サテラは焦燥していた。 肉を抉られる感触は一体何十年ぶりだろうか。 本来、魔人であるその身は、敵愾心と殺意を内包するあらゆる外的な干渉に対して絶対的な無敵性を発揮するはずであった。 けれども、それが今は、無い。 その矛は肩を貫き。 その刃は肌を斬り裂く。 魔人が魔人である故の絶対性。 それが無くなった時、魔人といえども脅威とならない。 それは魔人ではなく、ただの強き魔族だ。 結局、ただの魔族は永遠の狩猟種族ではない。 そして、時にそれは狩られる者と変貌する。 狩られるという恐怖。 それは、サテラにとってはじめてのものだった。 「クッ!」 突如現れた天使。 サテラはその刃をかわしながら、魔法を唱える。 「ライトニングレーザーッ!」 巨大な雷が閃光となりて天使を穿つ。 けれども。 「なにっ!」 天使はその光から飛び出して、剣を一閃する。 咄嗟に後ろにかわすサテラ。 けれども、追撃の刃は更に深く斬り裂こうとする。 それは、もはやかわせぬ斬撃。 それが、サテラの華奢な体を両断しようと煌く。 「シッ、シーザーァァァッ!」 ガンッ! 咄嗟に現れたシーザーは、天使をその岩の右手で殴りつけた。 吹き飛ばされる天使に、追撃の拳を放とうとする。 だが。 ザッ! 天使が剣を一閃。 その刃は堅牢なシーザーの腕を斬り裂く。 そのまま、その巨体を蹴り飛ばした。 「シーザーッ!」 シーザーは動かなくなる。 サテラは怒りの視線を天使に向けた。 「よくもシーザーをっ!」 サテラが魔力の塊を掲げる。 「ライトニングレーザーッ!」 再び、雷光が穿つ。 だが、天使はそれでも滅びない。 雷光を弾き、そのまま無防備のサテラに襲いかかった。 「いやっ!」 サテラが両腕で顔を覆う。 そのとき。 「白色破壊光線!」 サテラのライトニングレーザーより巨大な白き光。 全てを包み込む破壊の光が天使を貫いた。 光はそのままゆっくりと霧散して。 そこには、すでに天使の姿はなかった。 サテラが光源となる人影に視線をやる。 そこには、緑色の美麗な女性が立っていた。 「ホーネット……」 サテラは、その名を呼んだ。 ●〜〜〜● 「ひどいものですね」 ホーネットは辺りを見回しながら呟いた。 硫黄の森。 そこには、千を越える魔族の死体が横たわっていた。 死屍累々と横たわるそれは見るに耐えない醜悪さをかもしだしている。 本来闇に生きる魔族に、その状況はそれほど不快なものではないが。 けれども、今回は少し状況が違った。 それは、サテラが魔族を連れて硫黄の森の不可解な謎を調べに行ったときに起こった。 硫黄の森で、昨今感じられる不思議な力の変動。 それを感じたホーネットは、サテラを千の魔族と共に硫黄の森に派遣した。 そして、硫黄の森には。 天使がいた。 金の髪。 白き翼。 そして、煌く剣と盾。 その瞬間、サテラは天使に目を奪われる。 天使はサテラと魔族の姿に気付き。 襲いかかってきた。 空を舞う十体の天使。 千の魔族が滅ぼされるまで。 三十分もかからなかった。 サテラは、何とか九体まで倒したものの、最後の一体に苦戦した。 そこに、助けに来たのがホーネットである。 魔人の無敵性を無効化する敵。 それは、あの時以来だった。 そう、あの忌まわしき創造神との戦い。 「しかし、ずいぶんと派手にやられたものね」 小柄な青い髪の少女が言う。 魔人シルキィ。 シルキィはその状況に顔をしかめながら呟く。 「たった十の敵にここまで壮絶にやられるなんて。本当に恐ろしいことね」 「けれども、敵がもし……なら、それもやむをえないことでしょう」 「もし……何?」 サテラの問いに、ホーネットは答える。 「神の軍勢」 ●〜〜〜● 「神の軍勢って……ルドラサウムは眠ったんだろ。あれ以来、エンジェルナイトは現れなかった。そうだろ」 魔王城。 その廊下を歩きながらサテラは、ホーネットに向かって言った。 「確かにそうです。エンジェルナイトは神の軍勢。それゆえに、神が眠った現世で活動することは不可能です。常識の範囲で考えれば、ですが」 「確かにそうね。ルドラサウムはランス王がワーグの力をかりて眠りにつかせた。だから、あと百年は目覚めることがない。そういうことだったわ」 シルキィの言葉にホーネットは頷く。 「ええ。そして我々は、ルドラサウムが目覚めた時の防護策を検討してきました。もちろん、我々が滅ぼされないためにです。ルドラサウムの根本にある感情は破壊と混沌。それが無い世界にあの方は存在の意味を見出さないでしょう。あの方を変えるのは不可能。ならば、我々がこの現世をあの方の支配から脱するように努力しようと今日までがんばってきたのですが……」 「そこに、謎のエンジェルナイト、か」 シルキィはあごに手を乗せて息を吐く。 「原因は不明です。対応策も検討していません。これからの状況の打開。それは、今の疲弊した魔族ではとてもではないが無理です。ですから……」 「人間の力をかりる?」 「サテラは反対だ!」 サテラが声をあげる。 「あの腐りきった塵に等しい劣等種族の助けなど借りるぐらいなら馬のクソでも拾った方がまだマシだ。ホーネット、あの大戦以来、人間に毒されたんじゃないか? 確かに不干渉条約は結んでいるけど、あいつらはあたし達の下位種族だぞ!」 「毒された。確かにそうかもしれませんね。ランス王やそれを取り巻く人々を見ていると人間というのも捨てたものではないと思えるのです」 「ランス王は……どうでしょうか」 シルキィが、少しだけあきれる。 ホーネットはコホンと咳払いをして。 「とにかく。近々、ゼス、ヘルマン、リーザス、ジャパン、そして自由都市の代表を集めて大規模な議会を開こうという考えです。確かに人間は脆弱。けれどもそれを補う知恵と生命力に満ちています。そうは思いませんか? サテラ」 「思わない。思わないね。あんな奴ら、殺すためにいるようなものだ。ホーネット、あんた、どうにかしてるよ」 「そういうなよ。サテラ」 咄嗟に明後日の方向から聞こえた懐かしい声。 サテラはそちらを振り向く。 そこには、かつての仲間、ガルティアがいた。 「ガルティア!」 「よお」 サテラは小さな体でガルティアに近づく。 「貴様! ケイブリスについていたサテラ達の裏切り者! いまさら何しに戻ってきた! 言ってみろ!」 「ホーネットに呼ばれたんだよ。最近、各地できな臭い空気が臭ってるから、俺の力を借りたいってな。なあ、そうだろ? ホーネット」 「ええ。よく来てくれました。ガルティア」 「上手いもの、食わせてくれるって言うからな。まあ、マルチナの料理には負けるけどな」 ニッコリと笑うガルティア。 サテラはガルティアに詰め寄る。 「ガルティア。お前も人間信仰者か? まさか、あのゼスの料理人に骨抜きにされたんじゃないだろうな」 「上手いものを食わせてくれる奴に悪い奴はいねえ。そんなものだぜ。俺はマルチナの料理が好きだ。で、マルチナは人間。大事なマルチナを庇って何が悪い」 「大事? 人間を恋人にでもするのか?」 「恋人……どうだろうな。でも、レイは……あいつは人間を好きだったぜ。人間に恋していた。そんな魔人がいてもいいんじゃねえのか」 「みんな、あの大戦から骨抜きにされてる! サテラにはわからない! なぜ、あんな奴らをかばうのか!」 「サテラ」 ホーネットが心配そうに見つめるが。 「サテラは去る」 そのまま、立ち去っていった。 サテラは若い魔人だ。 まだ、深い思慮をもてない。 いや、思慮を持つのに年月は必要ない。 価値を容認する器と、価値を容認できるきっかけさえあれば良い。 サテラにはまだ訪れていないのか。 いや、違う。 ただ、サテラは意固地になっているだけなのである。 「で」 ガルティアが唐突に話を戻す。 「その、大陸首脳会議はいつ始めるんだ?」 「遅くても、一ヶ月以内に」 「出席者は?」 「リーザスのリア女王、側近のマリス様。ゼスからは現在、国に滞在中のガンジー国王がいらっしゃります。王女も同伴するとか。ヘルマンは平定後、すぐなのでとりあえずパットン殿下が部下数人と共に臨時として訪れます。ジャパンからは香姫と山本様が」 「自由都市は? あそこは何処の占領区でもねえし、代表っていってももめるんじゃねえのか?」 「ええ。けれども、あそこにはパランチョという小さいながらも強大な国力と軍事力を保持する国があります。聞いたことはありませんか? ピッテン=チャオの名を」 「ああ。あの黄金の騎士か。あそこの兵士は練度だけではリーザス親衛隊をも上回るんだよな」 「代表としては的確な方だと思うのですが」 「いいんじゃねえか。俺も会ってみてえしさ」 「でも、本当は国王となるべき人物が別にいるのですが」 「ほう、誰だ?」 「ポロン=チャオ……聞いたことはありませんね。目立つ方ではありませんし」 ガルティアは目を丸めた。 ●〜〜〜● 数日後、魔王城にて首脳会議が開催されることになった。 当時、各国の首脳は魔族に対しての恐怖と敵愾心から会議を断った。 けれども、エンジェルナイトの出現。 それは魔族領だけに留まるものではなく、リーザス、ヘルマン、ゼスでも同様の現象は目撃されていた。 そして、各国もエンジェルナイトの恐怖は身を以って知っていた。 そう、あの創造神との戦いである。 その戦いにおいて現れた神の軍勢がいかなるものか、そして人類がそれに抵抗する術はあるのか、その答えは すでに分かっていた。 だからこそ、紛争耐えない乱世の中、対立すべき強国が今、首をそろえていた。 「ホーネットさん、この格好、嫌なんですけど」 「我慢してください。美樹様」 黒のローブに身を包んだ魔王然とした少女。 しかし、結局その瞳は魔王らしからぬ人間じみた光を灯していた。 現、魔王である来水美樹である。 来水美樹は仮にもリトルプリンセスの名を冠する少女だ。 その力はこの地上、あらゆる生物を凌駕する。 けれども、性格は温和で争いを好まない少女であった。 美樹はまるで威厳のない様子でチョコンと椅子に座っている。 「ねえ、ホーネットさん」 「なんでしょう。美樹様」 「今日は、各国の偉い人が来るんですよね」 「はい」 「あたし、そんな中で何をすればいいんでしょう」 「別に。ただ座っているだけでいいのです。難しいことは全て私がやりますので」 「なんか、人形みたいですね」 「そんなことありません。これも立派な、魔王の役目です」 「魔王……ですか。そうなんですね」 「すいません」 「別に、謝らなくてもいいです」 「……わかりました」 そこで、美樹はポンと手を叩いた。 「そうだ。あたし、各国の偉い人にお茶を入れます」 ホーネットはその発言に頭を抱える。 「やめてください……ただでさえ、最近の魔族は嘲笑されがちなのですから」 「あ……わかりました」 魔族の戦力が激減したのも原因だ。 今や、魔人は最盛期の半数もいない。 けれども、それでも人間が全軍で押し寄せても勝利できないほどの強大かつ絶対的な力を保持しているのは確かだ。 ホーネットが美樹の横で直立して待っていると。 巨漢の男が、カラーの娘と一緒に入ってきた。 パットン=ミスナルジと、ハンティ=カラーである。 パットンは拳法の使い手で、人間界では五本の指に入るほどのツワモノだ。 ヘルマンは現在、シーラ=ヘルマンというみこしを失い混乱期にある。 シーラは麻薬中毒で、シーラを寵愛するアリストレス=カームを始め、信望する多くの国民に支えられてリハビリに励んでいる。 シーラは、ヘルマン第一王子であるパットンを王座から追いやった人物であるパメラ=ヘルマンの娘でパットン自身が良い印象を抱いているはずはないのだが、近親の愛情なのか、治療には多大に手を貸している。 男気があるのだろう。 ヘルマン自体が混乱期にあり紛争に耐えない状況で、パットンは現在、王位を継げるような状況下にない。 だから、現在は紛争を極力抑え、徐々にパットン=ミスナルジの存在を国民に知らしめていく方向に政治を行っている。 ハンティは、そんなパットンを幼少から見守るカラーの少女だ。 パットンへ愛情を持っていると言って良い。 ホーネットはパットンがよくこの場所に来たものだと思った。 パットンはかつて、ホーネットの配下にある魔人ノスに騙されてリーザス王国に侵略した過去がある。 ノスを初めとする魔人はパットンを体の良いみこしとして使い、そのまま捨て駒にした。 パットンはノスを始め、ホーネットすらも恨んでいるはずである。 けれども、それでも来た。 それがパットンの器なのだろう。 パットンは疲れたように椅子にドスン、と腰をかけるとホーネットに話しかけた。 「いや。大変だったぜ。まあ、リーザスなんかよりはよっぽど近くていいけどな。ホーネット、久しぶりだな。どうだ。元気だったか?」 「お久しぶりです。パットン陛下。よくお越しくださいました」 「今は殿下だよ。まだ王子だ。魔人領は欝々していて気持ちが悪いな。これなら、ヘルマンのほうがマシだぜ」 「こんな、辺境にお呼びだてして申し訳ありません」 「気にすんなって。リトルプリンセスも元気そうだな。よお」 「お久しぶりです。リトルプリンセスって呼び方は……」 「ああ、ワリイ。へルマンの高官達はみんなそう呼びやがるんだ。だから、癖が移っちまった。悪かったな。美樹」 「いえ。気にしないでください」 「しっかしよ。ホーネット。あの、エンジェルナイトっていうのはなんだ?」 途端に、話の本題に移ったのでホーネットは少しだけ動揺する。 「攻撃はほとんど効かない。やたらと強い。ヘルマンの重武装兵団五百がたった二十のエンジェルナイトに全滅させられたぜ」 「……そうでしたか」 「いくらなんでも、強すぎる。あんな化け物が束になって来られたらたまらないぜ。今日は、それで呼び出したんだろ」 「ええ。とりあえず、他の客人を待ってからそのことについて話そうと思うのですが」 「わかった」 次に現れたのは、ゼスのラグナロックアーク=スーパー=ガンジー国王である。 隣には娘のマジック=ザ=ガンジーも同席している。 ヘルマンに比べるとゼスは安定している。 ゼスは魔法至上国家でありすでに体制が磐石となっているからである。 魔法が上手く使えれば高官になれる。 シンプルな国なのである。 その側面にとてつもなく辛辣な部分が見え隠れするのも事実だが。 ガンジー国王はパットンに負けない大柄な人物で威厳の光が見え隠れしてた。 国王としての器がある人物なのだろう。 だた、空回りしている部分が大きいだけで。 「ラグナロックアーク=スーパー=ガンジー、参上した。久しぶりですな。魔王陛下。ホーネット殿。この度は大陸の一大事と聞き及び、急ぎ来た次第です。こちらは、愛娘のマジック。マジック、挨拶は?」 「……こんにちは」 「はっはっは。照れおって。すいませんな。初心な娘で。まだ学生なものでものごとの道理とか、理屈とかそういうものが今ひとつ染み付いていないのです」 「……はあ」 ホーネットが苦笑いを浮かべる。 娘の教育の一環で連れてきたのか。 ガンジー国王とはよくわからない人物である。 ガンジーは、ドスン、と腰を下ろす。 「近日、ゼス領内でもエンジェルナイトの騒動が頻発しましてな。奴らには魔法の効果は薄い。破壊光線クラスの魔法でも一撃で倒すのは難しいのです。まったくもって、厄介な連中が敵になったものですな」 「……魔法も駄目なのか。期待してたんだけどな」 パットンが残念そうに肩を落とす。 「パットン殿下、ヘルマンの重武装兵団も大敗を決したとか」 「ああ。魔法でも駄目。直接攻撃でも駄目。頼みの綱は魔人なんだが……」 「期待しないで頂きたいです」 ホーネットは少しだけ、視線を外して呟いた。 次に現れたのはジャパンの香姫。 隣には山本五十六も並んでいる。 ジャパンは、小さな国だが資源が豊富で高い戦闘力を持っている。 織田信長……魔人ザビエルが滅んで以来、ジャパンも又、混乱期に突入していた。 権力争いや闘争が繰り広げられて下克上が盛んだ。 香姫は現在、そんなジャパンを平定しようと努力をしている。 山本五十六も子持ちの身でありながら香姫の傍に仕えて努力しているのだ。 「お久しぶりです。皆様。香姫です」 「お久しぶりです。美樹です」 美樹が立ち上がって頭を下げる。 魔族はこうして、人間と対等的な間柄になっていく。 だが、近い将来。 人間が魔族の脅威となったら。 人間は果たして、魔族にどのような仕打ちをするのだろう。 「本日は我々のような小国をお招きいただきありがとうございます。先々はわが国が皆様方に多大な迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」 信長のことを言っているのだろう。 しかし、あれはザビエルを放置していた魔族の汚点である。 香姫を責められない。 ホーネットは言う。 「香姫はお強くなられましたね。以前のよう弱々しい表情は減ったように思えます。一国の姫の顔立ちになられました」 「ありがとうございます」 「ああ。俺もそう思ったぜ。ヤマトナデシコって奴か」 パットンが笑った。 ガンジーもつられて笑う。 良い雰囲気だった。 しかし、次に現れた人物がそれを崩す。 「来てやったわよ。まったく、魔族っていうのは悪趣味で気色悪くてチョーウンザリ。マリス、なんか気持ち悪いんだけど〜」 「リア様、我慢してください」 リア=パラパラ=リーザスの傍に立つのは、筆頭秘書のマリス=アマリリスである。 「ちょっと。ヘルマンもゼスもいるじゃない。あー。なんで弱小国のジャパンの姫がこんなところにいるのよ。ねえ。ホーネットって言ったわよね。あんた、あたしをバカにしてるの?」 「リア様、落ち着いてください」 「だって。こいつらとは敵同士よ。こんな連中と一緒に会談するなんて無駄よ。帰ろう。マリス」 「リア様」 「お嬢ちゃん。落ち着け」 パットンが穏やかな口調で声をかける。 「こんなところでわめき散らすと品格が落ちるぜ。お嬢ちゃん」 「お嬢ちゃん? なによ、デカブツ。紛争も抑えきれない駄目王国の駄目王子。ウチのダーリンがいなければあんた、ヘルマンを征服できなかったじゃない。何とか言ってみなさいよ。駄目王子」 「……確かにそうだ。ランス王には世話になった。だが、過去の話だ。今の話じゃない」 「なに? 恩を忘れるっていうの。これだからヘルマン国は冷徹な連中って言われるのよ」 「リア女王陛下。少し落ち着いたらどうですかな」 ガンジーの言葉にリアが睨みつける。 「アンタだって、放浪癖の塊じゃない。ウチのダーリンをかついでゼスを襲わせたの、あんたじゃない。これだから、筋肉だるまは……」 敵意がリアに向けられる。 リアはサンザン怒鳴った後、素知らぬ顔で。 「じゃあ、さっさと始めましょう。こんな会議、長引かせたくないもん」 そう言った。 確かにリアの言った言葉は乱暴である。 けれども、リアの言葉は三国、加えて魔族やジャパン、自由都市を含んだ純粋な確執を表した言葉なのだ。 結局、リアはこの舞台で真っ先に、三国が仲良くなれない、かりそめの協定しか結べないと宣言したのだ。 ホーネットはリアに圧倒されながらも言葉を発する。 「けれども、まだ自由都市からピッテン殿下がいらしていませんが」 「ピッテン? ああ、なんか。パラポラとかなんとかいう小国の軍団長でしょう。そんなの待つ必要はないわよ。始めましょう」 「……しかし」 「だから、名前も知られぬ小国ごときの王子、待つ必要ないって。ほら、急いで。早く帰りたいんだから」 「えらい言われ方だな」 そこに現れたのは、金髪の青年であった。 年の頃なら二十代、キリリとした美青年である。 思わず、その場の誰もが見とれてしまう、そんな顔立ちの青年であった。 「はじめまして。小国の将軍をしているピッテン=チャオだ。よろしく。リア女王陛下」 そこで、軽く笑う。 そして、改めて挨拶。 「はじめまして。私のような若輩者がこのような場に招かれるとは光栄の至り。リトルプリンセス。ホーネット様。パットン殿下、ガンジー国王とマジック王女、そしてジャパンの香姫、遅れまして申し訳ありません。ピッテン=チャオ、召喚に応じて馳せ参じました」 一同は言葉を呑んだ。 すごい。 ピッテンと名乗る小国の王子は、登場からあっという間に場の空気をつかんでいた。 それはひとえに、カリスマが成す技。 持って生まれた天部の才。 世が世なら、小国になど留まらずにもっと活躍の場を与えられただろう。 そのような人物だった。 一同は、考えを改める。 ピッテン=チャオ、侮れない相手。 ピッテンはにこりと笑って言った。 「さて、私の席は何処ですかな」 ●〜〜〜● 「それでは、第一回大陸首脳会議をはじめたいと思います。みなさん、御起立ください」 シルキィが議長になって言う。 この役を頼んだのはホーネットである。 開催者側が司会進行をするのは道理であるし、それはシルキィが適役だからだ。 当然のことと思われるが、魔族の時代にはこのような通念も存在しなかった。 そう、これが人類史上初めての魔族人間、両者合同会議なのである。 シルキィはタドタドしくも言葉を続ける。 「まずは、互いに礼。着席。皆様。本日はお集まりいただきまことにありがとうございました。これより、会議を開催したいと思います。議長は私、シルキィ=リトルレーズンが勤めさせていただきたいと思います。なお、方式は魔族に整ったものが無いためリーザスの体制にのっとり……」 「つまらない話はいいから、早くしてよ!」 「……わかりました」 リアの言葉にいささかムッとしながら、シルキィが続ける。 「では、まずは開催者であるホーネット様から一言……あ、その前にリトルプリンセスの言葉を……」 「あたしはかまいません。ホーネットさん、始めてください」 「わかりました。美樹様」 ホーネットが立ち上がる。 「本日、皆様にお集まりいただいたのは他でもありません。パットン殿下、ガンジー陛下はすでにお気づきのことだと思いますが、昨今、大陸に謎のエンジェルナイトが出没する事件が多発しております」 「はーい」 リアが手をあげる。 「はい、リア女王陛下」 「エンジェルナイトって魔族の連中よね。同属のことなのになんで身内で解決しないの?」 「リア女王、勘違いしているようですがエンジェルナイトは魔族ではありません。確かに魔族の軍勢には偽エンジェルナイトと呼ばれるエンジェルナイトに似て非なる者が存在しますが所詮模造品、本物のエンジェルナイトとは明らかに力の次元に違いがあります」 「なるほど。ごめん、勘違いしてた。あんた達が偽エンジェルナイトの反乱を何らかの形であたし達に押し付けてるんだと思った」 「ご理解いただけて光栄です」 リアの言葉は恐ろしい。 一見すると道化を演じているように見えるがその実、相手の虚言を拾おうという必死の姿勢が見える。 若い女王に見えて、こういう場では乱世の王であるパットンなどとは比較にならない鋭さを見せる。 ホーネットはリアを、気を付けるようにした。 「エンジェルナイト、神の軍勢。かつて創造神がこの世界を滅ぼそうとした時に現れた天使達をそう呼びます。その力は魔人に勝らずとも劣らず。並みの剣士や魔法使いでは太刀打ちすることすらできません。そして何より、彼らの最大の恐怖は……」 そこで一旦、唇を噛む。 「……超神プランナーの契約が無効とされることです」 パットンがきょとんと聞いた。 「プランナーの契約? なんだ、そりゃ」 ホーネットが答える。 「超神プランナー。創造神ルドラサウムが世界の管理システムとして生み出した三超神の一体ですがくわしいことは我々にも解かっていません。ただ、魔人の無敵性はプランナーの契約によって効果を発動するということです」 「つまり、あれか。あんたら魔人が無敵だっていうのはそのプランナーだかなんとかいう奴の力のおかげだっていうのか?」 「ええ。完全にそうとも言い切れないのですが……」 「そりゃあ、ズルってもんだぜ」 パットンが頭を抱える。 結局、魔人が無敵なのは強いからではない。 世界そのものが魔人という存在を保護しているからである。 つまり、チェスの盤と同じなのだ。 基盤なのである。 今までにそのルールをひっくり返した人物は一人しかいない。 鬼畜王と呼ばれた乱世の国王、ランスである。 パットンが質問を続ける。 「で、あれか。プランナーとかいう奴の契約が無効化されるってことはつまり……」 「ええ。我々にも敗北の可能性があるということです」 一同が騒然とする。 それは、魔人が始めて戦いにおいて負うリスク。 今まで、絶対的な勝利と略奪を約束された狩猟種族にとってそのリスクはとてつもなく巨大なものであった。 「我々も容易く負けるほど弱くはありませんが……エンジェルナイトの力は強大です。その力の一抹をご覧になったパットン殿下、ガンジー陛下の両者からお聞きしましょう」 両者は、先ほどホーネットに話したことを再度確認するように発言した。 それはその場を荒らすには十分の発言であった。 人間にとって圧倒的な力を持つ生物。 そして、人間を狩る為に存在する生物。 人間にとって十分な脅威となるべき存在である。 ガンジーが発言する。 「私が言いたいのは、これ壱つ。奴らは破壊光線クラスの魔法なら容易……とは言わないものの防ぎきる。ワシも一体と交戦したが、破邪覇王光を二回も防がれた。奴らの力は想像以上と言えよう」 それは驚嘆に値する。 ガンジーはゼスで最強の魔法使いと言っても良い。 そのガンジー、最強の魔法を二回防ぎきる相手。 そして、それが一体ではない。 並みの人間では手を出すことすら叶わないだろう。 パットンが続ける。 「武舞乱舞も防ぎやがった。奴ら、並の力じゃねえ。下手に太刀打ちなんてしようものなら一個大隊すら全滅させられるぜ」 その言葉に、場が更に陰鬱になる。 重苦しい空気の中でホーネットが口を開く。 「さて、このような事態を重苦しく見た我々魔族は事の原因と真相を知りたいと思うのですが……」 そこで、初めて香姫が口を開く。 「あの……」 「なんでしょう。香姫」 「実は、夢を見ました」 「……夢?」 「くじらの……夢です」 再び、場が騒然とする。 くじら。 それは、ルドラサウムのことをあらわしている。 この世界の基盤、その遥かなる悠久の大河を泳ぐ巨大なくじら。 それが、創造神ルドラサウム。 その姿を見ただけで竦み。 その瞳に見つめられただけで狂う。 ホーネットも、思い出しただけで寒気がするような相手である。 香姫は、かつてルドラサウムの夢を見続けた。 なのによく、人の身で狂わなかったものだ。 並の人間であるなら正気を保てないだろう。 ホーネットは香姫をわずかに尊敬していた。 香姫が言葉を続ける。 「創造神ルドラサウムがこの頃、毎晩夢枕に現れるのです」 「……まさか、くじらが起きたと?」 「いえ……」 香姫は首を振る。 「くじらは眠っています。あの幼き魔人の手で」 ワーグ。 神を眠らせし魔人。 人間界では創造神の手から世界を救った功績により、『女神』などとたたえられているが、結局ホーネットは彼女が気紛れで、傍若無人な性質の持ち主で、実際に幼いわけではなくかなりの歳だと知っていた。 「たしかに、くじらは眠っています。今も遥かなる大地の下で幸せに夢を見ている光景。それが脳裏に記憶されております。けれども……」 「けれども?」 「その神を見つめる姿があります。そう。天使。天使です。一人の天使が創造神の前であの幼き魔人に殺意を抱いているのが見えます。たしか、名を……レダ」 「……レダ」 ホーネットは考える。 レダ。 聞いたことがあるような名だ。 そう、たしかALICE教団の教祖であったムーララルーを懐柔していたエンジェルナイト……その名を、レダと言ったか。 ALICE教団は現在、セコナオット、ベグドラン、サルベナオット、パルオット、コンタオットなどといった人物を中心に復興の兆しを見せている。 それはどうでもいい。 「それで、そのレダと名乗るエンジェルナイトは何か言ってましたか?」 「ええ。神の目覚めは近い……と」 「なんだと! なら、また再び、創造神が襲ってくるっていうのか!」 パットンが声を荒げて叫ぶ。 「忌々しき事態だな」 ガンジーが息を吐いた。 「嫌よ! リアがおばあちゃんになって百歳で大往生するまで世界は崩壊しないって約束だったじゃない!」 リアが怒り任せに机を叩いた。 ホーネットはいったん目を閉じ。 再び、開く。 「皆さん、事実を事実として受け入れてそれから適切な対応策を検討することが大切です。だから、ここは落ち着いてください」 「あんた達魔人は、強いからいいでしょうけど、あたし達は人間なの。簡単に死んじゃうの。落ち着いていられるわけないでしょ!」 リアの言葉にパットンが頷く。 「まあ、ここはリア女王のいうことも一理あるな。あんたらはなんだかんだいって強者の立場にいる。雲の上から見下されたように言われても、はっきり言って従う気にならないぜ」 ガンジーと香姫は何も言わない。 しかし、考えていることは大体わかる。 リアやパットンと同じ意見である。 魔人であるホーネットは魔人であるがゆえに人間としての意見を持たない。 死や滅びを恐れ続ける人間の気持ちを汲み取れない部分がある。 それに関しては努力をしている。 けれども、それでもやはり魔人であるホーネットに人の苦悩を理解できるはずが無い。 美樹が初めて口を開く。 「ホーネットさん。落ち着け、と言われても無理だと思います。あたしは今は魔王ですけど、元は人間でした。だから、死ぬとか痛いとか、そういうことはそれなりに分かっているつもりです。それに、健太郎君は人間です。……人が死ぬとかそういうことを考えると、やっぱり辛いです。死から程遠い魔人の皆さんには理解し辛いと思いますけど」 ホーネットは思った。 ガイが美樹を選んだのは正しい選択だった、と。 人と魔人が手を組む時代、美樹のような人間の心を汲むことのできる人物が魔人の長としての在り方だと思う。 人が変わるように、魔人も変わっていかなければならない。 でなければ、魔人は時代に食われていくだろう。 ホーネットが頭を下げる。 「すみません。今のはいささか、無神経な発言でした」 「別にいいわよ。分かれば……」 ホーネットは改めて、その場の全員を見回すように視線を動かす。 「ですが、改めて申し上げます。皆さん、お力を貸してください。創造神ルドラサウムが関わっている以上、これはもはや魔族領だけの問題ではありません。人類、いえ、大陸に存在する数多の存在、その存亡を賭した重大な問題です。正直、我々の力だけではどうにもならない事態にまでことは発展しています。かつての魔族と人間、その確執が如何なるものかは重々承知しているつもりです。けれども、いまこそ大陸が一つにまとまらなければいけない時代です。みなさん、お願いします」 そう言い、ホーネットは再び頭を下げた。 魔族の長たるものが二度、頭を下げた。 魔王ガイの娘が二度、頭を下げた。 これは、かつての常識からはかれば考え付かない状況である。 それでも、ホーネットはあえて人間に頭を下げる。 それは、人と魔の時代が変わる瞬間であった。 シルキィは思った。 これで、再び世界はまとまる。 シルキィはその時、確かにそう確信したのだ。 しかしそれは、魔人でしかないシルキィ故の大きな誤算であった。 「……冗談じゃないわね」 そう、始めに言ったのはリアである。 ホーネットの顔が少し、ひきつる。 「今、なんと」 ホーネットは人間に友好的だが、それでも本質的には魔人である。 残忍な側面も少しであるが持ち合わせている。 人間であるリアは、やはり少しだけ脅えざろうえない。 しかし、それでも言った。 「冗談じゃないわよ。人間と魔族が手を組む? 何、絵空事みたいなこと言ってるのよ! 手を組めるわけないじゃない! ヘルマンやゼスだってゴメンなのに、それを魔族と? あんた達みたいな人を人とも思わない連中と手を組んだら暴動が起きるわよ!」 「……ですが」 「俺も、ゴメンだな」 次に言ったのはパットンだった。 「ホーネット、アンタは忘れたかもしれないけどな。俺は昔、アンタの部下、いや元部下であったノスやアイゼルにひどい目にあわされているんだ。そして、あの時俺を騙しやがったサテラの野郎も、今はお前の懐でのうのうとしてやがる。テメエらがいくらごまかそうが、俺はあの時の恨みを忘れられねえんだよ!」 「……しかし」 「ホーネット殿」 ガンジーが聞いた。 「ホーネット殿、それは魔族の意見か?」 「……どういうことでしょう」 「言い方を変えよう。それは、魔族の総意か? ワシにはホーネット殿が人間に心を寄せていることがひしひしと感じられる。おそらく、ホーネット殿は本意から頭を下げ、世界の和平と協力、共闘を望んでいるのだろう。けれどもそれは、魔族の総意か? それとも、ホーネット殿の意見か?」 「……それは」 ホーネットには答えられなかった。 「ホーネット殿、ワシらだって大国を治めるものだ。国がどういうものかは承知だ。ゼスを見てみろ。一枚岩ではない。武力衝突や権力闘争が絶えず、奴隷階級は死んだような毎日を送っている。リーザスやヘルマンだって同様。一部の貴族や軍人が優遇され、そうでないものは蹴り落とされる。人間の国ですら一枚岩になれないのに、魔族が一枚岩であるのか? ワシらが共闘を了承したところで、ホーネット殿に逆らった元ケイブリス派の魔族や魔人、そうでなくとも人間を嫌い、蔑んでいる者どもがホーネット殿に従うのか? ホーネット殿、もう一度聞く。それは魔族の総意か? それとも、ホーネット殿の意見か?」 ホーネットは沈黙を続ける。 頭によぎるのは、サテラの言葉。 人間のような下位種族などとは協力したくない。 彼女はそう言った。 ケイブリス派とホーネット派閥に分かれたとき、最後までホーネットの元についてきた幼馴染のサテラでさえそう言った。 人間と仲良くする。 それは、ガイの望みである。 そして、ホーネットの望みでもある。 けれども、依然として反対派閥は後を絶たない。 人間界に攻め込もうという声すら無くならない。 人間を狩猟する魔族は後を絶たない。 そして。 人間に狩られる魔族も、後を絶たない。 そんな状況で、仲良くできるか。 否。 決して、無理だ。 人間と魔族が協力するにはまだ、時間が必要だ。 十年。 いや、百年。 いずれにしても、まだ時が早すぎた。 だが、時間は待ってくれない。 亀裂がはしったら最後、たちまちに全てが終わる。 そんな、橋渡しの世界。 けれども、それでもまだ…… ホーネットは割り切る。 今回はまだ、早すぎたと。 けれども、魔族に協力の意思を表示できただけで僥倖だと。 「そういうわけで、あたし達は魔族と協力する意思はない。それだけは確かだから」 リアが言う。 ホーネットも口を開こうとする。 (ええ。仕方ありません。今回はあきらめます) そう言おうとする。 しかし、その時。 大きな笑い声が響いた。 「アッハッハッ」 その声に気を取られ、その場に会した一同は笑い声の主を見る。 それは、パランチョ王国の王子、ピッテン=チャオだった。 「アッハッハッハッハ。アッハッハッハ」 一同が訝しげな視線で刺す。 しかし、ピッテンは笑い続けた。 無礼にも笑い続けた。 今まで黙っていた小国の王子。 それは当然である。 ピッテンにこの場で、発言権は与えられていなかった。 ただ、自由都市代表の道化として座っているだけの存在。 それが、ピッテンに与えられた役割だった。 パランチョ王国は、リーザス、ヘルマン、ゼスのような強大国ではない。 ジャパンのように力を持っているわけでもない。 魔族のように支配階級でもない。 ただの小国である。 それが、大国に逆らうこと、ましてや意見を申し開きできるかということは、自明の理、どのような愚者でさえ、どのような幼子でさえ解かるほどの愚問だった。 けれども、笑い続けた。 ピッテンは、一同の前で狂ったように笑い続けた。 「何がおかしいのよ! 小国の王子!」 ついにリアが怒り、ピッテンを怒鳴りつける。 ピッテンはしばらく笑い続けた後、涙をぬぐって言った。 「いや。リーザスも大国と聞いていたが大したことないと思ってな。これでは我が国でも滅ぼせそうだ」 「なんですって!」 リアが思わず立ち上がる。 当然だ。 リアは大国リーザスの女王。 対してピッテンは小国パランチョの王子。 それは、貴族の成人が百姓の餓鬼に馬鹿にされたと同じ。 リアでなくとも、怒らぬわけはない。 現に、パットンやガンジーの顔色も変わっている。 リアが叫んだ。 「小国の王子。名前は……パランチョ王国のピッテン=チャオといったわね。覚えたわ。汝の無礼、如何ともし難い恥。あたしは本当に頭にきた。小国の王子、何とか言ってみなさい」 「それが大したことないといっているのだ。小国の言葉ごときに怒り、我を失う。男狂いしたSMの女王。何か?」 「なんですって!」 ピッテンにおちょくられ、リアが更に怒る。 「マリス、パランチョを滅ぼすわ。戦力はどれほど必要かしら?」 「……やめておいたほうがいいと思います」 マリスは珍しく弱気な姿勢だ。 「何? マリス、怖気づいたの?」 「いえ。確かにリーザス全軍を動かせばパランチョなる小国を滅ぼすことはできるでしょう。けれども、予想される被害が想像できません」 「……どういうこと?」 リアは実力で女王になった人物である。 一見すればヒステリックに見えるが、人の言葉に耳を傾ける度量はある。 マリスは言葉を続ける。 「パランチョ王国、兵士こそそれほどいないものの、その兵力は底が知れません。親衛隊であるパランナイト、その実力はリーザス親衛隊よりも練度が高いものと思われます。まともに戦えば勝利こそできるものの被害は甚大。ヘルマンに隙を見せることになりかねません」 「それでも、小国。反撃する暇もなく一気に攻め込めば少ない被害で勝利できるわ!」 「そうかな」 ピッテンが薄ら笑う。 「小国如きと侮って貰っては困る。獅子のあぎと、汝の喉笛を食いちぎるやもしれんぞ」 「言わせておけばッ!」 怒りで我を失うリアを、落ち着かせるようにマリスが座らせる。 変わりに、ガンジーが立ち上がった。 「話を聞かせてもらえば無礼千万。ピッテン=チャオと申したかな。お若いようだが、汝はこの会議の意味をお分かりなのかな?」 「ああ。わかっている。政治的外交だ。汝らの行っているような愚痴の言いあいではない」 「我々の行っているのが愚痴の言いあいと?」 「ああ、そうだ」 パットンが苛立つように笑った。 「失礼な奴だな」 ホーネットももはや、黙っていられる状態ではない。 「ピッテン王子、無礼が過ぎるようです。失礼を承知で言いますが、貴方はこの場に相応しい方であられますか?」 「ああ」 ピッテンがやっと立ち上がる。 それは、今まで人を侮るだけ侮っていたピッテン=チャオがはじめて攻勢に出る瞬間であった。 「言わせて貰うが、ここは何をする場所だ? 国と国が仲良くする場所か? 否。創造神から世界を護る方法を模索する場所であろう。我の言ったことは間違っているか?」 一同は黙る。 その言葉には一点の間違いもなかった。 ここは外交のみの場ではない。 世界の危機を救うために、その方法を模索する場所だ。 誰も、ピッテンの言葉に反論することはできなかった。 「同意で良いのだな。ならば、次に問う。汝らは本当に、世界を護る気があるのか? 護るために団結する気があるのか? もし、無いようならそれこそ汝らはこの場にいる資格無し。近所の餓鬼でも席に座らせておいた方がマシだ」 「うるさい、小国の王子!」 「侮るな! 大国の女王!」 ピッテンがはじめて荒げた声。 リアは圧され、黙ってしまう。 「今、世界は創造神の手によって未曾有、いや、二度目の危機に陥っている。本来なら、世界が一致団結し、この危機に立ち向かわなければならない。けれども、汝らは自国の利ばかりを考慮し、世界を救おうなどとこれっぽっちも考えていない。本来なら真っ先にまとまるべき人物が、だ。汝らは世界の危機を如何様に考える。正義の味方が現れて、勝手に助けてくれるとでも思っているのか。それとも、ランス王のようなカリスマがいなければまとまることすら叶わぬのか。どうなのだ? ん?」 一同は沈黙を保ったままである。 ピッテンが続ける。 「俺はゴメンだ。自分の世界は自分で護る。そのためにはホーネット殿に従うのがもっとも有効な選択だろう。俺は世界を危機から護るため、ホーネット殿についていく。汝らは勝手にすれば良い。勝手に権力闘争するなり、勝手に他国を侵略するなり、勝手に寵姫を侍らすなり、好きにすれば良い。人が団結できぬような戯けた世界ならば、滅びたほうがマシだ」 ピッテンはそこまで言うと着席した。 それきり、沈黙を保つ。 その場にいた一同は、深く自省をしていた。 百言を用いようとも、自らの胸にある他国と多種族への偏見、嫌悪を弁解できなかったからだ。 確かに、反発しあう何かと付き合うにはそれ相応の抗体反応がある。 大国ともなればそれも強い。 必ず、反発し、逆らう者は現れる。 けれども、それでも団結しなければならない時期に来ている。 かつて、世界が統一された時のように。 ランス王はもはや、いない。 ならば、自らの手で歩み寄るしかないのだ。 親が子をあやす時代はもう終わった。 これからは、各国が自立する時である。 「……ワリイ。ピッテン、そう言ったな」 まず、パットンが開口した。 「俺は恐れていた。そして、魔族を疑っていた。魔族がかつてのように俺を、俺達を捨て駒のように扱うことを。それを恐れていた。けれども、それじゃあいけねえ。魔族は信頼できないが、世界を救うためにはこいつらとも手を組まなきゃいけないんだよな」 そして、ホーネットに向き直る。 「ヘルマンの王子、パットン=ミスナルジはホーネット殿、いや、リトルプリンセスに従う」 「……パットン殿下」 「勘違いするな。俺は忠誠を尽くすわけじゃない。テメエらが下らない命令をした場合、俺はテメエらを見限る。そういう関係だ。それが対等な共闘の関係だろう」 「同感だ」 ガンジーが頷いた。 「ワシも世界の危機を捨てておくほどのことができる人間ではない。ワシも、リトルプリンセスとホーネット殿に協力しよう。ゼスの魔道は役に立つ。ただし、ワシらを力で支配しようとしたらワシらは、全力で魔族に立ち向かう。かつての怯えていた時代とは違うのだから」 「私も、ご協力します」 香姫が言葉を告げた。 「ジャパンは、他の強国と比べると弱い国ですが、それでも奇襲ぐらいはできます。それに、私の夢見はくじらの、天使レダの行動を知る役にも立つでしょう」 場が沈黙した。 待っているのだ。 最後の人物の言葉を。 リアはむくれたように俯き。 怒り任せに叫んだ。 「従うわよ! 従えば良いんでしょ! でも、今回だけよ! 魔人との共闘は! ヘルマン、ゼス、あんた達も覚えておいて! リーザスは今回に限り、あなた方に力を貸すわ!」 ピッテンが笑った。 パットンやガンジー、香姫も笑顔を見せた。 ホーネットも満足げに微笑む。 今、世界が再び一つにまとまった。 来るべき審判の日を乗り越える為に。 そう、会議は最高の結果に終わったのだ。 たった一人の男のおかげで。 ホーネットは頭を下げる。 「皆様、ありがとうございます」 その後、詳細な話し合いをいくつか議題にあげて。 各国の妥協できる検討策を決定して。 その協議をして。 条約として各国に可決させて。 第一回大陸首脳会議は終わりを迎えた。 ●〜〜〜● 「パランチョの第一王子、ピッテン=チャオ、だったよな」 パットンがそう聞くので、ピッテンは頷いた。 「ええ」 「お前、気に入ったぜ。今度、ヘルマンに遊びに来ることがあったら、是非ラング・バウを訪ねてくれ。上等な酒を用意しておく。一緒に飲み交わそうぜ」 ピッテンは笑顔を見せて。 「喜んで」 そう答えた。 帰りがけにピッテン付きのカラー、ハンティが、 「かっこよかったよ」 そう、からかった。 次に、ガンジーが寄って来た。 「ピッテン王子、と言ったか。歳は?」 「今年、二十四になります」 「そうか。若いな。とてもそうには見えない」 「良く、言われます」 「パランチョ王国、自由都市の一角に存在する国だったな。今度、旅に出たとき、寄らせてもらおう。お主の国を見てみたい」 「その時は、国を挙げて歓迎します」 「マジック、お前もこのような方を婿に貰えば良いのだろうな」 「バカ親父!」 マジックはふてくされた顔でそう言い。 けれども、ピッテンと視線が合うと軽く微笑んだ。 ガンジーが去った後、香姫が現れた。 「ピッテン王子。本日はありがとうございました」 「私は取り立てて何もしていません。あなた方が動いた。それが世界を動かしたのです」 「ピッテン王子、ジャパンは良い国です。今度、遊びに来てください」 「喜んで、寄らせていただきます」 山本五十六が続いて礼をする。 そして、リアは。 視線で睨むと、プイ、と去っていった。 変わりに秘書のマリスが。 「お疲れ様でした」 そう、微笑んだ。 マリスは、どうでも良い人間に心を許すような人物ではない。 この会談は、確実に小国であるパランチョの印象を良いものにしていた。 最後に、ホーネットが現れた。 「……少し、話をしませんか?」 ●〜〜〜● ホーネットがピッテンをつれてきたのは、魔王城の屋上だった。 瘴気が心地悪く吹いている。 ピッテンはいささか毒気に害されながらもホーネットに聞いた。 「話、とは」 ホーネットがにこり、と笑う。 「あなたの弟に会いました」 ピッテンも笑みを見せる。 「そうか。ポロンに。あいつは元気にしていましたか?」 「ええ。とても。良い弟さんですね」 「いいえ。軟弱で、泣き虫で。手のかかる弟ですよ」 「そうですか」 「けれども」 ピッテンは少しだけ目を閉じ、言った。 「俺は、あいつに勝てないところが一つだけある」 「ええ」 ホーネットは思い出す。 あの、ホーネットと対峙した時に見せたポロンの瞳。 強い信念。 崩せない信念。 そして、それを貫く意志の力。 ホーネットは、なるほど、と思う。 「しかし、ホーネット殿とあいつが会っていたなんて。女七人侍らせて、手を一つ出せない甲斐性無しが。因果なものです」 「そうですね。つながりは奇異なものです」 ホーネットはしばらく、雑談を続ける。 たあいのない世間話。 その間、ホーネットは告げるべきか、告げざるべきか、迷っていた。 ホーネットの迷い。 それは、ピッテンに伝わっていた。 だからこそ、ピッテンはホーネットに言った。 「俺は、あいつを信じています」 「……え?」 「あいつは、確かに弱い。けれども、あいつはそれ以上に何かをやらかすかもしれない意外性を持っていて。俺はそれを見ているのが楽しいんですよ」 「なるほど」 「だから、世界中の誰もがあいつを信じなくても、俺はあいつを見守ってやろうと思います」 「……」 「だから、ホーネット殿。打ち明けてください」 ホーネットは少しだけ自嘲気味に笑うと。 ピッテンの強き瞳に向かって、言葉を放った。 「ピッテン殿下、お聞き下さい」 ピッテンが頷く。 ホーネットははっきりと言った。 「貴方の弟はこの先、世界の存亡に関わります」 新しい時代を護ろうという動きが、徐々に形に成る。 歴史は、確実に動いていた。 |