ルートL
誰が為にパンは在る? 火の巻



 その日は、曇りだった。
 寒い風がやけに肌を刺激するような天気。
 決戦の火蓋が切られる前のスポットライトとしてはどうなのだろう。

 レリューコフ革命軍。
 第一歩兵部隊千六百。
 第二歩兵部隊千二百。
 第三歩兵部隊千二百。
 装備は、四メートルの鉄の槍と、スリング。
 全てが、練度の低い市民によって構成されている。

 対するヘルマン東部方面軍。
 第一重装歩兵部隊五百。
 第二重装歩兵部隊五百。
 第一軽歩兵部隊二百五十。
 第二軽歩兵部隊二百五十。
 騎兵親衛部隊百二十。
 重装歩兵部隊は、六メートルの槍と全身鎧で固められている。
 全身鎧は、並みの鉄の槍など通さないだろう。
 軽歩兵部隊は、弓を装備している。
 重装歩兵部隊の後ろをついて、弓による援護を行う。
 スリングよりも射程は長く殺傷力は大きい。
 そして、騎兵親衛部隊。
 ランスと全身鎧を装備した名にたがわぬ親衛隊。
 突貫力はすさまじく、引いたら最後、大きな風穴を開けられる。

 双方の軍は、グランバーグ邸を遥か後ろに向かい合っていた。
 戦の笛はまだならない。

 レリューコフ将軍は、隣に座っているポロン殿下に言った。
「緊張、しますかな。ポロン殿下」
 ポロンは、一拍おいたあと、振り向いて。
「あ、はい。緊張します」
 そう言った。
「心配することは無い。王子は旗となってここで見ているだけで良いのです」
「ええ。わかっています」
「? ……まあ、あとは王子の供が上手くやってくれることを祈るだけですが」
「はい。心配です」
「……」
 レリューコフは少し訝しげな視線を送るが、すぐにその疑念を振り払った。
「それでは、私は少し、軍を見てきます。失礼」
 レリューコフはそう言うと去っていった。
 ポロンは、フウ、と色っぽいため息をつく。
 空を見上げて一言。
「ポロンくんって、本当に馬鹿よね……」
 ポロンに化けた誰かの足元。
 そこには、ウインディ秘蔵魔法のアイテム、『変身ステッキ』が置いてあった。

 ●〜〜〜●

 グランバーグ邸。
 正面玄関を避けて裏口から入り、本館の裏庭。
 ライラ達四人は、本館の裏口にひっそりとたたずんでいた。
 この場所まで案内してくれたレリューコフ革命軍の間者が言う。
「ここの扉から入ってください。現在、グランバーグ邸に残っている人間はほとんどいません。ルーディンの側近が十数名、控えているだけです。警備は不十分。四人ならまず見つからないでしょう」
「わかった」
「これ、地図です」
 ライラはすばやく地図を見る。
 そして、印の地点を確認した。
「ここに、ルーディン配下の天使どもがいるんだね」
「ええ。現在、天使たちはこの館で高みの見物をしています。倒すなら今でしょう」
「了解、と。それじゃあ、君も行って。ここは危険だから」
「わかりました」
 間者の女は、ライラの言葉にグランバーグ邸から去っていった。
 ライラは、シャルム達三人に視線を移動させて告げる。
「これから、あたし達は敵の天使と交戦する。倒す必要は無い。時間稼ぎするだけでいい。でも、それでも天使の力は侮れない。下手をすれば帰って来れないかもしれない。だから……正直、覚悟が無いならここで帰るべきよ」
「侮ってもらっちゃあ困るわね」
 ウインディが腰に手を当てて笑う。
「あたしに覚悟がなくて、ここに来たと思って?」
「そうだぜ」
 シャルムが、拳を掌に当てた。
「アリサを取り戻すまでは帰れないな」
「あたしも」
 キャロットも強気に微笑んだ。
「仲間を助けるためだから。覚悟してる」
 ライラは満足そうに頷いた。
「いい返事が聞けて、満足だ。さてと……あとは、最後の一人」
「最後の一人?」
 キャロットの問いにライラが頷く。
「そういうわけだから。もう、隠れてないで出てきていいよ。ポロンくん」
「……ポロンくんって!」
 三人が振り返る。
 すると、そこには茶髪の童顔な少年、ポロンが現れた。
 ポロンは少し悪びれるように笑って、声をかけた。
「やあ」
 思わず、シャルムが駆け寄る。
「ちょっと、どういうことだよ! ポロンくん、レリューコフ将軍の革命軍の本陣で座ってるはずじゃないのかよ!」
「ごめん……」
「ゴメンじゃないだろ! ポロンくんがいないなら、一体誰が旗になって戦ってるんだよ!」
「……それは」
「エレーンよ」
 ウインディが変わりに答える。
「あたしがポロンくんに頼まれたのよ。人の姿を幻術か変身術で化けさせるような道具はないかって。それで、秘蔵のアイテム、変身ステッキを渡したんだけど、ポロンくんがここにいるってことはつまり、誰かをポロンくんに化けさせてポロンくんがここに来たってことになるわね。で、ポロンくんが頼めるような人物といったらエレーンぐらいだもん。そうよね、ポロンくん」
 ポロンは頷いた。
 シャルムはおもわず、ポロンの襟首を掴む。
「なら、エレーンを身代わりにしたっていうのかよ。何考えてるんだ!」
「落ち着きな。シャルム」
 ライラがシャルムの腕を取る。
 そして、ポロンの瞳を見て聞いた。
「説明してくれるね」
「……うん」
 ポロンは顔を上げた。
「……僕は。あの戦いでいろいろなものを見た。死に逝く人達や永遠に消えない傷を負う人達。そんな人達を見て、思った。彼らを護ってあげたいって……でも……」
 そこで、口調が力を増す。
「だからって、僕は! 僕は彼等の為にみんなを殺すような真似はできない! 本陣にいればエレーンは安全だ。レリューコフ将軍がきっと護ってくれる。でも、君達は違う! 君達はあの天使達と戦う! そんなの、黙って見ていられない! 僕が関わった戦争だけど、君達を巻き込むことはできないっ!」
 シャルム達は呆然とする。
 ただ一人、ライラはフウ、とため息をついて。

 パン。

 ポロンの頬を叩いた。
 大きな、平手の音が響いた。
 呆然としているポロンに、ライラが告げる。
「百の偽善を並べても結局、あんたのしたことは自分の関わった戦争のケジメもとらずに逃げ出したってことだ。そんな人間に、王になる資格があるの?」
「……ない、と思う」
「だったら、今すぐレリューコフ軍の本陣に……」
「でも……」
 ポロンが、強い口調で叫んだ。
「でも、僕はどっちも見捨てられないんだ! ライラ達も、レリューコフさん達も、ヘルマンの市民達も、フィアやアリサも、誰も、見捨てられないんだ! 誰か一人を犠牲にして、大勢を護る生き方も、大勢の人間の為に一人を助ける生き方も、僕にはできない! なら、みんな助けてやる! 僕が、この手でみんな助けてやる!」
 ライラは、ポロンの瞳を睨みつける。
 その視線は、かつて多くの死地を歩いてきた傭兵のものだった。
 ライラは、ポロンをはじめてそういう瞳で見た。
 本来なら、目を背けてもおかしくないほど鋭いものだった。
 けれども。
 ポロンは、決して目をそらさなかった。
 そのポロンの瞳に負け。
 ライラは、息を吐いた。
 そして、ニコリと笑う。
「本当に、馬鹿だね。こんな馬鹿な奴、見たことない。こりゃあ当分、死ねないね。馬鹿なポロン王子様のおもりをできるのは、あたしぐらいだから」
「ライラ……」
「さあ、行くよ。グダグタしている時間はない。早くしないと天使がレリューコフ軍と交戦をはじめるからね」
 三人は頷く。
 ポロンも、力強く頷いた。

 ●〜〜〜●

 館が騒然としている。
 アリサとフィアは静かだが、何かおかしい館の空気を感じた。
「おかしいね」
 アリサが言う。
 フィアは頷いた。
「うん。なんか、雰囲気が変です」
「どうしたんだろう?」
 アリサの言葉に、フィアは言った。
「アリサ、ちょっと、覗いてみようか」
「のぞくって?」
「だから、屋敷の状況がどうなってるか、気になるから」
「やめたほうがいいよ」
「でも、このまま捕らえられているわけにはいかないですし」
「うーん」
 アリサは迷う。
 しかし。
 ガチャ。
「ほら、開いたよ。扉」
「……え?」
 ニッコリとノブを回して扉を開けるフィアにアリサは呆れを隠せない。
「開いたって……そんな。見張りの兵士とかいるんじゃない? フィア」
「いないみたい。ほら、誰も」
「あれ?」
 アリサは扉から顔をのぞかせ、廊下を見回す。
 いつもは騒然としているはずの屋敷。
 しかし、そこには人一人いなかった。
「……どうしたんだろう?」
 アリサが呟く。
 フィアは聞いた。
「見張りはいないし。逃げるなら今のうちかも。どうしよう」
「……うーん」
 屋敷に人がいない。
 つまり、今何か、特殊な状況下であるということだ。
 警備が手薄なら逃げることもできるかもしれない。
 アリサは、うん、と頷いた。
「わかった。逃げよう。フィア、ついてきて」
「はい」
 二人は部屋から飛び出し、廊下を駆け出した。
「フィア」
「なに?」
「いつものドジッコぶり、発揮しないでね」
「……しないよ」
 二人は笑いあう。
 そして、逃亡劇が始まった。

 ●〜〜〜●

 ポロン達は廊下をかけていた。
 長い廊下を走り抜けて、警備の目をかいくぐり、すばやく階段を上る。
 向かうは、天使達の待つ広間。
 そこで、最後の戦いが始まる。
 ポロンは、駆けながらライラに言った。
「ねえ」
 ライラが振り返る。
「なに?」
「僕、この戦いで一つ、わかったことがある」
「わかったこと?」
「僕は、戦争に向いていない」
「……そうね」
「そう思う?」
「ええ」
 ライラは言葉を続ける。
「戦争に勝つ奴っていうのは、総じて、卑怯な奴。冷徹な奴。兵士をコマとしか考えない奴。優しいとか厳しいとかは関係ない。上に立つ人間は総じて、下の人間の為に情を発揮したりしないから」
 そこで、ポロンを見る。
「でも、ポロンくんは違うでしょ。目の前で一人の兵が死にそうだったら助けるし、どんな人間だって手を差し伸べる。時には自分の身をかえりみずに。特にそれが仲間だったら命をかけることだってある。そして、名前も知らない人間の為に泣く。そんな人間に乱世を戦い抜くことはできない」
 しかし、そこで首を軽く振る。
「けれども、民を省みない人間は平時では不必要な人間よ。あたしは国政っていうのはよくわからないけど、少なくとも戦争ばっかりして民を真っ先に殺す人間より、一人の孤児に手を差し伸べるような親しみ深い王に忠誠を尽くしたい。そいつがだらしない甲斐性なしだったりしたら、あたしが助けるわ。汚れ仕事は引き受けるから」
「それって、依存じゃないかな?」
「依存ね。でも、共依存よ。互いが互いに依存する関係。相手を助け、自分も相手に助けられる。人と人との関係ってそういうものだし、そう言う関係が築ける人間こそ本当に他国との信頼を結べるわ。時には卑劣な奴がいるけど、そういうときこそあたしみたいな人間の出番なわけだし」
「……そうなんだ」
「でも、あたしの言いたいことは一つ。人は人が真価を発揮できる場所で頑張れば良い。あたしは傭兵にはなれるけど軍を率いることなんてできない。ピッテン殿下は平時には向かない方。なら、ポロンくんがそういうところを埋めれば良い。ナンバーワンなんて目指す必要は無いから、自分のできることを精一杯やればいい。えらそうなことだけどね」
「でも、やっぱり……」
「ポロンくん」
「何?」
「彼女、つくれば?」
「ええっ?」
「いっぱいいるのに。もてそうじゃないのに女の子がよってくるのは才能だと思うけどね」
「それが、どうして彼女をつくれってことに?」
「女の子がそばにいるとね、男の子っていうのは頑張っちゃうもんなの」
「でも、僕は……」
「あたしと付き合う?」
「え、いや……」
「冗談よ」
 五人は扉の前に辿り着いた。
 この先に、天使達が待っている。
 自然と、五人に緊張感が沸く。
「みんな、覚悟は良い?」
 ライラの言葉に、他の四人が頷く。
 ライラもそれを確認して。
「了解。なら、まずはあたしが入る。次に、あたしの指示でウインディとキャロットが来て。ポロンくんとシャルムは最後。わかった?」
 頷く四人。
 ライラが扉に手をかけた。
「……行くわよ」
 扉を開く。
 しかし。
 そこには誰もいなかった。
「?」
 ライラは怪訝に思いながらも注意深く部屋に入った。
 そのまま、壁に背をつけて辺りを見回す。
 死角は無い。
 どこにも、人の姿はなかった。
 目の前には玉座。
 とりあえず、安全なのは確認した。
 ライラは振り返った。
「ウインディ、キャロット。来て」
 そう、言う。
 だが、その時。
 ガキン、と扉が閉まった。
「!」
 あわてて、ライラは扉を引く。
 しかし、手ごたえはなかった。
 ライラは舌打ちする。
「チ。しくじった……」
 罠だ。
 ライラは緊張感を体に纏い、剣を抜く。
 その時。
 すぐ傍を白の光が一閃した。
 ライラは慌ててかわす。
 そして、バスターソードを抜くと臨戦態勢に入った。
 ライラの目の前。
 そこには、アトロポスがいた。
「会いたかったわ。愛しの貴方」

 ●〜〜〜●

 ポロンが振り返って聞いた。
「ライラがっ。どうしよう?」
「こうすんのよ!」
 ウインディが呪文を唱え始める。
 ポロン達は慌ててその射線からどく。
 ウインディの呪文が完成した。
「スノーレーザー!」
 氷の光が放たれる。
 光は扉に命中したが、けれどもそれを破ることはできなかった。
「チッ。もう一度!」
 だが、ウインディがもう一度呪文を唱えようとした時。
 シャルムがタックルをした。
 ウインディは押し倒される。
「ちょっと、何すんのよ!」
 しかし、ウインディはすぐに気付く。
 自分の頭を貫くようにホワイトレーザーが放たれたことに。
 ホワイトレーザーの放たれた先。
 そこには、一人の天使がいた。
「こんにちは、可愛いお嬢ちゃん達」
 天使は頬に手を当てて言った。
「私の名前はクロト、よろしくね」
 そこで、少し考えるそぶりをする。
「挨拶としては弱いわね。それじゃあ、すこし出会いを歓迎して。軽い余興をするわね」
 クロトは手をあげた。
 ウインディとキャロットは咄嗟にそれが危ない事態だと悟る。
 二人は一斉に防御呪文を唱え始めた。
 クロトの魔法が放たれる。
「ライトボム」
 光が輝いた。
 巨大な光は、ゆっくりと移動していく。
 そして。
 爆発した。
 その威力は驚異。
 一気に廊下を巻き込みながら、その爆炎で踊りかかってくる。
 ウインディとキャロットは一斉に呪文を唱えた。
『マジックバリアッ!』
 魔法の障壁が重なるようにつくられる。
 強力な防御壁。
 しかし、それでも光は強烈な勢いで牙をむきだしにしてくる。
 炎が、破裂する。
 そして、爆発は収まった。
 あとに残ったのは黒焦げの廊下と無事な姿の四人だった。
 クロトが残念そうに笑った。
「あら、生きてたの? これで片付いたと思ったのに」
 四人は焦燥していた。
 天使の強さを実感したからだ。
 あっさりと、高位の魔術であるライトボムを使いこなす。
 さらに、そのあとも平然とした様子である。
 確かに、強い。
 強すぎる。
 ここは、四人で一気に相手にするべきだ。
 ポロンはそう思い、それを言おうとした。
 だが。
「行って!」
 ウインディが言った。
「え?」
 ポロンが聞き返す暇も無く。
「ポロンくんとシャルムは行って。ここは、あたしとキャロットが引き受けるから」
「でも」
「ライラはおそらく、天使の一匹と戦ってる。そして、ここにもう一匹。なら、最後の一匹は二人で相手にするのよ。さあ、早く! そうしないと全てが無駄骨よ!」
「……わかった」
 ポロンとシャルムは、ウインディ達に背中を向ける。
 振り向いて。
「気を付けて」
 ウインディとキャロットは満足そうに笑った。
 ポロンとシャルムはそのまま走り去る。
 その光景に、クロトが聞いた。
「いいの? 行かせちゃって」
 ウインディはしかし、自信満々に。
「いいのよ。あんたみたいな三下。あたし一人で相手にできるわ」
「……三下? いい度胸してるじゃない」
「あら、怒ったの。三下。意外と短気なのね」
 ウインディの挑発に、クロトは怒りを隠しきれなかった。
 クロトが叫ぶ。
「いい度胸をしているな、人間。後悔させてやる!」
 ウインディは横のキャロットに言った。
「準備は良い?」
 キャロットは頷いた。
「うん」

 ●〜〜〜●

 ポロンとシャルムは廊下を駆けていた。
 元来た道を戻り、階段を下りる。
 すると、そこは玄関前の大きなフロア。
 二人はそのフロアの中心にやってきた。
「これから、どうする?」
 シャルムが聞いてくる。
 ポロンは、すこし考えてから答えた。
「とりあえず、ウインディの言うように三体目の天使を探そう。レリューコフ将軍が起こしているあの紛争に行かせるわけにはいかないから」
「なら、何処を探す?」
「……そうだな?」

「誰をお探しなのかしら?」

 響くようなその言葉に、ポロンとシャルムは慌てて後ろを振り向いた。
 三人目の天使がいた。
 ラケシスは二階の手すりに腰をかけて聞いた。
「こんなところに来るなんて、さぞかし大変だったわね。ようこそ、あたし達の城に」
 そして、おかしそうに笑った。
「そう、あなた達、あたし達がルーディンに加勢するのが厄介なのね」
 肩をすくめた。
「でも、安心なさい。ルーディンはもう用済みだから」
「どういうことだ!」
 ラケシスは再び、くすりと笑う。
「言った通りよ。あたし達の役目はもう果たしたの。ルーディンを手伝う気もなければ人間ごときのままごと戦争ゲームに付き合う気も無いわ。そう……あの娘を手に入れたのだから」
「あの娘? フィアのことか?」
「そう。あなた達はあの子のことをそう呼んでいるのね。フィア……確かに良い名前ね。今のあの子にピッタリだわ」
「……お前。フィアのこと、知ってんのか?」
 シャルムの問いに、ラケシスは頷く。
「ええ、あなた達よりはね。……まあ、教えてあげる義理は無いけど」
 そう言うと、ラケシスは剣を抜く。
「とある事情でね、あなた達を生かしておくわけにはいかないのよ。だから……ここで死んでもらうわ!」
 ラケシスは。
 二階の手すりから―――飛んだ。

 ●〜〜〜●

 アークグラード北、やや北西。
 そこに広がる広大な荒地。
 そこに、いまだ二つの軍はにらみ合っていた。
 レリューコフは待っていた。
 時を。
 そして、時期は来た。
 ルーディンの館で、巨大な爆発が起こった。
「始まったか……」
 レリューコフはポロン……正確にはポロンに変身したエレーンに告げた。
「殿下。それでは、決着をつけましょう。皆に、言葉を」
「……はい」
 エレーンは、ポロンのように叫んだ。
「皆のもの、今こそアークグラードの土地を、、人を、そこに住むものの幸福を我等の手に取り戻す! そのために、みんな、全力で戦って欲しい!」
 レリューコフ革命軍に歓声が沸く。
 士気は最高潮だった。
 そう。
 この戦いで全てが終わる。
 レリューコフは叫ぶ。
「今こそ、革命の時! 正義は我等に! 戦いの狼煙をあげよ! 全軍、進撃!」
 その言葉に、レリューコフ革命軍は動いた。
 ルーディンの独裁体制から自由を勝ち取るために。

 一方、ルーディンのヘルマン軍は動きが止まっていた。
 なぜなら、ルーディンの館が謎の爆発を遂げたからである。
 そのことに、ルーディンは動揺を隠せなかった。
 だから、軍の進撃が遅れた。
「……クッ。レリューコフ軍が攻めてきたというのに、ラケシス達は何をしている? それに、あの爆発はなんだ? おい、お前。調べて来い!」
「はっ!」
 ヘルマン兵の一人が、慌てて馬に乗り、屋敷に向かった。
 ルーディンは爪を噛みながら言う。
「クソッ。レリューコフはまだ戦うつもりでいるのか。ヘルマンの正規軍に勝てるわけが無いだろ」
 苛立つルーディンの元に、騎兵隊の部隊長が駆け寄ってきた。
「将軍。進撃命令は?」
「まだだ。ラケシス達がいない」
「あの女達を待っていたら、レリューコフ軍にやられるだけです。将軍、進撃命令を!」
「しかし、ラケシス達は戦力になる!」
「将軍、我々を信用していないのですか?」
「ああ! 前回の戦いでたった五千の市民兵に推されていてはな」
「……」
 ルーディンは息を吐く。
「しかたない。これ以上ラケシス達を待つのは無駄だ。はじめるか」
 ルーディンは呟くと、立ち上がった。
 そして、叫ぶ。
「今より、忌まわしい反乱軍を完全に除去する! ヘルマン五百年、その驚異をレリューコフ率いる愚かな軍勢に教えてやろうぞ! 全軍、進撃を開始せよ!」
 
 戦いが始まった。

 ●〜〜〜●

「ホワイトレーザー!」
 アトロポスが呪文を唱える。
 幾状もの光の束がライラに襲いかかった。
 しかし、ライラは軽くよける。
 ついでに軽口も。
「芸の無いやつだね」
 アトロポスはそのまま、距離を詰める。
 そして、ロングソードで斬りかかった。
 ライラは、それをバスターソードで斬り払う。
 二合、三合。
 四合目でつばぜり合いになった。
「本当に会いたかったわ。あなたに。あたしの美しい肢体を傷つけた貴方にね」
 つばぜり合いでは、明らかにアトロポスが有利だった。
 けれども、手を抜いているのか一向に場は動かない。
「腹の傷は治ったのかい?」
 ライラが聞く。
 アトロポスは口元をひきつらせて答えた。
「ええ。おかげさまで。でも、痛くて痛くて。三日間苦しんだわ。貴方のその剣、普通の剣じゃ無いわね」
「形見だよ。思いが詰まってるのさ」
「思いが強さになる? 詩人ね。剣士より吟遊詩人のほうが向いているんじゃない?」
「さて……ね!」
 剣を払う。
 それとともに、二人の距離は開いた。
「ライラ……そう、ライラね。調べたわ。ヘルマン生まれの傭兵崩れね。あたし、あなたのことが忘れられなくなった。この傷は治っても、心の傷は永遠になくならない。この傷を完全に治すには……貴方に死んでもらうしかないの」
「それは、同情するよ」
 ライラは笑みを浮かべる。
「アンタの傷は永遠に治ることは無い。なぜなら、アンタにはあたしは永遠に殺せないからね」
「人間風情が戯けたことを。劣等種族はこれだから愚かしい」
「愚かしい? 落ちた天使が何を言ってんだか?」
「……落ちた天使?」
 アトロポスの顔色が変わる。
 しかし、ライラは相変わらず淡々とした口調で語った。
「落ちた天使と言ったんだ。堕天。神無きこの世界であんた達はしょせん、虚ろな者だよ。それが、堕天以外、なんて言うの?」
「……ブタ野郎が」
 アトロポスが再び、剣を構えた。
「醜き人間が。目障りだ。殺してやる」
 
 ●〜〜〜●

「スノーレーザーッ!」
「ファイヤーレーザーッ!」
 ウインディとキャロットは同時に魔法を唱える。
 しかし、クロトは。
「マジックバリア」
 障壁を生み出した。
 その障壁で、ニ状の光を打ち消す。
 クロトは笑った。
「人間とは、脆弱なものね。これほどの魔力しかもってないのか」
「クッ。次!」
 ウインディは再び魔法を唱える。
「氷の矢!」
 氷の槍が幾重にも成り、放たれる。
 だが、クロトは掌を掲げた。
「光の槍」
 強力な光が生まれる。
 巨大な槍は白く輝き、強烈な熱と共に撃たれる。
 それは、ウインディの氷の矢を消し去る―――はずだった。
 けれども。
「光の槍っ!」
 キャロットの唱えた光の槍が、それを相殺した。
 空中ではじける二つの槍。
 クロトは更に追撃してくる氷の矢をかわした。
「ライトボムッ!」
 巨大な光の玉が放たれる。
 キャロットは相殺の魔法を唱えた。
「火爆破っ!」
 炎が、光の玉を包み込む。
 それと同時に、爆発が起こった。
 ウインディは咄嗟に呪文を唱えた。
「マジックバリア!」
 炎の衝撃波が来る。
 魔法の障壁はその炎の衝撃波を防いだ。
 衝撃が止み。
 場が落ち着いたところでウインディが叫ぶ。
「アホッ! もうちょっとで巻き込まれるところだったじゃない!」
「ごめんなさい!」
「でも、これで相手も無事なわけないか。ラッキーってヤツ?」
 ウインディがそんなことを言っていると。
 炎の中から、女が現れた。
「……なにが、ラッキーなのかしら?」
「ゲッ。生きてた!」
 クロトは、煤だらけだがまったくダメージを負ってなかった。
 恐るべしは、天使の魔法耐性である。
「少し熱かったけど、どうってことなかったわね。あら、何か?」
「何か? じゃなくて、人間なら丸焼けよ!」
「そう。人間とは本当に脆弱な生き物なのね」
 クロトが笑う。
 眉間にしわを寄せるウインディの横でキャロットが聞いた。
「ウインディ。どうしよう」
「……」
 ウインディは考える。
 一直線の狭い廊下。
 ここでは、純粋な魔法の撃ち合いになる。
 二人の魔力が尽きるのが早いか、天使が力尽きるのが早いか。
 答えは、言うまでもないだろう。
 戦うなら、広い場所が良い。
 二人で天使を挟み撃ちできるような。
 だからといって天井のない場所は、空に逃げられる。
 天井が低くて、広い場所。
 ウインディは咄嗟に思いつく。
「キャロット、ついてきて!」
「え?」
 ウインディはキャロットの返事を待たずに、駆け出した。
 クロトは微笑んだ。
「あら、何処に連れて行ってくれるのかしら?」

 ●〜〜〜●

 剣の一振り。
 ポロンの目には、それがとらえられなかった。
 咄嗟に後ろにかわす。
 しかし、それはラケシスの思うつぼだった。
「一人」
 返す刀で一歩前に出る。
 そして、ポロンの体を斬り裂こうとした。
 だが。
「チェイヤァァァァ!」
 シャルム、渾身のキックが炸裂。
 顔面にそれを浴びたラケシスは、少し吹き飛ぶ。
「チッ」
 シャルムが、更に追撃をかける。
 咄嗟に駆け出し。
 しかし、足を止めた。
 天使がスッと手を振りかざした瞬間。
 目の前に、真空の刃が振りかざされた。
 止まっていなかったら、胴体を二つに両断されていた。
 シャルムは、掌に気を集める。
 気の概念。
 それは、チャクラ。
 体の気孔を開き、爆発的な力を発揮することである。
 シャルムは昔、少しの間、気を自在に扱う修行をしていたことがあった。
 だからその結果、簡単な気の技なら使えるようになっていた。
 掌の気孔を開き、超自然的力を収束する。
 そして、放った。
「波動掌!」
 巨大な気弾が放たれる。
 天使はしかし、それを軽く剣で薙ぐ。
 そのまま、飛んだ。
 剣での一撃。
 シャルムはそれを小手で防ごうとして。
 やめた。
 かわりに、間を詰めて剣撃から身を防ぐ。
 そして、密着した体制で。
「波動衝破!」
 気の混じった掌低を放つ。
 ラケシスは少しだけ体制を崩すが。
 すぐに、笑みを戻す。
 そして、シャルムの腹を殴った。
 ガンッ、と貫かれる。
 そのまま、地面を転がっていった。
 シャルムは、動かなくなる。
「シャルムッ!」
 ポロンが叫んだ。
 ラケシスは逆に、嘲りをまじえた笑みを浮かべた。
「人間とは弱い生き物ね。ちょっと触っただけなのに、あっさりと気を失う。私にはわからないわ。なぜ、レダ様がこんな人間を恐れるのか?」
「……レダ?」
「貴方は知らなくていいことよ。それより、どうなの? あなたは戦わないのかしら? 腰抜け坊や」
「……」
 ポロンは、体が動かなかった。
 正直、はじめの斬撃で明らかに天使との力量の差がわかった。
 その力の差は、如何ともし難い大きな差。
 人間の身でこの天使を倒すのは、困難……ではなく不可能といった方が良い。
 それこそ、歴戦の勇士ならとにかく。ポロンはただの格闘家だ。
 実戦経験もそれほど無いし、ポロン程度の人間なら世界にいくらでもいる。
 その身で、天使に挑もうなど、身の程知らずなことだったのだ。
 ポロンは、悔しさに顔をゆがませる。
 ラケシスは、その姿をみておかしそうに言った。
「そういえば、あの二人」
 口元に手を当てる。
「ルーディンが食べちゃったわ」
 その瞬間。
 ポロンの中で何かがはじけた。
 うつむいていた顔をラケシスに向けて、睨みつける。
 ポロンは、立ち上がった。
 ラケシスはうれしそうな表情をした。
「あら、いい顔ね。先ほどまで怯えていた坊やとは思えないわ」
「……フィアとアリサがルーディンに乱暴された……本当か?」
「さあね?」
 ポロンは、強い口調で言った。
「答えろ!」
 ラケシスの顔が少しだけゆがむ。
 そして、意地悪そうに顔をひきつらせた。
「本当よ」
 ポロンは駆け出した。
 我慢できなかった。
 あの二人が暴行されたことが。
 もう、許す気にはなれない。
 体が砕けるまで、戦ってやる。
 ラケシスが剣を構えた。
「相手になってあげましょう」

 ●〜〜〜●

 そして、レリューコフ軍とヘルマン軍がぶつかった。
 その前に、両軍軽装歩兵の援護があった。
 ヘルマン軍は弓兵が、かなりの戦果を上げた。
 だが、レリューコフ軍は投石隊がそれほど戦果を上げられなかった。
 士気はヘルマンに片寄っていた。
 レリューコフ軍の士気が低いまま、両軍がぶつかる。
 それは、まずい状況だった。
 レリューコフは、ポロンに変身したエレーンに言う。
「殿下、少し前に出ます」
「前に?」
「兵どもの士気が下がっています。このままでは、重装歩兵の体当たりに敵いません」
「わかりました。将軍。お気をつけて」
 レリューコフは頷いた。
 そして、慌てて用意した馬に乗り込む。
 そのまま、戦場にかける。
 やや混戦模様の舞台を抜け、その中心に立つ。
「戦列を乱すな! 士気を高めろ! 忘れたか? この戦争は自由と勝利を勝ち取るため! 今やらなければいつ、戦う? 自由は目前だ! 一同、踏ん張れ! ヘルマンの重装歩兵ごときに遅れをとるな!」
 すると、レリューコフが来たことで革命軍の兵士達は士気を取り戻した。
 歓声を上げて、力強く踏ん張る。
 明らかに強力な重装歩兵に、死を覚悟した猛攻をかけた。
「深追いするな! 戦線を維持しろ! 冷静になれ! 勝つために奮起しろ!」
 レリューコフは、叫んだ。
 その時。
 ヘルマン軍の軽装歩兵が弓矢を構えた。
 レリューコフは慌てて叫ぶ。
「盾防御! 弓矢での攻撃が来る! 姿勢を低く! 矢の攻撃を防げ!」
 中列、後列の兵士達は盾を構える。
 レリューコフも馬を下りて盾を構えた。
 矢が射られる。

 ザッ。

 ある矢は盾に刺さり。
 ある矢は誰かの心臓に刺さった。
 被害は少ない。
 しかし、そこである事態が起こった。
 レリューコフの肩に、巨大な矢が刺さっていた。
 その場の兵士達は騒然とする。
 士気が、下がった。
 レリューコフは、肩の矢を確認してから静かに辺りを見回す。
 そして、皆の視線を集めるように馬に乗った。
 そのまま。
 弓を抜いた。
 血が溢れる。
 場の一同は、騒然とその光景に注目する。
 レリューコフは、叫んだ。
「この矢は、ワシを倒すことが敵わなかった。なぜだかわかるか?」
 誰も、答えない。
 かわりに、レリューコフが叫んだ。
「なぜなら、ワシ等は神に護られている! そう、この勝利は神が約束したもの! 神はこの戦いに勝利しろと言われている! ならば、我等のすることはなんだ?」
 場が静まり返る。
 レリューコフは静かに、それでも聞こえるような大きな声で言った。
「この戦いに勝つということだ!」
 士気が、戻った。
 いや、先ほどよりも高い。
 レリューコフの捨て身の言葉は、兵士達の心に届いた。
 だが、傷は深い。
 慌てて衛生兵の一人が駆け寄る。
「レリューコフ将軍。後ろに」
「ああ」
 レリューコフは慌てて、馬を戻した。

 ルーディンは苛立つように呟く。
「レリューコフめ。下らぬ三文芝居をして。芸人のつもりか?」
 そして、辺りを見回す。
「ラケシス達はまだ、戻らぬのか?」
 そのとき、早馬が戻ってくる。
 兵士がルーディンの元に駆けた。
「どうだ? ラケシス達の様子は?」
「それが……」
 兵士が少し口ごもるように言った。
「どうやら、屋敷に侵入者が現れたようです」
 ルーディンはその言葉に、顔色を変えた。

 ●〜〜〜●

 アトロポスは、下段から斬り上げる。
 ライラは左によける。
 そして、そのまま薙ぐ。
 アトロポスはそれを切り払った。
 ライラは追撃する。
 ニ断ち。
 三断ち。
 アトロポスは払いをまじえながら反撃する。
 ライラはそれをかわし、払った。
 アトロポスが切り払ったところに一撃を叩き込む。
 アトロポスはそれをかわす。
 そして、距離を取った。
「ホワイトレーザーッ!」
 ライラは四状の光に。
 そのまま突っ込んだ。
「正気か?」
 アトロポスの驚愕。
 ライラはそれを耳にもせず、光をかわし。
 一気に間を詰めた。
「ハッ!」
 穿つ、アロースイング。
 ライラは、前方に踏み出しながら矢のような斬撃を放った。
 アトロポスは左後ろにかわす。
 それが、判断の間違いだった。
 ライラの一撃は深く踏み込んだもので、アトロポスの左腹を抉った。
「チィィィィイイイ!」
 アトロポスが飛んだ。
 一瞬にしてライラの後ろにまで跳躍する。
 しかし、ライラはその動きを見切っていた。
 気が、溜まる。
 アトロポスはその鋭敏な勘から、一気に下がった。
 そこに、剣撃が舞った。
「ッツァァア!」
 レダ・スラッシュ。
 レダの一撃と呼ばれているそれは瞬時に気を溜め、周りを薙ぐ技である。
 対大多数との戦いを前提に生み出した技だ。
 かつて、クラスチェンジした時の感覚を参考にしたと言っても良い。
 アトロポスは瞬時に下がったが。
 けれどもその気の一撃で、羽根に傷を負った。
 ライラがゆっくりと振り返る。
「これで、もう飛べないね」
 アトロポスが仁王の顔をする。
「貴様ごとき……羽根がなくとも葬りさることなど容易い!」
「なら、やってみな」
「糞野郎が……殺してやるぞ!」
 アトロポスは、剣を振り上げ。
 そのまま、地面に叩きつけた。
「食らえっ!」
 豪翔破。
 地面に剣を叩きつけ、衝撃波を放つ技だ。
 衝撃が襲う。
 しかし、ライラはあっさりとそれをかわした。
「チィィィ!」
 アトロポスは更に、豪翔破を放つ。
 無数の衝撃波が地面を流れる。
 しかし、ライラはそれを冷静にかわしていった。
「餓鬼のままごとだね」
 ライラが鼻で笑った。
 アトロポスは激昂する。
「死ねっ! 売女っ!」
 アトロポスが、駆ける。
 一瞬で薙ぐ。
 それは、人の視覚が追えない速さ。
 けれども、ライラはそれを咄嗟に弾いた。
「なぜ、見えるっ?」
 アトロポスの言葉に、ライラは笑みを浮かべ答えた。
「目の前で、アンタの数倍強い奴を見てきたからさ」
「ふざけるなっ!」
 アトロポスが剣を振り回した。
 烈風のごとき斬撃が、無数に襲う。
 十を超え。
 二十を超え。
 三十を超えた。
 だが、斬撃の数だけ疲労するのはアトロポスだった。
 肉体が疲労しているのではない。
 精神が疲労しているのだ。
 手数は明らかにアトロポスが多い。
 身体能力もアトロポスの方が上だ。
 なのに、ライラには勝てない。
 それどころか、戦えば戦うほどおされていくのがわかる。
 それは、純粋な練度の問題であった。
 ライラの技量は、アトロポスを圧倒的に凌いでいた。
 ライラは思う。
(フェル。あなたがあの夢を見させたのはこの時の為だったんだ……)
 アトロポスは剣を薙ぐ。
 剣を払う。
 剣を突く。
 斬り。
 断ち。
 なでる。
 しかし、その攻撃は全てライラに防がれた。
 そして、驚異的な一撃で反撃される。
 これは、明らかな消耗戦だった。
 アトロポスの手数が減るにつれ、ライラの手数は増えていく。
 アトロポスは反撃をしようとする。
 だが、それをフェイントで防がれてしまう。
 更に、その隙を断ち切る一撃。
 離れると、矢のように前に出てくる。
 すでに、魔法を唱える余力も残っていなかった。
 アトロポスは、決意した。
 この敵は全力、命を賭して戦わなければ勝てないと。
 アトロポスは、気を放った。
「ハッ!」
 光が、衝撃になる。
 ライラは一瞬、足を止めた。
 しかし、それだけでアトロポスが間をとるには十分だった。
 二人の距離が開く。
 アトロポスは、ライラに言った。
「ライラ。貴様を私は侮っていた。人間風情と。しかし、貴様は他の人間とは違う。はっきり言って強い。だから、私も全力で相手する。たとえ、この身が朽ち果てようと貴様を―――倒す!」
 アトロポスは、構える。
 その体に気が溜まる。
 それは、必殺の構え。
 アトロポスが放とうとしている究極の技。
 もし、天使が、己が生命を賭すと言うなら。
 それは、大地を穿つ驚異の一撃なのだろう。
 アトロポスは、剣を振り上げた。
 その目の前に巨大な光輪が生まれた。
「絶対なる(アブソリュート)―――」
 光が、強大なエネルギーを収束させる。
 アトロポスは剣を掲げ。
 それを。
 振り下ろした。
「―――天使の光輪(ヘイロウ)!」
 その瞬間。
 天使の輪から強力な光が放たれた。
 その光は、全てを飲み込み。
 ライラを、包み込んだ。

 ●〜〜〜●

 ウインディとキャロットは駆けていた。
 クロトを誘い込むように廊下を走り抜ける。
 クロトもクロトで、その状況を楽しむようにゆっくりと歩いていく。
 二人が角を曲がった。
 クロトも、その角に差しかかる。
 その時。
「ファイヤーレーザーッ!」
 キャロットが呪文で不意打ちする。
「マジックバリア」
 四状の炎の光。
 クロトは、あっさりと魔法の障壁で防いだ。
「小癪」
 クロトは、少し苛立ちながらも二人のあとをつけた。
 二人は裏手の小さな階段から一階に降りる。
 そして、裏口から表に出た。
 そのまま裏庭を突っ切り、別館に向かう。
「ホワイトレーザー」
 クロトは牽制に魔法を唱える。
 ウインディは咄嗟に防御呪文を唱えた。
「マジックバリア」
 その足で、二人は別館に入った。
 クロトも、そのあとを追って別館の扉をくぐる。
 そこは。
 ダンスホールだった。
「なるほど。ここが貴方達の選んだ戦場っていうわけね」
 クロトは、目の前の影に向かって言った。
 影、ウインディが頷く。
「そのとおりよ」
 ダンスホールに照明がついた。
 そして、音楽が鳴り響く。
 クロトは感嘆の息を吐いた。
「人間風情が、粋なことをするわね」
 ウインディはおかしそうに答える。
「レクイエムよ。あなたのね」
 クロトの顔色が変わった。
「ほう。レクイエム。確かに面白い。そのような世迷言をほざくとは」
「世迷言? どうかしら。あたし、ドサンピンのザコに負ける気、ないのよね〜」
「……」
 クロトの顔が険しくなった。
「言うな。人間。しかし、そのドサンピンとやらに殺されるお前等はなんなのだ?」
「やられる? そんなわけないじゃない。身の程を知りなさい」
 髪を払う。
 そして、言った。
「さて、はじめましょうか」
 二人は、呪文を唱え始めた。
「スノーレーザーッ!」
「ホワイトレーザー」
 二つの光は、しかし互いに相殺される。
 ウインディは更に呪文を唱える。
「白冷激ッ!」
 瞬間、クロトの足元から巨大な氷の槍が生み出された。
 クロトは、空を飛ぶ。
「今よ!」
 しまった!
 クロトは、感づいた。
 今まで、片割れが隠れていたことに。
 そして、その片割れが強力な呪文を唱えていることに。
「白色―――」
 クリスタルリングを装備して、魔力を増加させたキャロット。
 その掌には、強大な魔力が宿っていた。
 キャロットはその魔力の塊を掲げ。
 放つ。
「―――破壊光線!」
 白の光。
 強大なる閃光。
 破壊の光線が今、一状煌いた。
 光は天使を飲み込む。
 そして。
 そのまま、別館の天井ごと突き破った。
 空を、白の光が貫いた。
 そして、そこに残ったもの。
 それは、塵のみだった。
「よっしゃあ! ビクトリィ!」
 ウインディがガッツポーズをする。
「キャロット、ナイスコンビネーション。さすが、あたしの相棒!」
「そんな、ウインディ。誉めすぎだって」
「いや、今の連携は物凄く良かったって。今度、もう一回やろ」
「あ。えへへ」
 キャロットが照れ笑いをする。
 ウインディも満足そうに微笑んだ。
「しかし、これで一匹か。天使っていうのも思ったより強くないのね。この程度で倒せるんだから。それより、あたしが強いのかしら。アハハッ!」
「それは……」
 キャロットが苦笑いを浮かべる。
 そして。
 何気なく、空を見た。
 そこに、人影があった。
 キャロットは咄嗟に呪文を唱える。
 しかし、間に合うかわからない。
 それに、どのみちあれほどの呪文は、魔法障壁で防げない。
 なら。
 せめて、ウインディだけでも。
 キャロットはウインディを押し倒した。
 そのまま。
 呪文を展開させた。
「マジックバリアッ!」
 ウインディははじめ、どういう意味かわからなかった。
 しかし、押し倒されて初めてわかった。
 空を見上げると。
 そこには、鬼の形相をしたクロトがいた。
 クロトは、呪文を唱える。
「ライトビーム」
 巨大な閃光が、クロトの掲げた魔法の塊から溢れ出した。
 その閃光は。



 別館を粉々に打ち砕いた。