ポーンといえば、ヘルマンでもそれなりに栄えた町である。 首都、ラング・バウの南東に位置している。 さらに南に下ればヘルマン南部方面軍の駐留地であるコサックがある。 首都から近く、駐留軍の中継地ともなるため、自然と栄えるわけだ。 けれども、ヘルマンは治安が悪い。 軍部がえばっている。 軍国主義の体制を持ち、軍人は偉く、時に暴力にはしる。 それはひとえにヘルマンが貧困な国であるからだ。 土地に恵まれず、気候に恵まれない。 よって、人の心はすさんでいく。 そんな国だからこそ、少し闇には暴力が爪を研いでいるのだ。 ●〜〜〜● 「遅くなったわね。参ったわ」 金髪の美女は、そんな呟きをもらす。 エレーンは買い物に手間取ってしまった。 予算が足りないために金額交渉をしていたのだが敗退。 ヘルマン人は野菜の購買に対してシビアだ。 それもひとえに、土壌が濃厚に優れないためである。 おかげで、リーザス相場の三倍近くを浪費した。 「だから、この国は嫌いなのよ」 どこか殺伐としているヘルマンを、エレーンは好きになれなかった。 一番いい国はリーザスだ。 土地は豊かで、文化レベルは高い。 次点は自由都市。 リーザスには劣るものの、平和でいい都市郡である。 三番目は、妥協してゼス。 身分制度はあるものの、一応に生きていけるだけの体制がある。 けれども。 ヘルマンという国はそれすらも満足にない。 飢えで路上に人が転がっているのはこの国ぐらいだろう。 一部で起こる人食主義だって、その延長だ。 食うものがないから、人を食う。 さすがに、都市ではしない。 しかし、田舎の村に行くと死者を祈祷の末、弔って食べるという風習も残っている。 そうしないと、生きていけないのだ。 悲しい文化である。 「結局、リーザスのリア女王が妥協すればいいのよ。ヘルマンのパットン皇子も確執を捨ててリーザスと友好条約を結べばいいんだわ」 エレーンの言うことは正論だが、理想論である。 そう簡単にいかない。 ヘルマンが頭を下げればリーザスはつけこんでくる。 リーザスはヘルマンの広大な土壌に興味を示していない。 むしろ、欲するはゼスである。 魔法文化の栄えたゼスはリーザスの格好の獲物だ。 対してヘルマンは兵士が強いだけでリーザスの手に余る。 リーザスのリア女王が積極的なヘルマン進出をしないのはそれが理由だ。 逆にヘルマンが責めるのも逆説的な理由である。 政治とはかくも卑しく浅ましいものである。 それはそうとして。 「いそがなきゃ」 エレーンは、裏道を走る。 しかし、そこに一人の大男が立ちふさがった。 「へへ」 と下卑た笑い。 エレーンは思わず、嫌悪を顔に浮かばせる。 「あんた、美人だな。今晩、俺と付き合ってくれない?」 「冗談」 「そう言うなよ」 男はエレーンの細い腕を掴む。 エレーンは思わず手を振り払った。 「下がりなさい!」 男は思わず顔をしかめる。 「あんた、貴族みたいな話し方するな」 「うるさいわね。そこを通しなさい」 「いやだ。俺はアンタとやっちゃうんだもんね。なあ、みんな」 男が視線を外に向けると共に。 多くのごろつきが街の闇から現れた。 その数はざっと四人。 まともに相手にするには少し厄介だ。 エレーンは苦渋を顔にうかべる。 すると、その時。 「大勢で、ご婦人を囲むのは感心しないな」 エレーンの背中を抱きかかえるように、一人の騎士が前に出た。 髪は灼熱のような赤。 瞳は純粋でどこまでもまっすぐだ。 顔立ちは幼いが、体格はガッシリしている。 そして、なにより。 内側からにじみ出る高潔な強さをその青年は持っていた。 エレーンは青年に肩を抱かれ、耳元で囁かれる。 「もう大丈夫だよ」 トクン。 エレーンの胸で、なにかの雫が落ちた。 同時に、顔が赤く、心が厚くなる。 視線には、目の前の青年しか写らなかった。 青年はエレーンを庇うように後ろにやると、叫んだ。 「さあ、僕が相手だ」 「んだと! そんなババア、庇ってるんじゃねえよ! この、勇者かぶれが!」 「勇者かぶれ……確かにそうかもしれないな。だけど」 青年はにやりと笑う。 「僕は君達の数倍強い」 ごろつきの親玉の声が響いた。 「てめえら、やっちまえ!」 バコバコドッカンズガガガカン! 「……で?」 エレーンはごろつきの親玉を踏みつけて聞いた。 「誰がババアですって?」 「あなたです……」 「ふん!」 エレーンのかかとがめり込む。 「もう一度訊くけど……」 「すいません……もう、年増なんていいません……」 「よろしい」 エレーンは鬼のような形相をくるりと変え。 青年にニッコリと笑いかけた。 「あの〜♪ 助けてくださってありがとうございますぅ〜♪」 いい歳して恥ずかしくないのか、エレーン。 青年は少しうろたえた表情を見せて。 「僕は何もやっていないんだけど。……まあ」 しゃがみこむ。 そして、その手にハンカチを巻いた。 「……え?」 「ごろつきを殴ったときに、少し傷ついただろう。応急処置さ」 「ありがとうございます……」 顔を赤らめるエレーン。 青年はスクリと立ち上がるとエレーンに微笑んだ。 「ここら辺は物騒だからね。送るよ」 「ありがとうございます」 青年はエレーンの手を引く。 その瞬間、エレーンの体温が二度ぐらい上昇した。 赤面するエレーン。 その表情を青年に向け、エレーンは訊いた。 「あの……」 「なに?」 「よろしかったらお名前を……」 「そうか。自己紹介がまだだったね」 青年はニッコリと笑い答えた。 「僕はアリオス。いわゆる勇者崩れさ」 ●〜〜〜● ポーンの宿屋。 そのリビングでポロンは恐る恐るライラに聞いた。 「ねえ」 ライラは、剣の手入れをやめてポロンに向き直る。 「なに?」 「エレーン、どうしたの?」 「いつものことだよ」 「なるほど」 ポロンが視線を移す。 そこには、顔を上気させて心中ここになしのエレーンがいた。 エレーンは遠くの空を眺めながら呟く。 「恋って、春の桜のようね」 ライラがこけた。 よろよろと椅子に座り、再びエレーンをみやる。 そこには慟哭の色があった。 エレーンは再び、空を見上げながら。 「あたし、結婚するかも」 ポロンが、コーヒーを噴出す。 すぐ傍のアリエッタが。 「ポロンくん、汚いにょ」 と、嫌そうな表情で呟いた。 ポロンは、よろよろとエレーンの傍に座る。 そして訊いた。 「ねえ、エレーン」 「なに? ポロンくん」 「いったい、今度は誰に恋をしたの?」 「えーとね、勇者様」 「勇者?」 勇者といえば……そう、アリオス=テオマン。 しかし、すでに二十三を迎えて勇者としては引退を迎えているはずだ。 次代の勇者が誰かは知らないが。 だが、いまどき勇者はないだろうとポロンは思った。 「あのさ、エレーン」 「なに?」 「その勇者ってどういう人なの?」 「えーとねえ」 そのあと、エレーンの話は二十分にも及んだ。 背格好から、容姿から、まるで詩の中の一説ような表現で語った。 さらに、自分と彼とのドラマチックな出会いを高名な座曲のように語った。 そのうえ、自分が彼をどれほど愛しているのかまで語られた。 地獄の二十分だった。 憔悴しきったポロンの横で、エレーンは告げる。 「今日、彼がここに来てくれるの。あたしの為に。あたしに会いに来てくれるの」 「あっそう」 「これは運命の出会いなんだわ。神様が与えてくれたのね。ああ、あたしったらこんなに幸せでいいんでしょうか?」 『いいんじゃないでしょうか。エレーンちゃん』 「ありがとう、ヤマネさん!」 「あの、今さ。誰と話してたの? エレーン」 ポロンの言葉も耳に入らない。 エレーンはるんたったと、スキップしながらキッチンの方に向かう。 ポロンはライラに視線を向けた。 ライラは肩をすくめる。 「重症のポリープが再発したみたいだ」 「参ったね」 「また、しくじるにょ」 『シー!』 その時、玄関の扉がノックされた。 ポロンはなるほど、例の王子様か、と立ち上がろうとする。 しかし。 ビューン、と風が吹いたかと思うと、すでに玄関の扉でエレーンは待機していた。 「アリオス様!」 エレーンが扉を開く。 すると。 その手はエレーンを捕らえ、玄関から表に引きずり出した。 真っ先に事態の急変を察知したのはライラ。 たちまち獅子と化し、玄関から表に出る。 ポロンとアリエッタもその後を続いた。 そこには。 「君はっ!」 そう、それはポロンの知っている顔であった。 サバサバの街での一騒動の時、さんざん迷惑かけたあの男。 「ル……なんとか!」 「ルリックだ!」 黒いマントに身を包んだルリックは、エレーンを抱える。 エレーンはすでに気を失っていた。 ルリックがやったのだろうか。 しかし、ルリックはお世辞にも体力のある青年ではない。 エレーンは対して、護身術を一通り極めている。 ルリックがエレーンを押し込めるなどできるはずはないのだ。 それに。 ルリックは……何かわからないが、前にあったときとは雰囲気が違っていた。 なんというか、邪悪なのだ。 神官としての力が、ポロンにルリックに対して危険だと信号を出していた。 ライラも剣士の直感からそれを察したようだ。 手を出そうとしない。 ポロンは訊いた。 「ルリック、君はいったいどうしたんだ!」 「エレーンを迎えに来たのさ」 「サバサバからか? 一人で?」 「ああ」 「エレーンのことはあきらめたんじゃないの?」 と、これはライラ。 しかしルリックは肩をすくめて言う。 「いったんはあきらめたさ。だが、彼女が去ったあと思った。僕には彼女しかいないんだと。そのあと、彼女を探し回ったさ。山を越え、谷を越え。結局、一ヶ月も捜し歩く羽目になったけど」 「物好きな」 ライラの呟きに、なぜか気絶しているはずのエレーンが反応する。 「そして、彼女を手に入れようと思った。けど、僕には力がない。彼女を得るための力が。けれども神は僕に味方をしてくれたよ。偶然、飲み込んだキャンディーは強大な力を与える神からの授けものだったのさ」 「キャンディー?」 「赤いキャンディーさ、そして真ん中は黒い。少し大きめのキャンディーだ。軽く飲み込んだんだけど、そのあとこれほどの力が得られるとは思わなかったね」 そこで、ライラが思案にふける。 何か心当たりがあるのだろうか。 しかし、次に彼女の顔は蒼白になった。 「まさか、あんた。魔血球を!」 「魔血球?」 「……魔人の核さ。先の大戦でその多くが行方知れずになっているんだけど。強大な魔人の力を授ける魔人の源みたいなものだよ」 「つまり、パワーアップアイテムみたいなものか?」 「そんな簡単なものじゃないさ。魔人と貸せば自然と魔王の配下となり、残虐な性格へと変貌する。もちろん、誰でも適合するわけではない。弱い奴は魔血球に滅ぼされる。だけど……」 そこで、汗が滴り落ちる。 「偶然、こいつは魔血球に適合したみたいだね。まったく、どんな基準なんだか」 ルリックが笑う。 「よくはわからないけど、そう言うことさ。今の僕には誰も敵わない。そう、神だって」 そう言うと、剣を抜いた。 「さあ、彼女を助けたければかかって来いよ!」 その挑発に乗って、ライラも構えをする。 「ライラ……」 「今の話が本当か嘘か、試すだけさ」 そう言い、軽く笑うと。 その表情は戦士へと一変した。 ルリックはエレーンを離す。 そして、剣が交わる。 力のぶつかり合い。 なんと。 先にはなれたのはライラだった。 「ライラッ!」 ポロンの声にライラが軽く微笑む。 「確かに、スゴイ力だ。魔人になったのは間違いないみたいだね。でも……」 そのまま、構えをしなおした。 「剣は素人だ」 再び、駆けた。 ルリックは神速の振りを見せる。 けれども、ライラは振りの一歩手前で止まる。 そのまま、剣を突き出した。 だが。 それはルリックの胸を突きぬく前に不可視の力によって弾かれた。 「クッ!」 ルリックは再び振り切った剣を戻す。 ライラはバスターソードの柄をルリックの手に当てた。 そのままカウンターの要領で、叩きつける。 そして、当たった瞬間に剣を跳ね上げた。 「あっ!」 驚きの表情を見せるルリック。 対してライラは、汗を拭きながら言った。 「ガルティアと比べると月とすっぽんだ。まるでなっちゃいない。人間ごときに破れるようじゃ、偽者としか呼べないよ」 「くそっ!」 ルリックは舌打つと。 エレーンを片手に抱きかかえ宿屋の屋根まで、高く跳躍した。 ライラの顔がこわばる。 ルリックはポロンとライラを見上げて高らかに笑った。 「ハハハッ。この姫君を助けて欲しかったら北にある魔城まで来い! 待っているぞ!」 そのまま、屋根伝いに去って行った。 さすがに三流といえども魔人の跳躍力。 ポロンやライラでは追いつくことすらできない。 「クソッ。あの馬鹿、何をやらかすつもりだか」 ライラが悔しげに顔をしかめると。 「どうしました?」 と、声がかけられた。 ライラが苛立ちまぎれに声の方に視線を向ける。 すると、そこには赤髪の精悍そうな青年が立っていた。 青年は言った。 「僕はアリオスと申します。ポロン王子の宿泊している宿を探しているのですが。何かあったのですか?」 ●〜〜〜● 「なるほど、そんなことが……」 アリオスは、思いつめたような表情で頷く。 エレーンがさらわれ、そのあと。 アリオスの訪問によりポロンは彼を宿屋に案内した。 そして、一通りの事情を話す。 アリオスは聡明な青年で事情をすぐに飲み込んでくれた。 「そうですか。大変なことになりましたね」 そう、息を吐く。 ライラはアリオスに訊いた。 「あなた、もしかして伝説や文献に描かれる勇者じゃ……」 「違うよ」 アリオスは軽く表情を微笑ませる。 しかしそこには、明らかな自嘲が浮かんでいた。 「勇者は二十までしかその力を発揮できない。今の僕は、勇者の力を剥奪されたただの剣士さ。世界を救う力もなければ世界を変える力のない無力で矮小な存在だ」 「……そう」 今度はライラが息を吐いた。 落胆の吐息だが、それはアリオスが勇者ではないことに対するものではなかった。 一時、勇者と呼ばれていた剣士の弱さに落胆したのだ。 アリオスは軽く視線でポロン達を見渡し、言った。 「北の山脈に、ザナケス=ヘルマンの時代に建てられた篭城用の城があります。もとは当時の第四軍駐屯地に使われていたのですが足が遠いので篭城専用にしか使われなくなり、しかし第四軍の戦闘が少なくなるにつれ必要性を失い、現在は形だけで放置されています。その、ルリックとかいう魔人の住処はそこなのでは?」 「そうかもしれませんね。行ってみる価値はあると思います」 と、アリオスの言葉にポロンが頷く。 「ライラ。君の意見が聞きたいんだけど」 「意見って。あたしはポロンくんに従うだけだよ。さあ、どうする?」 「うーん」 ライラの試すような言葉。 ポロンはあえてそれを深く追求せずに、答えた。 「多分、ルリックがいるのはそこで間違いないと思う。大人数ではなく少人数で行くのがいい。アリサ達は巻き込みたくないし。ルリックはおかしなぐらい強くなってるけど、魔人というだけで戦闘レベルが優れてるわけじゃないし。なにより……ルリックはそれほど残酷なことができないと思う」 「まったく、甘いね」 「自分でもそう思うけど。でも、彼がその気ならその場で僕らを全員倒せたわけだし。手荒いことをする度胸がないという見方をすれば納得がいくんだよ。ライラ、彼に勝てそう?」 「どうだろう。やってみないとわからないけど……純粋な勝率を聞いているなら。あの程度なら十回に八回は勝てるよ。力だけの奴に負ける道理なしってね」 「じゃあ、ここは僕とライラで行くよ」 そこで、ポロンはアリオスに視線を向ける。 「アリオスさんはどうします?」 「もちろん行きます。剣には少しですが自信があるので」 「じゃあ、このメンバーで」 そこで。 ポロンのすそをひっぱる姿があった。 アリエッタはポロンを見上げる格好で言った。 「アリエッタも行くにょ」 「アリエッタ……」 ポロンはアリエッタと同じ目線になって告げる。 「いいかい? これは遊びじゃないんだ。だから、アリエッタは留守番しててくれないか?」 「遊びじゃないことぐらい知ってるにょ。でも」 そこで、口調を鋭くする。 「アリエッタはエレーンが心配なんだにょ。アリエッタもエレーンを助けに行きたいにょ。連れて行ってくれないとむりやりついていくにょ」 「参ったな……」 ライラに助け舟を出すポロン、しかし。 「いいんじゃないか」 「ライラ」 「アリエッタ、言い出したら聞かないから。多分、おいていったら黙ってついて来るよ」 「うーん」 「子守はヨロシク」 「……やっぱり、そうなるんだ」 ポロンはがっくり肩を落とす。 その光景に、アリオスはおかしそうに笑った。 ライラはアリオスのその表情に微笑み返すと、立ち上がる。 「それじゃあ、行こうか」 ●〜〜〜● 山脈に雷が轟く。 闇に覆われた高台の城は、やはり混沌とした恐怖を内包していた。 その城の最上階。 エレーンはドレス姿で姫君のようである。 ルリックはその姿をながめ、満足げに微笑んだ。 「奇麗だ、エレーン」 エレーンはルリックを睨む。 「あたしをさらってどうするつもりよ」 「ふっふっふ。君は今日から僕と一緒にここで暮らすのさ」 「はあ?」 ルリックはエレーンの顔に手をあて。 そのまま自分の顔を近づけた。 「君は今日から僕の妻だ。この王宮で誰にも干渉されない素晴らしき日々を永遠に送るんだ。どうだ、楽しみだろう?」 「ちょっと、アンタ頭おかしいんじゃないの?」 「嫌い嫌いも好きのうち。君が内心で喜んでいるのを僕は知っている」 ルリックはそのまま、窓の前に立ち外を眺めた。 「見てごらん。この素晴らしき光景を。僕らの門出には最高の日和ではないか」 「黙れ!」 エレーンのコークスクリューがルリックの顎に命中する。 そのまま、ルリックは姿勢を崩し。 城の最上階からひゅぅぅぅぅと落下した。 「アホ! 死ね!」 エレーンは外を見て、儚げに呟いた。 「助けて、王子様」 ドン。 ルリックが地面に激突する音は城の最上階まで響いた。 ●〜〜〜● 「ここが城です」 アリオスは、巨大な城の前に立ち、ポロン達に振り返る。 ライラは城を見上げて言う。 「ずいぶんと近かったね。大体三時間ぐらいかな。使われなくなったって言われているけど、地理的には問題ないと思うけど」 「いや。補給に手間がかかったみたいだ」 「なるほど。この山道だからね」 ライラは納得したように頷く。 アリオスはポロンに視線をうつし。 「ここからは魔物の巣窟になっているでしょう。魔人はそれだけで魔物に対する吸引力があります。わんさかというわけではないでしょうが、それなりの覚悟はしておいてください」 「わかりました」 アリオスはポロンの表情を見て、頷き。 「では、行きましょう」 アリオスは扉を開いた。 まず、ライラがバスターソードを構えた。 アリオスも扉を開け終えると、剣をとる。 大量の魔物は闇の彼方で、息を潜めていた。 ライラは軽く笑う。 「けっこういるね。ひーふーみーで、三十ぐらいか」 アリオスは一歩前に出て、ライラに言った。 「僕が前衛をする。君は王子と女の子の護衛を。無理に戦う必要はない」 ライラは剣を肩に乗せ、息を吐く。 「わかってないね。ポロンくんは護衛がいるほど弱くないさ」 「え?」 「ああ見えて軟弱な王子様とは少し毛色が違うからね」 「……」 アリオスが、何かを思案するかのように立ち尽くす。 ライラはアリオスが立ち直るのを待たずに、叫んだ。 「行くよ!」 「あ、おい!」 ライラが駆けた。 アリオスが咄嗟にライラの後を追う。 (足は、速い) どちらもそう、内心で呟く。 ライラはそのまま、魔物の一体と斬り結んだ。 神速の斬撃に、防ぐ暇もなく一体が倒れる。 「へえ」 アリオスは感嘆した。 ライラはさらに深く斬り込む。 二体、三体と躯になった。 しかし、斬り込みすぎて囲まれてしまう。 アリオスは、本来ならここで助けに行くつもりだった。 けれども、不思議なことにライラを助けるという考えは、あの太刀筋が奪い去っていた。 ライラの一見華奢に見える体を、魔物たちが取り囲んでいく。 しかし、ライラはその瞳に揺るぎも魅せず。 気を吐いた。 「レダ・スラッシュ!」 黄金色の衝撃が煌々と円を描く。 同時に、六体の魔物がその身を断たれ、絶命した。 「……ふぅ」 ライラが息を吐く。 一見、無防備に見えるその姿勢、けれども魔物は見えない圧力に攻め手を失う。 そこに、アリオスが斬り込んだ。 たちまち、一体を袈裟斬りにする。 流れる動きで、次の一体の首を斬る。 さらに、あっけにとられているところをさらに下段から斬りあげた。 背後から襲い掛かる魔物に剣を突き出す。 心の臓を突かれた魔物は動きを止めた。 そして、呪文を放つ。 「火爆破!」 三体が赤炎に包まれ、その身を灰燼に帰した。 アリオスは剣を抜く。 そして、ライラの背後を護るように動く。 アリオスがライラに言う。 「強いな」 「あんたもね」 「師匠は誰だい?」 「いないわ。独学。でも、あえて言うならフェル=ラミアスという男に」 「彼か」 「知ってるの?」 「有名さ。リックやトーマと並ぶ大陸最強の剣士の一人とされながら、消息を絶った無名の剣豪」 「へえ」 「一説には隠居したというブラフもあるけど、真実はどうなんだい?」 「死んだわ」 「……」 「あたしの目の前で」 「そうか」 「……」 「君が強いわけがわかったよ」 「あなたも強いわ」 「でも、勇者崩れさ」 「それでも、強い。純粋に」 「ありがとう」 二人は、再び剣を構える。 「とりあえず、こいつらを」 「かるくひねろうか」 二人は、魔物の群れを斬り裂いていく。 魔物が全滅するのに十分とかからなかった。 ●〜〜〜● そのあとも、以外に魔物の数は少なかった。 ときおり、十体近くの魔物が襲い掛かってくる。 けれども、ライラとアリオスの敵ではなかった。 ポロンはただアリエッタの護衛をして見ているだけ。 そのうち、ポロンとライラ達の距離は遠ざかっていった。 舞台は長い螺旋階段に移る。 その階段を、一歩一歩上りながら、ポロンは前の二人を眺めていた。 (……何を話しているんだろう?) アリオスはライラより前を登る。 それは、背中のライラを信頼していることの証だった。 ライラはアリオスの背中を見ながら訊く。 「ねえ」 アリオスが振り返る。 「なに?」 「……」 そこで、口ごもる。 言いたいことははっきりしているのだが、喉から言葉が出ない。 元来口下手なライラは、こういう瞬間が死合いよりも苦手だ。 アリオスはしばらく黙っていたが。 軽く顔を緩ませると、先に口を開いた。 「ライラ、疲れないかい?」 「……なにが?」 「男でいることに」 「……そうだね」 軽く自嘲的な笑みを浮かべる。 ポロン達と一緒にいて、楽しいし充実感がある。 けれども、ときおりふっと疲れることがある。 それは、パーティーに男性的な男性がいないことだ。 ポロンはどちらかといえば中性的な魅力を持つ男性だ。 知性的なところがポロンの魅力である。 けれども、反面、タフな男性がパーティーの中にいない。 リーダーとなる人間がいないのだ。 強くて、先陣をきれるようなリーダー役がいない。 結果として、負担は全て頼りがいのあるライラに来るのだが。 やはり、ライラも女性である。 そういうことに、ときおり疲れてしまうのだ。 年長者だが、達観するほどの歳ではない。 むしろ幼いと言っても良いが、それでも当てにされてしまう。 歳不相応の期待に、よく押しつぶされそうになる。 それをはじめて見抜いたのは、エレーン。 次に見抜いたのは、このアリオスという青年である。 自嘲するのも無理はない。 「でも、これがロールプレイだから」 「……そうかい」 「あんたこそ、疲れない?」 「え?」 「勇者様引退して。本来なら肩の荷が下りたはずなんだけど、枯渇している部分がある」 「当たりだ」 アリオスもライラと鏡写しのような笑みを見せる。 「僕も、勇者をやめて。結局、今までの自分がなんなのか、いや、そういうことじゃなくてもっといろいろ、一言で言い表すのは難しいけど、喪失感っていうのかな、そういうものが胸にくすぶっているんだ。先の大戦で自分ができることは何もなかったし、結局勇者なんていうのは僕の世代には必要とされていなかったんだろうけど」 そこで、拳を強く握る。 「僕は、虚しくて」 ライラは肩をすくめる。 どうしようもない。 だから、ライラは、珍しく口を濁すような話し方をした。 「上手くいえないけど。勇者とか、勇者じゃないとか、そんなのじゃなくて、もっと自分がしたいようにすればいいと思う。多分、アリオスは勇者でいたかったんだろうと思った。でも、もう勇者じゃない。アリオスは勇者になって世界を救いたかったの?」 「……そうだとしたら?」 「そんな勇者だったら、世界は必要としない。力は英雄に与えられるものじゃない。英雄が力を手に入れる。アリオスは、もっと……人助けとか、うん。そう、世界の平和じゃなくてもっと小さなことからやっていったらいいのかもしれない」 「……」 アリオスは少しだけ、硬くなった拳を和らげた。 「君は、ポロン王子と一緒に旅を続けるつもりなのか?」 「ええ」 「いつまで?」 「いつまでも」 「そのあとは?」 「王国の軍に入隊志願するつもり」 「見込みなしか」 「そうね」 アリオスは、少しだけ顔を背けたあと。 吹っ切ったような笑顔を見せた。 「この上が、王座となっている場所だ。準備は?」 「もちろん大丈夫さ」 ライラも、アリオスの気持ちにこたえるように笑顔を見せた。 ●〜〜〜● 天使は城を見下ろしていた。 ●〜〜〜● 玉座への扉が開く。 まずは、ライラとアリオスが前線。 ポロンがアリエッタを庇うようにその後ろに立つ。 そして、一歩足を踏み出した。 それと同時に、玉座の灯篭にあかりがともる。 玉座に座っていたのは、ルリック。 そして、その横にはロープでぐるぐる巻きにされたエレーンだった。 「んー! んー!(早く助けて王子様!)」 長い付き合いなので、なんとなく言葉がわかってしまってライラは頭を抱える。 それと同時に、ルリックが立ち上がった。 「ハッハッハ。良くぞここまで来た勇者よ。この私の元に辿り着くとはさすがにやるな」 「御託はいいから、さっさとエレーンを返しな」 「うっ!」 ライラの気迫におされ、ルリックは少しだけたじろぐ。 魔人になっても、臆病なところは変わっていない。 ルリックは気を取り直し、叫んだ。 「ハハハハ。弱い犬ほどよく吼える。さぞかしこの私が怖いらしいな」 「返せって言ってんだよ!」 「……」 ライラの叱咤に、ルリックの額に汗が滲んだ。 ルリックは汗をハンカチで拭くとライラを睨みつける。 「よかろう。ただし、この私に勝利したら」 剣が、ルリックの髪を斬り裂く。 咄嗟によけなければ、首を斬られて……はいないだろうが、危ないところだった。 ライラは、苛立ち紛れに叫ぶ。 「いい加減、餓鬼の遊びにはうんざりしているんだよ。さっさと帰りな。坊や」 「うっ!」 ルリックはさすがに怯え。 しかし、剣を取り出すと不敵に微笑んだ。 「この私に勝てると思っているのか? 来い! 愚かなる人間どもよ!」 風が、吹く。 ルリックが起こしたのだ。 瞬間的な豪風に、さすがにライラも一歩下がる。 それを、アリオスが支えた。 「ありがと」 「いや。それより、さすがに魔人だ。へっぽこでもこれほどの力を持っているとは。つくづく反則なやつらだ」 「誰がへっぽこだ!」 「んーんー!(ライラ、あたしの王子様とくっつかないで)」 「……なんか、怒るのが馬鹿らしくなってきたな」 ライラは頭を抱える。 「それじゃあ、試してみようか」 そう言ったのはアリオス。 そのまま、剣を叩きつける。 「豪翔波!」 同時に、疾風の衝撃波が地面を流れる。 ルリックはかわすこともできずにそれを防ごうとする。 「あわわはにゃーんっ!」 だが、ルリックに届く前にそれは、プランナーの結界によって無効化された。 「厄介な」 アリオスは苛立ちまぎれに呟く。 逆にルリックはジタンダ踏んだ。 「くそっ! どいつもこいつも僕をいじめやがって! おまえらなんかこうだ!」 風が薙ぐ。 ライラとアリオスは互いに逆の方向によけた。 「下手だな」 「同感」 ルリックは顔を赤くする。 「なんだ、お前ら! 早く倒れろ!」 それと同時に、風が幾重にも重なり、薙がれた。 無数の疾風は肉を切り裂き骨を両断する刃。 けれども、それは全てライラとアリオスに見切られてしまう。 「早いんだけどね」 「狙いが甘いから」 「くそぉぉぉ!」 ルリックは、ライラに一回負けているのでアリオスに向かって行った。 それは風のような速さ。 一瞬で懐に入られたと思ったら、下段から上段に斬り上げる。 しかし、アリオスは軽く状態を反らすだけだ。 そして、笑った。 「相手になってやるよ」 「くそっ!」 剣をそのまま振り下ろす。 アリオスは左に動く。 ルリックは右に薙ぐが、アリオスは一歩前に出てルリックを突き飛ばした。 ルリックは少し後ろに下がるが、また前に出て剣を突き出す。 アリオスは剣をよけたまま前に出ると、顔面を殴りつけた。 「ぐわしっ!」 変な声をあげてルリックはたたら踏む。 魔人なので傷は負わないはずだが、それでもいくらか衝撃はあったようだ。 「くそくそくそっ!」 ルリックは右に振る。 左に振る。 もう一回右に振る。 だが、アリオスは全部見切ってしまっている。 「くそっ、当たれっ!」 ルリックは大振りになった。 それを見逃すアリオスではない。 「よっと」 「えっ?」 剣をすり抜けると同時にルリックに足をかける。 ルリックはそのまま、頭から転んで剣を落としてしまう。 アリオスはその剣を蹴り飛ばすとルリックの喉元に剣をあてた。 そして、ため息。 「魔人もこういうやつばっかりだと楽なんだけどな」 ルリックは悔しげに舌をかむ。 そして、そのまま背中を向いて逃げ出した。 「くそっ! 覚えてろよっ!」 ルリックは玉座の更に奥、展望塔までの道のりを走り去った。 アリオスはあきれた顔で。 「覚えてろよって。小学生かよ」 そう、肩をすくめる。 そして、縛られているエレーンを見て。 「王子、それとライラ。君達はエレーンを頼む。僕はあのバカを追う」 しかし、ライラはそれをさえぎりニコリと微笑んだ。 「いや、残るのはあんただ」 「え、でも……」 「エレーンはね、あんたに惚れてるよ」 「……」 「人の恋路に口挟まない。好きなようにね」 「あ、おい! ライラ!」 ライラは、ポロンと共にルリックを追って走り去っていった。 アリオスは縛られたエレーンを見て再び息を吐く。 「どうしろっていうんだよ」 その背中をぽんと叩く影があった。 「大丈夫にょ。エレーンはふられ慣れているにょ」 「……あ、そう」 アリエッタのその言葉に、やるせなさが隠せないアリオスであった。 ●〜〜〜● ルリックは、階段を必死に上っていた。 魔人だから、体力的に疲れることはないが精神は疲労していた。 魔人の力は恐ろしいぐらい強大だ。 そして、それを持った時、自分は世界で最強の存在だと思えた。 いずれは魔人界にのりこみ、諸悪の根源であるホーネットを倒せるとも思った。 しかし、それは違った。 いくら強くても、たった一人の人間にも勝てなかった。 その程度の力なのである。 幼い頃から町長の息子として甘やかされてきたルリック。 しかし、結局表に出れば弱い一人の少年でしかないのだ。 そして、悪いことをすれば強大な力で捌かれる。 ルリックはこの歳になってはじめて、世界というものを知った。 恐ろしくなった。 だから、必死に逃げていた。 「なんだよ! なんで、みんな僕の邪魔をするんだよ! 畜生!」 そして、展望台に辿り着こうとした時。 急に、細い腕がルリックを掴んだ。 「……え?」 ルリックは見下ろす。 それは、女だった。 細い腕と、神界の聖なる者を思わせるかのような風貌。 美麗な容姿には目を奪われそうだ。 しかし、その瞳には人の情が宿っていなかった。 「……な、なんだよ! お前!」 さすがに、巨富を感じたのかルリックは恐る恐る訊く。 しかし、女は何も答えずに。 ルリックの胸に手を突き刺した。 「グアッ」 かえるのつぶれるような音を出して、ルリックは喘ぐ。 そして、その胸から大量の血が流れ出した。 だらだらと、血が溢れる。 しかし、女は表情一つ変えない。 そのまま、ルリックの胸から血まみれの腕を引き抜く。 そこには、赤い玉が握られていた。 魔血球。 「……そ、んな」 ルリックは、それ以上の言葉を発せないまま。 意識を失った。 女はつまらなげに玉を握り締める。 そこに、二人の人間がやってきた。 そのうち、人間の男が驚愕をあらわす。 「ルリック!」 ポロンが叫ぶ。 ライラは無言のまま、しかし怒りの表情で剣を握る。 「……やってくれたね」 女は、少しだけ、驚くように口を開いた。 「そうか。ポロン=チャオ」 「え?」 ポロンが女の言葉の意味を問いただす暇もなく。 女は背中に二状の羽を広げ。 虚無へと消えた。 「……エンジェルナイト」 ライラが呟いた。 ポロンは少しだけ我を失うが、すぐにルリックの姿に気付いて駆け寄った。 「ルリック! ルリック!」 ルリックは、苦痛のうちで少しだけまぶたを開いた。 そして、ポロンの姿を確認して笑みを見せる。 「……君か?」 「ルリック、しっかりしろ!」 ポロンの言葉にしかし、ルリックは首を横に振る。 「僕はもう駄目だ。けど、最後に君の顔を見れて良かったよ……」 「何を言ってるんだ! こんなところで死んでいいのか! ルリック!」 ルリックは少しだけ驚きを見せたあと、すぐにそれを微笑へと昇華させた。 「はは、うれしいな。僕をこんなに心配してくれる人がいてくれて……」 「当たり前だろ。僕らは……えーと、友達……友達……と、とも、ダメだ、友達だなんて言えない!」 「……ひでえ」 死の淵で現れた初めての本音。 けれどもポロンは気にしない。 「とにかく、僕達は友達とは違うけどなんかそれっぽいものなんだから死んじゃダメだ!」 「駄目だ。目の前がとっても暗いんだ。もう、お迎えが来たようだ。だから……さよなら、パトラッシュ……」 ルリックはそこまで言うと。 ゆっくりと目を閉じた。 「ル、ル、ル……えーと、ライラ、彼の名前は何だっけ」 「ルリック」 「ルリックゥゥゥゥゥ!」 「……」 ルリックの表情がぴくりと動く。 てーか、ライラがバシ、と蹴り飛ばすと再びぴくりと動いた。 ライラはルリックの怪我をした箇所に触れる。 しかし、そこは血が大量に出血しているものの傷跡はなかった。 容積からいって、致死量には至っていない。 ライラは肩をすくめた。 「どうやらこいつ、悪運の才能だけはあるみたいだね」 そして、頭を抱える。 「バカらしい」 ●〜〜〜● 「んー、んーっっ!」 縄でぐるぐる巻きにされて猿ぐつわまでかまされているエレーン。 アリオスは、エレーンの縄を解き、猿ぐつわを外す。 すると、エレーンは自由になった瞬間、アリオスに抱きついた。 「勇者様ぁぁぁあ!」 「うわあ!」 アリオスは、思わずたじろぐ。 しかし、エレーンはなりふりかまわずにアリオスの胸に飛び込む。 そして、そのまま泣いた。 「勇者様、怖かった……」 初めは戸惑っていたアリオスも、落ち着きを取り戻しエレーンを優しく抱きしめた。 「怖かったのかい?」 「……ん」 「嘘泣きにょ」 「黙ってなさい!」 「え?」 「オホホホホ」 アリオスの疑惑の視線を見事にスルーし、エレーンは赤らめた表情で見上げる。 「アリオス。あたし、あなたが必ず助けに来てくれると信じていたわ」 「……エレーン」 「だって、あなたはあたしの勇者だから。あたしが極寒の氷河に捕らわれていたらあなたは氷塊の浮かぶ海を渡りあたしを救い出し、あたしが地獄の業火に囲まれていたら、あなたは赤炎に燃え滾る竜を倒してでもあたしのもとに来てくれる。そうよね、アリオス」 「……そこまで過剰な期待をされると困るんだけど」 「うん、といって」 「うん」 「うれしい!」 「そうやって、男は泥沼にはまっていくにょ」 「シット!」 アリオスは、エレーンのことが大体解かりかけてきた。 エレーンはアリオスを見つめ、言った。 「結婚しましょう」 「ちょっと待った!」 それには思わずアリオスも慌てる。 「いくらなんでも、それは飛躍しすぎだろう」 「ダメなの?」 「……いや、もうちょっとお互いに知り合っても」 「それは、結婚してから決めればいい話で」 「いや……」 アリオスは頬をかきながら呟く。 「実は僕は好きな人がいて。ふられたばっかりなんだ。だから、とてもじゃないけど君とのことは考えられない」 「……アリオス」 まあ、シラフでも考えたくないが。 「なら、あたしが慰めてあげるわ。失恋に傷つくあなたを」 「え?」 これだからエレーンは恐ろしい。 アリオスは慌てて言葉を付け加える。 「えーと、それに。君の事はえーと、姉としか。そう、姉としか思えない」 「姉弟から始まる恋もあるわ」 「だからえーと」 アリオスは、アリエッタに助け舟を出す。 十歳ぐらいの子供は、やけに大人びた口調で言った。 「エレーンにははっきり言わなきゃダメにょ」 「あ、ああ」 やたらと接近するエレーンにアリオスははっきりと告げた。 「僕は君の事を」 「なに?」 「……君の事を」 「なになに?」 「……」 「はっきり言って」 「……」 アリオスの額に無数の汗が浮かぶ。 アリオスは目をつぶり、大声ではっきりと言った。 「僕は年増が好きじゃないんだ!」 「なんですって!」 バコーン! ぴゅるるるると、塔の最上階から落ちていくアリオス。 「はっきり言い過ぎにょ」 アリエッタの言葉がむなしく響く。 エレーンは、頬に手をあてたまま寂しげに呟いた。 「恋は、儚いのよね〜」 当分エレーンに春は訪れないだろう。 ●〜〜〜● スワンの前に人はいない。 スワンの後ろにも人はいない。 うっそうと茂る森の中で、彼女が待っていたのは天使だった。 「スワン様」 エンジェルナイトが虚空より現れる。 スワンは振り返った。 「首尾は?」 「レッドアイのものと思われる魔血球を確保しました」 「上等よ」 スワンは笑う。 しかし、エンジェルナイトはその表情に魔性を感じ戦慄を隠せなかった。 「他には?」 エンジェルナイトは少しためらってから、言葉を続ける。 「ポロン=チャオに会いました」 「へえ。戦ったの?」 「魔血球の確保が優先と思われ、離脱しました」 「賢明よ。人間を侮らない方がいいわ。神も、人間を侮ったから封印された」 「……」 スワンは告げた。 「ラグナロクは近いわ。終末の日を戦い抜くためにも今は、戦力を増強しなさい」 ●〜〜〜● 「それでどうなったんですか?」 と、フィアが訊くのでエレーンは答える。 「どうもこうもないわ。アリオスはどこかに逃げるし、ルリックは、まあ田舎に帰ってくれたからいいけど」 「まんざらじゃなかったんじゃないですか?」 「いえ、別に。アリオスは……それほどの男じゃないわよ」 「ルリックさんですよ」 「冗談。うんざりよ。あんな坊や」 「でも、エレーンさんをそこまで追いかけるなんて。運命の人かもしれませんよ」 「それこそ、冗談。それより、フィア」 「なんです?」 「あなたも、もうちょっと綺麗にならないと、運命の人に逃げられちゃうわよ」 「……」 少しだけ、フィアは顔を寂しげにする。 エレーンはその理由が、なぜかわかった。 そして、そのまま少しだけ微笑み。 「いいのよ。別に」 「……エレーンさん?」 「ポロンくんが選んだならそれで間違いはないだろうし」 「信頼しているんですね」 「自称、姉だから」 「あはは」 「それに……」 エレーンはフィアの頭をなでて、そのまま自分の胸元におしつける。 「もうひとつの心配もいいのよ。アリサは自分できちんと決着をつけられるから」 「でも」 「降りようとなんて思わないこと。もし、フィアがここで降りたら、ポロンくんは根無し草だし、アリサだってもっと辛い思いをするんだから」 「それ、卑怯ですよ」 「そんなものよ。恋愛なんて」 「……」 フィアはそのまま、エレーンの部屋を出てきた。 なんとなく、気まずい思いでリビングの前を通ると。 「……ライラさん?」 ライラが振り返る。 フィアはライラの手に持っているものが気になって訊いた。 「なんです、それ?」 「ああ」 ライラはフィアにそのキーホルダーを見せた。 「お守りだって」 「誰に貰ったんですか?」 「男」 「はあ」 「良い女の条件は、いかにいい男に惚れさせるかってことだよ」 「……わかりませんよ」 「今は、わからなくていいさ」 「……」 フィアはもやもやとした気持ちのまま、リビングから玄関を出た。 そのまま、宿屋の壁にもたれかかる。 「曇ってきた」 そして、視線を移すと。 そこには、アリサの姿があった。 二人は空を見上げ。 同時にため息を吐いた。 「雨、降ってくるね」 「うん」 |