落日の時


「いっいやだ……死にたくない」
哀願する男に薄ら笑いを浮かべ彼女は近づく。
「助けてくれ!いやだー!死にたくないぃぃ!」
腰の抜けた男は這い蹲り必死に逃げる。
しかし、恐怖のためか腕にうまく力が入らないそれは赤ん坊の歩みより遅い。
「………フフ」
そんな男を見た彼女は口の端を歪め喜色に満ちた顔をする。
すると、彼女は歩みを遅くし、男と同じ速さで歩く。
「ひいひい…」
そんなことなど露知らず男は必死に逃げる。
それを見てまた彼女は口の端をゆがめる。
それはまさに狩りであった…獲物を追い詰めるかのように追い回す。
そして、最後に殺す…ただ一点違う箇所がある。
それは…彼女が狩りを愉しんでいる所だ。

「あっ…」
路地に入ったところで男の諦めにも似た声が漏れる。
建物が崩れ瓦礫で路地は行き止まりとなっていた。
「終わり…」
「えっ?」
男が声に振り向くと…
「ひいいいいい!」
彼女が立っていた。これからすることに興奮した顔をして…
「ゆっゆるしてくれ…」
「その言葉…聞き飽きちゃったのよね」
そういうと彼女は前触れもなく男の足に指を突き刺す。
「ひぎゃあああああああ!」
「んー!いい声…」
彼女は愉悦に満ちた顔をすると指を抜き、付いた血をなめ上げる。
「おいしい…」
人を殺し血をなめ上げる。
そんな彼女をみんな知っていた。
昔は希望の光として…
今は恐怖の対象として…
彼女の名前はエスカレイヤー、正義のヒロインだった女の子だ…
「うぐっ…ぐっ…」
「さてと…死んでもらおうかな」
軽い口調でそういうとエスカレイヤーはゆっくりと手を掲げる。
「ひっひい!」
「それ!」
手を振り下ろそうとした正にその時!
とすっ
軽い衝撃を背中に感じた後、腹部の辺りから熱いものが広がりだす…
「えっ?」
エスカレイヤーが疑問の声を出すと口から血が吹き出た。
「げほっげほげほ!」
「………」
「あっ…」
後ろを見たエスカレイヤーの口から驚きがこぼれる。
一人の少女が背中に張り付くようにいた。
「あなた何を…」
「死んじゃえ…」
言葉とともに少女の腕が動く…
「死んじゃえ…死んじゃえ…死んじゃえぇぇぇぇ!」
少女の手に持たれたナイフがエスカレイヤーの背中を何度も突き刺す。
「ああっ!うあっ!くはぁ…」
エスカレイヤーが膝を付きゆっくりと倒れる。
(ダイナモが……)
「パパァ!」
エスカレイヤーを刺した少女が男に抱きつく。
「由香!」
「パパ!パパ!」
「あ……」
そんな二人の姿を見たエスカレイヤーの頬に一筋の涙が伝う。
『…由香……沙由香…』
(お父さん…)
『沙由香…沙由香』
(お父さん…)
エスカレイヤーは二人に自分と父の姿を重ね、それを掴もうと手を伸ばす……
「あっ…」
口から静かに流れ出る血に力を吸い取られているかのようだった。
それでも…霞む視界の中に映る幸せな自分たちの姿に……
「………」
エスカレイヤーの手は地に付き、それを掴むことはなかった。
しかし、エスカレイヤーの顔には微笑があった…
長く暗いトンネルから出れた幸せの笑みだった………


byうきくじら