静かな小雨が、しんしんと降り続いている。 しかし、雫は深い森の傘に阻まれ、地面まで届かない。 けれども、地面は湿地でじめじめと濡れ、お世辞にも居心地の良い空間とはいえなかった。 そんな暗い森の中、旅の床を取る冒険者の一行が居た。 ●〜〜〜● 「なんか、変なところだね……」 アリサは、煎餅を一口食べる。 おやつ代わりに持ってきたものだが、はるか東の小国であるジャパンの伝統的な茶菓子と言われている。 紅茶にはあわなそうだが。 「で、ポロンくん。ここはどこなの」 「あ、うん」 声をかけてくるアリサに、ポロンは返事を返す。 「えーと、地図の通り行くとそろそろレッドの街あたりに着くはずなんだけど」 「でも、やけに薄気味悪いところなんだけど……」 「うーん、地図が間違ってるのかな」 ポロンは、そう言いながら地図と格闘を続ける。 そんな中、それぞれの取る行動など勝手なものだ。 ライラは黙々とバスターソードの手入れをしている。 やはり剣士にとって剣は命である。 エレーンは読みかけの小説を読んでいた。 アリサとシャルムは煎餅をむさぼっている。 アリエッタなど、初めのうちはポロンの横でじぃっとしていた。 だが、今となってはキャロットやウインディを振り回し遊びほうけていたりする。 ポロンは、少しは手伝ってほしいと思いつつも、黙って再び地図に向き直った。 「ちょっと見せて」 エレーンがポロンに割り込んで地図を見る。 やはり、人の気持ちを察する点では一番大人だろうか。 ポロンは、エレーンが見やすいように地図を手渡した。 エレーンは、怪訝そうな表情をする。なんとなく悪い知らせの予感である。 「ちょっと、おかしくない」 「何が」 ポロンが、聞く。 「ポロンくん。この地図、どうやって見てたの」 「えーと。こうだけど……」 エレーンは、口篭もる。 「え、こうだよね」 ポロンは、周りを見渡す。その表情はあきれを通り越した何かがあった。 「あれ。もしかして、こう?」 ポロンは地図をひっくり返す。 一同は、コクリと頷いた。 ●〜〜〜● 「ポロンくんのばかー!」 「ばかー!」 怒った口調で言うアリサ、当然である。 なら、アリエッタがその口真似をすることも当然か。 どちらにしろ、ポロンは言い返せない。 溜息を吐くポロンを、キャロットが励ます。 「ポロンくん、落ち込まないで。あたしは気にしてないから」 「……キャロット」 「……他の人がどうかは知らないけど」 後ろを歩くシャルムや、アリサ、ウインディの怒り顔、それを見ると慰めにもならない。 キャロットはポロンを庇う。 「みんな、もう許してあげようよ。ポロン君も反省しているし」 『だってー!』 しかし、一向に不満の色は収まらない。 「ジャパンのお好み焼き食べたかったしー」 「リーザスのへんでろぱっておいしいらしいわよ」 「それを、ねぇ」 「もういいかげんにしなさい」 さすがに、これ以上見てられないのか、エレーンが止めに入る。 「分かったよー」 「エレーンが言うなら」 「ねぇ」 ようやく三人のブータレが収まった。 さすがに年長者というところか。 「で、今どの辺にいるんだい」 と、これはライラ。 「あ、うん。ウインディは分からない」 「うーん」 と、あごに手をやるウインディ。 考え込むときのポーズである。 「このあたりは盆地かしら、雲行きが常に悪いわね」 「それで?」 「あと、この気配は魔物も多いと思うわ」 「それから?」 「晩年を通して天候が芳しくなく、魔物の出現率の高い森といえば」 「はーい、ありえったわかったにょ」 アリエッタは手を上げる。 「エレーンの読んだ本に書いてあったにょ。魔の森だにょ」 「そうそう、魔の森」 手を叩くウインディ。 「……」 と、一同に静寂が訪れる。 「ポロン君、魔の森って……」 ジト目で見つめるエレーン。 「魔族領じゃなかったっけ」 うなずく一同。 しかし、それは残酷な肯定だった。 「はははは」 『はははは』 「きゃはははは」 最後のはアリエッタ、まるで状況を分かっていない。 『どーすんの!!!』 ●〜〜〜● しかたなしに、一向は野宿をすることに決まった。 この大陸のはずれ、人の足の届かない魔人領で下手に動くことは危険である。 とりあえず日も沈みかけていることだし、一晩休んでから行動を開始すると決まった。 しかし、若いといっても男のポロン。 七人の女性と一緒に寝るのは危険ではないか? そういう意見もあるだろう。 だが、残念ながらポロンに彼女達に夜這いをするような甲斐性は無い。 そういうわけでその晩。 保存食の干し肉を焼いただけの味気ない食事を終わらて。 キャロットの炎の矢で起こした焚き火でポロンは暖を取っていた。 まだ、この季節は冷えるのだろうか。 とりあえず、アリエッタは自分があやして眠らせた。 アリサやキャロット、ウインディ、シャルムもすでに夢の中である。 向かいでは、エレーンが地図とにらみ合っていた。 ライラは先ほどとは違う、小ぶりのダガーを磨いている。 「ここがどの辺か分かった?」 そう問いかけるポロンに、エレーンは首を縦に振る。 「うん。まあ、大体は分かったわよ。まったく、誰かさんのせいで飛んだ目にあっちゃったわね」 「……ごめん」 そこで、思わず笑い出すエレーン。 「ふふふ、ポロン君って本当に可愛いわね。素直で」 「からかわないでよ」 思わずむっとするポロン。 「ごめんごめん。でもそこらへんがみんなに好かれるところかもしれないわね」 「はあ」 ぎこちない返事のポロン。 横を見るとライラがすこしにやけている。 それが、なんとなく面白くない。 「それでね、一応見たんだけど。幸いなところまだ森の浅いところみたいね」 「そうなんだ。良かった」 「多分、この近くに小さな川があるはずだからその道なりに進むとゼスのほうに出られるはずね」 「それじゃ、明日には出発しよう」 「ええ、今日は早く寝たほうが良いわね。ライラは?」 ライラはダガーを磨くのをやめてエレーン達の方を向いた。 「あたしは徹夜で見張っているよ。この辺りは魔物も良く出るしね」 「そう、でも徹夜は毒よ。二時間ぐらい仮眠をとるからそしたら変わってね」 そこで、ポロンは口を挟む。 「あ、僕も見張りをします」 「そう、それじゃああたしの後にポロン君を起こすから。それでいい?」 「あ、はい」 「それじゃ、決まりね」 そう言うと、エレーンは寝袋にもぐり、すぐさま寝てしまった。 「ポロンくんも早く寝たほうがいいよ。四時間なんてあっという間だから」 そう言うライラに、ポロンはうなずいた。 ●〜〜〜● どれぐらい寝たのだろうか。 ポロンは目が覚めた。 横を見ると、自分と同じように寝袋にくるまって眠るライラ。 この距離で見ると以外に美女である…… いや、そんなことはいい。 起きあがるポロン。 アリエッタ、アリサ、キャロット、ウインディ、みんないる。 エレーンは? 周りを見渡す。 そこにはエレーンが木に寄りかかって眠っていた。 「しょうがないな」 ポロンは、自分の被っていた寝袋を広げ毛布にして、エレーンにかけてやった。 「エレーンはみんなの母親代わりで疲れているもんな」 母親のいないこの七人、その中でエレーンの勤めていた役割は彼女達の母であった。 しかし、エレーンの若さでみんなの面倒を見るのは大変だろう。 今日だって、疲れているというのにライラを心配して自分も見張りの役割を引き受けたのだ。 道を間違えたことの引け目を抜いても、とても責められない。 「仕方ないな、今日は僕が見張りをするか」 エレーンとは違う木に寄りかかり、見張りを開始しようとしたとき。 唄が聞こえた。 「ん?」 森に、静かなメロディーが流れた。 セイレーン? いや違う。 これは…… 「・・・・・・人の声」 ポロンは、声のする方向に走り出した。 ●〜〜〜● そこは、湖だった。 太陽のあたらないと言われている魔の森。 その中に立ったひとつ輝く幻想的な空間が、それだった。 その場所を月明かりが煌々と輝かせる。 ステージを照らすスポットライトのように。 そして、スポットライトに照らされるひとつの影。 それは、少女。 おそらく、年齢は自分と同じぐらいだろう。 顔立ちは少女。 髪はロングの緑色。 エメラルドのような輝きである。 そして。 何も纏っていない全裸。 美しい姿態は女神のそれであった。 そう、女神。 女神が目の前にいる。 ポロンの幻視だった。 そのとき、女神がこちらを向く。 『あ……』 しばしの沈黙、しかし次に発せられる言葉はわかりきっていた。 「きゃー、ちかーん!!!」 「で、誤解は解けたかな?」 「うん」 少女はうなずく。 もちろん、先ほどとは違う民族衣装のような服に着替えている。 「要するに、痴漢行為は故意ではなく、過失だったということだね」 「まあ、そうなんだけど」 そう言いながら頭をかくポロン。 そんな彼を少女はジト目で見つめる。 「でも、痴漢は痴漢だよね」 「うっ!」 何も言い返せなくなるポロン。 過失とはいい、痴漢は痴漢だ。 「ごめん!全部忘れるから」 手を合わせて謝るポロン、そんな彼を見て少女はくすくすと笑う。 「冗談だよ、許してあげる」 そう言い、少女はにっこりと笑った。 「本当?」 「本当」 「ありがとう」 ギュッ! 喜びのあまり思わず少女の手を取るポロン。 それに気づき、思わず少女は赤面してしまう。 「きゃ」 「あ……ごめん」 そして、沈黙。 なんとなく気まずくなってしまう。 「あ、うん。僕の名前はポロン。ぱらんちょっていう小さな国の王子なんだ」 「ぱらんちょ?」 口元に手を当て、考え込む少女。 知らなくて当然である。 地図にも載っていない小さな国だ。 「うん、自由都市の南のほうにあるんだ。知らない?」 「ごめん」 少女は謝った。 「でもすごいね。ポロン君って王子さまなんだ」 「うん、でも小さな国だけどね」 照れながら頭をかくポロン。 そんなポロンに少女は顔を近づけて言う。 「それじゃあ、ポロン君のお嫁さんになったら玉の輿だ」 にっこり笑う少女。 アリエッタなんかが聞いたら、「ポロン君のお嫁さんはアリエッタにょ」なんて言って暴れ出しそうだ。 「そういえば、あたしの名前を言ってなかったね」 少女は再び口元に手をやり、意地悪そうに微笑む。 「聞きたい?」 「聞きたい」 正直に答えるポロン。 少女は満足げに微笑んだ。 「よろしい、素直なポロン君に免じて教えてしんぜましょう。あたしの名前は……」 月明かりに湖が光る。 少女の出会いを歓迎しているかのように。 「あたしの名前は、フィア」 それは、一夜の幻のようだった。 ●〜〜〜● 夜があける。 ポロンは、朝日を見ながら眠い目をこする。 すると、エレーンが謝ってきた。 「ごめんなさい、ポロン君。途中で寝ちゃったりして。貸しができちゃったわね」 「いや、いいよ。エレーンも疲れているんだし」 「そう……とにかく、今日はごめん。何かで埋め合わせするから」 そういい、手を合わせて謝る。 そして、エレーンは、振り向きざまにもう一度軽く謝ると、他の子達を起こしはじめた。 昨日、あれから…… フィアとしばらく話をして、別れた。 おそらくは、二度と会うことはないだろう幻想の少女。 そんな彼女をなぜかポロンは忘れることができなかった。 あまりに印象深かったせいか。 暗い魔の森に輝く泉の少女が。 「ポロン君、はにょ〜ん!」 ふと我に返る。 目の前では、アリエッタがにこにこ笑いながら声をかけてきた。 「あ、おはよー」 「どうしたにょ? まだ眠いにょ?」 ポロンが徹夜していたことに知らないアリエッタは、まだポロンが寝ぼけていると思いこんで心配した。 「ううん、大丈夫」 「ならいいにょ、ポロン君。顔洗いに行くにょ」 「顔を洗いにって……」 昨日の泉の場所はもう覚えていない。 森で下手に歩いてしまうことは迷子につながる。 どこに洗いに行くつもりだろうか。 「アリエッタ、実は小さな川を見つけたにょ」 「え?」 「本当に? アリエッタ」 会話に割り込んでくるエレーン。 アリエッタはエレーンに向かってコクリとうなずいた。 『……』 顔を見合わせるポロンとエレーン。 「……棚から」 「ぼたもち、だね」 陽気にはしゃぐ、アリエッタ。 そんな彼女になんとなく頭のあがらない二人だった。 ●〜〜〜● と、いうわけで。 朝食を取り終えると一行は出発した。 それから、しばらく経って昼時。 相変わらず、魔の森の天気は悪い。 だが、ポロンの所持している時計のおかげで大体の時間はわかった。 「あと、どれぐらいで到着するだろうね?」 ポロンはエレーンに聞いてみる。 「うーん、今日中に森は抜けられるかもね」 「そしたら、ゼスね。ゼスに行けば町がある!」 「街があれば、飯が食える!」 「事をとったら、宿屋で眠る!」 『やったー!!!』 はしゃぐ、ウインディにアリサ、シャルムの三人。 そんな彼女らにエレーンは呆れ顔である。 「あんた達、食べることと寝ること意外に何かやることはないの?」 「だってー」 しょぼくれるアリサ。 「まあ、とりあえず今日中にこの暗い森とはおさらばできるんだね。それならいいよ」 「こんな暗いところにいると、お肌があれちゃうじゃない」 「まったく、困った子達ね」 ため息をつくエレーン。 そんな彼女にポロンは母親の面影を見た。 すると、先頭を歩いていたライラが足を止める。 一緒になって歩いていたキャロットも立ち止まった。 「どうしたの、ライラ……もしかして」 恐る恐る聞くキャロット。 ライラは渋そうな顔をして頷く。 「ああ、ご名答。モンスターだよ」 それは、うしばんばら、マジスコ、それに女殺しだった。 うしばんばらやマジスコはライラ達に任せるとする。 しかし、女殺しは自分が引き受けなくてはならない。 女殺しにはかつてぱにょ〜んだった頃の苦い思い出がある。 だが、今は人間の姿である。 勝負すれば負けないだろう。 ポロンは拳を構え、身構える。 みんなも、それぞれ構えをした。 まずは、うしばんばらの数匹が先頭を切って襲いかかってきた。 おそらくはそれだけで十数匹はいるだろう。 しかし、近づいてきたうしばんばらは、ライナの一刀、シャルムの鉄拳によって倒された。 そこにマジスコの火の玉が飛ぶ。 その数は、軽く数十発。 『マジックバリア!』 しかし、それもキャロットとウインディの魔法によってさえぎられる。 「まったく、名前も名乗らず失礼なやつらだね」 毒づくライラ。 そして、シャルムとアリサに向かって指示を出した。 「二人とも、あたしが合図したら行くよ」 「オッケー!」 「分かった」 キャロットが会話に割り込む。 「それじゃあ、あたしとウインディは援護をするね」 「任せたよ」 ライラが駆ける。 そのまま、マジスコの一匹に斬りかかった。 ザッ! さすがに女の子モンスターを倒すのは抵抗がある。 軽く斬りつけるだけでマジスコは気絶した。 先陣をきるライラに続いて、シャルムとアリサも駆け出した。 バキィィィン! アリサの魔法のステッキが、マジスコの一人に命中。 またしてもマジスコは意識を失い戦闘から離脱する。 だが。 別のマジスコ達が炎の玉を発した。 「マジックバリア!」 光の壁が炎を防ぐ。 ぎりぎりで間に合ったキャロットのマジックバリアは、マジスコの炎の玉を消滅させた。 アリサが手を振る。 「ありがとー、キャロット」 キャロットは、それににっこり答えた。 ウインディの呪文が炸裂した。 「氷の矢!」 飛び交う凍りし刃。 うしばんばら達はその刃に貫かれ、永遠の眠りにつく。 続いて、ライラのバスターソードが華麗に舞った。 そこには、先ほどの魔物どもの同胞が転がっていた。 「あと、何匹いるの?」 その言葉と同時にさらに一閃。 うしバンバラの躯がまた一つ。 一方、シャルムは。 炎の玉からかわしながら応戦。 隙あらば急所をピンポイントで的中した攻撃を放つ。 疾風のような連撃で、マジスコのほとんどはすでに意識を失っていた。 そして。 ガシィィィン! アリサは、最後の一匹をステッキで叩き伏せる。 「これで、大方は片付いたみたいだね!」 「ああ」 アリサが出したブイサインに、シャルムは笑顔で答えた。 しかし、問題は、女殺しである。 一見、プリティな姿。 だが、その実態は女をだまし殺してしまう正真正銘のモンスターだ。 かつては、ぱにょんだったため戦闘能力は皆無だった。 けれども、今ならまともな勝負はできるはず。 「行くぞ!」 ポロンは、拳を振りかぶる。 正拳突きの二連撃から、左ハイキック。 しかし、女殺しは咄嗟に空中に飛び、ポロンの攻撃をかわした。 「くっ」 苦い顔をするポロン。 その姿に女殺しはいやらしい笑みを浮かべた。 「あんたが死んだら、他の女どももみんな御陀仏にしてやるっしゅ。だから安心するっしゅ、キキキッ」 その言葉に、ポロンの怒りが沸く。 「そんなことはさせないっ!」 女殺しが包丁をきらめかせる。 ポロンは刃の一撃をかわし、そのまま掌底を放つ。 気の一撃が、女殺しを突き抜けた。 「ぎゃぁぁぁぁしゅっ!!」 女殺しは、いやらしい声をあげながら絶命した。 ポロンは、再び拳を構える。 すでに、周りは女殺しの群れに囲まれていた。 ライラは、一刀を振るう。 袈裟に一断ち。 最後のうしバンバラが絶命した。 それと同時に、ポロンも最後の女殺しを倒す。 それと共に、戦いは終わった。 「やったね」 「やったねー」 喜び、飛び跳ねるアリサ。 アリエッタもまねをしジャンプした。 「ライラ、これで全部だね」 「はい」 「そうみたいだよ」 シャルムとポロンがうなずく。 「結構手間取ったわね、ここで休憩にしましょう」 「こんな死体だらけな所で休憩なんて嫌だよ」 エレーンの提案に反対するキャロット。 「分かってるわよ、もう少し歩いて休める場所を探しましょ」 「あるくにょ!」 そう言い、手を振り合図を出す。 だが。 「貴方達、何ゆえこの領土を荒らすのですか?」 そこに、陽炎のような人影が現れた。 それは、ポロンが昨日あった女性と同じ緑の髪。 そして、上級魔族のローブを纏っている。 その女性は、一同の前に静かに立ち尽くした。 ●〜〜〜● 「ここは魔人領です。それを知ってこのような狼藉を行うのでしょうか?」 その女性は周りを見渡す。 そこには、先ほどの戦闘で倒した魔物達が転がっていた。 「我々は、確かに人間に対する不干渉を行いました。しかし、それはあくまで人間を一つの個として認めたことから来るもの。同等の立場から言わせてもらえば、あなた方の魔族への不干渉があって初めて、我々もあなた方への干渉を止めるということです。だが、あなた方は、我々との約束を破り魔族領に足を踏み入れました。これは、下手をすると条約の撤回にもつながるのですよ」 女は、冷たい声で淡々と告げた。 「違うんです。僕達は偶然に迷い込んでしまっただけで……」 ポロンは謝る。 しかし、その言葉すら女性の前では消えてしまいそうな声であった。 「そうですか。しかしだからといって、これだけの魔族をほおむったあなた方をほおっておけません」 そう言い、女は掌を掲げた。 「魔王の城での審判の為。あなた方には眠ってもらいましょう」 その掌から、強力な魔法弾が飛び出した。 その魔法弾は、威力を弱めていたもの。 だが、あたれば即死であろう。 それでも、威嚇のために放たれたものであった。 『きゃあああああ』 悲鳴がこだまする。 だが、怪我をしたということはないようだ。 「ちっ、やるしかないようだね」 ライラは呟き、そして。 駆ける。 おそらくは、並みの剣士では追いつかないだろう、神速だった。 上段からの一撃。 その剣は、確かに目の前の女性を斬り伏せるはずであった。 だが。 「我々魔人には、あなた方の持つ武器でのあらゆる攻撃が通じません」 女性は、平然と言った。 確かにライラの剣は命中した。 しかしそのバスターソードは彼女の腕一本で止められていた。 「くっ、魔人とはね……」 その顔に、一粒の汗が流れる。 「あっ!」 ウインディが、そこで気付いたように声をあげる。 「どうしたの、ウインディ」 横にいたキャロットが驚く。 ウインディの顔は蒼白になっていた。 「もしかして、あの人……」 緑の髪の女性は、その言葉を待つかのように黙っていた。 「二十四魔族の一体、魔王ガイの娘。ホーネット?」 女性は、ゆっくりとうなずいた。 「ちょっと、そんなのに勝てるわけないじゃない!」 アリサが、うろたえる。 「大体、普通の魔人でもやばいのに、魔王ガイの娘? 無理だよぉ」 狼狽する仲間達。 キャロットにいたっては、泣き顔である。 ポロンは、そんな中一人ホーネットの前に立った。 「ホーネット……さん。今回は、全面的に僕らが悪かったです。でも、魔物に襲われたことも含め、僕立ちの行為はすべて故意ではないと知ってもらいたいのです。どうにか、見逃してくれないでしょうか」 「だめです。あなた方には私についていく義務があります」 ホーネットの言葉は、冷たかった。 「もし、あなたについていったら、どうなるでしょう」 ホーネットは、苦い顔をする。 「とりあえず有罪は免れないでしょう。その後のことは、あなた方人間界における、魔物の立場を考えてください」 世間知らずなポロンにおいても、それは決して優遇される存在ではなかった。 冒険者や傭兵などの、レベル上げのための虐殺。 それに加え、女の子モンスターなどは女性などとは扱われず、公然と店頭での商売道具にされている。 それは、もはや家畜の扱いである。 おそらくは、自分はすぐに殺されるだろう。 それは納得のいかないにしても、運命だと割り切れば許容できるものもある。 だが、他の仲間たちは…… おそらくは、女性として絶えがたい辱めを受けるだろう。 それこそ、精神の崩壊するような。 「ホーネットさん」 「はい」 ポロンは、決意した。 「みんなをここまでつれてきたのは僕です。だから今回のことはすべて僕一人の原因です」 「貴方一人、責任を負うというのですね」 「はい」 みんなに、屈辱的な目にあってほしくない! それは、ポロンが思う最後のやさしさでもあった。 だが。 「そんなのだめにょ!」 その中で一番小さな影が飛び出し、大きな声で叫んだ。 アリエッタはホーネットにつかみかかると、パシパシと力のない手で殴りつづける。 「ポロン君一人を連れていっちゃダメにょっ!」 「アリエッタ……」 死を覚悟した決意。 それを止めてくれるアリエッタの存在。 それだけでポロンは満足だった。 しかし。 「そんなのは、認められないわね」 ウインディが強い口調で言った。 「ポロン君は、あたし達の仲間だもん」 キャロットも、笑顔を向ける。 「一人だけ、連れて行かせられないよ」 「ああ、どこに行くにしたってあたし達も一緒だよ」 アリサと、シャルムも言った。 「今朝のことも、清算しなきゃいけないしね」 「……仕方ないね」 エレーンに、ライラもそうだ。 「アリエッタは、ポロン君のお嫁さんになるんだにょ!」 ポロンに向かって泣きべそな顔を見せるアリエッタ。 「アリエッタ、みんな……」 うれしかった。 ここまで自分を思いやってくれる仲間の存在。 ポロンはあたたかい気持ちで満たされる。 そんな光景に、ホーネットも微笑みかけた。 「良い仲間を御持ちですね。……うらやましいぐらい」 しかし、それでもホーネットはポロンを連れて行かなくてはならない。 それは、ガイの娘であると同時に、この魔界を見守るものの使命。 「本当に、すいません。罪をなくすことはできないかもしれませんが、できる限り和らげることは……」 ホーネットは、申し訳なさそうな顔で言う。 しかし。 そこに、美しい旋律が流れた。 「……?」 周りを見渡すホーネット。 「あれ? この声……」 「歌じゃない?」 そう、それは歌。 夢見人が奏でる幻想の歌声。 それは、ポロンには聞き覚えのある声だった。 「……フィア」 ホーネットの背後。 そこには、ホーネットより薄い緑色の髪。 だが童顔で自分と同じぐらいの年頃の女の子がたっていた。 「フィア、どうしてここに?」 ポロンは尋ねる。 しかし、フィアはにっこり笑うだけだ。 「貴方はいったい……」 幻想的な少女、ホーネットは聞く。 フィアは、にっこりと言った。 「ポロン君を連れて行くの、あたしも反対」 「なら、力ずくで止めようと?」 しかし、フィアは首を横に振る。 「暴力は嫌い。だから話し合おうと思って」 かつての旧友のようにホーネットに話しかけるフィア。 どことなく懐かしさは感じるがそれでもホーネットはフィアを知らなかった。 ホーネットは毅然と告げる。 「これは、魔族の掟です。私の独断で破るわけにはいきません」 だが。 「それでも、破っちゃえば?」 フィアはとんでもないことをあっさり言う。 しかし、なぜかホーネットには心地よい響きであった。 「破っちゃえば……ですか」 うなずくフィア。 ホーネットはそんな彼女に笑みを返す。 「簡単に言ってくれますね。まるで……」 そこで、ホーネットの顔に驚愕が浮かぶ。 それは、明らかに何かを悟った顔であった。 「もしかして、貴方は……」 しかし、にっこりと笑うだけのフィア。 まるで、何も知らない子供のようだ。 「そうですか、仕方ないですね。ポロン、といいましたか?」 「はい」 ポロンは慌てて言葉を返す。 「今回は、彼女に免じて放免します。しかし、今後このようなことがあった場合は厳罰を下しますのでそのつもりで」 「許してくれるんですか?」 「はい」 『やったー!!!』 後ろで、女の子達が歓喜の声をあげる。 「良かったね、ポロン君」 「ほんとに」 「ほんとにー!!!」 ホーネットはそんな彼らの様子を見て、優しい笑顔を浮かべた。 「それでは、早くここを立ち去りなさい。もたもたすると、他の魔人が来てしまいますよ」 「はい」 ポロンは頷く、が。 そこで、すぐ傍の幻想的な少女に視線を向けた。 「フィアはどうするの?」 そこで、寂しそうな微笑をするフィア。 「私は……」 しばしの沈黙、 「私は、他に行くところがないからここで暮らしつづけると思う……」 「それなら、いっしょに来ない?」 シャルムが言った。 それに続いてアリサ。 「うん、いっしょに行こうよ!」 「それはうれしいけど……」 気まずそうな顔のフィア。 「ちょっと、二人ともやめなさい。彼女にも家族はあるんだから」 エレーンは二人をたしなめる。 「ううん……」 首を横に振るフィア。 「家族は、いないの」 「どういうこと?」 「記憶、無いんだ。昔の記憶が……」 その言葉に、エレーンはショックを受ける。 どう慰めていいのかわからない。 けど、他の子達は。 「なら、なおさら一緒に来るべきだよ」 「うん、あたし達もみんな親がいないの」 「いっしょに行こ!」 「行こー!」 そう、言った。 フィアは申し訳なさそうに聞いた。 「行けるならいっしょに行きたいけど、迷惑じゃない?」 ライラとエレーンの方を振り向く。 二人は首を横に振った。 「みんな……いいの?」 フィアは、複雑な顔をする。 そこで、ポロンに聞いた。 「ポロン君……」 「フィアは、僕達の命の恩人だからね。一緒に来たいなら歓迎するよ」 「……うん、ありがとう」 フィアが笑う。 それは、ポロンが見たフィアの最高の笑顔だった。 ●〜〜〜● 一行が、去った後。 ホーネットはしばらくその場に立ち尽くし、独り思案していた。 そして、呟く。 「破壊神を封印せし女神……か」 キッ、キキッ! そこを、リスが通りかかる。 ホーネットは、それに気を取られた。 しかし、再び意識を戻す。 「貴方、なぜ……」 ホーネットの呟きはリスのみが聞くものであった。 ●〜〜〜● 「……きれいっ!」 フィアが歓声をあげる。 「あたし、森から出るのって初めて!」 「え、そうなの」 シャルムが尋ねる。 もちろんアリサも混じってくる。 「うん、今までずっとここにいたから」 「ふーん、そうなんだー」 「良くこんなかび臭いところにいられたわね」 キャロットやウインディも感心したように呟いた。 一方、ポロン達は。 「ここから、どうします?」 「ええ、とりあえずあそこの街道を見て」 エレーンが指差す。 その先には一つの街道があった。 「あそこの街道沿いに行くと街につくみたいよ。これでとりあえず一安心ね」 「よかった〜……」 安堵の吐息のポロン。 当然である。 自分のせいで今回のような騒ぎになったのだから。 「でも、もう方向音痴には突き合わせないでね」 エレーンが珍しくウインクを見せる。 他のみんなも。 「そうだよ、ポロン君」 「あんなのはもうこりごりだね」 「まったく、もう勘弁してほしいわね」 「うん、そうだね」 「そうだにょ!」 「うん、本当にごめん」 それぞれ口々に並び立てる言葉に、ポロンは謝った。 一人事情のわからないフィアは、 「え、どうしたの? 何かあったの?」 と混乱するばかり。 そんな様子に再び、あたたかい笑いが響く。 「それじゃあ、みんな。ゼスに向けて出発だー!」 『おーっ!』 一同は、こうして、魔の森を抜けゼスに踏み立つことができた。 そこには、新しい旅の仲間、フィアも含めて…… それは、新しい冒険の始まりであった。 |