ルートC
鬼畜温泉湯気の旅



 リッチの町、その名のとおり、リーザス領でもかなりリッチな町である。
 貴族の町とも知られ、魔人との戦いの時には、一人の老婆が魔人を匿ったという事件も起きている。そのような悪名も聞き及んでしまう程の病んだ側面も時折見せる……でも、やはり表向きはリッチな町だ。
 その、リッチの町に一件の高級旅館がある。
 伝統ある旅館で、リーザス王家の高官達も時折訪れる、いわゆる名物旅館である。
 ポロン一行は、その高級旅館の前にいた。

 ●〜〜〜●

「まったく……兄さんも、気が利いてるんだか、そうじゃないんだか……」
「いいじゃないの。そのおかげで、久々にのんびり羽を伸ばせるんだから」
 エレーンが、言う。
「そうだね。ここんとこ、結構せわしなかったし。たまには、こういうところで羽を伸ばさないとね」
 と、ライラ。

 ことの始まりは、簡単だ。
 久しぶりにリーザス領に足を踏み入れた一行は、ポロンの兄、ピッテンの計らいでこの旅館に泊まれることになった。
 ピッテン曰く、「うまくやれよ」のことだが、ポロンにはよく意味がわからなかった。
 そんなわけで、この旅館に二部屋、リッチに予約をしたので、たまには旅の疲れも取ったらどうだ、などという兄の言葉に、ポロンは甘えることにした。

『ごめんくださーい!』
 一行が入ると、数人の館員と旅館の女将が出迎えをしてくれた。
「あらあら。これは、長旅をお疲れで……」
「あ、あの……ポロン・チャオの名前で予約入れてると思うんですが……」
「はいはい。存じております。パランチョ王家の方々ですね。何時も、ピッテン様にはごひいきにさせて頂いております」
(兄さんもよく来てるのかな?)
 妙齢の美人な若女将の言葉に、ポロンはそんなことを思った。
「それでは、お部屋を案内させていただくので、どうぞこちらへ……」
「あ、はい」
 そう言い、着いて行く。
「ひゃっほう! お先に!」
「おさき! おさき!」
「あ! 待ってよ!」
 シャルムがアリエッタと一緒に駆け出し、アリサが慌てて追いかける。ウインディはガキ、と、溜息。
(へえ、結構良い所だな)
 ポロンは、思った。
 JAPAN風の、なかなか良い佇まいだ。ただ、王室で育った自分には余り肌が合わないかもしれない。でも、フィアは物珍しそうにしているし、エレーンやライラも結構気に入ったようだ。キャロットやウインディもわくわくしているのが分かる。
「こういうのも、たまにはいいね」
 ライラが言う。
「JAPANってのも、変わった感じで面白いよね。女将、これは誰が始めたの?」
「前代のリーザス王……今は、もうご引退をなさったようですが、その方が、JAPANを制圧した時に、その文化を流通させて……それ以来の創業ですわ」
「へえ」
 ライラが、感心する。そこに、フィアは、訊いた。
「前代のリーザス王って?」
「フィアは知らないのかい。有名な方だよ。わずかな期間で全国統一をして……魔人すら大人しくさせた、伝説的な人物よ」
 フィアが、ほお、と、感嘆の溜息を吐く。
「まあ……今も、その名残でリーザス高官の方々に贔屓になさっていただくので、この宿も成っているのですが……」
「リーザス王に感謝しなければいけませんね」
 エレーンが、クスクス笑う。
そこに、突然怒鳴り声が聞こえる。
「なんだ、この宿は!? この、スーパーヒーローの俺様を、こんなみすぼらしいボロ屋に置いておくなんて、何たることだ!!  これでは、宿代は払えんな!」
「そんなことを言われても……この部屋は当旅館最高級のもので……」
「最高級が聞いて呆れる。こんな部屋しかないとは! この繊細な俺様が、細菌で病気にでもなってしまったらどう責任を取るつもりだ!」
「もっ! 申し訳ありません!」
「申し訳ないだと……なら、体で払ってもらおう!」
「ああっ! お許しをっ!」
 ボガッ! ガスッ!
 呆然とする、ポロン一同。
 エレーンが、たじたじと聞いた。
「あ、あの……今のは?」
「あ、ええ……昨日から泊まりに来ているお客様なのですが……お世辞にも、柄の良い客とはいえなくて……」
 女将は、ふう、と落胆の色を見せ、
「3人連れのお客様なのですがね。いかにも、悪人面の戦士と、やけにみすぼらしい格好の魔法使い。それと、変なのが一人。そろいもそろって……」
「……大変みたいですね」
 エレーンは、それ以上突っ込めなかった。

 ●〜〜〜●

『おおっ!』
 アリサとシャルムは驚きの声を上げた。
 広い和室には、テーブルとみかんが有り、風通しの良い障子に区切られ、窓から外が見晴らしよく見える。
 物珍しさも手伝ってか、一同はうきうきと浮かれた。
「わーい、ぶるじょわ! ぶるじょわ!」
 全然使い方が間違ってるが、アリエッタがそう言い和室に寝そべった。キャロットはというと、窓辺に立ち、外の空気を浴びている。
 ポロンが聞いた。
「部屋わけは、どうしようか?」
「あたしたちはこっちの部屋!」
「さんせー!」
 アリサが、シャルムと一緒になって答える。ウインディも「こっちにするわ」と、言う。
「それじゃあ、あたし達はポロンくんと一緒にするわ」
「ええっ!」
 エレーンの一言に、ポロンは顔を真っ赤に染めた。エレーンは横目で、
「おねーさんが、優しくしてあげるから」
 と、ウインク。ポロンは、さらに真っ赤になった。
「エレーン! ポロンくんをとっちゃだめぇ! アリエッタもポロンくんと一緒!」
「わかったよ。アリエッタもポロンと一緒だよ」
 ライラが、アリエッタの頭を優しくなぜた。ポロンは、フィアのほうを向き、
「フィアは?」
「あ……あたしは……」
 と、ポロンと同じように赤くなる。
 そこを、ガッと、シャルムに羽交い締めにされ、
「ダークホースはこっちだよ」
「え? え?」
 連れて行かれる。
 アリサが、扉のところに来てにっこり笑うと、
「それじゃあ、後でお風呂でね」
 障子扉を、バシャン、と閉めた。
 ポロンが、訊く。
「あの? ダークホースって?」
「鈍感」
 エレーンは、そう言い顔をしかめた。

 ●〜〜〜●

「へえ。露天風呂か」
 ポロンが、一人で感嘆する。
 チャポン。
 肩まで風呂につかり、のんびりとくつろぐ。
「……温泉じゃないのか。でも、こういう異国の文化をめざとく発掘して、自国に持ってくるなんて、リーザス王っていうのもよっぽど御聡明な方だったんだな。僕も、パランチョの国王になるんだから、見習わないとな」
 知らないのは、恐ろしいことである。
 そこに、再び怒鳴り声が聞こえる。
「温泉じゃない? この俺様が、わざわざ脚を運び、貴様らのようなゲスの作った風呂に入ってやろうというのに、それが温泉では無いだと。貴様、この聡明な俺様をそんな薄汚い湯に入れようとしたのか。恥を知れ!」
「すっ! すいません!」
「黙れっ! 許さんっ! 俺が叩き斬ってやる!」
「ランス様っ! やめてくださいっ!」
 ポロンが、顔をしかめる。
(さっきの、柄の悪い客だ……やだな。リーザス王の爪の垢でも煎じて、飲ませてやりたいや……)
 繰り返すが、知らないということは、本当に恐ろしいことである。

 一方、女湯。
 キャロットが浴場で体を洗っていると。
 にゅふふんっ!
「ひあっ!」
 形の良いおっぱいを後ろから伸びてきた手に揉まれて、声を上げる。慌てて後ろを振り返ると、
「シャルム!」
「いひひっ」
 にやりと、シャルム。キャロットは顔を赤らめて怒る。
「もうっ! 悪ふざけはやめてよね」
 しかし、シャルムは、ふふふん、と笑うと、
「キャロット。またあんた、胸大きくなったわねん」
「っ! なんで分かったの?」
「だって……揉み応えが、前とは違うんだもん。うぬぬ。ぬしもなかなか見ものじゃのう」
「シャルム! やめてよっ! やめてってばっ……あんっ!」
 むにゅん! むにゅにゅん!
 調子に乗って、シャルムがキャロットの胸を更に揉みぐさる。
 そんな、ハーレムビーチのような光景を、横目で恨めしそうに見る人影があった。
 ……ウインディである。
 ウインディは、プイ、とシャルムとキャロットからそっぽを向くと、誰にも聞こえない、小さな声で呟いた。
「何さ……あたしだって……」
 ぶるるんっ!
 その目が、見開かれる。
 そこには、湯船の中で、一糸纏わぬ姿でけだるそうに立ち尽くすでっかいおっぱいに、ライラがくっ付いてた。
「……ん?」
 ライラが、ウインディの視線に気付き、振り返る。でっかいおっぱいが、ウインディを睨む。ウインディはおっぱいに気圧され、
「なっ! なんでもないわよ!」
 と、一言。
「そう」
 と言うと、でっかいおっぱいは去っていった。
(なっ! 何よっ! まだっ! まだ、アリサとフィアがいるじゃない! えっ……エレーンだって、あんなスタイルして、貧乳だったり……するんだからっ!)
「最近、肩凝るわねー」
「エレーンさん。胸、大きいですねー」
 ズガシン!
 エレーンは、うーん、とけのびをすると、
「やっぱり、重いと肩凝るのかしら……フィアはいいわね。胸、大きくなくて」
「これでも、結構大きいんですよ。ほら」
 むにむに。
「あら、本当」
(何よ新顔! 『なにが、これでもウインディさんのような胸なしとは違って、こんなに巨大なおっぱいが二つ、ぶるんぶるん話してるんですよ。ほら』よ!)
 誰もそんなことは言って無いが、ウインディの耳には、そう届いたようだ。
(ふんっ! まだ……最後の一人が残ってるじゃない……)
 と、ほくそえむウインディ。
 その、最後の一人がやってくる。その最後の一人は、「二人とも、胸の形、いいよねー」とか言いながら、会話に混じる。
(ふっ、アリサ。あんたのような胸なしとは違って、あたしにはちゃんと二つの大きなものがあるんだからね)
 物凄くレベルの低い相対評価だが、ウインディは十分満足だった。
「アリサ……あんたも、成長しないわね……」
 と、呆れるエレーン。アリサは怒って……はいなく、逆に得意げに微笑んで、
「ふふーん。そんなことないよ。最近、少し大きくなったんだから」
「そういえば……少し、成長したかもね……」
「ウインディなんかは、もう越したかもよ」
 ドガガンバッコンズガガガガガンッ!!!
 ウインディは、いろいろなものがいっぺんにすごい風になって、もうどうにでもなれっていう感じだった。
(あ……アリエッタにしか勝ってない……)
 よろよろと立ち上がる、ウインディ。
 そこに、浴場で体を洗っていたキャロットが声をかける。
「ど……どうしたの? ウインディ」
 心配されるほど弱っているのか、ウインディは、横目でキャロットに振り返ると、
「あたし……調子悪いから、上がるね……」
「だ……大丈夫?」
「ふふ……まあ、ヘルマン王宮で暴れられるぐらいには大丈夫かな……」
 全然大丈夫じゃない感じに、ウインディはよろよろと去っていった。

 そして、浴衣に着替えて涙目になりながら、風呂上りの牛乳を三本ほど飲み干した。

 ●〜〜〜●

『いっただきまーす!』
 浴衣姿の一同は、一斉に食事に手をつけた。
 風呂上りに案内された食事の間は、結構広い広間で、ポロンたちが優遇されているということだ。大広間ほどではないが、大体、九人がくつろげるほどの和室造りで、きらびやかに光り輝くJAPAN料理は一同の心を躍らせるものだった。
 そうなれば、自然と食事に手が進むのは当然だった。
「女将さん! ご飯おかわりね!」
 シャルムが、図々しく言う。女将さんは、はいはい、とシャルムに二杯目を盛った。
(……この、食欲が胸を大きくする秘訣なのかも知れないわ!)
 明らかに頭の使い方を間違えているウインディ。しかし、一同の中に、ウインディのぎらついた視線を気にするものはいなかった。
「おいしいわ。この生魚の造り」
 エレーンが、言う。
「女将さん、この料理はなんていうんですか?」
「ええ。これはJAPANに伝わる料理で、『サシミ』と言うんです。新鮮な魚で無いと、この料理はできないんですよ」
「へえ」
「なるほど。これは、おいしいわ」
 ライラがほめる。
 アリエッタはエレーンの言った『サシミ』を、ポロンの口に運び、
「ポロンくん。あーん」
「あーん」
 ポロンは、アリエッタの取ってくれた『サシミ』を、口に運ぶ。すると、女将さんが慌てて、
「あら。それは、この『ショウユ』をつけてめしあがるんですよ」
「あ。そうなんですか」
 ポロンが赤面する。そして、疑問に思っていたことを女将に聞いた。
「そういえば……ここって、温泉じゃないんですね」
「あ……ええ……」
 女将が、申し訳なさそうに答える。
「温泉はJAPANなどの活火山の多い場所でなければ、湧かないんです。本当なら皆様方に、天然の温泉を堪能していただきたいのですが……」
「しょうがないですよ。あたし達も、こうしておいしいものをご馳走してもらっているのに、無理は言えないですから」
 と、ライラがフォロー。女将は、
「申し訳ありません。形だけはきちんと整えてもらったのに、これでは前リーザス王に申し訳ないですわ」
 と、謝った。
「そういえば……」
 女将が、漏らす。ポロンは、訊く。
「そういえば……なんです?」
「いえ……この近くに天然温泉の源泉があると言われているんです」

 ピクッ。

 ウインディが、聞き耳を立てる。
「天然温泉?」
 ポロンが訊いた。
「ええ。噂ですけど。この近くに天然の温泉源があり、その湯を浴びると美人端麗、永遠の若さが手に入り、その上、どんな醜悪な姿態でも『美しいプロポーション』になれると、噂なんです」
(なっ! なんですってぇぇぇぇぇ!!!)
 ウインディが、胸中で叫ぶ。しかも、ガッツポーズ。
(ど、何処にあるのよ!)
「へえ。天然の温泉源かぁ」
 ポロンが、のんきに言う。ウインディは、胸中でポロンに囁き掛ける。
(何処にあるか訊きなさいよ!)
「そんなのがあるなら、行ってみたいなぁ……」
 それでも、のんきなポロンくん。女将はにっこり微笑むと、
「ええ。そのようなものがあるのなら、こちらでも是非、名物にしたいところですわ」
(いいから、何処にあるか言いなさいってば! ヒントだけでも! プリーズッ!)
「そんな名物が、見つかればいいですね」
「ええ。本当ですわ」
(早く言えっ! 早く言えっ!)
 しかし、そんな囁きも空しく、女将はすくっと立ち上がると、
「それでは、隣様のもてなしありますので……失礼します」
「あ、引き止めちゃってすいません」
 行ってしまう。
(ああ! 待ってお願い! プリーズッ!)
 しかし、ウインディの願いも空しく、女将が戻ってくることはなかった。
(……あう)
 肩を落とす、ウインディ。
 それすらも、一同の気にならないところにあった。
 ……いや。
 一つだけ、ウインディのそんな様子を気にかける姿があった。
「どうしたのかしら? ウインディ……」
 キャロットである。
 さっきから見ていたのだが、今日のウインディに元気か無いを気になっていたのだ。
(どうしたんだろう。いつもは、真っ先にはしゃぐ癖に……)
 キャロットには、ウインディの元気の無い理由が分からなかった。
 ……まあ、胸のある奴には分からない悩みではあった。
「しかし……女将も大変だね。あたしらだけじゃなく、余所の客までもてなさなきゃいけないなんて」
 ライラが言う。
「まあ、それぐらい出来なきゃ、女将としてやっていけないんだろうけどさ」
「ええ。やっぱり苦労も多いんじゃないかしら。あの歳で旅館を切り盛りするなんて相当の苦労を荷負わなければやっていけないわ」
「ポロンくんの女将さんになる人はだれだにょ?」

 ピキン。

 アリエッタの何気ない、というかまるで何も考えて無い一言に、一同が固まった。
 エレーンが笑う。
「やーねぇ。アリエッタ。そんな冗談言っちゃって……」
「確かに……そろそろ、決めなきゃいけない問題かもね……」

 ピキン。

 ライラの一言。下手をすれば、血で血を洗う紛争になりかねない。
「……あのー。みんな……なんで、箸が止まってるの?」
 事件の当事者、問題の起点、提示された議題の題目は、みんなの顔色を窺いながら、聞いた。
 と、隣から。
「ガハハハハハハハハッ!!! 酒だっ! 酒をもってこい! とびっきり上等な奴だ!」
 笑い声が聞こえる。
 もう、助かったんだか、なんだか。
 救いの主(?)は、大きな声で暫く笑うと、
「女だ! 女もだっ! とびっきり上等な女だ! ブスは却下だぞ! 芸者だ! 芸者をよこせ!」
「また、あの客か……」
 ライラが、うんざりしたように呟く。正体の知れない隣の客は、
「この歴史的超ヒーローである俺様が、お前らのような愚民の飯を食ってやっているんだ! それ相応の、歴史に残る、俺様の満足するような、スバラシーイもてなしをしろ! ガハハハハハハハハハハハッ!!!」
「……女将さんも迷惑だろうし、ちょっととっちめてくるわ」
「ライラ、そういう客は放っておいたほうがいいわよ」
「そう」
 エレーンに言われ、ライラは上げた腰を下ろす。
 しかし、そのうち。
「おい! お前は良い女じゃないか! 合格だ! ちょっとこっちへ来い!」
「あ! ちょっと、お客さん!」
「なんだ。この俺様が優しくしてやると言っているんだ。遠慮せずに受け取っておけ」
「困ります……あ……ああん……」
「……まったく!」
 ライラが、いい加減に怒りだす。今度は、エレーンも止めなかった。
 しかし。
「ランス様! 職場の人に手を出しては……」
「何っ! シィル! 奴隷である分際で、このスーパー偉大なる俺様に命令するというのか!」
「いえ……決してそういうわけでは……すいません、ランス様っ!」
「来いっ! この俺様がお仕置きしてやるっ!」
「あっ……ああんっ……ランス様ぁ……」
 ライラが固まる。エレーンも固まる。ポロンも、アリサも、シャルムも、キャロットも、ウインディも、フィアも、みんな固まった。
 固まっていないのは、意味のわかっていないアリエッタ一人であった。
「あ! ああんっ! あああんっ!」
「ご主人様ーっ! あてなも混ぜて欲しいれすぅ!!」
「駄目だっ! 今はシィルの番だっ! お前は、大人しく待っていろっ!」
「ううっ……残念れす……」
「……そうだっ! 女体盛りだっ! 女体盛りが足りなかったんだっ! 女将っ! 女体盛りだっ! 女体盛りが食べたいぞっ!」
「すいません……あいにく当店では、そのような品は……」
「なにっ! 高級旅館だというのに、女体盛りの一つも置いてないのか! うぬぬぅ! これは、俺様が直々に接客の仕方というものを伝授しなければならぬようだな!!」
「えっ! ああっ! ああっ!!」
「ランス様っ! 女将さんはっ! 女将さんは無実ですっ!」
「ガハハハハハッ! 今日もハイパー兵器は絶好調だっ!! おいっ! 女体盛りも忘れるなっ! 絶対だぞっ!」
「あっ! あああんっ! ああんっ! ああああんっ! あっ! うんっ!」
「ああっ! ランス様っ!」
「あてなも混ぜるれすぅ!」
『……』

 一同は、暫く沈黙した後……

 そろって、食事を取るのをやめた。

 ●〜〜〜●

 と、まあ色々実の深い一日ではあったが……

 夜は更け。
 一同が、寝静まり辺りは静寂に包まれていた。
 布団が並べられ、横になる一同。そこに、すくりと一つの影が起き上がる。
 ウインディである。
 ウインディは、寝静まっているのを確認するとすっと立ち上がり、近くにいたアリサの顔を見た。
 そして、そのほっぺたをびょーんとひっぱる。
「うふふっ……シャルムやめてよぉ……うふふっ……」
 思いっきり寝ぼけた口調でそう言うので、ウインディは安心した。次に、シャルムの傍により……顔面を思いっきり踏みつける!
 バキィ!
 鼻血がだらーとでるが、やっぱり起きる気配は無い。そして、キャロットのほうに視線を移した。
(キャロットは寝つきがいいから、心配いらないわね……フィアは……知らん)
 そして、壁に耳をつけ、
(隣も寝静まっているようね……よし!)
 ウインディはそれを確認すると、ガサゴソと着替え始めた。
(準備オッケー!)
 いつもの黒い法衣に着替えたウインディは、バスタオルと入浴器具一式の入った袋を取ると、静かに障子戸をあけ、表に出て行く。
「グッナイ……」
 そう呟いたウインディは、静かに扉を閉めると、そろそろと出かけて行った。
(……ん?)
 ピンクの髪が揺れる。
 キャロットは、ウインディの姿が無いのに気付いた。

「この山を登るのね!」
 ウインディは、山の先を見上げる。
 リーザスとヘルマンを阻む山脈は険しく、こんな夜更けに登ろうとする奴もいない。はっきり言って自殺行為である。
 勿論、ウインディがそれに気がつかないはずもないが、それでも登ろうとするほど、ウインディの決意は固かった。
「ふん。望むところよ。山は、高ければ高いほど登りたくなるものなのよ」
 ウインディは、そんなことを言いながら一歩を踏み出した。

 暫く歩くと、道は森が茂ってきた。
(ふーん。この辺りって森になってるんだ)
 手持ちのリッチ近辺の地図と見比べ、感心しながら山道を歩いていると……
 ガサッ!
 何かの動く音がする。
(……獣? いえ。獣なら、もっと静かに歩くはず……と、なれば……)
 ウインディの予想通り……
 森の影から、四匹のうしばんばらが現れた。
 ウインディは、焦燥の顔立ちでにやりと笑う。
「なるほど……これが第一関門、神の与えもうた試練、って奴ね……」
 ウインディは、ばっとマントを翻すと。
「やってやろうじゃない!」

「ウインディ……何処いったんだろう……」
 森の山道を歩きながら、キャロットは心細そうに呟いた。

「氷の矢っ!」
 ザシュッ!
 問答無用でいきなり放った氷の矢は、一匹を貫く。
(先手必勝!)
 残る三匹のうしばんばらは、ウインディを囲むようにフォーメーションを組んだ。
 バシィッ!
「っ!」
 一匹が、右から棍棒を振りかざしてくる。ウインディは、慌てて前に飛んだ。そのまま、振り向き……
「氷の矢っ!」
 バシュッッ!!
 二匹目も倒す。
 獲物として狙った敵の思わぬ強さに、うしばんばらは戸惑う。
 しかし。
「氷の矢!」
 ドヒュッ!
 三匹目も倒れ、残る敵は一匹だった。
「魔法戦闘理論、一つ! 戦闘中は、決して気圧されないこと! それが敗因よ!」
 うしばんばらは、明らかに気後れしている。
 しかし、決意したのか……ウインディに飛び掛って来た。
 ウインディが、にやりと笑う。
 そして、手を振りかざし……
「白冷激っ!!」
 バシュゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!
 相手の足元から突き刺さるように現れた氷の柱は、最後の一匹のうしばんばらを貫いた。
「ふっふっふっ! おっぱいぼよよんっ! おっぱいぼよよんっ! お風呂があたしを待っているぅ!!」
 などと、即席の歌を歌いながら、ウインディは思わずスキップしたりするのだった。

 その、少し後。
「はあ……はあ……」
 息を荒げながら、森の獣道を歩くのは、キャロットだった。
「……ウインディったら……どこいっちゃったのよ……」
 と、そこで四つの影が横たわっているのに気付く。
「……うわ」
 死体なのに気付いて、おもわず声を上げる。
 それは、さっきウインディが倒したうしばんばらだった。
「これ……ウインディがやったんだ……」
 全て、氷系の呪文で倒されているのに気付き、キャロットは確信する。
「もう、ウインディ……なにやってんのよ……」

 ●〜〜〜●

 青い髪が、夜の藍に照らされる。
 ウインディが山道をとことこと歩いていると。
「……またぁ?」
 うんざりしたように呟く。
 そこには、四匹のヤンキーが現れた。
 ヤンキーたちは、威嚇するようにウインディを睨む。ウインディは、一つ溜息を吐くと、
「……ったく。時間が無いから、ちゃっちゃとやるわよ……特別アレンジバージョン、氷の矢『Windows95』っ!!」
 バヒュゥゥゥッ!!!
 ウインディの手から、氷の矢が飛び出す。その魔術に警戒するヤンキーたち。
 しかし、ウインディの放った氷の矢は、のそのそと、ゆっくりと、まるでどこぞのOSの起動スピードのような遅さで、ふわふわ飛んでいくのだった。
 それを危険に感じたヤンキーたちは、一箇所に固まり、徒党を組む。
 だが、それがウインディの狙いだった。
「かかったわね……チェイヤーッッッ!!! 白冷激っ!!!」
 ザシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!
 一箇所に固まったヤンキーたちを、白い冷気の柱がものの見事に貫いた。
「……ったく。無駄な力を使っちゃったわ。温泉ッ! 温泉ッ! お肌つやつやっ! お顔つるつるっ! おっぱいぼよーん! ぽよぽよーん!」
 人には絶対聞かせられないような恥ずかしい歌を歌いながら、ウインディは山道を登っていった。

 とっとっと、と歩く、ピンクの髪。
 と、スタッと、足を止める。
 そこにあったのは、四つのヤンキーの死体だった。
(ウインディがやったんだ……こんなえぐいこと、ウインディがやったとしか思えない……)
 何気に酷い言い草ながら、キャロットは確信めいたように頷き……足を早めた。

 ●〜〜〜●

 ウインディが、とことこ歩く。
 瞬間。
 バッ!
 地面が裂ける。
 そこから現れたのは、地面にもぐりびっくりばこのように現れて人を襲うモンスター、キュートQだった。
「っ! コイツはちょっと厄介ね……」
 ウインディの呟きももっともだった。
 キュートQは、体力と魔法防御力が桁外れに大きいモンスターである。……さすがに、ハニーほどでは無いが。
 正直、普通の魔法じゃ、効きそうに無い。
(さて……どうするか……)
 そんなことを考えていると……
 ばんっ!
 ウインディに、長い舌が襲い掛かる。咄嗟に避けるウインディだが。
「あー! きたなーい!」
 唾液が、服に少し着く。ウインディは、こめかみに青筋を浮かべ、
「あー! ドイツもコイツも、人の旅路を邪魔して! もう怒ったわ! ようするに、普通の魔法じゃなければいいわけでしょ!」
 ウインディは、意識集中を始める。
 なむなむなむと、暫く呪文の詠唱をし。
 ……再び、キュートQの舌が、ウインディに襲い掛かった。
 瞬間、呪文詠唱が終わる。
「秘奥義! スノーレーザーッッッ!!!」
 バシュゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
 ウインディが生み出した吹雪の光線は、ウインディに襲い掛かったキュートQの舌ごと、キュートQを撃ち抜いた。
 純白の光線は、キュートQの口に命中し……
 ドォォォォンッ!!!
 キュートQを倒した。
 ふう、と息を吐くウインディ。トトッ、とちょっぴりふらつく。
「……ッ。さすがにちょっぴり疲れたわ。けどね……温泉の為には……負けるわけにはいかないのよぉっっっ!!!」
 負けん気をくだらない方向にぶつけて、ウインディの快進撃は続くのであった。

 ●〜〜〜●

『こちら。秘境の湯。効能。リウマチ。便秘。脂汗。人間不審。鬼畜。美肌。若返り。おっぱい』
 と、書いてある立て札。
 それを見たウインディは、ぶるぶると、体を震わせ。
「やったわ……ついに見つけたのよ! おっぱい温泉をっ!! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 もう既に、間違いすぎてはいるが、ウインディは、喜びをからだいっぱいに表現した。
 そして、自分の衣服に手をかけると……
 バッ!
 いきなり、バスタオル一丁の姿になり、駆け出した。
「おっふろっ! おっふろっ! びっはだっ! びっはだっ! おっぱいぼいーん! おっぱいぼいーん! すっちゃらっかすっちゃらっかぱんぱんぱん……あれ?」
 獣道を潜り、奥に入っていくが……
 そこにあったのは、それこそ鼠じゃなければ浸かれないぐらい小さな、温泉の源泉だった。
「えっ! えーっっ!! これだけっ?」
 ウインディは、思わず期待外れのそれに愕然とし、腰を落とした。
「……そんなぁ……期待してきたのにぃ……」
 落ち込みのあまり、うずくまるウインディ。
 ……すこし、うずくまった後、ふと気付いたように顔を上げ、
「……まてよ。こんな、小さな源泉でも、一応美肌効果はあるのよね……なら、お湯だけでも浴びれば、おっぱいぼいーんになれるかも」
 思い立ったが吉日、ウインディはその手を伸ばし……
「美肌……美肌……」
 目が座っている。
 ……と、そこへ。
 ひらひらぁぁぁぁん……
 一枚の葉っぱが、温泉の源泉に浸かる。
 すると、その瞬間。
 じゅわぁぁぁぁぁぁぁ!!!
 葉っぱは、蒸発し、跡形もなくなった。
「……マ、マグマ温泉?」
 ウインディは、再び、がくっと、肩を落とし、「こんなの、ないわ……」と、涙混じりに落ち込んだ。

 まあ、ことの事実はこうである。
 この温泉は、かつて、カミーラ達がリーザスとヘルマンの阻む山脈を根城とし、リーザスに襲い掛かった時、カミーラが自分の湯浴みのために使っていた湯、なのである。
 勿論、魔人でも熱いものは熱いので、ちゃんと冷ませて、それなりの処置を施し使っていたようなのだが、そんな方法、ウインディが分かるはずも無い。
 ウインディ以外にも、この温泉を見つけた人間は居たのだが、入った人間は死に、そうで無い人間は、呆れて温泉の存在など、忘れた。
 そんなわけで、この湯は、幻の湯、秘境の湯として、果たして、伝説となった。

「……ふっ。こんな姿を皆に見られたら、あたしは一世一代の笑いものね。安っぽすぎて、笑いも出ないわ……」
 そんな言葉をもらす、ウインディだが……
 そこに。
 ガサッ!
 獣道を掻き分ける様に、一つの人影が現れる。
「……キャロット」
 その人影を見て、ウインディが呟く。キャロットは、ウインディを見て、
「ウインディ……事情は、なんとなく分かったよ……」
「そう……キャロットには、全部お見通しってわけだったのね……」
 自嘲気味に笑う。
 キャロットは、声を震わせ、
「ウインディ……なんで……なんでこんなことを……」
「ふっ、胸の大きなあんたにゃわかんないでしょうね。あたしの苦しみが……」
「苦しみ?」
「そうよ」
 キャロットの繰り返す言葉に、ウインディが頷く。
「スタートラインはみんな一緒。始めは、大きいも小さいもなかった……シャルムも、あんたも、アリサだって……始めは、みんな可愛いものよ……でもっ!」
 そこで、声を大きくする。
「でもっ! みんな、大きくなってしまった! あたしをっ! あたしをなじるようにっ、大きくなってしまったっ!」
「……そんなことはっ……」
「あるのよっ!」
 ウインディが怒鳴る。キャロットは、気圧されたようにビクッとした。
「……最初は、自分を慰めたわ。小さい胸にも素敵だって……でも、すぐにそれが、自虐的な逃げ道だって気付いたのよ。シャルムが膨らみ、アリサが膨らみ……今、あたしが勝てるのはアリエッタぐらいしかいないじゃないっ!」
 ウインディの目から、涙がこぼれる。
「分かるっ! 分かんないでしょうね! 胸の大きなあんたには! 一体あたしが、ちっちゃい胸に、何を思ってたかなんて……ふっ。所詮あんたは、おっぱいぼよーんなんだから……」
「ウインディのバカッ!」
 びしっと、檄が飛ぶ。
 ウインディが顔を見上げると、そこには自分と同じように涙ぐむキャロットがいた。
「キャロット……」
「ウインディのバカッ! オオバカッ! おっぱいの大きい小さいなんて、いいじゃない……ロリキャラだってなじられたって、どうだっていいじゃない……」
「え……」
「おっぱいの大きいのが、全てじゃない……小さいおっぱいが好きな人だって、いっぱい居るじゃない……」
「……そんなこと……」
 キャロットは、スッ、とウインディに屈みこみ、にっこり笑いかける。
「愛や夢に……希望や未来に……おっぱいの大きい、ちっちゃいなんてない……だってウインディ……それが、あなたの、個性なんだよ……」
「……個性?」
「そ」
 と、キャロットが頷いた。
「知ってる? キャラクター人気、あたしよりウインディの方が高いって……ちっちゃいおっぱいだって、素敵だって誉めてくれる……そんな人が、貴方を見てるの……そこに、貴方は居るんだから……」
「キャロット……」
 ウインディは、涙を拭くと、吹っ切れたように俯き加減に笑い、
「そうよね。あたしが馬鹿だったわ……自分の魅力にも気付かず……ただ嫉妬だけで動いていたこと……キャロットに言われるまで気付かなかった……そんなこと、気付かなかった……あたし、なんて馬鹿だったんだろう……」
 なんで、こんなんで説得されているか分からないが、ウインディは生まれ変わったように立ち上がり、
「ごめんなさい、キャロ。これからはあたし、精一杯生きてみようと思う。胸が小さいくても、ちっちゃい胸をどんと張って、一生懸命生きていこうと思う……だって……それが、あたしの個性なんだから……」
「ウインディ……」
 明らかに、完結する方向を間違っているが、とりあえず丸く収まった。
 ウインディは、にっこり笑うと、
「帰ろ、キャロット」
「……うんっ!」
 キャロットも、最高の笑顔を、ウインディに送り返した。

 ●〜〜〜●

 ……朝日が差し込む頃。

 ウインディとキャロットは、旅館の廊下を静かに歩いていた。
「……みんなに、なんて言い訳しよう……」
「大丈夫!」
 キャロットがにっこり笑う。
「あたしが、ごまかしてあげるから」
「ありがとう、キャロット! (利用価値のある奴……)」
 素直にキャロットの純真な優しさを受け取りながらも、それでもどっかでそんなことを考えてしまうウインディ脳だったが、とりあえず素直に笑い返した。
 ……自室の扉の前に立つ。
「ただいまぁ! ……あれ?」
 呆気の表情のウインディにキャロットは訊いた。
「……どうしたの?」
「あ……うん。誰も居ない……」
「……嘘?」
 キャロットが、横から扉の中を除きこむ。
 そこには、アリサもシャルムも、フィアも、居なかった。
「……ホント」
 明らかに、荒らされた形跡のある部屋。キャロットが眉をしかめる。
「……隣の部屋も覗いてみようか」
 ウインディがそう言い、二人は隣の部屋に向かう。
 しかし、そこももぬけの殻……
 いや。
 そこに、ポツリと、小さな人影が一つあった。
「アリエッタ……」
 ウインディは、アリエッタに近づき、訊く。
 呆然と立ち尽くすアリエッタは、ウインディに気付いて振り向いた。
「アリエッタ。誰も居ないみたいだけど……何が遭ったの?」
「……うん」
 アリエッタは、一つ頷くと、答える。
「えとね……夜、寝てたらね……知らないお兄ちゃん達が、いきなり入ってきたの……暫く、ポロンくんたちと知らないお兄ちゃんが鬼ごっこしててね……ポロンくんたち、窓から逃げ出しちゃったの……」
「……強盗ッ?」
 キャロットの顔が青ざめる。
 ウインディは、アリエッタの肩を掴むと、訊いた。
「あんた……何もされなかったの?」
「ん」
 アリエッタは、浴衣の袖から小袋を取り出す。
「おかしもらったにょ」



 翌日、ウインディ達は、ポロン一行との再開を果たすが、ポロンたちは一向に何が起きたか、語ろうとはしなかった。
 ただ、一同が全員、魔人にでも追われたような焦燥を浮かべていたことは事実である。



 余談だが、ポロンたちの泊まった旅館は、謎の冒険者一向に、一週間ほど食いつぶされ……潰れた。