ヘルマン帝国。 大陸北部に位置する軍事大国。 LPニ年三月にヘルマン共和国、当時の皇帝死去と共に帝国へと改名した。 前身となったヘルマン共和国はGI.五三二年にザナゲス=ヘルマンが建国した。 鉱物資源が豊富な土地柄だが、寒冷の為に食糧事情が悪い。 世界統治の頃には、リーザスからの物資援助も受けられたが今はそれも無い。 魔族からの侵略は不可侵条約によって今は無い。 現在は皇帝不在。 パットン=ミスナルジと、シーラ=ヘルマンが次期皇帝と嘱望されている。 シーラが返り咲くか、パットンが即位するか、それは分からない。 紛争が多発し、反乱が耐えない。 リーザスやゼスと比べると治安は悪い。 飯もまずい。 軍人の性格も悪い。 ヘルマン人は他人に冷たい。 ヘルマンを説明すると、こんなところだ。 そんなヘルマンに、アークグラードという町がある。 アークグラードはヘルマン第一軍である東部方面軍の駐在地になっている。 現在の将軍はルーディン=グランバーグ。 中肉中背で浅黄色の髪をした目つきの悪い男だ。 性格は姑息で、粗暴、攻撃的な面も強い。 自堕落で快楽主義者。 ただ、智略に長け世渡りは上手い。 元将軍であるレリューコフ=バーコフの後釜に座れたのもその為である。 ルーディン=グランバーグは、アークグラードの離れに城を持っていた。 そして、今日もその城で、堕落的な日々を送っていた。 ●〜〜〜● それは、ルーディンの私室。 ルーディンはベットに寝転がり、三人の女をはべらせていた。 一人がフェラチオをする。 一物を口に含み、何度もチュパチュパとすする。 後の二人は、ルーディンの横に寝転がっている。 女達はみんな、目先の快楽を求め、ただ欲望のままに性交している。 ルーディンも、その女達を気に入っていた。 一物をすする女の動きが早くなる。 チュッ、チュッ、と何度も頭を上下に振る。 ルーディンは腰を軽く上げた。 そして。 ブチュ、ブチュ、と女の口内に白い液体が出た。 「あは、あたたかい」 女は嬉しそうに言った。 そして、ゴックンと、白い液体を飲み込む。 女はそのまま、ルーディンに横たわった。 「ラケシス、良かったぞ」 一物をすすっていた女、ラケシスは嬉しそうに笑う。 女達は、みな、同じ容姿をしていた。 金の髪。 青の瞳。 美しい姿態。 そして。 白い翼。 三人の女は、ルーディンを取り囲んで思う存分甘えた。 ルーディンもまんざらではなさそうに可愛がる。 「ねえ、ルーディン」 「なんだ、クロト」 「あたし達のこと、好き?」 「愛している」 「もう一回、言って」 「愛している」 「嬉しい」 クロトは、ルーディンに抱きついた。 その隣、三人目の女性が言う。 「ルーディン」 「なんだ、アトロポス」 「ルーディンに頼みがあるんだけど」 「言ってみろ」 「実は、捜して欲しい女がいるのよ」 「ほう、誰だ?」 「これ」 アトロポスはそう言うと、写真を渡す。 そこには、緑の髪の少女が写っていた。 「この女、捕まえて欲しいの」 「分かった。ほかならぬお前らの頼みだ。聞いてやろう」 「ありがとう。ルーディン、愛している」 「俺もだ」 ルーディンは、再び聞いた。 「で、この女の名前は?」 三人がうっすらと微笑を浮かべ。 同時に答えた。 「フィア」 ●〜〜〜● 「……きな臭い町ね」 ライラは、宿屋の窓から外を見て、そんなことを呟いた。 エレーンはそばのテーブルでお茶を飲んでいる。 アリエッタはその隣に座っている。 ポロンは、ライラのすぐ後ろ、椅子に座って聞き返す。 「きな臭い?」 「独特のにおいがするのよ。こういう、兵隊臭い町は……」 「兵隊臭いって。兵隊なんて一人もいないけど」 「ポロンくんは、ヘルマン、初めてよね」 「うん」 「説明するわね。ヘルマンは軍事大国。軍国主義の塊で軍隊が他の階級より偉い国なの。だから、軍人がえばり散らすようなことも度々。ひどいところになると、軍人が一般市民を気紛れにレイプしたり殺したりすることもあるの」 「……そうなんだ」 「そして、ここはそういうにおいがする」 「……」 アークグラードがそんな町だとは思わなかった。 ポロンが聞いていたアークグラード。 それは、良き将軍に護られた立派な町。 他の町よりも栄え、貧しいながらも多くの人が笑っている。 それが、ポロンの思い描いていたアークグラードだった。 「ポロンくんの考えは間違いじゃない。アークグラードは本来、そういう町よ。レリューコフ=バーコフ将軍は生粋の軍人だけど民を大事にする方。けれども、大戦以降、身内の為にリーザスを裏切ったレリューコフ将軍はヘルマンから反逆者扱いされ、ランス王引退後、リーザスからも追い出された。結果、娘であるアミラン=バーコフが滞在するこの町に戻ってきたけど、すでに後釜としてルーディン=グランバーグという成り上がり者が将軍の任についていた。レリューコフ将軍、元将軍は現在、身を隠し、結果、ルーディン将軍がアークグラードを仕切っている。いい噂は聞かないけど」 ライラはそこで軽く髪をいじる。 「この話は続きがあるの。反発した市民が団結して反乱軍を発足。その旗として人望厚いレリューコフ=バーコフ氏を選んだわ。現在、このアークグラードは軍国主義者のルーディンと、人民主義者のレリューコフ、この二つに分かれているわ。つまり、紛争の真只中っていうわけ。お世辞にも良い状況とは言わないわ。正直、滞在はすすめないんだけど」 「ごめん。少し軽率だった」 「仕方ないわ。ここしか滞在場所が無いんだから。でも、表には出ないこと。たとえ冒険者でも、いえ、素性の知れない冒険者だからこそ強姦や略奪の対象になりかねないわ。出かけるときは常に三人以上。軍人には近づかない。それさえ護れば、あとは何とかなるわ」 「わかった」 ポロンは少し視線を動かす。 アリエッタは暇で、寝てしまったようだ。 エレーンが苦笑いを浮かべたので、ポロンも笑い返した。 そして、二階のシャルム達の部屋に向かう。 部屋では、シャルム、キャロット、ウインディがカードゲームをしていた。 「ういっす」 シャルムが軽く手を振ってくる。 ポロンは言う。 「この町、かなり治安が悪いみたいだ。長居するつもりは無いけど、極力出歩かないで。出かけるときは僕かライラに言って。ついていくから」 そこで、三人は顔を見合わせる。 そして、シャルムが苦笑いを浮かべた。 「あの……アリサとフィア、出かけちゃったんだけど……」 ●〜〜〜● 「けっこう、収穫ありましたね。アリサさん」 「うん」 アリサとフィア、二人は買い物袋を抱えて町を歩いていた。 街は閑散として人気が無い。 店はやっていたものの活力は無い。 物価は高く、人は低く。 時折、兵隊がふんぞり返って歩いているのが目に入る。 寒々とした空の下、二人は帰路を急いでいた。 「……ヘルマンか」 アリサが呟く。 「物思いですか?」 「ううん。ただ……寂しいところだなって思って。こういう空気、苦手」 「苦手……ですか?」 「うん。兵隊は嫌い。争うのも嫌い。正義を盾に暴力ふるっても待ってるのは悲しみだけだから」 「でも、戦うって……けっこう、必要なことだと思うな」 「でも、戦っても残るものがなければ意味が無い。一生懸命戦ってもそれは、誰か関係ない人の幸せを奪うだけで、結局本当にやっつけたい人間をやっつけられない。正義の味方なんかじゃないの。自由都市の紛争がそうだったから」 「自由都市の紛争?」 「昔ね。今から、十年ぐらい前、あったんだ。ジフテリアやラジール、ロックアースを巻き込んだ大きな紛争が。自由都市紛争って呼ばれてるんだけど」 「……そうですか」 「……あの時も、こんな風だった」 そう呟くアリサの横顔は、いつになく寂しそうだった。 しかし、すぐに笑顔を取り戻す。 「ごめん。なんか、辛気臭くなっちゃって」 「いいですよ。あたしでよければ遠慮なく愚痴ってください」 「うん。そうする」 「はい」 ニッコリ笑うフィア。 アリサはその顔を少し横目で見る。 「……なんですか?」 「うん。前から言おうと思ってたんだけど……」 そして、少し黙り。 「やっぱり、やめた」 「え? 気になるじゃないですか!」 「こういうのは、時間が解決してくれるものだから」 「時間?」 「そ、時間」 フィアはさっぱりだった。 「帰ろ。ポロンくん達、待ってるから」 「あ、はい」 駆け出す二人。 しかし。 その前に、二人のヘルマン兵が立ちふさがった。 「待て」 片割れが、いきなりフィアの片腕をつかんだ。 「イタッ!」 アリサが思わず怒る。 「ちょっと、何するんですか!」 「おい。こいつで間違いないよな」 「ああ」 お互いに、そう言い頷きあうヘルマン兵。 アリサは再度訊ねる。 「一体、何ですか! 急に乱暴して。人、呼びますよ!」 ヘルマン兵は少し苛立ちながら呟く。 「うるさいガキだ。こいつも連れて行くか?」 「ああ、なかなかの上玉だし、ルーディン将軍もお喜びになるだろう」 そう言うと、今度はアリサの腕をつかんだ。 「ちょっと! やめてください! ……フィア」 フィアが息を吸う。 そして。 「誰かっ! 助けてくださいっ!」 ヘルマン兵が笑う。 「この街では兵隊が一番偉いんだ。誰も助けに来ないさ」 「……!」 咄嗟に腕を振り解こうとするが、アリサの力でそれは無理だった。 ヘルマン兵がニタニタと笑みを浮かべる。 そこに、二人の青年が現れた。 「やめろ。貴様らっ!」 ヘルマン兵は嫌悪を向ける。 「なんだ、貴様らは?」 「俺達は革命軍だ。今すぐ、その娘を放せ!」 革命軍。 つまり、レリューコフ派の人間だ。 その言葉を聞くなり、ヘルマン兵は声を出して大笑いした。 「革命……反乱軍だと? これはいい! 今、始末してやる!」 ヘルマン兵が剣を抜く。 反乱軍の青年も、持っていた剣を抜いた。 その光景に。 咄嗟に、アリサが飛びかった。 「やめてっ!」 バン、と平手が跳ぶ。 アリサは吹き飛ばされ、その勢いで髪留めのリボンが片方取れた。 赤い頬を見せるアリサ、その瞳はヘルマン兵に向かっていた。 「小娘……!」 激昂するヘルマン兵。 しかし、もう片割れがそれを止める。 「おい。今はこちらの娘をルーディン様に届けるのが先だ。余計な争いはよそう」 「チッ。分かったよ。お前ら、命拾いしたな」 そして、アリサの腕を再び掴むと。 「来い!」 「!」 二人のヘルマン兵は、アリサとフィアを引きずっていった。 「……まっ、待てっ!」 青年の言葉、それはヘルマン兵に届かず。 後に残ったのは髪留めだった。 青年の一人が、髪留めを拾う。 「……ルーディンの野郎」 「俺達がふがいないばかりに……」 悔しさを表情に浮かべる二人。 そこに。 「どうした。二人とも」 年の頃なら六十過ぎ、しかし長身でガッシリとした体の老人がいた。 青年はその人物の名を呼んだ。 「レリューコフ様!」 ●〜〜〜● 「まったく、あの子達は軽率なんだからっ!」 エレーンが怒り顔で叫ぶ。 ポロンとライラは、エレーンと並行して走っていた。 三人は、アリサとフィアを探してアークグラードの街並みを駆け回っていた。 アークグラードは決して安全な街ではない。 本来なら三手に分かれて探すのが効率的だが、それもできない。 三人は、不安な考えを打ち消しながら、走り回る。 しかし、一時間ほど探しても見つからず、いよいよエレーンが息を吐く。 「……ハア。もう、見つからないじゃない」 そして、視線を動かす。 大通りだというのに、辺りには人影すらない。 「あの子達に何かあったら、どうするのよ!」 怒鳴るエレーン。 アークグラードの状況から冷静でいられないのだ。 ライラは、エレーンの肩を叩き。 「落ち着こう。まだ、トラブルに巻き込まれたと決まったわけじゃない」 「でもっ!」 「こういうとき、年長者が冷静にならなきゃ、何も解決しないよ」 「……分かったわ」 ポロンが、ライラに聞く。 「どうしよう。三手にわかれる?」 「いや。それはやめたほうがいい。あの子達を探してこちらまで泥沼にはまることになるから」 「なら……」 「とにかく、状況を見て、今日中に帰ってこなかったら別の手を考えよう」 「うん」 ポロンは頷く。 すると、背後から老獪な雰囲気の声がかかってきた。 「おや。こんな風潮の時世に、女二人に少年一人、危険な街中を歩いているとは」 ポロン達が振り返る。 そこには、長身の老人が二人の若者を連れていた。 「お主等、この街の状況は知っているだろう。それとも無知な冒険者か? いずれにしても、この街はお世辞にも治安が良いとは言えない。外にいるとヘルマンの狼に食われてしまう。悪いことは言わないから宿に戻りなさい」 落ち着いた、それでも厳かな口調で老人が言った。 ポロンは、言う。 「友達が、仲間が見つからないんです。ロングヘアーの緑の髪をした女の子に、ツインテールの青い髪をした女の子、大切な仲間なんです」 「うむ」 老人が顎に手を乗せる。 思案は他方に至る。 ヘルマンの狼に食われたか。 それなら、人気の無い場所で強姦されてる可能性がある。 それとも、強盗に襲われたか。 いずれにしても、良くない事態である。 「分かった。ワシが捜索しよう。こう見えても地理には精通しているし、仲間もいる。お主等は帰りなさい。ここは危険すぎる」 「大丈夫です。あたし達は、それなりに修練を積んでいるので」 エレーンがそう主張する。 老人は頷いた。 「分かった。許可しよう。しかし、十分気を付けるのだ」 「はい」 次に、ライラが聞いた。 「失礼ですが、貴方は?」 「そうか、自己紹介が遅れたな」 そう言い、ヒゲを触る。 「ワシはレリューコフ。レリューコフ=バーコフ。革命軍の指揮者だ」 ポロン達三人は目を丸める。 「それじゃあ、貴方があの、レリューコフ将軍?」 「将軍という言い方はもはや過去のものだか、おそらく、そのレリューコフだろうな」 エレーンは驚きを隠せなかった。 三人は沈黙する。 そこに、後ろの青年が声をかけてくる。 「あのっ!」 「なんだ?」 「実は、先ほど二人連れの女の子がさらわれて。彼らの言っている特徴と一致するのですが」 「なんだと! それを先に言わんかっ! で?」 「さらったのはルーディン配下のヘルマン兵で、少し、状況が違いました。強姦する相手ではなく、狙った相手、そのような雰囲気でした」 「ルーディンが何らかの目的を持ってさらったと? 少年よ。お主の連れはそれほどの人物なのか? 突っ込んだことの上、ぶしつけだが、例えば貴族や、名のある人物とか」 「いえ。普通の女の子です。正直、さらわれる理由は思い浮かびません」 「そうか……」 「これを」 青年の一人がエレーンに黄色いリボンを渡す。 それは、アリサのリボンだった。 エレーンは慌てて、それを握り取る。 「捕らわれた少女の片方が持っていたものです」 「……あの子達だわ」 頭を抱え、俯くエレーン。 それでも、気丈に我を保っていた。 レリューコフが言う。 「ルーディンは姑息な奴だ。捕まえられた旅の友、助けるのも容易では無いだろう。もしよければ、我らの革命軍に来るか?」 「よろしいんですか?」 「ああ。歓迎しよう。しかし……」 そこで、咳払いをする。 「その前に、身の証を立てるものを見せてもらわなければならない。疑わしき人物は罰するのが革命軍の掟だ。いや、硬く考えることは無い。ただ、身分を証明できるものを見せて貰えばいいのだ」 「これを……」 ポロンは、短剣を渡す。 それは、パランチョ王家の紋章が刻まれた果物ナイフであった。 「ほう。かなりの一品。お主、かなり高貴な家柄だな。これは……もしやっ!」 そこで、レリューコフは目を疑った。 「まさかっ。あなたは、自由都市のパランチョ王国第二王子、ポロン=チャオ殿下?」 「はい」 「旅に出ているとは聞いていたが、まさかこんなところで会えるとは。何たる奇異。何たる偶然」 レリューコフは頭を下げる。 「ポロン殿下、我々反乱軍は士気や兵士は多いものの、まだ不備も大きい。もしよろしければ力を貸していただけないでしょうか?」 レリューコフの尊敬を意味する礼。 ポロンも、パランチョ王国の王子の顔で言う。 「僕らも仲間を救い出さなければいけません。そういう意味では革命軍の助けも必要でしょう。レリューコフ将軍、頭をお上げください。我々は、力を貸します」 ポロンが手を差し出す。 レリューコフはその手を握り。 再び、礼をした。 ●〜〜〜● 「来いっ!」 アリサとフィアの二人は、数人のヘルマン兵に囲まれて屋敷に連れてこられた。 グランバーグ邸。 少し小高い丘の上に位置する将軍ルーディンの屋敷だ。 装飾の整った屋敷の扉をくぐり、横幅の広い階段をのぼる。 そして、廊下をしばらく歩くと大きな広間に到着した。 そこに待っていたのは。 三人の天使と、一人の男だった。 「ようこそ、我が屋敷に」 椅子に座ったまま、浅黄色の髪をした男が出迎える。 アリサとフィアは、警戒をしながら広間の中心まで移動する。 浅黄色の髪をした男は軽く笑みを浮かべる。 「警戒することは無い。とって食う為に連れて来たのではないからな。まあ、この一念、如何様に変化するかはわからぬが」 男が立ち上がる。 「自己紹介をしよう。我が名はルーディン=グランバーグ、ヘルマン東部方面軍の将だ」 女達は、口々に言う。 「ラケシス」 「クロト」 「アトロポス」 男、ルーディンが問いた。 「自己紹介を」 その口調に少し気圧されながらも、二人は答える。 「アリサ」 「フィアです」 ルーディンが満足そうに、何かのファイルを取り出す。 「アリサか。調べているぞ。パランチョ王国の王子達と旅をしている娘だな。現在は、そこにいるフィアという娘も旅に同行。ほう、生まれは自由都市か。育ちは良いようだな。そうか、自由都市の紛争で親を亡くしたのか。なるほど」 「アリサさん、そうだったんですか?」 「……うん」 アリサがバツの悪そうに視線をそらす。 ルーディンはそこで嘆息する。 「しかし、解からぬのはそちらの小娘だ。フィア、と言ったか。魔の森でパランチョ王国の王子と知り合ったようだが、肝心のそれ以前のデータが見つからん。記憶喪失と聞いているが、虚言ではないか?」 「いいえ」 「まあ、良い」 ルーディンはファイルを閉じる。 「ラケシス。貴様等が興味を持つのはそのフィアと呼ばれる記憶喪失の娘のみだな」 「ええ」 ラケシスが頷く。 「ならば、そちらの自由都市の娘は我が汚しても良いのだな」 「あら」 アトロポスが戯れを面白がるように笑った。 「娘。近う寄れ。楽しませてくれようぞ」 「……いや」 アリサが一歩下がる。 しかし、ルーディンは微動だにせず再び笑みを浮かべると。 「恐れるな。食おうというわけではない。ただ、あまりにおびえると我も拳を振るうことになる」 フィアが横目にアリサを見る。 アリサは震えていた。 足をガクガクとして、怯えていた。 三人の天使はその光景を面白がるように見る。 ルーディンも、嘲るようにくつろいでいた。 結局、あがないようのない運命にもてあそばれるのを楽しんでるだけなのである。 フィアはそれに我慢できなくて。 アリサの前に立った。 「なんだ、娘」 驚きの表情をしたルーディンにフィアが叫ぶ。 「アリサさんに手出しさせません」 「……フィア」 ルーディンは鼻で笑った。 「小娘が。いきがったところで何ができる?」 「できます!」 フィアは再び、大きな声で言った。 「もし、アリサさんに手出ししたら、あたし。舌かみます」 ルーディンが驚く。 ラケシス、クロト、アトロポスも顔を見合わせた。 「あたしを生かして連れてきたって事は、あたしが生きてないと困るってことですよね。なら、アリサさんに手を出したらあたしは舌をかみます。本気です」 「フィア……」 アリサは驚いたようにフィアを見つめた。 フィアはニッコリと、冷や汗を浮かべながら笑った。 ルーディンはうめく。 「うむ。どうしたものか」 その横で、ラケシスが語り出した。 「ルーディン様。今、この娘に手を出すのはおあきらめください。何、時間はかかりません。事が済めばすぐにお渡ししましょう」 「ラケシス」 ルーディンはしばらく思案し。 「わかった。その娘に手を出すのは控えよう」 「ありがとうございます」 「連れて行け」 手を出せないとわかったとたん、不機嫌になるルーディン。 ヘルマン兵は、ルーディンに怯えながらいささか乱暴にアリサ達を連れて行った。 離れの部屋に閉じ込められる途中。 アリサは、フィアに耳打ちした。 「フィア」 「え?」 「ありがと」 フィアは少しだけ驚き。 そして、ニッコリと笑った。 少しだけ家族になった。 ●〜〜〜● 「ここが、我々のアジトです」 そう言い、レリューコフの案内した場所。 それは、町の外れに在る巨大な神殿であった。 「ここは、レダと呼ばれる天使を祭った神殿で。けれども、破壊神の爪あとによって今や出入りする神官はいなくなりました。それを我々が目をつけて使っているのです」 神殿の中には、百人単位の人が出入りしていた。 子供、老人、女、怪我人までいる。 でも、一番多いのは青年で、ポロンと同じ年の童顔な少年達も武器を持って歩いていた。 「紛争によって絶えず、怪我人が出ている始末で。真っ先に犠牲になるのは女、子供です。女は強姦の対象になり、すでに百人以上も被害にあっています。あと、子供も」 「なぜですか?」 「今、ヘルマンでは人食派というのが存在します。生後三年以内の子供の生き血を飲み、肉を喰らうと寿命が一年延びると言われているのです」 「ひどい」 エレーンが口元を押さえる。 「あの忌まわしい大天災の後、人は人としての理性を失い快楽や欲望にはしっています。ヘルマンも酷いもので、軍国主義を利用し残虐に横行するものが絶ちません。腕やペニスを切り落としたり、反逆者を鉄板の上で丸焼きにして、その親族にそれを食わせ、逆らえば首を落としたり。多いのは、子供を首吊り台にさらして、それを母親が肩車するのです。母が耐えられなくなるのを待ちます」 レリューコフが息を吐く。 「唯一の救いは、かつてワシと共に戦ったものが処罰を覚悟で退役し、革命軍として戦ってくれることですが」 その後、シャルム、キャロット、ウインディ、アリエッタは別室に通される。 ここからは大人の話だ。 レリューコフは、ポロン、ライラ、エレーンをつれて作戦本部に向かう。 作戦本部は今や人影は少なく、ニ、三人が常駐しているだけだ。 レリューコフは詳細な説明を始めた。 「現在、我が革命軍で実働できるのは五千人です」 「五千人? よくそこまで……」 ライラは驚きを隠せなかった。 「それだけ、ルーディン派を気に入らないものが多いということです。ルーディンは軍国主義者で一般市民を人とは思いません。だから、親族、恋人、友人を亡くし、ルーディンに逆らおうと考えるものは後を絶ちません。今や、アークグラードの若者、ほとんどがこの反乱に参加していると言えます」 「なるほど。中央は何をしているんだか……」 「中央政府はしょせん、軍の伝令しか耳にしません。ルーディンが自身に都合の良いことしか言わなければパットン皇子も良い司令官と思わざろうえないでしょう」 レリューコフは言葉を続ける。 「対して、ルーディン派の兵士は二千前後、と言ったところでしょう」 「少ないですね」 エレーンが本音をもらす。 「まず、一にヘルマン各地で紛争が後を絶たないことを原因とします。軍国主義の体制や食糧不足を不服に思った者達の反乱が続き、中央政府はその処理に多大な力を尽くしています。今や、軍の大半は反乱軍殲滅部隊と名を変え、各地の反乱を抑えています」 「この革命がその反乱軍殲滅部隊に沈黙させられるということは?」 「それはないでしょう。反乱が見つかれば責任はその軍の将が負います。ルーディンは管理責任を問われ失脚します。ならば、自らの手で反乱を沈黙しようと考えるでしょう」 そして、咳ばらいをして。 「話を戻します。現在、東部方面軍は平時の十分の一しかおらず、これはリーザスも同様にかつての天災から復興するのに力を蓄えているため、ヘルマンと交戦する可能性が低いからなのです。むしろ、兵は中部方面や首都防衛軍に固められ、実際、辺境は扱いがおざなりと言っても良いでしょう」 「まずは、地盤であるラング・バウから事態を沈静しようと考えてるのね」 ライラの呟きに、レリューコフが頷く。 「まあ、それも好機を生み出すのでこちらにとっては良いことですが。それに加え、連中は練度の低い、更に士気もそれほどありません。ルーディンの影響で堕落した兵士達は怠慢しています」 「なら、倒すのは簡単ですね」 ポロンの言葉にレリューコフは首を横に振る。 「いいえ。確かに連中には不備がありますが、こちらにも不備があります。練度が低いと言っても奴等は軍隊。装備は整っていますし、弓兵や騎兵隊も存在します。まあ、ルーディンは平時の将軍。戦略は苦手な男ですが」 「それなら」 「けれども、我が軍はそれに輪をかけて練度が低い。とりあえず、槍術の基礎と大軍行動のいろはは教えたのですが、それでも実践の緊張で思い通りに動いてくれるかというと不安が残ります。血気盛んな者達が陣形を乱す可能性は大きいです」 「……」 「そして、装備面の問題もあります。現在、歩兵隊は四千、投石部隊は千ですが、歩兵隊の槍と防具の数と食料が足りないのです。単純な資金の問題なのですが」 「それで、僕等は何をすれば……」 ライラが、肘で突っつく。 ここまで言われてわからないポロンを叱責したのだ。 レリューコフは苦笑いを浮かべてから言う。 「ポロン=チャオ殿下に頼みたいことは二つ。まずは資金面での援助。革命勃発の期日までに最低限の装備を整えたいのです」 「でも、今は援助できるほどの持ち合わせが……」 「身の証がたてられれば署名で十分です。ポロン=チャオ殿下の名義で国債を発行し、その資金で取引すれば。もう、軍備の援助元は決まっていたのですが肝心の資金面の出資者がいなくて、このような事態に陥っていました。お願いできるでしょうか」 「国債……」 いわゆる、国の借金である。 国債を使うのは初めてだ。 今、パランチョ王国はそれほど経済が悪化していない。 むしろ、良い程度だ。 国債を発行するだけの蓄えはある。 しかし、自分の一存だけで決めてよいのだろうか。 「……僕は」 「お願いします」 レリューコフが再び頭を下げる。 国債を発行する。 つまり、正式な援助者になるわけだ。 それは、ヘルマン第一部隊、かねてはヘルマン帝国に逆らうこと。 それをして、良いのだろうか。 国を背負う選択。 ポロンは、迷っていた。 「……一つ、聞いてよいですか?」 「なんでしょう」 「レリューコフ将軍は、何のために戦うのですか?」 「民のため」 そこで、口ごもる。 「いえ。その答えは正しくありませんな。ポロン殿下には本音をお話しするべきです」 レリューコフは少しだけ俯いて話し始めた。 「ワシには娘がいます。アミラン=バーコフ、今年で二十ニになるのですが結婚してすぐに夫を戦争で亡くしました。ワシはあの娘が不憫で。平時なら幸せになって良い、なんの変わり映えも無い普通の娘なのです。ワシは、あの子を愛していて。かつてはワシも、ルーディンのような軍国主義者でした。けれども、大戦が終わり平時になって初めて、軍というものの傲慢や怠慢がわかったのです。ワシは、この状況を許せない。だから、剣をとって戦うのです」 「……レリューコフさん」 「お願いします」 レリューコフは膝をつき、頭を下げる。 「この戦いに勝つため、是非、お力をお貸しください」 レリューコフほどの男が、ポロンのような若造に頭を下げる。 それは、それほど国と、愛するものを護りたいからだ。 レリューコフという男はそれほど純粋で。 それほど、強かった。 ポロンは膝をつき、レリューコフと同じ目線になる。 「頭を上げてください」 「……殿下」 「僕は、パランチョ王国の次期国王ですが、それでも何もわからない子供です。だから、正直戦争とか、言われてもわからない。平和な国で育ったから。それでも……」 そこで、言葉を途切れさせる。 「それでも、何かを護りたいという気持ちはわかります。僕には護りたい友達がいる。仲間がいる。だから、それを護るためなら命だってかける。レリューコフさんがもし同じ気持ちなら、僕は力を貸したいと思います」 「……殿下?」 「さあ。頭を上げてください」 「……ありがとうございます」 レリューコフは泣いた。 声を殺して、泣いた。 「国債の発行手順はわかりましたが、もう一つの頼みとは?」 ポロンが聞く。 レリューコフは答える。 「ポロン王子には、我が軍の旗になって欲しいのです」 「旗?」 「まず、第一に士気をあげるため。ポロン殿下が戦列に加われば自然と民も力を増すでしょう。士気が上がれば戦列を乱したり命令を無視したりすることも減ります。そうなれば、自然と損害も減ってくるのです」 「なるほど」 頷くが、ポロンはよくわからない。 兄であるピッテンはパランチョ王国軍を指揮するものである。 良くこんなに難しいことができるものだと、ポロンは尊敬を隠せなかった。 「次に、正義を得る為です」 「正義?」 「我々は今の状態ではしょせん、反乱軍。つまりは、帝国に逆らう反逆者、悪人でしかありません。けれどもそこに、殿下という旗が加われば、そこには『パランチョ王国がこの軍の主張する正義の正当性を認めた』ことになり、つまり、我々の主張が力を増します」 「なるほど」 やはり、わからない。 レリューコフは笑う。 「つまりは、戦場で立っていて欲しいのです」 「戦場で?」 ポロンが聞き返す。 「つまりは、戦争に参加しろ、と?」 「ええ」 レリューコフは笑う。 「安心してください。ポロン殿下は本陣で構えていればいいのです。難しいことや、戦場での指揮は全て私が行うので」 「それだけで、いいんですか?」 「それだけで、兵士がやる気を出します」 「なるほど」 ポロンの脳裏にある言葉がよぎる。 (敵将、討ち取ったり!) …… つまり、真っ先に狙われるのはボク? はたして、いいんだろうか。 そんな、ポロンの内心をよんだライラが、笑いかける。 「大丈夫、ポロンくんはあたしが護るよ」 「ライラ……」 ライラは微笑む。 ポロンは頷き。 「わかりました。僕が旗になります」 「ありがとうございます」 本当にこれでよかったんだろうか。 ポロンの脳裏に不安がよぎる。 死と隣り合わせのストレスというのは物凄く辛いものだ。 レリューコフが言葉を続ける。 「次に、決戦時のシュミレートですが、これをご覧ください」 レリューコフは一枚の紙を見せる。 「これは?」 「敵軍の予想配置です。予想図なので正確なものではありませんが、ルーディンの性質からこのような配置をするはずです」 前列に、重装歩兵。 後列に、援護する形で軽装歩兵。 そして、両翼には騎馬隊。 「まず、始めに敵軍の重装歩兵と我が軍の歩兵隊が混戦になると思われます。そのまえに、軽装歩兵の援護射撃、我が軍の投石がありますが」 「なるほど」 「それは良いのですが。もし、この戦闘が長引けば、両翼の騎兵隊に回りこまれて背後から攻め込まれます。挟み撃ちをされればたちまち、戦列が乱れ敗北するでしょう」 「……」 レリューコフはあえて、騎兵隊がそのまま本陣に突っ込む可能性を言わなかった。 まあ、ポロンもそれぐらいはわかっていたが。 「戦線はこちらの方がはるかに長いので、騎兵隊が回り込むのに時間はかかるでしょう。いかにこの重装歩兵との戦闘を長引かせないことが勝利の鍵なのですが」 「……」 ポロンは考える。 考える。 しかし、さっぱりわからない。 「ようするに、敵の戦線を乱せばいいの」 ライラが耳打ちする。 レリューコフも頷いた。 戦線に穴を開ければ良い。 ならば、考えがある。 「レリューコフさん、こういうのはどうでしょう」 ポロンの提案に、レリューコフは頷いた。 「なるほど。まさかそのような仲間がいるとは。さすが、ポロン王子の側近のことはある」 レリューコフは鼻を鳴らした。 これで、勝利の布石は整った。 あとは、開戦を待つだけだ。 開戦の日取り。 それは、一週間後に決まった。 ●〜〜〜● ルーディンの屋敷。 その一室にアリサとフィアはいた。 「なんか、騒々しいですね」 フィアは屋敷のあわただしい様子を感じながら呟いた。 「そうだね」 アリサも頷く。 この数日、ガヤガヤしていて慌しい様子が感じられた。 なにか、大きな祭りに備えているようなそんな様子である。 何がはじまるのか。 それはわからないが、それが大きなことだとは理解できた。 「一体、いつになったら助かるんだろう……」 アリサが、唐突に言葉をもらす。 フィアはそれを励ますように言った。 「大丈夫、すぐにポロンくんが助けに来ますよ」 その言葉が、あまりにも真摯だったのでアリサは思わず笑ってしまった。 「信じてるんだ……ポロンくんのこと」 「はい。王子さまですから」 「王子さま?」 フィアは少しだけ、切なそうな顔をして微笑む。 「ポロンくんは、魔の森で一人ぼっちのあたしに話しかけてくれた人なんです。あたしを迎えに来てくれた王子さまなんです。だから、なぜか、ポロンくんのことだけは信頼できるんです」 「……」 アリサは黙る。 フィアがそこまでポロンくんのことを思っているだなんて知らなかった。 信じてるんだ、フィアは。 出会ってから間もないのに、あたし達よりも。 でも、あたしは…… アリサは、少しだけ口ごもった後。 フィアに言った。 「フィア、実はね……」 「お取り込み中のところ、悪いわね」 「!」 アリサとフィアが振り返る。 そこには、金髪の天使がいた。 「ラケシスよ。顔が同じだからわからないでしょうけど」 「……何の用?」 アリサがラケシスを睨む。 しかし、ラケシスはそれほど取り乱しもせずに言葉を返した。 「何の用? いえ、教えてあげようと思ってね。この昨今の騒動を、知りたいでしょう?」 アリサは少しだけ戸惑った後。 頷いた。 ラケシスは満足そうに頷く。 「実はね。このたび、大規模な大戦が行われることになっているの。ルーディンもそれで躍起になっているわけ」 「大戦?」 「聞いて欲しいのは、そのことじゃないのよ」 ラケシスは笑った。 「実はね、その大戦の旗に、貴方達の待っている王子様が選ばれることになったのよ」 「ポロンくんがっ!」 「そんなっ!」 ラケシスは意地悪そうに口元を歪める。 「怪我をしなければいいわね」 そう、言い残していった。 ●〜〜〜● そして、開戦した。 敵軍はヘルマン東部方面軍。 重装歩兵隊、一個大隊、千二百。 軽装歩兵隊、二個中隊、六百。 騎兵隊、二個中隊、二百。 総勢、二千。 対して、レリューコフ革命軍。 軽装歩兵三個大隊、五千。 場所は、アークグラード北西。 広大な平野が広がり、敵軍の果てにはグランバーグ邸がある。 敵軍の方が高知に位置し、少し有利だ。 軽装歩兵、弓兵の、援護射撃には気をつけなければいけない。 そして、ここはルーディン率いる東部方面軍の本陣。 ルーディンの元に軽装騎兵が駆け寄る。 ルーディンは聞いた。 「敵軍の状況はつかめたか?」 「はっ。予想通りの軽装歩兵中心の、力任せの部隊です」 「レリューコフ、老いたな。短絡的な戦略で勝てるほど戦いとは甘く無いぞ」 すぐそばで、ラケシスが体を寄せる。 クロトやアトロポスもルーディンに甘えた。 「ねえ、ルーディン、大丈夫なの?」 「老いぼれ一人にてこずるほど、甘くは無い」 「その油断が命取りなんじゃない?」 「何を。ラケシス、俺をあなどっているのか?」 「いいえ。信じているわ」 「なら、任せろ」 ルーディンはそう言い、立ち上がった。 そして、叫ぶ。 「今より、反乱軍の討伐を開始する。この戦いにヘルマン帝国の正義有り。悪しき裏切り者に神の鉄槌を! 全軍、前進!」 その言葉と共に、狼煙があがる。 ヘルマン軍は、その狼煙を見て前進を開始した。 そのルーディンの横で、クロトがラケシスに耳打ちする。 「なんか、反乱軍の連中、右翼に戦力集中しているみたいだけど」 「そうね」 「言わなくていいの?」 「いいわ。ここで死ぬようなら、それまでの奴よ」 「ヘルマン軍が動いたか」 対するレリューコフ。 本陣にポロンを座らせ、呟いた。 「どうしましょう。レリューコフ将軍」 「今は待て。攻めると軽装歩兵の、弓の餌食になる」 「わかりました」 レリューコフは少しだけ苛立っていた。 本来なら、自分が一将軍としてあの軍勢の中で先陣をきって戦いたかった。 しかし、五千の兵を従えるものとしてそれはできない。 それが、もどかしかった。 レリューコフも、旗の一つに過ぎなかった。 あとは、予定通りに動いてくれることを望むだけである。 「……さて」 ●〜〜〜● 「……始まったわね」 小高い丘に水色の髪の少女が立ち、呟く。 その後ろには、桃色の髪の少女がいた。 その丘は、ヘルマン軍の左翼に位置している。 そして、水色の髪の少女、その足元には魔力増幅の魔方陣。 誰かの魔力を吸収し、それを増幅し、自分の魔力と融合させる魔方陣である。 「戦争か……」 「なんか、イヤだね……」 ウインディの横で、キャロットがそんなことを言う。 作戦はこうだった。 まず、ヘルマン軍の接近を待つ。 そして、接近しきったところで、合図と共に。 ウインディが、黒色破壊光線を撃つ。 黒色破壊光線で、主力重装歩兵の左翼に穴を開け、左翼を分断。 そこから、一気にレリューコフ軍が突撃する。 それが、戦いの筋書きだった。 しかし、いざその場に立っていると。 その、圧倒的な光景に圧巻されてしまう。 ヘルマン兵、弓兵の攻撃が始まった。 軽装歩兵が、いくつも弓を打つ。 しかし、レリューコフ軍は微動だにせず、盾でそれを防ぐ。 もちろん、防ぎきれなかった者もいる。 倒れた仲間の屍骸を乗り越え、後ろのものが新たに戦線を埋める。 弓兵の攻撃が続く。 それでも、動かない。 ただ、殺されるだけ。 それが、戦争の光景。 戦いに勝つために、死ねと言う。 家族の待つ、ウインディやキャロットと同じ歳の少年が心臓や頭を打たれ、死んでいく。 そんな光景が、眼前で繰り広げられていた。 ウインディは、もどかしくなる。 足踏みをしながら、待っている。 「合図は、まだなの!」 「ウインディ、落ち着いて!」 「落ち着いてって! キャロット、なんで落ち着いてられるのよ……」 そこで、言葉を切る。 そうだ。 キャロットは、落ち着いていられるはずだ。 彼女は……だから。 その間も、多くの仲間が殺されていった。 弓兵の攻撃を身体に受けて。 騎兵隊は進行していく。 状況は悪化するだけだ。 すると。 赤い花火が登った。 「ウインディ!」 「うん」 ウインディは呪文を唱え始める。 キャロットの魔力を借りて、黒い殺戮の炎を生み出す。 そして、それは完成した。 その時。 ウインディは躊躇した。 「……キャロット」 「なに?」 「これ、撃ったら多くの人が死ぬんだよね」 「……うん」 「でも、撃たなかったら、もっと多くの人が殺されるんだよね」 「……うん」 「あたし、人、たくさん殺さないといけないんだ」 「……」 「……ゴメン、撃てない」 ウインディは、肩を落とす。 それと共に、魔力は四散する。 「ウインディ……」 声をかけるキャロットに、ウインディは静かに答える。 「だって……殺せないわよ……そんな、殺戮マシーンみたいに……人間なんだから……」 「……」 キャロットは、何かを答える代わりに。 魔方陣の上に立った。 「キャロット?」 「あたしが、変わりに殺してあげる」 「……え?」 「あたしの魔力でも、ウインディが助けてくれれば白色破壊光線ぐらいは撃てるから」 「……」 「ウインディが辛いなら、あたしが変わりに背負ってあげるよ。あたしなら、耐えられるから……」 「キャロット……」 キャロットはニッコリと笑う。 ウインディは、その笑みが耐えられず。 キャロットを押し退けた。 「ウインディ?」 ウインディは微笑んで言った。 「こういうのは、あたしの役目よ。あんたは、あたしよりも馬鹿なんだからあたしに任せておきなさい」 「……ウインディ」 ウインディは再び魔力を集中する。 強大な魔力はウインディに収束し。 一つの、黒き本流をつくる。 そして、それは再び殺戮の光へと姿を変えた。 「さて、一発派手な狼煙、行くわよ!」 ウインディは放つ。 人を殺す、黒い光を。 その業を背負うと決めて。 この後、この痛みを抱えて泣こうと決めて。 光が、黒く輝く。 「黒色破壊光線!」 巨大な光が生まれた。 その光はまっすぐと伸びていって。 多くの人間を消し去った。 レリューコフが叫んだ。 「全軍、突撃!」 ●〜〜〜● ルーディンは驚愕した。 突如放たれた黒い光は、百人の兵士を消し去る。 それと共に、左翼右付近に巨大な穴が開く。 背後の軽装歩兵が裸にされる。 それを進撃の合図にして、レリューコフ軍は進撃してきた。 たちまち、重装歩兵とレリューコフの歩兵隊、槍の刺し合いが始まった。 重装歩兵の方が練度は高かった。 しかし、レリューコフの歩兵隊は被害が大きいものの、戦線を崩さない。 ヘルマン軍右翼は、互角の勝負をしていた。 けれども、問題は左翼にあった。 穿たれた穴は、決して小さくなかった。 隊列は乱れ、重装歩兵団は右翼、中心部と左翼に分かれる。 更に、それを大きく裂くように、レリューコフの右翼が押し寄せてくる。 右翼は、回り込もうとしている騎兵隊を牽制するように動いた。 レリューコフ軍の右翼は、そのままヘルマン軍左翼を孤立させる。 ヘルマン軍の右翼から中部にかけても分断される形で攻め込まれる。 その時、軽装歩兵が下がった。 このままでは危ないと恐怖に駆られ、逃げ出したのだ。 重装歩兵がいるから、まだ本陣が護られているが、それも時間の問題だ。 このままでは、数に勝るレリューコフ軍が勝利するだろう。 ルーディンの額に、汗が浮かぶ。 騎兵隊を戻して本陣を護るには遅すぎた。 軽装歩兵隊の指揮は下がり、紙ほどの盾にもならない。 重装歩兵を下がらせたところで、もはやあとの祭りだ。 そもそも、始めに何の考えもなしに進軍したのがいけなかった。 もはや、負けは確実だった。 「あら、ルーディン。どうしたの?」 「うるさいっ!」 ラケシスの言葉に、ルーディンは怒鳴りつける。 ラケシスは相変わらずの微笑で。 「あら、怖いのね。負けちゃうの。そんなにイヤ?」 「……俺は、死にたくない。死にたくないんだ」 「そう」 「頼む。ラケシス、お前なら何とかできるだろう」 「……そうね。どうしようかな?」 「頼む。この通りだ!」 すがりつくルーディン。 その姿に、ラケシスがきまぐれを起こした。 「わかったわ。ルーディン。助けてあげる」 「本当か?」 「本当よ。ルーディン」 そして、ラケシスはアトロポスを見る。 「アトロポス」 「ん?」 「あっちの方に行って、少し、殺してきて」 「……何人殺せばいい?」 「そうね……」 ラケシスは少しだけ考えてから、いたずらっぽく言った。 「千人ぐらい、かな?」 「わかった」 その言葉に頷き。 アトロポスは飛んだ。 ●〜〜〜● すでに勝敗は決した。 ヘルマン軍左翼は、すでに陣形を失っていて、士気も無くなっていた。 次々と武器を捨て、投降する。 それを見た左翼騎兵隊も、これ以上の戦闘は無意味と悟り剣を捨てた。 レリューコフ軍左翼の付近ではまだ戦闘が続いていた。 しかし、中央から戦線は瓦解してきて、すでにその三分の一が削られた。 手の余したレリューコフ軍はそのまま本陣へ、突き進む。 ヘルマン軍右翼の騎兵隊も、すでに離脱していた。 レリューコフは叫ぶ。 「全軍、突貫! 敵、大将ルーディンの首を取れ!」 その言葉が伝令される。 兵士達は勝利を確信して、更に士気を高めた。 すでに、勝利は目前だった。 その女が現れなければ。 突如、光が降り注いだ。 中部から攻め込もうとしている部隊は、その何十もの光に多大の被害を受ける。 それは、レリューコフ軍、ヘルマン軍、両軍を巻き込むものだった。 其の場にいた兵士達が呆然とする。 その時。 空から天使がおりてきた。 その天使は、光の剣を携えて、ニッコリと微笑んだ。 あまりの美しさに、其の場にいた者達は、心を奪われる。 女が、言った。 「さて、殺しましょうか」 そして、殺劇が始まった。 |