闘神都市2
「剣士死ににゆく」
作:18
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終章 再会


 シードは眼下の闘神都市を眺めていた。
 草の上に腰をおろしながら闘神都市の風景を眺めていると、海から運ばれてきた風が強く吹いて肩ほどまである赤毛を凪いだ。

 シードの耳には龍笛の美しい音が、風の音と白く波立つ海と合奏するように届いていた。低い音から高い音の間を、縦横無尽に駆け抜けるそれは、舞い立ち昇る龍の鳴き声。

 海に突き出た半島。
 その上でコロシアムと闘神の館を中心にぶ厚い城壁に囲まれた町、闘神都市。
 シードはこの街道わきの丘からみる夜景を美しいと思う。
 窓からもれる灯の光の一つ一つが、まるで希望や野望の光のように見える、そのくせ逆に哀しみの涙のようにも見えるのだ。

 思い返せばこの丘の風景は、セレーナとはじめて闘神都市を訪れた時にも美しいと思った風景だ。もっともあれは昼の事だったし、先に闘神都市に向かったビルナスと葉月のことで頭が一杯で、風景を楽しむどころではなかったが。

 生か、死か。
 そんな決闘に向かう男としてはそのような感慨にふける余裕はないはずだった。が――この竜笛の音はあまりに情感にみちすぎていた。

 じきに靴が草原の中を踏み歩く音が聞こえ、笛の音がピタリと止んだ。
「臥路の戦いを天界からご照覧あれ。姫……。」
 シードが振り向くと、白地の陣羽織を羽織った和装の男が佇んでいた。
 口に当てていた笛をゆっくりと腰にしまう壮年のサムライ。高々ともとどりで巻き上げた総髪のまげと、長い前髪が風に揺れていた。

 臥路だ。
 臥路義竺だ。

「来たぞ、シード。」
「来たね、臥路さん。」
「こうして面と向かうのはあの時以来か。拙者も貴様も年を取ったものだな。」
「うん。お互いに年を取った。俺は、もう死んだ父ぐらいの年になったよ。」

 越えてきた凄惨な人生の山河が、端正な臥路の容貌に深く刻まれていた。
 そして、それはシードも同じ事であった。二十年の月日は流れ、実父のみならず瑞原の義父にも似てきたといわれるようになっていた。

「もっと早く、こうするべきだったのだ。」
「まったく。」
 こだまのような二人の問答。

 臥路は星空を見上げ、感極まったように言った。
「この瞬間、拙者の心はこの夜空のようになんの淀みもなく澄みきっている。姫を守りながら逃げ続けていたあの頃のように。」

「二十年前に俺はお前の雫姫を死においやった、今度はお前が俺の子供たちを死においやった。互いを憎み、殺しあう事に今更何を躊躇う事がある! そうだろう臥路義竺!?」

 臥路はしっかりとシードを見据えた。
「お前を憎んでも雫姫は還らない、長い間そう考えてきた。だが、もはや己を騙すための詭弁などいらぬ。償わせてやる。拙者の手で、姫殺しの罪を貴様に償わせてやる。」
 その瞳は血走り炎のように燃え、その声は煮えたぎっていた。

 人は死ぬときに、己の生涯のすべてをよみがえらせるという。
「シード……。」
 臥路の脳裏にも、走馬灯のように懐かしい思い出が――この二十年の旅、雫姫との逃避行、鈴夜と遊んだ幼き頃、数々の光景が現れ消えていった。

「殺す……。」
 二つの瞳から涙が滝のように流れ落ちた。眼だけではない、鼻も口も耳も髪も腕も手も足も慟哭していた。全身がこらえようなく哭いていた。
 臥路は全身全霊で静かに号泣していたのである。

「殺してやるっ!!!」
 臥路は吼えた。
 それは臥路の生の絶叫であり、臥路の魂の再生を告げる咆哮だった。
 ああ、二十年の時を経て、今確かに臥路義竺は甦った!

 鳥が羽ばたくような音がした。二人がほとんど同時に得物を抜き払った音だ。
 臥路は身の丈ほどもある日本刀、シードは瑞原の剣と人斬りの剣の二刀流。

「来いっ!」
 シードの声が戦いの始まりを告げる。

 臥路は颶風をまいてシードの懐に飛び込むと、長刀であることも構わず斬って斬って斬りまくった。シードが流そうとしても衝撃で腕が痺れ、二刀ごと膾切りにするつもりであるかのような斬撃の雨。
 この二十年の痛憤と悔恨。鬱積したそれらを解放する喜びが、全身から噴き出た剣術も刀法もない滅多切りだった。

 シードは、凄まじい乱撃を一つ一つ渾身の力をこめて丁寧にさばくと、裂ぱくの気合とともに臥路を押し戻した。
 さしものシードも、狂った様な臥路の勢いには辟易するものがあったようだ。

 二人は草を蹴るとばっと距離をとった。
 すると、見れば臥路は一度は抜いた刀を鞘に戻していた。電光のように長刀を宙天に回転させ、もとの背に戻したのである。

 背にななめに背負った長刀の柄は、その右肩のうえに突き出ている。そして、右手が、長刀の柄を引っ掴んでいるのを見てシードは息を呑んだ。
 その姿勢に見覚えがあったからだ。

 ――居合斬り。

 二十年前に重傷を負いながら、なおシードを苦しめた臥路最高技の前段階だ。
 その一撃は神速であり、さながら鞘に刀を戻す行為は抜刀術必殺の装填。
 対してシードは左足を一歩ひくと、すっと体を低くした。

 そのまま両人ともに構えたまま象嵌されたように動かなくなった。
 臥路は右肩の上の長刀の柄に手をかけ、シードは両の剣を大きく構え、じっと感覚を研ぎ澄ませて敵の姿を凝視していた。

 一組の彫像と化した二人のほかに、何もない、誰もいない。
 風が駆け抜け草の波を走り、月の光が優しく二人を包む。月光を受けて薄ぼんやりと輝く刃はまるで天に昇る魂のようだった。

 いったいどれだけの時間がたったのだろう。
 一瞬のようでもあったが、銀の時雨が渡るほどの時間であったかもしれぬ。
 そして、二人の影が飛び違った。……。




 同じ頃――かろうじて臥路の残滓が残る闘神の館の一室では、その片隅に狐嫁女が跪いていた。
 彼女は髪長姫としての美貌を涙で濡らしながら、決闘の場の夜空に向け、静かないのりを捧げていた。




                                          終





拙作をここまで読んでくださった皆様、制作途中に貴重なアドバイスを下さった方々、
そして恐れ多くも本家への投稿に許可を下さったアリスソフト様へ、
心よりの感謝をこの場を借りて申し上げます。