かえるにょ

『幽霊と、寂寥仕立てのエメラルド』





「出るらしいのよっ!!」

「マ○ーの新作が!?」

 スパーーーーン!

 いつのまにか取り出したエレーンのスリッパがシャルムの頭を直撃した。

「小気味良い」

 傍らで、なぜか感心するライラ。

「いったーーーーい」

「そういうことは言っちゃいけません! ・・・と言うより、人の話聞いてた?」

「全然聞いてないよー」

「アリサ、お前が言うな」

 しかしアリサの言うことは図星だった。

 とある小さな街の小さな食堂。女の娘7人組は奇妙な生き物を1匹連れて朝食を取りにきた。

 昨日街についたばかりでこの辺りの事はよく分からない一行は、食事がてらに情報収集をしていたのだが・・・

「あ・・・あのさウィンディ、悪いんだけどもう一度話してくれる?」

「・・・どーせあなたのことだから、食べるのに夢中で私の話なんて全然聞いてなかったんでしょ」

 その言葉にシャルムは笑いながら顔を掻いたが、事実、彼女の周りだけ妙におかずが減っていた。

「ウィンディもご飯食べるにょ。朝ご飯食べないと力が出ないにょ」

「そうよ、この牛肉のステーキだって妙に豚肉っぽくて美味しいよー」

 訳の分からないことを口走る、白いローブに身を包んだ女の子、キャロット。

「・・・調味料にお酒が入っているわね・・・」

 無言で頷く一同。

 キャロットは物凄くお酒に弱い。少し口に含んだだけですぐ顔が赤くなる。

 そして言動が怪しくなるのもみんな知っていた。顔をみるとすでにアップルである。

 それでも服に何もこぼれていないのは、技と言うべきか。

「取りあえず、料理も冷めるといけないから食事をしてからもう一度ウィンディに話してもらいましょ」

 エレーンの言葉で、にぎやかな朝ご飯の時間が始まった。

「おばちゃーん、ご飯おかわりー」

「あ、あたしもーー」

「にょー」

 食堂のおばちゃんは「よく食べるわねえ」と嬉しそうな顔をしながら代わりの白飯を持ってきた。

 ポロンはテーブルの下でそんなやり取りを聞きながら無言でご飯を食べている。

 時々アリエッタが「ポロン、食べてる?」と言いながら下を覗き込む。その度に笑顔で返事をする。

 ただでさえ奇妙な生物『ぱにょ〜ん』に姿を変えているのだ。これで喋ることが分かろうものなら、他の客からおかしな目で見られかねない。

『それだけならまだしも、どこかの妖精みたいに捕まえられて見世物小屋に売られるかもしれないわよ』

 エレーンが前に言った言葉が戒めとなってポロンは無言の食事をすることになっていた。

 その代わりみんな賑やかなので不満ではないのだが。いやむしろポロンは楽しかった。

「おばちゃん、おかわりーー」

 2度目のおかわりをするポニーテールの後頭部に再びスリッパの一撃が入った。



「・・・と言うわけなのよ」

 朝食後。

 本当ならばとっくの昔に終わっているはずだった話を、再び最後まで語るウィンディ。

 丁度向かい側の席に居るシャルムも今度は流石にちゃんと話を聞いていた。

 テーブルに肘をついて両手で頬杖をついているから、傍からばボーっとしているようにも見えるが、ちゃんと聞いているらしい。

「・・・ふ〜ん、じゃあその屋敷には幽霊が出るって言うわけね」

「そうね・・・って、アリサ、ひょっとしてあなたも最初に話したの聞いてなかったの?」

「え〜っ、聞こえてたわよ」

「頭には入っていなかったわけか」

 鋭く突っ込むライラ。その鋭さにアリサは「う、い、えあ」と言葉に鳴らない声を出すしかなかった。

 わざと大きくため息をつくウィンディとエレーン。

「もう・・・」

「で、その噂、ホントなのかな?」

「あら、信憑性は高いわよ。ここの店のおばちゃんも見たことあるって言ってた訳だし」

 ウィンディがそっちのほうへと顔を向けると、上着をキャロットに掛けている店のおばちゃんが笑いながら頷いた。眠ってしまったキャロットにわざわざ値段の張りそうな上着を掛けてやっている。

「そうさね。あたしが見たのは老人の格好だったけど・・・中には女の子の姿だったって言う人も居たわねえ。しかも昼と言わず夜と言わず出るみたいだから大変なのさ」

 それでなくともあの辺は街外れに近くてならず者たちがよく見かけるからねえ、と付け加えるおばちゃん。

 腕の下で小さく寝息を立てるキャロットを見ては少しまた瞳が優しくなった。

「とにかくまあ、あまり厄介事も起こらないこの街で一番のいわく付きの場所さね。危険だから女の子だけで行っちゃあいけないよ」

 そう言ってから、おばちゃんはポロンと遊んでいるアリエッタにお菓子の入った袋を渡した。

「わーい、お菓子にょ、お菓子にょ〜」

 おおはしゃぎである。

「なんか色々と・・・すみません」

「いいさ。なんか娘がたくさん出来たみたいで嬉しいよ。ゆっくりしていくんだよ」

 エレーンにパタパタと手を振り、おばちゃんはまた調理場へと消えていった。その後すぐにライラが席を立つ。

「どうしたの?」

「ん、食器洗い手伝ってくる」

「へ? 無銭飲食してるわけじゃないよ?」

 頬杖を付いたままあほな事を言うシャルムにライラは少し笑って首を横に振った。

 ライラらしいわね、とエレーンの小声が耳に入る。

 いってらっしゃい、と小さくてを振るウィンディ。

 お菓子の袋の中身が気になるアリサ。
 
 そこでやっとシャルムは気付く。

「そっか・・・お礼みたいなものかぁ」

 そして自分も手伝おうと席を立とうとしたシャルムをウィンディが手で制した。

 怪訝そうなシャルムにエレーンは笑いながら語りかけた。

「ライラに任せましょう」

 一瞬間抜けな顔になったシャルムだが、少ししてから納得顔になる。

 調理場のほうからは楽しそうな会話が聞こえてきた。

「それにしても・・・なんか冒険の匂いがしない?」

「風味は?」

「限りなくデンジャー!」

「冒険と危険は紙一重〜二重だしね」

「うんうん、さっすがシャルム! よく分かってるじゃない!」

「分かってるのはあなた達だけよ・・・」

 エレーンのため息は何度目だろうか。

 しかしそれを見てもアリサの顔に浮かぶのは?マークだ。

「ダ・メ・よ。おばちゃんも言ってたけど、お屋敷の辺りはいろんな意味で危ないんだから」

「あれ? ウィンディ怖いの?」

「そ、そうじゃなくて・・・そりゃあ、ちょっぴり怖いけど・・・」

 だんだんと語尾が小さくなるウィンディ。

「あ。そっかウィンディはアレだったもんね。う〜んと・・・」

「低所恐怖症?」

「ナイスフォロー、シャルム!」

(ひょっとして、閉所恐怖症って言いたかったのかしら・・・)

「ウィンディは高所恐怖症でしょ。そんなことより、私もそこに行くのは反対ですからね!」

「えー」

「えー」

「えー、じゃありません」

「なんでー?」

「なんでー?」

「どうしてもです」

「ぶー」

「ぷー」

 必死に食い下がるアリサとシャルムだが、ウィンディとエレーンの拒否の砦は簡単に落ちることは無かった。

「アリエッタも行きたいよね〜?」

 分の悪くなったアリサは、ポロンと遊んでいるアリエッタに同意を求めたが、アリエッタは少し考えて「ポロンを元に戻すのが先にょ!」と答えた。

 この辺しっかりしている。

「そうよ二人とも。私たちの旅の目的を忘れたわけじゃないわよね?」

「そりゃあそうだけど・・・」

 旅の目的。

 それは奇妙な生物になってしまったポロンを元に戻すことだ。

 そのことは分かってる。でも屋敷に行ってみたい。

「あのさ・・・やっぱり僕もみんなを危険な目にはあわせたくないよ」

 机の上まで上ってきたポロンが小さくシャルムに話し掛ける。

「今の旅だって十分に危険なんだから」

 ポロンにまでこう言われてはアリサもシャルムも言い返す言葉が無かった。

「・・・じゃあ、その場所には近づかないこと。いいわね?」

「分かったよ・・・」

 少し残念そうなシャルムだったが、”まあ普通に旅するのだって十分に楽しいしね”とすぐに笑顔になる。

 笑いと元気が似合う娘である。

「・・・・・・ん・・・・・・あ・・・おはよ〜」

 ピンク色の髪がふわふわと揺れて、その少し後にキャロットが体を起こした。

「おはよ。気分はどう?」

「ちょっと頭が痛いよー」

「あ〜それはすぐ直るから」

 ウィンディはそう言いながら水を一杯持ってきた。

「身体、寒くない?」

「ウィンディの格好見てると寒いよ」

 確かに。

 黒のローブを羽織っているが、肩の辺りなど白い肌を露わにしていて速攻風邪を引きそうな格好である。

 本人曰く、足元は全然寒くないから大丈夫よ、だそうな。

「ところで、何の話をしてたの、エレーン?」

「ん? 大したことじゃないのよ」

 そうやってはぐらかすエレーンだが、キャロットは口を尖らせる。

 仲間外れにされたのが嫌なのか、純真そのものの瞳にも不満の色がありありだった。

 しかし流石にもう一度説明する気力はーー特にウィンディにはーー残っているわけも無く。

 そうこうしているうちにキャロットが拗ねはじめた。

「いいもんいいもん・・・」

 むくれ顔のまま席を立つと、一行の荷物の束からライラの剣を取り出し、鞘から抜いた。

 ウィンディがハテナ顔になる。

「それ、どうするのキャロット?」

「一人クロスボンバーの練習するもん・・・」

「!」

「!!」

「!!!」

「その剣両刃だにょ〜・・・」

 キャロットならやりかねない。

 そう思った残りのメンバーはよってたかって白いローブの女の子を止めにかかった。

「賑やかやね」

「いつものことですから」

 器用に皿を洗いながら答えるライラ。

 もっとも、これだけ賑やかだから楽しいんだよね、と心の中で続けた。



 結局、ウィンディはその屋敷の話を3回する羽目になりましたとさ。

「い〜〜〜ゃ〜〜・・・・・・」



 食堂を出ると、少し寒そうな街並みをお日様が必死で暖めていた。

 そろそろ昼も近いと言うこともあって、人もかなりの人数が往来していた。

 一般の人々に加え、槍を持った警備兵の姿も見える。

 警備兵といっても、帝国から派遣されたれっきとした兵士と言うことだ。

「今度は槍も扱ってみたいな〜」

 瞳を輝かせながらシャルムがちょっと物騒なことを言う。

 そんな声は喧騒の中に混じりあい、形もなく空に消えた。

 天気は良いが、流れる風は少し冷たい。

 雪が積もることもないが、海水浴など考えられない。

 この地域は一年中こんな感じの天気なのだという。

 また吹いてきた風が鮮やかな色をしたシャルムの髪を揺らしていく。

「う〜寒い」

「・・・そりゃあシャルムが半袖だからでしょうよ」

 だからエレーンの言った通りに上着羽織ればよかったのよ、と呆れ顔で突っ込むアリサ。こちらは上着2枚を追加で着用し完全防備である。

少し我慢していたシャルムだが、やはり寒いものは寒い。

「アリサ、上着一枚貸して」

「だーめ」

「じゃ、2枚でいーよ」

「増えてるわよ!」

「ならそのスカートで・・・」

「街中で脱げって言うの!!」

「あたしのスパッツと交換でいいからさ〜」

 ごすっ!!

 返事は脳天チョップで返ってきた。かなりまともに入ったのか、シャルムは後頭部を抑えたまま、声にならない声を出す。

 その場に屈みこむ事、数秒。

「いった〜〜〜、少しは加減しろよ!」

「したわよ! 普段の力に普段の2分の1の力を足してやったわよ!  ・・・それより、早く買うもの買ってみんなのところに戻りましょ!」

 言うだけ言って足早に歩き出すアリサ。微妙に顔が赤い。

 まだジンジン痛む後頭部を抑えながら、遅れまいとシャルムが追いかけた。

 シャルムが横に追いつくと、アリサは歩く速度を元に戻す。そのまま暫く無言で歩いていたが、

「はい!」

 羽織っていた上着を一枚脱ぐと、顔は向けずにその上着をシャルムに差し出した。

 訳がわからないという顔をするシャルムに、一層間近に上着を押し付け、

「風邪でも引かれると、みんなに迷惑がかかるでしょ!」

 口早にアリサが喋った。

 シャルムは少しの間きょとんっ、とした顔をしていたが、ややあって、その上着を受け取った。

「ありがと、アリサ!」

「もう、大きな声で変な事言わないでよ。すれ違った人笑ってたじゃないさっき」

 アリサの顔は、まだ赤い。

「あ〜そういうことか。ごめんごめん」

「まったく、シャルムはいつもそうなんだから・・・早く薬買って帰りましょう」

 再びアリサが歩き出す。青色のツインテールがふわりと揺れた。

 食堂を出た一行は、それぞれの行動に移っていた。シャルムとアリサは傷薬などの買出し、である。

 当初、この二人だけの行動に難色を示したのはウィンディだった。もっとも、”何かに巻き込まれるんじゃ”ではなく”何か厄介なことを持ってくるんじゃないか”を心配していたようだが。

 しかし、単純に薬の買出しだけだし必要以上のお金を持たせないから大丈夫だろうというエレーンの言葉で、ある程度納得したようだった。

 その後に胸を張る二人にまた若干不安を終えたようだが。

「・・・しっかし、傷薬なんて買わなくてもポロン君のヒーリングで良いんじゃないの?」

「そのポロン君のための傷薬じゃない。それに私たちも携帯しておかないと。ポロン君の回復魔法が追いつかないことだってあるんだからね。何せ相手はモンスターなんだから」

 アリサの言うことは最もである。

 少しずつ強くはなっている。それが自分でも分かる。だからと言っていきなり自分より強いモンスターに出会わないとも限らない。第一、ポロンが倒れてしまってはおしまいなのだ。

「でも人間に戻ったときのポロン君は相当強いみたいだけどね」

 もし人間に戻ってからも一緒に居られるのなら、格闘術も教えてもらいたいなあ・・・

 シャルムはそんなことを考えていた。

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

「ねえアリサ、なんだかおかしくない?」

「うん、あたしもそう思ってた」

 答えてアリサは立ち止まる。シャルムも歩みを止めた。

 周りを見渡すと喧騒も薄れ、行き交う人々もまばらである。「ナマズの電気入りドジョウ、28Gだよ!」などと怪しい威勢を上げていた魚屋の声も聞こえない。代わりに風に揺れる木々の音がかすかに耳に当たる。

 明らかに街道から離れていた。

「道具屋さんは歩いて10分もかからないって聞いていたけど」

「行き過ぎたみたいだね」

 もうかれこれ30分近くは歩いている。

 アリサは女主人に書いてもらった地図を開いてみた。シャルムも一緒に覗き込む。

 しばし考え込む二人。

「・・・街道から入っていく路地を間違えちゃったみたいね・・・」

 よくもまあ分かりづらい所にあるものだ道具屋のくせに、などと悪態をつくシャルムだが、半分自分の所為で行き過ぎたということを全く分かっていない様子。

「それにしても・・・」

 地図を見ながら、アリサは渋面になった。全く土地勘が無いというのに、この状況。当然のごとく、今自分たちが居る場所まで地図に記されているわけではなかった。

「困ったわね〜・・・」

「何を困っているんだい、お嬢さん方?」

 不意に後ろから声がかかり、振り返る二人。

 見れば男が二人立っていた。

 二人ともシャルムが少し見上げるほど大柄で、厚手のレザーアーマーの上から色違いのマンとを羽織り、腰にはショートソード。片方の男はボサボサの髪を後ろで束ね、もう片方は坊主頭である。

 見ればいかにもな悪人顔なのだが、さらに親切心のかけらも無いような笑みを顔に貼り付けているのだから醜悪なことこの上ない。

 当然のごとく、シャルムとアリサは身構える。

「お〜いおい、そんな怖い顔すんなって」

「そうそう、俺たち怪しいもんじゃないから。お嬢さん方が困ってるみたいだから手伝ってやろうと思ってさ」

 ニヤニヤとした笑いを崩さずに、男たちは続ける。

「二人で歩きつづけて疲れたんだろ? そこに俺たちの小屋があるから少し休んでいけよ」

 いいながら坊主頭の男は親指で後方の小屋を指差した。

 はぁ・・・とため息をつくシャルム。

「今時そんな誘い方で付いて行く女の子なんて世界中探したって居ないよ・・・顔と誘い方1から修正してきて出直して還れっ!」

「な・・・なんだとっ!?」

 坊主頭の男の頭に血が上った。

「図星差されたからって蛸みたいになっちゃって。旅人襲うことしか頭に無いの? 頭柔らかいだけ蛸のほうがマシだよ」

 坊主頭の男は蛸のように顔を真っ赤にさせながら唸った。怒りで声も出ないといった感じである。

 片側の男は努めて冷静に、しかし若干肩を震わせながら腰の剣を抜いた。

「けっ、折角痛い目を見ずにいい気持ちにさせてやろうと思ったのによ!」

 そしてシャルムを睨み付けながらショートソードに舌を這わせた。

 途端、

「いでっ!!」

 肩が震えていた所為で手元が狂ったのか、唇をそのまま切ってしまい、情けない声を上げる。

「うぅ・・・いてぇよぉ・・・」

「おい! 大丈夫か!? ・・・人が下手に出てりゃあいい気になりやがって!」

 蛸が最高潮に達した。

「あんた達みたいに色々情けない悪党も珍しいよ・・・」

「うるせぇっ!」

 蛸が剣を抜いてアリサに向かって突きを入れる。

「わわゎっ!!」

 両手をバタバタさせながら言葉とは違って意外と余裕で身体を捻るアリサ。

 そのまま無防備になった蛸の足を引っ掛けた。

「うををっ!?」

 突っ込んできた勢いそのままに顔から地面に突っ伏す蛸。

 べちゃっ!

「アイスクリームだったら物凄いガッカリするね」

 しかし地面とキスをしたのはアイスではなく蛸だった。

「てめぇっ!」

 自分で唇を切った男が立ち直り、アリサに向かって斬りつける。

 その右手首をガシッ! とシャルムの左手が掴んだ!

「げげっ!」

「りゃあっ!!!」

 男が驚きの声を上げるのと同時にシャルムの右の拳が男のみぞおち辺りにめり込んだ。

 どんっ!!!

 男は声にならない声を上げてその場にうずくまる。レザーアーマーの上からとはいえ、かなり効いたらしい。

 シャルムは自分の拳を見つめたまま、にや〜と嬉しそうな笑みを浮かべた。

「あたしってば、こんなに強くなっていたのねっ」

「こ・・・こいつら、強え!」

 蛸が立ち上がりうずくまっている男に肩を貸した。そのまま女の子たちとの距離を取る二人。

「どうするの? このまま大人しく引き上げる? それとも子供みたいに駄々こ・・・」

「そこのお前ら、何をしている!!」

 アリサの口上が遮られる。

 声のした方向を見ると、重そうな鎧を身にまとい、手には槍を持った警備兵が二人。両方とも険しい表情でシャルムとアリサを見ていた。

 アリサが内心助かったと思ったのもつかの間。

 警備兵は近寄ってくると、いきなりアリサの手を掴んだ。

「!!」

「ちょっと何するんだよ!」

 もう一人の兵士も強引にシャルムの腕を掴む。

「黙れ! お前らの所業は明白。この街で暴力沙汰を起こすとはいい度胸だ!」

「ちょ、ちょっと! あたしたちは襲われそうになったから身を守っただけだよ」

「問答無用!! こっちへ来い!」

 訳が分からなくなるシャルム。

 この状況でどうしてこっちが捕まらなければいけないのだろう。確かに一撃喰らわせはしたけどそれだけだ。相手は剣だって抜いてる。普通は双方から話を聞くはずだ。一方的にこっちが捕まる理由なんて無い。

 襲ってきた男たちの方を見ると、変な汗は掻いているが顔には下卑びた笑いが戻っていた。

 そんな疑問詞付きのシャルムなどお構いなしに、兵士たちは二人の腕を掴みながら小屋のほうへと歩き出した。

 ・・・?・・・

 小屋のほうへ・・・・・・?

「!!!」

 反射的にシャルムは兵士に頭突きを喰らわせ、怯んだ隙にひざの裏を蹴って転ばせた。

「あっ、貴様っ!!」

 驚きの声を上げるもう一人の兵士に向かってタックルをかます。

 衝撃でアリサを掴んでいる腕が外れた。そのままアリサが相手の脇腹に肘を入れる。

「ぐっ!」

「逃げるよアリサっ!!」

「うんっ!!」

 言うが早いか、二人は駆け出した。

「ちっ!」

「追え! 追うんだ!」

 男たちの怒声が聞こえて、間髪居れずに指笛が鳴った。

 ちらりとアリサが後ろを見ると、小屋から数人の男が飛び出してくる。

「シャルム! やっぱり・・・」

「うん・・・警備兵も仲間みたいだ」

 シャルムも一度だけ後ろを振り返ると、全力で走り出した。

「おい、早えぞあいつら!」

「お前ら、ロングホーントレインで追いかけろ!」

「ああぁぁ・・・鎧が・・・重い・・・・・・ぜえぜえ」

 男たちの声は遠ざかっていった。


「もう・・・なんなのよ、あいつら!」

 暫くの間全速力で走ったためか肩で息をしながらアリサが悪態をつく。

 同感だと言わんばかりにシャルムが首を縦に振った。こちらは殆ど息を切らしていない。

 その場にしゃがみこんでブチブチと草を抜きながら、アリサの息が整うまで待つ。雑草を見つめる黄色の瞳には不快感がありありと混ざっていた。

「ん、ありがとシャルム。もういーわよ・・・あーあ、走ったらちょっと汗かいちゃった」

「帰ったらまず最初にお風呂だね」

「うん・・・帰ったら、ねぇ・・・・・・」

 途端、二人とも渋面になる。

 ただでさえ道に迷っていた上に追手から逃げるために無我夢中で走ったのだ。もはや無事に宿まで辿り着けるかどうかも疑問だ。

 流石にみんな探し始めているだろうが、かと言って簡単に仲間と会えるとは思えない。

「こんなことだったらさっきの兵士もぶっ飛ばしておくんだったなー」

 手を頭の後ろに組んで歩きながら、シャルム。口調はあっけらかんとしているが、空元気だということはアリサにはすぐわかった。

「あたしもガツンとやりたかったけどね・・・」

 だが、相手はゴロツキとつるんでいるとは言え、れっきとした兵士である。倒そうものなら面倒なことにもなるし、ひょっとしたらこの街にいられなくなるかもしれない。昨日着いたばかりで、まだ次の行き先さえ分かっていないのだ。

 シャルムもそれが分かっていたから、あの場で逃げの一手を選んだのだ。

 その選択は間違っていなかったと思うが、結果は現状悪化。

 何とかならないものかとアリサが大きくため息をつく。

 と。

 隣りを歩いていたシャルムが立ち止まった。

「どしたの?」

「いや、何だか・・・」

 綺麗に日焼けしたシャルムの顔は真剣そのものだった。

 怪訝な表情を見せたアリサだが、すぐに「先行くよ」と歩き出した。

 途端。

 ヒュッ!

「アリサっ!」

 シャルムの腕が後ろからアリサを抱きとめる。その胸元を矢が横切っていった。

 アリサの顔から、血の気が引いた。

「いたたたた・・・」

「シャルム?」

 顔をしかめるシャルムのほうを振り向くと、右腕に小さな裂傷が出来、血が滲んでいた。

「ごめん・・・」

「かすり傷だよ。それより・・・逃げるよ!」

 言うが早いかダッシュをする二人。

 茂みから指笛の音が響いた。

「くそっ、あの蛸め! 茹でてやりたいよ!」

 シャルムは歯噛みしたが、今は逃げるのみである。

 ダダダダダッ!!

 タッタッタッ!

 そしてまたどこだか分からない道を走りつづけた。回りの景色が勢いよく変わっていくが、そんなものに目をやっている暇はない。

 シャルムの息があがってきた。

「? ・・・」

 自分でもなぜかは分からないが、構わず走るシャルム。捕まったら何をされるか分かったものじゃない。

 やがて。

 二人は大きなレンガの壁に突き当たった。そこから右へと進路を取ると、レンガの壁が続いている。

 どこかの城壁かと勘違いするほど、それは遠くまで続いていた。レンガの向こう側には古びた洋館。

 二人は呆然と立ち尽くす。

「シャルム、これって・・・」

「うん・・・ウィンディが言ってたお化け屋敷に違いないね」

 アリサが視線を遠くに移すと、両開きの入り口が目に入った。

「シャルム、この中に入ってやり過ごそう」

「はぁ?」

 一瞬驚いた顔になるが、シャルムはニッと笑って、

「ついでに中を探検しようか」

 目を輝かせた。

「ちょっと、そんなつもりは無いわよ。ウィンディたちにも止められてるんだから! やり過ごすだけだよ」

「でも、こんなチャンスは多分無いよ。ここは絶対中まで入るべきだって!」

「だーめ」

「いーや」

 顔を突きつけ合わせる二人。

「だーめ!」

「いーや!」

「だ〜〜めっ!!」

「い〜〜・・・あ・・・」

 急にガクンッとシャルムの身体がバランスを崩した。そのままアリサの方へと倒れていく。

「・・・ぁ・・あ・・・・・・れ・・・・・・?」

「ちょ・・・ちょっとシャルム? シャルム!」

 何とかシャルムの身体を抱きかかえるアリサ。その時、背中がゾクッとするような感覚を覚え、反射的に剣を取り出した。

 殺傷能力など全くなさそうな可愛いデザインの剣を右手で構え、振り返ると同時に空中に五紡星を描きながら呪を唱える。

「アリウ・・・ジブリル・・・エトワール・・・・・・やあっ!!!」

 空間が星の形に光り、そこから眩しい光の帯が凄まじい勢いで前進する!!

 ドンッ!

「ぐえっ!」

 情けない声を上げて男が吹き飛ばされた。手からショートソードがこぼれる。

「あ〜あ、油断しちゃって」

 別のところから声。そちらを見ればゴロツキの仲間だろう、いかにも怪しい顔をした男がニヤニヤしながらアリサたちのほうへと歩いてきた。

 −−囲まれたーー

 アリサは直感した。それを肯定するように次々と姿をあらわす男達。その数ざっと20余数。

 圧倒的有利から来る余裕が、彼らの顔に笑いとなって刻まれていた。

 流石にこの数では、いくらアリサが強くなっているとは言え勝ち目が無い。シャルムと組めばあるいは何とかなるかもしれないが、そのシャルムはアリサの腕の中で身体中を硬直させていた。

 アリサの頬を一筋の汗が伝う。

 男たちがザッと足を一歩踏み込んだ。

 アリサが一歩下がる。

「シャルムに・・・なにをしたのよ!」

「んん? ・・・ああ、俺ら特製の痺れ薬さ。かすり傷ひとつでも効果は抜群だ、へっへっへ・・・ちまちまと逃げやがるからこうなるんだぜ」

 アリサにあしらわれた蛸の頭のような男が言うと、警備兵の姿をしたゴロツキが続ける。

「ま、死ぬことはねえよ。殺しちまったらもったいねえからなあ」

 そのままアリサの方へと手を伸ばしながら迫る。

 左腕にシャルムを抱えたまま、アリサは剣を構えた。

「アリウ・・・ジブリル・・・エト・・・っ!」

 視界の隅に弓を構える男の姿が見え、反射的にアリサは身を翻した。

 ヒュッ!

 一呼吸遅れてすぐ脇を一筋の光が横切っていった。

「妙な真似はするんじゃねえ。てめえも痺れたいのか?」

 蛸が合図すると、弓を持った男がアリサに狙いを定めたまま、弓を引いた。

「大人しくしていればいい目にあわせてやるよ」

「くっ!」

 囲みを絞るように迫ってくるゴロツキたちを前に、アリサはじりじりと後退するしかなかった。

 ドンッ!

 外壁にアリサの背中が付く。

 それが合図のように剣が手から落ち、アリサはヘナヘナとその場に座り込んだ。

「さあ、パーティの始まりだ」

 一番先頭の男が地面に落ちた剣を蹴飛ばした。

 その直後だった。

 ドガッッッ!!

「な、なんだっ!?」

 驚愕の声を上げ、男たちはそちらのほうに視線を向ける。

 アリサの5メートルほど左側ーーちょうど洋館の扉のところで何かが爆ぜていた。

 星のような形に黒く焦げたその扉が、軋んだ音を立ててゆっくりと開く。

 傍らにはアリサの剣。

 そしてその直後。

『グルルルルル・・・・・・』

 肉食獣のような低音の唸り声が響いてきた。

 姿は見えない。

 アリサはシャルムを抱えたまま、扉のほうを凝視していた。

 ゴロツキたちも固まったまま、同じ方向を見つめていた。

 刹那ーー

「ぎゃああぁぁ!」

 絶叫がアリサの右手側ーー扉と正反対のほうから聞こえてきた。

 一斉にそっちのほうを振り向く。

 ドサッ!

 ゴロツキの一人の右腕がショートソードを握ったままで地面に落ちたのは、アリサが振り向いたのと同時だった。

 鋭く息を呑み、口元を抑えるアリサ。

「なっ、何だこいつは!?」

 誰かが声を上げた。

「い、犬か!?」

「馬鹿やろう! ただの犬があんな牙と目をしているかよ! どう見たってモンスターだ!」

「弓だ! 弓を射ろ!!」

 その声を聞き、射撃手が犬のようなモンスターめがけて矢を射た。

 が。

「ガウゥッ!」

 モンスターが短く吠えると、矢が急に勢いを失い、途中で地面に落ちた。

『なっ・・・!』

 男たちは驚愕の目で、そのモンスターを見た。

 大きさは中型犬くらい。栗色の毛並みと4本足で大地を掴むさまは普通の犬と変わらない。だが、その瞳は狂気の色をしてにごっており、上の歯から伸びる2本の牙はあごの下まで来ており、今は赤い血に染まっていた。

 再びその口から低い唸り声が上がった。

「・・・・・・っちっ! まずはあの犬っころからだ! 行・・・」

 そこで男の声は止まった。

 その目が信じられないと言う言葉を代弁していた。

 そしてその表情のまま、男の顔は無残にも引き裂かれる。

 つい一瞬前までは数10メートル離れていたモンスターが、血を流して倒れた男の死骸の横に立っていた。

「ひっ・・・!」

 その目が、兵士のほうへと向けられる。

 反射的に兵士は、右手を上げてみを竦めた。

 バキッ!

 モンスターの牙が、持っていた鋼の槍をいとも容易く砕く。

 それが合図だった。

『うわあああぁぁぁぁ!!!』

 情けない声を上げて逃げ惑うゴロツキたち。

「逃げろ! とても歯がたたねえ!」

「でも、あの女たちは・・・」

「馬鹿やろう! こっちが死んじまうぞ!」

「逃げるんだ逃げるんだ逃げるんだ!」

「ああ・・俺の腕がぁ・・・」

「そんなもんボンドで付けておけ!」

 口々に叫びながら逃げていくが、逃げ遅れたものは何人か、牙や爪で傷を負った。

 やがて男たちの声も聞こえなくなる。

「あ・・・・・・ぁ・・・・・・」

 一連の出来事をアリサはただ見つめることしか出来なかった。安堵よりも恐怖のほうが強い。

 足がガクガクと震えて言うことを聞かない。

 モンスターがアリサたちの方を見る。

 目が合った。

 背筋が凍りつく。

 モンスターは一歩一歩近づいてくる。

 アリサは動けないまま、シャルムの身体をキュッと抱いた。

(もうダメだ・・・)

 その距離が5メートルくらいになったとき、アリサは瞳を閉じた。

 地を駆ける音がしたような気がした。

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 フワッと小さく空気が動き、アリサの青い髪が揺れる。

 頭に温かい感触。

 それは人の手のような感触。

「・・・・・・え・・・・・・?」

 恐る恐る目を開けてみる。

 傍らにいたのは小さな少女。白いワンピースに青い瞳。腰の辺りまである黒髪はとてもとても綺麗に輝いていた。

 恐らくアリエッタより2つくらい年上だろう。

 少女は右手をアリサの頭に当てたまま、その瞳を覗き込んだ。

 「・・・え・・あ、うん・・・大丈夫。もうダメかと思ったけど・・・」

 そこで言葉を止めて辺りを見回す。さっきのモンスターの行方を探してみた。

「げっ」

 少女のすぐ横に居た。思わず顔が引きつる。

 だが、ゴロツキどもを切り裂いていたモンスターの影はどこにも無く、普通の犬のように少女の横で鼻を鳴らしている。

 何だかおかしな夢を見ているようでアリサは苦笑するしかなかった。

 少女の視線はアリサから、彼女が抱えるように抱いているシャルムへと移動した。

 シャルムは明らかに辛そうだった。黄色の瞳は曇り、かろうじてアリサの顔を見つめている。身体はピクリとも動かせないようで汗だけが流れていた。

「シャルム・・・」

 アリサがちょっと泣きそうな顔になる。

「ねえ、この辺に医者とかいない? それでなければどこか横に出来るところ。屋敷の中は・・・ちょっと嫌なんだけど」

 アリサが頼み込むが、少女は無言で左手を口元に当てたまま、困惑顔になる。

「ねえ・・・そういえば、あなたの名前は? ・・・あ、私はアリサ。こっちで横になっているのがシャルムって言うの」

 しかし、少女はやはり無言のままだった。シャルムの瞳を覗き込んでいたが、さっきよりも更に困惑顔になる。

 横に居た犬が力なく鳴いた。

 太陽が南を少し通り過ぎたばかりだと言うのに、寒さの色が少しずつ濃くなるのが目に見えて分かってきた。ひょっとすると風邪を引いてしまうかもしれない。

 少女は困った顔のままアリサの方へと視線を戻しーー急にパッと表情が明るくなった。

「え?」

 首だけ振り返ると、向こうから男が一人こちらへ向かってくる。一瞬ゴロツキの仲間かと思ったが、どうやらそうではないようだ。

 少女がそちらのほうへと駆け出しーー

 ゴンッ!

 まるで見えない壁に当たったかのように少女の身体が押し返された。半べそのまま頭を抑える少女。

 本当に透明な壁にぶつかったらしい。犬が心配そうに鼻を鳴らす。

「あ・・・」

 そこでアリサはやっと気付いた。

 少女の両足首から下が無いことに。

(幽・・・霊・・・・・・)

『あたしが見たのは少女の姿だったけどね・・・』

 料理屋のおばちゃんの声が頭の中にリフレインする。

 少し足が震えたが、同時に抑えることの出来ない好奇心もアリサの中に芽生えていた。

 やがて男が少女のすぐ横まで辿り着くと、幽霊の少女は抱きついて男の背中に手を回した。

 男は中肉中背で黒い瞳に黒い髪をしていた。薄い色のゆったりとした服を着ているがお世辞にもセンスが良いとはいえない。左手には色々と入っていそうな麻袋を持っていた。

「ん? どした?」

 男は少女の頭を撫でながら、優しく話し掛けた。少女は男の顔を見上げたままアリサたちの方を指差す。

 そのまま男はアリサの方へと近づいてきた。

(もし、あっちも幽霊だったら・・・・・・)

 不安と期待の混じった表情でアリサは近づいてくる男に視線を合わせた。

 男が何かをスッと差し出す。

「はいよ」

「・・・・・・?・・・・・・」

「この剣、お嬢ちゃんのだろ?」

 言われて手の中を見てみると、確かにアリサの剣だった。

「ど、ど、どうもありがーーって・・・え?」

 アリサの声がいきなり裏返った。

 剣が落ちてたのは屋敷の門の前。男が歩いてきたのは門からアリサを挟んで反対側。

 いつの間に拾ってきたんだろう? やっぱりーー

「幽霊を見るような瞳でこっち見ないでくれよ、照れるから」

 不意の言葉にアリサはドキッとした。

「それは俺は幽霊なんかじゃないから。・・・・・・んで、横のお嬢ちゃん、痺れてるんだって?」

 妙に明るい口調だったが、アリサが驚くには十分な言葉だった。男は「ああ、彼女がそう言いたげだったから」と親指で幽霊の少女を指差した。

 色々と問い詰めてみたかったが、シャルムの治療が先だ。状態を知っているのなら話は早い。

「あ、あの・・・・・・何とかなります?」

「うん、なんとかするよ」

「ホント?」

「いや、じゃないと話進まないし」

「へ?」

 妙な台詞に間抜け面になったアリサだが、男は構わずシャルムの顔を覗き込んだ。

 シャルムの瞳が男のほうへ動いたような気がした。

「おーい、返事できるかー?」

 シャルムが首を振ろうとしたが、うまく動かせないようだ。

「いやーこれは結構厄介な薬使われたみたいだなあ」

「何とかなります?」

「まあお兄さんこう見えても薬師だからね。ただ、調合するのはいいけどこのままだと飲めないだろうしなあ」

 仕方ないかと男がつぶやくと、右手が動き、シャルムの胸に手のひらを当てた。

「ちょ・・・・ちょっと、何してるんですか!?」

「読者サービス」

「アリウ・ジブリル・エトワー・・・」

「ごめんごめん、嘘」

 アリサの剣が光ったのを見て、男は慌てて訂正した。だが、右手はそのままだ。

「じゃあその手を離しなさいよ」

「いや、もうちょっとまって」

「ふざけっ・・・」

 抗議の声を上げようとしたアリサの肩を、ポンッと誰かが叩く。

 視線を反すと、幽霊の少女がにっこり笑ってアリサを見つめていた。

「ねえ・・・あの人頼りになるの・・・?」

 半眼で少女を見たアリサだが、少女は笑ったまま男を指差した。

 そちらを見ると、男の右手が白くぼんやりと光り、シャルムの身体を小さく照らしていた。

 やがて、光が消える。

「おーい、喋れるかー?」

「・・・・・・何とか・・・」

 か細くシャルムの返事が返ってきた。

「シャルム!!」

「よし、これで何とか薬飲ませられそうだな。一応簡単な神官の技能持って居て役に立ったよ」

 そう言うと、男は麻袋からすり鉢と色々な種類の薬草を取り出した。

 それらをすり潰し始める。

 少女がやってきて、その様子を面白そうに見ていた。

「シャルム・・・ごめんね・・・」

「大丈夫・・・だ〜いじょーぶ・・・」

 これだけ声に元気が無いシャルムを見るのはいつ以来だろうか。

 アリサの瞳が潤んでくる。

「だーいじょうぶだって・・・さっきより楽になってるから・・・ってか、アリサの膝枕って初めてだね・・・」

「ボーイフレンドみたいな台詞言わないの・・・」

 涙が一滴、シャルムの頬へ落ちた。

「ほい、完成」

 男が小皿に怪しげな色の粉末をよそい、アリサに差し出す。

「ほい」

「・・・このお盆は何? それと一緒に乗っかってるホカホカの白飯と牛肉のステーキは?」

「読者サービス」

「どこの読者が喜ぶのよっ!」

 怒りのままに突っ込むと、男は「外国産は一応貴重なのに……」と訳の分からないことを呟く。

 助けてもらってなんだけど、この人絶対おかしい、アリサは思った。

 取り敢えず、水ももらって薬をシャルムの口へ流した。

「これで、あと2,30分もすれば歩く程度は出来るようになるよ」

「一応、お礼言っておくね。ありがとう」

「お礼はその子に言ってやってくれ」

 そう言って男が幽霊の少女を指差す。アリサとシャルムが礼を言うと、少女は少し照れくさそうな笑いを浮かべた。

「取り敢えず、すぐに動けるようにはなるが・・・結構厄介な薬使われてるから、完全に回復するまでには2日くらい掛かるかもよ」

「えーっ、そんなに?」

「まあ神官にちゃんと治癒してもらえば別だけどね」

「そっか・・・」

「痺れ薬自体は解毒したんだけどその解毒剤の副作用みたいなものかな。少しレベルの高いヒーリング使えれば全然問題ないけどね」

「むー・・・あっ」

 アリサの頭にポロンの顔が浮かんだ。

「大丈夫です。神官なら居ますから」

「そっか」

 男は相槌を打つと、スッと立ち上がり、いきなりシャルムの身体を抱え上げた。

 驚きながら顔を赤くするシャルム。

「ちょ・・・ちょっとシャルムをどうするの? ってか、なんでお姫様抱っこなの!?」

「ここは寒いから、少し暖かい場所に移動するよ」

 男はさらっと言いのけた。横では幽霊の少女が少し頬を膨らませている。

「ここの屋敷の庭はちょいとわけありで温度も快適だ。俺としてはこの子安静にさせるならそっちのほうがいいと思うけどな」

 大丈夫、屋敷には入らないから、と男は付け加えた。

 半ば強引だったが、アリサは納得するしかなかった。

「ま・・・まあ、ほんの2,30分だし・・・」



 男はリファスと名乗った。アリサたちと同じく旅人らしい。珍しい薬草とかを探しながら旅をしているのだそうだ。

「まあ本当ならここもすでに出立している予定だったんだけどなあ」

 シャルムを抱えたまま、リファスは幽霊の女の子に目をやった。

「この子が心配でね」

「その子が?」

「まあね」

 答えながら、男は敷地内への扉を押した。

 アリサの瞳に美しい景色が映る。

 思わず小さく声を上げる二人。

 そこは一面の花畑だった。四季折々の花たちが風に揺られて小さく呼吸をしている。

 右に朝顔、左にひまわり。血のように赤い桜やよどみの欠片も見えない白薔薇。

 視界に埋め尽くされたのは半ば幻想的とも言える、そんな光景だった。

「そりゃ俺も最初は驚いたよ」

 草地にシャルムの身体を寝かせながら、リファスは続けた。

「一瞬だけ、『どっきり』とかかれたプラカードを持ったヘルメットのお兄さんが居ないかどうか探したね」

「綺麗・・・」

「でも・・・手入れ大変そうだ」

 乙女心も何も無い感想をシャルムが言う。

「花は枯れないよ」

「え?」

「いや・・・なんでもない」

 リファスの呟きは、アリサとシャルムの耳には届かなかった。

「ところでさ・・・」

 アリサがリファスに向かって問い掛ける。

「どした?」

「この子、さっきからあたしの袖掴んで離さないんだけど・・・」

「わーい」

「いや、わーいじゃなくって・・・ってか、逆の袖も引っ張られ始めて・・・って・・・きゃあっ!!」

 反射的に右の手を引っ込めるアリサ。

 ビリッと音がして、犬が咥えていた袖が破れて落ちた。

「あ・・・あ・・・あうあう・・・ぁぅぁぅ・・・お気に入りの服だったのに・・・・・・」

 相手が犬(のようなモンスター)では当たるに当たれない。

 幽霊の少女がアリサの正面にきて、申し訳なさそうな顔をして何度も頭を下げる。

「ううん、いいの、いいのよ・・・いい・・・え〜ん」

 両方半泣きだった。

 シャルムは小さくため息をつき、リファスは面白そうに見ている。

 少女は今度は怒ったような顔をして、アリサの服を破った犬の頭をぽかぽかと叩いた。うなだれる犬。弱弱しく鼻が鳴った。

「・・・・・・もういいよ。破けちゃったのは仕方ないから」

 少し立ち直ったアリサが、少女に向かって優しく言葉をかける。

 潤んだ少女の瞳がアリサのほうを向き、上目遣いで見上げた。

「うん。大丈夫。怒ってるわけじゃないから」

 言いながら『何だかアリエッタを宥めているような気分だなあ』などと思いを走らせるアリサ。

「いつもはアリエッタに注意されてるのにねー」

「あたしの心読むなあっ!」

「面白いなあお前さんたち」

『あんたは不気味』

 ハモるアリサとシャルム。

「そういうことを言うのなら今日の晩御飯はおやつ抜きだ」

『・・・・・・・・・・・・』

 あやしい・・・あやしい・・・・・

 アリサもシャルムもその思いで一杯だった。

 ポンポンッと、アリサの背中が叩かれる。

「?」

 振り返ると、少女がアリサを見上げていた。

 そのままスッと右手をつなぐ。

「どうしたの?」

「一緒に遊ぼうと言いたげだぞ」

「そうなの? いいよ。このお庭、案内してくれる」

 アリサがそう答えると、少女の顔がパッと明るくなった。

 黒い髪がふわりと揺れて少女は駆け出した。

 犬がその後ろを走ってついていく。

「遅くならないうちになー」

 後ろからリファスの声が聞こえてくる。

 3つの影が花畑の中へ溶け込んでいく。



「よいしょ・・・・・・っと」

 シャルムが上体を起こす。

「お、動けるようになったのか」

「まだ下半身が痺れてるけどね・・・あ、そう言えば」

「どした?」

「ありがとう、って言ってなかったよね?」

 シャルムがリファスに向かって頭を下げた。

「首の体操?」

「ちがわい」

「何だ、残念」

 首の体操をしたままで、シャルムは深いため息をついた。

「助けてもらってなんだけどさ・・・あんたちょっとおかしいよ」

「そうか? う〜む・・・なるべく警戒されないような感じで来たんだけどなあ」

「じゅーぶんあやしい」

 シャルムは顔を上げて眼前に広がる花畑を見た。少し遠くのほうまで行ったのだろうか、視力の良いシャルムでもアリサたちの姿を見つけることは出来なかった。

 その代わりに、色とりどりの花がシャルムの瞳に訴えかけてくる。

「綺麗だね〜・・・」

「似合うんじゃないか?」

「へ?」

「お嬢ちゃんがあの中に入っていってもさ」

「へ? へ? へ? ・・・・・・・そんな、あたしにはちょっと・・・イメージ違うってみんな言うよ」

「う〜む、確かに木に登ったり相手を殴り倒したりお魚咥えてドラ猫に追いかけられたりするイメージもあるが」

 ヒュンッ! ・・・・・・

 ゴスッ!!!!

「・・・・・・顔面流血だぞ、お嬢ちゃん」

「ホントだったらもっと大きい石を投げたかったよっ!」

 顔を真っ赤にしながらシャルムが悪態をつく。

「それにっ!! さっきも言ったけどあたしの名前はお嬢ちゃんじゃなくてシャルム! シャ・ル・ムよ!」

 そんなシャルムの様子を見てリファスは声を出して笑う。

「笑うなよっ!」

「はっはっ・・・いや〜良かった良かった。それだけ元気があれば十分だな」

「どうせ元気だけが取り得だよっ!」

 言うだけ言ってからシャルムがぷいっと横を向いた。ポニーテールが風に舞う。

 シャルムには魔力が無い。

 シャルムには知識が無い。

 シャルムにはいざと言うときに冷静な状況判断が出来ない。

 ついでに言うとしっかり者でもない。

 それはシャルム自身が感じていたことである。

 少しシャルムは目を伏せる。

「・・・黄昏ているところ悪いんだが、そんな顔してると仲間が心配するんじゃないのか?」

「・・・・・・っ!」

「と言うか、もうすでに心配しているわけだけどなあ」

「・・・・・・そーなの?」

「まあね、俺もまあ頼まれたけだし」

 リファスが平べったい石を器用にも指先でくるくる回しながら言う。

「まあここに用があったのも事実だけど。ここに来る前に道具屋によったら不安げな顔のお嬢さん方がいたんでな。・・・・・・ホウキ持った白いローブのお嬢さんと見るからに寒そうな格好のお嬢さんとやたらと『にょ』と喋り捲るお嬢ちゃんがね」

 どう考えてもキャロットとウィンディとアリエッタだった。

「連れが二人居なくなった、もしかしたら危険な目にあっているかもしれない・・・ってね。ここの屋敷に興味を持っていたとも言ってたから、まあ辿り着く場所はここだわな」

 言いながら、リファスは4枚の紙をシャルムに見せた。

「人相書きがあったからすぐに分かったしな」

「人を犯罪者みたいに・・・」

 シャルムがその紙を覗き込む。2枚がアリサのもので2枚がシャルムのものだったが・・・・

「・・・・・・これ、誰が描いたの?」

「左側のがローブのお嬢ちゃんで、右側の味がある奴が寒そうな格好のお嬢ちゃんのだ」

「・・・・・・ウィンディ、こんなに絵が下手だったのね・・・・・・」

 子供の落書きかなんかだろうかと一瞬疑ってしまったシャルム。

「まあまあ、俺のフォローを木っ端微塵に破壊の鉄球」

「だってねー・・・これはネタに使えそうだし」

「物凄い必死な顔してたぞ。相当心配しているんだろ」

「・・・・・・うん・・・・・・」

「仲の良いことで」

 手に持っていた石をリファスがポーンと上に投げる。

 遥か高いところまで上っていったそれをシャルムも目で追ったが、落ちてくる気配は全く無かった。

 シャルムは視線を下げ、リファスの顔をまじまじと見つめる。

「どした?」

「ん、なーんでも」

 プイッと横を向くと、その先には花畑が広がってる。

 猫のような目を細めながら、暫くその景色に見入るシャルム。

 頭の中ではみんなの様子が浮かんでいる。

 リファスは笑いながらまた別の石を上に放り投げた。今度も石は落ちてくることは無かった。


「う〜〜ん、最っ高!!」

 右手に桜、左手にコスモス。

 そして際限なく広がる花のベッドにアリサは寝そべっていた。

「気持ちよくて寝ちゃいそう〜」

 視線を空に向ければ、太陽がけだるそうに午後の光を降ろしている。そんな光を浴びて眠くなるのも特別おかしいことではない。

 アリサがぽわ〜んとした顔をしていると、横から犬が寄ってきて、アリサの頬をぺろぺろとなめ上げた。

「やだ、くすぐったいってば」

 意識を現実のほうに戻されたアリサは、上体を起こして犬の頭を優しく撫でた。

 犬とは言えモンスターだ。

 最初はそう思って警戒していたアリサだったが、少女が居るところでは普通の犬のように懐いているその姿を見て、警戒心は徐々に薄れていった。

 まるでならず者たちを襲った姿が嘘のように思えるほど。

 風が吹き、色とりどりの花が吹雪となって舞い上がる。

「さてと、君のご主人様はどこかな?」

 立ち上がり、アリサは犬の背中をトンッと叩いた。途端、犬は物凄い勢いで走り出す。

 少し離れた桜の木の周りをぐるぐると回り始めた。

「♪〜、さてはそこにいるのね〜」

 言いながらアリサはその大きな桜の木の下に立ち、上を見上げる。

 枝の隙間からワンピースと黒い髪が見えた。

「見〜つけたっ」

 アリサが下から声をかけると、上から少女の不満そうな顔が出てきた。

「かくれんぼはまたお姉ちゃんの勝ちだね!」

 その顔に笑顔を返すアリサ。

 いくら隠れても飼い犬がご主人様を見つけてしまうのだから、勝負にならない。

 そのことは笑顔の奥にしまって、アリサは上を見上げていた。

 そのまま暫く見つめ合う二人。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「どうしたの?」

「・・・・・・」

「お姉ちゃん、首が疲れてきたんだけど・・・」

「・・・・・・」

「・・・ひょっとして、降りられなくなった?」

「・・・・・・」

 コクリ。

 幽霊の少女の首が、縦に動いた。

「あらら・・・」

 アリサは苦笑いした。別に幽霊なんだから落ちたって痛くないだろうに、とも思ったが、そういう問題でもないらしい。

 よく見ると少女の身体は小刻みに震えている。

「木登りはシャルムの得意分野なんだけどな・・・・・・・」

 呟きながら、、アリサは桜の太い幹に片足をかける。

 そのまま高さにして3メートルほどをあっさり登り、左手を木にかけたまま、右手を少女へ向けていっぱいに伸ばした。

 ピョンと勢いよくその手に掴まる少女。

「うわわわわっっっっ!!」

 急な力がアリサの手にかかり、思わず左手が離れた。

「あっ!」

 なすすべも無く落下してゆく二人。

 ドッスーン!

 少女を庇うようにして、アリサは背中から地面へと落ちた。

 一瞬呼吸が止まる。

 いくら草木がある程度のクッションになったとは言え、痛いものは痛い。

「・・・・・・! ・・・・・・ぉぉっ・・・ぉぅっ・・・!」

 やっぱり痛いらしい。左右に結ばれた髪がばっさばっさと揺れた。

 顔を左右に振りながら情けない顔になるアリサを少女は心配そうに見つめていた。

「・・・・・・・・・だ、大丈夫よ」

 冷や汗を掻いてまで言う台詞ではない。

 痛みが和らぐころには少女の瞳から涙がこぼれそうになっていた。

「あーほらほら、泣かないで泣かないで」

 子供をあやすように優しく話し掛けるアリサ。そのままポンポンと頭に手を乗せてやる。

 少女を宥めながら、よくもまあ骨とか折れなかったものだとアリサは自分で思った。

 桜の木を見上げてみたが、やはり上のほうは見えない。

「お姉ちゃんは大丈夫だけど・・・降りれないならあんな場所に隠れちゃダメよ?」

 こくんっ、と首を縦に振る少女。

「ん・・・とそれじゃ次はあなたが鬼よ」

 そう言ってアリサは隠れる場所を探そうとしたが、少女に服を掴まれた。

「? どうしたの?」

 少女はアリサの服を掴んだまま、少し頬を膨らませていた。

「・・・・・・かくれんぼ、やめる?」

 服を掴んだままぶんぶんと首を縦に振る少女。

 どうやらすぐに見つけられるのが不満でしょうがないらしい。

「・・・・・・じゃあ、何して遊ぼっか?」

 アリサが訊くと、少女は駆け出して花の世界へと消えた。犬がその後を追いかけて行き、アリサからは両方とも姿が見えなくなる。

 花だけの世界から置いていかれたようで、アリサは思わず空を見上げた。少し明るさが落ちてきているのが分かる。

「そろそろ帰らなきゃね・・・・・・」

 きっとみんな心配している。そう考えると少し心に影が落ちる。

 シャルムのほうも、いい加減歩くことくらいは出来るようになったはずだ。

 もし歩けないとか駄々をこねたらアッパーをお見舞いしてやろう、アリサはそう決めた。

 アリサが少女の後を追いかけると、少女は首飾りを作っていた。

 アリサもそれに倣う。意外と手先の器用なアリサは、悪戦苦闘する少女を横目にあっさりと首飾りを完成させる。

 出来上がった首飾りが少女に掛けられる。

「ごめんね、お姉ちゃんもう帰らないといけないんだ・・・」

 寂しそうなアリサの声に、少女の顔も曇っていく。

「ごめんね・・・」

 うつむいていく少女に、アリサはそう声をかけることしか出来なかった。

 そのまま黙ってしまう。

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・

「でも、また遊びに来るから、ね?」

 ややあって発したアリサの言葉に、下を向いていた少女が念を押すように上目遣いでアリサを見上げた。

「うん、約束」

 そう言ってアリサは自分の髪を止めている左右のリボンを外した。

 青いストレートの髪が、一様に風に靡いた。

 アリサは少女の手を取ると、その上に黄色のリボンを2つ乗せた。

「これね、お姉ちゃんの宝物なんだ。だけどあなたに貰って欲しいの」

 きょとんっ、とした顔の少女の顔を見ながら、アリサは続ける。

「わたしの、大事な大事な友達への、プレゼントだよ。・・・・・・だから、あたしは友達との約束は絶対破らないから、これはその証」

「・・・・・・・・・・・・」

「今度はみんなを連れて遊びに来るから、ね?」

 アリサが少女の髪に触れる。

 その恐ろしいほどの冷たさに一瞬躊躇したが、そのまま髪を左右に分ける。

「リボン、つけてあげるよ」

 少女の手からリボンを受け取ると、アリサは少女の髪を左右で止める。

 それはそれはとても可愛い幽霊の少女で。

 一人ぼっちの女の子にできるアリサの最大限のことだった。

 アリサが手鏡を渡す。

 映し出された自分の姿に、少女は破願した。

 どうやら気に入ってもらえたようである。アリサは心のそこからホッとした。

「じゃあ、お姉ちゃん行・・・・・・ってぅわぁ!!」

 いきなり少女がアリサの袖を引っ張って走り出した。さしたる力でもないのに、抗えない。

「ちょ、ちょっと、どこ行くの?」

 質問すれども答えるはずも無く、アリサは半強制的に少女と一緒に走りつづけた。

 やがて少女の足が止まる。

 眼前には花畑は無かった。

 その代わり、土の地面が続いている。

 何かを埋めたように隆起した場所が10個所ほど見られた。その隆起した場所のところには何か文字のような跡が見られるが、よく分からない。

「何だか、小さなお墓みたいだね・・・」

 アリサが呟いた。

 少女は土の中を浅く掘り返していたが、やがて何かを取り出すと、土を払ってアリサへと差し出した。

 差し出されたのはエメラルドグリーンの耳飾。

「わあっ! 綺麗だね!」

 所々土に塗れて多少淀んではいたが、アリサが率直な感想を漏らした。

 少女は耳飾が乗ったアリサの手を包むように握り締めた。

「これ・・・あたしに?」

 満面の笑顔で頷く少女。

「・・・・・・ありがとう」

 それは恐らく少女の宝物なのだろう。それをアリサにあげると言うのだ。

 アリサはとても嬉しかった。

「・・・・・・じゃ、あたしたち、そろそろ帰るね」

 つないだ手をぎゅっと握り返すと、少女は嬉しそうな顔をした。

 ギギィ・・・・・・

 どこかで扉の開く音が聞こえた。

 同時に風が冷たくなり、アリサの背筋がゾクッと震える。

「・・・・・・?」

 とてつもなく嫌な予感がした。嫌な予感と言うのは嫌なもので、嫌なほどに当たるのである。

 自分の手に氷よりも冷たいものが当たり、アリサは思わず手を引っ込める。

 少女の手だった。

 アリサの手が離れると少女の手がだらしなく下にさがり、棒立ちの状態になった。

 瞳が人形のように無機質になっている。ほんの少し前までとは別人だった。

「どうしたの!? ねえっ、大丈夫っ!?」

 慌ててアリサが少女の肩を掴み揺さぶるが、まるで反応が無い。

 それでもアリサは揺する事を止めない。

 それでも少女は人形から戻ることは無かった。

《わが孫に安息の日々を・・・・・・》

 突然、声が響く。

 皺枯れた、とても低い声。

 声の発する場所を特定できず、アリサはあたりを見回す。

 刹那、アリサの頭を一筋の光が襲った。

 キィン!!

 一瞬だけ頭の奥に鈍い痛みが走る。

 そしてアリサの瞳から光が消えた。



   ここ どこだろう?

   なにか みおぼえ あるな

   でも よくおもいだせないよ

   ……………………

   ゆめのなかでも みたことあるよ

   あたしの だいじなだいじな おもいでのなか

   そうだ ここで みんなとあったんだ

   でも こやのなかに みんないないよ?

   どこいったのかなあ……

   ……………………

   あ シャルムがいる

   ……しゃるむがいる

   あたしと おんなじくらい ちいさいしゃるむだ

   だれかと はなしてるよ

   くちをあけて わらってる

   とても たのしそう

   だれと はなしているのかな?

   ……………………

   しゃるむが こっちをみた

   おおごえで なにかしゃべってるよ

   でも どうしてだろう きこえないよ?

   もっと ちかくにいけば きこえるかな?

   いってみよう……

   ちかくへ

   もっと ちかくへ……

(…………す……て…………)

   え? なんていってるの?

(…………の……じょ…………た……す……け…………)

   どういうこと? わからないよ

   しゃるむ なんて いってるの?

   あたしはーーーーーーーー



「わわわわわわわわわーーーーーーーーーっ!!!」

 ドンっ!

 ゴロゴロゴロゴロ……

 ガッシャアアァァン!!

「さー見事に着地してみせれば10点満点だがー?」

「ふざけんなあー! ってか、効果音おかしいっ!!」

 大きな木の幹に激突した状態のまま、シャルムが非難の声を上げる。

 丁度アリサを巻き込む形で、背中を木にぶつけたまま逆さまになっている。

「年頃の娘がそんな格好ではしたない」

 シャルムを投げ飛ばした張本人ーーリファスは全く悪びれた様子がないように見える。

 視界の中で逆さまになったリファスを睨み付けると、今度はリファスが片手を顔のところまで上げて「すまん」と一言。

 しかし、とても感情がこもっているとは思えない。

「……ぅ……ん……んん…………」

「! アリサッ!?」

 シャルムは慌てて身を起こすと、アリサの身体をユサユサと揺り動かした。

 アリサがゆっくりと目を開ける。

「……あれ? ……シャルムどうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ! アリサがフラフラと屋敷に入っていこうとするからじゃないの!」

「……そーなの?」

「そーなの! おかげであんなのに投げ飛ばされる羽目になっちゃったじゃない!」

「そーしないと間に合わなかっただろうが」

 どうやらリファスはあんなの呼ばわりに対してはスルーらしい。

「そーなんだ……ごめんね」

「無事だったなら、それでいいよ!」

 まだ気持ちが昂ぶっているのか、シャルムは喧嘩腰だ。

 上半身を起こすと、アリサは周りを見回す。

「…………あれ、あの子は?」

「あたしがアリサにタックルかけるときにはもういなかったよ?」

「そうなんだ……」

「気になる?」

「うん」

「あたしも気になるけど……」

「お嬢さん方、撤退するぜ」

 いつのまにか二人のすぐそばにきていたリファスがそう告げる。

「だってあの子を探さないと!」

「ああ、無事(?)だろうから大丈夫だよ」

「あやしく”?”マークで根拠のないこと言うなあっ!」

 反射的に拳を振り上げたシャルムだが、足に痺れが残っている所為か、数歩たたらを踏み、リファスの腕で支えられる羽目になる。

「あの子は屋敷に引き戻されたのさ」

 バランスを立て直したシャルムの頭に手を乗せ、リファスはそう話した。

「信じるかどうかはお嬢さん方の勝手だが……それよりもこれ以降は厄介なことになるぜ」

「厄介?」

「! シャルム! あれ!!」

 アリサが屋敷の入り口の方向を見て、声を上げる。

 シャルムもそっちのほうに顔を向ける。

 開け放たれた屋敷の入り口から、数体のモンスターが出てきた。

 ヤンキーやこんにちわなどの見慣れた魔物の中に、ならず者たちを震え上がらせた犬のようなモンスターも混じっていた。

 少女の飼い犬と違うのは、あちらが栗色であるのに対し、こちらは全身白色の毛並みだった。

「……確かに逃げたほうがよさそうね」

 平静を装っているアリサだが、声は微妙に震えていた。

「そして一番厄介な奴が登場」

「え?」

 シャルムの瞳が、直前に出てきた一体のモンスターを映していた。

 人姿のようなそれは、大木を思わせるような太い腕と怒りの形相、そして頭に生えているニ本の大きな角が印象的だった。

「鬼!?」

「ま、そんなところだ」

 シャルムの身体も少し震えていた。

 リファスが動き、シャルムとアリサをそれぞれ脇に抱えた。

『ちょ、ちょっと!』

「ハモるなハモるな。悪いが、お嬢さん方を連れながら戦うのはちょっと無理だ。撤退するぜ」

 言うが早いかリファスは駆け出した。

 同時にモンスターたちが襲ってくる。

「ちょっとリファスさん! 出口は右よ右!」

「え?」

「右に行ってよ!」

「もう少し右に寄れ?」

「ちがぁ〜う!」

「自分の身体に対して直角に曲がれ!」

「あー右に行けってことね。最初からそう言ってくれよ」

『言ってるじゃん!』

 しかしまあ、両手塞がってなおかつモンスターに追われているのに、なぜこんなに緊張感が無いのだろう。

 その無神経さがシャルムは不快でしょうがなかった。

「ここで死んだら一生恨んでやる!」

「大丈夫だって」

「何が!」

「この状態で戦う自身は無いが、逃げ切る自信はあるからさ」

 リファスはそう言うと、走る速度を上げた。

『!!!』

 アリサとシャルムは、とんでもない速さで変わっていく視界に驚愕する。

 人間の走る速さではない。そんな気がした。

「出口だ!」

 アリサの声にシャルムが顔を上げると、前方に外門が見えた。

 と同時に、視界の右隅で何かを捉える。

「あれは……!」

 それは鬼だった。

 鬼が右手を広げると、その手から青白い光が一筋こちらへと放たれた。

「リファ……!」

 嫌な音がする。

 一瞬シャルムを抱える力が急激に落ちたが、すぐにまた元通りになる。

 シャルムの位置からではリファスの顔は見えない。

 その代わり、再び右手を突き出してる鬼の姿を捉えていた。

「危ない!!」

「二人とも目を瞑っていろ」

 言われる通りに二人は目を閉じた。

 耳元を通り過ぎる風の音が、強くなった気がした。



 鮮やかな夕焼けが遠くの空に見えた。

 窓から差し込む光がテーブルを赤く染めている。

「もうすぐ日が暮れるねー……」

 読みかけの本を閉じて椅子の背にもたれかかり、キャロットは窓の外を見た。

 「うん……」

 ライラが剣の手入れをしながら、相槌を打つ。

「エレーンとアリエッタは?」

「店の入り口で待ってるー」

「そう……」

 二人とも表情は冴えない。

「まったく、心配ばかりかけるんだから」

 南側の窓から街並みを見下ろしながら、ぶっきらぼうにはき捨てるウィンディ。

 キャロットとライラからは彼女の表情を窺い知ることは出来ない。

「無理しちゃって」

 「どーゆー意味よ、ライラ?」

 ウィンディが半眼で振り返る。その気迫にもライラは動じることなく、剣に付いた脂を拭いている。

「まあまあ、二人ともー」

 重い空気が更に淀み、居心地の悪さを感じながらキャロットが二人を宥めている。

 ふと。

 階下から、おばちゃんの大きな声が聞こえてきた。

 少し間を置いて数人が階段を上ってくる音が聞こえる。

「帰ってきたー!」

 キャロットが声を上げる。

 ライラが扉を開ける。

 先にエレーンとアリエッタが部屋に入ってきて、その後にアリサと、男に背負われたシャルムが入ってくる。

「……ただいま〜」

 罰が悪そうに苦笑しながらシャルムが言う。

 パァン!

 乾いた音が響いた。

 唖然とする一同。

 シャルムの頬を叩いたウィンディが、ワナワナと肩を震わせている。

「何が『ただいま〜』よ……人がどれだけ心配したと思ってるのよ!」

 パァン!

「…………ちょ、ちょっとウィンディ!?」

「何よ!」

「心配かけたことは本当にごめん……でも……でも、どうしてあたしだけが叩かれるの?」

「!!」

 パァン!

 思い出したようにウィンディがアリサの頬に平手打ちをした。

「みんなが……私がどれだけ……」

「その辺にしようよ、ウィンディ」

 もう一度振り上げたウィンディの右手を、ライラが掴んだ。

「もういいわよね、ウィンディ」

 エレーンが優しく語り掛けると、ウィンディは不機嫌な表情のまま部屋の奥にあるテーブルまで行くと、魔道書を開き始めた。

 こちらのほうは見向きもしない。

「ウィンディ、怒ってるにょ〜……」

「あの子は優しいからね」

「うん……」

「アリエッタも本読む〜。ポロン行くにょ!」

 言うが早いかアリエッタはポロンを連れてウィンディと同じテーブルへ駆けていく。

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 エレーンが止めたがアリエッタは振り返ることもなく。

 そのままウィンディの反対側に座り、テーブルに本を広げた。

 ウィンディはアリエッタの方を一瞥したが、すぐ自分の本に視線を戻した。

 ポロンはおろおろしているが、アリエッタは面白そうに本を読んでいる。

 どうやら放っておいてもよさそうだ。

 エレーンがシャルムとアリサに視線を向ける。

「……で、何か言いたいことは?」

『ごめんなさい……』

 絶妙なハモリで謝る二人。

「それだけ?」

「うん……」

「うん……」

「そう……」

 エレーンはそう言った後、黙ってしまった。

「あの……エレーン?」

「本当ならもっと怒ってやりたいところだけどね」

 ため息をつきながら、エレーン。ライラがその後に続く。

「もうウィンディが十分に怒ってくれたし、とにかく無事に帰ってきてくれてよかったよ」

「もう危ない場所に行っちゃダメだからねー!」

 キャロットがずずぃっ! とアリサに顔を近付ける。

 アリサは気圧されたように、首を縦に振った。

(ごめんねキャロット……あたしはあの子に約束したから……)

「!? アリサ、なにか良からぬこと考えてない!?」

「え!? そ、そんなこと無いよ」

 エレーンの鋭い突っ込みに慌てて首を横に振るアリサ。

 暫くアリサの顔を見つめていたエレーンだが、「ま、いいわ」と視線をアリサから離した。

「本当に仲の良いことで」

 からかうような口調で離しながら、リファスは背負っていたシャルムを降ろした。

「あなたは?」

「旅の者です」

 それでは全く素性がわからない。

 エレーンはこの問答で、この相手はおかしい人に違いないと直感した。

「そこのお嬢さん方に頼まれて、幽霊屋敷にこちらのお嬢さん方を探しに行ってきただけだよ」

「え?」

 エレーンはキャロットのほうを見やる。

「そうなの?」

「うん」

 即答。

「あの辺はお嬢さん方が少数で歩くと色々と危険なところなんでな」

 リファスの言葉に頷くアリサとシャルム。

「まあホントに屋敷にいるとは思わなかったけどな」

「それは……ご迷惑をおかけしました」

 エレーンが頭を下げる。

 リファスはエレーンの肩をポンポンと叩くと、笑いながら首を横に振った。

 何とも無い、と言わんばかりに。

「あれ?」

 キャロットがリファスを見て訝しげな顔をする。

「リファスさん、その腕ー……」

「転んだんだ」

「へえー……」

「信じない信じない」

 シャルムが突っ込みを入れる。

「でもその部分、服が凄く赤いよー」

「そういう年頃なんだ」

「そーなんだー」

「信じちゃダメ信じちゃダメ」

 今度はアリサが突っ込んだ。

 リファスの右の二の腕は完全に赤く染まっていた。

 相当な出血のはずだが、本人は全く意に介していない。

 なにか口にしようとしたライラだが、その様子を見て、言葉は無くなってしまった。

 代わりに言葉ごとつばを飲み込んだ。

「さてと、そろそろ日も暮れるから俺は退散するとしますか」

「もう少し居て下さいませんか。私たちも御礼をし足りないですから」

 エレーンが引き止める。が、

「俺も別に用事があるんでね。……まあ、また会うこともあるだろう」

 そう言って入り口の扉に手をかけた。

「帰るの?」

「ああ。ちゃんと一夜は安静にしておけよ」

 シャルムの頭をぽんと叩いてリファスは部屋を出た。

「なーんか子供扱いされてるよなー……」

「あの人から見れば、私たちなんて子供みたいなものでしょう」

「でも20代前半だよ、確か」

「へー」

 キャロットが感心する。しかしこれには誰も突っ込まない。

「あの人、大丈夫かな?」

「何が、ウィンディ?」

「さっきの右腕のケガ、たぶん魔法によるものよ。それも結構強力な」

「そーなの?」

「たぶんね。いつ受けたかは分からないけど」

 アリサの問いに、ウィンディは指を一本立てて答える。どうやら機嫌は直ったらしい。

「さて、アリサとシャルムも帰ってきたから、夕食の手伝いをしましょう」

「わ〜い、おてつだいおてつだい」

「やっぱり・・・・・・するの?」

「当然です。アリサとシャルムは心配かけた以上、精一杯働くのよ」

「はーい」

「はーい」

 ウィンディが本を閉じた。

「エレーン、ここはいつ出発する?」

「もう2,3日は滞在する予定よ」

「了解」

「? どこか行くの?」

「うん。ちょっとこの本の続きをね」

「ウィンディは勉強熱心だね」

「みんなの足を引っ張らないようにしなくちゃね」

 ポロンを抱きかかえながら、ウィンディは答える。

「あー、ずるいにょ! アリエッタもポロンと一緒にいる〜」

「はいはい」

「先行ってるよ」

 ライラが階下へ降りていく。

 食堂は少しずつ席が埋まり始めていた。

「私たちも行きますよ」

 エレーン・キャロット・ウィンディの面々はエプロンをつけ始めている。

「アリサとシャルムはお食事運んでね」

「はーい」

「はーい」

 アリサはリボンで髪を結び、耳飾をポケットに入れて部屋を出た。

 賑やかな夜へと身を躍らせる少女達。



「あー、いいお湯だったー」

 長風呂というより永風呂と揶揄されるほど風呂好きなキャロットが最後に上がってくるころには、部屋は就寝の用意万端だった。

 丁度よく大部屋が空いているということで、ポロン一行はそこに部屋を取っていた。

 入り口に鍵をかける。そのときに「5−3−2〜、5−3−2〜」と怪しげな歌をキャロットは歌っていた。

「ここって結構いいところだよねー」

「そうだね。おばちゃんも気のいい人だし」

「そー言えばライラ、なにか話し込んでたね。何話してたの?」

「内緒」

 キャロットの問いに人差し指を唇に当てて片目を瞑るライラ。

「やっぱり疲れたときはお風呂が一番だよねー」

「サッパリしておにゅ〜アリエッタにょ!」

「それは同意するわ……これでのぞきがいなかったらね……」

 そうなのだ。

 夕食時に食堂にきた宿の客や外来客は、お手伝いをする7人娘にすっかり魅了されてしまった。

 酒が置いてないだけたちの悪い客がいなかったので、取り敢えずはトラブルもなく。

 そして食堂は大盛況!

 歌に自信のあるアリサなんかは歌ってしまう始末。

 そこまでは別によかったのだが……

 大浴場に入った7人娘が視線に気が付いたのはすぐだった。

 見ると男湯と女湯を隔てる壁によじ登って男たちが5,6人、情けない顔をしてのぞこうとしていたのだ。

 勿論、それだけ全員が可愛いということの裏返しだが、だからと言って気分のいいものではない。

 特にウィンディは怒り心頭である。

「まったく……乙女の柔肌を勝手に見ようとするなんて失礼もいいとこだわ」

「でも流石に懲りたと思うよ。特にウィンディにやられた人は」

 悲鳴をあげる代わりに、ウィンディは氷の矢をぶっ放した。

 3人ほどが直撃を受け、こっちの連中が悲鳴をあげながら男湯に落下していった。

 一瞬のことに呆然とする男達。

 直後、シャルムが勢いをつけて壁を垂直に登り、男めがけて飛び蹴りをかました。

 直撃を喰らいボトボトと落ちてくる男たち。

 女湯側に落ちた男二人にみんな容赦は無かった……

 ………………

「正当防衛よ」

 元々悪いのは男たちなのだから、ウィンディの意見は最もである。

「それに、ちゃんと加減はしたのよ」

「へー。よくそこまで頭回るねえ。あたしなんか」

「凄かったわよね、飛び蹴り」

 感嘆をこめてウィンディが言う。

「と言うか、サービス満点の一撃だったよ」

「ライラ、どーゆーこと?」

「いや……」

 相手側から見れば、とは言う気になれないライラ。

「それにしても、のぞきなんて最っ低!」

「人間性を疑うよねー」

「悪人にょ!」

 みんな余程腹に据えかねたのか、怒気怒気湧く湧くである。

「……なんだか、とても謝らなきゃいけない気分になるのはどうしてだろう……?」

「ポロン、どしたにょ?」

「え? あ、い、いや、なんでも」

「ポロン君は別に特別よ。だってぱにょんだもの」

 ウィンディが笑顔で言う。

「それにポロン君を男湯に入れる……どころか、一人でお風呂行かせるわけにはいかないでしょ」

 そんなことをしたらおかしな生き物だと連れて行かれるに違いない。

 だからエレーンの指摘は最もだった。

 だが……

「でも……僕だって男の子だから……」

「もしかして、照れてるの?」

 ウィンディの問いに、顔を赤くしながらコクリと頷くポロン。

「だって、みんな裸だし……どこも隠そうとするわけじゃないし…………シャルムなんて僕をタオル代わりに使うし」

「だから、さっきも言ったけどポロン君は特別よ。絶対に悪い人じゃないって言い切れるし」

「最初のころ一緒に入るのを嫌がっていた人の台詞とは思えないよ」

 ライラの突っ込みは切れ味が鋭い。ウィンディが言葉に詰まった。

 動揺を隠すように突然話題を変える。

「そ、そう言えばさっきからアリサが全く喋ってないんだけど?」

「あの子、もう寝てるわよ」

 エレーンが指を差す。

 ベージュ色のパジャマに着替えたアリサは、布団もかけずにスースーと寝息を立てていた。

「見てるこっちがスースーしそうな格好ね」

「それ、ウィンディが言う台詞?」

 いくらタイツ履いているからって普段の服装で風邪を引かないのはもはや奇妙だ。

「ひっひっひ、落書きしちゃえ」

「だめだよーシャルム」

 アリサに近づいていったシャルムをキャロットが止めようとする。

 シャルムがいたずらっ娘の目をしたまま、キャロットのほうを振り返った。

「そんなこと言っちゃってぇ。キャロットもやろうよ。面白いよ」

「そんなことやりたくないよー」

「でも面白いよ」

「だーめ」

「絶対面白いからさー」

「だめだってばー」

「キャロット絵がうまいし」

「……」

「綺麗な絵を描けばアリサだって喜ぶと思うよ」

「…………ホントー?」

「ホントホント」

「……やってみようかなあー」

 シャルムが言葉巧みにフェルトペンを握らせた。

 スパーン!!

 ハリセン一閃。

「いたたたたたた……」

「まったくシャルム、あなたは……」

 エレーンがハリセンを持ちながらため息をついた。

「キャロットも信じないの」

「みゅ〜〜…………あれー?」

 キャロットがアリサの顔を見て声を上げる。

「どうしたの?」
 
「アリサってこんな綺麗な耳飾持ってたっけー?」

 ウィンディがキャロットの横まできて、アリサの寝顔を覗き込んだ。

 ストレートの青い髪を寄せると、緑色の鮮やかな耳飾が見えた。

「ほんとだ。見たこと無いわね……」

「取りあえず外してあげましょう。アリサも寝相悪いから汚れるわ」

 シャルムがそっとアリサの耳から耳飾を外した。

「あれ?」

「? どしたのライラ?」

「…………ん……いや、なんでも」

「お得意のお茶濁しだねー」

 ライラは努めてなんでもないフリをする。

 あまり多くを語らないライラを分かっているので、誰も何も言わなかった。

「そろそろ私たちも寝ましょうか」

「じゃあ電気消すよー」

 キャロットがスイッチに手をかける。実は眠たくてしょうがないようだ。

「ウィンディ、読書はもうおしまいよ」

「ん」

「あたしもなんだか疲れちゃった……ってか何だか目が回ってる気がする」

「大丈夫、シャルム?」

「ありがと、ポロン君。でも平気だよ。もう寝るし」

「じゃあキャロット、明かり消すのお願いね」

「はーい、おやすみー」

「おやすみにょ〜」

 明かりが消えた。

(あの耳飾……どこかで見た気がするんだよな)

 ライラは少しの間そのことを考えていたが、少ししてからやってきた睡魔に抗えずに眠りに落ちた。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 何度目かの寝返りを打ち、シャルムは目を開けた。

 身体が鉛のように重く、息が苦しい。

 熱に浮かされたような意識が、眠りに落ちていくのを妨げる。

 目を開けても視界にあるのは闇のはずなのに、周りはもやが掛かったように白い。

(水を飲もう……)

 立ち上がろうとしたが足に力が入らない。

 横になったまま動けなかった。

(なんか今日はこんなんばっかだ……)

 苦しいのを我慢していると、スッと横から白い手がシャルムの額に触れた。

 冷たさに心地よさを覚えながら、シャルムは目を凝らして闇を見た。

 ぼうっとした小さな輪郭が映る。

「……ポロン君……?」

「大丈夫、シャルム?」

 他のみんなを起こさないように、ポロンが耳元で囁いた。

 シャルムがわずかに首を縦に動かす。

「無理しちゃダメだよ」

「ん……でも、どうして分かったの?」

「寝る前から調子悪かったでしょ? 心配だったから様子を見に来たんだ」

「そっかあ……ありがと」

 ポロンは額に手を当てたまま、ヒーリングを唱える。

 少しだけ体が軽くなった気がした。

「やっぱり傷を治すのとは訳が違うなあ……もっと魔力が戻って居たらよかったんだけど」

「ううん……ありがとう。あたしもう大丈夫だから」

「嘘ついても分かるよ」

 迷惑かけないと強がってみたシャルムだが、ポロンには嘘がお見通しだった。

「シャルムが良くなるまでずっとこうしているから」

「そ、そんな、悪いよ。ポロン君眠れなくなっちゃうよ!?」

「放っておいたら気になって眠れないよ」

「…………」

「いつもみんなにお世話になっているんだからこれくらいはさせてよ」

「…………」

「いい?」

「うん……ありがと……」

 動物の前足のような小さなポロンの手が、シャルムには大きく暖かい手のように感じられた。

 遠い昔に感じたことのあるようなないような、そんな暖かさ。

「ポロン君……」

 小声でポロンに語りかける。

「ポロン君……もうひとつだけ甘えていい?」

「ん? なに?」

 瞳を覗きこんできたポロンの身体を掴むと、シャルムは布団の中へ引きずり込んだ。

 そのまま胸のあたりでポロンをぎゅっと抱きしめる。

「ちょ、ちょっとシャルム!?」

 突然のことに慌てふためくポロン。

「ねえ……暫くこうしてていーい?」

「い、いや、でも……」

「お願い……」

「分かったから、ちょっと……苦しい」

「じゃあ、いーい?」

「う、うん……分かった」

「ありがと!」

 ポロンを抱く力を少し弱めるシャルム。そのまま横向きになった。

 ポロンの顔は相当赤かった。

「なんだか恥ずかしいよ……」

「ポロン君、あたしのこと、嫌い?」

「そんなことはないけど……」

 …………

「……シャルムの匂いがする」

「そ、それってえっちくさいよ」

「あ、ご、ごめん」

 謝りながらポロンはシャルムの右肩に触れ、ヒーリングを唱えた。

 少しずつシャルムの身体が安らいでいく。

 それよりもゆっくりと、三日月は朝に向かって動いていた。

 朝に向かってーー


 翌日。

 表街道は昨日と変わらぬ賑わいを見せていた。

「お腹いっぱい。そして眠い。今日はこの街に来てから2日目。多分今は午前中だろう」

「なにそれ?」

 ライラがなんと言えばよいのか分からないといった表情でウィンディを見た。

「気にしないで」

「わかった」

 普段はドライな感じのウィンディと、普段はどちらかといえば無口なライラ。

 会話もずいぶんと端的なものになる。

 今日も天気が良いが、心なし昨日より風が冷たく感じられる。

「……ところで、その格好寒くない?」

「気にしないで」

「わかった」

 普段はドライな感じのウィンディと、普段はどちらかといえば無口なライラ。

 会話もとっても端的なものになる。

 それでもお互いのことを良くわかっているのか会話が弾まないからといって居心地の悪さを感じているわけでもない。

 二人にとっては十分弾んでいる会話の部類に入るらしい。

 エレーンがもう2,3日ここに滞在すると言うことに誰も意見するものは居なかった。

 居心地がいいと言うのもあるのだろうが、個々それぞれに思うところがあるようだ。

 それは昨日の幽霊屋敷での一件を聞かされた時からずっと心に根付いている。

 しかし実はキャロットは何も考えていないのかもしれない。

 今日はエレーンとキャロットがアイテムや食料の買出し、騒動2人組は宿の手伝い兼アリエッタのお守りである。

 もっともどっちかと言うとアリエッタ”が”お守りなのかもしれない。

 ウィンディは魔道書を読みたいと言うことでライラもそれに付いて来た。

「で、図書館だっけ?」

 右横のウィンディに顔を向け、歩きながらライラが問う。

「あまり大きくないらしいけど」

「でも目当てのものはありそう?」

「大丈夫だと思うわ」

「うん」

 そのまま二人で並んで歩く。

 暫くして再びライラが口を開いた。

「それで、もうひとつの目当てって?」

「! ……気付いてた?」

「長い付き合いだから」

「じゃあエレーンもきっと気付いているわね……」

 なあんだという感じでウィンディが少し肩を落とした。

「第一、いっつも魔道書買うはずなのに今回は『図書館行く』だもんね」

「じゃあみんなきっと気付いていないわね……」

「ポロン君はおかしいかと思うかもしれないけどね」

 ライラは小さく笑った。そしてすぐさま無表情に戻る。

 ウィンディも黙ったまま表情を変えず前を見ている。

 別に2人とも笑うことが嫌いなわけでもない。たまに愛想がないときはあるが。

「尾けられているね」

「うん」

「何人かわかる?」

「3人だと思うわ」

「でもここだと人目も兵士の目もあるね」

「図書館過ぎた後の路地裏は行き止まりだったわね」

「そこだね」

「そこね。私は準備OK」

「じゃあウィンディに任せる」

 二人は軽く顔を見合わせると、また前を向いたまま歩き出した。

 道行く人がウィンディの格好を見て驚くが、本人はあまり意識していない。

 意識は後ろから尾行しているものたちに注がれていた。

 持っている魔法の杖についている赤い宝石が、青色に変わっていた。

 やがて目的の図書館を過ぎると、2人は街道を左に入っていった。

 その先は100mほどで行き止まりになっている。

 後を尾けていた男たちはしめたと言わんばかりに走り出した。

 そしてウィンディとライラが道へと曲がった。

「!」

「いねぇっ!」

「どこだっ!!」

 三者三様の声を上げ、一気に行き止まりへと駆け出す三人。

 だが、やはり相手は居なかった。

「うしろうしろ」

 その声に三人が振り向いた瞬間、ウィンディの声が響き渡る!

「フリージング・ウォール!!」



 数十分後。

「お〜い婆さんや〜、ゴミ置き場にでっかい氷の置物があるで〜」

「あ〜?」

 がらがら。

 たったったっ。

「お〜ほんとだべや」

「どーするべ〜?」

「悪人面だ。ほっとけほっとけ〜」

「んだなあ〜」



 図書館内は閑散としていた。

 門の前には警備の兵士が2人も付いているほど物々しい様子だったが、中は食堂程度の広さだった。

 置かれている本の数もそれほど多くなく、流石に小さな街だと言う感は否めない。

 貸し出しの窓口には子供……と言うよりも幼児といった感じの男の子がちょこんと座っている。目も据わっていて怖い。

 その横に女の子のような文字で『死にたくなければ私語注意!! ぱうぱう』と書かれている。

 よく見れば窓口の男の子は両手に1本ずつナイフを持っている。

 見た瞬間、ウィンディとライラは冷たい汗が流れるのを感じた。

(怖い……ね)

(うるさくしなければ大丈夫よ……多分)

 机に向かっている3,4人は学問書なり魔道書なりを広げているが、一様に何かにおびえているようにも見えた。

 取りあえず、二人は空いている席に座る。

 向かい合って座った二人は、互いに顔を近付けて小声で話す。

(で、どうするの、ウィンディ?)

(取りあえず、本ね)

(手伝えることは?)

(持ってきたら、調べ物お願い)

(OK)

 ウィンディは静かに席を立って、本を探し始めた。

 程なくして本を2冊抱えて戻ってきた。

(ただいま)

(届かないなら呼べばよかったのに)

 必死になって背伸びをして本を取ろうとしていたウィンディの姿を思い出して、ライラは声を出さずに笑った。

 ウィンディはちょっと顔を赤くしながら拗ねた表情になる。

(笑わないでよっ)

(ごめんごめん、思い出したらおかしくてさ)

 耐え切れずに声を出してライラが笑う。

 ヒュッ!

 トスッ!!

 二人が座っていた机に飛んできたナイフが刺さった。

『!!』

「静かにしろっつってんだよ!!」

 サーッと血の気が引く二人。

 冷や汗を掻きながらライラがナイフを窓口に戻し、すみませんと言わんばかりに何度も頭を下げる。

「次は切り裂くからな!!」

 よくこれで管理しているものである。苦情は来ないのだろうか。

 ライラはそんなことを考えながら席へ戻った。

(さっさと調べて、とっとと帰ろう)

(同感)

 2人は頷きながら本を開いた。

 ウィンディは魔道書を手元に引き寄せると、もう一冊をライラの前に持って行き、紙切れを一緒に開いた。

(鬼?)

(キャロットに頼んで描いてもらったのよ)

(シャルムたちが屋敷で見たって言う奴?)

(あの子達、目と記憶力はいいから)

(それで伝奇の本ってわけか)

(ひょっとしたら似ている鬼が居るかもしれないわ)

(了解)

 2人は無言のままでそれぞれの本と睨み合っている。

 そのまま時間だけが流れていく。

 時折ナイフが風を切る音とか怒声とか悲鳴とかが聞こえてくるが、集中している二人は一向に気にしない。

(ウィンディ)

 暫くして、ライラがウィンディの黒ローブを引っ張った。

(見つかった?)

(たぶん、これ)

 ライラが開いているページの挿絵を示した。

 大の男よりも大きな姿、赤褐色の肌、金色の目・鋭い眼光・そして頭に生えた2本の大きな角。

 確かにキャロットのイラストにかなり似ている。

(よく見つけたわね)

(見つけるのが前提でしょ?)

 ライラがいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 ウィンディはそんなライラに笑みを返してから、再び本に視線を戻した。

 挿絵が二つある。

 一つはその鬼がやたらと長い剣を持った男と退治している絵。

 もう一つは鬼が男の顔ーー口の部分に手を当て、男の顔が恐怖に引きつっている絵だった。

 その伝奇の中では、鬼は『コウアン』と言う名で登場していた。

(知ってる?)

 ライラの問いに、ウィンディは首を横に振った。

 2人はそのままその本を読み始める。


 話の内容はよくある鬼退治者。

 ある村で無実の罪で捕らえられた男が、過酷な拷問を受け、ついにはやってもいない殺人の自供をして極刑を受けた。

 しかしその死の直前に呪いの言葉を吐く。

 5年の後にその村で、奇妙な病気が発生。

 まず最初に言葉を発することが出来なくなり、やがて呼吸が止まり死に至ると言うもの。

 村は祈祷師を呼び、神の声を聞いてみることに。

 曰く「この地域に巣食う鬼が悪しき呪でこの地に災いをもたらしている」と。

 その後、一人の勇敢な者が山奥へと向かい、戦いの末にその鬼を倒し、村には平和が訪れた……


(参考になる?)

(う〜ん……微妙だわ)

(分かったのは名前だけか)

(ううん、ある程度分かったことがあるわ)

(ホント?)

(これ……この地方のお話だわ)

(それはなんとなく分かるよ)

 ライラも勘は鋭い方である。ある程度この伝奇と屋敷とがリンクできているようだ。

(でもあの子と結びつかないのよね)

(そうだよね……取りあえず、出ようか)

 2人は席を立つ。

 ライラはそのまま図書館を出ようとしたが、ウィンディは伝奇の本を戻し、代わりに別の本を持ってきた。

「これお願いしまーす」

「は〜い、ありがとうございま〜す」

 窓口からは少しとろんとした口調の女の子の声が聞こえてきた。

 おかしいなと思って覗くと、金色の髪をした女の子が笑顔でこっちを見ている。

「……あれ?」

「はーい、クリちゃんで〜す。ぱうぱう」

「さっきまで怖い人形のような子供がいたと思ったけど……」

「あー切り裂き君なら食事と人間を狩りに行きましたよ〜」

「か、狩り!?」

 ライラが思いっきり動揺した声を上げるが、深くは追求するのを止めた。

 どうにか平静を保ち、ウィンディが本を借りる手続きを行う。

「わたしたちアルバイトなんです〜。ぱうぱう」

 ……人は選べよ。



 
「ただいま〜……って、あれ?」

 誰が帰ってきても必ず「おかえり」と返事をしてくれる宿屋のおばちゃんの姿はなかった。

 代わりに先に帰ってきていたキャロットが少し間延びした声で「おかえりー」と返してきた。

 今帰ってきたばかりなのだろうか、手には傷薬の入った袋や怪しげな草などを抱えている。

「おばちゃんは?」

「う〜ん、何か『ちょっとひとりにさせて』だってー」

「……のんびりと気になる事言われても重要っぽく聞こえないわ……」

「エレーンも気になって今部屋に行ったみたいだよー」

 大き目の布袋に薬草(だと思われるもの)を詰めながら、キャロットは言う。

 口調はおっとりしているが、表情は翳っていた。

「でも、どうしてまた急に?」

 防寒用の上着を脱ぎながら、ライラが尋ねた。

「う〜んとね、おばちゃんがアリサの……」

「ま〜たアリサが何かやらかしたの?」

「ウィンディ、それってどう言う意味よー?」

 両手でボールを抱えながら、アリサが非難の声を上げた。

 ボールの上には何故かポロンが器用に座っている。

 シャルムはアリエッタを肩車したまま、同じ様にウィンディを見た。

「ウィンディ、冗談はそれくらいにしよう」

 ライラが話の方向を戻す。ウィンディは7割方本気だったのだが、取りあえず、キャロットの話を聞く。

「アリサの耳飾を見た途端、血相変えて『これ、どこで見つけたのっ!?』って」

「それであたしは普通に答えたんだけど、その後から元気がなくなって部屋に入っちゃった」

「何かおばちゃん泣いてたにょ〜……」

『え? そうなの!?』

 ハモリながらアリエッタの方を見るアリサ・シャルム・キャロットの不注意三人娘。

 その話を聞いてライラの中で話が繋がった。

「私もちょっと行ってくる」

「おばちゃんのところ?」

「うん」

「じゃあ夕食の仕込みはあたしたちがやるわ。おばちゃんがくるまで」

 ウィンディはアリエッタに借りてきた本を部屋に置いておく様お願いすると、キャロットを連れて調理場へ入っていった。

「アリエッタも手伝う〜」

「ウィンディに頼まれたことやってからね」

 シャルムはキャロットの布袋を抱えて2階へと向かう。

「あたし、何か悪いことしたのかな……」

「気にしなくていいんじゃない。悪いことしてないんだし」

 アリサにそう返して階上にシャルムの姿は消えていった。

 シャルムの言うことは最もである。

 でも何か悪いことしたのかな……

 アリサは浮かない顔をしながらテーブルと椅子を整える。

 ふと、入り口から外をを見た。

 喧騒を西掛かった太陽が弱弱しく照らしている。

 ため息を一つ付いて、アリサは視線を戻した。

「どうした? 0点の答案用紙を隠したのに見つかって二倍怒られた後の子供のような顔をして?」

「あ、いらっしゃ……って、リファスさん!?」

 アリサが顔を上げるとセンスのない色をした服を着た男が、笑顔で立っていた。




 コンコンッ

 返事はない。

 もう一度ノックする。

「……はいよ」

 おばちゃんの声がした。

「エレーンさんかい?」

「ええ。ちょっとお話したくて」

「……悪いけど、今は一人にさせておくれ」

 少し疲れたような声が扉越しに返ってくる。

「あの……何か私たちがご迷惑をおかけしましたか?」

「いいや……こりゃあたしの問題だからさ……気にしないでおくれ」

 エレーンは扉の前でうつむき、小さくため息を吐いた。

 なんでもない木製の扉が開ける事の出来ない重たい扉に見えてくる。

「エレーン」

 後ろからライラの声がした。

「おかえり」

「ただいま……おばちゃんは部屋の中?」

「ええ……だけど出てこないわ」

 もう一度、ため息を吐くエレーン。

 ライラが扉越しに声をかける。

「おばちゃん……アリサが付けていたエメラルドの耳飾と同じ物、持ってるよね」

 扉の奥から息を呑む音が聞こえた。

 エレーンが怪訝な顔をしてライラを見つめる。

 疑問の視線にライラが答えようとする前に扉が開き、女将が顔を出した。

「お入りよ」

 言われるがままに二人は部屋へと入った。

 扉の対面側に机が置かれている。

 帳簿やらなにやら色々なノートが積み重なっているが、その上に古ぼけた箱に入った耳飾があった。

 エメラルドグリーンの耳飾。

 ライラが手にとると、それは少し濡れていた。

「ライラちゃんには話したやね……」

 女将は努めて明るい声で話し出した。

「あたしには娘がいたのさ。普通に育っていれば今のアリエッタちゃんより少し上の歳やね」

「お子さん……ですか」

「そうさね。あたしにとっての初めての娘だったから嬉しかったさ」

 女将の遠くを見るような目に、エレーンは言葉が出なかった。

 ライラの持っている耳飾へと女将は視線を移す。

「その耳飾はあの子の誕生にプレゼントした奴さ。あたしとお揃いでね。あたしゃ恥ずかしかったけど、あの子は喜んでくれたよ」

『ずーとずーっと大事にするからね』と言った我が子の笑顔が忘れられないと女将は続ける。

 ライラは耳飾を机に置き、女将のほうへ向き直した。

「でもさ……あの子、いなくなっちまったんだよ……」

 絞り出すような声で女将が言う。瞳は何も移していない。

「おばちゃん……」

「買い物に連れて行ってちょっと目を離したら、さ。町の知り合いも探してくれたんだけど見つからずじまいだった」

 それから1週間もずっと探しつづけたが、全く手掛かりはなかったと言う。

 ずっと知り合いの手を借りるわけにも行かず、女将は少しずつ絶望を覚えていったらしい。

「亭主がさ……ああ、帝国の兵隊なんだけど……希望は捨てるなってさ。今はこの街にはいないけどさ」

 しかし、いなくなってから2年が過ぎた今となってはあまりその話を知るものはいない。

 いや、女将の娘以外にも小さな女の子が居なくなったのと言う話が数件あるようで、一人の子供のことなど軽視されているようだ。

 兵隊の詰所にも行方不明の子供の姿絵が貼られていると言う。

 しかし、手掛かりは全く無いと言うのが現状である。

「あの子の誕生日の時にはその耳飾を付けることにしているのさ」

「じゃあ昨日つけていたのは……」

「……そういうことさね」

 女将は短く答え、また遠くを見つめる。

「でも、アリサちゃんの話を聞いて……何となくあの子は生きていないって事がわかったよ」

 アリサは幽霊屋敷で幽霊の少女が取り出したものを貰ったと言った。

 ならば生きていないと言う答えが出るのも自然なことだろう。

「もういいのさ……」

 何とも力の無い声だった。

 ………………

 ややあって、エレーンが口を開いた。

「おばちゃん、明日私たちあの屋敷に行ってみようと思います」

 唐突なその言葉に、女将の繭が釣り上がった。

「馬鹿言っちゃいけないよ! なんだってあんな危険なところに!!」

 大声を正面から受けてもエレーンは動じなかった。

「まだ死んだと決まったわけじゃありません。生きているなら助けてあげたい」

「でもね!」

「幸い女の子はアリサやシャルムと仲が良いようですし、私たちはこう見えても冒険してきてますから」

「だめだめ! そんなのは兵隊に任せておけばいいさ!」

「それが出来なかったから、あの屋敷はずっと幽霊屋敷で残ってたんじゃありませんか?」

 女将が返しに窮する。

「私たち、おばちゃんが本当のお母さんのように思えてます。アリエッタなんかは特に……」

「だからあまりおばちゃんを困らせたくないけど……それ以上に放って置けないんだ」

「…………」

「大丈夫です。本当に危なくなったら帰ってきますから」

「……本当かい?」

 エレーンは微笑みで返す。

「もしみんな生きているなら、絶対に放って置けない」

「あたしもあんたたちが娘みたいで嬉しいんだ。だから危険なところへは行かせたくない」

 女将がエレーンの手を握る。

「でも……あんたたちが決めたことだからね。あたしが何言ったところでやめる気は無いんだろ?」

「生半可な気持ちじゃ冒険は続けられないですから」

「……必ず帰って来るんだよ」

 コンコンっ

「エレーン?」

「どうしたのアリエッタ?」

「忙しくなる時間だにょ〜」

「今行くわ。夕食の仕込みは大丈夫?」

「やっぱりお母さんが居ないと始まらないにょ」

 扉越しの声に、女将は涙が出そうになった。

「あいよ。今行くからまっとくれ」

「はいにょ〜」

 パタパタと足音が遠ざかっていく。

「エレーン、行かないと」

「ええ」

 ライラが先に扉を開けて部屋から出て行った。

「私たちも行きましょう」

「……『お母さん』か……久しぶりに聞いたね」

「あの子はしっかりしてるけどまだまだ子供ですから」

「大切にするんだよ? お姉さん」

 エレーンが扉の前で振り向く。

「あの子、エレーンちゃんの妹なんだろ? 顔もちょっと似てるし髪の色もそう。何より雰囲気がーー」

「違います」

 瞳の奥に浮かぶ暗い色を振り払うかのように、エレーンは首を横に振った。

「あたしの目はごまかせないよ」

「いいえ、私はあの子の姉ではありません。私はあの子のーー」

 少し伏せていた目を女将へ向けて、とびっきりの笑顔でエレーンははっきりと答えた。

「私はあの子の初めての友達ですから」




「……と言うわけで、明日はあの屋敷へ行くことになりました。異議のある人?」

 手が2つ上がった。

 2人、いや1人と1匹。

「……ってか、何でリファスさんが私たちの部屋にちゃっかり居るの?」

 ウィンディがやや非難めいた口調で怪しげな男を見つめる。

 はっきり言えば女の園に何食わぬ顔で入ってくるな、と言うことなのだろう。

「いや、何となく。別に俺は悪い人には見えないだろ?」

「見えるわ」

「怪しい人にもね」

 ウィンディに続いてアリサが追い討ちをかける。

 当然と言わんばかりにみんなが首を縦に振った。

 しかし当の怪しい男はさして気にしている様子も無い。

「そうか? 俺は嬉しいぞ全員がパジャマ姿で」

『あたしたちが困るのよ!!』

 ステレオで非難の声が流れた。

数人、目玉を大きくしている人が居る。

「大丈夫だ、俺は変なことなんかしないから」

「……シャルムの胸触ったくせに」

 大目玉の目の色が変わった!!

 全員が殺気立っている。

「……お嬢ちゃん、嫌がらせかい?」

「そりゃあシャルムを助けるためだったとは言え、触ったもんは触ったわけだし」

 アリサは意地の悪い笑みを浮かべた。

 一方シャルムは珍しく顔を赤くして俯いている。

「……じゃあ不可抗力だったの?」

「と言うか、それしか方法が無かった。勘弁してくれ」

 その言葉に一同一応納得した。

「まあそれはいいとして……」

 リファスはアリエッタの膝の上に座っているポロンをひょいと持ち上げた。

「ポロン返すにょ、かえすにょ〜」

「この怪しげな生き物、ひょっとして人の言葉が分かるのかい?」

「ええ」

「そうかい」

 エレーンの言葉に頷くと、返せ返せと周りを周っているアリエッタにポロンを手渡した。

「……気にしないんですか?」

「ん? ああ。ぱにょんを見るのは初めてじゃないし。人の話がわかる奴は初めてだけど」

「でも、違う世界の生き物ってヤマネさんが言ってたよねー」

「まあ、呼び出せる奴はいるってことだ」

「面白そうね」

 ウィンディが膝の上に本を置きながら 視線をリファスに向けた。

「まあそれもいいとして、じゃあそのポロン君の意見を聞いてみようか。どうせ喋れるんだろ?」

 全員の視線がポロンに集中する。

 ポロンは考えをまとめると全員をゆっくりと見つめていく。

「だって、とても危険だよ。その得体の知れない鬼とか。危険度は冒険の比じゃないかも知れない」

「大丈夫よ、私たちだってレベルアップしているんだから!」

 アリサが元気いっぱいに言うが、ポロンは首を横に振った。

「ダンジョンとか幽霊屋敷とかには予想も出来ない敵やトラップがあったりするんだ。僕も入ったときがあるから分かるけど……ひょっとしたら誰か大変なことになるかもしれない」

「油断と夜更かしは大敵だからなあ」

「勿論その女の子は放って置けないけど……だからってみんなが危険な目に会うのは僕には我慢できないよ」

 ポロンは最後までお願いするように言った。

 少し沈黙が降りる。

「ポロン君……」

 ややあってアリサが口を開いた。

「ポロン君の気持ちはありがたいよ……でも……でもね、あたしここで行かなかった絶対に後悔すると思うの」

「アリサ……」

「それにシャルムも助けてもらって、あたしたちは助けることが出来ないなんて、そんなの嫌。絶対嫌」

 アリサは力強く言い放つ。エレーンが続ける。

「ここの女将さんの子供も生きている可能性があるわ。可能性があるならそれに賭けるわ」

「ここまで知って、はいさようなら、じゃ冒険者の名折れだよ」

 ライラがはっきりと言う。ポロンは声が出なかった。

「私も別に冒険を軽く考えてないよー。でも……ひとりぼっちは淋しいからー」

「でも……それでもそれでみんなが大変なことになったら何にもならないよ。それくらい危険だと思うんだ」

「じゃあ、何でポロン君は私たちを助けてくれたの?」

 ウィンディの言葉にポロンは声を詰まらせた。

「あの時……女殺しの集団に囲まれたとき、ポロン君は勝てるつもりで助けにきたの? その姿で」

「あの時は……自分はどうだっていい、何が何でもみんなを助けないとと思ったから……」

「それと同じよ。私たちはあの子を助けてあげたいの。シャルムとアリサを助けてくれたなら、尚更のこと。見過ごすなんて出来ないの」

 ウィンディは優しく、しかしはっきりと言う。

「こりゃあポロン君の負けですなあ」

「リファスさんまで……みんなを止めてくれないの?」

 ポロンは助けを求めるように訊いてみたが、リファスは「無理さ」と軽く笑う。

「どうして?」

「このお嬢さんがたはみんながみんな、一人ぼっちのつらさを知っているからさ」

 その瞬間。

 7人娘のそれぞれの瞳に、僅かながら動揺が走った。

「俺も最初は屋敷に行くの反対派だったがね。お嬢さん方を見て気が変わったよ」

「うー……」

 味方が居なくなって下を向いてしまうポロン。

 再び沈黙が流れた。

 ややあって、ポロンが口を開く。

「わかったよ……でも、絶対無理しちゃダメだよ」

「ありがとう……ポロン君」

 シャルムがとても優しい目でポロンを見ると、ポロンは顔を赤くして俯いてしまった。

「てれてるてれてる〜」

 アリエッタが後ろからポロンを抱きすくめた。

「明日は俺も同行させてもらうぜ。それがお嬢さん方を屋敷に行かせる条件だ」

「……来るの?」

 ウィンディがリファスをじっと見つめる。

「嫌か?」

「そう言うわけじゃないけど……」

「屋敷の中は恐らくモンスターの巣窟だ。味方は一人でも多いほうがいいだろう。いざとなったらお嬢さんがた全員担いで逃げるし」

「右手に重傷負った人の言う台詞じゃないわね」

「ウィンディ、あんまり突っかからないの」

 エレーンが優しく嗜めた。

「寒い格好のお嬢ちゃん、そんなに俺のこと嫌いか?」

「そう言うわけじゃないけど……」

「ウィンディはねー、きっといやなこと思い出したんだよー」

 キャロットが冷静に分析する。

 思い当たるのは”一人ぼっちのつらさを知っている”という言葉しかない。

「……悪かった」

「謝らないで……別に……悪いことしたわけじゃないんだから」

「ウィンディ泣かせたら承知しないにょ!」

 アリエッタがリファスにタックルをかます。

 リファスの身体がハーゴンの騎士くらいに傾いた。

 笑いながら悪かったを連発するリファス。

 ウィンディは笑いたいのに涙が出そうになってきて、隠すように視線を本へと向ける。

 少しずつ、涙が落ちた。

 その様子をライラは何も言わずに見つめていた。

「で、俺が同行するのに反対の人は」

「いないよー」

「それはよかった。そこのぱにょんより活躍できるかどうかは分からないが、よろしく頼むよ」

「私たちからも、お願いします」

 エレーンが頭を下げる。

「少しばかりの槍術と回復魔法と道案内は出来るから」

『道案内、無理』

 アリサとシャルムの声がハモった。



 深夜。

 誰も彼も寝静まったほどの深夜。

 空気の流れさえも張り詰めた音になるほどの静かな夜。

 人の動く気配がした。

 その音には誰も反応しない。

 その気配は扉を開け外から鍵をかけると、静かに階下へと下りていった。

 食堂へ辿り着くと、火を熾して明かりを点ける。

 小さな明かりを頼りに少女は椅子へ腰掛けると、本を広げた。

 真剣な表情で少女は本と見詰め合う。

 壁が少女の姿を不気味に映し出していた。

 その影に別に人間の影が重なる。

「夜更かしは美容の敵だぞ」

 ビクッと少女ーーウィンディの身体が跳ねた。かろうじて声を出すのは免れたが。

 ややあって、不機嫌そうな表情でウィンディは振り返った。

「……何か用ですか?」

 小声で、しかし不機嫌をこめてリファスに話し掛ける。

「俺は用は殆どないんだが、こいつがどこかへ行くのが気になって後をつけてみた」

 リファスも小声で答えると、右手に何か掴んだままウィンディの目の前まで持ってくる。

 ポロンだった。

「ごめんね……ウィンディが真剣な顔していたからひょっとして一人でどこかへ行くのかと思って」

「トイレだったらどうするのよ……」

「う……それは……」

 もじもじするポロンを見て、ウィンディはくすっと笑う。

「心配しなくていいわよ、すぐ戻るから」

「ごめんね……」

「謝ることは、ないわ」

 ウィンディはそれだけ言うと、また体勢を戻して本と向かい合った。

「怒ってるのかなあ……」

「大丈夫だろ」

「リファスさん、ウィンディは大丈夫そうだから、僕たちももう戻ろうよ」

「ああ。まあ俺は部屋は違うがな」

 ポロンを肩に乗せるとリファスは階段へ向かった。

 と、その手前で立ち止まると、再び歩みを返してきた。

 そのままウィンディのところまで戻ると、持っていた上着をウィンディにかけた。

 驚いて振り返るウィンディ。

 ウィンディの顔を見ることなく、リファスは小声で話す。

「風邪でも引かれるとみんなが困るだろ」

「大丈夫よ、寒くないから」

「だが、お嬢さんの仲間ならみんな同じことするだろ?」

「……そうかもね」

「実際に、ポロンがどうやってかけようか悩んでたようだし」

「……そうなの?」

 ウィンディが訊き返すと、ポロンは小さく首を縦に振った。

「……ありがとう」

「僕、何もしてないから」

 ポロンはそれだけ言うと、リファスを促した。

 僅かに動く足音に向かってウィンディは小さく呟いた。

「リファスさんも……ありがとう」

 キュッと上着の袖を握ると、それはほのかに暖かかった。



「そう言えば、僕、かぎ開けられないよ……」

「大丈夫だろ」

「なんで?」

「2人ばかし、寝ている振りの人が居るだろうから」

 リファスは小さく扉を叩く。

 ややあって扉が開いた。

 エレーンとライラが扉のすぐ近くに立っていた。



 天気の良い昼だと言うのに、そこはどこか暗くて寒寒としていて不気味にそびえ立っていた。

 外壁の中の様子は窺い知ることは出来ないが、見れなくても感じられるほどの恐怖感がそこにはある。

「ホントにこの前来た時と同じ場所だとは思えないね」

 アリサがシャルムと顔を見合わせて言う。

 前のときよりも、いかにも「幽霊屋敷で〜す」と言わんばかりの雰囲気だった。

「ウィンディ、顔色良くないよ? 大丈夫?」

「うん……」

「あ、怖くなったんだねー」

「いや、そうじゃないけど……」

 どこかしら声に張りがない。

 もっとも、それは朝からだった。

「戻るかい?」

 リファスの言葉には、全員が首を横に振った。

 リファスは小さく笑うと、アリエッタが抱えているポロンを掴み、ウィンディの方へと乗せた。

「えっ?」

「付いていてやんな。ちっこいお嬢ちゃんもいいだろ? 寒そうな格好のお嬢ちゃんのために、な」

 アリエッタは少し考えたが、すぐに「ポロン、ウィンディをよろしく頼むにょ!」と大きな声で告げた。

 ポロンの顔が少し赤くなる。

「じゃあ、行きましょうか」

 エレーンの言葉に全員が頷いた。

「一つだけ言っておく」

「何をー?」

「庭の景色を見ても、決して綺麗だとは口にしないでくれ」

 意味が分からないといった表情でキャロットが目をぱちぱちさせる。

「女の子が綺麗と思う景色だろうが……犠牲の上に成り立っているものだからな」

「ふーん」

「約束できるか?」

「声に出さなきゃいいんだよねー」

「そういうこった」

「本当に綺麗なのにな……」

 アリサが呟くとリファスが一瞬だけ淋しそうな顔をした。

「じゃ、開けるぜ。アバカ……」

 すぱーーーーーーん!

 エレーンのハリセンが入った。

 軽く謝ると、リファスは無言で入り口を開いた。

 軋んだ音の次に、数人の足音。

「うわぁ……」

「すごいわ……」

「わーい、お花畑お花畑ー」

「改めて見ても、凄いね、アリサ」

 全員が全員、感嘆の息を漏らす。

 止められていなければ”綺麗”と言う言葉を連呼したかもしれない。

「お嬢ちゃんがたは、やっぱりこう言う景色が欲しいものかい?」

「当たり前にょ」

「ずっと居ても飽きないと思うわ」

「リファスさんも乙女心がわかっていないんだから」

 シャルムが笑いながらリファスの脇を肘で小突く。

 だがリファスは少し寂しそうに笑うだけだった。

 一行は花畑の中を歩く。

 時折流れる風に花びらが舞うと、すぐ先の視界さえ閉ざされそうになるので、みんな手を繋いでいた。

 視力の良いアリエッタとシャルムは目を凝らしながら辺りを見回すが、人影は無かった。

「モンスターとかも居ないにょ」

「ってか、今あの鬼が出てきたらちょっとしんどいかな……」

「大丈夫だって。いざとなったら全員担いで逃げるから」

 シャルムの言葉にリファスが笑いながら答える。

 しかしいくらなんでもそれは無理だろうと全員が思った。

 そのまま花畑を横切る一行。

 唐突に。

 視界が開け、いつの間にか目の前には館がそびえ立っていた。

 2階建てだというのに、巨大で、そして威圧的に映る建物。

 一行が思わず唾を飲み込む。

 耐え切れなくなったようにウィンディが目を横にそらしーー小さく声を上げた。

 その声を聞いた全員がウィンディと同じ方向を向き、やはり驚いた。

「花畑は……?」

 ライラが乾いた声を出す。

 今さっき通ってきたはずの場所は、殺風景な荒地と化していた。

 広大な荒地には、何も無い。

「夢……でも見ているのかしら」

 普段は冷静なエレーンも流石に驚きを隠せない。

「まあ夢といえば夢だし、夢じゃないといえば夢じゃない。さてそんなことより」

 リファスが館の入り口を正面に捉えながら声を出した。

 全員がそっちのほうを向く。

「注意しろよ。中は恐らく空間がおかしな感じになっているだろうから」

「どういうことー?」

「入れば分かる」

「……リファスさん、入ったことあるの?」

 アリサの問いに、しかし軽く笑みを返しただけで、リファスは前へと歩みを進めた。

 慌ててその後を追う一行。

 最後尾のウィンディは館に入る前にもう一度中庭を振り返った。

 そこには何も無い。



「ぐるぐるにょー」

「ぐるぐるっていうか、ふにゃふにゃだねー」

アリエッタとキャロットが怪しげな表現で率直な感想を漏らす。

「空間が曲がっているわね……」

 やや青い顔のまま、ウィンディがそう言った。

 ライラがウィンディの顔を見る。

「空間が?」

「うん」

「それは厄介だわ……」

「何が厄介なの? エレーン」

「あんたってなにもわかってないわね!」

「わかってないにょ!」

 シャルムに対してアリサとアリエッタが非難の声を上げる。

 それでもシャルムはよく分かってなかった。

 ウィンディが説明する。

「第一に、いきなり違う空間に飛ばされる恐れのあること」

 人差し指をびっと立てて、ウィンディが続けた。

「いきなりみんなと逸れる可能性もあるし、見たことも無いモンスターが出てくるかもしれないし」

「見たことも無い……って、あの鬼みたいな?」

「そういうこと」

 シャルムの顔から血の気が引いた。

「第ニに、空間を歪ませる事の出来るような強い魔力を持った生物がいる可能性があること」

「縁起でもないね」

 ライラがちょっと嫌そうな顔をする。

「第三に、気持ち悪いったらありゃしないのよ、こーゆーとこは」

『それは納得』

 シャルムとアリサが揃って首を縦に振った。

 なんと言うか、ちょっと息苦しいと言うかそんな感じである。

「こういう時って、出そうよね」

 ウィンディがちょっと意地の悪い笑みを浮かべる。

「出そうって、なにがー?」

 キャロットがウィンディに視線を向けると、ウィンディの瞳が怪しく光った。

「魔物よ」

「魔物って、モンスター?」

「違うわ……異形の魔物よ……ほらそこの壁からも出てきそうじゃない……」

 キャロットが突き当たりの壁に目を向ける。

「突然そこの壁から得体の知れない無数の触手が襲ってきて……」

「…………」

「恐ろしい速さでキャロットの手足に巻きついて……」

「………………」

「声を出そうにも口を塞がれて……」

「……………………」

「無数の触手の先端が人間の手のような形になってキャロットの身体に近づいて……」

「…………い…………や……」

「夜毎に果てしなく続く大じゃんけん大会がっ!!」

「いーーーーーーーーーーーやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ウィンディの大声に、キャロットが大きな悲鳴をあげてしゃがみ込んでしまった。

「怖いよー……大じゃんけん大会怖いよー……」

「あ……あの……キャロット?」

 ウィンディが声をかけてもキャロットは震えたままだ。

「ご、ごめん……冗談、冗談だから」

 ウィンディが眼前で手を合わせながらキャロットに謝った。

「…………え? 冗談?」

「ええ、冗談よ」

「ひどいよーウィンディ。あたし本気にしちゃったじゃないー!」

 ぷうっと頬を膨らませるキャロット。

「ってか、あの白ローブのお嬢ちゃんは今の話を本気にするのかい?」

 リファスの問いに、一同、沈痛な表情で頷いた。

 キャロットを一人でお使いに行かせないと聞いていた理由が、何となく分かった。

「さてさて、純真なお嬢ちゃんをからかうのはいいとして」

「よくないー」

「まあまあ。こっちは冗談じゃ済まされそうもなくなって来たぜ」

 リファスが正面の通路を見やる。

 全員がそっちを向くと、結構な数の左右の扉が壊れて、モンスターたちが現れた。

「げ」

 シャルムが色気も何も無い声を上げる。

 道中と同じくらいの魔物の数。

「結構しんどいかもね」

「しかたないわね」

 エレーンとライラが視線を動かさずに話す。

「鬼とか犬とかは居ないみたいにょ」

 視力5.0のアリエッタがモンスターの集団を見ながら言う。

 その言葉にホッとする一同だが、相手の数を考えると楽観視は出来ない。

 通路のほうは、人が2人横に並べば詰まりそうな程度の幅である。

「進むしかないわね」

 エレーンが短く呟くと、指示を出し始めた。

「私とアリエッタが前線で張るからアリサとライラはすぐ後ろで攻撃態勢取っておいて。キャロットとウィンディは魔法で援護」

 呼ばれた全員が頷き、ライラは軽く親指を立てた。

「シャルムはポロン君と魔法部隊の援護をお願い。倒し損ねたら、特にポロン君は危険だから」

「まかせとけって」

「先に言葉遣い直してね」

 いきなり棘のある言葉を飛ばされ、苦笑いのシャルム。

「じゃあ俺は見物してるわ」

「戦いなさいよ!」

 アリサがリファスに鋭く突っ込むが、流された。

 ぷうっとアリサの頬が膨らむ。

「行くにょ!!」

 言うが早いかアリエッタが駆け出した。

 モンスター軍団とぶつかる直前に、右手に持っていたピンク色の傘を広げる。

「へぇ……すごいもんだな」

 リファスが感嘆の言葉を漏らした。

 ヤンキーのバットが、ブルーハニーのハニーフラッシュが、ざしきわらしのペットがことごとく跳ね返されたのだ。

「反撃するにょ!」

 アリエッタの横におもちゃの兵隊が現れたかと思うと、彼女の掛け声とともに、持っていた武器から弾をぶっ放した。

 直撃を受け、吹っ飛ぶヤンキー。

 その隙に異端種Mr.カクレπrが彼女の横を抜けようとするが、光の壁に阻まれた。

「甘いわね」

 エレーンが言うと同時に後ろからライラが飛び出し、横一文字に剣を薙ぎ払う。

 Mr.カクレπrは綺麗に二等分された後、身体が四散し、消滅した。

 しかし、ライラがすぐにモンスターの集中攻撃を受ける羽目になる。

「くっ……」

 あるいは交わし、あるいは剣で防ぐが、到底防ぎきれるものではない。

「ライラ、しゃがんで!」

 その声に反射的に身をかがめるライラ。

「スノーレーザー!!」

 魔法がサメラ〜イを直撃し、後方に吹っ飛ぶ。

 その間にエレーンとアリエッタの守備隊がライラを追い越して最前列に踊り出た。

「アリウ・ジブリル・エトワール……てえいっ!」

「光の柱〜」

 アリサとキャロットの声が同時に起こると、辺りが強烈な光に覆われる。

 五紡星から放たれた光が横に、キャロットが作り出した光が縦に走る。

 悲鳴すら上げられず、何匹かのモンスターが塵と消えた。

「絶好調ー」

「気を抜かない!」

 ライラが言うが早いか、

「ティーゲル」

 低い声が発した魔法が、正面からまともにキャロットにぶつかる。

「ひゃああぁぁぁっ!?」

 妙に可愛い声を上げて吹っ飛ぶキャロット。

 慌てて横のウィンディが支えようとするが、体力の無いウィンディでは支えることも出来ず、一緒に後方へ飛ばされた。

「ウィンディ!」

「シャルム、前!!」

 ウィンディに気を取られたシャルムが前を向き直すと、見たことも無いモンスターが凄まじい勢いで突っ込んでくる。

「ちっ」

 舌打ちすると、シャルムは相手を交わそうとして−−

 ドゴッ!

 そのまま直撃を食らった。

「シャルム!!」

「ポロン君、回復お願い!」

 エレーンの声と同時にポロンがヒーリングの詠唱に入った。

「何で避けなかったのよ、シャルム!」

「だって避けたらウィンディが直撃くらうでしょーが……」

 シャルムの声に元気が無い。相当痛いようだ。

「ヒーリングッ!」

 ポロンの身体が光ると、いくつかの小さな光の球が放たれ、娘たちへと飛んでいく。

 程なく傷が癒えて行く。

「おお、こいつはすげえ」

 リファスが率直な感想を口にした。

 ある程度体力の回復した一行は、さらに通路の奥へと進撃していった。

「反撃にょ!!」

「いっけ〜」

「たー!」

 掛け声が響き渡る。その度に光が舞う。

「クリスタル・ブレス!!」

 ウィンディの声と同時に冷たい風が突風となってモンスターを襲った。

 風がおさまると、ウィンディは肩で息をする。

「きりが無いねー」

 横のキャロットも少しずつ息が切れ始めていた。

 50体は倒しているはずだが、まだ自分たちよりモンスターの数のほうが多い。

「シャルム!」

 エレーンの鋭い声よりも早く。

 キュートQの舌がシャルムを襲う!

 動物的な反射神経で避けるが、交わしきれなかった。

 肩の辺りがボロボロになり、日焼けした肌が露わになった。

「お気に入りの服なのにぃっ!」

 言うが早いか飛び出してキュートQを殴るシャルム。

 しかし素早く床に消えてしまい、攻撃を吸収された。

 間髪要れずにカウンターが襲う。

「うわっ!!」

 元の位置に戻されるシャルム。

「シャルムー、平気ー?」

「いや、あんまり……」

「きつかったら、後ろで休んでいてその間は何とかするから!」

 エレーンの言葉に甘えてシャルムが下がる……が。

「……うしろもモンスターいるよ」

 それは誤算だった。

 通り過ぎた扉からまたモンスターが数体出てきたのにだれも気付かなかった。

「まずいわね……」

 エレーンが顔色を変える。

 と。

「後ろは気にするな」

 リファスが陽気な声を掛ける。

 前方に集中しなければいけないエレーンは、その言葉を信じて前進を続ける。

 後ろで「な、なに!? 今のどうやったの!?」とシャルムの声が聞こえるが、振り返っている余裕は無い。

 やがて突き当たりの壁に扉があるのが見えた。

「みんな、あの扉に入るわよ!!」

「でも、中もまたモンスターだったら……」

「大丈夫、おかしげな気配は感じないから!」

 エレーンの号令のもと、気合でモンスター群を蹴散らしていく娘たち。

 ポロンのヒーリングの回数も増えていく。

 −−やがて。

 突き当たりの扉へと到達した一行は中に飛び込み、扉を閉めた。

「……っ、はあっ……はあっ……」

 流石にきつかったのか、ライラを始め、どの娘も一様に息を切らしている。

「きついにょ」

 一人元気だった。

「よしよし、よく頑張った」

 2人元気だった。

 何もしてないような口ぶりのリファスに娘たちが非難の視線を浴びせる。

 しかし、シャルムとウィンディは好奇と奇異のまなざしだった。

「リファスさん、さっきのあれどうやったの?」

「内緒」

「うわ、にべの粘り気の”ね”の字もない」

「何か凄いことやったのー?」

「モンスターを一瞬で10体以上消滅させたわ」

 唖然とする一同。

「……ひょっとしてリファスさん一人に任せたほうがよかったんじゃない?」

「あたしもそう思った」

 ウィンディに同調するアリサ。

 リファスは笑いながらアリサの方をむいた。

「お嬢ちゃん方が相当強いからこっちもあまり力をセーブしなくてよかっただけの話さ。そんな連発できるほど体力はない」

「そーゆーもんですか」

「そーゆーもんだ」

 そのまま5分くらい休憩した後、一行は屋敷内の詮索を始めた。

 相変わらず空間が歪んでいてあまり気分のいいものではない。

 どうにかならないものかとエレーンが思案していると、ウィンディがピタリと歩みを止めた。

「どうしたの、ウィンディ?」

「こっち」

 ウィンディは左側の壁に歩みを進めていく。

「ちょ、ちょっとウィンディ、ぶつかるよ!」

 慌ててシャルムが静止の声を上げる。が−−

 ウィンディの身体はそのまま壁の中に吸い込まれていった。

 目を丸くするシャルム。

「……あたし、何か悪いものでも食ったかな?」

「何言ってるのー、隠し通路だよー」

 軽く突っ込むと、キャロットもウィンディの後を追う。

「隠し通路か……いかにもここは怪しげな屋敷だね」

 ライラが呟いて壁の中へと移動した。

 一行は立て続けに入っていく。


「それにしてもよく分かったね、ウィンディ」

 アリサが後方から声をかける。

 隠し通路内は幅が狭く、関取なら恐らく詰まってしまうほどなので全員が縦一列に並んでいる。

 アリサは最後方にいるので少し声を張り上げる形になる。

「あの壁の前の辺りが、少し空間の歪みが大きかったのよ」

「はー、そう言うもんですか」

「ええ、そう言うものよ」

「ウィンディ、凄いにょ。アリエッタもそんな能力身に付けたいにょ〜」

 アリサが感嘆のため息を、アリエッタが惜しみない賛辞を浴びせる。

「ありがと。でもアリエッタは今のままでも十分強いからいいんじゃない?」

「そうなにょ?」

「少なくてもみんな助かってるわ」

 全員が頷く。

「えへへ〜」

 アリエッタはちょっと照れた。

 そのまま歩いていくと、また扉が見えた。

 ウィンディがそのまま扉を開けた。

 中に入ると、そこは小さな部屋だった。

 ベッドや衣服があり、丸いテーブルの上には酒のボトルが置いてある。

「おや……お客様かな?」

 低い声がした。

 全員がそちらを振り向くと、真っ白な口ひげを生やした白髪の老人が椅子に座っていた。

 口調は淡々としていて驚いている素振りもない。

 逆に気配もなく現れた老人にウィンディたちの方が驚いていた。

「あ……あなたは?」

 動揺を押し殺しながらエレーンが問う。

「ワシか? ワシはこの屋敷の主……正確には主だったものじゃ」

「……だった?」

 ライラが聞き返す。

「もうモンスターどもに占領されてからずいぶんと経つ」

 老人はため息とともに吐き出した。

 彼の話によると、ある日突然モンスターの集団が襲来し、次々と屋敷内を荒らして行ったらしい。

 老人は命からがらこの場所に逃げ込んだが、息子夫婦ととても可愛がっていた孫娘はここには来なかった。

「来ないところを見ると屋敷を抜け出したか、殺されたか……どっちにしろこのモンスターの数ではもう会えることもあるまいて」

「ひどい……」

 キャロットが泣き出しそうな顔になる。

「おじいさん、孫娘って言うのは黒くて長い髪と青い目をした女の子のこと?」

「そうじゃ。だがどうしてそのことを知っておる?」

「あ……えーと……」

 問われ、アリサが言葉に詰まった。

 老人はその様子で何か察したらしい。

 ”もういい”と言わんばかりに首を左右に振った。

 アリサは何も言うことが出来なかった。

「この屋敷内に生存者がいる可能性は?」

「おらんな。他のモンスターはともかく、あの鬼は人間に対して容赦がない」

「そうですか……」

 ライラがため息を付いた。

「お嬢さんがたはここに何しに来なすった?」

「鬼退治にー」

 キャロットが無意味に胸を張る。

 その胸を見てウィンディが軽く何かを呟いたが誰も聞き取ったものはいなかった。

「……確かに鬼が居なくなればここのモンスターどもも居なくなるかも知れぬ。じゃが鬼は強いぞ」

「ここまで来て引き下がれないよっ!」

「それに約束もしたんです」

 誰も引き下がる気配は無かった。

「……分かった。ワシは何も出来やせんが、せめておまえさんたちの無事を祈らせてもらうよ……」

「絶対にぶっ飛ばすよ! おじいさんやあの子の為にも!!」

 シャルムが力強く言い放った。

「それじゃ、私たちは行きます」

「おじいちゃん、また来るにょ!」

 アリエッタが手を振ると、老人は力のない笑顔で手を振り返した。

「気を付けてな。鬼は恐らく上の階にいると思うが、奴は強いからな」

 その言葉に押し出され、一行は次々と部屋を出て行った。

 最後にリファスが部屋を出ようとする。

 と、そこで振り返った。

「じいさん、マギンはここには居ないのかい?」

「マギン?? 聞いたこともない名前じゃが」

 その言葉に、しかしリファスは冷ややかな笑みを浮かべる。

「あんたには同情するが、やってきたことには許せねえ。罪は償ってもらう。必ずな」

 その台詞を残してリファスは部屋から出て行った。

 老人は椅子に座ったまま、しかし身体は震えていた。




「……納得いかないわね」

 ウィンディが歩きながらぶーたれる。

「何が?」

「あのおじいさんの言葉よ」

 隠し通路から出ると、ウィンディはアリサを振り返って言った。

「どうして鬼が2階にいることを知ってるの?」

「あの部屋から出て見に行ってきたんじゃないの?」

「命からがら隠し部屋に辿り着いた人間がモンスターで溢れ返る屋敷内を歩き回るとは思えないわ」

「う〜ん、確かに」

「もう一つ納得いかないことがあるの」

「何?」

「女の子の幽霊のことよ」

 ウィンディがビッと人差し指を立てた。

「おじいさんの口ぶりからすると、命より大事な孫娘だったのに、一人で隠し部屋に逃げるなんておかしくない?」

「普通は抱えて一緒に逃げるよね」

 ライラが相槌を打つ。

「う〜ん……屋敷の住人がみんな隠し部屋のことを知っていれば助けに行かなくてもそこに行くんじゃないかなあ」

「アリサ、その理論で行くと、今度は屋敷の敷地から出られないあの子がどうして一度も隠し部屋に行かないのか謎になるわよ」

「……幽霊になった自分を見られたくなかったからじゃないかな?」

「そうね……でも屋敷内の事をまるで見て来たように話すおじいさんが殆ど屋敷内に居なければならない女の子の存在に気付かないはずはないわ」

「『生存者は居ない』って断言してたよねー」

「あの部屋から一歩も出たようなことは言ってなかったのにね」

「第一、モンスターに襲われたのが最近のことならおばちゃんの話と辻褄も合わなくなるしねー」

 キャロットとライラが率直な意見を言う。

「そして一番問題なのは、女の子にしろ鬼にしろ、誰かが魔法を使ってなければこの屋敷内に閉じ込めておけないって事よ」

『……????』

「……分かってないわね、あなたたち」

『うん』

 シャルムとアリサが同時に首を縦に振る。

「……人間に対して容赦のない鬼が、街へ出て人襲わないのはどう考えてもおかしいでしょ」

『あー』

 今度は同時にポンと手を打った。

「要するに、おじいさんが屋敷内に全部閉じ込めているって事?」

「恐らくね。おじいさんの周りだけ近寄りがたいほど空間が歪んでいたし」

「でもどうして?」

「それは分からないけど……」

「何にせよ、鬼退治かな」

 リファスが口をはさんできた。

「鬼は2階にいるがまともに戦ったらお嬢ちゃんたちではむざむざ殺されるだけだ。どうする?」

「どうしよ……あっ!」

 突然アリサが声を上げた。

「どうしたのー?」

「女の子にょ!」

 アリエッタが目の端でその姿をしっかり捉えていた。

「追いかけよう!」

 言うが早いか駆け出すシャルム。

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 エレーンの静止の声も聞かず、あっという間に角を曲がって姿が見えなくなるシャルム。

「あの子が走ったら誰も追いつけないわよ……」

「取りあえず、全力で追おうか」

 ライラの言葉に頷き、一行は走り出した。

体力的に劣るウィンディはどうしても遅れてしまうが、肩に乗っているポロンが一度ヒーリングをかけるとスピードを取り戻す。

 ウィンディがそっとポロンの頭を撫でた。

 一行は曲がり角を曲がる。

「あーあ」

「やっぱりね」

 ライラとエレーンが同時にため息を付く。

 15体ほどのモンスターに阻まれて、苦戦しているシャルムの姿がそこにあった。

 特に後ろ側に控える最強魔女の魔法になす術がない。

「助けるにょ!」

 言うが早いかアリエッタが駆け出した。

 全員がそれに続く。

「氷の矢!!」

「光の矢!!」

 魔法部隊の魔法が中衛のモンスター群を叩くと、ライラとアリサが飛び出す。

「シャルム、しゃがんで!」

「わかった!」

 ライラがジャンプして華麗に宙を舞い、必殺の一撃を前衛のモンスターに叩き込んだ。

「シャルム、頭借りるよ!」

「へっ?」

 ぐしゃっ!

 アリサは屈んだままのシャルムの後頭部を思いっきり踏みつけると、高々と飛んだ。

 そのままライラと同じ様に宙を舞い、必殺の一撃を−−

 すかっ!

 交わされた。

「きゃあきゃあきゃあ!」

 モンスター群のど真ん中に入り込んで集中攻撃を喰らうアリサ。

「もうっ……何やってるんだか……アリサ、きついの行くからね!!」

 言うが早いかウィンディが呪文の詠唱に入る。

 肩ではポロンがヒーリングの球を飛ばしていた。

 その間にも他のメンバーがモンスターを倒していく。

 エレーンがウィンディの様子に気付くと、アリサを除く全員が退いた。

 ウィンディの杖が青白く光る。

「増幅スノーレーザー!」

 しゅいいいぃぃぃぃん…………

 ………………

 ちゅど〜〜〜ん!!

 通常の2倍ほどの大きさの光が放たれ、爆発した。

 魔法防御力の高いモンスター以外があっさりと消えてなくなる。

 残ったモンスターを攻撃部隊が倒した。

「あいたたた……」

 アリサが身を起こす。

 自分の身体を触ってみると、所々が物凄く冷たい。

「アリサ、髪の毛の先が凍っているわよ」

 エレーンに指摘されてツインテールの端っこを掴むと、ざらざらとした感触があった。

 アリサが非難の目をウィンディに向ける。

「……う〜ぃんでぃ〜……!」

「助けたことには感謝してくれないわけね」

「それとこれとは話が別!」

「……でも、無事でよかったわ」

 にっこり微笑んだウィンディの言葉に頷く一同。

 アリサは2の言葉が出ず、視線をウィンディの顔からずらした。

「あれ?」

 アリサが高い声を上げる。

「ウィンディ、血が出てるよ」

「え? 私は別にどこも怪我してないけど……って、きゃあっ!?」

 ウィンディの左肩から血が出ていた。

 そこには上を向きながら声にならない声を上げる白い物体。

「ポロン君が鼻血吹いてるーーーーーーっ!!」

 キャロットの声が響き渡った。

 慌ててちり紙を丸めてポロンの鼻に詰めるウィンディ。

「思い出し鼻血だな」

「何それ?」

 ライラがリファスに訊く。

「闘いに集中してたからその場は気にしなかったが、そのあとあの