ルートP
郷愁の砂塵 酷薄な仮面(前編)



 ときおり、あたしは思う。
 あたしには、本当に生きている価値があるのかと。
 あ〜あ、我ながら、なんたる愚直。
 価値なんて、在って無いような物。
 森羅万象全てにおいて物事には意味があり。
 対して現世の万象は、全て無為が前提なのだ。
 それぐらいはわかっているのに、それでも考えてしまう。
 やはり、哀れなまでの愚直。
 でも、それは当然なのだ。
 あたしは人間なのだから。
 生きる苦しみと死ぬ恐怖を背負って生きている。
 四苦八苦の輪廻の果てには地獄の釜が待ってる。
 何故、人が生きているか。
 それはまったく意味不明。

 ……まあ、実はそんなことあたしにとってはどうでもいいことなんだけど。

 横道にそれた話を戻すけど、あたしは悩んでいる。
 自分は無価値なのではないだろうか。
 自分に自信は持っている。
 人並み以上に得意なことはあるし、楽しい毎日を送っている。
 はたから見れば、けっこう幸せに見えると思う。

 けれども。

 幸せに見えるだけで幸せではない。
 常に心に宿っている、見えない何かがあたしを責める。
 お前は無価値だ。
 お前は無意味だ。
 そうやって、あたしを責める。
 この苛みは永遠ともいえない時間、あたしを苦しめ続けるだろう。
 このうえないほど残念なのは、痛みに耐えられるようになってしまったこと。
 それは、良いことなのだろうか?
 わからない。
 けど、この痛みはいずれ、清算しなければならない。
 だから、あたしは戻ってきた。

 この、忌まわしき故郷に。

 ●〜〜〜●

 ゼスが魔法至上主義国家で、魔法使いを優遇しているのは知っていたが、ポロンとしてはやはりそういう差別主義は嫌いなわけで、けれどもパランチョと違いゼスは魔法使いを中心とした確固たる体制が成り立っているわけで、パランチョからわざわざ来た田舎者がおおっぴらにゼスの悪口などはいえないわけで、それでも魔法使いの傲慢かつ高慢ちきな態度にはいささかどころか殴りたくなるぐらいむかつくわけで、けれどもそれをやると魔法使いでない人間は一方的な暴虐のあとに投獄されてニ級市民として悲惨な生活を送る羽目になるわけで、それは結局民主主義国家という被り物をして道化芝居をしている連中に過ぎないというわけで、なんというかやっぱりそれがむかつくわけで。
「親書です」
 と、この目の前の狸…には似ていないがどちらかといえば傲慢な堅物顔の親父に兄貴から貰った親書を、テヤッと渡すわけで。
「ふむ」
 目の前の親父はふんぞり返るわけで。
「……ふん」
 とライラが息を吐くのも仕方ないわけで。

 どういうことになっているか説明すると。
 自由都市のアイスにパランチョと親交深い貴族が住んでいる。
 ポロンはその貴族に、親書を渡すように頼まれた。
 断れない理由があった。
 なぜならその親書は、ポロンの兄、ピッテンの執筆したものだからだ。
 ポロンはその願いをうけて、はるばるゼスのテープまで足を運んだ。
 王族、貴族、それ由縁のものは一級市民として待遇される。
 ポロン達も例外ではなかった。
 一級市民とは、簡単に言えば人権を持っている人間である。
 逆に言えば、二級市民に人権はない。
 二級市民、つまりは魔法の使えない人間は必然的に奴隷階級になるのだ。
 つまらない体制である。
 ポロンはゼスの惨状にいささか苛立ちながら老人の前に立っている。
 老人の名前は、ライズ=ザ=ガープス。
 ガープス家という名家の家長である。
 ガープス家は大体優秀な魔術師を輩出しており、この血族には優秀な官僚が多数いる。
 しかし、ゼスの魔法使いは大抵が傲慢な連中だ。
 目の前のライズも例外ではなく、どことなく他人を食ったような男である。
 いや、違う。
 魔法の使えない人間をバカにしているのだ。
 ポロンについてきたライラ、エレーンは二人とも魔法に精通していない。
 ポロンは神魔術にくわしいが、それでもライズの視線は高圧的だ。
 居心地悪そうな空気でポロンが席に座ってまっていると、ライズが顔を上げる。
 親書を読み終えたのだ。
「なるほど。わかりました。ピッテン=チャオ殿下にはお世話になっています。パランチョ王国に、我が家族と縁のある優秀な魔法使いを数人、派遣しましょう」
「ありがとうございます」
「王子。頭を下げなくてもけっこうです。我々は持ちつ持たれつなんですから」
 そう言い、指を組む。
 居心地悪い空気なのでポロンは適当に切り出して去ろうと思う、が。
「時にポロン王子。我が娘にあってはどうですかな?」
「え?」
 ポロンはライズの言葉の意図することがわからなかった。
 ライズはそれを汲み取るように言葉を付け加える。
「急な言葉でしたな。いえ、気が向いたらでけっこうですので、我が娘達に会ってくださらないかな?」
「……」
 ポロンが黙ってるとライラが耳打ちする。
「多分、ポロンくんと娘をくっつけようとしているのよ」
 なるほど、とポロンは思う。
 パランチョ王国は小国だが、それでも国に親戚縁者がいるということは強みになる。
 権力を欲するものなら、そういう手も使いたくなるだろう。
 ポロンは首を振る。
「いえ。急ぐ旅なので。すいませんがゆっくりしてる暇はありません」
「そうですか。残念です。最年長のシルフィーは年頃なのですが。今年で二十歳になりますが母親の面影を背負った美女ですぞ」
「へえ。一目伺いたいですね。けれども、残念ながら急ぐ旅なので」
 ポロンが婉曲に断ろうとするがそれでもライズは食い下がる。
「次女のサラは、今年で十三。まだ幼いですがかわいい盛りです。三女のノムは十ニ。この子も目に入れても痛くないほどで」
 ポロンは適当なことを答えて適当に流す。
 ウルザはそれでも、娘の押し売りを続ける。
 いい加減にウンザリしてくる。
(まったく……)
 胸中で嘆息。
 そこで、一つ思案に耽る。
(長女がシルフィー……シルフィード。次女はサラで……サラマンダー。三女はノムで……ノーム……なら……四女はウィンディーネでウィンディ?)
 ポロンは親しい仲間の名前を思い浮かべて少しだけ驚いてしまう。
 確かに、この順番でいけば四女はウィンディだ。
 でも、ウィンディは今年で確か……十六。
 順当なら次女であるはずだ。
 けれども、ライズは三位まで娘をあげている。
 ウィンディの入る余裕はないだろう。
(世の中には、けっこう同じ名前もいるんだろうな。特に、ゼスはウィンディって名前も多いし)
 魔法国家なだけに、魔法にちなんだ名前をつけることも多いのだ。
 だから、こういう名付けも珍しいことではない。
 ポロンは脳裏から思考を流す。
「それで、今年は長女のシルフィーが……」
「あの……」
「我々は急ぎますんで」
 ポロンの代弁をして、ライラがそう言い軽く微笑む。
 ライズはライラに露骨な嫌悪を示すと、ポロンにニッコリと言った。
「残念です。王子とゆっくり話がしたかったのですが」
「こちらもです。また、機会があれば食事でもとりましょう」
「それはいい」
 嘘で塗り固められた社交辞令で締めくくると、ポロン達は席を立った。
 背中を見せたところで、唐突にライズが聞いてくる。
「王子」
 ポロンは振り返る。
「……ウィンディという旅の魔法使いを知っていますでしょうか?」
 ポロンは驚愕する。
 まさにドンピシャの発言にうろたえているとライラはポーカーフェイスで答えた。
「知りません」
 ライズは肩をすくめる。
「そうですか。水色の髪をした娘なのですが、もし見つけたら知らせてはいただけませんか」
 これもドンピシャ。
 ポロンはアウアウと口を閉じたり開いたりするが、エレーンがひきつった笑顔で。
「こちらでも探して見ますわ」
 と、フォローしてくれたのでとりあえず助かったわけだ。

 本当に、世の中には似た人間が多い。

 ●〜〜〜●

「……ふぅ」
 ウィンディは宿屋でブラックのコーヒーを飲みながらたそがれている。
 元気がないのは気のせいではない。
 この町に戻ってくるとは思わなかったわけで。
 それがちょっぴりセンチメンタルというわけで。
 ウィンディは外の景色をもの憂鬱げに見ている。
「何たそがれてんだよ!」
 シャルムがウィンディの頭を後ろから掴んで、そのままガン、と机にたたきつける。
 レッツ体育会系のご挨拶だ。
 顔をぬっとあげたウィンディは鼻血を出していた。
 シャルム、またもや手加減攻撃失敗。
 ふだんなら、ここでウィンディ大激怒、なのだが。
 今日に限っては相変わらず焦点の定まらない瞳で遠くを見ながら呟くのだ。
「ねえ、シャルム」
「……ん?」
「あんたさ、今日が最後の一日だとしたら何をする?」
「すぐそばのバーカークイーンに入ってハンバーガーを百個注文する」
「単純でいいわね」
 シャルムがムカッと言い返す。
「なら、オマエはどうなんだよ」
「あたし? そうねえ……」
 ふう、と息吐いて。
「とりあえず、テープに黒色破壊光線を放つわ」
「……あ、そう」
 ふたたび、肩肘を突いてボォッとしくさるウィンディ。
 シャルムはいささか気を抜かれた表情だ。
 同じように息を吐く。
 そして、頭をかきむしると、そこにアリサとフィアとキャロット、三人が現れる。
 アリサがニコニコと笑いながら言った。
「ねえ。買い物行こう買い物行こう買い物行こう!」
 フィアが手をグングン回しながら、
「レッツショッピングですよ〜!」
 キャロットはニッコリと微笑み。
「ほら、テープって店が多いから」
 なんて口々に言ってくる。
 テンション高〜と思いながらも、シャルムは頷いた。
「うん。そだな。いこっか。ポロンのバカタレも戻ってこないみたいだし」
 ちなみに、シャルムのポロンへの風当たりが強いのはこの間の一件が原因だ。
 シャルムはうん、と頷くとウィンディに向き直る。
「ほら。あんたもダラダラしてないでついてきな。そんなところでだらけてると焼き烏になるぜ」
 けれども、ウィンディは相変わらずほおけたままだ。
 シャルムはその手を掴む。
「……ほら」
 すると、ようやくウィンディが口を開く。
「今日は遠慮しておくわ」
 シャルムが驚きの表情を見せる。
「……なんで?」
「今日は、家でノンビリしていたい気分なのよ」
「……」
 シャルムはこれ以上言っても無駄だと思い、肩をすくめる。
 しかし、そこにキャロットが近づいてきて。
 ウィンディの耳元で何かを呟いた。
 そのとたん。
 ウィンディは、畏怖するような表情でキャロットに向き直る。
 そして、地面に土下座して。
「ごめんなさい! ついていきます! あたしを連れてってください!」
 と、叫びまくった。
 キャロットはニコニコ笑顔でみんなに言った。
「みんな一緒が一番いいよ〜」
 フィアは青ざめた表情でアリサに耳打ちする。
「ねえ。キャロットさんとウィンディさんってどういう関係なの?」
 アリサは、難しい顔をしたまま答えた。
「ああいう関係」

 ●〜〜〜●

 まあ、実際帰郷というものもそれほど郷愁の沸くものではない。
 あたしみたいに、『とある事情』で故郷を追われる身になったりするとそれはもう帰郷と聞いただけで背筋が冷たくなってしまうのだ。
 世界は広いし。
 大陸はでかいし。
 人は多いし。
 けれども、故郷っていうのは特別な縁の濃さがあって。
 逃げても逃げてもゴムピッタンのように近寄ってくるのだ。
 で、ピッターンで、イタッてことになるのだ。
 ウンザリなのだ。
 こうして、町を歩いているだけでもうんざりだ。
 今にも、『あの人たち』に会っちゃうんじゃないかって。

 んなことを高速思考していると唐突にアリサが言った。
「ねえ。そういえば知ってる?」
「なにが?」
 シャルムに答えるアリサ。
「えーとね。ポロンくんが今日向かったガープスっていう家さ。優秀な魔術師の家系らしいよ。けっこう、魔力高い人多いんだって。魔法レベル2の人も出てるらしいよ。ものすごい家系だよね。こんなすごい家系だし。ほら、ウィンディとか興味ない?」
 ウィンディはビクッとする。
 そして、声を裏返して答えた。
「ソ、ソンナコトナイワヨ! ゼンゼンナイワヨ! コレッポッチモナイノヨ〜!」
 ものすごく動揺している。
 アリサは怪訝な表情をしながらも、言葉を伝える。
「で、そこの家系。ニ兄弟に三姉妹。兄弟の方は官僚で王都の方に住んでるだけど、三姉妹の方はここの町で暮らしているの。長女のシルフィー=ガープスは美人でお金持ちで魔法レベルも2、この前のテープ美女魔法使いコンテストで一位を取ったらしいの。ほら、見て見て。これこれ」
 アリサはパンフを見せる。
 そこにはやけに青白の髪をした女性が写る。
 美女で超身、胸はペッタン、おそらく家系の遺伝だろう。
 目はつり目で高飛車な印象だ。
 並んで、サラとノムという二人の姉妹も写っている。
 高飛車、つり目、胸ペッタン。
 やっぱり遺伝らしい。
 恐ろしい遺伝だ。
 多分、ガープス一族はこれから百代先まで微乳なのだろう。
 現在は微乳派の時代だから良いが、いつか巨乳派の時代が繰れば。

 ―――ガープス一族は滅びてしまうのではないか!

 っていうぐらい。
「微乳だな」
「微乳だよね」
「微乳ですね〜」
「微乳だよね」
「……うっせー」
 最後のはウィンディ。
 なぜかむかついている。
「多分、こいつら男なんだよ」
「ううん。胸の分を魔力にまわしているのかも」
「美貌にまわしているのかもしれませんよ」
「それにしても胸ないよね」
「……ほっとけ」
 やっぱり、最後のはウィンディ。
 微乳一族ガープス一家。
 女は胸の大きさじゃなくて、形だ。
 そこで、シャルムが唐突に呟いた。
「ふーん。それにしてもシルフィー、サラ、ノムか〜。これで四女にウィンディがいたら大笑いだな。アッハッハッハ」
「そんな〜。笑っちゃかわいそうだよ。アッハッハ」
「まさか、いくら微乳のガープス一家でもそれはないでしょう。アッハッハ」
「胸はなくても人権はあるよ」
『(みんな一緒に)アッハッハ』
「うっせー」
 アリサがまぶたをこすりながら言う。
「でもさ。ここ三姉妹じゃない。四女でもウィンディより歳下の筈だよ。四女なんだから」
「……まあ、そうね」
 脂汗をかきながらウィンディは頷く。
 するとそこに。
 向こうから三人の娘が歩いてきた。
 静々した態度は、貴族の家系に違いないだろう。
「……ああっ」
 そこでアリサが思わず声をあげる。
 そう。
 そこには写真に写っていた三姉妹がいたのだ。
 長女のシルフィーに、次女のサラ、三女のノムである。
 シャルムは思わず、パンフと三人を見比べる。
「へえ、本物だ〜」
 シルフィー達はしばらく怪訝な顔をしたあと、すぐに上品に微笑んだ。
「あら、もしかしてもしかしたらあたし達のファンだったりしちゃったりするのかしら。それは大変うれしいわ。あたし達はとっても美しいからファンってとても多いのよ。それに、自慢じゃないけど。そう、これは自慢じゃないのよ。あたし達は優秀な魔法使いだしオマケに金持ちじゃない。もう人生の勝ち組って感じ。そんなあたし達のことを敬って敬って敬いまくってすきなだけお尊敬しまくってもいいのよ。オーッホッホッホ」
「いや。ファンじゃなくて単なるミーハーっす」
「……あ、そう」
 フィアが手を振り振りするのを見て、シルフィーが白ける。
 キャロットはガープス三姉妹を見るとうれしそうに飛び跳ねた。
「うわー、本物だ。ガープス家の人たちだ〜。すごーい」
 胸がゆっさんゆっさん揺れる。
 おっぱいぼよーん、ぼよぼよーんだ。
 ガープス三姉妹はそれをうらやましげに見つめたあと、長女のシルフィーが代弁する。
「そこの桃色のやつ。なんかやたらむかつくわね」
 後ろの二人が頷く。
 ガープス三姉妹は巨乳に弱い。
 意外な弱点だ。
 長女が言う。
「みなさん。冒険者のようですわね。この町に来るのははじめてかしら? ええ。きっと初めてでしょうね。ええ、初めてなのよ。そうなのよ。オーッホッホッホ。そうよ、初めてだからあたし達が皆さんにこの町の案内をしてあげるわ。そうよ。してあげるわ。いかがかしら? 皆さん」
 シルフィーは押しが強い。
 四人はいささかシルフィーの我の強さに圧倒されてしまう。
 シャルムは、すぐ後ろのウィンディに聞いた。
「……だとよ。どうする? ウィンディ」
 キャロットの背後に隠れていたウィンディの体がビクン、とはねる。
 そして、恐る恐るシルフィーの方を向いた。
 シルフィー達も、ウィンディの姿に驚愕の念をあらわした。
 それは、まるでお互い十年越しの宿敵にあったような態度。
 シルフィーは。
 少しだけ顔をひきつらせたあと、ニッコリ微笑んで。
 そう、ごくごく親しい身内にしか見せない笑顔でニッコリ微笑んで言った。
「あら、久しぶりね。ウィンディ。四年ぶりぐらいかしら」
 ウィンディはアチャー、という表情から一転、覚悟を決めたように前に出る。
 そして、睨みつけるように笑みを浮かべて言った。

「―――お久しぶりです。お姉さま」

 と、まあすでに懸命な読者諸君ならわかってくれただろうが。
 この二人は思いっきり姉妹である。
 ウィンディ。
 本名、ウィンディ=ガープス。

 そう……この話は十六年前に……やっぱり戻らなくていいや。

 とにかく。
 それは遠く離れた姉妹の再会であった。
 シルフィーが、うざったそうに口を開く。
「本当に久しぶりね。ウィンディ。あなたがお父様に勘当されてからもう四年も経つのね。夜逃げ同然に出て行ってどこをほっつき歩いていると思ったらこんなところで会うとは。正直、これは姉としての本音だけど、正直に言わせて貰うなら、もうあんたとは二度と会いたくなかったのに」
 ウィンディがギリ、と唇をかく。
 ひきつった笑顔。
 オマケに、先ほどシャルムにやられた傷が開いて、鼻血まで垂れてきた。
「戻ってきて申し訳ありません。お姉さま。私もお姉さまなんかに二度と会いたくなかったですわ。傲慢チキで高飛車で、香水臭いお姉さまと一緒にいると本当に心まで腐っていくような感覚になるのですわ。っていうか、まだ豚のようなにおいの香水つけてたんですのね。いいかげんにやめたらどうですの」
 シルフィーの顔が赤く燃え上がる。
 シルフィーも怒りに歯噛みする。
 そして、鼻の血管が切れてそこから鼻血がタラリと垂れた。
 にらみ合う竜虎。
 互いの鼻血が、地面にぽたぽた垂れる。
 その光景に、シャルムが焦燥したように呟く。
「ウィンディ……ウィンディ=ガープス……」
 アリサが、シャルムの心を読んだように頷く。
「うん。そして、姉のシルフィー……妹に、ノム、サラで……」
 フィアも眉をひそめる。
「……つまりはそう言うことですか」
 そして。
 一斉に大笑い始めた。
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! っていうか笑わすなよそれどこの国のジョークだよ火、水、風、土でエレメンタルの四大精霊ってかオマエそれはあまりにナイスジョークっていうかあまりにも体をはったギャグすぎでもう本当面白いの面白くないのってアハハハハハハハ笑い殺すつもりかウィンディ!!!(シャルム)」
「ウィンディガープスで胸無し一族で何その遺伝アハハハハハハハハハハハハ! 火、水、風、土でエメラルド板で鋼の錬金術師で武装錬金でFFかと思ったりしたりしたりアハハハハいや本当に姉妹で似てるって言うか似てないっていうか面白いっていうかアストラルで退魔方陣でペンタグラフでアハハハハハハハッハッ!!! 死ぬっ!(アリサ)」
「いやもうそれはギャグの最極端というかいくらなんでもここまで体をはったギャグで自分を犠牲にするなんて芸人の鏡というかもはや魔法使いから芸人に転職したほうがいいっていうかもうウィンディさんはこの世の芸人の鏡っていうか一生胸無しでキャラ人気トップで胸なしで胸なし一族でアハハハハハハハハハハハ!!(フィア)」
『うっさい、黙れ!』
 ウィンディとシルフィーの声がはもる。
 シャルムは露骨に顔をしかめて。
「うわー、息ぴったりだ。やっぱり姉妹だ」
 と、感心したように言った。
『うっさい、余計なお世話だ!』
 ふたたび、ウィンディとシルフィーの声がはもる。
 二人はきっとにらみ合い、
『あたしの真似をするな!』
 と、再び声をはもらせた。
 フィアが感心したように言う。
「へえ〜、阿吽の呼吸ってこういうのを言うんですね」
「誰が阿吽の呼吸よ」
 と、ウィンディは軽く睨んでくる。
 そして、そのままシルフィーに向き直り。
「お姉さま。確かにご無沙汰しています。けれども、あたしは私用でここに来ているんです。屋敷に帰る気も、父に会う気もありません」
「当然じゃないの」
 シルフィーが馬鹿にしたように唇をひきつらせる。
「おちこぼれの勘当娘。ゼスの魔法試験も通らなかったガープス一族の汚点が、資産ももてない二級市民が、ガープス家の敷居をまたげるとでも思っていたのかしら? そのずうずうしい発言が小憎らしい狐顔のあなたから出てくるとはまったくわたくし、大変心外で遺憾だわ。ねえ、サラもノムもそう思うわよね」
 後ろの二人、サラとノムも頷く。
 そして、サラがはじめて口を開いた。
 サラマンダー、いわゆる火トカゲのような高圧的な印象だ。
 赤い髪に結わいた赤いリボンがゆれる。
「お姉さま。わたくし、お姉さまを姉だと認めたことはありません。あなたのような一族の恥は正直、顔も見たくありませんわ!」
「同感です」
 ノムも頷く。
 彼女は樫のような茶色の髪をした、どちらかといえば物静かな感じである。
 末の娘だからであろうか、姉達が我の強い人間なので自然と大人しくなるのである。
 鈴のような声を出す。
「お姉さま……いえ、ウィンディさんは正直、相手にしたくありません。我がガープス家に近寄らないでください」
 ウィンディは二人の物言いに少しだけまぶたを落とす。
 そして、それでも優しい口調で言った。
「……わかってるわよ。あなたたちに迷惑はかけないわ。用がすんだらすぐに出て行く」
「当然です!」
 サラが念を押す。
 そして、一歩前に出た。
「あなたのような人にいられるとあたし、迷惑なんです!」
「……ごめんね。サラ」
 サラはウィンディの言葉に顔を真っ赤にする。
 まさに火トカゲである。
「気安く名前を呼ばないで!」
 そばで見ていたシャルムは、軽く嘆息すると。
 サラの手を思いっきり掴んだ。
「っ! ちょっと、何をするの!」
 シャルムの身長は女性にしては高いので、小柄なサラでは力比べにならない。
 サラはシャルムを睨みつける。
「魔法も使えない人間が、気安く触れないでよ!」
「……ったく、うるせえガキだな」
 シャルムはウィンディに向き直って聞く。
「なあ。ウィンディもむかつくだろ。一発お灸をすえておくか」
「……っ!」
 サラの顔が焦燥にゆがむが。
「……やめて、シャルム。それでもあたしの妹だから」
「あ。そう」
 シャルムはあっさりと手を離す。
 サラは慌てて離れた。
 そして、怒りの矛先はウィンディに向かう。
 三人はウィンディを睨みつけた。
 シルフィーが代表で言う。
「そんなわけで、ガープス家のおちこぼれ。あたし達姉妹の面汚し。もし自分を恥じる心があるなら、さっさとこの町から出て行くことね」
「……」
 ウィンディは悲しげに視線を逸らした。
 シルフィーはそんな彼女の様子を一瞥するとくるりと背中を向ける。
 そこに。
 フィアが叫んだ。
「待ってください!」
 シルフィーが忌々しげに振り向く。
「何かしら? まさか、正義面してあたしに何か言うつもり?」
「違います!」
 フィアは首を振る。
「ただ……ウィンディさんは確かにヘボです! ビビリ入ってるし高いところ苦手だし目つき悪いし顔は狐みたいだし烏みたいな服ばっかり着る、箸にも棒にもならない駄目人間ですが!」
「ちょっと待て!」
 ウィンディの反論も興奮するフィアの耳には入らない。
「それでも! それでも生きているんです! 蛆虫みたいに醜くですけど、確かに生きてるんです! ギリギリのラインで人間なんです!」
「オイコラ!」
「確かに、高飛車で傲慢で自分勝手で臆病で臆病で臆病で、わけのわからないオカルトグッツ集めて喜んでいるような人ですけど……それでも、それがウィンディさんなんです!」
「ちょっと黙れ!」
「……フィア、最近毒舌になってきたね」
 アリサが少しだけあきれたように呟く。
 シルフィーは顔をゆがませた。
「で、あなたは何が言いたいのかしら?」
 フィアははっきりと言った。
「ラジオを聴いてください! そこであたしが全て弁明します! ウィンディさんの弁明をします! 次回更新は七月三十一日です! だからっ! だからラジオを聴いてください!」
『……はあ?』
 あきれる一同にフィアはさらに声を荒げさせた。
「ラジオを聴いてください! 隔週土曜の七時に更新です! いいですか! 聴いてください!」
「……フィア。何言ってるの?」
 アリサが声をかけるが、フィアは聞かない。
「きっとです! きっとですよ!」
「ってか落ち着けっ!」
 シャルムが鉄の棒でバン、とフィアの頭を叩く。
 フィア撃沈。
 気絶する。
 これがホントの電波ジャック。
 シルフィーは少しだけあっけにとられたあと、場を繕うように咳払いしてから。
「いい。ウィンディ。あなたはガープス家の面汚しなんだから、あたし達にこれ以上関わらないでね。それではごきげんよう。もう会うこともないけど。オホホホホッ」
 シルフィーは不適に笑うと、背中を見せる。
 そして、何事もなかったように、ノム、サラと共に去っていった。
 憮然とするシャルム。
 黙ったまま見守るキャロット。
 気絶するフィア。
 アリサが視線を移すと。

 ウィンディのやけに沈んだ顔が、印象的に眼に焼きついた。

 ●〜〜〜●

「しばらく、独りにして」
 そう言い、ウィンディは部屋にこもる。
 それから夕食の時も彼女は姿を見せず。
 結局、夜になってしまった。

 宿屋のリビングにはたまたま、ウィンディ以外のみんなが集まっている。
 こういうのもけっこう珍しい。
 ポロンは、アリサ、フィア、シャルム、キャロット。
 まあ、いわゆるティーングループで机を囲んでいた。
「……そんなことがあったんだ」
 アリサに一部始終の事情を聞かされて、ポロンは納得いったように頷く。
「うん。それで、ウィンディはずっとアンニュイ」
「うーん」
 ポロンが髪を軽くかく。
 そして、続けざまに事情を話す。
「実はさ。ガープス家で……」
 ガープス家の話をすると、シャルムが納得したように頷いた。
「なるほどね。そのライズっていう爺さんがウィンディの父親で、勘当した主。けっこう複雑な事情になってるな」
「うん。まさか、そういう話になってるなんて。知ってたらつれてこなかったのに……」
「……あっそう」
 シャルムは冷たくポロンの言葉を払う。
 ポロンは少し刺々しい態度に顔をしかめた。
 まあ、実際この間から妙にいろいろなものがぎこちなくなっていたりするのだが。
 表面上は平然と取り繕っても、見えないところではこういう棘があったりするのだ。
 棘は抜かなければならない。
 それはわかってるのだが。
(見えない棘は抜けっこないし……)
 内心でため息である。
 ポロンにはこっちの問題のほうが重大だ。
「……でも、僕はウィンディのこと、何も知らなかったんだな」
「あたしだって同じだよ」
 アリサがポロンの言葉に付け加える。
 すると、驚きを見せたのはフィアだった。
「……同じって」
「うん。知らないことが多いってこと。ウィンディは昔のことを話さないし」
 すると、別の席で。
「興味本位で人の過去は詮索するものじゃないよ」
 と、ライラ。
 ライラは、エレーン、アリエッタと別の机に座ってる。
 エレーンとアリエッタもこちらを見ていることから、話に興味があるようだ。
 エレーンが口を開く。
「確か、ウィンディとキャロット、二人と一緒に暮らし始めたのは三年前よね。キャロットはあたし達より早くウィンディと出会ったのよね」
「うん」
 キャロットが頷くと、ライラが。
「そうだったんだ」
 と意外な言葉。
 フィアは驚いて聞いてしまった。
「ライラさんは、知らなかったんですか?」
「うん」
「……そうですか」
 どうもしっくりこない。
 なんか、やけに淡白な気がする。
 みんな、家族だというのにやけに薄情で酷薄だ。
 フィアにはそれが、同居しながらも口を聞かない夫婦のように思えた。
 なにか心に暗澹としたものが残るが、それでもフィアはそれを見ぬ振りする。
 エレーンはキャロットに聞いた。
「ねえ。キャロット。キャロットはウィンディのこと、どれぐらい知ってるの?」
 キャロットは、少しだけ考え耽てから口を開く。
「テープ出身なのは知ってた。ウィンディがガープス家の出身だとも。一年ぐらい一緒に旅してたから」
「へえ」
 エレーンは納得したように頷く。
 そして、今日踏み込む領域はここまでと、心の中で言い聞かせる。
 しかし、キャロットは思いがけずにさらに踏み込んできた。
「……聞きたい?」
「……え?」
 誰があげた声だったろうか。
 キャロットはみんなを見回してから、言った。
「聞きたい? 聞きたいなら話すから」

 ●〜〜〜●

 それは、子供のときのことだった……

 なんて言い草、陳腐だと思う。
 子供っていつから?
 子供っていつまで?
 結局、人は永遠のチャイルドで永遠のアダルトなんだろう。
 それぐらい、人とは曖昧でいい加減な族称だ。

 なんて、詩的な思考を続けるつもりはない。

 そもそも、あたしは自慢じゃないけどゼスの神童と言われた子だった。
 生まれながらに魔法の天才で、魔法であたしに勝てる人間はいなかった。
 それこそ、探すならゼス王宮に行かなきゃ見つからない。
 それぐらいの大天才。
 でも、自慢じゃない。
 天才は生まれながらに天才で、それは当然のことだから。
 天才は天才の領分があって、そこで天才性を発揮すればいい。
 ゼスなんていうのはとにかくそんな風潮が強くて。
 優秀なやつっていうのは優遇される。
 そんな世界で生まれながらに勝ち組のあたしは、左団扇なのであった。
 いわゆるエリート。
 正直、どっかの町でボロ雑巾のような服きた汚い連中がうろついててもどうでもいいし。
 低能な俗物どもが草を食いながら生きていても、それは当然の配偶だと思った。
 塵のような連中は、純粋な労働力して始めて真価を発揮するものだと思っていた。
 まあ、エリートの視野しかもっていなかったのである。
 いい子ぶるつもりはないからはっきり言っておく。
 あたしは天才で勝ち組だから、優秀な魔法使いとは付き合ってあげるけど、魔法も使えない無能な連中は死んでしまったほうがいいと思う。
 彼らは純然たる消耗品で、家畜で、あたし達が幸せに暮らすための道具である。
 テレビを可愛がる人間はいるだろうか?
 鉛筆を好きになる人間はいるだろうか?
 マンガ本を恋人にする人間はいるだろうか?
 簡単に言ってしまえばそういうこと。
 あたし達のような人間にとって、彼らを人として扱うことは玩具を友達と言い張ることだ。
 それは、気のふれた人間の所業である。
 多分、根本的な感性のギャップがここにあるのだろう。
 だから、どっかの組織が『人民解放っ!』とか叫んでいても、「あー、またやってるわね。バカな連中が……」ぐらいにしか思わないのである。
 まあ、それは今はどうでもいいこと。
 大事なのはあたしがエリートで優秀な人間だということだ。
 だから、家族からも優遇されたし、どこに行っても尊敬と畏怖のまなざしで見られていたし、自分がいずれはこの国の頂点に立つのも当然のことだと思った。
 約束された将来と、それから昇華された全能感。
 結局、ゼスっていう国はあたしみたいなやつらの集まりなんだと思う。
 どっかのお偉いさんがえらそうに人道説いても馬の耳に念仏。
 完全なる愚考、愚者の道化芝居だ。

 で。

 だからあたしは自然と傲慢で自分勝手になっていったし、同時に恨みも買うようになった。
 でもそれは、優秀な人間の特権だ。
 あたしはそんな愚者どもを歯牙にもかけなかった。

 あの時までは。

 ●〜〜〜●

 十のときだった。
 魔力をほとんど失った。
 その瞬間、世界が一転した。
 まず、友人を全て失った。
 次に、家族の愛を全て失った。
 そして。
 人権を失った。
 簡単に言ってしまうと、魔法試験に落ちたのだ。
 エリート人生から大転落。
 そこら辺探しても、あたしぐらいの敗北劇はなかなかお目にかかれないと思う。
 それでも、しばらくは安住を探して歯を食いしばった。
 部屋は物置になったし。
 食事は残飯になった。
 学校を辞めさせられた。
 使用人扱いされた。
 それでも、頑張ってればいつかは報われる。
 そんな淡い希望と幻想を抱くのが俗的な人間なんだと思う。
 でも、俗とそうでないとの違いはそこで耐え切れるかどうかなのだろう。
 エリートで左団扇の人間にそんな忍耐があるわけなく。
 あたしは、そこから逃げ出した。
 荷物片手に父に言う。
「旅に出ます」
 父はニッコリ笑ってこう答えた。
「もう、帰ってこなくていい」
 そして、あたしはガープス家を勘当された。

 その時、わずか十二歳。
 世界を旅するには自殺行為の年齢だった。

 ●〜〜〜●

 テープから北上、そこから東に。
 まずは自由都市の方を見て回ろうと思った。
 お金はない。
 魔法もない。
 頼るものも何もない。
 さらにあたしは超絶底意地悪い人間なので、誰からも相手にしてもらえなかった。
 ウィンディ十二歳。
 世間の荒波をそこはかとなく知った年頃である。
 しかし、唯一幸いなことに、あたしは根性だけはあった。
 あまりにむかつくので、こうなったら石にかじりついてでも生きちゃる、そう決意した。
 落ちぶれエリートの底意地。
 涙ながらの冒険紀行だ。
 そんな旅の中で、いろいろなものを見た。
 以外にも、自由都市やリーザスは魔法特権に固執しないこと。
 というのも貴族が世襲制で、魔力がなくても血筋がよければいい暮らしができるのだ。
 反面、そうでないものもいる。
 いわゆる、あたしが見下していた庶民。
 彼らは知的とはいえない。
 単純で粗暴で無知で無力で甲斐性なし。
 けれども、無知な彼らの唯一の美徳は、生きることに貪欲なことだ。
 安定した貴族としての生活では見れない側面。
 明日、病気で死ぬかもしれない。
 明日、暴漢に襲われて死ぬかもしれない。
 明日、戦争に巻き込まれて死ぬかもしれない。
 明日、転んで死ぬかもしれない。
 何者にも護られない立場。
 何かに冒される自由。
 それでも、貪欲に生き続ける彼らにあたしはひかれていった。
 気付けば、俗に染まる自分。
 それでも、そんな自分がなんとも自分らしくて楽しかった。
 テープでくすぶっていては出会えない世界。
 あたしはそれを知った。
 本当に、充実した毎日だった。
 そんな他愛のない冒険紀行。
 もちろん、危険もあるけどそれを含めて愉快な日々。
 そんな中であたしは、リーザスのことを知る。
 そう。
 リーザスはその時、ヘルマン軍の侵攻を受けていたのだ。
 戦争である。
 あたしは思わず、戦争を見てみたくなった。
 それで、命知らずなことにリーザスに向かう。
 辿り着いたのはサウスの街。
 しかし、すでに戦争はリーザス軍の反撃によって終わっており。
 そこには戦争の傷痕と呼ばれるものだけが残っていた。

 傷痕。

 なんとも口に出したら軽々しい言葉だろう。
 だって、戦争といってもあたしにとっては他人事だ。
 誰かが殺しあおうが、そんなのはあたしにはどうでもいいこと。
 好きなだけ殺しあってほしい。
 あたしが興味あるのは、戦争という現象だけである。
 知識欲オンリー。
 冷徹だとは思うけど偽善者よりはだいぶましだ。
 そこで、故郷の姉達が戦争のドキュメンタリーを見て「かわいそう。助けてあげればいいのに」と泣いていたのを思い出す。
 おい、あんたらが泣きゃあ戦争は終わるのかい?
 なんて思ったこともあったけど、それは過去の話。
 結局、今ここに立ってるのはあたしだ。
 あたしは戦争を観察しようと崩れかけたサウスを歩く。

 そこで。

 廃墟にたたずむ同い年ぐらいの少女に出会った。
 あたしはその瞬間、こいつとは腐れ縁になるなと直感した。

 ●〜〜〜●

「でもさ」
 フィアが呟く。
 すぐ隣には、ポロンとアリサ。
 なんとも微妙な組み合わせだ。
 三人は、廊下の前で窓から表を眺めていた。
 闇の帳はすでにおり。
 暗い路地には人の通りがない。

 あれから。

 キャロットは全てを話し終え。
 みんなはやけに陰鬱な様子でその場から立ち去った。
 フィアも例外ではなく、心には重いわだかまりが残るだけだった。
 フィアにそれを耐えることができるはずもなく。
 結局はポロン達相手に愚痴タイムだ。
 聞いてくれる相手というのはそれだけでありがたい。
 だから、言う。
 信頼して、言う。
 フィアは、言葉の続きを言った。
「冷たいと思う」
 左となりのポロンは何も言い返せない。
 ポロンだって、みんなと出会ってから一年ちょっとだ。
 えらそうに語れるほど深くは知らない。
 信頼とは時で刻むものとも言える。
 時が重要なのだ。
 だから、むしろアリサがこの問いに答えるべきだ。
「そんなことないよ」
 右隣でのアンチテーゼ。
「冷たくないよ」
「だって!」
 フィアは少しだけ言葉を切ってから続ける。
「……だって、無関心すぎるよ」
 そして、思いの丈をぶつけた。
「ライラさんは、今までキャロットさんのことを何にも興味持ってないし。ウィンディさんだってみんなに自分のことを話してないし。家族だって言うのにやけに酷薄だよ」
「……フィアはそう思うんだ」
 アリサは少しだけ悲しい表情を浮かべる。
「でも、フィアの考えとあたしの考えは違うよ」
「……違うって?」
 アリサは言い聞かせるように微笑む。
「大切だから、触れられないってこと」
「……大切だから?」
「そう」
 アリサは、少しだけ風の当たるように窓から身を乗り出した。
「ライラってさ、無関心なように見えてものすごく気をつかってるんだ。いつもそう。エレーンがそうだから。エレーンはものすごくみんなを大事にして、それで自分を犠牲にするからライラはいつもそばにいるの。エレーンが無理しないように。何も言わないで。そういう人なんだよ。そんなライラがウィンディやキャロットを心配しないはずないじゃない。本当なら全部話して欲しいと思ってるんだろうね。でも、それでも何も言わない。大切だから」
「……」
「ウィンディだってキャロットだって、いままでそういうのを話していなかったのは心配かけない為だし……結局、臆病なんだろうと思う。大切だから……最後のところでためらう。そう、大切だから……」
「大切……だから……」
「うん。だから……フィアももっとみんなを信頼して」
 フィアは無言のまま。
 静かに頷いた。
 アリサの言葉を聞くだけで、フィアは心にわだかまっていた何かが氷解していくような感覚を得た。
 だけど。
 逆にポロンは、いっそう深く黒いものがたまっていく。
 解かってなかった。
 一緒に冒険してから一年以上経つ。
 家族として過してから一年以上経つ。
 それでも、解かっていないことが多すぎた。
 解かった気になっていた。
 けれども。
 それ以上にいろいろなものは複雑な蜘蛛の糸で、絡み合い結び合い時には切り裂かれて、ぐちゃぐちゃにねじれてねじれてねじれて、すでに解くことができなくなっている。
 それはあまりにも細い糸で、無理に解こうとすると真っ二つになり二度と再生しない。
 そんな頼りないつながりが。
 あまりにも、少年の胸にとって恐怖だった。
 ポロンは呟く。
「……ゴメン」
 アリサとフィアはポロンの方を向く。
 ポロンは続けて、懺悔謝罪する
「ゴメン。本当にゴメン。僕は今まで何も解かってなかった。傷つけたり。ひどいこといったり。正直……気持ちなんてわかんない。わかりたいけど……どうやっていいのかぜんぜんわからない。わからないんだ……だから……傷つけて、ゴメン」
 ポロンの謝罪に。
 アリサも。
 フィアも。
 なんの答えも返せなかった。
 彼の懺悔を受け入れる心の余裕も。
 彼の謝罪を受け入れる理知的な思考も。
 二人は持っていなかった。
 シャルムならなんと答えるだろう。
 キャロットなら?
 ウィンディなら?
 エレーンやライラなら大人の意見で解決してくれるだろうか?
 アリエッタなら、無垢な言葉で惑わせてくれるだろうか?
 けれども。
 二人はそれができないほどの子供だった。
 結局。
 子供が子供同士で集まり、子供の意見を述べたところで永遠なる無限迷宮に捕らわれるだけなのだ。
 抜け出したかったら大人になるしかない。
 だが。

 それはどうにもならないぐらい酷だった。

 ●〜〜〜●

 夜の街を黒の魔法使いが歩く。
 青白い髪が、風になびきながらも揺れる。
 ウィンディは独り、宿屋を抜け出した。
「……急に。どうして?」
 答えるものはいない。
 答えるのは闇の魔性のみ。
 ウィンディの手に握られた一枚の書状。
 それは、招待状だった。
 街を歩き。
 街路を走り。
 明かりに照らされながらも、影法師と共に抜け。
 結局。
 着いた場所は、レストランだった。
「……ここね」
 いわゆる、超高級。
 いわゆる、貴族御用達。
 古ぼけた魔法衣をまとった三流魔法使いが入って良い場所ではない。
 けれども。
 ウィンディはその扉をくぐる。
 そこには、やけに胸糞悪いスーツに身を包んだウエイターが待っていた。
 ウィンディを見るなり。
「お客様は……ウィンディ=ガープス様で?」
 ウィンディは、静かに頷く。
 ウエイターは理解したように表情を緩め、客用にその容貌を裏返す。
「本日は貸切です。奥の席でお待ちです」
 ウィンディは頷いた。
 そして、高級一色の店内を歩く。
 王室用の絨毯に、大理石のテーブル。
 壁は黄金の装飾である。
 吐き気がする。
 あたしもずいぶん、俗っぽくなったものだ。
 そう思いながらも、店内を奥に進む。
 すると、そこには。

 ライズ=ザ=ガープスが待っていた。

 ウィンディの顔がひきつる。
 すぐそばには、シルフィー、サラ、ノム。
 そして、テーブルの上には最高級のゼス料理。
 おそらく、これを食すには二級市民一年分の給金が必要だろう。
 それほどのものだ。
 ついでに、ウエイターがワインを持ってくる。
 それを、それぞれのコップに注ぐ。
 黄金のコップだ。
 そして、ワインも黄金。
 それがリーザスの年代ものだとウィンディは知っていた。
 ついでにそれが、金塊と同価値だとも。
 ガープスは、悪趣味に身を染めたままニコリと笑って言った。
「久しぶりだな。ウィンディ。さあ、座りなさい。美味しいものを食べながら話をしよう」

 それは。
 四年前、ウィンディに勘当を告げた時の笑みと同じものだった。