ルートS
郷愁の砂塵 酷薄な仮面(完結編)



 昔話シリーズもいい加減飽きてきただろうが、これで最後だから勘弁して欲しい。

 あたしは今日も今日とて、この目の前にいる桃色の髪のガキに付き合っていた。
 もう、一週間である。
 あたしはこの一週間、ずっとこのガキに付き合い続けた。
 月下粋黙琴土日。
 食事は全部あたしのおごり。
 無理にでも食わせないとこいつ、勝手に飢え死にしてしまうかもしれないからだ。
 そうなるとさすがに、後味悪い。
 昼はずっとこの廃墟の前で立ち尽くしている。
 みたところ、誰かの邸宅らしい。
 なかなか豪勢な造りになっていた痕跡はあるが、このガキの家だったのだろうか。
 すると、そこに一人の大人が通りかかった。
 風貌は貴族だが、どうやら没落したらしい。
 ダボダボの絹の服を着た小汚い男だ。
 その男は、あたしの連れを見ると、驚いたように目を丸くして言った。
「そちらは、スカットレス氏の一人娘、キャロットちゃんじゃないか?」
「スカットレス?」
 あたしは聞き返す。
 キャロット……というらしいが、ガキの方はまるっきり無反応。
 男はあたしに気付くと、あれこれ説明してくれた。
 
 どうやら、ここはアルフィード=スカットレスという学者の邸宅だったらしい。
 アルフィードという男はリーザスでも優秀な魔法学の権威。
 王宮にも何度も顔を出していたので、貴族の知り合いが多いと聞いた。
 男はやはり、没落した貴族の家系で、そのつながりでキャロットを知っていたらしい。
 母親は魔法使いで、学校の先生だったがキャロットの出産と同時に寿退社。
 キャロットは優しい両親の元、ぬくぬくと自由奔放に育ったらしい。
 この辺は、あたしと大違いだ。
 話はヘルマンのリーザス侵攻に移る。
 ヘルマンは、リーザスの高官ともいえる人物を根こそぎ集め、幽閉した。
 リア女王などの頂点はそれを逃れたらしいが、キャロットの両親は逃れられなかった。
 それだけなら、リーザス解放と共に終わる話だが、ことはもうちょびっと複雑だ。
 キャロットの両親は、ヘルマンに正面から抵抗したらしい。
 いわゆる、言論の自由とか意見の主張とかいうやつだ。
 当然、二人は首チョンパ。
 言論というのも命がけである。
 それで、本当なら一家郎党皆殺しというのがセオリーだが。
 キャロットは彼女の両親と縁の深かった将軍達の手によって九死に一生を得た。
 けれども、やはり幽閉は免れなくてわずか十一歳にして牢暮らし。
 当然、やせこけもする。
 それで、此度のリーザス解放と共にキャロットも自由の身に。
 でも、帰ってみたら家はドカーン。
 まあ、十一歳にしてみればけっこう酷な話だと思った。 

 ●〜〜〜●

「……で」
 桃色の髪がゆさりと揺れて、色のない瞳がこちらを向く。
 その深い瞳を見事にシカトし、あたしはこいつに聞いてみた。
「あんた、結局、何がしたいわけ?」
「……」
 答えない。
 ただ、ボーゼンとしているだけだ。
 蹴り飛ばしてやろうか。
 あたしは、ムシャクシャしながら再び、キャロットに聞いた。
「あんた、両親死んで家が壊れたぐらいでそんな死にそうな顔してたわけ?」
「……」
 初めて、彼女はコクリ、と頷いた。
 なんだよ、こいつ。
 あたしは頭を抱えて、ウンザリながらキャロットに言う。
「あのねえ。あんた、両親におんぶだっこしてここまで生きてきたのはわかったけど、このままじゃあ、あんたのたれ死ぬだけよ。あんたが落ち込もうが、悲しもうが、絶望しようが、この世界の人間の中にあんたを助けてくれる殊勝なやつなんてせいぜい一パーセントぐらいしかいないのよ。……いや、一パーセント以下よね。とにかく」
 ひとさし指を立てる。
「あんた、いーかげんに、帰ってこい。これからは一人で生きるしかないんだから、とにかく前を向いて、死ぬまで全力ダッシュよ! わかった?」
 しかし、キャロットはあたしの言葉を聞き流し、視線を落としてうなだれる。
 ……なによ。
 そんなに、ここで落ち込んでいたいんだ。
 そして、誰かに手を引いて欲しいんだ。
 それで、また誰かにおんぶだっこして、徹底的に甘やかして欲しいんだ。
 たった一人で、この世知辛い世風の中、投げ出された苦労は親身にしみるけど。
 それは、ちょっと甘えすぎってものでしょう。
 もしかして、あたしに助けて欲しいの?
 バカ言うな。
 あたしが、なんでアンタみたいなガキを助けなきゃいけないのよ。
 それは、壮絶な甘えってものよ。
 死にたきゃ、一人で死ね。
 あたしを巻き込むな。
 あたしは、酷薄な仮面を被り、彼女に言った。
「あたしは、明日からまた、旅に出るから」
 キャロットは驚いた顔で振り返った。
 そこには、救いを求める訴えがあるがあたしはあえて無視する。
「明日、早朝に出発する。だから、あんたとはもう会えないわ。今日でお別れよ」
「……」
「あんたはあんたで、頑張っていきなさい。あたしはもう知らないから」
 あたしは、そのまま冷たい表情をつくり、彼女に背中を見せる。
「……あ」
 何かを求める声。
 しかし、あたしは振り返らない。
 そのまま、背を見せずに一言。
「さよなら」
 そう呟くと、彼女の前から去っていった。
 結局、やっぱりあたしは冷酷なのだろう。
 けれども、子供一人が生きていくには卑怯で卑劣になるしかないのだ。

 ここは、温室じゃないのだから。
 
 ●〜〜〜●

 翌日、あたしはサウスから北西に向かって街道沿いに歩いていた。
 これから、リッチの方に足を伸ばすつもりである。
 もし可能なら、プリティリアの方面にも行って見たいと思う。
 そう、冒険の旅の再会だ!

 ……

 あたしは、ウンザリと後ろを見る。
「……ねえ」
 そして、やっぱり酷薄な仮面のまま、後ろをトコトコついてくるキャロットに叫んだ。
「あんた、いつまであたしの後をついてくるつもり?」
「……」
「おいっ、答えろっ!」
 あたしは、思いっきり荷物を振り回しながら大声で叫んだ。
 けれども、キャロットは小首を傾げるだけだ。
 そうなのだ。
 こいつは、いわゆる捨てられた子犬と一緒なのだ。
 餌をやると、どこまでもついてくる。
 そんな、しつこいコバンザメみたいなやつ。
 喰らいついたら放さない。
 そうして、結局宿主を骨の髄まですすって生きていくっていうのがパターンなのだ。
 あたしは、それが嫌なのでこのバカに向かって叫ぶ。
「うっとおしいから、ついてくるな! サウスに帰れ!」
 キャロットは首をブンブン横に振る。
 あたしは、再度怒鳴りつけた。
「冗談じゃないわよ! 少し優しくしただけで、どこまでもついてこられて、迷惑なのよ! 帰れ!」
 しかし、やはりキャロットは拒否の意思表示だけだ。
 あたしは思わず、頭を抱え、あきらめたように言った。
「いいわよ。好きにしろ。そのかわり、あたしには死んでも迷惑かけるな」
 キャロットは頷く。
 そして、ニッコリとこう言った。
「よろしく。ウィンディ」
 ……
 いろんなところの前言撤回。
 あたしは一つだけ、こいつを誤解していたところがある。
 こいつは温室育ちの、薔薇のようなお嬢様ではなくて。
 あたしと同じ、生きることに貪欲な雑草のようなこざかしいガキだ。
 でも、この世知辛い時勢、そのぐらいのタフさがなけりゃあ生きていけないけど。
 それでも……ねえ。
 あたしは、あきらめたようにため息をついた。
「まあ、いいか」
 こうして、狸と狐の珍道中ははじまったのだ。

 ●〜〜〜●

「友達と言われれば、ノーと答える」

「親友と聞かれても首を横に振る」

「家族かと聞かれたら、首をかしげる」

「姉妹かと答えたら、全力で否定する」

「じゃあ、なんだと聞かれたら、閉口してしまう」

「そんな不思議な関係のあたしたち」

『あたしたちが安住の地を得るのはもう少し先の事である』

 ●〜〜〜●

「ウィンディッッッ!」
 アナウンス席で、心中、此処になしとばかりに叫ぶキャロット。
 その姿はある種の悲痛さを感じた。
 アナウンサーは騒然とした様子で言葉を発した。
『なんと……今のは、白色破壊光線。全ての魔術の結論とされる最強魔術。ウィンディ選手、これにはさすがに成す術もなく、沈黙してしまいました。けれどもご安心ください。この試合ではどのような威力の魔法も中和され、肉体的なダメージを負わない仕様になっております。ですから……』
『本当にそう思うか?』
『は?』
 その言葉と共に、次第に破壊光線の傷痕が消える。
 地煙は霧散し、空間を覆っていた壮絶な砂塵も少しずつなくなっていった。
 そして。
 そこにはウィンディの姿はなかった。

 スワンが呟く。
「もろいものね。可愛そうに。ポロンくん」

 客席のポロンが、動揺した様子でライラに聞く。
「どういうことだよ?」
 ライラは顔に苦渋の色を浮かべ、静かに告げた。
「やられたね」

 ライズは、ふんとため息をつくとつまらなそうに呟いた。
「ふん。死んだか。案外、つまらぬ試合をする」
 その言葉に、サラは明らかな疑惑の念を抱き、それを父にぶつけた。
「父様。それは一体、どのような意味なのでしょう」
 ライズは軽くサラの方を振り返ると、たあいない余興のネタばらしするように言った。
「シルフィーに頼まれてな。ウィンディの魔法リングに仕掛けを施しておいたのだ。魔法の中和機能を麻痺させるように。死人が出たほうがゲームは盛り上がる」
 その父の言葉に、サラは思わず頭が沸騰するほど、血がのぼる。
 思わず立ち上がり、ライズの胸元を抑えて叫び出したくなった。
 しかし、それを止めたのは順当なのか、それとも意外なのか、ノムだった。
「お姉様、落ち着いてください。まだ、終わっていません」
「……どういうこと?」
 ノムは、答えるかわりに。
 にっこりと、安心を得るような笑みを浮かべて魅せた。

「……ウィンディ?」
 キャロットは放心した様子で、塵すらも残らない、焦土と化した大地を見ていた。
 アナウンサーはその様子にいささかうろたえた様子で口を開く。
『えー。どういうことなのでしょうか? 解説のみーやさん』
『魔法リングの誤作動ですよ。はじめ、雷撃の時にショックを受けたでしょう。しかし、彼女はそのときに言わなかった。敗北を恐れて。結果としてこのような惨事が起きてしまったというわけです。ウィザードリィー・デュエルの参加者は試合における様々な事故において一切の責任を追わないという契約があります。つまり、彼女の場合も試合中のアクシデントとして片付けられるでしょうね。遺憾ながら』
 その言葉に、会場がざわめく。
 明らかに予想の範疇外にあった最悪の事態に、心の整理がつかないようだ。
 そして、そこには喪失による動揺がある。
 それは初め、小さなものだったが、次第に波紋を広げていった。
 そして、時間を置かずに会場は墓場のような静寂に包まれた。
 支配する慟哭。
 征服する鎮魂。
 それは、最悪の決着のつきかたであった。

 シルフィーは、微笑む。
 それは、嘲りの笑いではない。
 妹を哀れむ、姉の慈愛であった。
「ウィンディ……バカね。でもね……」
  シルフィーは、深爪するほどに爪をかみ、呟いた。
「ワタクシは、ガープスの娘なのよ」
 そして、レフリーを振り向き、叫んだ。
「早く、試合終了を宣言しなさい!」
『は、はい!』
 レフリーはその言葉に我に返り、手をあげてホイッスルを吹いた。
『この試合、ウィンディ選手の死亡により……』

「……待って」
 キャロットの呟き。
 それは微弱ながら確かに、会場中に響いていた。

 シルフィーは解説席、キャロットの方を振り向き叫んだ。
「どういうことよ! あんた!」
 シルフィーの疑惑の感情。
 しかし。

「勝手に殺してもらってはこまるわね」

 ウィンディの声が響く。
 シルフィーは慌てて、辺りを見回した。
 しかし、どこにもウィンディの姿を確認できない。
 観客も同様で、必死にウィンディの姿を探すが誰一人見つけたものはいなかった。
 ただ一人。
 桃色の髪をした少女は、例外だった。

「あそこっ!」

 キャロットが天高く指差す。
 すると。
 コロセウムの頂上とも言える巨大な柱の上に、立ち尽くすウィンディの姿があった。
「―――ウィンディッッ!」
 シルフィーが叫ぶ。
 その呼びかけに答えるかのようにウィンディは。
 柱の上から。
 ―――飛んだ。
「風翼(ウィンディ・フェザー)!」
 風を纏う。
 巨大な風を覆ったウィンディは、ゆっくりとコロセウムの闘技場に降りてきた。
 そして、スタッと着地する。
 そのまま、くるりと振り返ると。
 ガクガクガクガクと、ズタボロに震えた様子でにやりと笑った。
「ねねね姉さん、ああああああたしをたたた倒そうなんてじゅじゅゆ十万年はははやいわよ」
「……あんた、大丈夫?」
 やっぱり、怖かった。

「ウィンディッ!」

 キャロットの言葉に、ウィンディは笑みを返す。
「ただいま」

 スワンが感心したように声をもらす。
「ほう」

 そして、観客席ではホッとするポロンがいた。
「……よかった」
「ああ」
 ライラも同じように笑みを見せる。
 そして、言った。
「もし、ウィンディに何かあったらあの親父を殺しているところだった」

 アナウンス席では。
『あの、今のは一体どういうことなんでしょう?』
『おそらく、風の魔法で空を飛んだんでしょう。それで破壊光線の光から身を護った』
『けど……』
『そうですね。この世界の基本構成は、火、氷、雷、光、闇の五つから成ります。本来、風の魔術とは存在しないのですが。もしかしたら……』
『もしかしたら?』
『彼女は……一からオリジナルの精霊魔術を作ってしまったのではないでしょうか?』
『……まさか、そんなことができるのですか?』
『できますよ。理論上は。理論上は、ね。理論だけだけど。誰も実践できないけど』

 ライズは舌打ちをする。
「チッ。シルフィーめ。これでは、三流芸人の漫談の方が十倍マシだ」
 対して、サラの笑顔には安堵が浮かんでいた。
 ノムも、その表情を見て安心したように微笑んだ。

 シルフィーが、忌々しげに呟く。
「……まさか、そんな隠し玉を持っていたとわね。なんで、今までつかわなかったの?」
 対するウィンディは、そっけない表情で答える。
「あたし、高所恐怖症なのよ。この魔術を考えたのも、高所恐怖性を治す為。お分かり?」
「……チッ」
 シルフィーは腕を掲げ、その腕に魔力を収束させた。
「ウィンディ。あなたは本当にイライラさせられるわ。どっちが上か、ガープスの娘に相応しいか、決着をつけましょう」
 ウィンディも手を振りかざす。
「あたしはガープスの家名に興味はないわ。それは姉さんが継げばいいと思ってる。けどね。あたしはくだらないしがらみに捕らわれたまま、苦痛の人生を送りたくないの。あたしを縛る鉄の鎖があったなら、あたしは迷わずそれを断つ。あたしにまとわりつく棘のいばらがあるのなら、あたしは迷わずそれを断つ。それが、あたし。ウィンディよ」
「……」
 シルフィーは、憎悪に顔をゆがませて叫ぶ。
「昔から! 昔から嫌いだったわ! あなたはあたしより優秀で、あたしより才能溢れる! 父はもちろん無能なあたしより優秀なあなたを選んだ。だからあたしは、あなたに対して完全な敗北をしていた。あたしは悔しかった。長女に生まれながら、人より優れた才能を持ちながら、それでもあたしは天才ではなかった。そう、ガープスの時期後継者として教育されたのはあなただった。あたしは悔しかったの。あなたが、憎かったのよ。だから、呪った。そうすれば、あなたは全てを失う。そう思った。けど……」
 そこで、いったん言葉を区切る。
 次に現れたのは、先ほどよりも強い激情だった。
「あなたは、何も失っていなかった。あたしの前に再び現れたとき、俗になったあなたに、ものすごい優越感を覚えたわ。そして、あなたがガープスの名に誘惑された時、あたしはあなたの浅ましさを見た。けど……あなたはそれでも、自分を見失っていなかった。なんでそんなに綺麗でいられるの? なんで、そんなに高貴でいられるの? 全てを失ったというのに。あたしとあなた、何が違うのよ!」
 ウィンディは答えられない。
 ただ、一言。
「姉さん……」
 そう呟いた。
 それが、余計にシルフィーの憎悪に火をつけた。
「姉などと呼ぶな! ウィンディ……あんたは、あたしが潰すわ」
 シルフィーに力が溢れていく。
 それは、暗澹とした闇の力だった。
 憎悪、畏怖、憧憬、嫉妬、劣等、劣等、劣等、劣等。
 シルフィーは、怒りを込めて叫んだ。
「あなたを、許さない!」
 対するウィンディは。
 瞳に寂しげな光を浮かべていた。
 そして、懺悔。
「ごめんなさい。私にはわからない。姉さんの考えていることが……けど……」
 ウィンディは魔力を収束させる。
 それは、純粋なる魔力。
 無垢ではない。
 穢れを持っていないわけでもない。
 だが、どこまでも純粋。
 それは、情熱と高貴の証。
 ウィンディは告げた。
「姉さんがあたしを恨むなら、あたしはその業を受け止めるわ」
 そして。

 最終ラウンドのゴングが鳴った。

 ●〜〜〜●

「ライトニングレーザーッ!」
「スノーレーザーッ!」
 二つの光が激突する。
 それは凶悪なスパークと共に強烈な破壊をもたらした。
 爆風が瞬間、やってくる。
 風が、吹いた。
 会場を包み込む風は、一気に押し寄せた。
 観客が突風に煽られる。
 そして。
 風が収まった後。
 そこにいたのは二人の少女だった。
 ウィンディが微笑む。
 対するシルフィーは、驚いたように聞いた。
「……ディスペルしたの?」
「ええ」
 ウィンディが頷く。
 そして、指輪を見せた。
 それは、ブルートパーズ。
 前にポロンに買ってもらったものである。
 しかし。
 それはすぐに炭化して、粉々になり大地に還って行く。
 ウィンディはそれを見送りながら言った。
「指輪に魔力を込めていたの。まあ、急ごしらえのものだから大した効果は発揮できないけど。それでも、姉さんを叩きのめすぐらいの時間は全力を発揮できるわ」
 シルフィーが怒りに笑う。
「ぬかせ」
 と、即座に呪文を詠唱、展開した。
 発現した魔力は、力ある言葉によって初めてその姿を表す。
「電磁結界!」
 雷が、一状。
 二条三状四状、十状、百状。
 たちまちウィンディの周りを雷の網が包み込んだ。
 触れればたちまち、死を与える地獄の電撃。
 ウィンディは動くことができない。
 シルフィーが叫んだ。
「メタルラインッ!」
 電撃がほどばしる。
 今までの比ではない。
 それはまさに神の強雷。
 万難集いし、弱きものを駆逐する天の裁き。
 光が―――刺す。
 凶悪な電極の束、何百もが収束していき、たちまち巨大な雷をつくり出した。
 それが、穿たれる。
「終わりよっ!」
 シルフィーが狂気に笑う。
 だが、ウィンディは冷静に、手を前に出して呪文を放った。
「マジックバリア!」
 雷が障壁に包まれる。
 だが、それも一瞬。
 すぐに、儚い氷のように障壁は崩れた。
 だが、その一瞬で事足りた。
「スノーレーザーッ!」
 ウィンディはたちまち、上方に光を放つ。
 光は、雷の結界を破った。
 ウィンディはそのまま。
「風翼(ウィンディ・フェザー)!」
 風の結界を纏い、雷の檻から脱出する。
 次の瞬間、メタルラインの強雷が檻を破滅させた。
 消失の光。
 ウィンディはそれを視認することもなく魔法を展開する。
「白冷激!」
 氷の花が、シルフィーの足元から咲いた。
 シルフィーは、それをかわす。
 続いて。
「スノーレーザーッ!」
 ウィンディが力ある言葉を放つが、発動しない。
 しかし、すでにネタはばれている。
 遅延発動だ。
 シルフィーは落ち着いて対処する。
「スノーレーザーッ!」
 ニ発目。
 次で、来る。
 シルフィーは身構える。
 だが。
「スノーレーザーッ!」
「え?」
 まだ、効力を重ねるつもりだ。
 しかし、遅延は通常、回数の七割まで力が落ちる。
 そして、三割以下になった魔力は、具現する力も起こらない。
 これ以上の遅延は、無駄な魔力の消耗である。
 しかし、それにもかかわらず。
「スノーレーザーッ!」
 遅延、四発目。
 シルフィーに焦りが浮かぶ。
 四発?
 恐れることはない。
 もう、この魔術は驚異に値しない。
 なにせ、発動の力さえ残していないのだから。
 おそらく、ウィンディはそのことにさえ気付かずに遅延を行っているのだ。
 愚かな娘である。
 シルフィーは自分の呪文も展開する。
 白色破壊光線だ。
 強大な魔力が、シルフィーに収束する。
 先ほどよりも強大な破壊の光。
 それはシルフィーに集まり、凝縮され、力となり、滅亡させる。
 それが、破壊たる由縁。
 この一撃で、この目の前の娘の全てを奪い去ってやる。
 そして。
 光が形をつくった。
 シルフィーは手を掲げる。
 瞬間、そこに巨大な力場が生まれ、同時に強大な力の結晶が顕在した。
 そう、白色の光だ。
 巨大な魔力に空間さえゆがむ。
 その歪曲した空間の中で。
 シルフィーは、放った。
「白色破壊光線!」
 光が、閃光を帯びて飛び交った。
 目の前の、憎き少女を倒す為、憎悪の咆哮をあげる。
 それに対してウィンディは。
 ようやく、五発目の魔法を放った。
 光が集まる。
 それは、純然たる黒の光だった。
 魔力の結晶にして、もう一つの結論。
 暗黒とは違う。
 闇の帳から抽出せし、魔の力を帯びた破壊の呪文。
 ウィンディはシルフィーと同じように、掌を掲げて。
 呪文を放った。
「黒色破壊光線!」
 同時に。
 遅延された四つのスノーレーザー、計十六状がシルフィーの白色破壊光線に立ち向かう。
 それは象に挑む蟻の一撃。
 けれども、時に集まった蟻は像さえも倒す。
 スノーレーザーは、収束して破壊光線と対峙した。
 その力は、通常に放つのと何の遜色はなかった。
「四発の遅延で、デメリットなし?」
 シルフィーの額に汗が浮かぶ。
 それは無い。
 そんなこと、自分にはできない。
 遅延した魔術を遜色なしに放つことなど、自分にはできない。
 そう、じぶんは……
 彼女より無能なのか?
「違うっ!」
 シルフィーは首を振る。
「違うっ! 違うっ! 違うっ!」
 シルフィーはまるで自分の恐怖を払うかのように声をあげた。
「あたしは、天才だっ!」
 その言葉と共に。
 スノーレーザーは全て、霧散した。
 しかし。
 ウィンディはどこまでもまっすぐな瞳でシルフィーを刺し貫いた。
 シルフィーもその瞳に臆することなく、ウィンディを睨みつける。
 ついに。
 二つの光がぶつかった。
 白の破壊の光と、黒の破壊の光。
 その光は互いに、ただひたすらエゴをぶつけ合うかのごとく衝突する。
 そう。
 そこにはただ純然たる、姉妹の確執しかなかった。
 姉の嫉妬。
 妹の憧憬。
 姉の恐怖。
 妹の畏怖。
 そんなものがここに来て、ようやく形を見せただけなのだ。
 そう、それは。
 光に照らされるにはあまりにも悲しかったわけなのである。
「ウィンディ、あたしはあなたにだけは負けない! あなたがいると、あたしが色あせる! あたしは常に光っていたい! そのためには、あなたは邪魔なのよ!」
「……姉さん、あたしもあなたが憎い。あなたがうらやましい。だけど……」
 そこで、黒の光が少し力を失った。
 それを好機と、白の光が力を増す。
「……だけど、あたしは……旅に出て、いろいろなものを見つけた。それは、楽しいものもあったし、辛いものもあった。苦しいこともあったし、悲しいこともあった。でも、大事なものも手に入れた。いつもそばにいてくれる大事なものを。あたしには、それがときおりもったいないようにみえて。時々逃げ出したくなることもあるけど……けど、やっぱりあたしはそれが大事だから、手放せない。それはあたしの弱さかもしれないけど……同じぐらいに……」
 黒の光が再び、力を増す。
 白の光が力を失ったわけではない。
 黒の光の力が増しているのである。
 ウィンディははじめて、声を大にして叫んだ。
「あたしは、それがあるから強くいられるの!」
 黒が。
 白を破った。
「!?」
 瞬間、白の光が霧散する。
 黒の光は凶悪無比な破壊をもたらし。
 シルフィーを貫いた。

 白の光に包まれながら。
 シルフィーの脳裏にとある疑念が浮かぶ。
(……なぜ、あの子はここまで戦えるの? 魔力もほとんどなくなっていたはずなのに……そう、確かにあの日、あの時、あたしは魔力封じの呪いをかけた)
 そう、シルフィーは六年前、彼女に呪いの粉をかけた。
 魔人の世界にのみ伝わる、超神がつくったとされる伝説の呪い。
 その呪いは永久に解けることなく術者を蝕み続けるのだ。
(そう。あの呪いによって彼女は魔法レベルが2つも下がったのよ。ウィンディの魔法レベルが1だとしたら、彼女は魔法を使えなくなる。2だとしても、魔法使いとして無能になり、せいぜい使えても氷の矢、辿り着いても白冷激ぐらい。そんなのに負けるはずはない)
 やはり、疑問は消えない。
 自分は、何か根本的に勘違いをしているのではないか。
 そんな、感覚に襲われる。
(そう、彼女の魔力は素寒貧なのよ……だから、彼女は魔法レベルを持っていない……もっていない?)
 そこで、疑問が確信へと変わる。
(持っていなくて、あそこまで戦えるわけないじゃないの。彼女は魔法レベルを持っている。だって彼女の魔法レベルは……)
 そう、そうなのだ。
 これが、シルフィーの根底にあった根本的な勘違いだったわけだ。
 シルフィーは思わず苦笑する。
(なんだ。そんな簡単な答えだったの。もともと、あたしと彼女では立ち位置から違ったわけね)
 そう。
 たった一つの誤算は。
 彼女が、『正真正銘の』天才だったということである。

 ●〜〜〜●

 スワンは満足げに笑うと、ゆっくりと立ち上がり、パチパチと拍手を送った。
「面白い見世物だったよ。人間にしてはね。来た甲斐があった」
 そして、背中を見せて言った。
「ポロンくん、せいぜいお姫様を護るために頑張りなさい」
 スワンはそう言うと、誰の目にも留まらずに消えていった。

『さてさて、今のはどういうことなのでしょう。解説のみーやさん?』
『えーとですね〜。ウィンディ選手はまあ、誠に信じがたいのですがいわゆる、なんというか、百年に一度の天部の才を持っていたのでしょう。デメリット無しの、魔法の遅延発動。新しい領域の精霊魔法を実現。これだけの人間はおそらく、今のゼス王宮にいるのかな? いや、いないと思いますね〜。で、結果的に彼女はシルフィー選手を破ってしまったわけです。あ、安心してください。シルフィー選手のメーターはまともなので、破壊光線も純エネルギー化されて無害となります』
『そうですか。それでは解説でした』

 サラはニコリと笑う。
 ノムも、穏やかな笑顔を見せた。
 ただ、唯一の例外。
 其れは何時も其処に居た。
「あっはっは。面白い見世物だったよ。最高だ。最高だよ、ウィンディ。お前は天才だ。さすがに私、ライズ=ザ=ガープスの娘だ。それに比べ、シルフィー。お前は失敗だ。俗だ。三流だ。蝿だ。馬の糞だ。アッハッハッ。本当に面白い。これは面白いぞ」
 サラとノムが、畏怖の視線でライズを見やる。
 ライズは愉快そうに笑ったまま、呟いた。
「やはり、当主はウィンディだな。それがいい。無能を外して有能を得るべきだ」

 ポロンは、安堵した表情で呟いた。
「……良かった」
 対して、ライラはポロンに言葉を返した。
「ああ。そうだね」
「僕は、今回のことで……ウィンディに教えられたよ」
「へえ」
「みんな、何かいろいろなものを抱えていて、それでも必死に立ち向かっているんだな〜って」
「……」
「どうしたの、ライラ?」
「いや、やっぱりポロンくんはバカだな、と思って」
「?」

 キャロットが解説席を飛び出して、ウィンディの元にやってくる。
「ウィンディ!」
 ウィンディはそれを視野に確認して微笑んだ。
「……キャロット」
 キャロットはトトト、と鈍足に駆けてきてウィンディの目の前で止まる。
 そして、ニッコリと。
「お疲れ様!」
「おうよ!」
 パン、と二つの手が合わさる。
 シルフィーは、その光景を羨ましげに見ていた。
(ああ、なるほど。この子はこうだから強くなれるのね……)
 そして、目をつぶる。
 そこには、様々な感慨が浮かんでは消え、浮かんでは消え。
 その思いは郷愁にも似て、彼女の酷薄な仮面を奪っていった。
(……負けたのに、何ていい気分)
 暖かい想いが、シルフィーの胸に溢れては消えていく。
 それはまるで温室の暖かな光にも似ていて、体中がよみがえるようだった。
 シルフィーは目を開く。
 そこには、ウィンディの姿があった。
「……ウィンディ」
 シルフィーは、微笑む。
 そこには、すでに憎みも妬みも羨みもなにも、存在していなかった。
 唯一つ、彼女の姉としての慈愛が存在するのみだった。
 シルフィーは、優しげな笑みで呟く。
「ウィンディ。あたし……」

 ドゲシ。

「きゃひっ!」
 と、ウィンディの蹴りがシルフィーの顔面にめり込み、シルフィーが吹っ飛ぶ。
 シルフィーは鼻からボタボタと鼻血を垂らしながら、ウィンディに聞く。
「何するの? ウィンディちゃん」
「気色悪いわ! ウィンディちゃんなんて呼ぶな! ってーか、あんた思いっきりあたしのことを殺そうとしていたじゃない! それ、まずは謝れ!」
「それって……どれ?」
「ライトニングブラストォォォォ!」
「うぎゃひぃ!」
 渾身のドロップキックが、炸裂。
 再び、シルフィーが吹き飛ぶ。
 シルフィーはよろよろと立ち上がり、ウィンディを子犬のように見上げた。
「ウィンディちゃん、痛い。反抗期?」
「うっせーてめー、地獄に落ちろバカ姉!」
 ウィンディの鼻から鼻血が垂れる。
 ボタボタと、鼻血が垂れる。
 二人の鼻から垂れ堕ちた鼻血は、混じり、緩やかな姉妹の友情を描いた。
 血液型も一緒なので、集めれば献血につかえる。
 竜虎、対する。
 ゼス最強のバカ姉妹。
 二人はなんとなく見つけあったまま。
 いつしか、微笑が浮かんでいた。
「姉様、いつかこういう風に話せるときがくると信じていた。いつか、この言葉を姉様に伝えることができると信じていた。だから、言うわね」
 シルフィーは憧憬を瞳に浮かべながら呟く。
「ウィンディ……」
「負け犬」
「って、おい!」
 ウィンディは靴で、顔面にグリグリと足跡をつけながら高笑いを浮かべた。
「オーッホッホッホ! この負け犬畜生が! あたしに敵うなんて十万年早いのよ! この無能! オーッホッホッホ!」
「……畜生」
 シルフィーが悔しさに震える。
 そう、いかなる世も敗者には屈辱なのだ。
「絶対に、復讐してやる……」
 弱肉強食の世界で、雑草のような負け犬根性。
 今、シルフィーにもそれが宿った。
 ガープス一族は、これからどんどん俗っぽくなっていくことだろう。
 手始めは、食堂の割り箸を盗むことから始めよう。
 ……
 やっぱり、そんな貴族は嫌だ。
 ウィンディが足をどけて、シルフィーがすくりと立ち上がる。
「レフリー」
 シルフィーはレフリーを呼んだ。
 レフリーは慌てて駆け寄り。
 試合の勝利者を宣言した。
『それでは、ガープス家主催特別杯、ウィザードリィー・デュエル、勝利者は!』
 レフリーは、勝利者の腕を高々と持ち上げた。

 ……シルフィーの腕を。

『シルフィー=ガープス選手!』
「おい、ちょっと待て!」
 ウィンディのタンマが入る。
 ウィンディは蒼の髪を振り乱しながらレフリーに聞いた。
「今の、どうみてもあたしの勝ちじゃない! どうしてよ!」
『……だって、アンタの計器故障してるんじゃん』
「……」
 そうなのである。
 ここで、ビックリルールが採用される。
 計器の故障は無条件で敗北なのである。
 シルフィーが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「残念だったわね。ウィンディ、そういうことよ」
「と、いうかリング壊したのは姉様じゃない!」
「あら、言いがかり? いやねえ、そんな子を妹に持つなんて、お姉ちゃんカナピー」
「おい、くそ姉。いい加減にしろ!」
「いい加減にしてくださいませんか美しいシルフィーお姉様でしょう。ウィンディ?」
「……いい加減にしてくださいませシルフィーお姉様」
「美しい、を忘れているわ」
「……美しいシルフィーお姉様」
「それでよろしい。ウィンディちゃんは本当に物分りがいいのね」
「……すっげーくやしい」
 ウィンディの敗北感溢れた表情。
 シルフィーはそれを見てニコリと笑うと、レフリーにこう言った。
「レフリー。実はワタクシ、試合の直後、敗北宣言をしましたの」
『え? しましたっけ?』
「しましたのよ。このシルフィー=ガープスが」
『……しましたね。はい、ちゃんと聞こえてました。すいません』
 レフリーは、なんとなく無言の圧迫を感じて、咳払いをすると。
 再度、勝利者宣言をした。
『ガープス家主催特別杯、ウィザードリィー・デュエル、勝利者は……』
 その瞬間。
 シルフィーは、ウィンディの右腕を持ち上げた。
「……え?」
「今日のところは、これで認めてあげるわ。次は、覚悟することね」
「ええ」

『ウィンディ=ガープス選手!』

 レフリーの声が、会場に響く。
 キャロットが、ニコニコと拍手をする。
 まるで、ウィンディを全面的に信じていたというように。
 それをかわきりに、会場に拍手が大波のように響いた。
 そう、それはウィンディに送られた歓声であった。
 その瞬間。
 ウィンディは、ゼスから魔法使いとして認められた。

 そして。

 一週間後、テープの国立記念祭事場で、ウィンディの一級市民権譲渡式が行われることになった。













エピローグ グッバイマイホーム



 テープ南西、ゼス第四国立祭事場。
 いわゆる祭事をとりおこなうために設立された施設である。
 儀式や儀礼の類から、国際的な式典まで幅広く利用されている。
 と、いうのも大理石の彫刻が立ち並ぶ建築様式は大変美しく芸術的な価値が高い。
 さらに、文化遺産としても大変名が高い。
 観光名所としても有名で、この端正な芸術美を見学したいという者は後を断たない。
 美にして神聖。
 それが、ゼス第四国立祭事場である。

 さて。
 空は晴天。
 更に白雲。
 暑い気候の中で唯、燦燦と太陽が熱い光を降り注ぐ。
 まさに、絶好のゼス日和。
 そんな、ゼス日和の中。
 本日は、ガープス家の祭事により、特別な祭典が開かれることになっている。
 主催者は、テープの最高権力者であるライズ=ザ=ガープス。
 しかし、それは意外なほどこぢんまりとした、いわゆる内輪の祭典である。
 そう、今日はガープス家の『家出していたはずの次女』が帰省。
 それにともない、魔法試験を受験、優秀な成績で合格。
 その合格祝辞の祭事なのである。
 少なくとも、表向きはそうなっている。
 裏で様々な闇取引があるなどという『公式事実』は、無い。
 事実隠蔽など『高名で紳士なガープス家』にあるはずはないのである。
 そう、ガープス家はヒーローなのだ。
 その、ガープス家の祭典に人が集まらないはずが無い。
 内輪といってもゆうに百人をくだらない。
 更に、その中にはゼスの高官ともいえる人物も見え隠れしていた。
 例えば。

 祭事場のパーティー会場。
 多くの貴族が集い、飲み物を片手に談笑を交わす。
 そこに、ひときわ目立つ影が現れた。
「おっ、あれは千鶴子様じゃないのか?」
「そうだ。あの派手なお姿、千鶴子様に違いない!」
 そんな言葉が飛び交う。
 そう、そこを歩いていたのは。
 派手な服装、派手ないでたち、派手な声色。
 ゼス四天王にして情報魔法のエキスパート。
 その名も、聞いて驚け山田千鶴子。
 やはり、服装もダサければ名前もダサい。
 まあ、いまさらとやかく言っても致命的なので放っておくが。
 千鶴子は自らの美貌を賞賛する言葉に、優越感を交えた笑いを浮かべた。
(おほほ。みんな、私の美貌に恐れをなしているのね。そうよ、この美しい私を穴が開くほど眺めて、自らの愚かしさを知りなさい。オッホッホッホ!)
「あの〜。千鶴子様。あまり自分のこと、過信しない方がいいと思いますけど〜。千鶴子様はいつもそれで失敗してるんですから〜」
「うっさい! アニス! 人の心を覗くな! っていうか、いつの間にテレパシーの魔法を唱えたのよ!」
「いえ、千鶴子様の考えていることは大体わかるので」
 と、言ったのはアニス=沢渡である。
 アニスは魔法レベル3の猛者で、今世紀でも最大の天才である。
 ただ、筋金入りのバカというか、天は人にニ物を与えないというか。
 自慢ではないが、雑用意外にはまったく役に立たないという恐るべき無能さだ。
 そんな、アニスは、おどおどと千鶴子に言った。
「ねえ。なんでこんな小さな祭典に顔を出したんです? 千鶴子様なら他にもっと素晴らしい場所はあるじゃないですか」
「わかってないわね。アニス。いい? ここの祭典はガープス家主催。確かにテープには別に幹部と呼ばれる人間はいるけど、この町の実権は全てガープス家が握っているといっても過言ではないのよ。そのガープスの家出娘……まあ、どんなパーチクリンかは知らないけれど、その無能娘の一級市民譲渡式。これは、簡易な社交場なの。ガープス家は王宮との付き合いが深いから、仲良くなっておいて損は無いわ。特に、ここのシルフィーっていう子とあたし、歳が近いから」
「へえ、シルフィーさんって、三十路ですか。驚きですね」
「十八よ。いえ、二十だったかな?」
「あの、十歳違いは近いといいませんよ。千鶴子様」
「……アニス、あなたあたしの歳いくつだと思ってるの?」
「三十三歳」
「二十二よ!」
「え〜! そっ、それは読者に対する裏切りです!」
「あんた、ケンカ売ってんの!」
「いえ、めっそうもない。ただ、歳のわりにかなり、いえ、少しふけてるかな〜って」
「……まあ、それに関しては後で問い詰めるとして、アニス。あんた、くれぐれも粗相をするんじゃないわよ」
「わかってますよ。ところで、粗相ってなんです?」
「失礼のないようにっていう意味よ!」
「わかりました。千鶴子様に無礼をした奴は、片っ端から殲滅しま〜す!」
「いい加減にしないと、ドタマカチわるぞ! ボケ!」
「うっさいわね〜」
 突如、第三者によって二人の漫才が終了する。
 千鶴子が振り返ると、そこには怠惰な表情のマジックがいた。
 マジック=ザ=ガンジー。
 ゼスの王女にして、四天王の一人である。
 ピチピチ現役女子大生萌えである。
 マジックは気だるそうに千鶴子に言う。
「あんた、親父の後家ねらってるババアじゃない。何でこんなところに?」
 マジックの虚仮おろしたような視線に、千鶴子も敵意を向ける。
「ガープス家当主ライズ氏や、その娘達と交流を深めるのはゼス四天王として当然のことでしょう。あんたみたいにやる気なしの肩書きだけの四天王とあたしは違うんだから」
「あっそう。頑張ってね」
 マジックはそう言うなりその場を去ろうとするが。
「あ、ちょっと」
「何よ」
「あんた、なんでこんなところに来てるの? ものぐさのあんたがここにいるってことはもしかして……」
 マジックが、嫌な勘繰りをされたとばかりに頭を抑えた。
 そして、ウンザリした顔で正直に話す。
「そうよ。親父もここに来てるの。どうも、会いたい人間がいるみたいで」
「会いたい人間? 誰よ?」
「知らないわよ。とにかく、親父がいるからって変なアプローチしないでよね。あんたがおかしなことすると、あたしまでゼスの笑いものなんだから」
「しないわよ! あたしはあんたと違って公私混同はしない主義なの」
「なら、その派手な服、脱いでよ。裸の方がましだわ」
「なんですって!」
 怒り狂う千鶴子を、おもわずアニスがおさえつける。
「千鶴子様、落ち着いてください。千鶴子様が裸になるのなら、あたしも脱ぎますから!」
「そういう問題じゃないでしょ! このオバカ!」
 ハリセンバスーン!
 アニスが頭を抑えてうずくまって、千鶴子がハリセンをしまう。
 振り向くと、マジックの姿は人ごみの中に消えていた。
 千鶴子は怒りのやり場がないとばかりに、ジタンダふみながら怒鳴った。
「何よ! アンタだって、私服メガネでこんなところ来るんじゃないわよ!」

 ●〜〜〜●

 ポロンは、アルコールの入っていないジュースを片手に居心地悪そうな感じだ。
 ジュースは祭典で振舞われたものである。
 まわりは、貴族達の社交モード一色。
 はっきり言って、こういう雰囲気は苦手である。
 まるで、腹の底を探られるような雰囲気がある。
 そう。
 パランチョでもそうだった。
 貴族達というのはどこでも、総じて怠慢で儀礼的。
 現状を維持し、他者を蹴り落とすことしか興味ないような連中なのである。
 だから。
 正直、こういう場は気が重い。
 すると、ライラが。
「祭事が行われる時間までは、談笑だって。普通は逆なんだけどね」
「それも、やり口なんだよ。ライズさんの」
 もったいぶって、メインを後に出す。
 つまり、それだけ強く、ウィンディを商品として売り出すつもりなのである。
 いままで、捨てておいたものなのによくもやってくれる。
 ウィンディも大変である。
「まったく。うんざりだよ」
「アハハ。そのとおりだ」
 ライラは、ケラケラと笑った。
 しかし、ポロンの目に彼女は、いつものように映っていない。
 なぜなら。
 金の装飾を施した髪留めに、末期の紅葉のような黄をした高価なドレス。
 引き締まった肉体と、まるで少年のような端正な顔立ちは魅力的だ。
 体もスレンダーで、出るところは出ている。
 当然、周りの人間も常にライラのことを注目しているぐらいだ。
 ポロンは正直、見惚れていた。
 その視線に、ライラは居心地悪そうに体をくねらせると。
「似合ってないかな。筋肉質だし。さっきからジロジロ見られて気持ち悪いんだ。もしかしたら、振る舞いに変なところがあるのかも。慣れてないし」
「いや。違うよ。ただ……」
 ここで、「綺麗だ」とか言えるプレイボーイなら苦労はしなかったのだろう。
 ポロンは赤面したまま、話をすり替えた。
「そういえば、フィア達は?」
「ああ。アリサ、シャルム、フィアは、食い倒れの旅さ。エレーンはアリエッタのおもり。キャロットは……ウィンディと一緒かもね。ウィンディは当然、お色直しの最中」
「ふーん」
「……なるほどね」
「なに?」
「別に」
 ライラは維持の悪そうに笑った。
 すると、そこに。
「パランチョ王国のポロン王子、ですよね」
 知らない男だ。
 身なりからして、ゼスの貴族だろう。
 ポロンは、頷く。
 すると、ゼスの貴族であろう中年の男はたちまち話を膨らませていった。
「ワタクシ、オールドゼスでナニナニをしているナンタラカンタラという名前でして本日パランチョ時期国王とならせられるポロン王子に会えたことは光栄の至りで(以下つまらないオベッカが続く)で、ありまして。まあ、それでマルマルでバツバツで……」
 と、まあそんな感じで五分。
 ポロンはウンザリした様子でそれを聞いていた。
 もちろん、口には出さない。
 ここで、ゼス貴族と仲良くなっておくのも今後のためなのだが気がのらないのだ。
 怠慢といっても良いかもしれない。
 けれども、やはりウィンディの祝福に来ているわけだから今日は仲間と落ち着きたい。
 ゼスの名も覚えていない貴族は、ポロンの顔色を伺い、話を中断する。
「あの、気に触られましたか?」
「あ、いえ……ただ。今は少し……」
 ポロンは、遠まわしに会話を中断したのだが、貴族の男はそれに気付かない。
「そうですか。実はワタクシ(以下略)」
 再び、長話が始まる。
 すると、そこに助け舟がやってきた。
「いいかな。少しこの少年と話がしたいのだが」
「……なんだ、あんたは?」
 ポロンに助け舟を出した男、それは海賊風の服装をした荒くれ者の風貌だった。
 乱雑な態度で、キリッと太い声で告げる。
「悪いな。少し外してくれ」
「割り込みは良くないな。あんた、誰だ?」
 男は、少しだけ微笑むと言った。
「ガンジーだ。国王の顔も忘れたのか? お前、名は?」
 その瞬間、貴族の顔色が変わる。
 貴族は慌てた様子でとたんに猫なで声になると、ガンジーと呼ばれた男に頭を下げる。
「すいません。国王陛下とも知らずに。ワタクシは今すぐに退散しますので」
「ああ。すまない」
 貴族は、そのまま逃げ出すようにポロン達の前から消えた。
 ガンジーはそれを横目に、ポロンに向かって言った。
「貴族は、どこも同じだと思わんかね。ポロン=チャオ王子」
 自分の名前を呼ばれ、たちまちポロンは動揺する。
 しかし、顔には出さずに、威風堂々と、けれども物腰は柔らかく言葉を返す。
「ええ。そうですね。どこも変わりがありません。リーザスも、ヘルマンも。自由都市も、パランチョも。どこだって、一部の特権階級がえばりちらす現実は変わりません。そうですよね。ラグナロックアーク=スーパー=ガンジー国王」
「ああ。そのとおりだ」
 ガンジーは同意するように頷いた。
 そして、少し間を計り、再び聞く。
「君は、この貴族の腐敗に対して何を思う?」
「それは?」
「たとえば、憎しみ。怒り。いや、反対に許容。憧れ。自分もこうしてみたいという欲求。そのようなものを含めた展望を君に求めているんだ」
「……そうですね」
 ここは自分の真価が試される重要な局面である。
 ポロンはあくまでも言葉を選んで発した。
「正直、人としての僕には怒りがあります。腐敗という愚かしい行為をする貴族という人間の浅ましさに僕は、嫌悪を抱いています」
「ほう」
「けれども、国王として言うなら。これは、利用できるものです。彼らは上に対しては従順だ。だから、うまく操り国を運営する。彼等の存在は国という社会にとって欠かせないものです。それに、貴族が活きているということは国の安定を意味します」
「なるほど」
 ガンジーはあごに手を乗せ、聞いた。
「ところで、君の意見はないのかね?」
「え?」
「ワシは、君の意見を聞いていないのだ。どうだ、答えてくれるか? それとも答えたくないかね?」
「……」
 ポロンは少し戸惑った後、口を開く。
「……僕は」
「……」
「僕には、友達がいます。大事な友達が。それは、そんな貴族の腐敗した思想、価値観念に翻弄され普通ではない道を歩んでしまいました。正直、同情はしています。けれども、それ以上に自分に何もできなかったっていう悔しさがあって。結局、自分は何かをしたくて、それでも自分が何もできない無力な子供でしかないと自覚しました。だから……僕は、このままでいたくない。だから、もっと強く。もっと賢くなりたい。そして、納得できない全てのことをなんとかしたい。それだけです」
 ガンジーは軽く息を吐くとこう言った。
「五十点かな」
「え?」
 ガンジーはニッコリ、力強く微笑んで言った。
「人を思いやるのは大事なことだ。そして、その感情から、家族を、友人を、恋人を、それに関わる人々を、社会を、そしていずれ人を守るという強い信念が生まれる。そして、不正や悪辣に対する強い怒り、信念を冒涜する悪、それに対峙する為の力を得ようとする底知れぬ欲求、それは平時の国王としての条件だろう。だが……」
 そこで、言葉を区切る。
 表情を鋭く、本来の国王としての威厳を放つ。
「君が無力だというのは大きな勘違いだ。いや、今は無力かもしれない。けれども、いずれ君は手に入れる。国という強大な力を。それはたずなをにぎりつづけていられるほど楽な乗り物ではないし、下手をすれば暴発の可能性がある爆弾ともなりえるだろう。君は、いやおうなしにその力を手に入れる。それは誰かを常に傷つけ、その上、君にはどうしようもないほどの悪を見せるだろう。そんな力だ。その力を手に入れる権利を持つ君は、いったい何をする?」
「それは……」
「今は、答えられなくて良い。いずれ、答えを見つけるときが来るのだから」
 そして、ガンジーはニコリと笑った。
「君と話せてよかった。それでは、そろそろ時間なのでな。失礼するよ」
 ガンジーはそのまま、振り返り大きな背中を見せた。
 立ち去ろうとするガンジーにポロンは。
「ガンジー国王!」
「ん?」
「あなたは、どうするのですか? そんな、どうしようもない現実に」
 ガンジーは笑った。
 背中越しだったので見えなかったが、確かに笑ったような気がする。
「どうしようもならなくても、どうにかするさ。それが国王だ」
 ガンジーはそこまで言うと、ゆっくりと立ち去っていった。
 長身の体、しかしすぐにそれは見えなくなった。
 ポロンは、その姿を見送り、呟いた。
「なんとかする、か」
 そして、握った拳を高々とあげて見せた。
「がむしゃらにやれ、ってことかな?」

 ●〜〜〜●

 ここは、祭事場の個室。
 来客、来賓用につくられた高貴な装飾の部屋で、ウィンディの着替えに使われている。
 何人もの召使いが、まるで赤子に着せるようにせわしなく動く。
 湯浴みをして。
 体を拭いて。
 化粧をして。
 魔法衣を着て。
 香水を振りまき。
 結局、全ての準備を終えたのは一時間後であった。
 くたくたの様子で振り返るウィンディ。
 その目の前には、まるで美の女神に惑わされたような表情のキャロット。
 ウィンディが目を細めて聞く。
「……何よ、どこか変?」
 その言葉に、ようやくキャロットは我に返り、安心したように頷いた。
「うん。よかった。いつものウィンディだ」
「あったりまえじゃない。何言ってんの? キャロット」
「だって。すごく綺麗だから……」
「お世辞なんて言うな。気持ち悪い」
「お世辞じゃないよ。ほら」
 キャロットが辺りをくるりと指差す。
 すると、そこには何かの美しさに魅了されたような表情の召使達。
 それが、自分に向けられた視線だとウィンディは今ひとつ実感できない。
 すると、すぐ傍にいたサラが。
「あら、お似合いですね。ウィンディお姉様。さしずめ、馬子にも衣装といったところでしょうか。どんな下劣なシンデレラも装飾をすれば人並みに見えるのですね」
「誉め言葉として受け取っておくわ。サラ」
 すると、サラはその言葉に過剰に反応して怒鳴りちらす。
「誉めてなどありません! 姉様は、いささか自分を過信していますわ! 大体、あなたのような品性のない人間がいたらガープス家は……」
「はいはい。その辺でストップ」
 ウィンディは自分の口に指を当て。
 その指を、サラの唇にピタリ、と当てた。
 サラは突然の間接キスに赤面し、キーキーと金切り声をあげた。
「何をするのですか! だから嫌なのです! 恥知らずの冒険者が、不潔です!」
 サラはくるりと背を見せると、そそくさと退席した。
 ウィンディは肩を落とす。
「また、嫌われちゃったわね」
「いえ、そんなことありませんわ」
 と、落ち着いた様子で言ったのはノム。
 ノムは、ニコリと柔和な笑みを浮かべて、太母神のように言った。
「サラはああみえて、照れ屋ですから。きっと、心のそこでウィンディお姉様を好いているのですわ」
「そうね。知ってるわよ」
 ウィンディは、ノムが廊下で一人、唇をおさえ微笑んでいるさまを想像した。
 続けて、ノムに聞く。
「そういえば、あなた。あたしを姉と呼んでくれるのね」
 ノムは、頬をおさえて微笑む。
「もちろんですわ。お姉様は私の自慢のお姉様ですから」
「ふふ。そうね」
 そう笑うウィンディの胸。
 ガープスのしがらみにとらえられ本心を見せないノムに対する深い悲しみがある。
 しかし、ここで口に出せることではなかった。
 ウィンディは昔から、ノムに苦手な部分を持っていた。
 だから。
「ノムも、早く行ったら? サラを一人にしちゃだめよ」
 ノムはその表情を少しだけ曇らせ。
 しかしすぐにいつもの微笑みに戻ると、頷いて見せた。
「ええ、私もサラに続きますわ」
 ノムは、背を見せるとサラと同じように戸を開き、退室する。
 ウィンディは肩をすくめる。
 すると、すぐ傍のキャロットが。
「ウィンディ、ひどい」
 ウィンディは頭に疑問符を浮かべた。
「ひどいって……何が?」
「ノムちゃん。サラちゃんがいなくなったんでウィンディと二人で話せると思って、喜んでたのに。追い返しちゃうなんて。卑怯者」
 ウィンディは呆れ顔をキャロットに見せる。
「あのねえ。ノムはね、あたしのことを完全に嫌ってるの。あの子は父親主義だから。ガープス家の伝統を重んじるから、家柄とかで物を見る子なのよ」
「それがひどい」
 と、キャロットはさらにまくし立てる。
「あの子は、あたしと同じでけっこう感情を抑えて行動してるの」
「アンタは最近、けっこういい性格になってきたと思うけど……それで?」
「ノムちゃんはね。ウィンディのことが好きで好きでたまんないけど、家のためにそれを隠している健気な子なの。ああいう子は、けっこう脆いから、ウィンディみたいな子がさせてあげないとだめなんだよ」
「そんなわけ……」
 と、首を振ろうとするが。
 ふと、脳裏に浮かんだのは郷愁の思い出である。
 キャロットと出遭った、あの藻屑と化した廃墟の群れ。
 そこで、彼女が見せたのは仮面に覆われた表情。
 ウィンディは思わず、肩を落とす。
「まったく。何で気付かなかったのかしらね。そういえばあの子、あんたにホントそっくりだわ。強情で頑固で脆いところが、すごく」
「そうでしょ」
「わかった。今回はあたしの一本負けよ。あの子にあとで謝っておく」
「うん」
 すると、正午を告げる鐘が祭事場に響き渡った。
「ウィンディ、そろそろ時間みたいだよ」
 ウィンディはキャロットの言葉に、頷く。
「うん。そうね。行くわ」
 ウィンディは、コクリと頷くと、蒼のローブを翻し、パーティー会場に向かった。

 ●〜〜〜●

『これより、市民権譲渡式を行います。参列者の方々は会場の移動をお願いします』
 祭事側のアナウンスでパーティー会場の人々は移動を始める。

『ガープス家って、長女の時も派手なパーティーを開いたらしいですね』
『さすが、ガープス家。やることが大変派手ですわ』
『長女のシルフィー様は大変お美しい方でしたので、次女のウィンディ様も』
『ええ、それこそウィンディーネと見紛うばかりの美女でしょう』

 そんな囁きをすり抜けて、ポロンはライラと共に歩く。
 途中で、アリサ達と合流。
『ポロンく〜ん。はにょ〜ん!』
 と、アリサ、フィアタッグがピョコピョコ手を振るのでポロンは手をあげて応戦。
 しかし、青と緑が両方から羽交い絞めにしてきて、たちまちノックダウン。
 ライラは肩を落とす。
 食事をパック詰めにしているエレーンを発見、さらに深く肩を落とすことに。
 そういうわけで、ウィンディ、キャロットを覗いて全員集合。
 ポロンは、華やかな少女達と共に会場を歩くことになる。
 それにしても。
(……みんな、美人だよな)
 そう、ポロンの横を歩いているのは宝石よりも美しい少女達。
 みんな、ドレスやアクセサリー、香水などで装飾を施し幻想の女神が降臨したようだ。
 髪を下ろしたアリサは、どこかの貴族が連れて来た令嬢のような淑やかさがある。
 対してシャルムの姿は、モデルかあるいはスーパースター。
 エレーンとアリエッタは、真珠か白百合、あるいは古参の彫刻家が彫った金色の彫像。
 こうしてみると、まるで姉妹みたいだ。
 ライラは、大人っぽさが引き出され、色気に溢れている。
 そして。
(……フィア)
 そう。
 エメラルドのような緑色の髪をした彼女は、本当に奇麗だった。
 白砂の腕、宝珠の瞳、唇は薔薇のような赤を光らせている。
 柳のように細い腕と、菊の茎のような細足。
 それなりのふくらみは女性らしさの象徴で、それがどうしようもなく悩ましい。
 そう、それはあの日、暗い森の中。
 たった一つ輝く泉で出遭ったあの瞬間と、なんの変わりもなかった。
 唯一つ、ちがうのは。
 その顔に浮かんだ笑顔。
 純白のような微笑は、あの森になかった一つのものである。
 そう、フィアは最近、よく笑うようになった。
 初めのうちは、ぎこちなさがあったものの最近はすっかり同類だ。
 単純に言えば、馴染んできたのだ。
 それは、アリサのおかげかもしれない。
 彼女が、フィアのたどたどしさをなくしてくれた。
 そんな、他愛のない成長劇にポロンは内心で自嘲する。
(成長してないのは僕だけか)
 すると、唐突にフィアが、ポロンの視線に気付いて振り向いた。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
 見惚れてた、などといえない。
 ポロンはばつの悪そうな表情で頬をかきながら、話題を移す。
「奇麗だな。と思ってさ。みんな」
「えへへ、そうかな?」
「うん、そう思う。ほら、まわりもフィア達のドレス姿に見惚れてるよ」
「そう? でもね……」
 フィアは指をさす。
 そこには、熱の上がったようなうっとりした表情の少女達がこちらを見ていた。
「ポロンくんも、見られてるよ」
「そう?」
「うん、かっこいいもん」
「ありがと」
 ポロンは、ニッコリ笑った。
 フィアも、同じように微笑む。
 その横で、アリサは少しだけむすっとした顔をして。
 少しだけ表情に影を落とした。

 ほどなくして、譲渡式の会場に辿り着いた。

 ●〜〜〜●

 式は、いわゆるレトロなホールだった。
 会場には三百近くの席が並び、三割以上が埋め尽くされている。
 最前には壇上があり、劇などの興行にも対応したつくりになっている。
 まだ、ウィンディの姿はない。
 ポロン達は最前列から少し後ろの方に座る。
 一番前は、ライズを初め、ゼスの名だたる高官が着席していた。
 なぜか、ガンジーの姿は無い。
 ポロンは、呟く。
「たかが、市民権の譲渡式なのにえらい騒ぎだ。ガープス家っていうのはいつもこんなことをしているのかな?」
 すると、隣のライラが。
「さあね。ただ、名誉市民勲章の授与もあるから」
「名誉市民勲章? なんでさ?」
「なんでも、第六属性の発現に関しての功績を認めるとか……よくわかんないけど、とにかくこのあいだの試合でウィンディの見せた魔法は学会でものすごい評価を受けて、それで、とりあえず名誉市民として国家と学会による特別待遇をして、ゆくゆくはゼスの高官に……いわゆる、エリートコースの入学願書みたいな感じらしいよ」
「へえ。すごいな」
 ポロンは感心したように息を吐く。
「すっかり、雲の上の人だな」
「一国の王が言う言葉じゃないね」
「そうかな」
「……はじまった」
 ライラの言葉と共に、老人の祭事官が壇上に立つ。
 そして、高々とした声で祝詞を読みあがると尊大に言い放った。
『ウィンディ=ガープス、前に』
 はい、という声が小さく聞こえる。
 と、共に会場から感性があがった。
 壇上の下を歩いてきたのは、まるで水の精霊かあるいは天使か。
 そうとしか思えない容姿をした、美少女だった。
 いつもの黒のローブではない。
 白と金を主色としたきらびやかなローブは本来、一握りの貴族しか纏うことができない。
 ローブは頭から体中を覆い、その下にはやはり白の魔法衣をまとっている。
 肌を露出しない格好で、神聖そのものとも言えるような神秘さを漂わせていた。
 その隙のないいでたちからわずかに見える細微の整った表情。
 華奢な顔立ち、雨露のようなきらめきをもつ蒼の髪。
 参列者の口から。
『なんて、奇麗なんだ』
『ライズ家の次女は精霊の生まれ変わりではないか?』
『新緑の森の奥地から湧き出す泉に降臨された女神としか言いようが無い』
 そのような呟きがもれる。
 それほどまでにウィンディは美しかった。
 ポロンは、思わず見惚れてしまう。
「……奇麗だ」
「惚れたかい?」
 ライラがからかうと、ポロンはむきになって目をそらす。
 そして、少し寂しげに呟いた。
「……これで、ウィンディの望みがかなうんだ」
「ああ」
 頷くライラ。
「あいつの望みは、みんなに認められる一人前の魔法使いになること。そして、実家との決着だったから。これもガープス家の思惑、っていうのは気に食わないけど、ウィンディが望む結果がこれだったなら、それはそれでハッピーエンドなのかもね」
「僕も、それでいいと思う」
「そうだね」
「ウィンディは、これからどうするのかな」
「……」
 ライラはそこで言葉に詰まる。
 そして、少しだけ戸惑ってから答えた。
「実家に戻るだろうね。そして、ガープスの娘として暮らしていくんだろう。魔法使いとして、この街で」
「そうか。寂しくなるな」
 ポロンは少しだけうつむいた顔で呟いた。
 譲渡式が続く。
 ウィンディは祭事官の前に立ち静かにローブのはしをあげて礼をする。
 祭事官は頷き、再び言葉をつむいだ。
『ウィンディ=ガープス。汝はこの神聖にして偉大なる魔法大国ゼスにおいてその自らの高潔な力、自らの高潔な精神、そして自らの高潔な知識を我等、万人に示し、その類まれなる才能を我等に認められた。よって現時刻をもってウィンディ=ガープスにこのゼス王国において一級市民としての待遇を約束する。神と王国と民に誓い……』

『拒否します』

『……は?』
 祭事官が今の言葉、まるでなにか幻惑でも見たかのような表情で聞き返した。
 けれどもウィンディはそんな祭事官を無視し。
 いきなり、参列した貴族達に向かって振り返り、
「やってられっか!」
 そう叫んでローブを投げ飛ばした。
 思わず、会場の貴族達がざわめきたつ。
 しかしウィンディは気にせずにすぐ傍のマイクを握り締めると思いっきり叫んだ。
 それも、今までに無い強烈ハイテンションで。
「いいかあ! よく聞けテメエラ! 一度しか言わねえぞ! 魔力があるだけで人をまるで宝石のように扱ったと思ったら、魔力が無くなくなったとたん追い出しやがって! それで少しこの今世紀史上最強絶対無敵猛烈天才美少女魔法使いのあたしがほんのチョビットだけ実力見せてやりゃあたちまちみこしの上に持ち上げやがって! テメエラのかついだみこしなんてな、危なっかしくて乗ってらんねんだよ!」
 会場が一転、険悪になる。
 ところどころでこの異常事態に対するざわめきが大きくなった。
「大体テメエラの脳みその構造は、家とか、家族とか、身内とかそういうものばっかりじゃねえか! テメエラの下で、毎日みそくそに働いているやつの苦労とかぜんぜんわかんねえだろ! あたしゃわかるぞ! そういう地獄見てきたから! あんたら金持ってんだからもうちょっと下の奴の為に使え! 自由と平等は国に約束された最低限の常識だろう! あたしの言ってることは間違ってるか!」
 まあ、平たく言うと『恵まれてないあたしらに愛の手を』ということだが。
 この青臭い意見に貴族達は失笑を隠せなかった。
 ところどころで、嘲笑がクスクスと聞こえる。
 そこで、ようやくウィンディの堪忍袋の緒が切れた。
「ディスペル」
 魔法の満たされた宝石が割れる。
 と、共にウィンディの体に魔力が溢れていった。
「あー、あたしの買ってもらったグリーンジルコンがぁ!」
 会場からフィアの叫び声が聞こえるがウィンディは気にしない。
 そのまま手をかざすと。
「黒色破壊光線!」
 一条の光がドッカーンと会場の屋根を撃ち抜き。
 無数の瓦礫が降ってくる。
 空には真っ赤な太陽が見える。
 瓦礫の一つがピューと落下し。
 バキ、という音が聞こえた。
「あー、千鶴子様の首に! 首に瓦礫がバキッと!」
「そこ! うるさい!」
 ウィンディはマイクを握り締めたまま叫ぶ。
 貴族達はすっかり怯えモードだ。
「つまり、あたしが言いたいのはお前ら、やる気が無いなら貴族辞めろ! 圧制圧制の繰り返しで、終いにはこっちも切れて暴れるぞ! 数ならこっちのほうが明らかに多いんだから、テメエラこれからもその気なら覚悟しておけよ! 以上、演説終わり!」
 ウィンディはそのまま、マイクを投げ捨てるとひらりと飛び降りた。
 そこに、怒りの形相でライズがかかってきた。
「貴様! せっかく拾っておけば親に噛み付くとはなんたる不出来! このワシが貴様のようなクズに引導を!」
「うるせえ!」
 ドロップキックが一閃。
 ライズは思いっきり吹っ飛んだ。
 ライズを抑える警備員達だが、すっかり戸惑い応戦することも忘れていた。
 ウィンディはそのままポロンの傍に来て、その手を握る。
 ポロンは慌てた様子で聞いた。
「う、ウィンディなんてことを!」
「いや〜、一度やってみたかったのよね! こういう反国家的なゲリラ活動!」
「っていうか、ただことじゃすまないって!」
「だから、逃げるわよ!」
「えっ!」
「ほらっ!」
 ウィンディはポロンの腕を掴んで起こした。

 一方、アニスは自分の飼い主をつぶされておかんむりだ。
「よくも千鶴子様を! もう許せません!」
 そして、怒り任せに呪文を放った。
「ゼスに逆らう逆賊め! 吹き飛べ! 白色破壊光線ッ!」
 白の光がドッカンと、会場の三割を吹き飛ばした。
 それだけでは収まらず、テープの町にも飛び火する。
 一角に巨大な爆音が響いた。
「もういっちょ! 破壊光線!」
 今度は壇上と祭事官ごと、ホール前方を吹き飛ばす。
 阿鼻叫喚と共に、破壊が撒き散らされた。
「どこだ! にっくき逆賊は! このアニス=沢渡が成敗してくれる!」
「逆賊はあんたよ……」
 アニスに踏まれながら、千鶴子はそんなことを呟いた。

 ウィンディは身軽な格好で辺りを見回す。
 そこには、怒り狂った魔法使い達が立ちふさがる。
「貴様! よくも式をメチャクチャに!」
「貴様のような恥知らずがいるから、魔法使いの名誉が乱されるのだ!」
 と、思い思いのことを言うと、魔法を唱え始めた。
『雷の矢!』
『氷の矢!』
『炎の矢!』
『光の矢!』
 無数の光がウィンディに飛び火する。
「チッ!」
 舌打ちするウィンディ。
 その目の前に、一つの影が現れた。
「マジックバリア!」
「……え?」
 魔法の障壁が現れ、無数の矢を無へと還す。
 あっけにとられるウィンディに、その影はくるりと振り返り高らかに笑った。
「ホーッホッホッホッホ! ウィンディ! まだまだやることが子供ね! あたしならもっと狡猾にやって見せるわ! まあそれが、天才と凡俗の違いなのかしらね! 可愛そうなウィンディちゃん! ああ、バカでかわいそう!」
 そんな皮肉にムカッとしながらもウィンディは目の前のシルフィーに聞いた。
「どうして? 姉さん」
 シルフィーはニッコリと笑い答えた。
「あたしはね、こんなくだらないしがらみにとらえられてあんたが衰えていく姿を見たくないのよ。まあ、あたしみたいな天才ならこの場所は最高に居心地がいいんだけど、あんたには苦痛でしょ。だから、あたしが逃してあげる」
「……本音は?」
 肩をすくめるシルフィー。
「バカな妹の不始末をつけるのは姉としての役目なのよね〜」
「あっそ。あんたもバカだけどね」
「そうね。こんなことをしている時点で」
 ウィンディとシルフィーが睨み合う。
 そして、互いににやりと笑った。
 そこで、ようやく回りの魔法使い達が険悪な視線をこちらに向けているのに気付いた。
 ウィンディが呟く。
「姉様、私達姉妹に逆らったことを……」
「そうね。存分に味あわせてあげましょうか」
 二人の掌に魔力がたまる。
 そして、叫んだ。
『全員、吹き飛べ!』

「……クッ!」
 ガープスが頭を抑えて起き上がる。
 そして、次にやってくるのははらわたの煮えくり返るような怒りだった。
 なぜ、思い通りにならない。
 なぜ、自分の言いなりにならない。
 自分は、ゼスという国の将来を危惧して次世代の戦力を育てている。
 若造には怠慢と罵られようが、少しずつ時代を変えていくしかないのだ。
 性急な考えが愚考だということは五十年以上の人生で悟っている。
 だから、彼女達の行動は愚か以外の何者でもない。
 ならば、自分が何とかしなければ。
 それが、ゼスという国の未来につながるのだから。
 有能を育てられなかった自分の過ちを認め、更なる境地を目指す。
 そして、失点は自分でけりをつける。
 ライズは自分の席に戻ると弓を取った。
 クトゥグアの弓矢。
 炎の矢を無限に放つ、ガープス家に伝わる魔法の弓である。
 これで、自分の娘に引導を渡す。
 それが、親としてできる最後の償いなのだから。
 ライズは弓を構え、ウィンディを探した。
 すると、すぐ頭元で。
「あら、その弓矢、とってもかっこいいわね」
 と、女性の弾んだ声が聞こえてくる。
 ライズは慌てて振り返ると。
「チャオ」
 そこには、この状況を楽しんでいるかのように笑顔のエレーンがいた。
 ライズが慌てて一歩引く。
「貴様! ウィンディの仲間だったな!」
「ええ。ところでその弓矢、とってもあたし好み。ねえ、頂戴」
「だ、誰がやるか!」
 ライズは弓を構える。
 と、同時に自動的に炎の矢が弦にかかった。
 エレーンが手を叩いて喜ぶ。
「キャー、ステキ。カッコイイ、サイコー。ねえ、チョーダイ」
「うせろ! このババア!」
「……ババア?」
 とたん、エレーンの顔色が変わる。
 エレーンは拳を握りしめると。
「誰がババアですって! こんジジイ!」
 右ストレート炸裂。
 ライズの顔面が陥没して、そのままノックダウン。
 一ラウンド十二秒でKOだった。
 ぶっ倒れたライズの手元からクトゥグアの弓を拾うと、エレーンはうれしそうに。
「それじゃあ、ためしうちしちゃおうっと」
 そう、弓を構えた。
 目標は……とりあえず、正面玄関の扉。
 弓を構え。
 呼吸を整え。
 そして、心眼。
 エレーンの感覚が鋭敏に光る。
 そして、弓が。
 放たれた。
 巨大な炎が唸りをあげる。
 炎は目標である正面玄関の扉から大きく外れ。
 天井にあるシャンデリアにめり込んだ。
 シャンデリアが落ちて、罪の無い貴族が悲鳴を上げる。
 エレーンは首をかしげた。
「はて?」
 そして、もう一射。
 今度は、祭事場の瓦礫にめり込む。
 さらに一発。
 観客席にドッカーン。
 続けて、何発も撃つがどれも的を大きく外れて明後日の方向に飛んでいった。
 エレーンが弓をたたきつける。
「ちょっと、この弓、おかしいわよ!」
 いや、おかしいのはエレーンである。
 エレーンは、筋金入りに弓矢の才能が無かった。

 一方では。
 ポロンは、アリサとフィアを両手につないで逃げ回っていた。
「なんだよこれ! やりすぎだって!」
「ねえ、どうするの、ポロンくん?」
「これ、どうしようもないですよ」
 ときおり、やってくる警備員は。
「テリャ!」
 すぐ後ろをついてくるシャルムが蹴り飛ばす。
 警備員の一人が吹っ飛んだ。
 しかし、すぐに多くの警備員がポロン達を囲んでしまった。
 その数、二十をくだらない。
 ポロンはシャルムに耳打ちする。
「どうしよう、相手にするには多すぎるし」
 しかしシャルムは強気に。
「この程度、あっという間に倒すさ!」
 掌に拳を当てた。
 しかし、ポロンはアリサ達を護らなければならない。
 だから、戦えるのはシャルムだけである。
 シャルム一人で二十人は辛いだろう。
 そう考えていると、助け舟は意外なところからきた。
「最近、剣を振ってばっかりで殴りあいってあまりやってないんだよね」
 上部席の方からポロンのところまで飛び降りてきたライラ。
 ライラはにやりと楽しげに笑うとドレスのスカートをビリリと破く。
 そして、肩をならした。
「あたしのは、シャルムの違って軍隊式のやつだからかなりきついよ」
 そのまま、すぐ傍の警備員を殴り倒す。
 ライラはにやりと口元に笑みを浮かべる。
「さて。命に保険をかけたやつからかかってきな!」
 それから、ライラの一人舞台が始まる。
 並みいる敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
 喧嘩殺法さながらの手つきで、一人、一人と地面に静める。
 しかし。
 それ以上に怖かったのは、ライラが殴り合いの最中、ずっと笑っていたことである。
 ニコヤカな笑みのまま、警備員をどつきまわす。
 蹴り飛ばし、さらに蹴り、股間に止めを刺す。
 顔面を砕き、肩を砕き、投げ飛ばす。
 ボロボロになった相手に、微笑みながら止めを刺す。
 なんというか、ものすごく楽しそうだった。
(いろいろ、たまってるんだな〜)
 ポロン、シャルム、アリサ、フィアは全員同じ結論に辿り着いた。
 そして、同時に同じことを考えた。
(ライラを怒らすのはやめよう)
 バキン。
 殴りあったら、全員ダチ。

 何人かぶち倒した後で、ウィンディが振り返ると。
「ウィンディ〜!」
 そこには、ようやく現れた彼女の相棒、キャロット。
 キャロットは楽しげに笑いながら聞いた。
「ウィンディ、どうしたの? これって乱闘パーティだっけ?」
「違うわよ! この脳みそプリン女!」
「はにゃ?」
「はにゃ? じゃない! ほら、とっとととんずらするわよ!」
 ウィンディはキャロットの手を引き、会場の出口向かう。
 そして、ポロン達に向かって合図した。
「みんな、撤収!」
 ライラは残念そうに、ボコボコになった警備員を投げ捨てる。
 エレーンは、強奪した弓を抱えてスキップしながらやってきた。
 ポロン達も慌てて出口をくぐる。
 これで、全員脱出である。
 そんなわけで、自分達も。
「キャロ、行くわよ!」
「オッケー、ウィンディ!」
 そう、駆け出そうとする。
 しかし。
 その目の前に、二つの影が立ちふさがった。
 サラとノムである。
 ノムは、あきれたような怒ったような表情でウィンディに聞く。
「姉様、せっかく一級市民となり、ガープス家の娘として認められたのに、どうしてこのような……そう、このような全てを捨てるようなことをしたのです……」
「そうよ!」
 サラが続ける。
「なんで? どうして? 姉様はこのまま行けば、ゆくゆくはゼスの四天王だって夢じゃないのよ! なのにどうして、こんないい話を蹴っちゃったの? 姉様は一体何を考えてるの?」
 サラの必死の訴え。
 しかし、ウィンディは少しだけ考えた後、肩をすくめて。
「何にも考えてない」
『は?』
 サラとノムが、一斉に唖然とした。
 ウィンディは髪を振りかざすとニコリと言った。
「あたしにとってさ。市民権なんてものは要らないものなのよ。だってあたし、冒険者だし。それに、実は本音を言うとゼスがどうなろうと知ったことじゃないの。これは、昔も今もかわらないわね。あたしも、成長していないってことかな?」
「で、でもっ!」
 サラが戸惑った様子で続ける。
「ガープスの娘として認められるのは姉さんの夢だったじゃない! なのに、どうして?」
「そうね。夢だったわね。でもさ、叶ったら叶ったで案外つまらない夢だったな〜って思って。そんだったらあたしは、ロマンを追い求めようと思って」
 サラはその言葉に思わずあきれてしまう。
「ロマンって……なんで姉様は、そんな手の取れないようなものを自分の全てを捨ててまで得ようとするの? 姉様にとって、ロマンってそんなに大事なものなの?」
 ウィンディはばつの悪そうな顔をする。
「そうねえ。それほど大事ってわけでもないか。っていうか、あたしは別に何も捨ててないし。ただ、いらないものを手に取らなかっただけ。ごめんね、サラ。あたしは基本的には快楽主義者なのよ。楽しいと思ったものにのめりこんじゃうの」
 サラは、その言葉に。
 いよいよいたたまれなくなって、自分の胸のうちを暴露してしまった。
「何よ姉様! なら、あたしのことは? あたしは大事じゃないの? 嫌い? 嫌われたって当然だと思ってるけど、あたしは姉様が……」
「サラ……」
 ウィンディはサラの頬に。
 軽くキスをした。
 サラは、ほお、と顔を赤らめる。
 ウィンディは優しく微笑むと、サラに向かって言った。
「大事よ。あなたがかわいい。もちろんノムも。でも、残念だけどあたしは縛られるのがだめなんだ。いつも、風のように自由にいたいの。だから……あんた達とはいられない。わかって?」
「……姉様」
 寂しそうな表情のサラ。
 ウィンディはその頭に、軽く自分の額を当てる。
「じゃあね、サラ」
「……また、会えますか?」
「ええ。いつかね」
「信じてます」
「裏切るわよ」
「いいです。それで」
「そう」
 ウィンディはサラの額から自分の額を離す。
 そして、ノムに振り向き言った。
「ノム。あんた、しっかり者だからサラをお願いね」
 ノムはコクリと微笑んだ。
「ええ。行ってらっしゃいませ。姉様」
「じゃあ、行ってくるわよ」
 ウィンディはそのまま。
 風のように駆け出して行った。
 ノムは、それを見送り。
 寂しげな表情をつくる。
 その横顔に唐突に語りかけてくる声があった。
「ウィンディは、やっぱりわかっていないんだから……」
 ノムが振り返ると、そこには。
 桃色の髪の少女がまだ残っていた。
「あなたは……キャロットさん、行かなくていいんでしょうか?」
「行くよ。でも、一つ忘れ物」
 キャロットはニッコリと笑うとノムに言った。
「あなたはね、抱え込みすぎなんだ。だから、その笑顔を本物にできたら今よりもっと世界が広がるよ」
「……どういうことでしょう」
 キャロットは、人差し指を立てて一言。
「笑顔っていうのは楽しいときだけにするものだよ」
 ノムはそこで、初めて訝しげな瞳をして見せた。
「なら、なんであなたはいつも笑っているんでしょうか? そんなに、楽しいんですか?」
「うん。ものすごく楽しい」
「!」
 ノムは、その純粋無垢な破壊力に絶句する。
 ここまで、人生を楽しいと言い切った人間はノムの前に今までいなかった。
 と、いうよりノム自体が人生の楽しさをあきらめているような少女だったのだ。
 だから、キャロットの存在はなんというか。
 ある意味のカルチャーショックであった。
「……さっぱり、意味がわかりません。あなたの言うことは」
 ノムがようやくつむぎ出した言葉。
 しかし、キャロットはいとも容易くノムの納得するような答えを導き出す。
「わかんなくていいの。たかだが十歳少し過ぎたぐらいで全部分かるはずないんだから」
「……そうですね」
 ノムは思わず、口元を押さえる。
 気付けば、笑っていた。
 そう、この目の前の桃色の髪の少女はノムに、久方ぶりの微笑をもたらしたのだ。
「そうですわね。私、どうにかしていましたわ。子供の分際でなにもかもわかったようになってしまって。私、今気付いたんですけどまだ十二だったんですわね」
「そういうこと」
 ノムは、ニッコリと微笑む。
 それは今までの愛想笑いとは違う、子供らしい笑みでした。
「……ありがとうございます。キャロットさん」
「どういたしまして。それと……」
 キャロットはノムの頬に、唇をあて。
 そっとキスをした。
 キャロットはすぐに唇を離すが。
 ノムの顔は高揚していた。
「これは餞別。一番歳下なんだから、もっとお姉さんとかに甘えるんだよ〜。バハハ〜イ」
 キャロットは手をブンブン振りながら、走り出す。
 そして、その姿はいずれ見えなくなった。
 こうして。
 サラとノムの前から、二人の偉大な魔法使いは消えていった。

 ●〜〜〜●

「破壊光線! 破壊光線! 破壊光線!」
 キチガイが刃物を振り回す。
 しかし、すでに魔力は尽き、パフと小さな爆発が怒るだけだった。
「逆賊め! そこになおれ! 成敗してくれる!」
「バカタレ!」
 瓦礫の中からふんぬと起き上がり。
 千鶴子はハリセンでバスーンとアニスをはたいた。
 アニスは、犬のような瞳で千鶴子を見上げる。
「なっ、何をするんですか? 千鶴子様?」
「アホ、これを見てみなさい!」
 千鶴子が指差した先。
 そこには、瓦礫となり跡形もないゼス国立祭事場が存在するだけだった。
 もう、そこには建築美だのなんだのといった美しさは存在しない。
 ただ、瓦礫が残るだけである。
「まったく! あのポロン一味ときたら、なんていう悪辣非道な連中なのかしら! 塔に帰ったら残らず指名手配してやる!」
 その、すぐ傍の瓦礫と化した椅子の上で。
「大学の問題って難しいわね」
 と、うんうん唸っているマジックの姿があった。

 そこで、ライズがバンと立ち上がる。
 瓦礫を押し退けて、そのさんさんたる状況を確認した。
 そして、怒りのあまり叫んだ。
「ウィンディめぇぇぇぇえええ! もう許さん! 許さんぞ! 地獄の果てまで追いかけて、死ぬまで後悔させてやる!」
 そして、いい歳の親父がジタンダを踏んで悔しがる。
 そのまま、地面に拳を叩きつけた。
 そこに。
 パチパチパチ、と拍手する姿があった。
「誰だっ!」
 ライズが振り返った先。
 そこには、海賊風の巨体な身体をした男が立っていた。
 男、ガンジーはニヤリと笑うとライズに向かって言う。
「してやられたな。ライズ」
「……国王陛下」
「ワシは、お前のやり方が嫌いではない。お前は教育者としては優秀だ。貴族としても才能溢れる。しかし、故に見えてないこともある。たとえば……」
 ガンジーは、顎を押さえる。
「鳥は、鳥かごの中では飛べないこと、とかな」
「はっ?」
「それにしても」
 ガンジーはライズの背中をパン、と叩き。
「お前の娘は大変面白いな。気に入った。もし今度あったら、ワシの傍においておきたい。まあ、ワシが飼える鳥とは思えんがな」
「……はあ」
 瓦礫と化したテープの一角。
 その被害は甚大で。
 さすがに、ゼス崩壊とまではいかないが。
 やっぱり、形あるものはいつか壊れるというか。

 結局、時代はうつろうものなのである。

 ●〜〜〜●

「で、それでよかったのか?」
 と、シャルムが珍しく心配げに聞くのでウィンディは。
「いいのよ、これで」
 そう答えた。
 ポロン達は急遽、無断で失敬したうま車に乗って、サバサバの方面に向かっていた。
 太陽はさんさんと輝き。
 風はどこか気持ちいい。
 郷愁の砂塵とはよく言ったものだが。
 実際の話、砂塵が吹き荒れているのは故郷ではなく自分の胸の中で。
 人々はそれを、故郷のせいにして逃げ出す。
 けれども、時に立ち向かっていくことが毒の砂を取り除く手だとしたら。
 はたして、誰がその思い出に立ち向かっていくであろう。
 酷薄な仮面をつけずに、本当の自分の姿で。
 それは痛みをともなうことで。
 悲しみもついてくるだろうが。
 結局、自らのしがらみを取り除くには立ち向かうしかないのだろう。
 まあ、そんなことも済んだから言えるのだろうけど。
 ウィンディは風に吹かれた髪を押さえ、聞いた。
「ねえ、これからどこに行く?」
 ライラが聞き返す。
「どこがいいかな?」
 シャルムは真っ先に答えた。
「サバサバに行って、うまいもの食おうぜ!」
 アリサ、キャロット、フィアが一斉に言う。
『賛成!』
 エレーンは聞く。
「じゃあ、みんな準備は良い?」
 ポロンは頷いた。
「もちろん」
 そして。
 最後にアリエッタが叫ぶ。

「それじゃ、出発にょ!」

 郷愁が遠のいていく。
 ウィンディははるか向こうのテープを眺め静かに呟いた。
「グッバイ。マイホーム」