「one night」



 未明、朝日が昇る気配はまだなく、窓ガラスを通す星の光が、学園の道場に立つ 風霧零を照している。
 朝練には早すぎる時間。制服姿だがその手には「風斬」が握られている。 開け広げ た道場の玄関に対して、半歩ほど出した右足は素足。左手に握られた風斬は腰の 左にのせられ、その柄に右手が握るでなくただ置かれていた。
 玄関から先は校庭の銀杏の木々に星の光は遮られ、いく時経っても闇に目が慣 れない。

 一陣の風が吹き、銀杏の葉が乾いた音をたてた。その音にまぎれて、何かが零に 向かって一直線に飛んできた。
 零はそれを当然のごとく抜刀し風斬で切り払った。

 「・・・・?」
 弾いたものの、そのあまりの手ごたえのなさに止めた刀に、何かが伸びた。小さな 金属音をたて、それが刀にからまる。

 (分胴鎖!)
 鎖鎌から発展した暗器の名を思うが早く刀が引かれる。崩れた体勢の零に、さら に鎖の尾を生やした分胴が飛ぶ。左手に残した鞘でそれを弾くと、一気に零は玄関 に向かって跳んだ。伸びた鎖の先にそれを操る者の影が見えた。
 刀の間合いに入ると瞬時にゆるんだ鎖を足で踏みからまった鎖から刀を抜いた。 振り上げた刀の刃先を上空で回転させ、その影に振り下ろそうとした刹那、刀を持つ 右手と逆の左頬に風を感じた。玄関にいたはずの影が消えていた。視覚で確かめる ことなく、零は地に伏すように身をかがめる。零がいた空間に反動で残った長い髪 を、遠慮のない蹴りが薙いだ。かろうじてかわしたと感じた零のうなじにゾックと悪寒 が走る。

 「ちいっ!」
 風斬をふることもできず、後方に跳んだ。上空にかわしたはずの蹴り脚のかかと が、右目の瞼をかすめて振り下ろされた。着地した畳をさらに蹴り後方に跳び間合 いを取る。追撃にそなえて風斬をかざしたが、相手はその場に立ち止まっていた。

 (剣を執拗に奪おうとする用心深さがありながら、間合いとみれば迷わず体術を しかけてくるか・・・)
 鞘を掴んだままの左手の甲で、余韻の残る瞼をぬぐう。相手は畳に落ちていた鎖 を手首から肘まで器用に巻きつけた。だらりと腕をさげると、制服の袖に鎖が隠れ る。ズボンのポケットに、その手を突っ込みながらその男はぼやいた。

 「・・・まあ、恋を告白されるにゃ早すぎる時間だと思ったが、ポン刀持って待ち構え られるというのもなかなかドキドキするもんだな・・」
 星明りがさす場所にゆっくり姿をあらわしたのは、黄泉塚一夜だった。いつものよう にキセルをくわえる口端が、にやけて歪んでいた。

 「で、何のようだ風霧?」

 刀を持つ構えに力を抜かず、零は尋ねた。

 「マンションの外にいた私のことを、結城に知らせたのはお前だな?」
 問われた一夜はキセルを揺らし、ハアとため息をつく。

 「おめえー、男の携帯をのぞくのは感心せんぞー」
 その言葉にこれといった反応もせず、さらに尋ねる零。

 「何故結城の家を見張っていた?」
 「・・・・」
 「答えぬつもりか・・」
 零がすっと腰を沈めようとしたのを、一夜は手を上げて止めた。

 「わーった。わーった。半年前から、あいつの周りでいろいろ続いてたんだよ、両親 がいなくなってから、かなりやばめだったんでな・・・」
 「結城が狙われていた?どうして?」
 「・・・あいつは狙われるようなタマじゃねえ。・・・・多分俺がらみだろう・・」
 口の端にある笑みがその時消えた。

 「相手に心当たりがあるのか?」
 「それが多すぎて、さっぱりでね・・」
 「黄泉塚!」
 「・・・蛇を捕まえるなら、牙が使えないようにその首根っこを捕まえなきゃ駄目だ。 ・・・まして、その牙に猛毒があるなら、末端の尻尾を蹴散らしても意味がねーんだ よ」
 「・・・・」
 「しかしまあ、少し慎重すぎたかな?ものの見事に逃げられちまった・・」
 「!」
 「おっと、安心しろ。街にはもう気配がないんだ。・・・撤退したって感じかな?」
 「・・・・」
 「大丈夫だ。でなきゃ、お前の誘いに、のこのこやってこないって」
 「・・・そうか」
 少しだけ緊張のとけた表情の零を一夜は見ていた。
 
 「案外、お前があいつの周りにうろちょろしだしたせいかもしれないな・・・」
 「・・・・?」
 「俺らの業界じゃメジャーなんだよ、退魔士の「風斬」の名は・・・」
 「・・・・」
 「まあ、危険が完全になくなったわけじゃないから、いまいちスッキリしねえが、・・ 俺はもう用だなしだろ?」
 「・・・・?」
 「どんな敵だろうと守りきれるよな?お前なら」
 ニヤリと一夜が笑うと、零も笑顔を返した。
 「当然だ。結城にかすり傷一つ負わせはしない」
 かざした風斬を鞘におさめて、自信に満ちて答えた。道場の緊迫した空気は、いつ のまにか消えている。風に揺れる銀杏の葉音や、虫の鳴き声が周囲から響いてき た。

 「・・・で、でだな、黄泉塚、・・ちょっと待っててくれ」
 それまでの凛とした態度が崩れる零。ぎこちなく道場の端にカバンと一緒に置かれ ていたボストンバッグを取ると、一夜の前に来た。バックのチャックを開けて中にあっ たもの一夜に差し出した。

 「結城が世話になったようだな、あ、ありがとう。・・これはその、お礼だ・・」
 零には似つかわしくない可愛い模様がはいった布に包まれた四角いもの。大きさ は英和辞典ほどか・・。一夜は同じようなものがバックの中にもあるのを見逃さな かった。

 「お、お腹がすいているなら、今食べてもかまわんぞ?お前は昼間は食べない主 義だろ?」
 星明りでも、差し出す零の顔が赤らんでいるのが分かった。一夜はニヤニヤする。

 「はーん?王子様のお毒見役といったところかな?」
 「そ、そんなことは!・・・駄目か?・・・いやなら・・・・」
 照れてそのまましまいそうだったので、弁当をひょいと掠め取る。

 「まあいいや。実際今ぐらいが、一番腹減るしな。それに退魔士風霧の弁当なんて レアものだ」
 そう言いながら、道場の畳の上にドッカっと腰を下ろす。あわてて零も、そばに正座 になった。

 「お、お茶なら、あるぞ。・・・まだちょっと熱いかもしれないが・・」
 何故かまだ持っていた風斬を横に置き、あたふたと水筒を取り出しお茶をコップ に注ぐ。一夜が軽口をかけてちゃちゃをいれる。

 「・・・すいませんねー、奥さん。・・・いや遊馬がうらやましい・・」
 「ば、馬鹿者!・・私と結城は、まだそんな・・・」
 イヒヒヒヒといやらしい笑いかたをして、弁当のふたを開ける一夜。しかし中身を見 て笑顔が凍りついた。

 (・・・・。・・・あ、新たな前衛芸術か?・・・)
 絶句する一夜に気付いた零があわててフォローする。
 「確かに見てくれは悪いが、味には可能性があるかもしれない。ほら、お茶もある」
 微妙な言い回しが気になり、一夜はおそるおそる尋ねた。

 「あのー、ちなみに風霧は味見はしたんだろ?」
 「わ、私は味覚オンチだ!」
 「てめー、何威張って断言してんだ!!」
 「・・・・ごちゃごちゃ言わず」
 つっと一夜の首筋に冷たい感触。いつの間にか風斬があてられていた。

 (う、嘘だろ?)
 恋する乙女パワーは、その潜在能力を発動させるのか。抜刀の瞬間が一夜ですら 見えなかった。

 「喰え、黄泉塚」
 そう静かに言う目は、真剣な乙女の一途さというより何千人もの人斬りをしたよう な冷徹さがあった。

 「・・・・うっ、・・・・」
 「感想をたのむ。それとそうだな、結城の好みのものとかも教えてもらおうか・・・」

 (そ、それが人に物を頼む態度かあっ!!!!!)
 一夜は心の中で絶叫する。いつまでもかたまっていると、ずいっと風斬に圧がか かり、あわてて箸を握った。

 (俺、なんか知らないうちに風霧に、ひどいことしたかな?傷つけたかな?)
 悲しくなって、今までの生活態度をかえりみずにいられない。

 「さあ、遠慮するな黄泉塚」
 零が笑顔ですすめるが、その目がちっとも笑っていない。勇気を出して得体の知 れない物体を箸で掴んだ。ただそれだけで、潜在意識の闇から原始の恐怖が脳髄 を這い上がる。

 (へ、変だな・・・小さい頃からの思い出が、走馬灯のように・・・)

 百戦錬磨の一夜でさえ経験したことのない壮絶な戦いが今、幕を開けようとしていた。




END

 

戻る