ルートO
サンカク シカク ゴボウセイ



 その日は、やけにそわそわしていた。
 宿屋の外で暇をつぶしていたライラは、町の浮かれた様子を感じていた。
 なんとなく、落ち着きがない。
 そんな雰囲気がライラにも伝心して平常心がなくなってくる。
「……お祭りか何かが始まるのかな?」
 などと呟き、ストリートを眺める。
 男も、女も、やけに視線を気にしていた。
 他人を睨むような敵意の視線ではない。
 むしろ、他人の行為を鋭敏に感じ取ろうとする意思だった。
 ライラは息を吐いて、宿屋に戻る。
 すると、すぐ側を宿屋の娘が通りかかった。
「ねえ、今日って何か祭りでもあるの?」
 宿屋の娘はその言葉にきょとんとして。
 少しだけ笑うと答えた。
「何いってるんですか。明日は、キャンディーズディーじゃないですか」
 ああ、なるほど。
 ライラは納得した。

 ●〜〜〜●

 キャンディーズディー。
 それは、昔、子供達がこの日にキャンディーを交換しあうことから始まった行事だ。
 しかし、次第にその意味合いは薄れる。
 青年達もキャンディーズディーに参加するうちに、青年主体の行事になったのだ。
 そして、次第に恋人同士が何かを交換し合う行事に変わっていく。
 例えば、好きな人にプレゼントを渡したり。
 例えば、大事な人にお菓子を渡したり。
 まあ、そんな感じの行事なのだ。
 実際、ライラはあまり興味のない行事だった。
 去年は、市販のお菓子を配るだけで済ませてしまった。
 今年も、そのつもりである。
 しかし。
 若干、この行事に気合を入れている人間がいた。

 宿屋のリビングで。
「で、このカルロスさんっていうのがものすごくお金持ちでね〜」
 エレーンがそううれしそうに言う。
 聞いているのはシャルム。
 心なしかウンザリした表情である。
「カルロスさんはここ一帯の貴族でね。ものすごく素敵な人なの。まさにゲット、って感じ? うん、サイコーなのよ。もう、かっこよくて、強くって。フェンシングだって大会でいくつも優勝しているんだから。こんな素敵な彼だから、告白するべきよね。ねー、シャルム」
「……いや、やめといた方がいいんじゃないかな」
「なんでよ〜」
「……なんていうか、合わない気がする」
「そんなのわかんないじゃない。シャルムなんてカルロスさんのことを何も知らないのにそんなこと言えるの?」
「……いや」
「でしょ。もー、シャルムなんて恋愛したことないんだから恋の話なんてわかるはずないのよ。そう、明日はキャンディーズディー、ここで一発、女を見せて逆玉よ!」
 エレーンはそこまで言うとすっきりしたのかスキップで去っていった。
 シャルムはため息を吐く。
 実のところ、シャルムはよくこのような恋愛相談をされる。
 シャルム自身はそれほど色恋沙汰に興味はない。
 ただ、歯に衣着せぬ意見とか、人間観察力とか。
 そういうものが以外に優れているため、恋愛相談などで重宝されるのだ。
 実際、恋愛の話というのは愚痴か迷いの二択である。
 聞いてもらって適当なことを言われるだけですっきりするものなのだ。
 シャルムは、そこら辺のことはわかっていた。
 まあ、エレーンが恋の話になると暴走するのはいつものことだが。
「焦ってるんだろうな」
 実際にそれほどエレーンは歳をとっていない。
 けれども、みんなからオバサンオバサン言われているうちに焦るようになってしまった。
 けっこう、歳のことは気にしているのだ。
「エレーンは、焦って失敗するんだよな」
 やる気なさげに再び息を吐く。
 テーブルの上の紅茶はすでに冷めていた。
 冷めた紅茶をシャルムは飲み干す。
 すると。
 テーブルの上に、新しい紅茶のカップが二つ、並んだ。
 シャルムが視線を動かす。
 そこには、アリサがいた。
「ちょっと、相談があるんだけど」
「相談?」
 シャルムの正面に、アリサは座る。
 そして、うつむき加減に口を開いた。
「……なんていうか、こういう話ってあんまりしたことなくって。だから、誰に相談すれば良いかなんて正直よくわからなかったんだけど。シャルムなら聞いてくれるってみんな言ってたから」
 シャルムは、なんとなく嫌な予感がした。
 案の定、アリサは次の句でこんなことを告げた。
「あたし、好きな人がいるんだ」
「……ああ、そう。知らなかった」
 実は知っていた。
 と、いうかめちゃくちゃモロバレだった。
 シャルムはいささかウンザリしつつもアリサの言葉に耳を傾ける。
「その人、普段はおとなしいんだけどいざという時に頼りがいがあって、それに顔だってかっこいいし、背はそんなに高くないんだけどなんていうか、横顔を見てるとポーってしちゃうような人なんだ。それにね……」
「武道の達人で優秀な神官で金持ちの王子様なんだろ」
「シャルム、見てきたように言うね」
「……ああ、まあね」
いささかウンザリしながらシャルムは頷く。
「で、今度のキャンディーズディーに、その人にキャンデイーを渡して告白しようかなって思ってて……」
「へえ」
 シャルムは思わず驚いて顔を上げてしまう。
 告白とな。
 シャルムは感嘆する。
 シャルムが見てきた感じ、アリサは引っ込み思案でもなければ優柔不断でも決断力がないわけでもない。
 ただ、ものすごく事なかれ主義なのだ。
 とにかく、和を乱すのが嫌いで、他人に気をつかってばかりいる。
 愛と正義の人なので、気付いている人間は少ないだろうが。
 ポロンのことだって、周りに気をつかって、関係を崩すのがイヤでなにもアプローチしなかった。
 それが、けっこうな成長である。
「その人にコクるんだ」
「うん。そうするつもり。だからシャルムには悪いんだけど……」
「は? なんで?」
「だって、シャルム、ポロンくん……じゃなくてその人のことを好きだと思って……」
「ンなわけないじゃん。『その人』がどの人かは知らないけどあたしの大好きな『その人』が幸せになってくれるなら大万歳だよ」
「でも、シャルム。シャルムだって……」
 シャルムはため息を吐く。
「あのさ。あたしの好きはライクであって、ラブじゃないの。だから、アリサが気にしているような心配事はぜんぜん問題ナッシングってやつ。……あー、なんか今のいやらしい喋り方、ウィンディに似てるな〜。……とにかく!」
 シャルムはバンと、机を叩く。
「好きなら好きとドンと言え! ウィンディが暴れようとキャロットが泣き叫ぼうと信念を貫け!」
「ハイッ!」
 アリサは起立する。
「よし! 作戦の健闘を祈る!」
「わかりました!」
 アリサはまわれ右をした。
 そして、シャルムを振り返り、
「アリガトね。シャルム」
 軽く笑顔を見せる。
 シャルムは少しだけ顔を赤らめる。
 アリサはそのまま、立ち去っていった。
 シャルムは嘆息する。
「……まったく」
 困った友人である。
 駄目な親友の面倒を見るのも大変だ。
 しかし、シャルムは同時に親友の成長をうれしくも思った。
 少しだけ微笑む。
 そこに。
「シャルムさ〜ん♪」
 振り向くと。
 そこにはニタニタしながら手に豚マンの紙袋を持ったフィアが立っていた。
「実は、相談したいことがあるんですけど〜」
「……何?」
「ここ、いいですか?」
「うん」
 フィアはそそくさと座る。
 シャルムは少しいやな予感をしつつも聞く。
「何?」
「実は……あたし好きな人がいまして」
「駄目、あわない」
「……ハ?」
「絶対に玉砕するからやめておいた方がいい」
「……はあ」
「そういうわけで、あきらめな」
「でも、あたし真剣なんです!」
 立ち上がって力説するフィア。
 シャルムは思わずたじろぎながら。
「あ、うん。悪かった。で、何?」
「今度のキャンディーズディーにその人にキャンディーを渡そうと思ってるんです。別に告白しようとかそういうのじゃなくて、ただ純粋にあたしの好意を知ってもらいたいと思ってて。でも、キャンデイーズディーのやり方知らないし。シャルムさん、何かアドバイスをお願いします!」
「……アドバイスって言われても、なあ」
「お願いします!」
「うーん。それならこの近くに天満神社と呼ばれている神社があるからそこの鳥居を通ってお百度参りしな。七十七回目でひげの生えたレベルアップ神が現れるからこう言うんだ。『ウミネの方がかっこいいぜ!』すると、恋愛が成就するから」
「わかりました。『ヤマネのバカヤロウ』ですね。行って来ます!」
 フィアはシュタと立ち上がると、外に向かって駆け出した。
 シャルムはふう、と息を吐くと呟いた。
「青春だねえ」
 そう言い、パクリとフィアの持ってきた豚マンにかじりついた。

 ●〜〜〜●

 アリサは、町の菓子店から出てくるところだった。
 手には、キャンディーの袋を持っている。
 袋は可愛くラッピングされていて、明らかに贈り物だとわかる包装だった。
 アリサは、ウサギみたいに微笑む。
「ポロンくん、喜んでくれるかな」
 キャンディーは市販品でちょっとだけずるい。
 けれども、そのキャンディーは勇気への起爆剤である。
 ドキドキする胸を抑えながらアリサは帰路に着こうとした。
 その時、町並みの向こうからフィアがトボトボと歩いてきた。
「シャルムさんの嘘つきぃ……お百度参りなんてしても何も起こりませんでしたよ……」
 フィアはそう呟くと、アリサに気付いたように顔を上げる。
 アリサは条件反射でキャンディーを後ろに隠した。
「あ、チャオ」
「あ、アリサ。何やってんの?」
「な、なんでも……アハハ」
「……?」
 フィアは眉間に指を当てて、ムムム、と念をこめる。
 そして、叫んだ。
「わかった。キャンディーだ!」
「なっ!」
「奇遇だよね。あたしも、ここの店にキャンディーを注文してたんだ」
「あ……そうなんだ」
「ポロンくんにあげるの?」
「う、ううん。ただ、ちょっと食べたくなって……」
「そんなあ。明日はキャンディーズ・ディーなのにそんな言い訳は通じないよん♪」
「よん♪ ……って。あのねえ、フィア。あたしはそういうのじゃなくて……」
「隠さなくてもいいですよ。アリサさん。あたしも同じ穴のムジナなんだから」
「それじゃあ……フィアもポロンくんに?」
「うん。ポロンくんに……っていうか、他に渡したい人いないしね」
「そう……なんだ……」
「うん。これで、満塁不幸人生にもピリオドですよ。タランランラン♪」
「……」
 スキップしながら菓子店に入っていくフィアを見送るアリサ。
 心境は複雑である。
 ため息を一つ。

 ●〜〜〜●

 明けて翌日。

 キャンディーズディーの当日は飴玉なだけに雨、なんていう洒落も無く、快晴だった。
 青く輝く空の下、小春日和に似た温かい風が吹いている。
 まさに青春。
 町にはそんな青春がいくつも抱えられている。
 甘い飴玉という形で。
 甘い恋は女から男へ伝わる。
 女は胸をドキドキさせながら甘い飴を渡し。
 男はその甘さに心を震わせ、甘い唇を女に返す。

 まさしく、飴玉の日(キャンディーズ・ディー)であった。

 ポロンは、宿屋のベットから虚ろな様子で起き上がる。
 そして、朦朧と服を着替えると、緩慢な動作で一階のリビングに下りていった。
 すると、そこに待っていたのはキャロットだった。
「ポロンくん、おはよう」
 ポロンは、キャロットに笑みを返す。
「ああ、おはよう。どうしたの? まだ、朝は早いよ」
「実は、渡すものがあって」
「渡すもの?」
「……これ」
 キャロットがポロンに手渡したもの。
 それは、クッキーの入った包みであった。
「……クッキー?」
「あ、キャンディーのほうが良かった?」
「ううん。でも、どうして……」
「鈍感……」
「へ?」
 キャロットは上目遣いにポロンを見あげる。
「今日、何の日か言ってみて」
「……えーと」
「……馬鹿」
「……え?」
「知らない」
 キャロットはプイ、と走り去っていく。
 小走りで、やけに足が浮ついているのは気のせいではないだろう。
 いったい、どうしたのだろう。
 ポロンがそんなことを考えていると。
 突然、口の中に甘い物が入れられた。
「?」
「そりゃあ、キャロットも怒るよね」
 ライラは、ポロンの頭に手を乗せて言う。
 口の中に、キャンディーを突っ込んだのもライラだ。
 突然、キャンディーを渡される。
 いったいどうして?
 なんて、聞こうとすると。
「あ」
 思い出した。
 ポロンは、キャンディーを噛み砕いて飲み込む。
「今日は、もしかして」
「ご名答。なかなかさえてるじゃないか」
「……キャロットに悪いことしたな」
 ばつが悪そうに頭をかくポロン。
 ライラは軽く笑みを見せた。
「まあ、あの子はいつまでも怒ってる子じゃないさ。ただ、お返しは高くつくよ」
「……」
 ポロンは、失敗を恥じるように目をそらした。
 ライラは背中をトンと押す。
「で、今があたしのプレゼント」
「……これだけ?」
「もらえないやつだっているんだからありがたく受け取っておくの。今月はちょっと金欠だから。あの子達の分も入れると相当な出費だからご勘弁ってこと」
「……うん」
「じゃあ」
 ライラは、背を向けて歩き出す。
 ポロンはその背中に向けて言った。
「ライラ。エレーンを探してるんだけど。ちょっと話があって」
 ライラは軽く振り返る。
「今日は戻ってこないかもね」
「どうして?」
「なんか、金持ちの貴族に言い寄られて調子にのってるみたいだよ。旅先のロマンをつくろうとしているのはわかるんだけど、入れ込みすぎなんだよね。エレーンは」
「でも、エレーンだって肩の力を抜きたいんじゃないかな」
「そうかもね。あたしもけっこうあいつに、依存してる部分はあるから」
「ふーん」
「つまんない話しちゃったね。そういうわけでエレーンは老いらくの恋に身を焦がしているから。今日は遅くなるとおもうわ」
「老いらくって……」
「頑張りな。青春の大海に身を沈める少年」
「?」
 わけのわからない言葉を残し、ライラは去っていった。
 ライラのことだから、今日もどこかで体を動かしてくるのだろう。
「まあ、いいか」
 そう呟き、ポロンは朝のコーヒーを用意し始めた。

 ●〜〜〜●

 町の中心には浅瀬がある。
 その浅瀬には、一本の橋がかかっていた。
 浅瀬は一番深くても腰から胸の辺りまでしか沈まない程度だ。
 だが、幅は広く、川幅ニ、三十メートルはあった。
 アリサはその橋の真ん中に立っていた。
 手にはキャンディーの包みがあった。
「……来てくれるかな」
 そんなことを呟く。
 アリサは、朝方にポロンの枕元に手紙を忍ばせていた。
 手紙には、今日の夕方、ここに来て欲しいと書いた。
 この橋は人通りが少なくて、更に景色も良い。
 北には美しい山脈が。
 南には流れ行く川が見える。
 空気も澄んでいて、ロマンチックではないものの落ち着ける雰囲気だ。
 ロケーションより自分のやりやすいやり方が良いと思ってここにしたのだが。
(もっと、雰囲気の良い場所の方が良かったかな……)
 今になって少し後悔する。
 しかし、考えてもあとの祭り。
 走り出したからには当たって砕けろ。
 アリサは覚悟を決める。
「……よし」
 今日はノリノリ絶好調。
 気合万全。
 準備万端。
 トラトラトラ。
 夕刻まであと九時間。
 頑張れアリサでお願いします。
「行くぞぉ!」
「どこに行くにょ?」
「にゃあ!」
 アリサは慌てて飛びのく。
 そこには、小さなアリエッタの姿があった。

 ●〜〜〜●

「……何?」
 ポロンは少し冷や汗をかく。
 ポロンが食堂のテーブルで朝の軽食を食べているとシャルムが自然と向かいに座る。
 そして、ジッとポロンの顔を見ているのだ。
 凝視されているといった方がいい。
 それぐらい、睨まれていた。
 シャルムは、微動だにせずに肘をついて、ポロンを眺める。
 ポロンはいささか圧倒されていた。
 そこに。
「ハロー。ポロン」
 と、ウィンディ。
 手にはお菓子の入った包み。
 それを、ホイと手渡す。
「……くれるの?」
「イエース」
「イエースって……でも、ありがと」
「ユーアーウエルカム」
「これ、チョコレートだよね。あけていい?」
「イエース」
 ポロンは、おかしな英語で話すウィンディの横で包みを開ける。
 すると、そこには黒くて甘い手作りのまんまるショコラが入っていた。
「イート。イート」
 ウィンディが急かす。
 ポロンはそれを口に含もうとする……が。
「チェイ!」
 シャルムが手を払う。
 すると、ポロンの手からチョコレートが落ちた。
「あ」
「シャルム! ホワイディドゥードゥー?」
「うるせえ! これを見ろ!」
 ポロンは視線を動かす。
 すると、先ほど落としたチョコレートをねずみがかじった。
 ねずみが痙攣をはじめる。
 そして。
 背中から翼が生えた。
「なっ!」
 翼をはやしたねずみは、どこまでも高く飛んでいった。
「ファック」
 ウィンディが舌打ちする。
 そして、クルリと背中を見せて叫んだ。
「アイルビーバック!」
 スタスタと立ち去っていく。
 今週の実験教室はこれにて終了である。
 ポロンはジトリと脂汗をかいて椅子にもたれかかった。
「まったく。何考えてるんだか……」
「あいつ、突発的にろくでもないことを考えるからな」
「……と、いうかさ」
 ポロンはやっとこさ、会話のきっかけをつかんで話し始める。
「なんで、さっきから黙ってみてるの?」
「……ん?」
「なんか、言いたいことがあるのかって思って」
「あ。うん」
 シャルムは少し視線をそらすと口を開いた。
「ポロンくんは、好きな子がいる?」
「ええっ?」
 明らかに動揺を見せるポロン。
 シャルムはあきれたように軽く息を吐き、続ける。
「七択……いや、今は八択なのに答えの一つも出せないなんて……まあいいや。で、いるの? いないの?」
「……」
 ポロンは軽く髪をかきあげた。
 そして、静かに答える。
「……いるよ」
 シャルムは頷く。
「なるほど。で、それはあたし?」
「……違うよ」
「残念。ポロンくんのことを本気で好きだったのよん」
「ええっ」
「嘘だよ」
「……」
 ポロンがあきれたように目を細めると、シャルムはケラケラと笑う。
「ライラとエレーンも除外でしょ。ポロンくんは二人を姉弟みたいに見てるからね。で、残念ながら同じ理由でアリエッタも脱落、と。十年後には大番狂わせが起こるかもしれないけど、それは今、問題外」
「本当はわかってるんだろ」
「まあね」
「……敵わないな」
 ポロンが降参とばかりに、両手をあげた。
「気付いたら好きだったんだよ。いつも傍にいるから。彼女の笑顔とか、優しい言葉とか。それに僕を見てる視線とか。そういうものがなんか気になっていって。で、気付くと彼女のことばかり考えるようになってた」
「うわー、ロマンチスト。ナルシストっていった方がいいかも」
「そんなんじゃないさ。結局卑怯なんだよ。あんな目で見られたら好きにならないはずがないだろ。いままで、関係が崩れないように必死に頑張ってきたのに」
 そう言うと、頭を抱える。
「シャルムも卑怯だ。人の心を揺さぶるようなことして。なんか、最近ウィンディに似てきた」
 その言葉に、シャルムはいささかムカッとする。
「それは言いすぎだ。……でも、意地悪なのは当たってるよ。意地悪に振舞ってるから」
「……嫌いなんだ。僕のことが」
「ああ。嫌いだよ。トコトン幸せだから。幸せなくせしてその幸せを不幸だと思い込んでるところとか頭にくる」
「……」
「そして、もう一つ死ぬほど頭にくることがあるけど……まあこれは……いいか。とにかく」
 そこで、シャルムは口調を鋭くする。
「アリサを傷つけたら許さないから」
「……わかったよ。でも……」
「それ以上は聞きたくない」
「……そう」
 そして、二人は黙り込む。
 今度のは、望まれた沈黙であった。
 いたたまれない空気が続く。
 そこに、救いの主が現れた。
「ポロンくん」
 と、声をかけてきたのはフィアだった。
「……フィア」
 ポロンが振り返ると、フィアはニッコリと言った。
「ねえ、少し付き合って」
「あ。うん」
 軽くシャルムの方を見る。
 シャルムは苛立った様子で視線をそらしたままだった。
 ポロンは少しだけその場に心を残したまま、立ち上がるとフィアに言う。
「いいよ。どこ?」
「少し歩くけど、いい?」
「うん」
 フィアは笑顔を見せると、表に出て行った。
 ポロンもそれに続こうとするが。
「ポロンくん」
 シャルムに声をかけられる。
 ポロンは足を止めて振り返った。
「さっき、言い忘れたことがあったから言っておくけど」
 シャルムは険を鋭くする。
「一番卑怯なのはアンタだよ。全て他人のせいにして自分を正しい方向に持っていこうとするのは最低だ。それは事なかれ主義じゃない。自分勝手って言うんだよ。アリサより最低だ」
「……」
 ポロンは顔を抑える。
 そして、苛立つように呟いた。
「……なら、シャルムはどうなんだよ。僕の気も知らないで好き勝手言いやがって」
「なっ!」
 ポロンはシャルムの顔色が変わるのもお構い無しに出て行く。
 シャルムは宿屋の扉をくぐり、ポロンの背中に向かって叫んだ。
「このぉ、バカヤロウッッッ!」
 そして。
 すぐ傍の樹木を思いっきり叩いた。

 ●〜〜〜●

 アリサは口を開く。
「ねえ」
「なんにょ?」
「アリエッタは、キャンディー、渡すの?」
「もう、渡したにょ」
「あ、そうなんだ」
「アリエッタ、ポロンくんが大好きにょ。だから、キャンディーを渡すにょ」
「……そう」
「ウィンディもキャロットもシャルムもフィアもライラもエレーンも、みんなポロンくんのことが大好きにょ。だから、みんなお菓子を渡すにょ」
「……」
「アリサも大好きにょ」
「え?」
 アリサは、アリエッタを見下ろす。
 アリエッタはニッコリと太陽みたいに笑ってアリサを見上げていた。
「アリサも、ポロンくんのことが大好きにょ。だから、キャンディーを渡すにょ」
「……」
 アリサは少しだけ視線をそらす。
 アリエッタの純真無垢な笑顔がまぶしすぎた。
 無垢は抜き身の刃である。
 簡単に人を傷つける。
 アリエッタはアリサの様子に心配そうな表情を見せる。
「アリサ。どうしたにょ?」
「……なんでもない。ただ……」
 そこで、少し口ごもる。
「やっぱり……渡せないかもしれない……」
「……アリサ」
 アリエッタは、少しだけ悲しい表情を見せる。
 けれども、キッと眉間にしわを寄せて怒鳴りつけた。
「しっかりするにょ!」
「……」
 アリサは、我に返ったようにアリエッタに視線を戻す。
「アリサ、そんなことだと一生日陰者にょ。一過性のブームに乗っただけで二軍行きにょ! アリサは歌だって上手いし、すごく可愛いのにぜんぜん自分に自信がないにょ! もう少しずうずうしくなって、ヒロインの座を勝ち取るにょ!」
 アリサは再び、視線を伏せる。
「……でも、アリエッタのポロンくんを取っちゃうかもしれないんだよ」
「ポロンくんはアリエッタだけのものじゃないにょ!」
「え?」
 アリサは驚きを見せる。
 まさか、アリエッタからそのような言葉が出るとは思わなかったのだ。
 アリサの知っているアリエッタはいつもポロンに甘えている女の子であった。
 ポロンにベッタリで、ポロンが他の子と遊んでいると邪魔するような子だった。
 だから、アリサがポロンを取ってしまうといえばアリエッタは必ず反発すると思った。
 けれども、違った。
 アリエッタはポロンのことを認めていた。
 ポロン離れしたのだ。
 気付いたら、アリエッタもいつのまにか大人になっていて。
 気付いたら、自分だけがいつまでも子供だった。
 そんなことを考えていると。
 自然とアリサの口元に笑みが宿った。
「ふふ。なんか、馬鹿だな。あたし」
「……アリサ?」
 アリサは、憑き物が取れたような表情でアリエッタに向き直る。
「うん。アリエッタ。決めた。あたし、もうちょっとずうずうしくなるよ」
 そう笑顔を見せるアリサに、アリエッタも花が咲いた。
「うん。それでこそアリエッタの好きなアリサにょ!」
 二人はむかいあって。
 クスクスと草原の花畑に吹く風のような笑い声。
 そんな幸せだったが。
 花畑には、悪魔が棲み込んでいた。
「よーし! がんばるぞーっ!」
 そう、キャンディーを力強く高く掲げた瞬間。
 キャンディーの袋は勢い余って手から離れていった。
「……え?」
 宙を舞うキャンディー。
 そして、円を描くように落下。
 その先には。
 川が待っていた。

 ボチャン。

「……あ」
 アリサは、何が起こったか理解できないような言葉を漏らす。
 呆然とキャンディーの落ちた浅瀬を眺めていた。
 浅瀬は浅いが、それでも流れが早く、キャンディーの姿は見えなかった。
 アリサはニッコリと笑った。
「あは。あはは。馬鹿だよね。こんなくだらないことでこんなオオポカするなんて……」
「……アリサ?」
 アリサは笑顔のまま、顔を伏せる。
「……あは。失敗しちゃった。やっぱり、駄目ってことかな……」
「……」
 そこから、大粒の涙がこぼれた。
「……ごめんね。アリエッタ、こんなに励ましてもらったのに。やっぱりあたし……」
 アリエッタは、どうしたらいいかわからないといった、困惑の表情。
 けれども、またすぐに、強気なアリエッタに戻る。
「……探すにょ」
「……?」
 アリサがなみだ目のままきょとんとしていると、アリエッタは大きな声で言った。
「探すにょ」
「……え? でも……」
 アリサは小さな声で呟く。
「……見つからないよ」
 だが、アリエッタは大きな声で叱責した。
「見つからなくても探すにょ! 当たって砕けるにょ! 玉砕にょ!」
「……アリエッタ」
 視線をそむける。
「……でも……」
 アリエッタは、ムーッとして。
 ついに堪忍袋の緒が切れた。
「わかったにょ! アリエッタが一人でやるにょ」
「……って、え?」
 アリエッタは、アリサが静止する間もなく。
 ピョン、と浅瀬に飛び込んだ。
 そして、小さな体で水の中にもぐる。
 すぐに、プハッと顔を上げた。
 アリエッタの身長だと、立っていても胸の辺りまで水が押し寄せる。
 アリサは慌ててアリエッタに叫んだ。
「アリエッタ、あぶないよ!」
 でも、アリエッタは聞きもしない。
 黙々とアリサの落としたキャンディーの袋を探す。
 アリサは、その光景にいても立ってもいられず。
「……アリエッタ、今、行くから!」
 橋から、ピョンと飛び降りた。

 ●〜〜〜●

 フィアとポロンは、しばしの間、町の景観を楽しみながら歩く。
 そして、しばらくすると公園に辿り着いた。
 二人はその公園に足を運ぶ。
 公園には、日が日なのでカップルが多かった。
 ポロンは少しいたたまれなさを感じながらも、公園にはいる。
「……こういうの、慣れてないんだよな」
「そうなんだ」
 フィアが、クスクスと笑う。
「あたしも」
 そう言うと、フィアはポロンを傍のベンチに連れていった。
 ポロンはフィアに促されるままベンチに腰をかける。
「フィアも、座って」
「ううん」
 フィアは首を横に振る。
 そして、代わりにポロンの前に立った。
「ポロンくん、今日はお話があるの」
「話?」
「うん」
 フィアが頷く。
 その時、ポロンの脳裏にあるシチュエーションが浮かんだ。
 男と女が二人っきりで公園に。
 そしてその日は、愛の告白にうってつけ。
 周りはラブラブモード一色で。
 そんなことを意識したら自然と、ポロンの顔も赤くなるのだった。
 フィアはその様子に思わず、手を振る。
「違うよ。そういうのじゃないから」
「あ、そうなんだ」
「……そういうのは、まだ早いし……」
「え?」
「なんでもない」
 フィアは自然と口から出た呟き声を打ち消すように声を大にして言う。
「ポロンくん、今までありがとう」
 フィアはそう言うとニッコリ笑う。
 ポロンはきょとんと聞き返した。
「ありがとうって?」
「うん。魔の森で天涯孤独。記憶喪失で右も左もわからないあたしを助けてくれてありがとう。いまさらって感じもするけど、でもいつか言わなきゃって思ってたから」
「それは……たぶん僕よりみんなにお礼するべきだよ。僕は、何もしてないから」
「ううん。あたしが今ここにいられるのはポロンくんのおかげ。ポロンくんがあの時、手を差し伸べてくれたから。だから今のあたしがここにいるんだ。だから、あの時助けてくれたポロンくんが、あたしは大好きだった」
「……だった?」
「あの時の好きと今の好きは違うから……ううん。気にしないで。とにかく、これ」
 フィアはそう言うとキャンディーを差し出した。
「ポロンくん、受け取ってくれる?」
 ポロンは少しだけ呆気に取られるが。
 ニッコリと笑って受け取った。
「ありがとう。大切に食べるよ」
「うん」
 フィアはそこまで言うと、ポロンの隣に座った。
 ポロンはその横顔を見ながら聞く。
「フィア。なんか思い出した?」
 フィアはポロンに視線を移すと、首を横に振る。
「ううん。ぜんぜん思い出さない。あたしが何者で、どこから来たのか……大げさだね。でも、ポロンくん達と会う少し前、あの魔の森で気付いて。そして、ポロンくん達とあって。あたしがどうしてあの魔の森にいたのか。それもぜんぜん思い出せない」
「そうなんだ」
「それに……なんか、あたし、天使に狙われているみたいだし……多分、ポロンくん達といたらものすごく迷惑かかると思う。だから……」
「みんな、フィアがそんなことを言ったらかなしむと思う」
「え?」
 ポロンは冷えた心を包み込むような笑顔で優しく微笑むと、
「フィアはもう、僕達の仲間だから。たとえどんなことがあってもフィアを見捨てたりしないから。少なくとも僕は、絶対に……」
 フィアはうれしそうな表情をする。
 けれども、その表情には少しだけ陰りがあった。
「優しいね。ポロンくん。残酷なぐらい……」
「……フィア?」
 フィアはスクリと立ち上がり、ポロンを見下ろす格好でつくり笑顔を見せた。
「ポロンくん。もう行くね。今日は話ができて嬉しかった」
 フィアは軽く手を振ると、サササと立ち去っていった。
 ポロンは少しだけ居心地悪そうにして、呟く。
「僕、なにか悪いこといったかな?」

 ●〜〜〜●

 一時間の探索はまったくもって無駄だった。
 浅瀬とはいえ水の中に落ちたものを探すのは至難の業だ。
 それこそ、貝を見つけるようなものである。
 探しても探しても、見つからない。
 アリサは沈みがちな声で、アリエッタに七度目の同じ言葉を発した。
「ねえ、もうあきらめよう」
 けれどもアリエッタは、
「なら、アリサは休んでるにょ。アリエッタが一人で探すにょ」
 と言うので、アリサはやめるにやめられなかった。
 苦痛だった。
 見つかる期待よりも、見つからない不安の方がはるかに大きくて。
 見つからなければ、希望が闇に閉ざされるような気がして。
 そして、目の前には絶望しか待っていないような気がして。
 ならば、絶望から逃げ出したい。
 けれども、一度喰らいついた獲物は、絶望という獣が逃しはしないだろう。
 一時しのぎの逃避。
 それが生み出すものは何もない。
 アリサは、不安の渦の中で必死に貝になった自分の宝を探した。
「……やっぱり、見つからない」
 アリサが沈み込む。
 アリエッタはそれを見て、決意したように言った。
「アリサ、少し休んでるにょ」
「え?」
「アリエッタが援軍を呼んでくるにょ」
「援軍?」
 アリサが聞き返す暇もなく。
 アリエッタは浅瀬から飛び出ると、駆け出して行った。
 アリサは呆然とそれを見送る。
 そして、一人になった浅瀬で。
「……休もう」
 見えない宝の探索を続ける気力はアリサになかった。
 浅瀬から出て、すぐそばの木の根元に座り込む。
 そして、沈み加減に体育座り。
 愁いに満ちた表情で、寂しげな表情を見せる。
 その顔を見られまいと、埋めた。
「……なにやってるんだろう。あたし」
 独り、呟く。
 誰も聞いてない告白を、懺悔のように続ける。
「あたし、やっぱり駄目なんだ。やっぱり、こういうの、無理なんだ。誰かを傷つけて……誰かを押し退けて……誰かの居場所を奪って、その場所にのうのうといつくことなんて、そんなことできないんだ。やっちゃいけないんだ。そんな身勝手なこと、あたしには向いてないよ……いっそ、何もかもなくなってしまえばいいのに」

「……そんなことないよ」

 アリサは、ハッと顔を上げる。
 そこには、新緑の日差しを逆光に、フィアの姿があった。
「どうしたの。アリサ」
「……フィア」
「橋を渡ってるとアリサの姿が見えたから……何か、あったの?」
「……」
 アリサは答えなかった。
 変わりに、上目遣いにフィアを見上げ、聞く。
「ポロンくんに……キャンディー、渡せた?」
「あ……うん」
 少しだけ、寂しげな表情でフィアは頷く。
 アリサは顔を少しだけほころばせて言った。
「良かったね」
 フィアは怪訝そうに顔をしかめる。
 そして、すぐに気付いた。
「アリサ……もしかして、キャンディー持ってないの?」
 アリサは見透かされたことに少しだけ動揺したあと。
 静かに頷いた。
「……うん」
「どうして?」
「……川に、落としたの」
「……え?」
 フィアは、困惑を見せる。
 アリサは。
 ……アリサは、両膝に涙を落とした。
 髪と同じ色の青い雫はまるで曇り空から振ってきた、大雨の前の一粒のようで。
 次第に両のまぶたから雨のように雫が降りてきた。
 アリサは雨空のような表情で言った。
「馬鹿だよね。勝手にはしゃいで、勝手に浮かれて、勝手に沈んで。それであげくがこれなんだから。本当に、道化もいいところだよ……」
「……」
 フィアはアリサと同じ視点までかがんで、聞く。
「新しいの、買いに行こう」
 しかし、アリサは首を振る。
「今日、何の日か覚えてないの? もう、売り切れだよ」
「でも……」
 フィアは、そこで浅瀬の方を見る。
「なら、探そう」
 アリサは立ち上がり、叫んだ。
「見つかりっこないよ! わかんないの? あきらめようよ!」
 けれども、フィアはその瞳をまっすぐと、そしてしっかり見据えて言った。
「やる前からあきらめたら、駄目だよ。アリサ」
「もうやったよ! アリエッタと一緒に一時間も探した! でも、見つからなかった!」
「一時間でしょ。ポロンくんが来るのは何時?」
「……夕方の四時」
「なら、まだ時間はあるよね」
 フィアはニッコリ笑う。
 そして、浅瀬にジャブリ、と足をつけた。
「フィアッ!」
 フィアは、少しだけ躊躇したあと。
 バシャ、と深みに頭を潜らせる。
 そして、しばらく息を止めて、すぐに頭を上げる。
「水の中って、意外と視界が悪いだね。けっこう、水が澄んでるのに」
「フィア! いいよ、もう!」
 フィアは穏やかな表情でアリサを見つめる。
 その視線にアリサは心を打たれるような感覚だった。
 フィアは、優しい顔で言う。
「最後の瞬間まであきらめちゃ駄目だよ。時間と勇気と気合さえあれば大抵のことは何とかなるものだから。だから……もう一度頑張ろう」
「フィア……」
 アリサは、少しだけ戸惑ったあと。
 浅瀬に足を踏み入れた。
 そして、はにかんだように顔を明らめて言う。
「わかった。もう一度探してみる……見つからないかもしれないけど、最後まであきらめない。フィア……」
「何?」
 アリサは心と力を込めて、今できる限りの精一杯の笑顔をしていった。
「ありがとう」

 ●〜〜〜●

 アリエッタに呼ばれて、シャルムが川に訪れた時には、すでに十二時を過ぎていた。
 シャルムはアリエッタに手を引かれ、橋を渡る。
 そして、その中ごろまで差しかかった時。
 アリサと、もう一人が浅瀬にいるのに気付いた。
「……アリサ。それと……」
 シャルムは少しだけ驚く。
 彼女の親友と仲良さげに話していたのはフィアだったからだ。
「……フィア」
 シャルムは橋の上から見下ろす。
 二人の関係が、ヘルマンでの一件以来変化していたのは知っていた。
 そして、彼女達が互いに同じ人を好きであるのも気付いていた。
 けれども。
 こんなに、仲よさげだとは気付かなかった。
 シャルムは、思わず二人の会話に聞き耳を立てる。

『ウワップ』
『ちょっと、大丈夫? フィア』
『あ、あはは。ちょっと溺れただけ』
『溺れたって……もしかして、フィアってカナヅチ?』
『……うん。一応』
『一応って……泳げないのに水の中にはいるなんて無謀だよ』
『でも、ここ、足がつくし大丈夫だよ』
『大丈夫って……フィア。もういいよ。あたし一人で探すから』
『駄目。アリサ一人に探させておけない』
『フィア……優しいね? 何で?』
『……だって』
『……』
『だって……なんていうか……その……あの……えーと……友達だと……思ってるから』
『……フィア』
『ゴメン、迷惑かな』
『ううん。フィア……ありがと』
『……アリサ』
『さて、もう一頑張りしよう』
『イエッサー! アリサ軍曹!』

 シャルムは、思わず溜息を吐く。
 うれしいような、かなしいような。
 アリサに新しい親友ができたことをうれしく思ったり。
 アリサの特別が自分だけではなくなったのを悲しく思ったり。
 フィアが打ち解けてくれているのをうれしく思ったり。
 フィアがものすごく良い子であるのを悲しく思ったり。
 悔しながら、親友の宿敵を、親友の親友として認めてしまったのだからしょうがない。
 まったく、いわゆる大誤算。
 シャルムは、微妙な気分のまま、声をかける。
「おーい。二人とも! あたしも手伝おうか?」
 二人は同時に橋の方を見上げると。
 シャルムにニッコリと手を振った。
 シャルムは、苛立ちと喜びを吐き出すように思いっきり川に飛び込んだ。

 宝玉のようなキャンディーが見つかった時。
 すでに日は傾いていて。
 四人はびしょぬれで。
 それでも、何かに満ち足りた表情をしていて。

 そこには、見えない甘い何かがあったのだ。

 ●〜〜〜●

 赤い日差しが街を覆って。
 ポロンは、アリサの手紙を受け取り、約束の橋に訪れいてた。
 キャンディーズディーのプレゼントだろうか。
 でも、去年とは雰囲気が違う。
 去年は、みんなの前で気軽に渡してくれたものだ。
 けれども、今年。
 人気のない場所で、二人っきり。
(……アリサ、何の話なんだろう)
 橋の上でそんなことを考えながら待っていると。
 向こう側から、浸海のような深い青の髪をした少女が現れる。
「……アリサ」
「ごめんね。ポロンくん……待たせた?」
「ううん。それにしても、びしょぬれじゃないか」
「うん。ちょっとね」
 そこで、言葉が途切れる。
 胸の鼓動が暴れ太鼓のように響く。
 頭はフルスロットルでCPUが焼け焦げるぐらい処理が重くなっていた。
 視界がかすんで。
 何も聞こえなくなって。
 それでいて、しゃべらなきゃいけないことがあるのに、それでも頭が働かない。
 顔が火のついたように赤くなっている。
 ポロンは、そんな様子を心配して声をかける。
「大丈夫? アリサ」
 アリサは慌ててピョコピョコ手を振った。
「うん。大丈夫。かなり平気。ムチャクチャバリバリ」
「ならいいけど」
 ポロンは笑顔を見せる。
 すると、アリサは更に顔が火照ってくる。
 アドレナリンとかドーパミンとかいっぱいでているのだろうか。
 アリサは、できるだけ心を落ち着かせようとする。
 だが、冷却剤はすでに使用済みだ。
 アリサはそれでも、処理しきれない頭で必死に頑張る。
「あの……これっ!」
 キャンディーを差し出す。
 ポロンは、少しだけ驚いたが、予想していたかのようにうれしそうな笑みを見せる。
「ありがとう」
 アリサは、少しだけほっとする。
 ポロンがキャンディーを受け取ってくれたから。
 けれども、本番はこれからだ。
 キチンとけじめをつけて、ちゃんと思いを伝えなければ。
 あたって砕けろ。
 一撃必殺。
 ファイトイッパツイケイケアリサ。
 アリサは、決意したように思いきって叫ぶ。
「あのっ! 実は……」
「でも、今日はうれしい日だな」
 無垢は抜き身の刃だ。
 無知は呪いのような罪悪だ。
 そして。
 言葉は、何にも変えがたい猛毒だ。

「みんなにキャンディーをもらえて」

 その瞬間、アリサの顔色が変わった。
 なんだかわからない。
 けれども、ものすごく寂しい。
 心が張り裂けそうに辛くて。
 結局それは猛毒のように体内を暴れまわっているのだ。
 アリサは、もう自分でも感情が抑えきれなくて。
 その場から逃げるように走り去った。
「アリサッ!」
 ポロンが慌ててとめようとするが。
 すでに、アリサの姿は見えなくなっていた。
「……」
 途方にくれるポロン。
 一体、何が彼女を傷つけたのかわからない。
 いたたまれない気持ちで立ち尽くしていると。
 向こうから、フィアがあわられた。
「……フィア」
 ポロンはフィアに、さっきのことを話そうとするが。
 バシ。
 口を開く前に、強烈な平手打ちが飛んできた。
 ポロンはわけのわからないままフィアを見る。
 彼女は怒っていた。
 フィアはポロンを睨むと、アリサを追って走り去っていった。
 ポロンがフィアの背中を見つめていると。
「……おい」
「?」
 振り向いた瞬間。
 滑空砲か巨大な投石器で放たれた鉄球のような拳が、ポロンを吹き飛ばした。
 シャルムの拳はまったく手加減なし。
 思いっきり気を溜め込んだ頬への一撃だった。
 ポロンは、わけのわからないまま、シャルムを見上げる。
 シャルムは、今までにないぐらい怒っていた。
「……シャルム?」
 ポロンはわけのわからないまま、呟く。
 シャルムは大きな声で叫んだ。
「今のは、絶対に言っちゃいけない言葉だったんだぞ!」
「……え?」
「あとは、自分で考えろ」
 シャルムはそう言うと、走り去った。
 そして、最後に。
「ポロンくん、最低にょ」
 アリエッタが怒った顔でそう言い放ち、トコトコとシャルムについていった。
 ポロンは、呆然としたまましばらく、その場に座り込んだ。

 ●〜〜〜●

 アリサ達が泊まっている宿屋は、風呂が大きかった。
 十人ぐらいが入れる大きさはある。
 アリサは髪をとくと一糸まとわぬ姿になって風呂の扉を開いた。
 あたたかい湯気のたちこもる風呂でアリサは立ち尽くす。
 そして、すぐ近くの鏡を見た。
 そこには、青い髪の少女がいた。
 身長はそれなり。
 スタイルは、それほど良くない。
 髪を下ろしているので、少しだけ大人びた印象がある。
 顔は、泣きはらしていて真っ赤だ。
 漂うオーラは陰鬱一色。
 そこには、普段の明るさなど微塵もなかった。
「……ひどいな」
 アリサは、鏡の向こうの自分に言った。
「これじゃあ、駄目だよ。だから、ポロンくんだって……」
 そして、まるで醜いものから逃げるように鏡から目をそらす。
 そのまま、肩を落とす。
 すると。
 むにゅ、と並の大きさの胸が背中に押し付けられた。
「……アリサ」
 フィアは、アリサに手を絡めると力強く抱いた。
「ごめん。いろいろ、ごめん。なんか……あたしってひどいから……ずるくて……ごめん」
 アリサは、うつむいたまま、静かに答える。
「……いいよ。あたしもずるいから。ごめんね。フィア……いろいろ、ごめん……」
 二人はしばらくそのままでいた。
 交わしたい言葉は沢山あった。
 けれども、それでもそこに言葉は必要なかった。
 ただ、互いの肌を通して、何かいろいろなものが伝達しあっていた。
 それは愛情だったり。
 それは憎悪だったり。
 そんなものがいろいろ入り乱れて、言葉にはできないほど複雑だったが。
 けれども、そんな難しいものがこの簡単な抱擁には含まれていた。
 アリサは、フィアの手をそっと解く。
 そして、顔を上げていつものように明るく微笑んだ。
「ありがと。フィア、もう大丈夫だから」
「……アリサ」
 アリサは、思いっきり笑っていった。
「一撃必殺! あたって砕けろ! もうこうなったら最後の最後まで戦い抜いてやるから!」
「うん」
「フィア! 絶対に負けないから! ぱにょ〜ん同盟にかけて!」
「アリサ……こっちだって!」
 二人は、ガッと腕をぶつけ合う。
 女は意外と強い。
 タフでなければ生きていけない。
 そんな強さが必要である。
 二人は互いににらみ合い。
 互いに、笑った。
 すると、二人の顔に同時に水しぶきが飛んだ。
「キャッ! ……シャルム?」
「ジャーン!」
 シャルムは水鉄砲を二丁拳銃のように持っていた。
「おし! 二人とも、今日は遊ぶぞ!」
「はいっ! シャルムさん!」
 シャルムは眉間にしわを寄せる。
「フィア! そのシャルムさんってのやめろ! 呼びつけ! いいな!」
 フィアは、その言葉に少しだけ戸惑ったあと。
 思いっきり頷いた。
「うん、シャルム!」
 シャルムは満足げに笑うと、アリサとフィアに水鉄砲を当てる。
「それじゃあ、一ラウンドリミット無制限で! ゴーファイッ!」
 
 水しぶきが飛ぶ。
 いろいろなものを洗い流すように。
 嫉妬や情愛、憎悪や敵意。
 パンドラの箱から飛び出た様々なものはこんな不幸を撒き散らしているが。
 それでも、人間は弱くない。

 だって。



 気付いたら、これほどまでの笑顔だ。