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通りを灰色に染める雨をドアのガラス越しに風霧零は見詰めていた。 「あ〜暇ねえ・・・」 洗い物を神無紗奈にまかした奈々月絢音が、ため息をこぼす。夕方に降り出した 激しい雨で、客足がパッタリ途絶えていた。 「すぐやみますよ、ほら、少し雨がパラパラしてきた感じしません?」 最近任せられるようになった珈琲を絢音に差し出しながら、百景のぞみが慰める。 入り口に近いレジの脇に立つ零のところまで独特の香りが漂ってきた。 喫茶『ななつき』でおこなわれた遊馬争奪戦は、結局遊馬の優柔不断振りが発揮 されて一日でこれといった収穫がないまま終わってしまった。その時零は絢音にス カウトされたのだ。乗り気ではなかったが、絢音の熱心な誘いと、遊馬が可愛いと言 ってくれたウエイトレス姿に未練もあって『ななつき』のバイトを始めて、今も続けてい る。 「う〜ん。そうかなァ?」 「そうですって。天気予報だって降水確率めちゃくちゃ低かったですよ」 二人のやり取りを聞き流しながら、ドアの向こうにあるひさしからこぼれる雨のしず くを見詰めていた。店内の人達に聞こえない小さく鋭い呼気が、零の唇からもれていた。心の中で、落ちるしずくを斬るイメージをしていた。手にするのは「風斬」。体にはこの動きにくいウエイトレスの制服。目の前のガラス 戸はそのままに抜刀する。一刀の元にガラスを飛散させたまま、最初のしずくを斬る。 小さなガラスの粒が腕の肌に食い込んだが、構わず次のしずくを切り払う。小さな血 飛沫が振った腕の傷口から噴きあがる。 空間に腕の軌道が血のラインとなって残った。視界は赤にぼけたが、さらに落ちてくるしずくを切り上げた。自分の血が顔と制服を 赤く染めるのを気にかけず、次のしずくを目でとらえる。それに向かいまた刃を落と そうと・・・・・・ 「きゃああああああっ!!!」 不意にあがった悲鳴に、イメージが途切れた。振り返るとのぞみが絢音に抱きつ かれていた。 「うふふふ、のぞみちゃんからやる気チャージ!」 満面の笑みを浮かべて、豊満な胸にのぞみの顔を埋めていた。 「あふ・・、あ、絢音さん!離して・・・ふわあああ!」 のぞみはじたばたするが、絢音の抱擁は微塵もゆるがない。運動神経ならどうみ てものぞみのほうが良さそうなのに、本当にエネルギーを奪われているのだろうか ? 「うふふふ。えいえい!・・・!・・・あっ、あっ、あっ」 腕力では脱出できないと気付いたのぞみが絢音の弱点の脇をくすぐりだした。頬を 赤らめて身悶える絢音の腕が緩むと、のぞみが弾けるように離れ、零のほうに逃げ てきた。 「助けて!風霧さん!」 そう叫んで、零の背後に身を隠した。 「もお〜、のぞみちゃんったらァ〜」 懲りずに絢音が追いかけてきた。見る者の心をとろけさせる笑顔を浮かべてこちら にやって来る。その絢音と零の目があった。 「・・・。あ〜〜!」 胸の前で手を合わせて、うれしそうに目を細める。どうやら次の獲物を見つけたよ うで、小躍りするように足を弾ました時、その体の動きが止まった。零が伸ばした人 指し指が、絢音の眉間にあてられていた。 「・・・?」 ほんのわずかに触れる指先。けれどどうしてか足を前にのばすことができない。い や足どころか、腕や口、瞼まで動けなくなっていた。あまりのことに、きょとんとした 絢音の瞳が零を見上げた。零は表情を変えないまま、 「・・めっ!」 と呟き、指でちょこんと小突いた。とたん、絢音の体が膝から崩れた。そばにカウン ターがあり、かろうじてそれにつかまって転倒は間逃れたが、あ然として零を見上げ た。 零は無言でその視線を受け止めていた。 「う〜」 絢音が肩を寄せて怯えた表情を浮かべて立ち上がると。クッルと体を翻して洗い 物を終えた紗奈にカンウンター越しに抱きついた。 「零ちゃんが、いじめるの〜」 胸に顔を埋めた絢音の髪を、あやすように撫でる。先ほどの光景に少し驚いてい るようだった。ちっらと目線をあげると、二人の様子を見ていた零と目線があった。 紗奈の瞳には怯えが混じっている。けれどその視線に耐え切れず、顔を背けたのは 零のほうだった。 「・・・・」 「・・・?」 * 『ななつき』が終わり、家路についた零の隣を紗奈がとことこ歩いていた。途中まで 同じ道を通るので、絢音から紗奈のことを頼まれていた。 のぞみの言ったとおり、帰る頃には雨が上がっていた。濡れた道路や建物の外壁 が、外灯の光を潤いを持って反射している。ずっと続く沈黙に耐えかねたのかニコッと笑顔を浮かべ紗奈が話しかけてきた。 「風霧先輩は、練習大丈夫なんですか?」 「・・・?」 「えっと」と紗奈は零が持つ『風斬』の入った竹刀袋に目を落とす。 「大会が近いって春日ちゃんが・・・」 剣道部にいた元気だけが取り柄みたいな後輩の顔を零は思い出した。 「練習なら家でもできる。・・・気にするな」 「・・はあ」 そっけない言い方に、紗奈がため息をつくように返事をした。 「う〜っ」 会話のきっかけがつかめないで凹んでしまった紗奈を、零はちっらと盗み見る。姉 の静流が綺麗と形容するなら、この娘は可憐という言葉がよく似合う。学校で見か けるとき、彼女を包む周囲の空間が花咲くように華やいでいた。ともすれば同性から の反感を買いそうなしぐさや態度がいやみに感じられないのは、彼女が自分の魅力 に無自覚なせいだと、『ななつき』で一緒に働くうちに気付いた。 「・・・ん?」 視線を感じたのか紗奈が顔を上げる。上目遣いに見詰められて零はあわてて目 線を逸らした。 紗奈は可憐だった。遊馬の腕に抱かれていた時も、なおいっそう・・・ * 《あることが気になって遊馬の家に訪れた零は、二人が睦みあっている姿を目撃し てしまった。すぐにその場を立ち去るべきなのにそれができなかったのは、遊馬に 愛される紗奈に目を奪われたせいだった。その痴態は見詰める零の体を震わすほ ど淫靡だったが、彼女の持つ可憐さを損なわすことができないでいた。激しい絶頂 の後、恥ずかしさがこみ上げたのか泣きじゃくる紗奈を遊馬がやさしくあやしてい た。泣き止んだ紗奈は、身も心もゆだねた笑顔を浮かべて遊馬に甘えきっていた。 信じきっていたからこそあれほどの痴態を晒すことができたのだろう・・・》 * 帰り道の途中にある公園の入り口に、人影が見えた。わずかに青みがかった外灯 に照らされる人物に零と紗奈は同時に気付いたが、いち早く行動を起こしたのは紗 奈のほうだった。 「先輩!」 嬉しそうに駆け出す。そのまま抱きつきそうな勢いだったが、零の手前もあって か、ぶつかりそうになりながら立ち止まった。 「どうしたんですか?こんなところで?」 「・・あ、・・いや・・」 言葉を濁しながら、ちらっと零のほうを見る遊馬。後ろの植木の石垣に2本の傘が 立て掛けてあった。 「さっき急に降りだしただろ?それでね・・」 紗奈も傘に気付いたようだった。 「それじゃぁ、お店に来てくれればよかったのに・・」 じっと見上げられて困ったように前髪をいじながら遊馬が答えた。 「うん。でもやんじゃったしね」 「え〜、待ってたのに・・・、・・・・みんなも・・」 最後の「みんなも」は、とって付けたような言い方だった。二人のやり取りがいつま でも続きそうなので、零はその脇を通り過ぎようとした。 「か、風霧?おい!」 呼び止めた遊馬に振り返る。 「彼女を、家まで送ってやれ」 「・・れっ、」 「頼んだぞ」 遊馬の言葉を遮り、念を押す。何か言いたそうな遊馬の横で紗奈がペコッとお辞 儀をする。軽く頷き、零は歩き出した。 「先輩、ごめんなさい」 「え?あ、うん別にいいよ」 急に二人きりにされてもじもじした会話が背後から聞こえた。 雨雲はまだ空を覆っているのか、帰り道はいつになく暗く感じられた。紗奈を頼ん だのは正解だったと思う。 「・・・?」 不意に頬にしずくがこぼれて、空を見上げた。降り出したのだろうかと辺りを見る が、外灯の光の中に雨のラインを見つけることはできなかった。耳を澄ますが雨音も しない。けれどもう片方の頬にしずくがこぼれた。それは続けてこぼれおち両頬を濡 らした。 自分が泣いていることに、やがて気付いた。 * 《二年になり、教室にいた異性で意識したのは遊馬でなく黄泉塚一夜だった。い や、正確に言うなら入学当初から零は一夜を警戒していた。常識では測りきれない 闇に触れたものだけが持つ匂いが、自分に近い匂いが彼からした。誰の目もはば からず授業中寝る態度は、一夜が夜の仕事を生業にしていることを裏付けていた。 一学期の始業式を終えて教室に戻ると、一夜はすでに机と同化して寝そべってい た。適当な距離を置き椅子に座った瞬間、それは始まった。どちらが仕掛けたのか 分からない。きっと教室という空間は、二人の間合にはあまりに小さすぎたのだろう。 互いの殺気が制空圏をめぐり火花を散らした。一瞬たりとも気の抜けない状況が 続く。殺気は必殺の攻撃の軌道。その一つでも許せば、致命的な一撃を覚悟しな ければならなかった。 互いの気の密度が上がり、教室の空気が結晶化を始めた。感覚の鈍い普通 の生徒ですら、海の底に沈められたような圧迫感を覚えたはずだ。 男子A「大気が怒りに満ちているっ!!!」 男子B「うわ・・こわい いやだここにいたくない!!」 男子C「こ・・・これは・・・、・・これは・・・」 後にいくつもの伝説的なアドリブをした男子ABCの初めての合作はいまいちだった が、零は無視して机の下で風斬の封を解いていた。冗談で交わすレベルはとうに過 ぎていた。 その時、教室の後ろのドアがガラガラ音を立てて開いた。 「うわ〜、なんとか間に合ったぁ!!」 緊迫した空気にそぐわない陽気な声がすると、忽然と一夜からの殺気が消えた。 殺気を絶ち振り返ると、机から顔を上げた一夜と目が合った。一夜はウインクして片 手でゴメンと謝るしぐさをして、入ってきた男子生徒の方を振り返った。 「おめー始業式すっぽかして、間に合ったはねえだろ!」 「よう、一夜!それがさ〜、MTB が盗まれててさァ」 「あーん?なんだそりゃ?」 緊張した空気に静まり返っていた中、二人の会話はやけに大きく響いた。だが、そ れをきっかけに教室はあたりまえの騒がしさを取り戻した。気の抜けた零が見詰め ていた二人にのぞみが加わり、先生が来るまで楽しそうに話していた。》 * 《一夜と親しげな生徒の名前はその日のうちに知れた。結城遊馬。一夜と不似合 いな普通の男子生徒だった。それでも遊馬のことを気にかけたのは、一夜の彼に対 する態度のせいだった。授業中いつでも机に顔を伏せている一夜だったが、遊馬 との席が近い時、本当に熟睡していることが多かった。どうして一夜のような人間が 彼にそこまで心を許しているのか、理解できなかった。 遠くから見る度に、獰猛な 肉食獣が満腹になって眠っているそばで無力なウサギが跳び遊んでいる、そんな ほのぼのした光景を連想した。 ある休み時間、教室を出ようとすると遊馬とぶつかりそうになった。 「と、ゴメン」 立ち止まる零に、謝る遊馬。 「・・・・」 何も言わず無視するように零が教室を出て行ったのは、胸の動揺を隠すためだっ た。廊下を歩きながら、今起きたことを考えていた。出口に向かう時そこまでの人の 位置を掌握し、さらにそこからの動きを予測できた。多分目をつぶっても教室を出る ことができたはずである。それなのに、遊馬の動きを見切れなかった。 (黄泉塚のことを意識しすぎたのだろうか?) いや、むしろ一夜の方向にこそ細心の注意を払っていたはずだ。 (・・それに、・・・なんだろうこの感覚は・・) 死角をつかれ間合いの内に現れた遊馬に恐怖が湧かないでいた。そのまとう気 が肌を触れた時、心地良ささえ感じた。 あわてて謝る表情を思い浮かべる。自分がしたことにまったく無自覚なようだった。 (・・・おかしな奴・・) そう思う零の表情は、ほんの少しだけ嬉しげだった。》 * 《再び遊馬とぶつかりそうになった時、肌に触れた穏やかな気にくすぐられて零は 言葉をかけていた。短い言葉を交わして離れた背後で、一夜と遊馬の会話が聞こえ た。一夜が遊馬に向けた言葉は、そのまま自分にも向けられたものだった。彼の そばにいると、不思議と心が安らぐのを感じた。一夜と同じように彼に心を開き始め た自分がいた。零が遊馬に近づくことに、どうしてか一夜も寛容だった。》 * 《ある晩夢を見た。すべてが曖昧で掴み所がないのに、肺腑を鷲掴みされるような リアルを内包した悪夢を・・・ 柔らかで熱い肉隗に、自分が呑み込まれている。抗う力は無く、感覚だけは肥大 し自分が受ける惨状から意識を逸らすことも許されなかった。少しづつ体が沈んで いくごとに、体の自由は拘束されて奪われていく。だが、零を恐怖させたのは拘束 された体から湧き上がる淫靡な波動である。まるでその悦びをむさぼらんために、 体が望んで肉隗に拘束されようとさえしていた。幼少から退魔のため鍛錬された体 が自分を裏切る感覚に悲鳴をあげたが、その声さえも愉悦の響きを孕んでいた。 細胞の一つ一つが快楽に沸騰し零の魂すら焼き堕ちようとした時、穏やかな気 が肌に触れた。何故だろう夢の中で、零はそれが遊馬ものだと確信した。細胞の沸 騰は続いていたが、恐怖は無く愉悦を受け入れる余裕すらあった。自分を包む気に 身を任せて、深い快楽の深遠に堕ちていった。 「・・・・」 朝、自分の部屋で目覚めた零は違和感に上半身を起こし、部屋の様子を見回して いた。だがすぐに夢の感覚が鮮明に蘇り肌を震わせた。 「・・え?・・・あっ!」 肌の震えをきっかけに、まるでつい今まで誰かと睦みあっていたような感覚が体 の隅々に湧き上がる。重ねた肌。伝わる鼓動。汗の匂い。熱い吐息。優しい唇。 「・・なんで・・」 頬を赤らめて両腕を抱きしめるが、体は火照り続けた。やがてその感覚が遊馬の イメージにかさなっていく。 「・・・」 淡いうずきに鼓動が高鳴ったのは一瞬だけだった。どうしようもない切なさがこみ 上げ胸が締めつけられる。痛む胸を押さえる零。理由の分からない感情の高まり に、ただ耐えることしかできなかった。》 * 玄関で零がシューズを履いていると、背後に父親が立っていた。 「こんな時間に走りこみか?」 ランニング用のジャージ姿をまとった零は立ち上がり答えた。 「大会が近いので」 「そうか、もうそんな時期か」 「行ってまいります」 「・・ああ」 玄関の戸を音を立てないように閉めて走り始める。家の道場で鍛錬を積みたかっ たが、今刀を持てば、自分の心の乱れを父親に悟られただろう。走り出すと、また雨 が降り始めた。ただ自分の心と体を苛め抜くつもりで走り続けたが、気付くとその脚 は遊馬の家に向かっていた。激しさを増した雨の中、彼がいるはずの部屋 の明かりを見上げていた。 紗奈のことがなくても自分は遊馬から身を引こうと決めていた。それなのに『なな つき』バイトを辞めることでず、時々こうして遊馬の部屋を見上げてしまう。 自分に嫌気がして、うなだれていると。雨音に混じりガラス戸の開く音がした。顔を 上げると、ベランダに遊馬が出てきた。携帯を耳に当てながら、キョロキョロと周囲を 見下ろしている。遊馬が、こちらを見た。 「・・・あっ」 視線がますっぐ零を見たはずだった。だが、すぐに遊馬は部屋に戻って行った。 「・・・・」 呆然と、人のいなくなったベランダを見上げていると。すぐ近くで名前を呼ばれた。 「零!!」 傘を持った遊馬が駆け寄ってくる。 「大丈夫?びしょ濡れじゃないか」 雨があたらぬように傘をかざされる。零は何も言えずうつむいていたが手を引かれ た。 「とにかく、家においで、このままじゃ風邪を引く」 「・・べ、別に平気だ・・」 「よくない!さあっ!」 いつもと違う厳しい口調で強引に腕を引かれた。 シャワーを浴び終え浴室を出ると、下着を残し濡れた服は乾燥機の中で踊ってい た。かわりに遊馬のものらしいパジャマが出されていた。体格は自分とさして変わら ないと思っていたが、その上着を着ると肩の部分がだぼつき袖も余ってしまう。微 かに遊馬の匂いが漂い、肌がピリピリ緊張した。 遊馬は、部屋に入ってきた零を見てあわてて視線をそらした。 「・・あれ?パジャマのズボンも出しておいたよね?」 頬をかいて照れる遊馬の前に行くと、膝を落としその首に腕をまわす。 「・・・結城・・」 そう言うのがやっとで、ぎゅっとしがみついた。遊馬が腕を上げる。抱きしめられる と思ったが、その手が額にあてられた。 「・・・?」 「う〜ん、熱があるんじゃないかな?」 そう言うと遊馬は零を支えながら立ち上がった。 「体を冷やさないほうがいい」 ベットの上に座らせて、体に掛け布団をかけられた。遊馬は部屋を出て、薬と水の 入ったコップを持ってきて、零に飲ませた。ベットの端に腰掛けながら遊馬が語り かける。 「一眠りすればよくなるよ。朝になったら家に連絡して・・・」 言葉が途切れたのは、零が背後から抱きついたからだ。 「・・・・」 「・・・眠ったほうがいいよ」 「・・・・」 言葉に抗うように、抱きつく腕に力がこもる。 「・・零・・」 「・・・・」 遊馬が零の腕に手をあてた。 「紗奈ちゃんのこと、・・ごめん。」 「・・・・」 「玄関に『京極屋』の最中があったから、来ていたんだって・・・」 人の家に手ぶらで訪れるのも不作法かと買っていたお土産を、動揺した零は置き 忘れていた。 「・・・・。・・謝らなくていい。・・・あの子は可愛い・・・」 遊馬にすべてをゆだねたあどけない笑顔を思い出し、胸の奥が痛んだ。 「・・・・」 「あの子は結城が初めての男なのだろうな。・・・私と違って・・・」 「・・・・?」 「・・・あははは、なんて間抜けな嘘をついてしまったのだろう・・。だから罰が、あ たったんだな、きっと・・」 抱きしめる腕の力が抜け、離れた。遊馬が振り返ると零は虚ろな笑みを浮かべて いた。膝の前に両手を着き、崩れ落ちそうな体を必死に支えている。 「・・・零?」 「・・・ククク・・何が運命だ。・・・はじめてだ・・」 こみ上げる感情を押し殺し、とつとつと言葉を吐き続ける。それとは真逆に、手は シーツをかきむしり握り締めていた。こもる力のせいで指先は血の気を失っている。 言葉を失う遊馬を見詰め、つらそうな顔に無理に笑顔を浮かべた。 「・・き、気付いていただろう?・・私は破瓜の血を流さなかった・・・」 遊馬の部屋ではじめて迎えた朝、押しかけてきた神無姉妹や絢音のぞみとの争 奪戦に巻き込まれてあわただしさの中に見過ごしていた。やっとのことで解放されて 照れながら遊馬とのことを思い出していた時、そのことに気付き目の前が真っ暗に なった。 男性経験など、あるはずがない。遊馬と会うまで満足に異性の手を握ったことすら なかった。激しいスポーツをする女性が膜を失うことがあるという噂を耳にしたこと がある。退魔士である風霧の家に生まれ人並み以上の鍛錬を積んだせいで、そん な体になってしまったのかもしれない。けれどそれを証明する術を零は持たない。 いやできたとしても遊馬と顔をあわせることが怖かった。遊馬が自分を蔑むのを想 像しただけで、生きる気力を根こそぎ奪い取る虚脱感に襲われた。遠くから見る遊 馬が普段と変わらないことが、かえって零を疑心暗鬼の闇に突き落とした。 「・・・・」 こみ上げそうになる涙をこらえて、笑おうとした。遊馬によって傷つけるられる前 に、自分を嘲れば少しでも痛みに耐えられる気がした。だが、どうしても息が乱れて 笑うことができない。遊馬の手が伸びるのに気付き、ビックと身を竦ます零。遊馬は そんな零をそっと抱き寄せた。 「・・・あっ・・」 「・・・・」 遊馬は何も言わない。ただ強く零を抱きしめるだけだった。何を言うのか耳を澄ま していた零は気付いた。 「・・・ゆ、結城?・・泣いているのか?」 必死になって泣き声をかみ殺してる。熱いしずくが、触れ合う頬にこぼれ続けた。 乱れた息に、かき消されそうな言葉が零に届いた。 「・・・ごめん、・・ごめんね、・・・気付いてやれなくて、零・・・」 「・・・・?・・どうして謝る?・・・欺いたのは私だ、謝るなら・・・」 「・・違う!・・違うんだ・・。そうじゃないんだ・・」 「・・・・?」 「・・・・」 続けようとした言葉を遊馬は飲み込んだ。言えば零はまた神無姉妹と戦うことにな る。普段は優しい紗奈でさえ、遊馬が関わると残忍な淫魔の一面をのぞかせる。そ れだけは絶対に避けなければならない。 「・・ごめん、零・・」 けれどそれは零の受けた心の傷が一生残ることを意味した。かける言葉が見つか らず、遊馬は泣くことしかできなかった。 「・・・結城。・・・・」 何が遊馬をこんなにも苦しめているのか零には分からない。激情のままに加減の 無い力で体を抱きしめられていた。ただ、その痛みも、耳する悲痛な泣き声も心地 よかった。 (・・・私のために、泣いてくれるのか・・・) そう思っただけで、涙がポロポロと溢れ出た。遊馬の体をぎゅっと抱きしめる。 「・・・あ、遊馬・・・」 頬を摺り寄せながら、愛しい人の名をそっと呼んだ。泣き声を聞きながら、震える 背中をさすり続けた。 * 泣き声が止み抱きしめられた腕が解かれる。見つめる遊馬の顔は暗く沈んでい た。零は自分でも気付かないうちに、顔を寄せ涙の跡が残る頬に唇を軽く押し付 けたていた。 「・・・・?」 「あっ!・・こ、これはその・・・」 頬を押さえる遊馬に、自分が何をしたのか気付いて零はあわててフォローの言葉 を捜した。 「・・お、男が声を上げて泣くのをはじめて見た。・・・・うん、意外と、か、可愛い ものだな・・・」 「・・・・・」 「・・・まあ、それに免じて浮気は許るす。・・・もともと、私も嘘をついたから、はな っからおあいこだったと思うのだが・・・」 「・・・?」 零の言葉に遊馬は驚きを隠しきれない。零は視線をそらした。遊馬が喋らない緊 張に、あわてて言葉を続ける。 「た、ただし、こっれきりだぞ。・・・次は、泣いて可愛くったて、許さない。・・・ もし浮気したら・・・」 「・・・・・」 「・・・殺す」 もじもじと、すごい怖いことを言う。そのギャップに遊馬の硬い表情がゆ るんだ。遊馬はシーツの上に、零を押し倒した。 「・・・遊馬?」 見上げる目が赤く、零も泣いてたことに気付いた。それだけで、また涙ぐみそうにな るのをこらえて、むくれて見せる遊馬。 「・・・・男を可愛いって言うな!」 簡単に癒せる傷ではない。簡単に消える傷ではない。それなのに自分を気遣って か、無理に平静を装う零。 「・・・・可愛いのは零だ・・」 その姿がいじらしい。その思いがいとおしい。 「・・ば、馬鹿を言え!・・・私、なんか・・」 照れて反論する零に、遊馬は顔を寄せた。唇を塞がれると思い瞼を閉じると、おで こにそっとキスされた。 「・・・・あっ」 驚いて肩をすくませる零。目を開けると、そのしぐさをじっと見詰めていた遊馬が囁 いた。 「可愛いな、・・うん」 「・・な、なにを言・・・んっ・・」 抗議しようとすると、頬にキスされた。淡い感触に吐息がこぼれた。キスした頬に、 遊馬が手をあてた。壊れ物を扱うように、優しく撫でられた。 「・・可愛いよ零」 「・・・・」 撫でられる頬が紅潮するのが分かった。抗議してない零にもう片方の手を伸ばす 遊馬。 そっと両頬を包んだ。 「・・・・」 「・・・・」 遊馬は優しく見詰めている。こみ上げてくる恥ずかしさに、零は眉をひそめて目を 泳がせた。遊馬が顔を寄せる。今までのこともあって様子を見守っていると、ピットと 唇がかさなった。瞼を閉じてそれを受け入れる。二人は唇の弾力を味わうだけのキ スを繰り返した。しだいに息が乱れていく。息苦しくなった遊馬が離れようとすると、 零が頭に腕をまわして抱き止めた。 「・・とっ」 両手を使い不安定だった体勢の遊馬は、頬を離し零の脇に手を置いた。体重が乗 らないように半身をシーツに落とし、体を密着させた。遊馬の頭を抱き寄せて、零は 紅潮した頬でほお摺りする。 「・・・・ん・・・」 満足気な吐息が、遊馬の耳をくすぐる。 触れる肌は、そこから汗ばみそうなほど熱を含んでいる。そのことに気付いた遊馬 が顔を上げた。心配そうに零の顔を見詰めて、その汗ばんだおでこに額をつけた。 「・・・・」 「・・・?」 額をあてながら遊馬が尋ねた。 「熱出てきてない?」 「・・・・」 「ちょっと、待ってて。体温計を・・」 離れようとすると、零がシャツを掴んで止めた。 「・・・・零?」 「・・・・」 幼児がイヤイヤをするように、零がフルフル首を横に振る。掴んだシャツをどうにも 離しそうにない。しかたなく遊馬は、横に体を落とし、夜気にさらしていた零の体に掛 け布団をかけた。布団の中に戻した手を、シャツを離した零の手が捕まえた。そして 自分の胸のふくらみに、その手を押し付けた。パジャマの布地をとおし、柔らかなふ くらみと高鳴る鼓動を感じた。 「・・・・」 何も言わず可哀想なほど顔を赤らめた零。伏目がちの表情は、恥ずかしさと不安 と期待が混ざり合っている。その表情に遊馬が見とれていると、だんだん零が困っ た顔になる。 こいうことに奥手な零の、精一杯勇気を出した誘惑に、遊馬は誘われることにした。 「・・・ドキドキしてるね?」 「・・・・う、うん」 押し当てていた零の手が離れた。そばにいるので何かをしているののは感じる が、布団に隠れてはっきりとは遊馬には分からない。再び手を掴まれ押し当てなお される。汗ばんだ柔らかな肌が、手のひらに吸い付いた。衝動を抑えきれず、手に 余る弾力を確かめる。 「・・・ん、・・・あっ・・」 見詰める小さな唇が、吐息をこぼした。もう片方の手を伸ばし、ふたつのふくらみを 包み込む。普段は人を近づけないほど凛としている零が、隠し持っている甘い果 実。 はれものを扱うように、揉んでいく。体をめぐる悦びに零は切なげな表情を浮かべ るが、見詰める遊馬の視線にあわてて隠そうとする。 「気持ちいい?」 「・・・・」 困って答えない。手のひらの中で自己主張していた乳首を指先で転がす。 「んあっ!・・ああつ」 ビックと体を震わせ、声を上げる零。乱れた息をかみ殺し、恥ずかしそうに遊馬を にらんだ。遊馬は微笑んで言った。 「・・・素直になって、Hな零もカワイイから」 「ば、ばか者!・・はァ!・・・あっ!」 抗議しようとすると、また乳房を刺激されて喘いでしまう。 「敏感だね」 「うう〜っ・・・・」 恥ずかしくてたまらないのか零は急にくるっと背中を向けてしまった。けれどパジャ マの脱げかけた肩や背中は無防備で、かえって遊馬を誘ってしまう。 後ろから遊馬にぎゅっと抱きしめられる零。赤い耳に囁かれる。 「だめだよ零」 「・・・・?」 「こっちのほうが、攻めやすいんだよ」 「・・・!・・・くううううっ」 囁きを聞いた耳に柔らかい舌が差し込まれる。愛撫から逃れようとする体を押さえ つけながら、ゆらすように乳房を遊馬が揉みこんだ。 「ああつ・・・。くふうっ・・・み、耳は・・・やめろ!・・・・こらァ・くううっ」 可愛い声をあげながら、抗議する零。するとすぐに遊馬は、唇を離した。 「もう、しょうがないな」 「・・・・?」 やけに素直なのに、息を整えながらも戸惑う零。遊馬の表情が見えない不安が湧 く。その不安はすぐに的中した。 「じゃあ、こっちにしよう」 長い髪を唇で掻き分けて、遊馬はうなじに息を吹きかける。零の体がしなった。 「ふあァ・・・ああっ、・・・ああっ!」 零の乱れを加勢するように、乳房の先端をいじられる。固く尖った突起がいいよう に形を変える。雪のように白かった肌が桜色に染まる。真珠ような汗が、その肌をこ ぼれ落ちた。 「あ〜、ん〜、あ〜」 鋭く短かった喘ぎにビブラートがかかりはじめた。うなじを舐めていた遊馬は、片方 の手を乳房から離し、下へはしていく。程よくしまったお腹が乱れた呼吸にあわせて 上下してた。柔らかなショーツの底の部分にのばすと、熱い太ももが手をはさんだ。 「・・・ん〜ん」 満足気な零の声。ショーツは可哀そうなぐらい湿っていたが、胸の内に体を預ける 零が安心しきっているので口にしなかった。やさしく包み込むように愛撫する。瞼を 閉じて悦びをかみ締めている横顔は、あどけない。 「可愛いよ」 赤い耳にそう囁く。紅潮した頬が、プルプル震えた。その頬に唇を押し付け、指を 動かす。ショーツ越しに感じるたよりない弾力が指にからんでくる。布団の隙間か ら、小さな水音が聞こえる。指先に小さな尖りが、ひっかかった。 「んああっ!」 激しく零の体が震えて愛撫する手を太ももが締め付けた。そのきつさに指を止めて も、零に体は小刻みに震え続けていた。 肌の震えがおさまると、遊馬は指腹で尖りを探した。太ももにまた締め付けられる が動かす空間があった。熱く湿った隙間の中で、指原がを尖りをやさしくさすり続け る。 「んん〜。んん〜」 ビブラートのかかった切なそうな喘ぎ声。少しづつ指の動きを早め強めていく。耳 の中に舌を差し込み、ふくれた胸の先端をにつまんだ。 「んん〜!・・あ、遊馬〜。遊馬〜」 弱々しく零の体がしなった。尖りを攻めていた手を掴まれてぎゅううとショーツに押 し付けられた。指の動きを止めて包み込むように圧迫する。もう片方の腕で震える 体を抱きしめた。 乱れた息がおさまるまで、遊馬は零を抱きしめていた。 * 振り返った零は恥ずかしさがこみ上げて、目をあわすことができなかった。遊馬が やさしく頬をさするとますますもじもじした。 「・・・・」 「可愛かったよ」 「・・そ、そうか・・」 それだけ言うとまた黙り込んでしまった零、おずおずと体を寄せる。遊馬はその体 を抱き寄せ、少し乱れた髪をなでた。 「・・・・」 「・・・・あ」 触れあう肌の中だんだん硬くなりだすものがある。見上げると、遊馬は困って赤い 頬をかいたが、すぐに心を決めたようでまっすぐ零を見詰めて言った。 「零が欲しい」 零も頬を赤らめてすぐに答えた。 「・・わ、私も、遊馬が欲しい」 「・・・・」 「・・・・ん」 どちらかともなく唇を寄せる。ぎこちなく唇を寄せ合いながら、遊馬は零の服を脱が せて自分の服を脱いだ。掛け布団を取り体を起こす。外気にさらされたせいか、零 は肌を震わせて乳房を隠した。 「あっ、ゴメン。寒かった?」 フルフル首を振り消え入りそうな声で零が答えた。 「・・あまり、ジロジロ見るな、恥ずかしい・・・」 「・・・・。・・・綺麗だよ、零。・・とっても」 白いシーツと乱れた髪の上で、桜色の零の肌が光って見えた。鍛錬により引き締 まりながらも女性のまるみを残した体のライン。両腕覆うっても隠し切れない胸の ふくらみ。恥毛がないために幼く見える割れ目。 「・・・あ」 不意に零が声をあげる。まじまじと見詰める視線の先に、零の体に反応した自分 のペニスがあった。視線を戻すと、零と目が合う。零はあわてて視線をそらした。 「・・い、入れるね?」 「あっ、・・・うん。・・はい・・」 なんとなくギクシャクして会話しながら体を寄せる。濡れた割れ目に亀頭をあてる と、ゆっくり腰を押し込んだ。 「「・・・ん・・」」 二人が吐息を漏らす。三分の二ほど入れて、遊馬が動きを止める。 「・・零、キツイ。・・もうちょっと緩めて・・」 その声が快楽に震えている。 「え?」 緊張して目を閉じていた零が瞼を開けて見上げる。 「零の中、すごく締め付けて気持ちいいけど・・、・・折れそう、・・・もうちょっと ・・」 「え?し、締めてない!・・・締めてないよ」 恥ずかしいことを言われた気がして、かえって体をこわばらせる零。見かねた遊馬 は、顔を寄せて唇を奪った。緊張を紛らわすように、唇を吸う。零も遊馬の頭を抱き 寄せて、それに答える。わずかに開いた歯の間から舌を差し込む、柔らかな舌同志 が絡まり、頭の奥がしびれてくる。 やっとのことで遊馬のペニスが零の奥を突いた。 「・・んんっ、・・・あんっ・・・」 舌を絡めながら零が吐息をもらす悦びに巻き込まれないように遊馬の頭を強く抱 いた。熱くぬめった零の中に、ペニスを突き上げる。喜びのたびに零の蜜壁が、きつ く締め付ける。かさねる肌の熱さ。胸板を心地よく圧迫する乳房の弾力。 けんめいに舌を絡めてくる零を、いとおしく見詰めながら、腰の動きを強めた。 「・・あっ、遊馬、・・・」 息苦しくなったのか、唇を離し零が喘いだ。蜜があふれ、挿入がスムーズになる。 さらに奥を突くように動かすと、乱れた息をあふれさす。火照る頬をすりあわせて、 囁く。 「気持ちいい?」 「・・・・」 乱れた息をかみ殺して、首をフルフル横に振る零。どうしても自分の悦びを認める のが恥ずかしいみたいだ。遊馬はそんな零に意地悪な気分になって、奥を刺激する ように腰を動かした。 「あっ!いや、いや、だめっ!」 逃げようと身をよじる体を抱きしめ、突き上げる。言葉とは裏腹に、零の蜜壁はペ ニスを甘く締め付け、飲み込もうとうごめく。遊馬の動きにあわせるように零の腰は 揺り動いていた。 「だめ〜っ!だめ〜っ!」 のどをしならせ零が痙攣した。蜜壁の強い締め付けに抗うように段と強く遊馬が腰 を打つと、熱いしぶきが二人のつながった部分から噴出し、腿を濡らした。 「あはァ・・・、はああ・・・・、ああっ・・・」 緊張が途切れた脱力した吐息を漏らすたびに、そのしぶきもこぼれていく。 (・・・潮だ・・・) 抱きとめていた腕を解き、零を見下ろす。瞳をとろけさせ零は、はあはあと荒い息 をこぼしている。桜色の乳房が呼吸のたびに、ゆるゆる揺れていた。 「・・・・」 宙をさまよっていた瞳が遊馬をとらえる。 「・・・大丈夫?」 言葉をかけるとみるみる瞳に意識が戻ってくる。顔をくしゃくしゃにして、力の入らな いグーで遊馬をポカポカ殴りだした。 「・・・だめって言っただろう!・・・言っただろう!・・・」 「・・・あたたた、・・あははは、・・・あたたた」 目に涙をうかべて怒っている表情が、可愛くてつい笑ってしまう。 「ばか者!何を笑っているんだァ!」 むくれて振り続ける手を遊馬はくみしめた。それでもジタバタする零のおでこに唇を つけた。 「・・・あっ」 肩をすくませる零。遊馬は優しく囁いた。 「ごめん。Hな零を見ると、可愛すぎて意地悪したくなるんだ」 「・・・・」 「愛してるよ」 「う〜」 くみしめた手を離しても、零は殴りかかることはなかった。遊馬はその目尻にたま った涙を拭い、やさしく髪をなでた。 「許してくれる?」 「・・・・」 すねた零がフルフル首を横に振る。 「そうか。困ったな。・・どうすればいいかな?」 「・・・・」 無言でまた零がフルフル首を振る。 (う〜ん。イヤイヤ零ちゃん) 困って頬をかいていると、零が顔を寄せて唇を奪われた。唇を離すと消え入りそう な声で零が言った。 「・・・Hな遊馬はキライだ・・・」 視線を落として、言葉を続ける。 「・・・もっと、やさしくしてくれ。・・・・遊馬のことキライになりたくない・・」 ちらっと見上げた瞳が悲しげに潤んでいた。ほんとうにそうなるのがいやなのだろう。 「うん。分かった」 「・・・・なら、いい。・・・許す・・・うん」 もじもじとそう言う。そしてまた顔を寄せて唇をつけた。 「愛してる遊馬」 唇を離して、恥ずかしそうに言う。胸がトクンっと高鳴るが、それは別のところにも 伝染し、零が肌を震わせた。頬を赤らめてにらまれた。 「なっ、なんで大きくなる!」 「ははは、・・ごめん」 二人の体はつながったままだった。あまりにだらしない自分の体が恥ずかしい遊 馬。零がしかたなさそうに、ため息をついた。 「・・・もう、ほんとに・・・。・・・・。・・・その、やさしくな?」 「うん」 「ほ、ほんとにだぞ!・・・Hなことになる遊馬は、やさしくないし・・。・・・・怖いんだからな・・・」 遊馬の即答にくってかかるが、最後のほうはもじもじして消え入りそうだった。零 の髪をなぜて遊馬は優しく「うん」と頷き唇をかさねた。零が頭を抱き寄せるのを合 図に、腰を動かした。潮のしずくが残っているのか、二人が恥ずかしくなるほど卑猥 な水音がした。 あわてた零が、遊馬の耳をふさぐように抱き直した。 聴覚をふさがれて、かえって遊馬は、鮮明に零の体を感じることになった。ペニス を突くたびに甘く締め付けてくる蜜壁。高鳴る零と自分の鼓動。胸板にこすれる乳房 の弾力。からみあう脚。髪にかかる甘酸っぱい吐息。遊馬は快楽にまかせて乱暴 にならぬように、やさしく突いていく。 絶頂の余韻が残る零の体が熱を含み、こすれあう肌から汗が湧き出る。 「ああ〜、ん〜、あ、遊馬〜」 零の喘ぎが肉体を通して聞こえた。遊馬の腰の動きにあわせて零が腰を震わして いる。蜜壁が蜜をこぼしペニスを貪欲に飲み込もうとしていた。打ち付けるたびに 弾む体に、零は抱きしめていた腕を解きシーツを掴んだ。 「あ〜。あ〜〜」 切な気に瞼を閉じて、喘ぎをこぼす唇が震えていた。遊馬は唇をかさる。口の渇き を潤すように小さな舌を吸い、腰を突き動かす。かなる唇から遊馬が、うめきに似た 声をもらす。遊馬の高まり感じて、力ない腕で零は汗ばんだ背中を抱き締める。息 を弾ます唇を離して、零は囁く。 「・・・きて、・・・あ、遊馬・・・」 その声に誘われるように、遊馬が体重を零に預ける。体を震わせて零の中に精液 を放った。零の蜜肉がペニスから精液を絞るようにうごめく。遊馬は喘ぎながら腰を 突き上げて最後の一滴まで流し込んだ。 「・・・あ、熱い・・・」 体に満ちる感覚に、零がブルブル肌を震わす。汗の匂いをかぎながら、遊馬の背 中を抱き締める。絡んだ脚にしぶきをこぼすのを荒い息をはきながら感じていた。 * 乾燥機に残っていた零のジャージとTシャツを取り出しすと、洗ったシーツを放り 込んでスイッチを押した。ゴワンゴワンと回りだすのを確認しながら取り出した服を簡 単にたたみ、電灯の消えている自分の部屋に戻った。音を立てないようにベットに 近づき眠っている零の様子を見る。やはり無理があったのか、あの後零は熱を 出した。 外灯が差し込む薄暗い部屋の中、たたんだ服をそばにあるテーブルの上に置く。 ベットに向きなおし、零の額に手をあてた。 「・・・・・」 零が瞼を開けて、遊馬を見上げた。 「・・・ごめん。起こしちゃった?」 「・・・・」 額から離した手を、布団から伸びた零の手が掴み、ぎゅっと握りしめた。 「少しでも、眠ったほうがいいよ」 「・・・・」 零がフルフル首を横に振る。 「・・・零?」 握った零の手が、遊馬を布団の中に引っ張ろうとする。しかたなく布団の中に入る と、零がこちらをじっと見詰めている。 「・・・眠りたくない・・」 熱のせいか、その声は弱々しい。 「・・・・?」 「・・・少し前に、夢を見た」 「夢?」 遊馬の問いにコクンと頷き言葉を続ける。 「起きた時には、どんな内容だった思い出せないものだったが、感覚だけが体に 残っていた。・・・あ、遊馬に抱かれる感覚だ」 「・・・・」 言葉のない遊馬から視線をそらし、握ったままの手を見詰める。 「何故そんな夢を見たのか分からない。その頃は遊馬とやっと喋れるようになった ばかりで、最初はどうしてそんな夢を見たのかひどく動揺したのだが、だんだんとどう しようもなく切なく胸が痛んでたまらなくなった・・・」 「・・・・」 「今なら、その痛みの理由が分かる気がする。そんなリアルな感覚を残しても、しょ せん夢でしかなかったのが寂しかったのだ。・・・私は、その時にはお前のことを、心 のどこかで深く慕っていたんだ・・・」 薄暗い部屋の中で、零の瞳が潤んでいるのが分かった。 「・・・・零」 零は握り締めた手をそっと頬にあてた。熱いしずくが手の甲にポトポトこぼれおちた。 「・・・・・怖いのだ。今が幸せすぎて、もしかしたら夢を見てるのかもしれないと、目 が覚めたら、あの時と同じように自分の部屋にいて、こんなに愛されたことも思い出 せないでしまうかと考えると・・、怖くて怖くて、・・・・」 感情が高まり言葉が続かなくなった零を遊馬は優しく抱き寄せた。 「大丈夫、夢じゃない。・・・これは夢じゃないんだ」 「・・・・」 「この思いを夢にさせない。・・・・誰であろうと、俺はもうそんなことは許さない。 ・・絶対に・・・」 「・・・遊馬?」 強い決意がこもった言葉に、零が顔をあげる。零が不思議そうにしていることに気 付いて遊馬は、誤魔化すようにそのおでこにキスをした。 「・・・あ」 つい肩をすくませる零。遊馬は優しく言った。 「そうだな、うん。そんなに心配なら、零が起きるまで見ていてあげる」 「・・・・え?」 「あ、それとも、見られてると眠れない?」 体を離そうとする気配に、あわてて零は抱き止めた。 「・・そ、そばにいてほしい・・」 「うん。分かったよ」 抱きついたまま、零は遊馬の胸に耳をあてた。少し高鳴っている鼓動が心地よ い。その音に身を任していると、胸のうちに湧き上がる不安が解けて消えていくのを 感じた。気がゆるみ、熱がぶり返す。頭も体も熱を含みはじめていたが、日なたでま どろむようなポカポカとした暖かな感覚。 降り続いていた雨が激しさをまし窓ガラスを叩いた。けれどその雨音は遊馬の腕 の中にいる零には届かぬようで、おだやかな寝息をこぼしはじめた。 零END |