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第九章

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 ななかはうずくまっていた。
 高円寺家でモニタしたのと同じ音声が、ななかの頭にこだましていた。
 
『んあっ…んあっ…んあっ…んあっ…んあっ…ひぃっ…』

 沙由香が陵辱されているというのに、体が動いてくれない。
 頬に手を当てる。
 
『お前には、頼まない』

 恭平の蔑んだ目が、ななかに突き刺さった。
 
「なによ……結局、なにもできないじゃない。
 お姉さまを、守れなかったじゃない。
 口だけなら、なんとでも言えるわよ」
 
 自分しかいない廃ビルの一室で、ななかは懸命に言い訳をした。
 
「だから、あたしじゃないとダメなのよ。
 ……最初っから、そうすれば良かったのよ。
 お姉さまも……あたしの気持ちを無視するから、いけないのよ」

 
『いやああああっ、そんな激しくしないでぇっ!!』


 脳裏に響く沙由香の声に、ななかは、びくっ、と体を震わせた。
 
「……お、お姉さまも、馬鹿よねぇ。
 あんな、頼りない恭平を選んだから、こういう目にあうのよ。
 誰を好きになるのが得か、分かりそうなものだけど……」

 
『損得で、人の愛は決められるものではありません』


 静かな声に、ななかは驚愕した。
 
「マドカ? マドカなの?」
『そうです。先ほど、通信機をセットさせてもらいました』

 ななかは、ふん、と鼻を鳴らした。
 
「そう……そういうこと。
 あんたらしいわ。
 それに何?
 『損得で、人の愛は決められるものではありません』?
 お笑いぐさよ。
 ロボットのあんたに、愛のなにがわかるのよ」
 
『これは、私の言葉ではありません。
 高円寺博士の言葉です』
 
「お姉さまの……お父さま……」

『ななかさんにとっても、遺伝上の親にあたります』

「…………」

『では、ななかさん。
 あなたが沙由香さんを好きになったのは、
 そうした方が、得だったからですか?』
 
「……っ!」

『あなたにとって、利用価値があるから、沙由香さんを好きになったのですか?
 利用価値がなくなれば、沙由香さんへの愛は、消えるのですか?』
 
「……このっ!」
 

『例えば、あなたを好きになってくれそうもない沙由香さんは、
 あなたにとって、価値がなくなったということなのでしょうか?
 だから、沙由香さんが酷い目にあっても、無関心でいられるのですか?』

「…………」

『得だから愛する。
 損だから愛さない。
 価値があるから愛する。
 価値が無いから愛さない。
 そんな、節操のないものが、いったい愛といえるのでしょうか』

「…………」

『沙由香さんは、損得で人を愛してるわけではありません。
 恭平さんも、損得でいえば、私たちと無縁に暮らす方が得な筈です。
 ただの人間の恭平さんが、どれだけの勇気を発揮しているか。
 それはいったいどうしてなのか。、
 あなたには理解できないのでしょうか?』
 
「…………」

『ななかさん、あなたは強大な力を持ち、若く美しい女性です。
 その力は、恭平さんなど、問題になりません。
 それでも、沙由香さんの危機に、動いたのはあなたではありません。
 非力な恭平さんでした』
 
「…………」

『あなたは、沙由香さんを愛していると、私にいいました。
 でも、あなたの行動を見る限り、あなたは沙由香さんを』
 
 マドカは一旦、言葉を切った。
 
『愛してはいません』

 沈黙が、部屋を支配した。
 
「…………なによ」

 ななかの声は、鼻にからんで震えていた。

「…………なによぉ」

 緑色の瞳から、大粒の涙があふれる。
 
「言いたい事、言ってくれちゃって……
 なによぉ、あたしの気持ちが偽物だっていうの?
 なによ……ロボットのくせに……」
 
『…………』

 
 再び、沈黙が降りた。
 
 ななかの中で、沙由香の喘ぎ声だけが響く。
 
 
『あぅっ!……ひぃっ……お願いっ……深いぃぃぃっ!!』
 
 
 ななかは、両手で不器用に顔をこすった。
 虚空を睨んだ顔には、涙の跡が、くっきりとついていた。
 
「マドカ!
 このポンコツ!
 あたしの愛が本物か偽物か、見せてあげるわ!」
 
 叫ぶと、ななかは廃ビルの窓を突き破った。
 紫色の光が、一直線に飛んでゆく。
 
『待ってて、お姉さま』


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