ルートH
小娘どもの挽歌



 そりゃあ、あたしだっていい歳だ。
 こういう、いい天気の日には太陽の光でも浴びてテレビでも見ているさ。
 マンゴジュースをすすりながらかりんとうをパキン。
「あ〜ゴクラク!」
 ああ、空は明るい。
 ああ、街は賑わい。
 ああ、世界は広い。
 なんて素敵な昼なんだろう。
 かりんとうをポキリ。
「あ〜シアワセ!」
 最近、腰が痛い。
 肩もはってくる。
 シャルムあたりに揉ませるか。
 あの子、頭はあっぱらぱ〜だけど、力仕事は得意だし。
 ライラとか、肩こらないのかしら。
 ジュースを、ジュルジュル。
「あ〜コウフク!」
 ああ、太陽の光があったかい。
 なんか、まぶたが閉じてきた。
 パトラッシュ、もうあたし、疲れたわ。
 ……
 グーグー。

「とりゃあ!」

 バキン。

「……あ」
 シャルムのふざけ半分に放ったラリアットはエレーンのコメカミに命中した。
 そのまま、テコの容量で腰の辺りを主軸に頭から地面に落ちるエレーン。
 宿屋の木の床がベコンと割れて、その角が刺さったらしく血がジュルジュル出る。
 そして動かぬ魔人。
「……ヤバ」
 シャルムが呟く。
 傍にいたウインディは思いついたように指を鳴らし。
「氷の矢!」
 証拠隠滅を図った。
 ビビビン、と氷がエレーンを覆い、なんかこれやばいんジャンとかいう状況に。
 アリサとキャロットとフィアが呆然と見ている。
 シャルムとウインディは視線をからませて、同時に頷いた。
『……よし!』
いいわけあるかぁぁぁぁあああ!
 眠れる魔人こと、エレーンは氷を破って怒鳴り散らす。
「あんたら。いい歳した娘がこんな真昼間から遊び歩いて……」
「いい歳した女が、こんな真昼間から部屋でテレビ見てていいのかよ」
「お黙り! シャルム!」
 なんか、『いい歳』の部分に過剰反応しながらエレーンが叫んだ。
「いいことあんた達。時間っていうのは有限で青春っていうのは決して蘇らないの。人生は一度でその生の中で如何に有意義かつ効率的な密度ある生活を送れるかが青春という短い期間の中での己のパラメーターなのよ。それをあなた達はただ無為に過ごしただ自分の思うように楽しく過ごす。若者は携帯を弄り、酒に入り浸り、薬をやる。あたしの子供の頃はもっとみんな、青春に溢れていたわ。誰も彼もが何かをやろうと躍起になっていて、そして目標を見つけてその目標に向かって走り出す。そういう青春を送っていたのよ。一秒一秒が大切な時間で寝るのも惜しんで大切なものに取り組む姿勢、夢を追い求めること。希望を持つこと。そういうことがこれからの社会にとって必要なんじゃないのかしら。それをあんた達はそんなことも分からないで青春を垂れ流している。いわば青春の大安売りよ。あんた達に夢は無いの? 希望は無いの? このままじゃ、行かず後家になっちゃうわよ! あんた達はあたしのことを『ちょっと歳が離れたお姉さん』だと思っているだろうけど、あたしから言わせたらあんた達はあたしの青春の残りかすのようなものよ。あんた達はそんなんでいいの? この広い世界を見なくていいの? あんた達を見てるとね、まったくもっていらいらしてくるの。どうしてか分かる? そうやって、目標を持たないからよ。勉強しなさい。運動しなさい。なにか将来の夢を見つけなさい。そうすることで昨日とちがう明日が……」
「何を言ってるのかわからないにょ」
「……へ」
 気が付くと、そこにはエレーンとアリエッタだけで。
 アリサ達は姿を消していた。

 ●〜〜〜●

「ったく。あのババアも年々口うるさくなっていくわね〜」
 街並みを歩きながら、ウインディは愚痴る。
「しわも増えてくるし。女ってあ〜いうふうに衰えてくるのね〜」
「そんなことないよ」
 アリサがにっこり笑って言う。
「ああいう成熟した魅力が男の人をひきつけるんだと思うよ」
「なら、あんた。あのババアが結婚できると思う?」
「……がんばれば!」
「あ〜、がんばったところで、たかが知れてると思うけどね」
 その時、シャルムの腹がキュルル〜と鳴った。
「下品ね〜。あんた」
「うっせー」
 シャルムはみんなを見回す。
「なあ、腹減らねえ」
「うん、ちょっとお腹すいたかも」
 キャロットが舌を出す。
「なんか、どこかで食べたいな。みんなは、お昼ご飯食べたの?」
「うんにゃ」
「食べて無いわよ」
「あたしも、食べてない」
「食べてません」
 一斉に首を振る四人。
 キャロットはにっこり笑って言った。
「あたし、美味しい店を知ってるんだけど、行かない?」

 ●〜〜〜●

「って、お好み焼き屋って……あんた……」
 ウインディが、不平をタラタラ言う。
「あ〜あ、うら若き乙女がなんでこんな真昼間から五人もそろって、蒸し暑いお好み焼き屋でもんじゃ焼きなんて焼いてなきゃいけないのかしら。青春は二度来ないっていうのに……ほら、フィア。ちゃんとはみ出さないように土手、作りなさいよ」
「はい、ウインディさん」
 なんか、わけのわからない上下関係が出来上がっている。
 いちおう、分担は。
 アリサ&キャロットの、海鮮もんじゃ。
 ウインディ&フィアの、豚キムチもんじゃ。
 シャルムは、スペシャルもんじゃを独り占めだ。
「なんか、こう。いい出会いが無いのよね〜。あたし達って、いちおう冒険者ジャン。こんな女だらけの美女軍団が八人もいるんだから、どっかの富豪とか、金持ちとか、貴族とかがこう、『ウインディさん、一緒に冒険しませんか!』なんて、言ってくるが当然だと思うんだけど。ねえ、どう思う? フィア、もんじゃを土手からはみ出させるな!」
「すいません! ウインディさん!」
「でしょ、アリサ」
「あ……うん」
「なによ。なんか、歯に物が挟まったみたいな言い方ね。意義アリってやつ?」
「ううん。ただ、それはちょっと夢見すぎかな〜って……」
「夢の見すぎがなぜ悪い! 青春なんだから、夢の二つ三つ、余計に見てもイイのよ! ね、アリサ。そう思うでしょ〜」
「う、うん。思う思う」
「そうでしょ! そうでしょ! ほら、フィア。ある程度固まったら注ぎ足して」
「はいっ! すいません! ウインディさん!」
 アリサがウインディの愚痴を永遠と聞き続ける状況の中。
 キャロットはひたすら自分のもんじゃ作成作業に没頭している。
 意外と丁寧で、土手を作って決してそこからはみださない。
 もんじゃを注ぎ足すタイミングもばっちり。
 一分一秒正確に、最高のタイミングでもんじゃを仕上げる。
 まさにそれは職人の極みであった。
 世が世なら、一流のもんじゃ焼き職人になっていただろう。
 キャロット百の特技のうち、一つであった。
 まあ、さっきから一言もしゃべらないのはそのせいなのだが。
 反面、駄目なのはシャルム。
 食い意地ははっているが貧乏根性の為、こういう作業にまったく向いてない。
 土手は、土手としての役割をまったく成していなかった。
 半壊した土手は決壊しまくっていて破滅的だ。
 そこに、問答無用でもんじゃを流し込む。
 土手から流出した大量のもんじゃは鉄板の上を流れていく。
 そして、フィアが作成中のウインディのもんじゃを侵略する。
「なぁっ! シャルム、あんた、ケンカ売ってるの!」
 ようやく、この黙々とした作業に嫌気がさしたシャルムは苛立っていた。
「うるせえ! ちょっとはみ出しただけだろ! 細かいこと気にすんなっ!」
「なんですって! シャルム、アンタ領空圏って言葉を知らないの! 国と国には国境があってそこから出たら対空ミサイルで落とされちゃうのよ!」
「知るか!」
「覚えときなさい! もんじゃも一緒よ! 領空圏からはみ出たら国際問題! 戦争なのよ! まあ、あんたの頭じゃわからないでしょうけどね〜」
「なんだと!」
「これ、貰って置くわね!」
 そう言うと、ウインディはすばやくヘラで、シャルムのもんじゃの流れてきたのを奪った。
「あー、何しやがる!」
「領空侵犯したから捕虜として捕らえさせてもらったわ。あんた、一人で二人前食べるんだから問題ないでしょ」
「大ありだ!」
 シャルムはフィアがコツコツともんじゃ作成している横から、大きいほうのヘラをガン、とそこに突き立てて持っていった。
 フィアが悲鳴を上げる。
「ああっ〜」
「ちょっと、シャルム。アンタ何すんのよ!」
「ちょっと多めに返してもらっただけだよ。お前、小食なんだから気にすんなよ」
「気にするわよ! 何が恨みで、人のもんじゃ取ろうっていうの! この略奪者!」
 ウインディが一番大きなヘラで、シャルムのスペシャルもんじゃを半分ほどかっさらう。
「てめえ、何しやがる!」
 シャルムは咄嗟に、傍にあったお好み焼きのタレをぶっかける。
 ビシャ。
 ウインディがお好みのタレまみれになった。
 もちろん、フィアも巻き込まれている。
 ウインディの額に、怒りマークがピキッ、と浮かぶ。
 ウインディはアオノリの缶をつかむと蓋を開けてシャルムの頭に。
 かけた。
 そりゃ、もうどっさりと、全身がアオノリだらけになるぐらいである。
 ノリまみれのシャルム。
 タレまみれのウインディ。
 先に動いたのは。
 シャルム。
 思いっきりかましたチョーバン(頭突き)は、ウインディの頭にぶつかる。
 ガン、と吹き飛ばされるウインディ。
「イッタイわね! なによ、この野蛮猿! 暴力でしかモノを訴えられないの!」
「うるせえ、狐女! テメエは説教くせえんだよ!」
「言葉も話せない猿に人間様の言葉はわからないか……ヤレヤレ」
「テメエ、いつもいつもいい気になりやがって……」
「魔法と拳、どっちが強いか決着つけましょうか」
「望むところだ!」
 二人が狭いお好み屋の店内を、バッと二手に分かれる。
「連続氷の矢!」
 バシュン、バシュン。
「オーラパンチッ!」
 ドガァァァアァン!
「拡散スノーレーザー!」
 バビュンッ! ドドドドオオドドドドドドッドドオドドッ!!
「滅殺波動乱舞!」
 ドコドコドコォォォン!
「あ〜、みんな、どうしよう〜……」
 騒然とする店内。
 アリサが困った顔でフィアとキャロットを見回すが。
 フィアは、もんじゃ焼き作りに必死になり。
 キャロットは。
 すでにアリサの分までもんじゃを平らげていた。

 ●〜〜〜●

「なんてーか、食事中から不毛つーか」
「でもウインディさん、もんじゃ焼き美味しかったですよ」
「あーそう。あたしゃあ食ってないけど……」
 昼下がりの激闘を終え。
 五人はまたもや、ノンベンダラリとすることもなく街中を歩いていた。
「しっかし、昼下がりっていうのにこうまでやることないっていうのはどうかしらね。ねえ、アリサ。この辺りって観光スポットとか無いの?」
「ガイドには書いてない。多分、無いと思う」
「あー、時間つぶすことも思いつかないか」
 キャロットが言う。
「ねえねえねえねえウインディ」
「ねえ、は一回でいい」
「ねえねえ、ウインディ」
「ケンカうっとんのかい」
「この近くでいい遊び場知ってるんだけど」
「遊び場?」
「うん」
 キャロットはにっこりと頷いた。

 ●〜〜〜●

「……釣りかよ」
 ウインディはウンザリと呟いた。
「何でこんなうら若き乙女が、真昼間からこんなジミなことしなきゃいけないのかしらね。しかも、あたし釣りしたことないし。まあ、針に餌付けてウキがクイってなったところを引けばいいのよね。簡単じゃない。フィア、餌つけ終わった?」
「ウインディさ〜ん。グサって刺しちゃうんですか?」
「そうよ。グサっていきなさい。グサって」
「いや〜。こんなぶちょぶちょします〜。気持ち悪い〜」
「うわ〜。あたしがやらなくてよかった〜」
 釣り餌のミミズっぽいやつを針に刺して、ウインディがそれを振る。
 竿はシナをつくって川に釣り糸を飛ばした。
 餌が沈み、ウキが浮く。
 ウインディはその光景を眺める。
 眺める。
 眺め続ける。
「……つまらん」
 ウインディはキャロットのほうを向く。
「ねえ、なんかすっごく飽きたんだけど。しかも速攻で」
「ウインディ、これは大人の遊びなの。いかにじっくり待つかで、大人の器量を試すのよ。もし、こんなこともできなければウインディ、言われちゃうよ。『ああ、魔法使いのウインディは釣りもできないヘタレなのか』って」
「……できるわよ。やりゃあいいんでしょ」
 再び釣りに集中する。
 そして。
「はあ」
 ため息。
 アリサは別にいいとして。
 フィアなんかそれに輪をかけてどうでもいいとして。
 キャロットは真剣である。
 まず、丁寧に餌を針につける。
 そして、竿がしなるように川に餌を投げ込む。
 そして、待つ。
 ウキが沈む。
 しかし、まだ竿を上げない。
 じっくりと、餌に喰らいつくまで待つ。
 ウキが再び沈む。
 だが、まだ待つ。
 そして、ウキに手ごたえがあった。
 その瞬間。
 バシッと竿を持ち上げ、見事な一本釣り。
 大物だった。
 世が世なら、一流の釣りバカとして君臨していただろう。
 キャロット、百の特技のうち、一つだった。
 まあ、ンなことどうでもいいが。
 キャロットは嬉しそうにウインディに言った。
「ウインディ、釣れちゃった。初めてなのに釣れちゃった」
「黙ってろ」
「ほら、こんなにレスがいっぱい」
「……何の話?」
 そんな中、やっぱりシャルムだけが不器用だった。
 まず、餌を刺せない。
 動くミミズ(みたいなやつ)は針を、クイ、クイ、と避ける。
 まるで、シャルムをあざ笑うように。
 何度も試す。
 しかし、その度に失敗する。
 そして、勢いあまって。
 針を、指に刺した。
「……ッッッッ……」
 痛みにもだえるシャルム。
 釣り針は先が返しになっていないのですぐに取れるがそれでも痛い。
 更に、それがニ、三度続く。
 いい加減に頭にきて、虫を蝶々結びにして縛った。
 そして、そのまま川に投げる。
 待つ。
 糸が流れていく。
 そして。
 ウインディの釣り糸と伝線した。
「あんた、なにやってんのよ!」
 ウインディが叫ぶ。
 シャルムは逆切れして。
「うっせー。そんな近くでやってる奴がいけないんだ!」
 もう、ムチャクチャな言い分である。
「ふざけんじゃないわよ!」
 ウインディが釣り餌を投げる。
 シャルムは軽くかわすと竿を振りかざした。
「何しやがるっ!」
 そのまま、一閃。
 ウインディはしゃがんでかわしたが、その代わり。
 フィアの顔面に竿がめり込んだ。
『あ』
 フィアはそのまま川に吹き飛ばされて。
「いやぁぁぁぁぁああ! 助けてくださいぃぃぃぃいい!」
 流されていった。
 ウインディとシャルムが見た先。
 川の流れは早くなっていって。
 その先には、滝があった。
 フィアは滝から落ちていく。
 ウインディとシャルムは同時に竿を下ろし。
 にっこりと微笑みあった。
『見なかったことにしよう』
 そのとき、キャロットが八匹目の大物を釣り上げた。

 ●〜〜〜●

「ポロンくん、急ぐにょ」
 アリエッタがポロンを急かす。
 ポロンは苦笑した顔でアリエッタについていった。
 ポロンは、エレーンの勧めでアリエッタと買い物しに来ていた。
 アリエッタはポロンのことが大好きである。
 ポロンも、アリエッタのことを本当の妹みたいに思っている。
 だから、こういう暇な時ぐらいは一緒にいてやりたいと思うのだ。
 アリエッタが露天商の前で足を止める。
「ポロンくん、見るにょ」
「え?」
「ほら、きれいな宝石がいっぱいにょ」
「ホントだ。きれいだね」
「欲しいにょ」
 値段を見る。
 とてもじゃないが、今の持ち金で買える額じゃなかった。
 ポロンは苦笑いを浮かべる。
「駄目だよ。お金が足りない」
「欲しいにょ。お兄ちゃん」

 ザクッ!

 その瞬間、ポロンの胸に何か巨大な矢のようなものが刺さった。
 不可視の矢はポロンのハートにズッキュリで。
 ポロンは、息を荒げる。
「あ、アリエッタ。今なんて言ったのかな?」
「ポロンお兄ちゃん、にょ。ポロンくんはアリエッタのお兄ちゃんのようなものにょ」

 グサッ!

 なんか、もう一発、巨大な矢がポロンの心臓を貫いた。
 ポロンは、更に息を荒げる。
「アリエッタ。お兄ちゃん? そう言ったのかな? お兄ちゃんって?」
「そうにょ。ポロンくん、イヤにょ?」
「いやそんなことは無いさ全然アリエッタにそういうことを言われるとはさすがにボクそうは思わなかったないや驚きだよハアハア」
「ポロンくん。鼻息がヘンにょ」
「ヘンじゃないよ。普通だよ。多分、ボクがヘンだとしたらアリエッタがいけないんだ。そう思わないか。ハアハア」
「やっぱり、ヘンにょ」
「ヘンでもいいんだよ。ヘンでも。さあアリエッタ。今日は沢山オモチャを買ってあげるからね。そのあと、きれいな洋服も買おう。可愛い靴も。そしてホテルで二人っきりで美味しい食事して一緒にそのホテルに泊まろう。何もしないからね。何も」
 開始から八話にしてポロンが壊れた。
 もう、ポロンはいろいろなものが全開である。
 リーザス、ヘルマン、ゼスを一度に相手にしても負ける気がしない。
 はたして、アリエッタはポロンの毒牙に襲われてしまうのか。
 その時。
「あれ、ポロンくんとアリエッタじゃない」
 ウインディが横から覗き込んでくる。
 ポロンは慌てて飛びのいた。
「あ、ウインディ。それにみんなも。どうしてここに? いや、ボクは何もしてないよ。アハハハハハ」
 そして少しだけ視線をそらし、「チッ、邪魔がはいったか……」と、舌打ちする。
 とりあえず、犯罪者にならなくて済んだようだ。
 ポロンがウインディの後ろを見る。
 そこには、アリサ、シャルム、キャロット、フィアの姿が見えた。
 なぜか、シャルムはノリだらけで、なぜかフィアは包帯だらけだ。
 ウインディがアリエッタの横に並んで座った。
「ポロンくん。アリエッタに宝石を買ってあげるんだ。いいな〜、あたしも欲しいな〜」
 キャロットも横に並ぶ。
「あ、これ可愛い。アクアマリンだって。うわ〜。きれい〜」
 アリサとフィアも。
「これ、可愛いね〜」
「アメジストですよ。可愛いですね」
 などと、喜んでいる。
 まあ、シャルムは。
「それ、食えるのか?」
 だが。
 ポロンは、そんな彼女達を見て思う。
(うわ〜、なんか萌えるな、こういうの)
 はっきり言って、今日のポロンはちょっとおかしい。
「じゃあ、これちょ〜だい」
「……え?」
 ウインディの言葉を皮切りに。
「あたしはこれ」
「あたしは、これがいいです」
「……なら、あたしはこれでいいや」
「あたし、これがいいな」
「アリエッタはこれにょ」
 と、全員が宝石を手に取る。
 本物の宝石で、一個でもかなりの額はする。
 それも、六個である。
 彼女達にそんなお金はあるのか。
 いや、ない。
 ならば、どうするのか。
 答えは簡単。
『ポロンくん、支払いはお願いね〜』
 ポロンがたじろぐ。
 露天商がにっこり笑って言った。
「当店は、各種取り扱いをやっているアルよ」
 ポロンは涙交じりにカードを見せる。
「……支払いは、分割で」

 ●〜〜〜●

「いやあ、得しちゃったわね〜。ほら見てよ。ブルートパーズ、これ、かなり純度が高いわよ。ポロンくん、太っ腹って感じ」
 むりやりおごらせたのはウインディである。
 ちなみに、アリサはアクアマリン、キャロットはクンツアイト、シャルムはピンクサファイア、フィアはグリーンジルコンをそれぞれ買ってもらった。
 翌日、パランチョ宛の請求書を見たピッテンが驚くが、まあそれは別の話。
 五人は、ホクホクとした表情のままオープンテラスでコーヒーを飲みながらくつろぐ。
 うら若き五人、集合という感じだ。
 ニコニコしながら、これからのことについて話し合う。
「で、どうする? まだ、夕食までは時間あるし。これからパーってするにも、まだ早いわよね〜。アリサ、なんか意見ない?」
「う〜ん。特には……」
「あんた、もっとバーンと面白いこと言いなさいよ。たまには。そんなんだと、読者は萌えてくれないわよ」
「……読者?」
「そうだ、語尾に『にゅ』をつけろ! アリエッタが『にょ』だから。『にゅ』よ。コッチが先なんだから、ピー(かなりやばい発言)な猫耳娘になんて負けるんじゃないわよ!」
「……何言ってんの?」
「とにかく!」
 バン、と机を叩く。
「これからの時間つぶし、意見ある人挙手」
「うい!」
「はい、シャルム」
「飯食おうぜ」
「却下。死ね。次」
「はい!」
「はい、フィア!」
「ブラインドショッピング」
「却下。くたばれ。次」
「は〜い」
「……また、あんた?」
 キャロットがにこやかに挙手するのを見て、ウインディがしぶしぶと聞く。
「……まあ、言ってみ。聞くから」
「あたし。いい遊び場を知ってるんだけど……」
「なんか、信頼できないんだけど。えーと、とりあえず不採用ね。次……」
 キャロットがにこやかな笑みのまま、ウインディの言葉に頷く。
 そして、杖を持ち。
 横にかざし。
 バン、と目をついた。
「うっぎゃぁぁアァァァァァッァアアァアアア!!」
 なんか、椅子から落ちて転げまわるウインディ。
 これが、キャロット百の特技の一つ、ビリヤード。
 攻撃にも使えて便利だ。
 えげつないが。
 キャロットは再びニッコリと笑って言った。
「あたし。いい遊び場を知ってるんだけど……」
「さ、採用! キャロットの意見、採用!」
 そんなわけで、再三、キャロットの意見が採用されることになった。

 ●〜〜〜●

「風呂ですか」
 ウインディが疲れた表情で呟く。
「まったく、いい若いもんがこんな時間から風呂なんて。しかもここ、温泉じゃなくて普通の銭湯じゃない。なんていうか、しょぼいのよね。サウナ付きっていうのは誉めてあげてもいいけど。あ〜あ、あたしの青春はこうやって逃げていくのか〜。ほら、フィア。もっと腰いれて背中洗いなさいよ」
「はい。すいません。ウインディさん」
「まったく。これだから貧弱ロングの緑髪デスマス調不幸少女は……」
「さりげないアピール、ありがとうございます」
「うむ。これからもあたしに尽くせ」
「誠心誠意、尽くさせていただきます」
 ウインディは辺りを見回す。
 夕暮れ時なので客の数は多く無く、少なくも無く。
 けれども、やっぱり若い女で来ているのはウインディ達ぐらいであった。
「……こうやって、エレーンみたいに老けていくのね」
「エレーンさんは老けていません。婆くさいだけです」
「あのババア、最近、腹巻して寝てるのよね」
「本当ですか?」
「見た。この目で」
「うわ。壮絶ですね」
「うむ」
 視線を動かすと、キャロットはノンビリと風呂につかっていた。
 肩までつかるのは日本男児のたしなみ。
 決してタオルは中に入れない。
 体は入る前に洗う。
 水風呂も有効活用。
 世が世なら、銭湯マスターとして君臨したに違いない。
 キャロット、百の特技のうち、一つだった。
 このネタも、そろそろ打ち止めっぽい。
 アリサも、その横で体を冷ましている。
 ウインディは、咄嗟におっぱいの大きさを比べた。
 もはや、条件反射的な行動になっている。
 アリサ、僅差で敗北。
 シャルム、大敗。
 キャロット、無条件降伏。
 フィア、どうでもいい。
 なんか、一番ちっちぇ〜。
 胸がちっちゃいから性格もこざかしいのか?
 ウインディは胸の中で呟く。
(キャラ人気はあたしが一番。キャラ人気はあたしが一番。キャラ人気はあたしが一番。キャラ人気はあたしが一番。キャラ人気はあたしが一番。キャラ人気はあたしが一番……)
 なんか、悲しくなってきた。
 ウインディは、フィアにバシャ、と流してもらうとサウナに向かった。
 そこには、シャルムがいた。
 ウインディのコメカミに怒りマークが浮かぶ。
 シャルムも同様にムカついた表情を見せた。
 二人は険悪なまま、隣どうしに座る。
 一分が経ち。
 二分が経ち。
 五分が経つ。
 シャルムが口を開く。
「よく、逃げなかったな」
 ウインディが言葉を返す。
「あら、あなたこそ。尻尾巻いて出て行くと思ったわ」
「ぬかせ」
「オホホ」
 二人は再び沈黙する。
 すでに、戦いは始まっていた。
 どちらが先にサウナから出て行くか。
 それが勝敗の分かれ目。
 敗者は一生涯、勝者の慰め物になる。
 この一戦に、人生の存亡有り。
 まあ、ハタから見ている分には本当に下らない争いであるが。
 そして、十五分が経過する。
「やるじゃねえか」
「あら、もう茹だったの? 出て行けば?」
「ハア。おまえが限界なんじゃねえのか?」
「まさか。この程度の暑さで暑いっていうのかしら? シャルム」
「言うか」
「そうよね」
「あはは」
「オホホ」
 そして、三十分が経過した。
「……粘るじゃねえか」
「……粘る? 粘ってないわよ。ほら、こんなにツヤッツヤ」
「……あたしは、ツヤツヤしてねえよ」
「……なら、あたしがツヤツヤしているのね」
 会話がいよいよ、支離滅裂になってきた。

 そして、一時間が経過した。

 とっくに風呂から上がったアリサは、店のおばちゃんに事情を話す。
「あの、あたしの友達が、サウナに行ったっきり戻ってこないんです!」
店のおばちゃんは状況を理解して、サウナを開く。
 そこには。
「黄色いひよこがピョコピョコと……」
「赤い蝶々がヒラヒラ……」
 なんかブツクサとわけの分からないことを言いながら。
 ウインディとシャルムはのぼせていた。

 ●〜〜〜●

 ここは、場末のバー。
 この店のカウンターで話している二人の男女。
 男は二十代後半の魔法使い。
 女は、二十歳ほどの剣士だった。
「人っていうものは総じて裏切り者だ。人の美徳はなんだろうな」
「それは、裏切り者を信じられることね」
「けれども、信じても裏切られることがある。なら、何を信じたら良い?」
「自分よ」
「そんなことは、誰にだって言える。自分を信じれば良い。自分を信じろ。でも、それだと辛いすぎるだろ。いつか無理は自分に来て、瓦解するさ」
「でも、人を信じることは良いわよ。苦いワインを飲むようなものよ。あとから、少しだけ心安らぐ」
「そんな相手が、欲しいものだな」
 男が女の手を触る。
 けれども、女はその手を払いのけた。
「肉欲だけの関係は熟したワインに敵わない。長い年月をかけてじっくりと醗酵させるのがコツよ」
「ここには、よく来るのか?」
「さあ」
「名前、教えてくれないか」
「……ライラ」
「ライラ。また会えるといいな」
 男は、金貨を多めに置いて去った。
 マスターが、コップを磨きながら言う。
「あの客。よく愚痴りに来るんだよ」
「そう」
「俺も、ウンザリしていてね」
「そうなの」
「あんた、よく相手してやったね」
「寂しい子犬は可愛いものよ。噛み付かなければ」
「あんた、良い女だね」
「今度は、マスターが口説くの?」
「あと、十年若かったら口説いていたな。こいつはおごりだ」
 マスターは、赤ワインの入れてあるグラスを差し出す。
 ライラは少しだけ口をつけた。
「苦いわね」
「そうか」
「でも、美味しいわ」
「ありがとよ」
 特に客の入りもなく、静かな時が流れていく。
 静寂。
 静かなのは良い。
 心が安らぐ。
 この苦いワインで喉を潤しながら、ライラは夜の時間をつぶす。
 そこに。
「いや〜、のぼせちゃったわね〜」
 ガヤガヤと入ってくる女五人。
 ライラがムカッとそちらを睨みつけると。
 それは、ウインディ様御一行だった。
 五人はテーブル席にガン、と腰を下ろすとウエイトレスを呼び出す。
「ウエイトレスさ〜ん、こっち〜! 早く〜!」
「腹減った〜」
 そして、ウインディがメニューを見せて言った。
「あたしは、ロースポテーとタンドリーチキン。ミックスピザと……あと、ベーコンポテトも。キャロットは?」
「キャロットグラッセの盛り合わせと、ブロッコリーグラタン」
「それだけ? アリサは?」
「えーと、チキンライスとハムサンド」
「あー、面倒くさい。ここからここまで。全部持ってきちゃって!」
「ウインディ、お金。大丈夫なの?」
「アリサ。心配してるの? ほら、ジャーン。ポロンくんのカード!」
「ウインディ、でかした!」
「そんなわけで。あと、生大五人前!」
「ビール飲むんですか!」
「カタいことは言いっこなし。今夜は無礼講よ!」
 この小説の登場人物は全て、二十歳以上です。
 まあ、誰もそんなこと信じていないが。
 そして、若い娘のドンチャン騒ぎが始まる。
 マスターは、明らかに顔をしかめて呟いた。
「まったく。うるさい小娘どもだ。見たところ、冒険者のようだけど。いったい、どんな教育をされたんだろう。パーティのリーダーがいたら見てみたいな。そう思うだろう」
「あ……いや……」
 ライラは明らかに動揺した様子で俯いた。
 ライラの頭の中で、様々な思考が走る。
(なんであの子達がここに……ここは大人が酒飲むところだろ……ってか、あの子達、なんか酒飲んでるし……だからいいのか……って、良くないだろ……とにかく、関係者だってばれないようにしないと……)
 そんな中、宴会は続く。
 まず、アリサが真っ先に酔いつぶれる。
 ウインディが机の上に足を乗せて叫んだ。
「一番! ウインディ、ジョッキを五秒で開けます!」
 一、二、三、四、五。
「ぷはぁ!」
 ウインディがシャルムを見下ろす。
「どうよ!」
「なら、あたしは三秒で空ける!」
 シャルムがジョッキに口をつける。
 一、二、三。
「おおっ!」
 パチパチパチパチ。
「ブフッ!」
 吹いた。
「うわ〜、あんた。きちゃない。最悪ね」
 ウインディが明らかに顔をしかめる。
「はら、フィア。なんか、芸しなさいよ」
「あ、はい」
 フィアが立ち上がる。
「それではフィア。歌いま〜す。歌〜、歌えば〜。歌え〜。歌え〜」
「ギャハハハハ。あんた、音痴ね〜」
 その時、アリサが立ち上がった。
「ん、どうした? アリサ」
「……暑い」
 アリサは、唐突に上着を脱ぎ始めた。
「おおっ! ストリップ!」
「脱げっ! もっと脱げっ!」
 アリサのストリップショーが続く中。
 キャロットだけが、黙々とジョッキを空けていた。
 最悪の小娘どもだ。
「まったく、これじゃあ店がムチャクチャだ。……なんでアンタ、頭を抱えてるんだ?」
「……いや?」
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「……まあ、そうなんだけど」
 その時、後ろに二つの腕が絡みつく。
 シャルムとウインディである。
「あら、ライラ。こんなところで一人、飲んでるんだ」
「仲間に入れよ」
「……ドチラサマデショウカ?」
 思わず、デスマス調で声が裏返る。
 しかし、その両腕を捕まえられて。
 そのまま引きずられる。
「ほら、うちの凄腕剣士のおな〜り〜だ」
「ものども。拍手をしなさい!」
 パチパチパチパチ。
「ほら、ライラ。グラス持って!」
「……え?」
「これから、ライラがこのウォッカを五秒で飲みます!」
「……いや」
『イッキ! イッキ! イッキ! イッキ!』
「……あ。うぐぅ」
 ライラはその場の雰囲気に呑まれて。
 グラスを一気飲みする。
 そして。
 倒れた。
 ライラの頭元で笑い声がこだまする。
 そう。
 それは、天国への扉だ。
 あ〜。
 蝶々が。
 白い蝶々が。
 たくさん、飛んでる……


 ……きれい。


「……はっ!」
 ライラが飛び上がる。
 すでに、営業時間は過ぎていて。
 ライラの目の前には、怒り顔のマスターが立っていた。
「よく眠れたか?」
「……えーと」
「そういうわけで。これ」
 一枚の紙を渡される。
 そこには、請求書と書かれていた。
「あの娘どもの飲み代。ウチ、カードやってないから」
「……ツケにしてくれない?」
「駄目」

 ●〜〜〜●

 やけに疲れた表情でライラが宿屋に戻ったのは十二時過ぎだった。
 憔悴しきった様子で宿屋の扉をくぐる。
 宿屋のリビングでは眠りこけているエレーンの姿があった。
 ライラはそっと、エレーンの肩を叩く。
 すると、エレーンがゆっくりとまぶたを開いた。
「……ライラ」
「エレーン、起きていてくれたんだ」
「うん。なかなか帰ってこないから。どうしたの?」
「少し、ひどい目にあっちゃって」
「野良犬にでもかまれた?」
「そんなもん」
「そう」
「いや、もっとひどいかも……」
「え?」
「それより、小娘達は?」
「さっき帰ってきたわよ」
 そこで、エレーンはため息をする。
「ベロベロに酔っ払ってね」
「ああ、そう」
「ライラ、知ってたの?」
「まあね」
「……しかも、あの娘達ったらポロンくんにまでたかって。明日の朝、ガツンといってやらなきゃ」
「お母さん、してるね」
「なに、嫌味?」
「違うさ。立派ってことだよ」
「……ありがと」
 ライラはそのまま、二階に上がる。
 そして、小娘達の部屋をそっとのぞいた。
 そこには。
 床に敷いたシーツの上に固まって眠っているアリサ達五人の姿があった。
 ライラは思わず苦笑する。
 そして、一言。
「お休み。小娘ども」



 そんなこんなで、今日も取り立てて何も無い一日が終わるのであった。