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プリティリア。
リーザスの北に位置する町のひとつである。
ナダテTVという魔法ビジョンの放映局があり、特色といえばそれが特色である。
ナダテTVといえば、最近売り出し中のアイドル、カパーラ・ウーチが有名である。有名といっても前リーザス王と肉体関係を持ち、それを条件に王国からの莫大な資金援助や強いバックアップを受けたなどといった悪名が強いが、真偽のほどは定かではない。
とにかく、お台場といえばフジテレビ、プリティリアといえばナタテTVというぐらい、定着したイメージは強い。
プリティリアから少しはなれたレストラン。
モダンなレストランで、ここには百インチの魔法ビジョンが置かれていた。
魔法ビジョンは年々価格低下しているが、それでも今だ高級品という印象はぬぐえない。
高級ホテルならとにかく、一般の宿屋では部屋に魔法ビジョンは置いてなく、観賞するにはこうして近くのレストランに繰り出すとかの方法しかない。
『ここ、リーザスにもかつての大災害の爪あとは依然として消えずに……』
アナウンサーは、大災害の爪あとを刻々と映していた。
この災害は人類が大陸を統治したあとに多発した謎の大地震のことで、その原因は今だ不明とされている。
一説には、尊大な人間に怒りし神の裁きだとも云われている。
そのニュースを見ているのは八人。
ぱらんちょ王国の王子ポロンに、記憶喪失の少女フィア、パーティの姉さんエレーン、剣士のライラ、魔法使いのウインディ&キャロットに格闘家シャルム、そしてパーティのマスコット、アリエッタである。
八人は食い入るように画面を見ている。
すると、チャンネルが変わった。
おそらく、レストランのオーナーがいじったのだろう。
芸能番組『ミュージックちゃんぷ』いわゆる歌のトップテンである。
『さて! 今週の一位は……プリティリアのアイドル、カパーラちゃんです!』
リーザスで人気一位のアイドル、カパーラが、百インチの画面にデカデカと映る。
その光景に見とれたフィアが、呟くように言った。
「うわあ、すごいですね。なんか、住む世界が違うっていうか……」
「別に、たいしたことないわよ。テレビに映ると、みんな美人に映るもんよ」
ウインディが、目を細めて言う。
「でも、本当にあたし達と住む世界が違うって感じだよねー」
キャロットも、フィアと同じように驚いて見せた。
「別にたいしたことないって言ってるでしょ」
「でも、本当にああいう世界、あこがれちゃうわよね。空の上の世界っていうか……」
とろんとした目のエレーン。ウインディはボソリと呟く。
「賞味期限切れよね……」
「なんか言った?」
「う……」
ウインディはエレーンの視線から逃れるように顔を伏せる。
「ねえ、ライラはこういうの興味ないのかしら?」
「別に」
素っ気無く言うライラ。
「人の見世物になって何が楽しいのか。私にはわからないわ」
「さめてるわね」
エレーンはライラの言葉に苦笑する。
そこで、ふと気付く。
「あれ、アリサは? シャルム、あなた知らない?」
「ふご?」
シャルムは食事中である。話せる状態ではないほど、口に物がつまっている。エレーンは呆れ顔で言った。
「さっさと、口の中のもの飲み込んじゃいなさい」
「ふご」
そのまま、ごっくんと飲み込む。
『……』
一同は、アナコンダみたいだな、なんて思った。
口の中の物を飲み込んだ、シャルムが言う。
「知らないよ」
「そう」
「けど……数日前、変な男に声かけられてた」
「変な男?」
「うん。なんか、太っちょのあぶなそうなの。なにかな、って思ったんだけど別に気にすることないだろうなって。そんで放置」
「そう……心配よね」
「これから、探しに行ってみる?」
ライラが言う。エレーンはそうね、と頷いた。
「アリサだって子供じゃないんだし、多分大丈夫でしょう。おそらく、どっかを一人でほろついているのよ」
「そうだといいけど」
ライラは溜息を吐く。エレーンはそれを打ち消すように言った。
「とりあえず、食事をすましてしまいましょう。アリサのことはそれから考えればいいわ」
そう言うなり、それぞれは食事を始めた。
『さて、それでは今週の町で発見した新人アイドルのコーナーです!』
別のコーナーが始まる。
町で発見した可愛い子を、アイドルとして突発的にTVデビューさせようという企画である。
最近のリーザスはアイドルを渇望する傾向が強い。
特に、癒し系のヒロイン、可愛くって抱きしめたくなるような女の子である。
しかし、そういう子はなかなか業界にはいない。業界の人間はどこか社会にすれていて、素人っぽい可愛さを持つ女の子は、街中で捜すのが一番である。
そんな考えで企画されたのがこの、新人アイドル発掘コーナーである。
『さて、今週の町で見つけた新人アイドルを紹介しまーす』
スポットライトが輝き、テレビに新人アイドルが歩いてくる。
蒼の美しい長髪を後ろに伸ばした、まだ花も開く前、といった感じの美少女である。
一同は、それがどっかで見たような姿だと思った。
『さて、自己紹介をしてもらいましょう。お名前は?』
『アリサです! ぱらんちょ王国から来ました!』
一同が驚いたのはいうまでもない。
●〜〜〜●
宿屋。
アリサが腰掛けた一つの椅子を中心に、八つの椅子が取り囲み、それぞれが座る。
「で、どういうことなの?」
とりあえず、ウインディが問い詰める。アリサはといえば、
「すいません」
と、一言である。で、対するウインディは……
いきなり、アリサの胸元をガッと握り、ヤクザの神様でも降りてきたかのような表情で問い詰めた。
「すいません、じゃわかんないでしょ! きちんとわかるように、一から十まで説明せんかボケェェェェ!」
「すいませぇぇぇぇん!」
エレーンが頬に手を当て、聞いた。
「で、なんでアリサがあんなアイドル番組に出ていたわけ?」
「それが……」
アリサは、しぶしぶと語る。
「実は三日前……ナタテTVのプロデューサと名乗る人が現れまして、ナタテTVの人気番組、ミュージックちゃんぷにでないかって誘われたんです。それで……」
「それで、はいって頷いたと……」
エレーンの言葉に、アリサは頷いた。
ライラは腕を組みながら難しい顔でアリサに言う。
「けどね。あたしたちは旅をしているんだよ。いずれ、ぱらんちょに戻らなきゃならない。それなのに、あんな番組にでて遊んでいる暇、あるの?」
「そうよね。この町に、いつまでも留まるわけにはいかないし……」
エレーンは溜息を吐く。
「アリサ、どうするの? あの番組、たしか来週もあるんでしょ?」
「そのことなんだけど……」
アリサは、申し訳なさそうに口を開いた。
「実は、あたし、来週もあの番組出てみようと思うの」
「どういうこと?」
「あたし、テレビに出て新人アイドルとしてがんばって、自分の可能性を試してみたいの」
「試してみたいって……ねえ」
エレーンはライラに意見を求めるように視線を向けたが、ライラは視線をそらすだけであった。
アリサは言葉を続ける。
「いままであたし……旅しててもなんかみんなの役に立てていない気がして……剣はライラが一番だし、格闘技はシャルムの右に出る人はいないし、魔法はウインディとキャロットが上手いし、ポロンくんは神官として優秀、エレーンはそんなみんなをまとめる才能がある。アリエッタは子供だからしょうがないけど……フィアは右に置いといて」
「右に……」
フィアが少しだけダメージ。
「あたし、何をやっても中途半端で、いつもみんなから浮いているような気がして……だから、あたしにも何かできることがあるんじゃないかって……だから、あたし、ナタテTVのプロデューサに声かけられた時、思ったの。これは、神様があたしにあたえてくれたチャンスなんじゃないかって……」
「アリサ……」
エレーンは、驚きを胸に一同を見渡す。
みんな、エレーンと同じような驚きの顔をしていた。いつも明るいアリサがそのようなことで悩んでいたなどと夢にも思わなかったのだ。
「どうする?」
エレーンは、聞いた。ライラは答える。
「いいんじゃないかな……どうせ、急ぐたびでもないし……」
次に、ウインディ。
「まあ、アリサのしたいようにやらせてあげれば」
キャロット。
「うん、あたしもウインディと同じ意見。アリサの自由にさせてあげよう」
ポロン、フィア、アリエッタ。
「僕は賛成です。アリサがやりたいっていうんだし。たまには一つの場所に留まるのもいいですよね」
「あたしも、同じ意見です」
「アリサ、がんばれー!」
エレーンは、頬を押さえて言った、
「あたしも同じ意見よ。アリサ、今回はあなたの好きなようにやりなさい」
アリサはみんなの温かい言葉にすこし目尻を滲ませた。
「みんな……ありがと。あたし、がんばるから……」
みんなは、温かに拍手をする。
新しいアイドルを送り出すために。
と、ここで終わればただの少し良い話なのだが。
「あたしは、反対だよ」
強い口調で言う影があった。
一同はそちらに視線をやる。
それは、シャルムだった。
「あたしは絶対に反対」
「シャルム、どうして?」
アリサはシャルムに聞く。シャルムは眉間に皺を寄せて答えた。
「確かに、あたしたちの旅は急ぐ旅じゃないよ。だからって、あんた一人の為にいつまでもここに留まるわけにもいかないんだよ。アリサ、あんた、自分がどれだけわがまま言っているのか分かってるの?」
「シャルム」
二人は、無言で睨みあう。
普段は仲が良い二人なだけ、その光景はぎすぎすとしていた。
エレーンは思わず、場をとりなすように言った。
「まあ、シャルム。とりあえず、今回はアリサの好きにさせましょう。みんな、許してくれているわけだし」
「エレーン」
シャルムはしばらく沈黙していたが、すぐに怒り顔をあらわにして叫んだ。
「いい。勝手にすれば!」
そういうなり、シャルムはそこから出て行ってしまう。
「シャルム……」
アリサは寂しげな顔でシャルムを見送っていた。
ポロンはばつが悪そうに呟いた。
「なんか、ややこしいことになっちゃったね」
●〜〜〜●
で。
その日以来、アリサはアイドルとしての人生を幕開けした。
ローティーンの明るい癒し系アイドルは、たちまちプリティリアで有名になり、その噂は一週間を待たずリーザス中に響いた。
アリサのアイドル性はリーザス国民が求めていたものと完全にマッチしたようで、彼女の人気はたちまちうなぎのぼりに上昇。
たちまち、カパーラ・ウーチと並び、リーザスのトップアイドルとして君臨した。
もともと、アイドルとしての天性の素質があったのかもしれない。
アリサは、いまやリーザス中を震撼させるアイドルの一人であった。
そんなこんなで一ヶ月が過ぎた。
『さて、今週のミュージックちゃんぷです! さて、今週のゲストは……なんと、いまやリーザスのトップヒロイン、『私に恋して王子様♪』でブレイク中のローティーンアイドル、アリサちゃんです!』
『みなさーん! こにゃにゃちわー!』
宿屋のリビング。
お茶を飲みながら、せんべいを食べながら親父のように見ているのはウインディとキャロットであった。
ウインディは言う。
「アリサも、人気になったもんね〜」
「うん、まさかアリサにこんな才能があるなんて思ってなかったよね」
「たしかに。でも、スカウトされたらあたしの方が有名になってたけどね」
「そんな〜」
「何? あたしがアリサに負けるって言うの?」
「そんなこといってないけど」
「言った。絶対言った」
「言ってないって。……でも、本当にアリサ、すごいよね」
「そうね」
「もう、手が届かないよね。まさに、雲の上の人って感じ」
「最近、この宿屋にも戻ってこないしね」
「芸能人って忙しいから。多分、ホテルとかに泊まってるんじゃないかな?」
「でも、戻ってこないのは心配よね」
「ちょっと、たずねに行ってみる?」
「キャロット、それ、ナイスアイディア」
そのような会話を交わしていると。
そこに、シャルムが戻ってきた。
「おかえり」
キャロットが言う。しかし、シャルムは返事もせずにただ、魔法ビジョンに映るアリサの姿を不機嫌そうに見ていた。キャロットは心配そうに声をかける。
「……シャルム?」
「アイドルになって、ちやほやされて、有頂天になって……さぞかしたのしいだろうね」
シャルムは魔法ビジョンのディスプレイを睨みつける。
心配そうにシャルムを見上げるキャロット。
しかし、ウインディは、
「嫉妬にしか聞こえないわよ〜」
と、イヤミに言った。
「ウインディ!」
キャロットが注意するが、それよりも早く、シャルムは椅子に座るウインディを見下ろす格好で、睨んだ。
「どういうこと?」
「嫉妬にしか聞こえないって言ったの。あんた、本当はアリサのことがうらやましいんじゃない。だから、人気者になっちゃったアリサのことをねたんでるの。違う?」
ウインディの悪気のない一言。思わず調子に乗って言ってしまった言葉である。
しかし、シャルムは聞き流せなかった。
勢いよくウインディの襟元をつかむ。
「今、なんて言った?」
「何よ、図星なの? 本当のことを言っただけじゃない!」
「今、なんていったか聞いてるんだよ」
「はっ、離しなさいよ」
ウインディがうろたえる。しかし、シャルムは頭に血がのぼって冷静になっていない。
いまにも、シャルムが殴りかかりそうなそのとき。
「やめな」
ライラは、シャルムの手をつかんだ。
後ろには、ポロンにフィア、エレーンとアリエッタの姿があった。
みんなの視線に、シャルムは思わずばつのわるそうに手を振りきる。
「シャルム……」
エレーンは声をかけようとするがやめる。
エレーンは、あえてシャルムのことをとがめなかった。
アリサのことで苛立つシャルムのことをわかっていたし、そのことをからかったウインディもいけない。
もともと、いちばんアリサのことを心配しているのはシャルムなのである。
子供の頃から仲の良かった二人は、一番の幼友達といえる。
しかし、今シャルムはその幼友達が遠くに行ったことで少し、不安定になっているのだ。
それがエレーンはわかっているから、あえて深く叱ることができなかった。
しばらく、ぎすぎすした空気が場に宿るが、それを破ったのはポロンだった。
「みんな。実はそろそろ旅立とうと思っているんだ」
事情を知らないキャロットとウインディは驚く。
シャルムに限っては思わず、ポロンのほうを慌てて振りかえってしまった。
ポロンは言う。
「そろそろ、この町にいるのも限界だし、他の町に移ったほうが良いと思うんだ。そもそも、いろいろなところを見て見聞を広めるのがこの旅の目的だからね」
シャルムがポロンに言う。
「それじゃあ、アリサはどうするの?」
「話は最後まで聞きなさい」
ライラは静かな口調でシャルムに言った。そして、ライラが話を続ける。
「それで、とりあえず明日の朝、出発の予定だから、今からアリサを迎えにいこうと思っているの。おいていくわけにはいかないからね」
シャルムはその言葉に安堵する。
「とりあえず、あたしたちは全員、ナタテTVに迎えに行こうって考えているんだけど、シャルムたちはどうするの」
「もちろん、行くわよ」
「久しぶりに、アリサの顔も見たいしね」
ライラの言葉に、ウインディとキャロットはすぐに返事をする。
ライラはシャルムのほうを向いて聞いた。
「シャルム、あんたは?」
シャルムは、しばらく迷ったあと。
静かに、頷いた。
●〜〜〜●
ナタテTV。
一同は、ナタテTVの巨大なビルの玄関をくぐろうとする、が。
「ちょっと、ちょっと!」
すぐに、守衛と思われる人物が駆け寄ってきて入局を拒否される。
ライラは、その守衛に言った。
「あたしたち、この中に用があるんだけど」
しかし、守衛は、
「ダメダメ。ここは関係者以外立ち入り禁止。それよりも、あんたたちアポ取ってるの?」
「アポ?」
ライラが聞き返と、守衛は説明した。
「アポイトメントのことだよ。いわゆる、入局の許可。誰かと会いたいとか、そういうの」
「とってないわ」
「なら、駄目だね」
「何故?」
「多いんだよ。芸能人目当てで、なんの断りもなくあいに来ちゃう人が。あんたたちもそのくちでしょ?」
「いえ、あたしたちは……」
「あたしたちは、ここにいる友達に会いに来たんですが、それでも駄目でしょうか?」
エレーンがライラに変わり聞くが、守衛の態度は同じであった。
「それでも駄目。友達に会いに来た、そういう嘘をつく人も多いんだ」
「あたしたちは本当に……」
「そういう言葉をいちいち信じて、通したんじゃ、色々問題になっちまう。悪いけど、帰ってくれないか?」
そう言い、守衛は去っていった。
すぐに会わせてもらえると思って来たのに、思わぬ事態に一同は顔を見合わせた。
「どうしよう?」
ポロンが聞いた。ウインディが答える。
「正面から行くのは難しそうね。裏口から、とか?」
「でも、見つかったら怒られるよ」
キャロットは心配そうに言った。
「でも、アリサさんを迎えに行くにはそれしか……」
フィアが言う。
しかし、
「おいていけばいいんだ」
シャルムはそう、呟く。
一同は耳を疑った。
ウインディは聞き返す。
「シャルム、今、なんて……」
「おいていけばいいって言ったんだよ。アイドルになりたいって言ったのも、あいつの勝手だろ。だったら、勝手にアイドルやらして、勝手にここにおいて行けばいいんだ……」
パンッ。
シャルムは、赤くはれた頬を押さえた。
平手をうったのは、エレーンの手だった。
エレーンは、怒りを浮かべてシャルムに言う。
「シャルム、今、あなた、絶対に言ってはいけないことを言ったわ」
「……」
「アリサはね、今まで一緒に旅して来た仲間じゃない。あたしたちにとっては、家族同然よ。それを、勝手に置いていくだなんて……あなた、本当に言ってはいけない事なのよ」
「……わかんないよ」
「シャルム?」
エレーンはシャルムの呟きに、怪訝そうな表情を浮かべる。
「わかんないよ! エレーンにあたしの気持ちなんて!」
シャルムは、叫ぶ。
そう叫んでから、涙を目尻に浮かべて走り去った。
エレーンはそれを見送りながら、平手をした掌を見つめる。
そして、呟いた。
「あたし、いけないことをしてしまったかしら」
ライラは何も言わない。
そのかわりに、かるくエレーンの肩を抑えた。
そこに。
「どうしたの? みんな」
蒼い海のような髪をした、着飾った格好の美少女が声をかけてくる。
初め、一同はそれがアリサだと、わからなかった。
●〜〜〜●
一同は、アリサの控え室に通された。
普通、新人の芸能人は一つの控え室にたこ詰め、ということも多いのだが、アリサの場合、すでにかなり名が売れていたので、大きな控え室をまるごと使わせてもらっていた。
ポロンたちは、その控え室でアリサに迎えられる。
「どうぞ」
そう言い、微笑むアリサ。
ポロンたちは、傍目に見ても自分を飾ることを覚えたアリサが可愛いと思えた。
アリサは、にっこり笑いながら聞く。
「今日は、どうしたの? 何か、用?」
一同は視線を見合わせた。
アリサがその光景を少し怪訝に思うが、口を開いたのはエレーンだった。
「アリサ、大事な話があるの」
「大事な話?」
「実は、あたしたち、明日、旅立つことになったのよ」
アリサの顔に驚愕の色が浮かぶ。
そして、しばらく驚いたあと、少し落胆し、「そう」と、答えた。
エレーンは言葉を続ける。
「で、アリサ。そろそろ宿に戻って出発の準備をして欲しいの。明日、朝早くに出かけちゃうから」
「……うん」
「もう、気は済んだでしょ。アリサは芸能人としての才能を持っていた。そして、それをすごく活かしきれていた。あたしたちは、認めるわ」
ライラはそう言う。
しかし、アリサの態度はなんとなく煮え切らないものであった。
「アリサ?」
ライラがそう聞くが、アリサは思い切ったように口を開く。
「みんな、あの……聞いて欲しいことがあるの」
「聞いて欲しいこと?」
ライラの言葉にアリサは頷く。
「実はあたし、アイドルを続けたいの」
ポロンたちはその言葉に驚きを隠せなかった。
「ちょっと、何言ってんのよ、あんた!」
ウインディが思わず叫ぶ。
「アイドルを続けるって事は、ここに残るって事だよ。アリサ、わかってるの?」
キャロットの言葉にアリサは頷いた。
「うん、わかってる。それがみんなとお別れしないといけないって事も……」
「なら、なんで!」
ウインディの激に、アリサは静かに答えた。
「あたし、今までみんなと旅してきて、自分がみんなの足をひっぱってるって事は言ったよね」
「そんなことは……」
「あるの」
エレーンの言葉にアリサは反論する。そして、言葉を続けた。
「あたしね、このプリティリアでアイドルをして、みんなの人気者になって、始めて気付いたことがあるんだ。これって、あたしにとっての天職なんだって」
「でも……」
アリサはキャロットに首を振る。
「うん、みんなの言いたいことは分かってる。みんなのことは大事。みんなと冒険してきた日々も、同じぐらい大事。だけど、これはあたしが決めたことなんだ。このプリティリアでアイドルとして生きる。みんなと離れ離れになっちゃうのは辛いけど、でも、これはあたしにとっての決断だから。……だから、わかって欲しい」
「わかんないよ!」
キャロットが叫ぶ。アリサはすこし驚きを表情に出した。
「……わかんないよ。あたしたち、今までずっと一緒に旅してきたじゃない。それを、こんなところでお別れなんて……納得できないよ」
「キャロット……」
「あたしも、同じよ」
「ウインディ……」
「いままで、多少のわがままは許してきたけど、それだけは聞けないわね。アリサ、今すぐアイドルなんて辞めて一緒に来るのよ」
「……それは」
「そうです」
「フィア……」
「アリサさん、アリサさんが居ない旅なんてあたし、嫌です……一緒に、行きましょうよ」
「……」
落ち込むアリサ。
そのすそを、つかむ手があった。
アリエッタである。
「アリサ……一緒に旅、しないにょ?」
「……ごめん」
アリサが謝る。
そのあとの沈黙は、無言の肯定であった。
ウインディが振り返り、エレーンとライラに言った。
「二人とも、アリサに何か言ってよ」
しかし、二人は同時に溜息を吐く。
エレーンは、ウインディの頭を軽くなぜ、言った。
「ウインディ、これはアリサが決めたことだから……」
「なら、アリサがここでわかれてもいいって言うの?」
「それは……」
エレーンがウインディの言葉に戸惑ううちに、ライラはアリサの頭を軽く撫ぜ、聞く。
「アリサ、本当にそれでいいんだね」
アリサはしばらく沈黙した後、静かに頷いた。
ライラはそれを確認してから、みんなを見て、言った。
「これはアリサが決めたことなの。アリサが、自分自身で」
その場に沈黙が流れる。ライラは言葉を続けた。
「どんな人間にも別れは来るわ。早かれ、遅かれ。それはあたし達も一緒。あたしたちは今まで同じ場所にいたけど、それでもいずれ別れなきゃいけない時が来るのよ。それが今。みんな、アリサがこういってんだからあたしたちは、笑顔でアリサを見送りましょう」
続く沈黙。
それを消すかのように、幾つかのすすり泣く声が聞こえる。
キャロットは涙を流し、ウインディも声を押し殺しながら涙をふく。
アリエッタに限っては号泣である。
アリサは、目から幾つも雫を零しながら謝った。
「ごめんね。みんな……」
●〜〜〜●
翌日。
荷物を整理し、旅立つ一行の顔には哀しみの色が消えなかった。
旅をすると色々おいてくるものがある。
それは、小さかったり大きかったり。
ただ、今回のそれはおそらく、大きすぎたのだと思う。
今までにないほど。
旅支度を整え、宿屋から出たポロンたちは、沈んだ顔のまま、プリティリアの町並みを眺めた。
ポロンは寂しげな顔をするが、ライラが肩をたたいて言った。
「今生の別れじゃないわ。また、いつかアリサに会いに来ればいいじゃない」
「そうだね」
そう、プリティリアに来れば、またアリサに会える。
魔法ビジョンを見れば、アリサの元気な姿が見れる。
ポロンは、そうむりやり納得して、一歩踏み出そうとする。
しかし。
「あれ?」
「どうしたの? ポロンくん」
エレーンの言葉に、ポロンは言った。
「シャルムの姿が見えないんだけど」
●〜〜〜●
アリサはその日、新曲の発表だった。
ホテルから出たアリサは、ナタテTVへの道を、何人かのスタッフと共に歩いていた。
その途中にかかったとき。
「アリサっ!」
急に、向こうから走り寄ってくる影があった。
シャルムである。
「シャルム!」
アリサは口元を押さえる。
しかし、
「なんだ、お前は!」
「おい、止まれっ!」
サイン目当てのファンか、追っかけだとでも思われたのだろう。シャルムは、スタッフ達に取り押さえられた。
アリサは慌ててスタッフに言う。
「ごめんなさい。その子、あたしの友達なの」
その言葉を聞き、スタッフ達は退く。
アリサとシャルムは二人、一ヶ月ぶりに向かい合った。
お互い、久しぶりなので気まずい沈黙が場を覆う。
口火を切ったのはアリサだった。
「あ……久しぶりだね」
「そうだね」
「……元気、だった?」
「うん」
「昨日、みんなと一緒に来なかったから心配しちゃった」
「そう」
「なんで、来なかったの?」
「来たくなかったから」
「どうして?」
「会いたくなかったから」
アリサは、その言葉に胸打たれる。自分が、シャルムに嫌われてしまったと思ったのだ。
アリサは、思い切って聞く。
「……どうして、会いたくなかったの?」
「……だって」
シャルムは、初めて口ごもった。
しばらく、口ごもったあと、やっと言葉を放つ。
「だって……離れてしまったような気がしたから」
「え?」
「アリサが、遠くに行ってしまったような気がしたから。今まで傍にいたアリサが、別の人間になってしまったような気がしたから……会いづらかった……」
「あたし、全然変わらないよ。いままでも、これからも、ずっと……」
しかし、シャルムは俯くだけである。
再び、沈黙が宿る。
その沈黙を打ち破ったのは、今度はシャルムだった。
「一緒に、来ないの?」
「……うん」
「冒険、やめちゃうの?」
「……うん」
「どうして?」
アリサは、しばらく口ごもったあと、答える。
「あたし、自分の可能性を見つけたような気がするの。いままで、自分に何の可能性も無いと思っていた。けど、アイドルになってやっと自分の生きる道を見つけたような気がするの……だから、あたしはこのプリティリアでアイドルを続けたい」
アリサはそこまで言ってから、シャルムに聞いた。
「わかってくれるよね」
「……わかんないよ」
「え?」
「わかんないよ!」
シャルムは口調を強くしていった。
「わかんないよ! アイドルかなんだかしらないけど、アリサにとってあたしたちって、アイドルよりも軽いものだったの? あたしたちの今までは、そんなに安っぽいものだったの?」
「そんなこと……」
「あたし、嫌だ。アリサがいないなんて、絶対に嫌だ」
「シャルム……」
シャルムは、最後にもう一度聞いた。
「アリサ……本当に、アイドルを続けるの?」
アリサはしばらく黙ったあと。
頷いた。
シャルムはその言葉に納得したように頷くと、一言だけこう言った。
「なら、絶交だよ」
アリサはその言葉に驚く。
しかし、そんなアリサを見向きもせず。
シャルムは、その場から去って行った。
●〜〜〜●
ナタテTVの控え室。
新曲発表の本番を前に、アリサは落ち込んでいた。
シャルムのことだ。
いつでも、どんな時でも、最後に自分をわかってくれるのはシャルムだと思っていた。
シャルムだけは自分の歩もうとしている道を、わかってくれると思っていた。
けれども、違った。
シャルムは、アリサがアイドルを続けるのなら、絶交だと言った。
それは、アリサにとって身を引きちぎられるほどの衝撃だった。
(どうして……)
アリサはわからなくなっていた。
シャルムが自分をわかってくれないことを。
裏切られたような、裏切ったような、そんな気持ちだった。
そのとき。
「本番です!」
スタッフの声がかかる。
アリサは、「はい」と返事をしたが、その声にははきが無かった。
(歌えない……)
アリサは、胸を詰まらせる。
(歌えない……)
そして、友達の事を思った。
(……シャルム!)
そのとき。
急に、スタッフルームに陽炎のようなものが現れた。
「……え?」
その陽炎は、しばらく姿を滲ますと、それは一人の少女に姿を変えた。
フィアである。
「……フィア?」
しかし、そこにいるのはフィアのようで、フィアではない。
まったく虚ろな目をした、フィアの姿をした少女であった。
アリサは、わけがわからずその影に話しかける。
「……フィア」
すると、フィアは言った。
「逃げるの?」
「え?」
「みんなから、逃げるの?」
「そんなこと……」
「あなたのその歌、みんなに聞かせるためにつくったんでしょ」
「……なんで、そのこと、知ってるの?」
「知ってるわよ」
フィアはにこりと笑う。
「あたし、あなたたちのこと、見ているもの」
「……アリサさん! アリサさんっ!」
「え?」
アリサは、慌てて辺りを見回す。
そこは、何のことは無い、さっきの控え室だった。
アリサは、呆然として傍にいたスタッフに聞く。
「あの……あたし……」
「まったく、本番前に眠ってるなんて肝がすわっていますね。さすが、天才のアイドルは違いますよ」
スタッフはそう言い、笑った。
しかし、対するアリサは驚きを隠せない。
(……あたし、眠っていた?)
どこかしら、不可解な気持ちを隠しきれない。
なにか、大事な夢を見ていたような気がする。
しかし、その夢の内容は思い出せない。
けれども、アリサはなにか心のもやもやが晴れたような気がしていた。
●〜〜〜●
ポロンたちはシャルムを待つ間、繁華街に飾ってある、大型の魔法ビジョンを見ていた。
そこには、新曲発表を控えるアリサの出演予定である歌番組が映っていた。
『さあ、それでは皆さん、待ちに待った、今話題の人気絶頂アイドル、アリサの新曲発表に移りたいと思います!』
その間も、エレーンやキャロットは落ち着きなく、辺りを見回す。
「本当に、シャルム、どこ行っちゃったのよ……」
そう呟くエレーンに、ポロンは声をかけた。
「エレーン、アリサの番組が始まるよ」
「でも、シャルムが……」
「これでしばらく会えなくなるんだから、最後に見ておいたほうがいい」
「……そうするわ」
ライラの言葉に、エレーンは頷いた。
『それでは、アリサさんの登場です!』
同時期、シャルムは町の中心にある巨大な街頭ビジョンでその番組を見ていた。
街頭ビジョンに、アリサの姿がデカデカと映る。
『こんにちは、アリサです!』
『ようこそ。新曲の発表をしてくれるんですよね』
『はい! 今日は、皆さんの為に一生懸命に練習してきました!』
『えーと、この曲は……一緒に旅をしてきた友達のことをおもって作詞、作曲したんですよね』
『はい』
(……え?)
シャルムは、思わず驚いてしまう。
アリサが一緒に旅してきた仲間、それは自分たちのことだからである。
ビジョンのアリサが言葉を続けた。
『あたしには、大切な仲間がいます。いつも一緒にいてくれる、家族みたいな仲間が……あたしは、その人たちのことが大切です。上手く言葉にできないけど……ものすごく大切です。ときどき、喧嘩しちゃったりもするけど、それでも大切な人たちです。この歌は、そんなあたしの、一番大切な人たちのためにつくりました』
(……アリサ)
シャルムは、胸うたれる。
あれほど酷い言葉を言った自分を、絶交とまで言った自分を、まだ大切だといってくれるアリサがいとおしく思えたからだった。
ビジョンのアナウンサーが言った。
『それでは、聞かせていただきましょう! 曲名は……ディアマイフレンドです!』
アリサが、マイクを握った。
いつまでも 友達でいよう
なかよしだった あたしたちのために
怒りっぽかったり 優しかったり
怖がりだったり 泣き虫だったり
暖かい言葉や 冷たい瞳
喧嘩や 誤解は たくさんするけど
それでも 友達
君の瞳に映るのは あたしの姿
けれども 友達
いつまでも 友達でいよう
愛してるよ ディアマイフレンド
二つの雫が落ちる。
それはシャルムの頬から滴り落ちたものだった。
シャルムは気が付けば泣いていた。
涙を滴らせながらシャルムは一人、呟く。
「ゴメン、アリサ……本当にゴメン……あたし、自分のことばっかりで……アリサのこと、全然考えていなかった……アリサがいなくなることが、ただ嫌で……アリサのしたいこと、アリサの思っていること、全然わかろうとしなかった……アリサ……本当にごめんなさい……」
そこに。
シャルムの肩をポン、と叩く姿があった。
ライラである。
その後ろには、ポロン、フィア、エレーン、ウインディ、キャロット、アリエッタ、全員がいた。
シャルムは、しばらく俯き。
ライラの胸に飛びついて、泣きじゃくった。
「あたし、アリサのこと……アリサのこと……」
しかし、ライラは黙ってシャルムの頭を二、三度、軽く叩いた。
そして、ビジョンを指差す。
そこには。
『いい歌でしたね、アリサさん。この歌は……』
『唐突ですが、あたし、引退します!』
街頭ビジョンを見ていた、プリティリアの住民が一斉に声をあげる。
その言葉には、ポロンたちも驚愕した。
ビジョンのアリサは言った。
『あたし、やっぱりまだ、みんなと離れられません! もう少し、自分の道を探してみたいと思います!』
『し、しかし……』
『ポロンくん、エレーン、ライラ、ウインディ、キャロット、アリエッタ、フィア……シャルム。みんな、もう一度、あたしと一緒に旅してくれる?』
シャルムは、しばらく涙を拭いたあと。
力いっぱい頷いた。
リーザスを震撼させた幻のアイドルは、その日、引退した。
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