・判った・・・もぉ、いい」 「あと詳しくは道場で!んじゃ!」 美貴はそう言い残すと、スカートを翻して駆けていった・・・ 和美はその美貴の姿が見えなくなると、まだ胸の中で泣きじゃくっている綾子の頭を そっと撫でる。 「ね、綾子・・・美貴さんの今の話し聞いたでしょ?そしたら泣いている顔を龍さんに 見せる訳にはいかないでしょ?・・・さぁ、もう泣かないで・・・」 「うっく・・・はい・・・」 ・・・やれやれ、龍さんが卒業するからと言っても・・・別にすぐ側にいるんだから、 いいじゃないの・・それに比べて私なんか・・・まだ・・・ そんな、まだ恋人の決められない自分に苛立ちを覚え、和美は思わず綾子と早苗を抱 きしめる腕に力がこもった・・・のだが。 「ぉお〜〜〜〜♪」 「へ?」 大量の刺さる様な視線と喚声に、和美はハッとして振り返った。 「あ・・・ち、違う・・・違うって!」 クラス中の生徒が・・・特に男子が・・・じ〜〜ッと、和美達に羨望の(欲望の?) 眼差しを投げ掛けていたのだ。 その代表・・・由香里はそんな「禁断の愛」を繰り広げている和美達を眺めながら、 眼鏡をかけ直していた。 「ねぇ、和美ぃ・・・そーゆー背徳的なコトは、どっか別の所でやってくんない?」 「違うんだってばぁ・・・由香里ぃ、頼むから早苗だけでもなんとかしてよぉ〜」 和美はそう言って早苗の頭をつつくが、早苗は更に「しっかり」と和美にしがみつい て、瞳を潤ませながら由香里に哀願する。 「そんなのイヤぁ〜・・・由香里ちゃん、そんなつれないコトしないよね?」 「・・・もちろんよ早苗。あたし、人の恋路を邪魔して馬に蹴られて死んじゃいたくは ないからね。えーと(パラパラ)ドコまで読んだっけ?」 由香里はそう独りで勝手に納得すると、再び手元の本に眼を落とした・・・ 無論、この薄情な由香里の行動に、和美が黙っている訳がない。 「ほぉ〜。由香里、誰と誰の恋路だってぇ?!言って(ギュイ!)みよっか!?」 「チョっと待ったぁ和美!いや、あたしは別にそんな(キュッ☆)んぐぇっ?!」 「きゃはははは♪和美ちゃん、あったらしい技だぁ!!」 「い、いけません!和美さん!」 なんと、和美は綾子と早苗をぶら下げたまま、由香里の首を・・・ 「おぉ!?今日はアンチョニオ猪木ばりのチョーク・スリーパーだぞ!」 「いけ!京本も負けるなぁ!!」 和美の新しい技に、クラスの男子達は大はしゃぎである。 そんな中、悦美と智子が和美達を指差しながら、孝司に向かって囁いてきた。 「前嶋ぁ〜、あんたの愛する和美ちゃんがぁ〜♪」 「えとえと、篠原さんと早苗ちゃんと由香里さんと浮気してます♪ハイ☆」 「・・・」 「ナニか言うこと・・・ない?」 「無いのかなです・・・ハイ♪」 「・・・う、うるせぇ・・・」 その二人の声に、こめかみを押さえながら溜息をつく孝司。 だが、そんな孝司も・・・ 「オラオラ!誰と誰なのか(ギュイギュイ!)言ってみよぉかなぁ〜!?」 由香里の首を絞めている和美も・・・ 「んぐぐぐ!く、くるぢ!(キュキュ〜〜☆)ま、マジで死ぬぅ〜っ!?」 絞められている由香里も・・・ 「きゃはは☆ギブ?ねぇ、由香里ちゃんギブアップ?」 和美の腕にぶら下がりながら笑っている早苗も・・・ 「か、和美さん!もう放して下さい!由香里さんの顔が白くなっています!」 そして、和美を必死に止めている綾子ですら・・・気がつかなかった。 そう、沢山の視線の中に、一際鋭く光る視線が「自分」に向けられていた事に・・・ さて、和美達の一行・・・つまりは、龍に招待を受けた綾子、由香里、早苗、孝司の 5人は、2年生最後のホームルームが終わると、美貴に言われた通り道場に足を運ぶ。 和美達のクラスから道場までは、それほど距離は無い。 教室脇の階段を2つほど降りて、廊下を渡り、生徒達の玄関前を横切って、ウォーク トップの前にある道場を目指す。 その廊下を歩きながら校内を眺めていた和美は、正面玄関に差し掛かった所で、あち こちから聞こえる溜息に、ふと足を止めた。 「うっく・・・先輩、お元気で・・・」 「やれやれ、長いようで短い高校生活だったわね・・・」 「今日はどっかでお祝いでもしよーや!」 「うぅ・・・職がない・・・」 玄関は生徒で溢れ、皆で肩を組み合ったり、抱き合って泣いたりしているのだ。 和美は今日が本当に卒業なのだという事を、改めて実感していた・・・ と、和美達がウォークトップまで来ると、早苗が道場の入口で待っていてくれた美貴 を見つけ、顔を輝かせて飛びついていく。 「あ、美貴さんだ♪美貴さーん!おにーちゃんは?」 「あはは!早苗ちゃん!(ガシッ!)待ってたよぉーーん☆」 「ほへ?(グッシグッシ!)やーーーーん☆髪がグシャグシャになるぅ!」 「ほれほれぇ♪」 美貴が早苗の髪をクシャクシャにしながら抱き寄せるその光景は、とても同じ歳とは 思えない。 「やれやれ・・・」 「美貴さんて、結構・・・お茶目だね」 そんな二人に苦笑いをしている和美と由香里の陰から、綾子がおずおずと出てくる。 「あの・・・美貴さん・・・」 早苗と一頻りジャレていた美貴だが、綾子をチラリと見ると道場の中を指さした。 「兄貴なら中にいるよ・・・龍さんも・・・ね」 語尾が心なしか掠れ、寂しげである・・・ そして、一瞬、綾子の視線と美貴の視線が交錯した。 美貴も・・・龍と離れたくはないのだ。 だが、綾子は小さく息を飲んだだけで、一礼をすると道場に向かう。 ・・・自分は龍を独り占めしている・・・ 一瞬、そんな気持ちが綾子の心を揺さぶったのだが、それは本当に一瞬の事。 自分の気持ちを貫かなくてはいけない・・・ 強く生きなければいけない・・・ それが「ツグミ」と交わした約束なのだ。 綾子は美貴に軽く頭を下げると・・・ 「・・・では失礼して・・・あら・・・ご卒業おめでとうございます(ペコリ)」 一礼をして道場に入ろうとした綾子だが、なぜか入口で再び頭を下げている。 一体、誰に会ったのであろうか? 由香里がそんな綾子の横から、道場の入口から顔だけを覗かせたのだが・・・ 「綾子、誰か知り合いでも・・・へ?」 「ゆ、由香里御嬢!お、おひさしぶりっス!」 「由香里御嬢様、お久しぶりでございます!」 「あ゛・・・ども・・・に、肉の方々・・・」 由香里の眼鏡が真っ白になる・・・ ・・・会いたくなかった・・・ 誰も聞かなくても、その言葉が読み取れるのだが・・・不幸にも、それを読み取れな かった者がココに一人居た。 「なにやってんだ?」 恐れを知らぬとは、幸せなのか?それとも愚者に許された特権なのか? 孝司がズイと道場に足を踏み入れたその瞬間、超極太の腕が伸びてきたかと思うと、 孝司の襟首を掴み、吊り上げたのだ! 「お邪魔しま(ガシッ!)ん?(ヒョイ☆)え?!」 「こ、こ、こ小僧ォ!会いたかったッスぅ☆(ムキャキャ!)」 「ハッハッハァ!村田よぉ、この卒業式と言う最後の日に、その小僧に会えたのがそん なにうれしいかァ!?ならば思う存分、熱い気持ちを伝えるがいいぃ!」 「うぉおおおおお!(ガッシリ!)こ、小ゾォおおおッスぅ〜!」 「う、うわああ!?(ギュムッ!)村田さーーーん!は、離して下さーーーい!」 手荒い歓迎で孝司を迎えたのは、あの夏美の下僕、村田と大下であった・・・ 村田のその熱く、ぶ厚く、暑苦しい胸に抱きしめられた孝司は必死にもがくのだが、 所詮は「普通の高校男子」と「不屈の高校兄貴」である。 孝司ごときの腕力で、村田の相手になる訳がない。 「む、村田さん!!(ギリギリギリギリ!)く、くるしいぃぃぃ!」 必死に村田の万力の様な締め付けから逃れようとする孝司だが、一方の村田の方はと 言うと・・・ 「うぉぉぉぉん!小僧ぉぉおおお!ッス!」 村田よ、何故に泣く? 「こんにちわ〜☆」 一方、早苗は簡単に村田と孝司の横を素通りし、桂の所に走っていく。 もちろん、孝司を助けてやろう等とは、微塵も思っていない・・・ そして、道場の中にいた桂の方も両腕を広げて走り寄ってきた早苗を迎えた。 「やぁ(ぽふ☆)早苗ちゃん♪」 「おにーちゃん、卒業おめでとー☆」 胸に飛び込んできた早苗に、桂は顔を綻ばせる。 「ありがと。ん〜〜〜♪(なでなで)やっぱ、早苗ちゃんは可愛いなぁ♪」 「てへっ☆あ。でも早苗は女の子が好きだからダメだよ♪」 「んにゃ、そーゆーのじゃなくて。ほら、美貴なんぞは、ぜっっっってぇに!間違って も『おめでとう』なんて言ってくんねぇから・・・そうだ。早苗ちゃん、美貴の代わ りに妹になってくんない?」 早苗の頭をナデナデしながら、しみじみと呟く桂・・・の頬に、美貴の手が伸びた。 「ふぅ〜ん・・・早苗ちゃんの方が、可愛くてぇ(ムギュウウ!)可愛くない私が妹で 悪かったわね!?」 「ひ(ギュイイイ)ひ、いひゃいひゃい!!」 そんな桂達の脇を、綾子は小走りに龍の元に駆けていく。 また、それを迎え入れようとした龍だが・・・綾子のいつもとは違う雰囲気に、思わ ず身を強張らせた。 「龍さん!」 綾子は目に涙を浮かべ、その表情が固いのだ・・・ 「綾子君、どうしたんだ?涙なんか(ドン)・・・おっと!?」 綾子は龍の胸に飛び込むと、龍の顔をじっと見つめている。 別に「やましいコト」が有る訳でないのだが、龍は鼓動が高まるのを感じていた。 「・・・」 「え〜と・・・な、なんだい?」 珍しく戸惑う龍に、綾子は微笑み呟く。 「龍さん・・・ご卒業・・・おめでとうございます」 「・・・ありがとう」 龍は綾子の祝いの言葉に応えるべく、優しく綾子を抱きしめた・・・と、その時。 「(ゾクッ)・・・ん?」 龍は「みょーな視線」が身体に絡みつく感覚を覚えた。 龍は首を傾げながら道場の中を見回すのだが、見えるのは・・・ 「村田さん!孝司を離して下さい!!」 「こ、小僧と離れ離れになるナンて(ギュギュ〜〜〜!)イヤッスぅう!」 「ぐ、ぐるぢいいいぃぃぃぃイいい(ギュ〜!ポキャ☆)に゜ょへら?!」 「へ?!か、和美・・・今、孝司から『ヘンな音と声』がしなかった!?」 「え゛?ちょっと孝司、大丈ぉ・・・ひぃ?!」 「・・・(ブクブクブク)」 「きゃあああああ?!孝司が泡ふいているぅ!!」 「村田さぁあああん!孝司を離してぇえええ!!」 必死に村田から孝司を引き剥そうとしている、和美と由香里。 「ハッハッハッハ!大丈夫でさぁ!!コノくらいで死にやしやせん!!」 そして、その横で豪快に笑っている大下。 あとは・・・ 「きゃははははは♪おにーちゃんの顔、よく伸びるんだぁ〜☆」 「い、いひゃい!(グイグイグイ)いひゃい!!」 「そー?そんなに痛い?!そんなに痛かったら、後で、あたしよりもずっと可愛い妹の 早苗ちゃんにさすってもらいなさいね!!あ゛〜〜〜ちょぉムカつくぅぅ!!」 笑いながら桂におぶさっている早苗に、その桂の頬を力任せに引っ張っている美貴だ けであり、やはり他には誰も居ない・・・ 「・・・思い過ごしかな」 龍は綾子を抱きしめながら、もう一度首を傾げていた。 さて同じ頃・・・ と、ある「3年生」のクラス前では、手にプレゼントらしき箱や、リボンのかかった 花束を手にした女子生徒で溢れかえっていた。 全員、このクラスの「2人の卒業生の為だけ」に集まってきた生徒である。 「先輩!卒業しても、私の事を忘れないで下さい!」 「先ぱーい!いっちゃイヤです!」 「おねがいです・・・今夜・・・先輩の家に・・・」 最後の時に、それぞれの「想い」を打ち明ける女子生徒達。 しかし、その相手とは・・・ 「・・・どうしよぉかしら」 「ホント、辛いわねぇ・・・」 留美と夏美は、両手一杯に抱えたプレゼントの中で「珍しく」悩んでいた。 どうやら、このクラスに来た女子生徒達は皆、この2人の「毒牙」にかかった娘達で あるらしい・・・ とは言え、いつもならばこのシチュエーションでこれだけの女生徒達に囲まれたら、 二人共気分は既に「狩人」と「女王様」のハズである。 特に夏美なんぞは、迫り来る女生徒達を当たるを幸い、ちぎっては投げ、ちぎっては 投げと、精力の続く限り「無差別に襲いまくる」のが「普通」である。 ちなみに、留美の方は「獲物を厳選して狩る」タイプだ。 それはさておき、二人共、ドコか体調が悪いのだろうか? 「んな訳ないでしょ!あぁ・・・タカ○ジェンヌの人達の気持ちが判るような・・・」 「そうねぇ・・・あ?!時間が!?」 うっとりと感激に浸る留美に対し、夏美は腕時計を見るなり目を剥いていた。 どうやら約束の時間に、かなり遅れているらしい。 夏美は、わたわたと手にしたプレゼントを掻き集めると・・・ 「うわ、まっじぃ!時間に遅れちゃう・・・ね、留美姉ぇ」 「ん?」 「・・・これ(バサッ)頼むわね!」 「ちょっと夏美?!こんなに(ドサッ!)わきゃっ?!」 夏美は留美に抱えていたプレゼントや花束を押しつけ、更には・・・ 「あ!あと、こっちも・・・頼むわ!!」 「え?!(ドカッ!!)きゃぁ!?」 ナンと迫り来る女子生徒達に向かって、留美を突き飛ばしたのだ! 「田村おねーさまぁー☆制服のボタンください!」 「留美様ぁあああああ♪ネクタイちょ〜だ〜い!」 「留美おねーさまーー☆記念にスカートをぉ〜!」 「お姉さまぁ〜♪思い出の品にブラくださ〜い!」 「うっきゃあ(ブチブチブチ☆)あああああ!?」 みるみる内に下級生達によってボロボロにされていく留美。 そして、夏美は「狼の群れの中に子羊を」・・・ナンか例えが合わない。 ナニしろ、いつもは夏美達が「狼」なのだから・・・ えーと、つまり・・・ 『最後の一太刀を浴びせようと考えていた仇討ちの皆さんに、その仇を放り込んだ』 その隙に、夏美は道場に向かって走りだしたのであった。 「留美姉ぇ、成仏してねぇ〜♪」 「夏美の裏切りものぉおお〜〜!(ズリ☆)うきゃああ!?パンツはダメぇ〜〜!」 さて・・・ようやく落ちつきを取り戻した道場内はと言うと? 「龍さん家に行くんだから、やっぱちゃんとした格好の方がいいかな?」 「そうよね。龍さんトコって、結構、厳粛そうだから・・・」 「どうしましょう・・・着物を用意しなくては・・・」 「俺もスーツを・・・」 「はは。そんな気を遣う必要もないよ。みんないつも通りで良いんだよ♪」 全員、道場の床の上に適当に座りながら、今日の龍宅で行われる祝賀会の雑談をして いるところであった。 そんな中、和美の隣にチョこんと座っていた早苗が、龍に向かって手を挙げる。 「あ・・・ハイ龍さん!しつもぉ〜ん!」 「ん?ナンだい早苗ちゃん?」 「さっき美貴さんが、今日は龍さんのお家で卒業パーティーをするって言ってたけど、 パーティーには何人来るの?」 早苗にそう言われ、龍は指で道場に居る全員をグルリと指差す。 「えーと、この全員だよ。祥子君と真美君も誘ったんだけど、祥子君は用事があるそう で、真美君は部活動があると言って、二人とも残念ながら来られないとの事だ。それ と悦美と智子君は・・・その、なんだな・・・今日は『デート』だそうだ・・・」 「ふ〜ん・・・あ、そっか。明日から、お休みだモンね♪」 「なるほど。二人とも『ヤル気十分』ね♪」 「・・・由香里が言うと、ナンか下品に聞こえる・・・」 「親父ギャグに近いよね?」 「・・・悪かったわね」 「まぁ。確かに明日は休みだから、ゆっくりと過ごすのも俺は別に悪くはないと思うん だが・・・それでも朝っぱらから練習をヤルって言う、熱血馬鹿がココに・・・」 そう言われながら龍に指さされた桂は、憤然として指を払った。 「悪かったな熱血馬鹿で・・・んで・・・龍。お前、明日の朝練どーするんだ?」 「休む」 「ぅ・・・まぁ、お前は別に引退だから構わねぇーけど・・・」 「え〜・・・んじゃ、私も(ガシッ!)あうっ?!」 「美貴、お前は出るんだ!龍、悪いが今日は早めに切り上げさせて貰うぞ!?」 「俺は別に構わんが・・・夏美のヤツがすんなり帰すと思うか?」 「なに?!牧村(注:夏美の名字)も来るのか?!」 「・・・呼ばない方が怖いからな」 「・・・だな」 「ひえ・・・(ブルッ)」 そんな何気なく言った龍の口から出た「夏美」の名前に、村田の「膝の上」に座らせ られていた孝司は、ビクリと身体を振るわせていた。 それに、ここにいる「全員が出席」と言うコトは? 「兄貴!あっしは今日は小僧とトコトン飲むッス!止めないで下さいッス!」 「うむ!絶対に止めん!行き着くトコまで突っ走るがいい!」 「了解ッス!小僧ぉ!今夜のあっしは・・・リミッター(ポッ☆)解除ッスよ♪」 「た・・・助け・・・」 そう言って頬を赤らめる村田に、孝司は道場内のメンバーに助けを・・・ 「・・・」 誰も・・・孝司とは眼を合わせようとはしなかった・・・ それもそのハズで、皆の(兄貴達との付き合いが長い龍と桂を除く)頭の中は、別の コトで一杯であったのだ。 それは・・・ ・・・この二人・・・タダでさえ日頃から気合いが入りまくっているのに、酒ナンぞを 飲ませた日にゃ一体どうなるのだろうか?それに、あの夏美も来る・・・自分達 は生きて帰れるのであろうか? そんな考えが頭を駆け巡っていた・・・ 普通ならば「未成年が酒を飲んでも良いのだろうか?」と考えるトコだが・・・ そんな気まずい空気が流れる中、美貴に掛けていたヘッドロックを解いた桂が、腕時 計を見て首を傾げる。 「それにしても牧村の奴、呼んだ割には遅いじゃねぇか?」 「ん?・・・言われてみれば、確かに遅いな・・・もしかしたら、後輩の女子生徒達に 捕まっているんじゃないのか?」 「なるほど最期の一太刀ってやつか・・・なぁ、龍。牧村、生きてると思うか?」 「俺の予想だと、留美を囮にしてでも・・・来るだろう」 「お前もそう思うか・・・田村(注2:留美の名字)のヤツ、死んだな・・・」 「あぁ・・・可愛そうに・・・無事に卒業・・・させてやりたかった」 「そうだな・・・」 相変わらずこの二人は「場を和ます会話」と言うものが下手である。 桂と龍の溜息が静まり返った道場内に響き渡り、余計に空気が重く・・・ そんな中、ふと、美貴が何かを思い出したらしく真顔になった。 「あ、そだ。ねぇ『兄貴』・・・」 「オォウッ!!(ムキャ!)」 「ウィッス!!(ムキャキャ!)」 すかさずポージングをした「本家兄貴!」に、美貴は顔を引き攣らせながら手を振る と、反対の手で「実の兄貴」である桂の袖を引っ張る。 「あは・・・大下さん達のコトじゃないですよぉ♪・・・兄貴ってば」 「ふ〜む(グイッ)ぉ?ナンだ俺の方か・・・んで、なんだ?」 「部室の『アレ』どうするの?後輩としては、残されても困るんだけど・・・」 そう美貴が部室を指差すと、桂と龍は顔を曇らせる。 「アレ?・・・あぁ『アレ』か。なぁ龍、どうする?」 「ん?・・・そうか。『アレ』か・・・確かに、後輩に残していくには忍びないな」 桂と龍は腕組をすると考え込んでしまった。 どうやら、龍、桂、美貴の3人は判っているようだが、周りにいた和美達にはナンの コトやら訳が解らない。 一体、美貴達の話している「アレ」とはナンであろうか? そんな腕組みをして唸っている3人に、由香里が身を乗り出したのだが・・・ 「あのぉ『アレ』って、ナンですか?」 「え?・・・あぁ、実は・・・」 「由香里君・・・コレだよ」 桂が答えるよりも先に、龍が部室の中から、その話の中の「アレ」であると思われる 錦の袋を手に持ってきた。 その長さ、袋の柄、そして丁寧にくるまれているトコろを見ると、その中身はおそら く「日本刀の類」であることが想像される。 しかしながら、それが「ただの日本刀」なら・・・まぁ、普通の人なら驚くかも知れ ないが、この人達は特別である・・・そんなに驚く事も無かったであろう。 だが・・・龍が静かに組み紐を解き、中から取りだした一振りの「刀」を見るなり、 和美達は言葉を失った。 「(シュル)・・・よっと(チャキ)さ〜てと♪こいつをどーする?」 軽い口調とは裏腹に、苦々しい表情を浮かべながら龍の取り出したその刀は、ここに いる「メンバー全員」が見覚えのある、一振りの「軍刀」であったのだ! それは・・・ 藍塗りの柄の部分には、誰のものかは解らないが、幾つもの血痕がついた・・・ その禍々しい光沢を持つ刃は、龍だけではなく、他に幾人もの血を吸った・・・ たった一人の欲した享楽と快楽の為だけに、数多の罪無き魂を斬り刻んだ・・・ 「まさか・・・あの時の・・・」 「あぁ。そうだ・・・(カチャ)あの前理事長が使っていたヤツだよ・・・」 すっかり腰が引けてしまった和美が呻くようにそう呟くと、龍は忌々しそうに頷き、 その軍刀を静かに床の上に横たえた。 あの「前理事長」の軍刀・・・ その言葉が、和美達の頭の中に「悪夢の文化祭」を鮮明に甦らせる。 「・・・くっ」 食堂で前理事長はこの軍刀を振り翳し、和美の命を断ち斬ろうと・・・ 「っ・・・」 同じく食堂で美貴は、前理事長に一撃の下に弾き飛ばされ・・・ 「ちっ・・・」 浴室では天狗の面をつけた前理事長が、由香里を拉致監禁し・・・ 「ぅ・・・」 月明かりの下、前理事長は屋上で綾子を死の淵に陥れた・・・ 「ふーん・・・あの時のナンだぁ〜」 相変わらず緊張感と言うモノが欠けている早苗は、のほほんとして軍刀に手を延ばし たのだが・・・その手が刀に触れる前に、和美の手が素早く動く。 「コレって(ピシャ!)ミギャ?!」 「無暗(むやみ)に触るんじゃないの!」 「あぃ・・・」 和美に手をひっぱたかれ、慌てて手を引っ込める早苗。 だが・・・ 「ほう(ズシッ)・・・結構重いわね(チキッ・・・スラッ)」 「由香里!?」 いつの間にやら由香里が軍刀を手にすると、抜き出し、更には光にまでかざして、そ の怪しく光る刃を眺めているのだ。 龍はその軍刀を見つめながら、苦々しく呟く。 「そいつは軍刀にはなっちゃあいるが、中身はかなりの業物だ。まだ目釘を抜いて銘を 見てはいないが、家のジジィの話と文献を参照にした結果、はがねの焼刃の光沢に特 徴があることから、おそらく、この軍刀は『備前長船』の流れを組むモノかと思う。 いや〜・・・全く、理事長も大したモノをお持ちになっていたモンだ♪」 「え?!長船って・・・確か国宝にもあるヤツですよね?」 「あぁ。にしても・・・よく戦時中にアメリカ軍に没収されなかったものだ・・・」 溜息混じりに呟き、肩を竦める龍だが・・・ 「・・・備前・・・長船(キラン☆)・・・」 その「備前長船」と聞いて、由香里の眼鏡が怪しい光を放っていたのには気がついて いなかった。 もしも龍が、その「由香里のメガネが光った理由」と、もう少し「由香里のコト」を 知っていたならば・・・ 「あ、あの、これ・・・どうするつもりなのですか?」 「ん?あぁ、そうだなぁ。そいつは登録書がないからなぁ・・・かと言って、不燃ゴミ で出すわけにもいかないから・・・取りあえず、俺が家に持って帰って、打ち直しを して・・・う〜ん、そうだなぁ〜・・・『包丁』にでもするかな?」 この「長船を包丁にする」の一言・・・ コレだけは「由香里の前で」絶対に言わなかったであろう。 そして当然のコトながら「歴史と光りモノ(意味は違う)が大好き♪」な、由香里は と言うと? 「ほ、包丁?!・・・天下の『備前長船シリーズ』かも知れないコノ軍刀を・・・包丁 ナンかに・・・ほうちょ(プチン☆)ぬあんですってぇえぇ!?この備前長船を、よ りによって(ガシッ!)ほうちょおぅ!?」 「ゆ、由香里御嬢。落ち着いて(ブォン!)あ、危ねぇ?!」 「わぁあ?!由香里がキレたぁああ?!」 「きゃあ!?由香里ちゃんが壊れちゃったぁああ!?」 「あぶないッス!その刀は(ブオン!)まぢでキレるッス!」 「おわわわわ?!京本ぉおお、あぶね〜だろぉ!?」 突然に振り回された軍刀の剣風に、大下は和美と早苗を抱え、村田は孝司を抱えて飛 びのいた! ナニしろ、この軍刀の斬れ味は「身をもって」体験している。 まして、振り回しているのは「狂気で凶器の由香里様」だ。 近寄ることすら危険な事この上ないのだが・・・ 「兄貴!真剣白羽取りやってぇ!!」 「んなもん出来っかぁ!!」 「んじゃ可愛い妹のために盾になってぇ!!」 「可愛くねぇーから押すなああぁぁぁぁ!!」 奥山兄妹の薄情なこと・・・お互いを何とか盾にしようとしている。 まぁ、それはさておき。 「んあああああ(ブンブンブンブン!!)あああ!!」 重い軍刀を両手で振り回す由香里に、和美は悲鳴にも似た叫び声をあげた。 「由香里!そんな物騒なモノ振り回すんじゃないの!」 「備前長船をほぉちょーだなんて!そんなもったいないコト、例え御仏が許してもぉ! 魂的に『さむら〜い』で『神風』な、この京本由香里様が許さないぃいいいい!」 和美の声を全く聞いていない由香里は、更に軍刀を振り回す。 「綾子君、ココを動かないように!」 「は、はい!」 そんな人斬り由香里の御乱心に、いち早く綾子を抱えて飛びすさっていた龍は、綾子 を柱の陰に隠れさせると、背中から特注品のナイフを取り出し、軍刀をブン回している 由香里の前に飛び出した! 「ふんっ!」 「ぅうあああああ(ギィン!)んぬぬ・・・え?・・・りゅ、龍さん・・・あ?!」 手に伝った振動でよーやく正気に戻った由香里は、軍刀の刃をナイフで受けとめてい る龍に気がつき、正気に戻ると、その場に座り込む。 「龍さんが・・・なんで・・・あわわわ!?は、刃が?!」 そして見れば、軍刀の刃は・・・龍のナイフの3分の1の所にまで食い込んでいるで はないか?! 一つ間違えば、由香里は龍をブッた斬っていたであろう・・・ 「あ・・・あた・・・あたし・・・」 自分のした行動に震える由香里・・・ だが龍は、そんなガタガタと震えている由香里の手元を軽く押さえながら優しく見据 えると、諭すような、それでいて決して厳しくはない口調で語りかけた。 「いいかい由香里君・・・業物(わざもの)と言う物は、扱う人が悪くてもそれなりに 斬れる・・・ご覧。このナイフだって、特殊鋼を使って作ったナイフだったんだが、 由香里君がタダ振り回していただけの軍刀の前では、このザマだ・・・こんな業物が 悪い奴の手に渡り、悪用されるとどうなるかは・・・判るよね?」 「う・・・は、はぃ(シュ・・・カチ)龍さん・・・ごめんなさい・・・」 そんな染み入る様な龍の言葉に、床に座り込んだ由香里は項垂れると、軍刀を鞘に納 め、黙って龍に差し出してくる。 そんな素直な由香里に、龍は満足げに頷いて、それを受け取ろうとしたのだが・・・ 「それでいいんだ・・・(カチャ)ん?」 差し出された軍刀を、横から来た手が受け取ったのだ。 「これ・・・私が頂いてもよろしいでしょうか?」 「綾子君・・・どうして?」 「・・・」 戸惑う龍に、綾子は何も言わずに、ただ、軍刀を抱きかかえていた。 2 「ねぇ・・・綾子」 「はい?」 「今度その刀、ゆっくり見せてね♪」 「はい☆」 まだ心残りの由香里は、先ほどからそればかりを繰り返していた・・・ さて、龍の家で今も行われている「卒業祝い」と称した宴会は、既に2時間を迎えて いる。 さすがに、和美達は「まだ高校生」と言う事で、飲み物に「お茶やジュース」が用意 されていたハズなのだが・・・ 「あうぅぅ・・・早苗ちゃん、もう飲めなぃい・・・」 「なーによ、早苗。あたしの酌じゃ飲めないっての?!」 「あはは!綾子さん、和美さん。飲んでるぅ☆?!」 「美貴さん。そんなに飲まれては・・・」 「そうよ。由香里も程々に・・・」 今やキチンと「ジュースだけ」を飲んでいるのは、和美と綾子だけであった・・・ とまぁ・・・賑やかなのを完全に通り越して「凄まじい」宴会が行われている荒木家 の座敷であるが、そんな中、龍の祖父であり日那高校の「現・理事長」である陽炎が、 ビール満タンのピッチャーを手にすると、スクッ!っと立ち上がる。 それにしても・・・いいのか?理事長が一緒で? 陽炎はジョッキをグイと掲げると・・・ 「31番!荒木 陽炎!イッキするぞい!」 「うぉーーーー!(パチパチパチパチパチ!)」 兄貴達の拍手を浴びながら立ち上がった陽炎は、豪快にピッチャーを傾けて、本日、 何ガロン目かのビールを飲み干していく。 「んぐんぐんぐんぐんぐんぐ・・・ぷはああああああ!どうじゃあ!?」 「お見事ぉーーーーーーー!!」 「さすがッス!」 「・・・」 ・・・心臓発作かナンかで死なねぇかな・・・いや、死ね。 そんな「破戒教育者」の祖父を横目に見ながら、桂と雑談をしてた龍は本気で思って いた。 そして・・・ 「はぁ・・・相変わらず元気なおじいさんだこと・・・ん?早苗、眠いの?」 「・・・うん」 「んじゃ、膝枕してあげる。大人しくしていなさい」 「うん・・・ひっく」 「あたしもぉ・・・」 「あんたもかい・・・まぁ、いっか」 和美は騒ぎを横目で見ながら、赤い顔をしている早苗と由香里を少しずつ寝かしつけ ようとしていた。 ナニしろ、勢いに乗って襲われてはたまらない。 そんな和美達の隣で、今度は大きな朱塗りの一升盃を手にした大下が立ち上がる。 「32番!大下!日本酒を・・・い、いや。え〜とぉ・・・おぉ!『米と麹で醸造して 出来た飲料』をイッキするぞぉ!」 「よっしゃ!青少年に悪影響を及ぼさない様にしたその心遣い、最高じゃぞ!」 「す、素敵ッスーー!兄貴ぃーーー!!とれびや〜〜〜〜ン♪ッス!」 んで、美貴と桂の兄妹は・・・ 「兄貴!ちょっとココに正座して!ココ!」 水割りの入ったグラスを片手に、美貴は桂の手を引っ張る。 龍と話をしていた桂は、めんどくさそうに妹の方に振り向いたのだが・・・ 「ナンなんだ・・・う゛」 ・・・こ、こいつ目がすわっているじゃねぇか?!誰だ?!コイツに飲ませたのは?! コイツは飲むと大暴れすんだぞ!?コイツにゃ水だけ飲ませときゃいいんだ! ・・・という、激しい「心の叫び」とは裏腹に、桂は・・・ 「はいはい・・・」 キチンと正座をし、妹の正面に座る。 そして美貴の方はと言うと、グラスの中身を飲み干して・・・ 「兄貴ぃ!大体、兄貴は私ににゃにか兄貴らしいことを、今までにしちぇくれたことが ありましたかっってぇのぉ!」 そう怒鳴るが、舌は回らず、状態もフラついている・・・ そんな妹の姿と正座している自分の不甲斐なさに、桂は溜息をついた。 「はぁ・・・何で兄が妹に説教されにゃならんのだ?」 「にゃんか言ったか!?」 「い、いえ・・・」 その奥山兄妹の向かいでは、何やらドロリとした緑色の液体が満載されたジョッキを 片手にした村田が立ち上がった! 「33番!村田 幽邃!『スーパーまずい緑汁』をイッキするッス!!」 「よっしゃああああ!若者の健康にも配慮した、その心意気もナイスじゃぞぉ!」 「いいぞぉ村田ぁああ!ワシの熱い気持ちのプロテインも受けとれぇええ!」 「あ、兄貴ぃ!感激ッス!!頂きますッス!んぐんぐんぐんぐ・・・ぅ」 次に、チビチビと限りなく水に近い水割りを舐めていた、存在感の薄い孝司は・・・ 「村田さん・・・顔色が悪い様だけど(ガシッ)おわ?!」 「ぷはあああ!いやぁ、参ったッス!緑汁の不味さに思わずもどしてしまったッスが、 兄貴のくださったプロテインのおかげで全部飲み戻せたッス☆!」 「・・・うぷ」 そう豪快に笑う村田に、孝司の方がすっかり気持ち悪くなってしまった。 思わず手にしていた水割りのグラスを膳の上に置くが・・・ 「ヤヤ!?どうした小僧?!もう飲めんのか!?」 丁度、グラスを置いた所を大下に見つかってしまったのだ。 「・・・し、しまった!」 しかし、もう遅い。 「小僧ぉ!そんな軟弱なことで、どぉ〜する!?取り敢えずは、もっと筋肉をつけなく てはイカン!おぉ!そうだ、これを飲むがよい!ホレ♪!」 そう言って大下は、側に置いていたジョッキを手に取り、孝司に突きつける。 見た目は「タダの麦芽発泡飲料」だが、そのジョッキに浮かんでいた泡がおかしい。 白い筈の泡が・・・黄色いのだ。 「そんじゃ一口だけ(ジュル)うげぇ!?これ、なんです!?」 だが、口をつけるなり思わず吹き出してしまった孝司に、村田が青臭い息を吹きかけ ながら、ガッシリと肩を組んできた。 「あ、あっしの作った『プロテイン入りの発泡飲料』ッス。さぁ、これを飲んで・・・ あっしの事を兄貴と呼んでも・・・(ポッ)いいッスよ♪」 「・・・村田さん。酔いが回ってるのでは?頬が赤いですよ?」 「・・・んもぉ、つれないッス☆」 「いえ、絶対酔っているせいです!そうして下さい!」 「判ったッス・・・小僧の横顔に・・・酔ったッス♪」 孝司は兄貴達のオモチャにされていた・・・ そして最後に、龍、夏美、綾子。 「やれやれ・・・それにしても村田のヤツ、孝司君をエラく気に入ったみたいだな?」 話し相手であった桂を美貴に取られた龍は、兄貴達と孝司の光景を肴にして飲んでい たのだ。 そんな龍に、綾子がそっとデキャンタを差し出す。 「龍さん、お一つどうぞ♪」 「あ・・・すまないね(グイッ)おぉ?!」 そう言って龍がグラスを持ち上げたのだが、その龍を押しのけて夏美がグラスを割り 込ませてきた。 「ありがとぉ〜♪綾子ちゃん☆」 「おいコラ。夏美、てめぇナニしやがんだよ?!」 「あによぉ〜?!龍ぅ、あんた綾子ちゃんを独り占めにする気ぃ!?」 「う゛・・・お前、飲み過ぎだぞ?」 「飲んじゃ悪いわけぇ?!」 「いや、俺はただ・・・(ヒュン!ビシッ!)おわ!?」 「きゃあああ?!夏美さん!鞭はしまって下さい!」 隣に座っていた夏美が、いきなり立ち上がり鞭を取り出したのだ! そして、それを聞きつけ大下と村田までもが立ち上がってしまった。 「おぉ!?姐さんがやる気じゃああ!村田ぁ!ワシらも酔い醒ましに、ドカンと一発! 万感の思いを込めて、スパーリングじゃああ!!」 「ウィッス!こ、小僧も参加するッスぅ!」 「た、助けてええええ!」 「わしもやるぞぉい!!そぉれぇい!」 「え?(ブォン!)うわあっっぁ?!ジジィ!槍を出すなぁ!」 「本物の黒田節を見せちゃるわぁ!」 夏美が鞭を振るい、兄貴達が孝司を振り回し、陽炎が槍を振り回す・・・ 地獄絵図と化していく、祝賀会の宴の席・・・ 「くーーーーー・・・」 「すーーーーー・・・」 「・・・やれやれ」 そんな中、由香里と早苗は、和美の膝の上で安らかな寝息をたてていた・・・ 翌日・・・ 荒木家で、さわやかな朝を迎えたのは・・・ 「おはようございます」 まず綾子に・・・ 「はぁー、昨日は凄かったわね・・・」 和美と・・・ 「二人とも、ご飯の準備が出来ているよ」 龍・・・だけであった。 他のメンバーのうち、一部行方不明となっている者と、ただ単に寝坊をしているだけ の約2名を除いて、残りの者は見事に二日酔いなのである。 その為、奥の客室には・・・ 「うぉぉぉぉ頭いてェ・・」 まずは桂・・・ 「うぅーん、いったーーい・・・」 次に美貴・・・ 「き、きぼちわるいぃ・・・」 そして早苗が唸っており、各自布団の中で一人プロレスを演じていた。 「くかーーー・・・」 「んかーーー・・・」 ちなみに、酒に強い夏美と由香里は豪快に眠っている。 そして陽炎はと言えば、まだ日那高の方で仕事があると言うので、朝も早くに出かけ てしまっており、食堂では先程の3人が静かな朝食を迎えていた。 龍は和美と綾子にコーヒーを出してやると、自分も一口飲む。 「(コクッ)ふぅ・・・ん?そういえば二人とも、お家の方はいいのかい?」 「はい。昨日電話をしましたから」 「私もです」 「そうかい。それは良かった・・・が」 2人がそう答えると、一度安堵の息をついた龍だが、もう一人の事を思い出すと顔を 歪ませていた。 「・・・それにしても、孝司君が心配だな」 「はい・・・」 「心配です・・・」 3人は昨夜の孝司の哀れな姿を思いだした。 昨夜の宴会の終盤の頃・・・ 「小僧!プロテインは飲むだけでは駄目なのだ!飲んだだけでは、この様な神の創った 肉体にはなれん!フンッ!(ムキャ!)」 「そ、そうッス!こうなりたければ!(ムキャキャ!)」 「なりたくない・・・」 「何か言ったか?(ムキャキャキャャ!)」 「いえ・・・」 「まずは町内1周のランニングからだぁ!」 「ひぃあ・うぃ・ごぉーーーッス!」 「え?!た、たすけてぇ!」 逞しい腕に抱えられ、哀れな孝司は二人に連れさられたのであった・・・ 「はぁ・・・龍さん。私、ご飯を食べたら、この辺を見て回りますね。もしかしたら、 その辺で寝ているかも・・・」 和美の言葉に綾子も頷く。 「私も行きますわ。孝司さん、風邪をひいてなければよろしいのですが・・・」 「そうだな。んじゃ、俺も・・・」 そう言って、腰を浮かし掛けた龍だが・・・ 「・・・うぅ・・・」 「いたい・・・」 「ぅぅぅぅーー」 向こうの部屋から、水揚げされた市場のマグロの様に横たわり、頭を抱えて唸ってい る輩の声が耳に入った・・・ 「・・・やはり頼もう。俺は他のヤツの事もあるから残るよ」 「はい」 「解りました」 そう和美と綾子が頷いた時、食堂に元気な声が飛び込んできた。 「おっはよーございまーーーす♪!」 「あぅうううーーー!由香里ちゃん、大声出さないでぇ〜・・・」 食堂に入ってきたのは・・・何故か軍刀を抱えた由香里と、頭を押さえて呻いている 早苗である。 由香里は食堂に入ってくるなり、綾子に軍刀を押しつけ、厳しい口調で迫ってきた。 「綾子!こんな大切な物、離しちゃダメでしょ!」 「由香里さん、随分元気ですね・・・」 「へっへっへぇ〜♪文化祭以来、龍さんに鍛えられたからね☆」 「まぁ・・・あ、由香里さん。その刀、しばらく持っていて下さいな。私には少々重す ぎますので・・・」 「おっけー☆」 そんな元気な由香里に比べて、顔の青いのを通り越して白くなっている早苗の惨めな こと・・・和美に縋り付いているのだ。 「和美ちゃ〜ン・・・頭が痛いよぉ〜・・・」 頭を抱えるようにして苦しむ早苗に、和美はミネラルウォーターの瓶を差し出す。 「早苗、お水飲む?」 「飲むぅ・・・」 「やれやれ。だから俺は、あんまり飲んじゃいけないって言ったのに・・・」 この二人に苦笑をしていた龍だが、突然、手を一つ叩いた。 「あ・・・そうだ(スパーーーーン!)そうだなぁ!二人にもお願いしよぉ!特にぃ! 俺とのぉ!約束を破ってえぇ!まだ頭の痛い早苗ちゃんはああぁ!外を散歩してきた 方があああぁ!酔いもぉおおおおおお!早くぅ覚めるぅぅううううう!」 「あぅうううう!!龍さんのいぢわるぅうう!」 「あっはっはっはっは☆」 龍の大声に、早苗は頭を押さえて転がっていた。 さて、朝食の後、龍の家の回りを捜索するコトとなった和美達。 兄貴達は「町内1周」と言っていたハズだから、そこら辺に転がっているのではない かと思っていたのだが・・・ 「何処にも・・・居られませんね」 その綾子の言葉に、和美も頷く。 自動販売機の陰、細い路地、人ン家の植え込み、果てはゴミの収集場までも探したの だが、兄貴達はそのゴツイ身体の影も形も筋肉片も見せないのだ。 暫くも探していた和美達だが、仕方なく龍の家に戻ることにした。 「困りましたねぇ・・・」 「一体、どこに・・・あ、こら!早苗!なにやってんのよ!?」 見れば早苗が龍の家の側溝にしゃがんでいる。 「うえぇぇ・・・気持ち悪いよぉ・・・」 「しょうがないわね・・・ん?」 そう言って由香里は、しゃがみ込んでいる早苗の背中をさすってやったのだが・・・ 前方にある電柱の陰に「ナニか塊」があることに気がついた。 「んん〜?・・・毛布?」 よーく目を凝らして見た結果、どうやら毛布にくるまった人間らしいコトが判ったの だが・・・見るからにうさんくさい。 「ちょっと・・・誰?!」 「由香里。どうしたの?」 「そこに、誰か隠れているの・・・出てきなさい!」 由香里に言われるままに、その怪しい人物はユラリと出てくる・・・が、顔は毛布に 隠れて見えない。 そして、その毛布の奥から、くぐもった声が聞こえてきた。 「ようやく出てきたですね・・・ここで一晩、寒い思いをして龍様のお家を見張ってい た甲斐があったです・・・でも、由香里さん達に用はないです。用があるのは、そこ にいる(ゴソゴソ)篠原綾子さんです!(カチャ!)覚悟ですぅ!」 「きゃあ!?」 毛布の人物は、突如として鉛筆削り用の刃渡り3センチ程のカッターをリュックの中 から取り出したかと思うと、綾子に襲いかかってきたのだ! 小さなカッターの切っ先が、綾子めがけて真っ直ぐに突っ込んでくる! だが・・・ 「なめるなぁ!せいやぁ!」 「え?(がッこーーーん!)ほえ・・・(ドサリ)」 由香里が持っていた錦の袋でその通り魔を一撃してやると、呆気なくアスファルトに 崩れ落ちてしまった・・・ もちろんその錦の袋の中には例の軍刀が・・・これは効く。 「う〜ん、やっぱ長船は素晴らしぃん♪」 「それは違うと思うわよ・・・」 感動しながら錦の袋を撫でている由香里に対してパタパタと手を振りながら、和美は しゃがみ込んで毛布をめくると・・・ 「一体、誰なん(ペラッ)・・・あ゛!?」 「ゆ、裕美ちゃん!」 アスファルトでのびているのは、同じクラスの「谷口 裕美」であった。 3 「うーん・・・」 「お?そろそろ、目を覚ますかな・・・」 「みたいですね」 布団に寝かされた裕美の顔を覗き込み、龍と和美が頷く。 さて・・・今現在、荒木家に残っているのは「朝練に遅刻したぁ!」と言って、起き るなり帰ってしまった奥山兄妹と、行方不明の兄貴ズと孝司を除く、龍、和美、早苗、 綾子、由香里に・・・ 「あーあ・・・むにゃ(じゅる)・・・」 よーやく起きてきた夏美であった。 夏美はショーツ一枚の格好に、龍の物だろうか?男物のYシャツを羽織り、缶の烏龍 茶を飲みながら、皆が揃っている客間にやってきたのだ。 そんな男性週刊誌の中表紙を飾れそうな格好をした夏美のYシャツの胸元からは、そ の形良くも、それでいて随分とふくよかな「ノーブラの胸」と、裾の方からは、随分と 艶っぽいブルーの「ショーツ」と、その下から伸びているスラリとした「おみ足」が、 チラチラと見え隠れを・・・ 「・・・」 その光景に、全員(裕美を除いて)は呆然として見ていたのだが・・・ 「ふぁ・・・ん?どしたの?みんな?」 夏美の方は全く気にしていない。 そんな夏美に、龍は首を振って溜息をつく。 「お前なぁ、少しは恥らいってものが(ぎゅ!)・・・おろ?」 そう言った龍の視界が、突然真っ暗に・・・綾子が龍の目を塞いだのだ。 「龍さん見ちゃダメです!夏美さんも、ちゃんと服を着て下さい!」 だが、夏美の方は平気なものである。 そのままボリボリと頭を掻きながら、寝かされている裕美の側にあぐらをかき、欠伸 をもう一つすると、龍の方に手を差し出したのだ。 「アーぁ・・・良く寝た(ポリポリ)ん〜、チョッと飲み過ぎたかな・・・龍、タバコ ちょーだい♪」 「あのなぁ。お前、少しは人の苦労を考えてやれよ?未成年に悪影響を及ぼさないよう にって、昨日の宴会で『酒』の文字を無くすのに、どれだけ大変だったか・・・」 「い・や☆」 「・・・ほらよ(ポイッ)」 龍は綾子に眼隠しされたまま上着のポケットに手を突っ込み、タバコの箱を取り出す と夏美の声がした方に放り投げる。 夏美はタバコの箱を受け取ると、そのタバコを一本口で抜き出しながら、もう1度、 龍の方に手を差し出す。 「ふーん、タバコ変えたんだ・・・あと火ぃ貸して」 「ん・・・えーと、ドコにしまったっけ・・・お、あった(ぎゅ)ん?(ギュギュ!) あた?!(ギュギュギュギュ!)たたたったたた!?綾子君!眼が!眼が!?」 オイルライターを取り出した龍だが、突然ライターを放り出し、もがき出したのだ。 そして「しっかり」と、龍の目を押さえながら綾子は叫ぶ。 「龍さん!夏美さんも!まだ未成年でしょう!?」 「いたたたたた!綾子君!眼が抉れる!(ポーイ☆)」 だが、そんな目の前で起きている惨事など気にせず、夏美は龍が放り出したライター を空中で器用に受け止めてタバコに火をつけると、深々と吸って高々と煙を吐き出し、 サラリと言ってのける。 「おっと(パシッ・・・チャキン♪シュボッ!)ん?(プハ〜〜)ん〜?龍ぅ〜。コレ 随分と軽いわね?(ポワワ♪)にしても綾子ちゃん知らなかったの?あたしも龍も、 タバコはかなり前から吸ってるけど?」 「本当ですか龍さん!?」 吐き出した煙で輪っかナンぞを作りながらの夏美のその一言で、龍の眼を押さえる手 に「更に」力がこもった。 「な?!(ギュム!)のぉぉぉ!な、夏美ぃ!てめぇ何てこと言うんだ!か、和美君! 綾子君の手を何とかしてくれ〜!」 「わわわわ?!やめて綾子!龍さんの眼が潰れちゃうって!」 「だって!だってぇ〜!」 「夏美さん。取りあえず綾子の気を落ち着かせるために、何か羽織ってくれません?」 「ん〜。んじゃ由香里ちゃんの服・・・貸してくれる?」 「あ、あたしは脱ぎませんよ!?」 「つれないわねぇ〜♪・・・それじゃ、この子の布団にお邪魔しまーす☆」 「あ〜!夏美さんズル〜い!」 まぁ、いつも通り・・・暫く騒いでいた一同であったが、ようやく和美に引き剥して もらった龍は、目頭を押さえ呻く。 「あー、痛かった・・・」 「くすん・・・龍さんが・・・そんな人だったなんて・・・」 そんな今にも泣きそうになっている綾子に、龍は慌ててとりなそうとしている。 「た、頼むから泣かないでくれ・・・まぁ、なんだ・・・すまん」 「やれやれ・・・死神も女神の前じゃ形無しね・・・情けない」 「はい夏美さん。コレなんかどーぉ?」 泣きそうな綾子に必死に謝る龍の姿に、人事といわんばかりの表情をして煙草の煙の 向こうで見ていた夏美であったが、煙草を空缶に放り込むと、早苗が押入から持ってき たシーツを身に巻き付け、布団に寝ている裕美を覗き込んだ。 「ありがと早苗ちゃん♪ところで和美ちゃんに由香里ちゃん・・・この子、昨日の宴会 の時・・・いたっけ?あたし、この子を見た覚え無いんだけど?」 「いえ、実は・・・」 「今朝のことなんですが・・・」 あ、さて・・・この後に「早苗と由香里」がこれまでの経緯と、裕美のコトを夏美に 話し始めたのだが・・・ 「ぬあんですってぇ!?龍ぅ!あんたは綾子ちゃんと言うものがありながら、この子を 傷モノにした挙げ句にポイッと捨てたぁ?!」 「ち、違う!由香里君!なんてコトを言うんだ!?」 「あり?夏美さん、どう解釈したんですか?」 「龍さん・・・信じていたのに・・・」 「わ?!綾子!なんでアンタが泣くのよ?!」 「綾子!由香里の言うことを真に受けちゃダメだってば!」 「でもぉ〜・・・少しはあってンじゃないのかな?」 「さ、早苗ぇ!?」 「このぉ・・・浮気者めぇ!成敗してくれる!」 「おわああああ!?夏美ぃ!お前、その木刀どっから持ってきたぁ?!」 「あんたの家は、武器にはコト欠かないのよぉ!」 とまぁ・・・やはりと言うか毎度のお馴染みと言うか、話の途中で「由香里の誤報」 と「早苗のよけーな一言」により、龍、綾子、夏美の間に「若干の誤解」が生じ、夏美 がキレて暴れるなどしたため、コレ以上の描写は省略させていただきます。 さてさて、この二人に代わって和美が話をし始め、ナンとか無事に終了したのは、そ れから30分も後のこと・・・ 「・・・ふーん。この子が、その裕美ちゃんね・・・龍、結構もてるじゃない♪」 さらりと言う夏美に対し、龍は濡れたタオルを後頭部に当てブスッとしていた。 「イテテ・・・余計な事を言うな・・・お?起きたぞ」 その龍の声に、全員が布団の中の裕美を見ると、裕美はゆっくりと頭を押さえながら 布団から起きあがる。 「う〜・・・頭が・・・痛いです・・・あれ?」 そして、一頻り目を擦ったりしていた裕美だが、龍の姿を見つけるとジーーッと見つ めていた。 一方、龍はタオルを置くと、笑顔で裕美の顔を覗き込んだのだが・・・ 「裕美君、気分はどうだい?」 「龍様・・・龍様がなぜ・・・夢?・・・んじゃ(ガシッ!)龍様ぁ!」 目覚めるなり、裕美は龍の首筋に抱きついたのだ! 慌てて振りほどこうとする龍だが、裕美は結構、力が強い。 「お、おい!裕美君!これは夢じゃないよ!」 「龍さん・・・ぐすっ・・」 遂に本泣きに入りそうな綾子・・・だが泣きたいのは龍の方である。 和美達も慌てて裕美を引き剥がしにかかった。 「裕美、何やってんのよ?!」 「裕美ちゃんてば!」 「こら!裕美!離れなさい!」 一際大きかった由香里の怒鳴り声に、ようやく異変に気がついた裕美だが、それでも 龍の首にしがみついたまま離れようとはせず、グルリと周囲を見まわし、妙な顔をする とボソリと呟いた。 「・・・私の夢なのに、なんでこんなに邪魔がいるです?」 「寝ぼけるのもいい加減にしなさい!」 今度は夏美が無理矢理に裕美を龍から引き剥すと、その裕美のシャツの胸ぐらを掴ん で凄まじい目つきで睨みつけた・・・が、残念ながら論点がズレている。 「あんた、あたしの綾子ちゃんを襲ったんだって?いい度胸してるじゃない?!」 「ひえ!牧村先輩!?」 そんな夏美に目を剥き、ようやく離れた裕美に龍は溜息をついていた。 「いつから綾子君はお前のモノになった・・・それより夏美、知り合いだったのか?」 だが、その龍の問いかけに夏美の方が首を捻る。 「さぁ・・・あんた何であたしの事を知ってるの?逢った事あったっけ?」 「いいえ。田村先輩から聞いた話で・・・」 「留美姉ぇがナンて?」 「はい。牧村先輩は、龍様と昔、付き合って(ギュムッ!)むが?」 「ほーーほっほ!黙って『聞かれた事だけ』に答えよぉ〜ねぇ〜♪」 ・・・夏美、よくやった。 裕美のギリギリの発言に、隣の綾子をちらちらと見ながら、龍は冷や汗を拭う。 だが裕美は口から夏美の手を取ると、今度は、いきなり涙ぐみ始めたのだ。 「だって・・・篠原さん、龍さんを独り占めにして・・・ぐしっ・・・」 「あーーー、泣かないでくれ」 「はいです♪」 裕美はケロリとして、立ち直る。 「・・・」 ・・・どうもこの子は苦手だ。 龍は指で頭痛のしてきた頭を押さえ、チラリと和美を見る。 そんな龍の「苦手だ」のポーズに、和美は小さく頷くとポケットを探った。 「それよりも裕美。これはどう言うコト?説明してもらおうかしら?」 和美はそう言うと、ポケットから裕美の持っていたカッターを取り出して、畳の上に 置く。 「そうだよ。綾子ちゃん、怪我しちゃうトコだったんだよ?」 「これは、れっきとした傷害未遂よ。斬るならゲームだけにしなさい」 「裕美さん。お話し合いをしましょう」 「・・・フンです」 そんな和美達の言葉に、そっぽを向く裕美。 だが・・・ 「そうだな・・・この様な事は・・・俺はあまり好かないな・・・」 「んぐっ?!」 龍に言われたのが、一番堪えたらしい。 裕美の瞳にジワッと涙が浮かぶ。 「ふ・・・ふぇ・・・」 そして、暫くもジィーーーっとカッターを見つめていたが・・・ 「みんなの・・・みんなの(ガシッ!)いぢわるぅーーーー!」 カッターと自分のリュックをひっ掴むなり、裕美は突如として表に駆け出していって しまった・・・ そんな走り去ってしまった裕美の背中を見つめていた一同であったが、煙草の煙を吐 き出しながら、夏美がボソリと呟く。 「(フ〜〜)・・・あーぁ。いっちゃった・・・龍、追わなくていいの?」 「ん・・・まぁ、仕方があるまい。ココで俺が追いかけると、話がややこしくなる」 「まぁ、そうだけどサ・・・でも・・・あの娘、大丈夫かなぁ?」 「ナニがですか?夏美さん」 「んん〜?だって、随分と思い詰めていたからさぁ・・・それにあの娘。今、カッター とリュックを持っていったでしょ?」 「えぇ・・・」 「だからさぁ〜。このまま人気のないトコに行って『手首をサックリ♪』とかぁ、あと リュックの紐を使って『首でブランコ☆』したりとかしなきゃイイなぁ〜って♪」 「な?!龍さん!あたし達、裕美を探してきます!」 「判った!何かあったら携帯で連絡してくれ!俺は家にいるから!」 「いってらっしゃーい♪」 「行くわよ早苗!」 「あ、待って和美ちゃん!早苗、急に動いたら・・・う゛」 「待ってください和美さん!」 「あ、こら!綾子!忘れモン!」 その頃・・・ 数多の時、遙かなる空間を越えたその先・・・ 和美達の居る「世界」の裏の「世界」・・・ そこは和美達の知り得る「全ての原理」を超越した世界では・・・ ・・・感じる・・・ 古びた城の中、太陽の光が届かない影に潜み・・・ ・・・純粋な憎悪に満ち、それでいて純粋な欲望に満ちた・・・ 闇の中に佇み、じっと「気」を探る者が・・・ ・・・さぁ・・・来るのだ。我が「母胎」よ! 闇の底から這い上がった・・・ さて、慌てて裕美を追って玄関から飛び出した和美達は辺りを見回すが、裕美の姿は どこにも見あたらない。 「どこに行ったのかしら・・・」 「困りましたね・・・」 「はぁ、はぁ。う゛・・・早苗ちゃん、頭が・・・」 「こら、綾子。忘れ物」 そう言って、由香里が差しだしたのは、例の軍刀を収めた錦袋・・・ 「あの・・・どうしてコレを?」 「大切な物だからよ。あたしが持っていたいんだけど、やっぱり綾子の物だから♪」 「はぁ・・・?」 「やれやれ・・・取りあえず、公園に行ってみるか」 和美達は側に公園を見つけると、休憩がてら足を踏み入れた。 麗らかな春の日の下、公園の中には小さな子供を連れた母親達が集まり、一生懸命に 長無駄話を忙しそうにしており、一方の子供達の方も慣れているらしく、親の時間を潰 してやる為に、適当に砂場やブランコで遊んでいた。 そんなナンとも長閑な公園の中を、和美達は裕美の姿を求めて探し回るが・・・ 「・・・いませんね」 「本当に・・・どこに行ったのかな・・・」 「和美。あたしと早苗は向こうを探してみるわ」 「それじゃ、私と綾子でこっちを・・・」 手分けをして周囲を探すが、やはり裕美の姿は見あたらない。 そうして暫くも歩き回っていた和美達だが、時間と気温が上がるにつれて・・・ 「・・・ぅぷ」 早苗の顔色が青ざめていた。 口元を押さえながら、早苗は和美の服を引っ張る。 「か、和美ちゃん・・・早苗、チョッと休みたい・・・」 「え?・・・早苗、大丈夫なの?」 「早苗ちゃん、お顔の色が悪いですわよ?」 「ったく・・・だらしがない」 「・・・ぅ」 だが、由香里の言葉にも文句の一つも返せない状態の早苗は、よろよろとベンチに歩 き、崩れる様にして座り込んだ・・・ 「やれやれ・・・それにしても・・・裕美のヤツ・・・」 その座り込んでしまった早苗に和美は溜息を一つつくと、もう一度、公園の中を見回 した・・・と、その時。 「どこにいっちゃったのか(キラッ☆)ん?」 和美は大きな欅(けやき)の木の下に、キラリと光った物があるのに気がついた。 走り寄ってみると、それは・・・ 「まさか・・・あ?!ちょっと!綾子、由香里!これ見て!」 「和美さん、どうされました?」 「どうしたの?」 「これ!」 そう言って駆けつけてきた2人に、和美が差し出したのは「カッター」であった。 それは小さな鉛筆削り用のカッターであり、裕美が持っていた物とよく似ている。 「これ、やっぱ裕美のかな?」 「結構、よく見るタイプですよね・・・」 「う〜ん・・・どうかなぁ〜。名前でも書いてあれば判るんだけど・・・」 「はぁ?小学生じゃあるまいし・・・」 「でも、もしかしたら(クルッ)・・・ん?」 和美はそう言うと、ナニか手がかりになるようなコトがないかと、手にしたカッター を裏返したのだが・・・ 「あ?!ココ見て!名前が書いてある!」 「どれどれ?・・・『必殺、裕美カッター☆』・・・か」 「・・・」 「・・・訂正する。これじゃ小学生以下だわ」 「あの・・・それよりも和美さん。このカッターはドコに?」 その綾子の質問に、和美は自分の足下を指さす。 「ここ」 「ここって・・・この『拐かしの樹』の下にですか?!」 「まさか、裕美は・・・」 深刻な表情をしている由香里と綾子に、和美は恐る恐る手を挙げる。 「あの・・・なにそれ?」 「和美さん、ご存じ無いのですか?この欅は昔から人を拐かす(かどわかす)と言われ ているのですよ?」 「そうそう。大分前にも、この欅の付近で、隣の高校の恋人同士がドラキュラみたいな カッコをした、ヘンな親父と共に消えたって言うし・・・知らないの?」 「んん〜・・・知らない」 「あ、そ・・・」 と、その時、和美の耳に「声」が・・・ ・・・来たれ。我が同胞よ・・・ 「はい?」 「ん?どうしたの和美?」 「いや・・・誰かが・・・由香里、何か言った?」 「んにゃ。ナンも」 「???」 ・・・さぁ。既に門は開かれている・・・来るのだ。 「また・・・聞こえた・・・誰かが呼んでいる」 「まぁ確かに・・・早苗が呼んでるけど・・・」 「早苗?」 「か、和美ちゃ〜ん・・・」 「んもう・・・こんな時になんなの?・・・さ、早苗?!」 弱々しい早苗の鳴き声に和美がベンチに戻ると・・・早苗は顔面蒼白だ。 「早苗!本当に具合が悪いの?!」 「う、うん。あの木が『歪んで』見えンのぉ〜」 「え?」 和美は早苗の指さすまま、欅の木を見る。 それは先ほど、裕美のカッターが落ちていた、タダの欅の・・・和美は目を疑った。 早苗の言う通り、欅の木が・・・「歪んでいる」ではないか!? 「な!?・・・由香里!そこの欅の木が!」 「へ?これがどうしたのよ?」 和美の叫びに、由香里は欅の木を何気なく叩いたつもりだったが・・・ 「(ずぶっ!)え!?(ズブズブズブズブ!)きゃあああああああぁぁぁっ・・・」 「由香里ぃ!?」 和美の見ている前で、由香里の手が欅の木にのめり込み、ついには身体ごと吸い込ま れてしまったのだ! 「由香里さん!(ズボッ!)きゃああ!?」 「綾子ぉ?!」 「綾子ちゃん?!」 思わず欅に触った綾子も、吸い込まれていきそうになる。 慌てて駆け付けた和美と早苗は、綾子の腕にしがみつくと必死に引っ張ったが・・・ 「か、和美ちゃん!」 「がんばりなさ・・・(ズブッ!)きゃああああ!?」 「(ズブズブズブ!)うきゃあああああ?!」 その努力も虚しく、和美達も吸い込まれてしまった・・・ そして、その後には、いつもと変わらない長閑な公園の風景が残っていた。 その頃、荒木家。 龍は和美達から連絡があるかも知れないという事で、家に留まっていたのだが・・・ ・・・よりによって、こいつと留守番か。 龍は差し出されたお茶を一口すすり、本日何度目かの溜息をつく。 無論、お茶を差し出してきたのは、勝手知ったる他人のなんとやら・・・の、夏美な のである。 夏美は龍の家の中を勝手にうろつき、お茶や茶菓子を探し出してくると、龍の側に置 いたのだが・・・龍には今日の夏美は妙な「しな」を作っている様に感じていた。 コレが、どぉ〜にも薄気味悪い。 ・・・なんだかなぁ・・・夏美の奴、どうも様子がいつもと違う・・・ 龍がそう考えていた時・・・ 「・・・龍ぅ〜ン☆」 「ん?(スリスリ☆ポテッ♪)な、ナンの真似だ?」 夏美が龍の隣に寄り添ってくると、肩に頭なんかを持たれさせたりしてきたのだ。 龍が茶碗を口に運びながら訝しがっていると、夏美は指で畳に「の」の字を書きなが ら囁いてくる。 「久しぶりに・・・二人っきり・・・ねぇン♪」 「・・・」 ・・・か、和美君達、早く帰ってこないかなぁ〜? これ以上、綾子を怒らせる・・・イヤ、悲しませる訳にはいかない。 龍は必死に「平常心」と呟いていた。 さて、その和美達は、と言うと・・・ 「ぁぁあああ(ドサッ!)いったぁあ・・・」 したたか地面に叩き付けられた和美はズキズキと痛む身体を、ゆっくりと起こした。 幸い、大きな怪我は無い様である。 擦りむいた肘をさすりながら起き上がると、和美は周囲を見回した・・・が。 「あいたたた・・・へ?」 その終わりが無いかの如く染まった青空に白い雲が浮かび・・・ 暖かな気候の中、大地には色とりどりの草花が萌えて・・・ 鬱蒼と木々を湛えた森は、その山を緑に染め上げ・・・ 風が、小さな生命達に息吹を吹きかけていく・・・ 和美の目に映ったのは、ナンとも「大自然バンザ〜イ♪」な光景であった・・・ 「・・・ここ・・・どこ?」 周囲を見回した結果、和美はどうやら小さな丘の上にいるのは判った・・・が、どう 見ても、先程までいた公園ではない。 突然の違う景色に暫し呆然としていた和美であったが、周囲に「誰もいない」のに気 がつくと、慌てて立ち上がり叫んだ。 「ここ・・・どこ?・・・あ!・・・早苗!綾子!由香里!どこなの!?」 「和美ちゃーん」 「和美さーん!」 直ぐさま声と共に、早苗と綾子が和美の後ろから駆けてくるが、由香里の姿は・・・ 「綾子、早苗!・・・由香里は?!由香里ぃー!」 「和美・・・お、重い・・・」 「え?!由香里、どこなの?!」 「お、重いってば・・・」 「どこ?!声はすれども姿は見えず?!」 「ほんに、あなたは屁のような・・・って、漫才しとる場合かぁ!?」 「(グラッ!)きゃっ!?」 大地が揺らいだ!?と思いきや・・・何の事はない。 和美は由香里を踏んづけていたのだ。 由香里は起きあがると片手でズリ落ちた眼鏡をかけ直し、もう片手でジャケットを払 いながら憤然としている。 「ったく・・・人の上にのっかって『由香里、どこなの?』もないでしょ!?あんた、 もしかして、判っててやったんじゃない?!」 「あはは、ごめんごめん・・・」 和美が由香里に向かって両手を合わせているそこに、早苗と綾子もやってきた。 「お二人とも、ご無事でしたか!?」 「ええ。大丈夫よ」 「あたしは結構、苦しかった・・・」 「早苗はびっくりした」 「はい、私もとても驚きましたわ」 「でも、みんな大した怪我が無くてナニよりね・・・ははは♪」 何気なくお互いを気遣う会話だが、必死に現実逃避をしようとする3人。 だが、早苗はその3人の会話の心臓に、ナイフを一気に突き立てる様な発言をした。 つまり、核心にグサリ・・・である。 「ね、和美ちゃん。それより『ここ、どこ』なの?」 「・・・」 「・・・」 「・・・」 簡単な質問ではあったのだが・・・早苗の一言は、3人をたっぷりと1分は黙らせて しまった。 ニコニコと返答を待つ早苗に、3人は辺りを見回す。 「どこったって・・・」 「日本なのでしょうか・・・」 「ふむ・・・」 日本はまだ、少々肌寒い「春」だった筈だ。 しかし、今いる所は異様に暖かく・・・まるで「初夏」を思わせる気候。 和美はデニムシャツの袖ボタンを外しながら、首筋に浮かび上がってきた汗を拭う。 「それにしても・・・暑いわね」 「これは日本の気候ではありませんね」 綾子もそう言いながら服の袖をまくる・・・と、由香里は袖をまくっている綾子が、 その両手に「何も持っていない」事に気がついた。 「ん?・・・あぁ!?綾子!」 「は、はい!?」 「サムラーイで武士の魂は!?」 「え?!あ、刀ですか?あ、ありますけど(カチャ)あら?」 由香里の剣幕に、綾子は慌てて足元に置いていただけの錦袋を持ち上げたが・・・ 「・・・へんですわね?」 「どぉしたの?」 「いえ・・・刀が・・・妙に『軽い』感じがするのです・・・」 「へ?!ちょっと貸して!(ガシッ!)あ、ホントだ!傘くらいの重さしかない・・・ ま、まさか中身が無くなっちゃったとか!?(スラッ!)」 由香里は綾子から錦袋を引ったくると、焦りまくりながら袋を開けて軍刀を取り出し て、刀を抜くが、ちゃんと刃は残っている・・・ 「ホッ・・・良かった・・・けど・・・うーむむむむ?!」 「それにしても、ココどこなのかなぁ〜?」 「綾子ちゃん、あの山・・・見たことある?」 「いいえ、見覚えがありませんわ」 キョロキョロと周囲を見回す3人を余所に、由香里は抜き身のままの軍刀を地面に置 くと、座り込んで腕組みをして考え込んだ。 「誰かに道を聞いてみよっか?」 「でも、誰もいないよ?」 「そう言えば、道路が・・・見あたりませんね?」 「むむむ・・・まさか・・・いや、しかし・・・」 由香里はまだ、ナニやら難しい顔をしていたのだが・・・ 「龍さんに電話してみよっか?」 「そだね♪」 「きっと心配していますわ」 「さっきの衝撃で携帯、壊れてなきゃいいけど・・・」 そう言いながら、和美がポケットを探っている姿に顔を上げた。 「え?和美、携帯持ってるの?」 「うん(ゴソッ)ほら・・・って、あれ?やっぱ壊れたかな?おっかしいな?」 由香里に言われ、ポケットから携帯電話を取り出した和美であったが、ナニも表示さ れない画面に、慌ててボタンを押しまくる。 そんな、頻りに首と携帯電話を振り回している和美を横目に見ていた由香里だが、今 度は綾子の腕時計を見つけると・・・ 「ん?綾子、その時計、デジタル?」 「え?えぇ。そうですが・・・」 「・・・今、何時?」 「ええと、今は・・・あら?時計が・・・電池が切れたのでしょうか?」 真っ白なデジタルの腕時計を覗き込みながら、今度は綾子が首を傾げている。 その2人の姿に由香里は溜息を一つつくと、再び軍刀を手に取り太陽に翳し・・・ 「・・・やっぱり・・・か」 そんな太陽に輝く刃を見つめ苦々しく呟く。 暫く考えていた由香里は、とうとう一つの「結論」を打ち出したのだ。 「ねぇ、由香里?なにが『やっぱり』なの?」 「何か心当たりでも?」 「うん・・・結論から言うと、ココは『私達のいたトコじゃない』みたいね」 「それは判ってるわよ。こんなに緑がいっぱいだから・・・東北のどっかかな?」 「でもぉ、あったかいから、九州か四国かも?」 「本当に日本なのでしょうか?これだけ広くて暖かいのですから、どこか外国では?」 だが由香里は3人の言葉に、首を横に振った。 「んにゃ・・・みんな違うわ」 「へ?どうゆうこと?」 「つまり・・・ここは『異世界』なのよ」 「いせかい?・・・伊勢海・・・あぁ。伊勢湾のこと?」 「東海地方の・・・ですか?三重県とか愛知県の・・・?」 「早苗、伊勢エビ好きぃ〜☆」 「違う!異なる世界と書いての『異世界』よ!つまり、私達はあの欅の木から、違う世 界に来てしまったのよ。だから気候も重力も違うし・・・」 「・・・はぁ?」←和美。 「・・・えぇ?」←綾子。 「・・・ほへ?」←早苗。 あまりにも突拍子もない話に、3人は呆然としている。 そんな和美達に、由香里は草むらの上で座り直すと、大きな溜息と共に話し始めた。 「・・・ここは、あたし達が居た日本でもなければ、地球でも無いの・・・次元の違う 別の世界なのよ。ほら、マンガとかSFなんかによくある設定でしょ?主人公達が空 間とか時空とかの裂け目を通って、違う世界に紛れ込んで・・・」 だが由香里がそこまで話しても、3人は笑っている。 「由香里、ナニじょーだんを言っているのよ♪」 「そうですわ。それより早く龍さんの所に戻らなくては・・・」 「そだね。早苗、お腹空いた☆」 しかし由香里の表情は変わらない。 そして、再び大きな溜息をつきながら、由香里は早苗を指差した。 「ちゃんと証拠を見せないと、納得しない様ね・・・ちょっと早苗」 「ん?」 「ん〜、どうしよっかな?・・・そうだ。思いっきりジャンプしてみて」 「うん♪んじゃ・・・せぇーの!(バン!)」 由香里に言われるまま、早苗は大きく反動をつけると、その場で飛び上がった。 すると、どうであろうか・・・ 「(ブーーーン!)ほ・・・ほえーーーーーーー?!」 「・・・え?」 「・・・まぁ」 「・・・うむ」 全員が眼にしたのは、自分達の頭よりも、かなり上の方で眩しく光る、ウサちゃんの プリントがされた、早苗の白いぱんつであった・・・ 「(ザザッ!)なななななな、なんでぇえええええ!??!?!」 着地をするなり、すっかりパニックになっている早苗。 確かに、早苗は他の人よりもそこそこの運動能力があるとは言え、自分の身長よりも 高くジャンプ・・・しかも垂直飛びでだ・・・など、出来るわけがない。 その早苗を見て、由香里は深々と頷き、一言。 「どう?解った?重力が違うのよ。それに電話や時計の表示すらもされないトコを見る と、機械の理屈も違う様ね・・・あ、でも早苗の体調が、すっかり良くなっているの を考えると、あたし達の力の方が・・・いや、それとも・・・」 こうも真面目な顔をされ、且つ、冷静な態度をとる由香里・・・ そして目の前で見せつけられた現実に、和美達も由香里の言った事が真実である事を 認めざるを得ない。 落ち着き払っている由香里とは対象的に、3人の頭の中ではパニックになっていた。 「そ、それじゃ!私達は帰れないの!?」 「かもね」 「龍さんに会えないのですか!?」 「そりゃぁね」 「もうフ○ッケのケーキが食べらんないの!?」 「なんじゃそりゃ?」 「そんなのイヤ!!」×3 「わわわ?!3人共寄らないでよ!!」 そう言っていきなり自分に詰め寄ってくる和美達に、座っていた為、3人に囲まれた 形となってしまった由香里は慌てて押し戻す。 そうでないと、このまま袋叩きに合う様な気がしたのだ。 「ちょ、ちょっと!あたしに言ってもしょうがないでしょ!?あたしのせいじゃ無いん だから・・・」 確かに・・・そうである。 和美は大きな溜息をつきながら肩を落とした。 「まぁ・・・そうだけど・・・」 「それよりも問題は、この世界の『価値観』ね」 「へ?『価値観』って?」 「むぅ・・・周囲を見た感じだと、舗装された道路一つないし、空気も澄み渡っている ようだから科学文明が発達していないと思うの。だから・・・この世界じゃ、もしか したら『魔法』が主流なのかも知れないわ」 「まるでゲームかお伽話ね・・・」 「ん、んじゃ、モンスターとかもいるわけ?!」 「言葉は通じるのでしょうか?!」 「んん〜〜、どうかなぁ?純粋にファンタジーならモンスターはいるでしょうし、逆に コテコテの現実社会ならいないでしょうし・・・まぁ言葉の方も、どのみち町か村で 人にあって、情報を聞かないことにはわかんないでしょ?」 「そっか・・・」 「そうですわね・・・」 「はぁ・・・ん?でも由香里、あんた随分と冷静ね」 「え?・・・あ、いや・・・そうでもないんだな、コレが」 「?」 首を傾げる和美に、由香里は座りながら自分の足を指差した。 「実は・・・あたし、さっき自分で結論を打ち出した時から腰が抜けちゃって、立てな いのよ・・・アハハ、我ながら情けない・・・」 そう言って笑う由香里だが、和美の眼には強がっている様にしか見えない・・・ 「ふぇ・・・ふええええん・・・お家にかえりたいよぉ〜!」 遂に泣き出してしまった早苗・・・ 和美とて出来れば泣きたい心境だ。 「だ、大丈夫よ・・・泣くんじゃないの」 和美は早苗をしっかりと抱きしめると、ぐっと涙を堪えた・・・ 4 さて、和美達がこの世界に流されてから、どのくらい経ったであろうか? このままいつまでも草むらの上に座っている訳にもいくまいと、和美達は由香里の提 案で「人」の姿を求めて歩き始めていた。 だが、いくら歩いても周囲は草原と、それに沿った森ばかり・・・ 変わったのは、遥か遠くに聳えている山の位置と、沈みゆく太陽だけ・・・ 和美は額の汗を拭うと、大きく息を吐いた。 「ふぅ・・・どのくらい歩いたかしら?」 「さぁ・・・時計が動けば解るのですが・・・ふぅ・・・足が・・・」 「つ、疲れたぁ・・・」 そう言って、早苗と綾子が歩き始めてから何度目かの座りこみ・・・ 「・・・休憩にしよっか」 由香里は早苗と綾子が座り込むのを見て、休息を取る事にした。 あえて口にはしていなかったのだが、先頭を歩いていた由香里は、このパーティの中 でも一番体力の無い綾子を基準として歩き続けていたのだ。 ちなみに早苗は根性が無いだけである。 とは言え、今まで一番体力が無かったのは、由香里の筈・・・ その由香里がこれほどまで体力をつけたのは、夏美に紹介して貰ったフィットネスク ラブに通っての賜である。 そんなヘタリこんだ早苗と綾子の隣に、和美も座り込んだ。 「はぁ・・・私達・・・ここで死んでしまうのかなぁ?龍さんも夏美さんもいない、こ の知らない世界で・・・」 「・・・そんな・・・」 何時になく弱気な和美に早苗が寄り添う・・・ 周囲の状況(あるいは環境)が、人間の心身に多大なる影響を及ぼすと言うが、突然 に知らない世界に放り出される・・・それも「道理も理屈も異なる世界に」だ。 そんな状況では、和美でなくとも弱気なるであろう。 だが・・・由香里は立ち上がった。 「弱音を吐くんじゃないの!きっと帰る方法があるハズよ!」 「どうしてわかるの?」 「ゲームのお約束よ♪」 「そっかぁ!由香里ちゃん!さっすが!」 そうキッパリと言い胸をはる由香里と、それに拍手を送る早苗だが・・・ 「あ゛〜・・・」 「はぁ・・・」 その二人を見て和美は頭を抱え、綾子は大きな溜息をつく。 さすがに気まずいと思ったのだろうか? 由香里は咳払いを一つすると、もっともらしい事を言い始めた。 「え〜と・・・コホン。大体、こんな非常識な現象が起きたからには、それなりに非常 識な現象がまた起こるハズよ。言うなれば揺り戻しね・・・だから、その要因となる モノが何かを知るのが、あたし達の最初のクエストなわけであり・・・」 「その前に死んじゃったらどうするのよ・・・」 ジト〜っとした眼で睨む和美に、由香里は言葉に詰まる。 「え?・・・あ・・・し、死ぬなんて考えちゃダメよ和美。必ず帰る為の・・・」 「もし、クエストが見つからなかったら・・・」 「あ・・・う・・・そ、そのうちナンとかなるだろぉ(チョポ)・・・ん?」 いい加減な講釈で自分の首を絞めていた由香里であったが、ふと、耳を澄ませる。 「どしたの?由香里ちゃ・・・」 「シッ!音が・・・」 その由香里の姿に和美達も、耳を立てると・・・ 「これは・・・(・・・チョポッ・・・チョロ・・・)水の音だ!」 「んん〜・・・こっち!」 突如、早苗が立ち上がるなり、森の中に駆けていく。 「あ、早苗?!待ちなさい!危ないでしょ!」 和美達も慌てて後を追いかけていった。 そして、草むらをかき分けて早苗の後を追うと、突然に視界が開け、目の前を小川が 流れているではないか。 早苗は川の縁に滑り込むと、いきなり水を手ですくう。 「わぁ!水だよ!和美ちゃん、飲も!」 「待ちなさいっての!どれどれ・・・(ぴちょん)」 由香里は水を飲もうとしていた早苗を止めると、自分の指を川の中に入れると、水の 匂いを嗅いだ。 「腐臭は・・・(クンクン)なしと・・・他には・・・」 次に小川の浅い箇所を見て回ると、水に沈んだ石には何やら苔らしき物が貼り付いて おり、その側には水草も生えている。 「苔も水草も生えているか・・・これは生きている水ね・・・後は(コポコポ)ん〜? なんだ。これ湧き水だったのね・・・」 そして最後に、小川は少し先の方で砂の中から湧いている事が確認出来た。 「よし!これは飲んでもいいわ。でも、がぶ飲みは禁物よ」 「わーい!んごく・・・ごく・・・ぷはぁ!」 「こく・・・わ、冷たい☆」 「はい、おいしいですわ♪」 水は冷たく、歩き続けて火照った身体を心地よく冷やしてくれる・・・ そして、ひとしきり顔を洗ったり、濡らしたハンカチを顔に当てていた4人であった が、揃って草むらに座ると、ぼんやりと空を眺めた。 「ねぇ由香里・・・」 「ん?」 「これから・・・どうするの?」 「ん〜・・・この下流に行けば、村くらいあるんじゃないかな?」 「なるほどね・・・はぁ」 和美は草むらにゴロリと横になり、空を流れる雲を見つめ、ふと考えた。 ・・・なんで・・・同じ空なのに、世界が違うんだろ・・・ 「さぁ!出発するわよ!」 「へいへい・・・なんで同じ人なのに、あんたは元気なんだろ?」 「ん?和美、何か言った?」 「ナンでもない・・・」 由香里の元気な声に、和美はノロノロと立ち上がった。 さて、小川に沿って歩き続けて、更に数十分後のこと・・・ 先頭を歩いていた由香里が突然叫んだ。 「あ!?」 その叫びに、他の一同は・・・ 「あ?・・・あ・・・アリ!綾子ちゃん『り』だよ」 「え?『り』ですか?それでは・・・りす」 「ん〜『す』ね・・・ええと・・・スイッチ。由香里、『ち』よ」 何故に「しりとり」なのだ? まぁ確かに、ただ黙々と歩き続けているよりも良いかもしれないが、時と場所を選ん で欲しいものである。 由香里は大きく首を振って先を指さした。 「ちがーう!村があるの!」 「んと『の』・・・のーてんばっぷ」 「では『ぷ』・・・プール」 「むぅ『る』か・・・ルビー、『い』からね」 「いい加減にしりとりはやめなさい!」 「『い』・・・いっつう、ぴんふ、どら1、まんがん・・・あ、早苗の負けだ」 「やめんかぁ!ったく、綾子まで一緒になって遊ぶんじゃないの!!村がそこに・・・ もういい!!あたし一人で泊めてもらってくる!」 「きゃはは☆由香里ちゃん!ごめーーん!」 「由香里ぃ!謝るから機嫌直して!」 「待って下さい、由香里さん」 「ふん!」 後を追いかける3人を放って、ずんずん歩いていく由香里。 その行く先には、由香里の言った通り、村とおぼしき建物群が見える。 だが・・・近づくにつれ、由香里の表情は・・・険しくなった。 そして、村の入り口に辿り着いた由香里達は・・・ 「ぅ、うそ・・・」 「ねぇ・・・」 和美は村の入り口で立ち尽くしている由香里の袖を引っ張った。 判りきった事を聞きたくはないのだが、それでも聞くしかあるまい・・・ 「この村、誰もいない・・・よね」 「そうですわね・・・(ひゅーーー)ゴーストタウンですわ・・・」 「・・・」 和美と綾子の言葉通り、村の中は荒れ果てていた・・・ 全ての家の戸や窓は開け放たれた上、所々が崩れ落ちており、まるで大震災にでも見 舞われた様な跡である。 そして人どころか、犬・・・もっとも、この世界に犬がいればの話しだが・・・すら いない。 早苗は風で揺れ続けている、放置された揺り椅子に座った。 「はぁ・・・早苗、お腹すいたぁ・・・」 「ん〜、家の中を探せば、少しは食べるモノがあるかもしれないわね。あと、この世界 に人がいるのは確かね。それだけでも十分な収穫よ」 「判んないわよ・・・この建物、ホントに『人間』が住んでいたのか・・・」 「・・・和美さん、それはどう言うことですか?」 「私だって『ファンタジーゲーム』くらいしたコトがあるから判るわよ・・・村を造れ るのは人間だけじゃない・・・知的なモンスターだって、村ぐらい・・・」 「ちょっとぉ・・・和美、どーしてあんたは希望をブチ壊す様な発言をする訳?」 「・・・ゴメン・・・きっと、この間やった『パソコンゲーム』のせいね・・・」 「ゲーム?どんなの?」 「アドベンチャーゲームで、内容が『異世界に飛ばされた女子高生達が、モンスター達 に散々に凌辱された挙げ句に一生を奴隷として過ごす』って話だった・・・」 「か、和美!そんなくだらないゲーム、どこで買ったのよ?!」 「借りた・・・」 「誰に?!」 「・・・あい」 おずおずと手を挙げた早苗に、メガネを真っ白に光らせた由香里が迫る。 「ほぉ〜・・・早苗。あんたパソコンなんて文明の利器、いつ買ったの?」 「パ、パパのだもん。パパのパソコンだモン・・・」 「んじゃ、ゲームも?」 「・・・う・・・それは早苗が『聖地』に行った時に買ったの・・・」 「ほぉ〜・・・秋葉でねぇ〜・・・」 「私達・・・きっと・・・このまま帰れないんだ・・・」 「そんな・・・最期に一目・・・龍さんに会いたかったです・・・ぐすっ」 「よ、弱気にならないの!まだこの世界にモンスターがいるとは・・・」 項垂れる和美、涙ぐむ綾子の姿に、由香里が立ち上がった、その時。 「ゥオオオオオオオン!」 地の底から響く様な咆吼が4人の身体を揺さぶったのだ。 「うわっ!?」 「モンスター?!」 「か、和美さん・・・こ、怖いです・・・」 「気をつけて。おそらく廃虚の中とか、物陰から出てくるはずよ!」 由香里の言葉に、互いの手を握りしめ、周囲の建物を睨み、耳を澄ませる4人。 だが、その声の主は唐突に、しかも予想外の所から姿を現した。 「(ぼこぼこぼこ!!)ウオォォォォン!」 「由香里ちゃんの嘘つきぃ!」 「こいつはもぐらか!?」 「きゃああああ!」 和美達の足下の土が盛り上がったかと思うと、唸り声と共に巨大な石の狼が地中から 姿を現したのだ! どうやらモンスターは、文字通り、地の底で咆哮を上げていたらしい。 そんなモンスターに、和美は綾子と早苗を胸に抱きしめる。 「ひぇ・・・か・・・かずみちゃ・・・」 「し、死んだふりを・・・」 「龍さん・・・」 だが、おびえる3人とは対象的に、一人、意気盛んな者がいた。 「でぇたあなぁ!?ザコモンスター!綾子、使わせてもらうわよ!」 由香里は綾子から預かっていたままになっていた軍刀を、スラリと抜く。 抜き放たれた軍刀は、太陽の光りを浴びて、今日も元気に妖しく光る。 「はっはっはぁ!あたしの前に姿を現したのが運の尽き!この抜けば珠散る氷の刃ぁ! 今宵の長船は血に飢えてぇいるうぅぅ!!この由香里様が経験値の足しにしてくれる から有り難く思えぇ!おのれ畜生め!あ、覚悟ぉぉぉ!おりゃああ!」 長々と口上を述べた由香里は、刀を大上段に構え、烈迫の気合いと共に石の狼めがけ て斬りかかった! と、まぁ、そこまでは良かったのだが・・・ 「たぁぁぁぁ!ひとぉつ!」 「(ごいーーーーん!)・・・がる?」 「・・・」 「・・・・」 「・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・・」 「(かきかきかき)アファーーー」 狼は後ろ足で耳の後ろあたりを掻きながら大きなあくびを一つすると、眼の前で呆然 と立ち尽くしている、人(狼の?)の頭をひっぱたいた人間を、ちらりと見た。 「・・・うそ」 由香里は手に伝わってくる振動と、全く斬れない軍刀を見て硬直している。 惜しむらくは「ひとぉつ!」の後を続けられなかった事だろう・・・ 「・・・由香里ぃー・・・早く逃げた方がいいわよぉ」 「食べられちゃうよぉー・・・」 「逃げて下さーぃ」 既に由香里を置いて逃げ、廃虚の陰から小声で呼びかけてくる3人に、由香里は首だ けで後ろを見ると、小さく頷いた。 「い、今行くねぇ〜・・・ど〜も失礼しました〜・・・」 「・・・ガゥ」 そして、狼にペコリと頭を下げると、由香里は全力で和美達の所に走・・・ 「ちょっと!なんで効かないのよ!?話しが違うじゃない!」 「そんなの私に言われても困るわよ?!」 「由香里ちゃん、レベル低いんじゃない?」 「悪かったわね?!でも、あんたに言われたかないわよ?!」 「ぶ〜!ひっどぉ〜い!」 「3人ともケンカはやめてください・・・」 来るなり文句をたれる由香里に、抗議していた和美と早苗、それをナンとか宥めよう としている綾子だが・・・そこに、妙な音が響いた。 (ぎゅうううううううう〜♪) その音に、由香里が他の3人を睨む。 「だ、誰よ!こんな時に『腹の虫』を鳴かしたの!?」 「私じゃないわよ!」 「早苗でもないよ!」 「私でもありませんわ!」 「あたしだって違うわよ!(ズアッ)へ?!」 「え?」 「ほぇ?」 「・・・!」 再び揉めそうな4人であったが、皆、自分達に被いかぶさってきた影がある事に気が ついた。 全員、ゆっくりと・・・顔を上げる。 (きゅうるるるるるるる〜♪) 何のコトはない・・・ 腹を鳴らしていたのは、すぐ側まで来ていた石の狼であったのだ。 「(ぐぅ〜〜♪)ハッハッハッ・・・フンフンフン♪(びちょ)」 生臭い息が由香里の首筋に吹きかけられ、すぐ足元には涎が水溜まりを作っている。 そして、盛んに由香里の匂いを嗅いでいるところからも解るであろう・・・ 文字通り、4人を「喰いもの」にする気だ。 狼がその味を確かめるかの様に、一番近くにいた由香里の首筋を嘗める。 「ハッハッハ・・・(ベロリ☆)」 由香里の眼鏡が・・・真っ白くなった。 「・・・逃げるわよ」 4人はひたすら走っていた・・・ ある者はジーンズで、ある者はスカートを翻しながら・・・ マラソンの様な道のりを、100メートル走の様な勢いでひたすら走る。 あの運痴の由香里でさえも、かつての記録を塗り変える走りを見せていた。 無論・・・追い風は、後ろから追いかけてくる狼のモンスターである。 「ぜぇぜぇ!あの狼!しつこい!」 「和美ちゃん!へぇ!早苗!苦しい!」 「がんばりなさい!狼に食べられたら、もっと苦しいのよ!」 実際には「もっと」程度ではないのだろうが、4人はとにかく走った・・・その時。 「(ガッ!)あっ!?(ズベシャ!)」 最後尾を走っていた綾子が、突然、何かにつまずいて転倒したのだ。 「綾子!?」 「和美さん・・・逃げて下さい!」 「あんたを残して逃げたら、龍さんに合わす顔がないわよ!!」 和美は引き返して綾子を担ごうとするが、和美には気力と体力はそれほど残っていな かった・・・ 「ん!き!気合いぃ!(ガクッ)だめだぁ・・・力が・・・」 「・・・もう、駄目・・・龍さん・・・」 「アオォオオオオオオン!」 狼が、うずくまっている和美と綾子に飛びかかる! そのズラリと綺麗に並んだ牙が、二人に迫った時・・・ 「(ビシャアアアアアン!)ギャインッ!?」 飛びかかった狼に、すさまじい音と共に電撃が走り、その巨体を和美達から弾き飛ば したのだ。 鳴き声と共に地面に叩きつけられた狼を、和美と綾子は抱き合いながら見つめる。 「な・・・なんなの・・・」 「わかりません・・・」 そんな怯える2人に狼はそれ以上は近づこうとせず、しばらく睨んでいたが、一つ大 きく吠えると、何処かへと走り去っていった・・・ 「ふぇ・・・」 「はぁ・・・」 狼がいなくなり、一気に力が抜けてしまった和美と綾子に、ようやく早苗と由香里が 駆けつけてくる。 「2人とも!大丈夫!?」 「和美ちゃん!怪我は!?」 「うん、大丈夫だけど・・・どうしたのかしら・・・」 「なにか、雷のような物が地面から・・・」 綾子は自分がつまずいた物を指さすと、由香里はその物の側にしゃがみ込んだ。 「何が・・・(キラリ)・・・あ?」 地面の中に、何やら光る物体が埋め込まれている。 「コレは・・・クリスタルみたいね。もしかしたら、結界かも?」 「結界?」 「そう。だからこの(バシバシバシ!)クリスタルから先は、あのモンスターは来れな いのよ」 由香里はバシバシとクリスタルをふんずけると・・・ 「(ビシャン!)ほげぇ!?」 罰が当たった。 「でも誰がこれを・・・」 ・・・もしかすると、この結界より先に人が住んでいるのかも知れない。 和美が黒こげになった由香里を眺めながら、そう考えた時、不意に後ろから声がかけ られた。 「あの・・・」 「っ!?誰?!」 雷に打たれ、真っ黒になりながらも由香里は軍刀を構える。 「ひっ!?こ、殺さないで!」 「待って!女の子だよ!」 早苗の言う通り、悲鳴をあげてうずくまっていたのは、16歳位の娘だったのだ。 綾子は頭を抱えて震えている娘の側に近寄ると、優しく語りかけた。 「恐がらなくてもいいですよ。私達は・・・」 「あの『異世界の方』・・・ですよね?」 「え?!そうですけど・・・」 「お迎えに参りました。ご案内を・・・」 名乗る前に自分達を「異世界の住人」と知っている娘に驚く和美達であったが・・・ 「違うわ!」 突然、軍刀を振りかざし叫ぶ由香里に、娘はビクリと身体を震わせると慌てて綾子の 陰に隠れた。 「ひぃいいい?!」 「あたし達は勇者!異世界からこの世界の魔物を倒しに(ゴス!)」 力一杯、和美にブン殴られて倒れる由香里。 然したる所、これは・・・ 「和美は由香里を倒した。和美は(長船の軍刀)を手にいれた」 と言うところであろうか? 足下に倒れた由香里には構わず、和美は娘の手を掴まえると、必死に笑顔を作った。 「はは・・・ゴメンね。えーと・・・そうだ。あなた、名前は?」 「・・・コレットと言います」 「コレットちゃんね・・・私の名前は和美。んで、どーして私達が異世界の人間だって のが判ったわけ?」 「実は・・・オババ様にお迎えするように言われまして・・・ご案内します」 和美達はコレットの言葉に頷いた・・・ あ、さて・・・4人はコレットの住んでいる「村と思しき場所」に辿り着いた。 と言うのも、そこは村と言うには、あまりにも閑散としているのだ。 何しろ広い草むらにテントが無造作に立ち並び、人々はそこで生活しているだけ。 無論、活気などは見られず、人々は皆、俯いて焚き火に手を差し伸べている。 その眼には生気がなく、時折聞こえてくるのは深い溜息ばかり・・・ そんな村の様に、和美の口から思わず感想が漏れた。 「これで・・・村?これじゃ難民キャン・・・」 「か、和美ちゃん、ダメだよ!」 「あ、ゴメン!」 「・・・」 だがコレットは黙ったまま、歩んでいくと一際大きなテントの前で立ち止まると、そ の前で燃えさかる焚き火の側に腰を下ろした。 「・・・」 和美達も習って回りに座る。 そして、暫くもそうしていたであろうか? コレットはポツリポツリと話し始めた。 「実は、2週間前・・・嘗て無いほどの大地震がこの世界を襲いました」 「地震が?」 「はい。沢山の家が壊れたり、火事で燃えたりしました・・・」 「大変だったね・・・」 「はい・・・そして・・・」 「そして?」 「その2日後から・・・私の村は、魔物に襲われました」 「魔物・・・石の狼の事?」 「はい。他にもいろんな魔物が襲ってきました。魔物達は村の人達を殺し・・・私の両 親を殺し・・・妹を・・・浚っていきました」 「妹さんを?」 「はい・・・妹のリリィを・・・連れて行かれました」 「あんた、よく無事だったわね・・・」 「私とリリィは倉庫の陰に隠れていたのですが・・・リリィは恐怖に堪えきれず、走り 出してしまったのです」 「なるほど・・・で、魔物に心当たりは?」 「オババ様が言うには、全て魔女のせいなのだと・・・」 「魔女?」 「はい。オババ様がこの世界を滅ぼそうとしている魔女がいるって・・・モンスター達 も、全て魔女が操っているのだとか・・・その為に、オババ様の命でクリスタルをこ の村の周囲に張り巡らせてあります。皆さんを連れてくる様に私を使いに出したのも オババ様です」 じっと話を聞いていた和美達だが、ふと、由香里が何かに気がついたらしく、立ち上 がると、他の3人を呼び寄せた。 「ちょっとみんな・・・」 「なぁに?」 「どうしたの由香里?」 「もしかしてさ・・・魔女を倒すのがクエストじゃないかしら?」 「そっか。この世界の大事件だモンね・・・でも、勝てるかな?」 「ちょっと安直すぎない?大体、私達にはナンの力もないのよ?」 「そうですわ。私達には荷が重すぎます」 揃って弱気な3人に、由香里は難しい顔をして首を振る。 「いーや、わかんないわよ。いいこと?この世界は今、危機に陥っているのよね?」 「うん、悪い魔女が出たんだって・・・」 「と、そこに、あたし達が現れた。それに異世界から来たのに、言葉もつーじれば、こ の世界の人とは力が違う・・・どー考えても都合が良すぎない?」 「まぁ・・・そう言われれば・・・」 「それに、悪役が魔女・・・つまりは女だってのも気になるわ。覚えている?あたし達 は裕美を追っている内に、この世界に紛れ込んだのよ。もしかしたら・・・」 「魔女が・・・裕美さんだと?」 「まっさかぁ」 「そーよ。大体、魔女が現れたのは、2週間前よ?」 「・・・でも、同じ時間、同じ場所に流されたとは限らない」 「・・・そっか」 「それに、あたし達の力・・・この世界の人達とは少し違うわ」 「そだったね」 「それでは裕美さんを探しだして連れて帰るのが・・・クエストですか?」 「そーゆうこと」 「あのぉ・・・」 後ろで佇んでいたコレットが声を掛けるが、ヒソヒソと話し合う4人・・・ 「まずどうしょっか?」 「そうね・・・まずは国王・・・でも、いそうもないから、村の長老か・・・」 「例の占い師のオババ様ですね・・・」 「そ。その人達から何か情報をもらうことが、始めのクエストだと思うわ」 「それじゃ・・・まずは・・・」 「(くるっ!)な、なにか・・・」 4人に一斉に振り向かれ、コレットは思わず身を硬くする。 由香里は愛想笑いを浮かべて、コレットに迫った。 「ねぇ、この村の一番の長老に会わせてくれない?」 さて、コレットは村のテント群の中でも、一際大きなテントに4人を案内した。 「おじいさま。お客様をお連れいたしました」 「おぉー、コレットかい。お入り・・・」 中に居たのは、長い髭をたくわえ、その人生を物語るかのような深い皺を顔に刻みつ けた老人であった。 老人は立ち上がると、先頭にいた和美の手を取り、しっかりと握りしめる。 「あの・・・私達は・・・」 「おーおー、コレット。おおきゅうなって・・・」 「いえ、私達は・・・」 「ばぁさんや。コレットが来たぞ。ばぁさん」 「おじいちゃん、私の名前は和美ですってば」 「さて、今日はどんなお話をしてあげようかのぉ」 戸惑う和美達に、コレットは涙ぐみながら呟いた。 「おじいちゃん、どうも最近、ボケ気味で・・・」 「それを早く言いなさい!」 次に和美達は、先程の話にも出てきた、あの結界クリスタルを作らせたと言う占い師 のテントに案内された。 「・・・今度は大丈夫なんでしょうね?!」 「は、はい・・・」 すっかり由香里におびえるコレットは、黒いテントの中に入っていく。 「オババ様。お客様です・・・」 そう言って開けられたテントの中は、何やら香らしき物が立ちこめ、妖しげな雰囲気 が漂っている。 そして、水晶玉を乗せたテーブルの向こうには、この場に相応しく、これまた妖しげ な、頭からローブを被った老婆が椅子に座っていた。 「おぅおぅ・・・コレットかい。それに・・・ひゃっひゃっひゃ。待っていたぞい♪」 由香里はその老婆を見るなり、昔のゲームに出てきた「脱衣婆」を思い出した。 ・・・まさか『地獄の沙汰も金しだい』ナンて言わないでしょうね? そんな顔をしかめる由香里の横から、和美が一歩、老婆の前に出るが・・・ 「実は、私達・・・」 「言わんでえぇ・・・ようこそ。異世界の方・・・」 「あの・・・なぜ解るのですか?確かに、私達の着ている物は、コレットちゃんと異な りますが・・・」 「ひゃっひゃっひゃっ・・・なぁに、あたしゃナンでも知ってるよ。おんや?そっちの 嬢ちゃん。今月のラブ運は絶好調じゃのぉ!?」 「え?!そうなのぉ?!」 「でも、好きな人の側にいるだけではぁイカン。思い切ってアタックするのじゃ!」 「あ、あたしは!?」 「お嬢ちゃんは・・・あぁー、火難の相が出ておるのぉ。思わぬ火の災難に見舞われる じゃろう・・・ラッキーアイテムは、肉じゃ」 「よぉーし、今夜は焼き肉だ♪」 確か、情報を貰いに来た筈なのだが・・・いつの間にか占いの館と化している。 和美は、おずおずと手を差し出した。 「あ、あの、私は・・・」 「お嬢ちゃんの手相は・・・やや?!随分と複雑なラブ運の持ち主じゃのぉ?」 「(ぎくっ!)・・・!」 「うーむ・・・参った。複雑すぎて、ワシにも詠めん」 「そ、そんなぁ!」 「あのぉ・・・和美さん・・・そろそろお話を聞かれたらどうですか?」 「え。あ、そーだった。お婆さん、これから私達どうしたら・・・」 「そうじゃな・・・ワシも調子に乗ってしまったワイ。えぇと、順番に話そうかのぉ。 コトの始まりは確か2週間くらい前のことじゃったかな?・・・村がまだあった頃の 話しじゃ。この世界で数百年ぶりの大地震がおきてのぉ。ワシらの村だけではなく、 あちこちの国でも大騒ぎをしていた時ナンじゃが・・・あんたらと同じ様な格好をし た女の子が一人やってきて、水を恵んでくれと言ってきたんじゃ・・・その女の子の 名前は・・・確か『ユーミ』じゃったかな?」 「裕美ちゃんだ!」 「それで!その子は!?」 「さてのぉ・・・なんせ水を飲んだ後に、何かに導かれる様にして、この村を去ってい きおったからのぉ。しかし、それからじゃ・・・あの化け物が現れたのは・・・」 そう言うと、老婆は水パイプを深々と吸い込み、煙を吐きだした。 そんな老婆に、綾子は詰め寄る。 「あの、私達はどうしたら元の世界に帰る事が出来るのですか!?おばあさん、お願い です!教えて下さい!」 「・・・かまわんが・・・危険じゃぞ・・・死ぬかも知れないのじゃぞ?」 そう言って、老婆は上目遣いに綾子を睨むが・・・それでも綾子は頷いた。 「はい・・・覚悟は出来てます」 「うん・・・」 「構わないわ・・・」 「早苗、頑張る」 続く返事に見れば、綾子の後ろで和美達も頷いている。 その4人の姿に、老婆は満足げに頷くいた・・・ 「・・・いいじゃろ・・・コレット。お前は外に出ていなさい」 「はい・・・」 老婆はコレットがテントから出て行くのを確かめると、4人を近くに呼び寄せる。 そして水パイプの煙を吐き出すと、語り始めた。 「よいか?『世界』とは常に安定を求めるもの・・・それなのに何故かはワシにも解ら んが『お前さん達の世界』の人間が『この世界』にやってきた・・・いや、もしかす ると連れてこられたのかも知れんのぉ・・・かつての魔王が、今の魔王を異世界から 連れてこられた時の様に・・・まぁ、それはよい。とにかく、異世界の者がこの世界 に来たと言う事は、即ち、『この世界の和』を乱した事になる・・・解るかい?」 4人は・・・と言っても、早苗は合わせただけだが・・・頷く。 「そして・・・今度は、その乱れた『和』を戻そうとして『この世界』がお前さん達を 呼んだのじゃ・・・だがのぉ・・・この世界はあくまでも『ワシらの世界』じゃて。 たとえ、お前さん達がここで死んだとしても・・・この世界はお前さん達の魂を受け 入れはしない。待っているのは永劫の闇と虚無じゃ・・・それに、帰る為には、全員 の意思の団結が必要じゃて・・・お主らの世界で何かあったのかは知らんが、前に来 た娘は2週間でこれほどまで強大になった・・・さぁ、すぐに行きなされ。おそらく その娘は、西の山の・・・かつての魔女が住んでいた城にいるはずじゃ・・・」 長い語りを終えた老婆は、疲れた様に水パイプに手を伸ばす。 そんな旨そうに煙を吐き出している老婆に、和美は思い出した様に身を乗り出した。 「でも私達、化け物を相手に手も足も出なかったんですけど・・・」 「ぷはぁーーーーー・・・修行が足りん証拠じゃ。それに・・・その格好からすると、 お前さん達は前の世界で戦士であった訳でもあるまい・・・ほれ、これを持っていき なされ(ポイ)」 「(パシッ)っと?」 その言葉に老婆は懐から指輪を取り出すと、和美に向かって放り投げる。 和美は両手で受け止めると、老婆から投げられた指輪を、しげしげと眺めた。 それは、真紅の宝石が填め込まれた、随分と高価そうな指輪・・・ 「あの・・・何です・・・これ?」 「それは『女神の指輪』と言ってな、それを指に填めてかざすと、中から経験の女神様 が現れ、それぞれの経験値と引換に、レベルを上げてくれるものじゃ」 「そんな大切な物を・・・」 和美は指輪を老婆に返そうとしたが・・・ 「なーに、まだまだ沢山あるで・・・ほれ、ヒャッヒャッヒャッ」 豪快に笑う老婆の歯には、女神の指輪の宝石がズラリとはめられていた・・・ 和美達は今、村外れの小高い丘に立っている・・・ 村の結界はここで終わっており、村人達の見送りは既に無い。 和美達は風に髪をなびかせ、遥か先にそびえ立つ山を見つめた。 「あれね・・・裕美、首を洗って待ってなさい」 由香里の呟きに、和美も頷く。 「お母さん・・・必ず帰ります・・・」 「龍さん・・・きっと帰ります・・・」 綾子も拳を握りしめる。 「ヒ○タのしゅーくりーむ・・・フォ○ケのケーキ・・・」 早苗も胸に拳を作って気合いを入れている。 村人から、沢山の期待と僅かな食料を受け、今、4人の旅は始まった・・・ |