ルートX
(前略)マーブル(後略)



 こんにちは、キャロットです。
 年齢十五歳の美少女魔法使い、胸のサイズはFカップ。
 最近はまっているスポーツはゲートボールです。

 そんな前置きはさておいて。
 あたしのスール、ウィンディを知っていますか?
 狐みたいな顔と鴉みたいな格好をした女の子なんですが。
 あたしが言うのもなんですが、彼女はとっても優秀な魔法使いです。
 齢十六にして、魔法の天才。
 普段は怠けているから今ひとつパッとしませんが。
 彼女がその気になったら覚えられない魔法なんてないと思います。
 高い魔力と豊富な知識。
 そして、何よりもそのセンスは大陸随一。
 それだけの力がありながら、なぜかやたらと即物的。
 短絡思考な女の子です。
 でも、それを含めても彼女はとっても優秀なんです。
 最近は、ゼスのガンジー王から直接のお便りも貰うほど。

 ……まああの親父も見た感じ、変わった人間が好きそうだけど。

 それはおいといて。
 彼女の優秀性はよくわかっていただけたでしょうか。
 そうなんです、優秀なんです。
 けれども、最近思うことがあるんです。
 魔法レベルと人格の健全さは反比例するんだと。
 例えば、大陸の北に住むエターナルヒーローのホラガ氏は無類の男好きらしいです。
 そして、ゼスのアニス=沢渡氏は、魔力以外は筋金入りのバカです。
 ウィンディも例外ではありません。
 彼女はそう。

 無類のアニメオタクなんです!

 いえ、そのような人間はたくさんいます。
 彼女もたまたま、アニメが好きだというだけなんでしょう。
 でも、アニメが好きなのは良いんです。
 好きなだけみてください。
 深夜番組も、オッケーです。
 VHSをビデオデッキに差し込んで取り溜めもしてください。
 パソコンで好きなカットを取り込むのも見て見ぬ振りします。
 けれども、一つだけやって欲しくないことがあります。

 現実とアニメをごっちゃにしないでください!

 現実は現実、アニメはアニメ。
 いくら呼んでも、二次元の人間は三次元にはこられないんです。
 ビームを撃つロボットもいなければ、月に行ける戦艦だってないんです。
 突然街角で女の子とぶつかって、学校で再開するなんていう展開はありません。
 再開したとしても、恋に陥るなんて奇跡です。
 石段をコロコロ転がったって人格はいれかわりません。
 銃をバンバン撃つ刑事もいません。
 顔がアンパンのヒーローだって存在しないんです。
 そんなことは、小学生の子供だってわかっています。

 それを、いい歳した大人(?)が真に受けるなんて幼稚以外のなにものでもありません。

 アニメの口真似をするぐらいなら良いんです。
 コスプレだって認めましょう。
 ガンダムしりとりだってオッケーです。

 けれども。

 ムチャクチャなことを思いつきでやるのだけはやめてください。

「プリッキュア! プリッキュア!」

 ああ、歌っています。
 楽しげに、朝八時半の子供向け番組を見て歌っています。
 楽しそうです。
 彼女が一番生き生きとしている瞬間です。
 こんなに生き生きとした彼女は見たことがありません。
 そして、時間は八時五十分を迎えようとしています。
 そろそろです。
 そろそろ、彼女の凶行がはじまります。
 ああ、でました。
 ついに出てしまいました。

『プリキュア、マーブルスクリュー!』

「プリキュア! マーブルスクリュー!」
 
 ウィンディは目をらんらんと輝かしています。
 本当に、こういうところをみるとなんか悲しくなります。
 ああ、こいつは本当にバカだなあとか思ってしまいます。

『ダッテ、やってらんないじゃん!』

 やってらんないのはこっちです。
 あたしは呆れ顔で彼女の後姿を見ます。
 すると、彼女は子供のような笑みであたしに振り返りました。
 そして、言うのです。

「プリキュアマーブルスクリューを練習しましょう!」

 あの、ウィンディさん。
 黒色破壊光線とブラックサンダーは違うものです。

 ●〜〜〜●

 ラジールの北にとても巨大な湖があるのは有名な話だ。
 その名はティティ湖。
 古来より様々な伝説がこの湖に伝わっている。
 一つ、恐竜を見た。
 一つ、地下に大神殿がある。
 一つ、DXの会がよく人を沈めに来る。
 中でも有名なのが、泉の女神伝説である。
 いわゆる、湖に斧を投げ込んだら金色の斧になって戻ってきたという話だ。
 この泉にもそのような言い伝えがある。
 アルミの斧を投げ込んだ人間が、オリハルコンの斧をもらったという話である。
 
「と、いうわけでやってきました。ティティ湖」
「冬場は冷えるね」
 と、炎の魔法で暖を取るキャロット。
 そして、訊く。
「ねえ。ウィンディ」
「なんじゃらほい?」
「ここに来て、一体何をするの? まさか」
「違うわよ」
 と、一言。
「キャロット、あんたって白色破壊光線唱えられないでしょう」
「うん」
「キャロットの場合ね、理論は出来ているのよ。技術もちゃんとしているし。ただ、なにが駄目かっていうと白色のエネルギー体を精製する魔力が足りないってこと」
「うん」
「だから、クリスタルリングとかの、魔力を膨れ上がらせるようなアイテムがあれば唱えることもできるんだろうけど、増幅無しに唱えるのは無理ね」
「そうだね」
 そこで、キャロットは白色破壊光線を覚えたときのことを思い出す。
 そう、それはサバサバでのことだった。
 時は半年以上前、フィアと出会ってからすぐのことである。
 ウィンディはゼスの魔法研究所に毎日通っていた。
 そして、黒色破壊光線の理論を頭に叩き込んだのだ。
 で、魔力増幅の一発本番。
 ウィンディはいわゆる天才である。
 それも、百年に一人の大天才だ。
 魔力の大半が封じられたとしても、そのセンスは少しも衰えていない。
 理論だけの破壊光線を、たった一度でものにしてしまったのだ。
 つくつぐ、才能というものを思い知らされる。
 それだけならいいのだが。
 その日以来、ウィンディはキャロットに破壊光線を覚えさせようとしていた。
 まず、毎日部屋にやってきては破壊光線についての講釈をする。
 次に、クリスタルリングを貸して瀕死になるまで練習させた。
 更に、夜な夜な枕元にたって睡眠学習を始める始末。
 天才と奇人は紙一重だとキャロットは思い知らされた。
 で、約三ヶ月近い猛特訓の結果。
 キャロットは白色破壊光線を習得するに至った。
 至ったのだが。
 普通の状態では魔力が足りず、破壊光線を撃つことができない。
 魔力だけは、修行でもどうにもならない。
 なぜなら、潜在的な魔力は生まれた瞬間から決まっているからである。
 潜在的な力は、いわゆる遺伝によって大きく左右される。
 キャロットの母親は優秀な魔法使いだった。
 キャロットも同様で、魔法使いとしては指折りの天才である。
 しかし、それは町や村を基準にした場合の話だ。
 国で見た場合、キャロットは確かに優秀だが、一番ではない。
 それどころか、自分より優秀な人間は山ほどいるのだ。
 現に今、目の前に。
 だから、破壊光線を撃つときは必然的に魔力増幅の道具が必要になる。
 そして、その道具となるべきクリスタルリングはすでに壊れている。
 結局、破壊光線の知識は現在のキャロットには無用の長物なのだ。
「で、あたしが考えたのは」
「考えたのは?」
「この湖に物を投げ込むのよ」
「はあ?」
 キャロットは呆れ顔になる。
 対してウィンディは自信満々に。
「もし、この湖の伝説が本当なら、きっと魔力増幅の素晴らしいアイテムをくれるに違いないわ。そうよ、そうなのよ。いや、あたしったら天才。だから、誉めてもいいのよ」
「……」
 無言のキャロット。
 しばらく、絶句していたがようやく口を開いた。
「それで、何を投げ込むの?」
「うーん、実はそれなんだけどね。ちょっとこっちに来て」
 ウィンディは湖の傍にキャロットを呼び寄せる。
「初めは、マジックアイテムを投げ込んでみようかと思ったんだけど、こうしたほうがいいかなって思ったのよ」
「こうしたほうが?」
「えいっ」
 背中から突き飛ばされるキャロット。
 手をつこうにも支えが無い。
 そのまま、呆然と後ろを振り返る。
 そこには、いやらしい笑みを見せたウィンディの姿。
「あんたを放りこんだほうが早いって、今気付いたのよ。じゃあ、行ってらっしゃい!」
「人でなしぃぃぃぃ!」

 ボチャン。

 湖に落ちるキャロット。
 ウィンディはそれを、残虐な笑みで見送る。
 そして、鼻歌を歌いはじめた。
「なにがでるかな? なにがでるかな? なにがでるかな? スチャカチャンチャン♪」
 すると。
 湖が光り輝いた。
「おおっ」
 ウィンディが顔をほころばせる。
 そう。
 光り輝く湖の上に、一人の少女が現れたのだ。
 赤茶の髪をツインテール。
 そう、泉の精霊洋子ちゃんだった。
 洋子ちゃんは手に、二つの物体を抱えて言った。
「こんにちは〜。泉の精霊洋子ちゃんで〜す」
「はじめまして〜。天才魔法使いのウィンディで〜す」
「さてさて?」
 洋子ちゃんはニッコリとかわいらしく聞いた。
「あなたの落としたのは、この魔法レベル1のうだつのあがらない天然巨乳駄目メガネのキャロットちゃんですか?」
「違います」
「じゃあ、こっちの魔法レベル3、限界才能レベル120で白色破壊光線と黒色破壊光線を覚えている、近眼も回復、魔人とも対等に戦える超強力戦士、デラックスハイパーキャロットちゃんですか?」
「そうです」
「嘘つきには両方あげませ〜ん」
「へ?」
 洋子ちゃんはニッコリ笑うと。
「じゃあ、バイビー!」
 そう言って、キャロットを抱えたまま湖に帰っていった。
 おもわず、ウィンディが叫ぶ。
「おい! ちょっと待て! とりあえず、本物のキャロットを返せ! おい! こら!」
 しかし、残念かな。
 キャロットは洋子ちゃんと共に湖深く潜っていった。

 ●〜〜〜●

 気まずい。
 気まずいのだ。
 なにがだって?
 それは決まっている。
 アリサのことだ。
 長崎から戻って、ラジール。
 その帰路一週間。
 その旅の間、アリサとはまったく口をきいていなかった。
 初めのうちは、こちらから避けていた。
 なんとなく、顔をあわせるのが嫌だったのだ。
 しかし、それではいけないと思い、ようやく三日目に声をかけた。
 ものの見事にシカトされた。
 当然の報いだと思い、今度はさりげないアプローチをかけた。
 例えば、さりげなくコーヒーを差し出したりした。
 けれども、どうも効果がない。
 やっぱり、アリサはいぜんとして口をきこうともしないのだ。
 さすがに、もう一週間だ。
 いい加減、参ってきた。

 ポロンは、憂鬱な気分のまま宿屋の階段を下りた。

「あ」
 声をあげる。
 すると、宿屋の食堂にいた二人がこちらを振り向く。
 一人はフィア。
 もう一人はアリサだ。
 二人は今まで談笑をしていたらしく、飲みかけのジュースが二つあった。
 ポロンは安心する。
 自分のせいで二人が気まずいことになっていないとわかったからだ。
(つまり、アリサが徹底的に無視しているのは僕だけってことか)
 嬉しいんだか悲しいんだか。
 冷たくなるというアリサの予告はものの見事に的中しているようだ。
 ポロンはさりげない態度で、その実ものすごくぎこちない態度で二人に声をかける。
「やあ、おはよう」
「おはよう。ポロンくん」
 と、笑顔を見せたのはフィア。
 逆にアリサは、冷たい表情でポロンを一瞥すると。
「おはよう」
 はき捨てるような言葉。
 挨拶してくれただけでも大戦果だといえる。
 ポロンはそれでもひきつった笑顔を見せつつ、二人に聞いた。
「ここ、いいかな?」
「あ、うん」
 そう言ってから、フィアはアリサの顔色をうかがう。
 アリサはむくれたまま席を立ち上がると、フィアに言う。
「あたし、ちょっと用を思い出したから」
「え?」
「じゃあ、ごめんね」
 アリサはフィアにだけ笑顔を見せると、ポロンの顔も見ずに立ち去っていく。
 ポロンはフィアに対して気まずそうに笑うと席に着いた。
 フィアは、ポロンを気遣うように訊いた。
「アリサと、ギクシャクしてるの?」
「あ、うん。でも心配するようなことじゃ……」
「そう」
 それきり、黙る。
 その横顔にポロンは優しく声をかけた。
「別に、フィアのせいじゃないよ」
「え?」
「なんていうかな。あれはアリサの僕に対する罰ゲームみたいなもので、ようするになんていうかな、仕返しをしているんだよ」
「仕返し……そう」
 フィアは理解したようなそうでないような表情を見せた。
 なんとなく、その表情は寂しげだ。
 しかし、すぐにその表情を消すとニッコリとポロンに訊いた。
「ねえ、ポロンくん。前から一つ訊きたいことがあったんだ」
「訊きたいこと?」
 ポロンは少し驚く。
 フィアから、何かをたずねてくるなんて初めてだからだ。
 それは、フィアなりの一歩だったのかもしれない。
 ポロンは微笑む。
「なに? 訊きたいことなら何なりと」
「二言はない?」
「武士に二言はない……って、それは違うか。うん、なんでも答えるよ」
「そう。なら、パランチョのこと教えて」
「パランチョ?」
「うん」
 フィアは頷く。
「だって、みんなはパランチョに行ったことがあるのに、あたしだけない。だから、せめてどういうところか訊きたいなって思ったんだ」
「そう……」
 少し思うことをがあり考え、すぐに頷いた。
「いいよ。なにから聞きたい?」
「えーと、ポロンくんの家族構成から」
「ずいぶんと、突っ込んだこと聞くね。普通はどんな国だとか、そういうことだと思うけど」
「だめ?」
「いいよ。うん。僕は二人兄弟。母さんは僕が幼い頃に死んでしまった」
「そうなんだ」
「まあ、昔のことだから。父さんはペペロンっていう優しい人。あんまり怒らないしいつものほほんとしているような人だよ。僕は父さん似かもしれない」
「そうかもね。なんとなくわかる」
「兄さんは、ピッテンって言うんだ。すごい人だよ。頭はいいし剣だって王国一の使い手、更に国の総大将で人当たりもいい、女性にももてるな。僕が十歳の頃には毎日美人を何人も引き連れていた。今もそうだけど」
「ふーん」
「だから……」
 そこで、いったん言葉を切る。
「だから、僕は子供の頃、そんな兄さんが国を継ぐものだと思っていたんだ。パランチョ王国は世襲制だし、第一後継者は兄さんのピッテンだった。対して僕は、格闘術だって人並みだし、頭もそんなに良くない。兄さんに勝てるといったら魔法が使えることぐらいだ。だからってそれで兄さんと並べるような人間になるわけでもないし。だから、僕は今まで、兄さんが継いで僕は陰に隠れていればいいってずっと思ってたんだ」
「ポロンくんは、ずっと兄さんの背中ばっかり追いかけてきたんだね」
 その言葉にポロンはハッとする。
 そして、納得したように頷いた。
「うん、そうかもね。実際、僕は兄さんの背中ばっかり見ていた。いつも僕の前を歩く兄さん。いくら必死になっても決して追いつけない兄さん。そして、いつも兄さんに隠れて脇役の僕。だから……正直、国王になれと言われたときはものすごく嫌な気分だった。だって、兄さんが継いだ方がパランチョはもっと良い国になる。兄さんは謙遜してるけど、政治でも軍事でも僕よりもはるかに優秀なんだ。王としての資質っていうのを生まれながら持っているような人だから。だから……」
「結局さ……」
 フィアは、ポロンの沈うつな横顔に言った。
「ポロンくんは、兄さんが怖いんだ」
「……僕が、兄さんを怖い?」
 ポロンは笑う。
「そんなわけないよ。僕は兄さんのことを尊敬している。誰よりも優秀な人。そして、強い人。尊敬していないはずがない」
「でも、なんか完璧すぎるよ」
「……え?」
 フィアは少しだけ視線をそらす。
「ポロンくんはなんか、自分の兄さんのことを聖人化しすぎてる。そんな完璧な人、本当にいるの?」
「……いるよ。フィアも会えばわかる」
「でも……」
 そこで、言葉を飲み込む。
 本当は言いたかった。
 結局、ポロンはピッテンの背中を追うあまりにピッテンを畏怖しているんじゃないかと。
 行き過ぎた信頼は信仰に似る。
 人は裏切る動物だ。
 完全に信頼して良い人間は、すでに人とは言えない。
 誰もが他者と相反する意見をせめぎあいながら生きているのだから。
 ポロンがピッテンに裏切られた時、ポロンはいったいどうするのだろう。
 それでもピッテンを信じるのか、従順に。
 もしくは、牙をむくのか。
 どちらがいいかはわからないけど、ポロンは兄に依存しない方が良い。
 フィアはそう言いたかった。
 変わりに、別の言葉を向ける。
「この話はやめよう」
「あ、ああ」
 ポロンは、うろたえるように頷く。
 そして、つくろうように話を変えた。
「とにかく、パランチョはいいところだよ。自然は多いし、空気だって奇麗だ。少し田舎臭いけど」
「あはは」
 フィアはおかしそうに笑う。
「それに、国民もみんな良い人だよ。美味しい食べ物もたくさんある。小国だってことを我慢してくれればきっと、どんな国よりも居心地良くて一生住みたくなる」
「へえ、すごいな」
 フィアは目を輝かせながら呟いた。
「行きたいな、パランチョ」
「うん、行こう」
「え?」
 ポロンは、フィアに顔を近づけて言う。
「行こうよ。パランチョに」
「え? いつ?」
「今」
「……いいの?」
「うん。……と、言いたいけど」
 ポロンは少しだけ言いよどむ。
「やっぱり、エンジェルナイトの事件が終わるまでは、戻らない方が良いかも。なにが起こるかわからないんだから」
「……そうだね」
 フィアは、少しだけ陰りを見せる。
 エンジェルナイトの事件。
 それはいまだ終わりを見せない。
 ヘルマンでの一件以降、エンジェルナイトは襲ってこない。
 だが、それでもフィアが狙われているという事実は変わらないのだ。
 だから。
「ごめん」
 フィアは消えてしまいそうな声で謝った。
 しかしポロンは。
「え? なにが?」
「あ、ううん。なんでもない」
 ポロンはどうやら、フィアの言葉を聞き逃していたらしい。
 フィアは少しだけ安心する。
 けれども、落ち込んでいるフィアにポロンは気付かないはずがなかった。
 ポロンはニッコリと微笑んで言う。
「でも、いつか行こう」
「うん」
 フィアも、頷く。
「これが終わったら」
「うん」
「絶対に」
「うん」
 二人は誓い合った。
 強く誓い合った。

 叶うなら、この約束がいつまでも消えないように、と。

● 〜〜〜●

「ハアハアハア」
 びしょびしょのまま、半死半生をさまよったキャロット。
 顔は死相のはれたばかりの青白い表情である。
 ウィンディはそんなキャロットにゲラゲラ笑いながら謝った。
「いやー、ゴメンゴメン。まさか、連れて行かれちゃうとは思わなかった。ウィンディたん大失敗♪」

「危うく、死ぬところだったじゃないの!」

「だから、ごめんって謝ってるじゃないの。もう、Fカップのくせして心が狭いわね〜」
 ウィンディは対して悪びれる様子もなく、そんなことを言ってのけた。
 そして、しばらく思案にふける。
「うむ、何事も失敗したあとは冷静に問題点を提示していって、そこから解答を見出すっていうのが理論的かつ生産的な行為よね」
「あの、ウィンディ? あたしは湖に沈められかけて危うく命を落としかけたんだけど、それでも冷静にしてなきゃいけないの?」
「ふっ、甘いわね。フィアはそんなこと日常茶飯事よ。しかもそのあと、『どうしてこんなことするんですかあ』って泣きついてくるだけ。キャロットのようにグダグダ言ったりはしないのよ」
「しっかし、どうしてあの子、生きてるんだろうね。時々、不死身かって疑いたくなる」
「それはおいといて」
 ウィンディはピン、と指を立てる。
「結局、第一に嘘つきはいけないということがわかったわ。嘘をついたら貰えるものももらえなくなる。この非情な世の中であたし達はそれでも正直者で在る必要性にかられているのよ。なかなか哲学的でしょ」
「うんそうだね」
「なんか、生返事よね。で、次に落とすものを選ばなければいけない。キャロットを落としてスーパーキャロットを貰っても、まったく意味のない事に今気付いたわ」
「そう……それはありがとう」
 キャロットの口元がひきつる。
 ウィンディは再び、湖の岸に立つ。
 そして、キャロットに言った。
「杖、貸して」
「杖?」
「そう。杖を投げ込みましょう」
「なんで?」
「その杖は、けっこういい品でしょう」
「うん」
 そうなのだ。
 キャロットの愛用している杖は樫でつくられている。
 樫と言えばドルイドだが、実際は魔力の媒体とするのに良い道具とされている。
 樹齢千年を超える樫なら、最高のマジックアイテムだ。
 この杖は、キャロットの家に伝わる宝具である。
 樹齢千年の樫の枝を使った、最高の道具だ。
 魔力を効率よく収束させ、魔術のコントロールにも役に立つ。
 実は、かなり素晴らしいアイテムなのだ。
「だから、それを投げ込んでみましょう」
「でも、これはうちに伝わる家宝なんだけど」
「いいからいいから。大丈夫だって」
「……本当かな?」
 疑う暇も無く。
 ウィンディは、キャロットの手から杖を取り出すとボチャンと湖に投げた。
 湖が金色の光を放つ。
 その光と共に。
 再び、泉の精霊洋子ちゃんがニコヤカな笑顔で現れた。
 洋子ちゃんは明るい表情で元気に言う。
「こにゃにゃちわ、泉の精霊洋子ちゃんでーす!」
「待ってました!」
 ウィンディが拍手を送る。
 洋子ちゃんはニコニコ笑顔のまま、手に持っていたアイテムを見せる。
「さて、君の落としたのはこの、カラーの宝石を使った伝説のアイテム、クリスタルロッドかな?」
「クリスタルロッド!」
 ウィンディは喜びのあまり飛び上がった。
 クリスタルロッドとは、クリスタルを使った杖のことだ。
 処女を失ったカラーは、その額の宝石をルビーのような赤から青色に変える。
 サファイアのような青の宝石はクリスタルと呼ばれる。
 そのクリスタルは、強い魔力増幅の効果を持つ。
 更に、剣などの材料にも使える素晴らしい鉱石なのである。
 それが原因でカラー狩りなどが頻発し、現在のカラーは森の奥地でひっそりと暮らす。
 このクリスタルロッドはクリスタルを原材料としている。
 その魔力は、すさまじいものである。
 これなら、魔力の無いキャロットも白色破壊光線を使いまくりである。
 しかし、焦りは禁物だ。
 ここで、嘘をつくとアイテムをもらえなくなる。
 ウィンディは危うく口から出そうになる言葉を抑え、別の言葉を放った。
「そ、それじゃないれす」
「そう、なら」
 洋子ちゃんは背中を向ける。
 そこには。
 そう、そこには。
 洋子ちゃんの背中に深々と刺さったキャロットの樫の杖があった。
 ダラダラと、すさまじい血が流血していた。
 洋子ちゃんは、ドスのきいた声で再び訊く。
「君達の落としたのは、この洋子ちゃんの背中にクリティカルヒットしている樫の杖なのかな? 洋子ちゃんはメチャクチャ痛いんだぞい。もし、これが君達の持ち物なら……」
 そこで、声を一オクターブ低くする。
「今すぐ念仏を唱えろ」
「い、いえ。実は落としたのはそれじゃなくてそのクリスタルロッドです。っていうか樫の杖じゃないのでお互いに悪いことは忘れることにしましょう」
 ウィンディは上ずる声でそんなことを言う。
 洋子ちゃんは背中に手を伸ばし、樫の杖を抜いた。
 背中に穿たれた穴から、おびただしい量の血と赤い臓物が流れ落ちた。
 もう、生々しくてついていけない。
 その杖を片手に、洋子ちゃんは振り返った。
 そこにいたのは。
 羅刹だった。
「どっちから先に死にたい?」

 キャロットは絶叫しながら逃げ出した。

 ●〜〜〜●

 しばらく談笑してから、ポロンとフィアは表に出た。
 すると、外はものすごく日和が良い。
 太陽の光が貫くように地面をさす。
 思わず、気分まで高揚してくる。
 二人は、そのまま宿屋の裏の林に足を伸ばすことにした。
 すると、そこには思わぬ人物がいた。
 ライラである。
 剣の修行をしている。
 すぐ傍ではアリエッタがその光景を見ていた。
 ポロンはアリエッタの傍に近寄り、訊いた。
「なにしてんだい?」
「あ、ポロンくん。おはようにょ」
「もう、そろそろ昼だけどね」
「ポロンくんは少し神経質にょ」
 と、拗ねた表情のアリエッタ。
 横でフィアがおかしそうに笑う。
 ポロンはばつの悪そうな表情でライラに視線を移す。
 ライラは、バスターソードを素振りしていた。
 まず、上段から下段に振り下ろす。
 そして、下段から上段に振り上げる。
 八双から袈裟斬り、そこから一歩前に出て右下段から斬り上げる。
 更に、足を動かしながら中段に返る。
 そのまま、更に左の脇構えに移した。
 左から右に斬る。
 右から左に斬る。
 左から右に斬る。
 そして、剣を中段に移す。
 それから、上段に持って行き、上段から斬り下ろした。
「ハッ!」
 そこで、剣をとめる。
 そして、ポロンに笑顔を見せて言った。
「と、今のが軽いデモンストレーションっていったところかな。いわゆる見世物に使う剣舞なんだけど、一応一通りは勉強しておいた。実際の戦闘はもっと臨機応変で殺伐としたもの、基本的には一撃必殺。いかに相手の不意をついて倒すかが必要……と、語っちゃったね」
 剣を鞘に収めるとポロンに訊いた。
「何か用?」
「いや、たまたま通りかかっただけだよ。でも、すごかった。驚いた」
 ポロンは純粋な気持ちでいうがライラは肩をすくめて言った。
「今のは気分転換だよ。本来はもっと淡々とした練習さ。ひたすら体を鍛える。剣を何回も振るだけ。いろいろな振り方を試す。そして、何回も同じ振り方をして、研究して、悪いところをなおして。必殺の太刀を身に着ける。でも、それだけじゃ戦いは強くなれない」
「それじゃあ、どうするんだよ?」
「実戦だよ。強くなるには実戦しかない」
「でも、自分より弱い相手と当たらないと……」
「ああ、お陀仏さ。だから、剣で強くなりたいと思ったらとにかく、毎日剣を振る。飽きることなく剣を振る。そして、最大限の努力をした後、実戦に向かう。実戦への心構えは二つ、まず敵が自分より弱いと信じること。次は、自分が死なないと信じること」
「剣士だけにはなりたくないな」
「そうだね。ポロンくんは剣士は向いてないと思うよ。ついでに格闘家もね。戦うことには向いていない」
「師匠にも言われたよ」
「師匠? ああ、パランチョでの格闘の先生か」
「不出来な弟子だってさ」
「あはは」
 ライラはおかしそうに笑う。
 そして、フィアの姿も確認して、何かをかんぐるような表情を見せる。
「へえ、なるほど」
 ポロンは、ライラの意地の悪そうな表情を横目に聞いた。
「なんだよ」
「いや、別に。なるほどね」
「……」
 ポロンは目をそむける。
 どうも、ライラの視線が痛い。
 逆にフィアは、ライラの傍に寄り訊いた。
「毎日、こんなことしてるんですか?」
「ああ。そうだよ」
「一日も欠かさず?」
「欠かしたことはある。でも、それは病気とかの時だけ。普段は休まない」
「すごいですね」
「必要だからね。必要なことを必要にかられてやっているだけ」
「必要?」
「そう」
 ライラは頷く。
「最近、どうもあたし達の周りがきな臭い。あのエンジェルナイトは一筋縄ではいかない相手だから、結局あいつらの上手を行こうとすれば、こういう絶え間ない努力が必要ってわけ。わかる?」
「はい……でも」
 フィアは、少しだけ顔をうつむける。
「それって、もしかしてあたしのせいですか?」
「どういうこと?」
「だって……」
 フィアはつらそうな顔で、ライラに言う。
「あの人達が狙っているのはあたしです。あたしがみんなのことを巻き込んでいるかもしれない。だから……」
「そうかもしれないね。だけど……」
 ライラはポン、とフィアの頭に手を乗っけた。
「あんたも、みんなもあたしが守ってあげるよ。だから、安心していいよ」
「……ライラさん」
 ライラはニッコリと微笑む。
 そして、ポロンに視線を向けた。
「まあ、あたしがいなくてもフィアを守ってくれる王子様は案外近くに……」
「まったく、本当に意地が悪いな。最近、余計にひどくなってきたぞ」
「幸せな人間を見るとからかいたくなるのさ」
 そう言い、ライラは背を向けた。
 顔だけ振り返り。
「あたしは、アリエッタを連れて宿屋に帰るから。頑張りな。男の子」
 ライラが歩き出す。
 アリエッタはその後ろについていった。
 ポロンは、いらだったように頭をかく。
「まったく。そういうんじゃないのに」
 そして、フィアを振り返る。
 すると、一瞬。
 フィアの表情に不安の色が浮かんでいるのをポロンは見た。
「……フィア?」
 ポロンが訊く、が。
 フィアはすぐに明るさを取り戻し。
「なに?」
 と聞き返す。
 ポロンは。
「いや、なんでもない」
 と、話を切り上げた。
 しかし、やっぱり。
 フィアの胸にある、ポロン達に迷惑をかけているという罪悪感は消えていなかった。

 ●〜〜〜●

 キャロットは、なんか釈然としないものを感じつつもクリスタルロッドを握り締めた。
 傍らにはぶっ倒れた洋子ちゃん。
 そして、満身創痍のウィンディ。
 疲れた表情で呟く。
「まさか、絶対零度から黒色破壊光線への必殺コンボも封じられるとは、洋子ちゃん恐るべしね」
「……」
「でもまあ、この天才魔法使いのウィンディ様にかかれば、どんなやつもお茶の子さいさいよ! オーッホッホッホ!」
「……」
「ほら、キャロット、あたしに感謝しなさい崇め奉りなさい拝みなさいこのあたしに天才たるあたしに容姿端麗才色兼備今日の夜勤はおかずいらずのこのあたしに死ぬほど感謝してもいいのよ特別に許してあげるわオーッホッホッホ!」
 ウィンディの鼻からおびただしい量の血が出血した。
 その血は、大地に巨大な水溜りをつくる。
 だけと、ウィンディは気にしない。
 ガープス家の血筋だろうか。
 テンションが上がると、途端に何もかも見えなくなる。
 ついでに、鼻血も出る。
 一族全員血の気が多いのだろう。
「……それ、どうするの?」
「どれ?」
「洋子ちゃん」
「ああ、これ?」
 ウィンディは洋子ちゃんをつかむと。
 湖に、ポイッと投げ捨てた。
 キャロット絶句。
「これでよし。湖のものは湖に帰さないとね」
「ウッウッウッウッウィンデーっててててそれそれそれ駄目だって!」
「なにが?」
「なにがって……」
「まあ、いいわ。それじゃあ!」
 ウィンディは、高らかに叫んだ。
「プリキュアマーブルスクリューの練習よ!」

 と、いうことで。
 舞台は荒野に移る。
 キャロットはうんざりした表情でウィンディに言った。
「ねえ、ウィンディ」
「なによ」
「もう、こんなことやめようよ」
「どうして?」
「だって」
 そこで、キャロットははっきりと告げる。
「いい歳した女の子、それも十六歳の青春真只中の女の子がだよ、アニメ見て、オタクみたいなことをしていていいと思ってるの? あたしたち、もう十六歳なんだよ! そろそろ、大人になってもいいじゃない!」

「十六年間魔法ばっかり唱えていた人間が大人になれるわけねーだろ!」

 キャロット、再び絶句。
 ウィンディは言葉を続ける。
「ええ、そうよ! 青春なんてあきらめたわ! 彼氏なんていらないのよ! 胸だって大きくならなくていい! あたしには! あたしにはアニメさえあれば! アニメさえあればそれでいいのよ! アニメには全てがあるわ! ロマン! 愛情! 夢物語! アニメであたしの人生でやりたいことをすべてやってくれてんだからいまさら現実でそれを繰り返す必要はないでしょう! ええそうよ! アニメの出来事を現実で繰り返すなんて心の贅肉よ! この超天才にして史上最大の魔法使いであるこのあたし、このウィンディ=ガープスさまが、そんな愚かしい失態をするはずがないでしょう! ええないのよ! キャロット、あたしの言っていることは間違っているかしら! いえ、間違っているはずはないのよ! なぜならあたしは絶対! 至上無比! この天下無敵の神たるウィンディ様の辞書に誤算という言葉は存在しないのよ! オーッホッホッホ!」
 ……これだから魔法使いというやつは。
 キャロットはいまさらながら魔法使いの病根の深さを思い知った。
 もう、手遅れに近い。
「さあ!」
 ウィンディは手を掲げる。
「プリキュアマーブルスクリューの実践よ!」
「……もうわかったから好きにしていいよ」
 なかばあきらめモードでキャロットは言葉を投げ捨てた。
 ウィンディは呪文を唱え始めた。
 黒色破壊光線の詠唱だ。
 すぐに、手に黒の塊が現れる。
 呪文の詠唱。
 更にそこから黒色にする作業が始まるのである。
 通常、天才といわれる魔法使いでもこの二つのプロセスを終了するまで二分以上かかる。
 優秀止まりの魔法使いなら、十分、二十分は当たり前だ。
 普通の魔法使いなら黒色すら顕現できない。
 二分で済ませられるなら上等、どころか大金星といってよい。
 普通は、三十分、下手をすれば一時間以上、コントロールに費やさなければいけない。
 そして、やっと黒色に変えた魔法球を放つのである。
 その威力は、すさまじいものがある。
 そして、そのコントロールに失敗すれば、自爆する。
 そのあとにまっているのは、確実な死である。
 キャロットも、何度か自爆を経験したことがある。
 そのときは、魔力球をそれほど大きくしていなかったので軽症で済んだ。
 しかし、実践レベルの威力での破壊光線の失敗は、確実な死を及ぼすのだ。
 破壊光線とは、それほど高レベルの魔法だ。
 ゼスの四天王でも二分以上かかるのだ。
 それをウィンディは。
「よし、一分二十秒ジャスト!」
 まさしく化け物である。
 しかも、この少女は自分のやっていることのすごさを今ひとつ分かっていない。
 そして、物事を自分基準に考えることが多い。
 キャロットは白色破壊光線を唱える。
 白色の塊を顕現化。
 それを収束させる。
 このときの作業は、風船にカミソリを当てるほど難しいものだ。
 何度も失敗して、ようやく覚えた。
 慎重に、慎重に、白色の塊を収束させていく。
 背筋に汗が滲む。
 ちょっとでも失敗したらお陀仏である。
 暴走した魔力は、自分達をまきぞいにして吹き飛ぶ。
 なんとか、魔力を収束させ、破壊光線の因子たるエネルギー結晶を精製した。
 キャロットは一息つく。
 だが、それからの作業も大変だ。
 この暴走寸前の爆弾を掌で慎重に扱わなければならない。
 地雷を踏むような恐怖だ。
 だが、隣のウィンデイは。
「五分強か。あいかわらずあんたは遅いわね〜。まったく、あんたは本当に無能なんだから〜」
 魔法レベル1の魔法使いが五分で白色魔力球を精製。
 ゼスの人間が聞いたら驚くことだろう。
 もはや、ほとんど魔法レベル2である。
 しかし、この隣人はまるでそれをわかろうとしない。
 キャロットは落胆を隠せなかった。
「それじゃあ行くわよ!」
「好きなようにしてください……」
「おっし!」
 ウィンディは黒の塊を掲げる。
「黒色」
 キャロットは同様に白の塊を掲げた。
「白色」
 二人は魔力を放つ。
『破壊光線!』
 二つの光が飛翔する。
 そして、その光はクルクルと回転して。
 融合する。
 そのまま。

 ……消滅した。

「え?」
 ウィンディはあっけに取られる。
 しかし逆にキャロットは冷静に。
「やっぱり」
 と頷く。
 ウィンディはキャロットに振り返り訊いた。
「ねえ、どういうこと?」
 ウィンディの問いにキャロットは答える。
「相殺反応だよ」
「そ、そうさい?」
「強力な拮抗する魔力がそれぞれの弱点属性に消失する反応。それぞれの破壊光線が持つ特性、むしろ欠点と呼んでいいかもしれないけど、それがたまたま互いの特性と合致して、結果的に相互作用、相殺反応を起こした」
「……どういうこと? あたし、魔法学校で勉強サボってたからよくわかんにゃい」
「あーもう簡単に説明すると、白色破壊光線の弱点が黒色破壊光線で、黒色破壊光線の弱点は白色破壊光線なの! それで、互いに互いを打ち消しちゃってこうなったの!」
「……にゃんですと」
「理論ではこうなるってわかってたんだけど……ウィンディ、実際に痛い目見るまで人の話を聞かないから黙ってた……」
「……」
 ウィンディはガックシと、膝を地につけた。
 そして、落胆した表情で呟く。
「……そんな、あたしの夢があたしの希望が……」
「いやもうなんか、どうでもいいけど。とりあえず、アニメと現実をごっちゃにするのはやめたほうがいいよ」
 そう言うキャロットにウィンディは訊く。
「ねえ」
「なに?」
「あたし達、実は相性悪いのかな?」
「何をいまさら」

 ●〜〜〜●

 ポロン達は市場を歩いていた。
 軒を連ねる商店には、多くの人が集う。
 その人の溢れる街並みをポロンとフィアは二人で歩いていた。
「まったく、混んでるよな」
 と、愚痴るポロン。
 逆に、フィアは嬉しそうだ。
 なぜなら。
「ポロンくん」
 ポロンは振り返る。
「なに?」
「こうやって、二人っきりで歩くのって初めてだよね」
「そうだっけ」
「うん。二人で一緒にいたことはあるけど。こうして二人で町を歩いていたことはないよ」
「そうだったんだ」
「だって、ポロンくんは誘ってもついてこないんだもん」
「そんなことは……」
「あるよ。だから……」
 そこで、言葉を切る。
 ここから先は、話す勇気が無い。
 変わりに、行動で示した。
 背中越しに、ポロンの手を握る。
 掌から伝わる暖かい感触。
 ポロンは、なぜか顔が赤面していくのを感じた。
 その暖かい感触を胸に感じながら。
 ポロンはその手を握り返す。
 すると、フィアの顔にも暖かな笑顔が浮かんだ。

 人は多かったが、この空間だけは二人のものだった。

「仲いいじゃない」
 と、唐突に背後から声がかけられた。
 咄嗟にポロンが振り返るとそこには。
「ウッ、ウィンディ!」
 思わずたじろぐポロン。
 しかし、ウィンディはそんな様子を余計におかしく笑い。
「いや〜。最近のポロン殿下はホント、すさまじい積極性。恐れ多いですわ。でも、こんなところに異世界つくらないでね。迷惑だから」
「異世界って……そんなんじゃ」
 フィアが訊く。
「ウィンディ、何やってるの?」
「ええ。少し実験をね。そりゃあもう、ゼスの魔法学会に発表されるほどの素晴らしい実験よ」
「でも、キャロットがボロボロなんだけど」
「ほへっ?」
 ウィンディが振り返ると、そこにはやけに疲れた様子のキャロットの姿。
 手にはクリスタルロッドである。
 ウィンディはそっけない態度で言ってのける。
「まったく。破壊光線の三連発ぐらいで根をあげるなんて。貧弱よね」
「そんなことさせたの。ウィンディ!」
「あ……いや。だってほら、なんていうか。科学には犠牲がつきものっていうか……」
「何やってんの……もう……」
「アハ、アハハ」
 ウィンディは軽く笑うと、フィアの手を掴む。
 そして、ポロンに言った。
「そんなわけで、ちょっとフィア借りていくから。じゃあね、ポロンくん、バハハ〜イ!」
「え?」
「ちょっと、ウィンディ!」
「ごちゃごちゃ言わない! あんたはあたしの奴隷よ!」
「あう〜!」
 と、たじろぐフィアとボロボロのキャロットを引きずり、去っていくウィンディ。
 それはまさにサル山の大将だった。
 ポロンは呆然と見送る。
 それから、気付いた。
「今、フィア、ウィンディのこと、普通に呼んでたよな」
 ポロンは首をかしげた。
「いつの間に仲良くなったんだ? 女の子っていうのはわかんないよな」
「そう。パランチョ国のポロン王子にもわからないことがあるのね」
「そりゃあもう、たくさん……!?」
 ポロンは、咄嗟に振り返る。
 自分がパランチョ王国の王子だと知る人物。
 それに対する警戒の念に、身構えた。
 しかし。
 後ろに立っていたのは、かつて出遭ったことのある人物であった。
「……スワンさん」
「お久しぶり」
 スワンは笑顔を見せた。

 ●〜〜〜●

 場所を移し、ラジールが一望できる高台にポロンとスワンは訪れた。
 スワン、旅のジャーナリスト。
 ポロンは彼女について、それしか知らない。
 一方のスワンは、ポロンが王子であることを知ったようだ。
 スワンは言った。
「驚いたわ。あなたがあのパランチョ王国の王子、しかも第一王位継承者のポロン=チャオだったとは」
「隠すつもりは無かったんです。ただ、知られるといろいろ厄介なんで。見聞を広める旅なのにつまらないことに巻き込まれたくないんです」
「そう。そのわりにはけっこう波乱万丈な旅をしているようだけど」
「……よく知ってますね」
「調べたから。ジャーナリストの性かしら?」
 スワンはそう、意地悪そうに笑うと言葉を続けた。
「まず、ヘルマンでの騒乱。そこであなたが深く関わってると聞いたわ。それに、ゼスでの一件。あれは今でもゼス王宮の語り草でね。ポロン王子、あなた、自分が思っているよりも有名よ」
「へえ。光栄だな」
「嬉しそうじゃないわね」
「わかります?」
「わかるわ」
 スワンは頷いた。
「で? どう?」
「……何がです?」
「まだ、辛いのかしら?」
「……」
 ポロンは口ごもる。
「微妙……かな?」
「それは、ずいぶんと面白い答えね」
 スワンは興味深げな心象を表情にあらわし、笑った。
「で、ポロン少年はどのように心移りしたのかしら」
「……そうですね」
 ポロンは、語り始める。
「好きな子がいるんです。その子が大好きなんです」
「へえ」
「その子のことでものすごく悩んで。でも、みんな、僕のことを応援してくれるんです。彼女のことも。今まではあやふやなこともたくさんあったし、辛いことも多かった。でも、それを一つ、もう一つって乗り越えるうちに、なんか、自分の環境っていうか、そういうものが変わってきて、どんどん居心地よくなっていくんです。多分……」
 そこで、言葉が詰まる。
「多分、僕はつまんないことにものすごく悩んでいて、それでただ、周りが見えなくなっていただけなんです。気付けば、いつもみんな傍にいてくれる。最近、少しずつそういうことに気付いていって、そんな時、彼女達のことを、家族とか、友達とか、そう言う風に思えるんです。時には、姉だったり、妹だったりもするけど、やっぱり、僕にとってみんなはものすごく必要なものなのかなって」
「……」
「だから……」
 ポロンははっきりと言った。
「彼女達は、僕にとって最高のパーティーです」
 スワンはしばらく黙り。
 クスリと笑う。
「そうね。その通りね。けど、一つ心配なことがあるの」
「心配?」
「これはね、あたしの知ってる仲間の話なんだけど。あるパーティーがあったのよ。それはもう、家族のように仲が良かった。けれどね、あるとき遺跡の探索をするために一人、仲間を加えたの。女の子よ。まだ若い子。そして、ものすごく可愛い。パーティーの男達はその女の子をめぐってケンカするようになった。女陣も新入りに嫉妬して、その新入りをいじめるようになった。さて、そのパーティーはどうなったと思う?」
「……」
「崩壊したわ」
 スワンが再び笑みを見せる。
 それは、まるで魔性の笑みだった。
 ポロンは、うろたえた様子でスワンに震える声で訊いた。
「……何が言いたいんです?」
「いえ。ただ。誰か新しい仲間を入れるときは気をつけろっていうことよ。そいつが、自分達に有害なのか、無害なのか」
「……杞憂ですよ」
「そうかしら。その話では女の子に何の問題も無かった。異端分子の存在に抗反応を示した人間が勝手に自滅していっただけよ。案外、その女の子が不幸を呼び寄せる呪いの藁だったりしたのかもしれないわね」
「……」
 ポロンは何も言い返せなかった。
 ただ。
 必死に、フィアが呪いの藁でないと胸に言い聞かせるだけだ。
 スワンはその様子を気にも留めずにこりと微笑む。
「ポロンくん、久しぶりに会えて楽しかったわ」
「……え、ええ」
「縁がまた会いましょう。いえ、縁はつくるものよね。だから、私達はきっとまた出会うわ。絶対に、ね」
 スワンはそう言い背を向けると。
 振り返りもせずに、去っていった。

 ●〜〜〜●

「実際に、気が重いよな」
 と、ポロンは呟く。
 結局、スワンに言われたことが心にのしかかっているようだ。
 どうも、心が重苦しい。
 宿屋の扉の前に来たものの、どうしてもそこから一歩が踏み出せない。
 ポロンは、戸惑った様子で足をとどめる。
 そして、頭を抱え。
「まいった。本格的にまいった」
 再び言葉を漏らした。
 すると。
 すぐ背後に、一つの影が現れる。
 ポロンが背後を振り返ると、そこにはアリサの姿があった。
「……アリサ」
 アリサは、しかしポロンの言葉に返事もせずに。
 そっけなく、扉を開ける。
「入ったら」
「え?」
「みんな、ポロンくんのことを待ってるよ」
「……」
 ポロンはそれでも、足を底にとどめようとする。
 アリサは、仕方無いとばかりにため息をついて。
 一言。
「そろそろ、許してあげるよ」
「え?」
「ほら、早く」
 そう言い、少しだけニコリと。
 笑った。
 そして、そのまま。
 ポロンを、家の中に押し込んだ。

 ポップコーンのようなクラッカーの音が鳴り響いた。

「え?」
 ポロンがあっけに取られる間もなく。
 みんなが一斉に言った。
『ポロンくん、おかえりなさ〜い!』
 ポロンは、呆然としたまま一歩踏み出す。
 そして、ウィンディに背中を押された。
「ほら、主賓は座った!」
「え? ちょっと、どういうことか説明してくれよ!」
「サプライズパーティーよ」
「サプライズパーティー? なんの?」
「垂れ幕、読みなさいよ」
「……あ、うん」
 垂れ幕を見上げるポロン。
 そこには。
『ポロンくんとであって二周年記念パーティー』
 そう書かれていた。
「二周年?」
「忘れちゃったの? 今日のこの日、ポロンくんと会ったのよ」
 と言ったのはエレーン。
 ライラも。
「長いような、短いようなって感じだよね」
 肩をすくめる。
「ポロンくんの席はここにょ」
 アリエッタに手を引かれて座られせられたのは、フィアの隣だった。
 ばつの悪そうに笑うフィア。
 ポロンも同じような笑顔を見せて、それからみんなに言った。
「ちょっと、この席割りってなんか思惑ないか?」
「ほらほら、主賓はガッシリ座るのがセオリーだよ」
 ライラがむりやり肩を抑える。
 そして言った。
「そんなわけだから、今日は無礼講だよ!」
『おーっ!』
 ティーン組が元気に叫んだ。
 さりげなくエレーンも叫んでいたりする。
 ライラは軽くポロンにウインクをして。
「楽しくやろうよ」
 そう、笑顔を見せた。

 そのあとは大変だった。
 シャルムが大量のジュースとワインを運び。
 キャロットが間違ってそれを飲んでしまう。
 ウィンディはバカ騒ぎを始めるし。
 酔った拍子でエレーンはライラに愚痴り始めた。
 アリエッタはポロンになつきっぱなしで。
 フィアが酔っ払ったウィンディとキャロットに絡まれて。
 更にシャルムまで一緒になって騒ぎまくった。
 もう、パーティーは大混乱で。
 でも、やっぱり楽しかったりして。
 気付けば、みんな笑顔だった。

 ただ一人を除いて。

 暗い寒空の下、アリサは一人、外に出ていた。
 とてもではないが、パーテイーに参加する気分ではない。
 暗澹とした気持ちは胸を詰まらせ、どうしようもない気持ちにさせる。
 宿屋の壁に背をもたれさせ、アリサはため息をついた。
「意外に、引きずってるな」
 言い終えてから再び、二度目のため息。
 すると、宿屋の扉が開く。
 そこに現れたのはフィアだった。
 フィアはアリサを見つけるなり、ニッコリ笑って言った。
「ここにいたんだ」
 アリサは、思わずフィアに言う。
「ちょっと、せっかくムード整えてあげたのに。ポロンくんは放っておいていいの?」
「いいよ。別に。それに……」
 少しだけうんざりと視線を落とし。
「あたしが割り込める雰囲気じゃないし」
「へ?」
 アリサが窓から中を見ると。
 そこには、シャルムやエレーンに絡まれ、アリエッタに遊ばれるポロンの姿があった。
「でしょ」
「……あ。うん。そうかもしれない」
 アリサもバカらしいとあきれてしまった。
 まったくどうしてだろう。
 あのポロン=チャオという少年は本当に体たらくなのだ。
 人まで振っておいて、好きな女の子に告白もできない。
 本当に情けない男である。
「フィアも、大変だね」
「え?」
「こっちの話。ううん、もしかしたら大変だったのはあたしかもしれないし」
「あ、なるほど」
 そして、言葉がなくなる。
 しばらくの間、二人は静寂の闇の中で時間をもてあそばしていた。
 やがて、フィアが口を開く。
「こういうとき、どういったら良いかわからないけど……」
「なら、言わない方がいいよ」
「あう」
 肩を落とすフィア。
 アリサはちょっと言い過ぎたかなと少しだけ反省した。
 フィアは再び顔を上げると、アリサに訊く。
「アリサって、なんでツインテールにしてるの?」
「おかしい?」
「ううん? でも、ツインテールよりロングの方が似合うかもしれないって思って」
「そうかな?」
「シャルムもそう、ポニーテールよりロングの方が大人っぽいのに」
「シャルムはほら、色気より食い気だから」
「あ、なるほど」
「あたしも、この間までそうだったんだけどな。いつから変わったのかな?」
「いつからだろうね?」
「それは、永遠の謎でした、ってことかな?」
「永遠の謎か。最近、まわりに解けないパズルが多すぎるから」
「あたしもそう」
「大人になりたいな」
「大人になりたいね」
 二人は同時にため息。
 アリサはしばらくうなだれたあと。
 グッと握りこぶしと共に、顔を上げる。
 そして、叫んだ。
「決めたっ!」
 フィアのほうを向いて力説する。
「あたし、彼氏をつくる!」
「え?」
「そうよ。ポロンくんなんかより百倍カッコイイ男を見つけて、世界に類を見ないほどのラブコメをするんだから! そして、ポロンくんとフィアに見せびらかしてやる!」
「えーと。それは困るかな?」
「いいのよ! 困らせてやるんだから! だから!」
 アリサは大きな声でフィアに向かって言った。
「フィアも、もっと幸せになりなさい!」
「へっ?」
「あたしより幸せになったら駄目だけど、あたしより少し劣るぐらい幸せになるの! いい?」
「あ、うん」
「よしっ!」
 アリサは強気に笑い。
 そしてその笑顔を、優しげなものに変えて。
 フィアに微笑んだ。
「もう、大丈夫だから」

 ●〜〜〜●

 スワンは、暗い森を歩く。
 そして、立ち止まった。
 静かに、森の深遠のその果てを覗く。
 すると、そこに一つの白い影が現れた。
 それは、天使。
 二対の翼を持つ、金色の天使だった。
 天使は、深々と頭を下げて言った。
「スワン様、召喚にはせ参じました」
「ご苦労。レダ」
 天使、レダと呼ばれた天使は頭を上げるとスワンに向かって言った。
「ご命令のとおり、あの忌々しき魔人の監察を続けています」
「変化は?」
「ありません。ただ……ルドラサウム神はいまだ眠りから醒めていません」
「やはり、魔人を殺せないのか」
「ええ。抑止がかかっています」
「抑止か……」
「我々は殺意を持って剣を振ることができません。一切の外的干渉は不可能とされています。何度試しても、結果は同じでした」
「やはり、殺せないのか」
「しかし」
「なんだ?」
「魔人は眠りについています」
「ああ」
「この眠りが何を意味するかはわかりません。ただ……なにか、巨大な力が影響していると考えられます」
「そこはもはや我々の領域ではないな」
「ええ」
「しかたがない」
 スワンは肩をすくめる。
 そして、レダに訊いた。
「一つ、答えよ」
「はい」
「その藁を呪いの藁と知りつつも持ち続ける愚かを汝はどう考える?」
「……」
 レダは少しだけ口ごもってから答えた。
「愚行です」

 スワンは満足げに笑った。