ルートW
迷路 泥沼 落し穴



 JAPANは、側面的には大陸でもっとも厄介な国といえるだろう。
 なぜなら、戦乱の世界だからだ。
 織田信長の天下がランス王の手によって潰えて幾年。
 今は、香姫を旗にした山本派を初め、様々な武将が争う。
 その戦いは終わる兆しを見せない。
 そんな大陸の果て。
 ポロン達は、長崎のとある神社に訪れていた。
 お参りではない。
 なんと、巫女のバイトである。

 ●〜〜〜●

 ポロンは、神殿の軒下でお茶を飲んでいた。
 宮司のスタイルでノンビリと昼下がりを楽しむ。
 交代制の休憩で、一時間ほどの余裕を貰った。
 アリサ達はみんな、巫女のバイトで精を出しているはずである。
「まったく、兄さんの頼みはいつもよくわからない」
 今度も今度で、兄のピッテンからの頼まれごとである。
 ピッテンは、この神社で人手不足だからバイトしてくれと言ってきた。
 もちろん、手紙でだが。
 どうやら、近々大きな祭りが開かれるらしい。
 長崎くんちとかなんとか。
 それの準備で神社の人手がほとんど裂かれる。
 なので、その埋め合わせをして欲しいと言うのがピッテンの言葉だ。
 ポロンはしぶしぶと、その言葉に従った。
 で、現在はこうして巫女の真似事である。
「兄さんも、何考えてるんだか」
 そう、お茶をすする。
 日本茶は苦い。
 あまり好きな味ではない。
 紅茶の方が好みだ。
 ポロンは苦いお茶に顔をしかめる。
 すると、すぐ傍で女性が笑っていた。
「……あなたは?」
 ポロンが訊くと、女性はしとやかな微笑を少し和らげ答えた。
「このあたりに住む、かおるという町娘です」
「僕は、ポロンと言います。自由都市のほうから来ました」
「自由都市ですか? あそこはいいところですね」
「ええ、あそこは落ち着きます」
「となり、座ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
 ポロンは慌てて自分の隣をあける。
 かおるという女性は、静々と女性禅とした調子で腰をおろした。
 そして、微笑む。
 ポロンは思わず顔を赤らめた。
 かおるは白百合のような美女だった。
 やまとなでしこの一歩引いた気品と美しさを持ち合わせている。
 そして、まるで日本人形のような整った容姿は心を深く飲み込まれるようだ。
 その仕草、一つ一つが胸をくすぐられる。
 内面から現れる美しさが、瞳を離せない理由だろう。
 ポロンは、彼女に見とれていた。
 かおるはその視線に気付くと、少しだけ顔をそむける。
「そんなに、見ないでください」
「あ、すいません」
「殿方がそんなに謝らないで」
「すいません」
「……うふふ」
「……あはは」
 二人の笑い声が境内に響いた。
 かおるはしばらく鈴のような笑いをすると、ポロンに訊いた。
「お茶は、苦手ですか?」
「はい。苦くて」
「そうですか。少しお貸しくださいません」
「はい」
 かおるはお茶を取ると、慣れた手つきで少しまわした。
 そして、それを渡す。
「飲んでくださいません?」
 ポロンは、恐る恐る口をつける。
 すると、先ほどまでの苦味は消えて飲みやすくなっていた。
「美味しいです」
「それは良かった」
 かおるは微笑んだ。
 そして、しばらくの間静かな時間が流れる。
 どちらかとなく、口が開かれた。
「あの……」
 ポロンの言葉にかおるが頷く。
「かおるさんは、この辺に住んでいるんですか?」
「はい」
「ジャパンはいいところですね。和の風靡と言えばいいのでしょうか?」
「そうですね。しかし」
 そこで、かおるは言葉を区切る。
「この国は戦乱が絶えません。世界規模での戦いが終わったというのに内乱を繰り返す愚かさ。離れにある島国だから人々の視野は狭まり、結果としてこの国を支配しようと目先のことを考える人間が無くなりません。かつては、信長と呼ばれる……そう、魔人信長です。あの男が強大な支配者として君臨していましたが、今はその支配から逃れた各地の武将が、己が勢力を伸ばすことに固執する日々。山本家が団結を呼びかけていますが。それも無駄な努力と成り果てています」
「山本五十六ですね。優秀な武人と聞いていますが」
「ええ、彼女は優秀です?」
「彼女?」
「五十六は女です」
「……男性だと思っていました」
「そう勘違いされる方も折られるようですね」
 かおるは少し悲しげな表情を浮かべる。
「山本五十六は、山本家の再興を強く望みます。それゆえに対立を生み、結果的に彼女に反発する武将は多いのです。女だからというのも強いでしょうが。この国では女はそれだけで弱者なのです。五十六では山本家の再建は難しいでしょう。ですがそのための」
「二十一ですか?」
「ええ。彼は男です、五十六の世代では無理でしょうが、二十一の世代になればこの戦乱の時代もいくらか変わるでしょう。その為に、五十六がいて、香姫がいるのです」
「気の長い話だと思います」
「時間が必要なんです。人には」
 ポロンは沈黙する。
「それで」
 かおるが訊く。
「ポロンさんは、思い人はいるのでしょうか?」
「思い人……恋人のことですか?」
「ええ」
 ポロンは少し思案にふける。
「いません。ですが……好きな子ならいます」
「そうですか」
「なにが好きかは言えないんですが。もしかしたら一目ぼれだったのかもしれません。彼女にあったときから彼女の姿が頭からはなれなくて。それで、いつのまにか彼女のことばかり考えるようになっていました」
「どんな方なんですか?」
「寂しがりやで臆病だと思います。でも、ものすごく優しい子で。歌が上手くて。それで……ときおり、ものすごく綺麗なんです。幻を見ているような儚さがあって。僕はそれが危なっかしくて、手放したくないのかもしれない」
「あなたと、似てますね」
「そう思いますか?」
「そう思います」
 かおるはにこりと笑った。
「大事にしてあげませんとね」
「そうするつもりです」
 かおるはポロンの言葉を聞いて満足したように、立ち上がった。
「それでは、迎えが来たようです」
「迎え?」
「あそこに」
 ポロンは視線をかおるの指の先に合わせる。
 そこには、十数人の武人と細身の女性がいた。
 細身の女性はかおるに近づくと頭を下げる。
「迎えに上がりました」
「もう少し、ゆっくりしてくれればいいのに」
「そうはいきません。香姫に何かあられたら」
「わかりました。五十六」
「香姫? 五十六?」
 ポロンは思わず目を白黒させる。
 山本五十六は、不躾な物言いをするポロンを鋭い表情で睨みつける。
 しかし、かおる、いや香姫は五十六をなだめながら。
「そういうことですわ。会えてよかったです。ポロン=チャオ王子」
「……」
 絶句するポロン。
 しかし香姫は、軽く頭を下げるとそそくさと立ち去っていった。
 ポロンはしばらく立ちつくすしかなくて。
 我に返ったときには怒りがわいてきた。
「……やられた」
 脳裏に兄の意地悪げな表情が浮かぶ。
 そう、巫女のバイトに来たことも含め全て兄の差し金だったのである。
 ピッテン=チャオは、意地悪なおにいちゃんなのだ。

 ●〜〜〜●

 シャルムは離れの売店で売り子をしていた。
 隣にはキャロットとウィンディである。
 キャロットはニコニコと誰も来ない境内に向かって微笑んでいる。
 それを見てシャルムは。
「よくニコニコしてられんな〜」
 と呟く。
 ウィンディはあきれたような表情で言い放った。
「シャルム。そんなムスッとしてると誰も客が寄り付かないわよ」
「寄り付くも何も……初めから客なんていないだろ」
「まあそうだけど……でも、少しぐらい愛想良くしなさいよ」
「客来たら笑顔見せるよ。にこやかな笑みでさんざんこび売ってやるから安心しな」
「あんた、いい加減よね〜」
「こんな暇なこと、気張ってやってらんねえよ」
「うわ〜。問題発言。センセー、ここに不良がいまーす」
「うっせー、優等生」
 などと、いつものように軽口を叩きあっていると。
 二人連れの若者がやってきた。
「あのー、お守りください」
「あー、勝手に選んでいって」
「おいおい」
 シャルムの接客に呆れ顔のウィンディ。
 変わりにキャロットが接客する。
「はい。どれにします?」
「えーと、交通安全の二つ」
「……」
「なんです?」
「この神社、恋愛成就の神様が祭ってあるんですよ。あたしも恋愛したいな」
『なら、恋愛のお守り二つ!』
「……」
「……」
「ここのおみくじってよく当たるんですよ。あたし、大吉の人と付き合いたいな」
『おみくじ! 大吉が出るまで引くっす!』
「……」
「……」
「ここの破魔矢、ものすごく効果あるんです。あたし、破魔矢が欲しいな」
『破魔矢! 十本! いや、二十本!』
 と、そんな感じで。
 十分後にはコミケ帰りの若者のような手荷物一杯の姿で若者達は帰っていった。
 そこには、満足げな表情が浮かんでいた。
 おもわず、唖然とするシャルムとウィンディ。
 キャロットはニッコリ笑って言った。
「接客は、こうやってやるんだよ」

 ●〜〜〜●

「二人のダンスは終わらない〜♪ 永遠に続くロンドのように〜♪」
 鼻歌を歌いながら、ほうきで境内を掃くアリサ。
 そこには明るさの色しかない。
 しかし、対してフィアはその手に持つほうきを動かすことができなかった。
 ほうきはとても重かった。
 まるで、フィアの心を表すかのように鉄のような重さだったのだ。
 フィアは、ほうきの先を少しだけ動かす。
 砂が、少しだけほうきの先に集まった。
「フィア、ちゃんとやろうよ」
 アリサは、ほうきに寄りかかりながらそう言う。
 けれども、フィアはアリサの言葉に答える気にはならなかった。
 沈黙を続けるフィア。
 しかし、アリサは笑顔を見せて、フィアの手を握る。
「ほら、早く続けよう。終わらせないと食事抜きらしいよ」
「……どうせ、精進料理だよ」
「だから、ちゃんと食べないと。一膳一菜一汁なんだから。あんなんじゃ、全然足りないよ。まだ育ち盛りなんだから、ねえ」
「……」
「フィア?」
 フィアはしばらくうつむいていたが、意を決してアリサに訊いた。
「ねえ、アリサ」
「……なに?」
 フィアの剣幕にいささか圧され、アリサは少しだけ戸惑う。
「ねえ、アリサ。ポロンくんに告白した?」
「……え?」
「告白、したの?」
 アリサはしばらく戸惑ったあと。
 首をゆっくりと振った。
「……ううん」
「そうなんだ」
 そう言うフィアの表情に少しだけうれしさが浮かんでいたのは気のせいだろうか。
 アリサは、混乱する頭でフィアに訊く。
「どうしたの? どういう意味?」
「ううん、意味はないんだけど……」
 フィアは少しだけ言葉を切る。
「アリサに、伝えることがあるんだ」
「なに?」
「実はあたし」
 そこで、口調を強くする。

「ポロンくんのこと、あきらめようと思うんだ」
 
 風が、一状だけ吹いた。
 冬が近づいた証拠だろうか、やけに寒い風だ。
 凍りつくような極寒の吹雪かと思えば、紅葉を思わせる秋のにおい。
 しかし、どちらにしよ心にしみる風だった。
 風がやんで。
 アリサは、ようやく口を開く。
「……どういうこと?」
「こういうこと」
 と、フィアは笑う。
「うん、すっきりした。これでいいんだ」
「これでいいって……」
 アリサは訳がわからずにフィアに問いただす。
「どういうこと? なにがあったの? ポロンくんとケンカしたとか?」
「ううん。どれも外れ。ただ、疲れちゃって」
「疲れた? どういうこと?」
「想い続けることに」
 フィアはほうきを握り締める。
「イヤなんだ。やっぱり、あたし。なんか、イヤになった。いろいろなものを捨ててまで前に進むってこと、あたしは苦手なんだ。昔、アリサが言ってたよね。みんなが好き、だから傷付けたくないって。あたしがポロンくんとそういう関係になる……ううん、なるって自惚れているわけじゃないけど。それでも、もしあたしが告白して、ポロンくんとあたしの関係が変わったら、みんなに迷惑かかると思う」
「そんなこと……」
「あるよ」
 フィアは笑った。
 その笑顔には、自責と自虐が含まれていた。
「あたしは、誰かと特別になることでみんなとの関係が崩れるのがイヤなんだ。それに、みんなのことが好きだから。余計に壊したくない」
 アリサは口を閉ざしている。
「だから、あたしは降りるから」
「……フィア」
「それに」
 そこで、もう一度つくり笑顔を見せた。
「あたし、お客さんだから」

 パチン。

 フィアは頬をおさえた。
 アリサが放った平手は、フィアの頬を強く打った。
 アリサは思わず自分の手を見下ろす。
 しかし、アリサは逆に顔を鋭くして強い口調で叫んだ。
「そうよ。フィアは他人だよ。あたし達とは違う。だから、フィアは一人でいればいい! いつまでもそうやって、自分で自分の殻にこもって誰とも仲良くならなければいい! フィアはそうやって一人でいればいいんだ!」
「……アリサ」
 アリサは思いっきり手を振り下げる。
「そうやって、いつも自分で一歩下がって、誰かが手を引いているのを待っているならそうすればいいのよ! 初めのうちは誰か助けてくれるだろうけど、そんなんじゃあそのうちみんな愛想を尽かす! だって、みんなはフィアのために生きてるんじゃないもん!」
「……」
 アリサはそこで、表情を真剣に変え、言った。
「あたしはもう嫌だ。フィアになんて付き合ってられない。もう、一緒にいるのも嫌だから」
 そして、そのまま背中を向けると。
 我を失ったように立ち尽くすフィアに背中を向け。
 去っていった。

 ●〜〜〜●

 ここは社務所。
 シャルム、ウィンディ、キャロットの三人はいわゆる三姉妹会議を開いていた。
「困った」
「困ったわ」
「困っちゃったね」
 三人は三者三様に頭を抱える。
 そう、彼女らの悩みはアリサとフィアのケンカである。
 あの二人に限ってこれほどまでの大喧嘩をするとは思っていなかったのだが。
 ここにきて、これである。
 まったく、三人とも頭を抱えるしかなかった。
 三人は、三様にため息を吐いた。
「でもさ……」
 初めに口を開いたのはシャルム。
 にこやかな笑顔でこんなことを言う。
「いい傾向じゃねえの?」
「いい傾向?」
 ウィンディは顔をしかめた。
「だってさ、アリサのやつ。今までケンカとかそういうのってあんまりしなかったじゃん」
「あんたにはなついていたけどね。サルとイヌみたいに」
「ウィンディ、右ストレートと左フック、どっちがいい?」
「シャルム、白冷激と氷雪吹雪、どっちがいい?」
「あはは」
「うふふ」
「ケンカしてる場合じゃないでしょ」
『はっ』
 二人が我に帰る。
 ウィンディはコホンと咳払いをすると。
「まあ、それに関してはシャルムの言うとおりだと思うわ。アリサのやつ、フィアにかなり心を許しているから。なんか、仲いいわよね」
「そうだな」
「嫉妬?」
「ウィンディ、死にたいか?」
「だから!」
『はっ』
 再び、話を戻す。
 ウィンディは、少しだけ寂しげな表情を浮かべて言った。
「でも、フィアが孤立してるのは……ううん、孤立してるって思ってるのは本人だけなんだけど、そう思い込んじゃってるのは、ある意味、あたし達のせいなのかもね」
「そうだな」
『……』
 二人は、少しだけフィアに対して行った悪行に反省する。
「……やりすぎたかな?」
「……やりすぎたわね」
「だから!」
『はっ』
 再三、我にかえるシャルム&ウィンディ。
「まあ、フィアもけっこう打ち解けてきたと思ってたけど。なにが原因なのかしらね」
「うーん、ここまでかたくなだと、何か原因があると思うんだよな」
「でも、この間まではけっこういい感じだったわよね」
「そうだよな」
「でも、ある時期を境に、また変な感じになっちゃったのよね」
「そうだな。ちょうどアリサがおかしくなった時期だよな」
「はーい」
 キャロットが手をあげる。
 ウィンディはあきれるようにキャロットを睨む。
「なによ」
「てーかさ。それって、ポロンくんのことじゃない」
『はっ』
 二人は、ようやく理解する。
 ウィンディは口元を押さえて納得したように頷いた。
「そうね、確かにそれしかないわ。ポロンくんはフィアにベッタリだから。アリサが自分のこと好きだ何て気付いていないでしょうね」
「もしかしてさ、フィアの好意にすら気付いていないんじゃねえの?」
「まっさか〜!」
「あはは」
「……でも……それも……ありえるかもしれない……」
「……キャロ?」
 キャロットは死んだような瞳を二人に向けた。
「あの鈍感ポロンくんのことだから、二人が自分のことを好きだという事実にまったく気付いていないという事実があるかもしれない。もしそうだとしたら?」
『ゴクッ』
 二人はつばを飲む。
 しばらく、沈黙が続く。
 長い沈黙だった。
 そして、一番初めに口を開いたのはシャルムだった。
「もしかしてさ……」
 ウィンディとキャロットは黙って訊いた。
「もしかしてさ。一番悪いのはポロンくんじゃないのか?」
 無言の沈黙。
 無言の肯定でもある。
 ウィンディとキャロットは、同じことを考えていたのだ。
 ウィンディが呟く。
「なんか、すごくむかついてきたんだけど」
「右に同じく」
「さすがに、こればっかりは許せないよね」
 三人は、無言で頷きあった。

 ●〜〜〜●

「フィア、大丈夫かな?」
 ポロンはそう呟きながら、境内を歩いていた。
 神殿から社務所の方を見る。
 売店のほうも眺めるが、売り子の姿がない。
「シャルム達、どうしたんだろう?」
 祭壇の方にエレーンたちを訪ねに行こうと思ったとき。
 アリサの姿を発見した。
 アリサは、ポロンの姿に笑顔を見せる。
「ポロンくん」
「アリサ」
 アリサはポロンに訊いた。
「どうしたの? こんなところで」
「いや、それよりアリサは?」
「うん。ここで掃除してたの」
「フィアは?」
 アリサは少しだけ黙ったあと。
「しらない」
 と、言い切った。
 ポロンはその態度を、いささか疑問に思いつつも。
「実は、フィアの事を探していたんだ」
 そう言ってしまった。
 アリサの顔色が明らかに変わる。
 アリサは、平坦な口調でポロンに訊いた。
「ふーん。そうなんだ。なんで、探してるの?」
「ちょっと気になって?」
「気になる? どうして?」
「だって、フィア。このごろ寂しそうだったろう。それに、なんか少しみんなと距離おいているみたいだからさ。心配になって」
「心配なんだ。ポロンくんは」
 アリサは、笑った。
「いいね。フィアはポロンくんに心配してもらって」
「だって。当たり前だろ。仲間なんだから」
「仲間ってなによ!」
 アリサの叱責が飛ぶ。
 ポロンはこれ以上ないというぐらい動揺した。
「……アリサ?」
「なにが仲間よ! ポロンくんは、フィアのことを他のみんなと一緒だと思ってるの? そんなわけないじゃない! あたしだって、そのぐらい気付くよ!」
「なんだよ、急に」
「だって、そうやって人当たりいい言葉で適当にお茶を濁して! そうやって誰も傷付けていないつもりだろうけど、傷ついている人間だっているんだから!」
「なんだよ。ならフィアのことを心配するなって言ってるのか?」
「そうじゃない! フィアのことを心配するなって言ってるんじゃない! ポロンくんのそういうところがあたし、すごく嫌なの!」
「何で嫌なんだよ! 理由ぐらい教えてくれても……」
 そこで、ポロンは言葉を切った。
 アリサの目尻には、大量の涙が浮かんでいた。
 しかし。
 ポロンは、その涙のわけがさっぱりわからなかった。
「……アリサ?」
 しかし、アリサはポロンから目をそむけると。
 そのまま、その横を走り去っていった。
「……なんなんだよ」
 ポロンがあっけにとられて立ち尽くしていると。
 その背中に人影が現れた。
 ポロンは振り返る。
 それはフィアだった。
 ポロンは、安堵したように微笑む。
「フィア、実は……」
 しかし、フィアはポロンを強く睨みつける。
 そして一言。
「最低」
 その言葉に。
 ポロンの頭は真っ白になった。
 混乱するポロン。
 錯乱する意識の中で、その言葉の意味を聞こうとする。
 だが、それに答えることもなくフィアはポロンから目を反らすと。
 そのまま、走り去っていった。
「……フィア?」
 ポロンは、呆然と立ち尽くす。
 すると、背後に数人の気配を感じた。
 ポロンが振り返ると、そこにはシャルム達が立っていた。
 ポロンは訊く。
「あのさ、シャルム!」
 しかし。
 シャルム達はポロンを醒めた目で一瞥したあと。
 そのまま、無言で去っていった。
 ポロンは、理解できない様子で混乱したまま呟く。
「……みんな、いったいどうしたっていうんだよ?」

 ●〜〜〜●

「なるほどね〜」
 と、エレーンは理解したように頷いた。
 ポロンは、少しだけ疲れたような様子で言葉を続ける。
「そうなんだ。なんか、みんな態度がおかしいんだ。さっぱり、意味が分からない」
「そう。それはそうよね。ポロンくん、頭悪いし」
「それって率直な感想?」
「他意はないわよ」
 エレーンは意地悪そうに笑う。
 ここは神社の離れにつくられた居間。
 ポロンはあれから、この居間で休んでいるエレーンを捕まえて、相談にのってもらった。
 他には、ライラとアリエッタの姿がある。
 ポロンは、お茶をすすると言葉を続けた。
「とにかく、なんかみんな、僕のことを避けているような気がするんだ。悪いことをしたなら謝るし、なにかダメなところがあるなら教えて欲しい。なおすから。無視なんてやめて欲しいんだ」
「女っていうのは陰湿だからね」
 と、醒めた口調でライラ。
 そのまま、まんじゅうを口に入れた。
「結局、シャルムもウィンディも、あのキャロットですらおかんむりだ。ポロンくんも相当の悪事を働いたってことさ」
「悪事だなんて。僕はただ、みんなのことを考えて……」
「それが、最大の勘違いさ。ポロンくんは一見みんなのことを考えているようで一番考えてない。鈍感なのさ。愚鈍と言ってもいい」
「愚鈍って」
「シャルムも気に入らないってことは相当なもんだよ」
「……」
 そこで、ポロンはもう少し詳しく話す。
「アリサが、フィアのことで怒ったんだ」
「へえ」
 エレーンが興味深げに声をあげる。
「僕がフィアのことばかり気にかけるのが気に入らないって。それで怒ったんだ」
「なるほど」
 エレーンは驚きの表情を浮かべながらも納得したように頷く。
「僕は、わからないよ。フィアが心配なのは当然じゃないか。彼女は、少し浮いてるから」
「過保護だね」
 ライラはあきれたように言った。
「過保護だ。本当に過保護だ。浮いてる? そんなのポロンくんがそう思ってるだけさ。フィアとあたし達はあってかなり経つけど、アリサ達やポロンくんほど長く付き合ってるわけじゃないから、少しぐらい隔たりがあってもおかしくないよ。あたしだって、みんなと馴染むのには時間がかかったものさ。友情や信頼はね、時間をかけて作っていくものだよ」
「それはわかってるけど……だけど、気になるんだ」
「ポロンくんはその意味を知らないから困る」
 ライラは嘆息した。
 続けて、エレーンが。
「フィアは仲良くやってるわよ。今は、少し浮ついているからそう見えるだけで。むしろ、もう一人心配なのがいるんじゃない?」
「……誰?」
「そんなこともわからないの?」
「わからない」
「バカね」
 エレーンは肩を落とす。
 そして、ポロンに答えを教えた。
「アリサよ」
「アリサ? アリサは、別に心配するほどでも」
「ポロンくん、本気で言ってるの?」
 さすがに、その無神経な言葉にはエレーンも頭に来た。
「アリサはね。そうとう参ってるわよ。一体なにがどうなってどういう理由で参ってるか、それぐらいは……わからないでしょうね。とりあえず、一つはっきりしておかなきゃいけないわ」
「え?」
 エレーンは、表情を険しくした。
 そして、はっきりと訊いた。
「結局、ポロンくんは誰が好きなの?」
 ポロンは、口ごもる。
 そして、しばらく迷った結果。
「……選べない」
「まだそんなこと言ってるの? 自然と選択肢は狭まってるでしょ」
「でも、こういうことはもっと時間をかけたほうが……」
「あのねえ。あたし達はポロンくんの婚約相手じゃないのよ。もう、ポロンくんは決定的な相手がいて、それは心の中で決まってるけど。本音ではそういう関係が怖いのよ」
「そんなこと……ないよ」
 エレーンは頭を抱えた。
「それじゃあ、もっと決定的な質問をするわよ」
 口調を強める。
「アリサとフィア、どちらが好きなの?」
「……なんで、そこでその二人の名前が出てくるんだよ?」
「当然じゃない。二人とも、ポロンくんが好きよ」
 エレーンはあっけらかんと言うが。
 ポロンは明らかに動揺していた。
「まさか。二人が僕のことを好きだなんて、そんなことないだろ」
「あーもうなんかめちゃくちゃむかつくわこのちょー優柔不断男が!」
「優柔不断って!」
 エレーンは、ポロンを指差して訊いた。
「で、アリサとフィア、どっちにするの?」
「どっちって……」
 ポロンはうつむいたまま。
「ごめん、選べない……」
 そう、呟いた。
 エレーンは、両手で頭を抱えうなだれて、「あーもう殴っていいですか」と呟き始める。
 ライラも、いい加減この優柔不断さに頭にきて。
 何か言おうとした、その時。
 急に、アリエッタが立ち上がった。
「ポロンくん、ふざけんじゃねーにょ!」
「あり、えった?」
 アリエッタは、床をバンバン蹴りながら叫ぶ。
「まったく、冗談じゃないにょ! 大陸はポロンくんを中心に回ってるんじゃないにょ! いつもいつもグタグタ言いやがるんじゃねーにょ! いい加減、右か左か、はっきりするにょ!」
「あ、アリエッタ、言葉遣いが乱暴だよ」
「黙るにょ!」
「は、はい」
 ポロンは、思わず口を閉ざす。
「大体、アリサもフィアもかわいそうにょ! こんな甲斐性なしの優柔不断に惚れてやきもきするのはホント、女としてバカにされてる気分にょ! これなら、金が無くなったとたん縁を切るひも男の方が数倍ましにょ!」
「……」
「自分ばっかり、安全なところにいて、誰の気持ちにもこたえようとしないで逃げているポロンくんは、本当に情けなくて涙が出てくるにょ! こんなポロンくんとは、もう一緒にいたくないにょ! ポロンくんは、アリエッタみたいな子供にここまで言われて悔しくないのかにょ! 何とか言うにょ!」
「……」
 ポロンは依然としてうつむいたままだ。
 アリエッタは、顔を背ける。
「もういいにょ。好きにするにょ。アリエッタもポロンくんのことは知らないにょ」
 そう言うと、アリエッタは小さな肩をいからせ居間から出て行った。
 そこには、沈み込むポロンと、アリエッタの態度に呆然とするライラ達が残った。
 エレーンは、顔に手をあてて呟いた。
「育て方、間違えたかしら」
「いや。いい根性してるよ。エレーン二号の才能はばっちりだ」
「なによ、その言い方」
「別に、それより」
 ライラは、ポロンに訊いた。
「決心ついた?」
 ポロンは、沈み込んだ顔を元に戻し。
 いつもの、若い純粋さを取り戻し。
 まっすぐな表情で二人に言った。
「うん。全部、決着つけるよ」

 ●〜〜〜●

 ポロンは、速攻で決心したことに後悔する。
 と、いうのもどちらからはじめれば良いのかわからないのだ。
 そう言うわけで。
「とりあえず、告白が先だよな」
 そう思い、離れを飛び出る。
 そのまま、境内に向かい、そこでフィアを発見する。
「……よしっ」
 ポロンは頷くと、フィアに向かって駆け出した。
「おーい、フィ……」
「チェイストォ!」
「ぐあっ!」
 声をかけようとしたとたん、シャルムの強烈なラリアットが首に命中。
 結果として、地面にぶっ倒れることになった。
 目を白黒させるポロン。
 フィアが振り返り、あっけにとられる。
「シャルム?」
「いや、アハハ。ちょっと、ポロン連れて行くからお仕事頑張って」
「あ、はい」
「ではでは〜」
 そのまま、シャルムは手早い動きでポロンを茂みの奥に連れて行った。

「……なんだよ。シャルム」
 茂みの奥で、ポロンはシャルムに文句を言った。
「なんで、邪魔するんだよ」
「今、何を言おうとした?」
 ポロンは、口ごもる。
「なにって。フィアに告白」
 シャルムは頭を抱える。
「最低だよ。こいつ」
 そして、ポロンを睨みつける。
「アリサを悲しませたら許さないからな」
 それだけ言うと、シャルムはその場から去っていった。
 ポロンは、あっけにとられる。
「悲しませるなって……どうすればいいんだよ」
 まさにその要求は、ポロンにとって禅問答だった。

 ●〜〜〜●

「で、あたし達に相談ってわけ?」
 あきれた様子で聞き返すウィンディ。
 隣では、緑茶を飲みながら話を横で聞いているキャロットがいた。
 すでに、日は暮れかけていて赤い西日が境内を照らしていた。
 神殿の軒下で、縁側に座りながらウィンディはポロンを見上げる。
「恋愛相談なんて、あたしに聞いてもわかるはずないじゃない」
「そうだよ。ウィンディに恋愛のことを聞くなんてかわいそうじゃない!」
「おい!」
 キャロットに突っ込むウィンディ。
 そして、その視線を再びポロンに戻す。
「まあ、シャルムがポロンくんにチェイストしたのは理解できるわね。保険かけたまま告白するなんてなんか、男らしくないっていうか美学に反するっていうか、人としてダメダメな感じがするのよね。がっついているというか、なんていうか」
「だから、シャルムは僕にチェイストしたのかな」
「いや、違うわよ。シャルムは基本的にアリサ一番だから。単純にむかついただけでしょ。基本的にあいつ、考えるより先に体が動くから。更に付け加えるなら口より先に手が出る。殴ったあとに文句言うタイプね。で、泥沼にはまる、と」
「ふーん」
「ふーんじゃないわよ。ちょっと、そこ座りなさい」
 と、ウィンディは地面を指差す。
 ポロンは顔をしかめてウィンディに言った。
「ここ、土なんだけど」
「そーよ」
「そーよ、って……ああ、わかったよ。座ればいいんだろ」
「そういうこと。何事も聞く姿勢が大事よ」
 ポロンはしぶしぶと土の大地に座る。
 ウィンディはえらそうに足を組み、指を立てて言った。
「では、講義を始めます。ポロンくん、準備はいい?」
「うん。お願いします」
「えーと、一時間目は恋愛です。恋っていうのは基本的に酒と一緒。飲んでるうちはハイテンションだけど、酔いが醒めたら後悔するものです」
「それは、違うんじゃないかな?」
「はい、ポロンくん、廊下にたってなさい」
「廊下、ないし」
 ウィンディはどこからともなく細い棒を取り出す。
 そして、キャロットが黒板を立てかけて、そこにチョークで絵を描いていった。
 男の棒人間一つに女の棒人間二つである。
「えーと、状況はこうです。アリサもフィアもポロンくんが好きです。ポロンくんはこの状況でどちらかを選ばなければいけません。まあ、フィアを選んだわけだけど」
 キャロットがポロンの横に『甲斐性なし』という文字を書く。
 そして、ポロンの棒人間の首にロープをかけた。
「で、ポロンくんがフィアに告白しようとしたとき、シャルムがチェイストしたのはアリサのことを何にも解決していないからです。アリサとポロンくんは別に特別な関係ではないからまあ、そのあたりは本当はけっこう流しちゃってもいいんだけど、今後の為にも告白する前にそちらの清算はするべきでーす」
 キャロットがアリサの上に、『女心と秋の空』、そう書いた。
「だいたい、アリサもポロンくんのことが好きなのに全然はっきりしようとしないのよね。さっさと告白しておけばこんなややこしいことに……あ、ごめん。間違いなくもっとややこしいことになっていたわね。フィアが告白していても、同じか。なんでここにいるやつらは、八十年代のラブコメを素でやるようなバカがそろっているのかな? ウィンディ先生はうんざりです」
 キャロットは、『ウィンディはうつ病』と付け加えた。
「んなわけで。もうややこしいことは抜きよ。アリサはあたし達がフォローするから、とっとと言っちゃいなさい」
 ポロンは少しだけうつむいたあと。
 静かに立ち上がり、言った。
「わかった」
『おおっ』
 珍しく、はっきりした態度のポロンにウィンディもキャロットも驚きを隠せない。
 ポロンは静かに、独白するように呟く。
「正直、わかんないんだ。なにが正しいのか。なにが間違ってるのか。でも、僕はフィアが好きだし、多分、フィアに振られたとしても変わりにアリサを、なんていうことはできないと思う。はっきり言って、もう、自分でも何をしているかわからないんだ。だけど。フィアにはきちんと、告白する。でも、みんなが言うようにアリサが僕のことを好きなら……僕はまず、アリサにきちんと自分の気持ちを説明するよ」
 ウィンディは満足げに微笑んだ。
「まあ、それでいいんじゃない。ポロンくんにしては上等よ」

 ●〜〜〜●

 夜が更ける。
 長崎の夜景は綺麗で、月明かりに照らされた長屋の群れは美しい建築美だった。
 和の風靡とはよく言われるが、やはりジャパンは素晴らしい伝統と格式を持つ。
 小高い丘の上。
 青い月に照らされた夜だった。
 枯れたススキが風に吹かれる。
 すでに紅葉は終わり、木は枝のみと成り果てていた。
 枯れ木がかさかさと揺れる。
 静まり返った丘は、月下夜行の言葉どおり。
 寒い風が何度も吹き荒む。
 けれどもそれは、ときおり唐突にやみ、その度に心がざわめくような感慨を与えられる。
 すでに、動物達は冬眠をしている。
 虫達も、ほとんどが眠っていた。
 鈴虫の季節も終わっていた。
 そんな、本当になにもない丘だった。
 ただ、大きな岩が一つだけあった。
 岩は、一つ。
 その岩の上に少女が座っていた。
 色気のある着物姿である。
 歳の割りに童顔なその少女は、今日は髪を下ろしていた。
 すると急に大人びて見えて、誰もを魅了させる美少女と変わる。
 その青の瞳は、遠方の景色を映していた。
 視線が動く。
 そこには、一人の少年が歩いてきた。
 彼も童顔な少年で、同じような着物姿。
 着流しに、なれない下駄でゆっくりと歩いてくる。
 少女の前で止まり、そのまっすぐな瞳を向けた。
「三十分も待った」
「ごめん」
 ポロンは謝る。
 しかし、アリサはそれでも笑顔で「いいよ」と答える。
 しばらく、静かな時間が流れる。
 先に、アリサの唇が動いた。
「話は聞いたよ」
「うん」
「フィアが、好きなんだよね」
「うん」
「知ってた」
 ポロンが、驚きを見せる。
 アリサは意地悪そうな表情で言葉を続けた。
「ずっと見てたから」
「そう、なんだ」
「うん。見てたから。すぐにわかったよ。ポロンくんがフィアを見る目、あたし達を見る目とは違ったから。ポロンくんがフィアのこと好きだって気付いてた。あの、テープの時だってポロンくん、フィアばっかり見てたよね」
「うん」
「やっぱり、好きなんだって、気付いた」
「うん」
 そこで、今度はポロンが口を開く。
「気付いたら好きだったんだ。彼女ばかり見ていた。彼女は……たぶん、一目ぼれしていたんだ」
「いいよ」
「ずっと、目が離れなかった。忘れない日は無かった。朝、起きると彼女がどこにいるか気になった。朝食の時、彼女がどこに座っているか気になった」
「だから、いいよ」
「姿が見えないと、アリサ達と出かけているのかって気になった。昼食に戻ってこないと、どこに行ったのかものすごく気になった。昼下がり、彼女の姿が見えるとものすごくほっとした」
「もう、いいよ」
「彼女が好きなんだ。フィアが、ものすごく好きなんだ。フィアに傍にいて欲しい。ずっと、傍にいて欲しいんだ。抱きしめて、永遠に放したくないんだ!」
「そんな話、聞きたくない!」
 アリサの叫びに、ポロンは口を閉ざす。
「……ごめん」
「……いいよ。別に」
 ふたたび、沈黙が流れた。
「僕は……アリサを傷付けていたんだね」
「そうだね」
「ごめん」
「謝らなくていいよ。謝って欲しくない」
「ごめん」
「辛くなるから」
「……ごめん」
 アリサは、少しだけ息を吐くと、空を見上げる。
 そして、静かに告げた。
「フィアと、ケンカしたんだ」
「……」
「なんでか、わかる?」
「わかる」
「うそ。そんなに勘、するどくないでしょ」
「わかるんだ。今は、なんとなく」
「ふーん」
「アリサが怒ったことも、全部、わかった。自分がどれだけひどいことをしていたかも」
「でも、それもこれも、みんな仕方ないことだったんだよ」
「うん。仕方なかった」
「あたしも、悪かったし」
「僕も、悪かった」
「逃げてたから」
「僕もだ」
「卑怯だよね」
「卑怯だよな」
「だから、もう逃げない」
「僕も、逃げるのはやめにする」
「でも……明日から笑ってよろしくなんて、できないから」
「いいよ。できなくて」
「たぶん、少し冷たくなると思う」
「冷たくなってもいいよ」
「ひどいことも言うかも」
「いくらでも言っていい」
「でも、応援する」
「ありがとう」
 アリサはまるでつき物が落ちたかのような顔をした。
「あーあ。負けちゃった」
「なにが?」
「普通、聞かないよね。そういうこと」
「ごめん」
「すぐあやまる」
「悪いくせだと思う」
 アリサは岩から降り、ポロンに視線を戻した。
「フィア、ものすごくいいこだよ」
「うん」
「あのこ、自分の幸せってあんまり考えてないから。お人よしなんだ」
「うん」
「それに、ドジだし。要領も良くないし。あたしと似てる」
「そうかも」
「多分、ベストカップルになれるよ」
「なるよ」
「でも、あたしの未来の彼よりは劣ると思う」
「それは、どうかな?」
「ひどーい」
 そこで、二人の笑い声が響いた。
 アリサはくるりと背を向けた。
「それじゃあ、もう行くから」
「うん」
「追ってこないでね」
「うん」
「それじゃあ」
 アリサは、そのまま歩き出す。
 ポロンはそれを、見えなくなるまで笑顔で見送った。
 そして。
 アリサの姿が消えたのを確認して。
 ポロンは、思いっきり自分の拳を岩に叩きつけた。
 拳が血まみれになる。
 その拳をもう一度、ぶつける。
「なんだよ。それ」
 そして、もう一つの拳で岩を殴った。
 そのまま、両手を岩に当て。
 悔しげに呟いた。
「いいわけ、ないだろ」

 ●〜〜〜●

 フィアは、アリサの部屋の、戸の前に立っていた。
 そして、その戸のとってを掴み。
 けれども、その戸を開くことができなかった。
「……」
 無言のまま、しばらく時間が流れる。
 すると、すぐ横にシャルムの顔があった。
「なにしてんの?」
「あ、いえ」
「……ふーん」
 シャルムは、それだけで全てを察したようだ。
 納得した顔で頷くと、フィアに言った。
「しばらく、アリサに会わない方がいいよ」
「え?」
「とりあえず、今日一晩は我慢。割り切りの遅いやつだから、もしかしたらけっこう時間がかかるかもしれないけど、大丈夫。アリサはおまえを絶対に嫌えないから」
「……そう」
 シャルムはポンと、フィアの肩を叩いた。
「だから、今日はあたしに任せとけ。一晩中ベットで慰めてやるから」
「ベット?」
「冗談だよ。でも、まあこうみえても、あいつ泣かせるのは得意なんだ」
「……うん」
「じゃあ、そういうことで」
 シャルムは戸を開くと、あっけらかんと入っていった。
 しばらくして。
 部屋の中から泣き声が響いてきた。
 フィアはそれだけでいたたまれなくなって、戸から離れる。
 陰鬱な足取りで廊下を歩き、階段を下りる。
 そして、独り居間に座った。
「……」
 そのまま、机に突っ伏す。
 気分は、最低最悪のヒールだ。
 これじゃあ、準ヒロインの脇役で収まっていた方が良かった。
 でも、そんな物語は流れない。
 現実はご都合主義ではないのだ。
 胸には針の刺さったような痛みが何度も貫く。
 一言、呟いた。
「アリサは、いいな」
 彼女は、落ち込んだときに慰めてくれる親友がいる。
 そして、それは自分ではない。
 それに、自分にはそんな人間はいないのだ。
 結局、その白けた関係に、辛いむしろの上のような痛みを感じていた。
 それが、今日になって耐え切れなくなった。
「……もう、やだ」
 再び、呟く。
 すると。
 目の前にお茶が差し出された。
 フィアが顔をあげると。
「……キャロットさん」
 キャロットはフィアの言葉に、笑顔を見せた。
 そして、そのまま横に座る。
「恋愛相談、悩み相談、ほか、人間関係など様々な悩みを受け付けてます」
「新興宗教ですか?」
「ううん、AL教」
「そう」
 冷たくするフィアに、しかしキャロットはそれでも黙って座ってくれた。
 フィアは、突っ伏したまま静かに語りだす。
「怖いんです」
「ふーん」
「ものすごく、怖いんです。いろいろなことが」
「ふんふん」
「真面目に、聞いてます?」
「うん」
「……」
 少しだけ、疑惑を持つフィアだが、言葉を続ける。
「いろいろなことが難しすぎて、あたしじゃ解決できない。どうしたらいいかわからない。なにか、答えがあったら教えて欲しい」
「そう」
「なにか、助言とかアドバイスとか、ないんですか?」
「うーん」
「ないんですね」
「うん」
「そう」
 フィアは再び黙りこくる。
 キャロットは、しばらくそれを横目にお茶をすすり。
 すすり終わったあとで、一言告げる。
「上で、ウィンディやアリエッタと大貧民してるけど、フィアも来る?」
「行きません」
「強制参加だから」
「え?」
「ほら、早くお茶飲んで」
 フィアは思いっきり立たされて、湯のみを渡される。
「ほら、早く飲んで!」
「あ、はい」
 熱いお茶を一気に飲み干す。
 そして。
「あつっ!」
「飲み終わったら早く行く。今夜は徹夜だから」
「徹夜って、なんで?」
「人生ゲームや黒ヒゲなどなど、ゲームは山ほど用意してるよん」
「よん、って。だからなんで?」
「それと」
「なんです?」
「その、堅苦しい敬語はそろそろ卒業」
「あ、あう」
「ほら、早く! ダッシュ!」
「え? え?」
「ゴーゴーゴーッ!」
「あ、え?」
「ほら!」
「あ、はい」
 フィアはその言葉に、とりあえず頷いた。
 
 その晩、フィアはウィンディたちにむりやり付き合わされて徹夜で遊んだ。
 その夜は、やけにいろいろなことがあってごちゃごちゃする夜だったが。
 それでも、フィアにとってはそれなりに楽しい夜だったのだ。

 なぜなら、いつもより多く笑っていたから。