「もう、収まったかな?」 アリサが呟く。 アリサとフィアは、倉庫の一室に隠れていた。 突如、屋敷の中で騒動が起きたからである。 相次ぐ爆発。 何かの壊れる音。 二人は身を護るために倉庫に身を隠していた。 すでに、三十分近くが経過する。 アリサが、フィアに振り返って聞いた。 「そろそろ、外に出てみない」 「うん。そうしよう」 フィアが頷く。 二人は、倉庫の扉を開き、表に出た。 廊下に出ても辺りに人影はない。 やたらと閑散として、静寂が場を包んでいる。 「……どうしたんだろ?」 アリサが辺りを見回しながら呟く。 すると、フィアが唐突に叫んだ。 「アリサ、あれ!」 フィアが窓から外を指差す。 その先には、壊れた別館があった。 二人は、別館の方に駆けていった。 廊下を抜けて、裏口から出る。 裏庭を突っ切り、瓦解した別館の側に寄る。 「……ひどい」 フィアが口元に手を当てて呟いた。 アリサも頷く。 しばらく、別館を見回すように歩くと。 二人は、そこに良く見知った顔を発見する。 「ウインディさんに、キャロットさん!」 「え?」 フィアの言葉にアリサはそちらに駆けていった。 そこには、満身創痍のウインディとキャロットが横たわっていた。 アリサは慌てて傍により、頬を叩く。 「ウインディ! ウインディ!」 そして、キャロットの方を振り向いた。 「フィア、キャロットは?」 「気を失ってるだけ。でも……怪我がひどい」 アリサが口元を押さえる。 フィアは言う。 「はやく、応急手当しないと!」 「でも……手当ての道具が……それにやりかた、知らないし……」 「とりあえず、消毒と止血して! 救急道具は屋敷を探せば!」 「あ。うん。そうだね」 アリサは立ち上がる。 今は、考えるより行動だ。 すると、向こうから。 救急道具を担いだライラが、ゆっくりと歩いてきた。 ライラは二人の姿を確認して驚く。 「あんた達……無事だったんだ」 そして、微笑んだ。 二人の手当てを終え。 ライラは二人に一部始終を聞いた。 アリサ達もライラから、様々な話を聞く。 そして、全てが一本の線につながった。 「なるほど。そう言うことだったんだ……」 「でも、あたしをさらった理由、どうしてかわからないんです。あの天使もおしえてくれなかったし……」 不安げなフィアの頭にライラがポンと、手を置く。 「大丈夫だよ。そのうち、全て解決するさ」 「……そうですね」 フィアが微笑む。 そこでライラは、おかしげに顔をゆがませる。 「それにしてもあんた達、少し会わないうちにずいぶんと仲良くなったね」 『え?』 アリサとフィアが顔を見合わせる。 「いや。ごめん。おかしかったから」 ククク、と笑うライラ。 アリサは少しムスッとした。 すると、ウインディがゆっくりとまぶたを開く。 そして、辺りを確認した。 「……あれ?」 ウインディはアリサとフィアの姿を確認して驚いた。 「なっ! オバケッ!」 「こら」 ライラがウインディの頭を叩く。 ウインディはシゲシゲと二人の顔を見て呟いた。 「へえ、二人とも無事だったんだ……」 そこで、にやりと笑う。 「意外と、しぶとかったわね」 「ウインディさん、ひどいです! そう思うでしょ。アリサ」 「うん。ひどいよね」 『ね〜』 ウインディは、何か異世界のものを見るような視線で呟いた。 「あんた達……どうしたの? それ、新手の芸?」 ウインディは、訝しげな表情のままよっこらせ、と体を起こす。 魔力はかなり減っているが、外傷は無い。 逆に、外傷のひどいのはキャロットだ。 歩ける状況じゃない。 ライラは、全員の状況を確認してから告げる。 「まだ、ポロンくん達と合流できてない。あたしがキャロットを担ぐ。みんなはついてきて」 アリサ達は頷いた。 ●〜〜〜● すでに、戦いは三十分以上も続いていた。 しかし、それは一進一退の激闘ではない。 ただ、ラケシスが一方的にポロン達に攻撃させ、それを防ぐだけの攻防。 ラケシスは必死になるポロンをあざ笑う。 拳を流し。 蹴りを流し。 投げを封じる。 そして、二人が疲れたそぶりを見せると。 徹底的に叩き潰す。 それは、馬に鞭打つのと似ていた。 走れなくなったら鞭を打つ。 走れ、走れと強要する。 ならば、走れなくなった馬に待ち受けるのは何か? それは、死。 ポロンは、左の掌低を撃った。 円を描きながら横から撃つ。 ラケシスは腕で流す。 ひらいた腹に更に掌低。 そして、ラケシスの左手を左の掌低で撃つ。 一歩踏み出す。 そして、撃つ。 右腹。 左胸。 右脇腹。 左肩の付け根。 右足の付け根。 左の首元。 右肩の付け根。 鳩尾。 正中線を右、左、右と三連撃。 連弾衝破。 更に、円から線に動きを変える。 左から、紫電一閃。 渾身の闘気掌。 ラケシスは、一歩下がる。 だが、それだけだ。 にやりと笑って言った。 「今のは効いたわ」 ラケシスは腕を振る。 それだけで、ポロンはかわすこともできずに宙に舞った。 ラケシスは追撃に移ろうとする。 だが、シャルムが割り込む。 「次は貴方?」 右の拳を払いながらラケシスが言った。 シャルムは左の貫手を放つ。 更に、右のストレート。 左のストレート。 腹への右フックから、顔面への左フック。 そして、左のハイキック。 ラケシスは、ハイキックを止める。 「それだけ?」 シャルムは気を溜める。 そして、そのまま一回転した。 サマーソルトキック。 気の奔流が月を描く。 ラケシスは、それを受け止めて言った。 「上出来よ」 間合いは一間。 シャルムはその距離から気の衝撃波を放つ。 波動掌。 一発。 二発。 三発。 ラケシスは防ぐ。 しかし、衝撃波はとまることはない。 四発。 五発。 そして、最後にとびきり強力な波動掌。 波動乱舞。 その、最後の波動掌を追うように駆ける。 防戦のラケシスに、シャルムは両の手を触れさせる。 そして、零距離から両の腕で波動掌を放った。 波動掌破。 ラケシスは、吹き飛ぶ。 「クッ!」 更に、シャルムは飛んだ。 左の飛び蹴り。 着地。 そこから、胴廻し蹴り。 ラケシスは、さすがに少し耐える。 シャルムは起き上がった。 そこに、ラケシスの放った衝撃波。 シャルムは吹き飛んだ。 ラケシスは口元をぬぐう。 「駄目ね。今のは面白くなかったわ」 そして、二人を見回す。 ポロンとシャルムは、もはや起き上がることはできなかった。 「あら。もうお終い?」 「くそっ!」 ポロンは、ほとんど動かない体を鞭打ち、起こそうとする。 だが、体に激痛が走る。 それでも、闘気を振り絞って立ち上がった。 立ちくらみがする。 ポロンは、ゆっくりと構えた。 両手で正中線を防ぐ構え。 体は半身で、利き腕の左を後ろにする。 足が、痙攣する。 腕を持ち上げてるだけでも、苦痛だ。 それでも、ラケシスに立ち向かう。 「へえ。まだ立ち上がるの?」 「……ああ。まだ、何も砕けてない」 「砕けてない? 誤解してるわね。砕かなかったのよ」 ラケシスは、薄ら笑いのまま立つ。 拳は効かない。 蹴りも効かない。 掌低。 貫手。 裏拳。 踵。 気での衝撃。 各急所への攻撃。 あらゆる手が封じられている。 それでも、戦う。 怒りは闘争心へと昇華される。 ポロンはラケシスを睨みつける。 ラケシスは感嘆した。 「へえ。人間というのもやるものね。これほどとは……」 そして、剣を再び抜いた。 「なら。その燃え滾る魂。残らず灰塵へと帰してあげるわ!」 二人が相対する。 すると、そこに。 五つの影が現れた。 ポロンは、その影に驚く。 「フィア! アリサ! それに、みんなっ!」 『ポロンくん!』 アリサとフィアが同時に叫ぶ。 ライラは、状況を見て舌打ちした。 「チッ。まだ残ってたとはね」 そして、ウインディに向かって言った。 「ウインディ、二人に加勢するよ。四対一なら倒せる!」 「わかった」 ライラは、アリサ達に眠っているキャロットを受け渡した。 そして、二人は構える。 ラケシスは、そこでフーンと、唸った。 「なるほど。貴方達、クロトとアトロポスを倒したのね」 「ええ。貴方の姉妹、とっても弱かったわよ」 ウインディが強気に言った。 ラケシスは笑う。 「そうでしょうね。あの二人は、エンジェルナイトとしては弱い方だから」 「……え?」 ウインディの顔色が変わる。 ラケシスはおかしそうに、けれども淡々と語った。 「あら。言ってなかったっけ? 確かにあの二人、普通のエンジェルナイトより少しは強いわ。でも、それだけ。あんなの、あたしの部下には何千といるのよ」 ウインディが焦燥した。 ライラも、その言葉に動揺を隠せない。 「ついでに言わせて貰うとね」 ラケシスは微笑んだ。 「あたしは、あの二人の十倍は強いわよ」 その瞬間。 ラケシスは今まで隠していた力を解放する。 それは、魔人と同様のプレッシャー。 人間を敵とみなさない。 純然たる略奪者。 そこにあるのは単純なる強弱の関係。 獲るか、獲られるか。 ラケシスが本当の力を出した瞬間。 その天使は、偽りから本物の神の眷属と化けた。 それはまるで。 神に相対したようであった。 心臓を握られるようなプレッシャー。 ラケシスは聞いた。 「さて、はじめに挑むのは誰?」 「……ツッ!」 ライラが、駆けた。 剣を振る。 上段へのフェイントから、下段への払い。 だが、ラケシスは剣で払う。 「遅いわね」 ライラは更に剣の速度をあげた。 剣が交わる。 上段から縦斬り。 下段から縦斬り。 踏み込んでから、薙ぎ。 流された剣を、右下から振り上げる。 ぶつかり合う二つの閃光。 一方が、無数に剣撃を放つ。 対する一方が、その剣撃を払う。 そして、驚異の一撃で反撃する。 一方は、プレッシャーを与えられる。 そして、もう一方の手数が増える。 それは、明らかな消耗戦だった。 ただ、アトロポスとの戦いとの違いは。 消耗させられる側が、ライラであるということだった。 「弱いわね」 ラケシスは笑った。 「アトロポスは、こんな雑魚に負けたの?」 「……チッ!」 ライラは気を溜める。 そして、レダ・スラッシュを放った。 だが。 「それで、全力?」 渾身の一撃は、ラケシスの片手で防がれる。 そのまま、気を放って吹き飛ばした。 ライラは、なんとか二つの足で着地する。 そして、いやおうもなしに気を溜める。 「来なさい」 ラケシスは手招きする。 ライラは、気を更に溜めた。 体中に溢れる炎を全て力に変える。 そして、必殺の領域まで高めた。 剣に炎が宿る。 ライラは飛んだ。 「鳳凰―――」 そして、燕を斬る。 「―――燕天武!」 鳳凰が放たれる。 鳳凰は、咆哮をあげながらラケシスに向かって飛翔した。 そして、ラケシスを鳳凰の炎で燃やし尽くす…… はずだった。 だが、ラケシスは剣を縦に一閃する。 すると、鳳凰は真っ二つに斬り裂かれた。 鳳凰の残骸は、壁にめり込み。 爆発した。 ラケシスは聞いた。 「今のは、下から数えて何番目に弱い技なの?」 ライラの顔色が変わる。 全力の技まで防がれた。 闘志は衰えてないが、それでも恐怖に似た感情が宿る。 次に、ウインディが動いた。 「スノーレーザーッ!」 ラケシスはかわすこともなく、つまらなそうに払う。 「で?」 ウインディは焦りながらも次の呪文を唱えた。 「白冷激!」 ラケシスの足元から氷の槍が穿つ。 だが、ラケシスの体を貫く前に破砕された。 「氷の矢!」 いくつもの氷の矢が飛び交う。 だが、ラケシスは防ぐこともしない。 ただ、見下すように言った。 「その程度で、よくクロトを倒せたものね」 もはや、ウインディに残された手は無かった。 黒色破壊光線や氷雪吹雪、絶対零度を唱える魔力はもうない。 手札は無くなった。 動揺するポロン達。 ラケシスはただ、落ち着いたように笑った。 その状況の中で、ライラは唯一冷静な判断を下す。 「ポロンくん、シャルムを!」 「え?」 「逃げるよ!」 勝ち目がない戦いを続けるべきではない。 どのみち、この戦いの目的は天使達の足止めだった。 だから、それを成した今、これ以上戦いを続ける意味はない。 ライラはそう判断した。 「あたしが引き止める。そのうちに!」 「でもっ!」 「はやくっ!」 ポロンはその時、思い出した。 ライラの言葉を。 ポロンの名前を叫んで死ぬと、頷いた。 だから。 ポロンは、ライラを置いて逃げられなかった。 みんなを護るには、ライラを犠牲にするしかない。 一人を殺し、みんなを護るか? 一人を助け、みんなを殺すか? それは、まるでカルネアデスの板のようだった。 ポロンの答えは簡単だった。 どっちもできない。 だから、どっちも助ける。 「僕が残る!」 「え?」 「アリサ達! 逃げろ! ライラもだ! 早くっ!」 「……できるわけないでしょ!」 ライラが叫ぶが、ポロンは聞かない。 「早く逃げろ! これは、パランチョ国王子である僕の命令だ!」 ポロンが出した結論。 それは、自分が板から離れ、その一人を助けるというものだった。 献身といえば聞こえがいい。 だが、それはただ、無責任な自己犠牲だった。 その結論に、ライラは答える。 ライラは、遠慮無しにポロンを気絶させるほど強く殴りつけた。 「……アッ」 倒れるポロン。 ライラはそれを見下ろし、ウインディに言った。 「ここはあたしが引き受ける。ウインディはポロンくんを連れて逃げて」 「……え?」 ウインディがその意味をわからずに聞き返した。 ライラは深く答えずに笑う。 「大丈夫。あたしは、生き残るから」 ライラは、傷だらけの体で剣を握った。 ライラが出した結論。 それは、自分が足止めをするというもの。 ポロンと同じ自己犠牲。 けれども、ポロンと唯一違う点は。 ライラが出した結論への過程。 それは、戦士として冷静に、もっとも全員が生き残れる可能性の高い答えを出したという点であった。 ライラは、自分だけならラケシスに勝てなくとも生還できると考えていた。 だが、ポロンに任せたならそれはただの無駄死にに終わるだろう。 だから、ライラは自分が残るという結論を出したのである。 「早くっ!」 ライラが叫ぶ。 アリサとフィアがうろたえる中で、ウインディだけは冷静にライラの言葉に頷いた。 そして、背中を見せる。 ラケシスはその光景に微笑んだ。 「助け合いの精神というのは、なんとも美しい光景ね。でも……」 ラケシスは、腕を振るう。 その瞬間。 フロアを不可視の結界が覆う。 それは見えない硝子の牢のようにアリサ達の行く手を阻んだ。 ライラの顔色が変わる。 ラケシスは微笑んだ。 「悪いけど、あなた達を逃すわけにはいかないの。そう、全員に死んでもらわなければ駄目なのよ」 「テメエッ!」 ライラが、駆けた。 雷電のような疾風。 一気に斬り裂く。 だが、ラケシスはそれを片手で止めた。 「あら、怒った?」 ライラが感情的になるのは何年ぶりだろうか。 それほどまでに激昂した。 あらゆる感覚が鋭敏になる。 それと同時に剣速も上昇する。 横から斬る。 更に反対から一撃。 そして、そこから更に追撃。 タイガー・スラッシュ。 一瞬にして三状の斬撃がはしる。 「遅いわね」 それも、ラケシスには効かない。 だが、ライラにはそれがわかっていた。 だから、気を緩めない。 そのまま、レダ・スラッシュ。 黄金色の斬撃を見舞う。 ラケシスは片手で受け止める。 「ッツツァァァアアアア!」 下段から一撃。 更に、追撃。 三撃。 四撃。 演舞刃である。 ラケシスは、それも片手で防ぐ。 ライラはそこから、剣を下段に移す。 下段から背中をまわって弧を描く動き。 そして、上段から一気に斬り下ろす。 ムーン・スラッシュ。 さすがに、ラケシスは両手を使う。 ライラは地面に剣を刺す。 そして、岩を抉った。 岩斬烈破。 無数の岩つぶてがラケシスを襲う。 そこからの追撃。 剣を横にして、腹で叩く。 クラッシュ。 ラケシスが、浮く。 ライラはそれを追うように飛んだ。 そして、気を溜める。 剣に、鳳凰が宿る。 ライラは空中で下段から上段に剣を振った。 「鳳凰―――」 そのまま燕を斬る。 鳳凰が、飛ぶ。 「―――燕天武!」 吼える鳳凰。 ラケシスはそれを、防ぐこともできず。 鳳凰の炎が、天使を燃やした。 炎の柱があがる。 それと共に、ライラは全ての力を使い切る。 ライラは力尽きたように膝をつき、それでも剣で体を支えた。 もはや、息を吐くこともできないライラ。 それを代弁するように、ウインディが呟いた。 「……やったの?」 しかし、答えは無情だった。 ライラの決死の一撃にもかかわらず。 炎の中から現れたのは、無傷のラケシスだった。 ライラが奥歯をかむ。 悔しすぎて、そこから血がにじんだ。 あまりに、力量が違いすぎた。 そう、人の身では天使という神の眷属と争うには分不相応なのだ。 それほどまでに、天子は強く。 それほどまでに、人間というのは脆弱だった。 ラケシスは言った。 「今のは、ちょっとだけ痛かったわ。十発も喰らったらさすがにあたしもやられちゃうかもしれないわね」 ラケシスは腕を振り上げる。 「だから……今のうちに殺しちゃうわね」 風が、走った。 見えない風がスッと動くと、ライラはそのまま壁に叩きつけられた。 その風は、ラケシスだった。 もはや、人の身ではとらえることもできない動き。 ライラは一瞬にして気を失い、戦闘不能になった。 ラケシスは、今度はウインディに視線を動かす。 「あなた、潜在魔力が厄介ね。眠りなさい」 手を振る。 すると、ウインディも衝撃で壁に叩きつけられた。 「ウインディ!」 「ウインディさん!」 アリサとフィアが叫ぶ。 ラケシスは、二人に言う。 「安心して、まだ殺してないから。だって……」 いたずらっぽく顔をひきつらせて。 「人間って、おもちゃにして殺すものだからね」 そう。 ラケシスは神の領域に住まうものだった。 そして、人間を飼う者だった。 だから、ラケシスにとって。 だから、エンジェルナイトにとって。 人間や魔物は、ただ弄ぶものでしかない。 一言であらわすなら。 家畜。 それだけの存在。 ルドラサウムを楽しませるだけの存在。 それが、人間なのだ。 フィアは睨む。 許せなかった。 何が? ……何だろう? ただ、許せない。 ラケシスという魔性が。 ラケシスは少しだけ、顔をひきつらせる。 「女神が……」 ラケシスが、動く。 そのまま、アリサを掴んだ。 「アリサッ!」 ラケシスは、アリサを叩きつけた。 アリサは、その衝撃で気を失う。 ラケシスは、すぐ近くのポロンも掴んだ。 そして、ポロンもその傍に投げる。 ラケシスの前に、ポロンとアリサ、二人の体が横たわる。 「ポロンくん! アリサッ!」 ラケシスは、フィアに向かって微笑んだ。 そして、聞いた。 「フィア。貴方の願い、たった一つだけかなえてあげるわ」 ラケシスは、剣を取る。 「どちらか、選びなさい。選んだ方を助けてあげる」 「……え?」 フィアが、呆然とラケシスを見る。 ラケシスは微笑んだ。 「貴方は特別だから。だから、どちらか選ばせてあげるわ」 「……」 フィアは…… 答えられなかった。 ポロンくんは、大好きだ。 アリサも、同じぐらい好きだ。 それは違う好き。 だけど、同じ大きさの好き。 だから、どちらかなんて選べない。 考えが迷走するフィア。 ラケシスはだから、助け舟を出した。 「こちらの、王子様の方がいいんじゃない?」 「?」 「だって……好きなんでしょ。こっちの女は邪魔じゃない。殺した方がいいわ」 …… ……何故? ……何故、貴方達はそんなに冷徹なの? フィアは、知らずにそんなことを呟いていた。 ラケシスは、少し驚いたあと。 せきをきったように笑った。 「当然じゃない。だって……人間よ」 その時。 フィアの中で、何かが変わった。 リンクみたいな細い線が、何かとつながる。 そして、その巨大なバンクからあらゆる情報が送受信された。 いっぺんにしてあたりの空気が変わる。 ラケシスは動揺する。 そして、フィアに視線を向けた。 緑髪の少女は少しだけ髪を黄金色にして…… ……笑っていた。 「黙れ」 「何を……? !! !!!!!!」 ラケシスは、フィアの言葉が放たれた瞬間。 一切の言葉を放てなくなった。 「!!!」 動揺するラケシス。 フィアは次の句を告げる。 「土下座しろ」 ラケシスは、勢い良く地面に頭をたたきつける。 何度も。 何度も。 まるで、狂気に支配されたかのように。 だが、唯一の不幸は。 ラケシスが正常な意識を保っていたことだ。 ラケシスは、不自由な体のままでフィアを凝視する。 フィアは。 まるで、いたずらをする子供のような笑顔で。 最後の言葉を継げた。 「消えろ」 ―――我、汝の存在を受容せず。 ―――我、汝の存在を許容せず。 ―――何故なら、我は創造せし者。 ―――何故なら、我は空想せし者。 ―――何故なら、我は……削除せし者。 ―――許されざる罪。 ―――永劫なる混沌。 ―――その果てに存在する汝ではあるが。 ―――些か、我は気を害した。 ―――だから汝は。 ―――この未来百億年の間。 ―――存在を認めないことにしよう。 ―――神の眷属ラケシスよ ーーーうせろ! 「!!!!!!!!!!!!!!!!!」 声にならない絶叫。 ラケシスは消えていく。 それは、死ではない。 存在の消去。 輪廻からの解脱。 永遠なる無への入り口。 次無き終わり。 デリート。 そして。 フォーマット。 ラケシスは、この世界から永遠に存在を抹消された。 ●〜〜〜● ポロンは、目を覚ました。 朦朧とする意識。 ポロンは辺りを見回す。 そこは、崩壊したグランバーグ邸。 辺りには、アリサ達が気絶していた。 ポロンは慌てて起き上がる。 そして、近くで倒れているライラを起こした。 不思議なことに、怪我は完治していた。 「ライラッ! ライラッ!」 「……ん?」 ライラがゆっくりと起き上がる。 そして、頭を抑えた。 「……ポロンくん。あれ? あの天使は?」 「わからない。気付いたらいなくなってた」 「……そう。もしかしたら逃げたのかもしれないわね」 「逃げた?」 「何らかの理由があって」 それもあるかもしれない。 事情ある撤退。 ならば、その事情はなんのだろう。 ポロンはそんなことを考えながらライラに手を差し伸べる。 ポロンとライラは、アリサ達を起こしていった。 なぜか、みんな傷が治っていた。 だれか、治療してくれたのだろうか。 謎は深まるだけだ。 全員を起こし、不可解な謎を残したまま屋敷を出る。 なにか、釈然としない。 アリサに聞いても、フィアに聞いても解からなかった。 解けない問いばかりだ。 すると、向こうからレリューコフ側の兵士が数人、駆けて来た。 「レリューコフ軍の勝利です!」 青年の一人が叫ぶ。 すると、不思議なことに様々な感情は氷のように溶けて。 ポロン達に笑みが戻った。 |
ヘルマン兵の姿が無くなったアークグラード。 ポロンは、一人その町を歩いていた。 午後には、アジトに戻らなければならない。 なぜなら、重要な客が現れるからだ。 だから、少し急ぎ足でポロンは、アークグラードの市街に向かった。 ●〜〜〜● ポロンは、民家の扉を開く。 すると、扉から若い女性が現れた。 年の頃なら三十いくつか、少し疲れた顔をしている。 ポロンは、彼女が弱っている理由を知っていた。 「友達からの預かりものを届けに来ました」 エリザベス=ウォーレスに、ポロンはダイヤの指輪を渡した。 ●〜〜〜● 「そうですか。息子が……」 母は、大事そうに指輪を眺める。 そして、愛しそうにその指輪を撫ぜた。 「少し、昔話を聞いてくれませんか?」 ポロンは頷く。 クリスは、アークグラードの学校に通う少年だった。 勤勉で優秀。 少し、運動音痴な青年。 おくてで彼女はいない。 けれども、幼馴染と良い関係であった。 幼い頃はいじめられていた。 クリスはそれが悔しくて、剣の練習を始めた。 日に日に、クリスは強くなっていった。 クリスを師事した教師は言った。 「この子は将来、ヘルマンを変える人物になる」 その教師は、ホ・ラガという老人にそう聞かされた。 同時に、聞かされたこともある。 「この子は生死を迷うことがあるだろう。だが、それに勝てば将来、レリューコフを継ぐ人材と変わろう」 温厚な青年は優しかった。 横切る虫を踏めなかった。 りんごをかじるのが好きだった。 幼馴染の子を気にしていた。 この戦いが終わったらキスしてくれるという約束をしていた。 母思いだった。 夢があった。 今より、少しだけ立派な人間になりたいという夢が。 剣が好きだった。 剣の腕を磨くのが好きだった。 人を傷つけるのは嫌いだった。 臆病だった。 殴られるのが怖かった。 戦場に向かう前、震えていた。 そして、死にたくないと泣いた。 レリューコフの名前を必死に叫びながら槍を振るった。 一日目は助かると思っていた。 二日目に、助からないと知って泣きじゃくった。 三日目は、覚悟を決めた。 笑いながら死にたいと、最後に言った。 希望があった。 未来があった。 けど。 今は消えてしまった。 「……すいません」 ポロンは、謝った。 けれども、エリザベスはニッコリと笑い言った。 「謝らないで下さい。あの子は、この国の未来の為に戦っただけなんですから」 そして、続けて言う。 「この国の未来の為に戦っただけの普通の子供なんですから」 ポロンはうつむいたあと。 エリザベスに聞いた。 「彼を……親友と呼んでいいですか?」 エリザベスは頷く。 「ええ」 そして、ダイヤの指輪を渡した。 「これは、殿下に差し上げます」 ダイヤは価値のある宝石だ。 だが、このダイヤの指輪はそれだけではなかった。 ポロンは腕に、指輪をはめる。 指輪は、小ぶりのダイヤながら重かった。 ●〜〜〜● ポロンは、覚悟を決めていた。 本来なら、もっと早く覚悟を決めるべきだった。 遅すぎたぐらいだ。 だが、すでに決意していた。 ポロンが、パランチョ王国の次期国王としてレリューコフ=バーコフを王国の将にすることを。 そして、アークグラードに永劫の平和を取り戻すことを。 その為なら。 この命、国とレリューコフの為に使おうと。 民は自由を約束されるべきだ。 軍国主義でもかまわない。 貴族が特権を握っていてもかまわない。 魔法使いが偉ぶっていてもかまわない。 ただ、平民が侵されること無く自由に暮らせる世界。 今はただの理想だが、理想だからこそ貫かなければならない。 そうなれば、状況も変わってくる。 もしかしたら、アリサ達との別れにつながるかもしれない。 けれども、それでも。 ポロンは、最後まで責任を持ちアークグラード人民の自由を勝ち取るつもりだった。 革命軍のアジト。 その一階。 レリューコフは、大柄な男を出迎えた。 「お久しぶりです。パットン=ミスナルジ陛下」 「まだ、殿下だ」 パットンは旧友に会うような態度で言った。 ●〜〜〜● 部屋を移り、そこは貴賓室。 身分の高い客をもてなす部屋である。 パットンは上座に座る。 その横に立つのは、ハンティ=カラーだった。 レリューコフは下座に腰をかけた。 ポロンも、その横に座る。 ライラは、ポロンの後ろに控えていた。 「さて。話を始めるか」 パットンは、口を開く。 「さて。レリューコフに問う。汝は何故、反乱を起こした? 答えよ」 レリューコフが頷く。 「アークグラードの民は、軍に侵されまともな人権を与えられませんでした。ただ続く略奪の日々。ルーディン=グランバーグはそれを放置した。いや、容認した。多くの人民が犯され、殺される日々。ワシの旧友も何人も殺されました。ワシはそれを見て見ぬことができなかった。だから……ルーディンに戦を挑みました」 「ルーディンは俺が任命した東部方面軍の将だ。信頼して任官させた。俺は奴を信用している。ヘルマンを裏切り、リーザスに寝返ったジジイよりはな」 「でも、レリューコフ将軍は民のことを考える方です。ルーディンは民を見返ろうともしなかった。そんな光景を僕は見てきた。だから……」 「黙ってろ、小僧!」 パットンの一喝。 パットンは、ポロン=チャオという後援国家の王子を視野に入れていなかった。 いや。 パットンが呟く。 「ポロン=チャオ……か。なるほど」 しかし、すぐに話題を戻す。 「レリューコフ=バーコフ。わかってるな。お前のやったことは国家反逆だ。許されざる大罪。革命師団は何人だ? いや、答えなくても知っている。この間の戦で戦力が増員されたらしいな。現在、一万、いや二万に迫る勢いか。確かに、数は多い。つぶすのは厄介だ」 そこで、視線を強める。 「だが。ワリイが反乱は放っておくとダニのように沸きやがる。だから、たとえどんな巨大な芽であれ次の驚異を防ぐためにはつぶさなきゃならねえ。わかっているな」 「……はい」 「現在、この反乱を鎮圧するため、大規模な殲滅部隊を編成している。重装歩兵二万。軽装歩兵一万二千。騎兵隊四千。重装戦車ニ千機。魔法部隊八千。指揮は俺、そして親友のヒューバット=リプトン、ここにいるハンティ=カラー、ロレックス=ガトラス、クリーム=ガノブレード、アリストレス=カーム、虫の子一匹残さない徹底的な駆除を行うつもりだ。二度とヘルマン帝国に逆らわないためにな」 「……」 絶望するレリューコフ。 敵戦力は圧倒的だ。 どのような戦略でも勝ち目は無いだろう。 レリューコフは懇願する。 「……この戦はそもそも、アークグラード解放の為に開始されたものです。現在、アークグラードは軍の支配を離れ再興への道をたどっている。パットン殿下、お願いです。ワシの首と引き換えに、アークグラードに自由を!」 「できんな」 あっさりと断る。 「ジジイの首一つで手放せるほどアークグラードは安くない。再び、東部方面軍を再結成して軍事支配を徹底させる。今度は、ルーディンの二の舞にはなるまい。それに、どの道、貴様の処刑は決定している」 「……ならば、せめて反乱軍の処遇は穏便にして欲しい。幹部は皆、首を差し上げよう。けれども、関係ない一般の者達。彼らは無罪にして欲しい。頼みます」 「よかろう」 パットンが満足げに頷く。 ポロンは、驚愕を隠せなかった。 この革命は続くと思っていた。 いずれ、レリューコフはヘルマンを倒し、アークグラードに自由を取り戻す。 そう考えていた。 だが、レリューコフの考えは初めから違っていた。 ラング・バウが本気で攻めてきたら市民兵など一瞬で蹴散らされる。 あとに待つのは一方的な虐殺だ。 レリューコフは反乱を勃発した瞬間からそれをわかっていた。 そして、それを見越していた。 だから、レリューコフにはルーディンを倒すことしか頭に無かった。 ルーディン=グランバーグ亡き今。 反乱を続ける意味はなかった。 だから、レリューコフは首を差し上げることで穏便に反乱を終わらせようとしていた。 この状況を変えるために。 その為に、レリューコフは初めから死ぬつもりだった。 ポロンは。 なぜか、それが無性に腹に立った。 許せなかった。 気付けば、口が勝手に開いていた。 「レリューコフ!」 レリューコフがポロンのほうを振り返る。 ポロンは力強く言う。 「レリューコフ、我に仕えよ」 「……は?」 「我、ポロン=チャオは次期国王として汝に願う。我の傘下に入れ。そして、我がパランチョ王国の将に成れ」 「……なにを?」 パットンが虚仮にしたように笑う。 「小僧。何をとちくるってやがる……」 「愚弄するな、ヘルマンの王子! 我はレリューコフ=バーコフと話している」 「いい度胸してやがるな」 パットンは席を立った。 そして、ポロンに歩み寄る。 二人の身長は頭一つ違う。 ポロンは見下されるような格好になる。 パットンは口調を変えた。 「小国の分際で大業な口をきくな。ポロン=チャオ王子。汝はレリューコフを傘下におさめることがどのようなことかわかっているか?」 パットンが強い口調で言う。 しかし、ポロンは圧倒されない。 凛々しく凛と答えた。 「ああ。レリューコフを傘下におさめるということ。それはこのあと何十年、ヘルマンとの禍根を生むだろう。だが……」 そこで、口調を強くする。 「我は見た。レリューコフは強き者。優しき者。多くの民に慕われる優秀な軍人だ。この人材、もし逃すのであればそれは、パランチョ王国百年の損失だろう。それに……我はレリューコフを慕っている」 「……殿下」 レリューコフはポロンを尊敬の眼差しで見た。 ポロンは更に続ける。 「そしてこのアークグラードの民、全て我が王国で引き取ろう。彼らは未来を望む高潔な若者。ヘルマンにつぶされるわけにはいかぬ」 パットンはその言葉を聞き、少し前に出る。 すると、二人の間をライラが隙のない動きで立ちふさがった。 パットンは感じた。 なるほど、強いな。 パットンは、つもりはなかったが、手を出すのを控える。 そして、頷く。 「わかった。汝がその覚悟なら、我も答えよう」 パットンは言葉を荒げて言った。 「聞け! 小国の王子! もし、汝が我等に逆らうならば我がヘルマン、その身を鬼の軍と変え、パランチョ王国を滅ぼす! 小国が、調子に乗るなど笑止!」 パットンの言葉には誰もが黙る迫力があった。 聞くだけで相手を萎縮させる響き。 それで、ポロンが謝罪をするとパットンは思っていた。 だが。 ポロンは逆に叫び返した。 「侮るな! 大国の王子!」 パットンが逆に圧倒される。 ポロンは言った。 「もし汝が国、我の王国を攻め込むなら、我等は獅子となりて戦おう。その身が砕けるまで。覚悟しろ。もし汝等が牙をむくなら、獅子のあぎと、汝の喉元を食いちぎるであろう!」 ポロンの一喝。 その言葉の強さに、パットンは。 笑った。 ポロンが、思わず唖然とする。 「ハハッ。ハハハッ。ぜんぜん似てないと思ったが、やっぱり兄弟かっ!」 ポロンはそれが、どういう意味かは分からなかった。 パットンがレリューコフに向く。 「レリューコフ」 「はい」 「汝が欲しい」 「は?」 「民に慕われ、人に慕われ、このような人材、手放すのは惜しくなった。レリューコフ、我が軍に戻って来い。そして、このアークグラードで東部方面軍を指揮してくれ」 「……しかし」 パットンは笑う。 「変わらぬな。レリューコフ。いや、変わったのか。軍の為に命を投げ出した貴様が、今は民の為に命を投げ出そうとしている。レリューコフ、俺はこのアークグラードを支配できるのはお前だけだと思っているのだが」 「……」 「それに、お前の首を斬ったらここから生きて帰れそうもないしな」 パットンは外を見る。 そこには、多くの市民が集まっていた。 その数、三万を下らない。 パットンは、再び視線を戻す。 「どうだ? レリューコフ。やってはくれぬか?」 「……」 レリューコフは、ポロンを見る。 ポロンは、ニッコリと頷いた。 レリューコフは、パットンの前で。 膝をついた。 「殿下の寛大な処置、真に有り難い限りです。このレリューコフ=バーコフ、命尽きるまで殿下の下で尽くすことを誓います」 「うむ」 パットンは満足げに微笑んだ。 「さて、そういうことで話は終わりだ。今日は帰ろう。ハンティ。行くぞ」 ハンティは頷く。 パットンは去り際にポロンの肩を叩く。 「おい。お前、酒は飲めるか?」 「……ワインぐらいなら」 ポロンは答える。 パットンは満足げに頷く。 「今度、お前とお前の兄のピッテンと、二人でラング・バウに来い。上質なワインを用意しておく」 ポロンが戸惑う。 「兄って……」 「まあ、そういうことだ」 パットンは扉を出た。 すると、そこには水色の髪の娘が待っていた。 「なるほど。寵姫に囲まれて手も出せない甲斐性無しか。あいつの言ってた通りだな」 少女、ウインディは手をあげると。 パン、とパットンの頬を叩いた。 パットンは呆気にとられる。 ウインディはパットンを睨むと、そのまま走り去っていった。 パットンは呆然と呟く。 「俺、何で殴られたんだ?」 ●〜〜〜● アークグラードからログBへの道のりを九人は歩いていた。 これから、パラオ山脈を抜けてリーザスに向かうつもりだ。 そんな中で、ウインディはつまらなそうに呟いた。 「あーあ、なんか無駄骨って感じ」 「なんで?」 キャロットが聞く。 ウインディはため息をついて。 「だって、これだけ死ぬ思いして手に入れたものなんてなんにもないじゃん。骨折り損のくたびれもうけって奴?」 「そう言わないの」 ライラがウインディの頭を叩く。 「まあ、それなりに収穫もあったはずだよ。目に見えないだろうけど」 「……目に見えるものが欲しいの」 エレーンは、アリエッタの手を取りながら言う。 「アリエッタ。友達沢山できたんだもんね」 「そうにょ」 ライラは苦笑した。 逆に、不機嫌なのはシャルムである。 爪をかじりながら目の前の光景をウンザリと見ている。 ウインディも同じように顔をしかめた。 「確かに、これは目に見えるもんだけどさ〜」 「なんか、納得いかねえ」 キャロットがため息をつく。 ため息の原因は、目の前の光景だ。 ポロン。 そして、その両脇を固めるようにアリサとフィア。 二人は互いに、ポロンを取り合うように話し続ける。 それは、敵意むき出しではなく。 ライバルが互いに楽しむように恋をしている光景。 三角関係も楽しまなければ損、というやつである。 そんなわけで、微妙な変化がいくつもあったが。 まだ、旅は続くのである。 |
レダは、氷の眼で其れを見据える。 虚空に漂う二つの意思。 嘗て、クロト、アトロポスと呼ばれた者で在った。 レダは唇を震わす。 「ラケシスは消えたか」 嗚呼、と木霊する意思の念。 「恐るべしは因果、万象を乱す神の行」 二人は頷いた。 「だが、女神を任せた汝等の失態、免罪適わぬ失態」 念が震える。 「滅びよ。愚かなりし天使の残留」 震える。 震える。 世界が。 震える。 そして。 二つの念は、虚空へと消え去った。 レダは呟く。 「虚ろいし大地を貫く愚かなる定め、今こそ」 そして、滅び逝く。 そして、腐り逝く。 |