ルートZ
終わる世界



 君の為に。



 強くなりたい。



 ●〜〜〜●

 自由都市、ライアット。
 いわゆる大都市とは違い、名の知られない小都市である。
 ジフテリアの北西、ラジールの東に位置している。
 取り立てて、特色のない町。
 しいて言うなら平和なことぐらい。
 ポロンは、その街並みを歩いていた。

「―――実際」
 
 呟く。

「平和なんて神話なんだよな」

 そう、呟く。

 カフェに入り、オープンテラスの一角に座る。
 モダンな椅子に腰をかけたら、ウエイトレスがやってきた。
「ご注文は?」
「コーヒー。あと、サンドイッチ」
「かしこまりました」
 ポロンは、ウエイトレスにさりげなく訊いた。
「この街……」
「え?」
「落ち着きがないですね」
 ウエイトレスは黙る。
 それは無言の肯定だった。
「……ええ」
 ばつが悪そうに笑う。
「旅の方ですか?」
「はい」
「じゃあ、お話しますね」
 ウエイトレスはゆっくりと口を開く。
「この町は、一週間前に羽の生えた天使に襲われたんです」
「!」
 ポロンは驚愕をあらわにする。
「……エンジェルナイト」
「?」
 ウエイトレスは疑問符を頭にのせた。
 どうやら、エンジェルナイトという言葉を知らないらしい。
 ポロンは質問を続ける。
「一体何が?」
「ええ。まず、初めに一状の光がここから東の平地に降りました。それから、三人の翼の生えた女が空から飛んできて、ここから南東の区画、グランディアという富豪を襲ったんです」
「襲った? どうして?」
「理由はわかりません。ただ……グランディア氏は最近、宝石を手に入れたみたいなんです」
「宝石?」
「真っ赤な宝石です。真っ赤な。血のように真っ赤な。どこから手に入れたかわからないんですがまるで魔性の宝石でした」
「見たことがあるんですか?」
「ええ、見せびらかしていましたから」
「そう、ですか」
「そういえば」
「ん?」
「あの宝石を東の荒野で手に入れたと耳にしたことがあります」
「東の荒野……何か、特別な場所なのですか?」
「いえ、ランス王時代にレッドの私兵軍との会戦を行ったことぐらいしか……いえ、他にもあります」
「他にも?」
「はい。魔人の一体とランス王が決戦した地です。その時、ランス王は魔人を倒したらしいです」
「なるほど」
 これで、パズルのピースが全てそろった。
 その宝石は間違いない。
 魔血球だ。
 ランス王とジークがその場所で戦ったことにポロンは気付いた。
 そして、ジークが破れ、魔血球を落としたことも。
 おそらく、グランディアという富豪はその魔血球を拾ったのだろう。
 そして。
 エンジェルナイトに襲われた。
 エンジェルナイトが魔血球を収集する理由はわからない。
 だが、ろくでもないたくらみであるのは確かである。
 ろくでもないたくらみなのだ。
 だが、ポロンはあえて何もする気を起こさなかった。
 エンジェルナイトのことは神の領分である。
 人間の、たかだか一人の少年がどうにかできることではない。
 神に逆らう愚か、それぐらいポロンにだってわかっていた。
「三人の羽の生えた人間は、まず屋敷を粉々にしました。そこには十六人の使用人とグランディア夫妻、五歳と三歳、二歳の子供がいましたが、殺されてしまいました。そして、ライアット私兵団三百と交戦しましたが……私兵団は全滅させられました」
「……」
 悲しすぎてため息も出ない。
 愚か過ぎてむなしさも沸かない。
 ただ。
 漠然と。
 反逆すら許されない強大な力への恐怖を感じた。
「現在は、レッド、ラジール、ハンナからの援軍で警戒態勢をしいています。集まったのは千人ぐらいだとか。でも、もしあの天使が再び襲ってきたらと思うと。みんな不安な毎日を送っています」
「……そうでしたか」
 おそらくは、かの創造神との戦いのフラッシュバックだろう。
 あの時、多くの都市が謎の天使によって襲われた。
 それと同時に、多発的な災害も起こった。
 その恐怖は、まだ人々の心から消えていない。
 それは、どうしようもない事実だった。
 ポロンは、情報量代わりにウエイトレスにチップを多くもたせた。
 そして、コーヒーをすすりながら思う。
「実際、平和なんて神話だよな」
 そう、割り切るしかなかった。

 ●〜〜〜●

 離脱できないことがある。
 退却できないことがある。
 逃避できないことがある。
 忘却できないことがある。
 地平線の果てまで逃げて、恐怖に満ちた蒼白な表情を向けたところで逃げ切れない。
 そして、恐怖と対峙する。
 その恐怖に。

 耐えられない、堪えられない。

 結局これもそれのひとつで。

 逃げられないことなのだ。

 ●〜〜〜●

「強くなるには?」
 昨日と同じカフェテラス。
 ライラは、ポロンが言った言葉を反復した。
 ポロンはとりあえず頷く。
「強くなりたいんだ。強く。ライラみたいに」
 そう、強い口調で言ったので。
 さすがのライラも軽口で返すわけにはいかない。
 真剣な表情でポロンを見つめ返した。
「ずいぶんと突然なことだね。もちろん、唐突に思いついた言葉なんかじゃないんだろうけど。それでも驚いた。今飲んでいるブレンドコーヒーを噴出しそうになった」
「噴出さなくて良かった。噴出していたら僕の顔にかかるところだったから」
「まあ、それはどうでもいいけど。それで」
 ライラはそこでいったん言葉を切る。
「どうして強くなりたいの?」
 女言葉に戻る。
 ライラが女言葉を使うときは、真剣な問答の体勢である。
 だから。
 ポロンは隠すことなくはっきりと答えた。
「護りたいものがあるんだ」
「そう」
「たくさん。ライラもだし」
「あたしは護られるほど弱くない」
「嘘だよ。ライラは弱い」
「……まあね」
 と、息を吐く。
 少しの間にずいぶんと成長したものである。
 最近のポロンは少年らしさが消えてきた。
 変わりに、男性的な部分が増えてきている。
 それも、成長なのかもしれない。
 ライラは見抜かれたことに驚きと感嘆、そして動揺を感じた。
「僕は護りたいんだ。ライラも、エレーンも。ウィンディやキャロットにシャルム、そしてアリサやアリエッタ……フィア」
「護る。難しいことよ。人は人を護れない。自分すら護れない。せいぜい、恋人がピンチのときに一回、身を挺するのが関の山。しかし、それは護ることにはならない。傷つけることにしかならない。あらゆる行動が全て他者に対する牙だから」
「哲学的だね」
「まあ、いろいろ考えることは尽きないから。自分探しする歳でもないけど、それでもくだらない自分探しをやめられるほど大人じゃない。子供でもない。中途半端な女よ」
「それにずいぶんと弱音だ」
「……そうね」
 実際は、弱音を吐きたくて吐いているわけではない。
 これは、テストなのだ。
 ポロンがどのような答えを返してくるか。
 そして、ポロンがこれから放つ自分の言葉を受け止められるほど強いか。
 ポロンは、口を開く。
「弱いんだよ。僕は」
「そうね」
「強くなりたい」
「どうやって? 何の強さを手に入れるの?」
「……わからない」
「なら、私に助言できることはない」
「だから、聞かせて欲しいんだ」
 ポロンは、口調を強くした。
「ライラは、どうやって今の君になったんだ?」
 ライラは少しの間、思案する。
 そして、答えた。
「フェル=ラミアス。彼の存在が大きかった」
「フェル……ああ」
 ポロンの聞き覚えある名前であった。
「フェル=ラミアスは強い剣士だった。そして、あたしの兄で父で師匠で夢で希望で憧れだった。彼はあたしにとってものすごく大きな存在で、あたしは彼に護られていた。けれども……死んだ」
「……」
 ポロンは何も言えない。
 ライラに言える言葉はない。
「その時よ。大人になったのは。喪失と成長、喪失と成長、玩具が壊れ悲しみを知る。友達を無くし虚しさを知る。家族を亡くして絶望を知る。そうして悲しみをちっぽけな胸にむりやり押し込めで忘却し、知らない間に違う自分が出来ている。捨てられた子供のように孤独を知り、そうして結局、生きることの本質を知る。すると、大人になる」
「……大人に」
「結局、大人と子供の違いは無垢か穢れているかだけだし、強いか弱いかの違いは老獪か幼稚かの違いに過ぎない。町の最強、都市の最強、国の最強、相対評価でなら強いんだろうけど、絶対評価ではどれも弱い。なら、強いとは誰かと比べて強いってことで、あんたはあたしと自分とを比べて自分が弱いと思っている。その小賢しくも浅ましい自虐的な幼稚性はうらやましいほどに愚かだし、漠然とした強さを求めることはせせこましい覇道。さて、それでここまで話したけど、あなたは何を望むのかしら」
 ポロンは。
 言葉を失っていた。
 自分は何を求めているのだろう。
 みんなを護りたい?
 そんなのは詭弁だ。
 結局。
 究極的には。
 残虐を内包する結論しかのこらない。
 そう。
 護ることは切り捨てることで。
 得ることは失うことだ。
 相反理念を妥協という名の逃避で補う。
 それは大人であり、大人の浅ましさだ。
 でも。
 それでも結論は出来ているのだった。
「僕は……フィアを護りたいんだ。彼女はエンジェルナイトに襲われている。危険だ。そして、彼女といたらライラたちも危ない。多分僕は……君達よりフィアを選ぶと思う」
 そこで。
 沈痛な表情を見せた。
「でも、駄目なんだ。フィアと一緒にたら必ず君達に危険が及ぶ。僕ならいい。僕は覚悟しているから。でも多分、僕はいざという時にフィアを最後の瞬間に、君達より優先すると思う。でも、みんなが死んだら僕は悲しむ。多分、拳を石畳に割れるまで叩きつけて、死ぬまで泣き続けると思う。フィアは大事だけど、みんなも大事なんだ」
「……そう」
「僕が強ければ、みんなを護れる。フィアも、ライラたちも。でも僕は、そんな力がない。一人のエンジェルナイトにすら勝てない弱い存在だ。強くなりたい。でも、限界を感じているんだ。やっぱり、みんなを護れるほどの強さはもてない。だから……みんなは僕らと別れたほうがいい」
「……大事だから、失いたくないか」
 ライラは息を吐く。
 実際に。
 ポロンの思考はライラと似ていた。
 自己犠牲と自己保存。
 遺したいものとそうでないもの。
 大事な命とそれ以上のもの。
 二者択一。
 相反事象。
 愚者の嘆きと聖者の微笑。
 いずれにしても。
 くだらないことだった。
「アリサが……」
「え?」
「アリサが、フィアを見捨てると思う?」
「……」
 答えは胸にあった。
 見捨てない。
 絶対に見捨てるはずがない。
 なぜなら。
 アリサはもう、フィアを失いたくないと思っている。
 自分と同じように。
「そして、アリサがいるならシャルムもついてくる。エレーンとアリエッタはわからない。エレーンは二人が心配だろうけど結局アリエッタを選ぶと思う。あたしも……わからないな。エレーンも心配だし。でも、ポロンくんも心配。ウィンディとキャロットは……多分、アリサ達についていくと思う。でも……」
 そこで、優しく微笑む。
「そんな下種な論理、何が大事で何が大事じゃない、そういうふうにプランナーの化身が持っている天秤のように量で図るんじゃなくて、なんていうか、もっと直情的な生き物なのよ。あたし達は。これはまったく何の根拠もない適当な答えなんだけど」
 少し、照れながら。

「家族だからみんな一緒にいる」

 利口な生き方と愚かしい生き方がある。
 うまく立ち回り、大事なものだけを護り他の全てを犠牲にする生き方。
 たとえば、恋人のために親友を殺したり。
 たとえば、親友のために家族を殺したり。
 たとえば、家族のために恋人を殺したり。
 それは極論。
 けれども、欲するものとそれ以外。
 それを冷静に分け隔て、自分の手に収まるだけ持つ生き方。
 それは、自分というものをわきまえた生き方である。
 でも。
 人間というのはもっと浅ましい生き物なのだ。
 親友が欲しい。
 恋人も欲しい。
 家族だって手放したくない。
 それで、全部自分の手に持っていようとする。
 結果、全部を失い、最後に自分の手に残っているのは絶望だけだ。
 人は経験でそれを知っている。
 人は遺伝でそれを知っている。
 けれども、それを繰り返してしまう。
 なぜか。
 人は愚かだからだ。
 愚行と知りながらも、決して大事なものを手放せない。
 なぜなら。
 人間だから。
 愚かと知りながらも、全てを得ようとしてしまう。
 そういう意味では。
 ポロンも、俗的な生き物だった。
 でも。
 それが利口な生き方よりもすばらしく思えてしまうのはどうしてだろう。
 人の最も浅ましい部分のはずなのに。

「結局、愚かなんだよ」
 ポロンの呟きに。
 ライラは頷いた。
 ポロンは、うつむきながら答える。
「強くなる」
「……」
「強くなる。絶対に」
「……」
「ものすごく強くなって、みんなを、全てを。何もかも護ってみせる。できなくてもやる。僕は、子供なんだ。浅ましさと小さな視野しかもっていない単純明快な解答しか出せない子供なんだ。でも、それでも。無理だとしても。最後まであきらめない。絶対に僕がみんなを護り通して見せる。みんなのために。フィアのために」
「……そう。それが答えなんだ」
 ライラはそれだけ言う。
 そして、次の句を飲み込んだ。
 ライラは言いたかった。
 でも、言えなかった。
 言ってはいけない言葉だから。
 彼は今、気付いたばかりだから。
 子供は、子供であることを自覚した瞬間大人になれると。
 だから、話を戻した。
「ポロンくんは、格闘に向いていない」
「師匠にも言われたよ」
「このまえもそう言ってた。人は頑張ればある程度までは優秀になれる。でもそこからは才能の戦いになる。努力する天才に努力する凡人は勝てない。ポロンくんができるとしたら、そう。神魔法を極めることかしら」
「神魔法?」
「そう。真正面で戦うことが全てじゃない。何かを護る人間が、戦う剣を持つ必要はない。神魔法の頂点を極めれば、それなら、これからも何とかなるかもしれない」
「神魔法……か」
 確かに。
 神魔法の才能は人並み以上にあった。
 自覚はしていないが、自分はかなりの使い手らしい。
 それこそ指折りの。
 なら。
 敵を倒すことではなくて、みんなを護れる人間になれれば。
 それなら。
「でもそれは、甘いよ」
「……そう」
「だから、探してみる」
「それが答え?」
「それが答えだ」
 ライラはふう、と息を吐いて肩の力を抜く。
「さて、それじゃあ相談タイムはこれでお終い」
「ああ。ありがとう。話を聞いてくれて。どうすればいいのかわかったような気がする」
「そう。それは良かった。じゃあ、これからどうする?」
「帰るよ。宿屋に。ライラは?」
「待ち合わせしていてね。ここにもうしばらくいる」
「そう」
「それじゃあね」
「ああ。それじゃあ」
 ポロンは椅子から立つと、ライラに背中を見せて去っていった。
 ライラはそれを見送る。
 そして、その背中が消えたぐらいに。
 呟いた。
「もういいよ」
 すると。
 どこからか、フィアが現れた。
 ゆっくりと、ライラの傍らに近寄る。
 待ち合わせをしたわけではない。
 ただ、フィアが勝手に居合わせただけだ。
 けれども。
 ライラはフィアに言わなければいけないことがあった。

「ここにいてもいいんだよ」

 その優しい言葉が。
 フィアにとってはやけに辛かった。

 ●〜〜〜●

 翌日の昼。
 ポロンは、アリエッタを連れて歩いていた。
 もくもくと足を進めるポロンに、アリエッタは訊く。
「どこに行くにょ?」
 ポロンは少し振り返り、一言。
「ちょっとね」
 首をかしげるアリエッタ。
 それから十五分少々。
 ポロン達が訪れたのは無機質な和風造りをした道場だった。
「ここだ」
 頷き、道場に入っていくポロン。
 その背中にアリエッタは訊いた。
「何をするにょ」
 今度は、ポロンもはっきり答えてくれた。
「道場破り」

 ●〜〜〜●

「舐めているのか、小僧」
 そう、いきり立った声で言ったのは、この道場の師範代であるカラテ=オカザキだった。
 カラテは、不機嫌そうに言う。
「坊主、ここはお前のような軟弱なガキが来る場所じゃないんだ。はっきり言って迷惑なんだよ。おちょくってるのか。バカにするな。さっさと帰りやがれ」
 ポロンに顔を近づけ、脅しかけるカラテ。
 アリエッタは心配そうにそれを見つめる。
 しかし、ポロンはアリエッタに向かって安心させるように微笑んでから。
「じゃあ、看板は貰っていきます」
「はあ?」
 ポロンは不敵に笑う。
「道場破りに勝ったら看板を貰うというのがセオリーらしいですよ。戦わずに負けを認めたんだから、看板は僕のものです。遠慮なく貰っていきますがいいですね」
「……本当に舐めた小僧だ」
 カラテは表情を緩める。
 怒りが醒めたのではない。
 怒りの頂点を越えたのである。
 カラテは冷徹な態度で門下生の一人を呼ぶ。
「おい、クンフー、相手をしてやれ」
 呼ばれた門下生が頷く。
 そして、道場の真ん中に足を運んだ。
 ポロンもついていく。
 他の門下生達は黙って、その光景を見守り始めた。
 門下生達の態度は野次馬気分らしい。
 自分達が負けないという自信があるのだ。
 それもそのはず。
 ポロンの相手となるクンフーという男はポロンより、頭一つは大きい。
 更に体格もガッシリしていて、堅牢そうな肉付きである。
 カラテは、こいつなら負けないと思い言った。
「クンフー、遠慮することはない。骨の一本や二本、折ってやれ。なんなら首の骨でもいいぞ」
 見物していた門下生達が笑う。
 対してポロンは、冷静な様子で上着を脱いだ。
「ほう」
 カラテは声をあげる。
 ポロンの体つきは、華奢なわりにはなかなか肉付きが良かった。
(身長は百七十のなかば、体重は六十ぐらいといったところか。軽量級だからスピード重視だと思うが、背筋も胸筋も、それなりだ。ボクサーではない。だからといって、蹴りを得意とするには見えない。柔術でもない。つまりは……自己流か?)
 実際に、決め手とする武器を持たない格闘家は弱い。
 試合には勝てるが、勝負には勝てない。
 恐らく、ポロンという少年はクンフーの一撃で沈むだろう。
 それならいい。
 しかし。
(どうも、型を見たことがない。自己流のわりには整いすぎているし、むしろ受けの姿勢だ。つまり、攻撃を返す戦い方。そういえば、合気道という流派を聞いたことがある。しかし、それとも違うようだ)
 カラテは心配になって声をかける。
「クンフー、油断をするな。後の先に気をつけろ」
 しかし。
 クンフーはカラテの言うことを鼻で笑った。
「こんな楊枝みたいなガキに負けませんよ」
 その油断が、象を殺すのである。
 まずは、クンフーが攻める。
 先手で右の拳を放った。
 ポロンはそのまま。
 間合いに入る。
 そして。
 腹を掌で撃った。
 しかし、ダメージはない。
 武道では三十キロ以上体重が違うと攻撃を無効化されるといわれている。
 ポロンとクンフーは明らかに三十キロ以上の体重差があった。
(小僧の攻撃はクンフーに効かない。どうやって勝つ?)
 内心ではワクワクしながらカラテは様子を見ていた。
 ポロンが離れる。
 そのときだった。
 クンフーが膝を床についた。
 そのまま、腹を押さえて地面に倒れる。
 カラテが訊いた。
「どうした? クンフー」
 しかし。
 クンフーはそのまま悶絶した。
 カラテは駆け寄る。
 そして、殴られた腹の辺りを見る。
 そこには怪我らしい怪我はなかった。
 カラテは慌てて触診する。
「……内臓をうたれたか」
 そう呟いた。
 そして、舌打ちする。
 闘気掌。
 ポロンがパランチョ王国にいるときに『師匠』から習った技である。
 衝撃を外皮から臓器まで伝える。
 そして、内臓ごと相手を戦闘不能にする技である。
 本気で打てば、臓器を破壊することすらできる。
 護身術と言うにはいささか乱暴だ。
 カラテは肩をすくめた。
「残念だが、ここまでだ。ここにお前に勝てる練習生はいないだろう」
「あなたは?」
「冗談じゃない。つまらないことで怪我をしていられるか。暴力に自惚れるほど愚かではないんだ。俺は」
「……」
 カラテは息を吐いた。
「小僧、お前は強い。何がしたかったかはわからんが、とにかく強い。そこら辺のチンピラぐらいならあっさり勝てるだろう。ここで暴れたって何にも得るものはない。帰れ」
「……はい」
 ポロンは視線を下ろす。
 そして、上着を取ってからカラテに背中を向けた。
 カラテは訊いた。
「師匠は誰だ?」
 ポロンは振り向き、答える。
「ワンフーです」
 カラテは絶句する。
 そして、そのあと笑った。
「なるほど。ワンフーの弟子か。なら勝てるはずないな」
 ポロンは少しだけ笑みを見せたあと。
 アリエッタと共に道場から出て行った。
 それを見送るカラテに、練習生の一人が訊く。
「あの、ワンフーとは誰ですか?」
「ああ」
 カラテが答える。
「旅の拳闘士と言えばいいか。とにかく、強いと聞いている。数年前、どこかの王国に雇われてそこで王族の人間に武術を教えたと聞いているが。まあ、有名な男だ」
「そうですか。しかし、あんな小さな体であれほどのことができるとは」
「ああ。俺たちのやっているのは人の外を壊す戦い方だ。対してワンフーは人を内面から壊していく。一概にどちらが強いとは言えないが、残虐性で言ったらワンフーの方がはるかに上だな」
「なんか、自信を失いました。あんな小僧にやられるなんて」
「それこそ、自惚れだ。お前らは外面だけ見ていたからわからないだろうが、今の少年、恐ろしいほどの修練を積んでいるぞ。練習量ならお前らより上だろう。それに……おそらく生死をかけた戦いも経験している。相手が悪かったんだ」
「……」
「見た目に騙されるなという教訓だ。わかったら練習にもどれ」
 練習生達は、しぶしぶと練習に戻る。
 それを見送るカラテ。
 そして、考えた。
(あれほどの力があるのに、これ以上強くなって何と戦うつもりなんだ?)

 ●〜〜〜●

 町の公園で、ポロンの噴水の傍にあるベンチに座り息を吐く。
 アリエッタはポロンの横に座り、訊いた。
「気は済んだかにょ?」
「……全然。八つ当たりじゃないんだけどね」
 一応注釈。
 ポロンは再び息を吐いた。
「僕は、強いのかな?」
「ポロンくんは強いにょ」
「そうじゃなくて、さ」
 しかし、それ以上何かを言うこともなく。
 ポロンはぼおっと空を見た。
 すると。
「ポロンちゃぁぁぁぁぁん!」
 ポロンはその声の方を振り向く。
 そこには。
 巨大なおっぱいがあった。
 おっぱいが娼婦を連れて、ぼよんぼよんと揺れながら走ってきた。
 慌てるポロン。
 しかし、逃げることも叶わず。
 おっぱいはポロンに突撃した。
「いやぁぁぁん! あいたかった、ポロンちゃん!」
「あ、ぐ。リンダさん?」
 三分ぐらいおっぱいを顔面にぶつけて、気を失うような抱擁をするリンダ。
 そして、離す。
「久しぶりね。ポロンちゃん」
「ああ、お久しぶりです。リンダさん。全然変わってないですね」
「なんか、元気なさそうね」
「おかげさまで」
「すねちゃって、可愛いわん」
 その横で、アリエッタが訊く。
「誰にょ?」
「ああ。リンダさん。パランチョ王国でお世話になっていた人。ああリンダさん。こっちはアリエッタ。例の、あれ」
「ああ、ポロンくんの婚約者」
「違うって」
 呆れ顔のポロン。
 対してアリエッタは、リンダという謎の女性を上から下から観察した。
 身長はポロンより高くて、細身、むしろ骨みたい。
 髪の毛はもこもこヘアー、と言えば聞こえは良いが、ただボサボサなだけである。
 ケバ臭くて、なんか汚らしい。
 オマケに巨乳である。
 どこからどう見ても、やさくれた娼婦にしか見えない。
 アリエッタはこれがポロンの知り合いかと思うと悲しくなった。
「ポロンくん、知り合いは選んだ方がいいにょ」
「……え?」
「アリエッタは行くにょ」
 どうやら、アリエッタは何か邪推したらしい。
 不機嫌そうに去って行った。
 リンダは悲しそうに顔を潤ませる。
「いや〜ん、あんなに可愛い子に嫌われちゃったん」
「それは、リンダさんがいけないと思います。そんなに汚らしそうな格好しているから。僕も、始めてみたときには娼婦としか思えませんでしたよ。もっときれいにしてくださいよ。前は違ったでしょ」
「あん。でも。プアーとかロックアースの下町では流行ってるのよ」
「そりゃあ、あそこらへんならはやってるだろうけど」
「それにい」
 そして、再び抱擁を始める。
「愛しのポロンちゃんと会いたかったんだもん」
「会いたかったって……まあ、僕も会いたかったんですが」
「あら、お母さんのおっぱいをすすりたいのかしらん〜」
「違いますっ! 聞きたい事があって……」
「あら、真剣な悩み?」
「そうです。真剣ですよ、死活問題ですから」
「そうなのお」
 リンダはポロンを胸から離し。
 その隣に座った。
「で、何々? ポロンちゃんの悩みは?」
「あの、真面目に聞いてくれます?」
「真面目よ。大真面目。だから、早く言ってみ」
「……」
 ポロンは、少し顔をしかめたあと、話し始める。
「あの……強いってなんですか?」
「弱いの反対」
「そうじゃなくって」
「じゃあ何?」
「えーと。なんて言えばいいのかな。例えば、ものすごく強い敵がバーって空からやってきて、それから身を護るための強さが欲しくて。どうすればそういう強さが手に入るのかなって。それを聞きたいんです」
「エンジェルナイトね」
 ポロンは言葉に詰まる。
 そして、しばらくして。
「そうです」
 そう、答えた。
「そういう、ものすごく理不尽な強さを持った相手が確実な殺意を持って襲ってきたとして、今の僕らには対抗手段となるべきものがないんですよ。でも、敵は許してくれないから、戦うしかない。リンダさんならどうします」
「どうしよう」
「真面目に答えてください」
「だって、答えがないんだもん」
「え?」
 リンダはあっけらかんと、残酷なことを言ってのける。
「勝ち目がないんだから負けるのは当然でしょ」
「……それはそうですけど」
「大体、どこかのヒロイックファンタジーじゃないんだから、人間と神様が戦って人間が勝てるなんていう面白おかしいオチは少なくともこの世界には転がっていないわ。だから、ポロンちゃんも大人しくあきらめるしかない、と」
「できませんよ」
「どうして。あきらめて死ぬのも選択よ」
「……あきらめるですか」
 リンダは頷く。
 そうなのだ。
 リンダの言葉は残酷だが、今のポロンに残されたたった一つの選択肢なのである。
 あきらめる。
 世の中にはどうしても不可能なことがいくつかある。
 超能力でコップを浮かせたり。
 翼から羽を生やして浮かんだり。
 魔人とタイマンしたり。
 地獄の底から生還したり。
 エンジェルナイトの大軍に戦って勝つというのも、そういう不可能なことの一つである。
 結局。
 無謀なことなんだからあきらめた方がいいのである。
「でも」
 でも。
「それだけはできません」
 その答えに。
 リンダは、それを求めていたかのように笑った。
「それでいいのよ」
「……それで、いいんですか?」
「だって、あきらめたくなかったら希望にすがるしかないじゃない」
「泥臭いです」
「泥臭いのも人の美徳よ」
「リンダさんは、ときおり自分が人間じゃないみたいなことを言う」
「そうかしら」
「でも……」
 ポロンは、何かを見つけたような、吹っ切れた表情を浮かべた。
「参考になりました」
 リンダは、微笑。
「答えは、初めから胸にあったのよ」
「そうですね。それで」
 再び、訊く。
「それを踏まえて、どうしても戦うための力が必要なんです。何か、秘策はないですか? ほら、なんかものすごい技とか。島を吹っ飛ばしたり、巨大な気功弾を放ったり。そういう反則気味のすごい技、リンダさん、ありません?」
「あることはあるけど。ポロンちゃんには使えないよ」
「なんで?」
「だって、ポロンちゃん、格闘技の才能、ないもん」
「あ、そうですか」
「そうよん」
「そうですか」
「そうよん」
「そうですか……」
 落ち込むポロン。
 やはり、言われる言葉は一緒だった。
「例えば〜。そうそう、ポロンちゃんの友達が使ってる波動掌っていう技。あれの上級技に波動激震掌っていうスーパーかめはめ波みたいな技があるけど、それでも決め手にはならないし。とりあえず、リンダちゃんはポロンちゃんにできることを一通り教えたつもりだから、リンダちゃんに頼ってもポロンちゃんはこれ以上強くならないのだ〜」
「……あ、そうですか」
「もう、限界才能も訪れているんでしょう」
「……はい。五十五まではいったんですけど。そこで才能限界でした」
「五十五なんて、天才の天才よ。ポロンちゃんは才能に恵まれたのね」
「兄さんは七十越えてましたよ」
「ピッテンちゃんは化け物だから」
「そうですね。化け物ですよ。本当に。でも、化け物じゃなきゃどうにもならないんです」
「どうにもこうにも、うまくいかないわね」
「なんとかして、もう少し才能限界、伸びて欲しいんですが」
「三十ぐらいなら何とかなったんだけどね。五十はね。五十もあれば無敵なはずだけど」
「でも、多分エンジェルナイトの強い奴が来たら負けます」
「レダクラスのやつね。あれは人間じゃあなかなか倒せないからね」
「くわしいですね」
「まあね」
「……」
 ポロンは呟く。
「悔しいですよ。弱いのは」
 しかし。
 リンダは優しく言い聞かせた。
「弱くないわ。ただ、相手が理不尽なだけなのよ」
「……」
「そして、相手が理不尽ならこっちも理不尽で返すしかない」
「え?」
「エターナルヒーローは魔人の理不尽な能力に対抗するために、同じく理不尽なものをぶつけようとした。それがプランナーとの契約。結果として、それは呪いと同義のひどいものだったんだけど、千年以上の時を越えて、一人の青年が魔人を倒す手段となりえたわ。理不尽に拮抗する理不尽」
「なら、僕もプランナーと契約しろと」
「それはお薦めできないわ。第一、どこにいるかも知らないでしょう」
「ええ。リンダさんは知ってるでしょうけど」
「うん。知ってる。リンダちゃんの情報網はすごいから」
「あーはいはい。でも、真面目な話、それぐらいしか浮かばないし」
「あとは、魔人に頼むとか」
「ガルティアさんとは知り合いだけど。巻き込みたくないし」
「他には、悪魔と契約するとか」
「それも、どうだろう」
「うーん。いっそのこと、ルドラサウムにお願いするとか」
「ルドラサウム……か」
「まあ、無理だけどね。眠ってるし」
 ポロンは、息を吐く。
「結局、どうしようもない事態だから正攻法は期待できないってコトか」
「そうね。でも……」
 リンダはニッコリ笑って言った。
「どんな事態でもね、あきらめなければ何とかなるものよ。あきらめた瞬間に、人は終わるの」
「……」
 少しだけ口ごもってから。
 ポロンは答えた。
「がんばってみます」
 リンダも微笑む。
「がんばれ」
 そして、リンダは立ち上がった。
「リンダさん?」
「そろそろ、時間だから」
「そうですか」
 そこで、思い出したように手を叩く。
「あ、そうそう。限界才能を上げる方法、思いついたわ」
「なんです?」
「この世界に限界才能がない理不尽な男がいるから、その男に抱かれるとなんと限界才能がアップ!」
「遠慮します」
「アリスブルーにでられるよん」
「遠慮します!」
「そう? もったいない」
 そのまま、リンダは背中を見せる。
「それじゃあ、お別れ。アデュー、ポロンくん」
 そして、おかしな娼婦は足を街の外に向けた。
 ポロンはその背中に呟く。
「ありがとう。リンダさん」
 すると。
 唐突に背後から声。
「ポロンくん」
 振り返るポロン。
 そこにいたのは。
「……フィア」
 フィアは少しだけ苛立ったような表情で訊く。
「今のは、誰?」
「ああ」
 ポロンは頷いた。
「リンダさん」
「リンダさん?」
「うん。あの姿のときはそう呼べって言われている」
「あの姿?」
 ポロンは頷く。
「本名は、ワンフー。僕の格闘技の師匠」
「え? あんな娼婦みたいな人が?」
「ああ、あの姿は久しぶりだな。修行の時は筋肉質な青年か、六十歳ぐらいの歳寄りのことが多いんだけど。他には、十歳の女の子だったり、コギャルだったり、サムライだったり、ああ、フェレットの姿だったこともある。フェレットが急にしゃべりだしたときはビックリした。それ以上にビックリしたのは城の外を二十メートルぐらいの鬼が歩いていた時かな。呼びかけたら師匠だった。あれは驚いた」
「……」
 絶句するフィア。
 そして、頭を抑えながら訊いた。
「その人、何者?」
 ポロンは肩をすくめた。
「僕も知らないんだ。あるとき、急にやってきた」
「そう」
 そのまま、フィアはポロンの前に歩き。
 膝をついて同じ目先で訊いた。
「ねえ、ポロンくん」
「……何?」
「ポロンくんは、どうして強くなりたいの?」
「……」
 少しだけうつむいて。
「みんなを護りたいんだ」
「それだけ?」
「それだけ」
「他には?」
「なんにもない」
「そう」
「いや、一つだけあった」
「何?」
「君の為に、強くなりたい」
 フィアは真っ赤になって顔を俯かせた。
 そして、小さな声で、「どうしてそんな恥ずかしいこと……」と呟く。
 そのまま、ポロンの視線をよけるように背中を向けて。
 言った。
「きっとなれるよ。強く」

 ●〜〜〜●

 ライアットの展望公園。
 夕日の差し込む時間。
 リンダ、いやワンフーは、公園からライアットとの街を一望していた。
 ワンフーは待っていた。
 待ち人は、まだ訪れない。
「待ち人、来たらず。思いは、切れず。業と念は断ち切れず」

「それも、詩的とはいえないが」

 ワンフーは振り返る。
 そこにいたのは、金髪の美女、スワンだった。
 スワンは冷徹な微笑。
「久しぶりね。その姿は似合っているわ。貴方の本質は汚らわしい魔性だから」
「なら、貴方の姿も似合っているわよん。その性根のわるそうなところが」
「抜かせ、三級魔」
「言うわね、四級神」
 二人は、公園のベンチに座る。
 そして、先に口を開いたのは。
 スワンだった。
「驚いたわ。貴方がまさか、ポロン少年の家庭教師をしていたとは」
 そこで、視線を細める。
「どういうつもりなのかしら。ワンフー。いえ、無銘の魔性といった方がいいかしら。なぜなら、貴方に姿も名前もないんだから」
「幻想はかくも虚ろ。けれども、そこには確かに在る。存在しないものではないわよ。あたし。貴方の前にいるわ」
「屁理屈が。まあいいわ。貴方が人間界にちょっかいを出していたのは知っていたけど、あんな小僧の面倒を見ていたとはね。無欲で物欲皆無の貴方が、あの少年に何を期待しているのだか」
「それは買いかぶりすぎよ。ポロンちゃんは大した男の子じゃないわ。そこらへんにるボンボンよ」
「ただのボンボンを、理由もなく観察するのかしら? それこそ、戯言よ」
「理由ならあるわ。たまたま、あたしの目に留まった。最大の理由。あたしにとっては、世界を救った覇者も、畑を耕している農民も、同位でかつ、無価値なのよ」
「なら、なぜあの少年を?」
「言ったじゃない。人間を見ていたかったのよ。人間が救われる生き物か、否か。答えは出ていないわ。もうじき出るでしょうけど」
「そう」
 そして、沈黙が流れる。
「はじめるのね」
「ええ」
「あんたには荷が重いわ」
「けれども、私しかやる者がいない」
「利用されているだけよ」
「そうね」
「でも、やるの?」
「やるわ」
「邪魔はしないわ」
「なぜ? あの子は貴方のお気に入りなのに」
「お気に入りですら無価値なのよ。貴方もポロンも、プランナーも、ルドラサウムも、魔王も、全てが同位。同義。そして、価値なき存在」
「虚しい者ね。貴方は」
「そうね」
 二人は、互いに背中を向ける。
「それじゃあ、ね」
「次は会えないわね。どちらかが滅びているから」
「あるいは、両方か」
「それすらも、無価値よ」
「そうね。無価値だわ」
 二人はそのまま、虚空へと消えた。

 それは、ラグナロク一日前の会話だった。

 ●〜〜〜●

 翌日。
 ライアットの町はいつものような朝を迎えた。
 いわゆる快晴。
 晴天の青空。
 市場には活気が沸き。
 公園では子供が遊び。
 路地裏では若者が屯し。
 石畳にはカップルが座る。
 平和な街並みだった。

 ある若い家族が、子供を連れて歩いていた。
 二人は熱愛の末に結婚して、子供をもうけた。
 今は結婚三年目。
 この小さな町で今日まで二人、今は三人、幸せな毎日を送っている。
 今日は、繁華街で買い物をする予定だ。
 子供の誕生日が近い。
 だから、大きなくまのぬいぐるみを買ってあげるのだ。
 子供ははしゃいでいた。
 その姿に、若い母親は苦笑を隠せなかった。
 三人は手を取り合って歩く。

 人生で、最後の道を。



 子供は、唐突に空を指差した。



「ママ、天使だよ!」






ENDING