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少年は教会の扉の外で雨にうたれていた。輝きのない瞳が灰色の世界をぼ んやりと見詰めている。雨は彼の領域だった。 主(あるじ)に結城遊馬以外の者を入れるなと、命令されていた。先に入れ た者が、遊馬なのかどうか判断できなかったが、殺して違ったら主は怒るだろ うと思い通した。 いくつかの特徴はあっていたし、あの程度の力なら主でも対応できるはずだ った。 「・・・・」 雨を切り裂きながら、何かが坂道を登ってきている。少年が腕を上げて手を広 げると、落ちる雨の水滴が空間で停止し、二点に集中する。すぐに、それは二つ の水球になり、彼の周囲を浮遊した。球体は降りしきる雨を吸収し、だんだん大 きくなる。 小さな車が後輪を滑らしながら、教会の門をくぐろうとした。だが、少年の放 った水球がそれをむかえうつ。 水球は車体に当たる瞬間。水滴に分散する。無数の小さな貫通痕がボディを 染め上げ、フロントガラスの粒子が散乱する。だが、車はすぐに沈黙しなかった。 「・・・・?」 車体を貫通したはずの水滴のいくつかが、壁から跳ね返るゴムボールのように 少年に返ってくる。追撃に残していた水球を放ち、その返弾を打ち弾く。相殺さ れない水しぶきが少年に降り注ぐ。その勢いにかざした腕に、分胴をつけた鎖が のびて絡まった。 その鎖を少年は凝視していた。彼は罠に向かっていたはずだった。もう闘う こともないと主に言われていた。 少年の体が、もの凄い力で引かれる。これには二つの意味がある。一つは少 年の体勢を崩すこと、もう一つは鎖を引く反動を利用して一気に間合いを詰め 接近戦に持ち込むこと。 体勢を崩しながら少年は自らも距離を詰める。水を操る能力を使う暇はない。 あったとしても、どういう仕掛けか鎖には能力を封じる力がある。だから こそ少年は、・・・いや、少年に取り付いた者は、以前の体を失った。 地を這うような蹴りを少年は後ろにさばく。さばく動作のままに体を回転さ せて相手の懐にもぐり込んだ。地に固めた軸足からの力と、回転の力、さらに 肩腰腕の回転の力を掌底に乗せ、相手の鳩尾を狙う。 腕を振り切れば、相手を吹き飛ばす破壊力を持つが、それは力の分散を意味す る。だからあえて、ポンと押し当てる程度にとどめる。その振動は強靭な筋肉を を伝わり、鍛えることのできない内臓を破壊する致死の一撃になる。鋭い呼気を 吐き腰を沈め掌底を突く。 2人の動きが止まった。勝利を信じて少しゆるんだ少年の唇の端から、一筋 の血が流れ落ちた。 「ガハッ!!!」 少年は膝を突き吐血する。相手に放ったはずの振動が、自分に跳ね返ってき た。腕の筋肉を伝わったためにその威力は軽減されたが、内臓にかなりのダメ ージをおった。 何かをした気配はなかった。少年は顔を上げて相手の持つ鎖を見た。能力な ら鎖を持つ以上相手も使えないのではないのではないか?と疑問が湧いた。 見詰める手が鎖を離し、少年の頬に触れた。その動きに殺気がなく。少年の 体は反応できなかった。その手の平は濡れていない。 「・・・・?」 そう感じた感覚が奇妙だった。それを感じるためには、自分の頬も乾いてい なければならない。ずっと雨にうたれていたはすの頬がいつの間にか乾いてい ることに少年は気付いた。 顔をあげ少年は見た。降りしきる雨の中、相手の肌に水滴一つついていない ことを。打ち付ける雨粒が、その肌に触れる瞬間はじけて消えているのを。 呆然と見上げる少年の頬をさすりながら、相手は口を開いた。 「また悲しくて雨を降らしているの?−crying man−」 そう呼ばれて、少年の中の張り詰めていたものがとけた。にごった瞳を細め て少年は答えた。 「・・・ハイ、我ガ主」 * 教会の内部祭壇まで続く赤いじゅうたんに座る神無静流に、朱門真人は昔 話を聞かせるように語りだした。 「1850年代太平天国の乱を起こし、南京を占領し天京と名づけ 実質アジア圏にはじめてキリスト教国家を築いた洪秀全は絶望し、ある疑問 を抱いていました。 実質的な権力は『王』の称号を持つ将軍達が牛耳じり、『天王』とは名ば かりの飾りに祭り上げられて、女をあがてわれて宮殿に押し込まれいた。 打倒すべき清王朝はいまだ北京に存在し、同胞と思っていた西欧諸国にも 見放され逆に攻撃を受ける中で、彼はこの戦いが彼の理想とするユートピア を実現する聖戦ではないのではと感じ始めていた。 太平天国の母体である拝上帝会は、もともとシャーマニズム色の強い団体 で彼もその素質を持っていたようです。そんな絶望の中にいた彼は、ついに 啓示を受けたのです。太平天国の滅亡と来たるべき聖戦の予言を。 彼はその予言を将軍達に利用されるのを恐れ、秘密裏にその伝授を謀りま した。女遊びにふけるふりをしながら童子軍と言われた少年兵達を宮殿に 招き入れ、口伝によりその予言をたくしたのです。 この少年兵達は、乱により親をなくした孤児達で構成され、彼の熱心な崇 拝者でした。唯一彼が心を許せる相手でもあったのでしょう。膨大な彼の予 言は、童子軍の中から選ばれた12人の少年の数にあわせて、12の章に分 断されました。洪秀全が死に太平天国が滅亡した時、この少年達は世界に散 らばりました。彼の予言を、聖戦を現実のものとするために・・・。 この少年兵の存在を西欧列強諸国に伝えたのは、太平天国と戦闘を繰り返 した常勝軍司令官チャールズ・ゴートンです。戦闘で傷ついた少年兵の一人 をゴートンは捕まえ、彼の知る予言に興味を持ち母国に連れ帰ったのです。 少年兵の予言は、洪秀全の出身の客家の言葉であったため翻訳に苦労したよ うですが、太平天国の崩壊から10年間の世界的な事件を見事に言い当てて いました。そして残りの10年間は未来、そのものだったのです。ゴート ンは狂喜しそのことを英国政府に知らせたのですが、政府は彼の話に、興味 を示しませんでした。東洋人そのものをまだ人間として認めていない時代で したからしかたなかったのですが・・・。しかしその少年兵の噂は、英国政 府の予想を裏切り西欧諸国にまたたくまに広まりました。太平天国の乱は、 キリスト教圏にはそれほどにインパクトのある事件だったのです。 私の友人も興味を持って、調査を始めたのですが、その時すでに少年兵達 は各国の諜報部員によって連れ去られていた。・・・・。しかしどちらかと 言えば、少年兵達が自ら望んでの行動だったと考えられる。それも計画の内 だったと・・・。各国の利権と絡まり、この予言の収集は困難を極めました 」 「日本はもともと、注目されていませんでした。清との隣国でありまし たが太平天国の乱の当時、日本もまた幕末の動乱期で隣国のことまで目を やる余裕がなく、そもそもキリスト教そのものに関心がない国がその予言 を欲しがるとは想像できなかった。また少年兵達もキリスト教圏を目指すだ ろうと考えられていました。 明治に最初に訪れた追跡者の苦労は想像を絶するものだったでしょう。 1859年開港にともない訪れた西欧人とともに、コックや会計通訳とし て清人が、日本やってきたのを皮切りに、明治初年には千人規模の華僑が 横浜に、すでに存在していた。 外国人に免疫のない日本人の好奇心の目に晒され、忙しい宗教活動の傍ら、 追跡者はまず教会に来る華僑の人達と接触を取ることから調査をはじめま した。 その結果、明治5年頃横浜にいた青年が注目されました。青年は予言を 託された童子軍の少年兵の内の一人の特徴と類似していたのです。 髪や目は黒いものの、その肌と体格といった容姿は白人のものでした。 その少年兵は、太平天国の乱に参加したオーガスタス・ルドレーと行 動をともにした英国船員の忘れ形見だと報告されています。 教会の宣教師が彼のことをよく憶えていたのは、そのような容姿のため 白人社会にも華僑にも受け入れられない可哀想な境遇だったからです。し かし当人はそのことに無自覚で、教会に訪れた時は、幸福そうにしていた そうです。 青年は追跡者が日本に訪れる以前に、日本人の女性と結婚して、彼女の 故郷に移り住んだそうです。そしてこの女性の姓が『結城』でした。 追跡者は日本の信者を仲間に引き入れ、その女性の故郷を探しました。 『結城』姓は関東の戦国武将の名に由来するため、その調査は関東一帯で おこなわれましたが、かんばしい結果は得られませんでした。失意の内に 最初の追跡者は体を壊しこの国の土となりました。 二番目の追跡者はすぐに訪日しました。世紀末だった時代背景もあり。 列強諸国では、熱狂的な関心を持たれていたのです。その聖戦はいつ始 まり。その勝者はどの国なのかと。 二番目の追跡者は、精力的に日本人の仲間を増やし、日本全国にその調 査範囲を広げました。そしてこの『結城』姓が中国地方にあることを見つ け出したのです。しかし、彼の調査はここまででした。追跡者はあらぬ嫌 疑をかけられて捕まり海外に追放され、彼の仲間も重い罪を科せられまし た。この時、青年は明治政府の厚い庇護のもとにあったようです。 新しい世紀が訪れ、予言への熱狂は収拾に向かいました。この時期多く の偽者が現れたせいもあります。時期がずれますが洪秀全の子孫という者 も現れましたね・・・・」 「再び予言が注目されたのは、つい最近のことです。南米ペルーの華 僑に童子軍の子孫が見つかり、50年ぶりに欠けていた予言の一パーツ が埋まりました。 しかし事件はこの後起こりました。この偉業を成し遂げた追跡者が、 予言とともに忽然と姿を消したのです。南米は今混沌としていて、さ まざまな憶測が飛びましたが、やがてこの追跡者が自らの意思で姿を隠 したことが分かりました。マカオの華僑出身と名乗っていた彼は、実は 日本人で、自らの出生の謎を解くために、私の友人に近づいたのです。 彼の一族は古来から、国家中枢の宗教機関の長を務めてきました。 時代の移り変わりとともに浮きし沈みはあったのですが、明治になっ てから、軍部と深い関わりを持ち、戦前戦中軍部の理想のために、 宗教的儀式を取り仕切っていました。 彼の生家は正確には名字も違う分家でしたが、何故そんな民族主義 的な一族の自分に異人の血が流れているのか不思議でならなかった のです。 彼は聖職者としてペルーに渡っていたため、妻も子もいませんでした。 一族とのつながりも希薄だったようです。しかし、ただ一人、彼は彼 の妹の子供を気に入り。失踪するまで連絡を取り合っていたといいま す。 その子供が、結城遊馬君です」 真人は長い話を終えた。祭壇の上にあったミネラルウォーターのペ ットボトルを取りに行き、口を潤した。静流はその背に問いかけた。 「遊馬くんが、失踪した人の行き先を知っているというの?」 「そう、それもありました。しかし今は、もう一つの可能性があるの ではないかと、考えています」 「・・・・?」 「ゴートンの連れてきた少年兵の予言は大英博物館にあります。それ はね、少年兵の手記という形で残っていました。見せてくれた司書は気 付いていませんでしたが、それは奇異なものでした。私の記憶が間違い ないのなら、この少年兵は客家の出身ではありません。それなのに口伝 で教えたはずの予言は客家の言葉で書かれていました。 ペルーの華僑の予言は、さらに異質です。その予言をした少年は、 最初悪魔憑きと思われていました。失踪した追跡者の最後の報告書には、 それが聖霊の可能性があると記されていました。追跡者は、少年に 憑いた者との会話によって、予言を得たらしいのです。 洪秀全の予言は、それを託した存在によって守護されている可能性が ある。そしてその守護は彼にも・・・。これは会ってみないことには 確認のしようがないのですか・・・」 祭壇から再び戻ってきた真人は静流の前に立つ。そして微笑んでい言 った。 「質問はこれでまでとしましょう。きりがない」 「・・・・」 黙っていると真人はポケットからナイフを取り出し、それを静流の前 に置いた。 「では、死んでください。彼を呼ぶのに人質は一人でいい。あなたが 死ねば、妹さんも協力的になるでしょう」 真人の持っていた『聖書』が光を放つ。自分の意思とは無縁に、手がナイ フを持った。 「おねえちゃん!」 ソファーにいた紗奈が叫ぶと、正人が振り返り唇に人差し指をあてた。 ただそれだけで、口が動かなくなる。ナイフの先端が静流の首にあたる。 白い肌に細い血筋ができた。 「神は自殺を禁じているが、静流さんは気兼ねしないですよ。だって、 あなたは人間ではないのだから」 「・・・・」 嘲るような言葉に、静流の目に涙が浮かんだ。真人はおかしそうに 言葉を続ける。 「あなたが以前のまま、普通の生活をしていたのには驚きましたよ。 何故その力を使い、自分の王国を作らなかったんですか?あなたが欲 すればそれはたやすいものだったはずです。そうすれば、こんな惨め な死に方をしなくてすんだものを」 「・・・わ、分からないんですか?真人さん」 「?」 「王国なんていらない。私が欲しいものは、・・・私が欲しかったも のは、愛する人の心だった・・・」 真人の瞳を見て静流は悲しそうに言った。だが、真人の微笑みは崩れ ない。 「可哀想に、人の心を操る者として生まれた属性が故に、人の心を得 ることなく死んでいく」 「・・ま、真人さん・・・」 静流の言葉を遮るように、ナイフの先が肌に潜り込もうとした。その 時後ろの扉が開き、鎖の尾をつけた分胴が、静流の手にあったナイフを 弾き飛ばした。 「ねえ?あんたの持ってるのって、『ラッセルの聖書(バイブル)』? 」 その場にふさわしくない陽気な声で、分銅鎖を放ったものは入ってくる。 「東洋人のバイブルコレクターが、ラッセルの墓をあばいたと聞いてい たけど。あんただったんだ・・」 赤いじゅうたんを軽やかに進む足には、変形のグラディエーターサンダ ル。腰と胸を覆うホットパンツとキャミは革製でなければインナーと勘 違いしてしまいそうなほど、その肌を隠しきれていない。革の半そでコー トから伸びた腕に戻した鎖が巻きついた。 後ろで束ねた長髪と、右耳につけた二つのフープピアスが揺れ、ふち なし眼鏡をつけた容姿に、紗奈は見知った人を連想した。 「一(いち)の頼みで、いやいやただ働きしていたけど・・・ふふふ ふ。レアもん見っけ♪」 黄泉塚七姫は、赤い唇をゆるませそう言った。 * まるで旧知の友人に再会したような気軽さで、七姫は真人と静流のとこ ろに歩いてくる。動揺した真人がソファーのところまであとずさる。七姫 は、静流の白亜色の髪をなでた。 「もう、飛んでいくの反則う〜。行き先にあてがなかったら危なかった でしょ?」 「・・・・え?」 「誰だ!貴様!」 真人が侵入者にはじめて口をきいた。七姫は冷ややかに答えた。 「バカじゃない?あんたの持ってるのが『ラッセルの聖書』なら名乗る 必要ないでしょう。戦前戦中もぐりだったけど最強のエクソシストだった ラッセル。彼の聖書は、対峙する魔物の真の名を、『真名(verus nomen)』を教え、その力を封じるという・・」 真人は七姫の後の扉に、少年がいることに気付き叫んだ。 「何をしている!どうしてこの破廉恥な女を教会に入れた!」 少年は無表情に答えた。 「スイマセン。私ハ中立デス・・」 「何っ!」 「彼女ハ私ノ『真名』ヲ知ッテイル」 「・・・・?」 「あんたが彼の日記に載るような悪魔を召喚したことを、私は非難しない。 その聖書はあくまで、悪魔祓いの道具。悪魔を使役するものではないもの」 「貴様?日記のことまで・・」 「彼が唯一失敗した南京の悪魔祓いのことを知ってる?私の一族の女性 が、その時彼と一緒にいたの。その青年に憑いた「悪魔」の名前を彼女は 知っていたけど教えないでいたの。今のあんたと似た傲慢な理想のために ね・・・」 真人はチラッと視線を逸らし、その手にある聖書を見た。いつまでもペ ージがめくられ、いっこうに止まる気配がない。 「どうしたことだ、いつまで時間がかかる」 七姫はうんうんうなずきながら歩き続ける。 「『ラッセルの聖書』には、使う者の教養がいるの。ラッセルも日本の 神に精通していなかったから、・・・・って、あれ?」 七姫は聖書のページが止まったことに気付いた。輝きだす文字を真人は 高らかに読み上げた。 「−tukuyomi no miko−」 「へえ、こんなふうに光るんだぁ」 真人の読み上げた聖書を七姫がのぞき込んだ。 「・・・・!」 あまりのことに絶句する真人。『真名』は確かに読み上げたはずだっ た。固まる真人の手から七姫は『ラッセルの聖書』を取り上げた。 「あんたには、すぎたオモチャだから没収ね」 そのまま真人に背を向けて、コートのポケットから携帯を取り出した。 「えへへへ、レアもんゲットだぜ!!」 うれしいそうに聖書の写真を撮っていると、ソファーにいた紗奈が叫ん だ。 「あぶない!」 しかしその言葉が終わらない内に銃声が響いた。紗奈、静流、そして銃 を持った真人が七姫を見ていた。だが、七姫は何事もなかったように携帯 をいじっている。 (はずしたのか?) 腕には反動の衝動が残り。銃口からは白煙があがっている。狙った後頭 部から20センチも離れていない。いくらこういった武器に不慣れだと しても、信じがたい真人だった。 携帯をいじり終えたらしい七姫は、思い出したように振り返った。 「ん?なんか言った?」 「あ、あの・・・・。・・・あっ!・」 『聖書』が七姫の手に渡り、拘束が解けたのを紗奈は知った。ソファー に座りなおしながら、敵でないらしいこの女性を見た紗奈のイヌ系の耳が 、ピクっと震える。 「ああっ!」 真人が銃口を七姫の側頭部にあて引き金を引いた。念を押すように二回。 銃声が静まり返ると、七姫はむくれて振り返り銃を持つ真人の手を掴んだ。 「うっさいな〜、もうっ」 めんどくさそうに髪を振ると、ひしゃげた弾丸が床に転がり落ちた。 「なんなんだ、お前は」 「『聖書』が言っていたじゃない。−月読の巫女−と・・・」 「・・・つくよみ?」 「黄泉塚とは、太古この大地におわした古き神々を黄泉に鎮めし千引の岩の こと。再び黄泉比良坂を越えることのないように古き神々の荒魂を慰め、境を封 じる千引の岩に使えるのが我が一族の役目。ただ、あまりに黄泉と深くつなが るために、一族の巫女は生きながらに死人の属性を持つ」 七姫は掴んだ銃を、眼鏡越しに右目のあてた。 「ただやり込まれただけじゃ腹の虫もおさまらないでしょ?『道』を閉 じるから、一発あてさせてあげる」 そう言った瞬間七姫の肌から生気が消えた。銃を掴む手が、氷のよう に冷たい。動揺している真人にかまわず、七姫自ら引き金を引いた。 ふちなし眼鏡が空に飛んだ。衝撃でのけぞった七姫の後頭部からどす黒 い血をまとった弾丸が飛び出た。そのまま後ろに倒れそうだったが、七姫 の右足がさがり体を支えた。 のけぞった顔が真人に向き直す。真人は見た。黒い血を噴出す右目の眼 孔がふさがり、みるみる眼球を形成していくのを。やがてその瞳が光を持ち 真人の顔を映し出すのを。 「くっ!!」 真人は蒼白になりながら、銃ごと七姫の手を振り解いた。 「・・・死人の属性。・・アンデットか!何故だアンデットごときに『ラ ッセルの聖書』がつうじない!」 手に残った銃を床に落とし、口にたまった黒い血を吐き捨てた七姫は言 った。 「不勉強ね、バイブルコレクター。聖書を読み返すことからはじめたほ うがいいんじゃない?あんた達の世界で、吸血鬼やゾンビが絶対の権威を 構築できたのはどうして?その力からいって悪魔に遠く及ばず、使い魔の レベルに過ぎないかった存在が」 「・・・・?」 「死人は裁けないからよ、最後の審判の日まで。・・・・たとえ神で あっても」 蔑むように見下す右目の瞳。微かに充血が残っているが、完全に再生 されていた。真人は歯軋りしながら睨んでいたが、青白い顔に無理に笑 顔を浮かべた。 「ふん。アンデットなら対処のしようがある。専用の狩人を呼ぶだけ だ・・・」 「ああ、あんたの友人のとこにある化け物部隊のこと?」 「そうだ!お前は絶対に逃げ切れない。くくくく、可哀想に串刺しに されて封印されるがいい!」 勝ち誇ったように叫んだ真人に、七姫は底意地の悪そうな笑顔を浮か べた。 「私のことより、自分の心配をしたら?」 「なんだと?」 七姫が携帯を手にしてボタンをいじる。その画面を見て「わおっ!!」と 声を上げた。不思議そうにする真人に七姫は携帯の画面をかざす。 ネットにつながったらしいその画面には『ラッセルの聖書』が映ってい る。その横にある数字が目まぐるしく上昇していた。 「特殊なオークションに『聖書』を出品したの。凄いわね、もう10万 ポンドを超えてる。誰が値を吊り上げていると思う?あんたと仲の悪いバ イブルコレクター?それともその地位まで登りつめるためにこき使った悪 魔達?『聖書』を手放したと知れば、ご自慢の友人もあんたを見限るでしょ うね」 「なっ、なんてことを!」 激昂した真人が食って掛かろうとした時。七姫のてにある『聖書』が光り ざわめき出した。 「・・・、・・何かが来たみたいね」 本を開こうとせず、七姫が言った。 「・・・くっ」 「そろそろご退場願おうかしら?バイブルコレクター。ここで死にたいっ ていうなら、長居しても構わないけど」 道を開けるように、七姫が赤いじゅうたんから身をどけた。真人に迷う時 間はなかった。 「おぼえていろっ!」 吐き捨てるように叫んで、駆け出す。だが、すぐにその足が止まった。扉の 前に立つ少年が、にごった瞳で見詰めている。真人の顔が恐怖にひきつった。 だが、少年は背を向けて扉を開いた。湿った冷たい空気が、教会の中に吹 き込んだ。 「ハヤクホテルヘ、私ヲ使役スルタメニ、置イテイタ護符ガ有効ナハズ」 「・・・・?」 「我ガ主ヨ。私ノ『真名』ヲ知ッテイルコトヲ忘レナク。雨ハ私ノ領域。 何者ニモ手ヲ出サセナイ。急イデ」 「ああ、すまない」 少年の言葉に戸惑いながらも、真人は雨の中を飛び出した。門を出る後姿 を見送って少年は扉を閉める。七姫が見ていることに気付いて、頭を下げた。 「スミマセン」 「フッ、・・いいわよ別に。ああいうバカは追い詰めると何しでかすか分 からないから。・・・ところで−golden eye−」 七姫が静流の『真名』を読み上げた。紗奈は静流が銃を自分の額にあてて いるのに気付いた。 「おねえちゃん!?」 体の自由の効かない静流から七姫が銃を取り上げる。 「なにやってんの?あんた」 「なんで?どうして?」 ソファーから駆け寄った紗奈が、静流の顔をのぞき込む。静流は虚ろな瞳 でつぶやいた。 「・・・・。・・・属性だったんだ。私が遊馬くんに魅かれるのは、真人さ んの時と同じ。互いが違いすぎるから、分からないまま夢中になって・・でも 、本当の姿を見たら遊馬くんだってきっと・・・」 「・・おねえちゃん・・」 「う〜ん。なんかあのバカとわけありみたいね・・」 奪った銃で、後頭部の傷跡をポリポリする七姫。銃をポケットにしまいこ むと、よっこらしょと静流の前にしゃがみこみ、白亜の髪をなぜた。 「違うから魅かれあうって、普通なんじゃない?似たもの同士が愛し合う ってナルちゃんくさいじゃん。まあ、私は傷を舐めあうような恋愛も大好き なんだけど・・・・。自分が淫魔なのを気にしているならおかしいよ。人間 だって潜在意識の欲望をさらけ出せば立派な化物なんだから。その化物同 士が殺しあわないで魅かれあうのって素敵じゃない?」 「・・・・」 「のぞみちゃんもそうなんだよ」 「・・・のぞみさん?」 どうしてその名を知っているか不思議そうにする紗奈。 「ああ、まだ名乗ってなかったね。私は黄泉塚七姫、一、・・一夜の姉よ 。貴方達のことはのぞみちゃんが執行部に入った時、調べさせてもらったわ。 淫魔なのは驚いたけど、まあ悪さしてないって、一夜から報告受けていたか ら静観していたんだ。 のぞみちゃんの名字の百景は、百の鶏と書く百鶏(ひゃっけい)を改め た名なの。百鶏は大戦前は黄泉塚と同じく使うことも口にすることすら許 されなかった古い一族の名前。 私の一族が鎮めた古き神々の和魂を国 を治める主神として呼び出した国家創生に関わった部族のひとつ。私達 は光と影。互いにいがみあい殺しあった時代もあった。その二つの部 族の者が結ばれて生まれたのが、あの子。あの子は二つの部族の希望。だ から『のぞみ』なの。私と一夜はあの子を守護するために、日本に呼び戻 されたんだ。 それに、あのバカだって、ただ貴方を憎んでいたわけじゃないん じゃない?」 「・・・・?」 その言葉に静流が顔を上げた。涙の跡のある頬を七姫は優しくさする。 「だってそうでしょ?もし貴方を殺したいと願うなら。あいつの友人 に密告すればいい。それが一番簡単で確実だわ。そうすれば貴方達は この街にいられなかったはずよ? そもそも、あいつがバイブルコレクターなら、貴方を殺そうとしないと思 う。人の心を操る能力は魅力的だからね。自分の為に使役するか、友人 への贈り物にする。そうしようとしなかったのは、あいつがそれに耐え 切れなかったんじゃないの?多分、未練があったから」 「・・・・」 静流は、昔のことを思い出し遠い目をした真人の姿が浮かんだ。涙が こみ上げてくる。それが嬉しさなのか、悔恨なのか分からないまま涙が 零れ落ちた。 「・・・・あっ」 頬にこぼれるしずくが七姫の手に触れる寸前、はじけて消えた。それを 見ていた紗奈が声をあげた。あわてて七姫は手を離し立ち上がる。扉のと ころにいる少年を手招きした。 静流の横を通り、七姫自身も少年のほうに少し歩いた。 コートのポケットから銀のケースを取り出し、中にあったフープピアス のひとつを少年に渡す。 「付けてくれる?今ついてるピアスの上に穴があるの分かる?」 「ハイ。・・・三ッツアリマスガ?」 「一番下のでいいよ」 「ハイ」 耳をむけながら七姫は真人のことを考えた。対峙した時気付いたあの瞳 の影。 (・・・一には黙っておいたほうが無難か、のぞみちゃんの警護にそ ろそろ戻って欲しいし・・・。後始末面倒くさそうだな〜・・・・・。 ・・・・けど、急がないと・・・) 「手伝イマス。我ガ主」 ピアスをつけた少年が囁いた。七姫の心が読めるらしい。七 姫は少し驚いたようだが、すぐにその髪を撫ぜた。 「ありがとう。助かる」 「ハイ」 濡れそぼった少年の髪の感触。髪から手を離すと、その手のひらはほん のり湿っていた。 「・・・バイブルコレクターって何ですか?」 七姫が振り替えると、静流がこちらを見上げている。瞳は潤んだままだが、 質問できるほど冷静さを取り戻したのだろう。困ったように髪をかく七姫。 「あ、う〜ん。まあ、しょうがないか、関わってしまったし・・・。これ から言うことは他言無用ってことにしてくれる?」 「「・・・はい」」 静流と紗奈がうなづく。七姫が口を開いた。 「キリスト教の中で、神の王国、千年王国を建てるための聖戦を起こそ うとする狂信的な集団がいるの。最近そいつらの動きが活発になってね。 ほら、実質共産主義が崩壊したでしょ?」 「「・・・?」」 そばにいた少年が言葉を付け足した。 「ドンナニ巧妙二言葉ヲ飾ッテモ、マルキストノ言ウ理想国家トハ、千 年王国ノ稚拙ナ模倣ニ過ギナイ。アノ禁欲的ナ思考カラクル惨忍サガ、彼 ラガ血肉ヲ分ケタ兄弟デアルコトヲ証明スル」 「まあ、東西の冷戦なんて、やらせくさかったんだけどでね。で、バイブル コレクターはその一派。名前は可愛いけど、やってることはエグイんだ」 「「・・・・」」 紗奈は驚き、静流は沈んだ顔をした。七姫は2人の前にしゃがみこんでそ の白亜色の髪をなでた。何故か、少し声の調子を変えて話しかけた。 「と、ところでさ・・・。・・そ、その、私のこと感謝している?二人の こと助けたんだから貸し2。・・ううん、結果的に結城も助けたわけだから 貸し3って感じでいいかな?・・・・どう?」 静流と紗奈は細かいことが分からず顔を見合わせたが、助けてもらったこ とは確かなのでこくんとうなずいた。 「そ、そうか、・・良かった。・・あのね、・・私はね・・・その、お、 お姉さんはね・・・」 七姫は顔を伏せて、言いずらそうにしている。不思議そうに静流と紗奈が見 詰めていると意を決したようにガバッと顔を上げ叫んだ。 「可愛い女の子が大好きなの!!!」 七姫は瞳をキラキラ輝かし、カミングアウトした。2人をぎゅううううううっ と抱き寄せて頬擦りする。 「違うの!女装の男の子なんて興味ないの!!本当はね、のぞみちゃん萌え! のぞみちゃんLOVEなの!でも、それがばれたらのぞみちゃんに嫌われちゃ うかもしれないし、一が凄くおっかないの!」 まだ、状況が飲み込めない静流と紗奈に涙ながらに訴える七姫。 「聞いて聞いて!一ってひどいのよ。まだのぞみちゃんが空手習っていて ショートカットで、やんちゃで、ボーイッシュで、so cuteな時、 ヒーローごっこして遊んでいたの。もちろんのぞみちゃんがヒーロー役で 私が悪の幹部。でねでねヒーローが捕まって悪の幹部に拷問されちゃう って話に誘導して、のぞみちゃんを縄で縛って動けなくして、あっちこち 触ってたの。そしてら、なんかのぞみちゃんも顔赤くして、あれ意外と 隠れMって発見があって。もじもじしてる姿見たら、もう我慢の限界 !!!って襲おうとしたら、一が部屋に入ってきて、無言で人の肋骨砕いて のぞみちゃんを連れてっちゃたの・・・。一生に一度のチャンスだったのか もしれないのに・・・・うううっ」 「・・・ホウ」 七姫に傷一つ付けれなかった少年が、声をあげ感心する。 「まあ、確かに守るのが役目の私がのぞみちゃんを襲ったらあれだし。 仕方ないほかの子で我慢しようと探したら、いたの!すっごく可愛い子が !ね、見て見て」 七姫は携帯をいじり、画面を見せる。写真は古いものなのか少し 画像が荒いが、小さな可愛い女の子が映っている。ただ、その頭について いるものが気になった。 「あれ?・・・これって?」 「そう、ネコ耳。たぶん富士の太陽神の神使の生まれ変わりか、強い 庇護の下にある子だと思う。名前にふじの文字があったから。 ここまで 具現化してるのそう見ないでしょ?激レアなの!でね、あらゆる情報操 作してこの子のこと調べ上げて、この子の好みとか完璧にマスターして 。あとは自然を装ってお近づきになろうとしたら、修行とかで街からい なくなっちゃって・・・・うううううっ、あたしの青春返せ〜!!!」 携帯を握り締め絶叫する七姫。けれどすぐに機嫌を直して二人を見る。 「でも、こっちの耳もなかなか・・・」 「きゃん」 「ひゃん」 紗奈のイヌ系の耳を甘噛みし、静流のエルフ系の耳を指でさする。怯 える二人に七姫は邪悪な笑顔を浮かべた。 「とりあえず貸し1、体で返してもらおうかな?」 そう言って2人を押し倒した。 * 降りしきる雨音に、教会にふさわしくない淫靡な声がまざっている。ソファ ーの上で体を重ねる七姫と静流。執拗に重ねていた唇を離し、七姫は静流を見 下ろす。エルフ系の耳を紅潮させて、静流は荒い息をこぼしていた。閉じた目 から涙がポロポロ零れ落ちた。 「お、お願い・・もうやめて」 「なに?淫魔のわりに淡白ね。・・・体のほうはそうは言ってないけど?」 「くうううっ!!!」 いかされ続けて蜜の止まらなくなった割れ目に、七姫の指が差し込まれた。 蜜壁の奥にある、ぶつぶつしたところを遠慮なく擦りあげられる。 「あっ!いやあ、そこだめ!あああっ!」 あわてて七姫の手を掴むが時すでに遅く、静流の体の奥から潮が吹き出た。 そのしずくの最後の一滴まで搾り出すように、七姫の腕が加速する。 「ひいっ、いや、いやああああっ!!」 腰をせり上げて、潮を吹き続ける静流。七姫が乱暴に指を引き抜くと、腰 を落し、体を丸めて泣きじゃくる。七姫は手についた潮を舐めて飲み込んだ。 「・・・しょうがないなあ・・」 そう言って立ち上がる。 少年に命令して、赤いじゅうたんをはさむように置いたソファー。その もうひとつに座っていた紗奈は、七姫と目があいイヌ系の耳を震わせる。 七姫は紗奈のところまで来ると、硬く閉じていた紗奈の膝頭に手を置き、 強引に腿を開かせた。腿の奥のソファー生地に、大きな染みができていた。 「ん?だめね、見てるだけで粗相しちゃ?」 「い、いや。だめです」 近づいた唇に顔を背ける紗奈。七姫は、その耳を舐めて囁いた。 「駄目なわり、プロテクターとっているのはどうしてかな?」 「・・・うっ」 返事に困っている紗奈のあごを引き、七姫は唇を重ねる。強引に侵入 してきた舌が、紗奈の小さな舌をねぶった。紗奈の抵抗する力が抜けて いく。まるで度数の高いお酒を飲まされたようにその体が発熱する。 心配そうに紗奈を見る静流。体がしびれて助けに行くことができない。 『ラッセルの聖書』は祭壇に置かれている。体を拘束できないはずだ。 愛撫だけでここまでなるのだろうか。 (体のエネルギーが奪われている?) 「イエ、ソノ逆ノヨウデス」 静流の痴態を見るように命令され、ソファーの後ろにいた少年が口を開 いた。 「本来、アンデットガ血肉ヲ喰ラウノハ、自身ガ太陽カラ直接取ルコ トノデキナイ陽ノ気ヲ得ル為デス。肉食獣ガ草食獣ノ内臓ヲ食ベテ、草 ノ養分ヲ取ルヨウニ。シカシアレハ、体カラ、アフレデル陽ノ気ヲ与エ テイル」 その言葉を証明するように、口付けを交わす紗奈の肌から痛々しい殴打 の痕が消えていく。静流は自分の首に手を伸ばし、傷口がなくなっている ことを知った。 「ピアスヲ付ケテカラ、陽ノ気ノ放出ハ格段ニオチタガ、・・・・。 アレハ体質ナノカ?シカシソンナアンデットハ聞イタコトガナイ・・・」 興味深そうに七姫を見詰める少年。 舌を絡ませながら紗奈を見る七姫。瞼を閉じ、けんめいに舌を受け入れる 紗奈を嬉しそうに見詰めている。華奢な背をなぜていた手をそっと前にまわ そうとすると、教会に「仁義なき戦い」の着信音が響いた。七姫はあわてて紗奈か ら体を離した。 「あっ!忘れてた。ごめん携帯持ってきて」 少年が手にしていたコートから携帯を取り出し、七姫に渡す。ピッとボタ ンを押し七姫は、耳にあてる。 「一、そっちはどうだった?」 「・・・ハズレだ。くそ、妙に厳重な結界はっていたから、こっちだと思 ったんだが・・」 話し相手の一夜は、いつになくいらいらした口調。携帯にかかる息が荒い。 「・・・で、そっちはどうだったんだ七姫?」 「もち、アタリ。・・・敵は逃げちゃったけどね」 「あ―っ?」 「大丈夫。首根っこ押さえて、牙はもいでおいたから無害なもんよ。それ より、こっちの安全のほうが大事だったんでね」 そう言って七姫は、携帯を紗奈に渡した。 「・・・?」 「一夜よ、声を聞かせて安心させて」 紗奈は言われるがままに携帯に出た。 「・・・あの、紗奈です」 その声に、一夜の口調が変わった。 「ああ。よかった。大丈夫か?」 「はい」 「悪いな。そこのバカ女に言いくるめられて餌として使わせてもらった。 ほんと、ごめんな。酷いことされなかったか?」 「・・・はい」 心の底から心配そうな声に、紗奈は嘘をついた。 「そうか、よかった。お前になんかあったら、遊馬にあわす顔がなかった」 「・・・・」 「ごめんな。・・今度『京極屋』の半熟プリンおごるから、それで勘弁 な?」 「・・はい。・・その・・」 「ん?」 「今、七姫さんに襲われそうです」 「あはははは、七姫に伝言頼む」 「はい」 うなずいて聞いていた紗奈が七姫を見上げた。 「ん?何?」 「一夜さんからの伝言です。『その子を襲ったら、肋骨砕く』だ、そう です」 「げっ!」 一夜なら本当にやりかねないと頭を抱える七姫。その様子を紗奈は一夜 に伝えた。 「あははは、そうか。・・・っつ!・・」 かみ殺したうめきに紗奈は気付く。真人が罠と言っていたのを思い出した。 「あの、大丈夫ですか?」 「ああ、・・・。・・右の肘がないんだわ」 「え?」 「入ったとたん、右腕をもぎやがってよお。ムカついてブチ殺したんだ が。・・・鎖のついた前腕は見つかったんだが、肘がどこにもなくてよお」 「・・・・」 携帯の会話が聞こえたのか、七姫が紗奈に声をかける。 「ごめん、ちょっといい?」 「あ、はい」 携帯を耳にあてる七姫。 「一、大丈夫?」 「あー、一応な」 「こっちで探そうか?目を借りるよ」 「ああ、頼むわ」 「OK」 うなずくと七姫の瞳が輝きをなくした。だが、すぐに顔をしかめて、 うめき声を上げた。七姫の右の二の腕、左手の平そしてピアスをつけた 右耳から血がにじみ出る。 「・・・くっ。・・・あんた、分銅鎖の嫌な使い方するね・・・」 苦々しく七姫はつぶやいたが、一夜は答えない。 外の光が一切差し込まない闇の中に、一夜は立っていた。 部屋中に飛散った血が惨殺された恨みで発光し、片腕をなくした一夜を赤 く照らし出している。足元にはかって人間だったのだろう肉隗が転がっていた。 「朱門様ニ召喚サレタ悪魔デス。憑イタ人間トモドモ凶暴デ、使役サレ ルノヲ拒ミ。アノ部屋ニ閉ジ込メラレマシタ・・・」 七姫が見えているものが分かるのか、少年が説明する。 左手に握る鎖の先の分銅が壁に刺さっている。人外用の分銅は投擲によ る殺傷の能力を高めるため先端がとがり、かえしが付いていた。つながる 鎖に血肉がこびりついている。 この分銅鎖は、古きタタラの技術を継承する鍛冶屋が作ったものだ。普段 半農半工で、近所の農家の工具の直しなどで生活をしている老人が鍛錬 した武具には如何なる魔をも封じる力を持つ。おそらく、あの『風斬』 も同じ技術によってできたもののはずだ。 部屋の隅の肉塊に、血の発光さえ吸い込む黒い影が見えた。七姫の瞳が 直視すると、影が語りかける。 《部屋に入ってきた一夜の腕を、男は引き裂いた。いきなり息の根を止め なかったのは、その後の楽しみを残すためだった。 一方的な惨殺ショウの幕が開けようとした寸前、一夜は自分の右耳のピ アスを肉ごと引き千切り、左腕の分銅鎖を放った。飛んできた分銅鎖を、 男はとっさにかわす。だが、壁に刺さった分銅を基点に鎖が男の体に幾 重にも絡まった。魔力を封じられてもなおもがく男。鎖を拘束の道具と しか考えていなかった。 だが、一夜はその鎖を力任せに引き、一瞬で男の体を分断した。荒事を 為した左手も無事ですまない。鎖は皮ごと肉を削ぎ、骨を砕いた。》 「・・・・」 瞳に光を戻した七姫。少年を呼びタオルの代わりになるようなものを持っ てこさせた。血をぬぐいながら一夜に注意した。 「とにかく、その鎖を離しな。手の中に埋まりかけてる」 「あー、そうか」 「まったく自分の腕ごと分断してるじゃない。そこから右斜めに二歩ほど 行った所に内臓が溜まっているでしょう。その下にあるはずよ」 「わーった」 ぬちゃぬちゃっと内臓を掻き分ける音が聞こえた。取り出した腕をつなげ ているのか、一夜がぼやいた。 「う〜、なんか短いけえぞお・・・」 「贅沢言わない。日にちがたてば元に戻るから、ガムテープでも何で もいいからつなげときな。・・・ピアスの予備持ってるの?」 「ああ」 「じゃあ、耳が治ったら、速攻でつけるのよ。無茶して 。あんたは不完全なんだから、明日一日満足に動けないの覚悟しな」 「ういーっす」 「バカ」 携帯を閉じると、紗奈が心配そうに見上げていた。 「・・・あの、一夜さん一人で大丈夫なんですか?」 「ああ、平気平気。ていうか、今行くのやばいから」 「え?」 「あいつの息、荒かったでしょ?あれ苦痛から じゃないんだ。・・・興奮してるの」 「・・・・」 「闘い足りないのよ、片腕をもがれても。あーなっちゃうと 見境がなくてね。 強そうな奴が、・・・たとえばあたしでも、襲い掛かってくるから・・」 「・・・・」 「ありがとうね。あんなバカのこと心配してくれて」 「・・あっ・・・」 頬にキスをされて、頬を赤らめる紗奈。七姫は携帯を少年に渡して静流の ソファーに来た。不思議そうに見上げる静流の体に覆いかぶさる。 「え?きゃあっ!」 「さあて、続き♪続き♪」 「ま、待ってよ!一夜くんが肋骨砕くって・・・」 「えへへへ、それは紗奈ちゃんのことでしょ?」 「あっ!・・・いやあああ、・・・んんん・・・」 あげようとした悲鳴を唇で止められ、柔らかな舌が口の中をねぶる。 体の奥が熱を帯びて、肌が汗ばむ。困惑していた静流の表情がとろけだした。 どちらともなく脚を絡ませる。 七姫が顔を上げると、静流との唇の間に唾液が糸を引いた。重力に引かれ ツっと唾液が切れて、静流の唇に落ちた。七姫は舌を出しその唾液を舐め 取る。くすぐったさに眉をひそめる静流。息はもう絶え絶えになっている。 のどを鳴らした七姫は、静流に囁いた。 「・・それにね、襲わなければOKってことなんだよ・・」 「・・・?・・・あっ」 静流はソファーの横に紗奈が立っていることに気付いた。金色の瞳が怪 しくきらめいている。 「わ、私も、・・・一緒に・・」 「・・紗奈・・・」 「うん、いいよ。3人でしましょう」 微笑んで七姫は紗奈をソファーに招き入れた。 * ピンポンパンポーン♪ 数日後、の校舎の校内スピーカーが鳴った。 『二年B組の結城遊馬くん。二年B組の結城遊馬くん。山代先生がお呼びです。 至急、一階保健室まで来てください』 授業中のいきなりの呼び出しに、遊馬は固まった。クラスメイトと教師が不 思議そうに顔を向けた。その中に零の顔もある。 (授業中に呼ばれるってことは、・・・やっぱり、あれですか・・・) いつまでも席を立たない遊馬に教師が声をかける。 「結城呼んでるんだ。行ってこい」 「え?・・・・いいです。いいです」 「よくないだろう。理由は分からんが、緊急かもしれん。とにかく 行ってこい」 「はあ、・・・はい」 教師の命令なら逆らえない。しかたなく席を立つ。こちらを見ていた零に 心配ないよっと笑顔を見せたが、伝わらなかったのか不思議そうに睨まれた。 みんなの視線に押されて教室を出る。 (うう、この前零が部屋に来た時に、ちゃんと決めたつもりなんだけど、 ・・・静流さんの顔見たら・・・自信が・・・) ヨロヨロと保健室を目指す遊馬だった。 コンコン 「しつれーしまーす」 案外本当に保健の先生の呼び出しかもとドアを開けたが、中にはテーブル で紅茶を飲む静流がいた。 「・・・あっ、・・・」 「・・・・」 無言で睨んでいる静流。いつまでも入り口で立ち止まっていると、手招 きされる。扉を閉じてそばに寄った。 「あ、あの〜なんでしょう?」 「明日から衣替えだし、はい。・・・・借りたの破いちゃったから、これ、そのか わりにして」 そう言って、テーブルの上にまっさらな夏服がおかれた。あの雨の日に忽然と消え て困っていたのだ。 「・・・あの、借りたって?」 「浮気者」 「・・・うっ」 いきなり核心を突いてきた。やっぱり静流はあの日あの部屋に来てい たのだ。冷たい視線を浴びながら、遊馬は覚悟を決めた。 「静流さん、俺は―――」 「絶対に、いや!」 言葉が出る前に、拒絶された。 「へ?」 「いやったら、いや!!」 ガタっと席を立ち静流は抱きついた。 「し、静流さん?」 「あの子より、私のほうがずっと遊馬くんのこと、あなたのことを・・」 「・・・・」 いつもの静流から想像できないほど、真剣な表情で見上げている。 「・・・・。・・君は、全然分かってない・・・」 「え?」 「・・・君は、・・・君は反則なんだよ・・・」 「・・・・」 楽しいデートをした時からでない。零から、自分達をかばった時からでは ない。失恋の話を聞かされた時からでない。はじめて肌を重ねた時からではな い。淫魔の姿を見せて『綺麗だな』と言われた瞬間、もう後戻りできないほ ど好きになっていた。 再び傷付くのを恐れ、紗奈のためとごまかしていた自分に静流はやっと 気付いた。 「遊馬くんは、私が嫌い?顔も見たくない?」 ポーカーフェイスなふりをして、怖くて聞けなかったことを口にする 静流。自信なんて全然ない。けど、確かめずにはいられない。もう 我慢することができない。 「そ、そんなことないです。キライだなんて・・」 困った顔があの人に似ている。やさしすぎて誠実で・・・ 「じゃあ、私だけを見て、あの子や、のぞみちゃんや絢音さん、それに 紗奈じゃなくて、私だけを・・・。そして私を選んで。・・でないと」 静流の瞳が、金色に輝く。 「でないと私は、本当の化け物になる。人の心を操ってこの学校を支配し、 この街をおとす。ここを足掛りにこの国を乗っ取り、世界に戦争を仕掛けて 、この星のすべての人間を意のままに服従させる化け物に・・」 赤みを帯びてきらめく金色の瞳に、遊馬は息をのむ。今の静流ならそれ ができてしまいそうな気がするのは、どうしてだろう? 言葉を失う遊馬に、静流の瞳は元に戻る。心の奥まで見通すことがで きてしまいそうな澄み切った瞳。 「でも遊馬くんが私を選んでくれたら、・・・わ、私は・・」 頬を赤らめて言葉が途切れた。緊張してるのか、静流は小さく息を吸って、 言葉を続けた。 「私はあなたのお嫁さんになる」 「・・・・!」 まったく不意打ちの言葉が遊馬の胸に刺さる。見詰める静流は瞼を閉じて 唇を差し出した。 鼓動がバカみたいに高鳴っている遊馬。こんなふうにされて、答えないのは男 じゃない。けれど『風斬』を掴んだ零の姿が頭をかすめる。選択を誤っては いけない。けれど、けれど・・・・ (これって、本当に世界を救っちゃったりすることになるんじゃ・・) それが自分にとって、ハッピーエンドなのか、バットエンドなのか分か らないまま、静流を見詰め続ける遊馬だった。 END |