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ガスの炎でお湯が沸騰したフラスコに、ロートを素早くさして固定する。フラスコからロートにお湯が 上昇したのを竹べらでよくかき混ぜて珈琲の粉にお湯を浸透させる。この時へらがフイルターに触れない ようにしなければならない。三十秒ぐらいたったら、またへらでゆっくりとかき混ぜながら火を止める。 三十秒くらいすると、下のフラスコに珈琲が降りてくる。 「ちょっとごめんね紗奈ちゃん」 「はい」 洗い物をしている神無紗奈の脇から、温めておいたカップからお湯を捨てる。 「あ〜暇ねえ・・・」 カウンター席に座る店長の奈々月絢音が、客の一人もいない店内を見てぼやいている。外で降る激し い雨を、レジのそばに立つ風霧零が静かに眺めていた。 (・・うっ、やっぱり、今日来ないほうがよかったのかな?) ロートを外してカップに珈琲を注ぎながら、百景のぞみは内心後悔する。バイトのローテーションで は今日は紗奈と零だったのだが、放課後零に誘われて軽い気持ちで喫茶『ななつき』に来てしまったの だ。この客数でバイトが三人なのは、さすがに多すぎる。 「す、すぐにやみますよ、ほら、少し雨がパラパラしてきた感じしません?」 のぞみは動揺を笑顔で隠しつつ、入れたての珈琲を絢音にさしだす。最近まかされるようになった珈 琲の味を試してもらいたくてしかたなかったのだ。自分の分のカップを隣のテーブルに置いて、カウン ターを出て絢音の隣に座る。 喫茶『ななつき』でおこなわれた遊馬争奪戦は、遊馬のヘタレのせいで勝者が決まらないまま終わって しまった。その終わり間際に絢音が零を熱心に誘っているのを見て、強引に自分もバイトさせてもらうこ とをお願いした。静流や紗奈がここでバイトしているのは、黄泉塚一夜と一緒に来たこともあって知って いた。誘われない自分がエントリーからはずされた気がして、たまらず手を上げていた。けれど、後で絢 音に聞いたら、自分は誘わなくてもバイトするだろうと思われていたらしい。 「う〜ん。そうかなァ?」 「そうですって。天気予報だって降水確率めちゃくちゃ低かったですよ」 カップを手にした絢音は、すぐに口をつけない。顔を寄せて、その匂いをかぎ、その色を見詰めてい た。いつもの穏やかな表情のせいで、遠目からはカップをもてあそんでいるように見えるだろう。 やっと、カップに唇をつけると一口だけ珈琲を含み飲み込んだ。小さくのどを鳴らし、「・・うん」 と頷いた。 じっと様子を見ていたのぞみは、その「・・うん」が、美味しいという意味でないことを感じた。匂 いをかぎ色を見て想像した通りの味だったという「・・うん」。そんな気がした。 視線に気付いた絢音が、笑顔を浮かべた。 「うん。すごい上達してるね。のぞみちゃん」 「そ、そうですか?」 褒められたが、素直に喜べない。自分もまねをして匂いをかぎ色を見たが、いつも入れてもらう絢音 の珈琲との違いが分からない。カップに口をつけて一口飲む。 (・・・・。・・・にがい) 高温で入れるサイフォン式はどうしても苦味が強くなる。しかし絢音の珈琲にはその苦さにクリアさが あるのだ。カップをソーサーに置く。 (火加減なのは分かるんだけど。・・・雑味を出さないのはどすればいいんだろ?弱めるのかな?強め るのかな?) カップを真剣に見るのぞみは、絢音がうれしそうに見詰めているのに気付かなかった。 「のぞみちゃん♪」 「・・・・?」 「えいっ♪」 横抱きだというのに視界の3分の2がグニャっと埋まった。それが絢音の豊満な乳房だと気付いての ぞみは悲鳴をあげた。 「うふふふ、のぞみちゃんからやる気チャージ!」 あわてるのがおかしいようで、喜んで顔を胸に埋める絢音。恥ずかしくてのぞみはジタバタするが『 絢音さんホールド』はびくともしない。バイトの店長に蹴りを入れるわけにもいかず困っていると、静 流から教わった絢音の弱点を思い出した。細いウエストに手を伸ばし、その脇をチョンっとつついてみた。 「・・・!」 ビックと震える絢音の体。心なしかホールドが緩んだ気がした。ここぞとばかり連打する。 「・・・あっ、あっ、あっ」 身悶えて腕を竦ます絢音から解放されたのぞみ。逃げようとあたりを見たが、狭い店内に隠れる 場所などあるはずもない。 「・・・あっ!」 「・・・?」 こちらの様子を見ていた零に気付いて、のぞみは駆け出した。 「助けて!風霧さん!」 そう言って零の背後に回りこんだ。 「もお〜、のぞみちゃんったらァ〜」 「・・・!」 やっぱり懲りない絢音に身を竦ませると、零がのぞみを隠すように体を前に出した。 (・・・・風霧さん?) 絢音もそのことに気付いたようで足を止めたが、すぐに笑顔を浮かべて近づいてきた。と、それに合わ せるように零が半歩足を進めた。人差し指を出す零の動きが、のぞみには見えなかった。その人差し指と 絢音の眉間が触れた瞬間、のぞみは「うっ」と声をもらした。まっすぐに伸びた指が眉間を貫いたように 見えたのだ。だが目を凝らすと、指は眉間を貫いていない、触れる程度にあたっているだけだった。 奇妙なのは絢音だった。まるで静止画のように動きを止めている。浮かべた笑顔が少しずつ消えていた。 零は固まった絢音の額を 「・・めっ!」っと、指先で小突いた。聞き分けのない幼児を叱るように。と たんに、絢音の体が膝元から崩れ落ちた。カウンターにつかまり転倒こそしなかったが、さすがに顔をこ わばらせている。起き上がった絢音はクルっと体を翻して、「零ちゃんが、いじめるの〜」っとカウンタ ー越しに紗奈に抱きついた。 今見た光景に唖然としてたのぞみに、零が振り返った。 「あ、ありがとう・・」 「・・・・?」 礼を言われた零は意味が分からないのかきょとんとしている。 「・・あの、助けてくれて・・」 「・・・ん」 ああ、そのことかという風に零は頷いて、ニコッと微笑んだ。そして何事もなかったようにのぞみの脇 を抜けてレジの横に立つと、また外を眺める。同じウエイトレス姿なのに、その後姿はやけにかっこよく 見えた。 (やっぱり全国1位の子って、なんか違うなあ・・・) と感嘆せずにいられない。小学校の頃空手を習っていたのぞみは、大会で優勝する大変さを知っている。 それには三つの幸運に恵まれなければならないと感じていた。一つは生まれ持った才能に恵まれること。 二つ目はその才能を開花する環境に恵まれること。そして三つ目は育んだ才能を大会で発揮できる天運に 恵まれること。のぞみはその三番目の運に見放されていた。大会に出れば、いつでもベストバウトにあげ られる試合をしたが、体力を温存できなかったり怪我をしたりで決勝の舞台に立つことすらできなかった。 * 「ななつき」の閉店後、片づけを済まし、奥の絢音の部屋で着替えたのぞみは、零のたたんだ制服のそ ばにある竹刀袋に目を止めた。零は在庫の整理をしているのか、まだ部屋には来ない。 「・・・・」 以前一夜にあれの中身は日本刀だと言われたことがある。いつもの冗談だと相手にしなかったが、そう 言われて見ると、竹刀袋を持つ時零の足取りに違和感を覚えた。一歩一歩が重いというか、腰が座るとい うか、微妙な違いがあったのだ。なんとなく、その竹刀袋を手に取ってみる。 (・・・うっ) 重い。それに握った感じが、あきらかに竹刀とはちがう。 「何をしている?」 背後から不意に声がかかり、のぞみはそれを投げ捨てるように離した。ゴトっと鈍い音が部屋に響いた。 ごまかしようもなく固まっていると、零がそばにより、それを手にした。 「あ、あの。すごく重いのね?素振り用の竹刀なの?」 じっと竹刀袋を見ている零に、適当な言葉をかける。だが零はあっさり否定した。 「これは、日本刀だ」 「へ?」 「本物の刀だが」 「い、いやだなァ〜、冗談ばっか言って!こわいこと言わないでよ〜」 いきなりのカミングアウトをボケとして突っ込むが、零は真顔で答えた。 「・・・?ああ、百景は知らないか。私の家は古武術の道場をしているんだ。修行の一環で刀の重た さに慣れるように、常に持つようにしている」 「へ、へえ・・そうなんだ・・」 いや、それでも日本刀を持って登校していいはずがない。 「・・・ん?もちろん刀の刃は切れないように研いである。・・・見てみるか?」 そのまま袋の封を解きそうなのを、あわてて止めた。 「いや!いい!いいです!」 「そうか?・・・ふむ。・・・遠慮しなくていいのに・・・」 「あははは・・・・」 どっと疲れて、笑うしかなかった。すると零もつられて笑った。 「ははは。興味があったから手にしたと思ったのに、・・・おかしな奴」 「あははは」 学校ではめったに見ることのないその笑顔を、今日は2回も見てしまった。予報のない雨が降り出し た理由がなんとなく分かった気がした。クラスメイトの気安さか「ななつき」で零は気軽にのぞみに言 葉をかけてくる。普段孤高を貫いて人を寄せ付けない零の、そんな態度が実はうれしかったりする。 「あ、零ちゃん。ちょっといい?」 部屋に入ってきた絢音が零を呼んだ。 「はい?」 呼ばれて、絢音のところに行く零。ドアのところで、何か話し込んでいる二人。その零の表情が、 今までのぞみと話していた時と変わっていく。かたく無表情になっていくのが分かった。 * 「ななつき」の出口で、のぞみと絢音は、零と紗奈が家路に着くのを見送った。手を振る絢音にの ぞみが尋ねた。 「・・・わざとでしょ?絢音さん」 「うん♪」 悪びれず頷く絢音。 「・・・・?」 「のぞみちゃん、二人には帰る方向が同じだってこと内緒にして欲しいなァ」 「どうしてですか?」 「せっかく同じ店で働くんだから、二人には仲良くなってほしいの・・・」 「・・・・」 零と紗奈の関係が微妙なことにのぞみも気づいていた。紗奈の姉静流にも、零はそりが合わない が、それでも毅然と反論してくってかかることもある。ところが、どうしてか紗奈には口をきくど ころか目もあわせないところがある。 「紗奈ちゃんも人見知りするところがあるから。・・・二人ともいい子だし、きっかけさえあれ ば仲良くなれると思うの」 一緒にバイトをはじめて、紗奈がいい子であることをのぞみは再確認した。今日だって面倒な洗 い物を進んでやっていた。バイトとしては先輩なのに、それをひけらかすところがない。確かに二 人が不仲なままのはもったいない感じがする。 バイトをはじめてまだ日も浅い。バイトの雑用やら私用やらで、二人と一緒に帰ったことは無か った。 「しょうがないな。『ローゼン』のミルフィーユですよ?」 「ああ、あそこのおいしいんだよねえ?」 胸の前に手を合わせて、うれしそうな顔をする絢音。 「違う!口止め料!絢音さん今度おごってくださいね!」 「え〜っ?」 「え〜っ?じゃない!」 子供のようにむくれる絢音にのぞみはびっしと突っ込みを入れた。 * 家に帰ったのぞみは一夜の姉七姫(ななき)からの携帯で呼び出された。 「ごめんね、なかなか一(いち)が捕まんなくてね・・・」 「あは、いいですよ」 隣町まで行って後部座席にある段ボール箱を詰め込むのを手伝わされた。何が入っているのか知らな いがやたらと重い箱で、普段運動不足そうな七姫だけでは扱いかねたのだろう。 一夜とさして変わらない身長で、狭い感じのするミニクーパを運転する七姫。胸元の大きくひらいた 肩紐のキャミと太腿のあらわなデニムの短パンに、うすいコートを羽織っただけの格好は、助手席に座 る同性ののぞみでも目のやり場の困るしろものだった。何故か一夜と同じ眼鏡とピアスをつけて長い髪 の束ね方も同じで、後ろからだと区別がつかないところがある。 どちらかというとのぞみは一夜よりも七姫のほうが仲が良かったりする。小さい頃から妹のように可 愛がってもらい、無理なわがままをきいてもらったりもした。 隣町から帰る頃になって降り出した雨は、だんだん激しくなっていった。ワイパーでもはじききれな い雨に目を奪われていると、七姫の携帯がなった。着信音は「仁義なき戦い」のテーマ。以前は「網走 番外地」で趣味がよく分からない。携帯に出た七姫は短く言葉を交わして切ると、車を歩道に寄せた。 後ろに転がっていた折りたたみ傘を渡される。 「ここで降りてくれる?」 「え?あ、うん。いいですよ」 七姫の行動が突飛なのはいつものことだったので、笑顔で答える。その返事に七姫は白い肌のせいで きわだつ赤い唇をゆるませる。 「ごめんね、貸し1ってことで」 「うわあ、期待しますよ?」 「うふふふ。じゃあね」 のぞみが傘をさし歩道に立つと、ものすごい勢いで車は走り出していった。 「七姫さん、夜何してるんだろ?」 家に引きこもっているといってもそれは日中のことで、夜は頻繁に外に出ている。ネットオークシ ョンにかける物を漁っているのかもしれないが、そのことを聞くと満面の笑顔で「ヒ・ミ・ツ」と返され るので、分からずじまいだった。 家までにはそう距離はないが、激しい雨のせいもあって、バス停を探しているうちに、遊馬の家が近 いことに気づいた。 「・・・・」 遊馬争奪戦の日の後、一度も遊馬の家に行ったことがなかった。いや、それだけでなく学校ですら満 足に口を聞けてない。保健室であんなことになって以来、どんな態度をとっていいか分からないでいる。 以前のままなのはガサツな気がするし、かといっておしとやかに振舞えば一夜に死ぬまで笑われそう だった。 (あいつも、もうちょっと気を使ってガンガン話しかけてくれればいいのよ) ふくれながらも、だんだんと遊馬の家に近づいている自分に気づいた。 (・・・駄目、・・・夜だし両親いないの知っているし・・) けれど傘を打つ激しい雨音に押されて、足がかってに進んでいく。 (・・・駄目、・・・絶対誤解される・・・) 雨音に負けないほど胸の鼓動が高鳴っている。 (・・・駄目、・・・) けれどその足は止まらない。こんな時に限って信号にも一度もかからない。 (・・・・。・・・・?) うつむきながらも、しっかり遊馬の家に向かっていた足が止まった。どしゃ降りの中、 ベランダを見上げる零の姿があった。 * 「・・・・?」 不意に体に浴びる雨が途切れて、うなだれていた零は顔を上げた。 「どうしたの?風霧さん」 傘をかけたのぞみが心配そうに見詰めていた。零はばつが悪そうに視線をそらした。 「・・・大会が近いから、ランニングをしていた」 「・・・そう」 何故遊馬の家の前にいるのかは答える気がないようだった。 「そ、その帰る」 会話を切り上げて、その場から逃れようとする零の手をのぞみは掴んだ。 「ま、待って!」 「・・・・」 「こんなに降ってるし、濡れちゃうよ?」 「もう、濡れてるから平気だ」 一刻でも早くこの場から離れたい零は強引に腕を解こうとするが、のぞみはその手を離さない。 「・・怒るよ?」 激しい雨音の中でも、その意志のこもった言葉ははっきりと聞こえた。 「・・・・?」 「こんなびしょ濡れのクラスメイトほっとける薄情な奴だと思ってたの?」 「・・・・」 「見損なわないで」 真剣にそう言われて、零は解こうとした腕の力を弱めた。 「・・・・す、すまない」 素直に謝る零にのぞみも強張った表情をゆるませた。零にかざした傘の中に自分も入った。 「うん。じゃ家まで送っていくね」 「え?」 「傘一つしかないし、いいでしょ?」 近くのコンビニで買う手もあったが、今の零はどうしても一人にできない雰囲気があった。 「私の家はここから近くないが?」 「ああ、平気私の家も・・・」 『同じ方向だから』の言葉を飲み込んだ。あやうく絢音のおごりをふいにするところだった。 「・・・・?」 「ま、まあいいじゃないの?ちょっと散歩したい気分だったの」 「雨の中をか?」 「風霧さんも、ランニングしてたじゃない?」 「・・・・」 何か言いたそうな顔をしたが、黙ってしまった。 「いこ?」 「ああ」 なんとなく掴んだ手はそのままで、二人は歩き出した。『ななつき』と違いこれっといった用事が ないので、かける言葉が浮かばない。零がいた理由が気になった。ちらっと隣を見る。濡れて崩れた ポニーテールでうつむいた表情は、ひどく沈んで見えた。たぶん自分と同じで遊馬に会いにきたのだ と思う。でも会えないでいた・・・・。 「結城と、なにかあったの?」 心配でつい尋ねてしまうのぞみ。 「・・・・」 零は何も言わない。けれど思いつめた表情が、雄弁に教えてくれた。一夜に瞬間湯沸かし器といわ れる怒りのスイッチがカッチっと入った。ピタッと足を止める。気づいた零が不思議そうに見ると、 のぞみは手を掴んだまま踵を返そうとした。 「行こう!風霧さん!」 「え?」 「あの種馬!最近もてるからって調子付きやがって!行こう、あいつのとこ、二人してとっちめて やろう!」 「え?・・・いいよ」 とめようとする零の声も耳に入らない。 「人目もはばからずイチャイチャしやがって!発情期か!青春か!青い春かああ!」 「結城のことを悪く言うなっ!!」 不意に掴んでいた腕を掴み返された。物凄い力で引きとめられた。 「っ・・・・!!」 握り締められた手首に激痛が走り、のぞみは顔をゆがませる。持っていた傘が地に落ちた。 「結城は悪くない!!悪いのは私だ!・・・わ、私なのだ、・・・・」 あまりに悲痛な叫びは、 乱れた息と雨音にかき消された。握った手が離れる。零は力なく顔を伏 せてその場にしゃがみこんだ。 「・・・・」 のぞみにはかけてあげる言葉がない。拾った傘で零を雨から守ることしかできなかった。 結局遊馬の家にはいかず、のぞみは零を家まで送ってやった。古めかしい木造の塀に囲まれた家 は、いかにも道場っぽい。のぞみの家のある新興住宅街から少し離れた場所に同じような古風な家 並みが続いていた。道筋は違うが神無家よりも、のぞみの家のほうがじゃっかん近いかもしれない。 門をくぐった零が振り返り、のぞみのを見た。 「・・・すまなかった、百景」 結局その後一つも言葉を交わさなかったが、そう言う零は少し落ち着きを取り戻したようだった。 「ううん、いいって。・・・でさ、それでなんだけど・・・」 「・・・・?」 「のぞみでいいよ」 「え?」 「あっ、百景って苗字、小さい頃からコンプレックスがあってさ、下の名前で呼んでくれるとうれし いんだけど・・・」 「・・・・」 少し考え込んでしまった零。あわててのぞみが言葉をかける。 「あっ!別にいやなら、今までどおりでいいよ。うん、ごめん」 のぞみのあわてぶりに零が頭を横にふる。 「いや、そうではない。・・・苗字がコンプレックスか・・・。私は今まで、そんなことを考えたこと はなかった。・・・・そういう生き方があったんだな。・・・そうすればきっと私は・・・。・・・・ ・・・・・・・・・・。・・・うん、分かった。そう呼ぼう」 「そ、そう?よかった!じゃあ、私も零って呼んでいい?」 「ああ」 あつかましいかなっと思ったが、零がこころよく受け入れてくれた。のぞみは笑顔で言った。 「じゃあね、おやすみ零」 「ああ、おやすみ、・・・の、のぞみ」 「あっ!てれないでよ!私も結構勇気出して言ったんだから」 「あははは、そうか、分かった。のぞみ、また明日学校でな」 今日三度目の笑顔。 「うん!またね零」 手を振って見送る。零が玄関を入るのを見てのぞみも家路を急いだ。 * 体を洗い終え長いことお湯につかるのぞみ。浴槽に背を預けてしずくのついた天井を見詰め、 何度目かのため息をついた。 (う〜ん、・・・・。なんかショックだな) 目を閉じると、雨に打たれる零の姿が浮かんでくる。自分よりはるかに大きな幸運に恵まれて いるいるはずの零の姿に動揺していた。それも、遊馬のことで・・・ (・・・人を好きになるって、そーいうことなのかな?・・自分もそうなるのかな?) 自分はどうなんだろう考えてしまう。 (遊馬のことが好き) 一夜にその名前を聞いてから気になっていた存在。 (・・・好き) 出会ってすぐに、確信した。ちょっとヘタレでいけてないところもあるけど、そばにいるだけで心 地よくなる雰囲気がある。いつだって遊馬が笑って話しかけてくれたから、今の自分がある。 (・・・でも、遊馬は?) 保健室の出来事は、今思い出しても出会い頭の衝突事故みたいなものだった。偶然がかさなって、 キスから最後まで遊馬にあげてしまった。自分のことをどう思っているのか確かめることができなか った。争奪戦でも、遊馬はほかの女の子ばかり見ていた。静流や紗奈、零や絢音は、自分が見ても綺 麗で可愛いと思う。空手の大会で言うなら、はれの決勝の舞台。自分が立っていい場ではない。 でもそれでも、あきらめることができない。震える足で畳を踏みしめて、ファイティングポーズを とりたい。たとえ惨敗するにしても・・・・ (・・・・) 胸のもやもやから逃れるように、指先を湯船の中に体にはわした。熱くなっている割れ目に指が触 れた。 「・・・・ん」 保健室の時から、オナニーはしていない。したくなることはあったが、何故か遊馬を裏切るような 気がした。でも今は指の動きを止めることはできそうもない。 のぞみは浴槽から上がる。少し長湯過ぎたのか足元がふらふらする。近所に聞こえないように、シ ャワーのコックを開いた。以前はヒノキのすのこだった浴室の床は、手入れが大変と母に不評でコル クタイル変わった。けれどそのせいで浴室で、じっくり悪戯ができるようになった。お湯のしずくが 残るタイルに、うつぶせになる。そしてうるんだ割れ目に指を伸ばした。 (遊馬が悪いんだから・・・) 零を悲しませる遊馬。自分に話しかけてこない遊馬。苛立ちに指を動かすと、久しぶりの快感が体の 奥に鈍く響いた。 「・・・んふぅ」 唇からこぼれた吐息に、エコーがかかる。人差し指と薬指をしこりはじめたクリの周囲に置きゆるゆ るする。お湯とは違う粘着質の蜜を中指にからめて、クリに塗りつける。速くなりそうな指の動きを必 死でこらえる。今日はゆっくり楽しむのだ。 人差し指と薬指をさばめてクリの根元を挟み、上下に動かす。クリを弄るより、そのほうがずっとの ぞみは気持ちい良い。 「んっ・・・んっ、・・・んん」 小さなお尻が指の動きにあわせてうごめく。まるで男のものを受け入れるような動き。保健室のこと が脳裏によぎる。 「・・・あっ、・・・ゆ、結城ぃ・・」 我慢できなくてその名をつぶやく。強引に奪われた口付け、交わした舌。切なくて自分の唇をなめる。 高鳴る胸をざらつくタイルに押し付ける。敏感な胸の先端が圧迫されただけで喜びをもたらした。 「・・はああ、・・はあっ・・」 どうしようもなく息が乱れ始める。物足りなさを感じて、のぞみはもう片方の手をお尻のほうからの ばした。谷間に指をはわしながら後ろのつぼみを通り過ぎ、蜜のこぼれる割れ目にたどり着く。中から あふれた媚肉をクリをいじる指にあわせてかきまぜる。ピチャクチャと小さな音が外で降る雨音にまじ る。心地よさに浮遊感が加わる。 「はあっ・・んっ、・・・はああああっ・・・」 はさめなくなったクリを周囲の肉ごと円を描くよう執拗にこねる。腿の奥は熱湯をこぼしたように湿 気に満ちている。 「んはあっ、・・・・んんんんんっ!」 せり上げたお尻から、汗のしずくが背筋をつたった時、性器が体の中にグルグルと引きずられる感覚 が起きた。のぼりつめる予兆だと以前は思っていた。でも今はその本当に意味を知っている。媚肉をか きまぜていた中指を、体の中に挿入する。熱い蜜に満ちた膣穴が指を呑み込んだ。 空に突き上げたお尻が小さく痙攣した。 「・・・ん、くううううん!!!・」 体に走る喜びは遊馬が教えてくれたものだった。いや、今この体の中にあるものは、遊馬だ。クリへ の刺激をとめてその感覚を味わう。 「・・・ゆ、結城、・・・結城・・・」 乱れる息をかみ殺し、名前を呼ぶ。答えるように膣穴の指が動き始める。小さなお尻がはしたなく揺 れ動く。支える腿に蜜がこぼれた。 「はうっ・・・はあっ、かあはっ、・・、・・結城ぃ!」 乱暴な指の動きを、息を乱しながら受け入れる。被虐的な喜びに汗ばんだ肌が震える。蜜があふれ 指の動きを加速する。 「・・・あ、はあっ・・はあああああっ!!!!」 叫ぶ唇の端から唾液が糸を引いてタイルにこぼれ。ガクガクと体が震えた。ひときわ奥に入り込んだ 指を膣穴が締め付ける。小さなお尻が可憐に震え、やがて脱力して沈んでいた。 「・・・ふう、・・・ふう・・・・」 余韻を味わいながら、満足げに息をこぼす。しびれて力の入らない腕を離し、仰向けに寝転がる。見慣 れた天井を見つめる瞳は少しとろけている。 (・・・あ、遊馬で・・・いっちゃった・・・) 恥ずかしさと、うれしさが、高潮した表情に交互にあらわれては消える。タイルに置いた左手を顔に 近づける。指先についた蜜を、なんとなくもてあそぶ。指を開くと、糸を引いて蜜が途切れる。潤んだ 瞳で見詰めていたのぞみは、それを口に含んだ。 「・・・チュ、ンン。・・・チュル」 目を閉じ指を舐め清めていく。まるで自分の指先でないように丁寧に。いつもなら、すぐにおさまる 息が、いつまでも乱れている。 「・・・・・・・・」 乱れる息とともにゆれる乳房がゆれる。胸の先端が何もしないのに、またしこりはじめていた。なめ 清めた指を口から離す。コクンと小さくのどをならすと、のぞみは指で丸くふくれた胸の先端を摘んだ。 * 翌朝少し寝不足気味で登校するのぞみ。 「ふああ」 何度もあくびをかみ殺していると、ピタっと頬に冷たい感触。 「はきゃっ!」 肩をすくませて振り返ると、MTBに乗った遊馬がいた。伸ばした手に水滴のついた缶コーヒーが ある。 「目、覚めた?のぞみ」 「あ、あんた〜」 くったくなく笑っているのがむかついて、くってかかろうとするとヒョイっと缶を投げ渡された。 「やるよ。勉強もたいがいにしろよ、のぞみなら普通にいいとこ狙えるだろ?」 「・・・・」 渡された缶コーヒーはブラック。 「ん?」 「・・・あたし今『ななつき』で珈琲入れるのやらしてもらってるの。そのあたしに缶コーヒーかな って」 「へえ、凄いじゃん!」 「・・・う、うん」 何気にチクリと嫌味を言ったのに、そんな風にほめられて返されると困ってしまう。 「あっ!缶コーヒーいらない?」 「いいわよ、『来るもの拒まず』が家訓だから」 「あははっ、一夜みたいなこと言うなよ」 「あいつと一緒にするな!あんな強欲と同列にされたらたまんないわ!」 「はは」 「もう!」 むくれて見せたが内心はドキドキしていた。こんな感じで喋れるのはいつ以来だろう?MTBを降り て遊馬が一緒に歩き出す。プルトップのフタを開けて口にする。香りも味も物足りないけど、気持ちを 落ち着かせるのには十分な苦味だった。それでふと、零のことを思い出した。 「・・そういえばさ、昨日―――――」 「ああ、のぞみとこんな風にしゃべんの久しぶりだな」 切り出そうとした言葉を遊馬の独り言みたいな呟きが遮った。 「え?」 「なんかメチャクチャ避けられていたもんな」 「そ、そんなことないよ!」 「そうか?話しかけても、すぐどっか行っちゃううじゃん」 「へ?そうだっけ」 「嫌われたかなって・・・。・・・心当たりがなくもないしさ」 「・・・・」 争奪戦のことだろうか?困った顔をして頬をかいてる。遊馬も自分と同じように話せないことを悩ん でいたのだ。視線を感じたのか、遊馬がのぞみを見た。 「・・・?」 「・・・あっ」 「・・・・」 「・・・・」 なんとなく見詰めあっていたことに気づき、視線をそらすのぞみ。 「のぞみ?」 「ご、ごめん!執行部に顔出さなきゃいけないから」 「え?」 「先行くね!」 赤い頬を隠すように顔をそむけた。 「ああ」 さびしそうな口調に、後ろ髪を引かれる思いで駆け出した。執行部に用などない。遊馬が行っていたこ とが本当だと自覚した。 * 先生が来そうな直前に、教室にこっそり忍び込んだ。一夜と話している遊馬をすぐに見つけた。席に つくには二人の視界に入らなければならい。どうしようかなと迷っていると、二人を見詰めている存在 に気づいた。 (・・・零。・・・・) 人に見られたらバレバレだと心配するぐらい、切なそうに遊馬を見つめていた。のぞみは歩き出し自 分の席に立つ、零の視界から遊馬が遮る位置だった。零がのぞみに気づいた。 「おはよう!零」 「・・・・おはよう。のぞみ」 ちょっと元気のない返事。気まずそうに零は視線を自分の机に落とした。零のためにしたつもりだっ たが、意地悪をしているような気分になってちょっと凹んだ。担任の教師が教室に入ってきて、朝のホ ームルームが始まった。 (遊馬と話していないんだろうな・・) 後ろから零の横顔を見ながら、そう思う。 4時間目の世界史の時間、零のことを見ていたのぞみは手をあげた。 「お?何か質問か」 ネクタイの趣味は悪いが生徒との論議をこよなく愛する世界史の教師はうれしそうに尋ねた。 「ちょっと、すみません」 そう言うとのぞみは立ち上がり、席を離れた。クラスの視線を集める中、のぞみは零の席にや って来た。 「・・・・?」 零が不思議そうに見上げている。その前髪をかきあげると、のぞみはそのおでこに自分のおで こをあてた。周りから嬌声があがる。 「・・・のぞみ?」 あまりのことに固まっている零に、おでこをあてながらのぞみは言った。 「やっぱり、ひどい熱」 のぞみは顔を上げて、様子を見ていた教師に言った。 「風霧さん気分がすぐれないみたいです。保健室に行っていいですか?」 「おう、そうか」 零がのぞみの制服を引く。 「ま、待て、大丈夫だ。これぐらいなら平気だ・・」 だが、言葉のわりにそのは口調は弱々しい。のぞみは振り返り口を尖らせた。 「・・・平気に見せたいだけでしょう?」 「・・・・」 ちらっと視線をそらした零。確かめなくても遊馬を見ていることぐらい分かる。「はあ」と、 ため息をつくのぞみに気づいて零が視線を戻した。 「・・・怒るよ?」 「・・・・」 困っている零の腕を持ち立たせる。熱のせいだろうか?零は抵抗もできず立ち上がった。 「木下!風霧さんを保健室へ!」 不意に自分の名を呼ばれた風紀委員は、驚いて立ち上がった。保健委員は二人とも今日は休み だった。何故俺がという顔をしていたが、普段あごでこき使われている執行部ののぞみがひとに らみすると、萎縮して零を連れて行った。零を見送った後も、席につかないのぞみに教師が声を かけた。 「百景、そろそろ授業を・・・」 「すみません。もう一人気分のすぐれない人がいるので」 「え?」 驚く教師の見る中で、のぞみは歩き出すと遊馬の机の前に立った。遊馬が何か言おうと口を開 く前に、遊馬の机を思い切り手のひらで叩いた。隣の教室に響きそうな大きな音に遊馬が口を閉 ざすと、のぞみはギロっとにらんだ。 「行け、あんたも保健室へ」 「え?・・なんで・・」 反論しようとすると、またのぞみが机を叩いた。 「零に言わなきゃいけないことがあるんじゃないの?」 「・・・・」 「先生には、熱があるからって嘘ついてやるから、とっと行け」 「お〜い百景、何か聞こえるんだが?」 「ノートは取ってやる、早くしろ!」 背に声をかける教師を無視して、遊馬に迫る。しかし安眠をむさぼる一夜以外のクラスの視線を 集める遊馬は立ち上がる気配がない。 「の、のぞみ。今、授業中だし」 「ほう、そんなに保健室がいやなの?」 のぞみは眼鏡を外し、それを隣の生徒の机の上に置いた。眼鏡を何気に見詰めていた遊馬の顔面 が、横に吹き飛んだ。強烈な中段回し蹴りをはなったのぞみは、床に転がる遊馬に吐き捨てるよう に言った。 「それなら、今すぐ病院送りにしてやろうか?」 口の中を切ったのか、口の端から血を流している遊馬。何気に口をぬぐい自分の血を見て、立ち 上がった。 「何すんだっ、てめえ!!」 そのむなぐらを掴んでのぞみは怒鳴った。 「あんたがちゃらちゃらしてるから、周りの女の子が傷付くんだろうが!!」 「・・・・!」 「ちゃんとしなよ!それとも、人を傷つけて平気なサイテー野郎だったの?」 「・・・・」 のぞみはポケットからハンカチ出すと、遊馬に投げ渡した。 「零はあんたに会いたがっていた。・・・いいから行け」 激情がおさまったのか、静かにそう言うのぞみ。遊馬はしばらく渡されたハンカチを見ていたが、 廊下に駆け出した。ドアを開けて出る間際、振り返る。 「サンキュな、のぞみ」 さわやかに言ったつもりだろうが、口の端から流血したままでかなり間抜けだった。 「・・・・・」 あーわかったからとのぞみは、てれながらシッシと犬を追い払うように手を振った。ドアが閉まり 廊下を駆ける足音が遠ざかっていく。残ったのぞみをクラス中が見ていたが、眼鏡をかけたのぞみは 何事もなかったように席に着き、シャーペンを握った。のぞみにじっと見上げられた教師がすこぶる 丁寧に尋ねた。 「・・・も、もう、いいのかな?」 「はい」 満面の笑顔で答えるのぞみ。教師は安堵して、黒板にチョークを滑らしはじめた。教室は今までの 出来事にざわざわし、視線をおくっていたが、とうののぞみは零と遊馬がうまく仲直りできるか心配 で気づかない。木下が戻って来た頃には、そのざわめきも静まった。 遊馬はすぐに帰ってこなかった。うまくやっているのかと安心していたが、そのうち何かがひっか りだした。何だろうと小首をかしげていると、これとまったく同じ状況を最近経験したことを思い出 し絶叫した。 「あああああああああああっ!!!!」 その声に一夜以外の全員がのぞみを見た。教師がオロオロしている。 「ひゃ、百景君、何かな?」 「な、何でもありません、授業を続けてください・・・」 あわててあやまるのぞみ。頬が赤いのは周囲の視線のせいだけでない。頭に浮かぶ妄想を必死で否 定する。 (だ、大丈夫よ。零ってそんなに軽い子じゃないし。熱もあるし・・・熱・・) ビキっと手にしていたシャーペンが悲鳴をあげた。 (体の自由がきかない零に、遊馬がエロエロモードを発動させたら・・) 時代劇の悪代官よろしく遊馬が零に襲い掛かる姿が浮かぶ。あぶら汗をボタボタこぼし、固まるの ぞみ。教師はそれに気づいていたが、触らぬ神にたたりなしと、ただ授業が終わるのを祈るだけだっ た。 授業が終わり、教師よりも早く教室を出たのぞみは脱兎のごとく、保健室に向かった。珍しく保健 の先生がいて、二人のことを尋ねると、零は自宅に帰り遊馬は教室に戻ったらしい。入れ違いかと教室 に戻ったが姿がない。いつまでも机に寝そべり続けた一夜を叩き起こした。 「風霧のかばんと竹刀袋持ってくんだとさ・・」 窓際に駆け寄り校門のほうを見る。遊馬の姿を探したが、結局見つからなかった。 * 『ななつき』の閉店後、片づけが一段落し、のぞみは絢音に珈琲を入れてもらった。 「おつかれさま」 「どうも」 今日はのぞみと零が当番だったのだが、零はやはりこれなかった。昨日の反動で大勢の客が来たお店 を二人できりもりしたのだ。 「ごめんね。静流ちゃん全然携帯つながんなくて」 「いいですよ。きっと『しーちゃんセンサー』が働いたんじゃないんですか?」 「あらあら、そうかもね」 絢音が微笑んで頷いた。もともと執行部で忙しい静流は、バイトのローテーションに入っていない。 時々ふらりとやって来て、手伝うのがパターンだ。けれど静流がバイトをする日は、必ずといってい いほど遊馬がやって来るのである。それこそ示し合わしているのか疑いたくなる確率で、絢音とバイ トの子たちはそれを『しーちゃんセンサー』と呼んで遊馬が来る来ないを知るのである。 (・・・・。・・・遊馬、零と一緒なのかな?) 物思いにふけっていると、絢音が声をかける。 「おかわりする?」 「え?・・・あっ!」 空のカップに口をつけていることに気づいた。 「ん?」 「はい、お願いします」 「は〜い。かしこまりました♪」 フラスコをゆすいで外についているしずくをぬぐいながら、絢音が尋ねてきた。 「なにかあったの?」 「え?」 「今日の珈琲の味、いまいちだったね」 「あっ。・・・・」 「・・・よかったら話してほしいなァ」 「・・・・・」 零のことを話していいのか少し悩んだが、フラスコを熱するガスの青い炎を眺めていると気持ち が落ち着き、昨日今日あったことをしゃべりだした。零には悪いかなっと思うところもあったが、 おいしい珈琲と聞き上手の絢音の相槌が心地よく、しゃべることでのぞみの気持ちも少し楽になった。 (・・・ああ、朝はいい感じだったのに・・・) 「・・・なんで人生最高の回し蹴り遊馬に決めちゃうんだろ」 すっかりリラックスして、心のぼやきの後半が口から漏れてしまっていることにも気づかない。 そんなのぞみを見守っていた絢音がつぶやいた。 「うん。やっぱり似てる」 「え?」 「のんちゃんて、昔の私そっくりだなって」 「ええっ!」 どうみても対極の性格だと思っていたのぞみは驚くが、絢音は気にしないようで言葉を続ける。 「そんなお姉さんからのアドバイス」 「・・・・・」 「もっとわがままになったほうが楽よ」 「わがまま?」 「我慢ばかりしちゃうと、恋愛ってツライだけになっちゃうから。ね?のんちゃん」 やさしく言われた言葉はあえて見ないでいた核心を突いた気がして、のぞみはギクっとする。返す 言葉がなくもじもじしているのぞみを絢音はおかしそうに見詰めている。 「・・・そ、その・・」 「・・・・ん?」 「・・のんちゃんは、やめてください」 「え〜っ?」 まゆをひそめてむくれると、カウベルが鳴った。ドアのほうを見た絢音が、膨らました頬の空気を抜 いて笑顔に戻る。のぞみに顔を近づけて、囁いた。 「めずらし〜『しーちゃんセンサー』が、はずれるなんて」 「え?」 言葉に驚いて振り返ると、入り口に遊馬が立っていた。絢音がカウンターから出て行く。 「いらっしゃいませ。一名様ですか?こちらへどうぞ」 冗談ぽっく遊馬を迎えると、のぞみの隣に座らせた。3杯目に作っていた珈琲を、遊馬にすすめる。 「のんびりしていってね、あーちゃん」 「すみません」 隣ののぞみは何を言っていいか分からず黙っていると、絢音はまたカウンターを離れた。入り口の ドアに鍵をかけて、ロールスクリーンを降ろした。そのままカウンターに戻るかと思ったが、二人の 後ろを通り過ぎ奥へ行ってしまった。 「・・・・」 「・・・・」 急に二人きりにされ、言葉がない。緊張で渇いた口を、のぞみは冷えた珈琲で潤した。遊馬が口を 開く。 「風霧が、のぞみはバイトだって言ってたんだ」 「・・そう。・・・・仲直りできた?」 「うん」 「そうか」 のぞみは安心したように頷く。ちょっとほっとした気分とちょっと残念な気分が入り混じる。 でも、零のことを考えたら、これでよかったのだ。そう自分を納得させようとしていると、絢音 が戻ってきた。手に小さな氷嚢袋を持っている。それを遊馬に渡した。 「・・・・?」 きょとんとする遊馬に、ニコニコして絢音が言った。 「のんちゃんね、今日足を怪我したみたいで、ヒョコヒョコ歩いていたの。冷やしてあげてね」 「え?」 「あーちゃんのせいじゃ、ないのかな?」 「・・・・」 「ちょっと、絢音さん!」 ことのなりゆきに黙っていてられなくなったのぞみが声をあげると、絢音さんは振り返ってウイ ンクして小声で言った。 「・・・のんちゃん、わががまのチャンスだよ」 「・・・・・」 言葉のないのぞみに悪戯っぽい笑顔を浮かべて絢音がまた奥に行ってしまう。奥の部屋に続く ドアがパタンと閉まる。そして小さい金属音がカチャリと鳴った。 (な、なんで、鍵を閉めるの!絢音さん!!!) 「のぞみ」 「え?な、なに?」 不意にかかった言葉にあわてて答える。 「足って?」 「ああ、思い切り蹴ったでしょ?だからちょっとね・・・」 「大丈夫か?」 「あははは、まあね。・・・あんたの顔よりは・・・・?っていうか頬全然腫れてないね?」 その時になってようやくまともに見れた遊馬の顔。上履きの痕が少し切れて残っていたが、 頬はほとんど腫れていない。 「ああ、風霧が気づいてね、すぐに冷やせって、心配してくれて。自分だって熱がでててフラフ ラしていたのに・・・」 ポリポリと頬をかく遊馬。少してれている表情に、のろけられている気がした。だから、ついい らないことを言ってしまった。 「・・・・。・・・やっぱり、少し痛いかな?」 「え?」 「・・・足が・・・。・・うん、冷やしてくれる?」 (わ、わがままじゃないよね?・・・零との仲直りのきっかけ作ってやったんだから、それぐら いしてもらってもいいよね?) 「うん。いいよ」 頷くと遊馬は、椅子とカウンターの間にしゃがみこんだ。 「えっ!ちょっと遊馬!」 「ん?」 顔を上げる遊馬にウエイトレス姿のままだったのぞみはあわてて、短いスカートのすそを押さ えた。顔を上げる遊馬の目線は、スカートの中をのぞく絶好のポイントだった。 「ばかっ!顔をあげるな!」 「ご、ごめん」 あわてて視線を落とす遊馬。 (わ、わざとやってんのか、こいつ?) 「う〜」とにらみつけて思ったが、冷やしてもらうのは、これしかないことに気づく。ほかの 方法があるとしたら、自分で足を遊馬にあげて出すしかない。それはそれでかなり怪しげな体勢 になってしまう。 「み、右足だったよね?」 失敗を挽回しようとしてか、あわてて足を取る遊馬。靴を脱がされるのをのぞみはじっと見下 ろしていた。頬が少し熱くなる。 そのまま氷嚢袋をあてようとしていたので、あわてて止めた。 「あ、待って」 「え?」 上げようとする顔を、髪を掴んで止めた。 「だから顔をあげるな、もう」 「ごめん」 「ストッキング染みになるといけないから、ちょっとぬぐね」 「うん。わかった」 髪の毛を離し、スカートのすその少し下にある留め金具をはずす。腿から下ろしていくが、遊 馬が邪魔で下まで手を伸ばせない。しかたなくひざをまげ、椅子のへりにかかとをかけて降ろし ていく。 「・・・・」 「・・・・」 遊馬は視線を落としている。けれどスカートの中身が丸見えなのは、なんとなく分かるはずだ った。スルスルとストッキングが足の肌をかすめる音。遊馬が小さくのどを鳴らす。それをとが めるのも恥ずかしくて、おずおずと足を下ろした。 「・・・・?」 じっと見詰めていたが遊馬は何もしない。どうしたのだろうと言葉をかけようとすると、遊馬 が口を開いた。 「・・・のぞみって・・」 「・・・ん?」 「可愛い足してる」 ちょっと感動した言い方。ふだん意識してないことを言われてドギマギする。 「そ、そう?・・・・ん」 冷たい氷嚢袋をあてられて、声が震えた。 「うん。いつも強烈な蹴り食らってるから、もっとごつい野武士のような足かと思ってた・・・」 「あははは、なにそれ!・・はは。・・・・」 笑い飛ばそうとしたが続かない。 (触り方。なんかやらしい) 冷やしてくれてるけど、全然関係ないところまで触っている。 「なんだろ?ちっちゃいし、・・・幼いというか・・」 まるでお宝を鑑定するみたいに見詰められる。さすがに耐え切れなくなって、のぞみは尋ねた。 「・・・あ、遊馬って、足フェチなの?」 「へ?いや、その・・・」 「そういのって、オヤジがなるもんだと思っていた。なんかショックだなァ」 「ち、違うよ!俺はそんなっ!」 あわてて否定してるが、ちっとも説得力がない。おかしくなって冷やしてもらった足を上げて、 その頬につま先をあてた。 「こーいうの、うれしいんでしょ?」 うりうりしながらからかう。むっとしたように見上げる遊馬。そのわりに頬が赤いのは、スカ ートの中身が多分見えているせいだろう。 「・・のぞみこそ、そーいう趣味あるんじゃないか?」 「な、何言ってんの!あんたの趣味に付き合っているんじゃない!そういう生意気言うと〜」 えいっと、足裏で口をふさいだ。驚く遊馬を見て、笑おうとすると予想外の反撃を食らう。 「はきゃっ!」 ぺロっと舌でなめられて、あわてて足を離す。 「な、舐めるなっ!変態!」 「ああ、変態だよ」 遊馬は言い返し、離れた足を捕まえた。 「あっ・・・」 「この足が、反則なぐらい可愛いから、変態になっちまった・・」 のぞみが見詰める中、遊馬はその足の甲に唇を押し付けた。 「・・・んっ。・・・汚いって、・・・・・・あっ。・・・・・・」 恥ずかしさが込上げて抗議したが、またキスされた。遊馬は愛しむように、小さな足にキスを 繰り返す。のぞみは息を潜めて、それを見守っている。ストッキングを脱いだ太腿が、ほんのり と朱に染まり汗ばみはじめた。抵抗しないのを感じた遊馬は、つま先の小粒な指を口に含んだ。 ピクピクと肌を震わすのぞみ。 「・・・くすぐったいよ・・」 抗議というより、体にめぐる感覚を素直に伝えた。舌で指股をなめられと、肌の震えが止まら なくなる。時々恥ずかしそうに内腿をすりあわしていた。小指をなめ終えた遊馬が唇を離した。 わずかに息を乱し、のぞみを見上げる。のぞみはすねたようにぼやく。 「・・・馬鹿」 「うん」 満足げな笑顔を浮かべる遊馬。 「・・・・」 言葉のないのぞみの足にまた、遊馬が口を近づける。細い足首に熱い息を感じて肌が震えたの は、くすぐったいせいだけではない。ふくらはぎをさすられて、膝頭まで唇が上がってくる。い つのまにかかたく閉じた腿に、遊馬がのぞみを見た。 「・・・・」 「・・・・」 見詰められて、頬を紅潮させたのぞみは困った顔をする。 「・・駄目?」 「・・・そ、そうじゃないけど・・・」 しょうがなさそうに膝を開く。太腿の奥に遊馬の視線が吸い込まれる。 「・・・のぞみだって、足だけでこんなになって・・・へ、変・・・」 「言うなぁっ!!」 のぞみが声を震わせて、遊馬の言葉をさえぎった。 「のぞみ?」 「言わないで・・。・・・お願い・・・」 今にも泣き出しそうな声。遊馬は、可哀想に思い謝る。 「ごめん」 「・・・・」 うなだれてしまったのぞみ。小さく肌を震わしながらも腿を閉じようとしない。遊馬の視線 に耐えている。太腿の先のショ−ツは濡れ、肌と布地の隙間からこぼれたしずくが椅子の上に たまっていた。 遊馬はのぞみの両腿の上に両手を乗せた。 「・・・・」 「・・・・」 のぞみの緊張した視線を受けながら、 両手をそっとスカートの中に差し込んだ。 「・・・あっ」 スカートの中で遊馬の手が何をしたのか分かったのぞみが、小さく声を上げた。遊馬がスカー トから手を出し、最初に降りた腿の上まで戻る。腿に乗った手に力が入る。 のぞみはされるままに、朱に染まった腿と、白いストキングをつけた腿を開く。端の紐を解か れたショーツが剥がれ落ちたことを、荒い遊馬の息を浴びて感じた。 「・・・んんっ」 熱く柔らかな唇が押し付けらて、のぞみはもぐりこんだ遊馬の頭を腿で挟みつけた。頬を心地 よく圧迫されながら、蜜に濡れる割れ目に舌を滑らした。 「・・はああっ!、・・・・んんんっ!・・・」 はじめて知る感覚はタップしてギブアップしたくなるほど圧倒的だった。力の入らない熱い体 を、遊馬に預けて喘ぐことしかできない。柔らかな舌が媚肉を掻き分ける。あふれるしずくをの どを鳴らして飲み込んでいる。 「・・はっ、・・・くうううっ、・・・ば、馬鹿ぁっ・・・んっ!・・・」 とめどなくあふれるしずくに誘われるように、舌を伸ばす。侵入者をのぞみの膣穴は甘く締め 付けた。 遊馬は耳を太腿に挟まれて、自分が舌を動かす音が生々しい。のぞみの悦びは、こぼれるしず くと熱を帯びる腿の圧迫で感じた。 のどを潤した遊馬は、なめの残しないように下から上へとゆっくりと舐め上げる。やわらかい 恥丘のヘアが鼻先をくすぐると、舌にかたく尖ったクリが引っかかる。 「はうっ!・・・はあっ、・・・・んんっ!」 ガクガクと激しく体を震わすのぞみ。愛撫から逃れようとうごめく小さなお尻を、遊馬が掴ん で抱きかかえた。媚肉に隠れようとするクリが、根元から舌先にえぐられる。遊馬は膨れた媚肉 ごとクリを吸った。 ズルズルと遊馬に飲み込まれるような感覚に、掴まれたお尻が痙攣した。 「はあんっ!・・・・た、食べられちゃうっ!・・・・食べられちゃよおっ!・・あんんっ! ・・・・」 吸引されながら、ひときわ大きくなったクリが熱い舌先でいいように、転がされる。 「はあああんんっ、・・・・くうううううっ!」 伏せていた体をのけぞらす。椅子の背もたれがギチギチ悲鳴をあげた。 太腿で遊馬の頭をきつく挟みつけながら、体を震わせて登りつめていった。 * 力の入らない体を背もたれに預け息を整えていると、そっと髪をなでられた。潤んだ瞳を上げ ると、腿から離れた遊馬が見下ろしている。 「・・・のぞみって、そんな顔するんだ」 「・・・・・」 そう静かに言う遊馬も、はじめて見るような顔をしている。そっと顔を寄せてくる。のぞみは その意味が分かっていたのに、瞼を閉じることができなかった。 あえぎ続けて渇いた口が遊馬の唇を求めている。熱をふくんで高鳴っている鼓動。遊馬に愛さ れた割れ目から溢れるしずくが、赤い腿を伝ってこぼれていく。 (・・・また、しちゃうんだ・・・) 自分の体も求めているのを感じる。保健室の時と同じ、どんどん盛り上がっていく。その流れ に身を任せればいいはずなのに、何かが自分を押しとどめた。のぞみは体をよせる遊馬の胸に手 をつき、止めた。 「・・・・・?」 「・・・・ごめん。・・・なんか気持ち悪い。・・・・」 自然と口から出た言葉に後悔した。きっと遊馬を傷つける。もうセックスするしかない状況。 それを望んでいる心と体。でも、どうしても確かめたいものが、ぽっかり空洞になり熱を奪 っている。そのギャップがどうしても我慢できない。 「のぞみ?」 「・・零としたんでしょ?・・今日は2回もできてラッキーだと思った?」 ひどくいびつな言葉。確かめたいのは、そんなことではないのに・・・ 「・・・・」 「ごめん。でもやっぱりいやだ。零を裏切りたくない・・・」 言いたい言葉も、そんな言葉ではない。けれど出てしまったいじょう後には戻れない。なぜ か少し安堵している自分もいる。 雨にうたれる零の姿が浮かんだ。自分はあんなに遊馬を愛していない。遊馬だってきっと ・・・。なりゆきでHしちゃった。ただ、それだけなんだから。 遊馬が体を離した。胸に当てていた手が行き場を失って下がる。 「零とは何もしてないよ」 ひどく沈んだ口調。 「・・・・」 けれど伏せた目を、のぞみは上げることができない。 「のぞみが言った通り、仲直りしただけだよ。・・・のぞみが言ったから・・・」 「・・・・」 遊馬が苦々しく笑った。 「ははは、なんでかな?前みたいバカ言って、くちゃべっていたいだけなのに・・・。なん で戻れないだろ?・・・ははは。・・・ほんとだ。俺も気持ち悪いや。お前を大事にしたい大 切にしたいって気持ちが強すぎて、ちっともお前が見れてない」 「・・あ、遊馬?」 聴いた言葉が信じられず、顔を上げる。見上げた視線に、遊馬は一歩後ずさる。 「わりい。俺ヘンだろ?・・・帰るわ。このままここにいたら、お前に無茶苦茶しそうだし」 のぞみが言葉をかける前に遊馬は背を向け、ドアの鍵を開けて出て行った。しばらくして後のド アが開いた。 「追わなくていいの?」 「・・・こんな格好でですか?」 ドアにかかるロールスクリーンがまだ揺れている。 「・・・素直になればいいのに・・・」 「・・・もう、いいんです。・・・・ひどいこと言っちゃったし・・・」 「・・・・・」 「・・平気です。・・ほんと・・」 絢音が背後からのぞみをやさしく抱きしめる。 「じゃあ、なんでそんなに泣いてるの?のんちゃん」 「・・・・。・・の、のんちゃんは、・・やめてください・・・」 「え〜っ?」 「・・え〜っ?じゃない!!・・・・・っ」 そう口答えするのがやっとで、こらえていた泣き声があふれでた。失ってはじめて気づいた。 お互いが強く思っていたこと。強く思いすぎて相手のことが見えていなかったこと。 うれしかった。遊馬が自分のことを大切に思っていたこと。自分の中に零にだって負けない 強い気持ちがあったこと。 悲しかった。すべてを失ってしまってから、そのことに気づいたことに・・・・。 のぞみは絢音に抱かれ子供のように泣きじゃくった。 * 翌朝遊馬は学校に向かう。いつになくMTBのペダルが重い。こんな時にかぎって通学路に、 見知った顔がない。まあ、いたとしても無理に笑顔を浮かべる自信はなかったが・・・。何と なく執行部の制服を探している自分に気づき、ため息をついた。 と、後ろからやけに元気な駆け足の音がした。 「とおっ!!!」 「ぐわっ?!」 掛け声とともにMTBの後輪についた2人乗り用スティックに、誰かが乗ってきた。崩れそう なバランスを必死で立て直しながらこぎ続ける。肩に乗る手が小さいから一夜でないことはすぐ に分かった。 「何ちんたらこいでんの?学校遅れるぞ!」 「のぞみ?」 振り返ろうとした遊馬の頭をのぞみは掴んで無理やり前に向かした。昨日一晩泣き続けて、 泣きはらした顔を見せる勇気まだはない。 「ほら、こぐこぐ遊馬!馬車馬のごとく!!」 以前と変わらない口調に遊馬もつられる。 「お前、執行部がニケツしていいと思ってんのか?」 と言い返すと、首にのぞみが腕を回しチョークスリーパーを決めてくる。 「あんたと一夜のニケツ大目に見てるの誰だと思っているの?」 「ギ、ギブ。ギブ」 軽く意識が遠のきそうになって、あわててタップする。「あはははは」と笑いのぞみの 腕の力が抜けた。けれど首に巻いた腕はいつまでも取れない。 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・あんまり調子に乗るなよ?」 風に消されそうな小さな声。 「・・え?」 「争奪戦のこと。今は奪い合うことに夢中でみんな気づいてないけど、部長や紗奈ちゃん零や 絢音さんと、ヘタレのあんたって全然つりあいがとれてないんだから」 「・・・・・」 「誰を選んでも、すぐにあきられて捨てられるの目に見えてんだからね」 「・・・そうか?」 「むっ!そうに決まってるじゃん!・・・で、でさ、捨てられたら、・・あたしんとこ においで・・」 「・・・・・」 「あたしの胸で思いっきし泣かしてあげるから。・・ね?」 「・・・のぞみって」 「ん?」 「めっちゃ、男前だな〜」 「・・・・・」 腕が離れたと思ったら、風になびく遊馬の髪に手が伸びた。そして力任せにむしられる。 「あたたたたっ!!!!バカ髪抜くなっ!のぞみ!いたたたたっ!!!」 「うっさい!バカ!!お前なんかハゲろ!ハゲてみんなから嫌われてしまえっ!!!!」 「ひで〜っ!!」 「あはははははっ」 吹きだすのぞみ。遊馬もおかしくて笑い出す。 微かに熱を含んだ風が吹き、のぞみの長い髪がゆれた。街路地の樹木の葉は、新芽の淡さから 黒々とした青色に変わりつつある。MTBに乗る二人の影が、濃くアスファルトに映っていた。 臆病な恋人達が次のステップを踏み出す夏は、もう目の前まで近づいていた。 のぞみEND |