そこは、小さな家屋だった。

 秘所は強引に貫かれた。
 無数のペニスはまるで槍が如く構えられ、たった一つの陰核を貫こうと躍起になる。
 溢れるリビドーは抑えきれずに怒張した一物は小さな薔薇の中に入っていった。
 ぬめり、と汁が垂れて、それは思ったよりもスムーズに入った。
 男は股間の一物を何度も秘所の奥まで突き刺し、ピストン運動を繰り返す。
 一方、もう一人の男は別の穴をほったらかしにしなかった。
 女の穴は三つある。
 陰部。
 肛門。
 そして、口である。
 口に刺された巨大な棒は同じように乱暴な行為を繰り返した。
 抵抗しようと腕をあげるが、二人の男に両側から押さえつけられる。
 更に五人目の男に胸を揉まれ、六人目の男がもう片方の乳輪を嘗め回した。
 女は辛かった。
 それは憎悪という感情だった。
 怒りとも言う。
 女は怒り任せに顎に力を入れた。
「いてぇ!」
 フェラチオをしている最中に一物を噛まれた男は泣き顔である。
「こいつ、俺のペニスを!」
 男は怒り狂う。
 女の顔を殴った。
 頬を殴り、髪をつかんだ。
 そして女の顔面に正拳を放つ。
 ゴキリ、と女の鼻が折れる。
「こんにゃろ! こんにゃろ!」
 男は必要に女にびんたをかました。
 頬の痛みを感じる時間もなく、他の男達は女の体をもてあそぶ。
 騎乗位でクリトリスを貫いていた男が達した。
 びゅん、びゅん、と生暖かく白い液体が入ってくる。
「次は俺だ」
 別の男が先ほどまでの男を押しのけ、二回戦をはじめた。
 こちらは感じる暇もない。
 ただ男達が達して放射するだけの行為。
 胸をもまれ。
 手足を押さえつけられ。
 すでに、上下あわせて二十回以上の放射が行われた。
 口には白の粘液が溢れ、股間からも同様のものが垂れている。
 もう、クリトリスとアナルの区別もつかない。
 そこに更に十人の男達が入ってきた。
「極上の女とやれるのはここか?」
 三人ほどズボンを下ろした。
 どうやらまだ、地獄は始まったばかりらしい。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。
 夢なら覚めればいいのに。
 ライラは地獄の中でそのようなことを思った。



ルートG
夢 又 夢



 目が覚めると、そこは宿屋のベットの上だった。
「おはよう。ライラ」
 エレーンはいつもの白鳥のような笑顔だ。
 この朝に一点の曇りもない。
 ライラは身を起こすとエレーンに向き直った。
「……おはよう」
「どうしたの。汗、びっしょりだけど」
「ちょっと、夢見が悪くて」
「夢? どんな夢見たの?」
 ベットに乗り出して聞いてくるエレーンにライラは言葉を返せなかった。
 男達に強姦される夢など言えるはずがない。
 夢とは深層意識を具現化したものだという俗説があるがあれがそうなのだろうか。
 どのみち、良い夢ではない。
 ライラはうんざりした様子で上体を起こした。
 そのとき。
「どうしたの、ライラ?」
「あ……先行って」
「そう? わかったわ」
 エレーンは頷くと、すぐにその場から立ち去っていった。
 エレーンがいなくなったのを見はからって、ライラは布団をめくる。
 そこは黄色く濡れていた。

 それだけなら、ただの恥ずかしい話なのだが。
 ライラはそれと同じ夢を、一週間続けて見ることになった。

 ●〜〜〜●

「それは、淫夢だね」
 魔法屋のオババは、ライラの言葉に確信したような口調だ。
「知ってるよ。淫夢ぐらい」
 ライラはウインディに頼まれてお使いに来たのだが、そこでつい最近起こる不可解な現象のことを話した。
「あたしがたまってるって聞かれたら、違うって答える。そういうことには疎いし、誰かに抱かれたいとも思わない。けれどもそういう夢を見続ける。どう考えてもおかしいと思うわ」
「ああ。そうだろうね。普通じゃないよ」
「なら、なんだっていうの? まさか、誰かに呪いをかけられてるとでも?」
「呪い? ああ、呪いか。それもあるかもね」
「ただ、あたしが言いたいこと。それはこのうんざりする淫夢の日々から一刻も早く開放されたいっていうこと。いい加減、睡眠不足だし」
「睡眠不足。体調の悪い原因がそれだと本当に思ってるのかい?」
「……どういうこと?」
「精気を吸い取られているのさ」
 ライラは黙る。
 なるほど、気力の減退、体力の低下、最近は現実と夢との区別もつかないときがある。
「思い当たるふしはあるけど、精気を吸い取られているならどうなるの?」
「死ぬね」
「……そう」
 呟く言葉には、何の感傷もなかった。
「死ぬのが怖くないのか?」
「身近に死があると、そういうことになれるものよ。あたしは一国の存亡を救うために戦った戦士だから」
「でも、それだけじゃないんだろ」
「どういうこと?」
「あんたは、初めから強かった。なぜなら、剣を持って戦ったことがあったから」
「……」
 少し昔の記憶がよみがえる。
 名も無き国で、一刀のショートソードを振り回した日々。
 いつから、あいつみたいにバスターソードを持つようになったんだろう。
「戦士が必要な時代は幸せじゃない。戦士が不必要な時代が幸せなんだ」
「でもあんたは、そう言いながら戦士が必要だった時代に心を残しているね。そして、それは仲間にも見抜かれている」
「かもね。でもいい」
「でも、それがあんたの呪いかもしれないよ」
「呪い殺されるのも悪くないさ」
「抵抗はしないのかい?」
「抵抗、できるの?」
「あんたは剣士だろ。剣士なら剣で戦えばいい」
 オババはそう言うと、一枚のパスポートを渡した。
「……これは?」
「夢パスポート。これがあれば、淫夢の呪いに抵抗することができる」
「そう」
「受け取らないのかい?」
「……」
 ライラは、少し迷ってから受け取った。
「そう、それでいい。剣士なら死ぬまで戦いな」
 ライラは少し多めの代金を払うと、背中を見せて言った。
「あたしの剣は、なまくらだよ」
 
 ●〜〜〜●

 男が騎乗位になる。
 一人の男がライラをつかみ、その胸を力強く揉んだ。
 別の男がライラの股間に一物を突きつけ、深く挿入する。
 口には別のペニスが差し込まれていて、いよいよ男が絶頂した。
 ピュッ。
 喉に突き刺さる白いたんぱく質。
 ライラはそれを、ごっくんと飲むしかなかった。
 もう、何度目だろう。
 この一週間で千にも及ぶほど、男に抱かれた。
 いよいよ、淫乱な感情も芽生えてくる。
(気持ちいい……)
 股間の方で、別の男が射精した。
 ピュッ、ピュッ、と中に熱い粘液が入ってくる。
(……けど)
 男が差し込んだ一物を抜く。
 口の方も、男根の熱が無くなった。
 男達を押し退け、リーダー格の男がライラを押さえつけるように乗った。
 一人で楽しむらしい。
(……これは、間違ってる!)
 ライラは、瞬時に男の一物を蹴り飛ばした。
「ガッ!」
 よだれをたらしながら悶絶する男を押し退け、ライラはすばやく部屋の隅に転がった。
「テメエ!」
 一人がブロードソードを振り上げてくる。
 ライラは咄嗟に一歩前に出ると、振り下ろされた剣の勢いを使って相手の手から、それを奪い去った。
「ナニッ!」
 と、言った瞬間。
 一閃された剣は、男の喉下を斬り裂いていた。
「チィ!」
 数人が獲物を持って囲んでくる。
 剣は狭い室内で振り回す道具ではない。
 こういう状況では、対多人数でも捌ききれる。
 ライラが目をつけたのはショートソードを持った男であった。
 闘気を別のところに発散し、わざとショートソードの相手に背中を見せる。
 すると、振りかぶってきた。
 ライラは背中を見ずに、そのままブロードソードを後ろに突き出した。
「ガ」
 ザッ、と背中の男に刺さり、ショートソードが落ちる。
 ブロードソードはすでに深く刺さって抜けなくなっているが別に良い。
 ライラは、すばやくショートソードに持ち替えた。
 他の二人の武器は、ロングソード。
 ライラはわざと壁際に下がる。
 そして、構えを解いた。
 二人がロングソードを振りかぶる。
 ライラはその瞬間にしゃがみこんだ。
 すると、間抜けなことに二人とも、ロングソードを壁にめり込ませた。
 剣を振りなれていないので、間合いを読み違えたのだ。
 ライラはすばやく懐にもぐりこみ、一人の胸を刺した。
 続いて、二人目の頭に、ショートソードを差し込む。
 二人目の男は、よだれをたらしながら死んだ。
「……ふう」
 一息吐く。
 見回せば、そこで生きているのは自分ひとりだった。
 すでに、男達は息絶え……いや、一人だけ生きている人間がいる。
 それは、先ほどの股間を蹴り飛ばしたリーダー格の男であった。
「……あんた」
 全裸のライラがショートソードを持って見下ろす光景はやけに迫力がある。
 なまじ、プロポーションが良いだけに、視線が鋭いだけに、刺すような印象を持つ。
 男は、うろたえて聞いた。
「なっ、なんだ? 殺すのか? ハハッ」
「いや……」
 ライラは、いままで自分を犯していた男の醜悪な様子に、さして興味なさげに首を振る。
「服と剣、返して」

 タオルで体を拭き、いつもの服に着替えると、使い慣れたバスターソードを握る。
 ライラは、ふんじばった生き残りの男に聞く。
「ねえ、あんたは知ってる? このたわけた茶番の真相を」
「は? 何の話だ?」
「これがもし夢なら、この夢をつくっているのは誰? それを教えて」
「夢? 夢なわけないだろ。これは現実だ」
「現実?」
「そもそも、お前に夢と現実の区別がつくのか? いままでの幸せな空間が夢で、これまでの不幸な瞬間が現実だという可能性を示唆しないのか?」
「……これは夢よ」
「そうかな? 案外、犯され続けているお前が見ていたのが、愉快な仲間との幸せな空間だったということもあるんじゃないのか?」
「……」
 ライラは剣をあらためて強く握る。
 そして、男に言った。
「あたしは、不幸な現実より幸せな夢を信じるわ」
「なら、行け。この部屋の扉から次の世界に続く道がある」
 ライラは頷いた。
 そして、扉を開くと。
 そこから、光ある現実へと移動した。

 ●〜〜〜●

「おはよー!」
 ライラは聞き覚えのある幼い声に、うっすらとまぶたを開く。
 すると、目の前にはアリエッタの姿があった。
「ライラ、朝だにょ」
「……ああ」
 ライラはもうろうと頷き、ベットから起き上がった。
 体がやけに重い。
 だるけがあるのは、あの淫夢からさめたおかげだろうか。
 しかし、気分はやけにさっぱりしていた。
 自分には、血みどろの戦いよりアリエッタ達の面倒を見ているのが性にあってる。
 そう思えた。

 ライラは、階段を下り、食堂に向かった。
 おかしい。
 やけにここは、懐かしいにおいがする。
 昔、嗅いだ森の匂い。
 そう、これはあのころ幸せだった思い出だ。
(……疲れてるんだ)
 人は妙に心細い時、目の前の幸せを夢だと勘違いしてしまう。
 ライラも、時折現実が、夢だとしか思えない瞬間を感じたことがあった。
 とにかく朝だ。
 みんなに挨拶しよう。
「おはよう」
 エレーンが笑いかけた。
「おはよう、ライラ。いい朝ね」
 そこに、シャルムが駆け寄ってくる。
「ライラ、聞いてよ。アリサのやつ、あたしの取っておいたりんご、食べたんだよ」
「だって、シャルムのだって知らなかったんだもん」
「言ってたじゃん。昨日の夜、あたしの取ってきたリンゴだって」
「なら、名前書いとけばいいじゃん」
 じゃれあう二人。
 本当に、アリサとシャルムは仲がいいと思った。
「ちょっと、ウインディ、キャロットを呼んできてよ」
 エレーンが、小説を読んでいるウインディに向かって言った。
「でも、キャロット、今、勉強中だよ」
「いいから、呼んできて。朝ごはん食べないと勉強に集中できないんだから」
「えー、めんどうくさーい」
「早く行きなさい」
「はーい」
 ウインディがしぶしぶと、キャロットを呼びに行った。
 これも、いつもの朝の光景だ。
 なんとなく、幸せを感じる。
 すると、アリエッタが寄ってきた。
「ライラ、遊ぶにょ」
 アリエッタは本当に無邪気だ。
 そして、妹みたいに可愛い。
 ライラは思わず、笑顔で言ってしまう。
「今日は、ポロンくんのところには行かないんだ」
 すると、アリエッタはきょとんとして答えた。
「ポロンくん、それ、誰にょ?」
「……え?」
 突如、違和感が再び襲いかかってくる。
 アリエッタがポロンの名前を忘れているという現実。
 それは、幸せな夢空間を崩すには十分のヒビだった。
 ライラは、エレーンに聞く。
「ねえ、今朝、フィアは? 見当たらないんだけど」
「フィア? 誰かしら、それ」
「……え?」
 おかしい。
 何がおかしいとは気がつかないが、決定的におかしい。
 二人が、ポロンとフィアのことを完全に忘れている。
 いや、そうだったのか?
 そもそも、自分はポロンとフィア、なんていう人間と会ったことがあるのか?
 それこそ、ただの夢に他ならないのではないのか?
 そう、ポロンという夢。
 そう、フィアという夢。
 それが、今まで見た夢で。
 自分は別に、どっかの王国を救ったりもしてなければ。
 世界を巡っての旅なんかもしてなくて。
 この森で、みんなで仲良く暮らしている。
 そう、思い出した。
 これが、現実だったんだ。
 エレーンがにっこりと笑った。
「そろそろ、ご飯にしましょう」

 ●〜〜〜●

『いっただきま〜す!』
 七人が食卓について、一斉に食事をはじめる。
「今日は、ご馳走だね」
 ライラは食卓の豪勢さに驚きを隠せない。
 すると、エレーンはにっこり笑って答えた。
「だって、今日はライラと出会ってから一年目のお祝いですもの」
「……そうか、もうそんなに経つんだ」
 月日の流れは速い。
 ライラがこの子達と出会ってからすでに一年が経過したのだ。
 目をつぶれば、あの時の出会いがまぶたに思い起こされる。
 そう、あれはこの森での出会いだった。
 自由都市の紛争を終え。
 傭兵だったライラは、パートナーを無くし一人、途方にくれていた。
 その時、彼女達に出会った。
 森で魔物に襲われていた彼女達は無力だった。
 キャロットは泣き叫び。
 アリサとシャルムは怯え。
 ウインディはアリエッタをかばい。
 エレーンはみんなを守るために矢面でかばっていた。
 ライラはたまらず、彼女達を助けた。
 敵は十匹。
 多勢に無勢。
 何とか、勝利したもののライラは大怪我を負った。
 その看病をしてくれたのも彼女達である。
 その後、行く当てのないライラを彼女達は受け入れ、一緒に暮らすことになった。
 そんな、ちょっといい話である。
 エレーンが笑って言った。
「あたしね、初めライラのこと、怖いと思ったの。無口だし、目つき悪いし。でもね、話してすぐに、いい人なんだってわかった。だって、アリエッタがなついたんだもの」
「アリエッタ、ライラが好きにょ!」
 隣の椅子に座っていたアリエッタが、ライラに抱きつく。
 アリサも笑顔を見せる。
「みんなで水浴びに行ったとき、一番水着恥ずかしがってたの、ライラだよね」
「確か、いままで水着なんて着たことないって言ってたよな」
「意外と、恥ずかしがりやだったんだものね〜」
「おどろいちゃったよね」
 シャルム、ウインディ、キャロットが続けて言う。
 ライラは恥ずかしい昔話に照れるように頬をかいた。
 まだ、一年だけど、もう一年。
 長いようで短い。
 思い出は少ないけど、絆は厚いのだ。
 エレーンは聞いた。
「ライラ、前から聞きたかったんだけど」
「何?」
「ライラのパートナーって、どういう人だったの?」
「……そうね」
 ライラは、少し物思いにふける。
「強い人だった。かっこよかったし。普通の人なんだけど、ものすごく強かった。剣の腕なら天才だった。百人に一人で斬り込んで、生き残って帰ってくるような人だった」
「強かったのね」
「うん。それに、優しかった。殺すのが嫌いで、人とか、夢とか、愛とか、そういう恥ずかしいものが大好きな人だった。多分、戦いには向いてなかったと思う」
「だから、死んだのね」
「……え?」
 ライラは、思わずエレーンの横顔を凝視する。
 そこには優しいエレーンはいなくて、冷たいまなざしの女性が睨んでいた。
「あなた、逃げ出したんだものね。彼を置いて」
「……違うわ」
「嘘よ。彼はあなたをうらんでいる。だって、あなたは見殺しにしたんだから」
「……そんなことない」
 アリサとシャルムが立ち上がる。
「卑怯だよね。ライラって。親友とも、親とも言える人を、殺したんだもの」
「最悪だね。ライラ、あんたって人間のくずだよ。あの時、戦場で死ねばよかったんだ」
 ウインディとキャロットも立ち上がった。
「でも、のうのうと生きてるんだから大したものよね。あたしだったら死んでたかも」
「そうだよね。ライラってずるいよね。そういうところが絶対に好きになれない」
 ライラは冷たい視線で突き刺す一同を見回す。
 そして、立ち上がって後ずさりをした。
 そこに、アリエッタが見上げた。
 アリエッタは。
 アリエッタだけはいつもの純粋な笑顔で言った。
「ライラ」
「……アリエッタ」
「ライラ、出て行くにょ」
 アリエッタが詰め寄る。
 その小さな体、しかし、ライラには巨人の威圧にも思えた。
 思わず、後ずさりをしてしまう。
 壁際に追い詰められた時。
 手に、何かが触れた。
「出て行くにょ! 早く、ここから出てけにょ!」
「……やめてっ!」
 ライラが、手に持ったそれを振り回す。
 すると。
 その瞬間、アリエッタの小さな頭が胴体から離れた。
「……え?」
 ライラが手に握ったものを見る。
 それは、バスターソードだった。
「アリエッタ!」
 エレーンがアリエッタのもとに駆け寄る。
 他のみんなも、アリエッタのもはや生きてない体に駆け寄った。
 ウインディとキャロットは、アリエッタの頭を強く抱いた。
 アリサとシャルムは、エレーンに抱かれたアリエッタの亡骸に顔をうずめる。
 号泣が響く。
 そこには、悲惨で凄惨な現実以外、皆無だった。
 エレーンの瞳が、ライラを向く。
 エレーンは、そのふるえる唇から言葉をつむぎ出した。
「悪魔っ!」
 アリサとシャルムも続ける。
「悪魔っ! 鬼っ!」
「出てけよ! 悪魔っ! 出てけよっ!」
 ウインディとキャロットも続ける。
「嫌よ! こんなやつ、怖い!」
「早く! 誰か、この人を追い出してよ! 早くっ!」
 今までの家族が自分を見る、他人の瞳。
 ライラはその瞳に耐え切れず。
 その場所から逃げ出した。

 ●〜〜〜●

「おはよう」
 ライラは、まぶたをひらく。
 そこには、男がいた。
 なんだ、これは夢だったのか。
 ライラは思わず安心する。
 彼は、いつも温厚な笑顔でライラを見つめた。
「怖い夢でも見てたのかい?」
「うん」
「どんな夢だい?」
「みんなが、あたしをいじめるの」
「どうして、いじめるんだい?」
「あたしが、家族を殺したからだって」
「殺したのかい?」
「……うん」
 ライラの頷きに、男が眉をひそめる。
 男の表情に、ライラは慌てて言い直した。
「でも、わざとじゃないの。たまたま、殺しちゃったの。あたし、わざとじゃないの。みんなが、あたしのことをいじめるから。だから……」
 すると、男がライラの頭を抱いた。
「わかってるよ。ライラ。ライラがそんなことをするやつじゃないって」
「……フェル?」
「大丈夫。僕が傍にいるから。君は、安心して眠っていいんだよ」
「フェル……」
「ほら、もう一回、お休み」
「……うん」
 目の前には温厚な青年。
 歳は十三のライラより十は年上で。
 恋人には遠くて。
 親子には遠くて。
 兄妹ともいえるけど。
 でも、もっと近い関係。
 ライラは大好きなフェルの近くで。
 静かな眠りについた。

 ●〜〜〜●

「おきろ、ライラ!」
 再び、起こされたとき。
 ライラは戦場の中にいた。
 目の前には、たしかゲリラの仲間だったか、武装した男がいた。
「夜襲だ!」
「夜襲?」
「リーザス軍の増援が二千、この砦を襲ってる!」
「リーザスが?」
「自由都市が多額の国営援助金を払って増援を求めたらしい。砦で篭城するが、いつまでもつかわからん」
「……そんな」
 寝室から出て、砦から外を見ると、闇の中には数百、数千の灯火が見えた。
 リーザスと自由都市の連合軍だ。
 こちらを篭城作戦と見て、兵糧攻めをするつもりらしい。
 リーザスにまったく被害の無い、上手いやり方だ。
 どのみち、こちらも大したたくわえが無いし、すぐに投降することになるだろう。
 だが、ゲリラをリーザスが生かしておくか。
 間違いなく、凄惨な処刑をするだろう。
 傭兵である自分達も同じ末路だ。
 しかし、傭兵である以上、それは覚悟していたことである。
 作戦本部ではゲリラの指導者が、仲間達ともめていた。
「ここは、篭城して援護を待ちましょう」
「来る増援などない。リーザスより、こちらが尽きるのが先だ」
「なら、せめて一矢報いるべきだ!」
「リーザスの精鋭、黒の部隊を突破すると? できるわけがない。仮にできたとしても、その後ろには青の部隊が待ち構えている。青の部隊と交戦しているうちに挟み撃ちだ」
「なら、おとりを。主力をこちらの主力で押さえている間に、別働隊で敵の本部を!」
「誰がやるというのだ」
「僕が……」
 手をあげたのは、フェルだった。
 ライラは驚きを隠せない。
「僕なら、単独でもかなりの敵を相手にできます。自由都市軍の本部に突入できれば敵の総大将を討ち取ることも適うでしょう」
「やってくれるのか? 生きては帰れんぞ」
「それは、みなさんも同じでしょう。そもそも、リーザスが来た時点で僕らに勝ち目はなかった。でも、僕らの目的はリーザスを倒すことじゃない」
「ああ、そうだ。自由都市の連中に一撃を食らわしてやること!」
「そうだ。あいつらにめにもの見せてやる!」
「そうだ! 俺達は最後まで戦う!」
 リーダーはみんなを見まわして言った。
「みんな、これが最後の戦いになるだろう。だが、神は我々を見捨てない。我々の肉体が滅びようと、我々の高潔な魂は転生の後にふたたびこの世におりるだろう。みんな、最後まで、ありがとう」
 フェルが出てきた。
 ライラは、フェルを見上げる。
 フェルはにっこり笑った。
「ライラ、これから僕らは敵の本部に討ち込む」
「うん、いいよ。フェルと一緒なら」
 だが、フェルは首を振る。
「駄目だ。僕達はみんなが主力を相手にしている間、迂回して敵の本部を叩く。けれども、君は途中で逃げる。これからは一人で生きていくんだ」
「いや、フェルと一緒がいい」
「駄目だ。僕は君を巻き込めない」
「なら、フェルも一緒に逃げよう。あたしと一緒に。ね?」
「それも駄目だよ。僕は、彼らも見捨てられないから。自分達の為に一生懸命戦っている人を見捨てられないから」
「フェル……」
「お願いだよ。ライラ」
「……わかった」
 嫌だと、言いたかった。
 別れたくないと、言いたかった。
 けれども、できなかった。
 そのころ、ライラは十五。
 手足がすらりと伸び、髪も長く伸ばしていた。

 ●〜〜〜●

 主力が本部を叩いている頃。
 ライラとフェルは山並みに迂回し、敵の本部に向かっていた。
「ライラ、大丈夫かい?」
「うん、フェルがいるから」
「そう。でも、この山を越えたらお別れだ。いいね」
「……うん」
 ライラは頷く。
 フェルはライラににっこりと微笑んだ。
 しかし、そこに。
 いくつもの灯火が見えた。
「……待ち伏せか」
 フェルが舌打ちする。
 灯火はゆっくりと近づいてきて、数十の影をつくった。
 いや、数十ではない。
 それは、百を超え、二百を超え、三百まで達していた。
 一番先頭の兵士が言う。
「貴様が、デーモンダンサーか?」
 フェルは黙ったまま、剣、バスターソードを抜く。
 兵士達がこぞって話を始めた。
「こいつが、一人で百人を斬り捨てる鬼神って、本当ですかね?」
「嘘だろ。せいぜい、噂の上乗せってところだ」
「弱そうな坊ちゃんだもんな」
 兵士の一人が近寄って、宣告した。
「お前の噂は聞いている。ここで無駄死にするわけにもいかぬまい。我が将にあわせてやる。傭兵、お前は特別に助けてやってもいいと言っているんだ」
「敵方に裏切れと」
「ああ、その方がいいだろ。大義もない傭兵がいつまでもゲリラ風情につく必要など無きに等しい……」
 ザッ。
 剣が舞う。
 すると、それは一人の兵士を斬り捨てていた。
「大儀が無いといったな」
 フェルは叫ぶ。
「大儀が無いといったな! 大儀はある! 貴様らにはわからないだろうな! リーザスという大国の庇護でえばり散らす貴様らのような兵士達には!」
 兵士達が一斉にうなりをあげ。
 フェルに飛びかかった。
 それは、鬼の舞踏だった。
 一瞬のうちに敵に飛び込み、巨大な剣で根こそぎ叩き切る。
 虎穴に入り、虎児を得る。
 力と技、両方を得た、剛剣であった。
 おもえば、ライラの剣術はこのフェルのものを真似ただけのものであった。
 だが、天才の剣術に凡才は追いつかないのだ。
 瞬く間に、十人、二十人と倒れていく。
 しかし、兵士達はそれでもたった一人の青年に死に物狂いで挑んでいく。
 フェルは下段に構える。
 その隙を突いて、百人の兵士がフェルに向かって来た。
 しかし、フェルは物怖じせずに。
 下段から五回、剣を振り上げた。
「鬼神演舞!」
 五状の衝撃は、数十人を巻き込み一気に殲滅した。
 だが、それでも兵士達はフェルを囲んでいった。
 フェルはそのまま、敵の中心に特攻する。
 フェルの周りには瞬く間に、多くの兵士が立ち並んだ。
 その時。
 フェルが飛んだ。
 それは、戦場を舞う鳳凰のようだった。
「鳳凰燕天武!」
 フェルが下段から上段に、さらに上段から下段に剣を振る。
 そこから放たれた鳳凰の炎は敵を巻き込み、燃やし尽くした。
 傷つき、血を流しながら戦う鬼神。
 剣で斬られるとも。
 弓で刺されるとも。
 槍で貫かれるとも。
 鬼神は、決して下がることがなかった。
 ひたすら、鬼のように踊り狂い。
 三百人を斬った時、鬼神は力尽きた。

 ●〜〜〜●

 朝日が昇る。
 横たわるフェルの横にライラは座り。
 傷だらけのフェルを見下ろした。
「……ライラ」
「……ん。ここにいる」
「よかった。最後の時に、看取ってくれる人がいるとは思わなかったから」
「弱気なこと、言わないでよ……」
「ごめん……」
 そして、しばらく目を閉じてから。
「悔しいな。僕は、みんなを守れなかった。みんなを無駄死にさせてしまった」
「フェルはがんばったよ」
「でも、それでも駄目だった。僕には守れなかったんだ」
「……」
 フェルは、そこで自分の持っていた大剣を渡した。
「ライラ、これを受け取って」
「……え?」
「これで、自分の本当に守りたいものを守るんだ」
「……うん」
「でも、まずは守りたいものを見つけないとね」
「わかった」
 フェルはライラの言葉に笑顔を見せる。
「ライラ、今日は暗いね。それに静かだ。もう、何にも聞こえなくなってきたよ。明日も、いい日になるといいね。ライラ」
 フェルはそれきり、黙るだけだった。
 ライラは、フェルの肩をつかむ。
 そして、叩いた。
「フェル? ……フェル?」
 しかし、返事は無い。
 フェルは、返事をしない。
 ライラはフェルの胸に顔をあて。
 泣いた。

 時代が時代ならば、伝説に名を残すであろう剣豪。
 しかし、その無名な剣豪は、たった一人の少女に看取られ世を去った。

 ●〜〜〜●

「……嫌な夢だね」
 ライラは、起き上がる。
 暗い。
 深い。
 深淵の空間。
 ライラはそんなところにいた。
 そこにいたライラは。
 十三歳の少女ではなく。
 十五歳の傭兵でもなく。
 森で暮らす穏やかな女性でもなく。
 王国を救った勇者でもなかった。
「こんな夢を見せて、いったいどうする気なの?」
 ライラは後ろの影に聞いた。
 そこには。
 黒い甲冑の剣士がいた。
「あんたは、誰?」
 黒い甲冑の剣士は答える。
「汝の夢を支配するもの」
「なるほど」
 ライラは納得する。
 つまり、悪夢の原因はこの剣士だということだ。
 この剣士を倒せば、悪夢は終わる。
 この剣士をどうやって倒すか?
 剣士なら剣で戦えばいい。
 ライラは、フェルの形見であるバスターソードを抜いた。
「やるというのか?」
 黒の騎士は聞く。
 ライラは頷いた。
「勝てると思うのか?」
 黒の騎士は聞く。
 ライラは頷いた。
「ならば、死力を持って戦おう」
 ライラが構える。
 不意に、剣士が虚空に消えた。
 いや、それがあまりにも早すぎるので見えなかったのだ。
 剣士は下段から斬り上げ、薙ぎ、上段から斬り下げ、更に薙ぎ、何度も斬り結んだ。
 それはまさに、赤い烈塵。
「バイ・ラ・ウエイ!」
 ライラは、四肢をいくつにも分断された。

 ●〜〜〜●

 再び目覚めた時には、自分の体はなんともなかった。
「……どういうこと?」
 黒の騎士は答える。
「貴様は死ぬことを許されない。ここで、永遠にとらわれ、私に勝つまで開放されることの無い無限の闘技を繰り返す」
「なるほど」
 ライラは起き上がる。
「つまり、あんたを倒せばいいんだね」
 しかし、黒の騎士は首を横に振る。
「それは無理だ。私はこの世界で最強の存在。なぜなら、この夢という空間は無限。ならば、我の力も無限。無限の強さを持つものに人の身で勝てる道理なし」
「そうだね。そのとおりだと思うよ。正直、あんたには勝てないだろうね」
「ならば、永劫の中で殺され続けるのだ」
「……嫌よ」
 剣士が打ち込む一撃をライラは、バスターソードで流した。
 しかし、そのままはねのけれらる。
「鬼神演舞」
 下段からの五つの衝撃に、ライラは何十にも分断される。

 ライラはよみがえり、再び立ち上がる。
 すでに、十回を越している。
「何度やっても無駄だ。あきらめるが良い」
「まだ、何もやってないからね。そのうちからあきらめられない」
「ほう、まだ何もしていないと抜かすか。いや、貴様はもう全てを終えた。ならば、ここで永遠に眠るのが本懐だろう」
「本懐? あたしは満足していない。自分のできることをしていないのに満足に寝ていられない性分なのよ」
「まだ戦うというのか?」
「戦うわ」
「ならば、再び死ね」
 今度は、回り込むように左から来た。
 いや、違う。
 右だ。
「ランスアタック!」
 剣で防ぐ。
 だが、強烈な衝撃波は剣ごと、ライラを貫き。
 真っ二つにした。

 殺されたのも、三十を越してきた。
「まだ、あきらめぬというのか」
「ええ。段々、あんたの動きも見えてきたしね」
「ほう。私の動きについてこれるというのか」
「いえ。正直、ぜんぜん見えない。目で追うことすら無理。けれども……」
 ライラはバスターソードを構える。
「届く」
 剣士も剣を振る。
「ならば、来い!」
 今度はライラの攻勢だ。
 剣を振りおろす。
 しかし、そのまま相手に体当たりをした。
 よろける相手を押し、剣を見舞う。
「燕天武!」
 下段から上段、上段から下段に振る。
 本来は刀の技だが、それを剣術に応用したものだ。
「小癪!」
 腕ごと斬られる。
 手を無くしたライラは、成す術が無い。
 剣士は両手に剣を構え、地に叩きつけた。
「弐武豪翔波!」
 二つの強大な衝撃波は地を這い。
 ライラを斬り裂いた。

 すでに五十回を越していた。
「疲れが見えてきたな」
 ライラは言葉を放つことができない。
 すでに、精神は限界だった。
 戦い続けること、五十回。
 全敗。
 戦い始めてから一日が経過していた。
「あきらめないのではなかったのか」
 あきらめてはいない。
 届かないとも思っていない。
 やれるだけやり。
 結果を残す。
 そのために、戦う。
「来い!」
 ライラは振り下ろす。
 剣士はそれを右にかわしながら振り上げ、振り下ろす。
 ライラはそれを右にかわし、流すが左から薙がれる。
 咄嗟に剣ではじくが、力の違い、剣が真っ二つになる。
 だが、それでも後ろによけて、かわした。
 ライラは気付いていなかった。
 自分がこの化け物の動きをとらえ始めていることに。
 しかし、とらえることだけでは勝機が無い。
 ライラは折れたバスターソードで捨て身の一撃を放つ。
 だが、再び腕の付け根から斬られた。
「戯け!」
 剣士が消えた。
 いや、跳んだのだ。
「鳳凰燕天武!」
 巨大な鳳凰が降りてくる。
 ライラはその業火に燃やされ。
 塵になった。

 八十回を越すころ。
 ライラは目に見えて弱ってきた。
(……勝てない)
 そう。
 この化け物にはどうあがいても勝てなかった。
 動きは見える。
 だが、その動きにまったくついていけない。
 荒々しさの中に、優雅さを兼ね備え。
 まるで鬼の演舞のようだった。
 人は、努力すればいつかは強くなれる。
 だが、天才には勝てない。
 鬼才ともなれば千合を交えようが、一断ちも届かないのだ。
 ライラは知っていた。
 なぜなら、目の前で天才を見ていたから。
 ライラは優秀だった。
 剣の才能もあった。
 十五ですでに、並の大人に負けないほどの腕だった。
 しかし、フェルは違った。
 彼は生まれながらの天才で、まったく届かなかった。
 ライラが百、努力することを、フェルは一で覚えた。
 ライラが百回も剣を振って覚えられないことを、フェルは一度で覚えた。
 凡人と天才の差。
 それは、決して埋められぬ溝。
 もし、凡人が天才に勝とうとするなら。
 天才以上のものを手に入れるしかない。
 だが、天才は天才という舞台で最強である。
 天才の舞台に立つ以上、ライラに勝ち目が無いのは道理だった。
「もう、立つのをやめたらどうだ」
 やめたほうがいいのかもしれない。
 どうせ、努力してもやつには勝てない。
 ならば、いっそ大人しく殺され続ければいい。
 でも、それでもライラは剣を取った。
「そうだ。それでいい」
 剣士がふいに、笑ったような気がした。
 だが、どうでもいいことだ。
 ライラは、すさまじい攻防の中で、数合を交えたが。
 気がつけば、数十に斬り分けられていた。

 そして、百回。
 すでに三日。
 ライラは。
 ついに、あきらめた。
(駄目、勝てない……)
 そうなのだ。
 この怪物には絶対に勝てないのである。
 これが天才と凡人の差。
 届くことが無い。
 たとえ、一億の経験を積もうが、天才の百に届かない。
 そんな、馬鹿げた常識。
 そんな、馬鹿げた通念。
 そんな、馬鹿げた人生。
 努力の果てになど何も無い。
 天才になど追いつけない。
 それが、この世界の基盤。
 ライラが凡人ならば、あきらめることが道理。
 それでいい。
(……終わりにしよう)
 ライラは、うつ伏せになったまま、百回目の死を待った。
 しかし、剣士は襲ってこなかった。
「あきらめるのか?」
 ライラは上体だけ起こし、頷く。
「勝てないと思っているのか」
 再び頷く。
「貴様は、この戦いを通じて何を得た?」
「……え?」
「百度の死と、百の技。私は貴様に自分の全てを見せた。そして、貴様にも得たものがあるはずだ。天才? 凡才? そんなこと、自分で判断するようなことではない。才能など、結果だ。努力をすれば報われるわけではない。だが、何もしなければ落ちるだけだ」
「……」
「貴様はその程度の剣で、仲間を守れるのか?」
「……」
 脳裏に浮かぶのは大事な人達の顔。
 彼らはそれほど強くない。
 伝説の英雄でもなければ、万物の破壊者でもない。
 そんなのは別のところで勝手なことをしてる。
 力のあるやつはたくさんいる。
 天才的な剣士や優秀な魔術師もたくさんいる。
 けれども、彼らができることなど何も無い。
 実際、自分の目の前で、伝説に残るはずの英雄があっさりと死んだ現実。
 それが事実。
 自分の仲間達。
 彼らは、弱いけど強い。
 そんな彼らを護る剣は自分だ。
 自分が剣ならば、自分は強くならなければならない。
 だから、再び剣を取る。
 バスターソードを正眼に構え、ライラは剣士を見据えた。
「そうだ、それで良い」
 剣士も構え、言う。
「これが最後だ。よく聞け。今まで私が見せた技。何でもいいから一つでも、ものにしてみろ。それができれば、お前は強くなる。誰すらも太刀打ちできないほどに」
 自分にできる唯一の技。
 それを教えるために、この剣士は自分を殺し続けた。
 そうしなければ、強くなれない。
 だから。
 考えてみれば、おかしい。
 この剣士は、まるで自分に何かを教えるために戦ってきたかのようだ。
 しかし、今は考えていても仕方ない。
 数えて百。
 これが最後。
 ライラは、不思議と気が充実するのを感じた。
「行くぞ!」
 剣士が駆ける。
 ライラも駆けた。
 剣士が左から薙ぎ、更に右から薙ぐ。
 二状に見えた一撃は八状にも及んだが、けれどもライラはそれを全て払う。
「笑止!」
 下段から斬り上げ、上段から斬り下ろす。
 何度も見てきた。
 燕天武だ。
 ライラは下段を払い、上段を防いだ。
「シッ!」
 すばやく薙ぐ。
 速さは今までの累乗。
 自分でも感知できない疾風の一撃は、それでも肌で感じることができた。
 新しい回路が通ったのだ。
「未熟!」
 剣を叩き、軌道を逸らす。
 そして、腕を薙いできた。
 だが、それも何度も見た。
 ライラはそれをかわすと斬撃を叩き込んだ。
 一合目がぶつかる。
 二合。
 三合。
 四合。
 その剣はあっという間に十合を過ぎ、二十合を突破した。
 腕力では勝てない。
 技術でも遠く及ばない。
 けれども、それでも相手に合わせることができた。
 天才の、天才所以の剣の業。
 合わさる二本の剣筋は、まさに神の領分だった。
 五十を越し、八十に到達する。
 それでもライラの気力は、いまだにみなぎっていた。
(フェルの感じてたのは、これだったんだ……)
 彼に遠く及ばなかった自分。
 それでも届きたかった自分。
 今は見えている。
 それで、十分だった。
 そして、百合。
 二人は一瞬にして離れた。
「決着をつけよう。ライラ」
 剣士は下段に構える。
 ライラは、その構えを知っていた。
 鬼神演舞。
 フェルの必殺技だった名前。
 その一撃は鬼の如く。
 その太刀筋は神が如く。
 この技を防ぐことは、人間にはできない。
 ならば。
 迎え撃つしかない。
 でも、どうやって。
 方法は、一つしかなかった。
 拮抗できる技で勝負をする。
「終わりだ!」
 剣士が、剣を振り上げた。
「鬼神演舞!」
 見えないほどの速い斬撃が五つ。
 五状の衝撃波を放った。
 その衝撃波は触れたものを斬り裂く鬼切りの剣。
 神を殺すものは神を殺すもので決する。
 ライラは跳んだ。
 気を収束させる。
 並みではなく、天才の領域まで届かせる。
 天才の領域はすでに知っていた。
 あとは、単純に力だ。
 剣に炎の闘気が宿る。
 その闘気を体中に集めた。
 剣を振りあげる。
「鳳凰……」
 そして。
 気を放った。
「―――燕天武ッ!」
 炎が放たれる。
 巨大な炎は鳳凰と化し、鬼神の一撃とぶつかった。
 五状の衝撃波を相手に、鳳凰は叫ぶ。
 だが、衝撃波は鳳凰を滅ぼそうと力を増し。
 その瞬間、鳳凰が鳴いた。
 五状の衝撃波は散り。
 炎の鳳凰は剣士を貫いた。

 ●〜〜〜●

「参ったな。負けたよ」
 剣士はそう言いながらかぶとを脱いだ。
 そこにいたのは。
「やっぱり。フェルだったんだね」
「気付いてたか」
 フェルは穏やかな笑顔で苦笑いを浮かべた。
 そして、ライラを見てにっこりと微笑む。
「ライラ、強くなったね」
「でも、フェルにはまだ適わなかった」
「けれども、君は最後に僕を圧倒した。それは事実だよ」
「うん。でも、フェルのおかげ」
「いや、君の実力だよ」
 フェルはにっこりと笑う。
 ああ。
 昔とかわっていない。
 ライラは、疑問に思っていたことを聞いた。
「フェル、この悪夢はあなたの起こしたものなの」
「うん。そうだよ」
「どうして?」
「そうしなければ、いけなかったから……」
「どういうこと?」
 ライラは怪訝そうな顔をする。
 けれども、フェルは首を振って答えた。
「ごめん。言えないんだ。僕は言えないようになってるから」
「言えないように? なぜ?」
「それも言えない。言えないんだ」
「……そう」
「でも、これだけはいえる。これから君は、君達は、この世界の命運を分けるような大きな事件に巻き込まれる。だけど、大丈夫だよ。絶対に。最後まで信じて戦えば、運命っていうのは必ず従ってくれる」
「うん」
 その時、フェルの体がうっすらと透けてきた。
 フェルはいつものように笑う。
 あの笑顔で。
「ごめん、お別れだよ。でも、最後に君に会えてよかった。転生する前に君にあえて。君のことが心残りだったから」
「フェル……あたしも、あなたに会えてよかった! 出会えて、ありがとう!」
 ライラはフェルを抱きしめる。
 フェルも、ライラを力強く抱擁した。
「ライラ……」
「フェル……好きだった」
「……ありがとう。僕の分まで生きて」
 その瞬間、フェルの体は塵へと消えた。
 ライラは、すでにいないフェルを抱きしめた手の感触が忘れられなかった。
 フェルが好き。
 好きでいさせてくれて、ありがとう。

 初めの別れは始まりで。
 次の別れも始まりだった。

 ●〜〜〜●

「ライラッ!」
 ライラがうっすらと目を開けると。
 そこには、心配そうな表情をしたエレーンやアリエッタ、ポロン、アリサやシャルムやキャロットやウインディ、それにフィアの姿もあった。
 それをみて、ああ、戻ってこれたんだと思った。
 エレーンはライラを抱きしめる。
「……エレーン?」
「ライラ、心配したのよ! だってあなた、一週間も目を覚まさないんだもの……もう、このまま死んでしまうかと思った……」
 アリサとキャロットは涙ぐんでライラの傍による。
「ライラ、よかった〜」
「うん、よかった」
 ウインディは背中を向けて泣いてるし、シャルムも傍でべそをかいている。
 ポロンは少し涙をにじませ、フィアも頬から涙を垂らしていた。
 アリエッタが傍によってくる。
「ライラ。お帰りにょ」
 ぐすっと鼻水をすすって、にっこり笑う。
 ああ、帰ってきたんだ。
 心許せる温かい仲間に囲まれ。
 ライラは自然と穏やかな気分になれた。
 彼らの為に剣を握ろうと思いながら、ライラはアリエッタの頭をなぜた。













 くじらがいた。
 おおきなくじらだ。
 少女がいた。
 ちいさな少女だ。
 夢ははかない。
 夢ははかない。
 夢ははかない。
 もうすぐ、夢がさめる。
 でも、もうすぐとはいますぐではない。
 あと百年は夢がさめない。
 でも、さめてほしいかもしれない。
 いや、さめるべきだ。
 この世で最後の天使は、少女に殺意を向けた。