ルートR
郷愁の砂塵 酷薄な仮面(後編)



「きれいな景色だね」
「ええ」
「あたしは、こういう俯瞰な風景、好きだな」
「そうね」
「ウィンディ、少し足が震えてるよ」
「うっさいわね。あたし、高いところだめなのよ!」
「なら、登山するなんて言わなきゃよかったのに」
「そこに、高い山があればのぼりたくなるっていうのが人情ってものよ!」
「……人情?」
「まあ、それは左に置いといて」
「あ、うん」
「……例えばさ?」
「何?」
「例えばさ、今日、あたし達が死んじゃうとしてキャロットは何がしたい?」
「ウィンディ。その質問、すっごくネガティブだよ」
「ネガティブっていうな! ……で、何?」
「それって、最後に遣り残したことってこと?」
「まあ、平たく言うとそうなるわね」
「うーん。すぐには思いつかない。ウィンディは?」
「あたしは……そうね」
「何?」
「あの忌々しい親父の顔面に蹴りを入れて姉貴達を叩きのめすかな」
「うわー。大胆」
「だって、むかつくのよ。この天才のあたしを捨てやがって。今に見ていろ」
「ウィンディの親御さんも浮かばれないね〜」
「親御さんって言うな」
「あたしは、ね」
「あたしは?」
「笑いたい」
「なにそれ」
「最後の一日を笑って過すの。楽しく。おかしく。すごく素敵なことでしょ」
「さっぱりわからん」
「ウィンディはアホなんだから〜」
「誰がアホだ」
「でもさ……もしそうやって笑って過せたら……みんな絶望の中でも笑顔でいられたら」
「……」
「絶望なんて逃げていくと思わない?」
「……そうね」

 ●〜〜〜●

 今日は、少し特殊なイベントが行われるらしい。
 テープの東、コロセウムという建造物がある。
 コロセウム。
 GI・838、時のゼス国王が大衆娯楽の為に建設した建物である。
 ウィザードリィー・デュエル。
 いわゆる、魔法使い同士の決闘をする場所だ。
 特殊結界によって、魔力を純エネルギー化する結界の中で戦いを繰り広げる。
 先に、一定のダメージを受けたほうが負け。
 それが現在のルールである。
 過去、これは魔法使いの決闘のために用いられたとされる。
 特殊結界は無くて、魔法使い同士の殺し合いが執り行われた。
 時には処刑場にもなったとされる。
 大衆娯楽として決闘はもっともスリリングで刺激的だといえる。
 つまりは、多くの血が流された場所ということなのだ。
 現在は、改装に改装を重ね、コロセウムは美しい建築美とされている。 
 けれども、スワンにはそれが呪われた土地だとはっきりわかった。
「こまったものね」
 スワン。
 黒いサングラスをかけた長身の美女。
 白鳥のような神秘的かつ幻想的な雰囲気をかもし出しながら、色気に溢れている。
 長い金髪はまるで髪に黄金でも振りまいたようだ。
 顔立ちは繊細で優雅、王族のような気品を感じる。
 すらりとした長身はまるでヴィーナス像のようだ。
 それほどまでに美しい女性が歩けば、テープの市民は振り向かないはずが無い。
 彼女の唇とサングラスごしの視線は、男を魅了している。
 そして、その魔法は永遠に解けないことだろう。
 それはいつものことだ。
 だから、スワンは気にしない。
 けれども、どこにでも一人はいる愚か者がここでも姿を現したようだ。
 小太りの親父が、下世話な表情で彼女に寄りかかってきた。
「ねえ、あんたきれいだね。俺とお茶しない?」
 スワンは顔を少しゆがませたあと。
 男を張り倒した。
 グキ。
 男の哀れは、この女の残虐を知らなかったことだろう。
 あらぬ方向に曲げられた首は、二度と元に戻ることは無い。
 騒然とする住民達。
 けれども。
 スワンはそれが見えてないように足を速めた。
「もう、始まるわね」

 ●〜〜〜●

 ポロンは、売店で飲料水を買っていた。
 ゼスは砂漠地帯が多いので水は意外にも高級品だ。
 五百ミリリットルのガラス瓶に一杯、三ゴールド。
 それを飲んでから。
「……参ったな。迷った」
 と、呟く。
 観客は大入り満員。
 千人は動員できるドームには立ち見の客も出る始末だ。
 これも、ライズ=ザ=ガープスの宣伝戦略である。
 それをとやかく言うつもりはないが。
 けれども。
「これじゃあ、ただの見世物だ」
 そう、思った。
 すると、そこに。
「あの。ちょっとよろし?」
 ポロンは振り向く。
 そして、目を見開いた。
 目の前にいたのは絶世の美女。
 美しい金髪と潤った唇の、白鳥のような美人だった。
 これほどまでの美人にはあったことない。
 そこで、エレーンが「おいこら」と言ったような気がするが、それはさておき。
 ポロンは一目で目の前のその女性に魅了されてしまった。
 そう、スワンだ。
 スワンは、ポロンに微笑みかけると、にこやかに笑って聞いた。
「あの、私、自分の席を探していて。予約は取ってあるんだけど見つからなくて。一緒に探してくれない?」
「あ、いいですよ。どこですか?」
 筋金入りの方向音痴の癖して、お人よしのポロン王子は間髪いれずに頷いた。
 それの返事にスワンはほっとした顔を見せる。
「よかったわ。あなた、人がよさそうな顔をしてるから、絶対に助けてくれると思った」
「……まあ、こまった時はお互い様ですから」
 そんなに人のよさそうな顔をしているのだろうか。
 ポロンの脳裏に疑問符が浮かぶ。
 自分のことは鏡がないと見られない。
 結局は、自分の姿を見れないジレンマ、それを人は業の様に抱えていると言うことだ。
 ポロンとスワンは、広いコロセウムの廊下を歩き出した。
「あなたはどこから?」
 スワンが聞く。
「僕は、パランチョ……って言ってもわかるかな。小国だし」
「知ってるわ。自由都市にある国ね。小国なのに栄えていると聞くわ」
「ええ、みんな活気にみちています。あの国はいい国だ。旅をしていると余計にわかる」
「そう。あなた、旅をしているの」
「はい。友達と。今は九人の大所帯です」
「へえ、楽しそうね」
「……」
 そこで、ポロンは口ごもる。
「……そうでもないです」
「あら」
 スワンは意外そうな、面白おかしそうな表情をして見せてた。
「そうでもないです。旅をしているといろんなことがあって。辛いこと。苦しいこと。悲しいこと。苦痛とか悲痛とか。そんなものが沢山押し寄せてくるんです。けど、僕は結局何もできなくて、いつも誰かに頼ってるだけなんです」
「楽しいことはないの?」
「あ……そうですね。確かにあります。けど、今は正直辛いです」
「なら、やめちゃえば?」
 ポロンの表情がこわばる。
 あきらかな動揺と驚愕、そして恐怖、けれどもスワンは言葉を続けた。
「やめてしまえばいいのよ。そんな辛い旅なら。あなたはこれ以上何かを背負う必要はないわ。会わないのよ。今のパーティーは」
「……」
 言い返す言葉はない。
 結局、そうなのかもしれない。
 幾千幾万の言い訳をしたからって、不適合は不適合、異端は異端だ。
 そんな実感が、いつしかポロンの胸に溢れていたのかもしれない。
 自分には何もできないんだと。
 幼稚な万能感から生まれる分の過ぎた責任感。
 だがそれすらも、ポロンの胸を締め付ける一つのパーツに過ぎなかった。
 ポロンはあえて、話を変える。
「スワンさんは? ここに住んでいるんですか?」
「いいえ。違うわ。あなたと同じ冒険者よ。あたしは一人だけど」
「一人ですか。何を?」
「ジャーナリスト。といっても旅して紀行文を書いているだけの女だけどね」
「紀行文ですか。面白そうです。一度読んでみたい」
「機会があったらね。あら、あたしの席、見つかったわ」
 スワンが指差す。
 すると、そこには予約用の特別席が一席、設けられていた。
 スワンはニコリと笑う。
「ありがとう。かわいい君」
「いえ。いいんです。」
「自己紹介をしましょう。私はスワン」
「僕はポロンです」
「また、会えるといいわね」
「はい」
 スワンは軽く手を振ると、席の方に歩いていった。
 ポロンはそれを見送る。
 そして、不思議な人だったな〜、と少し寂寥感に苛まれながら振り返る。
 すると、そこに小さな影が。
「ポロンくん、どこに行ってたにょ?」
「アリエッタ。ごめん。ちょっと迷子になっちゃって」
「ポロンくんはだめにょ。そんなことだとそのうち、どっか知らない所に行っちゃうにょ」
「いや、それはないよ」
「ポロンくんは危なっかしいにょ。アリエッタが一緒についてるにょ。だから、行くにょ」
「あ、うん」
 ポロンはアリエッタに手を引かれるままに歩き出した。
 アリエッタの小さな手が少しだけ頼もしかった。

 ●〜〜〜●

『ポロンくんが金髪美女と一緒にっ!?』
 なんてアリサとフィア、二人いっぺんに騒ぐのでもう大変。
 たちまち二人はポロンに詰めより。
「ポロンくん、一体どこの誰でどんな感じの人!?」
「それは美人でボンキュッボンでスレンダーでっていうのはホントですか!?」
「挙句の果てにポロンくんはその人とキスをしたっていうのはどこまで事実!」
「しかもハグしたってハグハグと、それはもう許せませんよね!」
「そう、絶対に許せない!」
「うん、許せません!」
『で、どこまで事実なの? 一から説明してもらいましょうか、ポロンくん!』
「……いや」
 ポロンは思わずたじろぐ。
 視線で助け舟を求めるが、シャルムは苛立つように顔を背けている。
 キャロットとエレーンは面白そうに笑っているし、ライラは無関心だ。
 まさに、逃げ場なし。
 ポロンはしどろもどろになりながらも答える。
「もうすぐ、ウィンディの試合が始まるから、黙って席に着こうよ」
「あ〜、しらばっくれた!」
「しらばっくれましたね!」
 ズイ、と二人が詰め寄る。
 ポロンはタジタジになりながらも抗戦するがまさしく敗戦確実である。
 もはや塹壕までも抑えられようとした時。
「やめな。他の客に迷惑だろ」
 と、ライラの思わぬ援軍によって救われた。
 アリサとフィアはは顔を膨らませながら席に着く。
 ポロンも、救われたとばかりに席に腰を下ろした。
 隣には、アリエッタがチョコンと腰を下ろす。
 すると、反対側でライラが。
「二兎追うものは一兎を得ず。優柔不断は美徳にあらず」
 というのでポロンはそちらを見る。
 ライラは面白そうに笑ってみせた。
「まあ、そんなわけで、キッチリけじめはつけたほうがいいってこと」
「……」
 ポロンは何も答えられなかった。
 なので、髪の毛を一本抜いてそれを吹く。
 透き通った茶色の髪は空を舞う。
 蒼天の空が、燦燦と太陽を魅せ、コロセウムは暑い光に包まれた。
 それと同時に、ファンファーレが鳴り響く。
 アナウンサーが大きな声で告げた。
「これより、ガープス家主催特別杯、ウィザードリィー・デュエルを開催します!」
 会場が鳴り響いた。

 ●〜〜〜●

 廊下。
 ウィンディはここからコロセウムの闘技場に続く道を眺めていた。
 リングをはめて、目をつぶる。
 すると、胸の奥に様々な感情があふれ出してきた。
 恐怖。
 緊張。
 慟哭。
 畏怖。
 ともすれば、飲まれそうになる暗澹たる感情にそれでも。
 ウィンディは静かに呼吸を繰り返し、溢れそうな強い情念を封じ込める。
 そして、目を見開いた。
「怖いのかしら?」
 と、シルフィーが横で言う。
 ウィンディはそれを一瞥すると。
 なんともない様子でニコリと笑い、姉に毒を放った。
「お姉さまこそ、恐怖に耐え切れないご様子ではないのかしら?」
 シルフィーは少しだけ剣を鋭くするがすぐに侮るような嘲笑をした。
「ハ、馬鹿な。何で恐れる理由があるの。あなたは落ちこぼれよ。これは、試合じゃなくてあなたに身の程を教える儀式。そう、いわば処刑よ。あなたを二度と、ワタクシと同じ舞台にあげないための、ね」
 そこで、ウィンディは姉に向かって真剣に問う。
「……何を恐れているのかしら?」
「は?」
 シルフィーが理解できないという様子で怪訝な表情を見せる。
 対してウィンディはシルフィーに向かって再度問いた。
「何を恐れているのかしら。姉さまは。私が同じ舞台に立つなんて……なんでそんな杞憂をするの? 私と姉さまはすでに違う道を歩いているのに」
「……」
 シルフィーは答えない。
 いや、答えられなかった。
 侮り、挑発するつもりではなった言葉は、明らかにシルフィーの弱さを表していた。
 けれども。
 すぐにシルフィーは強気な態度に戻り、ウィンディを睨みつけた。
「さて、決着をつけましょう。どっちが本当にガープスの娘に相応しいか」
「……」
 シルフィーは背中を見せて、先に行ってしまう。
 正直、ウィンディは興をそがれていた。
 今の言葉が妙に心に残ったからだ。
 ガープスの娘に相応しい?
 そんなの、順番からいっても能力からいっても姉に決まっているだろう。
 だから。
 ウィンディはなぜ、シルフィーがあそこまで自分を恐れているのか理解できなかった。

 ●〜〜〜●

『赤コーナー、シルフィー=ガープス!』
 シルフィーは、堂々とした様子でコロセウムの闘技場に現れた。
 さすがに、彼女は花がある。
 美しくカリスマに溢れ、そして力強さを感じる。
 彼女が現れた瞬間、会場は力強い声援で埋め尽くされた。
 そう、彼女はテープのアイドルなのである。
「シルフィーさん、人気だね」
 と、アリサが言う。
 ライラは頷いた。
「魔法使いっていうのは総じて、権力者に媚を売るものだから……いや、それは何処でも同じか。とにかく、ここにいるやつらはみんな一級市民で魔法信仰者。だから、必然的に彼女の味方になるって寸法さ」
「それじゃあ」
「ああ。ウィンディは明らかな悪役だろうね」
 ライラは肩を落とす。
 アリサは顔をしかめるしかなかった。
 そこで気付く。
「あれ、キャロットは?」
「……? さっきまで、いたんだけど。ポロンくんは知らない?」
「ううん。フィアは」
「知りません。シャルムは」
「うんにゃ。エレーン」
「さあ? アリエッタ」
「知らないにょ」
『何処に行ったんだろう』
 続いて、レフリーが叫ぶ。
『青コーナー、ウィンディ=ガープス!』

 ブゥーーーーーーーー!

 シルフィは、そのブーイングに同情したように口元を押さえる。
「あら、かわいそう。ウィンディ、すっかり嫌われ者ね」
 しかし、ウィンディは涼しい顔だ。
 馬耳東風ともいわんばかりに軽い調子で答える。
「ええ。でも、すぐに姉さまをマットに沈めてあげますわ。オホホ」
「アンタはくだらないことをよくもまあ抜かすわね。オホホホ!」
『オホホホホホホ!』
 にらみ合う竜虎。
 そんな様子を横目に、アナウンス席のアナウンサーは言葉を発する。
『さて、今回の試合は一ラウンド三十分、ゼス王国公式ルールにのっとって執り行われます。勝敗は、一、『ギブアップ宣言をする』。ニ、『百を初期値とした魔法カウンターがゼロになる』。三、『頭部を破損する』。それによって決定されます。なお、三十分経って勝敗が決着つかない場合、魔法カウンターの数値の高い方が勝者となります。なお、解説はこのお二方』
『みーやです。解説を勤めさせていただきます。好きなものはお金です』
『ふーみんです。同じく、解説をさせていただきます。コットン二号じゃありません』
『さて、みーやさん。この勝負をどう思われますでしょうか』
『そうですね〜。順当にいったらシルフィー選手の一本勝ちでしょうね〜。なんせ、シルフィー選手は魔法技能レベル2を持つ猛者ですから。対してウィンディ選手は魔法レベル1、限界才能とレベルに違いはあるものの純然たる力の差はその程度で埋められるものではありません。この戦い、圧倒的なシルフィー選手の有利ですね〜』
『なるほど。秀才は天才に勝てない論理ですね。対するふーみんさんはどうお考えで?』
『そうですね〜。ウィンディたんは馬鹿だけど姑息だから、以外にも悪略非道な戦略で卑怯な一本勝ちを決めるかもしれませんね。姑息なんですよ。姑息。狐と一緒です』
 と、聞いていた闘技場のウィンディが。
「おいキャロット! 何でそんなところにいるって言うかアンタ誰が狐よ! 狸っ!」
 叫ぶが、ふーみん=キャロットはそ知らぬ顔で口笛を吹いている。
 ウィンディはあきれた表情でそれを見つめる。
「……知り合い?」
 そう聞くシルフィーに。
 ウィンディは首をギギギとオイルの切れた機械のように横に振った。

 ●〜〜〜●

 そして、別席。
 コロセウムの二回特等席、いわゆるVIP席には三人の姿があった。
 一人は、ライズ=ザ=ガープス。
 この試合の主催者にして、ガープス家当主、そしてウィンディとシルフィーの父親。
 後の二人は、ノムとサラ。
 ウィンディとシルフィーの妹である。
 ノムは鈴のような声をした、大人しい印象の少女だ。
 サラは赤いリボンをつけた感情的な面を持つ、眉の引き締まった強気な少女である。
 二人は真剣な面持ちで試合の流れ、その一挙一動を見ていた。
 その様子にライズが苦笑しながら言う。
「二人とも、少し落ち着いたらどうだ?」
 しかし、ノムは静かな口調で。
「落ち着いてなどいられません。我が伝統あるガープス家の威信がかかっているのだから」
「そんなに深く考えることではない。まあ、シルフィーの順当勝ちが予想得る事態だか、正直どちらに転んでも利は得られる」
「と、言いますと?」
 ライズは作為的な笑みを見せてノムに伝えた。
「これは、エンターテイメントだよ、ノム。我がガープス家の力を知らしめるためのな。面白い試合になればゼス王宮もガープス家を捨てて置けなくなるだろう。シルフィーはアイドルとしての魅力がある。対してウィンディは庶民のアイドルになれる資質を持っている。どちらにしろ、支持は増す。だから。勝敗に意味があるのではなく、試合自体に意味があるのだよ。覚えておけ。ヒーローのように振舞うことがヒーローの条件だ」
「……はい」
「でも、お父様!」
 落ち着くノムに対して、対するサラは声を荒げる。
「それでは、お姉様達の意思は何処に向かうのです? 己が情念をぶつけあい互いのエゴをぶつけあい、それで何か貴いものを得るというそのような気高い精神のせめぎあいが戦いなのではないのですか?」
 その言葉に、ライズはあきれたように。
「何を言っている。サラ。気高い? 孤高? そんな戯言、愚民の放つ言葉だ。下らん精神論より損得を考えろ。貴族は貴いから貴族なのだ」
「でもっ!」
「姉さま」
 何かを叫ぼうとしたサラをさえぎるように、ノムが告げた。
「私。少しもよおしてきましたの。付き合ってくださらない?」
「……ノム」
 本当に行きたいわけではないのだろう。
 話があるから場所を移すのだ。
 サラはノムの言葉に頷いた。

 廊下は、すでに人通りが少なくなっていた。
 少なくとも、ガープスの娘が立ち話していても目立たぬ程度には。
 サラは激昂した様子でノムにくってかかる。
「ノム、何よ! 話って!」
 ノムより一個上なのにサラは子供じみた怒りに身を任せている。
 対するノムはあくまで冷静に自分の姉に言い聞かせた。
「お姉様、とりあえず落ち着いてください」
「落ち着いているわ。あたし!」
「ならば、よいのですが」
 ノムは姉を落ち着けることをあきらめたかのように息を吐く。
 そして、サラの瞳に向かって問いかけた。
「お姉様、お姉様はどちらを応援していらっしゃるのですか?」
 その言葉にサラは思わずうろたえてしまう。
 どちらを応援している?
 そんなの、決まっているだろう。
「シルフィーお姉さまよ。なにを解かりきったこと聞くのよ」
 そこで、サラは何かをかんぐるように笑みを見せた。
「はは〜ん、実はノム? あんた、ウィンディお姉様を応援してるんでしょう」
「いいえ」
「あ、そ」
 当てが外れたように肩をすくめる。
 一方のノムは、サラをまっすぐ見つめながらも更に言葉をつむぐ。
「では、質問を変えましょう。サラお姉様はこの戦いに何を期待しているのでしょうか?」
「何をって……」
「質問を更に深くしましょう。お姉様はウィンディお姉様に何を期待しているのでしょうか?」
「……」
 サラは答えられない。
 本当に、この妹はこういう場においてなんて答えづらい質問をまっすぐとするのだろう。
 半分でも血がつながっているとは思えない。
 自分とはまったく正反対である。
 上の二人とは大違いだ。
 あの二人は、外面はまったく違うが内面では行動パターンが一緒である。
 それに比べ、自分とノムは似ていない。
 サラは顔をしかめながらもノムに聞き返した。
「あなたはどう考えているの?」
「私、ですか?」
 ノムはこまったように頬をおさえる。
 そして、静かに口を開き始めた。
「そうですね。私は……正直こんな茶番にはうんざりですわ」
「?」
 と、サラの脳裏に浮かぶ疑問符。
 ノムはそれを解かす様に回答する。
「私は、そもそもガープス家というこの怠慢した貴族の家系を嫌っていますの。内向的で広がりを見せずにひたすら保身的。建設をしないで保守することにのみ尽力する。そんな父の姿に……結局、私は何も学びませんでしたわ」
「それは初耳ね」
「むしろ、学んだといえば……あの忌々しいウィンディお姉さまでしょうね」
「……ノム」
 ノムは目をつぶり、冷静な表情に珍しく優しげな笑みを浮かべて答えた。
「あの方は本当に忌々しかったですわ。言葉なんてなくて、ひたすらと努力で何とかした。神の与えた天武の才を持ちながらも、それに溺れることなく挑戦的で危険をかえりみずに常にまっすぐと歩いていきましたの。私は始め、それは自らの才に溺れた愚かな人間の自惚れたと思っていましたわ。だから……正直シルフィーお姉様がウィンディお姉様の魔力を封じた時、内心ではほくそえんでいましたの」
「……」
「けれども、あの方の真価が発揮されたのはそれからでしたわ。私、魔力を失ったお姉様の絶望を待っていましたの。けれども、あの方は絶望に苛まれてもなお立ち上がり、自分ひとりの力でどこまでも歩いていきましたわ。そこで、気付きましたの。あの方の自信は才能に裏付けられたものではない。あくまで自分自身を信じる力から生まれたものだと。あの方は私に教えてくれましたの。あの方を愚かしいと感じていたこと、そのものが自らの愚かしさを鏡に映した姿だと」
「ノム……」
 戸惑った様子のサラに、ノムはあくまでも冷静に言葉を放つ。
「私は、あの方をガープス家に押し込みたくありませんわ。あの方は狭い場所で大人しくしているような方ではありませんもの。適材適所。ガープスを継ぐのはシルフィー姉様で正解なのです。だから……」
「……あたしも、同じことを考えていたわ」
「サラ姉様?」
 サラはばつの悪そうな笑みを見せる。
「本当に、いつも似ていないと思っていたのに肝心なところではそっくりね、あたし達」
「姉様……」
 サラはその笑みを純粋な明るいものへと変え、ノムに言った。
「行きましょう。サイの目が偶数か奇数かはわからないけど、祈ることぐらいはできるはずよ」
 ノムは少しだけ戸惑った表情を見せたあと。
 素直に頷いた。

 ●〜〜〜●

『まずは、魔法リングのチェックを行います。魔法リングは闘技者の安全の為に万全を期したつくりになっていますが、万一の場合を備え、試合開始直前の動作チェックを行うことになっています。お二方、魔法リングを差し出してください』
 シルフィーとウィンディは互いの左腕にある魔法リングを差し出す。
 レフリーはまず、シルフィーの魔法リングの上に手を乗せた。
『これより、弱電撃の魔法を流します。計器に異常がないか、チェックしてください』
 そう言い、電撃の魔法を流す。
 強力な電撃が炸裂したと同時に、爆音が放たれる。
 騒然とする観客。
 けれども、シルフィーは平然とした様子でニッコリと笑ってみせた。
「異常はないわ。正常よ」
 続いて、レフリーはウィンディの腕に手を乗せる。
『続いて、ウィンディ選手の計器チェックを行います。よろしいですか?』
 ウィンディが頷く。
 レフリーはそれに答えて、電流の魔法を流した。
 再び、電撃が炸裂し金色の光がウィンディに襲いかかる。
 この結界内で魔法は純エネルギー化され、術者に外傷や内傷を負わせない。
 それは、先ほどのシルフィーの件ではっきりしていた。
 だから、観客も安心感を得て、平然と見ていたのだが。
 ビビビ、と電流が止むと同時にレフリーが聞いた。
『異常はありませんか?』
 ウィンディは。
 真っ黒焦げになって、そのままぶっ倒れた。
 ドームが騒然とする。
 はっきり言ってダメージバリバリである。
 それも、肉体面で思いっきり。
 電撃最弱の魔法だからこれですんだものの、下手をすれば死ぬことろだ。
 ウィンディはよたよたと起き上がりシルフィーを睨みつける。
 対するシルフィーは、したり顔ですましたまま聞いた。
「あら、どうしたのかしら? まさか、計器が故障しているの?」
 ウィンディは首を横に振る。
 なんとこのウィザードリィ・デュエルでは、計器の故障は敗北というビックリルールがある。
 どこの世界でも納得のいかないルールというのは必ず一つ、存在するものなのだ。
 ウィンディは頭に血が上ったまま、ふんぬと立ち上がる。
 レフリーが聞いた。
『あの、計器の故障は……』
「正常よ!」
 正常ではないが思いっきり嘘をつく。
 目の前の姉が放つ、確信犯のゆがんだ笑顔。
 ウィンディは確信した。
 やりやがったな、この女。
 シルフィーはそれを肯定するかのように言葉を放った。
「さて、問題がないならはじめましょうか。時間は待ってはくれないのだから」
『あ、はい』
 レフリーが慌てて場を取り直す。
『それでは、両者、位置についてください』
 ウィンディとシルフィーは、互いのポジションに着く。
 魔法使いの戦闘理論で、最も有効とされている中距離の間合いだ。
『では、これより試合を始めます!』
 会場がゆれる。
 ポロン達の顔がこわばる。
 ライズが顔をゆがませる。
 ノムとサラも表情をこわばらせる。
 キャロットも、気を落ち着けるように胸に手を置いた。
 対峙する二人は、互いを見つめあい手を掲げた。
 レフリーが叫ぶ。
『レディーファイト!』

 ●〜〜〜●

「氷の矢!」
「雷の矢!」
 氷雪の刃と雷神の光が重なり合う。
 破壊の力場は相乗の効果を生み出し、巨大な爆音を放つ。
 衝撃波はそれを中心に発生した。
 そして、地煙。
 それが収まったあと、対峙するのは二人の少女だった。
「まずは小手調べといったところだけど……ウィンディちゃん、ずいぶんと焦っているんじゃない?」
「そんなこと、ないわよ」
 ウィンディはあくまで強気に言い放つ。
 明らかに動揺した様子だが、それでも容赦するほどシルフィーは甘くなかった。
「なら、次行くわよ。雷撃!」
「白冷激!」
 先ほどよりも太い一状の雷。
 それはもはや、矢というより槍と読んだ方が良いだろう。
 巨大な轟音を放ちながら、槍はウィンディを貫こうとする、が。
 そこに白の錐が突き立った。
 錐はウィンディを護るように槍の前に立ちふさがり。
 二つはぶつかりあい、爆発する。
 巨大な爆発は止むことなく、コロセウムに耳をさくような爆音が流れた。
 そして。
 雷が巨大な錐を貫いて、ウィンディに襲いかかった。
「!」
 咄嗟によける、が。
 その雷がウィンディの肩に当たり、血が噴き出す。
 それと同時に、百ポイントのカウンターが、九十まで下がった。
 ウィンディはそのまま地面に転がり、倒れこんだ。
 そして、そのまま起き上がらない。
『……おい、あれ、ダメージ入ってないか?』
『ああ。普通、ウィザードリィー・デュエルはダメージがないはずだろ?』
『どうなってんだよ。とめなくていいのか?』
 観客達のささやきが、どこからともなく溢れる。
 レフリーはうろたえたように、ライズの席を見上げた。
 けれども、ライズは鼻息を鳴らしたあと、続けろ、とサインを出す。
 レフリーは叫んだ。
『し、試合続行です!』
 騒然とする観客席。
 ウィンディはよろよろと立ち上がると、姉の姿を確認する。
 しかし、視界が定まらない。
 すると。
 そこに耳障りな笑い声が聞こえる。
「オーッホッホッホ! その程度でおしまいかしら? ウィンディちゃん! ワタクシ、ものすごく、ものすご〜く物足りなくってよ!」
 その瞬間、ウィンディの頭に再び血が上る。
 ウィンディは再び、ふんぬと立ち上がると両足で、バンと地面に立つ。
 そして、目障りな姉の姿を睨みつけて叫んだ。
「この色情魔! 今すぐ地べたに土下座させて、死ぬまで謝り倒させてやる!」
 シルフィーはその言葉に思わず顔をしかめるが。
 すぐにそれは嘲笑に変わり、片手を掲げて叫んだ。
「やってみなさい、子猫ちゃん!」

 ●〜〜〜●

『さて、白熱してきましたね。どう見ます? 解説のみーやさん』
『そうですね〜。まず、今の戦いのポイントは術者同士の魔法のぶつけあい。ボクシングでいうところのジャブ、ガンダムでいうところのバルカンというところですかね。つまりは互いの力量を、言い換えるなら距離感を測っているのです。結果として、ウィンディ選手は純魔力としてシルフィー選手に明らかに及ばないことがわかりました。二人がこれからどのような戦略展開をしていくかは、この結果によって決まったわけです』
『それでは、みーやさんの見解は?』
『そうですね〜。とりあえずウィンディ選手は逃げでしょう。シルフィー選手の隙を突くために様々な努力をすることになります。魔法使いの戦いは策略戦ですから。卑怯なやつが勝ちます』
『ありがとうございます。続いてふーみんさん……』
『フレ〜! フレ〜! ウィンディ! 頑張れ! 頑張れ! ウィンディ!』
『……以上、アナウンス席でした』

「まったく、ぬるい茶番をする。さっさと決めてしまえ」
 ライズが呟く。

(さて、これからどうするか……)
 ウィンディがそう一人、考えるが思慮の時間はそれほど与えてもらえないらしい。
 と、いうのもすでにシルフィーは次の魔法を唱え始めているからだ。
「さて、二人のロンドを楽しみましょうか! かわいいかわいい子猫ちゃん!」
 シルフィーは手を振りかざす。
「雷の矢ッ!」
 穿つ一状の雷撃。
 ウィンディはそれを右に飛んでかわす。
 だが。
「ツヴァイ!」
 シルフィーが再び雷を放った。
 前方から紫電の光が飛翔する。
 ウィンディはそれをさけようとする。
 だが。
「!?」
 なんと、先ほどかわした一撃目の雷の矢がターンして戻ってきた。
 前方と後方、両方から同じタイミングで雷の矢が襲いかかる。
「クッ! マジックバリア!」
 ウィンディは魔法の障壁を精製し、前方の雷を打ち消す。
 そして、同時に後方の雷を左に飛んでかわす。
 しかし、次の瞬間、驚くべきことが起きた。
 かわしたはずの雷の矢が爆発したのだ。
「マジックバリアッ!」
 再び、障壁で爆風を封じる。
 展開した障壁で、むりやり強風と爆炎を封じ込める。
 だが、そこに再三、シルフィーの攻撃が放たれた。
「エレガントッ!」
 三状目の雷の矢。
 それは死角から放たれたもので、かわせない。
 雷の矢は残酷にも一直線にウィンディを穿ち。
 爆発した。
「きゃあっっっ!」
 そのまま吹き飛ぶ。
 高々と飛び、そのまま背中から地面に落ちた。
 バン、と大地が背中を打ちそのままバウンドする。
 同時に、リングのカウンターが五十まで減った。
「……くうっ!」
 よろよろとしながら起き上がるウィンディ。
 シルフィーはその姿を嘲笑する。
「どう? 雷の矢三連弾。通称、『エレガントスラッシュ!』。エリートで天才で美しく才色兼備なワタクシにこそ許された超奥義! これがやぶれるかしら? オーッホッホッホ!」
 ウィンディは悔しげな表情でシルフィーを睨みつけた。

『さてさて、これはいきなり怒涛の展開になってきました。みーやさん、この状況はどう思われます?』
『そうですね。かなりヤバイです。シルフィー選手は雷の魔法の使い手で、対するウィンディ選手の特技は氷の魔法。まあ、ここでは属性云々言うつもりはないのですが。今のシルフィー選手の技、『エレガントなんたら』。いわゆる魔法の連続発射です。魔法構成式を変化させて同時に三本の雷の矢を放つ技ですが、通常この手の魔法は、連続するとその回数の七割ぐらいまで威力が下がります。今回は三連続ですからだいたい威力は五割弱ですね。でも見たところ、シルフィー選手の雷の矢は単発で放つのとほとんど遜色がない上に、ホーミング機能までついている。これを防ぐのは至難の業ですよ』
『なるほど。力差は歴然と言うわけですね』
『フレーフレー、ウィンディ! ファイト一発、ウィンディ!』
『さて、それでは放送席でした』

「ねえ、ウィンディさん、大丈夫なんですか?」
 フィアが顔面を蒼白にして聞く。
 ライラはニコリと笑い、フィアの頭を撫ぜた。
「信じな」

「オーッホッホッホ! ウィンディ、ひどいざまね。そろそろ降参した方がよいんじゃなくって」
 シルフィーの挑発、ウィンディはしかし、髪を振り払い再び向き直る。
「冗談じゃないわ。どこかの誰かの姑息な策略でわずか十二にして一人旅、おかげさまで根性だけは人一倍図太くなっているの。この程度であたしを倒せると思って?」
 シルフィーは顔をこわばらせる。
 そして、叫んだ。
「なら、今すぐに起き上がれなくしてあげるわ! 神の怒りよ、雷撃!」
 雷が収束し。
 巨大な黄金の光と共に、地表に穿たれる。
 しかし、ウィンディはそれを一瞬早くかわし、魔法を放った。
「白冷激!」
 力ある言葉。
 しかし、それはいかなる超自然的現象も発現させずに終わる。
 シルフィーはその醜態に失笑を隠せなかった。
「魔法失敗? おちこぼれが、よくやるわね!」
「くっ!」
 ウィンディは舌打ちをすると再び呪文を唱え始める。
 シルフィーは手を振りかざした。
「雷撃!」
 雷が放たれる。
「マジックバリア!」
 それを、ウィンディは障壁で防いだ。
 そして。
「スノーレーザー!」
 手を払う。
 だが、これも不発。
 かわりに、シルフィーの哄笑が響いた。
「愚かね、ウィンディ! その程度の魔法も失敗するなんて!」
 ウィンディは顔に苦渋を浮かべると。
 シルフィーに向かって駆け出した。
「接近戦を挑むつもり? いいわ、受けてたつわよ!」
 本来、ウィザードリィー・デュエルは魔法を競う闘技である。
 接近戦は禁則事項である。
 けれども、レフリーの視線にライズが何の反応も示さない以上、試合停止はありえない。
 ウィンディはそのまま、超近距離まで駆けていった。
 魔力を放つ。
「氷の矢!」
「雷の矢!」
 灼熱の雷電と氷雪の剣が交差する。
 閃光。
 二つは巨大な爆音と共に消滅した。
 その爆風は確実に二人のメーターにダメージを与えていた。
 シルフィーのゲージが九十、ウィンディのゲージが四十に減る。
 シルフィーの顔が怒りに満ちる。
「肉を切らせてっていうわけ? そうはいかないわよ!」
 シルフィーはそのまま駆けていくウィンディの背中に魔力を放った。
「雷の矢!」
「氷の矢!」
 何度も繰り返してきたように、相殺する二つの魔法。
 今回は、互いに爆風によるダメージはない。
 ウィンディはそのまま離れた。
 振り向いてから。
「姉さまは、やっぱり馬鹿ね」
 と、侮蔑の言葉を投げかけた。
 シルフィーはその態度に違和感を覚える。
 けれども、遅い。
「!」
 シルフィーの背中に、巨大な衝撃が走った。
 純エネルギー化された無害な魔力だから肉体的な傷はない。
 だが、これは明らかに強力な魔術の衝撃だった。
 おそらくは、スノーレーザークラスの魔法。
 伏兵がいるのか。
 いや、そんなはずはない。
 それは明らかなルール違反である。
 ルール違反を犯してまで、そのような茶番をするほど、ウィンディは愚かではない。
 ならば、理由は如何に?
 もしや。
 シルフィーは、咄嗟にその場から飛び去る。
 慌てて倒れるように前に飛び込み、そのまま何回も前転した。
 すると、後方で。
 氷の花が咲いた。
 そう、白冷激が『時間遅れで』具現化したのである。
 シルフィーの額に一状の汗が流れる。
 慌てて腕を見ると、魔法リングの残りライフは六十まで下がっている。
 今のが直撃していたら終わりだった。
 シルフィーは身を起こして振り返る。
 ウィンディは、軽く舌打ちしてから言った。
「おしかったわ。もうちょっとでウィナーだったのに」
 シルフィーは、憎々しげにウィンディを見上げた。
 先ほどとは逆の構図である。
 ウィンディは仕返しとばかりにシルフィーに毒を投げかけた。
「お姉様、もうおしまいかしら? ずいぶんとへたばっているみたいだけど」
 シルフィーはその言葉に。
 以外にも冷静な表情で答えた。
 なぜなら。
 すでに、油断も余裕もなく、頭の血は完全に戦闘モードに突入していた。
 シルフィーはゆっくりと立ち上がり、埃を払う。
 そして、ウィンディに告げた。
「もう、容赦はしない。地獄まで堕としてあげるわ」

『これは一体、いかなるトリックでしょう。解説のみーやさん?』
『ええ、これは魔法の遅延発動ですね。遅延発動とは、高等技術の一種で特殊な魔法式によって魔法の発現を遅らせる。まあ、そういうことです』
『よく、理論がわかりませんが』
『ええ、詳しく説明すると。銃を発砲するには三つのセクションがありますよね。一、撃鉄をおこす。ニ、引き金を引く。三、銃から弾を発射する。この三つです。遅延発動とは銃から弾を発砲する、そのタイミングを意図的に遅らせることです』
『それは、不可能なことなのではないでしょうか。魔法とは自然現象を力ある言葉によって引き起こす技。引き金を引いたら、弾は発砲されるだけです』
『そうですね。普通はそのとおりです。森羅万象の自然法則に逆らうことができるのは神のみです。けれども、意図的にずらすことはできます。例えば……そうですね。引き金に細工をしておいて、引き金を引いてから数秒後に弾の発射が行われる。そのような改造を施せば弾の発射タイミングは後れます』
『なるほど。つまりは魔法式そのものを改良したと』
『ええ。銃の引き金は誰にでも引ける。でも、銃のメンテナンスは銃を知る人間しかできない。そういうことです。それがいわゆる、魔法の遅延発動。理解しましたか?』
『はい』
『いいぞ〜! ウィンディナイス! グッジョブ! ナイスファイト!』
『ではでは、解説でした』

 ●〜〜〜●

「雷の矢!」
 シルフィーは以外にも、冷静に魔法を放つ。
 そこには、怒りや嘲りなどといった先頭の支障となる感情が存在しなかった。
 ただ、一途に冷静な戦闘計算機と化し、冷徹に敵を討つ。
 シルフィーの瞳にあるのは、勝利への執着のみである。
 ウィンディは雷の矢をかわし、かわりに。
「氷の矢ッ!」
 放つ。
 そして、内心の焦りを打ち消すかのように髪を払った。
「参ったわね。いよいよ、本気にさせちゃったか」
 ウィンディの額に、一状の汗が滲む。
 それは、姉からのプレッシャーに耐え切れず流れ落ちた汗だ。
 そう、シルフィーはいつだって優秀だった。
 彼女の優秀性は、一見するとその天才的な側面に見え隠れしている。
 しかし、それは彼女を知らない人間の勘違いであった。
 実のところ、彼女が持つ真の優秀性は、別のところにあった。
 自分の外的を殲滅するためにはいかなる私情も挟まず、冷徹なることである。
 彼女もまた、酷薄な仮面を持っているのだ。
「さて、どうしようか」
 先ほどの一撃でケリをつけられなかったのは失態だ。
 ウィンディは内心の焦燥を隠しながら、手を振り上げた。
「白冷激!」
 シルフィーが飛ぶ。
 そこから離れた瞬間、地表から現れた氷の薔薇が、咲き誇る。
 シルフィーはそれに見向きもせずに。
「雷の矢! ツヴァイ!」
 連続で、二状の雷を放つ。
 シルフィーの雷の矢は追尾性を持っている。
「氷の矢!」
 ウィンディは、一状を氷の矢で打ち落としもう一状を。
「マジックバリア!」
 魔法障壁で防ぐ。
 だが。
「神の怒りよ! 雷撃!」
 巨大な強雷が、マジックバリアを刺し貫いた。
 ウィンディはマジックバリアを咄嗟に解除して、そのまま横に飛ぶ。
 だが、雷撃の光が、ウィンディの体に飛び火した。
 魔法カウンターの数字が更に減る。
 ウィンディはそのまま着地して、呪文の詠唱を開始する。
「小癪な!」
 シルフィーも、同じように魔法の詠唱を始めた。
 コロセウムの大地が揺れる。
 巨大な魔力が二人の元に集い、魔法エネルギーが大量に精製される。
 地表は削れ、岩の大地が浮かび上がる。
 エネルギーがスパークして、油のように飛び跳ねる。
 観客は言葉をなくし、ただ無言でそれを眺めていた。
 そう。
 二人は、最大の必殺技でこの試合にケリをつけるつもりである。
 この一撃で全てが終わる。
 その場にいる全ての人間は、そう確信した。
 そして。
 二人の詠唱が終わった。
 先に、呪文を放ったのはウィンディ。
「氷の精霊よ、業火を消し去る一状の光を! スノーレーザー!」
 四状の光が、ウィンディの掌から放たれた。
 それは四方八方に四散し。
 再び、収束する。
 そして、それが再会した瞬間。
 光は凍れる怒りと共に、巨大な光線と化した。
「いっけえっ!」
 しかし。
 シルフィーは不敵な笑みを浮かべたままだ。
 ウィンディが疑問符を浮かべる暇も無く。
 シルフィーは、呪文を放った。

「−−−白色破壊光線」

「……え?」
 シルフィーの腕から、白の光が溢れる。
 それは、マグマ、いやむしろ小太陽のごとき光を生み出した。
 光は、瞬時に巨大に膨れ上がり、いともあっさりとスノーレーザーを飲み込む。
 そして、それが無かったかのように平然としたまま。
 光は次の滅殺すべき対象を求め。
 飛びかった。
「!」
 すでによけられる間合いではない。
 ウィンディは咄嗟に防御魔法を展開した。
「マジックバリア!」
 けれども、それすらも、この圧倒的な暴力の前には成す術が無い。
 まさに、虚像に挑む蟻の一撃だ。
 逆転劇など起こるはずはなかった。
 シルフィーの放った破壊の光は容易くガラスのような障壁をやぶると。
 ウィンディを飲み込み。
 消滅させた。

「ウィンディ!」



放送席のキャロットが、身を乗り出して叫んだ。